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<title>最後のなつやすみ</title>
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<description>今年の夏休みの記録。斉藤みのり。</description>
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<title>８　不動</title>
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<![CDATA[ <p>「乗り遅れるわよ！」<br>階下から急かす母の声。<br>「いまいくって！」　<br>東京へ戻る日がやって来た。<br>あたしは荷物を母の車に詰め込む。<br>「もう、なんで昨日準備しとかなかったのよー。」<br>呆れた母の声。スルーする。<br>あたしはパソコンがずれ落ちないように固定した。<br><br>道が空いていたせいで駅にはかなり早い時間に着けた。<br>喫茶店で軽く食事を取る。<br>「またちょくちょく帰ってきなさいよ。お父さん寂しがってるんだからね。」<br>「はいはい。」<br>「あとこれ。」<br>そういってあたしに渡そうとしたものは一万円札数枚。<br>「いらないってば。」<br>「いいからもっていき。」<br>無理やり握らせられた。<br>「あ、それからこれも。」<br>そういって差し出されたのは見覚えのない封筒。<br>「さっきポストに入ってたのよ。」<br>「なに、誰から。」<br>「書いてないけど。」<br>「いいや、新幹線の中で見よ。」<br>ここで開封しないほうがいい気がした。<br><br>母にお礼を言って別れるとあたしは新幹線に乗り込む。<br>涼しくて気持ちいい。<br>東京まで三時間半の旅が再び始まる。荷物を棚にあげ窓際の席に落ち着いた。<br>次はいつ帰って来くるだろうか、ここに。<br>なんだか慌しい夏休みだった。<br>そう振り返りながら鞄の中の封筒を手に取る。<br>ちょっと重い。なにか入っている。ころころしたものが。<br>封を開けるのがなんだか躊躇われた。<br>思い切ってあければ出てきたものは手紙と、印鑑と通帳。<br>「え？」<br>隣の座席に人はいなかったが隠すようにそれを開く。<br>「――――――！」<br>息を呑む。<br>なんだこれ。<br><br>通帳は早川沙織名義。その通帳の残高は――――。　<br>あたしは通帳を封筒に戻し、あわてて手紙を開いた。<br>沙織ちゃんからの手紙を。<br><br><br>「あなたがこれを読んでいる頃、私はもう…<br><br><br><br>　なんちゃって。怒らないでね。<br>　あなたから「会いたい」とメールを貰った日にこれを書いています。<br>　明日会うことになったからそこで全部話すつもりだけれど、このことは手紙にも書いておくね。<br>　あなたの見つけた「宝」をお返しします。勝手に使っちゃってごめんなさい。<br>　でもこの存在を知っていたから私はあの、呪われた地を消し去ることができました。<br>　これがなければ一生何もできないままだったでしょう。<br>　だから、あなたのおかげです。本当にありがとう。<br><br>　あなたが知りたいと思っていること、全部話しますね。<br>　<br>　あの日。<br>　子供の頃のあの日。<br>　私があなたを追って廃墟で見つけた「宝」は、ものすごい数の一万円札でした。<br>　旧札の一万円札の束の山です。見たことのない光景に唖然としたのを覚えています。　<br>　あなたはそれを、家を往復して隠しているようでした。　<br>　本物なら警察に届けなければいけないのではないかと不安だったんだけど、黙っていました。<br>　そして見なかったことにしました。怖かったんだと思います。<br>　そうして時間が経つにつれ私の記憶からも忘れ去られてしまったのです。<br><br>　ずいぶん長い間、そんなことがあったことも忘れていましたが、南川地区を調べていて、あの地域を何とかしないといけない、と思ったときに何故かふと思い出してしまったのです。<br>　でも過去にあれを見てはいたけど、あれが本物のお金だとは信じていなかったし、もしニセモノならば私が捕まってしまうかもと思って、なかなか踏み切れませんでした。<br>　そんな折り、あなたの家の改築の話が耳に入ってきたんです。母屋も離れも新しくなるって。私は焦りました。このままではあなたの隠した大金が他の誰かにみつかってしまうかもしれない。ううん、もしかしたら誰の目にも触れられず永久に埋まってしまうのではないか、と。<br>　だから私は、改築の手がつけられる前、あなたのご両親が仕事に出かけているすきに、あの蔵からお金を運び出したのです。すごい量で、子供の頃よくあなたがあそこに運び込めたなっておもうくらいでした。<br>　代わりに地図をおいておいたのは、あなたがもしあそこを掘り起こすようなことがあったときに、私がやったのだという手がかりを残しておいたほうがいいと思って。<br>　あなたが昔私にくれた地図。というか私が欲しがってしまった地図。あなたは大事そうにしていたのに私のわがままで、貰ったときは嬉しかったけど、後悔もしていました。あなたに返す意味でもあれを置いておきました　<br>　あなたの記憶が戻ったら、真っ先に私を疑ってくれると思って。<br><br>　そして、そのとおりになったね。<br>　今日メールを貰ったとき、直感でわかったの。あれをみつけたんだなって。<br>　<br>　やっと話せる時期がきました。<br>　これは憶測だけれど、あなたが見つけたお金。あれは昔あった「三億円強奪事件」のものだったのではないかと思います。<br>　なぜあんなところにあったのか、誰が持ってきたのかは分からないけれど。<br><br>　南川消滅に使うとき、南川の地区長さんにお願いして調べてもらったら、やっぱり本物のお金でした。<br>　そして口座を作ってみたら三億に近い金額になって驚きました。<br>　偶然なのかもしれない。三億って金額を見て、ただ、そう思っただけです。<br>　でもこのお金があれば、私にもなんとかできると思えたのです。<br><br>　南川の人達が新しく住む場所を無事に提供できました。といっても豪勢なものではなく貸家だったりアパートだったり、人それぞれですが。それから引越し費用にも使わせてもらいました。後は、火事のための材料費、かな。消化の為に南川の親戚の人が消防車も用意してくれたので、そういうところにも。<br>　南川の人たちは今はちりぢりになって暮らしています。住所も分からなくなった人もいるけど、今でも、あのときの費用を返金してくれている人もいるのです。<br>　私の名義ですが、通帳にしてお返ししますね。届け印と暗証番号もいれておきます。<br>　あなたのものです。<br><br>　子供の時は、あの大金を見つけたときに、どうして誰にもいわないのだろうと不思議でした。<br>　でも大人になって思えば、あなたは正しいことをしたのだと分かりました。<br>　とりわけ、この町の正体がわかってからは。<br>　もしあなたがあの時、あの大金の存在を発表していたら、間違いなくあの町はあのお金をくすねたでしょうから。<br>　想像だけど、そう思えます。そういう町です。事件が起こるのを極端に嫌う町なのです。<br>　治安が悪いとか、他所の町から叩かれることを非常に気にする町なのです。　<br>　だから南川の火事を知っていてもいまだに知らん振りしています。何事もなかったかのように。<br>　<br>　たぶん子供心に、あなたにもそれが分かっていて隠したのでしょうね。<br>　あなたは正しかった。<br>　私はそう思います。<br>　<br>　<br>　<br>　他に何を書けばいいかな。話すことがいっぱいあった気がするんだけど、いざ書くとなると忘れちゃうね。<br>　あした公園で全部話せると思うから、大丈夫かな。<br>　<br>　<br>　<br>　あ。同窓会。南川の人達を呼べなくてごめんなさい。南川を消した時の約束で、二度とあの町と人には近づかないでって約束をしてしまったのです。<br>　これ以上誰かがいじめられるのはうんざりです。<br>　いじめて喜ぶ連中の顔も見たくありません。それから、まるで関心もないかのようにしらんぷりしている連中も…。<br><br><br>　南川のこと。<br>　たぶんあなたは昔から知らなかったはずですね。<br>　あなたの隠した「宝」から繋がって、知ってしまうことになると思うけれど。<br>　でもどうかそのことを後悔しないでいてください。<br>　あなただけが平等だった。<br>　クラスメイトにも南川にも。<br>　あなただけが優しかった。<br>　そのことが私は嬉しかったんですから。　<br>　<br><br>　大胆なことをしてしまった私を、あなたは軽蔑しているでしょうか。<br>　<br><br>　南川は消えてしまったけれど、あの町の人が生きている限り、あの町の人の記憶にある限り、あの場所は生き続けるのです。完全に消し去ることなんてできないのです。いまでもそんな場所があったのだと、生まれてきた子供達に言い伝えている親がいるかもしれない。<br>　枯泉地区の真実を知らない町の人々は、いまでもあの地区をやっぱりまだ見下していて、そういう町が存在したのよ、と、もしかしたらその曖昧な記憶は誇大されて言い伝えられていくのかもしれない。そしてやっぱり記憶は受け継がれていく。<br>　それでも私はどうにかしたかった。<br>　いつか、数十年か数百年か経って、人が完全に入れ替わったときに、たんだん記憶が薄れていけばいいと願っています。<br><br>　私のやったことが、そのきっかけになればいいと願っています。」</p><p>&nbsp;</p><div class="wiki">手紙はそこで終わっていた。</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">あたしは窓の外の風景をみながら思い出していた。<br>あの町の事を。<br>あの町を愛する人はいたんだろうか。<br>ずっとずっと長い間、特別な地域を自分たちで作り上げていた町。<br>決してそれを消さなかった町。<br>自分たちで下等な土地を作り出しておきながら、人を見下してはいけない、としつこく教え込んでいた町。<br>　<br>おかしいよね。<br>矛盾している。<br>やっぱりよくわからない。あの町のことは。<br>何がしたかったんだろう。何が、起こっていたんだろう。誰が、言い出したことなんだろう。<br>わからない。</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">もしかしてあの道徳の授業は、誰かの本気の善意だったのだろうか。<br>なんとかあの町を救おうとしていた？南川を助けようとしていた？<br>ああ、でも授業をすることでやはり記憶は植えつけられていく。<br>あの町に、下等な地区が存在するのだと、認識させてしまう。<br>ああ、もう。<br>わからない。<br>わからない。<br>わからないけど、あの町から離れない人たちもいる。<br>全部を知っていて。<br>そこにいる。</div><p><br>&nbsp;</p><div class="wiki">ふと頭をよぎった意外な想像。<br>「まさかね…」<br>自分で笑い飛ばす。<br>「まさか。」<br>沙織ちゃんはあの町が好きだったのではないか。<br>「まさかね。」<br>嫌い、だとは聞いたことが無い。<br>好きな町だからこそ、南川を消して守ったのではないか。</div><p><br>&nbsp;</p><div class="wiki">本当のところはわからないけれど。<br>「みのりちゃん！みのりちゃん！」といつも後を追いかけてきた沙織ちゃんの姿が思い出された。<br>田舎で不便な町だったけれど、なにもないなりに自然の中で走り回って遊んでいたあの頃の私達。<br>あたしたちは確かにそこにいたのだ。あの町で生きてきたのだ。<br>それは町がどんなに姿かたちを変えようと揺るがない事実。<br>　</div><p><br>&nbsp;</p><div class="wiki">再び取り出した通帳には二億以上の残高が記されていた。毎月数十人からの振込みがあるようだ。名前は…覚えのない人ばかり。それも作戦なのだろうか。月ごとの決まった曜日に定期的に振り込まれいるのは、もしかして沙織ちゃんが…？</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">早川沙織。彼女の計画にぞっとしない気がしないでもない。<br>　</div><p><br>&nbsp;</p><div class="wiki">広島に帰る前に偶然見た「三億円事件」をモチーフにしたある映画。<br>あれで何かを思い出した。何かがあたしの中でリンクしたのだ。なのにリンク先が分からない。　<br>何があるんだっけ、映画と関係があるんだっけ。なぜ、どうしてあの映画であたしはあんなにドキドキしたのか。<br>あの町に帰ればハッキリするのだとわかったくらい。<br>その先にあるものは昔から探していた合言葉の紙だったか、修ちゃんの家にある地図だったかはわからない。とにかく何かを探さなくちゃ、と、記憶がすっぽり抜けていた。<br>　<br>曖昧な過去の記憶。<br>紙芝居のように次から次へとめくられていく記憶。<br>その中に見え隠れした紙の束の山。お札の束の山。</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">隠した物を思い出せたとき、真実を知るチャンスがきたのかもしれないと思った。あれはあの事件に何か関係があるもので、事件の真相が分かるのかもしれない。と。　とっくに時効になってはいるだろうけど、自分の興味はそっちだった。<br>だがこの大金の出所も真実も、もう闇の彼方だ。一生知ることもないだろう。</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">それと引き換えに、あたしは思ってもいなかったこの町の歴史を知る。</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">　<br>だけど。<br>「宝」を隠した場所をきれいさっぱり忘れていたのは何故だろう。</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">「自己防衛本能」<br>彼女が言っていた言葉がよみがえる。<br>　<br>あたしもすでに飲み込まれている。<br>そんな気がした。</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">ため息が出た。<br>手紙を封筒に戻そうと最後の一枚をめくると、もう一枚あった。</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">「追伸。<br>南川の公園はあと一年したら壊します。<br>残っていると意味がないって反対したんだけど、どうしても少しの間だけ残しておいてくれって、ある人から頼まれたので。」</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">神谷君だ―――！</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">間違いない。<br>　<br>「お前さあ、遊びにくれば？」</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">遠慮がちに誘ってくれたあの顔がよみがえる。<br>　<br>九年前。<br>炎がすべてを飲み込んだ、南川の最後のなつやすみ。<br>　<br>彼はどんな思いでみつめていたのだろう。<br>　<br>大した理由もないのに下等な地域の住人として虐げられてきた彼ら。<br>土地に根付いた言い伝えのせいでずっと肩身の狭い思いをしてきた彼ら。<br>故郷を捨てざるを得なかった彼ら。<br>　<br>もう二度と会えない。<br>二度と。</div><p>&nbsp;</p><div class="wiki">あの日、勇気を出して誘ってくれた神谷くんの気持ちを思って、あたしは新幹線のなかで泣いた。</div><p><br><br><br><br>&nbsp;</p><div class="wiki">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　終わり。</div><p><br><br><br><br><br><br><br>&nbsp;</p><div class="wiki">連動ブログ小説「ダレモシラナイモノガタり　第一部　最後のなつやすみ　斉藤みのり編」のご愛読ありがとうございました。<br>よろしければこちらもも合わせてお楽しみ下さい。