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<title>七光りのバカ息子のブログ～日々の疑問・学び～</title>
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<description>ただのぼやき。たまに本や映画の紹介。人間の記憶っていうのは思っている以上にいい加減なものだからね。</description>
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<title>ボディビル</title>
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<![CDATA[ <font size="3">最近の趣味はボディビルの専門誌を読むこと。（ちなみに自分はボディビルダーには全くなりたいと思っていない）<br> <br>これは一般書店には売っていないのでアマゾンでわざわざ取り寄せている。<br><br>読んでいる理由は、<br><br>ネタの宝庫だから笑<br><br><br>いつかの号で、「腹筋を30日で作る」というのがあった。<br>そこにはこうかいてある。<br><br>「しっかりとカットのついた腹筋を作るには、食事とトレーニングを優先させなければならない。それから別の予定を立てる」<br><br>あきらかに一般人向けではないように思える。<br>しかし、これは一般人向けに書かれているものである笑<br><br>ちなみにトレーニングメニューを見ただけで筋トレをするやる気が一瞬にして削ぎ落される。<br>巷に出ているダイエット本は、買った人がモチベーション高く続けられるようなメニューが提供されている。<br>しかし、この手の雑誌はそれと全く逆のことをする。<br><br>マッチョになりたい男に聞きたい。<br><br>・毎朝、バイソンを食べる覚悟はあるか？（そもそも自分はバイソンが何か分からなかった）<br><br>・１日７食以上食べれるか？<br><br>上の例は１つのロールモデルとしてあげられているが、一体誰がマネできるというのだろうか。<br><br>やはりどの世界でもプロっていうのは一般人の想像を遥かに超えているんだな笑<br><br></font>
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<pubDate>Tue, 11 Sep 2012 23:19:13 +0900</pubDate>
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<title>続けること</title>
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<![CDATA[ <font size="3">「一日一行でもいいから日記を書く」<br><br>はてさてこれを言っていたのは中谷彰宏氏であったか。<br><br>彼によればこの事が非常に重要であるという。<br><br>「続けること」は大切だがそれをするためには何か工夫が必要だ。<br><br><br>別に面白い事を初めから書こうなんて意識もしなくていい。<br><br>その意識が「書く」ハードルを高くする。<br><br>そう思うと斎藤孝の推奨する文章の書き方（原稿用紙を10枚書くことを意識すること）も自分にとってはいかに高度な事であったということがわかる。<br><br>一日ちょっとでいいから続ける。<br><br>果たして今まで自分にどれだけのことが毎日続ける事ができただろうか。大学当初から振り返って考えてみる。<br><br>読書、映画・・・くらいか。これは読書は毎日、映画も結構見ている方だと思う。<br><br>英語の勉強はしたりしなかったりだからなぁ。<br><br>毎日しようとも結構ブランクが空いてしまう。だが今は割と半年くらい英語の勉強は続いているってことオッケーか笑<br><br>4月からは体に気を遣ってランニング、筋トレ、炭水化物もあまり摂取しないようにしたし、継続しているっちゃ継続しているな。<br><br>そう考えれば続いていることは自分が思っている以上に多いかな笑<br><br>この毎日する事に、文章を書くという事を取り入れたい。一日一行でもいい。<br><br><br>まずはそこからスタートする。<br><br>それが当然のごとくできるようになったとき、次のステップに移行する。<br><br>そんな感じでいいじゃないか笑<br></font>
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<pubDate>Tue, 11 Sep 2012 01:27:04 +0900</pubDate>
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<title>23冊目・「ビジネスで失敗する人の10の法則」　成功している人もぜひ！！</title>
