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<title>パソコン親父の趣味人生活</title>
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<description>パソコンの趣味</description>
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<title>最近お宝サイトを発見しました。　レア品がとても安っ～い!!</title>
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<![CDATA[ <div><font color="#ff0000" size="4">最近お宝サイトを発見しました。　レア品がとても安っ～い!!<br></font><a href="http://www.shop-online.jp/dakimakure" rel="nofollow" target="_blank"><font color="#ff0000" size="4">http://www.shop-online.jp/dakimakure</font></a><br></div>
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<pubDate>Mon, 18 Oct 2010 22:57:48 +0900</pubDate>
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<title>ラジオ少年から「ウインドウズパソコンじいさん」迄の経歴</title>
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<![CDATA[ <p>私は「どてのおやじ」です。私とパソコンとの出会いや関係などから書き始めます。 </p><p><a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/dote-1926-1999-Profile.htm" target="_self">自己紹介のページ</a>にも詳しく書いてますが私は秋葉原界隈で部品を買い集めラジオを組んだりしていたラジオ少年だったんです。それで私はパソコンには非極関心がありました。<br><br>１９９１年ごろの我が家にはＮＥＣのパソコン９８０１ＶＭと９８２１ＦＡの２台ありました。上の息子が下の息子の為に練習用に販売管理や会計ソフトなどを用意してあったらしいです。上の息子とは別居、下の息子と同居してます。私も触りたかったのですが、しかし、息子たちはパソコンに私が触れることを非常に嫌がり、私には貸しても呉れませんでした。時々息子たちの目を盗んで触ったものですから、ついにパスワードをいれロックされてしまいました。<br><br>その後２、３年のあいだに息子はパソコンを次々に買い込んでました。はじめはＮＥＣでしたが、いつのまにかＩＢＭなど色々です。１９９３年頃は、しばしば息子に秋葉原へ孫をつれだって連れてゆかれました。それは孫のお守りの為です。息子はコンピ―タの部品の買い物に電気街の裏へ、私と孫は交通博物館で遊びながら彼の帰りを待っているのです。交通博物館は私が子供のころから今の場所に有った。それはそれで懐かしく孫と一緒で楽しかった。しかし我が青春の秋葉原、私も買い物に行きたかったのに孫の子守り番をさせられたわけです。 </p><table cellpadding="20" bgcolor="#ffffff" align="right"><tbody><tr><td align="center"></td></tr></tbody></table><p></p><p><br><br>毎回幾度となく重ねてのことなので私も孫達も交通博物館が飽きてきて待ち時間をつぶす子守りが大変でした。私の孫は二人です。後で<a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/dote-Mago.htm">孫たちの事</a>も書きます。神田小川町の科学堂はもうないかもしれないが。神田須田町のカワイモデル鉄道模型店へ孫を連れて行けば喜ぶ事間違い無しなのですが、孫たちが夢中になって私の子供の時と同じに成っては困ります。勉強もせず時々学校は休むしの模型狂の私と同じわがまま童子と同じになっては困るので連れていく訳にもいかず。実は今でも私はいきたいのです。その店に川崎車輌１９３１年製造Ｄ５０３６２の最終ロットのＤ５０テンダーキットの素敵な模型があるのです。ほしいですよね。<br><br></p><p>１９９６年の秋 。上の息子が家を改築するので、私の家に色々と荷物を持ち込みました。その中にパソコンが３台有りました。数日後、誰も居ない時にこっそりさわったのです。それはＩＢＭの改造機です。