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<title>女子大生の私説☆美術史</title>
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<description>タイトルで釣ろうとする姑息な管理人のブログ。美術史を好き勝手語ります。</description>
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<title>エジプト美術②―アマルナ美術―</title>
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<![CDATA[ <p>予告したとおり、今回はエジプト美術の中でもイレギュラーといえるアマルナ美術についてです！</p><br><p>第１８王朝の王、アメンホテプ４世は、それまでエジプトが信仰してきた宗教観を大きく覆します。<br>この時期、都テーベで神官たちの力が強くなり、アメンホテプ４世は嫌だな～と煙たがっていました。<br>神官たちはアメン神という神様を主に祭っていたので、神様に近い人物集団であった神官たちには、王様であっても強い口は利けなかったのです。<br>そこで彼は「今日から俺は、この神様を信仰するよ」と言って、アメン神でなく唯一神アトンを崇拝しだしたのです！<br>そうすれば「きみたちの神様はうちの神様と違うから」と言って、神官の言うことを聞かなくてすみます。考えたね。<br>でもこの改革、ものすごいことです。<br>それまでのエジプトは多神教でした。それが急に、「一人の神様だけになったからね☆」と方向転換しちゃったんですから。<br>宗教観が変わっちゃうといっても過言ではない。<br>しかもそれにあわせて都を移しちゃったり（テーベ→テル・エル・アマルナ）、自分の名前をイクナートン（アトン神に愛される者、という意味）に改名しちゃうくらいの力の入れようです。<br>じ、自由すぎる・・・<br>まわりに仕えてる人は（゜д゜）こんな顔してたんではなかろうか。</p><br><p>さて、そんな破天荒な王様のもとで生まれた美術がアマルナ美術というわけです。<br>これまでの話だけでも、この時期がエジプトの歴史の中でかなり特異なことがわかりますよね。<br>美術ももれなくこの影響を受けます。<br>まず第一に、神官たち、つまりエジプトの歴史を受け継いだ伝統ある者たちの言うことをきかなくても言いわけですから、形式から外れてしまいます。<br>形式、というのは前回お話したような、かたーくて、まっすぐ前を向いてて、みんな同じポーズで・・・と言ったような、作品に見られるきまりのことです。<br>分かりやすく彫刻の分野で言うと、写実的表現が目立つようになります。<br>以前はどうだったかというと、形式に当てはめてる点で個性がなかったし、理想化も激しかった。<br>それの逆をするようになるので、つまりは本物とそっくりな物が良いとされます。<br>彫刻も、本人に似てれば似てるほどいいし、自由に表現しちゃってOK。<br>代表例が《王妃ネフェルティティ胸像》BC1365年頃　です！</p><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110416/10/sunuko17/4d/0b/j/o0409059911168743808.jpg"><img border="0" alt="女子大生の私説☆美術史" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110416/10/sunuko17/4d/0b/j/t02200322_0409059911168743808.jpg" width="220" height="322"></a></p><p>（画像元：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%86%E3%82%A3">ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%86%E3%82%A3</a> )</p><p><br>ね。ぜんぜん違うでしょ。<br>アメンホテプ４世の奥さんらしいんですが、かなり人物の特徴があらわれてますよね。<br>きっと奥さんは本当にこういう顔をしていたんだろう・・・<br>実はこれを「写実」といっていいのかどうかはちょっと問題なんですが、とりあえずここではややこしいので伏せておきます。</p><p>そんなアマルナ美術ですが、アメンホテプ４世が死んじゃうとすぐに伝統のエジプト美術の流れに戻ってしまいます。<br>やっぱみんなついていけなかったんですね・・・<br>けれどエジプトの長い歴史の中で、短い間だけでもこんなに毛色の違った美術が生まれていた事実は見逃せないですね。<br>人と違ったことをするのって勇気要りますけど、記憶には間違いなく残る。<br>そんなものでしょうか。</p><br><p>えー次回は場所を移しまして、ギリシア・ローマ美術にまで話を進めたいと思います！<br>面白おかしく語れるといいのですが・・・資料集めがんばります！</p>
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<link>https://ameblo.jp/sunuko17/entry-10863076320.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Apr 2011 10:52:22 +0900</pubDate>
