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<title>御宿哲矢</title>
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<title>魔法少女まどか☆マギカと仮面ライダー龍騎のストーリーに共通する哲学的命題をAIに整理させてみた件</title>
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<![CDATA[ <p>ご無沙汰しております。</p><p>&nbsp;</p><p>今回は、狩野英孝さんの解説付きで再放送されているまどマギと、平成特撮ヒーローとして放映されていた仮面ライダー龍騎のストーリーに共通する世界観について整理を試みます。</p><p>&nbsp;</p><p>私はほとんどテレビを見ないので、アニメもほとんど知らないです。</p><p>なのですが、高校のときにまどマギを視聴する機会があり、何て素晴らしい内容なんだと感動しました。まどマギはレンタルビデオショップで何回か視聴しなおすくらい大好きな作品です。</p><p>また、仮面ライダー龍騎についてはというと、これは元々仮面ライダーシリーズは幼い頃から視聴を続けており、とりわけ高寺プロデューサー作品である「仮面ライダークウガ」「仮面ライダー響鬼」のストーリーに感銘を受けたことがありました。それがきっかけでその他のライダーについてもレンタルしたところ、高寺作品以外でかなり記憶に残った作品が龍騎だったという経緯があります。</p><p>&nbsp;</p><p>さて両作品を今回テーマに掲げているのには、世界観にある共通点を長年感じていたからです。どちらもストーリーの最期の方で主人公が自身の存在意義を確立していたからです。そしてこれがとても考えさせられるテーマだなと感じました。私のその感覚を一度整理したいなと思い、このブログに起こしています。</p><p>&nbsp;</p><p>では本題です。</p><p>『魔法少女まどか☆マギカ』と『仮面ライダー龍騎』は、一見まったく違うジャンル（魔法少女／特撮ヒーロー）の作品ですが、物語構造・テーマの深部には驚くほど多くの「哲学的命題」が共通しているのだなと。では、両作の核心となる思想を整理しながら、どの哲学的問題を扱っているのかを整理します。</p><p>&nbsp;</p><p>『魔法少女まどか☆マギカ』と『仮面ライダー龍騎』は、一見まったく違うジャンル（魔法少女／特撮ヒーロー）の作品ですが、物語構造・テーマの深部には驚くほど多くの「哲学的命題」が共通しています。<br>以下では、両作の核心となる思想を整理しながら、どの哲学的問題を扱っているのかを解説します。</p><hr><h1>**共通する哲学的命題①：</h1><p>“救済は犠牲を正当化できるのか” ― 功利主義とその限界**</p><h3>●共通点</h3><ul><li><p><strong>まどマギ</strong><br>インキュベーターが採用する論理は「宇宙エネルギーを維持するために少女の絶望を利用する」という、徹底した<strong>功利主義（最大多数の最大幸福）</strong>。<br>一部の個人（魔法少女）の犠牲で宇宙全体が救われるなら合理的。</p></li><li><p><strong>龍騎</strong><br>鏡の世界の維持、モンスターの飢餓解決などのために、人間同士が戦わされる「ライダーバトル」。<br>結果として誰か一人の“願い”を叶えるために多数が死ぬ構造は、功利主義を逆転させた<strong>極端な選択のジレンマ</strong>。</p></li></ul><h3>●扱っている命題</h3><blockquote><p><strong>「全体の幸福のために個人を犠牲にしてよいのか？」</strong><br><strong>「結果が良ければ手段は正当化されるのか？」</strong></p></blockquote><p>両作とも「救済のための犠牲」という功利主義の暗黒面を描き、その非人間性を強調しています。</p><hr><h1>**共通する哲学的命題②：</h1><p>“自由意志は存在するのか” ― 運命決定論との対立**</p><h3>●まどマギ</h3><p>ほむらは何度も時間を巻き戻すが、そのたびにシステム（インキュベーターの因果律）に絡め取られてしまう。少女たちは自分の意志で契約しているようで、実は緻密に誘導されている。</p><h3>●龍騎</h3><p>ライダーたちは「戦わない」という選択肢があるように見えて、ミラーワールドの構造・怪物の襲撃・仲間の死によって<strong>戦いに引きずり込まれる</strong>。<br>さらに結末では、すべてが“城戸真司の死”を含めた巨大なループ構造に取り込まれる。</p><h3>●扱う命題</h3><blockquote><p><strong>「個人の自由意志は、本当に自由なのか？」</strong><br><strong>「私たちは選ばされているのではないか？」</strong></p></blockquote><p>両作は、意志の自由と宇宙的／システム的決定論の衝突を描きます。