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<title>深緑の森－小さな箱庭－</title>
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<title>ゴールド・ロック</title>
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<![CDATA[ 「手記があれば何があったか分かりやすい。幾ら物忘れの多いお前でも、書いておけば大丈夫だろ」 余計なお世話だこの野郎。とは言ったものの、確かに日々の出来事を書いておくのは良いかもしれない。重要なのは書くこと自体を忘れてしまわないかどうかだ。見知らぬ世界で起きたことを、不定期で日記に収めていこうと思う。<br><br>黎明の国に到着後、僕達は二手に分かれた。「じゃあなハゲ。そういえば、これは全部夢って知ってたか？」 こいつは何も変わってない。昔のままだ。態度に馬鹿の一貫性が伺える。いつもと同じように言い返してやったけど、こんな奴でも、いざという時は頼りになるわけで。「シラタキ、何か食べ物くれ」 「早く行け。オレの苛立ちが募る前に」 行動開始までの間、街の見物をしてひつまぶし。暇潰し。蒸気自動車が走る光景が面白くて、森に隠れているヨモギ達が出てくるんじゃないかと冷や汗を流した。ドードーだろうがドラゴンだろうが、目立つに決まっているし、遺跡に行くまでは別行動って言い聞かせておいたけど、一緒に居たのはレオとシガーヘッド。奴とムササビが抑止力になれるわけがない。危ない橋を渡る思いで、何日かを遊んで過ごした。<br><br>黎明の王様との交渉は上手く纏まったらしく、遺跡踏破の許可が下りた。やっとのことで何をすればいいのかを聞かされる。エネルギー結晶体の回収だってさ。急にファンタジーな展開になってしまって、戸惑いを隠せない僕ら。目的の場所、アヴァロン遺跡は、何十年もの間、絶対に入ってはいけない場所として封印に近い扱いを受けている。入れば戻ってこられないという噂から、帰らずの遺跡と呼ばれ、王家の人間でも入り口付近までしか進むことを許されない。「頑張って取ってこいよ」 軽すぎだろ。そういうことはもう少し重々しく言えよ。その結晶体の用途は教えないというから、僕らはそれを取ってきて詳細を知りたい衝動に駆られました。人の動かし方、というか、バスターズの動かし方をあいつ以上に心得ている者はいないでしょう。最深部に眠るという宝物を探すため、僕達は行動を開始しました。<br><br>「いいかお前達、僕の指示は絶対に守らなければならないものじゃない。是非は各々で判断するんだ」 咄嗟の判断は皆に任せた方が良い。命令通りに動くだけでは打開できない場面も必ずあるはずだ。そして何よりも、まだ正確な指示をする自信がなかった。「言うこと聞かない奴は自分が噛む。名付けて、ウルフ噛み」 お前はいつから狼になったんだ。はっきり言って、電波みたいになれるとは思わない。アレは色々とおかしいんです。他の門下生も、素の状態が反則みたいな野郎だって口々に話していました。大いに同意します。馬鹿だけどな。ここだけの話、次に会う時までにもっと腕を磨いて、奴を絶望させることが目標だったりする。「春坊、準備はいいか」 シラタキ、次また略してハーボって言ったら殴ります。「行くぞ、はげ」 口元を上げて笑う小型犬を見て、特に緊張することもないなと思いました。<br><br>都の兵士からの指令が伝わり、門番が退く。七人はアヴァロン遺跡の最奥を目指し、歩を進めた。内部は切り立った岩があちこちに並び、複雑に入り組んでいる。人工物を土台にして起きる超自然現象、バスターズの面々は岩の製作者が何者であるかを窺い知ることはできなかった。薄暗い遺跡の雰囲気に反して皆が浮かれ歩く様は、滑稽にも見える。「ブレーメンの音楽隊みたいだべさ」 「兄貴、ウェーザー川が見えてきた」 「ドイツの？君ら地元の方ですか」 春は二人を見もせずに合いの手を入れる。シガーヘッドは天井近くを飛び回り、道案内の役割を担った。「気を付けろ」 ヨモギが何者かの存在を感じ取る。下の層に潜るにつれて岩の数が増え、内包するエーテルの力が強まっている。岩の中心部分は黄金に輝き、脈動していた。「シガー」 ムササビは滑空し、春の肩に飛び乗る。春の前方を岩が通過する。攻撃の主は遺跡だ。地を伝い、岩にエネルギーを送り込んでいる。バスターズは走った。自分達が誘導されているとも知らずに。<br><br>最奥までなんとか辿り着いた彼らは、この遺跡の核となる部分を目の当たりにした。大きな球状の空間に乗り場を思わせる岩が並んでいる。否、浮かんでいる。七人は下を覗き込んだ。奈落の底を垣間見るような感覚。落ちれば掠り傷では済まない。辺りを見回すと、岩の製作者達がこちらを凝視していた。銅像が後ろ手に結晶を背負い、半円を描くように並んでいる。結晶の放つ黄金の光は銅像の足元を伝い、闇のなかへ消えてゆく。遺跡を巡り終えた光は銅像の深く被る兜を経て、再び結晶へと流れ込む。さながら循環を思わせるその光景は、彼らに自分達が魔物の体内に足を踏み入れてしまったことを想念させた。「…選べ」 地響きのような声が鳴り響く。「お前達の欲するもの、解する。我はモノリス。与え奪うものなり」 七人の前方にある巨大な石碑が言葉を発した。それに追随し、方々から銅像達の囁く声。「アヴァロンの光輪に立つことを許されし者共、この遺跡の主を知らないとは言わせない」 右前方に居る銅像が自らの肌と同じ、青銅色の涙を流した。「主は孵ってしまわれた」 シラタキは総毛立った。こいつら、憑かれてやがる。「しかし、守り手としてこれを渡すわけにはいかないのだ」 「おお悲しきかな、汝らには滅んでもらわなければなりません」 主君の命に従い結晶を守り続けた銅像達は、遂げることのできない思いが淀みとなり、良くないものへと変貌した。侵入者の排除のみを行う残忍な人形。彼らはアタラクシアと呼ばれ、創世からここで任務を全うし続けている。「どいつもこいつも似たような装備ですね」 春は真紅の銃を握り締めた。中央の像が微かに呻く。その瞳、やはり似ている。「モノリス、試練を」 七人と向かい合うように置かれた石碑は、三つの宝石をぐるりと動かし、バスターズを視界に捉えていた。「御意」 周りに浮いていた乗り場が沈む。逃れられないようにするというよりも、邪魔が入らないようにしたという印象を受ける。「お前達が欲するものを手にすれば、必ずや主に近付けるだろう」 「動くことのできない私達とは違ってね。あはは」 危険だ。イエティ兄弟の動物的な勘が働く。しかし時すでに遅し、七人は周囲から放たれた岩壁により、一点に集められてしまった。足元から光の柱が上がる。「試練、この試練を受けた者は、選択を迫られる」 モノリスが重々しく呟くと、鳥の羽撃くような音が聞こえてきた。遠い、いや、近いか。ヨモギはその場に居た誰よりも早く、音の方向を突き止めた。「昇ってくるぞ」 モノリスの背後、奈落の底から、結晶の鎧を着た怪鳥が現れた。長と思わしき中央の銅像は、その鳥に持っていた石の様なものを喰らわせる。「チェザよ、この寂れた庭に久々の上客がやってきたぞ」 こいつは、まずい。「お前達には死に神に見えるだろうな」<br><br>僕はこの時、もう他の皆に会えなくなると思いました。電波が遺跡にこんな奴が居ると知っていて僕らを向かわせたのだとすれば、相当な鬼、鬼だあいつは！！