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<title>suke-studyのブログ</title>
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<title>4/27　テレビ</title>
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<![CDATA[ 近年、NHKの受信料の取り立てが横暴すぎるというような話を聞くことが多くなったように思う。<br><br>ご存知のようにNHKの受信料を払わなくてはいけないというのは、放送法の第32条によって定められたことである。<br>つまり、テレビの受信機を購入したらNHKと受信契約を結び受信料を払う、ということが日本国民の義務となっているのである。<br><br>一方で、受信料の不払いに関しては罰則規定が存在しないのも事実である。そのため、実際にNHKを見ないという人だけでなく、見てはいるけど受信料を払っていないという人が多数存在するのもまた事実である。<br><br>最近になって、NHKは受信料不払いの視聴者を裁判に訴えるという手段もとるようになってきている。<br>WOWOWなどの有料放送の広まりなどによって視聴者の中にも見たいテレビは金を払って見るものという意識も強くなっている。それに対してNHKの番組はつまらないので金を払いたくない、というようにメディアを取り囲む状況にも変化が起きてきている。<br><br>裁判をちらつかせることで視聴者を脅すのではこうした大勢を覆す根本的な解決策とはなり得ないだろう。<br><br>NHKの根幹を成している受信料を義務とする現在のあり方を見直さなくてはならない時期にきているのかもしれない。<br><br><br>しかし、そもそも現行の受信料制度というものが日本の放送業界の発展をこれまで支えてきたことについてはなんら疑いがない。<br><br>日本の放送業界はNHKと民法が互いを補完することで拡大を続けてきた。<br>この二元体制を世界に冠たるものとして評価する声もある。<br><br><br>NHKは国営企業であるということはよく聞かれるが、それは間違いである。<br>基本的にその経営は年間の受信料約6500億円で成り立ち、政府からの資金はほとんどはいっていない独立採算である。<br><br>しかし、公共放送を担うという責任から、予算・決算には国会の承認を必要とするほか、放送法によって広告放送を禁じられ、最高意思決定機関の委員も総理大臣が任命することとなっている。<br><br>こうした縛りと引き換えにNHKは、受信料の支払い義務という国からの”保護”を受けていると言っても良い。<br><br>NHKはこの経営基盤の盤石さから、放送に関する技術面、ハード面での研究・開発をリードしてきたのである。<br>こうした成果をNHKが提供する代わりに、民法がより視聴率が高く、人気のある番組を作る。<br><br>そうすることでさらにテレビそのものの普及率が高まっていき、さらにNHKの経営基盤を固めることになるのである。<br><br><br>ここまでに書いたように、NHKは公共放送としての責任を大きく背負っている。<br>自らも公共のための言論・報道機関を自負し、以下の4項目を基本原理、軸としている。<br><br>・普遍性：全国民に視聴機会を提供し、大衆のための番組を放送すること。<br>・多様性：番組のジャンル、対象視聴者、論議されるテーマが多様であること。<br>・独立性：商業的圧力、政治的影響力から自由であること。<br>・特殊性：商業放送との区別を認識し、放送回を先導する役割を果たすこと。<br><br>ただ、実際はこうした美学に反して、委員の指名制や国会での予算の承認などによって政府寄りの報道が目立ってしまう部分もあるのが実情である。<br><br>3.11の際には東電寄り、政府寄りの報道が多く批判されている。<br><br><br>では、公共放送機関として疑問符の残るNHKに対して、民放の返上はどうなっているのだろうか。<br><br>民放テレビの数は全国で127局にも及ぶ。<br>2010年度のラジオを含めた民放193局の総売上はおよそ2兆2500億円、一方テレビ広告費は約1兆7300億円である。<br>総売上に対するテレビ広告の占める割合は実に77%にも達し、NHKと違い、民放が広告収入で成り立っていることは明らかである。<br><br><br>127局あるテレビ局は5つのキー局を中心に系列化が進められてきた。<br><br>日本テレビ系30局、TBS系28局、フジテレビ系28局、テレビ朝日系26局、テレビ東京系6局がそれぞれ系列化している。