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<title>ＨＩＶにもがくブログ</title>
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<description>2009年、ＨＩＶの感染が発覚しました。つきあっていた彼女とも別れました。しばらく茫然自失の毎日でしたが、なんとか生きていこうと思うに至りました。陽性の彼女募集中です。</description>
<language>ja</language>
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<title>女性のHIVキャリアの話を聞くと、少しだけほっとする自分がいる</title>
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<![CDATA[ <br>　決して他人の不幸を喜ぶつもりは無いのですが、女性のHIVキャリアの話を聞くと少しだけほっとしてしまう自分がいて、そんな事でほっとしている自分に気付いて自己嫌悪に陥ったりもしています。<br>　このひとつ前、先月の下旬に書いたはてな匿名ダイアリーの事も、最初に抱いた率直な感想としては、女性のHIVキャリアが存在することにほっとしていました。<br><br><br>　HIVキャリアの男女比は圧倒的に男性が多く、そして同性愛者の割合も高いと言われています。僕は身の回りにHIVキャリアが1人もいないので、実感として男性が多いとか同性愛者が多いとかというのはよくわかりませんが、様々な資料を見た限りではそうらしい、と認識しています。<br><br>　HIVの感染がわかった検査の時に保健所の方から渡されたパンフレットの表紙には男性二人が仲睦まじくしているイラストが描かれていましたし、今でも病院のお医者さんから何かの説明を受ける時に「同性愛者の場合は～」と、僕にとってあまり必要がなさそうな過去の事例などを持ちだされる事があって、ですから役所や医療の現場においてもそのように認識していると思って間違いはなさそうです。<br><br>　だからつまり異性愛者でHIVキャリアの僕というのは、この分野においてはどの程度かわからないけれども、マイノリティなのだろうと思います。<br>　マイノリティなのは別に構わないので良いですが、ただ、あまりにも同性愛者前提のパンフレットや説明を受け続けていると、虫の居所が悪い時にはイラッとしてしまったりもします。同性愛者の事を馬鹿にしたり差別したりするつもりは全くありませんが、僕はそうではないので、一緒くたに扱わないで欲しいと、イラッとしてしまうのです。<br><br><br>　そうした中でHIVキャリアの女性というのは、男性同士の同性愛者でないのは言うまでもありませんので、そこに砂漠の中のオアシスみたいな感情を抱いてしまう、のかもしれません。<br><br>　僕にとってこれまで視界の３６０度全てが砂漠だったのが、ちょっと先の方にオアシスが見えてきて、ようやくこの鬱屈とした気持ちから開放される時が来た、みたいな気分になってしまうのだろうと自己分析しています。<br><br>　あとは、願わくば彼女が欲しいので、健康な女性よりHIVキャリアの女性の方がまだ可能性がある、みたいな身勝手な下心もあるに違いありません。<br><br><br>　人生がうまくいっていない時は、だいたいの場合において考えている事柄もろくでもなかったりするものですから、今の僕もたぶん、全くろくでもない事ばかり考えているモードなのかもしれません。<br><br>　ひとまず、親より先に死なない事を念頭に置いて、あとは犯罪を犯して他人様に迷惑をかけたりしないように心がけて、地道に生きていくしか無いな、という近頃の僕です。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sugu2010/entry-12180983640.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Jul 2016 23:22:46 +0900</pubDate>
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<title>はてな匿名ダイアリーの「彼女がHIVを持っているというので別れたら。。 」を読みました</title>
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<![CDATA[ <br><h3><a class="keyword" href="http://anond.hatelabo.jp/keyword/%E5%BD%BC%E5%A5%B3">&nbsp;</a><font size="1">彼女がHIVを持っているというので別れたら。。</font></h3><a target="_blank" href="http://anond.hatelabo.jp/20160627173600">http://anond.hatelabo.jp/20160627173600</a><br><br><br>　この記事を読んで真っ先にこの匿名ダイアリーにコメントを書こうかなと思ったのですが、すぐにこのブログで書いたほうが良いかなと思い直し、こちらで感想を書いてみることにしました。<br><br><br>　僕はブログタイトルの通りキャリア側ですが、この男性の気持ちはとてもよく理解できます。僕のブログでも始めの頃に書いていますが、このはてなの匿名ダイアリーを読んでから改めて、７年前の暑いさなかのこの時期の、検査を受ける前、再検査となって１週間後の正式な回答が出るまでの辛かった日々を昨日のことのように思い出してしまいました。<br>　この辛さを味わった立場でなければ、この男性の言い分はなかなか理解できないかもしれません。<br><br>　そして、この辛さを味わってしまったからこそ、この男性が主張している「べき論」みたいなものと心の中で対峙して悶々とした７年を過ごすようになったのかなと、僕のＨＩＶキャリアとしてのこれまでを考えました。<br><br><br>　<br>　僕は見た目にも内面にも大したことがない男ですが、幸運にも女の人の方から誘われるのに近いような形で距離を縮めた経験が何度かあります。<br><br>　だからたぶんこの匿名ダイアリーで言う所の女性側の立場だったと思いますが、誘われてみて、気持ちがグラつくんですね。まだカミングアウトしていないから誘われているんだろうし、カミングアウトしたらこのチャンスは間違いなく潰えるだろうし、しかしチャンスを失うのも辛いし、どうしようとグラつくんです。<br><br>　僕の場合、最初にやってきたチャンスではエッチまで進んだものの、最後まではやりませんでした。具体的には僕がズボンを脱がなければ相手に感染させる恐れは殆ど無いから、ズボンを脱がなくてもいい所までやりました。もちろんチャックも開けていませんよ。<br>　そしてその次にあった時に、改まってカミングアウトをしました。それでも良いと言ってくれたので、その時は入念にゴムを装着して最後までやりました。が、後日になって「やっぱり不安になってきた！」とパニックを起こされ、紆余曲折を経て、結局お別れとなりました。<br><br>　こんな僕にさらなるチャンスが訪れました。最初にやってきたチャンスでもそうでしたが、なぜか若くて可愛くて、そこまで遊んでいる風でもなければ金銭的に苦労しているわけでもない、願ってもない好案件でした。