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<title>さよならカフカ</title>
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<description>過去は安い本と同じ。読んだら捨ててしまえばいい。</description>
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<title>12年ぶりにブログを書いてみる</title>
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<![CDATA[ <p>僕がAmebaブログを書くのを止めて、およそ12年が経ちました。</p><p>ブログは飽きたから止めただけでそれ以上の理由もなかったし、今改めてブログを再開するつもりも特にないけれど、せっかくログインしたので、記念に書いておきます。</p><p>&nbsp;</p><p>12年経ったという事実と、これまでの12年間の軌跡を･･････いや、書かないけど。</p><p>&nbsp;</p><p>12年前、僕はもちろん今より12歳若かったのだけど、仕事はすごく頑張ってた記憶はあるし、個人的にもいろいろ思うところがあった時期ではありました。</p><p>今も、同じ仕事を、当時のカロリー以上の熱量で頑張っています。</p><p>仕事以外では、個人的にいろんなことにチャレンジしたし、経験もしました。Xのフォロワーが2,700人を超えました。配信者もやってみました。コロナ禍に独学で難関国家資格を取ったし、あと何だろうな。</p><p>&nbsp;</p><p>12年間放置したブログを誰かが読むとは思えないけれど、いやだからこそ、言いたいことを書いてみます。</p><p>&nbsp;</p><p>12年間の間に、関わってくれた人、本当にありがとうね。楽しい思い出がたくさんある。楽しいことばかりでもなかったけど。</p><p>&nbsp;</p><p>本もたくさん読んだよ。当時はなかったけど、今はKindleにしてる。紙の本は、収納の限界がきた。</p><p>音楽もたくさん聴いた。これも当時はなかったけど、AmazonMusicとYoutubeMusicで、無限に聴ける。</p><p>12年前にはギリiPhoneを使っていたけど、今でもiPhoneだ。画面がでかくなった。</p><p>&nbsp;</p><p>あと、いろんな人に会った。元気かな。</p><p>&nbsp;</p><p>まあ、これぐらいでいいかな。</p><p>では、また12年後ぐらいにね。おやすみなさい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 25 Sep 2024 20:37:47 +0900</pubDate>
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<title>右手に宿題を、左手には花束を</title>
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<![CDATA[ <p>　朝一で開くグループウェア。別に、「宿題やったけど答えいる？」的なタナボタメールを期待するほど私も馬鹿ではないわけですが（宿題をやらない馬鹿ではありますが）、もちろんそんなおいしい話がゴロゴロ転がっているはずもなく、仕方がないので、そういうことをきっちりやってそうな同僚に電話をすることに。</p><p>　もはや本業そっちのけです。本末転倒です。</p><p>　</p><p>　ところがここで重大な問題が。</p><p>　</p><p>　よく考えてみれば、私の友人知人にそんな堅実でクレバーな人間がいるわけがない。きっちりやってそうな同僚なんて、完全に想像上の人物でした。それでも一番アテになると思ったT氏に「ああ課題ね、ステくんに見せてもらおうと思ってたとこだったんだけど、できてる？」とか言われる始末。</p><p>　終わったと悟る私。俺たち終わってるよ、とかける言葉に息を呑むT氏。「お前やってないの？マジか！」と逆ギレされることに。あー僕は、「やってる人間」だと思われてたんだな。友だちっていいな。でも全然やってないよT。</p><p>　</p><p>　このデフレ不況真っ直中の昨今、本業そっちのけで社員を阿鼻叫喚の渦に巻き込むこの研修って一体何だ、という根本的な怒りがふつふつと沸いてきます。</p><p>　</p><p>　そんな崖っぷちの状況で無情に過ぎてゆく時間はなぜか短く感じるもの。気がつくともうあっさり午後に。日頃何の世話にもなってない、世話もしてない人に「宿題見せてよ」と言える無神経さがあれば、今後いろいろ損はするとしても、少なくとも今日のこの局面は乗り切れたのに。私の人並みのデリカシーが行く手を邪魔します。</p><p>　</p><p>　ところが！ここでまさかの超展開です。神降臨、捨てる神あればナントカとはまさにこのこと。</p><p>　</p><p>　普段は顔を合わせることもほとんどない他部署の同僚Rさんが、「課題、一応できたけどいる？」という、まんまタナボタメールを送ってよこしたのです。</p><p>　でかしたR！かっこいいよR！</p><p>　</p><p>　さっそく全力の誠意を込めて「お世話になっておりますステでございます、Rさんお願いします」と電話。電話のこちら側ではもう土下座してもいいぐらい。しなかったけど。</p><p>　Rさんは女性ですが、決してリーダーシップがあるタイプでも優れた仕事っぷりを見せるタイプでもない。私もおそらく含まれるであろう、いわゆる「負けチーム」の古参メンバーです。古参だけあって、負けチームたちが詰んでいることなどとうにお見通しか。</p><p>　</p><p>　では、そんなRさんがなぜあの課題を解くことができたのか。</p><p>　</p><p>　何とRさん、哀れに思ってくれた部署の上司や同僚を総動員して、人海戦術で課題を解いたという。なるほどその手があったか。もう君たちにはデフレ不況とか関係ないね！何やってんだD課！ありがたいけど仕事しろよ！</p><p>　</p><p>　Rさんは、別に私と人間関係があるわけでもないのに、たまたま自販機でコーヒーを買っていた私の横を通り過ぎざまに「私の分は？」と普通にきいてくるワイルドな人で、私が買ったばかりのアイスコーヒーをさも元々自分のものであったかのように飲んでしまうという荒技をやってのける豪傑なのですが、そんないきさつで何度かコーヒーを奢ってやったのがここにきて効いてくるというのは、もう完全に鶴の恩返し。投資ってのはしとくもんだね！</p><p>　</p><p>　手書きなのでと、PDFファイルにして送ってくれたメールをプリントアウトしてみると、答えはあっていても途中のロジックに明らかな誤謬が見られたりして、D課の総力戦の割にはやや脇が甘かったりもしたわけですが、まあでも全然問題ないよ！というかそんなこと言える立場にないよ！よーし後は俺に任せておけ、って気分です。富士山の９合目まで車で送ってもらった感じ。</p><p>　</p><p>　･････というわけで、何とかなりましたよ宿題。ほぼ他力ですけど。というか、研修いらないよ。</p><p>　</p><p>　明日は、右手に宿題を、左手に花束を、気分的にはそんな感じですが、本当に花束を持って行くと本気のバカだと思われるし宿題見せてもらったのもバレるので、気持ちだけ。</p><p>　何とかなるもんだねえ。</p><p>　</p><p>　O課長、I係長、そしてヒラのRさん。その他Rに利用されたD課の皆さん。あなたたちは気づいてないかもしれませんが、ついでに私も救われましたよ。でも、途中がちょっと間違ってましたよ。　</p><p>　こんなブログなどは読んでないはずですが、こっそり感謝を込めて。明日からはぜひ本業がんばってください。</p><p>　</p><p>　では。次からもうちょっとマシな記事書きます。</p><p>　</p><p><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=stiltzkin&amp;service=blog"><img alt="ペタしてね" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_03.gif" width="150" height="50"></a> </p>
