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<title>t-comsolaninさんのﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<title>ワンポイントヨガ23喫煙とプラーナ</title>
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<![CDATA[ 近年では、健康上や、社会的な様々な理由から禁煙をする方が増えています<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/301.gif" alt="注意" class="m">ヨーガではこの喫煙に関して、どのような見解を持っているのでしょうか！？<br>まずヨーガを修するものは、心身共に健全でなければなりません<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">つまり真理にかなった生き方をなすならば、病気や心の病など無縁になっていきます琦<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m"><br> <br>タバコの煙にはなんと４０００種類以上の科学物質が含まれており、そのうち２００種類以上が発癌物質や有害物質を含んでいます緩慢な自殺とも呼ばれ、イギリス医師会の発表では、一本で５分寿命が縮まると報告されています<br> <br>また発癌率も、非喫煙者と比較してほとんどの部位の癌が２倍近くも高まり、肺ガンにおいては、4.5倍、咽頭ガンにおいては３２倍も高くなります澈<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m"><br>自己を害するものは、見ない、聞かない、捨断するというヨーガの考え方からしますと、喫煙は、まさに自己を害する無明なる行為にほかなりません澈<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m">ヨーギーは、プラーナヤーマと呼ばれる呼吸法によって、肺に綺麗なプラーナ（気）を吸収します。<br>そしてその呼吸法の実践は、イダーやピンガラ、スシュムナーと呼ばれる３つの霊的な気道を浄化するという意味において、大変重要な意味を持つのですもし私達が喫煙によって肺を汚し、この３つの気道を汚すならば、私達に霊的な進化を望むことはできないのです炅<br>またヨーギーは、気の上昇が命です。いかに上昇のエネルギーを持ち合わせているかによって、ステージを計ります。しかし、この喫煙は、一気に気を下降させます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/175.gif" alt="ダウン" class="m">炅<br> <br>喫煙家が、仕事の合間などに、ストレスから開放のために、喫煙をして、リラックスまたは、落ち着いた気になりますが、それはリラックスしているのではなく、気が下降することによって、落ち着いた<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/177.gif" alt="！？" class="m">リラックスしたと錯覚しているだけなのです！？<br> <br>まさに 気は下<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/175.gif" alt="ダウン" class="m">に抜け落ちた状態です炅ヨーギーが吸収するのは、身体を害し、気を下降させるタバコではなく、神聖なプラーナ（気）なのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>
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<link>https://ameblo.jp/t-comsolanin/entry-10800584412.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Feb 2011 09:57:05 +0900</pubDate>
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<title>ワンポイントヨガ22行動は動機を深める</title>
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<![CDATA[ 私達が何か行為に及びときは、必ず動機というものがありますね。例えば目の前に小さな生き物がいたとしましょう[てんとう虫]それを殺生したとします<br> <br>その時の心の動機は、小さい生き物は殺したってどうしたっていいじゃないかこのよう他の生き物を殺してもいいんだという嫌悪や冷たい心は、深まります。<br>逆に、小さい生き物でも、大切にしてあげようと、慈しみの心によって、殺生しないなら、その慈しみの心は、さらに深まります<br>また例えば、ニガテな人に対して冷たく接したとしましょう[雪結晶]その時の動機は、嫌いな人は傷つけてもいいんだという動機が深まりますので、今度も、ニガテな人に出合う度に、冷たくする習性を深めることになるます[雪結晶]竑<br>逆にニガテだと感じる人であっても笑顔で親切にふるまうなら、ニガテと感じる人でもエゴを離れて、優しく接っしようという優しい心は深まりますまた別の例です。自分は不美人と感じる女性が、人は美人でないと誰も認めてくれないという動機から絶えず厚化粧したとしましょう琩<br> <br>その人は、厚化粧する度に、自分は不美人であるという自己否定淸<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/302.gif" alt="禁止" class="m">そして人は、美人でないと認めてくれないんだという考えを深める結果となるのです<br>ではヨーガにおける真理の実践も同じです。