尻の蓋は開いてるし臓物がすこし見えました。電源を入れるとＷｉｎｄｏｗｓ９５が立ち上がりました。もちろんその時はそれがウインドズ９５とは知りもせずなんの知識もなかった。しかし動かせた。使えば使うほどに面白く成りました。毎日毎日楽しみが増しパソコンのＡＴ互換機の魅力を感じた始まりでした。<br><br>なぜ、ウィンドウズ９５では、今まで有ったＰＣより遥かに格段の面白さだったのでしよう。マウスを使って操作するからでしょう。それまではキーボードからアルファベットを入れたりＦの付いたキーを押したりして操作しました。年寄りにはすごくやさしく感じた始まりです。<br><br>ところがある日、息子にやつて居るところを見られてしまった。 また怒られると思ったら、息子曰く「壊れてもよいから「いたずら」してみろよ。」とゆわれ非常に嬉しかった。それから時々操作してるうちにマウスやキーボードに慣れてきました。コンピュータを操作するのに始めに壁に成るのはマウスやキーボードの操作ではないでしょうか。若い人には苦にならない事でしょうが年配者にはつらい事です。市の主催するパソコン教室でも私と同じくらいの年配者は途中で脱落しますが、やはりマウスやキーボードの操作が面倒だからでしょう。<br></p><table cellpadding="10" align="right"><tbody><tr><td align="center"></td></tr><tr><td valign="top" align="center"><font color="#804040"><br></font></td></tr></tbody></table><p></p><p><br><br>その数ヶ月後、１９９７年１月。息子がやりたければ自分でパソコンを組んで見てはと言いました。おやじなら出来るよと言います。そして何やら４８６マザーボードとＤＸ２ＯＤＰ６６ＭｈｚのＣＰＵとを呉れることになったのです。パソコンの知識はなのもないのですが勿論貰いました。其れがそもそもの私のパソコン自作の始まりです。<br><br>まず足りない部品を買い集める事です。早速に秋葉原へ行き、先ずは３０００円のケースをプロサイドＰＣシヨップで買いました。これは電源が付いていませんでしたが息子の組みやすそうだというアドバイスでさっそく決めました。電源は息子に貰いました。２０００円のを別にもらいました。その日は、他の部品を買う積もりで何軒かのパソコンシヨップを見て回りましたが、何を選んだ方が良いやら、何を買ったら良いやら、見当が付かず結局何も買えずに帰る始末でした。<br><br>その後見たり聞いたりを重ねパソコン雑誌を参考に調査検討をしました。 その後幾度も、「何がなんでも買って来る。」という事で買う部品を決め買い揃える積もりで秋葉原へ行きました。処がやはり無知識の上自信なき故、迷いがあり思つたとうりに買い物が出来ません。本当に清水の舞台から飛び降りるつもりで秋葉原に行ったのに結局ＷＥＳＴＡＮ,ＤＩＧＩＴＡＬの２、５ＧＢcaviar３２５００のハードデスクを一個だけ買ったのみで帰る始末です。出来る人知識のある人からから見るとなぜと思えるでしようね。知識のないことは実に情けない事と思います。<br><br>秋葉原に行きジャンク屋やラジオデパートなどを回ると私と同じ年配の方も居ます。しかしその方たちはパソコン部品の店には居ません。みなラジオ部品や真空管の店です。ＧＴ管とかサンスイの中古アンプなどを物色してました。私もラジオ部品なら品定めできます。しかしパソコン部品はそれがいったい何に使う物なのか安いのか高いのか検討も付きませんでした。<br><br>最初の内はパソコンシヨップに行っても店の邪魔になるばかりてさぞかし周りの人に迷惑を掛けたのでわと悔やむ有り様です。ラジオ少年だった昔を思い、勝手知り足る秋葉原の訳ですが、勉強不足の為昔のラジオ狂の学生には戻れなかった。ラジオの部品なら今でも値踏みする事が出来るのですが。秋葉原でも私と同じくらいの年配者はみなラジオ部品の店に居ます。パソコン部品の店では見かけません。私は速くパソコン部品が分かるように成りたいとおもいます。でもいま思い返すとパソコン初心者は誰でもそうなのではないでしょうか。偉そうに講釈する息子もさいしゃはそうだったようですそうっだったらしいです。<br><br>さてさて、其れからが大変でした。見当も付かない事を試みる訳ですから其れからの苦しみは当分続きました。その後、部品もやや揃い、段々と部品の役目なども分かりはじめると目鼻が付きしだいに面白く成りました。又、秋葉原に行く事が楽しみに成りました。買い物も結講要領良く買い漁り歩ける様になりました。息子からパソコンの部品買い代行まで頼まれる事もありました。とても嬉しい気持ちでした。同年配者がラジオ部品店に行くのに私はパソコン部品を買いに行くので優越感を少し感じました。<br><br></p><p>デスプレーは17インチにしろと息子からアドバイスされました。