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<title>おっさんスパロボのブログ</title>
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<description>スパロボゲーマー親父の戯言</description>
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<title>携帯ゲーム機戦争3</title>
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<![CDATA[ <p>ゲームボーイがマイナーチェンジを繰り返していたが、その後継機がいよいよ登場する。</p><p>それがゲームボーイアドバンス</p><p>名前からわかるとおり、ゲームボーイとの互換をもっており、まさに後を継ぐ存在となり、性能もSFCとほぼ同等のスペックに、電源を電池だけだったのが、バッテリー対応になったのも大きな変更点であり、カラーに関わらず10時間近く持つこともあり、まさにいつでもどこでもゲームが出来る携帯ゲームとなった。</p><p>サイズも小さく薄くなったことも子供が持ち運びする点で大きなメリットだったのではないか？</p><br><p>最早携帯ゲーム機市場に敵なしだっただけに、当然のようにヒット、ゲームボーイからのゲームだけでなく、ここでヒットをした作品も排出した。</p><br><p>個人的にはスパロボA目的で購入したけど、スパロボ大戦D＆スパロボ大戦ORIGINAL GENERATIONもやったなあ。私が二番目に買った携帯ゲーム機だったりする（ちなみに最初に買ったのはワンダースワンで、スパロボのために買っただけだった）</p><p>でも代表すべき作品はやはり逆転裁判シリーズだろう。</p><p>まあ売り上げではポケモンの独壇場だったけど、過剰な演出や際立ったキャラたち、あっと驚くストーリ展開は近年稀に見るアドベンチャーもの。</p><p>法廷バトルという新たなジャンルを確立した。</p><p>シリーズ化され、スピンオフ作品まで登場。</p><p>舞台化、映画化されるなど、裾野は広がるばかり。</p><br><p>後にSPという折りたたみタイプの性能をアップさせたタイプも登場する。</p><p>そんな携帯ゲーム機の王、任天堂にとうとうライバルが登場するわけですがそれは次の話で。</p><p><strong><br></strong></p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/suparobosuki/entry-11124144347.html</link>
<pubDate>Mon, 02 Jan 2012 23:03:05 +0900</pubDate>
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<title>携帯ゲーム機戦争2</title>
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<![CDATA[ <p>ゲームボーイから端を発した携帯ゲーム機市場</p><p>二匹目のどじょうを狙うメーカーが参戦してくる。</p><p>まず当然さんせんしたのはSEGA。</p><p>ゲームギアはゲームボーイの発売の翌年に登場。</p><p>白黒だったのに比べ、カラーだったのはインパクトは合ったものの、価格が据え置き機に並ぶ19800円と高額。</p><p>携帯ゲーム機の割りに、電池の時間が3時間しか持たないという致命的欠陥が響いた。</p><p>ソフトも移植がメインであり、オリジナルによって引っ張ることが出来なかったことも、その後の伸びを縮ませた。</p><p>一方でテレビチューナーを活用することで、携帯テレビとして利用できるようになったのはその後の携帯ゲーム機で採用されることが多かった。</p><br><p>同じ年にNECホームエレクトロニクスよりPCエンジンGTが登場。</p><p>こちらの価格はさらに高く、44800円。持続時間も3時間とゲームギアと同じ。</p><p>テレビのチューナーが用意されてる点も同じだ。</p><p>決定的に違うのは、ほとんどのhuカードをりようできること。</p><p>さらに多人数プレイゲームも別売の専用ケーブル利用することで、一緒に楽しめる点は他にないアドバンテージだった。</p><p>本体価格が14800円とかなら随分携帯ゲーム機の勢力図もちがっていたんじゃないかな。</p><p>少なくともゲームギアを押さえ、二位に上ったかもね、それも結構な普及台数で。</p><p>いろいろと惜しいゲーム機だ。</p><br><p>しかし高騰するROMに代わり、CDROMという安く大容量の媒体に切り替わっていく据え置きゲーム機に比べ、高騰するROMを使い続けることは、据え置き機に比べ価格帯が低い携帯ゲームは旨みのないない者となり徐々に衰退。