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<link>https://ameblo.jp/stiltzkin/entry-11409907810.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Nov 2012 21:47:39 +0900</pubDate>
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<title>詰んでいます</title>
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<![CDATA[ <p>　正直に言います。</p><p>　今、がっつり詰んでいます。今は、その私の生き様というか死に様というか、詰んでいくプロセスをTwitterで中継していくぐらいしか、すべきことが思いつきません。いやそれは今すべきことでもないけども。</p><p>　</p><p>　今週の木曜日に、丸一日研修を受けなければなりません。木曜日って明後日じゃないかって？そうですけど何か？</p><br><p>　それが、実は結構ハードな研修で、中には講義形式のコマもありますが、事前に課題を出されて、まあいわゆる「宿題」を持って行かねばならないものもあるのです。</p><p>　この宿題がなかなか曲者で、というか正直全然やってないのですけど、かなり調べ物をしたり資料を当たったりしないと解答を作れないようなものなんです。いや、その資料がぜーんぶ頭に入っているような超人は全然苦労しないのでしょう。私だって仕事に必要な資料には全部目を通すし、たまには覚えておこうかななどと殊勝なことを考えることもあります。しかし今回の課題、不肖この私、全く刃が立ちません。</p><p>　</p><p>　資料は、全然読む気がしないPDFファイルのものから、1,000ページを超えるようなカステラみたいな本や冊子まで、もう今からでは絶対に読めません。まだPDFファイルはワード検索がかけられるので必要な情報をサルベージできる気もしますが、今のところ現代文明はカステラをワード検索する技術を手に入れていません。一応職場からカステラ２つは持ち帰っているのですが、開く気力もありません。</p><p>　</p><p>　現在火曜日の23:30少し前。受講開始時刻まであと33時間半とちょっと。木曜日の9:00までに、二度の睡眠と四度の食事、二度の風呂とシャワー、トイレなどの時間を差し引くと、どう長く見ても正味19時間足らず。</p><p>　</p><p>　そして、そんな折も折にブログを書く私。研修終わりの飲み会の連絡はパーフェクトなのに、宿題は逆パーフェクトな私。</p><p>　</p><p>　詰んでますよね。ええ詰んでますとも。</p><p>　</p><p>　ドラゴンボールを集めてくる系の解決策以外で、今私が取り得る手段はたった一つ。そう、研修の神に禁じられし悪の所業。これまで清廉に生きてきた私がダークサイドに身を窶す禁断の果実。</p><p>　</p><p>　いえ、そう言えば、ずっと昔私は一度だけダークサイドに墜ちたことがありました。</p><p>　大学に入学したばかりの頃でした。</p><p>　</p><p>　出席しか取らないでお馴染みだった某倫理の講義を、大講義室の後ろのドアからエスケープする手法でサボり続けた私は、当然のことながらテストに臨むにあたっていたく困り果て、友人数人と途方にくれながら最後の講義を受けていたのでありました。</p><p>　倫理のテストは、講義の内容がそのまま出るらしい。だからノートさえあれば何とかなる。これはサークルの先輩情報。</p><p>　そう、ノートさえあれば。</p><p>　</p><p>　最後の講義が終わった後、私は大講義室の最前列で講義を熱心に聴いていた、髪の長い真面目そうな女子に声をかけたのでした。あの倫理の講義を熱心に聴くとは一体きみは修行僧か何かかね、と言いそうになるのをぐっとこらえ、「ねえ、ノート、コピーさせてくれないかな？」</p><p>　怪訝な目で見られる私。当たり前だけど。</p><p>　ここで男であることを武器に利用しなかったと言えば嘘にな･････いえ、そんな武器は持っていませんでした。話を盛りそうになりました。すみません。</p><p>　まあともかく、彼女を大学生協のコピー機の前まで連れ出すことに成功した私含めアホ男子３名は、まるで病院長回診のごとく揉み手で彼女に付き従い、同じくアホ学生どもが列をなすコピー機の前に順番待ちをしたのでした。</p><p>　</p><p>　季節はまだ汗ばむような時期。「ねえ何か飲む？」に対して「いいです」とすげない返しも、遠慮深い子だなあなどとポジティブに解釈していた、私にもそんな時期があったのです。</p><p>　暑い中、多分１時間以上並んだと思いますよ。めでたく３名分のコピーをゲットしたアホどもを代表して私が、「お腹すいたね、何か食べる？」というと、「ええじゃあごちそうになろうかしら」的な流れになって、その後連絡先も交換し、そして実はその時のあの子が僕の･････なわけは全然なく、まあでも一応「頑張ってくださいね」とのお言葉だけ頂戴いたしまして、私たちは無事テストに臨んだわけであります。</p><p>　</p><p>　倫理の単位は取れました。そう、単位と引き替えに私はダークサイドに墜ちたのです。リアルの世界でチートをやってしまったのです。</p><p>　</p><p>　･････というエピソードを思い出したので、もう明日の朝一で同じ研修の受講者に、宿題を写させてもらうしかありません。</p><p>　できればこの手だけは使いたくなかった。ごめんね研修の神。</p><p>　</p><p>　では、続きはTwitterで。</p><p>　</p><p><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=stiltzkin&amp;service=blog"><img alt="ペタしてね" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_02.gif" width="150" height="50"></a> </p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/stiltzkin/entry-11409275332.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Nov 2012 23:30:35 +0900</pubDate>
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<title>校閲者の憂鬱</title>
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<![CDATA[ <p>　約５ヶ月ぶりにブログを更新します。</p><p>　長らくご無沙汰しており申し訳ありません。この５ヶ月の間、何も書かないブログに毎日絶えず80～120ぐらいのアクセスをいただいていたようなのですが、それを見てもやはり書くような気持ちにはあまりなれなくて、ずっと放置してました。時期が空きすぎて、もうこのブログをどんな方向性で書いていたのかも正直ちょっと忘れてしまっているぐらいです。</p><p>　</p><p>　再開するきっかけも特にはないのですが、これからまた、気まぐれに、あまり義務的に考えずに書いていこうかなと思っています。ちょっと路線変更しつつです。</p><p>　</p><p>　いきなりですが、今、川上未映子さんの『すべて真夜中の恋人たち』という本を読んでいます。まだ半分ぐらいしか読んでないので感想は書きませんけど、読みながら少し思った、本とはあまり関係ないことを書いてみたいと思います。</p><p>　</p><p>　この作品の主人公はフリーランスの「校閲者」の女性です。校閲を生業としている女性と、高校で物理を教える先生との恋愛を描いた小説なんですね。</p><p>　私も、専門ではありませんが校閲を業務の一つとして担当しています。呼び方は違いますが、やっていることはまさに校閲で、これはどんな企業や組織にも必ずある仕事だと思います。分量もそんなに多くはなくて、少ない日で数件、多い日で数十件。A4一枚ものの簡単な依頼状から、500ページ以上あるような分厚い冊子、プレゼンテーションや会議の資料、Webサイトの記事に至るまで、全て目を通して文章をチェックしていくんですね。</p><p>　</p><p>　この一見単純で退屈そうな仕事ですが、実はこの小説でも描かれますが、非常に奥が深くて難しい仕事なのです。</p><p>　</p><p>　例えば、上に書いた依頼状であれば、時候の挨拶があったりしますよね。時候の挨拶は間違いが非常に多いので、必ずチェックします。