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<title>大空のサムライ道</title>
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<description>アイドルに関する話ばっか。フツーの日記はmixiばっかー</description>
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<title>声の形</title>
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<![CDATA[ あらゆるものがデジタルになって久しい。<br><br>思い描いていた以上の未来になっただろう。スマートフォンの時点で学生時代からは想像もできない。<br><br>未来は、現在は、今もあるのに、今を生きていない気がする。<br><br>それが大人になったという感覚なのか。<br><br><br>CDなんかはもう一切買っていない。いや自分らしくないジャズはたまに買う。<br><br>でも聴くのはアニソンばかり。<br><br>それも昔の、20年前のものばかり。<br><br><br>あの頃は自我なんてなかった。<br><br>ただのオタクであり、アニメキャラクターに恋をして、バイト代はトレカにつぎ込んだ。<br>自分がセックスをする想像もなかった。<br>髪をセットする、服を買う、女を口説くなんて。<br><br>もうアニメは全く見ていないし、見たいと思わない。<br><br>アプリもほとんどやっていない。<br><br>アイドルを応援したいとも思わない。<br><br><br>自分が就職して、これからも今の仕事を続けたいと思うなんて。<br><br><br>アニソンを聴いていると、思い出が甦ってくる。<br><br>中学時代、高校時代、フリーター時代、上京当時。<br><br>そのどれもが愛おしい。<br><br><br>ただそれらが全部バカらしく思っていた頃もあった。<br><br>見た目ばかり気にしてナンパして、成功するから余計オタクから離れていった。<br><br><br>それも今や昔。<br>またあの頃に戻りたいと思って、ゲーセンに行ったって誰もいない。<br>とらのあなに行っても知っている同人誌はない。<br><br>ずっとこのままなんてないのだ。<br><br>それは昔も、今もだろう。<br><br>もしかしたら結婚して子供を授かるかもしれない。<br><br>でも、戻りたいと懐かしいと思い出すのは、ただのオタクだった頃だ。<br><br><br>一人でも楽しい。皆といても楽しい。<br><br>オタクだったから。<br><br>それが現実逃避だったのかもしれないが、毎日楽しかった。<br><br><br><br>まさか仕事が楽しいと思う時が来るなんて。<br>こんなものいらないと手に取ったものを買わない時が来るなんて。<br><br><br>オタクでなくなったことがこんなに寂しいなんて。<br>
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<link>https://ameblo.jp/sudouisao/entry-12602873133.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Jun 2020 01:02:48 +0900</pubDate>
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<title>これぞ喧嘩稼業</title>
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<![CDATA[ 先週、今週と若手と揉めたって話。<br><br><br><br><br>ほんでめちゃくちゃフォローというか敵を作ることになった。<br><br>自分も若い頃出来ていなかったことを年齢を重ねて同じように若手にやってると思うと情けないやら反省するやら。<br><br><br><br>前提には自分がされたくないことはしないって性格なんやが、そもそも他人とズレてるので前提が成り立たない。<br><br>その中で、遠回しに伝えられることを恥じ、ストレートに言われることを良しとすることを他人にもやる。<br>そりゃ自分がストレートに言われたいからね。<br>喧嘩したって全部自分が正しいとは思わないし、引きずるにせよ自己解決できるからストレートであればあるほど良い。感想は純度100%であれば良いと思うのよ本当に。<br><br>でもダイレクトアタックを苦手とする人種の方が圧倒的に多いし、年齢とか性別を盾に自分の言いたいこと言うって人間も多い。<br>誰に対しても同じとは、それが正解でない時もあるのだとまざまざと重い知らされたよね。<br><br><br><br>本当、褒められることより貶された方が身になる自分としては他者もそうであってほしいという希望的観測がズレていたと。<br>誰だって褒められた方が嬉しいと。<br><br>そうなのか。<br><br>自分だけが生きているわけではないし十人十色なのはわかっていたつもりだけど。社会はそんな優しくないと思っていたよ。それとも優しさに気付かなかっただけなのか。