</p><p>一ジャンルとして存亡の危機を迎えていたゲームボーイを救ったのは、あのゲーム。</p><p>1996年に『ポケットモンスター赤・緑』が登場する。</p><p>任天堂としては逆転ホームランともいえる作品となった。</p><p>というのもゲームの王様だったはずが、スーパーファミコンも次世代機に押されつつあった任天堂にとって、大きいできごとであり、このポケモンが生み出したものは、今でも人気で多方面での活躍を見ればわかるだろう。</p><br><br><p>その後ネオジオポケットやワンダースワンが登場するが、携帯ゲーム機の任天堂一人勝ちは状態は揺るがず、この頃までにマイナーチェンジを繰り返し、同じことゲームボーイカラーが登場する。</p><p>ゲームギアやPCエンジンGTが発売されて8年後、それをも上回るカラー能力、電池も20時間と伸びを見るに、技術の日進月歩ぶりを感じさせる。</p><p>価格も最終的に6800円という安さ。</p><br><p>この頃の任天堂は据え置き機NO.1の座を引き摺り下ろされていたものの、携帯ゲーム機では一人勝ちとなっていた。</p><p>この携帯ゲーム機の天下はまだ続くのだが、それはまたの機会に。</p>
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<link>https://ameblo.jp/suparobosuki/entry-11096869331.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Dec 2011 23:33:28 +0900</pubDate>
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<title>携帯ゲーム機戦争</title>
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<![CDATA[ <p>据え置き機（この単語も携帯ゲーム機が定着以後できた言葉じゃかなったかな？）で圧倒的シェアを誇った任天堂が打って出た新ハードが、ゲームボーイだった。</p><br><p>当時私の印象としては、今更携帯ゲーム機？だった。</p><p>あの時代据え置き機は色数や音、デカキャラといったものに主眼がおかれてる時代だったのに、今更白黒の液晶？</p><p>ゲームウォッチを知る世代だったこともあって、時代を逆行する風に見えて手を出さなかった。</p><br><p>しかし世間は違った。</p><p>日本だけでも、3000万台を超えるヒットで、ディスクシステムの10倍近く売っている。</p><p>それを受けて他のメーカーもどんどん携帯ゲーム機を発売していくのだが、それはまたの機会に。</p><br><p>これがまた子供の遊びのあり方を変えたといえる。</p><p>いつでもどこでもゲームができる環境を得たのだ。</p><p>これまでは家でしかゲームができない=誰かの家でないとできない。</p><p>毎度毎度それを許してくれる家はそれほど多くなかった。</p><p>この登場により、気兼ねなくゲームを楽しむ環境が整った。</p><p>さらに大きいのが、子供が退屈しがちな、移動時間の暇つぶしとして力を発揮。</p><p>帰省やレジャーなどの車や電車での移動時は、子供にとって退屈そのもの。</p><p>その時間を退屈させない道具として重宝した。</p><br><p>発売当初はファミコン発売当時のようなラインナップに、ファミコンで人気のゲームの移植がメインだったように思う。</p><p>キラーソフトの登場がこのハードの運命を決めた。</p><p>それがSEGAと遺恨を残した『テトリス』の登場だろう。</p><p>これにより他の追随を許さないものとした。</p><br><p>そんな中少なからずオリジナルが登場し、ヒットし、シリーズ化された作品もある。</p><p>魔界塔士Sa・Ga</p><p>レッドアリーマー 魔界村外伝</p><p>スーパーロボット大戦</p><p>星のカービィ</p><br><p>これらは有名どころじゃないかな？</p><br><p>魔界塔士Sa・Gaは、ゲームボーイを借りてエンディングまでやったのはいい思い出。</p><br><p>これにより据え置き機に次ぐゲーム市場が誕生し、現在も激しい戦いが繰り広げられている。</p><p>しかし最近は携帯電話でできるゲームの登場により、市場を圧されているのはゲームそのものの存在が斜陽しているのを思わせて、ちょっと寂しい。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/suparobosuki/entry-11087205468.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Nov 2011 20:40:47 +0900</pubDate>
