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<title>朔夜の気まま手記</title>
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<description>日記をつけるのが苦手な私の気ままな報告です。でも、感想とかあったらうれしいな・・・と思います。</description>
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<title>ちょっと中休み・・・</title>
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<![CDATA[ <p>週末からずっと風邪を悪化させて寝込んでいました。</p><p>今も半分布団の住人と化しています。</p><p>ｲﾝﾄﾞでの最終日にちょっとｾｷが出ているな・・・と思いながらも</p><p>放っておいたのが良くなかったようです・・・</p><p>反省・・・(ﾉДT)</p><br><p>しかし・・・自分で使ったとはいえ・・・</p><p>絵文字に違和感があります。</p><p>ﾒｰﾙにはたまに使うんですが・・・不思議ですね(笑)</p><br><p>ちなみにｷﾞｬﾙ文字読めません。</p><p>ですから、せっかく訪れたﾌﾞﾛｸﾞでもｷﾞｬﾙ文字だと読めないんです・・・</p><p>どこかにｷﾞｬﾙ文字の辞書売ってないでしょうか・・・？</p>
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<pubDate>Wed, 24 Jan 2007 07:31:12 +0900</pubDate>
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<title>&lt;インド旅行記（その3の3）&gt;</title>
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<![CDATA[ <p>（その3の2の続き・・・）</p><br><p>ここでちょっと変な話。</p><p>昼食時のﾚｽﾄﾗﾝ1階に男女1つずつしかﾄｲﾚが無かったので並んで待っていました。</p><p>すると、お店のおじさんが</p><p>『2階にもﾄｲﾚあるよ。案内してあげるよ。』と言うので、</p><p>『はい。お願いします』と答えると、</p><p>『じゃぁ行こうか。』と言いながら、私の肩に腕をまわしてくるおじさん・・・</p><p>さすがに驚いてしまって</p><p>『この腕は何？』と叫ぶと</p><p>『大丈夫、大丈夫。僕たち友達だから！』</p><p>・・・・・・・大丈夫じゃありません。</p><p>・・・勝手に友達にならないでください。お願いですから・・・。</p><p>でも、案内してもらったことに変わりはないので御礼は言いました。</p><p>用を済ませて、ﾃｰﾌﾞﾙに戻ろうとすると、先ほどのおじさんに呼び止められて、握手を求められました。</p><p>その前に何か言っていたような気がするけど、このあとにとられた行動のせいで記憶が吹っ飛びました。</p><p>まぁ、握手断る理由も特に無かったので、『さっきはありがとう。』といって軽く握手したんです。</p><p>再び歩き出したら、</p><p><font size="5"><strong>ぐいっ・・・・・・</strong></font></p><p>うぉっ、おじさんは握手した手をなかなか離してくれませんでした。</p><p>ｲﾝﾄﾞ人って・・・<font size="4">変</font>です。</p><br><p><br></p><p>食事が終わったら午後の観光。</p><p>この頃には陽も高くなってだいぶ暖かくなっていました。</p><br><p><br></p><p>午後の最初は<font color="#ff0000">ｲﾝﾄﾞ門</font>。</p><p>第1次世界大戦での戦死者を弔うために1929年に建てられました。</p><p>よく見ると9万人もの戦没者の名がその門には刻まれています。</p><p>実際はもっと多くの人が犠牲になったのでしょう・・・。</p><p>24時間軍の兵士が警護に立ち、慰霊の炎は絶やされることはありません。</p><p>門のｱｰﾁの向こうには陸･海･空軍の軍旗が見て取れました。</p><p>兵士の肩にかかっているのは、ｵﾓﾁｬではなく、この門に刻まれた人たちの命を奪ったことであろうものと同じ、<u>人を殺すための武器</u>である銃・・・。</p><p>ｲﾝﾄﾞ門から大統領官邸に向けてﾗｰｼﾞﾊﾟﾄ通りがまっすぐに延びています。</p><p>1/23のｲﾝﾄﾞ独立記念日に行われるﾊﾟﾚｰﾄﾞのために、通りの脇に観客席の設置が行われていました。<br>しかし、当日の大統領の身の安全を確保するために不審者が近づかぬように軍が警備していました。</p><p>大統領官邸はそのこともあって車窓からの見学となりました。</p><br><p>2日目最後の観光地は<font color="#ff0000">ﾗｸｼｭﾐｰ･ﾅﾗﾔﾝ寺院</font>。</p><p>大理石と赤い砂岩を使ったﾒﾘｯｻ様式の華やかなﾋﾝﾄﾞｩｰ寺院です。</p><p>寺院の名前であるﾗｸｼｭﾐｰとﾅﾗﾔﾝはそれぞれｳﾞｨｼｭﾇ神の化身であるﾅﾗﾔﾝとその妃ﾗｸｼｭﾐｰのことです。</p><p>ｳﾞｨｼｭﾇ神とは、宇宙の維持を担っている神様のことで己の任務のためにさまざまな姿に変身したとされています。</p><p>ﾅﾗﾔﾝはそのひとつというわけです。</p><p>仏教の象徴とも言うべきﾌﾞｯﾀﾞも、実はこのｳﾞｨｼｭﾇ神の化身のひとつである。というのがﾋﾝﾄﾞｩｰの教えです。</p><br><p>2日目の観光が終了し、早めの夕食です。</p><p>中華でした・・・・・・・・・・実は私、中華料理だけはどうしても苦手なので・・・・・・・・ｺﾒﾝﾄできません。</p><br><p>この後は寝台列車で移動です。　　その4に続く・・・・。</p>