</p><hr><h1>**共通する哲学的命題③：</h1><p>“願いは価値を持つか” ― 交換と代償の倫理学**</p><h3>●まどマギ</h3><p>願いが大きいほどソウルジェムの負荷（因果）が大きくなる。<br>願いは「希望」と同時に「呪い」の源でもある。</p><h3>●龍騎</h3><p>ライダーの願いは極めて個人的（恋人の蘇生、名誉、自己実現など）。<br>しかしその願いを叶えるために他者が死ぬため、“価値”が倫理的に問われる。</p><h3>●扱う命題</h3><blockquote><p><strong>「願い・欲望は代償に見合う価値を持つのか？」</strong><br><strong>「私的な欲望は他者の死を正当化できるのか？」</strong></p></blockquote><p>願いそのものの倫理的価値を問い直す構造は両作共通です。</p><hr><h1>**共通する哲学的命題④：</h1><p>“世界は変えられるのか” ― システムへの反抗と救済の構造**</p><h3>●まどマギ</h3><p>まどかが世界そのもののルールを上書きし、魔法少女の因果律を破壊する。<br>これは「既存のシステムの脱構築（デリダ的解体）」とも解釈できる。</p><h3>●龍騎</h3><p>北岡や真司は戦いを止めようとし、最後は神崎士郎のループ構造そのものを破壊する。<br>“ループの終わり”は、与えられた世界のシステムに対する反抗。</p><h3>●扱う命題</h3><blockquote><p><strong>「人はシステムの外に出られるのか？」</strong><br><strong>「世界を変えることは可能なのか、それとも幻想か？」</strong></p></blockquote><p>両作品とも、世界の根本規則への挑戦というメタ構造を持ちます。</p><hr><h1>**共通する哲学的命題⑤：</h1><p>“戦いをやめることはできるのか” ― ハンナ・アーレント的暴力論**</p><ul><li><p>まどマギ：魔獣との戦いは永遠で、少女たちはシステムに消費され続ける。</p></li><li><p>龍騎：ライダーバトルは“戦い続けろ”と強制される危機管理システム。</p></li></ul><h3>●扱う命題</h3><blockquote><p><strong>「暴力の連鎖はどこで断ち切れるのか？」</strong><br><strong>「システムに組み込まれた争いから人は逃れられるか？」</strong></p></blockquote><p>両作とも“戦わされる構造”を問題化しています。</p><hr><h1>**共通する哲学的命題⑥：</h1><p>“他者を救うことは可能か” ― 他者論（レヴィナス）**</p><ul><li><p>真司は常に他者を救おうとするが、彼の善意は戦いの構造に吸収され、最終的には彼自身が死んで世界がリセットされる。</p></li><li><p>まどかは他者を救おうとする純粋性が、結果として世界改変という“自己犠牲の極致”へつながる。</p></li></ul><h3>●扱う命題</h3><blockquote><p><strong>「他者を救う行為は、本当は誰のためのものか？」</strong><br><strong>「他者の苦しみを引き受けることは可能か、それは傲慢でないのか？」</strong></p></blockquote><p>他者のための行動がシステムの歯車として利用される構造は両作の核心です。</p><hr><h1>**まとめ：</h1><p>両作品が共有する哲学的テーマ（総合）**</p><table><thead><tr><th>テーマ</th><th>まどマギ</th><th>龍騎</th><th>共通する哲学的命題</th></tr></thead><tbody><tr><td>犠牲と救済</td><td>魔法少女の絶望で宇宙維持</td><td>ライダーバトルでの死</td><td>功利主義とその限界</td></tr><tr><td>自由意志</td><td>因果律と契約</td><td>ループ構造と強制戦闘</td><td>決定論 vs 自由</td></tr><tr><td>願いの価値</td><td>願い＝希望+呪い</td><td>願い＝利己と代償</td><td>欲望の倫理</td></tr><tr><td>世界改変</td><td>まどかの神化</td><td>ループ破壊</td><td>システムへの反抗</td></tr><tr><td>暴力の連鎖</td><td>永遠の戦い</td><td>戦いを続けさせる構造</td><td>暴力は終わるのか</td></tr><tr><td>他者救済</td><td>少女たちを救うまどか</td><td>人を救う真司</td><td>他者は救えるか</td></tr></tbody></table><hr><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>AIってすごいですね。</p><p>これからの時代はAIを用いて何を書かせるかを"発見する力"が人間には必要ですね。。</p><p>作品への理解がより深まった御宿氏でした。</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/staknr-310/entry-12949312639.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Dec 2025 17:56:57 +0900</pubDate>