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<![CDATA[ <a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=18392213" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">ビジネスで失敗する人の10の法則/ドナルド R キーオ<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F41l2HD%252BgAtL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥1,680<br>Amazon.co.jp<br><br><font size="4">今日はコカコーラ元社長の書いた「ビジネスで失敗する人の10の法則」という本を紹介したい。<br><br><br>タイトルをよくみてほしいのだがこれは「成功する」人でなく「失敗する」人の法則について書かれている本なのだ。<br><br><br>その10の法則とは<br><br><strong><font color="#0000FF">１．リスクをとるのを止める<br>２．柔軟性をなくす<br>３．部下を遠ざける<br>４．自分は無謬だと考える<br>５．反則すれすれのところで戦う<br>６．考えるのに時間を使わない<br>７．専門家と外部コンサルタントを全面的に信頼する<br>８．官僚組織を愛する<br>９．一貫性のないメッセージを送る<br>１０．将来を恐れる</font><br></strong><br>である。<br><br><br>この本は、上手くいっていない、調子の悪い人に限らず上手くいっている、調子のいい人も対象である。<br>今自分が成功していてもこのどれか１つに当てはまっていればいずれ失敗する。<br><br>特に成功している人ほど１のリスクをとるのを止めてしまう人が多いのではないだろうか。<br><br>本書ではリスクをとるのを止めることによって失敗した事例が載っている。<br><br><br>本書は成功している人、失敗した人も一読する価値はあるだろう。<br></font>
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<pubDate>Thu, 05 Jan 2012 09:28:57 +0900</pubDate>
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<title>22冊目・「いま２０代女性はなぜ40代男性に惹かれるのか」　なんででしょうね？</title>
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<![CDATA[ <a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=18233223" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">いま20代女性はなぜ40代男性に惹かれるのか (講談社プラスアルファ新書)/大屋 洋子<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51F2SucKQEL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥880<br>Amazon.co.jp<br><br><br><br><font size="4">今年も芸能人の20代女性と40代男性の結婚が話題になった。<br><br>小倉優子さんの例や年内婚姻届を出すといっている安めぐみさんと東さん・・・<br><br>いずれも20代の女性と40代の男性の結婚の例である。<br><br><br>今と数十年前では結婚状況はどう違うのか？と疑問も残るが、ここでは本書を参考に「20代女性がなぜ40歳男性の惹かれるのか」に焦点を当ててお伝えしたい。<br><br><br>またそれが自分自身に当てはまるのか、それとも自分はそう思わないといったコメントをしていただければ幸いである。<br><br>では早速述べたい<br><br><br>20代女性が40代男性に惹かれる理由<br><br><br><font color="#FF0000"><strong>叱られるのがうれしい</strong></font><br><br>ドМが増えてるってこと？（という声が聞こえてきそうだ）<br><br>今20代の子どものいる親世代は家父長制度といった過去の家族のあり方への反発からか、子供に対してあまり叱ったりしてこなかった。<br><br>それより、いわゆる友達のような存在の親が増えているということを聞く。<br><br>そうした時代で、叱られることは希有なことである。<br><br>この調査に出てくる40代男性と付き合う20代女性の例では「優しいけれども、だめなことはしっかりと叱ってくれるところ」が魅力であると述べている。<br><br>なぜ40代男性かと言えば、もし同世代の男性が同じように命令口調でものをいったりしたら見下されているようでカチンときてしまうから。<br><br>経験も中身もないのに命令されて腹が立つのは当然。<br><br>あくまで40代の男性が言うからこそ素直に受け止めることができる。<br><br><br><strong><font color="#0000FF">＜「親にも叱られたことがないのに」と憤慨するか、「親も叱ってくれないのに」とうれしく思うかは人によってさまざまですが、他人が自分のためにここまでいってくれている、と叱られることがうれしい20代が増えているのは確かなようです＞<br></font></strong><br><br><br><strong><font color="#FF0000">40代男性には素直になれる</font><br></strong><br><br><br>また別の例の28歳の女性では、40歳の男性と付き合うようになってから、自分の主張を押し通さず、彼のいうことを素直に聞けるようになったという。<br><br>彼女は今まで同年代と付き合っていたがそのころはいつも相手と張り合い、自分の主張を譲らなかったそうである。<br><br>自分を素直にさせてくれる40代男性はやはり魅力的なのである。<br><br><br><strong><font color="#FF0000">尊敬できる</font><br></strong><br><br>「愛はいつか薄れていくけれど、尊敬の気持ちは続くから」といった女性が多数いた。彼女たちにとって相手を尊敬できるということは非常に重要なポイント。