<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>くまくま のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/strings-origami-cranes/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>プロフィールアイコン変更しました</title>
<description>
<![CDATA[ <p>プロフィールアイコンを、ペンギンからクマに変更しました。<br><br>元々、クマ系のアイコンを使用していて、癒やしを求めて、ペンギンにしていましたが、色々と癒えてきたので、元々のクマ系のアイコンに戻す事にしました。<br>元々使っていたアイコンとは、別のアイコンですけどもネ。<br><br>『色々と癒やしてくれたペンギン達、アリガトウ！』</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/entry-12643330336.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Dec 2020 09:42:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>祖父母の記憶</title>
<description>
<![CDATA[ <div>「お祖父ちゃん子だった。」</div><div>「お祖母ちゃん子だった。」</div><div>というのを耳にする事があります。</div><div>みなさんはどちらでしたか？</div><div>私は、</div><div>「どちらでもありませんでした。」</div><div>としか言えません。</div><div>この記事では、そのあたりの事について書きます。</div><div><br></div><div>私には、祖父母の記憶は全くありません。</div><div><br></div><div>まずは、母方ですが、</div><div>母親の両親は、母親の幼少期に亡くなっており、私の記憶にあるとか無いとかの次元ではありません。</div><div><br></div><div>次に父方ですが、</div><div>父親の母親（私の祖母）は、母親が嫁いでくる前に亡くなっており、これも、私の記憶にあるとか無いとかの次元ではありません。</div><div>私が生まれた時に、唯一存命中だった父親の父親（私の祖父）ですが、亡くなったのが私が１才１０ヶ月の時であり、物心付いてなかったのか、やはり、私の記憶にはありません。</div><div>懐いていたのかどうか？という話も、両親から聞かされた事もありません。</div><div><br></div><div>こういった事で、私には、祖父母の記憶が全く無いのです。</div><div><br></div><div>故に、私には、</div><div>『お祖父ちゃん子』</div><div>『お祖母ちゃん子』</div><div>というのが、分からないのです。</div><div>言葉では分かっていても、その心情とかは全く分かりません。</div><div><br></div><div>そういった中で、私にも、母方にお婆ちゃん（あえて文字を変えています）と呼びたい人はいました。</div><div>正確には、母親の母親ではなく、母親の兄（私の伯父）、の奥さん（私の伯母でいいのかな？）の連れ親なのです。</div><div>でも、私にとってのお婆ちゃんは、この人しかいませんでした。</div><div>もう、数十年前に亡くなりましたが、葬儀の時は、かなりショックでしたね。</div><div>物心付いて以降、初めての身内の葬儀でしたし。</div><div><br></div><div>この記事の最後に、不謹慎に聞こえてしまうとは思いますが、</div><div>「お祖父ちゃんが亡くなった。」</div><div>「お祖母ちゃんが亡くなった。」</div><div>みたいな話を耳にした時に、</div><div>『羨ましい』</div><div>と思った事もあります。</div><div>もちろん、亡くなった事が羨ましいのではなくて、そう呼べる人が居た、という事だけで、私には羨ましかったのです。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/entry-12640299195.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Nov 2020 08:57:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>引っ越しの秋</title>
<description>
<![CDATA[ <p>先月９月末に引っ越しをしました。<br>この記事では、引っ越しの事自体ではなく、引っ越し前のとんでもない生活について書きたいと思います。<br><br>そもそも、引っ越しの話は、前に住んでいた物件の老朽化により、取り壊す事が決まった、という事に始まります。<br>物件の管理会社から最初にこの連絡がきたのは、今から約２年半前です。<br>この時は、引っ越し先の物件を探してもらえる、との事で、その連絡待ちの状況でしたが、どれだけ待っても連絡が来ないので、いつしか、<br>『立ち消えになったのかな？』<br>と思う様になり、引っ越しの事自体が、頭から消え去ってしまった感じです。<br><br>それが、今年の２月に入って、再度話が出てきて、本腰を入れて物件を探す、という事になりました。<br>ただ、ちょうどこの時期、母親の具合が悪くなり始め、基本的には、母親の事を優先してました。<br>などなど、母親の事と引っ越しの事で頭がイッパイイッパイになっていました。<br><br>物件探しに関しては、<br>内見して→申し込んで→審査がＮＧで<br>の繰り返しとなり、半分投げやりの気持ちになっていました。<br>しかも、７月の上旬に、電気系統の異常で、エレベーターが停止し、引っ越すまで復旧する事はありませんでした。