小さいデスプレーでは年配者は目が悪いのでだめだろうというわけです。そこでソニーの１７インチデスプレイＳＦ９にしました。これは秋葉原のいＴ－ＺＯＮＥアウトレット店（ガード下の店）で６８０００円で買いました。プリンターは印刷できれば何でもいいからといわれました。これは年寄りの私は印刷の機会や枚数が少ないからだそうです。キャノンのプリンターＢＪＣ－２１０ｊにしました。これはソフマップという店で19600円で買いました。息子は１００円や２００円の値段の違いにこだわりませんでしたが、私は100円でも安い店を探して歩き回りました。昔はどんな部品を買うときでも秋葉原ではそうした物です。だれも値引き交渉をしていないのに驚きした。 </p><p><br><br>息子から貰った部品、自分で買った部品と組み立てに必要な部品はほぼ揃いました。全てが間に合うだけになり出来上がりが楽しみでした。組み立てにはソフトバンク（株）の「ＩＢＭ-ＰＣ／ＡＴ互換機ガイドブツク」が何よりの参考書で難しいけれども頼りになりました。組み立てが成功したのは、此れは参考書の御蔭です。今でも分からないと何回も読み、分かる迄読む様にして居ます。でも分からない時の方が多い様ですが頼りにしています。然し英語力と忍耐が心要とされる事は確かです。<br><br>手探りで仮組み立てを開始しましたが、細かいところで「分からない。」が多々ありました。しかし数日でテストが出来る迄に完成致しました。此れまでに感じた事はケースの中に分からない小物、ネジ類が沢山ありました。、ボード類のマニアルが入つて無かつたっり、然も日本版で無い場合が多く戸惑いと不安を加えて一層分から</p>
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<link>https://ameblo.jp/sugi776/entry-10630051759.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Aug 2010 22:53:11 +0900</pubDate>
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<title>パソコンおやじ</title>
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<![CDATA[ <font color="#0000ff" size="3">パソコンとの付き合いは結構長い。初めて手に触れたのは何年前だろう。ＮＥＣ<br>のＰＣ６００１という機種があって愛称を『パピコン』と言った。ケーム機の機能も<br>ありＲＯＭカセットを差し込んでテニスゲームなどを楽しめた。テニスゲームとい<br>っても豆粒のような人影がチョコチョコと動くだけの他愛のないものだが実に感<br>動的であった。キーボードから音が出て演奏が出来た。それでパピコンの愛称<br>がついた訳だが当時としては頭の柔軟な製品だったと思う。メモリーは１６ＫＢだ<br>ったと記憶するが、これからのパーソナルコンピュータのあり方の一つとしてエン<br>タテイメントを指向した名機だった。<br><br>次に手に入れたのはシャープのＸ－６８０００というマニア向けの悲劇の迷機。 <br>当時、ＮＥＣのＰＣ９８０１が全盛で皆がこぞってＢＡＳＩＣの勉強をしていた時代<br>である。私はアップル社のマッキントッシュに惚れた。マンマシンインターフェイ<br>スが素晴らしく、憧れの機種となった。しかし残念ながらモノクロ画面である。<br>それに英語オンリーだし、高価だ。そこで思い悩んだ末、マックの偉大なる追<br>随者、Ｘ－６８０００を購入してしまった。メモリーが何と１ＭＢである。目がクラ<br>クラするほどの大きさだ。マシンのスペックは素晴らしかったが如何せん肝心<br>のソフトがなかった。失望をして、半年ほどで使うのを止めてしまった。これで<br>パソコンへの想いが急速に萎えていった。因みにこの中古機を処分して３４イ<br>ンチのＴＶに替えた。それ程の金額を投資した失敗の巻だった。<br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◆　◆　◆ <br><br>その後、私は会社のパソコン導入チームの一員になった。富士通のＦ９４５０と<br>いうのが導入機に決まった。ＩＢＭの５５５０に対抗して富士通が急遽送り出し<br>た技術系ミニコンのような面白い機械だった。フォアとバックの２ＪＯＢがワンタ<br>ッチで切り替えられた。ソフトは当時流行りだした表計算のエポカルクを始めと<br>したＥＰＯＣファミリー。これはなかなか良く出来ていた。私も講師となって支店<br>回りを行った。そうこうしている内に、アメリカのＰＣフェアを見て来いという業務<br>命令が下った。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/sugi776/entry-10630043721.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Aug 2010 22:49:27 +0900</pubDate>