何が手記だかな。これ読んで反省しろ。おい、覚えとけよ。<br><br>モノリスの課した試練とは怪鳥を倒すこと。しかしチェザと戦う前に、七人はある選択を迫られる。それは 「その光に囚われている者の数だけ、チェザの力を制限する」 つまり、外に出るのが一人であれば、チェザの能力は限りなく低くなり、一人も残らず全員で出れば、まさに死に神に相応しい力を持つ怪物と戦うことになる。この選択の決定権は当然のことながら隊長の春にある。春は仲間の顔を見て、迷いに迷った。一人で奴を倒せるか、二人なら、四人いれば。どの程度の制限が付与されるのかも分からない。ケイティが大振りに弾丸を装填する。「春隊長、おれ達兄弟にはこれ、一択にしか見えねぇべ」 「ぐわはは、さあ笑えお前ら」 シラタキが腕にエーテルを集中させる。 やはりこいつらは、面白い。ヨモギはドードーの姿を解除し、天高く啼いた。自分の倍はあろうかという怪鳥を睨み付けると、完全なる臨戦態勢に入る。「さあ、隊長、一言どうぞ」 テイティは思い切り虚勢を張る。「はげ、あいつぶっ飛ばすぞ」<br><br>春は覚悟を決めた。この戦いを終えた時、彼らはまた一つ上に行ける。「死ぬとか生きるとかどうでもいいですよね。売られた喧嘩は買うと決めている。僕も、電波も」 目の錯覚か、オレにはこの時の春坊が電公に見えたんだ。春が本物の隊長として産声を上げた瞬間だった。<br><br>アウタラクシ、アタラークシ？とか言う銅像達が言っていたんだけど、確かこのチェザってやつは、ハーピーっていう石を食う鳥の眷属なんだってさ。エーテルを取り入れ無限に等しい時間を生き続ける。時を越える鳥か。まあ化け物でしたね。強かった。本当に強かった。ここまで負けるかもしれないと思った相手はランプとか牛の群れ以来だった。しかし僕らが勝った。というか僕の荒ぶる風が奴の動きを止め、どこかから拾ってきた電気の銃で。結局はあいつの攻撃が最も有効という不甲斐ない結果ですが、勝ってもバスターズ、負けてもバスターズ。この勝利は皆で得たものだ。肝心の結晶体の使い道ですが、どうやらあれは何かの燃料になるみたいです。少量で充分と言うから、相当なエネルギー量なんだと思う。すべてを持ち帰れば遺跡の機能が停止するし、彼らはずっとそこに居るというので、少しだけ貰って街に帰りました。合流して結晶体を受け取った電波は、僕らに暫しの休息を言い渡し、アヴァロン遺跡と対になるという場所に向かった。結晶を守るあの鳥を知っていたのかと訊くと、無言で頷いた。おめぇ僕が元気だったら。伝承にある程度で確証は無かったというから、居ると決め付けて向かわせたのだと悟る。獅子は子を谷に落とす、か。<br><br>この野郎、まあいいや。良い修行になったし。「任務ご苦労さん。俺ら四人で乗り物を掻っ攫って戻ってくるからよ。さあ行くぞお前ら」 「ハゲさん助けて下さい」 アルジ、お気の毒に。予測でしかないけど、あの遺跡と対になっているってことは。次の日記はシガーヘッドに書かせよう。きっと斬新な出来になるはず。レオ先輩が邪魔をしに来たので、そろそろペンを置くことにする。おわり<br><br>「表に出ろ！自分が相手をする！」 「寝惚けてるな！わかるぞ！」<br>
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<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 04:30:22 +0900</pubDate>
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<title>482話　賽を投じる者　Ⅲ</title>
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<![CDATA[ あの国はまるで霞の様で、探れど探れど本体に辿り着けない。「鳥だと？」 「はい。恐らくは彼らの移動手段ではないかと思われます」 始祖鳥という名の怪鳥に乗り、空を飛ぶ姿を目撃した。鎧の様な鱗に覆われていて、ともすれば羽根の生えた蛇と見紛うかもしれない。流石は固有種の砦といったところか。我々の国のデータベースに登録してあるエーテル物質。その上位に並ぶものの多くをこの国で見付けることができる。角や牙の、持ち主の姿を。広大な土地と、極めて原始的で野生的な空気感。居住区域の建物から察するに、普請の技術は我々の国のそれと変わりないと言えるが、密林に石材の家々が建ち並ぶという、異質な物同士が併存している光景には、寒気を覚えずにいられなかった。ここ数十年で黎明の技術は発達し、海中を進む船の開発に成功した。そしてバル王の意向により、長らく切れていた手綱の先にあるものを見に行くこととなった。朧が近付くにつれ倍々で海洋の獣に襲われる危険度が増し続けるため、損害無く潜入できたのは奇跡に近い。到着後、竜蹄という街を訪れる。この国の現状を目にした所感を物に例えるならば、起爆薬。いつ戦になってもおかしくない状態だと、判断した。闘技場の歓声と共に現れたのは一国の王。凶王、クルエル。名前だけは聞き及んでいた。白雲とは付かず離れずの関係を保ち、不定期で協議しては情報を与え合っている。あの国がどこまで朧を知っているのかは分からないが、少なくとも我が国よりは本体に近付いていることは確かだ。<br><br>容貌を知っていたわけではない。得物が彼を王だと教えてくれたのだ。紫黒の長物。ジルコニアの槍。怖気を震い足が竦む。クルエルは槍を手に、自国の武人達と向かい合った。相手は六人。使者はその数を見て絶対的に不利であると感じ取った。武人達もそれぞれが相当な強さなのだろうが、相手が悪い。猪が突進する先には、子供が空想で思い描いたような化け物が立っていた。クルエルは槍を地に突き刺すと、唸りを上げて繰り出された拳をいとも容易く蹴り上げた。氷の様な瞳の色に目を奪われていると、次の瞬間には数メートル先で大男が薙ぎ倒されていた。歓声が強まり耳鳴りに変わる。早くここを離れなければ。使者は闘技場を後にする。あれが朧の王。奇しくもこの国と黎明が衝突した末に、どちらが生き残るのかを思い知らされる形になってしまった。黎明の兵士達に勝ち目があるとは到底思えない。戦に対する備えなど、随分と前から滞ったままだ。交流が絶たれれば心配は無いという考えは甘かった。甘過ぎる考えだった。<br><br>彼らには攻め込む手段がある。後は戦う理由さえあれば、如何様にもなり得る。使者はその後も朧で潜伏を続けた。そして場面は彼らの運命を一つにする決戦の地に移る。額の血を拭い、六体の巨大な獣を退かせたあの者。否が応にも闘技場で目にした光景が重なる。彼ら三人の足跡を辿ることは出来なかった。扉は崩れ、残骸すらも砂となり、元の深深とした森の様相へと戻る。どこから来たかは考えるまでもない。境界の向こう側、もう一つの世界から来たのだ。人だけが住む世界に、ワイスと渡り合うどころか、単独で捻じ伏せるだけの実力を持った者達が存在するとは。特にあの男。あれは現象の力と見て間違いない。それも凶王と同じ、雷の力。万物に等しき一撃を与えるという、相克を逸脱した力。威力次第では対抗策による有利不利も覆されてしまう。あの状況下で敵に対して雷の力を使わなかったことが、使者の士騎に対する印象をクルエルと対極に位置するところへと押し遣った。もし二人が衝突したらどちらが勝つか。