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<title>高校野球の部活としての特異性（広陵高校の事件を振り返る）</title>
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<![CDATA[ <p>今日のテーマは「高校野球」です。</p><p>&nbsp;</p><p>連日、高校野球中継が行われています。ナイターやタイブレーク制度の導入もあり、変革期を迎えているのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな中で残念なニュースがありました。</p><p>広陵高校野球部のいじめ問題です。これはなかなか闇が深いです。組織ぐるみの大問題となりそうですね。</p><p>&nbsp;</p><p>「体育会系」という言葉を出すとイメージのTOP３には入りそうな野球部ですが、</p><p>その悪しき文化が根強く残っていることが明るみになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>野球部、とりわけ高校野球は特別扱いされていますね。</p><p>というのも野球部というのはその高校の広告塔のような存在になっているからです。</p><p>甲子園球場に出ることで、出場者本人たちの努力が認められ、ときにはスカウトの目にも止まりやすくなるし、高校の知名度も上がります。高校にとって野球部というのは宣伝部隊としての役割が大きいです。</p><p>&nbsp;</p><p>さらに、全国的に見ても野球部の数は母集団として大きく、今回の事例は明るみになりやすいため、他の部活では同様の事例がないとは思っていませんが、とりわけ野球部の事例は悪目立ちします。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、ここで重要なのは野球部は所詮は「部活」の域を超えず、「組織」で活動する存在であるということです。</p><p>&nbsp;</p><p>　その組織の長が監督ということになりますが、監督には健全な組織風土の醸成して高校球児たちを預かる義務があります。</p><p>これは今回の事例から得られる教訓ではないでしょうか。組織作りというものは子供たちが社会に出たときにも重要です。経営者による企業風土の醸成は内部統制の構築において極めて重要です。</p><p>&nbsp;</p><p>　ないがしろにしてしまうとどうなるか。最もわかりやすい例はオルツ社の不正会計事件のような結果でしょう。</p><p>組織が消滅する事態までに陥ります。</p><p>&nbsp;</p><p>　体罰が平気で行われていた時代に育った人間が監督をやっているチームはまだまだたくさんあるでしょうから、今回の広陵と同様の事例は今後もすべてが報じられないにせよ存在すると思います。しかし、人間いつかは死にますから。血の入れ替えは時間の問題です。</p><p>&nbsp;</p><p>　それ故、高校野球部の監督は指導者でありながら、高校の一部活動に所属する「教育者」である自覚を持つ必要があります。</p><p>&nbsp;</p><p>　子どもたちの活動は、所詮は学校内の「部活」に過ぎません。学校で行われる活動である以上、そこで指揮する者は教育者でなければならなりません。教育者は子供たちに対してお手本となるような人格者である必要があります。</p><p>&nbsp;</p><p>　しかし、残念ながら甲子園出場という概念が日本の悪しき文化としての一面を生み出してしまった結果、勝利至上主義に傾倒し、「強いチーム作り」が監督の役割という意識が大きくなってしまいました。大前提として部活は「教育」の一環であることを監督が常に肝に銘じることができているか否かで子供たちに対する指導の在り方も、監督によって違いが出ているように見えます。</p><p>&nbsp;</p><p>　野球部は日本の学校の部活の中でも特異な存在となっています。甲子園という夢の舞台を目指すのはいいことですが、本質は学校の活動としての一大会であることを指導者は再度認識する必要があります。</p><p>『運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン』というものが文部科学省から公表されています。このブログを書いている途中に目を通しましたが、これに沿って指導できている指導者は果たしているのでしょうか。</p><p>　高校名は伏せますが、千葉県北部の高校野球強豪校の某監督は休養日を建付けでは設けているもののその日を”自主練等”（ウエイトトレーニングの時間）とさせ、実態としては休みなく毎日練習させているということです。同ガイドライン「２ 合理的でかつ効率的・効果的な活動の推進のための取組（１）適切な指導の実施　イ」の方針に反することは言うまでもありません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>知性のない指導者に子供たちの未来が奪われることだけは避けなければならないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/staknr-310/entry-12922578659.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Aug 2025 18:53:19 +0900</pubDate>