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<title>100Mショックの衝撃</title>
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<![CDATA[ <p>タイトルでわかるとおり、あのSNK初のハードネオジオだ。</p><p>当時100Mは衝撃だったね。</p><p>ファミコンでも4Mですから、圧倒的容量は衝撃的だった。</p><p>さらにゲームセンターと同じものが家で遊べること。</p><p>移植ではなく、同じものがプレイできるこの感動は当時の人でないとわからないかもしれない。</p><p>特にこの価値の大きさは、格闘ゲームが隆盛を極める時代だからこそ尚痛感できる。</p><p>対戦が増える中、家で練習できるメリットの大きさは計り切れない。</p><br><p>とはいえ、ハードは58000円、ソフトは3万円前後など、家庭用ゲームというには敷居が高すぎる。（アーケードゲーム機そのものを買うことを考えれば安いとはいえ）</p><p>格闘ゲームの傑作も多く、ゲームセンターに入り浸ってるような奴にとって、魅力的だったのも確かだ。<br></p><p>餓狼伝説</p><p>龍虎の拳</p><p>サムライスピリッツ</p><p>ザ・キング・オブ・ファイターズ</p><p>など人気格闘ゲームを排出したハードであり、格闘ブームがあったから存在しえたハードといえるかもしれない。</p><br><p>後にネオジオCDが発売され、高価だったソフトの低価格版（8000円くらい）が登場。</p><p>ただ、読み込みの遅さは、かなりフラストレーションがたまったなあ。</p><br><p>一方で、SNK以外のソフトメーカーの少なさや、ヒット作のなさが一部のマニア二とどまった最大の理由だと思う。ある種突き抜けたハードだったのに、惜しいやね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/suparobosuki/entry-11071837168.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Nov 2011 23:35:46 +0900</pubDate>
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<title>遅れてきた大物ハードメーカー4</title>
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<![CDATA[ <p>ファミコンがアクションやシューティングが没落していくなか、圧倒的スペックによりその没落ジャンルが隆盛していく。</p><p>その一方で、ファミンコンではRPGやシミュレーションが人気を伸ばしていくなか、PCエンジンではそのジャンルは伸び悩む。</p><p>それにはファミコンではできるようになったデータセーブが単体ではできなかったこと。</p><p>後に天の声という別売品を買うことで補えるのだが、セーブのためだけに買う人は多くなかったことアーケードファンなどのゲーマーが層としてメインだったせいか、そのジャンルは伸びなかった。</p><br><p>その流れを変えたのが、CD-ROM2システムだろう。</p><p>これにより本体にセーブ機能付になるし、膨大なデータを積める媒体の登場は流れを変えるはずだった。</p><p>天外魔境などの登場はそれを予感させたが、どうも根付かなかったようだ。</p><p>むしろファミコンにおいても、下火になってたアドベンチャーが、復活したといえるかもしれない。</p><p>CD-ROM2システムにもっとも適したジャンルだったのかもね。</p><p>コブラ 黒竜王の伝説やスナッチャーまさにそんな感じだったね。</p><p>とくにスナッチャーの出来は、CD-ROM2システムを代表する傑作だったと思う。</p><p>CD-ROM2システムには他にも、イースI・IIや悪魔城ドラキュラX 血の輪廻など名作も多い。</p><p>CD-ROM2システムはよりコアな層へ人気を獲得していく。</p><p>ときめきメモリアル</p><p>銀河お嬢様伝説ユナ</p><p>この2作はまさにギャルゲーのパイオニア的存在であり、声やアニメーションを使えるCDROMはまさにあっていたのかもしれない。</p><p><br>このCD-ROM2システムもPCエンジン同様バージョンがいくつも存在する。</p><p>まず</p><p>SUPER CD-ROM2　47,800円</p><p>一作目に比べ、価格を１万円以上下げたものが登場、しかしすでにCD-ROM2システムをすでに持ってる人にはどうしろと・・・</p><p>そこで登場したのは、SUPER SYSTEM CARD Ver.3.0（9,800円）</p><p>スーパーと名がつくSUPER CD-ROM2だが、性能的にはパソコンで言うところのRAM増設しただけの代物。