<br><br>キー局による系列化が進められたのには理由がある。<br>日本のテレビ局が基本的には県域を1つの単位としているためだ。<br><br>1県につき2つのテレビ局というのが基本だ。したがって全国放送を行うNHKに対抗するために民放は他地域のテレビ局を系列化するほかなかったのである。<br><br>地方局に相当額の電波使用量を支払う代わりに、キー局が情報配信のネットワークを提供し、番組と<br>全国規模のCMを配信するのである。<br><br>これによって地方局は電波使用量と高品質の番組を無料で獲得できるし、キー局は全国で番組を流せる上、全国規模のナショナルスポンサーを獲得することができるのである。<br><br>では、キー局は積極的にローカル局の系列化を進めればよいということになるのかもしれないが、日本では同一企業や個人がテレビ局を独占的に支配するのを防ぐために、マスコミ集中排除の原則が存在する。<br><br>電波法に基づく総務省令で定められたもので、放送ができる機会をだけ多くの人に確保し、その番組をできるだけ多くの人が共有できるようにすることを目指したものである。<br><br>そこでは放送局の開設や、開設する放送事業者に対する出資を制限するルールが取り決められているのである。<br><br><br>また、NHKに政府寄りの報道が目立つように、民放の側にも大きな問題がある。<br><br>民放は私企業であるため、公共放送をNHKに任せて商業主義的な営利優先の報道に走ってしまいやすいという点だ。<br><br>放送には本来①報道②教養・教育③娯楽の役割があるが、現在の民放放送では視聴率を優先するあまり娯楽の面に偏っている傾向がある。<br><br>その結果、番組の低俗化の進行ややらせ、捏造といった事件も起きているのである。<br>NHKが受信料制度の見直しを迫られているように、民放も新しいテレビのあり方というものを見直す時期もきているのかもしれない。<br><br><br><br>テレビはこれまで時代を代表するリーディングメディアであった。<br>しかし、インターネットの発達でその利便性は失われてしまった。<br><br>さらにデジタル技術の発達によってHDRに録画しておけば、タブレットなどの携行端末でいつでもどこでも番組を見ることができるという技術も誕生している。<br><br>映像を見る手段の多様化はテレビ番組の視聴率を間違いなく低下させる。<br>番組の編成そのものを無意味にするほか、録画機能の発達がそのCM飛ばしの機能によって大幅な広告価値の低下を招いてしまうのである。<br><br>テレビの一人勝ちの状況が終焉を迎えつつある中で、既存メディアは失ってしまった利便性を補う新たな価値を見つけ出すことができんければ、かつて映画がテレビによって駆逐されたようにどんどん衰退していってしまうだろう。<br><br><br>『メディアとジャーナリズム』山本泰夫　　参照
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<link>https://ameblo.jp/suke-study/entry-12019761140.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Apr 2015 21:29:38 +0900</pubDate>
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<title>4/22　広告②</title>
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<![CDATA[ 電通が2015年に発表した「2014年日本の広告費」によれば、同年の日本の総広告費は6兆1,522億円となっている。<br><br>消費税率の引き上げなどの影響を受けながらも緩やかに成長を続け、通期では3期連続で昨年実績を上回るとともに、6年ぶりの6兆円越えの市場規模となった。<br><br>近年の傾向としては、新聞、雑誌、ラジオ、テレビなどの媒体が超低落傾向にあるといえる。<br><br>テレビは2007年に2兆円の大台を割り込んで以降、直近では回復傾向にはあるもののいまだ停滞感は否めない。<br><br>新聞や雑誌は総広告費の構成比を年々落としており、特に新聞は06年に1兆円を割り込むと、ついに09年にはインターネットに抜かれてしまった。<br><br>13年の新聞広告費は6170億円で、00年(1兆2474億円)の半分にも満たなくなっている。<br><br>その中でも成長著しいのはやはりインターネットなどのモバイル広告である。