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<title>エジプト美術①</title>
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<![CDATA[ <p>一日あいてしまいました。<br>えーこの間がほとんどシュメール人の功績のみで終わってしまったのですが、今日もとっとと次に進みます。<br>実際、私もぜんぜん詳しくないので、にわか知識で書くには自分が見たものを語るくらいしかできなくてですね・・・（汗）<br>まぁあとメソポタミア関連ではハンムラビ法典がバビロン第一王朝の頃にできたよーとか、世界史の話ばっかになっちゃう気もするので。<br>気が向いたら、詳しく調べて更新します。<br>果たして、いつになるやらｗ</p><br><br><p>そんなわけで、今日はエジプトです。<br>エジプト美術のすごいところ、それはなんといっても<br><font size="5">約三千年に渡ってほぼ変わらず同じよ～なことを続けていた<br></font>ということ！<br>読者の方も「エジプトといえば？」と聞かれれば、まあまずピラミッドと、あとはツタンカーメンの黄金のマスクとか、同じポーズした人がびっしり描かれている絵とかを想像するのではないでしょうか。<br>言ってしまえば、これらのことを３千年もの長い間続けてたんですね。</p><p>普通に考えて、３千年も文明が存在してたら、色んな影響を受けてコロコロ様式が変わると思いません？</p><p>しかし、エジプト美術は長い間、その根本をほとんど曲げずに存在していました。<br>エジプト文明が保守的といわれる所以も、この辺りに関係しているような気がします。<br>メソポタミアとは対照的に、外敵に狙われにくいという土地柄もあったとは思いますが・・・</p><p>もちろん細かく言い出すと色々違いはあるんでしょうが、私のようなひよっ子から見ればエジプト美術はぜんぶ一緒です（笑）<br>彫刻で言うと、なんだかみんな座ってるか片足出して直立してるか・・・パターンが決まってる。<br>バチカンの博物館にエジプト館があって行ってきましたが、まぁぜんぶ同じに見えます＾＾；<br>みーんなおんなじよーに前向いちゃって、かったーい感じ・・・<br>もちろんこれは偶然そうなった訳ではなく、意図的に型に当てはめて作られております。<br>この頃の彫刻は、芸術作品として作られたわけではなく、王様のためだったり、信仰のためだったりするのがほとんどです。<br>威厳を出すためなのかなんなのか、それらの高尚な題材を扱う際には、動きが少ない型にはまった像が作られます。<br>逆にその型に当てはまらず自由な表現をされているものは、人物の職業や身分など、ちょっと俗っぽいことに関係しているようです。<br>古王国時代の<font color="#0000ff">《書記坐像》BC2495-2345頃</font>　が例として挙げられます。<br>（今回画像がありません・・・代わりに画像のあるサイトをご紹介しておきます。ttp://www2u.biglobe.ne.jp/~masayama/egypt-art.htm）<br>確かに、これエジプト？？って思っちゃいませんか？<br>私は初めて見たときイメージ変わったんですが。<br>余談ですけど、彩色されていることにもけっこう衝撃を受けました。<br>実はこの頃のエジプト彫刻って、ほとんどが彩色のものだったそうですよ？<br>考えてみれば３千年も昔のものなわけで、色は落ちちゃってて当たり前です。<br>昔はもっと鮮やかな色だったんでしょうね～！</p><br><br><p>さてそんな長い歴史を持つエジプト美術ですが、ちょっと例外も存在します。<br>第１８王朝時代におこったアマルナ美術というものなのですが、それはまた次回に！</p>
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<link>https://ameblo.jp/sunuko17/entry-10861964196.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Apr 2011 02:35:13 +0900</pubDate>
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<title>文明の始まりと美術―シュメール美術―</title>
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<![CDATA[ <p>はい！今日も更新しまっす！</p><br><p>えー昨日は美術とはなんぞやという話（結局答えてないけどｗ）と、美術が生まれたんは旧石器時代あたりくさいぞという話でした。<br>そんなわけで、時代を進めます。<br>だいたい世界史の教科書でも、この辺までは似たようなことばかり書いてます。<br>次にくるのは「文明の誕生」です。<br>人類が進化したから、さあ次は集団になろうぜって話です。</p><p><br>一番古い文明はメソポタミア文明らしい。</p><p><font size="5">ティグリス～う～う～ユーフラテス♪<br></font>（え、魔方陣グルグル知らない？Youtubeで調べてねｗ）<br>紀元前6千年頃にはもう農耕も牧畜もしてたって話だからスゴイ。