</p><p>このシステムカードは512Kbit→2Mbitに増えただけだったのものだったので、それを補うカード。</p><p>読み込み速度は変わらないため、読み込み時間の長くなった。</p><p>でもそれにより、制作側の制約が軽減され、やれることの幅が広くなった。</p><p>そのおかげもあってか、この移行はそこそこ成功する。</p><p>普及へ後押しとして、PCエンジンとSUPER CD-ROM2がセットになったDuoが登場。ただし価格は59800円ｗ</p><p>のちに39800円のDuo-R、29800円のDuo-RXと低価格化が進む。</p><br><p>他にも、ストリートファイターIIのヒットによる格闘ゲームブーム二対応すべく、移植するために18Mbit搭載したアーケードカードPROが登場する。しかし、このカードだけで17,800円もする代物で、ヒットとまではいかなかった。</p><p>私もPCエンジンのハードや周辺機器だけで10万以上つぎ込んだ忘れられないハードだ。</p><br><p>最早時代遅れ感のあった8ビット機だったPCエンジンが、PSステーションが登場後もそこそこ活躍していたのは、CD-ROM2システムの導入の早さだろう。セガの3年、ソニーの6年も前に導入しており、その先見の明はたいしたものだ。</p><p>このアドバンテージのおかげで地味に生き残ってこれたんだと思う。</p><p>しかし次世代機がCDROM機になることでその役目を終えたように思う。<br>ハードの過渡期の橋渡しをした存在だと思う。そのおかげで、演出面が強化された作品が増えたんだと思う。</p><br><p>これに続く次世代ハードをNECは投入するわけだが、それはまた別の話。</p>
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<link>https://ameblo.jp/suparobosuki/entry-11066097086.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Nov 2011 20:41:05 +0900</pubDate>
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<title>遅れてきた大物ハードメーカー3</title>
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<![CDATA[ <br><p>CD-ROM2システムの話は後述</p><p><br></p><p>本体も3回くらい様変わりしたよね。</p><p>でもだすハード出すハード間が悪いというかなんというか。</p><p>PCエンジンシャトル</p><p>低価格版がでるのはいいが、CD-ROM2システムも発売されたのに、こちらに繋ぐ事はできない。</p><p>意味不明だ。</p><br><p>PCエンジンコアグラフィックス</p><p>これはモノラルからステレオになり、コントローラーは連射機能が標準装備など見るべき点はあるが、価格据え置きだった、これを核にするなら普及価格として値下げすべきだったと思う。</p><br><p>PCエンジンスーパーグラフィックス</p><p>ほぼ同時期に発売された上位互換機？グラフィック能力を高めたハード。</p><p>しかし専用はソフトはわずかで、CD-ROM2システムにも別売のアダプターなしには繋げない有様。</p><p>何より馬鹿でかいハード＆39,800円というトンでも価格であっという間に消滅。</p><br><p>PCエンジンコアグラフィックスII<br>ここでやっと2万円を切る低価格版が登場、仕様的変更はない。</p><p>正直白ハードからこれだけ早めに出してれば良かったのにと思う。幾らかCD-ROM2システム導入に踏み切りやすかったと思う。それでも同時に買うと8万もする高級ゲーム機（学生でよく買ったと思う。当時バイト代はゲーム代が半分くらい使ってたなあ）</p><p>PCエンジンDuo-Rについては後述</p><br><p>CD-ROM2システムの登場ははやく、白ハード発売翌年には登場。</p><p>ちなみに、この後にシャトルが展開されてる（ここがおかしい）</p><p>周辺機でありながら、PCエンジンよりもハードとしての魅力が高かった。</p><p>その理由は圧倒的容量だろう。ファミコンでも4Mくらいもあればという時代、なん600Mを超える大容量。</p><p>一種のゲームの革命をもたらしたともいえる。</p><p>これがもたらしたのは、ゲームでは容量をくうため難しかった、画像の取り込みや生音声などを利用しやすくなった。