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<title>suika-mikan2020のブログ</title>
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<title>癌と戦え❗️NO.15 5月…頃…</title>
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<![CDATA[ <p>仕事を辞めて、ずっと家にいる生活になった。</p><p>とは言え、旦那は相変わらず寝てる時間が多く、起きてる時もソワソワ、不機嫌、不安定な状態だった。</p><p><br></p><p>それでも、飼っている犬と仔猫の精神状態は良好になってきた笑笑</p><p><br></p><p>ある日、桜が綺麗だったので、近くの神社にお散歩がてら<span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">に参拝に行った。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">前にも来たこともあるし、楽しい思い出のある場所だった。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p>その時のビデオを撮っているけど…</p><p><br></p><p>死んだ目をしたガリガリになった旦那が、無表情で、無感動で、無言で歩いている。</p><p>歩くのもやっとな感じで、それでも一生懸命歩いていた。</p><p>そんな姿を見て、すごく大好きだと思った。</p><p>全然頼りにならない別人の様な姿だったのに、とても愛してるんだと確信した。</p><p><br></p><p>だから、仕事を辞めた事も、生活保護を受ける事も、みんな受け入れた。</p><p><br></p><p>この人の為に今は生きようと決めた。</p><p><br></p><p>それは今も変わらないかな。</p><p><br></p><p>だから、どんなことになってもずっと一緒にいようと思った。</p><p><br></p><p>桜をぼんやり見ている旦那を見て、心の底から愛してると思った。</p>
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<link>https://ameblo.jp/suika-mikan2020/entry-12766904424.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Sep 2022 00:04:28 +0900</pubDate>
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<title>癌と戦え！　NO.14 4月</title>
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<![CDATA[ 4月に入っても、旦那さんの鬱状態は相変わらずだった。<br>私も毎日、朝から晩まで仕事漬けで、会話をする事も一緒にご飯を食べる事もできないでいた。<br><br>そんな日が続いたある日。<br>いつものように夜遅く家に帰ると、テーブルに座って俯いたまま、足をガタガタさせている旦那さんの後ろ姿を見た<br><br>私が部屋に入っても、足のガタガタは止まらず、目はどこを見ているのかわからない。<br><br>頬もやつれて、体もペタンコになって、目が異常…<br><br><br>このままではもうダメだと思った。<br><br>抗がん剤治療が2年も続くし、転移した箇所の放射線治療代もかかる。毎月の薬代に、支払いを待ってもらっている治療費、市から借りている80万の支払い期日も迫ってきている。<br><br>かと言って、今のまま仕事ばかり続けていれば、旦那さんは心身共に壊れてしまう。<br>もう壊れているのに、これ以上続ければ取り返しのつかない事になってしまう。<br>私の方も、身体も心も限界だった。<br><br>完全に詰まったんだと思った。<br>　<br><br><br>最悪の選択をする時がきた。<br>…生活保護受給…<br><br>以前、市役所にお金を借りれるのか相談に行った時に、親身に話を聞いてくれた職員さんがいた。<br>その人に、生活保護という方法もあると言われていた。<br>生活保護を受けるのは、全然悪い事ではないのだから、今の状況なら一度受けた方が良いと言ってくれていた。<br>私1人が頑張っても、その事で旦那さんを追い詰める事もあるだろうし、第一に、あなたの身体がもたなくなるよ<br>と言われた。<br><br>…そんな事はずっと前からわかっていたよ。<br><br>でも、私と再婚して、病気になって、挙げ句の果てに生活保護まで受けるとは…と、旦那さんに思われたくなかった。私と一緒になって失敗だったなと思われなくなかった。<br>幸せにしたかった。<br><br><br>だからその時は、私がまだまだ頑張れるから生活保護なんて受ける気持ちは全くないと断った。