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<title>パソコン“だめ”乳（おやじ）</title>
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<![CDATA[ <p><b><font color="#808080" size="2">パソコン</font><span style="COLOR: gray; FONT-SIZE: 10pt" lang="EN-US">“だめ”乳（おやじ）</span></b></p><div align="center"><center><table border="0" cellspacing="0" width="95%"><tbody><tr><td><font color="#808080" size="2">このサイトは『Papa-net』の前身の<b>『Ｐ.Ｃ.Ｐ.Ｍ パソコン“だめ”乳（おやじ）』</b>を懐かしむサイトです。</font></td></tr><tr><td>　</td></tr><tr><td><font color="#808080" size="2">私（管理人）が始めて立ち上げたＨＰ<b>『Ｐ.Ｃ.Ｐ.Ｍ パソコン“だめ”乳（おやじ）』</b>を記念に残しておこうというと思いアップしています。</font></td></tr><tr><td>　</td></tr><tr><td><font color="#808080" size="2">したがって更新は一切ない放置状態のサイトです。</font></td></tr></tbody></table></center></div><p><b><font color="#808080" size="2">『Ｐ.Ｃ.Ｐ.Ｍ パソコン</font><span style="COLOR: gray; FONT-SIZE: 10pt" lang="EN-US">“だめ”乳（おやじ）</span><span style="COLOR: gray; FONT-SIZE: 10pt">』とは？</span></b></p><div align="center"><center><table style="BORDER-COLLAPSE: collapse" border="0" cellspacing="0" bordercolor="#111111" cellpadding="0" width="95%"><tbody><tr><td><p><font color="#808080" size="2">正式名称は <b>Personal Computer Poor Milk</b> で、直訳すると Personal Computer = パソコン、 Poor = 貧乏な・かわいそうな・へたな ・だめな、Milk = 乳・牛乳 となります。乳（ちち）を父（ちち）と読み換えて<b>『パソコン“だめ”乳（おやじ）』</b>としました。</font></p><p><font color="#808080" size="2">これは、コンピュータに疎い私（おやじ）と言う意味です。</font></p><p><font color="#808080" size="2">コンピュータに疎い私（おやじ）が親父なりにコンピュータを勉強してそれなりになったので世の親父さん達にも私の少ない知識を共有してもらおうと考えた名前です。</font></p></td></tr></tbody></table></center></div><p><b><font color="#808080" size="2">過去の</font></b><font color="#808080" size="2"><b>サイトのＴＯＰページ</b></font></p><div align="center"><center><table style="BORDER-COLLAPSE: collapse" border="0" cellspacing="0" bordercolor="#111111" cellpadding="0" width="95%"><tbody><tr><td><font color="#808080" size="2"><a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/003/index.htm" target="_blank"><font color="#808080">立上げ当初の入口ページ</font></a></font></td></tr><tr><td>　</td></tr><tr><td><font