<br>04年にはラジオ、06年には雑誌を抜いて以降ますます拡大を続け、2013年には全体の15.7％を占め、テレビに次ぐメディアとなっている。<br><br><br><br>現在の広告業界では、電通、博報堂、アサツーディーケイ(ADK)の上位3社が総広告費のおよそ50%を占めるという寡占状態にある。<br><br>こうした寡占状態が生まれる原因として、公正取引委員会は「広告業界の取引調査に関する調査報告書」において下記の3点を指摘している。<br><br>①有力広告会社がCM枠の大部分を確保するため、他の広告会社の参入を阻害してしまう。<br>②既存の広告主が優先される。<br>③テレビ局による情報開示が少ないため、中小規模の広告会社は取引の情報に接する機会が少ない。<br><br>寡占化に拍車をかけている要因として、最近これまで複数の広告会社を利用していた広告主が広告会社を1社に集中させるという流れも強まっている。<br><br><br>また、日本における広告業界最大の特徴は、マルチクライアント制度である。<br><br>日本では、ひとつの広告会社がある特定の業種の複数のクライアントを抱えるという形が一般的だ。<br><br>例えば、電通がトヨタやホンダや日産の広告活動を同時に担うのだ。<br><br>一方で、欧米では企業秘密の保持の観点から1業種1社制度が原則となっている。<br><br>実際に広告活動を行う企業をアドバータイジング・エージェント、媒体サイドにたって広告枠の販売を行うのをメディア・レイアップとして明確に区別しているのである。<br><br>日本はまさにこのメディア・レイアップが広告会社の起源であるため、マルチクライアント制度が採用されているのである。<br><br>『メディアとジャーナリズム』山本泰夫　　参照<br>
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<link>https://ameblo.jp/suke-study/entry-12017661057.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Apr 2015 22:55:05 +0900</pubDate>
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<title>4/21　広告①</title>
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<![CDATA[ 広告を出そうと考えている人や企業など(広告主＝advertiser)が、新聞やテレビ、ラジオ、雑誌、インターネットなどのメディアから広告スペースや放送時間を買い取ってメディアの特性に合った販売促進活動を展開するという一連のアクションを広告活動と言う。<br><br>日本の広告は新聞の誕生とともに始まった。<br><br>新聞の草創期には新聞社が直接広告主と交渉して広告を掲載していたため、広告代理店というものは存在していなかったが、しばらくすると「内外用達会社」と言われる会社が広告の取次業務を行うようになる。<br><br>さらに新聞がメディアとして周知されるようになると、一定の広告スペースを広告主に売ることで新聞社から手数料を回収する広告代理業を行う企業が生まれた。<br><br>こうした企業は、はじめは特定の新聞社に対してこうした仲立ちを行っていたが、徐々に複数の新聞社の広告スペースを扱うようになり、独立性を強めていったのだ。<br><br>こうして内外用達会社は、広告スペースのブローカーとして成長し、新聞社の専属的な代理ではなく、広告主と新聞社の間を仲介する契約業者に変わっていく。<br><br>これによって、広告スペースを自社で完全に買い取り、これらを広告主に高く販売するとともに新聞社から手数料も得るというビジネスモデルを取るようになった。<br><br><br>企業活動が活発になり、同業者間の競争が激しくなるとメディアの広告スペースの販売だけでなく、広告主に対する有効な手法のアドバイスや、より適当な媒体の提案などが求められるようになっていく。<br><br>さらに進んで、広告自体の文言を作ったり、デザインの相談にも応じるほか、現在のように、市場調査や情報分析などまで行う一貫した広告活動を担うようになっていったのである。<br><br>つまり単なる広告スペースのブローカー、広告代理店を経て、セールスプロモーションやイベントも含めた総合的なマーケティングをサポートする会社へと成長していったのだ。<br><br>『メディアとジャーナリズム』山本康夫　参照