クルエルに勝てる者がいるとはどうしても思えない。しかし、私個人の判断では器差を示してしまう可能性が高い故に、断言することもできない。「報告は以上です」 「うむ」 「バル王」 「よく無事でいてくれた。早々に帰還せよ」 「バルバロッサ様、もしかしたら我々に残された猶予はあと僅かかもしれません」 その者達のことは忘れよ。そう言いたかった。知らぬ間に時が満ちていたのかもしれん。考えなければならないことを後回しにし続けた付けが回ってきたか。仮初めの平和を根こそぎ刈り取る大鎌を、あの国は今にでも振るおうとしているのかもしれない。ほんの数週間前の記憶が蘇り、事態が容易ならないところまできてしまっていることを、危機感として改めてその身に受け取る。兵士を鍛えたところで、ワイスの軍勢に立ち向かう大勇を得ることはできない。何か、誰か、士気を高める要素が必要だ。平穏な昼の光が差し込む部屋が、やけに暗く見える。扉をノックする音を聞き、バルバロッサは入るよう促した。「王様、目安箱を持って参りました」 <br><br>この日の会所は特に人の出入りが多く、慌ただしかった。それもそのはず、つい先程まで白雲の貿易商との会談が行われていたのだ。鉄材の値段交渉が順調に進み、双方納得した上でお開きとなった。「あの男、荒事師として有名だが、存外いい仕事をするじゃないか」 「私は気に入りませんね。背後に騎士を並べて偉そうに。見ていましたか？ずっと睨んでいましたよ、あの二人」肩くらいまで栗色の髪を伸ばした女は、机に掌を叩き付けた。書類が何枚か下に落ちる。「頭まで鉄みたいに硬い連中に、値切りが通用するなんて思いませんでした」 書類を拾い上げながら、正面の扉に視線を流す。「疑念の一つもなければ良いように利用されるのがオチだ。あれくらいで丁度いいんだよ」 無骨な大男。「パトリックさん、早く王様に報告しましょう。きっと喜ばれますよ」 商談自体は上手くいった。しかし、何か腑に落ちない。変わったことは起きなかったか、だと？罠でも仕掛けたんじゃあるまいな。<br><br>宮殿に到着してから数十分が経過した。士騎は会所を人混みに紛れながら隈なく探索し、兵士の総数の見当を付けた。百人前後、こんなんで守れんのか。そろそろ約束の時間になる。アルジの足取りは重かった。「無茶な注文をしますね」 数刻前。明らかに苛立っている彼を見て、ターバンが諫める。「そんなに怒るな」 「怒らずにいられるか！」 静かに騒げとはどういうことだ。「足音をさせずに走れみたいな感じですか」 フクロウが背筋を伸ばした。「内部の風景に溶け込み、充分に情報を得てから行動を開始する。二十分程度経ったらアルジが走るみたいな感じで」 「そんなこと言ってるとその通りにするぞ」 穏便に且つ注意を引き付けるために最適な行動。そんな顔をするなウィンドリット、これしか思い付かなかったんだ。「お母さん、あれってガーゴイルだよね」 人が集まってきた。アルジは架空の建築家集団を名乗り、仕事を請け負っていると受け付けの者に話した。昨日の内に下調べはしておいた。建築途中の建物が二棟、かなり大規模なやつだ。我輩の役目は陽動と時間稼ぎ。主役はあの人だ。信じてますよ、隊長。<br><br>空気の流れが変わった。「変身完了」 会所と宮殿の間には豪壮な渡り廊下が続いており、ここを進めば目的の部屋まで行ける。臣下を退室させたバルバロッサは、意見書の小山の前にある椅子に座った。扉の外では守備兵が忙しなく歩き回っている。何事かと訊く意思も今は無い。報告するに値する出来事であれば、自分の耳まで届いている筈。一つ一つ丁寧に封を開け、内容を読む。取るに足らないこと、賢人街の設備強化、蒸気自動車の走る道の整備など、様々な意見が書かれていた。どれもこれも聞き入れていたら切りがないが、やはり民の声を聞くことは大事だ。目安箱は王と都に住む者達との交流手段。この声の集まりを基礎にして、今後の方針を決める。一国の主とは国の代表であり、帆船の舵取りを行えるただ一人の人物。発言や行動には責任が必ず付き纏い、隙を見せれば揶揄される。そして批判や罵倒を恐れてばかりでは身動きが取れないという、何とも難しい立ち位置だ。これまで自らの采配や、妥協を許さない徹底した仕事で国民の信頼を獲得し続けてきたが、ここにきて王の心力に陰りが出はじめていた。一瞬で広がる闇が差し迫っている。為す術もなく崩れ去る日常の姿が目に浮かぶ。すぐにでも対策を練らなければならない。しかしその対策、対抗する手段がどうしても見付からない。使者の言葉に疑念が含まれていることは言うまでもないだろう。これは私にしか決められないことだ。朧と戦うという未来まで見据えて動かねば、王としての尊厳をすべて失うことになる。屍が舵を取る国で、誰が安寧と言えようか。王の心で火種が燻る。ふと意見書の束を見遣ると、他と比べて色褪せた、筒状の封書が目に入った。何かに巻き付けでもしなければ、こうはならない。触れた瞬間、電気が走るのを感じる。静電気にしては強く、思わず手を払いのけてしまった。意見書を読み終えた王は、結び付いた記憶を抱え込む。この文章が意味するものは、災厄と希望のどちらかが訪れることを意味しているのか。守備兵が王の部屋に急ぐ。こんなことがあってたまるものか。「王様、ご無事ですか！」<br><br>パトリックが王の居る部屋に着くと、息を切らした兵士達が王の周りを固めていた。「長官殿、侵入者です」 行き成り三宝、変わったことのお出ましだ。「侵入者だ？検問は何をやってる」 「それが、どうやらそいつは武器になるものを何も持っておらず、しかも、宮殿の礼服を着て我々の目を欺いたらしく」 「そこまで分かっておいてどうして捕らえられない」 守備兵長は明らかに恐怖した表情で大きく呟いた。「速いのです。とてつもなく」 「速い？」 「あれはテンだ。テンが化けて出たんだ」 兵士の一人が塞ぎ込んだ。「バル王、とにかくここに居ては危険だ。避難せねば」 王の耳に皆の言葉は届いていなかった。今日がその日、そういうことか。<br><br>窓の外が白い。雪が降っている。意見書にはこう書かれていた。雪の降る日に待ち人来る。季節は春、異常な天候に鳴り響く轟音。階下より投じられし槍は窓を粉砕し、王の頬を掠めて壁に突き刺さった。それは災厄の訪れを告げる鐘の音に等しい。階下に佇む男は、兵士から奪ったと思われる剣を携えている。男は瞬時に守備兵に取り囲まれるが、迎賓室に居る者達は状況の矛盾を感じずにはいられなかった。容易に突破される。その場に居た誰もがそう感じ取った。「貴様、何者だ」 王が声を荒げて言い放つと、男はよく通る声で己の目的を諭す。「もうすぐ俺の仲間が来る」 男は不敵な笑みを浮かべた。「その前に、邪魔者を消しておこうと思ってな」 パトリックや守備兵長、誰もが侵入者の正体に気付く。クルエルだ。奴に間違いない。「お前達、すぐに兵を集めろ」 「バル王、それが、会所の方でも不審な者達が暴れていて」 馬鹿な、何故こんな時に。渡り廊下の外壁が崩れ落ちる。侵入者同士の会合。二人の反応は、誰も想像できないものだった。「あ、居た」 「遅っせぇよ。それ後でちゃんと直せよ。タイミング悪いからついでに上の、あの王様が居るところもな」 <br><br>事態は急速に収拾する。「なんとも、痛烈だな」 バルバロッサが苦笑いを浮かべる。「要はどの程度、守りを固められているか試してみたということか」 アルジが焦る。「王様、本当に済みませんでした。謝れ！」 