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<title>A Father (He makes a boy strong)</title>
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<![CDATA[ <p>大きな背中はいつしか</p><p>少し小さく見えてきた</p><p>それでも後ろ姿には大きなものを背負っている</p><p>大切な家族の笑顔を窓の向こう側に映して</p><p>今日も電車に揺られる</p><p>その背中</p><p>&nbsp;</p><p>新しい１週間の始まりを</p><p>告げる月曜日の太陽</p><p>朝のニュースは流し見て</p><p>改札を通ったら</p><p>さあ今日の試合は始まる</p><p>&nbsp;</p><p>スマホの待ち受け</p><p>なによりも大切な愛べき人の笑顔が</p><p>今日もあなたの温もりを待っているから</p><p>さあ帰ろう</p><p>&nbsp;</p><p>Let’s make us happy</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/staknr-310/entry-12874906832.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Nov 2024 20:59:37 +0900</pubDate>
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<title>公認会計士試験に合格するには？（「例題」の意義を例に考えてみる）</title>
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<![CDATA[ <p>↑なんだかありきたりなお題な気がしますが。。</p><p>&nbsp;</p><p>———「例題はするめいか！」———</p><p>&nbsp;</p><p>ユーチューバーに会計士試験に合格するための勉強法を取り上げている方がいます。</p><p>ありきたりなことを言う人もいれば、一歩踏み込んで具体的な勉強方法を解説してる方もいます。</p><p>どの方もその通りだなあと思いながら動画を見ていました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、そこで少し違和感を覚えることがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば、「例題を解きまくるといい！」という方が多いかと思います。</p><p>これは確かにそうだと思いますが、これを言葉面だけで捉えてしまうと、</p><p>ドツボにはまっていく受験生がでるのではないかと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>言葉面だけで捉えると、ただ問題を周回することになりそうです。</p><p>例えば、「１日例題５問」と決めたとしてもこれが毎日の作業のようになってしまうとまずいです。</p><p>「例題」というのは例題である以上、簡単な問題です。</p><p>&nbsp;</p><p>➀講義受ける（スタート）　②例題といてみる　③わからん　④見直す（ここで理解度が増し問題を解くコツをつかむ）</p><p>⑤また復習で解く　⑥（一時的に）できるようになる　⑦反復する　⑧いつでもできる（ゴール）</p><p>&nbsp;</p><p>これが「習得」の流れとして定義すると、「例題」が重要になってくるタイミングは②と⑦でしょう。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">②→例題というのは、問題として構造を簡素にし「論点」を目立たせるため、「論点」を芯でとらえることができます。</b></p><p><b style="font-weight:bold;">　　その意味でとても良い勉強材料なんです。これは新しい知識を習得する上で効果的な構造です。</b></p><p><b style="font-weight:bold;">⑦→反復するときは、「演習問題」とか「過去問」とかを用いることが多くなると思います。</b></p><p><b style="font-weight:bold;">　　今回の話の例に挙げている「例題を解きまくるといい！」というのは、この⑦の段階を指しています。</b></p><p><b style="font-weight:bold;">　　しかし、ここの段階は②よりも重要であると思います。