実践をしながら、これは素晴らしい琦この実践をするならば、私自身を幸福にし、ひいては、自分のまわりの人も幸福にすることができる琦<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m">と考えるなら、実践する度に、真理に対する確信、喜びを深めているのです<br> <br>逆に実践しながら、こんなことをして、本当に利益があるのだろうか渹<br>本当はこんなこと楽しくないな渹<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m">こんなことに時間を費やすなら、欲望を満足させたほうが、いいと考えが生起させ続けるなら、その真理に対する否定、疑念を深める結果となるのです<br>そして後者は、いずれ真理から逸脱することになるのです炅<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m">智慧ある魂は、自己のなす行為の動機を絶えず見つめ、自分の利益になる心を培う努力をするのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m"><br> <br>そして、それによって、利益を得るのは、他でもなく自分自身なのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>
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<link>https://ameblo.jp/t-comsolanin/entry-10777154994.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Jan 2011 13:35:56 +0900</pubDate>
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<title>ワンポイントヨガ21欲望と幸福の関係</title>
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<![CDATA[ 真理なき魂は、欲望を満足させるのが幸福ではないか。欲望を滅したら、欲望がなくなってしまったら、幸福じゃなくなるじゃないかと考えます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m"><br>おそらくほとんど９９パーセントの魂はそう考えても不思議ではありませんしかし聖者の見解は違います。もし麻薬を打って、大変な快楽を味わったとします琦<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">しかし麻薬が切れた段階で禁断症状という大変な苦痛を味あわなければなりません。そう考えますと、麻薬を打つ前のほうが平安で、幸福であったといえます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>たくさんの美食を味わった人が、胃ガンなどで胃を切除し、食事制限がなされ、美食を満足できなくなったとします炅そこで大変な苦痛を経験するはずです。もともと食べたいという欲求がなければ、なんら苦痛を味合う必要はないわけです<br> <br>酒やビールを飲むことに喜びを感じている人は、アルコール中毒や肝臓を壊すことによって、アルコールを断たなければならなくなったとしたら、大変な苦痛を味わいます炅もともとアルコールを飲むことに、依存していなければ、なんら苦痛を味わう必要がないわけです<br> <br>この人がいなければ、私は駄目！大好きな異性に依存している人は、その異性と別れなくてはならない時、大変な苦痛を味わいます炅自殺すらしかねませんもし異性に必要以上に執着しなければ、あるいは、その異性と出会う前のほうが、心は平安で苦しみは生じてなかったはずです<br> <br>しかし、異性と出会い、大きな喜びの波を経験することによって、離れる時返ってくる苦しみの波は、増大しているのです炅このような話を展開した場合、だったら、結婚してずっと老いるまで、仲良く暮らしていたら、問題ないじゃないかという言葉が聞こえてくるかもしれません。<br> <br>しかし、それさえも、死を境に、いずれは別れなければならないのです猪つまり、別れは早く来るか、遅くくるかの違いだけです。だったら、その別れが来るまでの間、楽しめばいいじゃないかと<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m">しかし、その楽しければ楽しかったほど、離れる時は、苦しまなければならないわけです炅<br> <br>真理なき魂は、瞬間の喜び、その事象の喜びの側面しか見つめないがゆえに、苦しむのです炅<br>だったら、人間の世界では幸福になりようがでないかとお怒りになる方がいらっしゃるかもしれません<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m"><br> <br>そうですそのとおりなのです[100点]古今東西、ヨーガ経典、あるいは仏典で、 あるいは、チベットの密教経典において、この人間の世界を肯定する経典は、決して存在しないのですどれだけ探しても、そのような経典に出合うことは、決してありえないのです<br> <br>神々の世界に転生するか、解脱する以外に真の幸福は決して存在しないのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">真に智慧ある魂は、事象をありのままに見つめることによって、欲望、欲求の本質を見抜き、欲望は決して私達を幸福にしないという聖なる見解に達するのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br>
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<link>https://ameblo.jp/t-comsolanin/entry-10774539070.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Jan 2011 21:55:06 +0900</pubDate>
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<title>ワンポイントヨガ⑳今生のチャンス！！</title>