チェックしてれば相当詳しくなっていきます。</p><p>　ネットで調べると、11月の時候の挨拶の例文として、「晩秋の候」と「初冬の候」が併記されていたりしますが、これは間違いですね。時候の挨拶は、月ではなくて二十四節気で決まるからです。</p><p>　今日11月7日は二十四節気の一つ、「立冬」だそうです。つまり、暦の上では今日からが冬なんですね。したがって、11月6日までは「晩秋の候」であり、11月7日からが「初冬の候」になるわけです。立秋を境に「暑中お見舞い」が「残暑お見舞い」に変わるのと同じです。</p><p>　校閲者は、時候の挨拶と見れば必ず全て日付や二十四節気と照合します。</p><p>　</p><p>　他にもこんな例もありました。広報の記事で、マクドナルド社の企業理念か何かを紹介する文章だったと思うのですが、メニューの「スマイル0円」のエピソードが出てきたのです。そういう時に校閲者は、果たして今日現在もマックには「スマイル0円」のメニューが存在するのかどうかを疑います。</p><p>　実は、この10月1日からマックのカウンターメニューが廃止され、その際にスマイル0円はメニューから消えています。このような情報ならネットでも十分裏が取れますから、確認して鉛筆を入れ、原稿作成者に戻します。</p><p>　スマイル0円のエピソードはさほど重要なものでもなかったのですが、もしこれが重要な情報でネットで裏取りもできなければ、校閲者はマクドナルドの店頭まで確認に行くかもしれません。</p><br><p>　他にも、例えば「シュミレーション」は誤用なので「シミュレーション」とすべきだとか、それは刑法ではなく刑事訴訟法の規定であるとか、「バタフライ効果」の用法が誤っているとか、経済学上そういう学説は確かにあるが主流ではないとか･････。誤字脱字のチェックはもちろん、人名や地名などの固有名詞が出てくればデータベースと照合し、数値データがあれば検算し･････。そして、鉛筆を入れていくのです。軽微なミスであれば決裁はしますが、そうでなければ原稿作成者に戻します。</p><p>　</p><p>　私はプロの校閲者ではないし、したがって見落としも日常茶飯事にあるのですが、それでも他人が書いた文章を校閲しようとすれば、それはもうあらゆる分野の知識と情報が膨大に必要であり、読解力と理解力が要求されると思います。私はきっと、いつまでたっても精度の高い校閲はできるようにはならないと思います。</p><p>　</p><p>　憂鬱なのは、今の業務を担当するようになってから、大好きな小説を読んでいるときでもついつい校閲者目線になってしまうことなんですね。『すべて真夜中の恋人たち』の主人公・冬子も「ついつい鉛筆を入れたくなる」と言ってたりしますが、まさにそんな感じです。</p><p>　ちなみに、この『すべて真夜中の恋人たち』も、私の校閲に引っかかった箇所があるのです。校閲者が主人公なのに、校閲甘いですよ、なんてね。</p><p>　単行本65ページ、主人公が訪れるカルチャーセンターの講座名に「特殊相対性理論と時空のゆがみ」というのがあるのですが、これは明らかな誤りですね。時空のゆがみを扱えるのは「一般」相対性理論になってからで、「特殊」相対性理論の段階では扱えなかったのですね。</p><p>　まあこのぐらいは無視してもいいのですけど、そこがまあね･････。</p><p>　</p><p>　さて、今日もこれからその小説の続きを読みます。仕事のときはあまり文章に入り込まないようにしているのですが、プライベートで文章を読むときは、「校閲」ではなく「読書」にしたいなと思っています。</p><p>　</p><p>　では。</p><p>　</p><p><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=stiltzkin&amp;service=blog"><img alt="ペタしてね" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_01.gif" width="150" height="50"></a> </p>
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<link>https://ameblo.jp/stiltzkin/entry-11396668325.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Nov 2012 20:55:51 +0900</pubDate>
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<title>伊坂幸太郎さん『夜の国のクーパー』感想など</title>
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<![CDATA[ <p>　ブログを放置してはや一ヶ月半が過ぎようとしています。読者の皆さま、ご無沙汰しております。こんにちは。</p><p>　放置している理由も特にないのですが、何となく書けない、何となく読めない、そんな日々でございます。いやまあそれはいつものことなんですけど。</p><p>　</p><p>　今週末は、PCの入れ替え作業に勤しんでおりまして、今やっと新PCがそこそこ使える設定になりました。ヒューレット・パッカードのPavilion P6-2150jpというモデルを買ったのですが、ATOKがおバカさんな以外はとっても快適です。今まで32bit版Windows7だったのですが、64bit版にしたのはやはり正解。ちょっと張り込んでCore i7にしたのも正解。でもそんなに重い処理はしないこの贅沢感･････。BMWで60キロ制限の一般道を50キロぐらいで走る感じ。違うか。</p><p>　</p><p>　さて、上に書いたとおりですが、春先から慣れない仕事に追い回されておりまして、ちょっと精神的につらいかなと思う今日この頃でした。まあこの時期は毎年なんですけど･････。本を読もうとしてもすぐ寝てしまうし、ブログを書こうとしてもすぐ疲れてしまう、そんな感じでした。</p><p>　そう言えば、有給休暇なんか正月明けの１月４日に取って以来、ただの１時間も取らせてもらってないんですよ。ついでだから言いますけど、たまには休みくれ！病気にならないと休めないこの空気、どうにかしてくれ！ここで言っても全然しょうがないけどね！</p><p>　先週の金曜日だったか、職場で春の健康診断の結果が配られまして、「もういい加減どっか悪くなってるだろうな」と心配しつつ開封したのですが、LDLコレステロールが基準値より１低いだけ（悪玉が低いのは別に問題ないと思うのですけど）、私の部署で第２位の健康体であることが判明してしまいました。ますます休ませてほしいと言いづらい状況です。というか、うちの部署、「お前ら早く病院行けよ」って人ばかりでした。△のみならず▲だけで軽く２桁にのった某氏、あなたはもう死んでいる。</p><p>　まあでも、６月に入ってから少し仕事もうまく回るようになってきて、気分も楽になりました。これからまた自分の時間を楽しめる気分になるかな、と思ったりしています。</p><p>　</p><p>　さて、今週末はPCの移行作業の傍ら、伊坂幸太郎さんの書き下ろし新作長編『夜の国のクーパー』を読み切りました。</p><p>　</p><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=20450023" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">伊坂幸太郎『夜の国のクーパー』（東京創元社）</a></p><p>　<a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=20450023" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51MNTnfqOHL._SL160_.jpg" width="108" height="160"></a></p><p>　</p><p>　伊坂さんの書き下ろし長編って久しぶりですね。多分、『マリアビートル』以来かな。その前となるとおそらく『ゴールデンスランバー』とかになっちゃうんじゃないでしょうか。ご本人もあとがきで「書き下ろし長編は特別なもの」とおっしゃっていますが、ただでさえ筆の遅い伊坂さんの書き下ろし新作ですから、もったいなくてチビチビ読んだりしてみました。</p><p>　</p><p>　『夜の国のクーパー』は、ミステリーと言うよりはファンタジーの趣きでしょうか。