向こうから誘われて２人で食事をする機会を設け、非常に好意的に、そのままお泊りをしても良いという態度を示してくれていたように感じました。<br>　しかし、ここではグラつく以前に、きっぱりとその日は指一本触れずに自宅にお返ししました。カミングアウトをするには早過ぎるし、かといってこの前みたいにパニックを起こされたら精神的にも辛いし、そうする他無かったのです。<br>　でも、それは結局女の人のプライドを傷つける事にも繋がってしまったようで、その人から次のチャンスをもらうことは出来ませんでした。<br><br><br>　そうそう頻繁にチャンスが来る人でもないと、この難しいせめぎあいみたいなものを上手にクリアすることなど出来っこないと、僕は今少し自信を失いつつあります。<br><br>　このまま独身で生きていくのは辛いから嫌だけど、かといってこの難しいせめぎあいを上手にクリアして相手を見つける自信が持てないでいるのです。<br><br><br>　ちょっと自分語りが過ぎました。<br><br><br>　この匿名ダイアリーを書かれた男性にはたいへん気の毒だけれども、運が悪かったと思って諦めてもらうのが一番良いように思います。<br>　それか、この際この女性の過ちを広い心で許して、再度交際を続けてあげられはしまいか、とも思います。<br><br>　人間って、どこかで間違えるんですよ。で、間違えて、それを一生許さないまま引きずって生きていくのは、それは許した場合と比べて辛さの度合いはあんまり変わらないか、むしろもっと辛いのではないかと僕は思います。<br><br>　ですから僕としては最大限男性側の言い分を尊重しつつ、最後に、許してあげて欲しいと、そう言いたかったのです。<br><br>　<br>　HIVに関する物理的な問題で言えば、きちんと病院通いを続けて医師の指示通りに投薬を続ければ、僕みたいにウイルス量が検出限界値以下まで低下して、それこそゴムなしでエッチをしても相手に感染させる可能性を１％以下まで抑え込めるようになるのです。<br>　病院代だって国や自治体の制度がとても整っているからさほど大きな負担をせずに済むのです。<br><br>　だからこの女性を許して再度交際を続けられる環境そのものは充分整っていて、あとはこの男性の気持ちに全てがかかっていると言っても大袈裟ではないと思います。<br><br><br><br>　たぶん、キャリアではない人がこの男性と同じような立場に置かれたら、相当辛いのは間違いありませんし、前か後ろかわからないけれども、結構エキセントリックな感情に向かってしまう事もありうるだろうと思いますけど、出来ることならば、もうそんなに大騒ぎしなくてもいいような病気になったのだと知っていただければ、それが一番良いんだけどなと、そんな事で締めくくりたいと思います。<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sugu2010/entry-12175212030.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Jun 2016 13:24:55 +0900</pubDate>
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<title>言っている事とやっている事が違う！</title>
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<![CDATA[ <br>　近頃話題の舛添都知事と僕の父は年齢が１つしか違いません。<br><br>　学生運動が盛んな時代に大学に通い、学生運動に全く関与せずに、いわゆる「ノンポリ」として過ごしていたのも同じです。さすがに僕の父だけあって舛添都知事のようなすごい大学の出ではありませんが、一連の報道を見ていると共通点が少なくないなと思いました。<br><br><br>　この前は母方の法事があって、久しぶりに一家で勢揃いしました。<br><br>　法事と言っても五回忌の穏やかなものですから、お寺で簡素な法要を終えると、あとは親族一同でお寺の近くの小料理店を貸しきって昼飯をいただきながら、各々で穏やかな語らいの場を持ちました。僕の周りは幼稚園から小学生までの子供たち数名に包囲され、いかにも子供らしい一方的なマシンガントークを聞かされ続けたり、プロレスごっこなどをしながら時間を過ごしました。<br><br>　食事の時間が終わると、突然僕の父が皆の前に立って、えらそうに挨拶を始めました。小学校や中学校の運動会で来賓のおじさんがするような退屈極まる挨拶でしたが、その中の一部分に、僕の癇に障るような、イラッとする一言が含まれていました。<br><br>　ご先祖様を大切にしましょう。<br><br>　普通に聞く分には何の問題もないこの言葉に僕が引っかかったのは、「ご先祖様を大切にしましょう」とご高説を垂れる父自身が、自分の両親、僕から見れば父方の祖父母の墓参りを何年も放っぽって行こうともしていないのを僕は知っているからでした。<br><br>　自分の両親の墓参りもしない分際で、なにが「ご先祖様を大切にしましょう」だと。よくもいけしゃあしゃあとそんなことが言えるものだとブチ切れそうになりましたが、いい意味で空気を読めない子供たちに手足を縛られていたおかげでブチ切れたくてもブチ切れられず、おかげでこの集まりの場の空気を凍らせずに済みました。<br><br>　<br>　百歩譲って、お墓参りに行かないのは良いです。僕が毎年最低２回は行きますから。<br><br>　でも、もう何年も自分の両親の墓参りもしていないのを自分が一番良くわかっているのに、誰にも頼まれてもいない場面でよくもそんな「ご先祖様を大切にしましょう」などと言えるものだと、久しぶりに父に憤りを覚えました。<br><br><br>　ただ、それは今に始まったものでもありませんでした。<br><br>　父は言うことがコロコロとよく変わる人で、まだ純粋さを持ち合わせていた子供の頃は本当によく振り回されたものです。中学生くらいになってようやく、真面目にお付き合いするのは馬鹿らしいという真実に気付き、それから父の言うことは透過率99.9％くらいでスルーするようになりました。<br><br>　それを実家から離れて何年も経っていたせいで、すっかり忘れてしまっていただけでした。まだ実家で暮らしている上の妹はそんなことは百も承知だから眉間のシワひとつ動かさずに受け流していまして、それではっと思い出したのでした。<br><br>　<br><br>　舛添都知事も、同じようなものなのだろうなと思いました。<br><br>　あの年代のおじさん特有なのか、それとも大多数のあの年代のおじさん達はまともなのかわかりませんが、肌感覚的には、あの年代のおじさん特有のように思われてなりません。<br><br>　例えば駅のホームで駅員さんに暴力を振るう人を年代別に分けるとあの年代が突出して多いと言いますし、万引きで捕まるのもあの年代が多いと聞きます。<br><br>　何かこう、せこいとか、えらそうとか、図々しいとか、盗っ人猛々しいとか、言おうと思えばもっといろんな言葉が出てきそうですから止めますけど、あんまり尊敬の念を持てない人が目につくのです。<br><br>　ダメ世代なんじゃないの？などと思っています。<br><br><br>　僕自身としては父以外の誰かから不快な思いをさせられたことは、最近はあんまりありませんけれども、この前はいつもの病院の１階にある窓口付近で警備員さんや女性職員さんに怒鳴り散らしていたのもあの年代っぽいおじさんでしたし、ますますそういう疑念が深まる一方です。<br><br><br>　とにかく、言っている事とやっている事が違う人はどういう年代であろうと尊敬できませんので、僕はもっと上の世代の方々をお手本としてこれからの人生を歩んでいきたいなと、舛添都知事の一連の言動を見て、そのように思いました。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sugu2010/entry-12171116429.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Jun 2016 23:59:43 +0900</pubDate>
