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<title>taarisakoのブログ</title>
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<title>☆ガンが消えたよ☆</title>
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<![CDATA[ お久しぶりです。<br><br>67歳の父は、昨年、6年前の胃がんが再発して大動脈瘤や首あたりのリンパに転移し、余命を言い渡されました。<br><br><br>腫瘍マーカーが前後する中、以前お話ししました、あるものと、その会社で最新に開発されたものを飲み、なんと、7月のÇＴ検査では転移はなし。（転移が消えてる？）<br><br>主治医より、「残り3センチしかありません」<br><br>とのこと。<br>腫瘍マーカーはなんと、３９（正常は０～３７）<br><br>家族みんなでこれ治るんじゃない？と期待<br>そして8月１８日の検査では<br><br>腫瘍マーカーはＣＡ１９－９が２２<br><br>&gt;になってました。<br>ⅭＴは3か月に一度のため今回はわかりませんが。<br>父は元気です。<br><br><br>これってすごいです。<br>だって、余命を言い渡せれた末期がんの患者の回復です。<br>嘘みたいなほんとの話です。<br><br>ガンは風邪みたいに治る日がくるかもしれない。<br>なんか、そんな気がしてきました。<br><br>もし、ご家族が、ご自身ががんで苦しんでいられる方がいましたら、<br>沢山の情報の中の一つとして参考してもらえると幸いです。<br><br>父が試した、あるものも、<br>だませれたと。家族みんなが疑ったもので。<br><br>でも、今ではあるものに出会えてよかった。と本当に思います。<br><br>父には孫が９人。来年はもう一人生まれます。<br>孫の結婚式をみたい。<br>孫の成長を応援したい。<br>沢山やりたいことが出てきました。<br><br>沢山の笑い声とともにないたりおこったり、悩んだり、できる日々を家族で過ごせることがなによりの幸せであり、かけがえのないものだと、改めて感じます。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/taarisako/entry-12192897666.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Aug 2016 07:52:12 +0900</pubDate>
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<title>第一弾　ノロウイルス・嘔吐下痢にかからない我が家流の方法</title>
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<![CDATA[ <div id="{C7038C55-AB32-4E8A-BEA7-A4EA1B6DD91A:01}" style="text-align:left"><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160304/16/taarisako/6b/ab/j/o0480064113583668386.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160304/16/taarisako/6b/ab/j/o0480064113583668386.jpg" border="0" width="400" height="534" alt="{C7038C55-AB32-4E8A-BEA7-A4EA1B6DD91A:01}"></a></div></div><br>我が家には5人の子供がいます。<br>冬場の病気で一番いやなのが、嘔吐かな~。<br><br>毎年のようにかかっていた子も今は中学3年生。<br><br>上から、15歳　14歳　１１歳　９歳　５歳の母です。<br><br>思い出して一番大変だったのが夜中の発症。<br>2人同時に発症することもあり、救急車よんだことも。<br><br>今日は我が家の対策を教えます。<br>夜、安いのでいいから、<br>「ヨーグルト」を食べさせてみてください。<br>夕食後です。<br><br>一番下の子が1歳のときにノロウイルスにかかってしまい、私も2日後からだがすっごくだらしくなってごはんがお昼はいらなくて、そのときはＲ１のヨーグルトを食べました。発症することもなく、夜ご飯はしっかり食べました。<br><br>やっぱり、ヨーグルトっていいんだ！！！<br><br>いまでは、我が家には常時２０個ほどのヨーグルトがあります。<br><br>ぜひぜひ、お試しあれ。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/taarisako/entry-12135515939.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Mar 2016 13:08:01 +0900</pubDate>
