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<title>スポーツのうんちく日記・・・</title>
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<description>スポーツのうんちく日記。最近言いたいことが多くて・・・聞いてください！！ちなみにテーマは・・・野球・ロッテ・サッカー・夜遊びです。</description>
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<title>なべQ～！！</title>
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<![CDATA[ <p><font size="4">1965年８月、群馬県生まれ。右投右打。投手。背番号41（西武）→21（ヤクルト）。前橋工高で１年生のときに夏の甲子園に出場した。1984年、ドラフト１位で西武に入団。<br>　２年目に８勝８敗11セーブという好成績を残して頭角を現す。</font></p><font size="4"><p><br>　1986年には16勝６敗１Ｓ、防御率2.87を挙げて最多勝を獲得。178奪三振で最多奪三振のタイトルも獲得した。日本シリーズでも先発にリリーフにフル回転し、２勝を挙げる活躍で日本一に貢献した。<br></p><p>　1988年には15勝７敗、1990年には18勝10敗で、１年おきに最多勝を獲得する活躍ぶりを見せた。そして、1990年の巨人と対戦した日本シリーズでは第１戦で見事な完封勝利を飾り、西武が４連勝で日本一となる足がかりを作った。<br>　1991年にはシーズン７勝だったものの、広島との日本シリーズでは第３戦で９回を５安打完封してシリーズ男の本領を発揮した。<br>　西武は渡辺が全盛期だった1985年から1994年までの10年間に９度リーグ優勝を果たし、６度日本一に輝いている。<br>　1996年はシーズン６勝だったものの、６月にオリックス戦でノーヒットノーランを達成した。<br>　1997年には不振に陥って未勝利に終わり、1998年にヤクルトへ移籍したが、１勝に終わってその年限りで現役を引退した。<br>　引退後、台湾のプロ野球で、コーチ兼エースとして見事な復活を遂げ、３年間活躍した。<br><br></p><p>　長身から長い腕をしなやかに振り下ろす本格派右腕として、躍動感溢れるピッチングで西武の黄金時代を作り上げた。伸びと切れのある速球が低めに決まり始めると、誰も手がつけられなかった。<br><br>通算成績（実働15年）：125勝110敗27セーブ、防御率3.67。1609奪三振。最多勝３回（1986・1988・1990）最多奪三振１回（1986）ベストナイン１回（1986）ゴールデングラブ賞１回（1990）最優秀勝率１回（1986）<br></p></font><p><font size="4"><font color="#ff8080"><strong>数々の伝説</strong></font><br><br><br><font color="#990099"><b>　①甲子園を逃した高校最後の夏</b></font><br><br>　前橋工高では、１年生のときに夏の甲子園に出場したものの、その後は甲子園には手が届かない年月を過ごすことになった。<br>　そして、迎えた高校最後の夏。決勝戦まで勝ち進んだ渡辺は、連投の疲れで自慢の剛速球が走らなくなっていた。そのせいで、コントロールを乱した渡辺は、押し出しの四球で決勝点を奪われて敗れる。<br>　しかし、渡辺の素質を西武は見逃さなかった。その秋のドラフトで西武は、渡辺を１位指名するのである。<br><br><br><font color="#990099"><b>　②最多勝３度</b></font><br><br>　西武の黄金時代を支えたのは、清原和博・秋山幸二・デストラーデといった強力な打線や辻発彦・平野謙・伊東勤らの鉄壁な守備陣、そして渡辺・工藤公康・郭泰源らの豊富な投手陣という完璧なチーム構成だった。<br>　その中でも、渡辺は、投手陣の大黒柱として３度の最多勝に輝いた。1986年の16勝に続き、1988年に15勝、1990年には18勝を挙げてタイトルを獲得する。いずれの年も、西武は、リーグ優勝を遂げている。<br>　また、圧倒的な球威を持っていたせいで奪三振も多く、タイトル獲得は1986年の１度ながら、シーズン100奪三振以上が８回にものぼっている。防御率も、タイトルこそ獲れなかったものの、２位が３回。西武の黄金時代は、渡辺とともにあった、と言っても過言ではないだろう。<br><br><br><font color="#990099"><b>　③日本シリーズで６連勝</b></font><br><br>　1986年の広島との日本シリーズは、第１戦で引き分け、最後は３勝３敗１引き分けで第８戦までもつれ込むという名勝負となった。<br>　渡辺は、第４戦で負け投手となったものの、第６戦で６回１失点と好投して勝ち星を挙げると、第８戦にも好リリーフで勝ち投手となる活躍で盛り返した。西武は、この渡辺の活躍もあって引分けの後の３連敗から４連勝という離れ業で逆転日本一となる。渡辺は、ここから日本シリーズ男として連勝街道をひた走ることになる。<br><br>　中日との対戦となった1988年にはついに第１戦に先発という栄誉を受けて強竜打線を封じ込め、７回１失点で勝利投手となった。西武は、５－１で圧勝し、４勝１敗で日本一となった。<br><br>　圧巻は、1990年の日本シリーズだろう。またしても、第１戦で先発した渡辺は、巨人打線を９回３安打無失点とほぼ完璧に抑え込み、打線の方ではデストラーデの３ラン本塁打が出て５－０で圧勝した。<br>　その勢いのまま、西武は全試合で４点差以上をつけて破竹の４連勝を飾り、歴史に残る圧倒的日本一を達成するのである。<br><br>　1991年も第３戦で広島の北別府学との投げ合いを制して９回を５安打無失点に抑え、１－０で勝利投手となった。渡辺は、この時点でシリーズ５連勝となり、日本タイ記録を達成した。<br>　そして、1993年に第３戦で先発した渡辺は、７回2/3を２失点に抑え、７－２で勝ち投手となる。前人未到のシリーズ６連勝の達成だった。<br>　残念ながら、そのシリーズの第７戦で先発した渡辺は５回2/3を３失点で負け投手となって連勝は止まった。<br><br>　しかし、1994年には10.8を制してきた巨人を第１戦で５回1/3を３安打無失点と抑え込み、11-０というスコアで勝利投手となっている。<br>　渡辺は、まさに西武黄金時代のエースであり、日本シリーズに出てくるたびに好投する「日本シリーズの顔」ともいうべき存在だった。<br><br><br>　<font color="#990099"><b>④ブライアントに痛恨の一発を浴びる</b></font><br><br>　1989年10月12日、この日の近鉄×西武戦は、ただの試合ではなかった。ダブルヘッダーで、しかも優勝を大きく左右する試合だったからだ。<br>　その１試合目は、壮絶な試合となった。西武が先制して４点をリードしたものの、近鉄もブライアントの２打席連続ホームランなどで追いつき、７回を終わった時点で５－５の同点となっていた。<br>　西武は、８回表から先発の郭泰源をあきらめて、既にこの年15勝を挙げていた渡辺を送り込む。先頭打者は２打席連続本塁打中のブライアント。<br>　渡辺は、そのブライアントに自慢の剛速球で勝負を挑んだ。が、乗りに乗っているブライアントは、渡辺の渾身のストレートを完璧なスイングでとらえる。打球は、絵に描いたようにライトスタンド上段へ。３打席連続本塁打だった。渡辺は、ショックで膝まずいたまま動けなくなった。<br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">　そのまま６－５で勝った近鉄は、２試合目もブライアントが２戦にまたがっての４打数連続本塁打などで１４－４で西武を破り、優勝をほぼ確実にした。<br>　そして、この年の近鉄優勝は、1985年から1994年までの10年間で唯一西武がリーグ優勝を逃した年として人々に記憶されることとなる。<br>「渡辺がブライアントに打たれた本塁打が優勝の行方を決めた」<br>　後にそう語られることになるこのシーンが渡辺自身、現役時代を通じて最も印象に残っているという。<br><br><br>　<font color="#990099"><b>⑤延長戦のため逃したノーヒットノーラン</b></font><br><br>　1990年５月９日、日本ハム戦に先発した渡辺は、９回まで日本ハム打線をノーヒットノーランに抑えた。しかし、運悪く、味方の西武打線も沈黙。０－０のまま延長戦に入ってしまう。<br>　渡辺は、10回も無安打に抑えた。ところが、西武も得点が入らない。渡辺は、ついに11回１死から小川にヒットを浴びて、ノーヒットノーランは消えた。それでも、渡辺は、幸い２－０で勝利投手となった。<br>　だが、悲運は、悲運のまま終わらなかった。渡辺は、６年後に正真正銘のノーヒットノーランを達成して、この悲運を伝説の前兆に変えてしまうのである。<br><br><br>　<font color="#990099"><b>⑥正真正銘のノーヒットノーラン</b></font><br>　<br>　1996年６月11日、西武球場でのオリックス戦に先発した渡辺は、打たせてとる絶妙のピッチングでオリックス打線を封じ込んだ。３回には味方打線が爆発して大量８点を奪って楽勝ムードになる。<br>　この日の渡辺は、適度に球が荒れていた。５四球を許したものの、渡辺は、最後まで崩れなかった。奪三振こそ３個だけだったものの９－０で完封する。そして、１本もヒットを許さなかった。６年前に達成できなかった夢をあっさり達成してしまったのである。<br>　パリーグ史上25人目のノーヒットノーランだった。<br><br><br>　<b><font color="#990099">⑦台湾で復活</font></b><br><br>　1998年にヤクルトを退団した渡辺は、元チームメイトの郭泰源に招かれて、台湾プロ野球チーム「年代勇士」のコーチとして海を渡る。そこで渡辺は、監督から現役続行を勧められて、試合で投げることを決意する。1999年の渡辺は、台湾プロ野球のコーチ兼任投手となった。<br>　渡辺は、その台湾でよみがえる。登板するたびに好投を続け、いつしかエース級にまでのし上がっていた。そしてシーズン成績は、何と18勝７敗、防御率2.34。最多勝と最優秀防御率のタイトルを獲得し、201奪三振は、最多奪三振であるとともに台湾新記録だった。<br>　渡辺は、圧倒的な支持を受けて、その年のシーズンＭＶＰに選ばれる。渡辺は、３年間、台湾で活躍した後、日本に戻っている。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><font size="4"><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=927560" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">不動心/松井 秀喜<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F11zKzDVMhGL.jpg" width="98" border="0"></a></dt><dt>￥714</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=927559" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2007年 5/10号 [雑誌]<br><img height="160" 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<pubDate>Thu, 17 May 2007 01:51:44 +0900</pubDate>
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<title>阪急のアンダースロー山田久志！！</title>