そしてこの⑦での勉強の上手下手が大切な点だと思います。</b></p><p>&nbsp;</p><p>この⑦の段階を「作業」にしてはいけないんです。忘却しないように日々の日課で例題を数問解くというのは</p><p>確かに一定の意義があります。しかし、それでは例題の「うまみ」を引き出せてはいません。</p><p>「例題はするめいか」のように噛めば噛むほど味が出るのです。「作業」になっていしまうと、“甘噛みしてる”状態です。</p><p>きちんと"噛みしめて"例題を解く姿勢が大切です。</p><p>&nbsp;</p><p>例題はあらゆる視点から嚙みしめながら解いていくと、例題のうまみとしての「理解力」が増すのです。</p><p>複雑な構造をしていないからこそ多角的に問題を見ることができ、論点に対する見え方が増えます。</p><p>これはまさに理解力のUPに直結し、ひいては短答の後の論文試験に好影響を与えるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>以上、例題の使い方を例に挙げて長々と書きました。要するに考えながら勉強する癖をつけようということです。</p><p>会計士試験勉強は長期にわたるため、</p><p>道の途中で手段と目的が逆転しかける（もうしている）受験生が多い気がします。それが先の例です。</p><p>「例題をXX問解くことを日課とする」のは、例題を”噛みしめながら”解いているならば、とても良いです。</p><p>でも日課としてこなすことが目標となってはいけません。</p><p>何のために例題を解いているのか常に考えながら勉強する、目的意識を持つことが大切です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>というありきたりな結論にいたった御宿でした。。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/staknr-310/entry-12872871134.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Oct 2024 02:01:16 +0900</pubDate>
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<title>「努力」という言葉の意味について考える。</title>
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<![CDATA[ <p>御宿哲矢です。</p><p><b style="font-weight:bold;">今回は「努力」という言葉について考えてみます。</b></p><p><b style="font-weight:bold;">勉強をしない我が子を何とかしたいと考えていらっしゃるそこの読者の方、ぜひ僕なりの意見を以下ご一読ください。</b></p><p>&nbsp;</p><p>私には弟が１人います。彼は高校二年生を迎え、部活と勉強に励んでいます。。</p><p>と言いたいところですが、部活とその仲間との遊びに浸り、学校の定期テストはクラスで下から数えて早い方です。</p><p>&nbsp;</p><p>彼は日東駒専の付属高校に入りましたが、大学はGMARCHのどこかに入りたいということで、内部推薦権を破棄し大学受験をする道を選びました。その決断は高校二年生に進級する直前（二年からコース別のクラス編成となるため）にしました。</p><p>&nbsp;</p><p>進研模試等の偏差値でいえば、現状と目標とのギャップは実に「15」。当然このままの生活では受かるはずがありません。</p><p>&nbsp;</p><p>彼の日常がどんなものかというと、</p><p>&nbsp;</p><p>朝自分で起きない→学校終えて部活して帰宅後に風呂と食事を済ませてそそくさと自室にこもり、勉強机に向かい勉強してるように見せかけて、部活仲間と朝の３時頃までオンラインゲーム→朝自分で起き（られ）ない。土日は部活、終われば夜まで遊ぶ。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな生活を続けるから、何度も親にテストの結果を見て叱られてます。</p><p>生活習慣を正すように言われていましたが、直す気配が一向にありません。</p><p>予備校には入りましたが、彼の雰囲気のどこかに予備校に入っていれば何とかなるという気持ちが垣間見えました。</p><p>&nbsp;</p><p>見かねた私はある日彼を諭しました。「GMARCHに行きたいという割には努力してないよね。口でいうのは簡単だが実際にやるのは難しいのだ」と。</p><p>&nbsp;</p><p>そしたら彼はこう言いました。「自分は今も努力している。高校受験で第一志望に入れず、最下位志望の高校に通うことになったが当時も努力した」と。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そこで彼の思考を変える必要があるんだなと気づきました。