<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>tactのブロ～グ</title>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/tact-h/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>tactが日々、本を読んで、映画を見て、何か出来事に出会って、考えたことや感じたことを書きます！</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>うああああ</title>
<description>
<![CDATA[ ひっさしぶりにブログを書くよ<br><br>今おれはアントレプレナーになろうと努力をしようとしているよー。<br><br>けど、院試勉強と、工学部企画のダブルパンチで頭がパンクしそうだよー<br><br>別に死ぬ訳じゃないじゃんか、出来ることとをやればいいんだよ<br><br>町がったっていいんだよ<br><br>何とかなんとか切り抜けるんだよー<br><br><br>Android携帯からの投稿
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/entry-10959119888.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Jul 2011 03:31:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>b</title>
<description>
<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110529/05/tact-h/aa/02/p/o0694032811257097147.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110529/05/tact-h/aa/02/p/t02200104_0694032811257097147.png" alt="$tactのブロ～グ-っh" border="0"></a><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/entry-10906378327.html</link>
<pubDate>Sun, 29 May 2011 05:19:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>a</title>
<description>
<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110529/05/tact-h/43/14/j/o0736034411257093619.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110529/05/tact-h/43/14/j/t02200103_0736034411257093619.jpg" alt="$tactのブロ～グ" border="0"></a><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/entry-10906376817.html</link>
<pubDate>Sun, 29 May 2011 05:10:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>影響の輪</title>
<description>
<![CDATA[ 毎日毎日をただ生存しているだけではいけない。<br><br>終わりがいつか必ず来るってこと、絶対に忘れちゃダメなんだ。<br><br>だからと言って、血相変えて終わりを恐れて生きるのではない。<br><br>快楽主義に走るのではなく、禁欲主義に走るのでもなく、<br><br>自分から遠いものはそんな容易には変えられない。変えられるのは自分がどう思考するか、どう体を動かすか、そしてどう発言するか、それだけだ。<br><br>だが、その３つは完全に自分のコントロール下に置けるんだ。<br><br>だからその3つに集中するのだ。自分をコントロールする力をつけろ。<br><br>Android携帯からの投稿
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/entry-10856837396.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Apr 2011 22:30:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>思考</title>
<description>
<![CDATA[ ＰＣを上げるのだ。そのためには、精神的な成長とか、自立とか、『外見の良さ』以外にも磨きあげるところは多い。むしろそういうところの方が多いのに。<br>だから、本を読んだり、ブログを書いて省察したり、もちろん勉強もしなきゃだし、体を動かすこともしなきゃだけど、友達と遊んだり、嘘をつかなかったり、ボランティアにいったりしてみるんだ。<br><br>以前『自分が満たされてないのに他人の幸せを真に願えるか』って考えたことがある。それは可能だと思う。それこそ『パッチアダムス』が伝えようとしてくれていたことでははないか。<br><br>人の幸せを願って行動することが自らを幸せにすることは往々にしてある。それが相互依存の段階だろう。たまたま今は、不自由な思いして生活している人が多くいる。<br><br>だけどそのように考えてしまうこと自体偽善じゃないか。<br><br>Android携帯からの投稿