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<title>☆85歳の父脚立から落ちちゃった☆</title>
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<![CDATA[ 主人の父はずっと、若いときから大工一筋でいままで大きな病気、けが一つないほどの人です。<br>母と二人で暮らしています。いまどきなんですが、マキをくべてお湯を沸かして茶碗を洗ったり、お風呂にはいったり、山水で洗濯したり、春になると、山にうどやつくしや、タラの芽を取りに行ったり、ぜんまいを取りに行ったり、畑で小麦や里芋や大根や白菜など野菜のほとんどをつくったり、今はカラスに食べられていなくなったけど、鶏をかってていつも有精卵の卵があったり、自家製味噌や漬物をつけたり、昔ながらの自給自足の生活を送っています。<br>８５になりますが、介護なんてほど遠い人と思ってました。<br>いつかは。いつの日かは、そんな日がくるんだろう。なんて他人ごとのように思ってました。<br>なのに、その日はほんとに突然やってきました。<br>先週土曜、主人の母より、電話がなり、父が木を切っていて、脚立から落ちてしまい、救急搬送された。母もあわてた様子で私は直接病院に電話をし話をしました。<br>検査結果は、腰椎ヒビ、右足ひび、左足複雑骨折のとこと。<br>しかも、父は糖尿があり心臓肥大とのことで、手術不可とのこと、治療はギブスで2週間の固定後、3か月のリハビリが必要と主治医より、説明がありました。<br>様子を見に行った主人は私に、「正月にあった父じゃないよ」。と、ショックを隠し切れない様子。<br>このまま、田舎の病院に入院したままでいいのか？<br>リハビリで回復はあるのか？<br>歩けるようになるのか？<br>3か月でもとの生活にもどれるのか？<br>今の実家で生活できるのか？<br>考えれば考えるほど、不安が募ります。うちが実家に帰れればいいのかもしれないけど、子育て真っ最中でとてもじゃないけど、できないし。かといって母たちを我が家に受け入れることができるのか？<br>これから、考えることはてんこ盛りです。<br>ともかく、大きな家に一人でいる母のことも心配なので、日曜また行く予定にしています。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/taarisako/entry-12135349063.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Mar 2016 22:42:13 +0900</pubDate>
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<title>☆怖いけど。なるように、なるさ☆</title>
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<![CDATA[ 末期の父は今日も母と畑をしたり、散歩にいったり、買い物にいったりしてます。<br>ただ昨日から、またロブを再開朝のんで夜中の4時ごろ飲んだみたい。<br>がんの痛みなのかはわからないです。<br>一度は痛みも消えただけに、家族一同ぞっとしました。<br>なんで？？って。<br>でも母は心配だけど、不安だけど。<br>なるようにしかならんもんね。<br>きっと、Ａ商品の量をずっと、増やすことができればいいんだけど、お金が続かないから。これ以上、子供たちに迷惑かけられないからといいます。<br>たしかに、Ａ商品は高い。高いけど、腫瘍も消える効果もあることもわかっているし、抗がん剤の副作用もない。<br>まだまだ、父は67歳。まだ、若いでしょ？<br><br>なるようになるさ。<br>けして、なげやりじゃなくて。<br>一つ一つを乗り越えて、その時やりたいことを楽しんで。<br>笑って、怒って、泣いて。<br>せっかく命もらっているんだから、一生懸命いきなくちゃ。<br>もったいない。<br>人生はなるようになるさ。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/taarisako/entry-12135334519.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Mar 2016 22:28:24 +0900</pubDate>