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<![CDATA[ <font size="4">1948年秋田県生まれ。右投右打。投手。背番号25→17。能代高校２年から監督の勧めで３塁手から投手に転向。<br>　当初は、サイドスローだったが、高校卒業後、富士鉄釜石へ入社してアンダースローに転向。<br>　1969年にドラフト１位で阪急ブレーブスに入団。一年目こそ未勝利に終わったが２年目に10勝、３年目の1971年には22勝をあげて防御率2.37で最優秀防御率のタイトルを獲得。チームもリーグ優勝を果たしている。<br>　４年目にも20勝をあげて最多勝を獲得し、チームも連続優勝日本を代表する投手に成長する。<br>　1975年からはチームがパリーグ４連覇、1976～1978年までは３年連続でシーズンＭＶＰという快挙を達成。<br>　1975～1977年までは３年連続日本一となり、1977年の日本シリーズでは２勝、防御率1.80でＭＶＰを獲得し、阪急の黄金時代をエースとして支えた。<br>　1984年にも14勝をあげてリーグ優勝に貢献。<br>　1988年は４勝に終わり、300勝を目前にして40歳で現役引退。<br>　1975年からの12年連続開幕投手とオールスター７勝は歴代１位である。<br>　2002年から２年間、中日の監督を務めた。<br>　2006年、殿堂入り。<br><br>　アンダースローから繰り出す140キロを超える直球とコントロールのいいカーブ、シンカーで「サブマリン（潜水艦）」の異名を持ち、阪急の黄金時代を作り上げた。特に投球の幅を広げるためにマスターしたシンカーは、その落差の大きさから「山田シンカー」と恐れられた。<br>　通算成績：284勝（歴代７位）166敗43セーブ。防御率3.18、2058奪三振。最多勝３回、最優秀防御率２回、最高勝率４回、シーズンＭＶＰ３回。ベストナイン５回、ゴールデングラブ賞５回。<br></font><p><font size="4"><font color="#ff8080"><strong>数々の伝説</strong></font><br><br><font color="#990099"><b>①大エラーが運命の分かれ目</b></font><br><br>　1965年、能代高校で２年生だった山田は、既に三塁手としてレギュラーを任されていた。その年の夏、秋田県大会で能代高校は３回戦に進む。<br>　３回戦は接戦となり、９回裏に能代高校は同点ながら２死満塁という大ピンチを招く。相手打者の放ったゴロは三塁手山田の前に飛んだ。<br>　山田は、その球を捕ると一塁へ送球。それで延長戦に入るはずだった。<br>　しかし、山田の送球は、一塁手のはるか頭上を越えていく暴投。悪夢のサヨナラ負けだった。２年生のミスにより、３年生の甲子園への夢を潰してしまった、と山田は、責任を１人で背負い込み、野球をやめる決心をする。<br>　しかし、チームメイトの説得により、山田は１週間後に練習へ戻る。そんな山田に監督は、投手転向を言い渡した。<br>　監督は、山田の責任感の強さが投手に向いていることを見抜き、投手として育てることに決めたのである。大投手への道が開かれた瞬間だった。<br><br><br><b><font color="#990099">②王との伝説の対決</font></b><br><br>　1971年、日本シリーズは、巨人と阪急の対戦となった。第3戦を迎えた時点で１勝１敗。<br>　阪急の第3戦の先発は、その年22勝を挙げていた山田久志だった。<br>　試合は、予想通り厳しい投手戦となり、山田が8回まで巨人打線を2安打に抑えていたこともあって､1対0で9回裏の巨人の攻撃となった。<br>　山田は、苦しみながらも２死１、２塁とし、あと１人というところで4番の王貞治が打席に入る。最後の最後に大きな山が訪れたのである。<br>　王は、カウント１－１からの３球目、山田の内角低めに入ったストレートをすくい上げる。打球は右翼席に吸い込まれていった。劇的な逆転サヨナラ３ランだった。<br>　山田がマウンド上にひざまずいた姿は、そのシリーズを象徴として大きく扱われた。<br>　これで勢いづいた巨人は、続く２試合を連勝して４勝１敗で日本一(V７)となっている。<br><br><br><font color="#990099"><b>③二日酔いで先発</b></font><br><br>　1972年６月19日、山田は、翌日の天気予報が大雨になっていることを確かめて六本木で明け方まで飲んで帰る。<br>　しかし、６月20日は、天気予報に反して快晴となった。<br>　二日酔いでふらふらになっていた山田は、あせって朝から１時間ほどランニングで酒を抜こうとする。そして、宿舎へ帰ってきたところを西本監督に目撃されている。<br>　ナイターの東映戦に先発したものの、二日酔いでは普段のような好投はできなかったが、何とか４点に抑えて５－４で勝ち投手となった。<br>　事情を知らない西本監督は、試合後のミーティングで「山田は今朝、みんなが寝ているうちに起きて走っていた。先発投手はそれくらいの気構えが欲しい」と話したといわれている。<br><br><br><font color="#990099"><b>④同じ年にシーズンＭＶＰとシリーズＭＶＰ</b></font><br><br>　山田は、1977年に16勝10敗７セーブ、防御率2.66という活躍で阪急のリーグ優勝に大きく貢献。それが評価されてシーズンのＭＶＰになっている。<br>　そして、その年の日本シリーズでは巨人を相手に２勝、防御率1.80という好成績を残し、シリーズＭＶＰにも選ばれる。<br><br><br><b><font color="#990099">⑤200勝目は悪夢</font></b><br><br>　1982年４月27日、山田は、この日までに通算199勝をあげて200勝まであと１勝に迫っていた。<br>　そして、その日はロッテ戦だった。<br>　試合は、期待に反して大味な試合となり、乱打戦が展開された。<br>　ロッテの主砲である落合は、この試合、山田から何と３本のホームランを放ち、レロン・リーも本塁打を放っている。<br>　しかし、山田は、阪急の強力打線に支えられて何とか通算200勝を達成している。　<br><br><br><b><font color="#990099">⑥安定した成績</font></b><br><br>　山田は、大きな怪我をすることなく1970年から何と17年連続で二桁勝利を挙げている。<br>　しかも、1975年から12年連続開幕投手という日本記録（世界タイ記録）を残している。<br>　それでも年齢から来る衰えには勝てず、1987年にはオープン戦で打ちこまれて開幕投手の座を失い、その年は７勝に終わっている。<br><br><br><b><font color="#990099">⑦オールスター７勝０敗</font></b><br><br>　山田は1971年に初出場して第３戦で勝利投手になって以降、1972年第２戦、1974年第１戦、1977年第２戦、1978年第２戦、1979年第２戦、1987年第１戦と負けなしの７連勝を飾っている。これは２位の江夏の通算５勝を上回って歴代１位となっている。<br>　山田のオールスターの全成績は、14試合、７勝０敗、防御率3.13で、スター選手を相手にしても素晴らしい成績を残している。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><font size="4"><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=360268" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">イチロー 262のメッセージ/『夢をつかむイチロー262のメッセージ』編集委員会<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4835615123.01._SCMZZZZZZZ_V55596583_.jpg" width="96" border="0"></a></dt><dt>￥1,050</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a 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src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4334033717.01._SCMZZZZZZZ_V40026447_.jpg" width="99" border="0"></a></dt><dt>￥735</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=360263" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">魔球の正体/手塚 一志<br><img height="140" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4583036728.09._SCMZZZZZZZ_V1056611845_.jpg" width="99" border="0"></a></dt><dt>￥2,100</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=360262" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">バッティングの正体/手塚 一志<br><img height="140" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4583045654.09._SCMZZZZZZZ_V1056611850_.jpg" width="98" border="0"></a></dt><dt>￥2,100</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a 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border="0"></a></dt><dt>￥880</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br><br></p></font>
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<pubDate>Sat, 13 Jan 2007 17:39:51 +0900</pubDate>
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<title>日本一まずいラーメン屋店主の彦龍！！</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">どもども。。。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">今日は日本一まずいラーメン屋店主の彦龍です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">なかなか面白いので載せてみました。</font></p><p><br><font size="3">～彦龍の特徴～ <br>・麺を数日放置してわざとまずくしてる <br>・ナベを使わずフライパンで麺を茹でる <br>・たまにナルトが粘っている <br>・何度注文しても餃子が黒コゲ <br>・調理しながらタバコを吸う <br>・パチンコが大好き <br>・月イチの風俗が日課 <br>・彦龍ポスターを100円で売ろうとする(※1) <br>・客とよくケンカをする <br>・客が勝手にメニュー表に新メニューを書く <br>・同じことを何度も言う <br>・店で蛇を飼っている（※2） <br><br>※1　コンビニでコピーして大量生産 <br>※2　たまにダッコする <br><br>～彦龍の歴史～ <br>↓受精 <br>↓生まれる <br>↓食いっぱぐれのないラーメン屋をめざす <br>↓どさんこラーメン(倒産)で修行 <br>↓店主とケンカして辞める <br>↓○○軒で修行 <br>↓店主とケンカして辞める <br>↓富豪と出会い、店をまかせられる <br>↓客がこなくて店がつぶれる <br>↓親の莫大な財産が彦龍に入る <br>↓荒川区に彦龍ラーメンを建てる <br>↓マズくて客は来ないが財産があるので問題ナシ <br>↓ダウンタウンのマネージャーが偶然、彦龍に入る <br>↓ダウンタウンのマネージャーが彦龍のマズさに驚く <br>↓ダウンタウンも来店し、マズさに驚く <br>↓彦龍、テレビに「日本一マズいラーメン屋」として出る <br>↓彦龍、あまりのマズさに大ブレイクで客が殺到 <br>↓彦龍、ダウンタウンの番組でお見合いをする <br>↓客が途絶えることなく俄然大人気！ <br>↓客がこなくなるが財産があるので問題ナシ <br>↓テレビ『タケシムケン』のマズいラーメン王対決で出る <br>↓優勝し、日本一マズいラーメン屋として君臨する <br>↓収録中にタケシにサインを求めてマネージャーともめる <br>↓テレビに出たのにあまりお客が来ない <br>↓ホームページができる <br>↓ホームページを地方の中学校が見る <br>↓中学校の修学旅行のバスが8台で彦龍に行く <br>↓その後マズくて客は来ないが財産があるので問題ナシ <br>↓2004年10月27日のテレ朝、堂本剛の番組に出演決定 <br>↓堂本剛は彦龍との２ショット写真の撮影を拒否！ <br>↓勝手にカレンダーにされて売られる危険性があるため <br>↓その後マズくて客は来ないが財産があるので問題ナシ <br>↓人生相談ブログ『彦龍の憲彦さん』スタート <br>↓ラーメンよりも人生相談で人気が出る <br>↓ブログやってもあまりお客が来ない <br>現在 <br><br>＜ライブドアの彦龍インタビュー＞ <br></font><a href="http://www.frepa.livedoor.com/party/next/20060725/004.html" target="_blank"><font size="3">http://www.frepa.livedoor.com/party/next/20060725/004.html</font></a><font size="3"> <br><br>＜彦龍公式ブログ＞ <br></font><a href="http://blog.livedoor.jp/japaneasy/" target="_blank"><font size="3">http://blog.livedoor.jp/japaneasy/</font></a><font size="3"> <br><br>&lt;彦龍レポートブログ&gt; <br></font><a href="http://ameblo.jp/japaneasy1/entry-10007058791.html" target="_blank"><font size="3">http://ameblo.jp/japaneasy1/entry-10007058791.html</font></a></p><br><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=305187" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">日本初のラーメン情報誌 月刊とらさん 11月号<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2FB000JVRETU.01._SCMZZZZZZZ_V38594523_.jpg" width="112" border="0"></a></dt><dt>￥350</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><br><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=305186" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">噂のラーメン〈2007〉―喰いつくせ400杯 首都圏版(東京・神奈川・埼玉・千葉)<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4890489258.01._SCMZZZZZZZ_V38891762_.jpg" width="113" border="0"></a></dt><dt>￥800</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><br><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=305185" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">プロ直伝！