特に音的には制限がほぼなくなったといえる。</p><p>それはゲームのあり方に変化を及ぼした。</p><p>ここからゲームの部分とは別に、演出面の強化、深化進んだ。（ゲーム本来の部分以外のボリュームが増えていったのもこの時期からか）</p><p>そういう特性もあってか、それに適するソフトのラインナップは、Huカードと違ってくる。</p><p>マニアックなヲタク向け、アニメを盛り込んだ作品が増えた。実際アニメなどのゲーム化には最適だった。</p><p>ここからオリジナルアニメ作品に成長したものもある。</p><p>ここで一気にアニメとゲームの距離が一気に進んだように思う。</p><p>忘れていけないのが、プレイ中のストレスの元になる読み込みとの付き合いがはじまる（ディスクシステムが最初だけど）</p><br><p>でも発売当初はその膨大な容量を使うか、戸惑ってる感じはあったね。</p><p>No・Ri・Koはまさに取り込み画像に音声を活用したアイドルもののゲーム。</p><p>天外魔境 ZIRIAは、ようやくふさわしいと呼べる作品だったかも、かなり長い作品だったらしいがｗ</p><p>ヴァリスIIが、ある種上で述べた傾向を決定付けたかもしれない、アニメに声は出るわで、堪能するには適していたかも、アクションそのものはたいしたことなかったがｗ</p><p>アダルト系とは違うギャルゲーが生まれたのがこの時期なのかな？</p><br><p>CD-ROM2システムソフトについては次回にもっと触れたい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/suparobosuki/entry-11057718511.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Nov 2011 19:55:56 +0900</pubDate>
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<title>遅れてきた大物ハードメーカー2</title>
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<![CDATA[ <p>このPCエンジンの最大のソフトメーカーは、ハドソンだったりする。</p><p>ハードそのものの開発から携わっており、熟知していたからか、ファミコンではB級ソフトメーカーの印象だったが、ハードの普及の牽引役になったハドソンの変わりぶりに驚いたりした。</p><p>度肝を抜いたし高レベル移植の『R-TYPE』</p><p>PCエンジン最高傑作シミュレーションの『ネクタリス』</p><p>5人プレイのできる『ダンジョンエクスプローラー』</p><p>などあり、普及に大きく貢献したメーカーになった。</p><br><p>ハドソンほどではないが、多くのアーケード移植したナムコもゲーマーの心を揺さぶったのは忘れてはいけないだろう。</p><p>妖怪道中記、プロ野球ワールドスタジアム、ドラゴンスピリット、ファイナルラップツイン、源平討魔伝、スプラッターハウス、超絶倫人ベラボーマン</p><p>上のはそれらの一部だが、そうそうたる面子だよね。</p><p>当時いかにナムコがゲーセンで幅を利かせていたかわかる。そのどれも移植レベルが高かったのも付け加えておく。</p><br><p>他にもここで有名になったソフトメーカーもある</p><p>メサイヤ</p><p>まあクソゲー系を産み出したとも思うが、改造町人シュビビンマン＆飛装騎兵カイザードはそれにあたるかｗ</p><p>個人的にこれらは少年の心を掴むヒーローものやロボットものをオリジナルで作ったことにある。</p><p>面をクリアすると入る演出とか、スパロボチックなシミュレーションや戦闘アニメなど好きだったな。</p><p>名作系の超兄貴、重装機兵ヴァルケンを輩出してるから侮れない。</p><br><p>後忘れてはいけない、ヒューマン。</p><p>画期的ゲームシステムのゲームが多かった。</p><p>スルメのようなすればするほど味わえる渋い作品が多かった。</p><p>代表作はフォーメーションサッカー＆ファイヤープロレスリングだろう。</p><p>どちらも従来のサッカーゲームとプロレスゲームを変えた作品だ。</p><p>サッカーとして珍しい縦スクロールのフィールド、容赦ないリアルな各国の能力（世界のレベルに比べると、日本はどうしようもないほどステータスが低かったｗ）</p><p>P.K.勝負だけでも熱い駆け引き勝負ができる傑作。</p><p>プロレスゲームは多くは連射勝負が定番だったが、これは技を決めるのはタイミング命な点が決定的に違う。</p><p>ダウンしたら連射は必要だが、組み合って技を決めるのはタイミングを極めるのが勝負になる。</p><p>どちらも傑作で、どちらも難易度が高いのが特徴だったな。