<br>ちなみに、６階建て物件の６階に住んでいたのですが、引っ越すまで、階段での上り下りをする事になってしまいました。<br>さらに、７月の下旬には、水道まで止まってしまいました。<br>水を上の階に上げるポンプの修理に莫大な費用がかかるので修理してもらえず、１階の外にある水道で水を汲んで、それを階段で６階まで持って上る、という事を続ける事になってしまいました。<br><br>幸か不幸か、水道が止まった日は、母親が亡くなった日で、復旧できない、という連絡をもらった日は、母親の葬儀の日でした。<br><br>その後、母親の事があらかた落ち着き、９月に入って、再度<br>候補物件の内見→申し込み<br>を行ったのですが、<br>『どうせまた審査でＮＧになるだけだろ？』<br>と思っており、期待度はゼロでした。<br>エレベーターや水道が使えない生活が続いたとしても、<br>『もう、どうでもいいよ。』<br>とも思っていました。<br><br>…と思っていたところ、申し込みから２日で、審査が通った、との連絡を受けたのです。<br>期待度はゼロだったので、拍子抜けしましたね。<br>でも、引っ越し先が決まったわけで、やっと光が見えた気がしました。<br><br>この記事で書きたかったのは、引越の前、<br>・エレベーターが止まってから約２ヶ月半<br>・水道が止まってから約２ヶ月<br>お風呂の文化も、水洗トイレの文化も無い、奥地の原住民の様な生活を続けた、という事です。<br>エレベーターが使えなかった、というのは、まだマシで、問題は水道でした。<br>１階の水道で汲んだ水は、トイレ専用にしてました。<br>お風呂は、銭湯、もしくは、濡らしたタオルで体を拭くだけでした。<br>食事は、洗い物も含めて、水道を使わなくても良い物だけにし、口に入れる物は、水も含めて、全て買ってきた物だけにしました。<br><br>こんな生活を約２ヶ月続けたわけですが、<br>『よく、理性が吹っ飛ばなかったなぁ？』<br>って思いますね、マジで。<br>もしかしたら、母親が亡くなった事で、<br>『母親の遺骨だけは死守したい。』<br>という事を、意識してなかったにしても、潜在的に何かしらの想いはあったのかもしれません。<br><br>…などなど、色々あったわけですが、引っ越し後は、現代人の生活ができています。<br>多少の不都合はあったりしますが、そんなのは、奥地の原住民の様な生活を約２ヶ月続けた事に比べれば、ほんの誤差の内です。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/entry-12631926668.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Oct 2020 19:03:42 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『母ちゃん、アリガトウ！』</title>
<description>
<![CDATA[ <p>亡くなった母親への感謝は幾つもありますが、その中で一番重要だ思う事を、順を追って説明します。<br>（時の経過は、だいたいこのくらい、という程度です。）<br><br>今から２５年くらい前<br>２コ年上の兄貴が実家を出て、隣県に養子に行きました。<br>この時点で、私は兄貴の連絡先を知りませんでした。<br><br>兄貴が実家を出てから数年経った頃<br>父親が脳梗塞で倒れ、入退院を繰り返す様になりました。<br>それで、母親も私も、病院通い等で、実家を空ける事が多くなりました。<br>後で聞いた事ですが、兄貴は何度か実家に連絡を入れていた様で、なかなか連絡が付かないので、『何で？』って思っていた様です。<br><br>それからしばらく経った、今から１５年くらい前<br>父親の運動機能が悪くなり、実家に居てもらうわけにもいかず、母親と相談して、父親には病院で過ごしてもらう事にしたのです。<br><br>さらに５年くらい経った、今から１０年くらい前<br>母親と相談して、父親にもしもの事があった時のための備えを始めたのです。<br>式場も何か所か見学しました。<br>式には誰を呼ぶか？を母親と相談してた時に、母親がぼそっと言った、<br>「＊＊（←兄貴の名前）どうする？」<br>という一言が物凄く重要で、それ以降の私の行動を決定付けたのです。<br>この一言が無かったら、私は何の行動もとっていなかった、かもしれません。<br>前述しましたが、この時点でも、私は兄貴の連絡先を知りませんでした。<br>その時が来てしまうと、兄貴を探している暇なんて無い、と思ったので、<br>『今の内に兄貴を探して、連絡先を交換しておこう！』<br>と思うに至ったのです。<br>しかし、この時点で、私が兄貴の所在で知っていたのは、隣県に住んでいる、という事だけでした。<br>この時も、母親の記憶からくる一言二言が、物凄く参考になりました。<br>兄貴が住んでいる町の名前や、勤め先のお店の名前を覚えていたのです。<br>私は、兄貴がどこに勤めているかは知りませんでしたが、母親が言った、兄貴の勤め先であるお店の所在を知っていたのです。<br>とりあえず、母親とそのお店に行ってみる事にしました。<br>念のため、兄貴が既にそのお店を辞めている可能性も考え、もしもの時は、隣県の某市役所に相談しよう、というシナリオを頭に描いていました。<br>ですが、幸いにして、兄貴はまだそのお店に勤めており、顔を会わす事ができ、連絡先を交換する事もできたのです。<br><br>『今の内に兄貴を探して、連絡先を交換しておこう！』</p><p>と思うに至ったのは、もちろん、母親の一言のおかげです。<br>兄貴と顔を会わす事ができ、連絡先を交換できたのも、もちろろん、母親の記憶のおかげです。<br><br>……………<br>その父親は、今から８年半くらい前に亡くなり、<br>母親は、今から８週間くらい前に亡くなりましたが、<br>どちらの葬儀にも、兄貴を呼ぶ事ができたのは、もちろん、母親のおかげです。<br><br>『母ちゃん、アリガトウ！』</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/entry-12626117421.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Sep 2020 20:22:47 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母親の四十九日</title>