本気でつくる秘伝のラーメン<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4777802256.01._SCMZZZZZZZ_V1134565525_.jpg" width="131" border="0"></a></dt><dt>￥1,260</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><br><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=305184" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">日本初のラーメン情報誌 月刊とらさん 10月号<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2FB000IZK8RM.01._SCMZZZZZZZ_V40847139_.jpg" width="113" border="0"></a></dt><dt>￥350</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><br><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=305183" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">新潟うまい店2006年版<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2FB000GPPO1Y.01._SCMZZZZZZZ_V59735608_.jpg" width="119" border="0"></a></dt><dt>￥1,600</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><br><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=305182" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">美味しんぼ (38)/雁屋 哲<br><img height="140" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4091826385.09._SCMZZZZZZZ_V1071830109_.jpg" width="101" border="0"></a></dt><dt>￥509</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><br><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=305189" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">東池袋・大勝軒のオヤジさんが書いたこれが俺の味/山岸 一雄<br><img height="140" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4860630300.09._SCMZZZZZZZ_V1058224344_.jpg" width="97" border="0"></a></dt><dt>￥1,470</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><br><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=305188" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">石神秀幸極うまラーメン―東京23区/東京西部/神奈川/埼玉/千葉 (2006-2007)/石神 秀幸<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4575478334.01._SCMZZZZZZZ_V54499927_.jpg" width="115" border="0"></a></dt><dt>￥880</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><br>
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<pubDate>Thu, 28 Dec 2006 14:00:24 +0900</pubDate>
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<title>宇野　勝！！</title>
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<![CDATA[ <font size="3">1958年５月、千葉県生まれ。遊撃手。右投右打。背番号43・７（中日）→２・49（ロッテ）。銚子商業高校で1976年に夏の甲子園に出場し、４回戦で敗退。1977年ドラフト３位で中日に入団。1979年に12本塁打を放ってレギュラーの座をつかみ、25失策で初の失策王に輝く。<br>　1981年には25本塁打を放って球界を代表するスラッガーに成長するとともに、伝説のヘディング事件を起こし、全国区のスターとなった。<br>　1982年には自己初の30本塁打を放つとともに、26失策で４年連続の失策王に輝いている。チームのリーグ優勝に大きく貢献したことは言うまでもない。<br>　1984年には８月に15本塁打を量産し、最後に掛布との壮絶な10連続四球の応酬の末、37本塁打で本塁打王を獲得する。好調だった８月には２日から14日まで10試合連続打点を記録している。<br>　1985年には遊撃手として史上最高となるシーズン41本塁打を記録するもののバースの54本塁打に敗れて２位に終わった。<br>　1988年は、落合博満との強力なクリーンアップで打率.277、18本塁打を残してチームのリーグ優勝に貢献し、７度目の失策王に輝いた。1989年には打率.304、25本塁打で初の３割台を記録した。<br>　11本塁打に終わった1992年のオフにロッテに移籍。<br>　1994年限りで現役を引退した。<br><br>　豪快なスイングで特大の本塁打を量産してそれまでの遊撃手のイメージを大きく覆す一方、スケールは大きいが失策の多い守備で観客を沸かせた。ヘディング事件やユニフォーム忘れ事件など、愛敬あるキャラクターで「ウーやん」と呼ばれ、全国的な人気を誇った。<br>　<br>　通算成績（実働18年）：打率.262、338本塁打、936打点。1620安打。1306三振。270失策。本塁打王１回（1984）ベストナイン３回（1982・1984・1987）<br></font><p><font size="3"><font color="#ff8080"><strong>数々の伝説</strong></font><br><br><font color="#990099"><b>　①世紀の珍プレー</b></font><br><br>　1981年８月26日、後楽園球場での巨人戦の先発はエースの星野仙一だった。巨人は、前年から159試合に渡って連続得点を記録している。１年以上に渡って完封負けがない、という恐るべき強力打線である。<br>　星野は、意気込んでいた。自らがその記録を止めてみせる、と。<br>　星野は、初回から気迫みなぎる投球で好投し、６回まで巨人打線を２安打無失点に抑える。完封ペースである。<br>　しかし、７回裏２死１塁から事件は起きる。<br>　巨人の山本功児が星野から放った打球は、ショート後方に上がった平凡なフライになった。このとき、星野は、３アウトを確信してベンチに戻りかけている。<br>　しかし、ショートを守っていた宇野勝は、おぼつかない足どりで後退していた。そして、何とか捕球態勢に入ったものの、あろうことか打球をおでこに当ててしまう。宇野のおでこで跳ねた白球は、小さな放物線を描いて、カバーに来ていたレフト大島康徳の横を抜けていった。<br>　ボールが左翼ポール際まで転々とする間に、１塁走者は悠々ホームイン。<br>　巨人の連続得点記録阻止がならなかった星野は、ホームベース付近でグラブを叩き付けて怒りをあらわにした。打者の山本は、走りに走って本塁を狙ったが、本塁でアウトになった。<br>　試合は、星野が９回を３安打１失点に抑え、２－１で勝った。１失点は、宇野のエラーのせいであり、自責点はゼロ。もし宇野のヘディング事件がなければ、星野が巨人の連続試合得点阻止という記録を作っていたことは間違いない。その記録は結局、同じ中日の小松辰雄が175試合で止めるまで続くことになった。<br>　宇野のヘディング事件は、その後、テレビ番組でプロ野球珍プレー大賞に選ばれ、珍プレーの面白さを日本中に広めることとなった。宇野のヘディングと星野の巨人連続得点記録阻止失敗のインパクトは、今や伝説となり、20世紀最大の珍プレーとまで呼ばれるまでになっている。<br><br><br><font color="#990099"><b>　②通算７度の失策王</b></font><br><br>　宇野の失策は、あのヘディング事件に限らず、当時の野球ファンの間でも有名であった。それでも、レギュラーを奪い取ったパンチ力は並外れており、遊撃手ながら少々の失策には目をつぶられることになる。そして、毎年コンスタントに失策を重ね、通算失策数は実に270。これは、近年のプロ野球選手としては圧倒的な失策数である。<br>　1979年に失策27で初の失策王に輝くと、その年から４年連続失策王。１年置いて２年連続失策王を獲得するなど、通算７度の失策王に輝いている。毎年オフに行われる珍プレー・好プレーのテレビ番組では、宇野の失策の特集が組まれるほどであった。<br>　簡単なゴロをトンネルしたり、はじいたりすることが多く、そのせいでショートだけでなく、セカンドやサード、さらには外野にまで回されたこともあった。<br>　ちなみに三振王も通算２度獲得している。<br><br><br><font color="#990099"><b>　③ユニフォーム忘れ事件</b></font><br><br>　1982年４月24日に横浜球場で行われた大洋戦を前にした宇野は、着替えをしていてユニフォームの上着だけがないことに気づいた。宇野は、ユニフォームをナゴヤ球場のロッカーに置き忘れてきていたのだ。７番のユニフォームを持っている者は他に誰もいない。そこで近藤貞雄監督が仕方なく審判団に飯田幸夫コーチの７７番を着けることで話を持ちかけ、さらに大洋の関根潤三監督の許可を得て試合に出られることになった。<br>　その試合で宇野の第１打席は２回２死１塁という場面で回ってきた。７７番のユニフォームで打席に立った宇野は、相手チームや観客から激しい野次を受ける。普通なら穴に入りたくなるような状況なのに、宇野がそしらぬ顔で放った打球はレフトスタンドに突き刺さっていた。投げた門田富昭投手だけでなく、見ていた誰もが驚いた２ラン本塁打である。試合は、３－３で引き分け、宇野の本塁打は貴重な一発となった。<br>　ユニフォーム忘れは、学生時代もあったようで、銚子商業高校時代、県大会に間違えてユニフォームと全く同じ色のパジャマを持っていってしまった、という伝説があるが真偽は定かではない。<br><br><br><b><font color="#990099">　④10打席連続四球</font></b><br><br>　1984年の本塁打王争いは宇野と掛布雅之（阪神）がトップの37本塁打で並んで最終の直接対決２連戦を迎えた。阪神と中日の投手陣は、本塁打を恐れて双方が敬遠し合い、共に10打席連続四球という日本記録を残した。もちろん、タイトルは、２人が分け合うという結果になった。<br>　この記録は、1988年に首位打者を争っていた松永浩美がロッテ投手陣に11打席連続敬遠されたため、抜かれている。<br><br><br><font color="#990099"><b>　⑤走者追い抜き事件</b></font><br><br>　1984年５月５日の横浜球場での大洋戦で４点を先制された中日は３回表、１点を返し、なおも満塁のチャンスを作り、本塁打が出れば逆転という場面にまで持ち込んだ。<br>　ここでバッターは宇野。欠端光則投手から放った打球は浅いライトフライ。