color="#808080" size="2"><a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/003/frame.htm" target="_blank"><font color="#808080">立上げ当初のＴＯＰページ</font></a></font></td></tr><tr><td>　</td></tr><tr><td><font color="#808080" size="2"><a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/002/index.htm" target="_blank"><font color="#808080">リニューアル後のＴＯＰページ</font></a></font></td></tr></tbody></table></center></div><p><b><font color="#808080" size="2">過去のバナー達</font></b></p>
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<pubDate>Fri, 04 Jun 2010 00:35:39 +0900</pubDate>
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<title>まだまだＸＰ</title>
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<![CDATA[ <h3 class="title">まだまだＸＰ</h3><div class="category">[ <a href="http://pub.ne.jp/Oyaji_syumi/?cat_id=92266"><font color="#414d7b">WinXP_SP3統合</font></a> ]</div><div class="category">[ <a href="http://pub.ne.jp/?mode=genre&amp;genre=15" target="_blank"><font color="#414d7b">コンピュータ</font></a> » <a href="http://pub.ne.jp/?mode=genre&amp;genre=15&amp;sub=1" target="_blank"><font color="#414d7b">Windows</font></a> ]</div><p>＜ＸＰの前フリ＞　</p><p>　Micro Soft Windows XPは２００１年の発売から各種の不具合修正、セキュリティの強化を図る為にサービスパック（ＳＰ）を提供している。　２００２年９月にＳＰ１が提供され、その後ＳＰ１ａとなり、２００４年９月からＳＰ２の提供が行われ、２００８年５月にＳＰ３を提供開始し、現在に至っている。　その他としてインターネットエクスプローラ（ＩＥ）とアウトルックエクスプレス（メールソフト）がパッケージとなっていることで、抱き合わせ販売禁止の訴訟などにMSが敗訴したこともあり、ＳＰ２から標準で使用するブラウザ・メーラーの選択機能が搭載された。　</p><p>　２００７年に発売されたWindows Vistaは現在ＳＰ１が提供されているが、動作環境はＸＰに比較して、かなり高いハードウェアスペックが求められることとアプリケーションソフトや周辺機器の対応などから、スタンダードＯＳとしての普及にはまだ時間を要すると考えられる。</p><p>　尚、現在はVistaへ搭載されている最新版ＩＥ７がWindows XP用に提供されており、ウィンドウズ・メディアプレーヤー（ＷＭＰ）についても、ＷＭＰ１１が提供されている。 </p><p>＜その動機＞　</p><p>　ＸＰと言えど長いこと使ってると重くなるんだよなぁ～（疲労症候群）　</p><p>　んでだ、ある日に思った。　</p><p>　最近はＤＤＲ２メモリやハードディスクの価格下落も激しく（うれピィ～、特にハードディスクに至っては５００Ｇクラスで10K円以下での入手価格、キャッシュ容量も大きくて高速なんだよな～</p><p>「メモリも上限まで積んで、コレでＸＰを動かしたいっ」てことで、ちょっと高価なSEAGATEのBarracuda ES2シリーズST3500320NSをメモリ4Ｇ（２Ｇ×２枚セット）とともにネットで買っちった。</p><p>　んがっ Windows XPの初版（ＳＰØ？）ではセットアップが１３７Ｇを超えるハードディスクを認識できないという問題があるんですな (&gt;&lt;) ビッグドライブ病という。</p><p>　これにはもちろん対応したマザボやBIOSが必要なんだが、４年前ぐらいからのものであればだいたいオケ。