<br><br><br><br>まぁつまり、俺の言葉にはトゲがあると。ありすぎると。<br><br><br>そんなのはしょっちゅう言われている。<br><br><br>根底にあるのよ。<br>本当の優しさとは、嫌われてでも相手のことを考えて行うことだ、、、と。<br><br>キズの舐め合いは不要だと思っているので、形だけの優しさは俺にはない。<br><br><br><br>Twitter上でも、ネガティブなことを言うなと忠告を受けることがある。<br>マイナスな言葉で人を不愉快にするなと。<br><br>それはつまり、私はお前の言葉で傷つくから本音を言うなということ？<br><br><br>悪いと思ったから悪いと言う。<br>そりゃどうすればいいのか実践して見せればいいけど、立場も職種も年齢も性別も、それが出来ないことだってある。<br><br>じゃあ何も言うな？<br><br><br>例えば整形。<br><br>最近は整形に対してポジティブな広告が増えた。<br>こんなステキなことなぜやらないの？やって後悔はないよ！と。<br><br>なら整形が正義なのか？そこにネガティブなものはないのか？<br>プラスになることだけを伝えて、マイナスなことは言わない。<br>契約ごととか、食事だってそうだ。<br>とあるカレー屋の店内には、豚肉にどんな栄養があり、この野菜は脂肪燃焼効果があり…ならそれだけ食べてもいいの？カレーに足りないものはないの？<br><br>いちゃもんかもしれないが、俺はそう感じる。<br><br>得なことしか伝えない、それは詐欺師のやり方ではないのか？<br>こういうダメなところもありますが、こういう良いところもありますと伝えることが正直ではないのか。<br><br><br>それが伝え方、テクニックだと言う。<br><br>誤魔化しているだけではないのか。<br><br><br>ポジティブな意見は全てポジティブなのか？<br>その中には｢ポジティブなことを発言する自分｣でいっぱいになっていないか？<br>巡り巡って自分の利になる選択がポジティブな発言に結びついていないか？<br><br>やはり俺はネガティブなものの中に救いを求める人間だ。<br><br>全員が同じ方向を向いていれば、後ろで何があっても気付くことはない。<br><br>ひねくれもの、鼻つまみものでいいのだと改めて思う。<br><br><br>俺に対するネガティブな感情が、俺以外のものをポジティブにするなら。<br><br>そう、それが俺の思う優しさだ。<br><br><br><br>俺は誰も嫌いにならないが、誰かは俺を嫌いであればいい。
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<link>https://ameblo.jp/sudouisao/entry-12529287168.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Sep 2019 19:07:11 +0900</pubDate>
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<title>信じるとは</title>
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<![CDATA[ 自分のこともわからないのに、他人のことがわかるはずもない<br><br><br>常日頃から俺は言う。<br><br>フツーは、マトモな人なら、常識だ、、、<br><br>多分、ほとんどの人が口にする。<br><br>まさか自分は普通でマトモではないなんて、誰だって思ってない。自嘲することはあっても、自分が正しいと皆本気で思ってる。<br><br>だから他人と衝突した時に譲れない。<br>面倒だから譲る、のは譲るとは言わない。引いただけだ。<br><br>引いてどうなる？<br>相手を良い気持ちにして、自分は引いたことに満足して、それだけ？<br><br><br>俺は衝突が好きだ。<br>なんなら、衝突しなくてもいいのに自分から揉めようとする。<br><br>大の大人が揉めるとなるとエネルギーが尋常じゃない。<br>お互い疲れる。<br><br>疲れるのは、本気だから、本音だからだ。<br><br>顔色を窺ったり、空気を読んだり、それで場が回ったとして、それも大人の立ち回りだと思う。<br><br>いつもニコニコして穏やかな人間は、その面しかないと思ってはいないか？<br><br>その仮面を、いや仮面かどうかはわからないが、剥がしてみたいと思わないのか。<br><br>今の世の中、本音を口にする人間は少ない。<br>本音とは主張だ。そして主張とはワガママだ。通る時もあれば反発される時もある。<br><br>そのエネルギーを消費したくないと、揉めることで失うものがイヤだと避けて生きる。<br><br><br>人間誰だって裏表はあるし、無いと不自然だ。<br><br>だけど人は言う。<br>裏表のない人間は素敵だ、と。<br><br>裏、とはいわば悪の面だ。<br>ないと思いたいが、自分にもあるように他人にもあるに違いないと思うからこそ、裏表があると必然のように語られる。<br><br>裏も表も悪い面ではないと思っていないか？<br><br><br><br>俺も、裏表は無いほうがいいと思う。