３人のランナーは、ライトに捕球されると思い、ベースから離れない。しかし、宇野は、全力で走っている。<br>　そこで思いがけないプレーが起きる。ライトの高木由一が落球したのだ。それを見た３人のランナーは慌ててスタートを切ったが、時既に遅し。全力疾走していた宇野は、落球を見てスピードを落とさず２塁を目指した。気づいたときには、１塁ランナーの大島康徳を追い抜いていた。走者追い抜きはもちろんアウト。珍プレーとしてテレビで扱われたことは言うまでもない。<br><br><br><font color="#990099"><b>　⑥遊撃手歴代１位のシーズン41本塁打</b></font><br><br>　1984年、37本塁打で本塁打王を獲得した宇野は、1985年には年間41本塁打を記録し、前人未到の遊撃手40本塁打以上を達成した。そして、この記録は、現在も遊撃手歴代１位の記録として輝いている。<br>　しかし、この1985年は、阪神タイガースが日本一になった年。ランディ・バースがシーズン54本塁打という快記録を残したため、惜しくも２位に終わり、タイトルを逃している。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><font size="3"><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=301194" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">ベースボール・レコード・ブック〈2007〉<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4583039425.01._SCMZZZZZZZ_V49358268_.jpg" width="109" border="0"></a></dt><dt>￥2,520</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=301193" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">THANK YOUすべての人に新庄剛志<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4817253185.01._SCMZZZZZZZ_V37359952_.jpg" width="125" border="0"></a></dt><dt>￥950</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=301192" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">巨人軍タブー事件史<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F479665450X.01._SCMZZZZZZZ_V41180845_.jpg" width="110" border="0"></a></dt><dt>￥650</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=301191" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">「バレンタイン流マネジメント」の逆襲/高木 徹<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4062133482.01._SCMZZZZZZZ_V39027626_.jpg" width="109" border="0"></a></dt><dt>￥1,575</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=301190" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">コーチング―言葉と信念の魔術/落合 博満<br><img height="140" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4478720215.09._SCMZZZZZZZ_V1056609138_.jpg" width="96" border="0"></a></dt><dt>￥1,575</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=301189" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">工藤公康 プロフェッショナルの矜持/黒井 克行<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4104489042.01._SCMZZZZZZZ_V35851751_.jpg" width="110" border="0"></a></dt><dt>￥1,365</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=301196" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">プロ野球 バッティング&amp;ピッチング解体振書―名プレーヤーの技術を徹底分析/手塚 一志<br><img height="140" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4569661815.09._SCMZZZZZZZ_V1083052890_.jpg" width="98" border="0"></a></dt><dt>￥720</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=301195" alt0="BlogAffiliate" 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<pubDate>Wed, 27 Dec 2006 08:57:52 +0900</pubDate>
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<title>秋山　幸二！</title>
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<![CDATA[ <font size="3">1962（昭和37）年、熊本県生まれ。外野手。右投右打。背番号24（西武）→１（西武・ダイエー）。八代高から1981（昭和56）年西武ライオンズにドラフト外で入団。1994（平成6）年にトレードでダイエーへ移籍。<br>　最初の３年は１軍での出場はなかったが入団５年目に三塁手としてレギュラーを獲得すると、レフトへの美しい弾道の本塁打を持ち味にして40本を打って球界を代表するホームランバッターとなる。<br>　外野にコンバートされた1987年には本塁打王を獲得。1989年には３割・30本塁打・30盗塁を達成。メジャーに最も近い打者との異名をとる。翌年にも30本塁打・50盗塁を達成。<br>　西武では８回のリーグ優勝、６回の日本一に大きく貢献。1991年には日本シリーズＭＶＰとなっている。<br>　ダイエーに移籍して連続30本塁打以上の記録は9年で途切れるが、バッティングスタイルを変え、走攻守そろった中心打者として活躍。<br>　1999・2000年のリーグ優勝に貢献。1999年には日本シリーズＭＶＰとなっている。<br>　2000年８月には通算2000本安打を達成している。<br>　2002年に惜しまれながら現役を引退。<br><br>　「鉄人リスト」と呼ばれる強靭な腕力でレフトへ豪快な打球を飛ばし、器械体操で培った敏捷な運動神経で、完璧な守備と走塁を見せてファンを魅了した。<br><br>　通算成績（実働20年）：打率.270、本塁打437本、1312打点。303盗塁。2157安打。<br>　本塁打王１回（1987）、盗塁王１回（1991）、勝利打点王２回（1985、1987）。日本シリーズＭＶＰ２回（1991、1999）。ベストナイン８回、ゴールデングラブ賞11回。正力賞１回(1991）。</font><p><font size="3"><font color="#ff8080"><strong>数々の伝説</strong></font><br><br><br><font color="#990099"><b>①投手として伊東と対戦</b></font><br><br>　秋山は、八代高時代は投手だった。1980年の夏の甲子園を目指す熊本県大会の決勝で秋山は、熊本工業と対戦。<br>　熊本工業には、後に秋山のチームメイトとして西武の守備の要となり、黄金時代を支える伊東勤捕手がいた。<br>　投手秋山は、伊東に手痛い逆転２ランを浴びて甲子園出場を逃している。<br><br><br><font color="#990099"><b>②背番号１</b></font><br><br>　西武には、根本陸夫管理部長の説得によりドラフト外で入団したため、背番号は７１。このときのドラフト１位は、既にスターだった石毛宏典だった。<br>　しかし、素質を認められた翌年には24番。<br>　３年目には素質を開花させようとする根本陸夫管理部長によってアメリカ留学を経験する。<br>　そして、西武の中心打者となった1987年にはようやく１番となる。<br>　恩師の根本監督がいるダイエーにトレードで移ったときも背番号は１番を用意されていた。ちなみに巨人で１番を付けていた王監督は89番をつけている。<br><br><br><font color="#990099"><b>③バク転を生む天性の運動神経</b></font><br><br>　秋山の父は、走り幅跳び選手、母は砲丸投げ選手という陸上一家であった。秋山自身も、子供時代からの薪割りで体力を培い、高校では器械体操もやっていたという優れた運動神経の持ち主だった。体育教師になるのが夢だったといわれている。<br>　1986年の日本シリーズは引き分けを含んで第８戦までもつれこむ激戦となった。<br>　５回を終わった時点でスコアは２－０で広島が西武をリード。広島は、金石が好投しており、西武は次第に敗色が濃くなっていた。<br>　しかし、６回表、秋山は、金石の直球を左翼席に同点本塁打を放つ。<br>　秋山は、ダイヤモンドを一周してきた秋山は三塁の近藤コーチに一言告げると、助走をつけてホームベース手前でバク転。見事にホームベースに着地を決めた。<br>　このシリーズ前から秋山は、バク転をやることを決めており、近藤昭仁コーチに「劇的な本塁打を打ったら、本塁でバク転をやります」と話していたという。<br>　試合は秋山の同点本塁打によって流れが西武に移り、３－２で逆転勝ちして日本一になっている。<br>　これ以降にも、秋山は、重要な場面で本塁打を放つと、バク転をして見せている。<br><br><br><b><font color="#990099">④最もメジャーリーガーに近い男</font></b><br><br>　秋山は、鉄壁の守備と鮮やかな走塁、低い弾道でもスタンドまで持っていける長打力で、西武時代は毎年のように出場していた日米野球で、メジャーの監督・選手から絶賛された。<br>　メジャーで活躍できる選手は誰か、という質問にメジャー関係者の誰もが秋山の名前を挙げることから「最もメジャーに近い男」と呼ばれるようになった。<br><br><br><b><font color="#990099">⑤敬遠の球で盗塁</font></b><br><br>　1990年、４月13日、秋山はダイエー戦の五回二死、第３打席を四球で出塁すると、次の清原の打席の２球目にダイエーの村田投手のモーションを盗んで２盗に成功。<br>　二死二塁となったダイエーは、清原を歩かせて敬遠策をとり、塁を埋めようとする。<br>　捕手の内田は、立ちあがり、村田が大きく外角に外した球で秋山は３盗を試み、見事に成功する。<br>　この年、秋山は自己最高の51盗塁を残し、盗塁王に輝いている。<br>　<br><br></font><font size="3"><b><font color="#990099">⑦通算三振1712個<br></font></b><br>　秋山は、通算三振数1712個で引退した。<br>　これは、衣笠祥雄の1587個を塗り替え、通算三振歴代１位の記録だった。（清原がその後、秋山の記録を更新）<br>　これは、指摘されているように外角低めへ逃げていくスライダー・カーブに弱い、という決定的な弱点を持っているためである。<br>　それにも関わらず、秋山は、９年連続30本塁打以上、３割以上２回、2000本安打を達成している。<br>　これほどまで、よく分かる弱点を持っていて偉大な成績を残しているのは秋山だけではないか、と思われる。<br><br><br><b><font color="#990099">⑧復活のＭＶＰ</font></b><br><br>　1991年、西武の秋山はオールスター戦で自打球を右目に当てて意識を失うほどの怪我をする。一時は視力が0.2まで落ち、野球生命を心配されたが、驚異的に復活を果たし、その年の日本シリーズに出場。<br>　４本塁打の活躍を見せてＭＶＰを獲得している。<br>　さらに1999年９月、ダイエーの秋山は、西武のエース松坂の剛速球を左頬に受け、頬を骨折する大怪我を負う。<br>　それでも、日本シリーズには間に合わせ、２本塁打を放つと同時に、シリーズの行方を決めたと言われる久慈のライトフェンスのライン際の難しい打球を１メートルジャンプしてのスーパーキャッチを見せた。<br>　これにより自身２度目のシリーズＭＶＰを獲得。２チームで日本シリーズのＭＶＰに輝いたのは史上初の快挙である。<br><br><br><b><font color="#990099">⑨2000試合目で2000本安打</font></b><br><br>　2000年８月18日の対ロッテ戦の５回、ロッテのエース黒木の直球を三遊間に運び、ヒットとなった。