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<link>https://ameblo.jp/suke-study/entry-12017215363.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Apr 2015 22:40:42 +0900</pubDate>
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<title>4/14 アジアインフラ投資銀行</title>
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<![CDATA[ 中国は今、これまでアメリカが主導してきた国際的経済秩序に対して、挑戦を仕掛けている。<br><br><br>AIIB(アジアインフラ投資銀行)の設立を進めているのだ。<br>AIIBとは、アジア太平洋地域のインフラ整備を支援するために、中国の習近平国家主席が提唱している国際金融機関である。<br><br>資本金は実に1000億ドルにも上り、中国が最大の出資国となって初代総裁のポストにも中国人がつく予定だ。<br><br>ADB(アジア開発銀行)の試算によれば、2010年から2020年までに必要なインフラ整備額は約8兆ドルにも達している。<br><br>さらに、AIIBは看板政策として、「一帯一路」構想を掲げている。<br>これは中国から欧州に至る「シルクロード経済ベルト」と、中国からインドなどの海上ルートをつなぎ欧州に至る「21世紀の海のシルクロード」の2つの経済圏構想からなっており、シルクロード経済圏だけでも周辺人口は30億人に上る。<br><br>「一帯一路もAIIBも開放的なものだ。一帯一路は中国の合奏ではなく、周辺の国々との合奏だ。」として、習近平は関係国との協力関係を重視することを強調している。<br><br>しかし、そこには国内経済に配慮せざるを得ない各国に対し、中国がAIIBの投資先などの選定を主導できれば、中国国内の活性化するとともにアジアでのプレゼンスを拡大できるという中国の思惑が透けて見える。<br><br>さらに中国はAIIBの創設によってアメリカ主導の既存の国際金融秩序を崩し、人民元の国際化を進めようとしているのである。<br><br>中国はこれまで、欧米主導の金融秩序に対する強い反発を抱いてきた。<br><br>例えばIMFのトップである専務理事はこれまで欧州人が歴任しているほか、世界銀行総裁は米国人が、ADBの総裁は日本が独占してきた。<br>中国は世界第2位の経済力を誇る一方で、国際金融での影響力は極めて限定的なものであったのだ。<br><br>ここへきて、現状に不満を持つ中国はその経済力を背景に「新秩序」の構築を目指しているのである。<br><br>これらの動きに対し、日米は「組織のガバナンスが不透明」であり、「審査能力にも疑問がある」として否定的なスタンスを取ってきた。<br><br>アジアでの経済的プレゼンスを維持したいアメリカはともかくとして、日本がアメリカと歩調を合わせているのはどうしてだろうか。<br><br>当然、同盟国としての配慮という要素は無視できないものだ。<br>現時点では、米議会はAIIBに対する多額の資金拠出を容認せず、アメリカはAIIBに参加しないという見方が有力である。<br><br>ここで日本が参加に傾むけば、日米の分断が進み、政治・経済両面でアジアでの影響力の拡大を目指す中国に利することとなってしまう。<br><br>しかし日本が参加に踏み切れないのはアメリカへの配慮という要因だけではない。<br><br>それはAIIBに参加したからといって日本企業のインフラ輸出に有利に働くのかがわからないという点だ。<br><br>日本企業は他国の企業と比べコストが高いため、ADBの入札案件でも受注する割合がわずかである。<br>数千億円規模の拠出金を払っても受注が即増えるというわけにはいかないのである。<br><br>こうなると、日本が参加することで中国主導の国際金融機関にお墨付きを与えてしまうというリスクの方がはるかに大きくなってしまう。<br><br><br>一方で、こうした日米の否定的な態度とは裏腹に欧州の反応は実に肯定的だ。<br><br>3月12日にはG7の一角であるイギリスが参加を表明したのである。<br><br>これを受けてドイツ、フランス、イタリアという欧州の残りのG7各国も相次いで参加を表明する事態となった。<br><br>これによって、当初は資金を融通してもらいたいアジア新興国が大勢を占め、国際金融機関としての体裁すら危ぶまれたAIIBは、錦の旗を手に入れた格好だ。