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<link>https://ameblo.jp/stteam/entry-10023818819.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Jan 2007 07:04:48 +0900</pubDate>
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<title>&lt;インド旅行記（その3の2）&gt;</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2"><font color="#000000"><br></font>2日目の続き。</font></p><p><font size="2">次に訪れたのも世界遺産の<font color="#ff0000">ﾌﾏﾕｰﾝ廟</font>。</font></p><p><font size="2">ここはお墓です。</font></p><p><font size="2">亡き王様ﾌﾏﾕｰﾝのために妃ﾊｰｼﾞ･ﾍﾟｰｶﾞﾑが1565～1566に着工させ、9年後に完成されました。</font></p><p><font size="2">この建物は、左右対称という美しさを持ちます。</font></p><p><font size="2">初期ﾑｶﾞﾙ朝建築の典型的な例です。</font></p><p><font size="2">後の多くの廟や宮殿のﾓﾃﾞﾙとなりました。</font></p><p><font size="2">名高いﾀｰｼﾞ・ﾏﾊﾙもこの建物に大きな影響を受けたといわれています。</font></p><p><font size="2">ﾌﾏﾕｰﾝ廟はｲｽﾗﾑ教のお墓であるために、</font></p><p><font size="2">ﾋﾝﾄﾞｩｰ教徒である現地のｶﾞｲﾄﾞさんが中に入れずにあまり詳しい説明を受けることができませんでした。</font></p><p><font size="2">廟の中は暗くひんやりとしています。</font></p><p><font size="2">意外に大きい透かし彫りの窓からの外光がなんともいえない空間を作り出していました。</font></p><p><font size="2">実際に我々の眼にする棺のようなものは本物ではなくて、本当の棺は地下深くに安置されています。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">午前中最後の観光は<font color="#ff0000">ﾗｰｼﾞ･ｶﾞｰﾄ</font>。</font></p><p><font size="2">場所はｶﾞﾝｼﾞｽ河の支流であるﾔﾑﾅｰ川のそばです。</font></p><p><font size="2">1948年1月30日、ﾋﾝﾄﾞｩｰ教至上主義者に暗殺された民族運動の指導者であり、ｲﾝﾄﾞの父と呼ばれた</font></p><p><font color="#ff0000" size="2">ﾏﾊﾄﾏ･ｶﾞﾝｼﾞｰ</font>が火葬された後に遺灰を流された場所です。</p><p><font size="2">現在、黒い大理石でできたｶﾞﾝｼﾞｰの慰霊碑には、たくさんの花が供えられています。</font></p><p><font size="2">参拝するには靴を脱がなくてはいけません。</font></p><p><font size="2">開放的な空間に、祈りと静かで優しい空気と彼に捧げられた花と香の匂いがありました。</font></p><p><font size="2">現在のﾗｰｼﾞ･ｶﾞｰﾄは川から少し離れています。</font></p><p><font size="2">川の流れが変わったから・・・とｶﾞｲﾄﾞさんは言っていました。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">さて、午前中は終了。お昼です。</font></p><p><font size="2">前菜は生の小さいｵﾆｵﾝ・・・・・・のみ。</font></p><p><font size="2">横にあるｿｰｽはﾐﾝﾄのｿｰｽだそうでそれをつけて食べるのだそうです・・・。</font></p><p><font size="2">まだ旅行の頭だし、衛生面を考えて生のものは食べないでおこうと思ったら・・・。</font></p><p><font size="2">給仕のお兄ﾁｬﾝが、ご親切にも私のお皿で食べ方を教えてくれた上に、</font></p><p><font size="2">小さくしたｵﾆｵﾝを手渡し・・・・・・・・・・・・・・。</font></p><p><font size="2">ど・・・どうすれば・・・。</font></p><p><font size="2">躊躇しっぱなしの私。</font></p><p><font size="2">元々生のｵﾆｵﾝは体に合わないのに・・・とか考えている間も</font></p><p><font size="2">お兄ﾁｬﾝはじぃっっと私を見ています。</font></p><p><font size="2">み・・・見ないで・・・。</font></p><p><font size="2">仕方なくﾊﾟｸﾘ。ん・・・玉ねぎだね・・・・。（泣）</font></p><p><font size="2">普通に玉ねぎの味でした。