<br><br>裏が悪で、嘘なら、そりゃないに越したことはない。<br><br>なら自分から無くせばいい。<br><br><br>思っていることを口にする。<br><br><br>ストレートに、遠慮なく。<br><br><br>傷つけられたと人は言う。<br><br><br>俺も傷つけたと思う。<br><br><br><br>俺は、傷口から生まれた。<br><br>一人はイヤだと、寂しいと思っていた。<br><br>妬み嫉みがを恥じ、無知を恥じ、遠慮や差別を恥ずかしいと思った。<br>恥は誰も教えてくれなかった。顔が紅潮し、舌が回らなくなって、恥に気付いた。<br><br>弱いから傷つく。<br>弱いから他人に支えてもらう。<br>弱いから吠えて誰もいなくなった。<br><br>俺は一人で生きていけるほど強くなった。<br><br>ずっと孤独だと思い、孤独は社会に馴染めないはぐれ者だと、それは恥ずかしいものだと思っていた。<br><br><br><br>裏も表もないんだ。<br>どちらも裏で、表だ。<br><br>俺はこれからも揉めるし、言葉を濁さない。<br><br>変わり者でいい。嫌われていい。<br>嫌われる勇気、ではない。<br><br>嫌われて見える景色は誰も知らない。<br><br>美しいものは醜いものがなければ存在しない。<br><br><br>美しさの対にある醜さがなければ、美しさの判断は出来ないものだ。<br><br>醜い中で懸命に生きようと、無駄にもがく姿こそ美しいと、誰も気付かなかった。<br><br><br>明日も俺はカラスでいい。
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<link>https://ameblo.jp/sudouisao/entry-12527488555.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Sep 2019 22:36:46 +0900</pubDate>
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<title>信じるとは</title>
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<![CDATA[ 自分のこともわからないのに、他人のことがわかるはずもない<br><br><br>常日頃から俺は言う。<br><br>フツーは、マトモな人なら、常識だ、、、<br><br>多分、ほとんどの人が口にする。<br><br>まさか自分は普通でマトモではないなんて、誰だって思ってない。自嘲することはあっても、自分が正しいと皆本気で思ってる。<br><br>だから他人と衝突した時に譲れない。<br>面倒だから譲る、のは譲るとは言わない。引いただけだ。<br><br>引いてどうなる？<br>相手を良い気持ちにして、自分は引いたことに満足して、それだけ？<br><br><br>俺は衝突が好きだ。<br>なんなら、衝突しなくてもいいのに自分から揉めようとする。<br><br>大の大人が揉めるとなるとエネルギーが尋常じゃない。<br>お互い疲れる。<br><br>疲れるのは、本気だから、本音だからだ。<br><br>顔色を窺ったり、空気を読んだり、それで場が回ったとして、それも大人の立ち回りだと思う。<br><br>いつもニコニコして穏やかな人間は、その面しかないと思ってはいないか？<br><br>その仮面を、いや仮面かどうかはわからないが、剥がしてみたいと思わないのか。<br><br>今の世の中、本音を口にする人間は少ない。<br>本音とは主張だ。そして主張とはワガママだ。通る時もあれば反発される時もある。<br><br>そのエネルギーを消費したくないと、揉めることで失うものがイヤだと避けて生きる。<br><br><br>人間誰だって裏表はあるし、無いと不自然だ。<br><br>だけど人は言う。<br>裏表のない人間は素敵だ、と。<br><br>裏、とはいわば悪の面だ。<br>ないと思いたいが、自分にもあるように他人にもあるに違いないと思うからこそ、裏表があると必然のように語られる。<br><br>裏も表も悪い面ではないと思っていないか？<br><br><br><br>俺も、裏表は無いほうがいいと思う。<br><br>裏が悪で、嘘なら、そりゃないに越したことはない。<br><br>なら自分から無くせばいい。<br><br><br>思っていることを口にする。<br><br><br>ストレートに、遠慮なく。<br><br><br>傷つけられたと人は言う。<br><br><br>俺も傷つけたと思う。<br><br><br><br>俺は、傷口から生まれた。<br><br>一人はイヤだと、寂しいと思っていた。<br><br>妬み嫉みがを恥じ、無知を恥じ、遠慮や差別を恥ずかしいと思った。<br>恥は誰も教えてくれなかった。顔が紅潮し、舌が回らなくなって、恥に気付いた。<br><br>弱いから傷つく。<br>弱いから他人に支えてもらう。<br>弱いから吠えて誰もいなくなった。<br><br>俺は一人で生きていけるほど強くなった。<br><br>ずっと孤独だと思い、孤独は社会に馴染めないはぐれ者だと、それは恥ずかしいものだと思っていた。<br><br><br><br>裏も表もないんだ。<br>どちらも裏で、表だ。<br><br>俺はこれからも揉めるし、言葉を濁さない。<br><br>変わり者でいい。嫌われていい。<br>嫌われる勇気、ではない。<br><br>嫌われて見える景色は誰も知らない。<br><br>美しいものは醜いものがなければ存在しない。<br><br><br>美しさの対にある醜さがなければ、美しさの判断は出来ないものだ。<br><br>醜い中で懸命に生きようと、無駄にもがく姿こそ美しいと、誰も気付かなかった。<br><br><br>明日も俺はカラスでいい。