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<title>☆2月27日　検査結果　画像確認　腫瘍に変化あり☆</title>
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<![CDATA[ 今日は、福岡を6時出て実家の○○総合病院に、父と同行して主治医の先生と話しをした。先日も記載したように、抗がん剤をしないと決めたものの、７０を前にした両親は、主治医のいうとおりにしないと見捨てられるのではないかとの思いがあるようだった。その為、両親だけでは心細いとのことで、私は4歳になる子供だけを連れて、（あとの4人の子供は自分で朝食を済ませ、学校へ）電車にのり、実家にきた。福岡の自宅をでて3時間ようやく、病院へ到着。<br>主治医は、「どの方法を選ぶのかは最終的には患者さん本人に選んでもらっていいんですよ。ただ、抗がん剤をしないと、がん細胞は確実に大きくなると思います。」と言われた。<br>がん細胞が大きくなるなんて聞いたら、やっぱり抗がん剤しないと‥という気持ちになるようで。私は、9月の画像と、１２月にとった画像を見せてもらった。私の目では半分くらいに腫瘍が小さくなっているように感じ、主治医に聞くと、半分まではないけど。といった。私は半分はないにしても、3分の１くらいは小さくなっているかな。と思った。ともかく、主治医は若干小さくなっています。という言い方をされた。<br>福岡でセカンドオピニオンを受けたとき、私も同席したが、先生より「腫瘍が小さくなることはないと思います。」「じゃあ、なんのために、抗がん剤をするんですか？」というと、「寿命を延ばすため。」と言われたんだけど、小さくなった。<br>１２月と、1月はビタミンÇは飲んでなくて、À商品も5分の１に減らしていたこともあり。また増やせば、また腫瘍に変化があるのでは‥。と期待！！<br>来月はまた3か月に一度のÇＴ検査と、血液検査。抗がん剤は少しの間お休みすることとなった。経過観察をすることにした。これ以上、腫瘍が大きくなりませんように！！<br>今日から両親は福岡へ遊びにきている。父は、私が作ったご飯をたべ、元気。朝から、掃除機かけたり、洗濯ほしたり、ストーブの上で芋を焼いたり‥テレビを見たり、携帯でゲームをしたり。<br><br>笑うこと‥たくさん笑うこと。<br>どんなに、きついときでも、どんなに苦しい時でも、うれしい時でも、楽しい時でも、<br>それができれば幸せになれるのかもしれない。私はそう感じます。<br>
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<link>https://ameblo.jp/taarisako/entry-12133335055.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Feb 2016 14:00:57 +0900</pubDate>
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<title>♪元気になったよ♪</title>
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<![CDATA[ 抗がん剤ＴＳ１をやめて３日後、父と母は福岡に遊びに来ました。ＴＳ１をやめた翌日から食欲が戻り食べるようになったとのことでした。父は、病院から処方された風邪薬をのんでいました。「鼻声とだるさがなおらない」といったのである会社のビタミンÇをネットで注文して、風邪薬やめ、「水＋À商品＋ビタミンÇ」を飲ませました。体力があまりにも落ちていて風邪薬の副作用でだるさがあるのではと思ったからです。それから数日後、自宅に戻った父は、夜中自宅の階段を踏み外し５段程度落ちたようで、当初は歩けなかったといいます。２週間ほとんど歩くこともなかったので足腰が弱っていたのも原因かもしれません。ここからが母の腕の見せ所です。このままではだめだと思い、次の日の夕方父を連れて散歩にいったそうです。1日目は休み休み１時間かかって歩き、帰ってきたら、ふろに入れ、足をもんで湿布をして‥。２日目は休み休み、でも昨日と同じ道を３０分であるき、3日目には15分で歩けるようになったといいます。1週間後には家庭菜園をしたり、ハウステンボスに遊びにいき、夫婦水いらずで蟹のバイキングをたべ温泉に入って帰ってきたりと、元気になったようで、私に毎日欠かさず、電話かけてくるんです。「お父さん暇だし！」って。<br>私は言い返します。「暇なら福岡きて手伝って～、こっちは5人の子どもがおるんやけん」って。<br>