</font></p><p><font size="2">やっと料理が来ました。</font></p><p><font size="2">北ｲﾝﾄﾞのﾀｰﾘｰというｾｯﾄﾒﾆｭｰです。</font></p><p><font size="2">数種のｶﾚｰとﾀﾝﾄﾞﾘｰﾁｷﾝ、ﾗｲｽ、それからなんか甘いものが盛り付けてありました。</font></p><p><font size="2">あとﾊﾞｹｯﾄに入ってﾅﾝも出てきました。</font></p><p><font size="2">ここでまたさっきのお兄ﾁｬﾝ登場。</font></p><p><font size="2">ﾅﾝの食べ方くらい知っているのに、またもやご親切にちぎって手渡し・・・。</font></p><p><font size="2">そしてじっ・・・・・・。</font></p><p><font size="2">見てる・・・すっごく見てる・・・。</font></p><p><font size="2">うぅ・・・食べづらいなぁ・・・放っておいてください。（号泣）</font></p><p><font size="2">食べました。</font></p><p><font size="2">居心地の悪さはあったものの、おいしく完食させてもらいました。</font></p><p><font size="2">ごちそうさまでした。</font></p><p><font size="2">そうそう・・・完食したら、なぜかやたらとほめられました。ﾅｾﾞ･･･？</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">長くなったので続きます。→その3の3へ</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/stteam/entry-10023755781.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Jan 2007 08:11:23 +0900</pubDate>
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<title>&lt;インド旅行記(その3の1)&gt;</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#000000" size="2">(ﾊﾟｿｺﾝがつなげられるようになったのでﾊﾟｿｺﾝで書きます。</font></p><p><font color="#000000" size="2">携帯の方には長くなってしまうかもしれません。ごめんなさい。)</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">2日目。</font></p><p><font size="2">デリーでの朝。ﾎﾃﾙでの朝食の後いよいよ観光。</font></p><p><font size="2">今日はｲﾝﾄﾞの首都ﾃﾞﾘｰの市内観光。</font></p><p><font size="2">まず訪れたのは<font color="#ff0000">世界遺産ｸﾄｩﾌﾞ・ﾐﾅｰﾙ</font>。</font></p><p><font size="2">現在ｲﾝﾄﾞ最古といわれているｲｽﾗﾑ遺跡群です。</font></p><p><font size="2">このｸﾄｩﾌﾞ･ﾐﾅｰﾙというのは記念塔で、</font></p><p><font size="2">ｸﾄｩﾌﾞﾃﾞｨｰﾝ・ｱｲﾊﾞｸという人が戦に勝った記念に</font></p><p><font size="2">1119年から建てさせ始めたもので、</font></p><p><font size="2">完成は次の王様の時代でした。</font></p><p><font size="2">塔は5層で73mの高さ。</font></p><p><font size="2">途中から石の材質が変わっているのは</font></p><p><font size="2">雷によって崩れた塔を</font></p><p><font size="2">後の支配者が修復させた際に、当時</font><font size="2">一番素晴らしいとされる石材を使用したからだそうです。</font></p><p><font size="2">昔は、塔の内部に入ることができたそうですが、現在は禁止されています。</font></p><p><font size="2">その理由はいくつかあるらしいのですが、</font></p><p><font size="2">1つは人間の習性といいますか、いるんですよね空を飛びたくなる人が・・・</font></p><p><font size="2">他の理由としては、ｲﾝﾄﾞの生活事情にあります。</font></p><p><font size="2">ｲﾝﾄﾞは送電が上手くいかないところがあるらしく、</font></p><p><font size="2">停電が多い国です。</font></p><p><font size="2">以前、小学生が課外ｸﾗｽでこの塔を訪れた際に、</font></p><p><font size="2">運悪く停電が起きてしまいました。</font></p><p><font size="2">ﾊﾟﾆｯｸ状態になってしまった結果、数十人の子どもが命を落としてしまったそうです。</font></p><p><font size="2">そんなこともあり、危険だ。という理由で現在閉鎖中の塔ですが、</font></p><p><font size="2">現地のｶﾞｲﾄﾞさんによるとｲﾝﾄﾞの考古学者達が数年後の塔の解放を検討中だとか。</font></p><p><font size="2">さて、この遺跡群の中央部分には1本の鉄柱がたたずんでいます。