尊敬できる相手であればアドバイスも素直に聞けるし、自分が間違っていても傷つかない。<br><br><br><br><strong><font color="#FF0000">全てを受け入れてくれる</font><br></strong><br><br>若くて一見自信に満ちあふれているかのように見える20代女性たち。<br><br>でもじつは彼女たちは自分に確固たる自信が持てない状態であるという。<br><br>さらに女子高生ブームというスポットライトを浴びた経験もあってプライドが高い。<br><br><font color="#0000FF"><strong>＜自信はないけれど、プライドは高い。こういうと、なんだか扱いにくそうなイメージを持たれるかもしれませんか、彼女たち自身もまた、そんな自分を持てあまし、常に心の中で葛藤を繰り広げています。＞<br><br>＜失敗したくない、間違えたくない、下に見られたくない。でも、確固たる自信もない＞<br><br>＜だからこそ、二０代女性は、いまの自分をまるごと受け止めてくれる人を求めているのです＞</strong></font><br><br><br>この受け止めてくれる人というのが40代男性なのである。<br><br>経験豊富な男性はやはり余裕があるといったところか。<br><br><br>最後に、少しユニークだと思ったのは<br><br><br><strong><font color="#FF0000">自分に自信が持てない20代の未婚の若い女性にとって、どう年代には積極的になれなくても、相手が40代のおじさんなら自信を持って臨める<br></font></strong><br><br>この考え方はおじさんにとっては失礼な話だが面白い。笑<br><br>全体を見ていて、受け入れてくれる、ということが一番重要な要素なのかなぁと思ったりした。<br><br>やっぱり同世代だと受け入れてくれるゆとりがないのかなぁ。<br><br>と本書を読んでいるとあまり20代の男性の印象というのが良くない・・・<br><br>萎える萎える。笑<br><br><br>僕もまだまだ20代がはじまったばかりなのだが。<br><br>まあとりあえず経験を積んで余裕のある人間にならないとね。笑</font><br>
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<link>https://ameblo.jp/syunkinsyo/entry-11113740333.html</link>
<pubDate>Thu, 22 Dec 2011 11:15:31 +0900</pubDate>
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<title>２１冊目・「日本国民に告ぐ」　　「謝罪」とは何か</title>
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<![CDATA[ <a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=18213302" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">日本国民に告ぐ―誇りなき国家は、必ず滅亡する/小室 直樹<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51Z945DKV2L._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥1,733<br>Amazon.co.jp<br><br><br><br><font size="4"><font size="4"></font>日韓首脳会談を機に再び従軍慰安婦問題がメディアで話題になっている。<br><br>僕はこのことについて深い知識もないし、そもそも従軍慰安婦が行われていたかどうかとの是非を述べるつもりもない。<br><br><br>ただこの件で１つ述べておきたいがあるとすれば「謝罪」とは何を意味するかということである。<br><br>本書には日本人にとっての「謝罪」と外国人の「謝罪」にとっての違いが述べられている。<br><br><br><br>今回このブログではその違いについて述べたい。<br><br><br><br><strong><font color="#0000FF">＜「謝罪」することの意味について欧米やアジア諸国と日本とでは、まったくこの言葉の意味が違う。＞<br><br>＜欧米やアジア諸国では、謝罪した人は、謝罪された人に責務を負うことになる。<br><br>この意味では両者間の人間関係は対等ではなくなるのである。＞<br><br>＜日本ではこれと反対。謝罪すれば、悪いことは「水に流されて」わだかまりは解消する。しかし、諸外国においては、謝罪すれば悪いことは「水に流されるどころか、逆に水がせき止められて」わだかまりが確定される。＞</font><br></strong><br><br><br>なるほど、確かにこれは「謝罪」の意味が正反対になる。<br><br>他国において「謝罪」することは、「謝罪」したほうの立場が低くなるとは・・・<br><br>まして日本において謝ることは美徳として受け止められる場合だってある。<br><br><br><br>しかし、誤解を恐れずに言えば、外国人は謝らない。<br><br><br>例えばよく聞く話だと、アメリカ人は交通事故を起こしても互いに謝らない。<br><br>あくまでも相手の過失を言いたてて争う。<br><br>なぜなら、謝れば、この紛争に負けて交通事故による損害額を払わなくてはいけなくなってしまうからだ。<br><br>それが嫌だから謝らない。<br><br><br>このように「謝罪」１つとっても文化の差異は大きい。<br><br>ご存じのように、外国人と接する場合、日本人の感覚だけで接すると痛い目にあう可能性は高い。<br><br>今回の件も事実があるかないかよりも、文化の違いによるものが大きいのではないだろうか。<br></font><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/syunkinsyo/entry-11112438346.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Dec 2011 21:25:57 +0900</pubDate>