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<title>疎外感と向き合え</title>
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<![CDATA[ <br><br>　ご無沙汰です。うんざりするくらい無事に生きています。人生の浮き沈みと呼べるほど大きな出来事は相変わらず何もなく、取り立ててドラマ性のない小さな「沈み」だけが小刻みに押し寄せて、その度に僕のメンタルを鍛えてくれる。そんな毎日を過ごしています。<br><br><br>　さて、僕はたった今、車で十数分ほどの場所にある、関東でも有数の繁華街に行ってきました。ただなんとなく晩ごはんを外で食べようと家を出て、どこに行くのかアイデアが浮かばないのでとりあえず車に乗って、繁華街に行けば何かしら興味をそそるようなご飯屋さんがあるだろうと思い立ち、そういうプロセスを経て、行ってきたのです。<br><br><br>　僕の家の周りはそれなりの人口がいるはずなのに、日が暮れるとあっという間に深夜のような静けさをまといます。営業しているお店は夜９時までスーパーが、夜１１時までまいばすけっとが、あとはお客さんが入っているんだかいないんだかわからない、いまいち清潔感に欠ける居酒屋がめいめい営業したりしなかったり、という街です。<br><br>　そういう街を出て車を十数分走らせると、あっという間に関東有数の繁華街に到着してしまうのだからわかりません。おびただしい数の人の波と、きらびやかな照明で彩られたたくさんの営業中のお店を前にすると、思わず地球の裏側に来てしまったような、いかんともしがたい不思議な気分に苛まれます。<br><br>　まばゆい限りなのです。ほんの十数分前までひと気のまばらな深夜のような場所にいたのに、今まさに人生を謳歌していると言わんばかりのキラキラした人達が目の前に大勢いるのです。<br><br>　まさに疎外感です。<br><br><br>　このキラキラした人達はみんな楽しそうにお酒を呑んだり歌を歌ったりしているのに、僕はといえば一人ぼっちで行くアテもなく、ただご飯屋さんを探してさまよい歩いている。どうしてここまで違ってしまったんだろうとか、歩きながら、ご飯屋さんそっちのけで疎外感と向き合う作業に取り掛からねばならなくなりました。<br><br><br>　思い起こせば、僕にも彼ら彼女らのように大人数でキラキラとした表情を浮かべながらおしゃれな飲食店を訪ね歩いていた若い頃があったのです。<br>　それを一字一句書き出すと無駄に長くなるだけだから端折りますけど、今の僕はどうしてこうなってしまったのだろうという当時と今の僕の対比は、僕をますます追い詰めました。<br><br>　<br>　疎外感とか、羨ましい気持ちとかを否定出来ない自分がいて、しかしその一方で人付き合いを人並み程度にこまめにやるのは面倒だ気が進まないという自分も引き続きいて、そういうせめぎあいが僕の脳内で行われました。<br><br><br>　たぶん、僕はＳＮＳを人並み程度に嗜んでさえいれば、ここまで極端な事にはならずに済んだだろうと、冷静に振り返ればそのような反省が頭に浮かびます。<br><br>　ミクシィくらいまでは人並み程度に頑張ったつもりですが、やがてツイッターとかフェイスブックとかLINEとかインスタとか、皆が皆それぞれイナゴのように転々と移っていくのを見ると、なんだか道具に振り回されているような気がして、いまいち気分が乗らないなと、そういう風に考えるようになったのがケチのつき始めでした。<br><br>　僕は職業柄、ほとんどIT関連といっていい仕事をしていますから、そういったトレンドにはむしろ敏感に乗っかっていかなければならないのですけど、IT無き時代に生まれ育った人間の感覚としては、ITはあくまで道具なのであって、主役であるべき人間として道具に振り回されるのは嫌だなどと、要するに色々と面倒なことをこじらせているわけです。<br><br>　こじらせてこじらせて、行き着く先が今の僕、なのです。<br><br><br>　それはまずいよねと冷静に思う時もあるので、とりあえずLINEとかフェイスブックとかに登録をしてなんとか人並み程度になろうと頑張ったりもするのですが、いざフェイスブックを見てみると「知り合いかも」に昔の勤め先の上役がズラズラ並んでいたり、LINEの「知り合いかも」には僕が住んでいる家の大家さんとか隣の家のおじさんとか、どちらにしても必要最低限の連絡以外コミュニケーションを取りたくない人達が目立つようにででんと出てきて、僕の希少なモチベーションをいっぺんに消し去ってくれるのです。<br><br><br>　なんというかこう、出口がわかっている迷路の中を、わざわざ行ったり来たりしているようなものなのです。<br><br>　それがわかっているからこそ、羨ましいとか疎外感とかという割に、そういった事をすぐに忘れていつもの暮らしをダラダラ続けていってしまうのだろうと思います。<br><br><br>　一緒にご飯を食べに行くような友達が誰もいない孤独な人生は、それはそれで楽な部分もあるから手放したくないと思う自分がいて、しかし、その適度な孤独と両立できるムシのいい人間関係が出来たらいいなとか、ようやくそのへんで僕のもやもやした気持ちに一区切りつけられるようになりました。<br><br><br>　わざわざ繁華街まで行ったのに結局松屋で牛焼肉定食を食べて帰ってきてしまいましたけど、こんな感じで生産性のない日々を送っていたりしますので今後ともよろしくおねがいいたします。<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sugu2010/entry-12169443880.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Jun 2016 00:18:36 +0900</pubDate>
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<title>知ったかぶりをする人は、嫌だな</title>