</div><p><br>&nbsp;</p><div class="wiki"><a href="http://lostheaven735.blog76.fc2.com/blog-entry-1.html" rel="nofollow" target="_blank">「最後のなつやすみ　早川沙織編」</a><br><a href="http://ameblo.jp/primecrime/entry-10318145229.html" rel="nofollow" target="_blank">「最後のなつやすみ　豊原修一編」</a></div><p>&nbsp;</p><div class="wiki"><a href="http://blog.livedoor.jp/primecrime/archives/51367436.html" rel="nofollow" target="_blank">「ダレモシラナイモノガタリ　第二部　The last vacation 高杉誠編」</a><br><a href="http://primrose.en-grey.com/Entry/1/" rel="nofollow" target="_blank">「The last vacation　佐伯由香利編」</a><br><a href="http://nightmare1.jugem.jp/?eid=1" rel="nofollow" target="_blank">「The last vacation　三倉隆司編」</a></div><p>&nbsp;</p><div class="wiki"><a href="http://ameblo.jp/east-valley/" rel="nofollow" target="_blank">「ダレモシラナイモノガタリ　第三部完結編　私の七つのお祝いに　倉田麻衣編」</a><br><a href="http://northmount.jugem.jp/?PHPSESSID=62b94e71dfce280e3befdf8bd95c61f8" rel="nofollow" target="_blank">「私の七つのお祝いに　土谷千佳編 」</a><br><a href="http://yahataoutside.blog41.fc2.com/?editor" rel="nofollow" target="_blank">「私の七つのお祝いに　方城瑠璃編」</a><br><a href="http://blog.livedoor.jp/yahatakagura-spirits/" rel="nofollow" target="_blank">「私の七つのお祝いに　青威編」</a></div><p><br>&nbsp;</p><div class="wiki">　</div><p><br>&nbsp;</p><div class="wiki">この物語はフィクションです。<br>登場する人物、団体名は架空のものです。<br>この物語の無断転載、無断使用はお断りいたします。</div><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 17 Aug 2009 22:56:16 +0900</pubDate>
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<title>７　不変</title>
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<![CDATA[ <p>昨夜、また母と一緒の部屋で眠った。<br>「中学校、無くなるの聞いてホッとしたんだ。」<br>あたしの言葉に母は寂しそうに笑った。<br>「あたし、あそこ嫌いだったから。」<br>「知ってるわよ。」<br>それは初めて母と話すことだった。<br>「いくら生徒が少ないからって、部活動が二択っておかしかったでしょ？」<br>一学年一クラスしかない学校だった。だから中学校一年生から三年生全員集めても百人にも満たない。<br>しかし人数が足りないと活動が成り立たないため、無理やり部活を二つに絞ったのだった。　<br>テニスとバスケットボール。どちらも体育会系だ。<br>学校の決まりで、どちらかに絶対入部しなければならない。たとえ運動が苦手でも。<br>「嘘だとおもった。あたし中学入ったら美術部って決めてたんだよ。」<br>笑いが出た。<br>中学校生活に抱いていた勝手な憧れだった。<br>「まあ、あんたは文科系だもんね。」<br>「うん。信じられなかった。やりたくもないことやらされるなんて。」<br>「しょうがないわ。子供が少ないんだから。」<br>「わかってるけどさー。」<br>あたしがこの町を嫌いなのはほとんどが中学校のせいなのかもしれない。<br>夢を打ち砕かれて、おまけに三年間、好きでもないバスケットボールと戯れるハメになった。練習はきつく、かなりスパルタだったのはここが優勝校だったせいだ。そりゃ優勝もするだろう。放課後毎日練習があり、休みといったら試験中だけ。夏休みも冬休みも、毎日毎日。<br>好きになれたら良かった。イヤイヤやらずに優勝旗また狙うぞーって、意気込みが持てていたなら、こうはならなかったんじゃないかな。でも苦手だった。きつい練習のたび「どうしてあたしがこんなことを…」と思ってしまっていたのだ。<br>市立中学校が集まって開催される大会には、各校から意気込んだ生徒が集まってきた。みんなやる気満々に闘志をむき出しなのが目に見えて分かって、羨ましかった。　　<br>あたしは最後まで慣れなかったけれど、不思議なことに、そのたった二つの部活に文句をいう者はいなかった。みんな黙って従っていたのだ。<br>そのこともあたしには不思議だった。<br>この町に生まれて、この学校に通う定めだと、諦めていたのだろうか。あの同級生達はどんな気持ちだったのだろう。考えたこともなかった。<br>あたしだけは、卒業するまで反抗していたな。朝練もさぼったことがある。きっと「部活が二つだけなんておかしいです！」なんて意見したら冷たい視線を浴びることになっていたのだろう。想像だけでもわかる気がする。だからあたしは言えなかった。そのかわり朝練をサボることで抵抗していた。<br>「先生がね。」<br>「河内先生？」<br>「そう、先生がね、ＰＴＡで反対してくれたことがあるのよ。」<br>「えっ。」<br>河内先生といえば中学の三年間ずっと担任だった女性の教師である。<br>「部活動にね。やりたくないのはあんただけじゃなかったんだろうね。その事を意見したとき、学生の親から叩かれたのよ。」<br>あたしは思わず母の顔を見つめた。そんなの初耳だ。<br>「先生は三月町から来てたでしょ？だからね、「よそ者がこの朝日町の学校のしきたりに口をだすな！」って生徒の親たちがね…」<br>嘘だ…。なによそれ…。<br>「本当なの？それ。」<br>「うん。まあこの地域も幾分閉鎖的なところがあるのよねえ…」<br>そういう母は、父と結婚してこの土地に来たのだった。<br>「わたしも驚いたのよ。あんなに親御さんが怒るなんて。先生がかわいそうだったわ。泣いてらっしゃったし。」<br>ショックだった。<br>同窓会に先生が来なかったのは、そういうことなのか。<br>「でもね、あんたたちが卒業するまでずっとＰＴＡで戦ってくれたのよ。練習時間を減らせないか、とか、練習日を週何日かだけにしてくれないか、とかね。」<br>涙がでてきた。<br>なんだか今すぐに会って謝りたい気がした。<br>この地域に仕事に来ていただけなのに、よくわからない「決まりごとの争い」に巻き込まれてしまったのだ。<br>優しかった河内先生。<br>先生はあたしたちの気持ちを知っていて、この閉鎖的な地区と戦ってくれていたのだ。あたしたちの知らないところで。<br>できたら学生の頃に知りたかった。あたしたちの助けがあれば、あの頃に何かを変えられたかもしれないのに。　<br>天井を見上げて涙を母にみられまいとした。<br>「先生だけじゃないわよ。」<br>「なに？」<br>「この町ね、朝日町ね、昔電車を通す計画が持ち上がったらしいのよ。」　<br>「通ってないじゃん…」<br>「町の人が猛反対したんだって。「治安が悪くなるから」って。」<br>「…それだけ？」<br>一体誰が決めているのだ。腹が立った。電車が通っていればかなり暮らしやすくなっていたのに。一時間に一本のバスしか通らないこの町の未来を考えたことはないのだろうか。<br>「やっぱりおかしいでしょ、この町。」<br>そういえば電車はこの町を避けるように走っている。隣り町どうしだけがつながっているのだ。隣り町に行けば電車に乗れるけれど、そこまで車で二十分ほどかかる。どこにいくにしても不便な町なのだ、ここは。<br>「ほかにも、そういうことあったの？」<br>全部知りたかった。知らないことがあるならば。<br>「うーん、そうねえ。ああ、八幡さんの向かいに共同墓地があるでしょ？」<br>「うん。」<br>「うちのお墓もあそこにあったんだけど、何年か前に裏の池のそばに移したのよ。去年だったかしらね、町内会でみんなでお金を出し合って共同墓地の山道を補強することが決まったの。母さんたちもそこに出席していたんだけど、共同墓地にはもう、うちのお墓はないし、あそこには行かないんですよねえっていったら、なんだかみんな怒りだしちゃってね。じゃあ寄付もせんでいい、だがあの山に斉藤家の者は二度と登るな。って言われちゃったのよ。」<br>気分が悪くなった。<br>あたしの家族まで朝日町の弾圧を受けていたのか。いや、そんなルールはなかった。それはあきらかに「人」が作り出したルール。<br>人が集まれば、簡単にルールができてしまうのだ。そして味方が多ければ多いほど、そのルールは覆せないものとなる。<br>ちょっと、いや、とても怖いことだ。<br>「それ、どうなったの？」<br>「ああ、共同墓地を使ってない人は寄付しなくてもいいことになったかしらね。でも結局するんだろうけどね、みんな。」<br>「うちも？」<br>「しないわよ？いかないもの。」<br>母が強い人で本当に良かったと思った。ほかの土地から来て、こんなにきつい、わけのわからない風習に巻き込まれるなんて、あたしならごめんだ。泣いているかもしれない。<br>母もずっといろいろと抱え込んで生きてきたのだ。<br>「ねえ、まだ、あたしの知らないことはある？」<br>しばらく考えた後、「どうだろうねえ。」と笑った。<br>「…」<br>「お礼を言われたことがあったかな。」<br>「誰に？」<br>「南川地区の地区長さん。悠の同級生のお父さんだったわね。」<br>「なんのお礼？」<br>｢公園が出来た日、子供さんを遊びに来させてくれてありがとう、って。｣<br>「へ？」<br>「行ったでしょう？南川の公園に。」<br>「…それは、覚えてるけど。どうしてお礼なんていわれるの？お菓子とか貰ったのはあたしだよ？」<br>母はあたしを見た。<br>「枯泉地域だからよ。」<br>「かせん？なにそれ。」<br>「農作物が採れにくい地域だったんだって。だから昔から陰でそう呼ばれていて、その地区を嫌っていた人も多いみたいなのよ。」<br><br>え―――――――――――――？<br><br>「ずっとずっと昔からみたいね。母さんもよくは知らないの。でもこの町じゃ南川はあんまりよくは思われていなかったみたい。あんた、学校で習ってきたでしょ？」<br><br>そんな。<br>なにそれ。　<br>そんなの、知らない。そんなの…。<br><br>「お前さあ、遊びに来れば？」<br><br>神谷くんの顔が浮かんだ。<br>あの時、遠慮がちに誘ってくれた神谷くん。南川に住んでいた、神谷君。<br>何も知らなかったあたし。<br>学校でのあのうんざりするくらいの道徳の授業は、南川地区のために行われていたの？<br>みんな、みんな知ってたの？あたしは知らない。<br><br>でも、知っていたら何か変わっていたのだろうか。<br>　<br>頭と心が真っ白になった。<br>それでもあたしは―――――…<br>知らないことが多すぎたのではないか。<br><br>また、わけも分からず涙があふれ出た。<br>何に対して泣いているのだろうか。<br>生まれついたこの町にか。<br>嫌われる土地に生まれてきてしまった神谷君にか。<br>いやがらせを受けた先生とあたしの家族にか。<br><br>わからないよ。<br>わかりたくもない。<br>　　<br>けれど、どうして母はそんなこと知っていたんだろう。<br>どうして教えてくれなかったのだろう。<br>言ってはいけないことだったの？<br>それともまた風習ってやつで、暗黙の了解なの？<br>誰か教えてよ…<br>誰か、全部、ちゃんと、本当のことを。<br>あたしに――――<br><br>「おしえてよ…」<br>　<br>自分の寝言で目が覚めた。<br><br>「あ…」<br>「大丈夫かー？」<br>運転席の修ちゃんが心配してくれる。<br>「う、うん。」<br>昨夜はほとんど眠れなかった。　<br>事実と真実のショックで。考えることが多すぎて。<br>事実を知ったからといって、あたしになにかできるわけでもなかった。<br>これから先も、どうしようもないのだろう。<br>ここに生まれた人間は、ここで生きていくしかないのだから。<br>この閉鎖的な空間で、おかしな風習に囲まれて。<br>大人だった河内先生も、あたしの親さえ、丸め込まれたのだ。<br>目に見えないなにかが、この町の人たちをそうさせている。<br>　<br>逆らう者には非難を。<br>従う者には、同志の結束を。<br>町に住む人達は誰も逆らわない。逆らうということがどういうことか分かっている。<br>たとえ自分の子供が苦しんでいるとしても「しかたないのよ。」で終わってしまうところなのだ。<br>学校の部活にしてもきっと「昔から続いているものだから。」で話は終わってしまうのだろう。<br>そうやって辛抱強く我慢した子供たちは中学校生活が終わるとこの土地を飛び出していってしまう。<br>幸い、この町に高校がなくてよかった。　<br>高校へは隣町などに出ていかなくてはならない。<br>東京に行ったあたしもその一人だ。<br>早くここから逃げたかったのは、あの、目に見えない圧迫感のせいだったのか。<br>　<br>あたしはなんという町に生まれてしまったのだろう。<br>あまりにも事柄が大きすぎて、あたしの手に負えるものではなかった。<br>明日東京に帰ってしまうのだけど、母を残していくことが心配になってきた。<br>だけど、その前に。<br>はっきりさせておかなくちゃ。<br>あの子に聞いて、確かめなくてはならない。<br><br>「着いたよ。」<br>修ちゃんの声に顔をあげてあたしは自分の目を疑った。<br><br>「なに…これ…。」<br>　<br>十数年以上ぶりに訪れた南川地区は、町ごとタイムスリップでもしたかのように、そこにあった家も集会所もなにもかもが消えていた。<br>あっちにあった神谷君の家、それから、えっと、小池くんの家、清水さん家…。<br>どこにいったの？どうしてないの？<br>ここはどこなの？<br>修ちゃんあたし南川につれてってってお願いしたはずだよ。こんな何もないところじゃなくて。<br>それでもそこが南川地区だと確信させる証拠に、公園だけは残っていた。<br>確かに昔、あたしが遊びに来た公園。<br>遊具はさび付いているようだが、すみにある花壇には少しだが花が咲いている。<br>そこに人影が見えた。<br>「いらっしゃい。」<br>早川沙織が振り向いた。　　&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>立ち尽くしたまま、あたしたちはしばらくの間無言だった。<br>「話すことがありすぎて、困っちゃうな。」<br>沙織ちゃんは無表情のまま遠くを見つめる。<br>南川の家々が立ち並んでいただろう場所を。<br>「昨日メール貰っとき、頭で整理はしたんだけどね。…どこまで分かったの？」<br>「…沙織ちゃんが「宝」をすり変えたこと。」<br>「そう。」<br>「その前に教えて。南川は、ここは一体どうしたの？何があったの？」<br>「…」<br>沙織ちゃんは答えなかった。<br>「小学校の時からやってた道徳の授業、覚えてる？」<br>「えっ？」<br>話が見えない。<br>「三ヶ月に一度、クラスや全校集会で「人はみんな平等です」…ってしつこいくらいに習ったわよね。覚えてるかしら。」<br>「う、うん。でも、それが？」<br>「この町では、そういうことを子供に勉強させるくせに、裏では堂々と反対のことを行っていたのよ。」<br>「南川地区の、こと？」<br>「…」<br>また無言。<br>「南川のことも、知っちゃったのかあ。」<br>寂しそうな顔をした。<br>「私も小さい頃から「南川の人間は悪い。南川の人間とは遊ぶな。」って言われた。理由も教えて貰えず…それも地区長によ。」<br>「え…」<br>「小学校三年生になるまで、私は北山地区に住んでいたの。そこは四地区内でも、一番南川に対して厳しいように思えたわ。風当たりが強いというか。でも親が離婚して西峰地区に来てからは、そういうの、なくなったんだけどね。」<br>無表情のまま話す沙織ちゃんの言葉を、あたしと修ちゃんは黙って聞いている。<br>「でもおかしかったわ。小学校に入ったとたん「人は平等です」なんて教えられるものだから、何がなんだか…。だけど、たぶん一番戸惑ったのは北山に住む子供達よね。地区と学校では教えられることが正反対なんだもの。どうするんだろうって思っていたけど、みんなを見ていてわかった。「上手に生きていった」のよ。学校では道徳の授業後の感想文に「人はみな平等」とわかったように書き、家に帰ってからは親たちのいいつけを守って、南川の人間はダメな連中だ、って話を合わせて生きていた。」<br>どこかで聞いた言葉だった。<br>「ばっかみたい！」<br>急に大声。<br>「なにが道徳の授業よ。地区の掟よ。枯泉地域なんて呼んでいたけど、土地の条件が悪くて農作物が採れなかったなんていったいいつの時代の話なわけ。江戸とか明治とか、そんな大昔の話をいったいいつまで引きずって生きるつもりよ。