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<link>https://ameblo.jp/sudouisao/entry-12527488522.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Sep 2019 22:36:46 +0900</pubDate>
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<title>華やかなりし日々</title>
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<![CDATA[ もう二回くらい書いた気がするけど、まぁアレです。<br><br><br>何度も何度も繰り返し悩んでは答えを保留にし、最近もまた生き方をこじらせることになったわけです。<br><br>ネットだって職場のコミュニティだって、その気になれば全部ナシにできるけれど、中々捨てることは出来ない。<br>スマホいじりゃ他人の感情なんて山ほど目に入ってくる。<br><br><br>今はモメるのもナンパするのも有名になるのも簡単。<br><br>皆が皆、自分が自分がって主張する。<br><br><br><br>まぁ前置きはいいや<br><br><br><br>つまり、いつものブレです。<br><br>どう生きるかを未だに決められないでいるのです。<br><br>もう選択できないことが多いし、これ以上良くなることはないだろう。<br><br>そういう他人と比べての幸せではなく、善悪のバランスというか。<br><br>普段から悪ぶって、他人を遠ざけて、後ろ指さされているのに気がつくと中指立てて返すような、そんな天の邪鬼な自分の、その悪ぶったものがブレるわけです。<br><br>人から良く思われたい、好かれたいと思うと現実の自分に後悔したり。<br><br><br><br>そのたびに考え直すんですよ<br><br>自分が成人してから、何を糧に生きてきたかを。<br><br>まっ宝塚ですよね<br><br><br>そう、大空祐飛です。<br><br>そう、華やかなりし日々です。<br><br><br>あらすじは割愛するとして、あのラストシーン。<br><br>あんなふうに生きたいと。<br><br>悲しみを笑って誤魔化せる生き方をしたいと。<br><br><br>あんな男になりたいと思うわけです。<br><br><br><br>決して良いやつではない、本音も見せない。<br><br><br>コイン一枚を拠り所にする弱さを、誰にも見せない。<br><br><br><br>よし、明日からまた頑張りましょう～
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<link>https://ameblo.jp/sudouisao/entry-12507033736.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Aug 2019 18:37:05 +0900</pubDate>
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<title>いつもの買い物</title>
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<![CDATA[ 今年も夏コミ。初日帰りの電車の中で書いてます。<br><br><br>もうすっかり周りはコミケ卒業して、大体はソロ参加のまま齢を重ねております。<br><br>レイヤーの知り合いはまだまだいるんだけどね、若い女の子だからそんなに同人誌とか買ったりしないのよ。<br>男オタクはさぁ、コミケ行かなくなると途端に｢コミケ行かないことの正当性｣を主張するようになる。<br><br>暑い寒い、金がない、同人誌は高い、サークルチェックが面倒だ、、、<br>しない、のは｢正しいから｣だと。<br><br><br>暑いし寒いのはイヤだ。<br>→春秋に開催しても行かないくせに。<br><br>同人誌は高い。<br>→100均だって高いと感じる人もいるだろう。要は価値観。<br><br>サークルチェックが面倒。<br>カタログ代もノートパソコンも用意してやる、と言っても本人が調べる気がないなら調べない。<br><br><br>コミケほど二次元に対する｢好き｣が集まる場所はない。<br>そこにいけばなんだってある。その好きを否定するってことは自分の趣味を否定することだ。<br>そういうやつは公式にだって金を落とさない。<br><br>まぁ今さらポスターだトレカだの欲しくないのは俺も同じです。<br><br><br>それでもコミケに行かないことはない。<br><br>往々にして、オタク趣味は孤独だ。昔よりはマシとはいえ、オタクに対する偏見は強い。<br><br>その偏見はなくならないし、偏見が間違ってもいない。<br><br>オタクであると自覚した瞬間に、一生ついてまわるレッテルだ。<br><br>それに耐えられるだけ強くなるってことは、頑固になるってことだ。<br><br>コミケに行けば仲間がいる。<br>誰とも会話しなくても、そこに漂うウェルカムオーラが俺を肯定させてくれる。<br><br>そして楽しもうと思ったら、自ずと思い出になるものだ。<br><br>俺は思い出ナシでは生きられない弱い人間だから。