<br><br>こうした情勢のなかで、アメリカと同盟関係にあるはずの韓国や、オーストラリアなど予想をはるかに上回る50カ国以上が参加する運びとなったのである。<br><br>日本と違い、欧州諸国が比較的容易に参加を表明できたのには地政学上のポイントがある。<br><br>つまり、中国と欧州諸国には領土問題などがなく、「安全保証上の問題」が存在しないのだ。<br>これによって、純粋に経済的なメリットのみで動くことができたのである。<br><br>さらに、英独などは昨年、人民元決済銀行の設立で中国と合意している経緯もある。<br><br>人民元の国際的な通貨競争力を高めたい中国と、人民元の取引を増やして金融市場としての競争力向上につなげたい欧州側、双方のメリットがうまく噛み合ったのである。<br><br><br>今回の国際社会の動きからは、明らかにこれまでのアメリカ一極時代の終焉に伴うパワーバランスの変化を見て取ることができる。<br>日本は来る時代の変革という大きな波を超えることができるのだろうか。<br>アメリカ追従の姿勢を見直す時がきているのかもしれない。<br><br>日経ビジネス　週刊ダイヤモンド　参照
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<link>https://ameblo.jp/suke-study/entry-12014404207.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Apr 2015 22:30:55 +0900</pubDate>
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<title>4/12　イスラム＠フランス（欧州）</title>
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<![CDATA[ 西欧諸国では、特にフランスの「シャルリーエブド紙」襲撃テロ事件以降、ますます右翼化が進んでいる。<br><br>それまでに度々イスラム過激派を挑発する風刺画を掲載していた「シャルリーエブド紙」は、2015年1月7日に複数の武装勢力に襲撃され、警官や編集者、風刺画の担当者など合わせて12人が殺害された。<br><br>もともとフランスは欧州最大の移民大国であり、イスラム系移民の数・比率ともに欧州一となっている。これはフランスの旧植民地にムスリムが多かったこと、第二次世界大戦後に労働力不足を補うためにイスラム系移民を大量に動員したことなどによる。<br><br>ムスリムの移民2世3世たちは、当人の名前やムスリムの多く集まる出身地などを理由に就職等で差別を受けており、フランス政府もそういったことをこれまで黙認してきた。<br><br>さらにイスラム系といっても一枚岩ではなく、出身国や宗派、民族の違いなどから抗争が起こったり、社会的階級差によって分断・対立していたりする。そのため、不満を持つ底辺のムスリムは孤立化し、過激化していく傾向にあったのである。<br><br>近年、フランスに限らず、社会的に排斥された結果、社会への憎悪を強め、移民2世3世を中心にイスラム過激派思想に染まっていく若者が増えているようだ。<br><br><br>こうした社会情勢のもと、ドイツのザクセン州の州都であるドレスデンでは、2015年２月に「西欧のイスラム化に対する欧州愛国主義者（ペギータ）」による25,000人を集めた大規模なデモが行われた。<br><br>特筆すべきはペギータが「スーツを着たナチ」と呼ばれ、主に一般の中産階級が構成員となっていることだ。彼らは過激な思想を持っているわけではない。グローバル化の波に乗り遅れ、移民の脅威を感じている保守的な中産階級が右翼・極右に吸い寄せられるという危険な兆候を示しているのである。<br><br>反イスラムを掲げる排外主義は、右翼側に利用され、政府批判の切り札ともなってしまっている。<br><br>1960年代に労働力確保のために作られた政策は、元来移民を真に融合するものではなかった。そして欧州政府は、広がる自国民と移民の経済的・社会的格差を見て見ぬ振りをしてきたのだ。<br><br>その結果、社会的・経済的な要素が主因である移民問題はイスラム問題と混同され、右翼化を進める大きな要因ともなってしまった。<br><br>西欧諸国は大衆迎合による右翼化を警戒しつつも、過去の失政とイスラム過激派の膨張により右翼化を阻止できない自己矛盾を抱えてしまったのである。<br><br>週間ダイヤモンド/Wikipedia　参照
