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<title>僕の鏡</title>
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<description>もうひとりの自分を見つける旅</description>
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<title>アナログ？</title>
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<![CDATA[ 物が溢れても虚しいのは、誰かが画面越しだから？アナログ的な温かみがないから？<br>なんなんだろうか。<br><br>物は進化している、どんどん。<br>でも、人って全然進化しない。<br>いや、肉体的にはしているのかもしれない。<br>でも、その内側の部分。<br>そこは昔から変わらない部分でもあるんだろうな、きっと。<br><br>生身との触れ合い、接触ではなく、空間的な意味での触れ合い。<br>とても大事な気がする。<br><br>100人の顔見知りより、1人の友人ですよね。
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<link>https://ameblo.jp/suibunyoku/entry-11882407995.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Jun 2014 18:15:00 +0900</pubDate>
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<title>アップサイドダウン</title>
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<![CDATA[ アップサイドダウンという映画を観ました。<br><br>これは運命の人と繋がるための難しさ、過酷さを描いた作品だと思う。<br><br>まるで王の娘と一般人が結婚できなかった昔の時代のような内容です。<br><br>本人達は惹かれ合うのに、環境がそうさせてくれない。<br><br>設定はとても雑ですが、内容は微笑ましかったです。<br><br>そして陰と陽という部分がとても印象的でした。
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<link>https://ameblo.jp/suibunyoku/entry-11835349025.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Apr 2014 21:32:00 +0900</pubDate>
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<title>2014/04/15</title>
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<![CDATA[ 知人から頑固そうと言われた。<br>自分のレッドゾーンに侵入されたら、普段怒らないけどとても怒りそうだと。<br><br>僕は思った。<br>そんなの皆そうじゃない？と。<br>言わなかったけど。<br><br>誰にでも触れられたくない部分はあるわけで、口では良いよといっても内心は違うでしょ。<br>それが人じゃないか？<br>でも、この決め付けは視野が狭すぎる。<br>もう少し視野を広げなきゃ。<br><br>そういえば最近気付いたけど、何かを書いていると楽しい。<br>多分、気が紛れるし自分が何を考えているのか書いているうちに分かってくるから。<br><br>話それたけど、理屈っぽそうとも言われた。<br>理屈なのかは分からないけど、幸せという概念がある。<br>不幸せという概念もある。<br>幸せってなんだ？と考えたとき、幸せって作り上げられた概念で、だから反対側に不幸せが出来てしまうんだと思った。<br>と、いうことは不幸だと感じたくないのなら、幸せって概念を自分の中からなくしてしまえばいいんじゃないのかと、中々実践には難しいことを思った。<br>これが理屈なのだとしたら、理屈っぽいのは外れじゃない。<br><br>けど、こういった類のことは大半の人が考えているんじゃないのかな？<br>と、いうことはやっぱり皆そうじゃない？とも思うわけです。<br><br>もしかして、こんな風に書いていること自体が理屈っぽいのかも…。<br><br>まあ人が見る自分と、自分が知っている自分って違うと思うから、仕方ないですね。<br>どっちも本当のことなんだろうし。
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<link>https://ameblo.jp/suibunyoku/entry-11823655927.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Apr 2014 18:56:00 +0900</pubDate>
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<title>持っているのに。</title>
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<![CDATA[ 被害者意識が強いのだろう。<br>勝手に喜び、勝手に悲しむ。<br>幸せと不幸せを天秤に掛けたらどっちに傾くのか。<br>どっちでも良い。<br>勝手に幸せを感じ、勝手に憂鬱になるんだから。<br>でも、実は恵まれていることに気付いていないだけなのかもしれない。<br>今日、そんな事を思った。<br>ありがとう。
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<link>https://ameblo.jp/suibunyoku/entry-11817275747.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Apr 2014 18:44:00 +0900</pubDate>