</p><p>この会社の面白いのは、ゲームの専門学校を作ったことだろうか。</p><p>ゲームを自分で作りたいと思う子供たちにとっては夢の学校だったよね。</p><br><p>発売本数こそ少なかったが、地味に良かったのはタイトー。</p><p>こちらもファミコンではどうもB級ソフトメーカーだったけど、PCエンジンではアーケードからの移植はなかなかで、チャンピオンレスラーや究極タイガーは良かった。</p><p>チャンピオンレスラーは従来のプロレスゲームの延長上にある名作だった、移植もそこそこで、面白さは十分堪能できる。そして究極タイガーはシューティングゲームとバランスがよくて、難易度ソフトになっており手軽にできるし、撃って撃って撃ちまくり破壊しまくる爽快感堪能できる。</p><p>なによりいいのがシューティングはパワーアップするのが当たり前になったことにより、撃墜されると素の状態に戻され、ゲームを進めるのが困難を極めるが、これは比較的容易なので、遊び手が投げ出しにくい。</p><p>今やっても熱中できる手軽なシューティング。</p><br><p>huカードにおけるPCエンジンの傾向は、アクション＆シューティング、移植に特化したハードの印象だったが、CD-ROM2システムの登場により、それが徐々に変化していく。</p>
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<link>https://ameblo.jp/suparobosuki/entry-11054986296.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Oct 2011 22:12:20 +0900</pubDate>
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<title>遅れてきた大物ハードメーカー</title>
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<![CDATA[ <p>ファミコンが隆盛を極める中、ついにNECがゲーム業界参入する。</p><p>wikiによると、スーパーカセットビジョンの開発に携わっていたそうだ。</p><p>そのハードは、1987年に登場したPCエンジンだ。</p><br><p>当時はかなりインパクトがあったのを覚えている。</p><p>というのも、ファミコンがデカキャラ、グラフィック、BGMの限界を超えるチャレンジがはじまった頃で、すでにファミコンでは限界が見えていた頃、このPCエンジンはそのどれも大きく上回る能力を持っていた。</p><p>でかいキャラは動かせる、色数も256色中16色、音も10音近く出せる圧倒的能力、ファミコンと同じ8ビット機だったが、16ビット機にも引けをとらない性能は、発売されるソフトで嫌でも見せ付けられる。</p><br><p>ハードの性能だけでなく、ファミコンを圧倒する魅力は他にもある。</p><p>マルチタップを活用することにより最大5人で遊べること。</p><p>当時は子供が友達同士で集まって遊ぶことが多かった。</p><p>そういう意味で、5人も一緒に遊べるゲームは魅力は高い。</p><p>ファミコンでは後に5人プレイまでできるようになるが、多くは二人プレイまでで、別売のコントローラーを使うことで3人で遊べることができた、とはいえハード性能を考えると、そういうゲームは極一部だった。</p><p>そういうメリットを活かした多人数プレイゲームも多く、名作も生まれた。</p><p><br><br>ただ戦略や価格設定はパソコン的というか、コア構想という名の多展開により、楽しむには周辺機器を買わなければならないという商売なんだよね</p><p>程度の差はあれ他もやってることとはいえ、ここが一番酷かった</p><p>多分このハードが一番周辺機器発売したんじゃないかな？</p><p>その度どれも価格設定が高い。</p><p>それがこのハードが普及しきれなかった原因だったと思う。</p><br><p>初期の白のハードはファミコンと同じRF端子にコントローラーが一つ連射機能なし</p><p>多人数で楽しむには、タップにコントローラ人数分必要で、五人だと一万は超えるんだよな</p><p>ただこのハード便利、本体が小さく軽いので持ち運びに便利、ソフトもちょっと厚いカードという携帯しやすさ。</p><p>さらにRF端子はファミコン共通（アダプター）もだったため、それだけ持っていけばよかった点は便利だった。</p><p>ファミコンは大抵の友達は持っているものだったから。</p><p>とはいえ、ハードの価格は2万4800円は高価でなかなか手が出なかった</p><br><p>でもファミコンを圧倒するグラフィックは魅力十分だったし、THE 功夫のデカキャラもインパクト十分だった</p><p>その後驚くソフトが並んでいく。