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/entry-10850937425.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Apr 2011 09:51:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>追いコンのまとめ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>昨日は僕が所属する工学部の広報チームの追いコンがあった。</p><br><p>現リーダーの話では、今のの活動は</p><br><p>・月に一回のミーティングでしか基本的には会わないので結束力をそれほど強められず、表面的な関わりだけになっている。工学部公認の団体なのに、その特権を生かしいれていない。もっと結束力を強めればもっと生産的で活発な集団になり、工学部公認という特権を生かし、もっといろんなことが出来るのに。</p><p>・ミーティングの効率化、みんなのより積極的な参加を促したい。</p><p>・メールでの記事の指摘のし合いをより活発にしたい。</p><p>・他の団体との協力により、もっといろんな企画を実現できるのではないだろうか。</p><p>・配布方法にももっと工夫できるのではないだろうか。記事を「１，２年生向け」に限定したことにより</p><p>、よりターゲットを絞った配布戦略を立てやすくなった。しかし、現状ではアドミニ棟の一角に山積みにされていくだけ。生協に置くことは不可能らしい。生徒が集まりやすい建物に置いてもらうことも考えたが、「一学部だけのものを置くのは不公平だ」という理由で断られたそうだ。今のところ、工学部の先生に、授業中に配布していただくことが一番有力だろう。</p><br><p>・夏と冬に一つくらい子供向け、もしくは高校生向け、１，２年生向けの工学部を紹介する企画をやれたらいいなと思う。もしくは専門外の方向けのものも。</p><br><p>・先生も言っていたが、自分の研究している分野が何に役に立つかっていうのを社会とか、政府とかにインパクトをもって伝えられることが研究者には求められている。なぜならそれによって資金援助してもらえるかどうかが決まったり、他分野の研究と融合して何かより役立つものの開発を実現したりするからである。</p><br><p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p><br><p>ここからは僕の意見。</p><br><p>・活動頻度に関しては、僕はもう少し増やしても大丈夫なのではと考える。まぁそれだけ話すネタがあればの話だが、もし活動自体の量を増やして、会う回数を増やすというなら、僕は反対しない。けれど、僕自身が来年度のくらい忙しいのか分からないから大賛成はできない。ぼくがそんなにかかわることが出来ないかもしれないから。</p><br><p>・devil's tongue; みんなそれぞれ自分のがんばるところをすでもっているはずだから、活動を増やすのはかなり慎重になった方がいいと思う。導入するなら、かなり慎重に。時期を考えて、かつ、その時期のだいぶ前からしっかり余裕をもって開始する形を理想としたい。</p><br><p>・メンバーの中を深めるにはいろいろなレクリエーションをメンバーでやるといいかもしれない。山登り、キャンプ、スポーツ、ボウリング、飲みなど。それを定期的にやることでミーティングなどでの発言する際の心理的な壁を低めることが出来るかもしれない。</p><br><p>・いや、どうせそんなものをしても外交的なやつが集まるだけで、そういうやつがどんどん調子のっていき、ちょっと内向きの奴が消えていくのではないか。→集まりにバリエーションを持たせることでちょっとはそれが解消される。</p><br><p>・ミーティングの効率化に関してはやはりリーダーの裁量次第ということになろう。リーダーの人柄、カリスマ性、誠実さ、準備のよさでかなり改善すると考える。</p><br><p>・メールでの記事の指摘し合いに関しても、毎回のミーティングで呼びかけるだけでも少しずつ変わってくるだろうと考える。みんな真面目でやる気のある人ばっかりだから。</p><br><p>・配布方法に関しては各特集の先生に授業で配布してもらうということだが、工学部の先生ならその特集している学科だけでなくても可能なのではと考える。工学部の広報の重要性を伝えるようなメールでお願いすれば、工学部の先生なら必ず答えてくれるのではないか。</p><br><p>・文系の生徒をも対象とするかという問題だが、僕は現段階の内容では難しいと考える。内容的に物理や化学を勉強していない人にはわかりにくいし、そこまで噛み砕こうとすると今度は内容が薄くなり、もっと読んでほしい対象の理系の生徒に対して十分な内容を提供できない。</p><br><p>・新しい企画に関しては僕も良いと思うが、今は何とも言えない。やるなら出来る限り協力したい。</p><br><p>・研究者として研究をわかりやすく伝えるという力をつけるべきであることには僕も大賛成である。Ｔtime!のメンバーは皆研究者なのだから、自分の研究をうまく伝えるという能力を磨くべきだ。そのためうちの団体で企画してもいいし、メンバー自身がそのような場に積極的に参加していくべきだ。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/entry-10848045814.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Apr 2011 13:16:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>映画『ドラえもん　新のびたと鉄人兵団』（ネタバレ）</title>
<description>