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、「努力」をしたというのは、基本的に<b style="font-weight:bold;">目標を達成したときに言えるものである</b>と思います。</p><p>しかし、目標を達成するための資源が足りない（例えば経済的なビハインドを追っている）中で最大限頑張っても届かなかったのなら、それは考慮するべきものがあると言えます。</p><p>&nbsp;</p><p>彼はGMARCHに受かるという目標を口にし、そのために父親は弟を私立に通わせながらさらに予備校費も払ったり、母親は食事を作るタイミングを変えたりと、目標を掲げた人のために、周囲のヒトとカネが動いています。そして予備校という受験情報の倉庫を利用できる権利を得たのです。いわば、良質なレールを敷かれ、あとは本人という列車が目標という駅まで走り切るか否かにかかる状態です。</p><p>&nbsp;</p><p>この状態では、先述の経済的ビハインドを考慮する必要はなくなります。彼は高校受験の時も同じ環境で中１から予備校に入っていたにもかかわらず、成績を３年かけて右下がりにし、第一志望に受かりませんでした。それで「努力した」なんていうべきではないし、予備校も入れないで勉強している家庭とその受験生に対して失礼だなと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>なにしろ彼はまだ未成年者であり、自分１人で大学受験を完結できるわけがありません。それができるなら、口だけで終わっていてもいいと思います。誰にも迷惑をかけていないので。</p><p>&nbsp;</p><p>口だけで終わってしまうと、目標のために動いてくれた周囲の支援者の信頼は大きく失墜します。言ったからには成し遂げるべきなのです。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">結果が出るまで努力とは言えない</b>なんてどこかの偉人が言いましたが、<b style="font-weight:bold;">これはおおむねあっている</b>と私は考えます。</p><p>&nbsp;</p><p>これを彼に伝えると「じゃあ今までの勉強は全部無駄だったということか（逆切れ）」と言いました。</p><p>&nbsp;</p><p>→違います。無駄になるわけではないし、むしろ結果に繋がる蓄えとなっています。</p><p>今までやってきたことが無駄だと決めつけた瞬間にそれは無駄になるし、今後に繋がる役に立つ、経験値になったと思えばそうなります。</p><p>&nbsp;</p><p>彼の発現を聞いて、正直そのような思考で彼の根本的な頭の悪さが出ているなと感じました。模試で努力の過程の結果が芳しくないと気付いたならその瞬間にじゃあどうすればよくなるか、という工夫を頭を使って考え、試行錯誤して次につなげるという頭の良さ（？）が彼には足りてませんでした。口だけの人はこれが抜けています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>こういう子はどうせこれまでの話をして何度諭したところで動きません。根本的に怠け者だからです。</p><p>ではこういう時に我が子に何ができるか。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">予備校に通っているなら、自習室に放り込んでみてください</b>。</p><p>&nbsp;</p><p>外が暑いから家でやるとか言い出したものだから、「今まで家でやってたんだろ？何かを変えてみないとだめだろ？</p><p>予備校の自習室で勉強してみるくらいの試行錯誤もできないのか」と言い、自習室へ飛ばしました。</p><p>&nbsp;</p><p>根本的な怠け者は社会をなめています。社会を知ってもらう必要があります。</p><p>そこで予備校の自習室という現代社会の縮図を見て感じてもらうのです。</p><p>予備校の自習室にはいろんな人種がいます。開放時間フルでいる住人、スマホをいじりながら自習室でだらける人、休憩室で談笑するのが多めな人、寝てる人、見た目からしてもう東大受かりそうな人とか。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな彼らは自習室という世界の中で競争しています。資本経済に生きる以上競争から逃れられません。さっきの人種の例でなまけている側の人は、受験という競争から抜け出せません。永遠に自習室の囚人です。しかしそんな彼らでもあるとき気づきます。このままでは競争に負けてしまうと。となればエンジンがかかるでしょう。自習室は競争に生き残る人そうでない人を自分と比較しつつ客観的にみることができます。それによって、いわゆるやる気スイッチのかかり始めが早くなることが期待されると思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>長々と失礼しました。「努力してる」とよく言う子供には、ぜひ彼らの目標に対する熱意を確認する機会を設けてください。</p><p>目標を口にしつつそれを達成するための行動をしないのは、努力を履き違えた意味で覚えているか、根本的な怠け者か、社会を知らない人間かのどれかです。</p><p>&nbsp;</p><p>説教まがいな文面でブログを書きやめる御宿哲矢でした。。。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/staknr-310/entry-12863837252.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Aug 2024 11:35:17 +0900</pubDate>