</p><p>んでんで～世界史やった人なら<br>シュメール・アッカド・バビロン第一<br>というのはどっかで聞いたことあるんではなかろうか。私は高校生の時、呪文のように唱えてこれを覚えましたｗ<br>いわゆる王朝とかの流れです。明治・昭和・平成みたいな。（シュメールとアッカドは「シュメール人」というように、人を指していうけどね）<br>文明っていうくらいだから、いろんなものが発達してます。土器なんか模様もついちゃうの。いわゆる彩文土器。<br>そのほかにもシュメール人の時代には顎ひげのおっさんの像なんかが発見されてる。これはもちろん近所のおっさんなんかではなく、間違いなくその土地の権力者。<br>偉いしゃちょーさんの銅像つくるのと一緒だ。階級ができちゃってるわけです。<br>その他くさび型文字の発明や暦の発明など、たくさんの歴史的貢献をしたシュメール人ですが、美術史的にもかなりすごいことしてくれてます。<br>何より造形技術がハンパないのですよ。<br>例えば<font color="#0000ff">《聖樹と牡山羊》。</font></p><font color="#0000ff"><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110413/23/sunuko17/87/4d/j/o0800106711164596442.jpg"><img border="0" alt="女子大生の私説☆美術史" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110413/23/sunuko17/87/4d/j/t02200293_0800106711164596442.jpg"></a> <br><br></p><br><br></font>この写真、実際に私がイギリスの大英博物館で今年の2月に撮ってきました！<br>ちょっとわかりにくいけど、金や銀でぴかぴかに装飾されて、いかにも権力者の象徴という感じです。<br>直立した牡山羊のポーズなんかも、考えて作られてるように見えるでしょ？<br>つまり「デザイン」されてるわけです。かっこよく見えるようにねｗ<br>それまでのある意味生活の延長だった絵や像などから、また一段階技術的にも思想的にも高度になってるわけです。<br>もうひとつ有名なのが<font color="#0000ff">《ウルのスタンダード》</font><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110413/23/sunuko17/fd/1f/j/o0800060011164599480.jpg"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110413/23/sunuko17/4a/8e/j/o0800060011164603139.jpg"><img border="0" alt="女子大生の私説☆美術史" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110413/23/sunuko17/4a/8e/j/t02200165_0800060011164603139.jpg"></a> <br><br>これ実際なんのために作られたのか、さっぱりわからないそうです。<br>でもとりあえず貝殻とかラピス・ラズリとかで人とか戦車の絵が描いてあるのはわかる。<br>戦争と平和をあらわしているらしいです。<br>戦争というと、もちろん国家全体がかかわる重大な事件ですよね。<br>そんなことをテーマにできるくらい、文明は大きくなっていたというわけですね。<br>あとこの帯状（？）に物語が進行していくスタイルは、これ以降もエジプトなんかでよく見かけられます。<br>交流はあったみたいだから、互いに影響しあってこのスタイルが確立されたのかもしれません。
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<link>https://ameblo.jp/sunuko17/entry-10860906990.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Apr 2011 23:43:57 +0900</pubDate>
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<title>美術のはじまり―旧石器時代―</title>
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<![CDATA[ <p>さてはて、美術史を紹介していくと言ったはいいが、はじめは何を書こうかひじょーに迷いました・・・<br>でもやはり学問分野として「美術」をやるからには、「美術」がいったいいつごろから存在していたものなのか、そもそも「美術（/芸術）」ってなんなのかって所を押さえておかなきゃいけないと思ったわけです。<br>けどこういう問いって実は一番難しかったりするよね！<br>YA●OO!で「美術　何」って検索して答えっぽいものは出てくるけど、難しい言葉を並べ連ねて結局何？ってなっちゃう。<br>けどここからひとつ分かるのは、万能のインターネット先生でさえはっきり言えないくらい<font size="4">、「美術」は曖昧でﾋﾞﾐｮ～な分野なんだろうなってこと。</font></p><br><p>まぁそんな屁理屈はさておき、一般的には旧石器時代に美術が生まれたとされてるのですよ。