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<title>eiからあなたへ、脳と心の元気レター</title>
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<description>心が晴れたい、脳（精神）が晴れたい。長く短く苦難を抱えていたあなたに空のように晴れた世界へ</description>
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<title>チャプター4　見えない力、深層にある、諦めない。憧れ。</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">チャプター4</span></p><p><span style="font-weight:bold;">生きている中に夢と希望の躍動がある</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">父親に高校生活の憧れや、夢や希望を破壊されてからのもの、僕の公立高校生活は惨憺たるものでした。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">いきなり、入学式では、すでにやる気はなく、校内ではよく落ち込んでいて、内心は傷心しているのに、皆の前では隠してる涙を知っている自分でした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">中学の同級生だった奴も同じ高校に合格し、ちょうどいい絡み相手が少人数いました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">その中の一人もプロミュージシャンを目指していて、エレキベースをパートにして、そいつは練習に励んでいました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">恵まれたことに、そいつの両親は、そいつがエレキベースをやってプロを目指すことの生活を認めていました。どういったらいいのか、好きなことに熱を入れるなら、がんばりなさい。的な親からの視座でした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">ずっとずっと僕はそいつが羨ましく思えていました。その家庭の在り方を僕の実家で親に話すと、「そんなもん、そこの家や。うちはうちや。」「それやったらその家の子になったらええやん」と、天と地の育成方針の違い。こんなんで、と、高校生ながらに、人生・・・・というふうに考えるようにもなっていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">高校の僕のつるんでた、そいつを含んだ仲間は、半分不良で、半分真面目、みたいな感じで、ちょっと粋な世界を生きる、やんちゃな少年たちのようなものでした。校則を破り、髪の毛を茶色に染め、タバコを覚え、バイクを盗み、夜更かししたりと、でも喧嘩は弱い奴ら。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">そんな体裁で過程で摂関を受けたのは僕だけでした。髪の色が茶色に変わった日の夜、父親が、「おまえはなにさらしとんじゃあ！」と怒鳴り声をあげ、僕の顔をなん十発も殴り倒し、髪の毛をむしりつかみ、引きちぎって、ボコボコに蹴りまわされ、ごみ箱に入っていたゴミを、僕の口の中にねじりこんできたりされました。気を失いかけてきたあたりで父親は暴力をやめ、「出ていけ！」と大きな蹴りを僕のお腹にドカッとして、父親の屋根裏に行きました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">あいつは今頃エレキベースの練習を楽しんでいる頃だろうな・・・・・と悲しみの底にいながら夜の街を放蕩しました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">夜の公園で一人悲しくて悲しくて、そりゃあ大人の今の僕にしてみれば、まぁ、校則違反ではある。怒られてもおかしくはない。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">だけど、摂関が今の時代で言えば、ドメスティックヴァイオレンスに当たるレベルのもので、尚且つ、心、精神まで打ちのめされる摂関は過剰すぎるものだったと振り返られます。ある時、別の主婦と話をしたら、子どもさんが高校入学を備えてるらしく、話の流れで、「もしタバコなんか吸ったりしたらどう怒るの？」と聞いたら、「別にタバコぐらい学校にバレんかったらそんな怒るもんでもないで、うちは。」という驚きの返答。髪の毛の茶髪にしても、同じ答えでした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">そして、一晩が過ぎ、家に帰ることになんとかなれて、陰湿な空気の自分の世界で、ひたすらエレキギターだけは懸命に練習していました。弾けなかった難しいフレーズが特訓で弾けるようになり、これが達成感の一つだったのかも知れないですね。気持ちよく、まだまだ未熟でしたけど、エレキギターと、憧れのアーティストのビデオを観たり、そんな自分だけの夢の世界に入っている時だけが、小さな当時の幸せだったのかも知れないですね。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">そして、摂関の二回目、上記に記したように、ちょっと粋な、半分不良だった僕だったので、当時の高校友人とのノリもあり、タバコに手を出しました。今考えれば、逆にタバコを辞めるのに必死に苦労しているのに、わざわざカッコつけるために、煙たくてむせ返す煙を吸い込んで、最初はゴホゴホと咳をして、なんだこりゃあ！と思っているのに、タバコを吸う練習をして、とうとう、なじんでしまい、タバコを吸う15歳になってしまいました。当時はそれが楽しかったんですけどね、ツレ達とタバコ吸いながらギター弾きあって、下ネタで盛り上がったり、ワイワイやってました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><b>そしてある日、家の通り道の一角にある僕の机の僕のスペースで、僕はタバコを吸っていました。そして、それを父親が通りがかり、みつけました。