伊坂さんらしい伏線と回収のミステリー構造もしっかりあるのですが、それがこのストーリーの骨格では決してない印象です。前作『PK』がバリバリのミステリー作品だっただけに、今作はまた全然違う方向で来たのかな、と思いましたね。</p><p>　おそらく伊坂作品を多く読まれている方なら、この作品を読み始めるとすぐに『オーデュボンの祈り』を連想したことと思います。個人的には、必ずしも原点回帰の作品ではないと思うのですが、似ているのは事実かな。ああいう雰囲気の作品ですね。</p><p>　</p><p>　単行本の帯には「これは猫と戦争、そして何より、世界の秘密についてのおはなし」という煽りが載っているのですけど、まあそうなのかな、そうなんでしょうね、という感じでしょうか。何とも掴み所の難しい作品だったりします。</p><p>　この作品は、何て言うか、全てのファクトがいちいち何かのメタファーだと思って読むのが正解なのかな、と思ったりしましたがいかがでしょう。僕の国と鉄国の関係とか、猫と鼠の関係とか、クーパーとか、クーパーの兵士とか、冠人と酸人とか、片目の兵長とか･････。あんまり書くとネタバレするので書けませんけど。</p><p>　伊坂さんの国家観だとか政治観、戦争観のような、そういうものがメタファーとしてストーリーの随所に反映されているのかなあ。『魔王』や『ゴールデンスランバー』ほど直接的ではなく、もっとこう、「ほんのり」と･････。そのあたりが「原点回帰」ではないと私が考える所以です。猫の視点って、どうも私たち日本人に対するアイロニーだったりするのかな、とも思ったり。難しいですね～。</p><p>　</p><p>　400ページ強の小説なのですが、最初から300ページぐらいまではとにかく説明的で、しかもファンタジーなので、読むのは正直なかなか苦しいです。ラスト100ページで怒濤の伏線回収あり、どんでん返しありなのですけど、ストーリーにどっぷり浸かってしまうのが苦手な私みたいなひねくれた人間には正直効き目が薄いかもです。米澤穂信さんの『折れた竜骨』ぐらい徹底的に描き込めばまた違うのでしょうけど、世界の作りはちょっと脇が甘いかな。もうちょっと力強く世界に引きずり込んで、もうちょっとしっかり騙してほしかった、そんな印象です。</p><p>　ファンタジーとしてはなかなか趣きがあって面白いけど、ミステリーとしてはもうちょっと。せめて、タイトルにしている「クーパー」が何なのかぐらいは、もうちょっとこう、ていねいにね･････。いや、面白く読ませてもらったのですけど･････。私はちょっと苦手かなあ。『オーデュボンの祈り』も苦手だったし。</p><p>　</p><p>　できればもう１回読んでみます。そのうちね。その時には良さが分かるかもしれません。</p><p>　</p><p>　では。</p><p>　</p><p><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=stiltzkin&amp;service=blog"><img alt="ペタしてね" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_05.gif" width="150" height="50"></a></p>
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<pubDate>Sun, 10 Jun 2012 21:52:46 +0900</pubDate>
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<title>東野圭吾さん『容疑者Xの献身』がエドガー賞を逃した件</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=stiltzkin&amp;service=blog"></a>　ちょっと古いニュースになってしまいましたけど、この件に関しては自分なりに考えるところもあり、少しまとめていましたので、ちょっと時間がかかってしまいました。</p><p>　タイトルのとおりですが、4月27日のニュースで出た、東野圭吾さんの『容疑者Xの献身』が、アメリカの権威ある文学賞・エドガー賞に翻訳小説としてノミネートされていたものの、受賞を逃したという件について。</p><p>　</p><p>　私の考えを端的に言うと、別に『容疑者Xの献身』はエドガー賞など獲る必要もないし、むしろ獲らなくてよかったのではないか、ということです。</p><p>　</p><p>　もちろん、エドガー賞自体はとても権威ある文学賞だと思います。おそらく、ミステリーの原型を生み出したと言われているエドガー・アラン・ポーの名を戴く賞なのでしょうね。</p><p>　でも、そうだとしてもあの『容疑者Xの献身』が、「翻訳小説」としてこの賞を獲ることに何の意味があるのか。『容疑者Xの献身』はすでに日本で直木賞まで獲っている、十分評価されている作品です。</p><p>　</p><p>　このニュースの本質は、「翻訳小説」って一体どうなの？という問題です。</p><p>　</p><p>　私事で恥ずかしいのですが、私自身、大学生のときは文学部のドイツ語ドイツ文学専攻、通称「独文」の研究室に籍がありました。語学と文学は違うだろう、「ドイツ語ドイツ文学」ってどうなのよという意見はあろうかと思いますし、それはまさにその通りなのですが、そこは大学の組織の問題ですからひとまず置いておいて。</p><p>　ちなみに私は当時ドイツ文学の先生についておりまして、卒業論文のテーマはフランツ・カフカの『変身』でした。全然専門外でしたけどね。このブログのタイトルのルーツがこのあたり。カフカなんかもう二度と読まないけどね。</p><p>　</p><p>　さてここで、文学部で外国文学を専攻すると誰もが行き当たる問題がありますね。そう、私の場合、「カフカを何語で読むのか」。</p><p>　カフカは、正確にはプラハ出身のユダヤ系チェコ人ですが、作品は全てドイツ語で書かれています。一読者として読む分には別に何語で読もうが構わないと思うのですが、研究者（まあ学生ですけど）の姿勢としてはどうなのか。</p><p>　</p><p>　まあ当然のことですが、仮に学生であっても、研究者は必ず原語で読むことを要求されますよね。研究でも評論でもそうですが、仮にもその道のプロなわけですから。『変身』は難解な小説で、ネイティブでも理解するのがなかなか困難な作品ですけどね。私も、どうやって買ったのか記憶もないですが、おなじみReclamのペーパーバック（黄色い表紙のやつね）を取り寄せて読みました。もちろん、『OXFORD GERMAN』や岩波文庫版と並べてですけど。</p><p>　つまり、研究や評論の対象として、ドイツ文学を日本語で読むこと、つまり翻訳小説として読むことは、基本的に価値を認められていないわけです。それが翻訳小説の価値の一面なんですよね。小説として楽しむ分には「翻訳小説」でいいわけですが、研究や評論の対象として「翻訳小説」は評価されない。</p><p>　もちろん、異論はあるでしょう。</p><p>　</p><p>　でも、私も正直に言うと、それはそうだろうと思っています。</p><p>　例えば、川端康成さんの『雪国』がノーベル文学賞を獲ったとき、選考委員は『雪国』を一体何語で読んだのでしょう。あの美しい日本語を、英語やドイツ語に翻訳してしまって、果たして原語と同じあのみずみずしい輝きを放つことができたのでしょうか。答えは多分否、そんなことは不可能だと思います。翻訳者に川端康成さん以上の文才があれば別ですけどね。</p><p>　</p><p>　さて、話を戻しますが、『容疑者Xの献身』はミステリー小説ですから、『雪国』や『変身』と同列に論じるのは無理があるかもしれませんが、でも問題の本質は同じです。</p><p>　</p><p>　私の考えですが、小説は翻訳すれば劣化します。例えば、日本語の小説はまずだいたい英訳されることが多いようですが、その英訳を元にドイツ語訳が書かれたりすることもあるようです。そして、そのドイツ語訳から今度はオランダ語訳が書かれたり。その過程で、小説はどんどん劣化していくと思いませんか？原語の言葉のもつ「美しさ」は、どれだけ翻訳を重ねられても継承されたりするでしょうか。</p><br><p>　小説という一つの構造物をざっくり分解すると、「コンテンツ（内容）」と「エクスプレッション（表現）」の二大因子に分けられるという捉え方も可能かなと思います。これが小説という文学の特性です。論文であれば、構成因子は「コンテンツ」のみと言ってもいいのでしょうけど。</p><p>　小説の翻訳は、コンテンツは頑張れば100%に近い精度で再現できるかもしれません。