私達は生まれる場所を選べないし、南川に生まれたからって、どうしてそんな古臭いことでとばっちりをうけなきゃいけないの？」<br>沙織ちゃんが笑った。<br>「アホくさ。」<br>いままで見たことのない表情にあたしは緊張した。<br>「学校で授業をすることで、永遠にみんなの記憶から枯泉地区がなくならなくなるのよ。この町に住む人はいつまでもいつまでも、南川が特別な存在だったと、忘れなくなる。そこがいったいどうしてダメなのか、悪いところなのかもわからずに、それでも特別な場所と決め付けて、延々と子供に受け継がせていってしまうのよ。記憶をね…。」<br>「でも、あたしは知らなかった。」<br>「いいのよ。しらないままでいてほしかった。」<br>「ええ？」<br>「そういう人が増えれば、誰もここを語り継がなくなるもの。みんなの記憶から消えていくもの。真実を知ったあなたは、いつかきっと誰かに話すわ。私の生まれた町に特別な地域があった、と。そしてそれを聞いた人の記憶に情報は貯蓄される。それがまた切れない連鎖を生むのよ。」<br>沙織ちゃんは何かに怒っているようだった。ああ、そうか。あたしと、おなじだったんだ。見えない何かを憎んでいる、うまくいえないけど、そういう感じ。<br>「南川に住んでいるというだけで、破談されたり、仕事に就けなかった人たちもいるのよ。」<br>「嘘…」<br>「本当のことよ。あんまり知られてはいないかもしれないけれど。」<br>恐かった。<br>嘘だと言ってほしかった。<br>「どうして、あんなに道徳の時間があったのかな。」<br>あたしは疑問を口にした。<br>「うらめしさから、じゃないかしら。きっとみんなだってわかっていたのよ。いつまでこんなことを語り継がないといけないのか、って。でも、止めることはできなかった。それがこの町に続く不思議な絆。ここに住む人間がしらずしらずのうちに受け継いでいる風習なの。」<br>「あたし達も？」<br>「どうかしら。町の雰囲気に飲み込まれている子は見れば分かった。比較的、意見を持たない子たちがそうだった。なんにでも従順な子たちがそう。」<br>まるですべてを分析し終えているかのように言った。不思議だった。この町のことを知り尽くしているのだ。<br>「二十歳のとき、里香ちゃんが婚約したの。就職先で知り合った人とね。でもダメになった。」<br>清水里香。南川に住むクラスメイトだった。<br>「なんで…？」<br>「…伝えたんだろうね、自分の住んでいる地区のことを。」<br>「それだけで？」<br>「里香ちゃん、そのあと自殺未遂を起こして大変だった。私も何度かお見舞いに行ったけれど、あんなに苦しむくらいなら死んで楽になったほうがいいのかもしれないとまで思ってしまった。」<br>言葉がでなかった。<br>クラスメイトにまでそんなことが。<br>　信じたくなかった。<br>「ほんとうにバカげてるわ。古くから続く風習が一体どれほどのものかと調べてみれば、その正体はただのいじめよ。昔から語り継がれたばかばかしいことが、何人もの人を苦しめていたのよ。」<br>　忌々しそうに言う。<br>「調べたのよ。枯泉地域の起源を。そして分かったの。そんな地域は存在しないんだって。」<br>「どういうこと？」<br>「戸籍上にも日本の歴史にもそんな地域は存在しない。つまり、この町でのみの特別な地域なのよ。町が勝手に決めて作っただけなの。」<br>そんな。<br>ばかな。　<br>朝日町の四つの地区のうち三つの地区が南川をそう作り上げてきたというのか。<br>南川の人たちはほかの地区の住人に嫌がらせをされていただけだったのか。<br>清水里香は「大昔に畑の作物の実りが悪かった地域に住んでいる」だけで婚約も破棄されたのだ。<br>なんなのそれ。<br>どうかしてる。<br>「そうよ。南川に住んでいることを言う必要も恥じる必要もないのよ。何も悪いことさえしていないし、バカにされる資格もないのよ。第一枯泉地域なんて、この町が勝手に作った言葉なのよ。」<br>呆れた。<br>この町は自分で自分の首を絞めていたのだ。<br>「そのこと、誰かに話したの？」<br>「うん。南川の人たちにはね。」<br>「それで…？」<br>「…」<br>沙織ちゃんは目をそらした。<br>「結果がこれよ。」<br>草だらけの平原をみて、言う。<br>むかし、クラスメイトの家々も立ち並んでいたはずの、南川を。<br>まさか、集団自殺？<br>あたしの怪訝そうな顔が目に入ったのだろう。沙織ちゃんは笑って否定した。<br>｢変な想像しないでよね。｣<br>「だって…」<br>「勝手に悪者扱いされて自殺とかなんて、やってられないわよ。南川の人にとっちゃいい迷惑だわ。」<br>「じゃあ一体…」<br>「消したの。」<br>「へ？」<br>「南川を消したのよ。私がね。」&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>遠くの山で鳴くセミの声しか聞こえない。<br>真夏なのに比較的この辺が涼しいのは、この地区が山の陰にあるせいだ。<br>真昼なのに薄暗く、指している日差しはほんのはわずかで、昔不作だった、というのだけは本当かも知れないと思った。今となっては知る由もないが。<br>「南川の地区長さんは真実を知ってもどうにかしようとはいわなかった。言ったところで、何十年、何百年も続いてきたこの呼び名が覆されることはないだろうって。逆に、いまそれを訴えたところで「南川のやつらがまた何かいってるぞ」程度で真剣に聞き入れてもらえるはずもないことも。だから私、提案したの。逃げませんか？って。」<br>「逃げる？」<br>「誰もこの町の未来を変えられないというなら、こんなばかげた場所から出て行こうって。もちろん大反対されたわ。行く場所なんてないってね。そりゃあ当然よね。そんなこと考えたこともなかったでしょうし。実行するとなるとかなり大掛かりなことになるもの。次に住む場所にお金もかかるわよね。でも私には考えがないわけじゃなかった。」<br>そういいながらあたしをみつめる。<br>とても長く感じられた時間。<br>ハッとした。<br>「あたしの、隠した「宝」？」<br>「…うん。ごめんね、勝手に使っちゃった。」<br>「使ったって…あれはちゃんと使えるものだったの？そういう価値があるものだったの？」<br>「うん。そうだよ。」<br><br>良かった。<br>あの頃の記憶は嘘じゃなかったんだ。<br>遠い昔。怖くて、知らず知らずのうちに封印してしまった記憶。<br>合言葉を決め、地図を書き、必死に守ったあの頃。<br>そして一連の記憶。<br>幻じゃなかったんだ！良かった！<br>その事実が嬉しかった。<br>もしかしたら自分の現実逃避が作り出した幻想だったのかもしれないと不安になり、それを確かめに帰ってきたのだ。今の今まで忘れていたが。<br>　<br>でも、あたしが隠した「宝」の場所をどうやって知ったんだろう。<br>誰にも言ったことはないはずだ。<br><br>「あの日。」<br>遠くをみつめながら記憶を探るように話す沙織ちゃん。<br>「あなたとまた遊びたくてひとりで家に行ったの。そうしたらちょうどあなたが出かけた時でね。声をかけようと思ったんだけど急いでいたみたいだったから、勝手に後を追ったのよ。あなたはどんどん知らない森の奥に入っていくし、様子が変だしで、なかなか声をかけられなくって。時々立ち止まって辺りを見回していたから気づかれているのかと思ったけど、最後まで私に気づいていないみたいだったわ。そしてたどり着いた場所があの廃墟。中に入ってしばらくするとあなたは何か荷物を抱えて出てきた。そして走って帰っていったの。私は気になってあなたが入った廃墟を覗いてみた。」<br>「…そっか、見たんだ。」<br>「うん。私もびっくりしたけど、でもあなたのやっていることに意味があるように思えてずっと内緒にしてたわ。私も怖かったし。」<br>「隠した場所、知ってたのはなんで？」<br>「廃墟であれをみて立ち尽くしていたらまたあなたが走って戻って来たからとても驚いた。足音が聞こえてきて、急いで隠れたから見つからなかったけれど、気になって次は後をつけたの。それで…」<br>「そっか。」<br>「私、あなたはもうずっとあの「宝」のことは思い出さないんだろうなって思ってた。思い出さないでいてくれたほうが良かった。もし思い出してしまったら、ここに、つながってしまったから。全て、知られてしまったから。」<br>沙織ちゃんはため息をつく。<br>「裏切り者がいるとは思いもよらなかったけれどね。」<br>きょとんとしているあたしを通り越して、修ちゃんを見つめる。<br>「どういうこと？」<br>「そういうこと。」<br>困ったような沙織ちゃんの顔。<br>修ちゃんを見る。<br>そっけない修ちゃんの態度。<br>なに？修ちゃんが裏切り者ってなに？<br>「みのりちゃんには知らないままでいてほしかっただけなのに、ここぞとばかりに思い出させようとしていて焦ったわ。」<br>「別に裏切ってないけどな。でも彼女にも知る権利があるだろう。早川が隠そうとするやり方は、この町の風習だよ。」<br>修ちゃんの言葉に沙織ちゃんの顔が青ざめる。<br>「そ、そんな、違うわよ。」<br>「違わない。そうやって俺達もこの町に飲み込まれているんだよ、しらないうちにな。」<br>沙織ちゃんは信じられないといった様子であたしを見る。<br><br>違う、あたしは違う。<br><br>そう、瞳が訴えていた。<br><br>「彼女が計画したことは大掛かりだったよ。燃やしちゃったんだ、なにもかも。」<br>「燃やす…」<br>「もちろん南川全員の賛成を得てね。反対する人なんかいなかった。彼女は地区の全員に新しい住処を約束したんだから。軍資金もあったみたいだ。それを使って彼らを見知らぬ土地へ送り出したんだ。」<br>「二度とここに戻らないという約束をしてね。」<br>そういった沙織ちゃんの顔は寂しそうだった。<br>「でも、こんな丸ごと一地区消えてしまったら事件になるでしょ？ニュースとか、あたし今日までしらなかったんだよ？お母さんも教えてくれなかったし。」<br>「事件にならなかったのは、公に消防車を呼ばなかったからよ。あらかじめ待機していたもの以外ね。」<br>「誰にも内緒で燃やしつくしちゃったんだよ。再生不能と誰もが思えるようにな。」<br>冷静に話す修ちゃんたちを見て背筋が寒くなった。<br>「修ちゃんにも協力してもらってね。…家もなくなれば、ここにいる理由が消えてくれると思ったの。ここに束縛される理由、かな？こうすれば誰も文句は言えないわ。…先祖代々受け継いできた家が消えるのを悲しむ方もいらっしゃったけれど。でも子供の未来を考えて、お互いがお互いを説得してくれたの。」<br>　<br>この町の見えない悪魔はそれほどまでに人を動かした。<br>故郷を捨ててもいいと思えるほど、悪魔はみんなを苦しめていたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>「大火事として片付けられたわ。この町でだけね。ばかな連中も、さすがに口もだせなかったみたい。だってまさか仕組まれた火事だなんて思ってもいないし。」<br>冷ややかに言う沙織ちゃんの顔がどことなく勝ち誇ったようにみえたのは気のせいか。<br>「でも本当にばか。大して密集もしていなかった家々が、一地区全焼してしまうことに疑問も持たない連中なんだから。」<br>もともと関心も薄かったのかもね、と笑う。<br>「あ、心配しないでね。当たり前だけど怪我人もでなかったし、荷物とかちゃんと先に運び出しておいたんだから。」<br>気遣うふうに笑う沙織ちゃん。<br>あたしはなんだか映画のストーリーでも聞いているかのような気分になっていた。<br>「信じられない。なんか嘘みたいで…。」<br>ようやくそれだけ言えた。<br>「私、嘘はつかないわ。意味ないもの。…あ、ひとつ、だけ、ある、かな？」<br>「なに！？」<br>あたしはだまされるのかとおもった。<br>いままでの話がもし全部嘘だったら！<br>嘘だったら？<br>安心する？それとも…。<br>｢美紗子ちゃんのこと。｣<br>どきっとした。<br>「神隠しは、嘘よ。」<br>「え…」<br>「覚えてないかもしれないけど、美紗子ちゃんは南川の子だった。両親の判断で、早くにこの土地を離れただけだったの。中三の時に転校していったわ。誰にも知られることなくね。」<br>ひどい！騙すなんて！と言おうとしたが意えなかった。あたしも気にさえしていなかったのだから。<br>でもクラスメイトが一人消えたことにみんながあまり騒がなかったのは不思議だ。あたしでさえも。<br>「転校する前に、みのりちゃんの冒険に誘ったのは私。美紗子ちゃん、あなたのことずっと羨ましそうに見てたから。転校する前に一度くらい夢をかなえてあげたかった。それが夏休みの水晶の山への冒険だった。」<br>「そうだったの。」<br>「この間の麻衣ちゃんもそうね。彼女、学生時代に熟やお稽古ごとで友達と遊んだことがなかったんですって。楽しい思い出がない過去を悔いてつまらなさそうだったから、あなたの探検に誘ってあげたの。後でとても喜んでいてね、子供の頃にああいうことたくさんやれたらよかったな、って。」<br>知らなかった。知らないことが多すぎる。<br>いや、ただ、気にしていなかっただけなのかも。<br>気にしない。<br>興味がない。<br>どうでもいい？<br>おかしいな、あたしそんなに注意力のない子だったっけ。<br>「でもね、私、ちゃんと公言したんだからね。」<br>「なにを？」<br>「みのりちゃんをだましてやるって、ね。」<br>可笑しそうに笑う。<br>「修学旅行の怪談で、私、みのりちゃんに泣かされちゃったことあったでしょ？悔しかったから、いつか絶対仕返ししてやるぞっていったのよ。覚えてないかな。」<br>そんなことも、あったっけ。　<br>はっきり思い出せないけど、「騙されないもんねーだ」と言い返したのはあたしだったか。<br>「神隠しはウソだけど。こんなばかげた土地のせいで泣く泣く引越しした、っていう理由よりは、まだ夢があっていいかもね。」<br>あたしもそう思った。<br>「それから、あなたが隠した「宝」。」<br>「うん？」<br>「ちゃんとあなたの家にあるわ。」<br>「どういうこと？」<br>「勝手に持ち出して使ってしまったのは謝るわ。ごめんなさい。でもちゃんと返すから。今日か明日、あなたの家でみつかるはずよ。」<br>「あんな重いもの…どうやって。」<br>沙織ちゃんは笑っているだけだった。<br>突然の着信音に、携帯をマナーモードに切り替える彼女の手元を見て、息を呑む。<br>「それは…」<br>気づいて顔を上げる。<br>「うん。大事にもってるよ。」<br>誇らしげな笑顔。　<br>携帯のストラップ。<br>忘れもしない。あたしが「さなちゃん」にあげたビーズの腕輪。たくさんのストラップの中にあってもかなり目立つくらいにキレイだった。<br>「さなちゃん、なのよね。」<br>「うん。北山に住んでた頃は…両親が離婚するまでは真田って苗字だったの。」<br>それでさなちゃんか。<br>「ちゃんと名前言ったつもりだったんだけど。おかしいね。」<br>くすくす笑う。<br>「小学校が合併してもみのりちゃん、私のこと思い出してくれなかったから、ちょっと寂しかったのよ。」<br>「…あんなにいきなり背が伸びてれば俺でも気づかないよ。」<br>修ちゃんのは助け舟だろうか。<br>そんなことを考えながらおもいだすのは、小学校の合併の年。<br>沙織ちゃんは北山の小学校に行っていたから、同級生なのに一緒に写っている写真が少ない。昨日探そうとして忘れてしまっていた謎もひとつとけた。<br>北山小学校と、あたしや修ちゃんが通った西峰小学校は、あたしが三年生になった春に合併して新校舎になった。だから彼女が写真に現れるのは小学三年生からだ。合併する前に両親が離婚したのだとすれば辻褄が合う。<br>三年生で出会ったときにはすでに「早川」と名乗っていたし。<br>「でも、騙してたとかじゃないから。黙っていただけ。いつ思い出してくれるかなあって。」<br>思い出すまでに十九年もかかったわけだが。<br>「しょうがないわよ。そういう町なんですもの。南川地区をしつこく嫌ういやなとこがあるかと思えば、他人なんてどうでもいいなんて排他的な一面もある。私の考えではね、この町の人たちの「自己防衛本能」のせいだとおもう。」<br>「なにそれ。」<br>「「南川」という嫌われている地区があることを知っている人たちは、頭の中で勝手に防衛線をひいているんだよね。なにか余計なことに口を出しして自分も「南川」のように誰かに嫌われないかと直感的に感じで思っているんだと思う。潜在意識、っていうのかしら。それで必要なこと以外、自分のなかから追い出したり、触れないようにしようとしてしまうわけ。人も記憶も。…って、私が調べてきた結果の、個人的な感想なんだけれど。」<br>間違ってはいないような気がした。<br>「で、どうする？みのりちゃん。」<br>「え」<br>「真実を知ってしまったもの。」<br>「…」<br>「南川の人の同意があったとはいえ、町の一地区を消しちゃったのよ、手伝ってもらったとはいえ修ちゃんは私に巻き込まれただけだからそれには触れないでいてあげてほしいけど。」<br>「どうする、って？」<br>「警察とか、町の人に、真実を告げちゃう？」<br>「そんな必要あるっけ？」<br>「えっ。」<br>「南川の人たちここを離れることが出来て悩みも苦痛もなく暮らしているとおもうし、これで良かった…ううん、これが良かったんじゃないの？」<br>自信はないが。<br>でも彼女は、あたしにはどうにもできないと思っていたこの町を、どうにかしてしまったのだ。沙織ちゃんは。大掛かりなことをやってのけてしまった。あたしが、諦めていたことを、知らない間に実行してくれていたのだ。<br>「こうしなきゃ、この町は永遠に変わらなかったよ。これで、いいんだと、思う。」<br>言い切れなかったが、そう思った。<br>「良かった。」<br>沙織ちゃんの安堵の声。<br>「みのりちゃんなら絶対そう言ってくれると思っていたの。もしあなたが東京に行かずこの町にいたなら、私あなたをこの改革に巻き込んでいたと思う。そうしたらあなたもきっと手伝ってくれていたわよね？そうよね？正直南川が消えてくれて、嬉しかったわ。町のほかの連中、ざまあみろって思った。いじめる対象がなくなってつまらなくなってしまったでしょうね。何十年、何百年も見下して生きてきたものが突然消えちゃったのよ。これから何を心の支えにしていけばいいの？思い知ったかしらね。自分よりも下等のものを作ることによって優越感に浸って生きる、馬鹿で傲慢知己な連中。一生この町でつまらない人生を送ればいいわ。」<br>まるで人が変わったように言う沙織ちゃんをみてあたしは言葉がでなかった。<br>彼女にこんな一面があったとは。<br>理由はない。ないけれど。彼女はなにかに「復讐」したのだと感じた。<br>転校させられた美紗子ちゃんの為か、破談された里香ちゃんの為。それとも…。<br>　<br><br><br>家に帰る修ちゃんの車の中であたしはまだぼーっとしていた。<br>「最初は偶然出会ったんだけどさ。」<br>修ちゃんの声。<br>「早川さん…さなちゃんか、北山に住んでたのにわざわざ東谷まで毎日遊びにきてたろ？」<br>「…そうだっけ。」<br>「下田の牧場の親戚らしいな。そこの事務で親が働いていたから来てたらしいんだけど。」<br>「へえ。」<br>「北山で遊ぶよりお前と遊ぶのがよっぽど楽しかったんだろうな。俺は、彼女はみのりちゃんの為にやったんだと思う。」<br>「は？」<br>「南川の破壊。わかんねえけど。そんな気がしただけ。」<br>「まさかあ。」<br>あたしは笑った。<br>北山に住んでいた頃「南川の人間とは遊ぶな」としつこく言われたといっていた。<br>だれどそれがそんなに厳しいルールだったのだろうか。それがどんなものだったかは分からずじまいだ。<br>　<br>もしかしたらあたしの知らないことはきっとまだ山ほどあるんだろうな。<br>この先、知ることもないかもしれないけれど。</p>