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<![CDATA[ 原初のヨーガ経典や、仏典では、真理に出会う確立は、限りなくゼロに等しいといわれています。。またチベットの経典でも同じような記載があることは、偶然ではありません<br>真理においては、ウソや誇張な表現を妄語として、戒めていますので、ブッダや聖者の見解に、ウソ偽りはありません<br> <br>これは一人の人間に対する体内細菌が１００兆、これが人間だけではなく、無数の生き物におおよそ存在するならば、いかに動物界だけでも無限大の魂が存在することが理解できます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" alt="ひらめき電球" class="m">しかしさらに、その無限大に地獄の魂が存在するならば、その魂の総数は、表現不可能なほどあることが理解できます瀨<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m"><br> <br>そのような見地から、人間に生まれるだけでも、大変なカルマと功徳が必要であることが理解できますね瀨<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m">しかし、やっと人間に生まれることができても、ほどんどの魂が真理にめぐり合うことなく、来世は、地獄、餓鬼、動物へと落下し、また永遠に低い世界を流転し続けるのです炅<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m"><br> <br>これは、皆さんのまわりを見渡しても、真理を実践し、功徳を積んで来世の準備をしている人を全く見ることがないことを理解すれば、わかり得ることです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" alt="ひらめき電球" class="m">もし皆さんが真理を真理として理解できる智慧と功徳があるなら、真理と出合うことができるカルマ、真理を実践できるカルマがいかに、類まれであり、何をさておいても、真理の実践を最優先しなくてはならないことに、御気づきになるはずです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" alt="ひらめき電球" class="m"><br> <br>なぜなら、私達は、過去生において、何生も何生も、功徳や善を積み上げることによって、やっとやっと真理と出会い、輪廻から開放されるチャンスとめぐり合っているからです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">もし皆さんに智慧と功徳がないなら、一般の真理なき落ちていく衆生と同じように、真理を否定し、真理より世事を優先し、真理より快楽を優先し、この最後のチャンスをドブ川に捨ててしまうことになるでしょう<br> <br>この損失は、全財産を失うより、たかだか一生分の命を失うことより、魂にとって、ずっとずっと致命傷であるのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m">真理の実践は、一見、快楽にまみえることを否定し、功徳を積むことをエゴが嫌がりますので、つらいように感じますが、<br>これこそが、皆さんを真の幸福へと導く、ただひとつの道なのです[オメデトウ]もし真理を手放すなら、また何百年、何千年、カルマの悪い魂には、何億、何兆年も真理に出合うことなく、まさに最後のチャンスともいえないこともないのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>
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<link>https://ameblo.jp/t-comsolanin/entry-10769804033.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Jan 2011 07:50:53 +0900</pubDate>
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<title>ワンポイントヨガ⑲安心を与える布施</title>
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<![CDATA[ 真理を実践している功徳ある魂でも、その道の途上においては、ある程度の苦しみや、苦難を経験します焏これは、過去で積んだカルマが返ってきたり、あるいは、ステージがあがり、自分の壁を破る時は、それはそれなりに苦しみを経験しなければならないからです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br>そのようなとき、まわりから励ましを受ける。あるいは必ず助けてくれる人が現れる。そんな経験をすることがあります琦<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m">これは、他人の労をねぎらう言葉や、他人の苦しみを聞いてあげたり、安らがせたり、他人をいつも優しく励ましてあげた結果なのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>苦しい時、沈んだ時、誰からの手も、励ましの言葉をもらうことがない人は、過去において、他人に、この安心を与える布施を与えてこなかった結果なのです湜竑<br> <br>さあ、皆さんが利害関係ぬきに、他人にいつも優しく、励ましたり、苦しみを取り除いてあげる実践は、未来において、皆さんを真に幸福にする道なのです。他人に安心や優しさを与える布施を実践してみましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>
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<link>https://ameblo.jp/t-comsolanin/entry-10768914690.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Jan 2011 11:46:50 +0900</pubDate>
