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<title>suwa-1723のブログ</title>
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<title>大矢兵馬命</title>
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<![CDATA[ これまではよく分からないが、サイパン島へ移送中に撃沈され死歿されたとばかり聞いて来た。しかし腑に落ちていなかった。亡くなった日からテニアンでは無いかと思う限りであった。<br>靖國神社から祭神之記を頂いた。<br>階級:海軍主計兵長<br>所属部隊:第一航空艦隊司令部<br>死歿年月日:昭和19年8月2日（戦死）<br>死歿場所:マリアナ・テニアン島<br>テニアン島における第一航空艦隊玉砕の日だ。<br>最後まで生きて戦ってくれていたのだ。感謝の気持ちで熱くなる。16歳で志願、横須賀海兵団入隊、17歳で鈴鹿海軍航空隊、19歳で散華。すごい叔父さんだったのだと思う。<br>全く知らなかった事を恥じる。強く生きろの声が聞こえる。若くしてみんなの為に散ってくれた叔父さんを崇敬するのは自分の役割だ。一昨日、鈴鹿海軍航空隊基地跡へ参った。20前後の青春真っ只中の兵隊さん達は何を思って何に行動されたのか。<br>テニアン島は松本歩兵第五十連隊の玉砕の地でもある。信州人がずっと記憶しておかなければならない地だ。<br><br><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 22 Mar 2022 19:20:06 +0900</pubDate>
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<title>日本製の旅①②③</title>
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<![CDATA[ 三浦さんの本に触発されまわり始めました。実際に赴く事で思いがよく理解出来る気がします。<br>①トヨタ鞍ケ池記念館:創業の熱い思いに涙が浮かびます<br>②つくだに丸久:家康の時代から自分の生きる土地から自分達で創り、生業も時代に即して作り出して今に生きている。お土産に買ってきた佃煮、家族と父母とご飯にかけて食べた。とても美味しい。住吉の神様にまとまって生きてきた事がよくわかる。<br>③菊地わさび園:同じように説明して貰えた。縄文時代の地層から湧き出す水、感無量。2年もかけてゆっくり育つ甘いわさび。1年を通して12℃の水は年を通して栽培が出来るそうだ。絶やさず続けて来たのは凄いが棚田を作って始めた人の努力も凄い。道沿いの神社、祠、お寺の多さ、古来から日本は守られた所なのだと強く感じる。
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<link>https://ameblo.jp/suwa-1723/entry-12724650370.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Feb 2022 13:13:09 +0900</pubDate>
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<title>山王の三社</title>
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<![CDATA[ 昨年4月4日深夜、大雨の山王ジャンクションで交通事故に巻き込まれた。これまで何回も危ないめにあったが、今回は本当にダメだと思うくらい激しい衝突、衝撃だった。偶然すぐ後に救急車が通りかかり助けて貰えた。リハビリは半年以上病院に通ったが体が動かなくなる様な障害もなく、今回も見えない大きな力で助けて頂いた。ようやく心身が整理出来て、この高速道路の下に和多志を助けて頂いた誰かが必ずいてくれると思っていたので、実際確認してみたところ事故直前の場所に葬儀場があり、事故に遭い車が止まった周囲500〜800mぐらいの三角形の範囲に神様が鎮座されている事がわかった。古渡稲荷神社と闇之森八幡神社、露橋神明社。手を合わせてお礼をした。本当にありがとうございます。助けて頂いたのは確かにまだ成さねばならぬ使命が残されているのだと思う。南に少し降ると昔は富士見原と呼ばれる地区があったとの事。江戸時代は歓楽街で猿投山の先に富士山が見えたそうな。なんやら少しではあるが何かのつながりを感じる。力を振り絞る事を誓った。<br>八幡神社社殿から南を見ると鳥居の上の日がさしていた。一連の仕事を終えて帰宅の途中の諏訪湖の先に大きな月が上がっていた。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220122/22/suwa-1723/4d/85/j/o1280096015064844528.jpg"><img width="400" height="300" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220122/22/suwa-1723/4d/85/j/o1280096015064844528.jpg"></a><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220122/22/suwa-1723/ad/43/j/o1280096015064844737.jpg"><img width="400" height="300" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220122/22/suwa-1723/ad/43/j/o1280096015064844737.jpg"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/suwa-1723/entry-12722736640.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Jan 2022 21:57:03 +0900</pubDate>
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<title>新年スタート</title>