</p><p>特にハード性能を活かしたアーケードゲームの移植、それもかなり高レベルであり、ゲーセンのゲームを家でやるということを実現してくれるハードだった</p><p>ファミコンが移植を諦め、オリジナルゲームやRPGへ傾倒していくなか、ファミコンで廃れつつあったアクションやシューティングが幅を利かせる特性を持っていた。</p><p>コアゲーマーへの訴求力は高かったと思う。（ファミコンが子供全般向けだったが、中高生のゲーマーがターゲットなら狙い通りか）</p><p>ただNECの移植はレベルは高いものの、開発に時間がかかりすぎるのが難点だった。ゲームの旬がが落ち、鮮度が落ちてしまうのだ。</p><br><p>魅力的ソフトがある中、いかんせんソフト供給量は弱かったように思う。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/suparobosuki/entry-11051070188.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Oct 2011 21:34:02 +0900</pubDate>
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<title>裏街道を走り続けてきたハードメーカー4</title>
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<![CDATA[ <p>２０年にも及ぶはハード戦争を戦い続けたSEGA最後のハード、ドリームキャストの登場である。</p><p>サターンが実質４年ほどで惨敗した次の一手できたこのハード。</p><p>次世代機を名乗るだけのポテンシャルを秘めており、CDROMを超える容量を持つ、GDROMという１Gもの容量を持ったソフトで参入。</p><p>本体の名称の仮の名が『katana』だったのは、『勝たな』から来てるようで、並々ならぬ覚悟、不倶戴天の決意の程が伺える。</p><p>宣伝に秋元康氏の力を借りるなど、いつもと違ったアプローチをしたのも印象的。</p><p>特に印象深いのは湯川専務という重役社員をCMに抜擢したり、自虐的CM展開もインパクトもすごかった。</p><p>さらに湯川専務が責任を取って降格処分をCMで受けるなど（実際会社でも降格扱いになったのも驚き）、面白い展開をやってた。</p><br><p>でもそれとは裏腹に、ハードの売り上げは伸びなかった。</p><p>その理由はハードの用意が上手くできなかったこと。キラーソフトを早々に準備できなかったことがあげられる。</p><p>PS２がまだ出ておらずアドバンテージがあったにもかかわらず、その優位性を活かせぬままPS２登場した。</p><p>ハードの生産が追いつかず、買えない状況が続いたことが大きかったし、目玉ソフトの開発の遅れも響いている。当時宣伝量もすごかった『シェンムー』の制作費は破格の70億円。</p><p>煽るだけ煽って伸びに伸びた発売日、ハード発売日にあわせてればとはまでは言わないが、もっと早く発売までこぎつけれてば流れは随分違ったのに。セールスも６０万本という制作費に比べると厳しい結果に（ハードの普及数を考えればヒット作ではあるのだが・・・・ちなみにIIも発売されているが、すでにSEGAが撤退を発表後だったこともあり、１２万本程度のセールスにとどまった）</p><p>返す返すも運がないなあと思う。</p><p>そんなわけでこのハードも４年足らずで終わりを迎えることになる。</p><p>そして一度もシェア一をとることなく、ハードメーカーとしての撤退することになる。</p><p>とはいえ、これを歓迎する声も多かったんじゃないかな？</p><p>SEGAのゲームに惹かれつつもハードを買ってまではって人も多かったはず。</p><p>ハードという垣根を越えたソフト供給が可能となったのは、ユーザーにとってむしろ有益であるといえる。</p><br><p>このハードもアニメやアダルト系が多かったように思う。</p><p>私はこのハードを『スーパーロボット大戦α for Dreamcast』目当てで買いました。</p><p>ちょっとかって損した気分になりましたけどｗ<br>とはいえ、個性的で面白いゲームも多く排出していてい、『シーマン』はCMのインパクトもあいまって、人気になりましたよね。</p><br><p>個人的にはまったのはリズムゲームとしては、パラッパラッパー以来におおはまりした『スペースチャンネル5』</p><p>世界観や設定も良かったし、難易度が手ごろだったのも大きい。</p><p>最後まで緊張しつつ楽しめる難しさ。上手いプレイだといろいろ後ろについてくるメンバーが増えるのも楽しかったし、マイケルが最高だったｗ</p><p>ラスト近くだと展開も熱いし、本当に名作だと思う。</p><br><p><strong>ルーマニア</strong>#203</p><p>これはちょっとマニアックなゲーム。</p><p>アパートの一室に住み着く神様となって、アパートの住人ネジタイヘイの人生にちょっかいを出してゲームを進ませる。ネジタイヘイの反応を楽しむゲーム。</p><br><p>SEGAハードとしては一番ゲームを楽しんだなあ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/suparobosuki/entry-11044199023.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Oct 2011 22:05:51 +0900</pubDate>