でも、エクスプレッションは必ずしも再現できません。美しい日本語を、そのまま美しい英語や美しいドイツ語に翻訳することはできないんですよね。そもそも言語構造が全然違うわけですし。必ず翻訳者というフィルターにかかって、その翻訳者のポテンシャル以下でしか表現できないのです。</p><p>　だから、研究者はもちろんですが、評論家でさえも、原語で読むことを要求されるのです。原作者が書いた「言葉」そのものの力を読み取るためだと言っていいかもしれませんね。</p><p>　</p><p>　『容疑者Xの献身』も、美しく巧みな日本語で書かれた、日本の誇る小説の一つです。それを、「翻訳小説」として評価しようとしたエドガー賞の傲慢さってどうなの？と私は思ったわけです。東野さん自身がどのように思われているのか分かりませんが、私は別に獲らなくてよかったんじゃないかな、と思った次第でした。</p><p>　アメリカ人たちが、エドガー賞にノミネートしてみようかと思うほど『容疑者Xの献身』が面白いと思うのなら、「翻訳小説」としてではなく、ぜひ日本語を勉強されて、「日本文学」として評価されればよいのでは、と思いました。</p><p>　</p><p>　では。</p><p>　</p><p><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=stiltzkin&amp;service=blog"><img alt="ペタしてね" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_03.gif" width="150" height="50"></a> </p>
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<link>https://ameblo.jp/stiltzkin/entry-11235278377.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Apr 2012 22:53:36 +0900</pubDate>
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<title>東野圭吾さん『ナミヤ雑貨店の奇蹟』感想など</title>
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<![CDATA[ <p>　少し前になりますが、東野圭吾さんの新刊『ナミヤ雑貨店の奇蹟』を読みました。</p><p>　</p><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=19817273" rel="nofollow" target="_blank" alt0="BlogAffiliate">東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』（角川書店）</a> </p><p>　<a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=19817273" rel="nofollow" target="_blank" alt0="BlogAffiliate"><br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F515HP0UpReL._SL160_.jpg" width="109" height="160"></a> </p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　単行本でそこそこいいお値段のする本ですので、こんなのは滅多に買わないのですけど、ちょっと興味があって買っちゃいました。行きつけの図書館にはまだ入荷してなかったみたいだし、入っても順番はなかなか回ってこないし･････。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　興味を惹かれたのは、本のタイトルや装丁もですが、ひとつは帯に書いてある「一か八かの大勝負でした」という東野さん自身の煽り文句。東野さんってこういうのが上手い人で、私は『麒麟の翼』や『マスカレード・ホテル』の煽り文句にも負けちゃたのですけど、「まあもう１回騙されてみるか」みたいに思っちゃっいました。</p><p style="MARGIN: 0px">　でも、東野さんの大勝負、早く見届けたいと思ったり。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　読んでみて、ああ確かに勝負してるかな～とは思いました。作風は過去作と全然違うように思います。しいて言うなら、私は『時生』を思い出したのですけど、それともちょっと違うかも。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　東野さん独特の、リアリスティックで精緻な仕掛けのミステリーというのとは大きく違うように思います。ああ、ミステリーとも言えないのかな。どうなんでしょう。ジャンル分けするのも難しい。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は５つの連作中編で構成されています。昨年、「小説　野生時代」に１話ずつ連載されたものが単行本になったのだそうですが、特に前半の作品は、もし私が作者を知らずに読んだとしたら、東野さんの作品だと分からないかもしれません。そうですね、クイズにされたら「宮部みゆきさん？」とか言っちゃったかも。『小暮写眞館』とかに似た雰囲気を感じたかもしれません。</p><p style="MARGIN: 0px">　でも、後半に行くに従って、東野さんのカラーがじわじわ出てきますね。</p><p style="MARGIN: 0px">　これは何となくの想像なのですが、東野さんの「一か八かの大勝負」というのは、この新しい作風へのチャレンジだったのかな、と思いました。今までの東野さんの作風から考えると、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』のような書き方やテーマの取り上げ方は、何て言うか「今さらこっぱずかしい」のかもしれないですね。私はこれはこれで好きですけどね。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　今までの東野作品とこの『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の最大の違いは、物語のキーになっている出来事の「システム」が、最後までほとんど解明されないまま終わってしまうことです。東野さんの過去作で時空モノと言えば『時生』や『パラドックス13』が思い出されますが、どちらの作品も、ある程度はキーになる「システム」の説明がきちんとなされていて（もちろんリアリティを追求し始めると限界があるのですけど）、その謎の解明があるからこそ「ミステリー」として評価できるわけですが、この『ナミヤ雑貨店の奇蹟』に関しては、「システム」の説明はほとんどなされないし（あくまで「現象」として説明されるだけ）、ストーリーの構成上の要請としてもあまり意味もないわけで、それはつまり、東野さんがこの作品を「ミステリー」としてはあまり積極的に捉えてないことの証左なのではないかと感じます。</p><p style="MARGIN: 0px">　ジャンルとしては何でしょうね、「ファンタジー」かな？</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　悩み相談の手紙が時間と空間を越えて、重層的で立体的な物語を構成していく。たくさんの物語が、ひとつの場所に収斂していく。たくさんの想いが交叉し折り重なって、現在（いま）を作っている。そんな小説ですね。読んで気持ちの良い作品です。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　最後に、胸に残った台詞をひとつだけ。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px"></p><p style="MARGIN: 0px">「今日までの道のりは決して平坦ではなかったけれど、生きているから感じられる痛みもあると思い、乗り越えてきました。」（P.176）</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px"></p><p style="MARGIN: 0px">　「グリーンリバーの娘」さんからナミヤ雑貨店への手紙。