「だから何度も謝ってるでしょうが」 「よいよい、彼の行動は理に適っている」 バスターズは予想とは裏腹に、手厚いもて成しを受けた。襲撃によって自らの正しさを証明するなど、空前絶後の行いだと王は笑った。硝子も渡り廊下の外壁も、一般のそれとは比べ物にならないくらい硬質であり、そう簡単に破壊できるような代物ではない。あれをいとも容易く打ち破るとは、どうやら希望の方も劇薬に分類されているらしい。兵士達は挙って彼らを捕らえるように進言したが、バルバロッサはその願いを聞き入れなかった。もし彼が本当にクルエルであれば、最初の一撃で自分は亡き者にされている。その言葉を聞くと、守備兵達は一様に引き下がった。凶王の名を聞き、怯えを見せた兵士達の表情を、バルバロッサは見逃さない。守備兵長を睨み付ける。「まだ喋るなと言ったはずだが」 「申し訳ございません。しかし、敵の大将に相当する人物の力、我らも知っておくべきだと思いまして」 まるでこうなることが定まっていたかのような流れだな。その晩餐は賑やかで、不思議な空気に包まれていた。「パトリック、それにマキシン」 二人が食事を止め、王の方を見る。「彼は朧の王と同じ、雷の力を持つ者だ」現実を突き付けられた後、その確証を得る。晩餐と共に、話は矢のような速さで進んだ。<br><br>「まず、はっきりと言ってくれ」 黙々と食事を続ける士騎のフォークが目標を外れ、皿に当たった。「何をですか」 緊張感が漂う。「君なら奴らと、どう戦う」 その言葉を聞くと、険しかった士騎の顔が少し緩んだ。「王様、あなたは王様だ」 アルジと守備兵長マキシン、寡黙なパトリックさえも疑問符を浮かべる。「俺が提案するのは助勢ではなく共闘です。そしてその共闘の枠組みには、もう一つの国も入っている」 「白雲、か」 士騎はカラビに小さな海老を食べさせた。「あなたは心のどこかで、この国だけを守れば良いと思っていませんか」 バルバロッサが押し黙る。他はどうなってもいいと、そこまで考えていたわけではない。しかし私は、この問いを否定することができなかった。何も考えていないようで、彼はすべてを自覚している。己に出来ること、やらなければならないこと、授かった力と、その使い道。強大な力は、制御の仕方次第で剣にも盾にも姿を変える。<br><br>「白雲と協定を結んで下さい」 パトリックの内にある重厚な秤が漸く、彼を信頼の置ける人物と断定した。「バル王、どうやら我らにも兆しってやつが訪れたようですな」 随分と猛々しい春風だ。バルバロッサの燻っていた火種は、燃え盛る炎に成り代わった。「貴殿の提案とやらを聞かせてくれ。我らも可能な限り協力することをここに誓おう」 一つの国の主君を前にしても、士騎の振る舞い方は変わらなかった。なんとも強引な会合の仕方だが、突破口が無ければ己で穿てと教えられて育った彼にとっては、これも当たり前のことなのかもしれない。<br><br>「この映像作品を見て下さい。そんで、これと似たようなことをここで実行したいんで、宜しくお願いします。あ、それと遺跡の」 小さな画面に映ったのは、金髪の少年が泥棒を撃退する映画だった。<br>
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<pubDate>Mon, 02 Sep 2013 06:31:57 +0900</pubDate>
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<title>481話　賽を投じる者　Ⅱ</title>
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<![CDATA[ 壁には燕尾服の様な濃紺の外套が掛かっている。宮殿の礼服だ。士騎はターバンに宮殿とその周囲の見取り図を描いてもらうと、二人をカードテーブルに集めた。作戦は単純明快にして複雑怪奇。アルジは疑問を投げ掛けずにはいられなかった。士騎は宮殿に向かう日を目安箱の鍵が開く日と言った。そこに自分の書いた意見書が入っているという話だ。黎明の国へと続く境界が現れたのはつい先日のこと。その話が本当であるなら、境界が現れる以前に宮殿の会所を訪れたということになる。ここで先程の二人の会話が脳裏を過った。ターバンと士騎は既に接触を終えている。「電波さんは瞬間移動が可能ですか」 冗談混じりの一言に、士騎は真面目に答えた。「できない」 アルジの笑顔は一瞬で消えた。「ターバン！」 ターバンは士騎の後方にある帽子掛けの方を一瞥した。「その子が手紙を届けてくれたんだ」 フクロウが首を傾げる。彼の名はカラビ。殻火という巨大な固有種の生まれ変わりであり、ついこの間、士騎が名前を付けたばかりだった。「ヨモギに手紙を届けたのは誰だったか思い出せ」 手紙、救援を要請する手紙のことか。士騎の言葉を聞き、アルジは記憶を呼び起こした。<br><br>あの大きな戦いの時、カラビさんはどこに居た。そういえば、どこにも姿はなかった。彼を目にしたのは戦いの後。気付けば電波さんの右肩に留まっていた。士騎と春、空拳達と共に庭園に帰ってきたという見方をすると、ある憶測に繋がる。恐らくこれが答えだ。<br><br>「黎明まで飛んだというんですか」 士騎は頷いた。手紙は二通あったということだ。一つは朧に居る竜族のもとへ、そしてもう一つは黎明に居るターバンのもとへ届いた。後者に士騎の意見書と、意見書を会所の目安箱に投じることを依頼する文章が書かれていたとすれば、辻褄が合う。「身体は小さいが、カラビは殻火と同じ力を持っている」 闇を吐き、夜に紛れる。ヒドラの魔窟で鉱石を探していた時、殻火と出会った。あまりの強面に身構えたが、奴はただ遊び相手を探しているだけだった。それに気付くのに随分と苦労したがな。何度か急に遊びに行って驚かすことを試みたが、どの洞窟から地底湖を目指しても、必ずと言っていいほど先に見付けられてしまう。遊びを通じて、殻火はエーテルの差異を見分けられることがわかった。個々人の差、果ては強弱に至るまで。<br><br>朧に繋がる境界が現れる前、異世界へ救援を呼びに行くことが可能だったのは、その能力に因るもの。カラビは断続的に繋がる境界の、一秒に満たない繋がった瞬間を見計らい、朧へ向かった。影の功労者の存在を知り、バスターズがどのような者達の集まりなのかを思い知る。カラビさんの活躍がなければ、増援の一角が庭園の地を踏むことはなかった。士騎にヨモギの返事を届けた後、フクロウは単身、黎明の国へと向かう。これはすべて境界が完全に現れる前の出来事だ。一度人間界側へ戻ってきたのは、昼の空を飛ぶ危険性を考えてのこと。日が落ちてしまえば、闇に紛れて飛ぶことができる。そうしてターバンに手紙を届けた後、戦いが終結するまでに戦地へ急ぐことが、カラビの任務だった。士騎は緋色の目をしたフクロウに手を伸ばす。すると帽子掛けから士騎の手に飛び移った。<br><br>「こいつはちゃんと言葉を理解してる。もしかしたらハゲより頭いいかもな」 カラビがゆっくりと羽撃く。「さて、明後日の動きを簡単に説明するぞ」 ターバンは彼らの話を聞きながら深く考え込んでいた。手紙にアルジの名前が無ければ怪文書と判断してしまうような、あの内容。王の気を引くには充分かもしれないが、どんな意味があるのだろうか。目安箱が開錠され、バル王が目通しをなされるのは月に二度。気早な士騎さんに境界が合わせたとでもいうのだろうか。その類の情報は調べ尽くしてあるにしても、あまりにタイミングが良すぎる。