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<link>https://ameblo.jp/taarisako/entry-12133110409.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Feb 2016 20:42:18 +0900</pubDate>
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<title>父に父らしく生きてほしい</title>
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<![CDATA[ <div id="{6C3CA207-E85B-46F5-A85B-03270DBB038A:01}" style="text-align:left"><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160226/20/taarisako/e9/fe/j/o0480063913577626316.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160226/20/taarisako/e9/fe/j/o0480063913577626316.jpg" border="0" width="400" height="532" alt="{6C3CA207-E85B-46F5-A85B-03270DBB038A:01}"></a></div></div><br><div id="{50BFDAA2-DD0F-40C8-A6B8-8306D7BAED22:01}" style="text-align:left"><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160226/20/taarisako/48/3b/j/o0480063913577626302.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160226/20/taarisako/48/3b/j/o0480063913577626302.jpg" border="0" width="400" height="532" alt="{50BFDAA2-DD0F-40C8-A6B8-8306D7BAED22:01}"></a></div></div><br>父はずっと、運転手をしていて朝から夜中まで仕事していました。<br>私は父と遊んだ記憶はないです。生活も裕福ではなかったですね。そんな父がしてくれたことで一番うれしかったことは高校受験のとき、夜中ずっと勉強していた私に仕事から帰ってきた父は夜中の２時にキャラメルコーンを買ってきて「はよ寝ろよ。」といって渡してくれました。最初で最後だったんですが。人の前に出るのが大の苦手だった父、パチンコが大好き、たばこが大好き、寝たら起きないし、私が幼い時はそんな父に甘えることもなく、父と語りあることもなかったです。でも、私が成人を迎えたころから父の存在が大きくなりました。一日２箱吸っていたたばこも心筋梗塞をきっかけにスパッとやめ、人の前に立ちは<br>なしをしたり、責任ある仕事を回してもらうようになりました。ドライバーとしての腕は娘から見てもピカイチで、有名は芸能人を乗せたりしているんですよ。<br>料理はできないけど、洗濯やら掃除はプロなみで、父が窓ガラスを吹いたら、窓が開いていると勘違いしてぶつかってしまうくらいピカピカになります。トイレの便器の中まで手を入れ掃除をしてくれて、新品のようになります。父と母は通販が大好きでいいなあ。と思えば電話して注文して、それを使って娘の家を掃除にきます。ちなみに今の父のお気に入りは、「Ｈ²Òウルトラスチーム」です。除菌までできると長崎にすんでいる妹の家にも福岡の私の家にも持ってきて掃除してくれます。また、家庭菜園歴は６年。父と母は完全無農薬で見様見真似ではじめた畑も、毎日きれいに手入れされ、トマトやイチジク、きんかん、とうきびなど糖度が高く、むちゃくちゃ美味しい！し、野菜はでかい！！ついには妹宅にまで家庭菜園を伝授。<br>母は昔から涙もろかったですが、最近の父は涙もろく、韓国ドラマみて泣いてるし、我が家の娘が水泳の大会で泳ぐの見るだけで泣いてるし、別の娘がピアノを弾くと、部屋まで聞きにいってまた泣いてる感じです。孫と一緒に携帯のゲームで遊んだり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりするのもうれしいみたいです。<br>人には寿命があります。私は父に長く生きてほしい。でもただ単に長くじゃなくて、父らしく、楽しく過ごしてほしいと思っています。楽しみを見つけることで「またあしたも生きたい」って思うでしょう。娘としてその手伝いができれば幸いです。<br>