<description>
<![CDATA[ 今日09/12(土)は、亡くなった母親の四十九日になります。<div>早いものです。<br><div><br></div><div>まぁ、四十九日とは言っても、予算その他の関係で法要ができるわけでもなく、また、別件でバタバタしている事もあり、納骨もまだ先になりそうではありますけども。</div><div><br></div><div>８年半くらい前に父親が亡くなった時は、四十九日の法要は行い、法要の後納骨したのですが、今回の母親に関しては、そうはいきません。</div><div>せいぜい仏壇に手を合わせる事くらいしかできないのですが、母親は許してくれるだろうか？というのが気になるところです。</div><div><br></div><div>次の節目は百か日（ひゃかにち）ですが、父親の時は親戚で集まりましたが、今回の母親に関しては、それもできなさそうです。</div></div><div><br></div><div>『母ちゃん、本当にゴメン。』</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/entry-12624466781.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Sep 2020 20:17:26 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ペンギンのアイコンの由来(？)</title>
<description>
<![CDATA[ <div>私のプロフィールのアイコンは、スマホを両手で持っているペンギンです。</div><div>なぜ、ペンギンなのか？の話を。</div><div><br></div><div>元々、特別ペンギンが好きだった、というわけではありません。</div><div>あ、嫌いというわけでもなく、好きか嫌いかの二択だと、好きではありましたけど。</div><div><br></div><div>きっかけとしては、数年前ですかね？</div><div>お袋の具合が悪くなり始め、その事がきっかけで、何かに癒しを求めて続けていた時期がありました。</div><div>私はスマホのゲームに癒しを求め、辿り着いたのが、</div><div>『ペンギンタウン』</div><div>というゲームだったのです。</div><div>その後は、ペンギンだけにおさまらず、その他の動物、お魚等に広がっていきました。</div><div>今では、スマホの壁紙とか、パソコンの壁紙とかも、ペンギンに染まってます。</div><div><br></div><div>私のニックネームの</div><div>くまくま</div><div>は、名前からきているもので、元々は、くま関係のアイコンを使用したりしましたが、依存度(？)から考えればペンギンなので、ペンギンという事にしました。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/entry-12621592038.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Aug 2020 19:07:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>入院患者への面会は何のため？</title>
<description>
<![CDATA[ <div>入院している身内や知り合いに面会する場合、面会する理由を次の二つから選ぶとしたら、どちらですか？</div><div><br></div><div>（１）入院患者の顔を見るため</div><div>（２）入院患者に顔を見せるため</div><div><br></div><div>面会が、自分のためであれば（１）、入院患者のためであれば（２）、という事になるでしょうか。</div><div>また、入院患者の年齢や病状、入院患者との親密度、によっても違うと思います。</div><div><br></div><div>今回の母親の入院の時には、（２）を痛感しました。</div><div>もう先は長くない時でしたが、面会に行くと、少しですが、反応が良くなったり、数値的に良くなったりしたそうです。</div><div>また、顔を見たがっている、と意志表示していたそうです。</div><div>入院患者の事を思うなら、（２）という事でしょうか。</div><div><br></div><div>逆に、過去に（１）を痛感した事があります。</div><div>母方の伯父さんが入院した時に、原因がハッキリしてる、みたいな感じだったので、急いで面会に行ったりしませんでした。</div><div>入院してから１ヶ月後くらいに、亡くなった事を知らされました。</div><div>この時には、顔を見ておけば良かった、と後悔したものです。</div><div>自分自身が後悔しないために、という事なら、（１）という事でしょうか。</div><div><br></div><div>それでは、最初の質問に戻ります。</div><div><br></div><div>入院している身内や知り合いに面会する場合、面会する理由を次の二つから選ぶとしたら、どちらですか？</div><div><br></div><div>（１）入院患者の顔を見るため</div><div>（２）入院患者に顔を見せるため</div><div><br></div><div>正解は、両方です。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/entry-12620476441.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Aug 2020 19:20:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母親の最後の入院生活</title>