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<title>ワンポイントヨガ⑱車と真理の実践</title>
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<![CDATA[ 近代の自動車は、整備さえきちんと行えば、２０万キロ、３０万キロと故障せず走ると言われています<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/125.gif" alt="車" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m">もちろんこれは、まめなオイル交換や、点検整備にくわえ、車を大切に扱うという基本的なものを含みます。<br> <br>これは、私たちの肉体も同じものであるといえますまず功徳を積むという実践は、ガソリンを満タンにする行為に相当します<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/125.gif" alt="車" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/231.gif" alt="ガソリンスタンド" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">そして戒を守るという実践は、ガソリンの漏れをなくし、車を暴走させず事故や故障から守ってくれる実践です。<br>そして懺悔は、私たちの車をピカピカに保ってくれます猤<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">そしてアーサナや呼吸法によって、車の各機関、つまり電気系統、エンジン、足周り、様々な部位が整備され、健康で長寿を約束してくるのです琦<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m"><br> <br>しかしヨーガなき魂は、真理なき魂は、どうでしょうか！？功徳や善の実践がないので、まさにガス欠の状態です<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/125.gif" alt="車" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m">内側の充実感がないので、絶えず楽しみを求め続け、酒や飲食の一時的な喜びでごまかし続けなければなりません。戒という考えが全くないので、絶えず事故や故障、つまり怪我や病気、トラブルが絶えません炅<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m"><br> <br>懺悔がないので、心は暗く汚れたままです淸日々、自己の汚れを懺悔する魂は、ピカピカで毎日洗車しているようなものです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/125.gif" alt="車" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">少しの心の汚れも放っておいては 後で洗車してもなかなか おちません<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>また、アーサナなどナーディを浄化する実践がないので、日増しにプラーナは、老化し、実年齢よりくたびれた人が多く、鄧実際に身体の各機関は病んでいます。では、真理の教えを学ぶということは、車でいえば、どのようなものと対比されるのでしょうか<br> <br>身体に関しての教えはは、マニュアル本に相当します。つまり工場にいかなくても、自分の身体のパーツが、どのようなしくみになっており、故障した箇所の原因と、修理方法がわかります<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" alt="ひらめき電球" class="m">そして諸現象に対する教えは、交通法規に相当します。このような標識は、徐行しなさい。守らないと事故を起こしますよ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/301.gif" alt="注意" class="m"><br> <br>ここは、制限速度がここまですよ、そうでないとスピード違反で逮捕されますよ。ここは、歩行者が優先ですよ。ですとか、車が円滑に、そして正しく車を扱うための法規に相当します。つまり、私たちが、生きていくうえにおいて、正しいものの考え方、戒に関して、功徳に関して、そしてその実践は、どのような世界に通じているかの教えです。<br>このように現代人は、車にガソリンを入れず、整備せず、故障したまま、交通法規を守らないで、暴走しているようなものです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/125.gif" alt="車" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m">それがゆえに、苦しみ、事故にあい、破滅に至るのです。<br> <br>智慧ある魂は、絶えずガソリンを補充し<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/231.gif" alt="ガソリンスタンド" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">、整備を怠らず、洗車（懺悔）を怠らず、自分の運転だけではなく、他のドライバーが事故に合わないように、あるいは歩行者を気ずかって、つまり四無量心を実践し、自他共に幸福になるのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">
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<link>https://ameblo.jp/t-comsolanin/entry-10763740960.html</link>