そんな古いの使う必要性もないが・・・</p><p>　この病はＳＰ１以降であればワクチンで治療されているのだが、ＸＰもＳＰ１とかＳＰ２の適用済みパッケージを持っていればいいけんど、買い直してもいらんねぇしな～</p><p>　という訳で、Win2000でも作ったことがあるし、ＸＰのＳＰ２とＳＰ３は手元にあるし～、ネットを漁って統合版を作りましょっと、重い腰を上げました。ﾖｯｺｲｼｮ </p><p>（朧げな記憶ではＳＰ１の改修はＳＰ２のパッケージに含まれる？ということを思い出した。うしっMicro SoftのWebで確認だっ） </p><p>　この資料では、Microsoft Windows XP Service Pack 2 (SP2) で修正される問題の一覧を掲載しています。 Service Pack にはこれまでの修正がすべて含まれています。 つまり、ある Service Pack で修正された問題は、それ以降の Service Pack でも修正されます。 たとえば、Windows XP SP2 には Windows XP Service Pack 1 (SP1) に含まれる修正内容がすべて含まれています。</p><p> ウン　やっぱしな　でわＳＰ３はどうなんだっ 　</p><p>　Windows XP Service Pack 3 (SP3) には、オペレーティング システムに対してこれまでにリリースされたすべての更新プログラムが含まれています。この更新プログラムには、数件の新機能も含まれていますが、オペレーティング システムの利用環境を大きく変更するものではありません。 </p><p>　サポートされているオペレーティング システム : Windows XP Home Edition ; Windows XP Professional Edition ; Windows XP Service Pack 1; Windows XP Service Pack 2 </p><p>　ってぇ事はだ、ＳＰ３だけでいいじゃん ^^yy </p><a name="more"></a><p>＜準備＞　</p><p>・Windows XP_Pro　（手元にあるのは製品版の発売半月前に買った初版）　</p><p>・Service Pack 3 （Micro SoftのWebからダウンロードっ）　</p><p>・boot.bin （CDからセットアップを起動するファイル、原版から吸出すこともできるし、作ることもできるがメンドイのでWebにあったヤツ）　</p><p>・mkisofs.exe （DOSのバッチ処理でISOイメージが作成できるスグレモノ） </p><p>　mkisofs.exeは下のHPにあった「WinXP_SP3_makeiso.zip」を解凍すればフォルダの中にある。（作者に感謝 ｶﾝｼｬ）  ttp://garageoyaji.hp.infoseek.co.jp/PCDIY/WinXP_SP_</p><p>  BootCD_Make.html</p><p>　このHPにあるとおり実行してもいいのだが、昔っからDドライブとかにTmpやTEMPといったようなフォルダを作るのが嫌い（ただ単に個人的な好みﾃﾞｽ）なもんで、懐かしいDOSコマンドを入力してシンプルに実行することにしたっ </p><p>　紛らわしいフォルダ名はイヤダ アタマ悪いから</p><p>　Ｄドライブに WinXP とSP3という２つのフォルダだけ作る（いますぐ作れッ） 　</p><p>　他にWin2000のSP統合で世話になった、Golden Hawk Technology社のCDRWINを使うという方法（現在の最新バージョンは4.0G？）もあるが、ヘタにASPIマネージャを書換えられると後がメンドイ、そもそもこれを書いている時点でWebからASPIマネージャのダウンロードができなかったし、ASPIマネージャをインスコしてないとCDRWINの動作が安定しないというのもある。　</p><p>　以前からCDRWINとWebにあるASPIマネージャについては、インストール後のWindows動作に問題の報告が多いシロモノなんで、つ～かわないっと </p><p>＜実行するッ＞　</p><p>①　Windows XP_ProのCDをドライブに食わして、XPのスタートメニューにある「ファイル名を指定して実行」の「名前(O):」に以下のコマンドを入力してＯＫをクリック。</p><p>　　xcopy g: d:￥WinXP /e/s ← 昔からこの表記もキライなんだな </p><p>　　　　　　↑　　　　　　　（WinXPフォルダはさっき作ったでしょ） </p><p>　ｳﾁのはDVDドライブがGなんよ　ドライブ文字（パス名）が違ったら置き換えて使うんだﾖ </p><p>　※半角文字の￥がうまく表示されないので、全角文字で書いています。</p><p>　まっ エクスプローラで全てのファイルをCDからコピー貼り付けってのが簡単かぁ</p><p> ②　Service Pack 3これのファイル名は「WindowsXP-KB936929-SP3-x86-JPN.exe」とやたら長いが、こいつをDドライブのルート（エクスプローラから開くと最初に表示される場所）に置いて以下のコマンドでSP3フォルダへ解凍する。