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<![CDATA[ 今年は毎日をゆっくりと進めて行きたい。<br>これまでは黙っていても周りの人はわかってくれると考えて発言は後回しにしてきた（結局は日々の忙しさにかまけて忘れ去ってしまうのだが）が、一呼吸置いて、感謝の念が湧いた事には発言していきたい。逆に悪い感情は発言しても個人的なこだわりと捉えて流し去ろう。<br>お袋さんが自分がしている腹巻きを和多志の身を思いくれた。巻いてみた。本当に身体中が温かくなった。ありがとうと電話をして気持ちを伝えた。<br>写真は今年初出勤の朝、我が家の居間からみた日の出である。一日中早く出社し活動を開始。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220115/05/suwa-1723/24/ac/j/o1280096015061388929.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220115/05/suwa-1723/24/ac/j/o1280096015061388929.jpg"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/suwa-1723/entry-12721359706.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Jan 2022 05:01:07 +0900</pubDate>
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<title>靖国参拝</title>
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<![CDATA[ 正月3日に倅と参拝しました。叔父さんである大矢兵馬（ひょうま）命、かみさんの母方祖父である伊藤賢次命、国を守ってくれた多くの英霊に手を合わせる事が出来た。感謝の気持ちでいっぱいになった。拝殿で手を合わせていると左斜め前から強く気持ちの良い風が吹いてくる。今回は亡き兄の写真を抱えてきた。なかなか難しい兄であったが今静かに思うと確かに仲の良い兄弟だった。兄は靖国神社に参拝は出来なかったが和多志が目覚めるもっと前から英霊に対する崇拝の気持ちが強かった。今回、母の願いもあり、写真を通して見せてあげられて良かったと思う。開戦の詔と終戦の詔、沖縄県民斯く戦えりをじっくり拝読した。三浦春馬さんが食したという八千代食堂の天ぷらそばを頂いた。倅は知覧特攻の母直伝の玉子丼を喜んで食べてくれて嬉しい。しっかり立って生きていく気持ちが高まった。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220104/20/suwa-1723/e5/bd/j/o1280096015056565804.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220104/20/suwa-1723/e5/bd/j/o1280096015056565804.jpg"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/suwa-1723/entry-12719484002.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Jan 2022 20:22:21 +0900</pubDate>
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<title>靖国参拝</title>
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<![CDATA[ 正月3日に倅と参拝しました。叔父さんである大矢兵馬（ひょうま）命、かみさんの母方祖父である伊藤賢次命、国を守ってくれた多くの英霊に手を合わせる事が出来た。感謝の気持ちでいっぱいになった。拝殿で手を合わせていると左斜め前から強く気持ちの良い風が吹いてくる。今回は亡き兄の写真を抱えてきた。なかなか難しい兄であったが今静かに思うと確かに仲の良い兄弟だった。兄は靖国神社に参拝は出来なかったが和多志が目覚めるもっと前から英霊に対する崇拝の気持ちが強かった。今回、母の願いもあり、写真を通して見せてあげられて良かったと思う。開戦の詔と終戦の詔、沖縄県民斯く戦えりをじっくり拝読した。三浦春馬さんが食したという八千代食堂の天ぷらそばを頂いた。倅は知覧特攻の母直伝の玉子丼を喜んで食べてくれて嬉しい。しっかり立って生きていく気持ちが高まった。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220104/20/suwa-1723/e5/bd/j/o1280096015056565804.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220104/20/suwa-1723/e5/bd/j/o1280096015056565804.jpg"></a><br>
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<pubDate>Tue, 04 Jan 2022 20:22:21 +0900</pubDate>
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<title>正月</title>
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<![CDATA[ 今年の正月は、富士見の我が家に父母を招いて迎えられてとてもありがたい。なんだかんだ言いながらも元気で居てもらえるのが代えがたいものだ。真っ直ぐ向いて皆んなで力を合わせて進む事を心に誓う。写真はご先祖様が残してくれて我が倅に譲って貰う事にした岡田の山。ご先祖様の家は岡田村の草分けであったが、曽祖父母は親の反対を押し切ってどちらも古い家の長男長女でありながら好きあって一緒になるけじめとして、家を出て裸一貫で家を起こしたそうだ。鉄砲一丁で身をお越し、岡田村一番の山持ちになったそうだ。いち早くりんごで村お越ししようと考え、青森まで行って苗木を貰ってきて桑畑を開墾して栽培を始めたそうだ。先駆け、独立自尊。何回も挫けても裸一貫で立ち上がり前に進むのが我が家の有り様だ。我が倅にも何かに気がついて立ち上がる事もあればと願う。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/40/51/j/o4032302415055043390.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/40/51/j/o4032302415055043390.jpg"></a><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/a9/42/j/o2048153615055043527.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/a9/42/j/o2048153615055043527.jpg"></a><br>
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<pubDate>Sat, 01 Jan 2022 18:57:47 +0900</pubDate>