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<title>迷子は踊る</title>
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<![CDATA[ 最近感じた。<br><br>文章の力、言葉の力って人を引き付けたり、離したり、そんなことが出来て凄い。<br><br>言葉って道具がなければコミュニケーションはボディランゲージしかないわけで、ネットもなけりゃラジオもない。<br><br>テレビはサイレントコメディ、サイレントパントマイムがあるから存在するかもしれないけど、そもそもテレビに出たいこともボディランゲージだし、告知も文字がないからなんなのか分からない。<br><br>そう考えると感慨深いよなぁ。<br><br>でもその反面、言葉は思考に留まるから、感覚に移すまで"曖昧"なんだよね。<br><br>例えば、ワンちゃんにお手を教えるときにワンちゃんは『お手』という概念を知らない。<br><br>そこに飼い主さんが｢お手はこうだよ｣と教えると、それが『お手という言葉＋感覚』として知恵になる。<br><br>これは人間にも当てはまることで、言葉にひかれるのは分かる。<br>でも、感覚に染み込ませなきゃ本当の所は分からない。<br><br>そうしないと何が本当か分からなくなる。<br>結果、言葉に踊らされるって事になる。<br><br>人間が生んだコミュニケーションのツール(道具)は、ナイフも使い方によっては人を生かしたり殺したり出来るのと一緒で、良くも悪くも影響を与えるんですね。<br><br>結局はその人次第。<br>定型はないわけで、その人が見極めなきゃいけない。<br><br>人間が作ったものだから、その時点で一長一短なのは当たり前。<br><br>そんなの知ってる。<br><br>だからこそ矛と盾、どっちも受け入れられる無限大の容量が僕には必要だ。
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<link>https://ameblo.jp/suibunyoku/entry-11463274323.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Feb 2013 02:50:44 +0900</pubDate>
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<title>『運命の人』と『言葉の概念』</title>
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<![CDATA[ 言葉は概念を生みます。<br>言葉は勘違いを生みます。<br><br>でも、実際それは言葉ではなく、人が生み出しています。<br><br>『運命の人』という日本語が恥ずかしいからなのか、『ソウルメイト』『ツインソウル』と言う言葉を日本人も使うようになりました。<br><br>そして曖昧さを嫌う、曖昧さに不安を覚える人々は定義を調べます。<br><br>んなの十人十色では？と、そう思いませんか？<br><br>確かにどんなものなのかは調べます。<br>だって気になりますもんね。<br>でも、定義化はどうかと。<br><br>爪が似てるとか、顔のこの部分が似てるとか、そういうことじゃなくない？<br><br>そんな外側の部分より、もっと内側の深い所から感じる『何か』じゃないの？<br><br>しかも『ソウルメイト』は言葉の響きだけが世にはびこって、『ツインソウル』に至っては、｢複数います｣と訳の分からない事を言い出す人もいます。<br><br>不思議じゃないですか？<br>『"ツイン"ソウル』ですよ？<br><br>なんで複数いるん？<br><br>もう理解不能です。<br><br><br>実際は分からないですよ。<br>だって言葉上の"概念"ですから。<br>もっといえば、｢ソウルメイト(ツインソウル)はこういうものだ｣と思い込んでいるのかもしれない。<br><br>だったらそれよりまず、言葉に振り回されないで自分の感覚を信じることが大事なんじゃないか？と、そう思います。
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<link>https://ameblo.jp/suibunyoku/entry-11461215302.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Feb 2013 10:32:07 +0900</pubDate>
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<title>変わり者でもかまわない</title>
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<![CDATA[ 『十人十色』って言葉が、遙か彼方で生まれたかのような世界に感じる。<br><br>考え方、感じ方が｢おかしい｣と言われてもそんなの当たり前。<br><br>だって『十人十色』でしょ？<br><br>当たり前と謳われているものが当たり前ではないと感じてしまったりする。<br><br>けどそれでいい。<br><br>普遍的な意識はある。考え方とかね。<br>それを常識と呼ぶのかもしれないが、後付け的な"常識"にはアクビが欠かせなくなる。<br><br>変わり者でも構わない。<br>みんな変わり者だからね。<br>そしてみんな普通なんだ。
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<link>https://ameblo.jp/suibunyoku/entry-11453790679.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Jan 2013 15:48:18 +0900</pubDate>