いきなり、「なにをしとんじゃあーーー！！！！」と駆けつけて僕をボコボコのメタメタになぐりたおし、そばに置いてあったウォークマンを手にもって、思いっきり僕の頭に殴りつけ、頭から僕は血を流し、「出ていけボケーー！！」とむなぐらを掴まれて、外に連れ出され、更に外で20発ぐらい蹴り倒され、僕は、「またや・・・」と消沈し、トボトボ裸足で外を歩きだしました。そしたらその僕の後ろ姿が気に入らなかったのか、摂関は済んだかと思っていた父親は１０ｍぐらい離れたところから、猛烈にうしろから走りこんできて、思いっきり僕の背中に飛び蹴り。「殺したろか!!!」と言われてまた夜の街を僕は放蕩することになりました。</b></p><p>&nbsp;</p><p><b>この頃にはもう僕は父親はああだ、と。人間性をかいつまむ様に見るようになっていました。</b></p><p><b>その夜、例のエレキベースを弾くツレの家に助けを求め、一晩泊めてもらえました。エレキベースのツレは、タバコを吸いながら、ベースを持って、お前のとこ、えらいひどいなぁ。みたいに言って、僕はとりあえず安全地帯に逃げ込めた感じで、心が少し緩やかになっていました。そしてその翌日、母親がエレキベースのツレの家まで来て、僕に家に帰ってくるように、僕を家に連れて帰りました。ため息</b></p><p><b>も出ながら。</b></p><p>&nbsp;</p><p><b>いま、振り返ればどういうことだったんでしょうね。端的に言えば、校則違反は良くない。だけど、学校にはバレずにやっている。エレキギターに情熱を入れて一握りの小さな夢の世界を楽しめていた。だけど、父親の摂関は今でいうDV。警察に捕まってもおかしくはない行為。</b></p><p>&nbsp;</p><p><b>そもそも、僕は、違う家の子だったんでしょうね。何かの間違いであの家の子として生きてきた。</b></p><p><b>父親に関しては現時点で感謝はあるか。といえば、バカ正直に言えば、あの父親のもとに生まれてこなければよかったんだなと、後に記載するいくつものエピソードも踏まえ、思いますね。この文章だけではあなたに伝わりきらない、陰惨で、残酷で、神経質な精神異常な暴力親父でしたね。母親は僕が20歳を過ぎるころまでもずっと父親の奴隷みたいな扱いをされている主婦でした。</b></p><p>&nbsp;</p><p><b>エピソードはまだまだあるので、完結的な視座発言はまだ述べませんが、上記のような過激な青春期の一部でした。</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/star-ei/entry-12634004524.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Oct 2020 14:46:29 +0900</pubDate>
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<title>チャプター３。どんな不幸も痛みも生きている証拠。いつかこの喜びのためにあった経験だと</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">チャプター３</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">涙の公立高校入学になりましたが、父親に夢を破壊されて、なれ果てな気持ちで、やる気の失せた公立高校入学になりました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">僕は考えました。もう反抗だろうと、自分の好きなことはしたい。入学して、勉強は全くしなかったのですが、内緒でデパートの最上階にあるレストランに僕はアルバイトをすることにしました。当時の時給で650円。厨房の仕事でした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">学校や実家で表現できない奔放な自分をバイト先で羽を伸ばすかのように、楽しく、働いていました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>半年以上アルバイトを頑張って、9万円くらい貯金が貯まりました。僕は迷わず神戸にある楽器屋さんに行き、エックスジャパンのhideモデルのギターを買いに行きました。</b></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>ギターを見た瞬間感動ものでした。買いそろえたのは、ギターと、ギターの音を調節したり変えたりするエフェクター。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><b>有頂天になり、家で、どのフレーズもコードもわからないまま無邪気にエレキギターを弾いていました。</b></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>そして、公立高校で初めての友達ができたのが、昼食の時間、食堂に座っていた不思議な男子生徒がいました。お互い同時に声をなぜか掛け合え、二人ともエレキギターをやっているということで、意気投合し、友達になってしまいました。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><b>数日後、その男友達の家に自分のギターを持って遊びに行きました。なんとそいつはエックスジャパンの大ファンで、当時一世風靡した曲をなんと弾いているのです。僕はギターを買って、一番最初にそいつにギターを教えてもらいました。そいつも僕も耳コピはまだまだ苦手だったので楽譜のタブ譜を見て、フレーズを覚えて一緒に最初に演奏したのはエックスジャパンの、「サイレントジェラシー」でした。</b></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>早い手首の動かし方、左手の早弾き、右手の早いピッキング。熱を入れて本当にギターに燃えていました。二人で一緒に曲を弾き切ったあとは、やりきった感の、やったー！！！♫♫♪てくらい面白く喜んでいました。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><b>楽しくギターを弾きあった友達の家から帰り、実家に立派にたたずんだギターを眺めては、カッコいいー💛と有頂天に実家にある自分の居場所の片隅で喜んでいました。