<br>今から<font color="#ff0000" size="4">3万年</font>ほど前のお話。<br>いわゆる人類の「歴史」になる以前の、「先史」とされる時代です。<br>（英語で言うと分かりやすい。先史＝Pre-historyだからね）<br>旧「石器」時代という訳だから、もちろん人類もいて、もうちゃんと道具を使って生活してた。<br>なんと長々250万年前からこの旧石器時代は続いていたわけなんだけど、3万年前ほどになってまたちょっと人類が賢くなりだした。<br>私のイメージとしては「はじめ人間ギャートルズ」の感じなんだけどねこの時代。（知ってる人いるか？）<br>まあそんな感じで、人類が人類らしい（？）営みをし始めたのがこの頃みたい。</p><p><br>そしてそして、これ以前の時代は絶対に何かしら用途があった「道具」としての石器ばかりが発掘されていたけれども、明らかに生きていくうえで必要ないでしょと思われる品が発見される。<br>ま、言ってしまえばこれが「美術」の祖先なんじゃね？という話。<br>有名どころで言えば<font color="#0000ff">スペインのアルタミラ</font>や、<font color="#0000ff">フランスのラスコーの壁画</font>とかね。<br>どっちも牛（野牛。ビゾンって呼ばれてる）が描かれてるんだけども、何でこんな絵を描いたのか詳細は不明。<br>しかし少なくとも牛の絵を描いても牛肉が食べれるわけではないですよね・・・でもはじめ人間たちはその意味のないことをやった。<br>それはつまり、生きていくこと意外の<font color="#ff0000">「別な意味」</font>がその絵にあったわけだ。<br>呪術的だったり宗教的だったり、いろんな説があるけど、私が重要だと思うのはこの部分。<br>きっとこの牛の絵を描いた人は、描きながら何らかの思いを持っていたに違いない。<br>「ああ、牛が食べたいよ～この思いを壁画にしてやれ」って思ってたかもしれないし「狩りが成功するように、成功したときの絵を描いて願掛けしとこう！」って思ってたかもしれない。<br>いや、はたまた「牛たんテラモエス」と思って・・・はいないかさすがに。<br>とーにーかーく！その「思い」が、美術を作るもとになったのは間違いないと思うんだな。<br>人類が美術を生み出せたのは、その実務生活に貢献しない行動に、意味を見出せたからなんだろうな。</p><br><p>壁画以外にも、スティアトパイグス型といわれる太っちょの女の人の像もたくさん見つかってるみたい。</p><p>よかったら画像探してみてください。<font size="6">超巨乳</font>ですからｗ</p><p>確か女神像だった気がするんですが・・・昔はやっぱ豊満な女性がモテたんでしょうかね。</p><p>これも生産活動に直接関係はないただのお人形ですから、やっぱり三大欲求以外の衝動から作られたものなんでしょうね。</p><p>このお人形を見て、ああ、素敵な女性だ・・・とうっとりしていたんでしょうか。</p><p>そうだとしたら、旧石器時代の人も現代人となんら変わりないですねｗ</p><br><p>そんなわけで、美術っぽいものは旧石器時代に出てきたんだﾖというお話でした。<br>明日も続けて更新・・・できたらいいな！</p>
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<link>https://ameblo.jp/sunuko17/entry-10859832267.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Apr 2011 22:11:19 +0900</pubDate>
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<title>ごあいさつ</title>
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<![CDATA[ <p>はじめましてこんばんは。</p><br><p>某地方大学で美術史勉強してます。</p><p>その一環として、ブログで美術史を語ってみることにしました！</p><p>これを読んで、美術にちょっとでも興味を持ってもらえるとうれしいです。</p><br><p>※注意※</p><p>前述の通り、しがない大学生の私説美術史です。</p><p>大学のレポートや個人の勉強の参考にしていただく分には構いませんが、</p><br><p><font color="#ff0000" size="6">あくまで個人の意見です！</font></p><br><p>てなわけで引用とかするときには気をつけてくださいね。</p><p>自信持って間違ったこと言ってる可能性もあるので・・・</p><br><p>加えて「おいこれちゃうやろ！でたらめぬかすなゴミ虫が」と思われた専門家の方は</p><p>どしどし意見しちゃって下さい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sunuko17/entry-10859744400.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Apr 2011 21:02:51 +0900</pubDate>
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