<br><br>ま、この歳で、全然バリバリ働けるのに生活保護を受けるなんて、とてつもなく悪い事だとも思っていた。<br>正直今もその考えは変わっていないけど…<br><br><br>それなのに、もう、これに頼るしか方法がない。<br><br>とてつもなく拒否感があったけれど、旦那さんに相談をした。<br>生活保護を受ければ、病院代は無料になる。<br>私も仕事を辞めて家に居られるよと。<br><br>旦那さんは即答でOKした。<br><br>自分一人でずっと自営をしてきた人が、自分のせいでこんな事になるのは耐えられないかもしれないんだろうな…<br><br>そういった状況を相談員さんに話しをしたら、速攻手続きをした方がいいと言う事で、私も速攻で仕事を辞めるしかなかった。<br>仕事を続ければ、受給が遅れるから。<br><br>と言うわけで、4つの仕事を、大迷惑を承知で急遽辞めた<br><br>長年続けた介護の仕事も、辞めた。<br>とても辛かった。正直今も辛い。<br>一生続けたかった、大好きな職場だったから。<br><br>それでも、仕事と旦那さんどっちが大事かと言われれば、<br>何が何でも旦那さんが大切なのは絶対だ！<br><br><br>4月前半で仕事を辞め、生活保護受給者となった。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/suika-mikan2020/entry-12753299078.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jul 2022 23:34:13 +0900</pubDate>
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<title>癌と戦え❗️NO.13  3月</title>
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<![CDATA[ ３月に入り、肺の癌が小さくなっていることがわかった！<br>浸潤されてスカスカになっていた骨も、再生されてきてるらしい👍<br>先生にも、この部位の癌は消えますよと言われた！<br>放射線治療と抗がん剤のおかげだ。<br>この調子なら、肺癌の方は心配ない。<br><br>とは言え、足の付け根に骨転移してるし、いつどこに癌が現れるかわからない状態ではある。<br><br>それでも、絶望的な気持ちはなくなった。<br>長い時間がかかるかもしれないけど、その分長生きできるはずだし。<br><br>痛みも少しずつ取れてきてるし、そのお陰で痛み止めも軽いものになった。そのお陰で吐き気も治まった。そのお陰でアカシジアの症状もなくなった😣<br><br>体が楽になってきたので、仕事が休みの日は犬の散歩など一緒に行く様になった。<br>病気になる前は、毎日一緒に散歩に行っていたから、また行けるようになってすごく嬉しかった😆<br><br>ここ数ヶ月は、泣きながら散歩していたし、もう一緒に歩く事もないと思っていた。<br>だから、本当に嬉しかった🥺<br><br>とは言っても、以前の散歩とは全く違う… <br><br>歩く速度は、17歳の老犬が戸惑う程ゆっくりで、すぐに息切れしてしまう。<br>全く手を振って歩かない。<br>でもそれくらいの事は、体が運動に慣れていないし、体力もだいぶ落ちてるのだから仕方ないと思う。<br><br>それよりも心配なのは鬱状態の感じだった。<br>目の力が全然ない。<br>周りの景色も、犬の事も、私の事も何も見ていないようだった。<br>楽しく歩いてる様ではなかった。<br><br>心が重病人だった。<br><br><br>……何度も、仕事を減らすか辞めて欲しいと言うようになった。　<br>仕事中にも、何時に帰って来るのかと何度もLINEが送られてくる。<br>精神安定剤と眠剤がないと落ち着かなく、量も増えた。<br><br><br>私のせいだ。<br>（自分はずっと働いていないのに、妻にばかり朝から晩まで働かせてしまっている）と、絶対に考えているとわかっていた。<br>それでも働かないと生活できない。<br>治療費が払えない。<br>財布にお金がない状態で病院に行くのはもう嫌だった。<br><br><br>…段々と私自身も、体の疲れと、お金の事や病気の事などで悩んで、鬱状態になってきていた。<br><br><br>ま、この頃の私は気付かなかったけど。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/suika-mikan2020/entry-12749012811.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jun 2022 22:17:12 +0900</pubDate>
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<title>癌と戦え❗️NO.12  2月</title>
