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<title>巡り会い</title>
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<description>出会いと別れ...楽しい事や悲しいこと。平坦じゃないのが人生。そんなジェットコースターのような人生を楽しく行きたいと願いながら。なんとなく思ったことをただ綴るブログです</description>
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<title>I remember you(1)</title>
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<![CDATA[ <p>出会いは私が高校一年生の時。</p><p>田舎者の私が高校の部活の講習会で東京にいったときだった。</p><p>写真には興味なかったが担任が写真部の顧問で渋谷で講習を受けて現地解散。しかもその日は出席したことになるという誘惑に負けて1日だけ写真部に在籍した。</p><p>&nbsp;</p><p>講習が終わり、その時付き合っていた人が市ヶ谷にいたので私は市ヶ谷に向かっていた。</p><p>渋谷から新宿へ向かう間、隣に立っていた男の人がいた。少し視線を感じた気もしたけど、人の多さが怖くて周りをみないようにしてた。</p><p>ほんと田舎者・・・　一人で東京を移動するなんて初めてだったし、私の地元は終着点の駅だったので乗る電車は考えなくてもわかるところだった。</p><p>そんな私は新宿駅でどの電車に乗っていいかわからなくなった。彼氏はまだ仕事中で連絡も取れず人の多さに疲れ果てて私は新宿駅の通路の壁にもたれて座り込んでしまった。</p><p>駅員さんに尋ねることさえ頭に思い浮かばなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>「どうしたの？」</p><p>その時声をかけてきたのはさっきの電車で隣に立っていた男の人だった。</p><p>知らない人に声をかけられた恐怖もあったが、それよりどの電車に乗っていいかわからない不安の方が大きかった。</p><p>&nbsp;</p><p>「市ヶ谷に行きたいのですが、電車がわからないんです。」</p><p>わたしはとっさにそう答えてた。</p><p>東京の人はみんな怖い人だ。そう思っていたのになぜか全く知らない彼に頼ってしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>彼は私をホームまで連れて行って電車に乗せてくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>「ありがとうございました。ほんとに助かりました。」</p><p>そう言葉を絞り出しながら安心感で半泣きになっている私に彼は電話番号を聞いてきた。</p><p>助けてもらった恩は感じてたが、知らない人に電話番号を教えるのは怖かった。</p><p>&nbsp;</p><p>「携帯を持っていなくて家電しかないので教えれないです。」</p><p>そうとっさに嘘をついた。</p><p>彼はその言葉を受け止めて、</p><p>「じゃあ俺の電話番号を渡すから気が向いたら電話して」</p><p>と言いながら紙切れに電話番号を書いて渡してくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>電車が出発し彼とはそこで終わるはずだった。</p><p>&nbsp;</p><p>私は無事に彼氏のもとにたどり着いた。</p><p>&nbsp;</p><p>(2)へ続く</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Fri, 26 Mar 2021 12:58:34 +0900</pubDate>
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<title>写真</title>
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<![CDATA[ 写真を見返すのはわりと好きで<div>今日もふと見返してた。</div><div>いろんな時代を乗り越えてきた思い出が頭をよぎりながら。</div><div><br></div><div>もう2度と会えない人達もたくさん居る。</div><div><br></div><div>その中の一人が私の母。</div><div>私が4歳になってすぐに病気で亡くなった母。</div><div>私が産まれてそう時がたたないうちに末期の癌を宣告されたと聞く。</div><div>それでも頑張って4歳まで生きてくれた。</div><div><br></div><div>ほとんど入院していて、たまに外泊する程度だった母の写真は少ない。</div><div>そして母の記憶もほとんどない。</div><div><br></div><div>父親しか居ない事で辛いこともあったが、17歳くらいまでは近くに住んでた祖母が沢山愛情をそそいでくれた。</div><div><br></div><div>若い頃は子供目線で母が居ないことの悲しさを感じていた。</div><div><br></div><div>今は自分自身が母親になって10年。</div><div>母親として幼い子供をおいて亡くならざるおえなかった事が、どれだけ辛いことだったか母の無念さが胸を締め付ける。</div><div><br></div><div>母は私を産む前に産まれて数ヶ月の子供を亡くした事もある。</div><div><br></div><div>子供に先立たれる辛さと、子供をおいていかなければならなかった辛さ...</div><div>両方を味わった母はどれだけの哀しみを抱えていったのか。</div><div><br></div><div><br></div><div>自分の幼い頃の写真をみていると</div><div>写真の日付でこれは母が亡くなる何か月前だとか...</div><div>この頃はもう病気を抱えていたんだなとか思って</div><div><br></div><div>無邪気に笑う私の顔を母はどんな気持ちで見ていたのか。</div><div>母の代わりに乳飲み子の頃から私を世話してくれた父や祖母、叔母叔父達はどんな心境だったのか。</div><div>ほんとに胸が締め付けられる。</div><div><br></div><div>波瀾万丈な人生をおくり、40年で人生を終えてしまった母。</div><div><br></div><div><br></div><div>母と話した記憶もないしどんな人だったか周りから聞いた事でしかわからない。</div><div><br></div><div>叶わないとしりつつも</div><div>一度でいいから母会ってみたいと願ってしまう。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/start20140919/entry-12659588674.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Feb 2021 23:21:45 +0900</pubDate>
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