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<title>正月</title>
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<![CDATA[ 今年の正月は、富士見の我が家に父母を招いて迎えられてとてもありがたい。なんだかんだ言いながらも元気で居てもらえるのが代えがたいものだ。真っ直ぐ向いて皆んなで力を合わせて進む事を心に誓う。写真はご先祖様が残してくれて我が倅に譲って貰う事にした岡田の山。ご先祖様の家は岡田村の草分けであったが、曽祖父母は親の反対を押し切ってどちらも古い家の長男長女でありながら好きあって一緒になるけじめとして、家を出て裸一貫で家を起こしたそうだ。鉄砲一丁で身をお越し、岡田村一番の山持ちになったそうだ。いち早くりんごで村お越ししようと考え、青森まで行って苗木を貰ってきて桑畑を開墾して栽培を始めたそうだ。先駆け、独立自尊。何回も挫けても裸一貫で立ち上がり前に進むのが我が家の有り様だ。我が倅にも何かに気がついて立ち上がる事もあればと願う。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/40/51/j/o4032302415055043390.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/40/51/j/o4032302415055043390.jpg"></a><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/a9/42/j/o2048153615055043527.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/a9/42/j/o2048153615055043527.jpg"></a><br>
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<pubDate>Sat, 01 Jan 2022 18:57:47 +0900</pubDate>
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<title>正月</title>
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<![CDATA[ 今年の正月は、富士見の我が家に父母を招いて迎えられてとてもありがたい。なんだかんだ言いながらも元気で居てもらえるのが代えがたいものだ。真っ直ぐ向いて皆んなで力を合わせて進む事を心に誓う。写真はご先祖様が残してくれて我が倅に譲って貰う事にした岡田の山。ご先祖様の家は岡田村の草分けであったが、曽祖父母は親の反対を押し切ってどちらも古い家の長男長女でありながら好きあって一緒になるけじめとして、家を出て裸一貫で家を起こしたそうだ。鉄砲一丁で身をお越し、岡田村一番の山持ちになったそうだ。いち早くりんごで村お越ししようと考え、青森まで行って苗木を貰ってきて桑畑を開墾して栽培を始めたそうだ。先駆け、独立自尊。何回も挫けても裸一貫で立ち上がり前に進むのが我が家の有り様だ。我が倅にも何かに気がついて立ち上がる事もあればと願う。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/40/51/j/o4032302415055043390.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/40/51/j/o4032302415055043390.jpg"></a><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/a9/42/j/o2048153615055043527.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220101/19/suwa-1723/a9/42/j/o2048153615055043527.jpg"></a><br>
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<pubDate>Sat, 01 Jan 2022 18:57:47 +0900</pubDate>
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<title>この度の流行病で感じたいこと</title>
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<![CDATA[ 他人事に感じて聞き流してきたが、自らの身に起きてわかった。<br>4月4日深夜に追突事故にあった。<br>豪雨、夜の高速道路の急カーブで　追い越し車線でスピンしてきたSUVが目の先に飛び出してきた。<br>何かの助けか偶然通りがかった救急車に救われて病院へ。ただ受け入れてくれる病院も多忙な様で救急隊でさえ予約を取るのが大変な様子。<br>一晩明けて、リハビリを鑑みて住いの近くの病院へ転院しようとして病院に行ったら、越県しているので2週間以上明けてでなければ受け入れ出来ないとの事。<br>しかも一回でも超県すれば2週間以上明けてでなければ治療が受けれない。それは○○会の指針なのでどこの病院でも面倒は見れないとまでドクターに言われてしまった。<br>これまで35年以上も一生懸命働いて、大きな病気は一回あったけれどそれ以外は休む事もせず、日本国民としての義務を果たしてきたのに。本当に困っている時に助けてる事が出来ないとは何事か。ここはドクターに心の底から自分の感じた事を伝えた。誰にもその様に言ってきたのだろう。最後にドクターは頭を下げたので、この人だけに言ったところでどうにもならないなーと思いそこまでで終えた。<br>同じく4月1日に父が脇の下の腺癌で手術を受けたが、<br>立会にも見舞いにも行けなかった。<br>私が国内を広く仕事で走り回っている事から、息子も病院を受ける際に、始めは来ないで欲しいとまで言われてしまった様だ。まるで一家が病気持ちの扱いだ。妻が折衝して合意したのは何と、息子とドクターが面接する時は遮蔽のアクリルパネル越しでガラスを掛けて防寒着を纏わせるそうだ。何と馬鹿げたことか。家族には不自由にしてしまい申し訳なく思う。<br>世の中では最も大変な事が起きているのであろう。<br>少し目が覚めてきているのか、これまでは知らされていない事が明らかにされ始めているのに気が付く。<br>他の人にも起きている事であろう。
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<link>https://ameblo.jp/suwa-1723/entry-12716297026.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Dec 2021 11:14:18 +0900</pubDate>
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