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><b>しかし、悪い予感はしていました。そのギターを父親が見たら怒髪するんじゃないかと。</b></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>夜に父親が実家に帰ってきて僕の居場所は実家の片隅なので、通り道なので、ギターを父親に見つけられました。</b></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>父親は、「何勝手に買って来とるんじゃ！こんなもん家に置きやがって、明日には捨てとけ！！」</b></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>と怒声を憎しみをこめながら僕に浴びせて父親の部屋に父は行きました。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><b>いっつもだ。昔から。本当に喜んだ後はほぼ必ず親が高まる喜びをけり崩して台無しにする。</b></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>でも、僕はその時15歳、負けるもんかと、ギターを大事に扱う日々と、ギターの練習をする日々が続きました。</b></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>夜中に公園まで行って、外でギターの練習を一人でしていた時もありました。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><b>高校生活でたった一つだけの僕の青春だったんでしょう。</b></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>学校の勉強は殆ど全くしませんでした。欠点を取り、進級のためのレポート提出の山をこなして、留年だけはしないと誓っていたので、進級する勉学生活でした。単位もあと一単位落としたら留年てところまでなりましたが、そこは必死に登校して、進級に繋げました。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><b>中学時代からの仲間だったやつもギターをしていました。そいつは本格的にバンドを組み、本気でプロミュージシャンを目指して励んでいました。そいつのパートはエレキベースでした。最初はそいつもへたくそだったのですが、僕の実家と違い、親が寛容なので、自宅で自由に好きな音楽をし、バンド関係の仲間もつながって広がっていき、ベースの腕を上げていました。そいつともバンド練習スタジオで数曲一緒にバンド練習したこともありました。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><b>実家の寛容さ、窮屈さ、叱り、ルール、やりかた。そんなそいつの家と僕の家の不自由さ理不尽さとの違いに何度も何度も、あいつの家はめちゃ恵まれてるなぁ。とため息と悲しさを抱いた高校生活の一部でした。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><b>それでも僕はめげずにギターの練習をし、仲間たちには弾けない難しいフレーズを弾けるようになり、僕の中で高校生活で唯一のものだったのが音楽でした。痛み痛みの暮らしの生活でも、後に生きている喜びを奮起させる味の素なんだと、今現在、僕が振り返って思います。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><b>しかし、悲劇は続きます。</b></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><b>では、次のチャプターで。</b></span></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/star-ei/entry-12617332730.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Aug 2020 13:38:23 +0900</pubDate>
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<title>チャプター２。心が晴れるのは、艱難辛苦を超えたその時に、自分がどれだけやったかと、高揚できる</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">どうも♪eiです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">今回はダークなことを記載しようと思います。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">人の喜びだけを聞いてても、自分はこんなに不幸で困難なのに、こんなに悲しいのに。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">と思う方もいらっしゃるでしょう。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">前回は高校受験への激奮闘のたった一つの勝利を記載しました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">その後、僕は公立高校合格し、音楽をやるぞ、坂本龍一や、小室哲哉や、Yoshikiのようになるぞ、と、ワクワクして、心がキラキラとしていて、高校ではバイトをしてエレキギターを買って、小遣いも貯めて、勉強はトップクラスをとり、あの公立大学の音楽学部に入るぞ♪と胸躍らせた、合格日の夜でした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">かわらず、貧しい家庭なので、粗食の夕食になりましたが、そんなたった一つの勝利の夜に胸が高まっていたところでした。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">母から、「お父さんが呼んでいるから来なさい」と言われ、なんの事だろう？と、父の部屋に、母と行きました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">父の顔は僕が公立高校を合格したことの喜びの表情はありませんでした。