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<title>20冊目・「日本人のためのイスラム原論」　日本人は規範が嫌い</title>
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<![CDATA[ <a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=18191415" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">日本人のためのイスラム原論/小室 直樹<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51YD66HPPTL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥1,890<br>Amazon.co.jp<br><br><br><font size="4"><strong><font color="#FF0000">日本でイスラム教が栄えないのはなぜか？</font></strong><br><br><br>いきなりこういっても「そもそもイスラム教っていうか他の宗教も栄えていないっしょ」という声が聞こえてきそうだ。<br><br>多くの日本人はそもそも宗教に対してあまり興味をもっていない。<br><br>では日本と宗教の関係を知るために簡単に歴史を振り返ってみよう。<br><br>歴史をみればわかるが、結論からいうと日本ほど外来宗教に寛容な国はない。<br><br>仏教が日本に伝来したのは西暦538年、キリスト教の布教にイエズス会のフランシスコ・ザビエルが日本に上陸したのは1549年の事。<br><br>確かに「崇仏派」の曽我氏と「廃仏派」の物部氏の間で闘争があったり、江戸幕府はキリスト教禁令を出して宣教師を追放した事もあった。<br><br><strong><font color="#0000FF">＜しかし、これらはいずれも外来宗教と固有宗教との争いというより、むしろ政治上の要請から出たことにすぎない。＞<br><br>＜事実、仏教がはじめて伝来したときも、またキリスト教が戦国時代にはじめて上陸したときも、これらの宗教は日本にやすやすと定着した。＞</font></strong><br><br><br>では仏教とキリスト教というこの２つのまったく異なる宗教が日本ではやすやすと受け入れられているにも関わらず世界宗教の１つといわれるイスラム教がなぜ日本では全く栄えていないのか。<br><br>日本に住むイスラム教徒の数はおよそ20万人と言われている。<br><br>その20万人のうちほとんどは外国人であり、日本人のイスラム教徒はせいぜい1万人といわれている。<br><br>「そりゃイスラム教なんて今どき増えていないっしょー」という人。<br><br>イスラム教を侮ることなかれ。<br><br><font color="#0000FF"><strong>＜現代においてもイスラム教は、世界中で最高速の信徒の数を増やしているのである＞<br></strong></font><br><br>ではなぜ日本でイスラム教が栄えないのか？<br><br><br>その答えはずばり、<font color="#FF0000"><strong>日本人は規範が嫌いだから</strong></font>。<br><br><br>規範とは命令（禁止）であるわけだがこれは「目に見える行動」だけを対象とする。<br><br>よってキリスト教は無規範宗教と言える。<br><br>信じれば誰でもキリスト教徒になれる。<br><br>仏教も本来、戒律という規範があったが最澄はそれをなくしてしまった。<br><br>ではイスラム教はどうかというとまさに規範宗教。<br><br>イスラム教徒になるためにはアッラー（神）を信じるだけでなく、5つの宗教的義務を同時に果たさなければならないのである。<br><br>それは六信五行といわれている。<br><br>例えばよく耳にする断食（ラマダン）や豚を食べてはいけないなどいったことからも想像できる。<br><br>何をしていいかということがイスラム教では事細かに決まっており、さらにそれがイスラム法と連動している。<br><br>これを聞いて息苦しそうだなぁと感じるのは僕だけではないはず。<br><br>先も言ったが日本人は規範が嫌いである。<br><br><font color="#0000FF"><strong>＜およそ世界の宗教の中で、イスラム教ぐらい日本教と相性が悪いものはない。＞<br><br>＜イスラム教には規範があり、信徒はそのすべてを守らなくてはいけない。＞<br></strong></font><br><br>日本人は空気を読むということが好き？だが、どうもそれが明文化されて規範となるのはあまり好まないようである。<br><br>確かに、と思う自分はやっぱり日本人だなと思う笑。</font><br>
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<pubDate>Mon, 19 Dec 2011 08:52:18 +0900</pubDate>
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<title>１９冊目・「大人のための文章法」　まずコンテを書く</title>