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<![CDATA[ 痛み止めや吐き気止め、眠剤、精神安定剤。<br>勝手に多めに飲むので、次の通院の日まで間に合わない。<br>だから仕事を休んで病院に薬をもらいに行く。<br>その度に、どの薬も強いものになり、量も増えていった。<br>それなのに、症状は全然良くならず、それどころかどんどん悪化している感じがした。<br><br>とにかく、座っていると尋常ではない貧乏ゆすりをした。<br>本人も止めたいけど、体が勝手に動くと言っていた。<br>気持ちもソワソワして落ち着く事がなかった。<br><br>私と一緒にいる時は少しだけ気も紛れてるみたいだったけど、一日中1人でいる時はどんなに辛かったのだろうか…<br><br>あまりにも酷いので、また病院に行った。<br>そこで、アカシジア症候群と診断された。<br>初めて聞く病名だ。<br><br>アカシジア症候群とは、薬の副作用らしい。<br>症状は、じっとしていられない。<br>　　　　ソワソワと気持ちが落ち着かない。<br>　　　　寝ると足がむずむずする…など<br>この時、強い吐き気止めを2種類飲んでいたが、それが原因だと言っていた。薬を止めれば症状は治まると言われた<br>とりあえず、原因がわかって安心した。<br><br>薬をやめてしばらくすると、体の症状はなくなった。<br>ソワソワ落ち着かない気持ちも治まってきたようだ。<br><br>それなのに、なんだか鬱っぽくなってるように感じた。<br>たまに一緒にいても、ただテレビを見ている。<br>画面を見ているだけで、内容を見てる様ではない。<br>携帯で動画を見るのが好きな人なのに、全く携帯を触らなくなった。<br>話しもほとんどしなくなり、笑うことも怒ることもなくなった。<br>絶対に鬱だと思った。<br>原因は、私の仕事だとわかっていたけど、どうしたらいいのか毎日悩んでいた。<br><br>そんなバタバタした感じで2月も終わり、3月を迎えた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/suika-mikan2020/entry-12748478623.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Jun 2022 21:58:00 +0900</pubDate>
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<title>癌と戦え❗️NO.11 2月</title>
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<![CDATA[ 無事放射線治療も終わり、私も仕事に精を出した。<br><br>旦那さんの傷病手当が、社会保険を引いたりして9万円程もらっていた。<br>正直9万円では、治療費にも足りない。<br>生活する為に、私が頑張るのは当たり前💪<br>癌になる前には、旦那さんはずっと頑張ってくれてたし。<br>今私がやらなくてどうする？<br>…という気持ちだけで、時給の良い所ばかりの仕事をした。<br>朝の6時。旦那さんがやっと寝たであろうところを起こすわけにはいかないから、静かに家を出る。<br>夜の11時過ぎ。家に帰るよとLINEをする。<br>車を吹っ飛ばして家に帰る。<br><br>働き始めた頃は、帰ると旦那さんは寝ているので、静かにお風呂に入ってご飯を食べて、仔猫と犬と遊んで寝た。<br>全然会話ができないのが寂しかったけれど、病気なんだから仕方ないと我慢した。<br><br>しばらくすると、夜遅く帰っても起きて待っていてくれるようになった。<br>帰ってきたのを確認して、少し話しをして寝るという感じになった。<br><br>…その間も、昼のLINEは相変わらずだけど…<br>痛い、吐いた、眠れない、今日は何時に帰るの？…<br>LINEだけが2人の会話だったけど、会話にはなっていなかった。<br><br>ある時から、帰ると…<br>テーブルに座って下を向いて激しく貧乏揺すりをしているようになった。<br>声をかけても、虚な目で振り向いて、なんで残業だったのか？とか、ソワソワしてどうしたらいいのかわからないとか。痛くて眠れないとか。<br>明らかに普通の感じではなかった。<br>そう感じてはいたけど、私は薬のせいだとしか言わなかった。そのうち治るよと。<br>言い訳をするなら…今このおかしな現実を受け止めるのも辛かったし、どんなに時間をさいても、働かないとダメだと思ってた。<br>正直自分の体も辛かった。<br><br><br>そのうち旦那さんは、じっと立っている事も寝ている事もできなくなった。<br>家の中をウロウロ歩いたり、椅子に座って貧乏揺すりばかりしていた。<br>食べた物は全部吐くので、げっそりとやつれ、目が尋常ではなかった。<br>痛み止めと眠剤と精神安定剤ばかり欲しがる様になった。<br>薬は、私が全部一回分ずつ分けておいたけれど、いない間は勝手に色々飲んでいたようだ。注意しても逆ギレして私の言う事など聞かなかった。<br><br><br>この頃から飼っている仔猫の様子もおかしくなってきた。<br>私が夜に帰ると、気が狂った様に家中を走り飛び回った。<br>…名前を呼んでも落ち着く事なく、とにかく飛び回った…<br><br>家庭が崩壊してると感じた。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/suika-mikan2020/entry-12748318930.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jun 2022 23:14:03 +0900</pubDate>