もちろんこの言葉に行き着くまでの「道のり」を、読者がともに辿ってきてこそ重みを感じられる台詞ではあるのですが、読んでいてぐっときた台詞のひとつでした。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　ほっとしたり、あたたかい気持ちになったり、感動したり。東野さんのテクニックをもって新しいジャンルに切り込んだ作品として、私はすごく面白かったし、読んでよかったと思いました。結局最後まで、何が「奇蹟」だったのかは分からなかったけれど、それは私の読解力不足でしょうかね。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　では。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px"><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=stiltzkin&amp;service=blog"><img alt="ペタしてね" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_02.gif" width="150" height="50"></a> </p>
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<link>https://ameblo.jp/stiltzkin/entry-11228751010.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Apr 2012 11:30:04 +0900</pubDate>
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<title>私に絡んでくる「困った人たち」まとめ</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/stiltzkin/amemberentry-11229107315.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Apr 2012 16:36:57 +0900</pubDate>
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<title>伊坂幸太郎さん『PK』感想・解説など</title>
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<![CDATA[ <p>　モールの駐車場を逆走する車が大嫌い、ステです。こんばんは。公道でないからといってルールを平気で破る、そういう大人は許さない。</p><p>　</p><p>　この記事は自動投稿で21時にアップするつもりですが、今はまだ16時前です。21時には、私は多分居酒屋で同僚の栄転・昇進祝いの会に参加し、空きっ腹にビールを流し込んでうえうえ言ってる頃だろうと思います。自動投稿にする意味は特にありません。やってみたかっただけです。Twitterも自動投稿。</p><p>　</p><p>　さて、伊坂幸太郎さんの久々の新刊『PK』、やっと読みました。</p><p>　</p><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=19653548" rel="nofollow" target="_blank" alt0="BlogAffiliate">伊坂幸太郎『PK』（講談社）</a> </p><p>　<a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=19653548" rel="nofollow" target="_blank" alt0="BlogAffiliate"><br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51p8yVpu8WL._SL160_.jpg" width="113" height="160"></a> </p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　このブログの読者様のうぃるじんじゃーさんから、「ぜひ『PK』の解説を！」というリクエストがあったので、今回は「感想・解説」というタイトルにしてみましたけど、まだ一度しか読んでいませんので、解説できるほど十分読み込めていません。今のところの私の理解の範囲で、というぐらいで勘弁してください。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　さて、この『PK』は、「PK」・「超人」・「密使」という連作中編３作から成る作品ですね。伊坂さんらしい、読みやすい文章、心に残る台詞、緻密に構成されたストーリーなど、これまで伊坂さんを愛してきたファンならきっと気に入る作品だと思います。よく『魔王』や『モダンタイムス』と比較されている書評がありますが、ストーリーを浅く読んでしまうとそういう評価になってしまう気がします。全然違うと思うけどなあ。そもそもこの作品、ミステリーじゃなくてSFなんだし。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　以下、ほぼネタバレ100%の内容なので、未読の方はご注意ください。もちろん、記事を読まれてから作品を読むのもアリだとは思いますけど、そこは自己責任で･････。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　それでは、僭越ながら解説を。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px">　いきなりですが、ちなみに私は『PK』を読む前に、「密使」だけを先に読んでいました。『NOVA5』というアンソロジーに収録されていたからです。</p><p style="MARGIN: 0px">　</p><p style="MARGIN: 0px"><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=19653546" rel="nofollow" target="_blank" alt0="BlogAffiliate">書き下ろし日本SFコレクション『NOVA5』（河出文庫）</a> </p><p>　</p><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=19653546" rel="nofollow" target="_blank" alt0="BlogAffiliate"><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51rgAtli%252BsL._SL160_.jpg" width="113" height="160"></a> </p><p>　</p><p>　結果論ですが、実はこれが非常に意味がありました。連作中編としての『PK』を解釈する上で、軸になるのは言うまでもなく「密使」のエピソードです。作品の収録順としては「PK」→「超人」→「密使」ですし、もちろんその順番で読まれるのが一番楽しいとは思うのですが、作品理解のためと割り切れば、「密使」を先に読むと、「PK」や「超人」のつながりがスムーズに頭に入ってくるようになります。これは、他の２作品に対して、「密使」がメタ的視点で書かれているからだと私は解釈しています。</p><p>　</p><p>　というわけで、「密使」を軸に全体の構成を考えてみましょう。</p><p>　</p><p>　一番重要な"つながり"は、何と言っても「ゴキブリ」ですよね。</p><p>　「PK」では、小説家の家の台所にいきなりゴキブリが出現し、小説家の浮気がバレずにすみます。「超人」では逆に、ゴキブリは出現せず、小説家の浮気がバレますね。このゴキブリはもちろん、「密使」で青木豊計測技師長が過去に送り込もうとした、あの「ゴキブリ」だということが作品中で明かされます。</p><p>　このことから、少なくとも「PK」の世界と「超人」の世界は、同一線上の時間軸にない物語であることが分かります。「PK」は青木計測技師長の実験が成功した世界、「超人」は成功しなかった世界ということになります。</p><p>　</p><p>　ここで、「ではこの２つの世界はパラレルワールドなの？」