</font></p><p><font size="2">はっきりいって不自然だなとはじめは誰もが思うのではないでしょうか。</font></p><p><font size="2">しかし、この鉄柱。ただの鉄柱ではありませんでした。</font></p><p><font size="2">実は4世紀頃のもの。それなのに錆びておりません!!</font></p><p><font size="2">それはこの鉄柱の材料となる鉄の純度が非常に高いからだそうです。</font></p><p><font size="2">側面には古代文字が刻まれています。</font></p><p><font size="2">現在では使われていない考古学者だけが読める文字です。</font></p><p><font size="2">書かれている内容は仏教のことだったと思います。</font></p><p><font size="2">申し訳ないです。よく思い出せません・・・。</font></p><p><font size="2">現在、鉄柱は柵で囲まれています。</font></p><p><font size="2">誰かが登って怪我をしたからとかそういった理由ではありません。</font></p><p><font size="2">囲わなければいけない理由・・・少しﾛﾏﾝﾁｯｸというか可愛いんです。</font></p><p><font size="2">この鉄柱に背を預け、後ろ手にぐるりと腕をまわして手を組むことができればHappyになれる。</font></p><p><font size="2">そういった噂があるのだそうです。</font></p><p><font size="2">今、鉄柱の根元の部分の傷みがひどく、危険だから囲ってあるのです。</font></p><p><font size="2">みなさんもやらないでくださいね。</font></p><p><font color="#000000"><br></font></p><p>＞さて・・・続きはその3の2へ・・・・</p>
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<link>https://ameblo.jp/stteam/entry-10023682328.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Jan 2007 03:54:49 +0900</pubDate>
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<title>&lt;インド旅行記（その2）&gt;</title>
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<![CDATA[ １日目<br>ＪＡＬで行くので成田空港第2ﾀｰﾐﾅﾙﾋﾞﾙへｽｶｲﾗｲﾅｰにて乗り込みました。<br>早速旅行会社のｶｳﾝﾀｰで受付、添乗員と顔合わせって…………えっと………ｱﾝｶﾞｰﾙｽﾞの山根ｻﾝ？<br>あっ違った(笑)<br>でも似てる。<br>この瞬間、母と私の間での彼の呼び名は"山根っち"に決定です。<br>ﾂｱｰ参加人数は15人と少ない旅仲間です。<br>航空会社へのﾁｪｯｸｲﾝも終え、出国手続きも無事に終了。<br>免税店でﾀﾊﾞｺも買っていざインドへ!!<br><br>(約10時間経過。この間機内食ｱﾘ。しかしながら美味ではﾅｼ。)<br><br>インドはデリー空港へ到着。<br>夜だからちょっと寒かったりします。<br>飛行機から出て吸い込んだ空気は、カレーの匂いではなく、何か不思議なｽﾊﾟｲｽの匂い…<br>空港の中には銃を持った軍人が警備していました。(恐)<br>初日は観光なしでﾎﾃﾙへ直行です。<br>ﾎﾃﾙへ向かうﾊﾞｽの中で現地ｶﾞｲﾄﾞの人に一人5000円分をインドの通貨ﾙﾋﾟｰへと両替してもらいました。<br>すごい渋滞だったけどそこを狙って物売りがﾊﾞｽへと向かってくる……絶対に彼等が渋滞からさらに渋滞を呼んでいる(笑)<br><br>無事にﾎﾃﾙへ…<br><br>お風呂入って、ｵﾔｽﾐﾅｻｲ…Zzzz
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<link>https://ameblo.jp/stteam/entry-10023301189.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Jan 2007 04:35:03 +0900</pubDate>
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<title>1/2～1/8ﾏﾃﾞインドに行ってきました。&lt;インド旅行記(その１)&gt;</title>
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<![CDATA[ 実は、インドに行くのは全っ然気乗りしていなかった…のです<br>なんといっても狂犬病発生率世界№１だし、列車爆破ﾃﾛも起こしちゃう国ですから…(汗)<br>という訳で、不安というより恐怖いっぱいで旅は始まりました。
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<link>https://ameblo.jp/stteam/entry-10023300889.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Jan 2007 04:23:04 +0900</pubDate>
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