「このテーブルは食事とトランプの兼用か。成る程」 何かこの人からは、並々ならぬ気配がする。背格好は人間なのに、大きな生物と向き合っているみたいな感じだ。実に面白い。アルジには後で色々と訊かなければ。まずはあの剣。あの、剣。<br><br>礼服を着た士騎がカラビと共に宮殿に忍び込む。アルジとウィンドリットは陽動を担当し、守備兵を分散させて攪乱する。「これって要するに強行突破ですよね」 「大丈夫、俺の意見書を読んでくれていれば、自然と話し合うことになるさ」 礼服を着て守備兵の目を掻い潜り、王様の居る迎賓室へ。目安箱が開錠される時間帯は決まっている。王様の規則正しさには定評があるため、狙いを外す可能性は限りなくゼロに近い。実に単純な作戦だ。上手くいくのだろうか。「この見取り図は正確だよな」 「ええ、勿論です」 ターバンはカードテーブルを食台にするための準備をしていた。彼が作戦に関与するのはここまで。あとはバスターズの四人の仕事だ。見取り図は後方に宮殿。前半分を会所が占めており、周囲は塀に阻まれて、猫の子一匹出入りする隙はない。空でも飛べれば何とかなるかもしれないが、それでは兵士に見付けてくれと言っているようなものだ。「守備兵と戦って捕縛されるなんて御免ですよ」 「暴れろなんて言ってない。ちょっと騒ぎを起こして、人の流れの向きを変えてくれればいい」 士騎の話では、人々の往来の激しい会所で、誰も彼も同じ方向を向くように騒ぎを起こせとのことだ。アルジは頭を抱えた。<br><br>「任せてくれたまえ」 「よし、取り敢えず明後日までは待機だ。作戦の最終確認は当日の朝に行う」 自分とウィンドリットに可能なことと言えば、あれしかない。翌朝、アルジはターバンの声で目を覚ました。「あの剣は何製だ」 昨夜は昔話に花が咲き、ついには訊きそびれてしまったことを目覚まし代わりに投擲する。アルジが素材を教えると、彼は飛び上がった。すばらしい。そう呟くと、マスクを手に取り探究室に閉じこもってしまった。他者の作品に影響されて奮起することはよくある。演算しているかの如く思考する癖、昔と変わっていないみたいだ。後で思い出したかのように色々と質問されるに違いない。<br><br>どうやら士騎とカラビは出掛けたようだ。黎明の国に戻って来た嬉しさはあったが、この地の行く末を思うと複雑な心境だった。ここが戦場になるなんて考えたくはない。扉の外ではウィンドリットが眠っていた。朝焼けと硬質な装甲がコントラストをなしている。機能を制限し、エーテルの消費を抑えた状態だ。この国ならウィンドリットも自由に行動できる。個体数が少ないとはいえ、エーテルで動くガーゴイルは都市内部の建設場などで目にすることができる。人間と足並みを揃えて歩いていても何ら不思議なことはない。通常、ガーゴイルは煉瓦の積み込まれた石車を引いたり、大規模な建物を建造することを目的として作られる。都から少し離れた場所にある煉瓦窯などでは、外敵を近寄らせない案山子の役割を担うこともある。野生の動物などはガーゴイルを特に恐れる傾向にあるようで、たとえ起動することは出来なくとも、そこに居るだけで意味があるのだ。人間では困難な作業を行う点では同じだが、都のガーゴイルとウィンドリットでは決定的に異なる部分があった。それは攻撃能力。簡単に言えばエーテルを纏う者と戦えるか否か。先の決戦において、鉛色の特殊鋼に身を包むガーゴイルは期待以上の働きを見せた。「お前の強化が我輩の課題だ」 更なる能力の向上にはターバンの力が必要になる。アルジは自分の考えを士騎に話してはいなかったが、何か変化があればすぐに勘付かれるに違いない。<br><br>それはそうと、あの二人はどこに行ったんだ。アルジは作戦の成否よりも何よりも、自分の部隊の長が黎明の王と面会しようとしているという事実に眩暈を覚えずにはいられなかった。彼は段階を踏むという言葉を知らないのだろうか。しかし、その果敢さが武器であることもまた事実。押後も一番槍も、あの人なら安心して任せられる。彼を敵に回した時の怖さをよく知っているからこそ、信頼できるのかもしれない。鬼に金棒を体現しているかのようなお人だ。もしかしたらと期待せずにはいられない。<br><br>見付けたぞ馬鹿隊長。それは我輩が昨日借りた自動車じゃないか。待て！降りろ！<br>
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<pubDate>Tue, 30 Jul 2013 07:52:17 +0900</pubDate>
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<title>480話　賽を投じる者　Ⅰ</title>
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<![CDATA[ 辺境の地。広く深い森の傍で、百を優に超える屈強な獣達が地を鳴らしていた。聞き手に対して有りの儘を伝えているが、法螺を吹いているかのような気分だ。近くに敵影一つ見当たらない場所で、臨戦態勢を整えた戦士が跋扈している。これから城に攻め入るとでもいうのか。静まり返ったこの地で、どこへ向かって進軍するというのだ。周辺を見回す。そして、獣の群れが対象として定めているものを見付けた。<br><br>扉だ。巨大な扉があった。あの扉の向こうから何かが来る。それと戦うために彼らはここに居る。男は長らく敵地に潜伏してきたが、これほどの数のワイスが集まるのを見たことがなかった。対抗手段が乏しければ、一体、一人でもいれば充分に脅威となる。この獣達を相手取ることがどれほど恐ろしいことか、身をもって痛感していた。それ以上は近付くなと警告されたが、言われなくとも身体が動かなかった。自分では数秒と待たず、砂塵の一部になるに違いない。<br><br>固唾を呑んで戦況の変化を見守る。それから起きたことを、男は間違いなく伝えた。敵は三人。刀身の青い両刃と片刃の剣を使い、その場に居たワイスを実質、二人で斬り伏せた。不可視の檻で見せた風の渦。難局を打開した後、突如として出現した雷の竜。報告を続ける使者の声を途切れさせたそれらを用いることなく、ただただ舞い狂い、敵の数を減らし続けた。一条の光が獣の角を砕く。気付けば彼らは姿を消していた。獣達が撤退した後、男はすべてが真実であると改めて念を押し、報告を終える。この戦いの記録は二つの国に大きな衝撃を与えた。 「生きていたか、空拳」<br><br><br>黎明の都。<br><br><br>街路灯に照らされた裏路地に、四つの影があった。「エーテルって買えるんだな」 足元に敷き詰められたレンガを眺めながら、フクロウは士騎の言葉に耳を傾ける。「知ってたけどな」 アルジは魔法店の説明をしようと情報を纏めたが、無駄に終わった。「そろそろ行きますよ」 アルジの協力者、ターバン。彼の家は辺鄙なところにあった。黎明の都は傾斜状になっていて、階段の段ごとに建物があるという感じだ。最も高い場所は地面が水平に見える位置にあり、これは要するに 『地下に向かう階段状の街』  士騎達の居た場所は街の中層部分。そこから更に下に降りると、上層部にあるものとは雰囲気の違った建物が並んでいる。なだらかな道を歩き、宿泊施設の前で立ち止まった。アルジは下方を指差す。頑丈そうな橋が架かり、その下を小さな川が流れている。<br><br>最下層と思われる場所で、都の全景を目にする。