<pubDate>Mon, 10 Jan 2011 07:20:31 +0900</pubDate>
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<title>ワンポイントヨガ⑰五感の扱い方</title>
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<![CDATA[ 原初のヨーガ、仏教の経典では、私達が五感に喜びを持つことを諌めますなぜなら、見るもの、聞くもの、味会うもの、感覚で感じることを喜びとして、どんどん煩悩を増大し、この粗雑な現象界に固定されるからです。<br>それがゆえ、お釈迦さまは、仏典の中で、外的対象、感覚に対して好ましいと思う感情が消えたら、感覚が消えますと。感覚が消えたら、対象と接触を欲求しなくなりますと。対象と接触を欲求しなくなったら、六処【りくしょ】が封印されますと。<br>六処とは、眼、耳、鼻、舌、身、意識です。そして六処が封印されたら、解脱し、色界（アストラル世界）に生まれ変わると経典に御説きになられたのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>しかし、チベット密教の流派では、この五感、六処を使って神々に至る、解脱に至る道も指し示されています。それは、私達の眼から、耳から、鼻から、真理しかいれないという実践方法です<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>つまり、眼からは、いつも清らかな神々の曼荼羅や高い世界の象徴の法具など、また耳からは、高い世界の音やマントラ、法の友と真理を語ること、または舌からは、神々に供えた食物や、貪りが増大しないように意識しながら作った食べ物を取るなど<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>鼻からは、欲望を増大させる現代の香水等ではなく、清らかな香の香りを嗅いで、それを神々に供養するなどの実践が上げられます。原初のヨーガや仏教は、五感や六処を滅することに重点がおかれ、密教では、五感や六処から、神聖なものしか入れないという実践に重点がおかれます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>では、現代に生きる私達、たくさんの汚れた情報を捨断できる環境にない私達 はどのような実践をすれば利益がもたらされるのでしょうか！？<br> <br>これは、できるだけ、普段からは、テレビなどで、低俗な音楽、情報をカットします<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/108.gif" alt="テレビ" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/301.gif" alt="注意" class="m">つまり基本的には、ヨーガ、仏教のように五感、六処を滅する道をできるだけ選択し、避けられないときは、密教的に、五感、六処からは、聖なるもの、真理しか入れないと、このような実践が、最適なのです<br>結論として、五感、六処を滅する道か、五感、六処から聖なるものを入れ続ける道、この２つの道だけが、皆さんを破滅から救い、神々の世界へ、解脱悟りへと至らせる道なのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br><br>
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<link>https://ameblo.jp/t-comsolanin/entry-10747214119.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Dec 2010 07:26:04 +0900</pubDate>
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<title>ワンポイントヨガ⑯智慧ある選択</title>
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<![CDATA[ ヨーガ実践、真理の探究は、エゴが強い魂は、入っていけない聖なる道なのです。ヨーガの最初のステップは、戒守ることからはじまります。これはベースのベースです<br>殺生をするなかれ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/301.gif" alt="注意" class="m">しかし、釣りを長年続けてきた魂、板前さんや漁師さんのように、殺生で生業を立ててきた魂は、エゴによって殺生を肯定し、真理を否定するでしょうそしてそれはナラカ世界、つまり地獄へ至る道なのです<br> <br>盗むなかれ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/301.gif" alt="注意" class="m">これは当然、泥棒やスリなど、貪欲な魂は盗みを肯定し、真理を否定するでしょう。そしてそれは、餓鬼へ至る道なのです澈<br> <br>邪淫をするなかれ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/301.gif" alt="注意" class="m">不倫をする魂、性的快楽を貪る魂は、当然、邪淫を肯定し、真理を否定するのです。そしてそれは、、動物へ至る道なのです鋧一説では、数十万年は、上の世界に上がってこれないと言われています。<br>現代では真理を理解する魂のほうが、ほとんどまれなわけですから、家族や身近な魂の反対、理解なき非難などに合うこともあるでしょうこのような場合、家族に迎合する形で、あるいは世間体に迎合する形で真理から離れるパターンがあります猪<br> <br>これについて、考察してみましょう過去に大変優れた素質の女性がいました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">その女性は、ヨガに出会う前から、神々の世界や解脱に興味を持ち、道を探していました。