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<title>裏街道を走り続けてきたハードメーカー3</title>
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<![CDATA[ <p>メガドライブは成功したが、そのハードも時代の波に寿命をむかえようとしていた。</p><p>そんな中発売されたのは、サターンだった。</p><p>どんどんハードの価格は上がり、4万円を超えるゲーム機となった。</p><p>大きな変化としては、これまでは周辺機としての位置づけだったCD-ROM機が、時代の主流となるCD-ROM機へとソフトが完全に移行したことといえる。</p><br><p>そしてゲーム業界も変化の兆しをみせていた。</p><p>ファミコン続き、スーファミの大ヒットにより、任天堂の地位が揺るがなかったものの、ソニーとともに次世代機突入することにより、任天堂は大きな遅れをとることになり陥落していくわけだけど、今回はSEGAの話なので割愛。</p><br><p>ソニーと次世代競争が始まるわけですが、任天堂が出遅れ、新規参入のソニーが相手と老舗ハードメーカーとしては最高のスタートになったはずだった。</p><p>実際約二年くらいいい勝負していたんだが、SEGAはチャンスをものにできなかった。</p><p>大きな要因の一つにキラーソフトの数を用意できなかったことか。</p><p>発売されたソフトを振り返ると、メジャー路線とは言いがたいラインナップだったようだった思える。</p><p>SEGAのオリジナルや移植を柱に、アニメものやアダルトものが目立つ。（なんかPCエンジンを買った層の受け皿になったのかも）</p><p>バンダイが多いのはこのころ合併（後に解消）話が持ち上がっており、その下準備的な目的からか積極的に発売していたように思う。（ある種マニアにはたまらないソフトがあるのは事実）</p><p>もう一点は、この頃のハードから価格を段々下げて販売されるようになったこと。</p><p>これまでこういうことは珍しく（というか任天堂がやらない）普及を加速させた一因といえる。</p><p>しかしながら、高コスト体質で値下げがなかなかできなかったサターンは、躓くことになる。</p><br><p>いろいろ書いてますが、SAGAハードをはじめて買ったのはこのハードだったりする。</p><p>買った理由は、ハードとしては終わった感が漂う1997年に発売されるスーパーロボット大戦F＆完結編のためだった。</p><p>当時スパロボの分岐点ともなる作品（声がでる＆戦闘アニメーションの強化など）だっただけに、ほんたいと一緒に買った記憶がある。</p><p>セガサターンソフト一覧を見てると、中古でもいいから買っとけばよかったなと思うソフトもちらほら。</p><p>蒼を受け継ぐ者や重装機兵レイノス2とかね。</p><p>本当にスパロボだけしか使わなかったもったいないハードだったな。</p><br><p>それはともかく、SAGAのCMがインパクトあったね。一方で任天堂の存在感が減った気がする。</p><p>なにはともあれ、せがた三四郎シリーズは最高だったね。これだけ熱いゲームCMは久々だったように思う。</p><p>サターンの終焉まで登場し続けたし、まさにセガサターンを体現した存在だったな。</p><br><p>振り返るとこの時代が世界で一番ゲーム需要が膨らんだ時期だったように思う。</p><p>その時代に惨敗したのがハードメーカーとしての寿命を縮めたのかもしれない。</p><p>ここでメガドライブ並の成功していれば、その後のSEGAの運命も違ったろうに。</p>
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<link>https://ameblo.jp/suparobosuki/entry-11041044305.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Oct 2011 21:14:46 +0900</pubDate>
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