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<![CDATA[ <a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=18180977" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">大人のための文章法 (角川oneテーマ21)/和田 秀樹<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F41F3Q7YC5WL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥730<br>Amazon.co.jp<br><br><br><font size="4">ブログを書いていて悩ましいのは<font color="#FF0000"><strong>書けないこと</strong><strong></strong></font>である。<br><br>いざブログで何かを書こうと思っていても何も思いつかない。<br><br>自分はなぜこうしてブログを書いているかといえば、一言でいうとアウトプットのためである。<br><br>書きたいという気持ちももちろんあるが、それよりも書くことで成長したいという意味合いが強い。<br><br>書くことで成長しようと思えばあれば当然書かなくては始まらない。<br><br>だが、いざ何かを書こうと思っても何も浮かばないのである。<br><br>自分は本や映画に関してはある程度は見たり読んだりしていたので、書こうとする前は自然と書けるものだと傲慢ながらも思っていた。<br><br>だが全然そんなことはなかった。<br><br>ではどうすれば書けるようになるのか？<br><br>そうして悩んでいる際に読んだ本のうちの１つが本書である。<br><br><br>本書でもっとも印象的であったのは<br><br><br><font color="#0000FF"><strong>まずコンテを書く</strong><strong></strong></font><br><br><br>ということ。<br><br><br><br>本書では、コンテとはどういうことをどういう順番に書くかを示した、いわば文章の設計図のことを指す。<br><br>目次と考えてもらえればわかりやすい。<br><br><font color="#0000FF"><strong>なぜそのようなものを最初につくるかというと、全体の計画がないと文章を書くという作業が進められないからである。<br><br>文章を書くのが苦手という人にありがちなのは、なにをどう書いていいかわからず、原稿用紙やワープロを前にして一文字も書けずに悩んでいるというパターンである。</strong><strong></strong></font><br><br>自分の文章を書けない理由の一つがコンテ作りをしていないからということがわかった。<br><br>確かに自分は本書を読むまで場当たり的に書いており、設計図そのものを作らずに何かを書こうという姿勢そのものが間違っていたということに気づかされる。<br><br>これを読んでからコンテ作りを意識し始めると以前より筆の進み具合がだいぶ早くなった。<br><br>それもそのはず、初めから全体で何を書こうかわかっているのだからその流れに沿って書けばいいだけだからである。<br><br>ただこれは小説を書こうとしている人にとっては当てはまらない。<br><br>本書でもそれは述べられている。<br><br><br><font color="#FF0000"><strong>文章を書くときはまずコンテ作りから</strong></font><br><br>これがこの本の一番の学びである。</font><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/syunkinsyo/entry-11110170262.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Dec 2011 11:27:43 +0900</pubDate>
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<title>民主化ブーム</title>
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<![CDATA[ <font size="3">　最近は<font color="#FF0000"><strong>民主化ブーム</strong></font>だ。<br><br>チュニジアも民主化、エジプトも民主化、リビアも民主化・・・<br><br>チュニジアで起きたジャスミン革命をきっかけにアフリカ、中東諸国の一部では民主化が叫ばれている。<br>中国だってそうだ。<br><br>「やっぱ民主化はいいよね。いまどき民主化してない国とかあるの？遅れてるー」<br><br>日本人ならこんな感想を言葉は違えど多くの人が持つのではないだろうか。<br><br>日本人の多くにとって民主化とは空気のように生まれた時からあったものである。<br><br>ここで素朴に疑問に思う事がある。<br><br><br><br>　<font color="#FF0000"><strong>民主化ってそもそも何？</strong></font><br><br>「民主化っていうのは民主主義になる事。みんなで話し合ってルールを決めてそれを守ろうっていうことだよ」とこんな感じの答えが返ってきそうである。<br><br>チュニジアもエジプトもリビアも独裁体制を長年とっていたがそれが崩れた。<br><br>だから民主化を進めていこうと。<br><br>日本は民主主義の国と言われている。