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<link>https://ameblo.jp/summer-2009-8/entry-12467609996.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Aug 2009 22:40:07 +0900</pubDate>
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<title>６　宝の地図</title>
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<![CDATA[ <p>八月十五日、晴れ。　<br><br>昨日は水晶の山へ登りました。沙織ちゃんと麻衣ちゃんと、修ちゃんと、四人で行きました。<br>お弁当を持って楽しみにして行ったけれど、水晶の山まで行かれませんでした。全然ちがうとこへ出されてしまって、とても驚きました。<br>でも、楽しかったです。<br><br>そこまで書いて、キーボードを打つ手を止めた。　<br>あたしが小学生なら昨日の日記はこんな風になっているかな。<br>少し考えてまた手を動かす。<br><br>あと、それから沙織ちゃんは、さなちゃんという子でした。ずっとしりませんでしｔ<br><br>ちがうな。<br>バックスペースで文字を消す。<br>　<br>あと、それから沙織ちゃんは、さなちゃんという子でした。ずっときがつきませんでした。<br><br>ちがうちがう。<br><br>あと、それから沙織ちゃんは、さなちゃんという子でした。ずっとおもいだせませんでした。<br><br>これが正解だ。<br>　<br>あんなによく遊んでいたのに、どうして思い出せずにいたんだろう。あたしは自分が不思議でしょうがない。ノートパソコンの画面を見ながら考える。<br>早川沙織は本名のはずだ。ではなぜ「さなちゃん」だった？子供独特のかつぜつの悪さから、そう聞こえていたのだろうか。<br><br>「元気でね。みのりちゃん。またね。」<br>「うん、またね、さなちゃん。」<br>沙織ちゃんは動かなかった。前を向いたまま硬直していた。…ように思えた。<br>ゆっくり顔をこちらに向けると、微笑んだ。その顔は、嬉しそうなような、悲しそうなような、どちらともとりがたい表情だった。そしてそのままエンジンをふかせて沙織ちゃんは帰っていった。　<br>なぜ何も言わなかったのだろう。あの笑顔は肯定の意味か、なにとぼけたこと言ってるの？という意味か。<br>わからない。<br>聞かなかったから。<br>喋ってくれなかったから。<br><br>「虹の根元には宝が埋まってるんだよ。」<br>雨あがりにかかった大きな虹を指して得意気にいうさなちゃん＝沙織ちゃんに、<br>「しってるもーん！うちのおばあちゃんもゆってたもーん！」<br>と威張り返し、探しにいこー！とシャベルを持ってみんなで駆け出したあの頃。蓮華畑を駆け抜け、県道を横切り、虹を目指して走り続けたけれど、根元まで辿り着けたことはなかった。<br>不可能なことに何度も挑戦していた。無邪気だった。<br>記憶を辿れば、沙織ちゃんはあたしの家にもたまに遊びにきたこともあった。まだ「さなちゃん」と呼ばれていた頃だ。小学校低学年の頃だろうか。記憶の中では彼女はその頃身長も低かった。いまでこそモデル体型で百八十センチ近くあるが、あの頃はあたしより小さかった。<br>その沙織ちゃんが、どうして昔一緒に遊んだことを隠していたのか。<br>あれ？小学生の頃といえばすでに同級生ではないか。牧場であったとき、なぜそうだと気づかなかったのだろう。同じ学校に同じクラスにいたはずなのに。<br>あたしはとびおきてクローゼットの中のアルバムを探す。ちがう、これは中学生のときのだ。もっと古いやつ。どこだっけ。どこにしまったんだっけ？<br>「お母さーん。」<br>「なーにー？」<br>お盆休みで朝からゴロゴロしている母の間の抜けた声。朝食後で眠いらしい。しかしそんなものはおかまいなしだ。<br>「小学校のときのアルバム、どこだっけ？」<br>「えーっと…、離れのクローゼットの中よ～。」<br><br>その瞬間。<br>走馬灯と呼べるのだろうかこれは。<br>自分に封印していた記憶がフラッシュが瞬くように思い出されたのである。途切れ途切れの記憶の端々がつながって、まるで映画のフィルムのように自分の頭で再生される。<br><br>「わーーーーーーーーーーーーーー。」<br>思わず声を上げて走り出していた。母のいぶかしげな声が遠ざかる。あたしは走った。修ちゃんの家へ。稀に見る猛ダッシュで。<br><br>「修ちゃんいますかーーーーーーーーーーーーーーーーーー！？」<br>「…上着くらい着てきてください。」<br>ワンピが乱れてるがどうでもいい。どうでもいい。どうでもいい。<br>「そんなことより修ちゃん、ゼイゼイ…、すごいあたし、やった！」<br>「はい？」<br>「いける、ゆって、あれ、ゆって。」<br>修ちゃんは一瞬で理解したようだ。<br>『…写真がないんだよ。』<br>『タンスの中よっ！』<br>　<br>間<br><br>「持ってくる…」<br>「うおおおおおおおお！」<br>アホだ。マヌケだ。自分で設定しておいて、忘れるなんて！大切な合言葉を！<br>しかし一体ナニ！？なんとばかげた合言葉なのだ。どこのどいつが考えだしたのか、文句のひとつでもいってやりたい気分だ。昔の、あたしに。<br>「はい。」<br>「ありがとう！！」<br>あたしは修ちゃんから封筒をひったくった。これだ！これを探しに帰ってきたのだ！<br>数年間ずっと気になり続けていたモノ。これがそう！…ではないのだが、正確には。<br>確かあたしが探し回っていたものは『タンスの中』と合言葉の書かれた紙切れだったんだと思う。たぶんそれは本当になくしてしまったのかもしれない。何に書いたかさえ思い出せないのだから。だけど、その先にあるもの…修ちゃんに預けた封筒は、絶対になくならないという確信があった。封筒と紙切れを勘違いして探し回っていたのだ。絶対にあるはずなのにどこにもないと思い込んで。<br>「長かったな～。ホントに言われる日が来るとは思わんかった。」<br>「よく無くさないでいてくれたね！まじでありがとう～！」　<br>「うん。で、なんなん？それ。」<br>「…」<br>封筒から出した紙を覗き込んで修ちゃんが固まる。<br>「汚ねえ字。」<br>「あたしもそう思う…。」<br><br>【たからのちず】<br><br>なかよしの木から　つくしの森へ２１走<br>つくしのもりから　かさの畑へ３７走<br>つくしの森ほうめんへ２８走<br>とうもろこしばたけへ２０走<br>にわへ１８<br>みぎむいて８ひだりむいて４<br><br>「……」<br>「「走」って、「歩」の間違いじゃいないですかね。」<br>「かも。」<br>「これ地図っていうか、どっちかっつーと暗号…」<br>「うるさいなあ。とにかくありがと！」<br>あたしは宝の地図…暗号を折りたたむと走り出した。なかよしの木。言葉をみて思い出した。言葉を見るまではすっかり忘れていたけれど。<br>なかよしの木。何かの本からパクった名前だ。いろいろな動物や鳥がその木に登ったり木陰で休んだりしてなかよしに遊ぶ、という内容だったとおもう。<br>うちの横の段々畑の下から四段目に、横に広がる大きな栗の木が生えていて、小さい頃はよくそこで遊んだものだった。秋には栗が生った。夏には虫の大群まで仲良くしに来てみんなで大騒ぎしたものだ。その木を境に、奥には雑木林が広がっており、夏でもその周辺は涼しい場所だった。田舎の山特有の、ひんやりした神秘的な空気が漂っていた。<br>そんなことを思いだしながらなかよしの木を目指した。<br>セミの声が鳴り響く山は昔のままだった。変わったところといえば、この辺で遊ぶ子供がいなくなったせいか、草が大量に生えていて昔は歩けた道が見えなくなっているくらい。でも大丈夫、小道のつながりは覚えている。<br>あたしは木のそばに立った。<br>この枝に座り、よく町を見下ろしていた。中学校も小学校も見える。中学校のグラウンドからはテニスボールを打ち合う音。県道を走るトラックの音。風が草木を揺らす音。<br>段々畑でとうもろこしを採るおじいちゃん。庭から、お茶の時間を知らせるおばあちゃんの声。<br>ハッキリと思い出せる。<br>「よし！」<br>気合いを入れる。<br>宝の地図をみつめなおす。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>つくしの森へ21走。<br>覚えている。<br>あたしは左手に見える森へ歩き出した。<br>一、二、三．四…<br>春になるとよくつくしとかいろいろ採りにきていて、それでおばあちゃんが佃煮を作ってくれていた。ちょっぴり苦い大人の味だった。大好物というほどではなかったが、自分達が採ってきたものが料理になるのが嬉しかったので頑張って食べていた。<br>「あれ…」<br>おかしい。21歩では森へ着かない。<br>「これ。ほんとに走るわけ？」<br>嫌な予感しかしなかった。<br>しかし子供の足での走るといっても限度が知れている。少し大またで歩けばいいのか？<br>「いっち、にいっ、さーん、しーい！」　<br>大またであるいた。<br>ワンピスースにサンダルだが、草を避けながらうまく歩くコツを覚えていた。野生児だなあ、と思う。<br>しかし。<br>行き着くところに「宝」が眠っているのだろうか？それは全然思い出せない。これを書いたことも。何かを隠したのかもしれないということも。この地図、だけが頼りだった。正確には暗号だけど。<br>「で。」<br>森には入れたが、この次の指令は<br>「どうみてもプラスマイナス9走だよね。」<br>暗合には畑へ向かい、更に森に戻って歩くように書かれている。正しければ。<br>大またで9歩だけ進んだ。<br>カサの畑。なつかしい。正確にはハスの葉が茂っていた畑だ。雨が降るとちぎって傘の代わりにして使っていた。もちろん傘の代わりになる葉ではなかったけど。見た目が小さな傘に見えて、あたしは気に入っていた。<br>9歩だけだったので、ハスの畑には届かず、途中の小道で止まる。そこからとうもろこし畑へ。おじいちゃんがよくいた場所だ。畑の真ん中に立ち尽くす。何年も弄られていなかったが、土がふわふわしていてさすがにサンダルの足が汚れた。<br>「次、にわへ18」<br>ここから「走」がかかれていない。走らなくていいのだろうか。しかもにわって、庭？あたしん家の庭？<br>行くしかない。<br>そうしてあたしは家にもどってきた。<br>洗濯物を干していた母が、汚れたあたしの足を見て驚いている。<br>おかまいなしに歩いた。<br>ドキドキしていた。<br>なんだろうこの不安な感じ。自分で何を隠した？<br>庭で立ち止まり、右をむけば、母屋と離れの間だ。中庭と呼ぶべきか。<br>あたしは歩いた。　<br>そして、以前、確かにやったまったく同じ行動を思い出しつつあった。<br>心臓がバクバクいっている。<br>「そうだ…」<br>中庭に立ち止まり、左を向くと、そこには…<br>蔵があった。<br>「蔵の中に…」<br>隠した。　<br>何度も何度も往復して。あたしは何かを運び入れた。<br>思い出せ。思い出せ。<br>あたしのぼろぼろの記憶。　　<br>　<br>　<br>　<br><br>「みーのりーちゃーん！あっそびましょー！」<br>庭から修ちゃん達の声がする。<br>小学校から帰っておやつを食べていたあたしは、「まってー。」とおやつを掻っ込み、表へ飛び出しっていった。<br>遊ぶ約束なんてしていなかったが、よくこんなふうに唐突にお誘いはきた。<br>「今日なにするー？」<br>「ひみつきちつくるー。」<br>「どこに？」<br>「どっかー。」<br>無邪気な修ちゃんの弟、和哉くん。木村明代もいた。それにくっついてきたあたしの弟、悠。ほかに近所の子供もいたっけ。<br>段々畑を過ぎ、なかよしの木まで駆け上がった。<br>「木じゃなー。きちっぽくないよな。」<br>「森いこうぜ。」<br>あたしたちは「基地」にできるような場所を求めて森を駆け回った。洞窟みたいなものがあるといいのになあ。<br>もちろんそんな都合のいいものはなく、大抵は、木と木を紐で繋ぎ、そこにできた空間を「基地」として遊んでいたはずだ。秘密どころではなく丸見えだったけど、紐という囲いがあるだけであたしたちは楽しめたのだ。<br>しかしその日は何故かどんどん森の奥へ進んでいった。畑のあるゾーンを過ぎても山道が延々と続くのは、昔この辺の家のほとんどが五右衛門風呂を使っていたせいだ。それは木々を燃やしてお湯を沸かせなくてはならなく、おじいちゃんたちがよく山に木を取りにいっていた。<br>道が続くものだから調子に乗って歩いていたら行ったことの無い開けた場所にでた。<br>初めての場所はわくわくする。<br>新しい遊び場所を見つけられたからだ。<br>次からはこの場所も遊ぶ時の候補にあがる。<br>「すげー。雪ふったらここスキーできるな！」<br>走りまわる男子を横目に　明代は花を摘みはじめる。<br>あたしは辺りを更に散策した。<br>そして見つけた。ぼうぼうの草に囲まれた、廃墟を。<br>「家があるー。」<br>追いかけてきた弟が出した大声に全員が集まってくる。<br>「ひゃーオバケ屋敷！」<br>「いやー、帰ろうよ。」<br>「いってみようぜ！」<br>廃墟の探索は初めてではなかった。<br>東谷にある｢雷が落ちた家｣や「引っ越して誰もいなくなった家」などの廃墟を探索したことがある。屋根が崩れたりしていて危なかったが。<br>しかし今回のそれは、いつもと何かが違っていた。<br>小さな一階建ての家ではあるのだが、壁がほとんど崩れていて中までよく見えている。手前のタイルの部分はお風呂場だろうか。丸い浴槽らしきものも見えた。廃墟と呼ぶよりは瓦礫の集まりのようにも見える。木が壁を突き抜けて生えていて、かなり時間が経っていることを感じさせた。<br>なぜか行っては行けない気がした。オバケ…は昼間にはでないかもしれないが、イノシシとか、猿とか、野犬とかなにかが飛び出してきそうな雰囲気だった。<br>修ちゃんもみんなもあたしより前へは出ず、じっとそれを見つめているだけだった。近づけない雰囲気をかもし出していたのかもしれない。<br><br>ガサッ！！<br><br>「わ―――――――――――――――――！！！」</p><p>&nbsp;</p><p>突然の「音」にみんなが飛び上がった。<br>「にげろー！」<br>「ひゃあああ！」　　<br>なんだかよくわからなかったがあたしたちは逃げ帰った。たぶん弟か誰かが後ろから石でも投げたんだとおもう。<br>五時のサイレンが鳴ってあたしたちは解散したが、実は、あたしはひとり、再びあの場所へ訪れたのだった。<br>適当に歩き回って辿りついた場所だったからかなり迷ったし、夕暮れですでに森の中は薄暗くなっていたが、懐中電灯を手に、あたしは歩いた。<br>どうしても、確かめておきたいことがあったから。<br>きっとあたし以外見えていなかっただろうが、あたしには確かに見えた。<br>浴槽の中に、なにか…なにかあったのが。<br>あれはなんだったんだろう。