眩しく光彩を放ち、文明都市の趣を披露していた。士騎はその風景に心なしか懐かしさを覚える。異世界で敵と刃を交わす前、庭園であの歪みと向き合った時、彼はほんの一瞬、自分が何者であるか分からなくなった。こちら側に居ることの違和感。戦いにより振り切ったはずのあの感覚は、自分が向こう側と呼んでいたこの地に来たことで、確かなものに変わっていた。故郷に帰ってきた。そう表現する以外にない感情を、この時の士騎は誰にも言えずにいた。<br><br>大きな石材が積み重なり、都市の土台となっている。「一応、許可は頂いているみたいですが」 石材の一部に扉がある。これは最下層まで降りなければ見付からないに違いない。「人目に付かない方が色々と都合が良いそうです」 偏屈だが腕は確か。ターバンの人物像がアルジを除く二人の内で少しずつ固まってきた。「さて、ドリトはここで待ってろ。怪しい奴を見付けたらすぐに教えること」 ウィンドリットは承諾した。<br><br>最下層に住まう探究者は、彼らを快く迎え入れてくれた。シュノーケルとターバンが合わさったかの様な、変わったマスクを身に付けている。三人が家に入ると、彼はその面妖な仮面を取り外した。「はじめまして」 丁寧な挨拶に畏縮を感じ取れる。「ありがとな」 会話が噛み合っていないとアルジは思ったが、士騎のことだ。特に意味はないだろう。家の内部は横広で、高さも充分にある。見覚えのある物、ない物が、其処等じゅうに散らばっている。彼らはターバンの家で暫しの間、談合した。<br><br>「さっそくだが本題に入る。俺は黎明の王様と話し合い、遺跡の通行許可を貰いたい」 目的は当初から分かっていたつもりだが、どう考えても無理難題だと探究者二人は頭を悩ませた。「そもそもですね、王様と謁見するなんて無理なんですよ」 黎明の王、バルバロッサ。歴代の王達は代々この名前を受け継いでいる。現在の王は慎重で聡明な人物として知られ、国民からの信頼も厚い。話し合いの場を設けることさえできればと考えていたが、仮に話し合えたとして、どこの馬の骨とも分からない者の頼みを聞いてくれるだろうか。謁見の方法。幾らこの隊長でも、一国の主が住む城に強行突破はしないだろう。<br><br>「で、それも大事なんだが、他にも大切な話があるんだ」 「と、言いますと？」 王に対しての提案、その内容を知る者はいない。アルジは恐る恐る訊いてみたが、答えは予想通り。「教えません」 こういう人なんです、という素振りでターバンに視線を移す。「ターバンは確か以前、宮殿に勤めていたんだよな」 素性は随分と前に話してある。「何か出来ることはありますか」 士騎は腕を組み、暫し無言になった。 「これを貸してくれ」 <br><br><br>朧の北西部、竜蹄の闘技場。<br><br><br>空拳が朧を訪れたのは他流試合のため。貿易を潤滑に行う上で、朧が求めてきたのはやはり戦いだった。観客はその剣技を称賛し、白雲の騎士の強さを認めた。そしてその後すぐに、国同士の交流が絶たれてしまう。戦火が広まった結果、他国を排斥したのだ。朧に取り残された白雲の騎士達は各地に散る。身を隠すには人数が多過ぎる。少しでも生き残る可能性を上げるため、騎士達は背水の陣を敷くのに最低限必要な人員で部隊を編成した。三人から四人。戦力のバランスを考慮した結果、空拳のみが一人で行動することとなった。反逆勢力を押さえ込むという理由を盾に、朧の王は貪欲に力を欲する。武人達は騎士達を傘下に置こうと追い回した。身を翻す者が居てもおかしくない逼迫した状況。しかし誰一人、要求を受け入れることはなかった。その結果、一人、また一人と騎士達は倒れていった。戦いの激しさに呼応するように、追っ手の質も上がる。朧とは何と恐ろしい地か。故郷へ戻る手段が見付からない。海沿いの厳戒な警備を掻い潜ったとしても、肝心の船が無い。疲弊と焦りが空拳の枷を外す。激戦の最中、遂に雷の力を使ってしまう。追っ手は騎士ではなく、空拳を捕らえることを目的として歩を進め始めた。最初からこうすればよかった。空の拳を握り締める。盤上の戦いは味方にナイトのみを残し、熾烈を極めてゆく。<br><br>雷は武人達だけではなく、反逆勢力をも呼び寄せた。浮動する強い力を引き入れるため、騙し討ちも茶飯事となっていた。派手に振る舞えばそれだけ不利になる。空拳は街を離れ、山間を転々とした。そして漸く戦いに終わりが訪れる。この時、空拳の傍には風を纏う者が居た。他の騎士がどうなったか、白雲の国に影響はなかったのか、憂慮は尽きない。戦火は消えたというのに、朧の王は依然として戦力を集め続けていた。そして漂泊の最中、もう一つの世界の存在を知る。奴らが何をしようとするかを予見した末に、ある結論に辿り着く。<br><br>気に入らない。純粋な怒りは、空拳の強い意志へと変貌を遂げる。思い入れなど関わる内に育つ。彼はその後、風使いと共に朧と異界の地を往来し、密かに、奴らに対抗する手段を作り上げた。目論見は途上で破綻する。しかし空拳は諦めなかった。必ず現れる。そう信じていた。<br><br>エーテルが人を呼び、導く。運命というものは確かに存在する。士騎と春。この二人が同時に自分の前に現れた時、空拳はそれを初めて実感した。こやつらはいずれ儂を超える。儂を足蹴にして、遥か上空に飛び立つだろう。空拳の予想は的中する。二人は己が描いていた構図を言うまでもなく実現させ、奴らと戦おうとしている。異世界と人間界の橋渡しになる戦士。人でありながら、人ならざる力を持つ。盤上にナイトが二つ。ポーン、ルーク、ビショップ。味方同士で役割を変えながら、二人は着実に仲間を増やしていった。<br><br>「師匠、これ味が薄い」 「塩でもなんでも使えばいいじゃろうが！」 「電波、贅沢を言うな」<br>
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<pubDate>Thu, 11 Jul 2013 23:59:25 +0900</pubDate>
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<title>第479話　名も無き短剣　Ⅵ</title>
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<![CDATA[ 聖杯はハーピーという怪鳥のみが所在を知る、瑠璃色の宝石を使って作られた。その宝石を浸した水に治せない傷は無いと言われている。無精髭を生やした小男は酒を呷ると、静かに語り始めた。「コルヌイの谷は恐ろしい場所だ。昼間であっても人を寄せ付けない禍々しい瘴気が満ちている。ほんの少しの宝石を得るために、命を捨てる覚悟で谷底に降りなくてはならねぇ」 ゆっくりと酒瓶を引き寄せる。「夜に近付く程、遭遇しやすくなる。見付かるか見付からないかは運頼み。宝石と奴ら両方さ」男は何かを思い出す様に、杯に注がれた酒に視線を落とす。<br><br>「あれは撒き餌だと誰かが言っていたな。確かに谷底なら逃げ場は無い」 ある一点を除けば。「あの谷底にはな、洞窟があるんだ」 瘴気の薄い明け方に谷を降り、宝石を探し、その洞窟に身を隠す。「もしハーピーに見付かっても、洞窟までは追ってこねぇ。狭くて入れねぇからな」 青年は黙り込んだ。「小僧、何を企んでいるのか知らねぇが、聖杯をもう一つ作ろうなんて考えるなよ」 彼がギクリとしたのを見て、男は念を押した。