<description>
<![CDATA[ <div>７月２６日に亡くなった母親の、最後の生活の場となったのは、とある病院でした。</div><div>この病院に入院したのは４月４日の事なのですが、この日１日だけでも話がガラッと変わっています。</div><div>お昼過ぎに入居していた介護施設から連絡があって、消耗品を補充してほしい、との事でした。</div><div>途中で消耗品を買って、介護施設に到着した時には話が変わってて、急遽入院という事になっていました。</div><div>高熱を出した、との事で。</div><div>それでそのまま、病院に付き添いました。</div><div><br></div><div>世の中がコロナコロナだったので、まともに面会もできなかったのですが、入院から２０日くらい経った４月２３日に主治医の話を聞く事ができ、</div><div>口からの食事がうまくできなくなった</div><div>このため、もう介護施設には戻れなくなった</div><div>もっても２～３ヶ月</div><div>等の様な事を言われました。</div><div>この時ですね、心の準備を始めたのは。</div><div><br></div><div>その後、入院した時よりは病状が良くなってきてる様にもみえたりした事もあるのですが、決して回復に向かってるというわけではありませんでした。</div><div><br></div><div>それでも何とか小康を保ってるという状況が続いたのですが、７月に入って悪化し始め、病院からの連絡もわりと頻繁にくる様になりました。</div><div>意識はあっても会話にはならない、という状況が続きました。</div><div><br></div><div>亡くなる２日前、７月２４日が最後の面会になってしまいました。</div><div>病院からの連絡をもらって、の事です。</div><div>隣県に住む兄貴夫婦にも、もちろん駆け付けてもらいました。</div><div>そして、この日の晩，次の日１日は、何事も無く過ぎ去っていきました。</div><div><br></div><div>そして、７月２６日という日を迎えてしまったわけですが、主治医の宣告よりは３週間くらい頑張ってくれた感じがしました。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/entry-12619953183.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Aug 2020 14:24:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ブログを始めました</title>
<description>
<![CDATA[ <div>あいさつの方が後になってしまいましたが、ブログを始めました。</div><div><br></div><div>元々は閲覧が目的で始めたAmebaですが、思うところがあって、ブログ自体を始める事にしました。</div><div><br></div><div>よろしくお願いします。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/entry-12619609511.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Aug 2020 21:40:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母親の四七日（よなのか）</title>
<description>
<![CDATA[ <div>先月７月２６日に母親が８４歳で亡くなり、今月８月２２日が四七日（よなのか）になります。</div><div>早いもので、もう４週間経ちました。</div><div>あと３週間で、四十九日です。</div><div>そろそろ、納骨の事とか考えようかな？と思っている、今日この頃です。</div><div><br></div><div>先月７月２６日に病院から危篤の連絡を受けて、急いで駆け付けたのですが、死に目に会えませんでした。</div><div>連絡を受けてから３０分くらいで病院に到着したのですが、既に息を引き取ってから２０分くらい経過している事を知らされ、これが唯一、悔しさが残った点です。</div><div>さすがにこの時は落ち込みましたが、あちこちに連絡したりして、約２時間後に遠方から兄貴夫婦が駆け付けた時には、だいぶ落ち着いてきました。</div><div><br></div><div>経験した人には分かると思いますが、身内が亡くなると、あまり考える暇はありません。</div><div>１～２週間くらいはバタバタします。</div><div>悲しんだり落ち込んだりする暇もありません。</div><div>だから、多少の浮き沈みはありましたが、何とか平常心を保ち続けていられたのかな？って思います。</div><div><br></div><div>今でもそうですが、母親が亡くなった事による悲しさというのは無いですが、ふと寂しくなる事はあります。</div><div>でも、こういう事って、時間にしか解決できない事ですからネ。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/strings-origami-cranes/entry-12619517762.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Aug 2020 15:11:55 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