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<title>癌と戦え❗️NO.10  2月</title>
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<![CDATA[ 今回は、放射線治療の詳細です。<br><br>主治医から紹介を受けた、放射線専門の病院。<br>サイバーナイフという、なんとも鋭利的な感じの放射線治療を受ける事になった。<br>実際は、全然鋭利的ではないと思うんだけど💦<br><br>肺は内臓であるし、神経なども色々あるので、あまり強い放射線は当てないらしい。<br><br>旦那さんは、呼吸器系が弱いのと、タバコの吸い過ぎなのか、肺気腫とも診断されていた。<br>今回に限りそれが良かったのか…肺そのものに対する影響が少なくて済むと、先生も苦笑いしていた。<br>うちの旦那さんの肺は、すでにボロボロのスカスカだった為、放射線で壊れる恐れのある細胞が少ないと言っていた。<br>普通の健康な人の肺だと、放射線で細胞がやられる事もあるらしい。<br>ま、一応そんなリスクもありますよ。と言った程度だと思うけど。<br><br>まずは、肺のCTを撮る。<br>その際、放射線を当てる為にマジックでたくさんの線を書かれる。お風呂に入った時、なるべく消えない様にゴシゴシ洗わないで下さいと言われる。<br>……子供の頃に見てたマンガのキカイダーマンを思い出した……<br><br>次の日から放射線治療が始まる。<br>…とは言え、治療自体は、30分もかからない。<br>治療を受けた後もなんともない。<br><br>ただ、痛み止めのだいぶ強い薬をたくさん飲んでいるせいで、吐くのは治らなかった。<br><br>この頃の痛み止めは、麻薬と同じくらいのものだった。<br>　<br>薬のせいで吐き気はあったけれど、放射線の副作用はなかった。<br>髪の毛が抜ける事もなかった。<br><br>そんな感じで５日間の治療が終わった。<br>すぐに痛みが取れるとか、癌が消えるとかはもちろんなかった。<br>それでも、癌で侵された骨の部分は早い段階で再生されていくし、腕に広がってる痛みは神経系のものだから、少し時間はかかるけど、徐々になくなると先生が言っていた。<br>本当に、胸の痛みは和らいできてる様子だった。<br><br>1ヶ月後にCTを撮るらしい。<br><br>明るい未来が見えてきた。<br><br><br>そして、今の時代末期癌と言われても怖くない！と思った<br>むしろ、持病は癌です…と言えるのかもしれない笑笑<br><br><br>少しだけ、心に余裕ができた。<br><br>でも…お金の事と、私の仕事の事で、やっぱり旦那さんには辛い思いをさせてしまった2月だった。<br><br>今改めて振り返ると、何度謝っても謝りきれない申し訳ない時だった。<br><br>ごめんね<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/suika-mikan2020/entry-12748310261.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jun 2022 22:20:58 +0900</pubDate>
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<title>癌と戦え❗️ NO.9 2月</title>
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<![CDATA[ 寒い2月。<br>相変わらず痛みと吐き気で寝ることもできないでいる。<br>眠れないのと、痛みと、精神的なものでイライラも相変わらず…<br>それでも、調子が良ければ仕事帰りの私を迎えに来てくれる日もあった。そんな時はとても嬉しい😆<br><br>そうかと思えば、私の仕事中に何件もLINEをしてくる時もある。<br>痛くて痛くてどうしたらいいのか？とか。<br><br>お腹が空いたからこれを作ったと、昼食の写メを送ってきて。…でも、数分後には全部吐いたと言ってくる。<br><br>眠剤がもうないから眠れない。今すぐ病院に行きたい。とか。<br><br>1人でLINEしてても仕方ない、何時に帰ってくるの？とか。<br><br>返事のしようもないLINEばかりがどんどん送られてきた。