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<link>https://ameblo.jp/sudouisao/entry-12503384139.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Aug 2019 15:24:00 +0900</pubDate>
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<title>シナトラ</title>
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<![CDATA[ 年齢も背格好、その他似たような人間が二人居たとする。<br><br>その二人(A、Bとして)のAに対して親友というカテゴリに入れたとして、分けたことで必然的にBは親友ではない別の存在になる。<br>友人の一人だったり、顔見知り程度だったり、とにかく親友ではなくなるわけだ。<br><br>Aとの結びつきは固くなる一方で、それをBが知れば(知らなくとも)Bとの距離は少なくともAよりは遠いだろう。<br><br>ただ人間というのは自分が相手をどう思うかと同じだけ、相手が自分をどう思うかが大事だったりするので、いざ親友とカテゴライズした相手がこちらをどうとも思ってなければ親友でもなんでもないわけだ。<br><br>自然と親友になるということはあるかもしれないが、えてして人間は不安になるもので、長い年月をかければかける程に失いたくないと思うものである。嫌われたくない…気持ちを伝えたい…そこに感情がある限り、なかなか上手くはいかないものだ。<br><br>異性なら尚のこと、相手との結び付きを欲するだろう。動物的な感情で。<br><br>相手ありきの人間関係ならば、性別や年齢に関わらず、思うままのフラットな状態でいようと思う。<br><br><br><br><br><br><br>もうひとつ。<br><br>もうしばらく生き方を中庸であろうとしてきた結果、非常にストレスなく生きていられるのだが、今の状態は外から見るととてもいい加減でどっちつかずに見えるようだ。<br><br>コンビニ夜勤という社会性ゼロの仕事と<br>保育というハッピーオーラ全開の仕事。<br><br>どんな仕事にでも、そこで生きると決めた人々の精神状態は余裕がないものだ。<br>自ら選んだとはいえ、未熟なまま人生に向き合わなければならないというストレス。それを自己解決するには社会に出て10年はかかるだろう。<br>社会性ゼロの仕事でさえ、向き合うことを先伸ばしにはすれど考えを放棄することは出来ない。<br><br><br>物事、行いの善悪。些細なことにも必ずついてまわり、カルマを浅く、深く、生きていかなければならない。<br>中庸でありたいと生きていても、善悪選びながら生きている。<br><br>100%善に振り切ることは難しいが、100%悪に染まるのも難しい。<br>善悪どちらも向けて、向けられ、きつと誰もが葛藤する。<br>何が良いことで何が悪いことかを自分の中でも、また他人から見た自分としても考えて生きていかねばバランスを保つのは難しく、そう生きようとすればする程に笑えてくる。<br><br>自分がどちらに寄ろうとしているのか？<br>中庸でいようとすれば、したくもない善行をすることもあるだろう。<br><br><br>どう生きるかという外からだけでなく内の人生にもフラットに向き合っていこうと思う。
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<link>https://ameblo.jp/sudouisao/entry-12502846835.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Aug 2019 13:07:24 +0900</pubDate>
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<title>君が人生の時</title>