</p><p> 　 d:WindowsXP-KB936929-SP3-x86-JPN /x:d:￥SP3　（SP3フォルダもさっき作ったハズ） </p><p>　Micro SoftのWebにはSP3のISOイメージファイルとネットワークインストールパッケージの２種類があるが、ISOイメージの方がライティングソフトでSP3のＣＤを作成できるので、保存しておきたいならネットワークインストールパッケージを解凍するよりもｵｽｽﾒかな～</p><p> ③　WinXPフォルダへSP3を統合する。ｽﾘｯﾌﾟｽﾄﾘｰﾑっていう方法だじぇ</p><p>　　d:￥SP3￥WindowsXP-KB936929-SP3-x86-JPN /s:d:￥WinXP </p><p>　あちこちのWebでも紹介されているが、Service Pack 3の解凍が二度手間でメンドーだったら、ネットワークインストールパッケージをそのままDドライブのルートに置いて、下のコマンドを実行すると、解凍しなくても直接WinXPフォルダへ統合される。</p><p>　 d:WindowsXP-KB936929-SP3-x86-JPN.exe /integrate:d:￥WinXP　←実証済</p><p>④　SP3の統合が終わると、カンリョ～って出るのでWinXPフォルダヘboot.binファイルを放り込む。</p><p>⑤　「WinXP_SP3_makeiso.zip」の解凍フォルダから、mkisofs.exeとcygwin1.dllをDドライブのルートへコピペする。</p><p>⑥　さて問題はISOイメージ作成用バッチファイル（懐かしぃ～）を作ることとなるが、これもメンドイのでWebに公開されていたヤツを、メモ帳に貼り付けて編集～</p><p>　　なんか全部パクリじゃねぇか ｵｲ　ファイル名はお約束のmkiso.batね ^^; </p><p>　コレ↓をコピペして編集しよ～</p><p> mkisofs -o "Winxpsp3.iso" -V "WXPOEM_JA" -P "MICROSOFT CORPORATION" -p "MICROSOFT CORPORATION" -A "MICROSOFT CORPORATION" -N -J -b boot.bin -no-emul-boot -hide boot.bin -hide boot.catalog -hide-joliet boot.bin -hide-joliet boot.catalog d:￥WinXP 　　　　　</p><p>⑦　出来上がったmkiso.batをDドライブのルートへ移してダブルクリック～</p><p> 　しばらく待つとWinxpsp3というファイル名のISOファイルが出来上がるんで、テキトーなライティングソフト（NeroとかB's Recorder Goldなんか）を使ってISOイメージからCD作成(そのままデータ焼きしてもイメージのまま焼かれるからさぁ 分からなかったらWebで調べてよん)で焼きヤキ。ｵﾒﾃﾞﾄｰ (VL版なんかも作れたりしますな &gt;&lt; ) </p><p>　んとね～　なんか知らんがWinXPフォルダの中にboot.catalgってぇのが作られてるとISOイメージが正しく作れないんだよねぇ～</p><p>　そん時はboot.catalgをゴミ箱へポイしてくらさい。</p><p>　そしたら次から上手くいくダｱﾖ</p><p>　あとDドライブにSP3の展開一時フォルダが残るけど、それもいらないからポイね。</p><p> 　え～　これですんなり出来上がれば大成功ぉぉ</p><p>　上手く行かないときはDOSコマンドの間違いか、ここに記載のルートパスが間違っているカモ～ ﾍﾎﾞｲです。</p><p>　質問は受付けないので自主解決してくだはい。ﾑｾｷﾆﾝ</p><p>＜実験結果＞</p><p>　Windows XPのService Pack 3はこれ１つで過去の修正も含むということであったが、例えば、既にSP2適用済みのXPへここに記載のSP3統合を行うと、680 MB前後の容量となるため700 MBのCD-Rでやっと書き込める容量であった。</p><p>　容量オーバーの場合はDVDに焼けば問題ない。</p><p>　どうせDVDで焼くなら容量に余裕があるのでIE7とかWMP11とかマザボ・VGA・SOUNDのDEVICE DRIVERなんかもISOイメージ統合ソフト（ImgBurnとか）で入れ込んでしまえば、これ１枚で用が足りる便利なDVDとなるであろう。</p><p>　 それでわ、次は（時間に余裕があればだが）DDR2メモリ2G×4構成の8G搭載でRAM Disk作成の実験をしてみようと思ってたりする。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sugi776/entry-10553279165.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Jun 2010 23:58:20 +0900</pubDate>