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<link>https://ameblo.jp/suke-study/entry-12013426576.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Apr 2015 18:03:26 +0900</pubDate>
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<title>4/10 ラオス</title>
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<![CDATA[ 内陸開発途上国ラオスでの外資企業による工場建設が増えている。<br><br>その現在の経済成長率は、8%前後と中国に匹敵するほど高い伸びである。この成長率は主に菌や銅などの地下鉱物資源の採掘拡大によって牽引されている。また、採掘業以外にも、タイ向けの電力輸出を目的とするラオス国内の水力発電や、欧州向け縫製品の輸出の拡大などが見られる。<br><br>さらに2003年以降には世界遺産のルアンパバンや手つかずの自然、安価な物価などにより、欧米人旅行者が急増し、観光業が大きく発展してきている。<br><br>ラオスは内陸国であり、近隣国との交通インフラの整備もイマイチであったため、地政学的には重要な交通拠点であったにもかかわらず、タイやベトナムなどの経済発展をよそに取り残されてきた感があった。<br><br>しかし、近年　日本や韓国、中国、アジア開発銀行などの支援のもと、ラオスと近隣国をつなぐ交通インフラが整備されてきた。これによってラオスへの投資が増えてきているのだ。<br><br>その一方で大きなリスクも存在する。<br><br>ラオスでは、経済活動において米ドルやタイバーツが広汎に使用されおり、いわゆる「ドル化」の傾向が顕著である。<br><br>日用品の大半がタイからの輸入品であるため、消費財を買うときにドルかバーツで求められることも多いのだ。<br><br>経済のドル化こそがラオスの金融システムにとって大きなリスクともなるものだ。<br>ラオスの外貨準備は非常に低水準であり、銀行の保有するドル資産も少ない。このためドル預金の引き出しが急に増えたときに銀行が破綻してしまう可能性がある。<br><br>また「ドル化」が進んだ状態では、中央銀行が本来持つべき「最後の貸し手機能」を大幅に制限されてしまうのだ。<br><br>そうはいってもラオスへの投資にはメリットとそうせざるおえない理由も複数存在する。<br><br>1.タイやカンボジアでの人件費が高騰し、採算が取れなくなっていること<br>2.ベトナムやカンボジアへの工場進出がすでに過剰気味であること<br>3.政治・経済が安定していること<br>4.タイ語とラオス語に方言程度の違いしかなく、タイで育った人材をそのまま使えること<br><br>などである。<br><br>近年タイで最低賃金の大幅な値上げが政策として進められたために賃金が高騰し採算が取れなくなっている。加えて大洪水の発生や反政府デモの激化など、様々なリスク要因が顕在化してきているのだ。<br><br>さらに付け加えると、ラオス進出のメリットとしては近隣諸国よりも安定的な電力供給の実現とその価格の低さがある。<br><br>一方で企業側からは、ラオスはタイやベトナムには及ばないのではないかと危惧する声もある。例えば識字率を見ても、タイ・カンボジア・ミャンマーなどに比べて10%以上低くなっている。さらにのんびりとした国民性から労働生産性の低さを指摘する声もある。<br><br>そのため、現在の日系企業の対ラオス投資に多く見られる特徴は、その主目的がタイの生産工場の一部移管であり、あくまでタイ・プラス・ワンとしてラオスを位置づけている点である。<br><br>ラオスは人口も650万人と少ないため、その10倍の人口を擁するタイやミャンマーほどの生産拠点になれる可能性は低い。今後もラオスの製造業の基本的性格はタイの生産活動を補填するというものになるだろう。<br><br>三菱UFJリサーチ＆コンサルティング　参照<br>
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<link>https://ameblo.jp/suke-study/entry-12012398205.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Apr 2015 00:40:53 +0900</pubDate>
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