<br>　これが史上28人目の通算2000本安打達成である。<br>　プロ野球生活20年をかけて作り上げた記録であるが、この試合は、秋山にとって記念すべきプロ通算2000試合目であった。<br>　2000年に通算2000試合目で通算2000本安打という不思議な数字の重なりとなり、マスコミは大きく取り上げた。<br><br><br><b><font color="#990099">⑩１イニング６本塁打の５本目</font></b><br>　<br>　1986年８月６日、西武×近鉄戦が行われ、８回の西武の攻撃が始まるまでに７－２で近鉄がリードを奪っていた。<br>　８回の西武の攻撃では、まず西岡が石本投手からソロ本塁打。そして、新人だった清原が２ラン本塁打で２点差に詰め寄った。<br>　さらに石毛とブコビッチも本塁打で続いて簡単に同点に追いつく。<br>　近鉄は石本投手をあきらめるが、それでも西武の勢いはとどまることを知らず、秋山が逆転となる本塁打、とどめは太田が突き放す本塁打を放って１イニング６本塁打という大記録が作られた。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><font size="3"><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=266893" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">磯山さやかの「女子マネ」野球主義!/磯山 さやか<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4777104648.01._SCMZZZZZZZ_V38892464_.jpg" width="125" border="0"></a></dt><dt>￥1,365</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=266892" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">「バレンタイン流マネジメント」の逆襲/高木 徹<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4062133482.01._SCMZZZZZZZ_V39027626_.jpg" width="109" border="0"></a></dt><dt>￥1,575</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=266891" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">猛虎の70年<br><img height="160" 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<pubDate>Sat, 16 Dec 2006 17:40:48 +0900</pubDate>
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<title>掛布雅之！阪神タイガース。。</title>
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<![CDATA[ <font size="3">1955年、千葉県生まれ。右投左打。三塁手。背番号31。習志野高から1974年にドラフト６位で阪神タイガースに入団。<br>　ドラフト６位ながら、１年目から１軍に抜擢された。２年目にはレギュラーの座をつかみ、３年目には.325、27本塁打の記録を残して阪神の主砲に成長。<br>　トレードで放出された田淵にとってかわって、ミスタータイガースとして1979年には48本塁打を放って本塁打王に輝く。1981年には10打席連続安打の日本タイ記録を樹立。<br>　1982年には35本塁打、95打点、打率.325の成績で本塁打王・打点王の２冠王に輝く。1984年にも37本で本塁打王となる。<br>　そして、1985年には四番として打率.300、40本、108打点の活躍で阪神のリーグ優勝・日本一に大きく貢献。<br>　しかし、1986年、中日戦で左手に死球を受けて骨折。これが掛布の実質上の選手生命を絶つことになった。その後、現役数年は相次ぐ故障に泣き、復活を目指しながらも、満足な成績を残せぬまま33歳という若さで1988年引退。<br>　熱心な練習と研究で打撃を極め、巨人のエース江川卓との対決は、歴史に残る名勝負と言われている。<br>　現在は、論理的な打撃理論を展開する野球解説者として人気が高い。　<br><br>通算成績：打率.292、本塁打349、打点1019。1656安打。本塁打王３回（1979・1982・1984）　打点王１回（1982）　最高出塁率２回。ベストナイン７回、ゴールデングラブ賞６回、最高長打率２回。<br></font><p><font size="3"><font color="#ff8080"><strong>数々の伝説</strong></font><br><br><b><font color="#990099">①ドラフト６位</font></b><br><br>　掛布は、ドラフト６位として入団しているが、扱いはドラフト外と同等であり、別に入団してきたドラフト外の選手と二人で入団発表を行っている。<br>　彼を見つけ出してきたのは、球団のスカウトではなく、素人の阪神後援者だったという伝説や、阪神関係者と掛布の叔父が友人であったため、練習に参加させてもらい、認められたなどという伝説が残っている。<br>　１年目は２軍スタートであったが、オープン戦で１軍の中軸を打つショートの藤田平が結婚式で休み、変わりに使う予定だった野田征稔という選手も母を亡くして帰郷。<br>　仕方なく、２軍にいた掛布が１軍に呼び出されて８番で出場することになったが、その試合で何と４打数４安打の大活躍を見せる。<br>　その掛布の素質にひかれた監督は、掛布を二度と２軍に落とすことはなく、順調に成長して３年目には主軸を打つようになった。<br><br><br><b><font color="#990099">②ミスター・タイガース</font></b><br><br>　1979年、掛布を次期主砲に据えることを決めた阪神は、主砲の田淵を真弓とのトレードで西武に放出。<br>　四番となった掛布は、球団記録である初代ミスタータイガース藤村富美男の46本塁打を上回る48本塁打を放って本塁打王のタイトルを獲得。<br>　ここにきて、４代目ミスタータイガースが誕生する。<br><br><br><b><font color="#990099">③名言</font></b><br><br>　1983年６月30日、後楽園球場での巨人×阪神戦。<br>　巨人の先発は、怪物と言われる巨人のエース江川卓である。<br>　１回表、ランナーを二人置いて打席に立った掛布は、江川から150キロを超える直球をライトスタンドへスリーランホームランを放つ。<br>　さらに３回表に満塁で回ってきた第２打席でも150キロを超える直球をライトスタンドへ叩きこむ満塁ホームランとした。<br>　江川は、この回で降板。<br>　試合後、掛布は、この日の江川との対決をこう振り返った。<br>「ボールがどうぞ打ってくださいと話しかけてきた」<br>　この名言は、川上哲治の「ボールが止まって見えた」という名言と並んで、打撃の達人の極意として、語られることが多い。<br><br><br><b><font color="#990099">④バックスクリーン３連発</font></b><br><br>　1985年４月17日、甲子園球場で巨人×阪神戦が行われた。<br>　試合は、７回表まで巨人が３－１とリード。<br>　巨人のマウンドには若き日の槙原寛己がいた。<br>　７回裏、簡単に二死一二塁でまず３番バースが槙原の初球を豪快にバックスクリーンに叩きこみ、４－３と逆転に成功。<br>　さらに４番の掛布が１－１からバックスクリーンにソロホームラン。その興奮が冷めぬうちに５番岡田が１－０からバックスクリーンへソロホームランを放って３連発となった。<br>　このバックスクリーン３連発は、奇跡と呼ばれ、阪神タイガースはこの３連発以降快進撃を続けて打ちまくり、この年は日本一にまで登り詰めている。<br>　また、この年の掛布の本塁打数は40本、バースは54本、岡田が35本とクリーンアップで129本塁打という大記録を残している。<br><br><br><b><font color="#990099">⑤21年ぶりの優勝に貢献</font></b><br><br>　阪神は、プロ野球創設当初からある名門球団であるが、1964年に優勝して以降は低迷を続けていた。<br>　しかし、1985年は、４番掛布を軸として前後のバース・岡田・真弓らが打ちまくって21年ぶりに優勝した。<br>　掛布もこの年は、３割・40本塁打・108打点というＭＶＰ並みの活躍を見せている。<br><br><br><font color="#990099"><b>⑥悲運の引退</b></font><br><br>　優勝した翌年の1986年、中日戦で斎藤投手から受けた死球で左手を骨折して以降は、復活を目指しての闘いを続けることになったが、その度に相次ぐ故障に見舞われて完全復活は遠ざかった。<br>　そして、1987年には永遠のライバルと言われた江川卓が引退、さらに自身もオフである1988年３月に飲酒運転で逮捕されてしまう。<br>　そして、この逮捕により、オーナーや監督との確執が残り、気力・体力ともに限界に達した掛布は、この年限りで現役引退。何と33歳という若さであった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><font size="3"><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=224835" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">日本プロ野球助っ人外人ぶる～す<br><img height="144" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fwww.bk1.co.jp%2Fbookimages%2F0273%2F027345920000.jpg" width="101" border="0"></a></dt><dt>￥952</dt><dt>株式会社　ビーケーワン</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=224834" 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<pubDate>Sun, 03 Dec 2006 15:15:39 +0900</pubDate>
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<title>なつかしのブーマー！</title>
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<![CDATA[ <font size="3">1954年４月、アメリカ生まれ。右投右打。一塁手。背番号44（阪急）→23（ダイエー）。アルバニ大からパイレーツに入団し、ブルージェイズ、ツインズで大リーグの試合出場を経験して、1983年に阪急ブレーブスに入団。<br>　大リーグでは通算打率.228だったものの、阪急では１年目から打率.317、17本塁打を放つ活躍を見せる。<br>　さらに、日本に慣れた1984年には打率.355、37本塁打、130打点という好成績を残し、外国人初の三冠王となる。チームも、この年、リーグ優勝を果たし、ブーマーはＭＶＰに選ばれている。<br>　その後も安定した成績を残し、落合博満との熾烈なタイトル争いを繰り広げた。<br>　1985、1986年は連続で落合に三冠王を奪われたものの、落合が中日に移籍した後は1987年に119打点で打点王、1989年に打率.322、124打点でニ冠王に輝いている。<br>　1992年にはダイエーに移籍。この年も、活躍を見せて97打点をあげて打点王に輝くが、その年限りでダイエーを退団し、38歳で引退。<br>　２メートルの巨体ながら、やわらかいリストと長い腕を生かした、しなやかなバットコントロールで三振が少なく、安打と本塁打を量産した。<br>　通算成績：打率.317、277本塁打、901打点、1413安打。首位打者２回、本塁打王１回、打点王３回。ベストナイン４回、ゴールデングラブ賞２回。最多勝利打点１回。シーズンＭＶＰ１回。<br></font><p><font size="3"><font color="#ff8080"><strong>数々の伝説</strong></font><br><br><font color="#990099"><b>①フットボールでプロを目指す</b></font><br><br>　ブーマーは、学生時代に野球以外にフットボールもやっており、プロフットボールの選手を目指していた。大学卒業時にＮＦＬの入団テストを受けたものの惜しくも不合格となる。<br>　仕方なく、大リーグのパイレーツ傘下のマイナーチームと契約を結んで入団した。<br>　その後、ブルージェイズでメジャー昇格を果たしたものの、1981年からの２年間で通算打率.228、０本塁打、８打点と振るわず、新天地を求めて日本のプロ野球に移籍することを決めたという。<br><br><br><b><font color="#990099">②名前</font></b><br><br>　ブーマーは、本名はグレゴリー・ウェルズという。<br>　しかし、1983年に阪急ブレーブスは、彼の入団と同時に登録名を『ブーマー（boomer)』とする。