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<title>僕の手相ってどんな感じですか？</title>
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<![CDATA[ <p>お久しぶりです。</p><p>御宿哲矢です。</p><p>唐突なのですが、どなたか手相を占ってくれませんか。。</p><p>&nbsp;</p><p>最近手相学に興味を持ち始めたのですが、自分の手相が占い師の方からみてどうなんだろうか、珍しいのか、普通なのか、その辺をぜひコメントで教えてください！<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240816/09/staknr-310/e2/a5/j/o1108147715475315314.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240816/09/staknr-310/e2/a5/j/o1108147715475315314.jpg" width="220"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240816/09/staknr-310/39/5c/j/o1108147715475315519.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240816/09/staknr-310/39/5c/j/o1108147715475315519.jpg" width="220"></a></p><p>&nbsp;</p><p>占いにもいろいろありますが、手相学や人相学は統計学的な裏付けがあるため、他の占いとは別枠だと思いました。そう感じてから人相学や手相学に興味を持ち始めた今日この頃です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/staknr-310/entry-12863823057.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Aug 2024 09:18:15 +0900</pubDate>
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<title>ハイ・ジャンプ・ジャパン</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>毎日が闘いの日々で</p><p>常時フルパワーで全力疾走</p><p>でも今日はちょっとだけ帰りに寄り道</p><p>頑張ったご褒美です</p><p>普段食べないsweetケーキ</p><p>つかの間の息抜き</p><p>あれいつの間にか頬杖着いて、どっとため息</p><p>&nbsp;</p><p>次に進む準備をして</p><p>さあ迎えよう明日の自分を</p><p>いつもの街の空</p><p>気づけば真っ暗な街から「お疲れさん」</p><p>夢は叶えるものだからさ</p><p>一喜一憂→一期一会→一騎当千→森羅万象すべてが味方に付いてる！</p><p>&nbsp;</p><p>思うようにいかないことはたくさんあるよ</p><p>わかってる、分かってるんだから、ほら</p><p>へこたれない泣かない諦めないまだまだできる</p><p>だめだめ歯を食いしばってまだまだこれからでしょ</p><p>&nbsp;</p><p>ゴールまで走り切れ</p><p>それよりゴールを近づけるmovement巻き起こしちゃいなよ</p><p>じゃあ今だ　</p><p>立ち上がろう</p><p>動き出せまだまだ道半ば</p><p>でも君の歩んだ道は輝かしい花道がほらできてるんだよ</p><p>&nbsp;</p><p>君の未来は明るいさ！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/staknr-310/entry-12858385616.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Jul 2024 15:26:20 +0900</pubDate>