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<![CDATA[ <br>　僕は子供の頃から新しいもの好きだったのもあって、パソコンを購入してインターネットに繋ぐようになったのは世間のトレンドよりもだいぶ前の、１９９６年の事でした。ちょうど今から２０年前になります。<br><br>　当時のパソコンとかインターネットとかいうものは、世間からあまり快く思われていないフシがありました。地下鉄サリン事件をはじめ様々なテロ事件を起こしたオウム真理教がパソコンショップを経営していたとテレビで盛んに報じられた影響もあり、身の回りにいる同僚や友達にパソコンを買ったと言うと、まるで僕が悪巧みでもしようとしているかのような、悪い印象を持たれたりするような時代でした。<br><br><br>　ただ、そういう中でもめげずにパソコンを買ってインターネットに繋がっているような人達というのは、非常に頭が良くてインターネットの将来性にいち早く気付く、嗅覚の鋭さも持ち合わせているような人ばかりでしたので、当時のインターネットの世界は、それはそれはインテリジェンスで雅な空間が広がっていたものでした。<br>　それこそ、最終学歴が工業高校（入試は作文を1枚書けばよし）という知性の欠片も無い僕のような人間にとって、場違いにも程があるという感じでしたけれども、不幸中の幸いで僕にはプライドとか意地みたいなものが非常に薄かったのもあって、インターネットの世界にいる頭の良い人達に平身低頭で教えを請いに行く事に躊躇がありませんでした。おかげで非常に多くのことを学ばせてもらいました。<br><br><br>　そういう頭の良い人ばかりが蠢いているインターネットの世界の中で、知性と理性に欠けた僕みたいな人間は、やはり色々とやらかしてしまいます。そしてその都度頭の良い人達から、全く反論の隙も無いお叱りの言葉を頂戴するのがいつものパターンとなっていたのですが、中でも特に印象深かったのが、僕がよく知りもしないことを偉そうに知ったかぶりをした時の事でした。<br><br>　当時の僕は１８歳とか１９歳ですから、今で言えばスーパーマーケットの冷蔵庫に勝手に入って写真を撮ってツイッターに載せて大炎上するようなレベルの生物だったものですから、すぐに調子に乗って知ったかぶりをしてしまったりしていたのです。<br>　ですが、やはり頭の良い人ばかりの世界で僕の知ったかぶりなど通用する筈もなく、それでまた性懲りもなくお叱りを受けて、少なくともインターネット上で知ったかぶりをするべきではないと、強く強く脳裏に刻み込んだ、という事です。<br><br>　知ったかぶりしたのがバレた時の恥ずかしさと言ったら、それはそれは穴があったら入りたい所の問題ではありませんから、だから印象深かったのです。<br><br><br><br>　しかし、です。<br><br>　最近のインターネットの世界では、割とナチュラルに知ったかぶりをする人がいるのが、僕は嫌だなと思っています。<br><br>　今のインターネットの世界は２０年前と違って頭の良い人ばかりではなくなってしまいましたので、誰かが知ったかぶりをして書いたいい加減な情報を読んで真に受けた別の人が何やら感情的なコメントを残して、さらにそこに色んなものが折り重なっていくような見るに堪えない光景も、まぁまぁ見られるようになりました。<br><br>　普通は２０年も経てば色んなものが進化する筈なのに、なぜか２０年前よりも思いっきり退化しまくっているようで、そういう意味でも嫌だな、と感じるようになりました。<br><br>　<br>　例えば最近だと、HIVや梅毒の感染者がどうとかこうとかという新聞やネットニュースの記事が発表されて、それについてＳＮＳとか掲示板で色んなコメントを残すようなシーンがありますけれども、その中に、これみよがしに「HIVはキスでもうつる！」とか「梅毒はコンドームさえしっかり使えば感染しない！」等と書いているような人を見かけては、「はぁ」とため息をつく毎日です。<br><br>　お医者さんや看護師さんや薬剤師さんなどの医療従事者や、感染した経験を持つ当事者が自らの知識に自信を持ってコメントを残すならわかる話ですが、明らかに間違った情報を書き込んでいる以上は、その人はそれらとは全く関係のない人であるのは明白で、そういう立場だと自分自身でわかっているくせに、どうして知ったかぶりをするのだろうか？と不思議でならないのです。<br><br>　それとも、１８歳とか１９歳の頃の僕みたいなメンタリティの持ち主がそこかしこに存在しているという事なのでしょうか。<br><br>　僕みたいなメンタリティの人がいっぱいいたら嫌だなと絶望的な気持ちになりますし、いい年齢になったけどかっこつけて知ったかぶりをしてしまう人がいっぱいいるのだとしたら、それもやっぱり嫌だなと嘆かわしい気持ちになります。<br><br><br>　だから僕自身が正確な情報を持っている場合で、なおかつ匿名の場所であればなるべくそれは間違えていると指摘するようにしているのですが、逆ギレされたりしてますます嫌な気分が増幅する事も少なくありません。<br><br><br>　僕は今になっても相変わらず知性と理性に欠けた残念なアラフォーのままなのであんまり偉そうな事を言えませんけれども、知ったかぶりをする人が少しでも減ればいいなと、そんな事をインターネットを見ながら考えている近頃の僕の愚痴でした。<br><br><br><br>　<br>　<br>
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<link>https://ameblo.jp/sugu2010/entry-12153005946.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Apr 2016 01:31:06 +0900</pubDate>
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<title>薬と薬局</title>
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<![CDATA[ <br>　以前書いた薬に関するブログ記事に多くの方から「いいね！」をつけていただきまして、本当にありがたいなと感謝しています。<br><br>　最近は特に何か書くようなテーマもなかなか思い浮かばずに悶々としていたので、これをキッカケに、さらに薬に関して書いてみようと思います。<br><br>　さて、僕が１年前から飲み始めた薬を写真に撮ってみました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160413/23/sugu2010/71/64/j/o0480085413619827750.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160413/23/sugu2010/71/64/j/t02200391_0480085413619827750.jpg"></a><br><br>　お医者さんからは飲み方の指導を受けまして、その指導通り１年間飲み続けました。<br><br>　それまでの僕は毎日お昼頃に数種類のサプリメントを飲む習慣があったので、サプリと一緒にお昼に飲めばいいと考えていたのですが、お医者さんから朝、それも朝食をとった後に飲みなさいと指導を受け、サプリを飲む時間も朝に変えました。<br>　朝飲む理由は、確か飲み忘れてもリカバリーする時間が取れるからとかそういうものだったと思います。それもそうだと納得できましたので、指導に素直に従ったのです。<br><br>　世の中の人の中には、何かを指示するのにその理由や背景を告げず、ただツベコベ言わずに指示に従え！と力任せにする人も少なくありませんが、僕が７年前からお世話になり続けているお医者さんは何事もきちんと論理立てて説明をしてくれますので、今までお医者さんに反論したり追加で説明を求めたりする必要がなく、毎回非常にスッキリと気分よく納得させてもらえます。<br>　やっぱりお医者さんになるような頭の良い人は合理的だししっかりしているし、尊敬しちゃうなと時々崇拝したりしています。<br><br><br><br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160413/23/sugu2010/8c/47/j/o0480085413619838108.jpg"><img border="0" width="220" height="391" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160413/23/sugu2010/8c/47/j/t02200391_0480085413619838108.jpg" alt=""></a></div><br><br>　中身は、この化学的な緑っぽい色をした粒がそれです。