ブーマーとは球団が彼の大活躍を願って『ブームを呼ぶ男』になるようにという意味が込められているという。ブーマーは、名前通りに活躍し、最優良外国人選手との評価もある。<br>　阪急は、後にオリックスとなるが、1994年には日本人選手の登録名に『イチロー（鈴木一朗）』『パンチ（佐藤和弘）』というカタカナ名を使用している。しかも、イチローは、登録名変更後、大活躍を見せ、こちらもまた成功に終わっている。<br><br><br><b><font color="#990099">③外国人初の三冠王</font></b><br><br>　1984年の阪急ブレーブスは、職人集団とも言われたように、下手投げのエース山田久志を始め、今井、佐藤、宮本、山沖といった好投手とブーマー、福本、松永、蓑田、弓岡といった名選手が揃っていた。<br>　上田利治監督のもと、２位に8.5ゲームの大差を付けてリーグ優勝。残念ながら日本シリーズは３勝４敗で広島に敗れたものの強さは際立っていた。<br>　ブーマーは、この年、打率.355、37本塁打、130打点、21勝利打点という完璧なまでの勝負強さで三冠王とシーズンＭＶＰを獲得。<br><br><br><font color="#990099"><b>④落合博満とのハイレベルな争い</b></font><br><br>　ブーマーのタイトル獲得への最大のライバルとなったのは、1982年に初の三冠王を獲得して日本を代表する打者に成長してきた落合博満であった。<br>　打率においてはブーマーの来日１年目の1983年は落合が.332で首位打者（ブーマーは７位）、1984年はブーマーが.355で首位打者（落合は５位）、1985年は落合が.367で首位打者（ブーマーは４位）、1986年は落合が.360で首位打者（ブーマーは２位）だった。<br>　本塁打は1984年ブーマーが37本で本塁打王（落合は２位）、1985年は落合が52本で本塁打王（ブーマーは４位）、1986年は落合が50本で本塁打王（ブーマーは２位）となっている。<br>　打点は、1984年ブーマーが130打点で打点王（落合は４位）、1985年は落合が146打点で打点王（ブーマーは２位）、1986年は落合が116打点で打点王（ブーマーは３位）となっている。<br>　しかし、1987年には落合が１人対４人という世紀のトレードでセリーグに移籍。この年は落合が無冠だったのに対し、ブーマーは119打点で打点王を獲得している。<br><br><br><b><font color="#990099">⑤公式測定記録日本一の１６２メートル弾</font></b><br><br>　1988年７月13日、西宮球場で行われた阪急×西武戦６回裏に打席に立ったブーマーは、西武のエース渡辺久信の内角のフォークボールを強振。すさまじい勢いで舞い上がった打球は、左翼席最上段に張ってある赤いテントを越え、場外に消えていった。<br>　場外160メートルと発表されたが、ちょうどその打球が球場のはるか後方にある道路に落ちたのを学生２人が目撃。そのボールを拾って球場に届けたため、飛距離が162メートルであったことが判明した。<br>　これは、落下地点が分かっている本塁打としては日本最長飛距離である。 <br><br><b><font color="#990099">⑥タイトル獲得なのに引退</font></b><br><br>　1992年、ブーマーは、オリックスからダイエーに移籍。年齢的なパワーの衰えは隠せなかったが、三振をほとんどしないミートのうまさは健在で、97打点、26本塁打を記録。この年の打点王に輝いている。<br>　しかし、ダイエーは、次の年にブーマーを契約する意志を持たず、ブーマーは退団し、そのまま38歳で引退となった。<br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><font size="3"><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=211692" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">「バレンタイン流マネジメント」の逆襲/高木 徹<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4062133482.01._SCMZZZZZZZ_V39027626_.jpg" width="109" border="0"></a></dt><dt>￥1,575</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><br><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=211690" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">魔球の正体/手塚 一志<br><img height="140" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4583036728.09._SCMZZZZZZZ_V1056611845_.jpg" width="99" 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<pubDate>Wed, 29 Nov 2006 08:22:39 +0900</pubDate>
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<title>バース！！</title>
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<![CDATA[ <font size="3">1954（昭和29）年、アメリカ・オクラホマ州生まれ。右投左打。一塁手。背番号44。<br>　オクラホマ大、ツインズ・ロイヤルズ・エクスポズなどを経て1983年阪神タイガース入団。<br>　１年目こそ３割に満たない打率であったが35本塁打を放つ。２年目からは日本野球に順応して打率も稼げるホームランバッターとして活躍する。<br>　３年目の1985年には打率.350、54本塁打、134打点という爆発的な活躍を見せ、三冠王を獲得、チームもリーグ優勝を果たす。さらに日本シリーズでも３本塁打を放つ活躍でＭＶＰを獲得している。<br>　1986年には現在でも日本記録となっている打率.389を残し、さらに47本塁打、109打点で二年連続三冠王の快挙を達成している。1987年にも37本塁打を放った。<br>　しかし、1988年、子供の病気の治療のため、帰国した後一方的に阪神タイガースを解雇され、退団。<br>　日本での実働年数は６年間であったが、彼の残した驚くべき成績は、史上最高の外国人と賞賛されるにふさわしいものである。<br>　日本のやり方に自らを合わせる適応力と誠実な人柄で親しまれ、豪快なスイングとレフトスタンドにも放り込める高い技術で本塁打を量産するとともに、隙のないミート力で高打率を残した。<br><br>　通算成績（実働６年）：打率.337、本塁打202、打点486、743安打。本塁打王２回（1985・1986）打点王２回（1985・1986）首位打者２回（1985・1986）三冠王２回（1985・1986）ベストナイン３回（1985～1987）シーズンＭＶＰ１回（1985）日本シリーズＭＶＰ１回（1985）<br></font><p><font size="3"><font color="#ff8080"><strong>数々の伝説</strong></font><br><br><b><font color="#990099">①大リーグでは通算打率.212</font></b><br><br>　バースは、阪神入団まではほとんどアメリカのマイナー球団でのプレーが主だった。1972年のプロ入団後、大リーグでもときおり出場しているが、これといった成績を残していない。<br>　そのため、大リーグだけでもツインズ・ロイヤルズ・エクスポズ・パドレス・レンジャースの５球団を渡り歩いている。大リーグの通算記録は打率.212、本塁打９本、42打点。並以下の成績である。<br>　そのため、年俸もわずか850万円という格安選手だった。<br>　阪神入団前年の1982年、バースは、３Ａのデンバースで68試合に出場して打率.290、18本塁打という成績を残す。それが認められて阪神への入団が決まった。<br><br><br><b><font color="#990099">②１年目は不調</font></b><br><br>　阪神入団の１年目は、日本野球の適応に苦しんだ。<br>　その他にもオープン戦では右手首に死球を受けて全治７週間の重傷を負っている。<br>　そして、一緒に来日していたリンダ夫人が重度のホームシックにかかってしまう。さらに父の死。<br>　これらの不運に見舞われた１年目は、37本塁打を放ったものの、彼が日本でプレーした６年間のうち唯一２割台（.288）に終わっている。<br><br><br><b><font color="#990099">③21年ぶりの優勝に貢献</font></b><br><br>　阪神は、プロ野球創設当初からある名門球団であるが、1964年に優勝して以降は低迷を続けていた。<br>　しかし、1985年は、バースを中心に掛布雅之・岡田彰布・真弓明信らが打ちまくって21年ぶりに優勝した。<br>　中でもバースは、打率.350、54本塁打、134打点で三冠王と獲得するとともにシーズンＭＶＰにも選ばれる。さらに西武との日本シリーズでもその勢いはとどまることを知らず、バースは第１戦で決勝の３ランを放つと、第２戦でも決勝の２ランを放つ。第３戦でも３ランを放ったバースは、シリーズ通算で打率.368、３本塁打、９打点という成績を残し、４勝２敗で阪神を日本一へ導いた。当然、バースはシリーズＭＶＰはバースが獲得した。<br><br><br><b><font color="#990099">④バックスクリーン３連発</font></b><br><br>　1985年４月17日、甲子園球場で巨人×阪神戦が行われた。<br>　試合は、７回表まで巨人が３－１とリード。<br>　巨人のマウンドには若き日の槙原寛己がいた。<br>　７回裏、簡単に二死一二塁で打席は３番バース。<br>　バースは、槙原の初球を豪快にバックスクリーンに叩きこみ、４－３と逆転に成功する。<br>　さらに４番の掛布がカウント１－１からバックスクリーンにソロホームランで続く。その興奮が冷めぬうちに５番岡田がカウント１－０からまたしてもバックスクリーンへソロホームランを放って３連発となった。<br>　このバックスクリーン３連発は、奇跡と呼ばれ、阪神を勢いづけた。阪神は、この３連発以降快進撃を続けて打ちまくり、この年は日本一にまで登り詰めている。<br>　また、この年のバースの本塁打数は54本、掛布は40本、岡田が35本とクリーンアップで129本塁打という大記録を残している。<br><br><br><b><font color="#990099">⑤54本塁打の陰で</font></b><br><br>　1985年、バースはチームの快進撃とともに本塁打をかつてないペースで量産し続ける。<br>　それは、年間55本塁打を打った王貞治のペースを上回っていた。<br>　10月９日のヤクルト戦では48号を放ち、マニエルが持っていた外国人最多本塁打記録に並ぶ。<br>　そして、10月12日の広島戦で49号を放ち、外国人本塁打新記録を達成。<br>　10月16日のヤクルト戦では52号を放ち、阪神もリーグ優勝を決めた。<br>　好調なバースは10月20日に54号を放ち、２試合を残してシーズン最高記録に挑戦することとなった。<br>　しかし、くしくも残り２試合は王貞治監督が率いる巨人との対戦となった。<br>　最初の試合は、江川卓が勝負を挑んだため、最初の３打席は２打数１安打１四球だった。だが、江川が降板した後の４打席目は敬遠気味の四球。<br>　最終試合では第１・第２打席ともにホームプレートをはるかに外れるボールで四球。<br>　第３打席は３球ボールのあと、４球目に投手の手元が狂ってバットを伸ばせば届くボールとなった。バースは、このボールを強振。バース本人は本塁打を狙ったと回想しているが、残念ながらセンター前ヒットとなった。<br>　第４・第５打席もすべて打てないようなボールばかりで四球となった。<br>　巨人のコーチは、最終戦の前、「バースにストライクを投げた投手には罰金を課す」と言ったと伝えられている。<br>　これに発奮したバースは、続く日本シリーズで第１戦から第３戦まで３試合連続本塁打。この年の公式本塁打数は57本にのぼっている。<br>　<br><br><b><font color="#990099">⑥３割８分９厘の史上最高記録でありながら</font></b><br><br>　1986年、バースは前年に引き続き好調を維持し、６月には打率を４割台に乗せた。<br>　その後も、高打率をキープしつづけ、最終的に打率.389で首位打者のタイトルを獲得した。これは、張本勲が1970年に記録した打率.383を抜いてシーズン打率の日本新記録である。打点109・本塁打47と合わせて二年連続３冠王も獲得した。<br>　しかし、意外にも評価は低く、バースはこの年のＭＶＰには選ばれていない。マスコミも、ほとんどと言っていいほど、この大記録を大きく扱うことはなかった。<br>　バースは、シーズン終了直前に打率.384まで下がったら残りの試合はすべて欠場するつもりだったそうである。それは、張本の.383を一度下回ったら二度と日本の投手が勝負してくれないと予測したからである。<br>　ただそれを実行するまでもなく、この年のバースは終始.384以上を打ち続けた。<br><br><br><font color="#990099"><b>⑦悲劇の退団</b></font><br><br>　1988年５月、バースの息子ザクリーが水頭症という難病にかかっていることが判明する。<br>　バースは、息子に手術を受けさせるために帰国。<br>　しかし、来日の延期を交渉がこじれると、阪神は一方的にバースを解雇する。<br>　このとき、元々バースの契約には球団が家族の医療費を負担することになっていたが、阪神の経営陣が保険を全くかけていなかったことが判明した。阪神は、膨大な医療費が今後かかってくることを恐れたためのバース解雇だった。<br>　この契約問題はその後も紛糾し、７月には阪神の古谷新吾球団代表が自殺するという悲劇にまで発展する。<br>　この問題は、最終的に示談金で解決しているが、バースは、二度と日本球界で打席に立つことはなかった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><font size="3"><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=207503" alt0="BlogAffiliate" 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<link>https://ameblo.jp/suger-king/entry-10020646401.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Nov 2006 22:34:12 +0900</pubDate>