「宝石を集めたところで、あれと同じ物なんて作れっこねぇんだ。止めとけ。餌になりてぇのか？」<br><br>僕は騎士になりたかった。ヘーゼは田舎だ。生まれ育った僕が言うのもなんだけど、とても退屈で、見所の無い場所だと思う。でも騎士を輩出した村になれば、人の往来も増えるかもしれない。そうしたら都に作物を売りに行く必要もなくなる。騎士になりたかった。この小さな村の誰もなることが出来なかった、立派な騎士に。<br><br>「コルヌイの都で大事件だってよ」 「聖杯が盗まれたらしい」 聖杯は都の祭器。二つとない物として祀られている。どんな傷も癒す。しかしその力を被るためには、沢山の対価が必要だ。翌日の早朝、白銀の鎧を着た兵士達が村を訪れた。<br>「ヘーゼ出身の娘が聖杯を盗んだ容疑で拘束されている」 ヘーゼ出身？まさか 「祭事の巫女を務めている女だ」<br><br>友達だった。見送った日を今でも覚えている。巫女になれる者は本当に少ない。誇らしいけど、あの時は寂しさの方が勝っていた。大人になってからも、農耕が落ち着いた頃合いを見計らって会っていた。そんなはずはない。間違いに決まっている。必死に訴えたが聞き入れては貰えなかった。僕が騎士だったら。「重い罪だ。覚悟をしておくように」 こいつ等は、あの子が犯人だと決め付けている。兵士はそれ以上、詳しいことを話してくれなかった。僕は考えた。無実を証明する方法を。<br><br>兵士達が戻ったのを確認した後、街道の馬車を乗り継ぎコルヌイに向かった。事実を知った彼女の両親が冷静でいてくれることを祈る。僕は長いこと独りで生きてきた。苦難に屈しそうになる度に誰かに助けられ、いつか父の形見であるこの剣で武勲を立てる日を夢見ながら。青年は腕に覚えがないわけではなかった。しかし本物の戦場を駆る騎士達の敷居は予想以上に高く、立身の機会を得ることも、一介の兵士になることすら叶わなかった。都を守る騎士達は幼い時から訓練を受け、騎士になるためだけに生きてきた様な者ばかり。余所者が受け入れられることはない。<br><br>しかし、ただ一人、歴史上で一人だけ、外部の者が騎士として認められたことがあった。谷に巣食う怪鳥の中でも、飛び切りの大物。そいつの爪を持ち帰ったのが、ルブル祭儀長だ。彼は騎士でありながら僧侶でもある。ルブルが都の騎士として活動を始めた時、聖杯は宝石が足らず未完成の状態だった。彼は自ら騎士達を率いて宝石を掻き集め、聖杯を完成させた。団員達はコルヌイの谷で幾度と無くハーピーと戦ったが、ルブルの強さは人のそれではないと感じ、神聖視する様になっていた。聖杯を完成させた功績により、彼は祭儀長の位を得る。<br><br>ルブルと死闘を繰り広げた真紅の翼を持つハーピーの伝承は、今でも語り継がれている。「誰かが言っていた。アシズは人間だと」 「奴が親玉であり、他のハーピー共は宝石を探しに谷底に降りた人間の成れの果てなんだと」 真偽はどうであれ、知れば知る程にあの谷がまるで異界の地でもあるかの様に思えてくる。男が嘘を言っていないことは仲間が証明した。彼の話では、商人の間でも奴らの宝石は高額で取り引きされていて、力を使い切った物かどうかを見極めるのが自分達の仕事だという。癒しの力は無尽蔵ではなかった。<br><br>「そもそも本物を見たことがない奴が大半でな。信じさせる為には効力を見せる他ないんだ」 痩躯に鍔の広い帽子を被った男は口を平たくすると、小男に白身魚のソテーが乗った皿を渡した。「もっとも、この都では商売にならんがね」 小男は魚を頬張り、咀嚼しながら相槌を打った。それはそうだろう。コルヌイの民なら例え遠目でも一度は聖杯を見たことがあるはず。見ず知らずの商人から高値で宝石を買うほど馬鹿じゃない。「聖杯が盗まれた話だが」 話を振る手間が省けた。彼らは長期間コルヌイを拠点に商売をしているらしい。口振りからしてあの谷に行ったこともありそうだ。<br><br>「あれだけ厳重に囲ってあったっていうのに、魔法みてぇに消えたって話だ」 迷っている時間はない。青年は決意を固めた。「祭儀場に入る方法を知りませんか」 酒場の騒々しい音の間を縫うように、目の前の二人がやっと聞こえる程の声で訊く。「疑われているのは僕の友達なんです」 二人は一気に酔いが醒めた様子だ。青年が何をするつもりなのか容易に悟ることができた。手掛かりを得るために違いない。「小僧、止めておけ。手段はあるが、下手したらお前が犯人にされるぞ」 「分かっています。でも見過ごすことは出来ない」 商人の手は広い。幼い頃ヘーゼに訪れた人達も色々なことを知っていた。人に話す危険を覚悟で、駄目元で訊いてみたけど、やはり。手段はある。「入る方法を知っているんですね」 慌てふためく二人に連れられ、酒場を後にした。<br><br>「見張りの一人がお得意様でな。そいつが番を任されている時なら、何とかなるかもしれねぇ」 小男はやれやれという素振りをした。「お前のその勇ましさは買うが、ついさっき会ったばかりの俺達を信用できるのか？」 青年は左の腰に帯びた短剣を見た後、小男の問いに答えた。「運頼み、ですね」 「たまげた、参ったわ」 痩躯の男は仰け反った拍子に帽子を落とした。「報酬は何が良いでしょうか」 「小僧、農夫だろう。畑にジャガイモはあるか？」 青年は頷いた。充分だ。二人は声を揃えた。<br><br>翌晩。人通りも少なくなった頃、青年は宿を出た。聖杯が無いために見張りは少なく、一人が黙認すれば造作も無く侵入できる状況だった。大聖堂には樫製の長椅子が縦列していて、聖水を求める者、祈りを捧げに来る者が座るようになっている。杯は聖堂奥にある部屋に置かれ、巫女が水を聖杯に流し込むことで聖水に変える。部屋まで移動する際、巫女が人を連れることは無い。盗まれた日も例外ではなく、青年の友人である女性が聖水を運び、水を求める者に渡していた。しかし朝から数えて五人目の希求者の水を受け取った後に部屋を訪れると、台座に置かれているはずの杯は姿を消していた。兵士は聖堂内の人々に動きがあればすぐに分かる場所に立っており、巫女の他に部屋に近付く者はいなかったそうだ。杯の置かれた部屋は扉が一つあるだけの密室。彼女が疑われるのは当然と言える。<br><br>青年は静まり返った聖堂内を隈なく調べた。調べ尽した後なのだろう。証拠は疎か、手掛かりになりそうな物は何一つ見付からない。直に見張りの交代時間だ。希望を絶たれた彼は力無く、樫製の長椅子に座った。前から四列目の左端。祈りに来る時はいつもここだ。向かって左奥には杯の置かれた部屋の扉が見える。上部には石製の屋根が迫り出ており、八本の柱がそれを支えている。彼の目には水を汲みにいく友達の姿が映っていた。青年は顔を伏せ、椅子の肘掛けを左手で強く握り締めた。手の平に痛みを感じ、払い除ける。するとそこには小さな蔓があった。<br><br>幸運か悲運か。青年はこの蔓に見覚えがあった。偶然は時として必然や宿命であるかの如く重なることがある。この日が満月で、青年の座った場所が聖杯の置かれた部屋の見えるその席でなければ、蔓を手にすることはなかった。彼は商人達の言葉を聞くや否や村へ戻ると言い始めた。馬車は走っていないと止めたが、戻ると言って聞かなかった。優しげな青年から並並ならぬ闘志を感じ取り、商人達は自分達の荷馬で送ることを決めた。二人が青年を引き止めた最大の理由は、その蔓と同じものをコルヌイの谷で見たことがあったからだ。蔓にある棘は灰白色に染まっており、夜更けに強い瘴気を発する。