と解釈しがちでしょうけど、私はその解釈は間違いであろうと考えています。ではなぜそう言えるのか。なぜパラレルワールドではないと言えるのか。</p><p>　論拠は２つあります。</p><p>　ひとつは、そもそも「密使」のゴキブリ実験の大前提は、「時間の分岐」をさせないこと、つまりパラレルワールドを生じさせないことであるからです。「絶望的な変化」を最小限にとどめるために「私」が蔑ろにされる設定なわけで、仮にゴキブリを送り込んでも時間は分岐しないし、パラレルワールドも生じない。「私」が死ぬ以外に絶望的な変化も分岐も発生しないはずなんですよね。だから、「PK」の世界と「超人」の世界が、ゴキブリを基点に分岐したパラレルワールドではないと考えられます。</p><p>　もうひとつの論拠は、結論から言うと、青木計測技師長の実験は、謎の時間スリ男の活躍によって結局行われなかったことです。つまり、未来からの干渉によって実験の成功しない世界、小説家の台所にゴキブリが出現しない世界、つまり「超人」の世界が史実であって、「PK」の世界は史実ではない、存在しない、ということになります。そもそも実験が行われてないのだから、時間も分岐してないしパラレルワールドも生じていないのです。</p><br><p>　ここまでの考察で、「PK」の世界と「超人」の世界はパラレルワールドの概念を用いてもやはり同時に存在することはありえないこと、そして少なくとも「超人」の世界と「密使」の世界は同一時間軸にある物語なのではないかと推察されることになります。</p><p>　では、一体「PK」の世界は何なのか。パラレルワールドでないなら一体何だというのでしょう。</p><p>　</p><p>　私は一応これにも答えを持っています。それも、「密使」で語られています。</p><p>　青木計測技師長たちは、市川市の地下の広大な空間に巨大なコンピュータ群を建設し、日々時間の流れや分岐を計算しシミュレーションを行っています。彼らの計画は、ワームホールを通じて過去にゴキブリを送り込み、時間を分岐させず緩やかに変化をさせていくことでした。つまり、「PK」の世界の実現を目指していたわけです。</p><p>　そう、「PK」の世界は、市川市の地下のコンピュータ群の演算によって生み出された「シミュレーション」なのではないかと思うのです。あくまでシミュレーションにすぎず、実在しない、架空の世界なのです。</p><p>　「密使」で出てくるパラレルワールドの解説、AやA'の世界というのは、「PK」と「超人」の世界の解説ではありません。あれはただの譬え話で、これをつなげて読んでしまうと、結果としてはミスリードになると思います。</p><p>　</p><p>　つまり、こういうことです。</p><br><p>　「PK」の世界　･････　「密使」で青木計測技師長たちが目指していた、実在しないシミュレーションの世界</p><p>　「超人」の世界　･････　「密使」で未来からの干渉により実験ができなかった結果の、実在する世界</p><p>　</p><p>　かなり乱暴ではありますが、だいたいこの解釈で矛盾なく読めるのではないかな、他の疑問も解決できるのかな、と思ったりしますが、いかがでしょう。</p><p>　一応つっこまれる前に言っておくと、時間の分岐が、「PK」・「超人」の世界にゴキブリが送り込まれたかどうかで起こったのではなく、「密使」の世界でゴキブリが奪われたことで起こったと解釈すれば、「PK」の世界と「超人」の世界はパラレルワールドだと解釈できるのではないか、つまりネストしてるのではないかという考え方があるのは私も気づいているのですが、それを言い出すとそれこそ「if」や「case」で溢れて無限に広がってしまうので、分岐を最小限に捉える青木設計技師長の理論に忠実に、小さく考えています。</p><p>　まあでも、自信は全然ないので、反証を求めたいと思います。きちんと解釈できている方、ぜひ正解を教えてください。</p><p>　もうひとつ、先に書きましたがこの作品はミステリーというよりはSFです。『NOVA5』もはっきり「書き下ろし日本SFコレクション」と銘打ってるわけですし。この作品、特に「密使」は、SFの代表的モチーフの一つであるタイムパラドックスの問題やバタフライ効果の問題、あるいは「シュレーディンガーの猫」問題とかを分かりやすく読みやすく教えてくれる作品だったりするのかな、と思ったりもします。まあそんなに肩肘張らずに楽しく読める作品ではあるのですけど。</p><p>　</p><p>　さて、解釈の問題はこれぐらいにして、最後に、ちょっと心に残った台詞などいくつか。</p><p>　</p><p>「簡単だよ。何をしても大きな影響がないんだったら（中略）、子供たちに自慢できる方を選べばいいんだから」（「PK」・P.52）</p><p>　</p><p>「臆病は伝染する」「そして、勇気も伝染する」（「PK」・P.73～74）</p><p>　</p><p>「間違いは、あなたがそれを正すのを拒むまで間違いとならない」（「超人」・P.85）</p><p>　</p><p>「世界を救うために、誰かの人生が蔑ろにされるなんて。」（「密使」・P.185）</p><p>　</p><p>　他にもいっぱいありましたけどね。力のある言葉ですから、文脈の中でしっかり噛みしめてみるのがいいのかなとは思いますが･････。</p><p>　</p><p>　できれば近いうちにもう一度読んで、作品間のつながりをしっかり把握したり、私の解釈に矛盾がないかどうかを確認してみたりしたいと思っています。積んでいる本が多いので、そっちが先になりそうですけど･････。</p><p>　皆さんも是非、小さな付箋を脇に置いて、気になる箇所にペタペタ貼りながら読んでみてください。面白いですよ。</p><p>　</p><p>　では。</p><p>　</p><p><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=stiltzkin&amp;service=blog"><img alt="ペタしてね" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_03.gif" width="150" height="50"></a> </p>
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<link>https://ameblo.jp/stiltzkin/entry-11216302076.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Apr 2012 21:00:00 +0900</pubDate>
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<title>葛藤のBluetooth Ⅱ ～The Final～</title>
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<![CDATA[ <p>　クレーマーと終わらない行進が大嫌い、ステです。こんばんは。</p><p>　</p><p>　さて、おそらく信じられないだろうが、今日私の目の前で起こったことをそのまま話すぜ･････。</p><p>　</p><p>　いやその前に、すでにお気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、この記事はシリーズになっています。これまでの件をまた一から説明するのも面倒なので、過去記事へのリンクを張ってみたりします。今日の記事は、これまでのいきさつが分かっていると１００倍楽しめる仕様になっています。しっかり復習しておくべし！</p><p>　</p><p><a href="http://ameblo.jp/stiltzkin/entry-11137925356.html" target="_blank">お人好しと不運のカタマリ（2012/1/16）</a> </p><p>　</p><p><a href="http://ameblo.jp/stiltzkin/entry-11188416334.html" target="_blank">葛藤のBluetooth（2012/3/10）</a> </p><p>　</p><p>　毎回そこそこの長文記事で申し訳ない。</p><p>　ただ、「また話を盛ってるんだろう」的なことを言われる前に先に言っておきますけど、一切盛ってないですからね！何ならちょっと控えめに書いてるぐらいですからね！</p><p>　</p><p>　さて、前回のお買い物で手に入れた、きちっと筋を通したにも関わらず何だか引け目のあるBluetoothイヤホンですが、小さくてシンプルでとっても使いやすいんですよね。