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<link>https://ameblo.jp/taarisako/entry-12133109550.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Feb 2016 20:40:56 +0900</pubDate>
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<title>☆ＴＳ１（抗がん剤）をやめた日☆</title>
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<![CDATA[ 昨年9月からの治療は、ＴＳ１を毎日2回朝夕１週間飲んで、抗がん剤投与の為入院、薬名（ＣＤＤＰ）＋ＴＳ１、その後退院して１週間ＴＳ１を毎日2回朝夕のんで２週間休薬というように続けてきて、1月末で5クール終了。<br>ところが、1月正月明けに孫からもらったと思われる風邪がなかなか治らなくて、なおらないまま5クルー目の抗がん剤治療に入り、病院から戻ってきた父は、もちろん、吐き気や抜け毛といった、抗がん剤副作用はないものも、食欲も落ち、咳や鼻声も治らず、体重もへり、顔色も悪く、一日寝たり起きたり、ストーブの前から離れられず、家から出れなくてなった父を見ていて、ついに母より、ＳＯＳコールがなりました。「白ご飯にお茶をかけるのが精いっぱいになってて、体力なくなって、どうしたらいいか、心配かけると思って電話しきれんやったけど」と。そして母より、水＋À商品を試してきて、体の調子もよく12月にはÀ商品を以前のんでいた量の5分の１に減らしたとのこと。まあ、父の体調もよかったし、お金もかかるので、そう判断したんでしょうけど。私は、À商品は免疫をあげてくれるけど、飲む量は減らすは、ＴＳ１飲んでるし、そりゃあ免役落ちて風邪も治らんやろう。と思ったので、父と母にＴＳ１やめよう！と言いました。父は「医者に言われているから言う通りにしとかんとだめよ。」と言います。父じゃあ、まったく話が通じないと思ったので、母に電話口で「どんなに免役あげてもだめだめ。まずはÀ商品をもとの量に戻して。ＴＳ１飲んで家の中閉じこもって半年長生きするより旅行行ったり、福岡遊び来たりしたほうがよくない？このままじゃだめやん。このまま、食欲なくなったらそれこそ、早くお迎えくるっちゃない？」そういうと母は「うん。そうやね。今日から飲むのやめよう」と言いました。<br>それが平成２８年２月３日のことです。<br>
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<link>https://ameblo.jp/taarisako/entry-12132696538.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Feb 2016 17:33:23 +0900</pubDate>
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<title>胃がんの再発・余命宣告からの出発</title>
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<![CDATA[ もし、私たち家族のように、家族で悩み苦しみ、明日への希望を見つけようとしている人がいたら、私は伝えたいです。たぶん、この世の中に病気が治るかも、とうたわれているものは沢山あるはずです。その沢山の情報の中から、お金と相談して。本物かどうか、見極めて。助けたい人の命と向き合って、選択していくものだと思います。だから、今からお話しするものも情報のひとつだと思ってお耳に入れていただけたら幸いです。<br>私の父は今６６歳です。６年前（平成２１年３月）、突然の吐血で救急搬送され、緊急手術の結果、胃がんステージ２ｂと診断されました。緊急手術だったため、腫瘍は取れる分だけを取りました。リンパに残っているかも。と医師から言われましたが、３か月ごとの検診を繰り返し、５年後の平成２６年３月再発なしと診断されました。