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<title>飢えたクモ</title>
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<![CDATA[ 腹ペコのクモ、飢えたクモ。<br><br>なんでもいいけど、hungryなspiderなんです（笑）<br><br>物語の狂気と切なさと情緒的と、そんなものが絡まる歌詞に鳥肌を誘われます。<br><br>ずいぶん昔の歌なんですよね。<br><br>昨日ブックオフに寄り、CDを漁っていたら槇原敬之さんの「Cicada」を見つけ、購入したのでこんな日記を書きたくなりました。<br><br>優しい歌声に、美しいメロディに、狂気で切ない歌詞。<br><br>"この巣にかかる愛だけを食べて　あの子を逃がすと誓おう"<br><br>"おびえないように闇を纏わせた　夜に礼も言わず駆け寄る"<br><br>"星のような粉をまく　その羽根"<br><br>"何も言わず逃げるように飛び去る姿さえ　美しいなら今死んで永遠にしようか"<br><br>飢えたクモ、歌詞を見ると飢えてるのはお腹じゃないのかもしれないですね。<br><br><br>名曲です。<br><br>槇原敬之 - Hungry Spider<br><object width="459" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/r-5o2sBr3tU?hl=en_US&amp;fs=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/r-5o2sBr3tU?hl=en_US&amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" width="459" height="344" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></object>
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<pubDate>Tue, 25 Dec 2012 19:57:06 +0900</pubDate>
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<title>怠けた脳みそ</title>
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<![CDATA[ 2012年も終わりに差し掛かってきました。<br><br>マヤ文明のアレじゃないですよ(笑)<br><br>そんな終盤に差し掛かって、自分の情けなさを痛感しています。<br><br>それはなにか？と言いますと、僕はいつしか運命論というものに執着していたのです。<br>言い訳にしていたのです。<br><br>するとどうでしょう。<br>青い鳥を待つように、運命が勝手に何か変化を起こすことを期待していたのです。<br><br>これによって、とても大事なものを弱めていました。<br>それは"考えること"です。<br><br>運命論に逃げていた僕の脳みそは怠けていて、考えようとすることはとても曖昧なものになっていたのです。<br><br>何で？と自問すると、薄っぺらい返答しか浮かばず、とても説得力に欠ける。<br><br>芯がないのです、根っこがないのです。<br><br>流される奴らはダサいと感じながら、物理的に流されなくとも、考え方は流されまくっていたと感じます。<br><br>とても滑稽です。<br>情けないです。<br><br>運命論は結果論です。<br>結果が出ていないにも関わらず、運命論をボヤくとか哀れすぎます。<br><br>いつしか自身の成長を、自分で止めていたのです。<br><br>怠けた脳みそを鍛え直すのは大変ですが、今から始めなきゃ変わりません。<br><br>考えすぎても石になるから良くない、考えなさすぎても根っこを失うから良くない、なんでもバランスが大事ですね。
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<link>https://ameblo.jp/suibunyoku/entry-11430032049.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Dec 2012 23:18:16 +0900</pubDate>
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<title>疑問</title>
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<![CDATA[ 人生にルールを作ると、ぎこちなくなります。<br><br>人間は情報の生き物で、外部からの刺激によって何らかの影響を受けたり、行動をとります。<br><br>人は勉強しにこの星に生まれとしたら、疑問が常にあるのも不思議じゃない。<br><br>言い換えれば、疑問、なぜそうなのか？を考えなくなった時点で、学びではなくなります。<br><br>答えが見つからなければ、自分で想像でも良いから作ればいいし、正しい間違ってるなんて分からない、いわば人間が考えた答えでしかないから、自分の考えを持てばいいと思います。<br><br>それが一般的に言われる哲学なんじゃないかな？<br><br>○○は正しい、○○は間違ってる、そんな人が勝手に決めた答えに振り回される必要はナッシングです！<br><br>流行に振り回される人は自分の感性や価値観を認めていないと思うのが、僕の哲学みたいです。
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<link>https://ameblo.jp/suibunyoku/entry-11393074321.html</link>
<pubDate>Wed, 31 Oct 2012 11:36:00 +0900</pubDate>
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