そしてヨガに出会い、神々の世界を目指していました<br> <br>ところが、彼女の両親、妹、もとの彼氏の4人に囲まれ、3日も４日も、あなたは、間違っている、生まれ変わりなんてないんだ、真理なんてないんだ、神々の世界なんてないんだ、<br>綺麗にお化粧し、お洒落をし琩、結婚し、一度きりの人生を楽しみなさい、みんなと同じ普通の生活にしなさいと必死で説得されました[家族]<br> <br>そして無限大分の１で出会った真理との出会いを、放棄してしまったのですしかし、このような話は、インドやスリランカなど、ヨーガや仏教国ではよくある話なのですこれは、どのような真理の目で解析すればよいのでしょうか！？<br> <br>まずその女性が、過去に真理の実践している魂の修行を邪魔し、ひきずり落としたカルマがあるわけですそれも複数。そして、真理の邪魔をする魂との縁をインド仏教では、逆縁とよぶのですが、逆縁の魂つまり、逆縁の家族恋人によって囲まれていたという最悪のパターンだったわけです<br>そして対象に真理を実践させないカルマは 、殺生をよりさらに重く、ひきづり落とした家族、恋人共々、地獄へと転生するのですそしてそのカルマを清算し、何億、何兆年かけて、やっと人間界に這い上がることができて、たとえ真理に出会ったとしても　まわりから、力づくで真理ができないようにされ、また落ちていくのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m"><br> <br>そしてまた、無限の輪廻に飲み込まれていくのですこのように真理に対する挫折のカルマは、とても恐ろしく、自分だけではなく、引き落とした魂も大変な悪業となる悲惨極まりない事象なのです。<br>過去にたくさんの魂を真理でないものに、導いた魂は、しっかりと懺悔し、真理の実践に励まなくてはならないのです<br>では、私は真理より、家族つまり情を選択したのですから、地獄ではなく、来世は人間ですよねと考えるかもし れません[家族]しかし、そうではないのです。つまり、現代は、真理なき状態。つまり無智を背景として結びついた関係ですから、次は最高で動物です。<br> <br>あるいは、真理を知ってから、その選択を行った場合も、当然、真理より無智な選択をするわけですから、来世は、よくて動物界なのです。これを脅しととらえる方がいらっしゃるかもしれませんが、これは脅しでもなんでもなく仏典や、チベットの経典で説かれて真理なのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" alt="ひらめき電球" class="m"><br> <br>皆さんが、真に目覚め、ヨーガの聖なる道を歩まれることができますように<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/t-comsolanin/entry-10742149666.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Dec 2010 07:23:39 +0900</pubDate>
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<title>ワンポイントヨガ⑮ステージによって識別は変わる</title>
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<![CDATA[ 対象に対する識別は、ステージによって異なります。例えば麻薬があったとして、動物のレベルは楽であると識別します琦<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br>人間は害はあるが、少し位は手を出しても大丈夫と安易に識別します淲<br>悟りえた魂は、苦は苦と見て、一切離れます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/302.gif" alt="禁止" class="m"><br> <br>では、人間に対する識別はどうでしょうか！？ここにハードロッカーがいたとして、地獄の魂は、いい音を出すイカす人だ、カリスマ的な人だ、素晴らしいアーティストだと識別します<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>人間は、好みの音ではないけれど、その人が好きならそれでいいのではないか、好みの問題ではないかと識別します。<br> <br>真理ある魂は、地獄の音を流すことによって、他人のアカシック、アストラルを汚す悪業を積んでいる魂と識別します焏<br> <br>イエスキリストはどうでしょうか！？当時の金儲けと権威主義に走ったユダヤ教の祭祀から見たら、自分達の金儲けと権力を荒らす、憎むべき者<br> <br>死に値する者と識別しますそして実際に磔で処刑しました民衆も同じようにユダヤ教祭祀の流すデマによって、洗脳され処刑に賛同し、同じ大罪を犯したのです<br> <br>これは、民衆が情報を判断する力がなきゆえに、識別を誤ったのです。これは、仏典でもこのような逸話があります。お釈迦さまに、妊娠させられたという狂言をして、お釈迦さまの権威を落としいれようとしたチンチャーという女性が、その悪業によって、地が割け地獄へ至ったという記述です<br> <br>これによって多くの民衆がお釈迦さまに対して軽蔑の念を抱いたわけですが、ここで問題なのは、キリストであれ、お釈迦さまであれ、聖者を陥れるために、流したデマや狂言を、信じきってしまう民衆の識別にあるわけです<br>もし、その民衆が正しい識別、例えば自分で実際にその人を見たり、聞いたり、感じて判断すればより正確な識別がなされたのです。もちろん、イエスの13人の弟子や、お釈迦さまの高弟達は、それに対して、まったく動じることは言うまでもなかったわけです<br> <br>それは、ステージが高ければ高いほど、識別が正しいことを表しているのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" alt="ひらめき電球" class="m">ではなぜ、イエスやお釈迦様を陥れるデマを、うのみにする人と、正しく見る人との識別に差異が生じたのでしょうか！？