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<title>イチロー！！</title>
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<![CDATA[ <p><font size="4">　本名：鈴木　一朗。1973年10月愛知県生まれ。右投左打。外野手。背番号51（オリックス・マリナーズ）。愛工大名電で甲子園に２度出場し、いずれも初戦敗退。1992年、ドラフト４位、年俸430万円で</font><a href="http://www.bluewave.co.jp/" target="_blank"><font size="4">オリックス</font></a> <font size="4">に入団。<br>　２年間の下積生活を経て、仰木監督就任の1994年、史上初の200本安打（最終成績210安打、歴代１位）を達成し、打率.385で首位打者を獲得。以来、７年連続首位打者を獲得（歴代１位）。<br>　1995年には80打点、49盗塁で打点王・盗塁王も獲得してオリックスをリーグ優勝に導き、ＭＶＰ。1996年には３年連続ＭＶＰを獲得し、チームも巨人を倒して日本一となっている。<br>　2000年は歴代２位の.387を残している。<br>　2000年１２月、14億円の移籍金で大リーグのシアトル・マリナーズと契約。日本人野手として初の大リーガーとなる。<br>　2001年、大リーグではルーキーながら打率.350、242安打、56盗塁で、首位打者、最多安打、盗塁王という３つの主要タイトルを獲得してマリナーズの地区優勝に貢献し、新人王とアメリカンリーグＭＶＰにも選ばれた。<br>　2002年も打率.321で208安打と２年連続200安打を達成したが、惜しくも打率は４位に終わった。<br>　2004年には月間50安打以上を３回達成する大リーグ記録を作り、シーズン安打262本は84年ぶりに大リーグ記録を更新する快挙となった。打率.372で大リーグ２度目の首位打者も獲得した。<br>　2006年に行われた第１回ＷＢＣでは日本代表の中心で牽引し、日本を世界一に導いた。<br><br>　彼独特の振り子打法は、足を捕手側にゆるやかに振り上げて、タイミングを取りながら、足が戻る反動を利用し、打つ瞬間の軸足が投手側の足（左打ちのイチローの場合、右足）になるという、これまでの常識を覆した打ち方である。2000年からはこの打法に修正を加え、それほど足を上げないフォームにしている。<br>　通算成績（2005年末現在）：（日本９年:1992～2000）打率.353、118本塁打、529打点。199盗塁。1278安打。首位打者７回（1994～2000）、打点王１回（1995）、盗塁王１回（1995）、最多安打（1994～1998）。ＭＶＰ3回（1994～1996）。<br>　　　　　　　：（大リーグ５年：2001～2005）打率.332、52本塁打、310打点。1130安打。190盗塁。首位打者（2001・2004）最多安打（2001・2004）盗塁王（2001）<br>　日米通算（14年）：打率.343、170本塁打、839打点、389盗塁。2408安打。 </font></p><p><font size="4"><font color="#ff8080"><strong>数々の伝説</strong></font><br><br><font color="#990099"><b>　①２軍オールスターＭＶＰの賞金</b></font><br><br>　プロ１年目からイチローは、ウエスタンリーグで高打率を残し、２軍のオールスターに選ばれる（その年、.366でウエスタンリーグの首位打者獲得）。<br>　そのオールスターで３対３で迎えた８回、代打で登場したイチローは有働から決勝ホームランを放ち、９回にもヒットと盗塁を決めてＭＶＰを獲得し、賞金100万円を手にする。<br>　しかし、イチローは、その100万円を自分や家族のために使わず、全額を神戸の養護施設に寄付している。もちろん、２軍選手でそのようなことをしたのはプロ野球初である。<br><br><br><font color="#990099"><b>　②日本人最高選手の縁</b></font><br><br>　1993年６月、イチローはプロ入り117試合目にして、ようやく初本塁打を放つ。<br>　このときマウンドにいた投手が、日本人大リーガー隆盛の先駆者となった大投手</font><a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/sportsnomo.htm"><font size="4">野茂英雄</font></a> <font size="4">であった。<br>　この本塁打をきっかけに、一軍に定着するかと思われたが、その後数試合に出場しただけで二軍落ちを言い渡されている。<br><br>　</font><b><br><font size="4">　<font color="#990099">③一日も休まず</font></font></b><br><br><font size="4">　イチローは、チチローの愛称もある父宣之さんとの少年時代からの付ききりの指導で有名である。<br>　宣之さんは、常にイチローの将来を見据え、野球の理論書を読みあさり、毎日練習に付き合っていた。<br>　高校入学後は、寮生活のため、そうしたことはできなくなっていったが、高校三年の夏の大会後、三年間のクラブ生活から解放され、遊びや受験といった普通の学生生活をする同級生達を尻目に、プロ入りまで一日も休まずに父子で練習を続けたという。<br>　いつしかイチローは、「センター前ヒットでいいなら２打席に１回は打てる」というレベルにまで達していた。<br><br><br>　<b><font color="#990099">④単独行動</font></b><br><br>　イチローの個性的な言動は、マスコミでも紹介されているが、彼は、学生時代もほとんど単独行動をしていたという。<br>　そのため、急に姿を消して他の部員たちを驚かすことがしばしばあったようだが、監督夫人にだけは行き先を告げていたという。<br>　また、イチローは、甲子園で初戦敗退したときもただ一人泣かずに、翌日から普段の練習に戻っている。三年生の夏、県大会決勝で敗退したときも涙を見せず、「自分の評価を下げないためにも（甲子園に）行かなくてよかったかもしれない」と答えている。<br>　イチローは、プロ入りしてからも、他人や世間とはある程度、距離を置いているという。こうした常に冷静なところが超一流選手になっても、以前と全く変わらずにいられる理由といわれる。<br><br><br><b><font color="#990099">　⑤５７試合連続出塁</font></b><br><br>　1994年、１軍レギュラーに定着したイチローは、毎試合出塁を重ね、57試合連続出塁という日本新記録を達成する。<br>　その後も記録を伸ばし、最終的には69試合連続出塁となった。これは、３ヶ月間、常に１試合に１度は塁に出ていた、というすさまじい記録である。<br><br><br><b><font color="#990099">　⑥前人未到の２００本安打</font></b><br><br>　1994年、９月１４日の日本ハム戦でイチローはシーズン192安打目を打ち、藤村富美男（阪神）の191安打を抜いて日本新記録を達成。<br>　９月２０日のロッテ戦では、１・２打席でヒットを放ってシーズン通算安打を199本としたイチローは、第３打席でも園川から見事なライト線への二塁打を飛ばし、シーズン史上初の２００本安打を達成。<br>　その後も安打を打ち続け、最終戦となった１０月９日の近鉄戦第３打席に放った左中間二塁打でシーズン通算２１０安打としている。<br><br><br><font color="#990099"><b>　⑦連続無三振記録</b></font><br><br>　1997年６月、イチローは、209打席連続無三振の日本記録を樹立、日本ハム戦で下柳から三振するまで216打席連続無三振をマークした。<br>　この三振の少なさは高校時代から知られており、３年時の三振はわずか３である。<br><br><br>　<font color="#990099"><b>⑧７年連続首位打者</b></font><br><br>　イチローは、1994年に打率.385で首位打者になって以来、2000年に打率.387の歴代２位の高打率で首位打者になるまで、７年連続で首位打者になっている。これは、</font><a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/sportsharimoto.htm"><font size="4">張本勲</font></a> <font size="4">の４年連続を抜いて歴代１位の記録である。<br>　残念ながら、2001年からは大リーグのシアトル・マリナーズでプレーすることが決まったため、日本での８年連続首位打者はならなかったが、通算７回の首位打者も張本勲と並んで歴代１位となっている。<br><br><br><b><font color="#990099">　⑨日本人初の野手の大リーガー</font></b><br><br>　現在まで、1995年にドジャースに入団した野茂をはじめとして、長谷川滋利・伊良部秀輝・</font><a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/sportssasaki.htm"><font size="4">佐々木主浩</font></a> <font size="4">・マック鈴木などの日本人メジャーリーガーが出ているが、野手としては2000年12月に契約したイチローが日本人初の大リーガーである。<br>　７年連続首位打者の快挙を引っさげての大リーグ移籍は、熾烈な争奪戦が展開され、移籍金14億という破格の金額でマリナーズがイチローの交渉権を得た。<br>　マリナーズは、イチローと１４００万ドルで３年契約を結んでいる。　<br><br><br>　<font color="#990099"><b>⑩大リーグでも首位打者を獲得し、ＭＶＰ</b></font><br><br>　2001年、マリナーズの１番打者の座についたイチローは、日本で７年連続首位打者獲得の実力を見せ付けるようにヒットを量産する。<br>　４月２日のアスレチックス戦で先発出場するといきなり２安打。<br>　４月から５月にかけて23試合連続安打を記録し、６月21日にはついに打率.353まで上げて、アメリカンリーグの首位打者に踊り出た。<br>　その後、オールスターにもファン投票で出場し、好投手ランディ・ジョンソンから内野安打を放っている。<br>　オールスター直後は、不調に陥ったものの持ち直し、最終成績は、打率.350、8本塁打、242安打、56盗塁。首位打者と最多安打、盗塁王という３つの主要タイトルを獲得した。日米通算でも８年連続首位打者となった。シーズン242安打も大リーグ新人最多記録で、通算でも歴代９位にあたる記録であった。<br>　さらに新人王を獲得するとともに、マリナーズを地区優勝に導いた功績が認められ、アメリカンリーグＭＶＰに選出される栄誉を受けた。<br>　日米でのシーズンＭＶＰ獲得はもちろん史上初の快挙である。<br><br><br>　<font color="#990099"><b>⑪日本人最速の通算2000本安打達成</b></font><br><br>　2004年５月21日、イチローは、30歳にして2000本安打を達成する。1998本で迎えたデトロイト・タイガース戦で第２打席にセンター前ヒットを放って王手をかけると、第３打席にもゴロで鋭くセンター前に抜けるヒットを放って一気に2000本に到達したのだ。<br>　30歳212日での達成は、榎本喜八の31歳229日を抜いて日本人最年少記録。1465試合での達成は、川上哲治の1646試合を抜いて日本人最速記録だった。<br>　1992年当時、オリックスの２軍打撃コーチだった河村健一郎は、イチローら新人たちにレポートを提出させている。レポートの中でイチローは「12年間で2000本安打を達成する」と書いていたという。常識的には夢のような、馬鹿げた計画だ。<br>　それから12年余り。イチローは、途方もない計画を予定通り達成してしまったのである。<br><br><br>　<font color="#990099"><b>⑫大リーグ歴代新記録となるシーズン262安打</b></font><br><br>　2004年、イチローの出足は悪かった。４月を終わって打率.255。