<br><br>確かにワンマンチームの独裁体制をとっていないのも火を見るよりあきらかだ。<br><br><br>　<br><strong><font color="#FF0000">だが果たして本当に民主主義の国と言えるのか。</font></strong><br><br>みんなが話し合いをすることでルールを決めるということは前提として国民皆が基本的人権を守られていなくてはならない。<br><br>人権が守られているからこそ自由に発言ができるのだ。<br><br>それが日本では守られているのか。<br><br>否、なぜなら<font color="#FF0000"><strong>国家権力から人権を守るはずの憲法が機能していないから</strong></font>である。それは北朝鮮の拉致事件をとっても、航空幕僚長更迭の件からも一目瞭然である。<br><br>ちなみにエジプトにも憲法はある。<br><br>だがその権力を抑える憲法が機能しないが故に独裁体制というものが築かれた。<br><br>日本人は民主主義が当たり前だと思っていて却って民主主義について意識しない。<br><br>だがそれは危険なことである。<br><br>故・丸山真男教授が言っていたように<strong><font color="#0000FF">「民主主義をめざして日々の努力の中に、初めて民主主義は見出される。」</font></strong>民主主義とは意識せずしてあるものではないのだ。<br><br>独裁体制になりやすいのは国に閉そく感が漂っている時だ。<br><br>ヒトラーが生まれたのもしかり。<br><br>橋本徹氏の「独裁」という表現も何もおどろくことはない。<br><br>今の日本を考えれば独裁者が出てもおかしくないなりゆきだ。<br><br>日本がいつのまにかエジプトやリビアの国のように逆行してしまう可能性はある。<br><br>そうならないために日本も民主化ブームに乗り遅れてはいけない。<br><br></font><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/syunkinsyo/entry-11108331298.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Dec 2011 10:28:23 +0900</pubDate>
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<title>１８冊目・「自分に気づく心理学」　あなたの思いやりは自己満足ではないですか？</title>
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<![CDATA[ <a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=18149507" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">自分に気づく心理学―幸せになれる人・なれない人 (PHP文庫)/加藤 諦三<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F215Y8F438PL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥500<br>Amazon.co.jp<br><br><br><font size="4"><strong><font color="#FF0000">オレはお前のためを思って言っているんだ</font></strong><br><br><br>こうした言葉を誰かに言われた、もしくは自分が言ったという経験は誰しもあるのではないだろうか。<br><br>当然、言われて嬉しい人は多々いるだろう。<br><br>ただ僕はこの言葉には非常に違和感を持っている。<br><br>というのもこの言葉を言った本人は本当に相手のためを思っていっているのかどうか疑問に思う事がよくあるからだ。<br><br><br>現実にも実際に起きていることだと思うのだが、ホームドラマを観ていてこのような光景をよく目にする。<br>父親が全く勉強しない息子に対して、勉強をしなさい、という。<br>いうことを聞かない息子に冒頭の言葉を付け加える。<br><br>「オレがお前に勉強しろというのはお前のためを思っているからなんだ」と。<br><br>本当に息子のためを思っていっているのであれば問題はない。<br><br>ただここでの疑問は、実際父親は自分のためのことを息子のためと言っているのではないだろうか。<br><br>実際、世間体を気にして言っているのではないか。<br><br>いずれにせよそこには子供への思いはない。<br><br>例えば、息子を名門校に行かせることで父親の体裁を保とうとしているのではないのだろうか。<br><br>このことの問題は父親にとって、たとえ子供を勉強させて名門校に入学できたとして満足していたとしても、それが子供にとってためになっているかわからないということである。<br><br>もし本当に父親が子供のためを思っているのであれば、勉強以外のことにもきちんと目を向けさせてあげる必要がある。<br><br>子供の成長を考えた時に当然勉強以外の幅広い事の経験も重要であるからである。<br><br>今回ここでは勉強の例をあげたが言いたいことは勉強うんぬんというのはなく、相手のためを思って言っている、というのは本当に相手のためを思っていますか？ということの具体例を示したかったからである。<br><br>もちろんこの話は家族だけでなく人間関係全般にわたって言える。<br><br><br>本書の見出しに、<font color="#0000FF"><strong>母親の本当の思いやりと自己満足</strong></font>、というのがある。