<br><br>あまりにも痛みが酷いので、主治医の先生が、放射線治療をしてみますかと言ってきた。<br>ただし、根治治療ではないと。<br><br>それでも、この痛みが無くなるなら何でもやるつもりだったので、すぐに病院を紹介してもらい、５日間の放射線治療が始まった。<br>そこの先生の話しでは、放射線を当てた部分に関しては癌が無くなるはずなので痛みも取れるという事だった。<br>他に転移しないなら、根治治療を目指しますと。<br><br>私と旦那さんは、心の底から喜んだ。<br>諦めていたのに、癌が治るなんて！<br>死なないんだ。<br>希望の光が見えた。そして泣いた。<br><br>主治医には、癌は消えないし、現状維持が精一杯。放射線治療もできないと言われていたので本当に信じられなかった。主治医に対する不信感も大きくなったが、今はそれどころじゃなかった。<br><br>経済的は治療費が2倍になるので、もう破産寸前だった。<br>治療費が毎月10万円プラス10万円になるので、貯金もゼロになってしまい…抗がん剤代は全部借金という形になっていた。このままでは雪だるま式に借金が増えるだけで、働くしかなかった。<br><br>そのため私は、この頃から4つの仕事を掛け持ちで始めた。<br>一つの所で働けば楽ではあったけど、何年もずっと続けてきた介護の仕事を辞めたくなかった。<br>しかし、そこは週２日だけの勤務だったので、仕方なく他の空いてる曜日で別の昼の仕事を２つしていた。<br>そして夜の工場の仕事も始めた。<br>休みは、旦那さんの病院に行く日だけなので、月に２日、３日くらい。<br><br>朝の7時から始まる仕事をし、そのまま夜の工場で11時まで働いた。<br>計算では25万円近く稼げるので、なんとか治療費を賄えるはずだった。<br><br><br>でも、この選択は間違いだった。<br>朝から晩まで私が家にいない事で、旦那さんの精神が壊れてきていた。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/suika-mikan2020/entry-12748037229.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Jun 2022 13:07:00 +0900</pubDate>
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<title>癌と戦え❗️NO8  1月…</title>
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<![CDATA[ 1月<br>去年とは全く違ったお正月を迎えた。<br>ここ数年、おんなじ様な感じで年が明けていたけど、<br>今回こんな事になるとは…想像してなかったなぁ<br><br>それと、この辺りの記憶があまり残っていない気がする。<br>楽しい事は全然なかった。<br>悲しみ、怒り、諦めばかりの感情だったような気がする。<br><br><br>そんな感じでも、毎年恒例の年越しそばを旦那さんが作ってくれた。<br><br>…でも、とてもイライラしながら<br>「食べんの？食べないなら1人分しか作らないけど」<br><br>いつもはこんな事を言う人ではない。<br>今まで2人で仲良く年越しをしてきたのに、忘れてしまったのかなと悲しくなる。<br>それでも、頑張って泣かずに年越しそばを食べた。<br><br>副作用は相変わらずで、食べては吐き飲んでは吐きの繰り返し。<br><br>旦那さんは、1日のほとんどを寝て過ごしていた。<br><br>私は、仕事で他の人と喋る時が唯一の癒しになっていた。<br>この頃は、仕事が終わって家に帰るのが正直辛かった。<br><br>無言で過ごすか、怒鳴られてるか。<br><br>先に旦那さんが寝た後、1人で飲みながらテレビを見るのが楽しみになっていた。<br><br>抗がん剤の効果は、今のところ現状維持。<br>他に転移もしてないし、癌も大きくなってないから<br>効果が出てるらしい。<br><br>…そっか。それでOKなんだ…それだけなんだ<br>と言うのが本音だった。<br><br>抗がん剤治療すればすぐに良くなるという、素人考えだなぁ😣<br>あの時の私に言ってやりたい！<br><br>「風邪じゃないんだからさ、もっと勉強しなさい！」<br>「あとさ、心の余裕って大事だよ。<br>　1人で抱え込んでも何も解決しないし、頑張りすぎは良　くないんだよ」<br><br>あ、今の私にも言えるなぁ<br><br>皆様も、頑張るのは良い事だけど、キャパオーバーの頑張りは良い結果を出しません。<br><br>ほどほどに。<br>
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<link>https://ameblo.jp/suika-mikan2020/entry-12740937738.html</link>
<pubDate>Wed, 04 May 2022 15:32:12 +0900</pubDate>