マリナーズも不調で、新聞紙上にはイチローさえトレード要員になるかも、という過激な記事が踊った。<br>　しかし、イチローは５月から一気にペースを上げる。５月に50安打を放ったイチローは、７月に51安打を放って打率を３割４分台に上げると、８月には56安打を放って３割７分台に乗せた。<br>　しかも、１シーズンに月間50安打以上を３回達成というのは大リーグ史上初の快挙だった。<br>　イチローは、その後も快調に安打を重ねる。そして、10月１日のレンジャース戦、イチローは、第１打席でレフト前ヒットを放ってジョージ・シスラーが1920年に作ったシーズン257安打に並ぶ。そして、新記録のかかった第２打席でも、あっさりセンター前ヒットを放ってシーズン258安打とし、大リーグシーズン安打記録を84年ぶりに塗り替えた。<br>　イチローは、さらにその後、４本のヒットを重ね、シーズン262安打という金字塔を打ち立てる。年間単打225本も歴代１位で、打率も.372で２位に３分２厘の大差をつけて首位打者となった。<br><br><br><font color="#990099"><b>　⑬第１回ＷＢＣの日本代表として世界一に貢献</b></font><br><br>　2006年２月から３月にかけて真の野球世界一を決める第１回ＷＢＣ（ワールド・ベースボール・クラシック）が開催となった。<br>　これまでアマチュア世界一を決める大会はあっても、プロを含めた真の世界一を決める大会は存在しなかった。そのため、第１回ＷＢＣは、世界中の注目を集めることになった。<br>　シーズン直前とあって各国から多くの出場辞退者が出る中、このＷＢＣが持つ意義を理解していたイチローは、日本代表を快諾し、中心選手として活躍を見せる。<br>　日本で１次リーグこそ本調子でなかったものの、２次リーグ、準決勝、決勝と試合が進むごとに調子を上げる。特にアメリカ戦で見せた先頭打者本塁打、準決勝の韓国戦で見せた試合を決定づけるタイムリーヒット、そして、決勝のキューバ戦での中押しのきっかけとなる２塁打と１点差に詰め寄られた後に突き放すタイムリーヒットは強烈な印象を残した。<br>　イチローがＷＢＣで残した成績は打率.364、１本塁打、５打点、４盗塁。ＭＶＰこそ逃したものの、その存在感は他を圧倒していた。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=195041" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">プロ野球 誤審の真相―球界をダメにするおかしな構造/工藤 健策<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec3.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4794215398.01._SCMZZZZZZZ_V37436094_.jpg" width="110" border="0"></a></dt><dt>￥1,575</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=195040" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">新庄の信条―バカカッコいい男の真実/宮崎 満教<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4809405494.01._SCMZZZZZZZ_V62528177_.jpg" width="102" border="0"></a></dt><dt>￥1,000</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=195039" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">実録 メジャーリーグの法律とビジネス/ロジャーI. エイブラム<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec2.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4469266094.01._SCMZZZZZZZ_V55505210_.jpg" width="113" border="0"></a></dt><dt>￥1,890</dt><dt>Amazon.co.jp</dt></dl><p><br></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=195038" alt0="BlogAffiliate" target="_blank">イチロー頭脳―目標を達成するための思考法/児玉 光雄<br><img height="160" 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<pubDate>Thu, 23 Nov 2006 17:35:00 +0900</pubDate>
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<title>今日は中日立浪！！</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/4b/f3/10012232159.jpg" target="_blank"><img height="125" src="https://stat.ameba.jp/user_images/4b/f3/10012232159_s.jpg" width="120" border="0"></a> </p><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/1e/f3/10012232174.jpg" target="_blank"><img height="125" src="https://stat.ameba.jp/user_images/1e/f3/10012232174_s.jpg" width="116" border="0"></a> <br></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/ec/36/10012232175.jpg" target="_blank"><img height="130" src="https://stat.ameba.jp/user_images/ec/36/10012232175_s.jpg" width="86" border="0"></a> <br></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/7a/cd/10012232176.jpg" target="_blank"><img height="125" src="https://stat.ameba.jp/user_images/7a/cd/10012232176_s.jpg" width="90" border="0"></a> <br><br></p><p>【立浪選手のプロフィール】 <br>1969年８月、大阪府生まれ、右投左打、世界一の二塁手（私の中では）！背番号３！！！ <br>ＰＬ学園高校では３年時に主将として春夏連覇！ <br>ドラフト１位で1987年、中日に入団☆ <br><br>高卒ルーキーで開幕スタメン出場！ <br>打率.223で守備・走塁センス（盗塁２２）を見せ、新人王獲得☆ <br>ショートを守りゴールデングラブ賞獲得☆ <br><br>1990年．155安打、打率.303！！ <br>1996年．自己最高打率.323を記録！打率リーグ３位！ベストナインに選出！ <br><br>【ナゴヤドームに本拠地を移行】 <br>ナゴヤドーム<br><br></p><p><font size="3"><br></font></p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=190471" target="_blank" alt0="BlogAffiliate">プロ野球問題だらけの１２球団 ２００６年版<br><img height="144" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fwww.bk1.co.jp%2Fbookimages%2F0265%2F026599180000.jpg" width="97" border="0"></a> </dt><dt>￥1,400 </dt><dt>株式会社　ビーケーワン </dt></dl><p><br> </p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=190470" target="_blank" alt0="BlogAffiliate">プロ野球選手写真名鑑 ２００６年<br><img height="144" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fwww.bk1.co.jp%2Fbookimages%2F0264%2F026496740000.jpg" width="99" border="0"></a> </dt><dt>￥362 </dt><dt>株式会社　ビーケーワン </dt></dl><p><br> </p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=190469" target="_blank" alt0="BlogAffiliate">激動！ニッポンプロ野球<br><img height="144" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fwww.bk1.co.jp%2Fbookimages%2F0250%2F025095450000.jpg" width="101" border="0"></a> </dt><dt>￥1,400 </dt><dt>株式会社　ビーケーワン </dt></dl><p><br> </p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=190468" target="_blank" alt0="BlogAffiliate">磯山さやかの「女子マネ」野球主義!/磯山 さやか<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4777104648.01._SCMZZZZZZZ_V38892464_.jpg" width="125" border="0"></a> </dt><dt>￥1,365 </dt><dt>Amazon.co.jp </dt></dl><p><br> </p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=190467" target="_blank" alt0="BlogAffiliate">テレビではわからないメジャーリーグ・ビジネスの世界/古内 義明<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4415077609.01._SCMZZZZZZZ_V55507957_.jpg" width="113" border="0"></a> </dt><dt>￥580 </dt><dt>Amazon.co.jp </dt></dl><p><br> </p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=190466" target="_blank" alt0="BlogAffiliate">新庄の信条―バカカッコいい男の真実/宮崎 満教<br><img height="160" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fec1.images-amazon.com%2Fimages%2FP%2F4809405494.01._SCMZZZZZZZ_V62528177_.jpg" width="102" border="0"></a> </dt><dt>￥1,000 </dt><dt>Amazon.co.jp </dt></dl></font><a href="http://www.nagoya-dome.co.jp/index4a.htm" target="_blank"><font size="3">http://www.nagoya-dome.co.jp/index4a.htm</font></a> <font size="3"><br><br>1997年４月．開幕戦先頭打者ホームラン♪ <br>1997年８月．サイクルヒット達成♪ <br>1995年～1997年．３年連続、セカンドゴールデングラブ賞を獲得☆ <br><br>1999年．選手会長としてリーグ優勝に貢献！ <br>2002年．６度目の打率３割、打点は自己最高の92打点！本塁打も自己最多タイの16本を記録！ <br>2003年７月．通算2000本安打を達成！ <br>2004年．打率.308をマークして中日のリーグ優勝貢献！ <br>2005年５月．通算450二塁打の日本記録を樹立！</font>
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<link>https://ameblo.jp/suger-king/entry-10020334495.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Nov 2006 09:04:39 +0900</pubDate>
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