<br>みんながいる時にそれを言わなかったのは、弟や年下の子を怖がらせてはいけないと悟ったからだ。たぶん、誰にもいわなくて正解だった。そんな記憶がある。<br>そしてあたしは再びあの廃墟に立ち、見つけてしまったのだ。<br>「宝」を――――――――。<br>胸がドキドキした。<br>これは、たぶんすごいものだ。本物なら。<br>子供のあたしにでも価値くらいはわかる。<br>でも。どうしよう。<br>誰かに言うべきなのか。父に母に。でもあたしが言うことを信じてくれるだろうか。<br>子供だけでこんなに遠い森まで来てしまったことをみんなが叱られたりしないだろう　か？<br>　<br>考えた末、あたしは「宝」を隠した。<br>重かったし、いくつにも分かれていたので、何度も何度も繰り返し、運び続けた。<br>見つけた日に一回。<br>次の日は明るいうちから何度も往復した。<br>重くて遠くて怖かった。<br>誰かに見られていないだろうか。<br>重くて破けそうな黒いビニールの袋。<br>　<br>運び終えて、あたしは迷った。<br>忘れないように印を残さないと。<br>　<br>そしてこの地図、もとい、暗号を書いた。家にあると怖かったので修ちゃんに預けよう。<br>封筒を受け取った修ちゃんはわけがわからなそうだったが、預かってもいいよ、といってくれた。中は見ないようにと約束した。<br>「合言葉きめようぜ。」<br>修ちゃんの提案だった。<br>「いらないよ。」<br>「みのりちゃんに変装した悪いやつがとりにくるかもしれないだろ。」<br>「…」<br>そのときだった、修ちゃんのお父さんとお母さんが話している声が聞こえたのは。<br>「お母さん、こないだの旅行の写真がないんだよー。」<br>「タンスの中よ～？」<br>　<br>合言葉はこうしてきまった。<br>「えー、ルパンみたいなやつがいい～！」<br>「だめ。もう決めたの。忘れないでよ？」<br>　<br>家に帰ったあたしは金色の折り紙に「タンスの中」と書き、どこかにしまったのだった。<br>その紙はやっぱり思い出せなくて、結局二度と目に触れることは無かったけれど。<br><br>　<br>そこまで思い出せた。<br>そうだ。あたしはこの蔵に「それ」を隠したはずだ。<br>　<br>ここはそういう蔵だ。<br>横に開く扉を開けると、六畳くらいの広さだろうか、暗く縦長な空間が広がっていて、目を凝らせば、奥のほうだけ一段あがっている。<br>天井からぶら下がった電球はやや手前に付いており、これでは蔵の奥の部分がまったく照らされない。<br>もうひとつおかしなところがあった。<br>天井に大きな木の板が吊り上げられていたのだ。<br>その板をおろすと、まるで蔵の途中に壁ができるような構造だ。<br><br>祖母に聞いたことがある。<br>天井の板は何なのか。<br>祖母は言った。<br>この家は祖母たちが建てたものではなく、かなり古くからあったものだと。<br>年貢などという言葉が飛び交っていた時代のものだと。<br>昔の人は、蔵を狭く見せることで、年貢量を減らそうとしていた。つまり、あの天井の板はもうひとつの「壁」なのだ。<br>「壁」を作ることにより蔵は狭くなるが、奥に小部屋ができる。そこに農作物やお米を隠していたのだろう。<br><br>その話はなんだかショックを受けた。<br>年貢がどれだけきつかったか知らないが、これは生活の知恵というべきなのか、年貢量を減らそうとしたずる賢いことなのか。<br>今となっては正解にそれを知る人はいない。祖母でさえ受け売りなのだから。<br>ひとつだけ思ったのは「みんな上手く生き抜こうとしていたのかな」だった。<br>子供心ながらに、そんなことを考えていた。<br>　<br>その記憶があったから、あたしはここへ「宝」を隠した。<br>ただの置物と化して機能していない古いたんすをどけ、床の木を何枚か剥いだ。<br>それが簡単に剥がれることを知っていた。ここも農作物の隠し場所だったのかもしれない。<br>幼稚園の頃、かくれんぼでここを見つけてからずっと覚えていた場所だったのだ。<br>あたしはそこに「宝」を隠した。<br>なんだか変な気分だった。<br><br>しかし何か悪いことをしたようで、その日からなかなか眠れなかった。自分のやったことが怖かった。誰かにみられているような気がした。<br>「宝」を隠した場所にはたんすを元通りにおいておいたから見つかる心配はなかったはずだが。　<br>そうして、いつのまにか、怖い記憶は忘れ去られていった。<br>いまのいままで忘れていた。<br>先日、東京にいたとき。友達の家である映画を観るまでは。<br>　<br>しかし。<br>あたしは蔵の方をみながら、笑いがこみ上げてきた。<br>「「宝」は幻のままね。」<br>そうだ。蔵のある離れは新築されていた。<br>昔のような木でできたものではなく、きれいにコンクリートでできている。これではあの場所を掘り起こすこともできない。<br>そもそも自信がなくなってきた。<br>ここまでは辿りつけたけれど、単なる偶然かもしれない。<br>山に登って廃墟をみつけて、「宝」を見つけた、というのはあたしの空想かもしれない。<br>「蔵に隠す」という発想も、おばあちゃんの話のせいで、自分が作り上げた想像話かもしれない。<br>いまとなっては確かめる術がないけど。<br><br>ちょっとモヤモヤしたものは残ったけれど、これでいいのだ。たぶん。「合言葉」も思いだせたし。これ以上はどうしようもない。<br>諦めもついたところで泥で汚れたままになっていた足を洗おうと庭に戻った。蛇口をひねってサンダルを履いたまま洗う。よくこんなヒールで山道を走りまわれたものだ。大人になって歳はとったけど、あの頃と大して変わっていないんだな、と思える。<br>ふと視界に入った、花壇に水をやっている母にそれとなく聞いてみる。<br>「離れをさあ…」<br>「んー？」<br>「新築したときにさ、何かでてこなかった、よね？」<br>水をやる母の手が止まる。<br>「…」<br>宙を見つめて顔をしかめた後、<br>「えーっ、なんで知ってるの？あったあった、ちょっとまちなさいよ？」<br>母はジョウロを投げ捨てて二階に駆け上がっていった。<br><br>嘘――――――――。<br>　<br>「宝」を、みつけたというの？<br>あたしは水も止めず母の後を追った。<br><br>「びっくりしたのよ？床の下からこんなものがでてくるなんて！」<br>引き出しを漁りながら母は興奮していた。<br>あたしは心臓が高鳴った。どういうことなの。引き出しに入るものじゃなかったはずよ。そもそもあれをみつけたなら、こんなに落ち着いてなんていられるはずはない。それくらいすごいものだったハズなのに。本物、ならば。<br>「はい、これ！」<br>手渡されたのは、なんだかかわいい封筒。<br>修ちゃんに預けたようなただの茶封筒ではなく、ファンシーな封筒。封をするシールまでもがかわいい。<br>母がじっとみつめる目の前で、あたしはそれをおそるおそる開く。<br>まだ、信じられない。　<br>床下でみつけた、ということは、あたしの昔の記憶は本物である証拠だ。だけど「宝」だけはニセモノだ。<br>「どういうことなの？」<br>つぶやきながら手にしたものは――――――。<br>「あらかわいい。」　<br>それは。<br>それは、大きなおもちゃの包み紙だった。<br>「そんな。」<br>あたしが昔持っていたものだ。<br>なにかプレゼントをもらったときに使われていた包み紙。一面に外国風の町並みが描かれている。かわいい家が並び、橋がかかり、お店や公園まで細かく描かれた、ただのプリント紙だ。<br>全体的にピンク色のそれは、よくみれば「しゅうちゃんち」「みのりのいえ」と文字が書き込まれている。<br>東谷とは似ても似つかない家並びだが、きっと自分たちでお気に入りの家を決めて遊んでいたのだろう。<br>でも、あたしが隠したのは、本当にこれだっけ？<br>「ねえ、ほんとにこれ？これだったの？」<br>「そうよ。変な子ね。」<br>母は笑いながら庭にもどっていった。<br><br>「「宝」の隠し場所に、宝の地図？」　　<br>あたしは納得していなかった。<br>蔵に運んだ時の、あの「宝」の、重み。思い出せる気がする。<br>「あれ？」<br>よく見ると「みのりのいえ」と書かれた家に重なって「おたから」と書かれている。<br>もうさっぱりわけがわからない。<br>わからないけれど。<br>「違う。」<br>おかしい。<br>「どうしてこれがここにあるの。」<br>あるはずがないのだ。<br>「だってこれは、あたしが、あの子にあげたものだもん。」</p>
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<link>https://ameblo.jp/summer-2009-8/entry-12467603230.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Aug 2009 21:14:52 +0900</pubDate>
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<title>５　水晶の山</title>
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<![CDATA[ <p>「眠いんですけど。何ですかコレ。」<br>修ちゃんは寝惚け眼でケータイのメール画面を見せた。そこには「明日暇？ていうか休みだよね。ちょっと付き合って。九時に八幡さん集合。蛇がいるかもしれないから安全な服装で山登りね。スコップみたいなやつ持ってきてねあ」と書いてある。あたしからのメールだ。<br>「あら、最後ちょっとミスってる。」<br>「そういう問題じゃないんですが。」<br>「まあいいや、来てくれてありがと。でもこの方たちは？」<br>そういってあたしは沙織ちゃんと倉田麻衣をにっこりと指差した。<br>「みのりちゃん、絶対に声かけてくれそうになかったから、私が修ちゃんに頼んでおいたんだよ。」<br>「なにをです？」<br>「みのりちゃんが何か面白そうなこと企んでいたら私たちにも声かけてね、って。」<br>「ほーーーーーー。いいですけどね。別に。」<br>クールに返してきたのは沙織ちゃんで、麻衣だけがはしゃぎ気味だ。<br>「楽しみだねー山登り。私こういうの初めてなんだよね。」<br>沙織ちゃんはともかく麻衣がいるとは驚きだった。同級生だが、友達も少なくあまり印象に残らない子だったから。麻衣の家は八幡さんのすぐ下にあり、集合場所まで徒歩十秒といったところか。<br>「水晶の山に行くんでしょ？」<br>沙織ちゃんがズバっと言い当てた。<br>「前行ったときは辿り着けなかったもんね。今日は行けるといいね。」<br>装備も完璧だし、さすが元探索メンバー…と言いたいところだけど、なんだか最近よく会うなあ。<br><br>せっかくなので八幡さんに御参りしてから水晶の山への道を辿ることにした。久しぶりに来た神社。中学校の部活で、ここの階段をダッシュで十往復とかさせられたんだった。階段途中にある湧き水のあの冷たさが懐かしい。<br>本来は「八幡様（はちまんさま）」と呼ばれてるものなのだろうけど、おそらく、様が訛って八幡さんになっているようだ。<br>安全祈願を終えて祠の裏手に回った。白い狐の石像が何体も置かれている。倒れたり、四方八方を向いていたりで統一性もない。おかしな画だ。狐通りを過ぎると、狭い山道が木や草に隠れるように存在しているのが見えてきた。棒かなにかで掻き分けながらでなければ進めそうにない。杖にもできそうな長さの枝を捜した。<br>「では出発！」<br>あたしはあたしに気合いを入れた。今度こそ水晶をこの手にできるかもしれない！<br>蜘蛛の巣や草木を避けながら進んでは行くが、決して歩きやすい道ではない。注意していないと道を見落としてしまうほどだ。露のせいか葉っぱにたまった水がたまに顔にかかる。<br>「ひゃああ。」<br>こういうことに不慣れな麻衣が時折声を上げた。<br>とはいっても、あたしも十何年ぶりかの本格的な登山だ。見慣れない虫をみて、ヒヤッとしたりした。<br>「左へ左へ、だよね。」<br>確認するようにいつのまにかつぶやいていた。<br>「注意して下を見ていないと、分かれ道も見落としそうだよね。」<br>先頭を行く沙織ちゃんはさすがに慣れていた。<br>　<br>沙織ちゃん。<br>あれ、いつからあたしたち仲良くなったんだっけ。あたしは東谷の人間で、沙織ちゃんは西峰の人間だ。小学校からずっと一緒だったけど、地区が違う子と遊ぶのは珍しい。<br>気が付いたら一緒にいろんなところに出かけていた。彼女のお気に入りの西峰の山に連れて行ってもらったこともある。<br>なんだったっけ。あたしと彼女の共通点は。<br>それから…。彼女に対して抱いている「信じちゃいけない」という思いは、なんなのだろう。あたしは何を忘れているんだろう。<br>どんどん進んでいく彼女の背中をみつめながら、あたしは、思い出そうとした。<br>「私、こういうことするの、初めてだよ。」<br>麻衣が興奮して切り出した。<br>「俺もまさか二十八にもなって斉藤さんの戯言に付き合わされる羽目になるとは思いもよりませんでした。」<br>修ちゃんが無表情に言う。<br>「たまにはいいでしょ。ほら、なんかあの頃を思い出すでしょ。」<br>「明日絶対筋肉痛だ。」<br>「私は楽しいよ。こんなことできるなんて思わなかったあ。でも、ねえ、みのりちゃん？」<br>「なに？」<br>「これから行く場所に何があるの？」<br>「水晶だよ。」<br>沙織ちゃんがさらりと言う。<br>「水晶を取りにいくんだよ。」<br>「そうだったのー？楽しみー。」<br>息を切らしながら麻衣。<br>「あるわけねえ。」<br>だるそうに見えるが、てきぱきとした修ちゃんの動き。<br><br>この感じ、デジャヴ。<br><br>前にもこんなのあったよね。<br>沙織ちゃんが草を掻き分けて、それに続くあたし。修ちゃんのポジションには、代わりに中畑君がいた。<br>そして。<br>麻衣のポジションには。<br><br>「美紗子ちゃん、って居たよね？」<br><br>空気が止まる。<br>　<br>草木に囲まれたまま、みんなの動きがとまった。誰も答えない。遠くで鳥の鳴き声がする。<br>一列になっているせいで誰の顔もみえないけれど、みんなが固まっているのが分かった。<br><br>「どうしたの？突然。」<br>沙織ちゃんがゆっくりあたしを振り返りながら訪ねた。<br><br>「誰か、知らない？美紗子ちゃんのこと。あたしよく思い出せないんだけど。」<br>修ちゃんと麻衣は困惑していた。<br>沙織ちゃんだけが冷静にあたしをみている。<br>「知りたいの？」<br>「え？あ、う、うん？」<br>「あの子…神隠しにあったの。」<br>表情を変えずに沙織ちゃんが言う。あたしはポカンと彼女を見つめ返す。<br>「中三の時に、みのりちゃんと私と、中畑くんと美紗子ちゃんで、水晶の山に登った数日後、だったかな。行方不明になったね。」<br>そんな。<br>「本当に？」<br>「うん。今でも見つかってないね。美紗子ちゃん。」<br>「ええっ。」<br>修ちゃんと麻衣も暗い顔をしている。<br>「どうなったの？捜索願いとか、家族とか。」<br>「ご両親は数年前に捜索を諦めてしまったわ。今はどこにいるのか知らない。」<br>そんな記憶はなかった。<br>だいたいそういう一大事であれば町に警察やパトカーが来たりして大騒ぎになるのではないか。<br>すくなくともあたしの記憶にそんな騒動は無い。無いだけで、知らなかっただけなのだろうか？中三の運動会のお昼の事件みたいに、あたしの知らないところで物事は動いていたのだろうか。<br>なんだかすべてが曖昧すぎて、断言もできなくなってきた。<br>というか、なんか、変。<br>「私ね。」<br>沙織ちゃんが口を開く。<br>「今日、美紗子ちゃんが見つかるかもしれないとおもって一緒に来たのよ。」<br>彼女の顔は真剣だった。<br>「美紗子ちゃん、水晶を取りにいこうとして祟りに合ったのかもしれない。この山に捕まってしまっているのかもしれない。私ずっとそう信じているの。」<br>「じゃ、じゃあこの山も探したの？」<br>「もちろんよ。だけど…見つからなかった。それに水晶の山にたどりつけた人もいない。」<br>「…」<br>「だからお願い、今日は私の為に力を貸して。」<br>断る理由はなかったけれど、これが真実ならば大変なことだった。人が一人消えたなんて。しかもその原因が水晶山へ連れて行ったあたしに責任があるかもしれない。<br>でもおかしい。そのことについて世間は騒動にさえならなかった。<br>「道を知ってるといっても、祖母や父がそういっただけで、あたしも三焼山に行けたことなんてないよ。」<br>「それでも情報が無いより全然まし。少しでも三焼山に近づければいい。美紗子ちゃんが、いるかもしれないから…。」<br>不安そうなあたしを心配してか、慰めるようににっこり笑い「行こう。」と彼女は歩き出した。<br>あたしもつられて歩き出す。　<br>しかし気持ちは沈んだままだった。<br><br>あとどれくらい、あたしの知らないことがあるというの。</p><p>&nbsp;</p><p>ニ時間ほど歩いただろうか。小山の山頂付近に出た。<br>真夏だというのに風は涼しく、新緑の葉は甘い香りを漂わせている。<br>けもの道と化したそれは、すでに道と呼べるものではなくなっていた。木々と草がかろうじて少ないところを無理やり進んでいく。<br>「お腹空いて来たけど、お弁当広げる場所ってなさそうだよね～。」<br>「麻衣ちゃん疲れた？休憩する？」