大きさを説明するのに横に物を置いたほうがわかりやすいだろうと思い、割とよく利用しているガムを置いてみました。ガム１粒と同じくらいで、世の中に広く親しまれている錠剤と比べるとやや大きいサイズです。これを毎日１回朝食後に飲んでいます。<br><br>　この薬は日本国内で認可を受けて流通するようになってから日が浅いそうです。<br><br>　病院では薬の値段の話をした事はほとんど無いのですが、実際に投薬を始めるよりも前に、病院から渡された書類を持って居住地の区役所で手続きを行い「自立支援医療（更生医療）受給者証」という証明書のようなものを発行してもらいました。<br>　これによって、自分の所得に応じて、無理なく支払える自己負担額で抑えてもらえるようになりました。それが具体的に僕の場合いくらなのかを書くと僕の年収や諸々の情報がバレてしまうので書けませんが、僕は日本人で良かったなぁとしみじみ思いました。<br><br>　これから生きていくうえで必要最低限の薬の知識は病院で授けていただいたのですが、僕としてはもう少し深く知りたい気持ちが芽生え、それでインターネットでカタカタと自分なりに調べて、自分としては満足できるくらいの知識を蓄えました。<br><br>　それによれば、この薬の定価は１粒で7000円もするものなのだそうです。１ヶ月３０日分の粒が入った冒頭の写真のボトルだと１本で21万円になる、という事です。この金額の大きさに、HIVという病気の別の側面みたいなものを思い浮かべました。<br>　この薬があるおかげで僕は平穏無事に暮らせているのですけれど、このとても高価な薬を買うための財源のほとんどは皆々様が汗水たらして働いて収めた税金なのでありまして、したがって僕は皆々様のおかげで今日まで生き長らえてきたという事ですから、深く深く感謝の気持ちを持ち続けながら、この生命を大切にしなければならないなと、そんな風に考えました。<br><br><br><br>　さてさて、この薬は投薬開始からごく最近まで、病院内にある薬局のような部門から出してもらっていたのですが、どうもこれは国の方針にそぐわないようで、今後は国の方針に従って普通の患者さんと同じように院外処方してもらう事になりました。<br><br>　また、それにともなって、今後この薬を処方してもらう院外の普通の薬局さんをどこか１店に決めなければならなくなり、とても場当たり的ですが、いつもお世話になっている病院から目と鼻の先にある、いわゆる「門前薬局」と呼ばれる薬局の一番近いところに決めました。<br>　その薬局では、まず処方してもらう前に薬局の方に事情を説明して、これからこの薬局のお世話になりたい旨を認めてもらう必要がありました。僕が必要としている薬はどこにでも置いてあるような汎用性のあるものではありませんし、第一高いですから、たぶんどこの薬局も在庫を抱えている筈は無いだろう、という事です。ですから今後はそこの薬局に僕専用に在庫を抱えていただくようにお願いしなければならないので、よって事前に説明に伺う必要があったというわけです。<br><br>　失礼のないように丁重にお願いしなければならないなぁと覚悟を決めてその薬局に入り、持ち前の口の達者さを活かしてベラベラしゃべり倒すと、やがてVIP席みたいな場所に通されて、薬局の奥からいかにも責任者然とした佇まいの女性が現れ、ただちに、そしてとても丁寧に僕の要請を快諾して下さいました。<br><br>　僕はこちらが下手に出てお願いしなければならない立場であると考えて薬局の門をくぐったのですが、よくよく考えてみれば、薬局の方とすれば非常に単価の高くて財源の手堅い、言い方を変えればとても儲かる客がネギを背負ってやってきたみたいな話で、それで大変丁重にもてなされたという事なのだろうと後になって気付きました。<br><br>　よく女性用の洋服屋さんで服を買うと店員のお姉さんが購入した商品を持ってお店の出口までエスコートしてくれたりしますけれども、そういう感じで責任者風の女性に薬局の出口までエスコートされ、こちらが恐縮するくらい丁寧にお辞儀をされて見送られました。薬局で処方箋薬を買うのにここまで恭しく対応される患者というのもなかなか珍しいのではないでしょうか。<br>　<br><br>　という感じで僕の薬は病院の前にある門前薬局から処方してもらうようになりました。薬の代金も先ほど触れた自立支援医療なんとかかんとかの適用を受ける事ができるので、病院と薬局とでどういう取り分になっているのかわかりませんが、足すと院内処方の頃と全く同じ支払額で済むようになっています。<br>　わざわざ病院の敷地外まで薬を貰いに行く手間が増えたのは僕にとってデメリットの一つですが、これがルールなのだから受け入れるしかありませんし、それくらいで済むのだからありがたいものです。<br><br><br><br>　今はまだAIDSの発症を防ぐ薬ですけれど、完治する特効薬が登場して、長々と飲み続けずに済むようになればいいなと、のんびりと焦らずにその日を待ち続けたいと思います。<br>　<br><br><br>
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<pubDate>Thu, 14 Apr 2016 00:46:45 +0900</pubDate>
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<title>通院日は朝が早くて</title>
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<![CDATA[ <br>　僕は普段はスロースターターで、朝８時半に起きてコーヒーを飲みながらペットと戯れながら１時間ほど過ごし、それからシャワーを浴びて顔にオールインワンジェルを塗りたくったり身体にローションを塗りたくったりして、朝ごはんを食べて薬を飲んで、働き始めるのはだいたい午前１１時くらいになってから、というライフスタイルです。<br><br>　ですが、２ヶ月に一度訪れる病院の日だけは、このサイクルを２時間以上も前倒さなければなりません。<br><br><br>　本当に毎日毎日同じように過ごして身体の芯まで染み渡っている行動パターンを２時間以上前倒すのはなかなか大変な事です。前の日から入念な準備が必要で、早めに寝てもすぐに寝付けるように、カフェインの入った飲み物を飲んでも良い締切時間も２時間は前倒す必要があります。いつも夕方４時位に飲んでいるコーヒーを飲むのも控えなければなりません。もちろんコーヒーを控える理由はしっかり眠るためであって、翌日の検査のためにお医者さんから指示されているとかではありません。<br>　<br><br>　そうやって入念に準備して通院日に臨むのがいつもの僕ですが、今週の通院日をすっかり忘れてしまい、気付いたのは前日（というより当日）の深夜１時になってから、でした。<br><br>　深夜１時に気付いて、では僕は何時に起きなければならないのかというと遅くとも午前６時半までに起きなければならないから、急いで寝ても５時間半しか寝られません。いつも７時間半は寝ていますので、これは辛いなぁとドンヨリした気持ちで布団に入りますが、早く起きなければという焦燥感みたいなものが睡眠の邪魔をし、気付けば３時位まで寝付かれずにいました。