５年間食事に気を使いと向き合いながらの生活でしたので、家族みんなで喜びあいました。<br>それから、１０か月後の平成２７年１月ごろから、背中から腰にかけて痛みがでて、はじめは運転手をしていた為職業病かなあ。と父は思っていたらしく、自宅にある湿布を貼り、それでも治らないので、平成２７年３月地元の整形外科を受診。結果は骨に異常はなく、湿布が処方されました。日に日に痛みは強くなり、痛みは眠れない程。また、運転手をして仕事終わりには手洗い洗車して毎日帰ってきていた父。体調崩しても、雪が降っても、雨が降っても仕事終わりには必ず、次の方の為にまるで新車のようにピカピカに磨いていた父が、車を洗えなくなってしまい、痛みで仕事にならなくなりました。それがその年の５月、地元の総合病院を受診した検査結果が、胃がんの再発ステージ４。私のもとには母より、lineで父が再発した。入ったこと、今でも覚えています。全身が震え、今にも涙がこぼれ落ちそうになるのをぐっと我慢したこと覚えています。だって、再発ですよ。再発＝死　が頭から離れませんでした。<br>話は変わりますが、母は母で３年ほど前から、胸が苦しくなることが月に１回くらいあり、一度は福岡に遊びに来ていたので、福岡にある私の自宅から病院に救急搬送し、カテーテル検査もしましたが異常がなく、そして、今年３月（父の再発が判明前）父の前で突然椅子に座っている状態から倒れました。顔がゆがみ、意識が一瞬ですが、なくなったようで、救急搬送してⅯＲⅠ検査しましたが結果異常なし。母は数年前から、右のふくらはぎに静脈瘤が１センチほどできていて触ると、山になっていて固くなっていたのが気になっていましたので、小さい血管が切れたのではないか。と思いました。（素人判断ですが）そんなとき、知人から、「水」を奨められました。私も、私の妹も「水」について話を聞こうともしなかったし、何より、医者しか信用してなかったです。でも、そんなときです。ほんとにどっちが先だったか、わからないくらい、今思えば、運命としか、言えない程のめぐりあわせなんですが、父が余命宣告を受けたのが「水」をしったときと同時期のことでした。<br>父は「水」の講演会を母と聞きにいき、「試したい。」と私に相談してきました。その為に、話を一緒に聞いてほしいともいってきました。このまま医師のいうとおり、抗がん剤をして、父の命はどうなるのか？苦しむんじゃないか。痩せていくんじゃないか。私の頭の中は悪いほうにしか考えられなくなっていました。父に頼まれたのもありますが、聞くだけはタダだし。治療をするにしても、また、治療するという選択をしないで終末期を自然に迎えるにしても、どうするか主治医より決断が迫られていましたので、だまされた思いで話を聞きに行きました。１００名くらい椅子があったと思います。私と父は一番前に座り、一時間前から、講演がはじまるのを待ちました。<br>講演者は「水」をつくった開発者でした。その方いわく、これは日本で初めて特許がとれたもの。新聞にも取り上げられ、福岡大学、九州大学の図書館にも新聞記事が保存されていること。そして、「水」の説明をされました。<br>説明が終わると、質問タイムの時間です。沢山の方が自分の病の相談や、知人の方の相談をされました。私も、手をあげ質問しました。<br>「胃がん、末期の方でどのくらいの人が治ってますか？」<br>「一番ひどい方でどれくらい飲まれて完治されてますか？」<br>「飲みすぎて害はありますか？」<br>先生の答えはこうでした。まず、がんの方は水だけでなくて、A商品も一緒に飲まれることを奨めますと言われ、続けて「胃がん末期の方で試されたことはいままでありません。」と言われました。<br>がんの種類は変わりますが、先生いわく、一番ひどい末期がんの方で沖縄の方でした。余命２週間、どうせ死ぬんならと本人が毎日水１．５ℓとＡ商品を１本飲まれたそうです。一か月で完治されました。便が黒くなると、飲みすぎです。飲みすぎて害はありませんが、便にでるということは余計に飲んでいることなのでもったいない」と。でも、開発者とはいえ、これは、すべて聞いた話です。<br>また、私たちにこの情報を教えてくれた、この２年間で６名のがん患者を救い、その一人は北海道の知人で学校長をしていたが、咽頭がんといわれ、切除すれば声がでなくなる。声が出ないのなら死んだほうがましだと言われ、手術ではなく、放射線治療をしようとしているが、なにか、方法はないかと相談があり、「水＋A商品」を飲んで２か月で完治。<br>これも、すべて聞いた話です。確実かどうかはわからない。実際私は、その話を聞いた時はすごい！飲ませたい！と思いましたが、その場から離れると、だまされたんじゃないかと、思いました。信じられるわけない、だって聞いた話だから。確実かどうかは本人を探さないとわからないです。