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<![CDATA[ 昨日また観てきました。<br><br>これで三度目。<br><br><br><br>ネタバレを避けるために最初書こうと思った文章を全部消して書いた。<br><br><br><br><br><br><br>二度目、三度目は別の友人を連れていきました<br><br>二人とも自分よりＩＱが高いので、自分が最初観てわからない部分を解説してくれるはずだという、めちゃ自分勝手な理由で。<br><br>実際に二人の解釈は違ったけど、そのどちらの話をミックスして自分なりの落としどころに到達したので、やっぱりこの二人を誘って良かったなと。<br><br>正確には二人の解説＆パンフレットで。<br><br><br><br>自分の感じることはＩＱの低い自分の解釈なので参考にならないだろう、そう思ったので書かないことにしました。<br>でも完全にクリアになるように解釈出来たので。<br><br><br>友人Ａ「ジョー(主役)は舞台をコントロールしたい」<br>友人Ｂ「サローヤンの生きた時代には大衆演劇扱い」<br>パンフレット「ジョーがサローヤン自身」<br><br>これらが答えかなと。<br><br><br><br>まぁ舞台にリンクしてる、してないはともかく<br><br>どんな些細な出来事も、ある人にとっては自分が主役になる話で、それは別の人にとっては些細なことなんだと。<br>作家のさじ加減で大小いくらでも思うまま変えられるものを、観客は自分に(都合よく)当てはめて観る。<br>どんなメディアもそんなもんなんだなーと強く思ったし<br><br>ぶつ切りとは言い切れないけど、物語に必要性を感じない場面は要所要所に見られたので(メアリーとのシーンは特に)これはサローヤン自身を理解しないと感情移入はできないなーとも思った。<br><br><br><br>そしてタイトルにある「君が人生の時」<br>この「君が」部分もよくわからないといった感想を見かける。<br>俺もそう。なぜ「君の」ではないのか？<br><br>俺は勝手に「誰が為に鐘は鳴る」と同じ翻訳なのかなと。<br>あれも「君の」ではないよね。<br><br>もしかしたら昔の日本にある「きみがため」に通づる翻訳なのかも、と思うと滋味深い。<br>なぜ「君の」でなく「君が」のほうが深く感じるかは…間違ってたら恥ずかしいので、これも自分なりに解釈してほっておこう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/sudouisao/entry-12287927362.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Jun 2017 07:07:40 +0900</pubDate>
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<title>感傷に浸る</title>
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<![CDATA[ いつもこれが最後だと書いてきた。<br>いつしかこれは途中だと書いてしまった。<br><br>若者の特権である刹那的生き方を、忘れてしまった。<br>それは若者ではないと自覚したからだ。<br>まだまだ若いと思う気持ちは素晴らしいものだが、精神は熟せねばならない。<br><br><br>ほとんどの日記は、いつもネガティブなところから始まった。<br>疑問や不満が、文章を書くエネルギーになり、発散することで翌日にはケロッとしていた。<br><br>自問自答しているつもりだった。<br>そのつもりで満足していた。<br>そのせいで、答えが足りず仕舞いだった。<br><br>本当の自問自答は、誰にも明かさず、答えをこうと決めてかかることだ。<br>それが自分だとふんぞり返ることだ。<br><br><br>俺は我慢を知らない。<br>自分が逃げれば誰もがそこで終わると思っていた。<br>自分が悪いと思っているフリをすれば赤面せずにすむとも思っていた。<br>謝れば、そこで半分は終わりだとも思っていた。<br><br><br>俺はどこを見るべきか。<br>どこを伸ばし、胸を張る部分はどこなのか。<br>失敗なんて、山ほどする。これからもずっとする。<br><br>くじけるべきか。<br>くじけないべきか。<br>くじけて立ち直るべきか。<br><br>自分のことが知りたい。<br>見ることすら避けている部分を知りたい。<br>弱くて、刺されないと気付かない鈍い部分が、過敏になり、また愚鈍になる。<br><br>これが人間なのか？<br>知りたくてもがく人間の姿なのか？<br>俺もまた自分が嘲る他人と同じ人間なのか？<br>そうに違いない。<br>あるべき姿とは、都合のいい部分の見たい部分の美しい部分しかわからない。いや存在していない。<br><br>自分はなぜ自分であるのだろう？<br>そんなものはどこにもないかもしれないのに、こんなに広い世界の中で自分の心が一番広いとしか思えなくて、心を旅することが楽しくて、いつもこの旅は知らない内に終わってしまう。<br>何かが満ち足りていても出かけない。<br>欠けていても物足りない。<br><br>肉体の飢餓で気づいたことは今も忘れない。<br>精神の飢餓で気づくことは何だろう？<br>支えてくれるのは肉体なのだろうか？<br><br><br>文章にせずとも心鎮める日が来るのだろうか？<br>
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<link>https://ameblo.jp/sudouisao/entry-12261493883.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Apr 2017 03:56:55 +0900</pubDate>