<br><br>　それでも６時半には起きられて、買い置きしてある栄養ドリンクを飲み、さらにいつものコーヒーを飲み、なんとかかんとか支度をして、ほぼ予定通りに病院に向かうことが出来ました。<br><br><br>　病院へはいつも車で行くようにしています。所要時間は４０分ほどです。病院と病院の最寄り駅まで徒歩１５分くらい離れていて時間がかかるのと、駅から病院までの道のりに毎日のようにやっている献血の呼びかけ場所があってあんまりそこを通りたくないのと、通勤ラッシュの満員電車が嫌なのと、だいたいそのへんの理由で、もうかれこれ６年くらいずっと車で行っています。<br><br>　僕が通院する日は、いつもお世話になっているお医者さんは一般の外来患者の診察を受け持たず事前に予約を入れた患者だけを診るようにされているので、したがって大病院にありがちな長い待ち時間はありません。これは非常にありがたい事です。<br>　待ち時間が殆ど無いからこそ、仕事の前に通院することが出来るのです。病院というのは救急でもない限り、大抵の場合平日しか開いていませんから、仕事と通院でどちらを選ぶべきか悩まされる人がかなり多いのではと思います。<br><br>　ですから、いくら朝早くて辛かろうと、待ち時間で悩まずに済んでありがたいと感謝しています。<br><br><br>　病院でやることといえば、前回通院時の血液検査で出てきた詳細な数値が印刷された書類を見ながら、やれＣＤ４が５００とか６００とか、ウイルス量が検出限界以下になったとかお医者さんに説明してもらい、何か健康面で変わった事はなかったかを話し合って、後は僕１人で別にある採血室に移動して採血をされる、という流れになっています。<br>　これをかれこれ７年近くに渡って地道に続けてきたのです。<br><br>　HIVと聞くと悲壮感漂う重大な難病のように思われるかもしれませんし、実際自分もかつてはそう思っていましたけれど、いざ当事者になってみると、全く単調で、これといった身体的苦痛を被る事も何もないまま、ただただ月日が過ぎていく、あんまり大したことのない病気という感じがしないでもありません。<br>　AIDSを発症するまで感染に気付けなかった人は結構大変なようですけれども、その前に気づけさえすれば、せいぜい数ヶ月に一回いつもより早起きするのが辛いという位の、大したことがない病気だな、という事です。<br><br><br>　そんな事を考えながら車を運転し、今週の通院日を無事完了してきました。<br><br><br>　僕は社会活動家の人みたいに「もっとHIVの事をもっとよく知って下さい！」と頑張って啓蒙しようとは考えていませんけれど、ただこの「意外と大したことがないな感」みたいなものは、当事者ならではの意見としてもう少し広まってくれてもいいかな、と最近思い始めました。<br><br>　僕は７年前に、あまりにもこの病気のことを重く捉えすぎて、自らの将来性をだいぶ狭く絞り込むような事をしていたのですけど、今思えば、そこまで深刻に考える必要は無かったなと思います。<br><br><br>　病気に限りませんけど、人間というのはやはり自分で経験してみないと学べない事が多々あるんですね。こればっかりはいくら本を読んでも経験者の意見を聞いても、まさに百聞は一見にしかずだぜ、と実感しています。<br><br>　だからみんなもHIVになろう！みたいな事は全く思いませんが、非感染者の皆さんも、あんまりビビる必要は無いぜって程度に胸に刻んでおいてくれれば、幸いです。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sugu2010/entry-12142779446.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Mar 2016 21:36:37 +0900</pubDate>
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<title>人の心は思ったよりも綺麗じゃないね</title>
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<![CDATA[ <br><br>　僕は週に４～５回くらいの頻度で車の運転をします。仕事だったり私用だったり理由は様々です。あんまりスピードを出して走る方ではなく、複数の車線があるような道路ではだいたい一番左の車線で流れに身を任せて走っているような、そんなイメージです。<br><br>　車は大変便利な道具ですが、その一方で、日本全国で毎日のように人を殺している恐ろしい道具でもあります。<br><br>　僕としては、自分のミスで自分が命を落とす分には自業自得だけれども、まかり間違えて他人様を殺すような事があったら恐いなと、いつもそれを想像しながら乗るようにしています。<br>　だから、例えば住宅街の狭い道路では状況に応じて自転車並の速度で走ったりもしますし、そのせいで後続の車からクラクションを鳴らされる事もたまにあります。でも、クラクションを鳴らされたり煽られたりすればするほど僕の天邪鬼精神みたいなものが強まって、ますます安全運転してやろうと考えて、煽ったりクラクションを鳴らしたりする後続車を巻き添えにする事にしています。<br><br>　これが僕の仕返しのやり方なのです。<br><br><br>　車の運転をしていると、人の嫌な部分をちょくちょく見せつけられます。<br><br>　無理な車線変更でぶつけられそうになったり、高速道路の合流部分で道を譲ってくれなかったり、交差点でウインカーを出さずに急に曲がってきたり、そういう事が日常茶飯事です。<br><br>　その都度、この人達は人を殺せる道具を操縦しているのだという自覚を持っているのだろうかと、暗澹たる気持ちになります。<br><br>　車の運転が出来るくらいの人であれば、車が容易に人を殺せる道具であると理解しているのが当たり前です。しかし、そうでありながら、非常に危険な運転をして周囲に危害を加えるような人は、それこそ殺人も厭わない位の非常に危ない精神状態にあるのではないだろうか、とも考えています。<br><br>　実にヤバイ人たちです。車を運転する度にこんな人達に必ずと言っていいほど出くわすのですから、そこら中に殺人鬼がさまよっているみたいな、そういう絵面を想像しても良いのではないかとも思います。<br><br>　<br>　運転以外のマナーも残念なことでいっぱいです。<br><br>　高速道路のサービスエリアで、大型車のスペースに駐車する普通車が少なくありません。そのせいで停める場所がなくて困っている大型車も少なくありません。普通車の駐車スペースが腐るほど余っているにもかかわらず、です。<br>　大型商業施設の駐車場には体の不自由な方専用の駐車スペースがありますが、本来その必要がない健常者が停めている場合も少なくありません。このスペースは障害者以外にも妊婦さんや高齢者が利用する場合もありますが、見るからに対象外な人が停めている場合も少なくありません。<br><br>　駐車場以外にも、割りと渋滞する事が多い道路の道路脇はゴミのポイ捨てが常態化していて、見るも無残な姿になっていたりもします。<br><br>　<br>　要するに、心が綺麗じゃない人が嫌というほど目につくのです。<br><br>　そういう人たちは全体から見ればごく一部なのかもしれないけれども、そのごく一部というのは、実は結構な高割合なのではないかという気がして仕方ありません。<br><br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　■<br><br><br>　ここまでが前置きで、ここから本題に入ります。