<br>指揮は完全に沙織ちゃんのものだった。<br>次に少し開けた場所を見つけられたら、座って休憩することになった。<br>　<br>あたし、なにやってるんだろう。<br>子供の頃、解決できなかった好奇心の為にここまできたけれど、すっかり目的が変わってしまっているようだ。<br>沙織ちゃんの言うとおり、美紗子ちゃんは本当にこの山に捕まっているのだろうか？もしここで美紗子ちゃんに関係する手がかりかなにかを見つけられたらすごいけれど。何もなかったら？ううん、本当に何かあったら？ああもう。どっちがいいの？どっちならいいの？何がどうなれば沙織ちゃんは納得するのだろう。気が晴れるのだろう。仮にここで美紗子ちゃんの、その、遺体というかそういうものが見つかったら本当に神隠しが存在したということ？じゃあ見つからなかったら？世間で頻繁に起こっている幼児誘拐事件のような結末を迎えるのだろうか。疑問があった。<br>「二人も、知っていたの？」　<br>修ちゃんと麻衣に投げかけた言葉だった。<br>「は？」　<br>修ちゃんは歩みを止めずに聞き返す。<br>「美紗子ちゃんのこと。」<br>「…」<br>「ああー…まあ。」<br>沈黙のあと、あまり興味ないかのような修ちゃんの返事が返ってきた。<br>なんだそれ。同級生だったのにあまりにも冷たいんじゃない？それともこういうものなの？大きな事件にならなったという過去がそれを物語っている。他人に干渉しないというか、興味をもたないと表現すべきか。ここは、そういう世界なの？<br>やっぱりあたしはこの町が嫌いだ。うまくいえないがこの町は何かが違う。<br><br>「嘘だああ！」<br>麻衣の声で我に返る。<br>「どうしたの？」　<br>尋ねたあたしそっちのけに修ちゃんも騒ぐ。<br>「北山にでちゃったよ！まじかよ！おいおい、あれ、北山小学校だろ、ほらあれ、廃校のー。」<br>　<br>え？<br><br>「ほんとだあ。いつの間に下ってきたんだろう？おかしいねー。」<br>麻衣もあたしもぽかんとした。山道を進むのに一生懸命で、高低など気にしてもいなかった。<br>「懐かしいな。」<br>「え？沙織ちゃんなに？」<br>「あ、ううん。やっぱり「水晶の山には辿り着けない」って、伝説は本当だったんだね。」<br>くすくすと笑う。<br>伝説？何言ってるの？そんなのあったっけ？そもそも美紗子ちゃんのことは？と怒りがこみ上げそうだったとき、<br>「いなかったね美紗子ちゃん。よかった。どこかで元気でいてくれるといいな。」<br>沙織ちゃんが全てを締めくくるように言った。「ねっ？」という感じにあたしをみて笑う。<br><br>そんな。<br>そんなあっさり完結していいものなの？<br>そんなに簡単に…。<br><br>もう、何がなんだかわからない。<br><br>なぜか、沙織ちゃんたちにしつこく詰め寄ることも無駄な気がした。<br><br>たぶん、運動会のお弁当事件の時のように、答えを知る事はなさそうだ。<br>ううん。<br>「知る」のが怖いのかもしれない。<br><br><br>　<br>その後は川を渡り、廃校になった北山地区の小学校のグラウンドでお弁当を食べた。お弁当と呼べるほど真面目なものではなく、バナナとかお菓子とかだったけれど。<br>左へ左へ、の結果、山から放り出されてしまった場所はまたも北山だった。前回もそう。右へいっても左へいっても北山にでてしまうのだ。山道がどういう構造になっているのかは知らないが、確かに、三焼山には辿り着けなかった。想像だったが、誰も三焼山に登れた者などいないのではないかという考えが頭をよぎった。<br>祖母が生きていたら問い詰めたかった。本当に水晶をとってきた人はいたのか。どうやってそこまで行けたのか。本当のルートはどれなのか。<br>この答えはきっとあたしが祖母とあの世で再会できる時まで手に入れられないのだ。ううん、次に会えるときはそんな話さえ忘れていそうだ、おばあちゃんは。<br>「御稲荷様のまやかしかもねえ。」<br>帰り道。やっぱり麻衣だけは楽しそうだ。修ちゃんは疲れたのか全然しゃべらなくなっていた。<br>「「虹の根元には宝が埋まっている。」あれと同類かも。」<br>沙織ちゃんの言葉にある光景がフラッシュバックしてきた。<br><br><br>　<br>ああ、そうだったのか。<br><br><br><br>あたしたちは北山から再び八幡さんまで歩いて帰った。神社の下の麻衣の家の前に沙織ちゃんの車が止めてあるからだ。修ちゃんは自宅に直帰した。あたしもそうできたのだが、二人について八幡さんまで戻ったときには時計は午後三時を指していた。<br>そこで麻衣と別れると、沙織ちゃんの車に乗せてもらった。うちまで送ってもらうことにした。　<br>車内で一言も言葉を交わさなかったのは、記憶をたどっていたせいだ。人はどうしていろいろなものを忘れていってしまうのだろう。<br>覚えているはずなのだ。すべてのことを。すべての景色を。ただ、思い出せないだけで…。<br>「着いたよ。」　<br>聞きなれた声。<br>「今日は楽しかった。」<br>あたしをみつめる優しい目。<br>「いつまでこっちにいるんだっけ？次、また帰ってくることがあったら連絡してね。」<br>「うん。送ってもらってごめんね。ありがとう。」<br>車から降りると運転席のほうにまわった。<br>「元気でね、みのりちゃん。またね。」<br>「うん、またね、さなちゃん。」<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/summer-2009-8/entry-12467597050.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Aug 2009 23:16:56 +0900</pubDate>
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<title>４　河童の棲む井戸</title>
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<![CDATA[ <p>八月十三日。朝から蒸し暑くて目が覚めた。セミの声が小学校の頃の夏休みを思い出す。　<br>午前中は宿題をやる時間と決まっていたが、もちろん真面目にやった日々は少なく、大抵テレビをみて過ごした。頭の中で罪悪感が漂っていた。夕方はいつもプールから帰って昼寝をしていたが、母が仕事から帰ってくる車の音で飛び起き、慌てて、だがこっそり宿題に取り掛かりに部屋に閉じこもるのだった。<br>遊んで寝てばかりいた子供の頃の夏休み。いま子供に戻れたら、もっと上手に夏休みの使い方ができるような気がするのであった…。って、あたりまえか。<br>アホなことを考えながら何気なく携帯を見るとメールマークが点滅していた。<br><br>「写真がないんだよ。」<br>あたしは修ちゃんに呼び出されて、西峰地区にある喫茶店に来ていた。<br>「はあ？なんなのいきなり。」　<br>アイスコーヒーの氷をストローでつつきながらあたしはわけがわからなかった。<br>　<br>この店のことをすっかり忘れていた。何でも二年前にできたらしい出来立てホヤホヤの喫茶店「たんぽぽ」。こんな田舎に、こんなにかわいいお店ができるなんて誰が想像しただろうか。あたしはこのたんぽぽのオーナーにお礼がいいたいくらいだ。というか、度胸あるな、とおもう。<br>確かにこの立地ならばお客はたくさん入ると思う。おもに平日お昼。たんぽぽは西峰と東谷の中心に位置しているのだが、西峰、東谷それぞれに小さいけれど工場があって、他所からも働きにきている人がいる。どちらの工場からも歩いて来られる距離なのでお昼時はいそがしいだろうな。<br>工場からは近いけれど、うちからだと少し遠い。ほんの少しだけど。<br>「あのさ、喫茶店待ち合わせはいいんだけどさ、一緒に車に乗せていってよね…。修ちゃん家うちからニ分なのに。」<br>「あー、起きないかとおもって先に来ちゃったよ。」<br>へらへら笑いながらパフェを食べている。この炎天下の中を十五分も分も歩かせるとは。歩くのは好きだけど地獄を見た。東京みたいに、ちょっとコンビニで一涼み、とはいかないし。<br>「で、なんの写真？」<br>「…みのりちゃんから預かったやつ。」<br>言われてもすぐに思い出せなかった。<br>「いつ？」<br>「小ニの時。」<br>「ごめん、なんのことかわかんない。」<br>本当にわからなかった。だいたい何の写真？<br>おいしそうにパフェを食べる修ちゃんをみながら必死に思い出そうとしたけど、やっぱり無理だった。<br>｢忘れてるならいいや。」<br>パフェを食べ終えた修ちゃんは自己完結したようだ。<br>「ちょっと、それってわざわざ喫茶店に呼び出して聞くようなこと？メールで済むじゃん。」<br>「あ…そうだな。」<br>ったくもう。このユルさ。相変わらずである。<br>「さなちゃんてさ、覚えてる？」<br>「またそれ。この前も聞いてこなかった？」<br>なんだというのだ。<br>「覚えてるか？」<br>急に真面目な顔になるからあたしは戸惑った。<br>その時。<br>「うわあ涼しい～。」<br>不意にドアベルが鳴って見慣れた二人組みが入ってきた。<br>「あれー、みのりちゃんと修ちゃんじゃん。」<br>テーブルに駆け寄ってきたのは、先日も同窓会で会った倉田麻衣。きょとんとしてこっちを見ている。<br>「おはよう。」<br>「おっはよー。うちらお盆休みなんだけどヒマだったからお茶しに来ちゃった。」<br>「ここの紅茶のシフォンケーキおいしいんだよ。」<br>そういってにっこり笑ったのは早川沙織。スレンダー美人。<br>「ええっ、知らなかった。修ちゃん教えてくれないし。」<br>「俺はそんなの知らん。」<br>「あ、ねえここ一緒に座ってもいい？」<br>「どうぞどうぞ。」<br>「じゃ、俺は帰る。」<br>修ちゃんは伝票を持って立ち上がった。<br>「えーっ、なにそれ。」<br>麻衣が引きとめようとしたが修ちゃんはレジでさっさとお会計を済ませてしまった。<br>「ま、またメールするね？」<br>あたしの言葉にこくんと頷いて修ちゃんは「たんぽぽ」を出て行った。外でエンジンがかかる音がきこえる。<br><br>取り残されたあたしたちはぽかんとしていたが、麻衣と沙織ちゃんはメニューがくると目の色が変わった。<br>「なんかー、ごめんね？お邪魔しちゃったかな？」<br>麻衣が気遣うように覗き込んできた。<br>「ああ、ぜんっぜん気にしないでいいよ。」<br>「ふーん。何の話してたの？」<br>「あたしもよくわからなかった。」<br>「えっ、なにそれ。」<br>修ちゃんって、あんな子だったっけ？ちょっと変わったところはあったけれど、あそこまで意味不明なことは言わなかったはず。もし意味がわからないならちゃんと説明とかしてくれる人だ。…と思っていたんだけど、あたしの思い込みなのかな。<br>「十三年も経つと、いろいろ変わっちゃうんだねえ。」<br>あたしの言葉に、二人はケーキを口に運ぶ手を止めた。<br>「そうね。」<br>沙織ちゃんはやっぱりクールだ。中学の頃、一緒に山登りしてたのが嘘だったみたいにクール。<br>「四中、なくなるんだってね。昨日初めて聞いた。」<br>麻衣がぽかんとしている。<br>「あれ、知らなかったの？」<br>「うん。」<br>「みんな知ってるものだと思ってた。こないだの同窓会、あれ、四中お別れ会だしね。」<br><br>えっ。<br><br>麻衣はまたケーキを口に運び始める。<br>沙織ちゃんだけがあたしをみてる。<br><br>なんだかもうここで驚くのも何なので、平然を装うフリをすることにした。<br>しかし心の中では動揺がおさまらなかった。<br><br>四中お別れ会って何よ。ハガキにもお店の看板にも「同窓会」としか書いてなかったじゃないの。<br>あたし以外、全員知ってた？<br><br>そこまで考えたとき、同級生たちが怖くなった。<br>どうして教えてくれなかったの？修ちゃんも、沙織ちゃんも、誰も。<br><br>そういえば中学三年生のとき、こんなことがあった。<br>秋の体育祭。<br>生徒の家族が応援に来てにぎやかに行われた。午前の部が無事終わり、お昼休憩を知らせるアナウンスが響き渡ったとたん、クラスの女子全員が教室で一斉にお弁当を広げたのだ。<br><br>あたし以外。<br><br>あたしは固まった。そんなの聞いてなかった。　<br>二年生の時までは、みんな家族と一緒に昼食をとっていた。家族のいるテントに行き、お弁当をつつくのが普通だった。<br>今年もてっきりそうだと思った。<br>だからあたしの目の前で繰り広げられた光景にただただ唖然とするしかなかった。<br><br>個人でお弁当持参して教室で食べるって、だれが決めたの？<br>いつも一緒にいたクラスメイトたちが、いつの間にそんな約束を交わしていたの？クラスと部活で、みんなと離れない時間は無いくらいだったのに。あの頃は携帯もPHSも持ってなかったからこっそりメールを交換したとかないはず。<br>考えらえるのは、あたしがいないところで、そういう約束が交わされた、ということ。<br>　<br>その日は何も食べずに過ごした。<br>母がお弁当を小分けにして教室に渡しにきてくれたそうだけど、あたしはひとり音楽室でぽかんとしたままだった。<br><br>狐につままれるとはこういうことをいうのか。<br>みんながあたしに内緒でそんなことをした、とは考えにくい。いや、そう思ってるのはやっぱりあたしだけで、実はあたしはイジメかなにかにあっていたのだろうか？そんな記憶はないけれど。<br>それともみんな、テレパシーで会話でもしている？あたしには聞こえない、なにかを使って。<br><br>本気でそんなことを考えていた。<br><br>結局のところ、あのときの謎は聞けずじまいだった。怖かったのも本心だ。<br><br>そして今また、同じようなことが起こっている。<br>なんだろうこれ。悔しいような悲しいような気持ちに襲われていた。<br><br>「ごちそーさま。」<br>その声で我に返った。<br>麻衣がケーキを食べ終えて満足そうにアイスティーを啜ってる。<br>帰りたくなった。　<br>なんだか、怖い。<br>「あたし、ちょっとお先するね。」<br>立ち上がったあたしの手を沙織ちゃんが握った。<br>｢送っていくから。車、ないでしょ？」<br>沙織ちゃんは断れないオーラを発していた。<br><br>先に麻衣を家まで送り届け、沙織ちゃんはあたしの家に向かってくれた。ずっと無言だった。<br>「三焼山、覚えてる？」　<br>懐かしそうに沙織ちゃんがいった。あたしはそんな思い出に浸る余裕はなかったけれど、話を合わせた。<br>「うん。結局辿り着けなかったね。」<br>中学三年の夏休み、あたしと沙織ちゃんと中畑君とで登った山。<br>うちの祖母から聞いた話を信じて登った山だった。東谷にある八幡さんという神社の裏にある山道を、右へ右へと進むと、水晶の採れる三焼山に行けると聞いた。張り切って登ったのに、なぜか山には辿り着けず、北山地区に出てきてしまったのだった。あの時はみんなして不思議がっていた。<br>よくよく考えると、不思議がいっぱいある町だなあ。なんていうか、言葉では言い表せない不思議さ。<br>「でもとても楽しかったよ。」<br>沙織ちゃんは嬉しそうだ。<br>そんなに楽しいことだったっけ？なにかまた、ひっかかるものを感じた。いやだな。実家に帰って来てから何だか変なことばっかり。<br>「あ、ここでいいよ、ここで降ろしくれる？」<br>勝手に口から出た。<br>「でも、みのりちゃん家はまだ先じゃあ…」<br>「いいの、ちょっと寄りたいところがあったの。」<br>「そう。」<br>お礼を言って車を降りた。<br>「私ね、今週いっぱいお休みなんだ。暇してるとおもうからメールとか頂戴ね。」<br>携帯を振りながらにこやかに喋る沙織ちゃんの顔に曇りはなかった。<br>別れた後、罪悪感が残ったが疑心暗鬼も消えてはいなかった。<br>　<br>ここで車を降りたのは、ある看板が目に入ったからだった。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「下田牧場」<br>牛が何頭かいて、時々修ちゃん達と見に行っていた。それも子供の頃の話だけど。<br>急な坂を上がっていくと、懐かしい建物が飛び込んできた。牛舎だ。しかしそこにもう牛はいなかった。閉鎖されたのか。<br>立ち入り禁止の札も見えなかったので、昔みたいにこっそり中に入ってみる。牛がいないから臭いはないけれど、記憶とともに蘇ってきそうだった。<br>牛舎を抜けた先には草原が広がっていた。そこは蓮華畑だった。五月くらいになると蓮華で紫の絨毯ができた。思い出したくないが、そこへ寝っ転がって遊んでいた気がするのだ。牛が放牧されていた草原に。<br>足元に用心して進む。ところどころにぬかるみがあるようだ。あたしはあるものを目にして足を止めた。<br>「井戸。」<br>牛の飲み水用に使われていたものだろう。古くて大きな井戸が見える。あの周りで遊んだ。みんなで。修ちゃんと。弟と。近所の下級生たちと。それから…<br>「いた…」<br>不意に思い出した記憶がある。<br>「さなちゃんが居た。」<br>　<br>小学校も低学年の頃は誰彼おかまいなしに遊んでいた。自分の弟もだけど、近所の子供たちも。東谷に住む子供なら、大抵は会ったことがあるし、遊んだことがあるだろう。地区ごとの集会所で開催されるクリスマス会などでイヤでも顔をあわせる羽目になっていたからだ。<br>牧場は格好の遊び場だった。あまり使われていなかったが、牛を放牧させる草原は季節ごとに違う花をさかせ、あたしたちを飽きさせなかった。