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<title>あのまちへ</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>もう半年くらいになるのかな　遠く離れた町から</p><p>懐かしい声　今日も見てるよ　毎日のメッセージ　</p><p>&nbsp;</p><p>部屋の掃除も自炊も平気さ　洗濯機だってもう慣れた</p><p>バイトも長続きしているんだ　</p><p>何でもできるんだから</p><p>&nbsp;</p><p>この街の景色はどこかぎこちない　イヤホンからはお気に入りの音</p><p>そろそろ帰りたくなったな</p><p>　　</p><p>あなた住む町へ</p><p>一番の居場所へ　不器用な私を優しく包み込む場所へ</p><p>元気な顔を届けに　今ならもういつでも</p><p>私だけの時間</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>もう決めたんだ　自分勝手と分かっているけれど</p><p>辛くて涙こぼれだしそうな２人分の心を離そう</p><p>&nbsp;</p><p>疲れちゃったんだこれ以上はもう　傷つけないよう別れ告げた</p><p>窓の景色に笑顔を見せて　</p><p>素顔を映した別の自分</p><p>&nbsp;</p><p>抱え込みやすいんだ　突然泣き出すなんてよくある</p><p>自己評価は得意なのかな</p><p>&nbsp;</p><p>遠く離れた町へ</p><p>一番の居場所へ　これが私なんだきっと変わらない場所へ</p><p>明日が来るんだ　離れていく町はずっと</p><p>私だけの味方</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>忘れるなんてできるのかな　部屋の明かりをそっと消した</p><p>ベットの横お気に入りの　ぬいぐるみを抱きしめて</p><p>「じゃあね」と気丈にふるまったのに</p><p>懐かしさが頬を濡らす</p><p>&nbsp;</p><p>ずっと想うよこの町で</p><p>&nbsp;</p><p>一番の居場所へ　聴きなれた音の温もりで包み込む場所へ</p><p>毎晩伝えてるよ　見守ってくれてるずっと</p><p>私だけが知らない</p><p>&nbsp;</p><p>私の全てを</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/staknr-310/entry-12856504568.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Jun 2024 19:52:20 +0900</pubDate>
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<title>作詞③</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">明星来る</b></p><p>&nbsp;</p><p>眠り込む赤子の</p><p>芽に戻る前に</p><p>星野訓えを解き</p><p>君の声を求める</p><p>&nbsp;</p><p>姿窓辺に</p><p>映る花園</p><p>命は息吹く</p><p>幾万にも</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>明星見えた赤子の</p><p>大地に聳えたのなら</p><p>星の呼吸を問えば</p><p>君の明日を求める</p><p>&nbsp;</p><p>姿窓辺に移る蓮の池</p><p>喧騒鎮める</p><p>朝靄にて</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/staknr-310/entry-12838451333.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jan 2024 11:18:41 +0900</pubDate>
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<title>御宿哲矢、歌詞を書く②</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">高地に天成する男</b></p><p>&nbsp;</p><p>深く</p><p>耐える</p><p>コンベアに君は向かう</p><p>依存は轍に変わり</p><p>&nbsp;</p><p>廉価な共鳴と背徳の心</p><p>憂慮は彼方に収束する</p><p>感心無量はとうにおらず</p><p>不明瞭、君は待たず</p><p>君の姿を幻想させる</p><p>&nbsp;</p><p>乱れた</p><p>賽の目</p><p>誰が直すものか一切の</p><p>憂慮既に喝采に変わり</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/staknr-310/entry-12838450685.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jan 2024 11:13:09 +0900</pubDate>
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