<br><br>　実はつい先程、HIVキャリアの方が書かれたとあるブログを最初から最後まで一気に読み通してしまいました。<br><br>　共感できる部分が少なくなかったのもありますが、何より気がかりだったのは、その方が周囲にHIVである事をカミングアウトしたことで受けた心ない仕打ちのようなものが、なんとも言葉に表しにくい、我が事のように悔しい気持ちになりました。<br>　それで、ここで僕なりに気持ちを吐き出したくなってしまったのです。<br><br><br>　その方にご迷惑になると申し訳ないので多少ぼかして書きますが、ゲイであるその方が周囲にいる同志の方にHIVをカミングアウトした所、LINEをブロックされたり、「あいつは終わった」と言われたり、という事があったというのです。<br>　<br>　その出来事は、HIV陽性の告知を受けてから、まだそれほどの月日が経っていない時期に起きたという話ですので、非常に辛かっただろうと思います。<br><br>　僕は告知を受けてから、それこそ１年か２年位はあまり精神状態が芳しくありませんでした。その方がその頃どのような精神状態だったかはわかりませんが、非常につらい時期であっただろうと思います。それに輪をかけて酷い仕打ちを受けたとあれば、本当に言葉が見つかりません。<br><br>　<br>　弱っている人を棒で叩くような真似ができるというのは、なんともよくわからない考えです。僕の乏しいボキャブラリーの中で言えば、腐っているとしか言えません。<br><br><br>　でもまぁ、非常に残念な事に、世の中にはそういう人がどれくらいの割合かはわからないけれども、現に存在してしまっているのですね。<br><br><br>　悲しいことに、悪いものというのは、良いものよりも目立ちやすいです。残りやすいです。１００の善意を受けられたとしても、１の悪意の方がより強く心に引っかかってしまうものなのだろうと思います。<br><br>　車の運転もそうで、大多数は善良なドライバーに違いないのだけど、一部の悪いドライバーの事が心に引っかかって、モヤモヤとした晴れない気持ちが残ってしまうのだと思います。<br><br><br>　そしてそのモヤモヤした気持ちが何度も何度も折り重なるうちに、やがて、世の中すべてが汚く見えてしまうようになってしまいます。<br><br>　それが、つい最近まで僕の心を覆っていた猜疑心の雲みたいなものです。<br><br>　僕はHIVである事をごく一部の人にしかカミングアウトしていないにも関わらず、それを知らない人も含めてみんながみんな心のなかにやましいものを抱え込んでいるような気がして落ち着かず、周囲に知っている人が誰もいない場所に引っ越しをしました。それで、周囲の誰もが何の前提条件も持たない状況で何年も過ごしてきたことで、ようやく落ち着いて暮らせるようになりました。<br><br><br>　何か、達観出来るようになったのだと思います。<br><br>　人間の何割かは綺麗じゃない心の持ち主なのだと達観というか諦めというか、そういう心境に至りました。<br><br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　■<br><br>　諦めるしかありません。<br><br>　その人の心が綺麗じゃないとわかったら、そんな人にこだわるのは時間と精神力の無駄遣いですから、スパっと諦めるしかありません。<br><br>　それしか無いのだと思います。<br><br><br>　簡単に人を諦められるサバサバとした生き方が本当に良いものなのか今のところ結論付けるには至っていませんけれども、なんだか残酷だなぁと、そのブログを読んで、色々と考えさせられた僕でした。<br><br>　<br>
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<link>https://ameblo.jp/sugu2010/entry-12136813833.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Mar 2016 22:55:59 +0900</pubDate>
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<title>もちもちした食べ物が好きです</title>
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<![CDATA[ <br>　僕はミスタードーナツが好きで、たまに利用しています。<br><br>　病弱だった子供時代、病院からの帰り道によく母に連れて行ってもらったのが不二家とミスタードーナツでして、かれこれ３０年以上のお付き合いになります。そういう経緯から、僕は甘党なのです。特にチョコレート無しでは生きていけませんが、かといって食べ過ぎて太ったり糖尿病になっても困りますので、１日１回まででセーブしています。<br><br>　そして、ミスドの中で最も好きなのがポン・デ・リングです。<br><br>　理由は、もちもちして美味しいからです。お店によってその日の品揃えがまちまちなのがミスドの特徴ですが、品揃えの良いお店にいった時はポン・デ・リングを２種類くらい買います。僕のマイルールがありまして、ミスドは１日４個までとなっています。そのうち２個がポン・デ・リングという場合もあるくらい好きなのです。<br><br>　最近はコンビニ各社がドーナッツを売るようになったのをご存知の方も多いと思います。<br><br>　僕の知る限りにおいて最も早くドーナッツを売り始めたコンビニチェーンはサークルＫで、めざとく見つけて早速食べてみました。その頃には既にポン・デ・リングの類似品も存在していたのでもちろん食べましたが、もちもち感が物足らず、まだまだ修行不足の若造だなと、改めてミスドの凄さを噛み締めたものでした。<br><br>　その後はローソンのドーナッツのラインナップにもポン・デ・リングの類似品が現れましたが、こちらもサークルＫ同様、もちもち感が全く足らない残念な出来具合でした。ファミリーマートのものはパンのコーナーに一緒に陳列されている袋入りのポン・デ・リング類似品を見つけて試しましたが、こちらも他のコンビニチェーンと同様でした。<br>　ちなみに、セブンイレブンのものは、ノーコメントです。<br><br>　コンビニ各社が一斉にドーナッツを売り始めたのでミスドの経営危うし！みたいなニュースが流れたこともありましたが、その後にリリースされたミスドの親会社の投資家向け情報によれば大した影響も受けていないようですし、ミスドの店頭でお客さんの入り具合が落ち込んでいるようにも見えませんので、そこは横綱ミスタードーナツだなと、まるで社員にでもなったかのような誇らしい気持ちになりました。<br><br>　ミスドの皆様、これからもご健勝をお祈り申し上げます。<br><br><br>　その他でもちもちした食べ物といえば、埼玉県や東京の三多摩地方にお店が点在してる武蔵野うどんも非常にグッドだと思います。<br>　この武蔵野うどんというのは、非常に太い麺が特徴です。讃岐うどんのようにサラッと食べるという感じではなく、かなり重量感のあるどっしりとした麺を、もちもちした食感を味わいながら食べるのが武蔵野うどんです。女性や子供は１本づつしか食べられないかもしれません。<br><br>　元々埼玉や東京の三多摩地方では小麦の栽培が盛んに行われていたとかで、その縁でうどん作りが行われるようになったと何かのテレビ番組で北斗晶さんが仰っていました。<br>　これは讃岐うどんのお店にも共通することですが、武蔵野うどんのお店は開店時間が早く、そして閉店時間も早い傾向があります。