<br>私たちは悩みました。結果が出なかったら父の命を見捨るようなもの、お金をどぶにすてるようなものだから。そして、８月中旬セカンドオピニオンとして、福岡にある、○○がんセンターを訪れました。結果は地元の総合病院とほぼ同じでした。胃がんの再発であること、すい臓まで広がっていること、大動脈溜、左首のリンパに転移していること、ステージ４。手術はできないとのことを告げられました。「どのくらい生きられますか？」と私が質問しますと、「年では考えないでください。本人の好きなようにさせてください」と言われました。「この痛み止めが効かなくなることありますか？」「痛み止めがきかなくなっても、どんどん強い薬がありますから。」とも言われました。目が点になるってこんな時に使うんでしょうか？母は泣き出すし、父は無言が続きました。「ほんとに末期なんだ。ほんとに再発なんだ」わかっていたつもりでも、何度も何度も夢ならいいのにと思いました。なんでこうなるんだとうと。決断の時です。治療方法は４つ、①抗がん剤治療②「水＋A商品」をためす③抗がん剤治療＋「水＋Ａ商品」④なにもしない、みんなで悩みました。ですが、家族で話してもどれがいい答えなのか、わからなくて‥。<br>そして、最後に決めたのは、私でもなく、母でもなく、父本人です。父の人生悔いのないようにいきてほしい。私たち家族の出した結論です。父は③抗がん剤＋「水＋A商品」をすることに決めました。抗がん剤はいい細胞も悪い細胞もやっつけようとします。いい細胞が壊されたとき、副作用が出るようです。しかし、「あるものは免役を高める効果があり、いい細胞がこわれないと言われました「いままで抗がん剤と併用した人で副作用出た人は、聞いたことがない！」と開発者は言われます。父は免疫を増やし、腫瘍を抗がん剤でやっつけることができたらと考えたようです。父は８月６日から、あるものを試しました。試しながらいよいよ抗がん剤治療が始まります。結果は、<br>CA19-9 正常値　０～３７<br>６月２６日　１２０．２<br>９月１１日　　７４．８　<br>１０月９日　　５５．６<br>１２月9日　　４５．２<br>　<br>また、あれだけ苦しんだ背中の痛みでロブを（痛み止め）、１２時間おきにのんでいたのに、１７時間、２０時間と間隔が空き、９月９日痛みがなくなりそれ以降一度もロブ（痛み止めで病院から処方されたもの、ロキソニンのジェネリック薬品）のんでいません。<br>☆抗がん剤治療の方法として、現在４クール終了<br>一度も（吐き気なし、抜け毛なし、食欲あり）<br>今現在、父は「水＋A商品」という商品を。母は「水」を飲んでいます。結果だけを記載します。<br>父の状態<br>１、腫瘍マーカーの数値が下がりました。<br>２、背中の痛みがなくなりました。<br>３、そして、なんと、仏壇に、手を合わせるとき、右ひざが痛く正座ができなかったのに、いつのまにか、痛みが消え正座ができるようになりました。<br>４、父も静脈瘤がひどく、足を締め付ける靴下を履いていましたが、きれいに消えてしまい、靴下もいらなくなりました。<br>５、２０年前に発症した心筋梗塞でずっとのみ続けている、ワーファリンが血液検査の結果、血がさらさらになりすぎているとのことで　ワーファリン４．５錠から今現在２．０錠に減っています。医者もおかしいと感じているようで、ワーファリン調整のため毎月血液検査を行い様子をみているようです。<br>母の状態<br>１、月に一度はあった胸の苦しみが今のところはないです。<br>２、右のふくらはぎにあった固い静脈瘤が触るとやわらかくなっています。<br>嘘みたいな話です。<br>そして、今では父がこのまま治ればすごいことになるのかな～。と今は家族で笑って話せるようになりました。<br>父は私たち家族からみても元気です。<br>最初に話しましたように、この世の中には、がんに効きますというものは沢山あります、免役療法もそうですし、ビタミン療法、食事療法、糖さなど。調べれば色々あると思います。<br>私も私の妹も父の余命宣告をうけ、何度涙したかわかりません。私たち家族の願いは一つだけ。父に父らしく生きてほしい、一日でも長く元気でいてほしい。それだけです。<br>最後になりますが、家族の愛、孫の笑顔も生きる力になると思います。自分たちに何ができるのか、後悔のない毎日をおくっていきたいですね。<br>一つの情報としてとらえてもらえると嬉しいです。<br><br>
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<pubDate>Thu, 25 Feb 2016 08:44:47 +0900</pubDate>
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