隣接に山や林もあり、その広い地帯を自由に駆け回っていたのだ。牧場ではあったけれど、人がいるのをみかけたことはなく、どうやらあたしたちが来る前に仕事は終わっているようだった。おかげで牛も見放題だったし、その区域に入って遊ぶのを咎める人もいなかった。<br>ある日、いつものように草原に遊びに来たところ、見かけない子どもがいた。花を摘んで一人で遊んでいた。その、あまりにも絵になる可愛らしさに息を呑んだのを覚えている。<br>その日から彼女は遊び仲間になった。名前しか聞かなかったけれど、あの頃のあたしたちは名前さえどうでもよかった。五時を知らせるサイレンが響き渡るとみんな一斉に帰っていたから、結局家さえも知らなかったが、翌日にはまた会えたし、気にすることは何もなかった。<br>さなちゃんはとてもかわいい子だったと覚えている。人見知りなところはあったけれど、あたしのしている腕輪をほしがったことがあった。明代ちゃんがくれた手作りのビーズの腕輪。貰ったものだからあげられないと一度は断ったけど、結局あげたのだった。あの時の嬉しそうな顔。子供ながらに、かわいいものはかわいい子が持つべきだ、と悟ったあたしだった。<br>　<br>そんなことを思い出しながら井戸のそばまで来ていた。<br>誰が言ったかしらないけれど、この井戸には河童が住んでいると聞いたことがある。覗き込んでみるも、深すぎて底が見えない。たまった水が緑色がかっていて不気味だ。河童が棲んでいるといわれれば、そんな気がしなくもない。<br>「あ…そうかわかった！」<br>閃いた！<br>なにかに取り付かれようにあたしは走り出していた。<br>修ちゃんの家へ。<br><br>「修ちゃん分かった！」<br>庭先で車を洗っている修ちゃんを見かけてあたしは叫びながら駆け寄った。<br>「ええ！？」<br>何故かおどろいた修ちゃんの顔が見える。<br>「分かったんだってば！あのこと！！」<br>「おおおおおおお？」<br>素っ頓狂な声をだしてあたしを見つめる修ちゃん。　<br>「で！？」<br>修ちゃんの問いかけにあたしは自信満々に答えた。<br>「さなちゃんは！河童だった！！」<br><br><br>間<br><br><br>「アッチーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー！」<br>修ちゃんの咥えタバコがあたしの手に落ちてきた。<br>「ばかっ！もう！なにやってんのよ！」<br>修ちゃんは固まっている。<br>「はあ。」<br>というか脱力している。<br>「水止めてよ水。ちょっと！」<br>あたしは蛇口まで走っていき止水した。そしてまた修ちゃんに詰め寄りながら、<br>「河童の棲んでるって井戸があったでしょ？あそこで毎日会ってたさなちゃん覚えてる？あの子さ、多部くんが、三つ下の多部翔太がさ、井戸にでっかい石投げ込んだ後から会ってなくない？そうでしょ？そうだったよね？あの日からだよね？見かけなくなったの！さなちゃん井戸に石で蓋されてさ、きっと井戸から出てこられなくなっちゃんだよ！」<br><br><br>間<br><br><br>「修ちゃん！」<br>「帰って寝ろ。」<br>「！」<br><br><br>そりゃああたしだって、とっぴょうしもない考えだと思ったけどそれ以外考えられなかったんだもん。今になって落ち着いて考えてみれば、ありえないけれど。と、自宅のソファに寝そべって思った。<br>だけど、狐と狸が住人のこの朝日町のことを考えると、そうファンタジーすぎることでもないように思えてくる。<br>集団催眠か。集団幻覚か。<br>もしかするとあたし以外の住人はみんな宇宙人かもしれない。<br>水晶の山も幻だったし、井戸に河童なんていやしなかった。<br>あたしひとり、なにかにだまされているんだろうか。なんだかもやもやする。そこへ呑気な声で「ごはんよー。」と母の声。そういえばさっきパパの車が帰ってきた音が聞こえていたな。あたしはだるだると一階へ向かった。<br><br>「左へ左へ、だろう。」<br>「ええ？お祖母ちゃん、右へ右へ、って言った！」<br>「左だよ。」<br>夕食時に父からそんな言葉を聞くことになろうとは。唖然としているあたしをみて母が噴き出した。<br>「まあ、右に行っちゃったの？それじゃあ辿り着けないわよ。」<br>や、やられた。祖母は間違ってあたしに教えたのだ。何気なく切り出した水晶の山の話から、意外な展開が待っていた。そういえば祖母は平気で嘘をついていた。冬にお味噌汁を食べて出かければ、熱で足型に雪が溶けるとか。一度も溶けたことは無かったが。<br>明日の予定が決まった。<br>メールを送信してあたしは眠りについたのだった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/summer-2009-8/entry-12467592310.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Aug 2009 22:56:18 +0900</pubDate>
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<title>３　境峠のピクニック</title>
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<![CDATA[ <p>レタスにカエルがついている、という母の大騒ぎの声で起こされた。もう少し眠っていたかったのに。<br>私を駅まで向かえに来てくれた帰りのスーパーで買ったものだから、二日もうちの冷蔵庫にいたのだと、半ば怒っていた。確かに青虫が定番なところなのでカエルとはこれいかに。あまりに騒ぐものだから滑稽であたしは必死に笑いを堪えていた。<br>九時過ぎ。曇り空だったけど、洗濯物を干してパソコンに向かう。メールをチェックして仕事の確認。コラムと作詞を依頼されていたが、締め切りまでかなり余裕がある。後回し。<br>そういえば昨日、みんなとメアド交換したんだった。男子はさすがにないが、出席した女子のほぼ全員と交換できた。やっぱり女同士は話しやすかった。久しぶりの再会だし、あの中からカップルができるかもしれないなあとふと思った。だがすぐその考えも打ち消された。ないわ、絶対にない。<br>再会を懐かしんだとしても、あたしたちはお互いを知りすぎている。席替えはあったけれど、クラス替えは無かった、逃げも隠れもできない狭い状況の中で、みんなの良いところも悪いところも全部見てきた。狭い空間に息が詰まることもあった。あたしが地元を嫌いな理由のひとつだ。<br>そんなことを考えながら離れに向かった。<br>うちには母屋と離れがある。離れの一階には蔵があり、農作業用の道具を仕舞ったりしていた。漬物を漬ける小部屋などもあり、あたしもよくその手伝いをした。祖母のつけた大根、美味しかった。市販の甘いのも好きだが、祖母の漬けた大人の感じのしぶい味のも好きだった。あたしが切った漬物を祖父がバリバリと派手な音を食べていたどうでもいい記憶が蘇る。少し笑えてきた。お爺ちゃん本当によく漬物を食べていたなあ。<br>そんな漬物小屋や蔵があった離れも、あたしの上京後、建て替えられてしまった。ずいぶん古い建物だったからしょうがないけれど。蔵にあった古いものは処分され、大事なものは新しい離れへ運び込まれていた。蔵は物置小屋と呼び名を変え、いまも一応存在している。<br>畑仕事が大好きだった祖父や祖母はもういなく、荒れ果てた畑だけが残っている。昔は夏になると祖父がスイカやきゅうり、とうもろこしなどをたくさん作っていた。いまも生きていたらこの畑はスイカだらけだったんだろうな。<br>離れの二階に上がると、あたしは自分のものを探り始めた。母が運んでくれたらしい。人形とか古いボードゲームなどもあった。全部蔵に置いていたものだ。<br>確かにどこかにあるハズのモノ。<br>何年も探したけれど、どこにもない。<br>捨ててしまったのだろうか。そんなはずはない。とても大事なモノだったから。まだこうして記憶にあることが存在を物語っている。<br>東京での、二回の引越しのときに無くしたのだろうか。わからない。なくしたものを確認する術がない。<br>ひとつだけ言えることは、絶対に捨てたりするはずがないものだ。<br>たくさんの箱や缶を何度も開けて閉めて探すけれど、見つからない。<br>あきらめて母屋の自分の部屋に戻る。ここになければもうないのだ、きっと、たぶん。あの大事なモノ自体が気のせいだと、諦めるしかない。探すために戻ってきたのに、見つけられないなら仕方がない。<br>諦めるのも悔しいが半ば絶望的な気持ちでダンボールの底にあった古びた缶を開けた。<br>「これ…」<br>数枚の写真が出てきた。探していたものではない。がっかりした。<br>しかし写真は懐かしいものだった。これはたぶん小学五年生のときのだ。クラスの何人かで境峠に遠足に行った。訂正。クラスの何人かではない。あたしの弟と、修ちゃんとその弟、クラスメイトの木村明代と神谷明良の五人だ。あたしが写っていないのはカメラマンだったのだろう。しかしめずらしいメンバーである。境峠の祠の前でブイサインをしている。<br>ああ、なんとなく思い出してきた。お弁当を持って裏山に登ったんだ。あたしの家からぎりぎり見えるところにある、小さな祠を祭った峠。そこを境に隣り町の領域と東谷地区に分け隔てられていた。隣町といってもしばらくは山しかない区域だ。地図上の境界線のような感じである。<br>その峠はうちからみれば百メートルもない場所にあるが、道はなく、木と草と岩を掻き分けて進まなければならない。先人が作った安全な山道を歩いていけばいいが、子供の足で一時間はかかったはずだ。当時、探検隊みたいなグループを作って、あたしはあちこちに冒険していたんだった。グループといっても毎回メンバーは変わる。行ける子供が集まっていくだけなのだ。自分の住んでいる地域の珍しいところを全部制覇しようとしていたような思い出がある。当時は楽しかっただろうが、現在あまり役にたってはいない歴史だ。もっとこう、発明とか発見とか、人生に役立つことを何故してこなかったのかと子供時代を呪いたくなる。<br>写真を眺めていて気づいた。<br>「あたし、神谷くんと仲よかったっけ？」<br>疑問だった。修ちゃん兄弟と木村明代は同じ東谷地区の幼馴染みだ。そこへ神谷君。えっと、彼はどこに住んでたんだっけ？ベッドに寝転んで考えてみる。<br>五年生のとき、教室で、放課後、話したっけ。<br>ああそうだ、修ちゃんと明代ちゃんと何か話しているとき、教室の隅に神谷くんが座ってて、本を読んでいたような。ああそうか、こうだ。<br><br><br>「神谷くんも行かない？」<br>「えっ？」<br>本から目をあげて驚いてあたしを見つめた神谷くん。<br>「あのね今度の日曜日、あたしたち境峠行くんだけど、一緒に行かない？」<br>「…」　<br>間があった。<br>そうそう。ぽかんとした顔を覚えている。まあ、唐突すぎた。教室に残っていたから声をかけただけだった。もちろん東谷の住人ではないことはわかっていたから、彼からしてみれば境峠はちょっと遠い。その、「間」に絶対断ってくるだろうと思った。<br>「お弁当もって山登りするんだよ！」<br>修ちゃんがそんなことを付け足した。<br>「ただの山登りだけどね～。行ってもなんにもないけどね～。」<br>明代ちゃんが、いらないことまで付け足してくれた。<br>神谷くんは普段大人しい、クラス一番の天才だった。町でたまに同級生の他のグループとすれ違ったりしたことはあるけど、彼を外で見たことはなかった気がする。クラス全員が、彼は頭がいいということを知っていた。<br>　<br>当時、国語の宿題で「単語の意味調べ」というものがあった。国語の教科書から、知らない言葉を見つけて書き出し、辞書で意味を調べてノートに書く、という単純な宿題だった。あたしは幼少から本の虫だったので知らない漢字はあったが、知らない言葉は少なかった。だが宿題なので適当に言葉を選んで書いていた。知っている言葉でさえも。そうしていれば担任は満足するだろうとわかっていたからだ。今思えばイヤな子供である。<br>ある日、事件が起こった。<br>神谷くんが宿題をやってこなかったのだ。ノート提出のとき、「やっていません。」と堂々といってのけた。あたしは「忘れてきちゃったんだ。」と思った。<br>先生が「どうしてやってこなかった？」とやや怒り気味に尋ねると「知らない言葉がなかったから。」と、これまた堂々といってのけた。<br>先生はそれが気に障ったのか「ではいまから言う言葉の意味を言ってみろ。」と、教科書をめくり、出題を始めたのだ。<br>いくつか言葉を尋ねたが、なんと神谷君はすべての正しい意味を言い当ててしまった。あのときは教室が静まり返った。だれもが「先生の負け」だと思った。その後普通に授業が始まったが、だれもが神谷くんのかっこよさを実感していたと思う。<br>　<br>誘っておきながら断られるだろうと思っていたのに、予想外の結果は、<br>「何を持っていけばいいの？」<br>だった。<br>「お弁当と、あと、水筒かな。お菓子も持ってきていいよ。」<br>断らないでくれたのは、あたしに気を使ったのかもしれない、と、少し反省した。悪いことしちゃったかな。<br><br>だが遠足は楽しかった。あたしと修ちゃんの弟たちがうるさかったが、神谷くんも楽しんでくれているようだった。何かもらった気がする。何だっけ。たぶん神谷くんのお母さんが作ってくれた、何かだ。サンドイッチだったかもしれない。<br>境峠には二つの祠が祭られていて、たくさんの千羽鶴が飾ってあった。参拝者の休憩所なのか、木造りのベンチみたいなものもある。屋根つきだ。そこに座ってお弁当を食べた。少し坂を降りたところには湧き水があふれ出していて飲めるように杓子もいくつか置いてある。大切に祭られていた祠だった。<br>お弁当を食べた後は葉っぱやら小枝やらを集めて何かして遊んだはずだ。その証拠に写真のあたしの弟の髪の毛に葉っぱが２枚ほど付いている。もっとたくさん写真を撮ったはずなのにこれ一枚なのが気になるけど、まあいっか。<br>あ！あの時…！<br>シャッターを押した瞬間、ジジジジジジジ、とフィルムを巻く音がよみがえってきた。<br>「ああ…」<br>もって行くカメラを間違えたのだった。間違えなければ二十四枚思い切り撮れていたはずだった。ちゃんと新品のフィルムが入ったカメラも居間に用意してあったのに！<br>あの音が聞こえたときの絶望感は、はっきりと思い出せる。心の奥で「しまったあ！」と叫んだのだ。<br>「変なことばっかり覚えてるなあ。」<br>思わず苦笑してしまった。だけど最後の一枚で集合写真が撮れてよかった。<br><br>この話には続きがあった。</p><p>&nbsp;</p><p>峠に行ったあと神谷くんと再び遊ぶ機会はなかったが、何ヶ月か経って、彼からお誘いがあったのだ。放課後、帰ろうとしたら呼び止められた。神谷君に。<br>「あのさあ、今日うちの地区の公園が新しくできたから、記念にお菓子とか配るんだって。」<br>「へえ～。」<br>何かとおもった。<br>「お前さあ、遊びに来れば？」<br>誘われた！<br>神谷君が誘ってくれた！<br>あの、天才の、神谷君が！<br>あたしの算数のテストの点数をもしも見たなら、固まるだろう…と思われる、天才の神谷くんが！<br>いつも苗字の斉藤さんて呼んでくれていたのに、そのときだけ違和感があったけど、嬉しかった。<br>だが、神谷くんの住んでいる地区はうちから結構遠かった。自転車に乗らないあたしはどこでも徒歩な子供だったので、頭で時間を計算して、遠いなあ～と思った。だかしかし、前回の遠足に神谷くんは来てくれたのだ。断るわけにもいかない。誘い返してくれたんだし。<br>「うん、いく。」<br>そう答えたあと、このあと走って家に帰らなきゃ、と思った。神谷くんの地区は学校から少し遠いのでバス通学をしている。そのバスに乗っていけたら、と思ったけれど、家で着替えなきゃいけないから無理だと諦めた。一時間に一本しかないバスだから間に合わない。<br>神谷くんと別れて猛ダッシュでうちに帰り、着替えて出発した。あたしは自転車を持っていなかった。小学校も中学校も徒歩５分内のところにあったから必要なかったのだ。遠くに行く時ももっぱら歩きだったし。<br>だがその日だけは自転車を持っていないことを悔いた。歩くのは嫌いではない。むしろ好きだ。でも神谷くんが誘ってくれた「お菓子を配る時間に間に合わなかったらどうしよう」で頭がいっぱいだった。せっかく誘ってくれたのに。間に合ってと、不安になりながら歩いた。時々走った。間に合わないと思った。<br><br>四十分ほど歩いただろうか、やっと公園についたときにはすでに大勢の子供が遊具に群がって遊んでいた。公園の入り口にとまっているたくさんの自転車がうらやましかった。<br>神谷くんがあたしをみつけてくれて、お菓子を配るおじさんのところに案内してくれた。<br>「こんにちは～。」<br>知らないおじさんが、お菓子が入ったビニール袋を手渡してくれた。ニコニコしていた。おじさんたちは数人いてジュースを紙コップで配ったりもしていた。<br>あたしと神谷くんはベンチに座り、何か話した。あのおじさんは何年生の誰それちゃんのお父さんで～、とかそういう類の話だった。あとはみんなが楽しそうに遊ぶのを見ていた。でも知っている子はいなかった。おそらく下級生とかなのだろうけど、学校ではあんまり会わないからわからない。<br>その後、どうやって帰ったのかはっきり覚えていない。五時を告げるサイレンが聞こえたのだけは覚えている。<br><br>「なんで誘ってくれたのかな。」<br>今でも不思議だった。<br>私以外、クラスメイトは来ていなかったし。