<br>これは、真理の教えでは、悪業を成すものがいたとしても、それに対して哀れみを投げかける心を培っているからです。人間は 自と他を区別する心がありますから、悪をなすものには、嫌悪や憎悪、罵倒、軽蔑を投げかけます煆<br>事実、テレビのワイドショーなどは、犯人に対して悪意や辛らつな言葉、軽蔑の言葉をこれでもかと投げかけています。もし、ヨーガや真理の教えでは、他人の悪業を見たら、自分や自分の家族がそれをなしたように感じて、哀れみを投げかけなさいと教えと説かれています焏<br> <br>そこに憎悪や嫌悪はありませんヨーガと真理という偉大な道は、慈愛と哀れみこそありますが、そこに嫌悪や憎悪は存在しないのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">なぜこのような悪業を積んだんでしょうか焏<br>本当に悲しいことだなと。深い深い哀れみの念がが生じるのです焏<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><br> <br>ここがポイントなのですが、もしここで、嫌悪や軽蔑の心が生起するなら、対象を正しく見ることができなくなるのです。ヨーガでいう真我は、透明な鏡のように、全てをありのままに映し出す性質があります。<br> <br>その鏡が、怒りや嫌悪という心によって曇るわけですから、当然、対象を正確に写しません<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/302.gif" alt="禁止" class="m">黒く濁った鏡は、対象をやはり黒く映し出すのです<br>ゆえに、キリストの弟子、お釈迦様の高弟は、心を磨く訓練をしてきたがゆえに　他人がどうであれ、聖者は聖者として、映し出すことができたのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">もし、キリストの弟子やお釈迦様の高弟も、真理なきがゆえ　過去から他人の悪を見て、軽蔑、嫌悪の念によって心という鏡を汚してきていたなら、見誤った民衆と同じ識別を有していたことでしょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">
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<link>https://ameblo.jp/t-comsolanin/entry-10741404536.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Dec 2010 14:18:18 +0900</pubDate>
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<title>ワンポイントヨガ⑭悪い波動を感じたら</title>
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<![CDATA[ ヨーガ実践が進みますと、当然功徳優位になり、悪業が捨断されていきますね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">　それによって心は清らかになってヴァイブレーションがよくなっていきます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">　<br> <br>そこでエネルギーに敏感な方は、他人のヴァイブレーションもよく理解できるようになってきます。そして私達がつまずきやすいのは、悪い波動を感じた時、嫌悪や軽蔑の念を持ってしまいがちです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!" class="m">「波動が悪い人がいるな煆」「汚れた波動を感じるな湜」ここまではいいわけです　<br> <br>しかし、そこで嫌悪してはなりません<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/301.gif" alt="注意" class="m">波動が悪いということは、その魂自身が苦しんでいるわけです炅　つまり悪業優位で、功徳ないがゆえに、波動が悪いわけですから、最も苦しんでいるのは、他でもなくその魂自身なのです　<br> <br>ゆえに、悪い波動を感じたら、逆に愛すべきなのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">過去においては、自分も汚かった　悪い波動を発していた　しかし、今はヨーガの実践によって少しは清らかになった<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">だからその魂もいつか清らかなるだろうそうなったら、本当に素晴らしいなぁ獷<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">　<br> <br>このように考えるのが、菩薩の心なのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">悪い波動を感じたたら、だから愛する　過去の自分も汚かったから　そして全ての魂の成長を願う猤<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">愛する<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">心がけたいものですね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ" class="m">　<br>
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<link>https://ameblo.jp/t-comsolanin/entry-10738181801.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 01:08:37 +0900</pubDate>
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