<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>大学院生勉強草子</title>
<link>https://ameblo.jp/studyzoushi/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/studyzoushi/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>大学院生としてのBrush UP</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>悪いおっぱいへの非難攻撃</title>
<description>
<![CDATA[ 生まれたばかりの赤ちゃんにとっては、<br><br>「お母さん」という物体が存在するのではなく、<br><br>目、髪、乳房　というものがバラバラに存在していて、それらが「ひとつの人間のパーツ」ということをまだ理解していない。<br><br>このバラバラに存在しているもののひとつひとつが「部分対象」といえる。<br><br><br><br><br><br>赤ちゃんはまだ外界の捉え方が、自分と外を分離できていないので、<br><br>「常におっぱいをくわえている」と思っている。<br><br>つまり、お乳が口の中に流れ込んでくる＝良いおっぱいが口にある<br><br>お乳が口のなかに入ってこない＝悪いおっぱいが口にある<br><br>と認識するのだ。<br><br><br><br><br>さて、<br>お腹が空いたときに赤ちゃんの立場からすると、<br><br>「おっぱいは口にあるのに、今、くわえているおっぱいはお乳を出さない!!<br>なんて悪いおっぱいなんだ!!」<br><br>「あの、お乳を出してくれる良いおっぱいはどこだ!!」<br><br>と悪いおっぱいを非難攻撃し、良いおっぱいを求める。<br><br><br><br>そして、赤ちゃんにしてみれば、お腹が空いているというのは、<br>「お腹が空いて、体温が下がって、自分がバラバラになるー!!」「でも、自分ではなんともできないよー!!」という内面の叫びであり、だから赤ちゃんの泣き声は『不快』と周囲の人も感じられる。<br><br><br>この、お腹が空いたときの赤ちゃんの心理では、<br>悪いおっぱいを口から離し（自分から切り離し）、世界に捨てる。<br><br>そして良いおっぱいが来るまで、自分から切り離した悪いおっぱいを非難攻撃し続ける。<br><br>良いおっぱいが来たら、本人としては自分の口のなかに「入れ続ける」ので、一体化ということができる。<br><br><br><br><br>悪いおっぱいへの対処として出てきた、<br><br>嫌いなものを、自分から切り離して世界にバラまく<br><br>＝自分もその一部である「世界」がバラバラになる・世界がダメになる<br>＝この感覚を世界没落体験　という。<br><br><br>そしてバラバラになっていくのを、自分ではなんともできない苦しさ＝迫害不安　という。<br><br><br>この「自分を攻撃する悪いなにか」を、自分から切り離し、世界にばらまくのが赤ちゃんだが、<br><br>これが成人では特定のものに投げ入れるという方法もある。<br><br>世界にばらまくのではなく、特定のものに、攻撃される・攻撃するの対象を集中させることで、闘うとか逃げるとか、なんとか対処法がまだ考えやすくなるのだ。<br><br>だから、テレビが自分の悪口を言っている、<br>他人が自分の悪口を言っている、<br>と特定のものが攻撃される・攻撃する対象になっていく。<br><br>これが、まさに妄想の土台であり、<br>無意識が「なんとかこのバラバラの恐怖に対処しよう」と頑張った苦肉の策が妄想なので、<br>妄想はその人の無意識のためにも否定してはいけないのである。<br><br><br>ここまでが、生まれて3ヶ月くらいであり、パラノイド・シゾイドポジションと表現される。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/studyzoushi/entry-12019962530.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2015 15:51:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>メラニー・クラインその人のこと</title>
<description>
<![CDATA[ 真実はともかくとして、とりあえず私が習ったことを書き綴る。<br><br><br>「メラニー・クラインは1882年にウィーンで生まれた。<br>医師の娘だったが、17歳のときに死亡した。<br>父は優秀なメラニーが医師になることを望んでいたが、メラニーは医師にならず、若いときに結婚した。」<br><br><br>これは個人的な感想だが、<br>1900年前後に、ヨーロッパでは女性医師というのが既に確立していたのだろうか？<br><br>果たして、現代でも親が「娘」に医師になることを勧めるか悩ましいのに、<br>そんな昔に、男親が娘に医師になることを本当に望んだんだろうか。<br><br><br>「1903年にアーサー・クラインと結婚し、2人の男子と1人の娘を出産するが、何度もうつ病になり、後には夫と離婚し、不倫も捨てられた意見も味わった。<br><br>彼女は最初、自身のうつ病の治療のため、フィレンツィに分析を受けた。<br>そして彼女自身が分析を学ぶようになり、その過程で自分の子どもを観察して論文を書き、それをフィレンツィに見せたところ、子どもの分析を始めることを勧められた。<br><br>メラニーは、子どもの遊戯療法を用いて、子どもの無意識を引き出し、解釈する方法を編み出した。<br><br>そして後にベルリンでアブラハムの分析も受けた。<br><br>メラニーの説は、神経症メインのフロイド派が多数を占めていたロンドンで、「神経症にとらわれない」メラニーが新鮮に映り、後にはイギリス精神分析界に乞われて移住する。」<br><br><br><br>メラニーの説は、とても感覚的だという。<br>日本でも「思弁的だ。何が根拠かよくわからん」と言われているらしいが、<br><br>メラニーの先輩の影響、<br>自分の子育て、<br>自分のうつ体験をもとに組み立てられた説なので、<br><br>こちらも感覚的に理解するところからスタートすることにする。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/studyzoushi/entry-12019953775.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2015 15:33:04 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