<br>写真を見つめてもみんなの笑顔しか見えない。神谷くんの笑顔しかみえない。同窓会にもいなかったし、今なにしてるかな。<br>今日は探しものもみつからずに過去の回想にふけって終わってしまった。<br><br>　　<br>夕方、母が大量の買い物袋を抱えて帰ってきた。<br>「おかえり～。今日はカエル付きじゃないよね？」<br>睨まれた。<br>　<br>その日は母と一緒に寝た。あたしも母と父の部屋も二階にあるのだけど、一階のほうが風の通りが良くて涼しいからと、母はいつも一人で一階で寝ている。<br>「四中、来年の春で廃校になるのよ。介護センターになるんだって。」<br>「えっ？」<br>驚いた。<br>四中といえば高尾市立第四中学校のことだ。昨日、同窓会をした全員が通っていた学校だ。<br>「嘘、誰もそんなこといってなかったよ？」<br>「あれ、皆知ってると思うけどねえ。」<br>「…」<br>「子供が少なくなってきたから、隣の佐伯町の学校と合併するのよ。小学校もね。」<br>「じゃあ、ここの地域の子供たちってみんな佐伯町に通うの？遠いじゃん。」<br>「スクールバスがでるんだって。」<br>「ふーん。…でもちょっと不便になるね。」<br>「まっ、なんとかなるでしょ。」<br>母はいつも気楽だ。気楽に考えすぎだ。確かに少子化は仕方がないけれど、これではますますこの町に住みにくくなってしまう。<br>弟と前に話したことがある。両親が家を新築したとき、弟は長男ということで、近所の人からいじられたらしい。<br>「家も新しくなって、悠ちゃん、こりゃー早くお嫁さんもらって帰ってこないとだめだねえ～。」<br>何気ない一言だったらしいが、弟は悩んでいた。<br>「この町、嫌いじゃないんだけどなにかと不便でさ。」<br>同感だった。<br>「俺は大阪に家を持って、いずれは父ちゃんと母ちゃん呼んで暮らすつもりなんだ。」<br>そういっていた。<br>大学に通うために実家を出た弟も、外の世界に出て、この町の不便さをより実感したのだろう。あたしもそうだ。<br>お店は民家と合体した八百屋もどきの一軒。誰かが必要としないと開かない電気屋さん。バスの本数は少なく、電車も通っていないこの町。このうえ学校まで閉鎖されたら活気がなくなるに違いない。<br>休暇とはいえ三日もこの町にいたら退屈になってくるのだ。車があればいいが、足をもたない者にとっては不便さ極まりない。<br>　<br>弟がそんな考えをもっているなんて、父も母も気づきもしないだろうな、と思った。<br>眠りに落ちる直前、無邪気にはしゃぎまわっていたあの頃のことをとても懐かしく感じた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/summer-2009-8/entry-12467588440.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Aug 2009 23:30:33 +0900</pubDate>
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<title>２　同窓会</title>
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<![CDATA[ <p>「うん、じゃあ六時半頃に修ちゃん家に行くね。よろしく～。」<br>近所に住む豊原修一を掴まえた。<br>同級生でもある彼はご近所さんで幼馴染だった。昨夜母から彼がまだ実家から仕事に通っていると聞いていたから、同窓会には絶対参加するだろうと思い電話をしてみた。同窓会に一緒に車に乗せて行ってくれる事になった。当然だけど、昨日実家に帰ってきたばかりのあたしは、地元の友達の携帯番号もメールアドレスも知らない。運よく本人が出てくれて助かった。十三年ぶりなのに忘れられてなくてちょっとホッとした。<br>「修ちゃん、運転するならお酒飲めないじゃん。」なんて考えながらシャワーを浴びた。<br><br>「斉藤さん？」<br>「久しぶり。みのりでいいけど。」<br>久しぶりに会った修ちゃんは、変わってなかった。十三年も経ったというのに一目見ただけで彼だとわかる。当たり前か。人間そんなに簡単に変わるものじゃないか。みんな一緒に、平行に歳をとっているんだし。<br>「みのりちゃん、なんか変わったー？」<br>半疑問文で言われても、自分では判らない、そんなこと。でもどっちなんだろう。久しぶりに会って、変わっていたほうがいいのか、変わっていないほうがいいのか。後者だと、なんていうか成長がないように聞こえなくもないじゃない?<br>「やべ、遅れる。乗って乗って。」<br>急かされて乗った車で、昨日来た道を逆戻りする。<br>同窓会は地元ではなく、隣町の飲み屋でやるらしい。まあ地元にそんなハイカラな場所なんてないんだけど。お陰で交通が不便だ。車を持っていると移動は楽だけどお酒は飲めないし、ほかの人たちはどうやって来るんだろう。<br>「まさかみのりちゃんが来るとは思わなかったよ。東京行ったって聞いてたし。」<br>「あたしにも夏休みくらいあるよ。」<br>「へえ。何の仕事してるんだっけ？」<br>会場に着くまでそんな他愛のない話ばかりしていた。<br>修ちゃん、変わってなくてよかった。ちょっととぼけたとこはあるけど陽気で優しい記憶のままだ。小さい頃よく一緒に山や森の探検をした。小学校時代の思い出。本当に無邪気だった。地元、朝日町を走り回っていた。<br>「あのさー、昔よく一緒に遊んだじゃん？」<br>不意に話しかけられて、回想から引き戻された。<br>「うん？」<br>「覚えてるかなあ、さなちゃん。」<br>「さな？」<br>「うん、さなちゃん。」<br>あまり記憶になかった。<br>「その子がどうしたの？」<br>「いたよね？」<br>「え？」<br>修ちゃんの顔が曇っていた。<br>「みのりちゃーん！？」<br>そこへ突然甲高い声が響いた。<br>声のした方には車が止まっており、中から女性二人が手を振っている。赤信号で隣に止まった車には同級生の森山恵梨と早川沙織が乗っていた。<br>｢恵理ちゃん！沙織ちゃん！」<br>懐かしい顔に思わず声をあげて手を振り返していた。<br><br>会場の駐車場に着くと車を飛び出し、すぐさま二人に駆け寄った。<br>「久しぶりー！！元気ー！？」<br>久々の再会にこの言葉以外はみつからない。<br>「元気だよー！みのりちゃん痩せたねー！」<br>甲高い声を張り上げるのは森山恵梨。クラスではおとなしい三つ編みの似合う子だった。<br>それにしても昨日からみんなあたしに「痩せた？」って聞くよなあ。<br>昔のあたしのイメージってどれくらい太ってたんだろう？<br>いや、まあ二年前に体調壊したときに確かにガクンと体重は落ちたけどさあ。<br><br>「ワンピ、かわいい。」<br>そう言ったのは早川沙織。相変わらずのモデル体型のスレンダー美女である。十三年経って更に綺麗になった気がする。<br>「あー、修ちゃんだー！」<br>「どうも。」<br>「さ、行こ行こー。」<br>恵梨ちゃんが修ちゃんの腕を引っ張って居酒屋に入っていった。<br>「恵梨ちゃん、あんなに積極的な子だったっけ？」<br>「さあ？人は変わるから。」<br>何気なく聞いた一言だったのに、沙織ちゃんの答えには引っかかるものを感じた。しかし彼女は微笑んでいた。<br>「そっかー。」<br>軽く受け流して沙織ちゃんと一緒に歩き出した。<br><br>会場の入り口には「高尾市立第四中学校　同窓会ご一行様」とでかでかと書かれたボードが飾ってあった。<br>店員さんに案内されて奥のパーティールームに行くと懐かしい顔ぶれが揃っていた。<br>そこかしこで「元気ー？」「久しぶり。」という言葉か飛び交っている。<br>あたしは会場内を見回して思った。<br>「やっぱり、いない…」<br>「誰が？」<br>ぽんっ、と肩を叩かれて振り返ると、幹事である井原照美が笑っていた。<br>「てるちゃん。」<br>「もしかして、初恋相手の江崎くんのことですかあ？」<br>照美はにやにやしながら言った。<br>「勝手なこと言わないでよね～。」<br>呆れながら言い返す。<br>「江崎くん、仕事でちょっと遅れるけど来るってさー。良かったね。」<br>「別に。関係ないし。」<br>変わっていない。照美のこういう人をおちょくるところ。反論してこちらがキレると逆ギレを起こす、という記憶が蘇ってきた。ここは波風をたてないようにしておこう。うん。<br><br>「はーい皆さん、席についてくださいー。」<br>また聞き覚えのある声が飛んできた。もう一人の幹事、及川真吾だ。<br>「自分の出席番号の書いてある席に座ってくださいよー！忘れてたら罰金な！」<br>笑いが起こる。<br>忘れようがない。<br>小学校、中学校と、ほぼ一緒のメンツだったのだ。途中、転校生が入ったりしたが、九年間変わらない顔ぶれなのである。<br>更にさかのぼると保育園からの付き合いである。トータルだと十一年間。パンツ一丁で保育園のプールに入ったりした仲なのだ。<br><br>あたしの住む朝日町は過疎というほどではないが、子供も少なく、一学年が一クラスしかなかった。<br>町を横切る県道を境に、四つの地域に別れており、それぞれ北山、東谷、西峰、南川という地区に分けられていた。<br>あたしと修ちゃんは東谷地区だ。<br>中学校も小学校も保育園まで東谷にあり、みんな四地区から通って来ていた。あたしは学校が近いのが嬉しかった。放課後走って早く帰ればテレビアニメがたくさん見られたからだ。<br><br>出席者全員が席に付いたところで乾杯の音頭がとられた。<br>ドライバーとそうでない者の飲み物がハッキリ別れていて面白い。<br>あたしもお酒は飲めるけど、修ちゃんに気を使ってジュースにしておいた。<br><br>ざっとあたりを見回すと十五、六人くらいの出席者がいた。<br><br>三十人のクラスだったのだから、出席率は良いほうかな。<br>話を聞くうち、今でも地元に住んでいるのはたった九人しかいないとわかった。<br>地元にいない者でも隣町など、わりと近くに住んでいる人も多いみたい。<br>東京から帰ってきたあたし以外がそのようだ。<br><br>少しすると遅刻組がやってきた。<br>しかしいつまで経っても担任の先生は現れなかった。<br>幹事が照美だったから聞く気もしなかったが、これは同級生のみの同窓会だったようだ。<br>先生がいたらいろいろ話したいことやお礼を言いたいこともあった。残念。<br><br>途中、クジ引きで次の幹事が決定されたけど、何故か、次の同窓会は永遠に開かれないような気がした。<br><br>同窓会では、昔を懐かしむ会話と、現状を探る会話が飛び交っていた。<br>誰が結婚してどこにいるとか、誰の仕事はこんなだとか、<br>何気なく聞きながらあたしも雰囲気を楽しんだ。<br>あたし一人、知らない事実があることを知る由もなく。</p>
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<link>https://ameblo.jp/summer-2009-8/entry-12467583118.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Aug 2009 23:17:35 +0900</pubDate>
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<title>１　帰省</title>
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<![CDATA[ <p>駅のホームに降り立った瞬間、むあんとした生温い風に包まれた。<br><br>さっきまでの冷房の聞いた新幹線の座席がすでに懐かしい。<br>周りには大荷物やお土産袋を抱えた人がちらほらとみえる。<br>お盆前の帰省のせいか、新幹線はそれほど混み合ってはいなかった。<br>冷房が効いた上に禁煙席というのはとても快適だった。<br>前に帰省したときは、「東京からなら座れるわよ」と言った母の言葉を信じ、適当に自由席の列に並んだら、その車両は喫煙席で死ぬほど煙い思いをして泣きたかったことがある。席を移ろうにも、ほどほどの混み具合で、この席を離れたら広島まで二度と座れない気がして立てなかった。そのまま広島まで三時間半の煙い旅が続いたのであった。<br>だから今回は失敗しなかった。おかげで気持ちよく帰省できたわけだけど、重い荷物だけが辛い。<br>東京駅で見かけたお菓子のお土産がとても美味しそうで、自分用にもと買いすぎてしまった。<br>鞄の中のノートパソコンもかなり重い。周辺機器もいろいろ持って帰ってきたし。なによりパソコンを入れる鞄って、どうしてこんなに重いのだろう。体力も腕力もないあたしにとっては拷問といえるくらいの重さ。でも全部持って帰らないと何もできない。ほんっとになんにもない。あたしの実家は。<br><br>だって田舎なんだもの。<br><br>よろよろした足取りで改札を抜けると、遠目に手を振る仕草が見えた。母だ。ニコニコしながら近づいてきた。<br>「すごい荷物ね！」<br>久しぶりに会う娘への台詞がそれですか。<br>「笑ってないで助けてください。」<br>母はあたしから荷物を全部横取りしようとした。大雑把である。<br>「いやいや、全部は無理だから…」<br>「貸しー、持ったげる。」<br>半分持ってもらった。母は力持ちだ。<br>「あんたちょっと痩せた？」<br>何気ない会話を交わしながら駐車場に向かった。<br>この駅、広島とは言ったけど正確には福山駅という。<br>実家はここから更に電車で一時間かけ、更にバスで三十分行ったところにあるが、帰省の時は大抵両親が車でここまで向かえに来てくれる。<br>交通が不便な田舎なのだ。<br>「夕ご飯何が食べたい？あ、ちょっと買い物していくわね。」<br>運転しながら母はなんだか嬉しそうだ。三年ぶりの帰省だもんなあ。<br>「最近仕事どう？そういえば友子ちゃん、結婚して今横浜にいるんだって。」<br>「そうなんだ。じゃあ明日の同窓会来ないのかな？」<br>「旦那さんの仕事が忙しいっていってたから無理かもねえ。」<br>「ふーん」<br>窓の外の景色を見ながらあたしは同級生の友子のことを考えていた。恥ずかしがりやで奥手だったのになあ。<br>「あんたも結婚していいのよ？もう二十八だし。」<br>「はいはい。」<br>面倒くさい会話はスルーしておく。<br>そんなことはどうでもいいのだ。アラサーとかいう言葉が流行っているけど、気にしたことないし。<br>…と言ったら嘘だけど。まあ当面結婚とかどうでもいい。<br>それよりも、あたしが、この大嫌いな田舎に今日こうやって帰って来たのには理由があった。<br>もう何年も前から探している、あるモノを見つけるだめだ。<br>東京にもっていったハズだとおもっていた。何年も探しているのにどうしても見つからない。<br>三年前に帰省したときにも実家を探し回ったのだけど、あの時も見つからなかった。<br>でも心当たりがあるし今回はきっと…。<br><br>「ここの道初めてでしょ？去年できたばかりなのよ。」<br>実家に近づくにつれ、懐かしい景色が飛び込んでくる。山と畑と田んぼと川。ぽつんぽつんと民家。ああ、でもいろいろ変わっていっちゃってるな。新しい建物も増えている。<br>あたしは帰ってきた。この町に。十八になると逃げるように出て行ったこの町へ。<br><br>その日の夜。<br>遅く帰宅した父とビールで乾杯しながらの夕ご飯。父の話は仕事のことばかり。よっぽど仕事が楽しいらしい。不景気なこのご時世に父は幸せそうだった。母は「話半分で聞け」信号をちらちら送ってきていた。この両親は良いコンビだ、と心で思った。<br><br>自分の部屋に入ってパソコンをいじる。<br>良かった繋がった。パソコンさえ生きていればここで仕事も出来る。<br>少し前までは電話回線を使ってネットをしていたらしく、電話がかかってくるとネットが途切れてしまっていたのだった。<br>回線を引いてくれて良かった。ネットも出来なかったらほんとに何もできなくなる。<br>この町はネットカフェどころかコンビニすらない。家と自然しかないといっても過言ではないだろう。一番近くのコンビニまでは車で二十分。車がないと身動きできないのである。バスも一応通っているけど、一時間に一本あればいいほうだ。<br><br>「はあー」<br>ベットに寝っころがると虫が鳴く声が聞こえてきた。<br>家のすぐそばを流れる谷の水の音もする。<br>谷というけど、ただ単に水が流れている小さな川のようなものである。幅は一・五メートルくらいか。昔からそう呼ばれているから特に疑ったこともないけど、そういえばこれ谷じゃないよね。ヘンなの。ヘンだけど、あたしはここで育ってきた。この狭い町で。谷で遊んで。この小さい世界で。<br><br>明日は同窓会。<br>中学まで一緒だった同級生たちと久しぶりに会う。<br>卒業以来、十三年ぶりに会えるみんなはどんな風になってるんだろうな。<br>誰が来るのかな。少し楽しみになってきた、三年ぶりの実家で過ごす長い夏休みの始まりだった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/summer-2009-8/entry-12467577453.html</link>
<pubDate>Mon, 10 Aug 2009 20:52:00 +0900</pubDate>
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