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">僕と父の顔が合うなり、父が「高校受かったら、クラブ活動に入れ。運動部や。将来友達ができるから。」という一言から始まりました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">僕は、いやいや、僕は音楽がやりたくて、これだけ音楽の勉強や練習も頑張って、当然、学校の成績もぞんざいにせずに、トップクラスの成績を取るくらい勉強をする。大学はあの大学に入りたくて、入ったら音楽学部に入って、プロのミュージシャンになる。と、父に僕の本心から</span></p><p><span style="font-weight:bold;">の高校生活の今後の抱負を伝えました。なんのまぎれもない純粋な夢と希望を込めた、意見でした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">すると、父は、お前には音楽なんか向いてない。ここはそんな家とちがう、音楽なんかやらせん。クラブ活動入らへんのやったら、今すぐこの家出ていけ。お前にあの高校でいい成績なんかとれる頭なんかない。必死で勉強してやっと普通や。と。それに、お前にあの大学が受かるわけないやろが。言うた通りせえへんのやったら今すぐこの家出ていけ。お前の言い分なんか無い。高校受からせてもらったんやろ。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">僕は涙が溢れてとまりませんでした。悲しい感情が、夢が壊れ去ると同時に、ポロポロと両目から涙が溢れて止まらなくて。大声をあげて号泣してしまいました。いくら僕が訴えても父は断固として一ミリもゆずりません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">あれほどの努力の結果の喜びが、合格が、辛かった人生のたった一つの勝利が、夢が、一時にして精神とともに崩壊して崩れ去りました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">僕は泣きながらものも言えず、父の部屋を後にし、自分の部屋（といっても家の通り道の一角が僕の机）に戻り、キラキラしていた自分の机周りが、暗雲たるものの世界に変わり、悲しくて悲しくて、夜遅くまでずっとずっと一人で泣いていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">僕の世界は崩壊しました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">でも、僕は負けません。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/star-ei/entry-12609873058.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Jul 2020 14:48:41 +0900</pubDate>
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<title>チャプター1。心が晴れれば、精神（脳）が晴れれば、夢も絶対に諦めずに叶えられますよ。</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">僕は20年以上普通の人間では体験、体感しないほどの困難と苦渋に悶えながら生きてきました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">でも、夢をあきらめないで、絶対に絶対に絶対にあきらめないで、苦しい中でも、優しさを振りまいたり、人を笑わせたり、大切な人を幸せにしたり、喜ばせたりを、相手を時々困らせたりしながらも、したたかに生き抜いてきました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">仕事中に頭が錯乱し、発狂状態になりながらでも、わずかな一心の残りの力で死なずに生き抜いてきました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">仕事も、人生こんな夢を叶えるぞ、これくらい稼ぐぞ、やっと定職につけたぞ！と思って挑んでは、発狂状態になり、混乱と恐怖感の中で、仕事を死ぬ気でして、転々としていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">大きな夢を抱いて、それでも諦めずに、何度倒れたって、向かっていくことで、小さな夢が一つ一つ叶っていきだしました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">僕の生まれは、物凄い貧乏で、5人家族なのに父親は家に月に15万円しか入れず、それで成人になるまで、衣食住をまかなっていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">子どもの頃のおもちゃも親戚からの貰い物。服も貰い物。買ってもらえる服は、バーゲンセールの1000円もしない服やズボン。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">Tシャツの首元はヨレヨレでした。食事も優雅なものなんて殆ど食べたことがありませんでした。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">それでも、父親からはこれで普通や！と言い聞かされては反論したら暴力、暴言を出された日々でした。もっと下が居るのやとも。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">人生30年以上経ちますが、振り返って、良かったことを思い出すと、中学時代成績がビリだった僕がどうしても近くの公立高校に受かりたいと、母に祈願し、母はなけなしのパートを初めて、かなりレベルの高い高額な塾に受験1か月前から習わせてくれました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">必死で勉強しました。旗周りは灘高校や、白陵高校に受験をするハイランクな生徒たち。