だいたい夕方頃には店を閉めてしまう所ばかりですので、そのせいであまり頻繁に味わうことが出来ないのが僕にとってのネックとなっています。<br><br>　東京都心や南部などのもうちょっと幅広い範囲でお店ができれば良いのになと願っています。<br><br><br>　もう一つもちもちした食べ物で好きなものとしては、おでん種のちくわぶが好きです。<br><br>　ちょっと前のネットニュースか何かで、西日本の人はおでんにちくわぶを入れないと聞いて衝撃を受けたものでした。どうしてあんな美味しいものを食べないのだろうか、僕には理解できませんでした。<br>　そして、昔勤めていた会社の先輩（静岡県出身）に黒いハンペンの話を小一時間聞かされ続けた事をなぜか思い出してしまいました。関東人である先輩の奥様がおでんに黒いハンペンを入れなかったから怒ったという武勇伝めいた話を小一時間続けられてウンザリしたという思い出話です。<br>　更なる余談ですが、その先輩（静岡県出身）の娘さん（当時３歳か４歳くらい）に「私がお嫁さんになってあげる！」と言われたこともハッキリ覚えております。たぶんもう中学生か高校生位になっていると思いますが、おじさんは今でも独身のままお待ちしていると伝えたい気持ちをぐっと堪えて生きています。<br><br><br><br>　よくよく考えて見ると、西日本の食べ物は結構な割合で東日本にも伝播してきているような気がします。恵方巻きしかり、広島風お好み焼きしかり、とんこつラーメンしかり、讃岐うどんしかり、です。ですが、逆に東日本特有の食べ物が西日本で幅広く受け入れられるようになったという話は、あまり耳にしたことがありません。<br>　自分たちの趣味嗜好はどんどん押し付けてくるくせに、こちらの趣味嗜好は一切受け入れようとしない偏狭さというか、傲慢な印象があります。僕が勝手に思い込んでいるだけですけれども。<br><br>　というわけでちくわぶは美味しいので西日本の人ももっと食べなさい！と押し付けたく存じ上げます。<br><br><br>　<br>　心の余裕が失われている時は、何を食べてもあまり美味しいと感じられなくなります。だからだんだん食べるものがチープになっていき、毎日のように閉店間際のスーパーで見切り品ばかり買って食べるようになってしまいます。<br><br>　逆に心の余裕がある時は、たまには少し離れた場所まで足を伸ばして、普段口にできないものを食べて、美味しさを脳天から感じられるようになったり出来ます。<br><br>　今の自分は残念ながら前者で、あまり食事に潤いがありません。こうなってくるとどんどん悪い方へ流れていってしまいそうになるので、こうやって自分の好きな食べものとは何かを改めて自分に問いなおして、潤いのある食事を取り戻そうと思います。<br><br>　心の底から美味しさを喜べる人生を送りたいものですね。<br><br><br><br>　　<br><br><br><br><br><br>　<br>
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<link>https://ameblo.jp/sugu2010/entry-12134663807.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Mar 2016 00:38:23 +0900</pubDate>
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<title>花粉症と免疫</title>
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<![CDATA[ <br>　花粉症の季節になりましたね。<br><br>　僕は30年以上前から花粉症に悩む花粉症のベテランなのです。それもスギ花粉に留まらず、ブタクサとかヒノキとかヨモギとか、１０種類以上の花粉症を持っています。<br>　これは病院で検査してもらうんですね。腕に針で何箇所か穴を開けて、花粉の液みたいなものを垂らして反応したものが、晴れて「花粉症」のお墨付きとなるわけです。晴れて、そして液を垂らした場所が腫れて、でもありますので、検査の時は花粉症の種類だけ虫刺されのような腫れが伴って不愉快でなりませんでした。<br><br><br>　自覚したのは小学生の頃です。近所の河川敷で友達と野球やサッカーなどをして遊んでいる時に、目が痒くてたまらず、ついこすりまくって、やがて「お岩さん」になってしまったのです。「お岩さん」というのはもちろん四谷怪談のお岩さんでして、目をこすって腫れ上がらせてしまったのですね。<br>　それがあまりにも酷いので、事情を知らない周囲の大人には事件性を疑われてしまう事もありました。誰かから殴られてこうなったのでは？と心配されてしまうのです。その都度、いやいや自分がこすってこうなってしまったのですと釈明しなければなりませんでした。<br>　心配してくれる大人が周囲に大勢いるのはありがたい事なのですが、当時は面倒くさいなぁと思ったものでした。<br><br>　それから、確か中学生くらいの頃にどこかの大学病院で花粉症の症状を抑える注射のようなものを受けた所、そこから数年間、花粉症の症状がほとんど見られない快適な時代が訪れました。これは本当に画期的だったのですが、成人してから効果が切れてしまったらしく、再び花粉症の悪夢が蘇ってきました。<br>　それで当時注射をしてもらった病院を訪れて、中学生の頃にこういう注射をしてもらって非常に効果があったから再びお願いしたい旨を伝えたのですが、お医者さんに「そんなものは無い」とけんもほろろに断られて、結局世間の花粉症に苦しむ皆々様と歩調を合わせて今日まで歩んで参った次第、なのです。<br><br><br>　さて、花粉症というのは体の免疫機能が過剰反応する事で生じる症状だと聞いたことがあります。<br><br>　とすると、免疫が衰えて普通の成人男性の1/3くらいしかないHIVキャリアの僕は、免疫が弱い分だけ花粉症になりにくくなるのでは？という気がしないでもないですが、非常に残念なことに、今年も予報を聞くまでもなく、非常に敏感に花粉の到来を察知して下さいました。<br>　免疫が衰えてプラスになる事など本来何もない筈だと思いますが、その中であえて思いつくところで言えば、花粉症に至らしめる免疫機能が低下してくれれば花粉症が収まって、珍しくプラスに働いてくれるのではないかと期待に胸を膨らませてみたものの、非常にガッカリです。<br><br>　病気になって得をするような事はあるはずがないですが、やはり無いですね。無いです。健康の方が良いに決まってるなと再確認致しました。<br><br>　無い物ねだりしても仕方がありませんので、せいぜい「花粉症で辛いよねぇ」「それすごいわかるー」と共感できるトークのネタにでもするしか無いなと、そんな感じで、なんとか災い転じて福となすとなるよう頑張らねばなりません。<br><br><br>　花粉症とか寒暖の差で体調を崩しやすい今日このごろですが、皆様もどうかご自愛下さいませ。<br><br><br><br>　<br>
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<link>https://ameblo.jp/sugu2010/entry-12131365650.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Feb 2016 21:55:47 +0900</pubDate>
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