<![CDATA[ <p>すばらしい映画でした！不朽の名作「ドラえもん　のびたと鉄人兵団」のリメイクで、さらに良い物に仕上げていました。</p><br><p>銀河の彼方からロボットの王国から人間を捕獲しようとやってくる。ロボットたちは「人間は下等動物だから支配されて当然」という思想を持っていた。</p><br><p>「人間は奴隷になって当然。」</p><br><p>人間から聞けばなんと理不尽な考えだろう？しかし、立ち止まってよく考えてみるとロボットたちが自らの種族（ロボット）だけの幸福を願い、他の種族（人間）をないがしろにしたように、人間たちもどうような考えを持っていることに気づく。例えば『家畜』や『動物実験』などである。</p><br><p>牛や豚やマウスは我々みたいな感情を持っていないからいいのだ、と考えられるかもしれない。しかし誰が彼らがそのような感情を持っていないということを証明できるのだろうか？</p><br><p>自らの種族の為なら他の種族を犠牲にしていいという考え方は、太古の昔から存在していたのかもしれない。</p><br><p>弱肉強食、適者生存という節理のもと、自然の中でさまざまな種が競い合い、弱い種は強い種によって滅ぼされてきた。</p><br><p>ロボットというより強きものが、人間という弱きものを滅ぼしに来たとするなら、それもまた節理による事象ではなかろうか。</p><br><p>書いているうちに気づいたが、「ロボットが人間たちを征服していい」という思想は、はじめ実に理不尽に聞こえたが、実は自然の摂理にかなったことなのではないか。</p><br><p>この問題、実はすごく難しい。この問題を解決するには、われわれ人間の今までの考え方を実は根本から変えなければならないのではないか。</p><br><p>それが出来なければ、「人間は下等動物だから奴隷になって当然」という考えを肯定しなければならない。</p><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/entry-10837118826.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Mar 2011 13:26:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>Trip to Philippine!</title>
<description>
<![CDATA[ フィリピン旅行を終えた。楽しいこと、恥ずかしいことがたくさん詰まった旅行だった。<br><br>スキューバダイビングは本当に愉しかった。海底の色とりどりの生き物は本当に綺麗で、レギュレータをくわえたまま『ワーー！』って叫んでしまうほどだった。海の中、本当に未知の世界だ。もっともっと知りたいと思う。これからは一年に一度くらいは潜ろう。<br><br>でもディスコでの印象もかなり強い。あー恥ずかしい。<br><br>ディスコで女の子に声をかけて、会話するんだよと友達に言われたから、その通りやってみたら、相手のこと楽しませなきゃと頑張りすぎて、本当に変なキャラになっちゃった。<br><br>異常なテンションでダンスするし。<br><br>端からどういう目で見られていたのかと考えると、死にたくなるほど恥ずかしい。胃袋が締め付けられる。ぐはー<br><br>あのときは、度胸試しだと考えた。勇気をいざという時に出せること、それ鍛えようと思ったんだよなー。<br><br>いや、実にいい経験だった！そう考えよう！旅の恥はかき捨てだ！<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/entry-10836040586.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Mar 2011 15:47:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『硫黄島からの手紙』（2010/2/2)</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font color="#800080">&gt;ブログお引越しちゅう</font></p><br><p>僕は今日『硫黄島からの手紙』を見た<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110314/02/tact-h/83/9f/j/o0500050011107355075.jpg"><img style="FLOAT: right; CLEAR: both" border="0" alt="tactのブロ～グ-硫黄島からの手紙" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110314/02/tact-h/83/9f/j/t02200220_0500050011107355075.jpg" width="220" height="220"></a><br>……………<br><br>まずは戦争って本当に何も生まない、誰の幸せも生まない。それどころか本当にたくさんの人々の不幸と憎しみを生むだけだ。戦争が起きている国では自由はない。だから人それぞれ多様な夢や目標を持つことも許されない。ただ「お国の勝利」、「お国の為」に自分の命を捧げることを義務づけられるのだ。<br>それ以外の目標を持とうものなら、すぐに「非国民」として処罰、処刑される。<br>そのような国ではたらふく飯を食べられること、家族一緒にいられること、そのような現代では当然すぎて気にも止まらないようなことが幸せなことなのだ。<br>そのような国があってはならないだろう。僕はそのような国が現代にも残っていることが信じられないし、許せない。北朝鮮や中東の国々…または貧困で悩むアフリカの国々…。<br>そのような国が一つでも無くなり、自分のなりたいと思ったものに努力すればなれる、その可能性に開けている人が一人でも増えてくれることを願う。<br></p><p>そう思う一方で現代人の強欲さも同時に感じた。今では誰もがたらふく食べられるし、家族と一緒にいられる。人間はそんなことでは幸せを感じることが出来なくなってしまった。だから現代人は更なる物欲を持ち、まるで底無し沼のように物を欲しがるようになった。物だけじゃない、金や名誉もだ。<br>そんなものを欲しがってるようじゃいつまで経っても人は幸せにはなれないだろう。<br>人生の目標は常に「自分の境遇と才能を見極め、他者の為に行動し、他者の為に生き、他者の為に死ぬ」ことであるべきだ。それは昔も今も変わらないだろう。<br>他者の痛みを軽減し、他者の幸福を増やし、他者を楽しませ、他者を励まし、他者の夢を叶えること、それは己にも幸せをもたらす。(もちろん、自分の能力の限界に挑戦するということも一つの人生の目標になりうるが)<br>そのようにして得られた幸せは永続的なものだ。