<br><br>ここで登場する母親は子供に対して直接的な愛情表現をするのであるが間接的な愛情表現することをしない。<br><br>例を出すと、母親は学校帰りの息子のバッグをもってあげるが、家での食事はカップラーメン。<br><br>息子のバッグをもってあげるというのは直接的な愛情表現。<br><br>それに対して、その子の好きな料理をつくるためにその子のいないところで時間とエネルギーをついやすのが間接的な愛情表現である。<br><br>直接的な愛情表現しかできない母親は子供が何が好きかを知らないし、自分の出した料理をおいしそうに食べなければ怒る。<br><br>まさに自己満足の皮をかぶった思い遣りなのである。<br><br>全然子供のことを考えていないのである。<br><br><br>本書によれば、友人であれ恋人であれこの自己満足の思いやりの関係はすぐに解放されるべきだという。<br><br>こうした関係は表面的には仲がよさそうに見えるが、<font color="#FF0000"><strong>互いに欲求を満たされる事がない</strong></font>。<br><br><font color="#FF0000"><strong>心理的な成長もない</strong></font>、という。<br><br><br><font color="#0000FF"><strong>真実の愛とは間接的に示される。</strong></font><br><br>この言葉は相手と自分の関係を理解する上で非常に重要なことであり、僕はこの事を大切にしたいと思う。</font><br>
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<pubDate>Thu, 15 Dec 2011 23:30:51 +0900</pubDate>
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<title>17冊目・「コーポレートガバナンス」　見落としがちになるけど・・・</title>
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<![CDATA[ <a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=18125675" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">コーポレート・ガバナンス―日本企業再生への道 (中公新書)/田村 達也<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F41TJ0AJTEBL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥714<br>Amazon.co.jp<br><br><font size="4"><strong><font color="#0000FF">＜日本では上場会社の不祥事を機に、企業統治（コーポレートガバナンス）を巡る議論が再燃している。＞</font></strong><br><br><br>　これは先日日経新聞のある記事に記されていた一文である。<br>ここでこの一文を抜粋した理由はそもそも企業統治とは何かについて考えてみるいいきっかけになったからである。<br><br><br>　まずコーポレートガバナンスが多くの人の関心の対象となっている（ならなければならない）理由は、国民が企業の従業員として利害に関わっているだけでなく預金者として直接、間接に企業のパフォーマンスに影響を受けているからである。<br><br>結局、税金を払っている立場として公的資金の最終的な負担者でもあり、日本の銀行やその先の大企業の破綻によって被害を受けてしまうのは国民なのである。<br><br><br>　本書によれば<strong><font color="#0000FF">コーポレートガバナンスとは、企業経営を常時監視しつつ、必要に応じて経営体制の刷新を行い、それによって不良企業の発生を防止していくためのメカニズムである、また、こうした防衛的な意味での監視を超え、企業としてパフォーマンス向上を実現していくために経営陣を選び動機づけていくための仕組みでもある</font></strong>、と記されている。<br><br>ということはコーポレートガバナンスには大きく分けて二つの意味があり前者は不良企業の発生を防ぎ、後者は企業が国際競争力をつけて発展していくことを期待されていることを意味する。<br><br><br><br>　なるほど、今回議論されているのは前者であると思うのだが、企業が発展してさせていくと言った積極的な意味でのコーポレートガバナンスについても考える必要があるということがわかる。<br><br>なぜならどんなに法律を遵守したり規制にかなった事業活動を行っていたとしても、収益性を維持できなければ企業は生き延びて発展することはできない。<br><br>大企業であればなおさら、国民に対して不利益を被らせてしまうことに他ならないからである。<br><br>コーポレートガバナンス＝不祥事の発生を防ぐこと、だけではいけないということだ。<br><br>コーポレートガバナンスについて議論をすることは大切なことだと思うのだが同時に<strong><font color="#FF0000">企業価値の実現と成長を実現するためにはどうしたらいいのかという積極的な成功</font></strong>についても考える事を忘れてはいけない。</font><br>
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<pubDate>Wed, 14 Dec 2011 11:46:26 +0900</pubDate>
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