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<title>久しぶり</title>
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<![CDATA[ 半年以上書いてなかったアメブロ。<br>書こうとすると長々と書いてしまうのでつい躊躇ってしまいがち。<br><br><br><br>去年の夏コミや、初めて行ったゲームショウでカメラをいじるようになって、改めて11月から撮影に本腰入れるようになった。<br>この3ヶ月で朝から夜まで撮影する機会が10回以上あり、もう完全に型落ち品である俺のNikon D80(今買うと2万円くらい)でもそれなりに喜んでもらえる撮影ができるようになった。<br><br>新しい機種に買い換えたいとは思うが、ストロボやレフ板を使うだけでも今のカメラで撮れる幅は広がるし、むやみに最新機にしてもカメラの性能を引き出せなければどれを使っても一緒よ。<br>まぁカメラのこだわりは賛否両論なので最後に書くとして、、、<br><br><br>撮るのはコスプレが大半なんやが、自分がコスしてた頃(5年前)と比べて変化する部分は多い。<br><br>中でもレイヤーのカメラマンへの気遣いがすごい。むしろカメラマンが助長してるのかもしれないが。<br><br>スタジオでもイベントでも、レイヤーがカメラマンの参加費(2～3000円)を負担して募集するだなんて考えられない。<br><br><br>確かに男装コスだと胸はおろか太ももすら露出してないのが当たり前で、世の中のカメラマンが女性の身体目当てで撮影しているのも仕方ない。どんなに綺麗事言ってもね。<br>男装じゃ募集かけてもカメラマンは来ない、それがラブライブだったなら１日も経たずに集まってくるくせにね。<br><br>ならせめて参加費を負担する代わりに撮影してくださいって気持ちなんだろうけど、俺は違くて、参加費を負担されるってことは普通に撮るだけでなく、相手が求める写真をキチンと再現するってことで、プレッシャーはもちろん、自分の技術不足でしたじゃすまない。<br>ただ撮るだけ、なら誰でもできる。<br>求めるのはカメラマンであり、昨今セミプロカメラマンが山ほどいる中でレイヤー側も各々が「最低限これだけの」という技術を欲しているわけで、技術に自信がないなら参加費を支払ってでも撮らせてもらうべき。<br><br>レイヤーはカメラマンが必要で、カメラマンは技術を学ぶために撮る機会が必要で。<br>少しでも自分が得をしようという気持ちがあるとどこかで摩擦が生まれるし、一度きりではなく今後も付き合いがあるとしたらお互い気持ちよく撮影したいではないか。<br><br><br>正直、カメラなんて工夫と技術さえあれば誰でも同じ写真が撮れるんよ。<br><br>カメラマンてのはその技術を他人に教えることもなく、中には撮影した写真を(人物写真に限れば)被写体に渡さない人も多いらしい。<br><br>人物写真は全て被写体優先で、カメラマンはあくまで「撮らせてもらっている」のだ。<br><br>先ほど書いたように、カメラは誰でも上手くなれるが、被写体力は誰にでもあるわけではない。<br>カメラは同じ機種であれば一つ一つ違いはないが、被写体はそもそも人間であるから顔かたちも全て違う。<br>自然の光も確かに偶然の要素はあるが、感情を持つ人間ほどコントロールが難しくはない。<br><br>全てのカメラマンはまず被写体が存在することに感謝するべきで、今みたく気軽にコスプレイベントに行けば好きなだけ撮影できるような環境が異常なのだと理解せねばならない。<br><br><br>どんな些細なことにだって意味はあるのだ。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>最後にカメラにまつわる事象について箇条書きで書きたい。<br><br>・カメラの機能は技術で補える<br><br>・しかるべき時に使わないと周辺機器は無いのと同じ<br><br>・レイヤーの名刺は本当にデータを渡す人間しか貰うべきではない<br><br>・野良カメコの撮る写真はただ綺麗なだけ<br><br>・他人への優越感だけで何の生産性もなくレイヤーへの絡みは避けるべき<br><br>・日中屋外でストロボを焚く意味はない<br><br>・レイヤーの外見も、カメラマンの写真も、綺麗という中にもどう綺麗かの違いはある<br><br>・10回のイベント参加中5回以上被るカメコはマトモなカメコではない<br><br>・5回見て3回同じ服装(同じコスプレ)な男性(レイヤー)もマトモではない<br><br>・極端に外見の違う合わせは外見の整っている方がすさまじくタチが悪い<br>
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<link>https://ameblo.jp/sudouisao/entry-12242822297.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Jan 2017 09:51:22 +0900</pubDate>
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