<br>最低限の衣食住の充実を得られたら、今度は他者の幸せの為に行動を起こそう。 </p><br><p>2010/2/3<br><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/entry-10830148857.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Mar 2011 02:15:13 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『科学者という仕事』</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font color="#800080">＞ブログお引越し中</font></p><br><p>今僕は『科学者という仕事<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110314/02/tact-h/b3/55/j/o0250039211107351997.jpg"><img style="FLOAT: right; CLEAR: both" border="0" alt="tactのブロ～グ-科学者という仕事" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110314/02/tact-h/b3/55/j/t02200345_0250039211107351997.jpg"></a><br>』という本を読んでいる。<br>模倣から創造は生まれる<br>朝永振一郎<br>私の自然科学研究の経験は、すべてのことに近道のないことを教える。一つ一つの積み重ねをたゆまず、飽きることなくやっていく、それが最も確実な方法であり、それが最も速やかに目的に達する途であると私は信じている。<br><br>『運・鈍・根』<br>あえて鈍に徹して、失敗を恐れないことが科学者には必要。でも僕はもともと鈍だからちょうどいいや。<br><br>あのアインシュタインも『確固たるものであろうと自分で確信するようなものは何もなく、そもそも正しい方向に進んでいるかさえ定かではない』と言っている。つまり、誰でもこれが正しい方向だ！正しい生き方だ！なんて言える人はいないんじゃないか。確信はなくても、人はある方向を選んで、それが正しい途であることを信じて進んでいかなきゃいけないんじゃないだろうか。 </p><br><p>　「自己本位」であること。それが科学者には求められる。自分の頭で考え、自分の意思で行動するということだ。<br>　しかしそれはとても恐怖を伴う。果たして自分の行動は正しいのか、もし間違っていても誰もが助けてはくれないのだ。<br>　しかし決して付和雷同せず、自分の意思を信じるべきだ。他者からの評価や批判は衝動的なものだから、そんなあやふやなものに左右されず、自分自身の価値観で自分自身を正当にかつ冷静に評価するのだ。<br>　人は群れたがる。他人と同じことをすることで、自分で考える手間が省けるからだ。そして自分がそのような行動をとった責任を他の誰かに転嫁することが出来るからだ。特に日本人にはそのような風潮がある。<br>　しかし科学者を目指すならば、いや、真に後悔のない人生を歩みたいならば、自分のことは自分で考えて、そして考えた通りに行動しなければならない。冷静になって自分を客観視して自分を評価し、自分の行動の責任は全て自分で負わなければならない。人間は自己承認欲求により、他者から認めてもらいたい生き物だが、その為に自分の意思を抑圧してはいけない。自分の意思のもとに行動しその結果他人に認めてもらうんだってぐらいの気概が必要だ。 </p><br><p>人生において重要なのは、『何をするか』よりも『何をしないか』なのかもしれない。人の一生なんて非常に短い。その中で達成出来ることなんて限られている。<br>　本当に成し遂げたいことを自分の価値観に従ってちゃんと見極めたら、己の心を奪い、それへ向かう道を妨げるもの全てを退けなければならない。<br>そして心のそこからそれに没頭するのだ。これは今話題の稲盛和夫さんの『生きる意味』にも書いてあった。寝ても覚めても、自分が今取り組んでいるものに集中、没頭する、それが大きなことを成し遂げる秘訣だと。<br>　でもそうすると、生活におけるバランス、則ち家庭だとか交友だとか健康だとかいう面を疎かにして結局不幸せな結果になってしまうのではということだ。<br>　そのことについてはまたこれからも考え続けていかなければならない。もし本気で考えた結果、僕が生命化学の分野で大きな発見をするのが一番の人生の目的であり、それが良好な家庭を築くことよりより自分にとって価値のあることだと考えるならば、僕は幸せな家庭を築くことを二の次にしなきゃいけない。その時は、実験室に籠っているときや凄い発見をした時に幸せを噛み締めて、家庭でのいざこざには目を瞑らなければならないだろう。仕方ない、これは代償なのだと。<br></p><p><!--entryBottom--></p><p>しかしもし僕が生活の他の面も重要だ、大切だと結論したのであれば僕は自分が研究だけに没頭することを諦め、うまくバランスをとることも考えなければならない。休日は家族と一緒にどこかに出掛けたり、軽い運動をしたりしなければならないのだ。そしてその時間の分他の科学者に遅れをとることを嘆いてもいけない。<br>　このように人間は24時間何してるときも充実した状況を作り出すのは無理なんじゃないか。だから自分がこうありたいと思ってそうしている時間にはその幸せを噛み締め、その代償として生じている時間にはぐっと堪える、それが必要なのかも知れない。 <!--entryBottom--><!-- google_ad_section_end(name=s1) --><!--entryBottom--></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tact-h/entry-10830145673.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Mar 2011 02:04:09 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