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<title>パソコンおやじ</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#0000ff" size="3">パソコンとの付き合いは結構長い。初めて手に触れたのは何年前だろう。ＮＥＣ<br>のＰＣ６００１という機種があって愛称を『パピコン』と言った。ケーム機の機能も<br>ありＲＯＭカセットを差し込んでテニスゲームなどを楽しめた。テニスゲームとい<br>っても豆粒のような人影がチョコチョコと動くだけの他愛のないものだが実に感<br>動的であった。キーボードから音が出て演奏が出来た。それでパピコンの愛称<br>がついた訳だが当時としては頭の柔軟な製品だったと思う。メモリーは１６ＫＢだ<br>ったと記憶するが、これからのパーソナルコンピュータのあり方の一つとしてエン<br>タテイメントを指向した名機だった。<br><br>次に手に入れたのはシャープのＸ－６８０００というマニア向けの悲劇の迷機。 <br>当時、ＮＥＣのＰＣ９８０１が全盛で皆がこぞってＢＡＳＩＣの勉強をしていた時代<br>である。私はアップル社のマッキントッシュに惚れた。マンマシンインターフェイ<br>スが素晴らしく、憧れの機種となった。しかし残念ながらモノクロ画面である。<br>それに英語オンリーだし、高価だ。そこで思い悩んだ末、マックの偉大なる追<br>随者、Ｘ－６８０００を購入してしまった。メモリーが何と１ＭＢである。目がクラ<br>クラするほどの大きさだ。マシンのスペックは素晴らしかったが如何せん肝心<br>のソフトがなかった。失望をして、半年ほどで使うのを止めてしまった。これで<br>パソコンへの想いが急速に萎えていった。因みにこの中古機を処分して３４イ<br>ンチのＴＶに替えた。それ程の金額を投資した失敗の巻だった。<br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◆　◆　◆ <br><br>その後、私は会社のパソコン導入チームの一員になった。富士通のＦ９４５０と<br>いうのが導入機に決まった。ＩＢＭの５５５０に対抗して富士通が急遽送り出し<br>た技術系ミニコンのような面白い機械だった。フォアとバックの２ＪＯＢがワンタ<br>ッチで切り替えられた。ソフトは当時流行りだした表計算のエポカルクを始めと<br>したＥＰＯＣファミリー。これはなかなか良く出来ていた。私も講師となって支店<br>回りを行った。そうこうしている内に、アメリカのＰＣフェアを見て来いという業務<br>命令が下った。<br></font></p><p><font color="#0000ff" size="3">ＷＣＣＦ（ウェストコースト・コンピュータフェア）と<br>　銘打っていたが、内容はパーソナルコンピュータ<br>　１色である。主役はマックであった。説明員もフェ<br>　アの客もアツイ。すごい熱気である。当時、日本<br>　では未だスタンドアロンが主流であったが、米国<br>　では既にオンラインでＨＯＳＴ接続していた。いつ<br>　になったらこんな環境になるのかな？という感想<br>　を業務レポートにしたためた。</font></p><p><font color="#0000ff" size="3"><br></font></p><p><font color="#0000ff" size="3"><br></font></p><p><font color="#0000ff" size="3"><br></font></p><p><br><font color="#0000ff"><font size="3">初めて見るシリコン・バレーに私は興奮してしまった。ＸＥＲＯＸのパロアルト研<br>究所、インテル社、モトローラ社、そしてアップル本社。憧れのマックの本拠地<br>についに来た。オフィスを見学し、会議室でのミーティング。夢のようだった。しかし、ご存知のようにアップル社の繁栄は長く続かなかった。丁度ＳＯＮＹのベ<br>ータが負けたように。世界標準をかけた争いは技術で決まるのではなく、政策<br>（商売）で決まるようだ。<br>　　　　　　　　（続編は次の機会にお届けしましょう） <br></font><br></font></p>
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<pubDate>Thu, 03 Jun 2010 23:55:58 +0900</pubDate>
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