その中に成績ビリだった僕が入って勉強しました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">必死で勉強した終日あたりの日に、父親からは「お前に公立高校なんか受かるわけない。お前にそんな頭はない」と言われ、「担任の先生からも、無理や。私立のレベルの低い高校にしとけ。」そして友達たちからも、「(笑)お前に受かるわけないやろ。」と味方や応援は14歳の僕にまったく一人もいませんでした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">でも、僕は絶対受かってやる。と、まだ父親から暴力を受けたり、弟から気に障るようなことやおちょくりの言動を受けたりしながらでも、必死で勉強して、高校受験当日を迎えました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">まず、併願だった先生が進めた私立高校の受験。受けてみると、馬鹿みたいに問題が簡単すぎて、書き終わった後１００％受かる手ごたえを得ていました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">結果合格。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">そして後日、本番の公立高校の受験。受けてみると確かに私立高校と違って難しかった。でも塾で習ったことを真剣に思い出して、1か月のラストスパートの勉強をフルに活かし、これはほとんどの生徒は解けないだろうという問題も解けました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">やりきりました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">私立高校の合格発表日掲示板には僕の番号が記載されてありました。まず、合格！</span></p><p><span style="font-weight:bold;">まぁ落ち着いていたのですが、僕の本命ではありません。その私立高校にまで落ちた他の生徒もいました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">数日後、本命の公立高校の受験発表日、一歩一歩、ずしん、ずしんという足取りと闘志に満ちて公立高校の合格発表掲示板の前へ向かいました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">掲示板が何枚も目の前にずらりと並んでいました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">これじゃない、これでもない。僕の掲示板は？あ！これだ！</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">合格していました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">人生でこれほどの喜びはあったでしょうか。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">全身の負気、邪気が空へ飛び去り、底からこみ上げる本当に心地よい喜びが全身に溢れ、青空には光がキラキラとし、視界に桜が舞い散っているかのように見えました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">落ちた奴からは嫌味を言われたりしましたが、自分の喜びは奥底でフツフツと湧いており、良かったなぁと言ってくれた友達もいました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">帰りに駅から母へ、公衆電話で、「受かった」と告げると「良かったなぁ」と簡単な言葉で済みましたが、幼少期からいじめにあっていたり、弟たちから気に障る嫌味を言われ続けてたり、父親から暴力暴言を受け続けてたり、母親がヒステリーでせっかんを繰り返してきて来ていたり、ずっと辛い思いで、夜に公園で一人で泣いていた時もあったりでしたが、こんな生きていて解放されて、喜びに溢れた想いは初めてでした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">その夜、僕は夢を抱きました。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">この高校で音楽をやって励み、勉強も懸命に頑張って成績トップクラスになり、大学もあの大学の音楽学部に入り、音楽家になるぞ！やったー！！嬉しい、嬉しい！！と辛かった人生の初めての夢の喜びの勝利になりました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">ここまでの人生はガキながらも辛かったですが、公立高校合格が人生で初めての困難な闘いからのたった一つの勝利でした。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">この話は僕の人生の1チャプターです。この話を見て、知って、あなたも少しは元気が湧いたでしょうか。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">どんなに困難で、絶望の淵からいつも抜け出せずに、苦しみがぬぐい切れないあなただとしたら、少しは勇気や夢を強められたでしょうか。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">あなたの困難や痛みや苦しみよりも、あなたが知らないかもしれないあなたの希望は、そんなものよりももっと深く強いんだよ。と、僕はここにいるから、絶対に、絶対に、絶対に諦めないで、希望を捨てないで、夢を捨てないで、暮らしと人生を開花させてくださいね。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">また次のチャプターでお会いしましょう。</span></p>
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<pubDate>Tue, 07 Jul 2020 14:30:23 +0900</pubDate>
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