音質も良いと思うし、音声通話にも十分使えます。毎日使う、というほどでもないですが、外出時などにときどき持ち出して使っています。</p><p>　私はこういうものは割ときれいに使いたいタイプなので、結構大事に使ってたんですよね。</p><p>　</p><p>　それが、今朝、こんなことに･････！</p><p>　</p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120326/18/stiltzkin/79/93/j/o0800059811876032464.jpg"><img border="0" alt="さよならカフカ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120326/18/stiltzkin/79/93/j/t02200164_0800059811876032464.jpg"></a> </p><p>　</p><p>　えええ！！！いきなり折れた！！！</p><br><p>　あ、車のシートの上で撮っていますけど、別に上に座っちゃったわけじゃないですからね。今日は出張だったので、朝イヤホンを持って行こうと手に取ると、何も力を入れてないのにカパッと割れちゃったんですよ。本当なんです。信じてくださいよ。</p><p>　一体私はどれだけついてないのかと、イヤホンひとつにどれだけ振り回されればいいのかと、我が身を呪ったものです。一体このシステムは誰が司っているのかと、強く問い質したい。何の前触れも理由もなくイヤホンが真っ二つに割れるって、一体どんなシステムなんだ！！！私は別に新品なんかに交換してほしいんじゃないんだ！ただ何事もなく平穏無事に暮らしたいだけなんだよ！！！</p><p>　</p><p>　･････コホン。すまん、取り乱しました。</p><p>　</p><p>　さて、毎度同じことを言っているような気もしますが、今回の事故（？）に関しても、私に落ち度はないはずです。だって、買ってまだ２週間ちょっとしか経ってないわけですし、使い方が荒っぽいわけでもない。いやむしろ大事に使ってる方だ。それに今朝だって、充電器からそっと外しただけなのに･････。なら一体どうして真っ二つになるんだという疑問は*確かに*残るわけですが、まあでも事実折れてしまったのだからしょうがない。</p><p>　</p><p>　それにしても、今朝はあまりの唐突な出来事に一瞬狼狽えてしまったのですが、しかしながらふと冷静に考えてみると、これってメーカー保証とかで何とかしてくれそうな気がしますよね。だって、私が壊したんじゃないんだもん。壊れたんだもん。</p><br><p>　ところが、です。ここでこれまでのいきさつがジャブのように効いてくるのであります。</p><p>　</p><p>　仮にメーカー保証で何とかなるもんだとしてもですよ、私はあの某家電量販店の店先にまたこれを持っていかなければなりません。スピーカーの件といい前回のイヤホンの件といい、こう立て続けに商品に物言いをつけるのはいかにも怪しいのではないか。いや、実際は全然怪しくないんですけど･････。店員さん的には、こいつもう完全にクレーマーじゃないか、また今度は何言ってきやがったんだ、ふんイヤホンが勝手に真っ二つになっただと？お前がうっかり上に座ったりでもしたんじゃねえのか？こいつクレーマーどころか完全にモンスターだな、とか陰で言われたりするんじゃなかろうか、とか･････。妄想は無限に膨らみます。</p><p>　さらに、その斜め上をいく重大な問題が。</p><p>　そもそもこのイヤホン、こちらがきっちり主張したとは言え、6,000円以上するものを店員さんの強い押しに負けて2,980円で買ってしまった代物です。保証書はレシートに印刷されていて、購入日時や金額もきっちり印字されています。いや、最も最悪なのは、色違いのシルバーだけしか在庫がないケースです。そんな状況に陥ってしまった日には、もう話がややこしくなってしまって収拾がつきません。サービスカウンターでこちらの潔白を主張する自信すらありません。いや、潔白ですけど！</p><p>　それならいっそ、何事もなかったかのように新しいイヤホンを買ってしまおうか、でもさすがにいつものデオデオさんは気まずいので、普段は浮気しないヤマダ電機さんあたりでこっそりと･････とかも考えたのですが、「それでも私は悪くない」という思いが頭から離れません。逆に、なぜ私がそんなにコソコソしなければいけないんだ、ここは最後まで筋を通すべきだ、これまでだって私はいつもそうしてきたではないか、と･････。この場合メーカー保証を求めることは、他人にどう思われようと、絶対に人の道を違えた行いではない、そう思ったのです。間違ってないですよね？</p><p>　</p><p>　まあそういうわけで、逡巡の末ではありますが、夕方デオデオさんに行ってきましたよ。スピーカーの件で３回、そしてこのイヤホンの件で２回目です。</p><p>　</p><p>　サービスカウンターで対応してくれたのは、これまで一度も出会ったことのない男性の店員さんでした。向こうはこちらの正体もこれまでのいきさつも全く関知してないわけですから、全くの偶然なのでしょうけど、妄想が膨らみすぎてデオデオさんの全店員が敵に見える状態になっている私にしてみれば、「むうう、さてはこちらがクレーマーだと見越して主力を投入してきやがったな」とか思っちゃうわけですよ。</p><p>　だがしかし、こちらだって子どもの遣いじゃないんだし、サービスカウンターに行くまでにすでに、こちらの商品と同じブラックの在庫が店頭に１つあることを確認しています。うまくやれば、案外あっさりミッションはクリアできるはず。</p><p>　</p><p>　というわけで、サービスカウンターでのやりとり。</p><p>　</p><p>私「あの～、これ、今朝パカッと割れちゃったんですけど、交換とかできないですか？」</p><p>店員「はい、ええと、これいつ頃お買い求めになりましたか？」</p><br><p>ここで、じゃじゃーんとばかりに保証書を提示。</p><br><p>私「最近なんですよ」</p><p>店員「確かに、最近ですね･････」</p><br><p>店員沈黙。お、やるのか？やれるのか？</p><br><p>店員「･････じゃあ、新しいものと交換しますね～」</p><p>私「あ、はい･････」</p><p>　</p><p>とまあ、こういう感じであっさりと交換となりました･････。保証書を渡すと、店員さんはバーコードを読み取ったりレジに何か打ち込んだりしています。しまった、さてはこちらの正体を･････というか、これまでの経緯で私は何一つおかしなことはしてないんですけどね。こちらは何も悪くないのに、異常に気がとがめる変な状況です。</p><p>　</p><p>　まあ結論から言うと、私は気持ち良く新しい商品と交換してもらって、今せっせと充電に勤しんでいるわけです。よかった、これで明日の飲み会もイヤホン同伴で行ける。</p><p>　</p><p>　それにしても、もうこんな「一切間違ったことはしてないのに異常に気がとがめる」みたいな状況は二度といやです。Bluetoothイヤホンよ、せめてメーカー保証のきく６ヶ月は耐えてくれよ。そうすれば、私だってこんな思いをしなくて済むんだ。納得して新製品を買うんだよ。</p><p>　</p><p>　そして、このシリーズもこれで最後にしようと思います。二度とこんなイベントが発生しないことを心から願っています（まあ、発生すれば書きますけど･････）。</p><p>　というわけで、～The Final～。みなさんごきげんよう。</p><p>　</p><p>　fin.</p><p>　</p><p><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=stiltzkin&amp;service=blog"><img alt="ペタしてね" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_02.gif" width="150" height="50"></a> </p><p>　</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/stiltzkin/entry-11204474462.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Mar 2012 20:59:26 +0900</pubDate>
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