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<title>誰か助けてください…と叫びたい</title>
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<![CDATA[ 癌告知から、半年。<br>ブログはまだ12月頃の話ですね。<br><br>現在…とても辛い状態です。<br><br>精神的にとても参ってます。<br><br>過去を振り返る余裕が今日はありません(;o;)<br><br><br>でも、頑張ります♪<br>私が頑張らないと我が家は崩壊してしまいます。<br><br><br>だから、明日か明後日かその次の日かわからないけれど、<br>頑張って復活します。<br>頑張りすぎてもダメなんだよと言われますが、頑張らないと終わってしまうし。<br><br>だから、できる範囲で頑張ります。<br><br><br>また、続きのブログ書きます。<br>書く事で、自分の中の色々な物が出て、楽になり、客観的に自分の状況が見えてくるので書きますよ😊<br><br>では、また明日です！
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<link>https://ameblo.jp/suika-mikan2020/entry-12738533762.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Apr 2022 22:37:09 +0900</pubDate>
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<title>癌と戦え❗️NO.7 長〜い自宅療養の始まり①</title>
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<![CDATA[ 2回目の抗がん剤も終わり、退院してきて自宅療養が始まった。<br><br>自宅では、1日のほとんどを寝ていた。<br>リビングで寝てたり、布団で寝てたり。<br><br>食欲は、以前に比べれば多少落ちたけど普通に食べた。<br>でも、大体その後吐いた…<br><br>痛みの方は全然変わらず、よく背中の上の方を叩いていた<br>肺癌の、骨が蝕まれてる辺りの、ちょうど裏側。<br>肋骨の後側。そこを、思いっきり叩いていた。<br>癌と告知される何ヶ月前から、そこが痛いから叩いてと言われていた。ゲンコツで叩いている手が痛くなる程の強さで叩いていた。<br>…その頃に気づいていればなあ…<br><br>この頃、叩く時私はいつも<br>（癌消えろ！癌消えろ！癌消えろ！…癌、死ね！！）<br>と心の中で絶叫しながら力任せに叩いていた。<br><br><br>身体もしんどそうだけど、精神的に苦しいのか。<br>いつもイライラしてる感じがしたし、怒りぽっくなった。<br><br>ある日の昼間、辛そうだったから<br>「布団敷くから、布団で寝たら？」<br>と聞いたら<br>「邪魔なのか？邪魔だから寝ろってか？」<br>と言われる。<br>そんな事微塵も思ってないのに…と悲しみと、怒りが込み上がる。<br>でも何も言い返さず黙ってるしか出来なかった。<br>病気なんだから仕方ない。<br>本人もそんな事言いたい訳じゃないとわかってるし。<br><br>またある時は…<br>キッチンとリビングが一緒のうちで…<br>揚げ物や焼き物をすると、換気扇を回してても、匂いがしてしまう。<br>その匂いで気持ちが悪くなると言われ、4ヶ月経つ今でも<br>殆ど揚げ物はしないようにしている。<br>お惣菜で買ってきた唐揚げでも、隣で食べていれば、臭いから早く食べてしまえと言われる。<br><br>また、元々主語がないまま唐突に話をする癖のある旦那さんではあったけれど、この頃はそれが更に顕著になっていて…<br>突然何かの話を振られて、意味がわからないのと、ゴモゴモ聞き取れないので、聞き返したりをすると、大きい声をあげて怒り出したりした。<br>本人は怒ってないと言うけれど、大きい、荒げた声で話されると、怒ってるとしか思えないし、すごく怖くて、萎縮してしまった。<br>そして、結局もういいわと言われる。<br>この頃は、会話をするのがとても怖かった。<br>だから、どんどん話しをしなくなってしまった。<br><br><br><br>犬の散歩をしながら考えた。<br><br>（ずっとこんな感じなら、いなくなっても悲しいと思わないかもなぁ<br>癌が見つかった時はあんなに悲しかったのに…）<br>
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<link>https://ameblo.jp/suika-mikan2020/entry-12737830612.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Apr 2022 22:22:57 +0900</pubDate>
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