<br><br>村の東端にある古びた屋敷。その先には耕せる土もなく、村の者も滅多に近付かない。以前は誰も住んでいなかったが、つい最近になって一人、ここを住まいとする者が現れたそうだ。葉の枯れた垣根に蔓が絡まっている。棘は灰色、先端に薄紫の蕾を付けている。正面扉に鍵は掛かっていない。青年は勢いよく屋敷に飛び込むと、すぐに踏み止まった。そしてその光景を前に大きく深呼吸をする。「お二人は都に戻り、聖杯を見付けたと祭儀長に伝えて下さい」 「お前」 痩躯の男は小男の言葉を遮るように袖を引っ張ると、荷馬のもとに走った。短剣の柄に手を置く。屋敷の中では隙間無く蔓が密集し、侵入者の行く手を阻んでいた。細く頑強な蔓を斬り、進む。聖杯がここにあってくれればそれでいい。僕の最初で、最後の戦いだ。<br><br>コルヌイに着いた商人達は兵舎に向かい、戸を叩いて喚き立てた。「ヘーゼにある屋敷で聖杯を見付けた。至急向かってくれ」 兵士が追い返そうとしたが、二人は断固として退かなかった。「ルブルを呼べ」 後方から低く徹る声。まだ星が見える空に、太陽が昇っている。黒服の男は両腕に抱えていた青年を静かに降ろすと、腕に付けた装飾から蔓を伸ばして見せた。その場に居た全員がどよめく。兵士の死角を音も無く移動し、聖杯を手元まで引き寄せる。巫女が聖水を与える間は祈りを捧げることが義務付けられており、人目の隙を突くことは容易い。人智の及ばぬ方法だが、それくらいでなければあの最中に盗みを働くことなど出来ないはず。犯人自ら名乗り出てくることは誰も想定していなかったが、これであの娘の無実が証明された。程なくして近衛兵を引き連れルブル祭儀長がやってくる。<br><br>「お前なら気付くと思っていた」 ルブルは押し黙った。「何故取り決めを破った」 対価無く聖水を求めたあの老婆、貴様だったのか。「アシズよ、私はもう完全に人になったのだ。無償の施しでは掟を作ることはできない。囲う檻が錆びるのを早めるだけだ」 アシズと呼ばれた男は目を瞑っている青年を見た。毒素の根源である棘で手に傷を付けた。商人達は青年から鬼気迫るものを感じ取った理由を知り、大聖堂に入るのを止めなかったことを悔やんだ。翼のある獣になることを拒み、人の姿のままで空に還った。「あの屋敷に来たのは、かつてのお前だった。お前であればよかった」 アシズは青年のもとに駆け寄ってきた女性に深々と頭を下げた。「巻き込むつもりはなかった。済まない」 彼女は泣き崩れた。<br><br>アシズとルブルは年月を経て智慧と力を手にしたハーピーの血族。彼らは長く生きる中で人の心を取り戻した。人々が谷底の宝石を求める訳を知った二人は、同族を増やさないための方法を模索する。彼らは人間と共存するために一芝居打ち、一方が強大な敵として、一方がそれに立ち向かう剣士として生きることに決めた。芝居と言う名の死闘。戦いを続けた結果、どちらかが敗れるとすれば、それはアシズでなければならなかった。コルヌイに行けば傷を癒せると知れ渡れば、谷底に降りるのは私利私欲で宝石を探すような連中だけになる。アシズとルブルは聖杯の恩恵を無償で与えることを誓い合い、袂を分かつ。しかし十年後、取り決めを守っていることを確かめるため、老婆の姿で門を叩いたアシズは残酷な真実を知る。環境がルブルを支配者に変えてしまったのだ。<br><br>青年の姿はルブルの深奥を大きく揺さぶり、自分が知らず知らずの内に金銭を得るためだけに谷を降りる欲深き者達と同様の場所に立っていたことに気付く。己の命一つでルブルを悔い改めさせたその青年は、外部の者としては歴史上で二人目。ヘーゼの騎士としてその名を残した。彼の肖像画は鎧を纏った騎士の姿で硬貨に刻まれる。持っていた短剣には青年の名が与えられ、後世まで大聖堂に飾られ続けた。<br><br><br><br><br>初期配置ではダイヤとクローバーが上に並んでいた。ヒントとなる文章には、人間が降りて探していると書かれており、谷底に居る状態から始まっていることを示唆している。このことからパズルの方位は上下が逆であることが分かる。<br><br>『人間が降りて探している』 ダイヤ（宝石）とクローバー（人間）が右の窪み（洞窟）へ移動。『見付けりゃ夜明けまで眠って』 ハート（太陽）が左の窪み（東）に移動。ここで断片が赤く輝く。『奴らの羽音が聞こえないうちに登るんだ』 左下にあるスペード（ハーピー）が上に移動。入れ替わるようにして右側に並ぶダイヤ（宝石）、クローバー（人間）の二つが下（地表）まで移動する。『地表が見える頃には』 スペードが祈りを捧げる女性のところまで右に二回動く。太陽と月の昇る方角は同じく東だが、現れた影がどちらも同じ方向を見ていたことで、このパズルは左右共に東であると考えた。推測は見事に的中し、スペードは青く輝く。この時点で断片が移動した回数は合計12回。残すところあと半分。<br><br>『君も奴らの仲間入り』 右の窪みにあるスペードの左側にクローバーが移動する。ここまでくれば正解の配置を逆算するのは簡単だった。左から順にクローバー、スペード、ハート、ダイヤ。師匠が最後にハートの断片を動かし終えると、赤壁と天井は光の粒に変わった。挿絵の人物はハーピーになってしまったのだろうか。沖津がぼんやりとそんなことを考えていると、師匠が地球儀を凝視した。「どこか押せば景品が出てきたりしないかのう」 トゥージーの料理を待ちくたびれたランプは材料を盗み食いした。速過ぎて怒る気にもなれへんわ。「しかしお前さんがあの子の父親だったとは」 店主は以前、電波や師匠が雪山で出会った魔女の父親で、物珍しい品を集めるのが趣味である娘に、どうしてもこの地球儀をプレゼントしたかったのだという。それを聞いては沖津も矛を収めるしかなかった。「こんな危ない物を渡せるわけがないが、私はそういうのは最初に言っておくべきと思う」 タコヨリは睡魔と戦っていた。この依頼の解決を機に店主はバスターズの支援者となり、後に彼の娘である魔女の力を借りることになる。「ヘーゼの騎士とコルヌイの巫女。どんな物語だったんだろうな」<br><br><br><br><br><br><br>「Found Me」<br><br><br><br><br><br><br><object width="480" height="388"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/qGkWh84z4Hs?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/qGkWh84z4Hs?fs=1&amp;hl=ja_JP" 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<pubDate>Sat, 16 Mar 2013 05:31:00 +0900</pubDate>
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<title>第478話　名も無き短剣　Ⅴ</title>
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<![CDATA[ 彼は空に還る。<br><br>困った時に読むこと。今がその真っ最中だ。素早く本を開く。すると独りでにページが進み、曲線を描いた。これだけの仕掛けを施しておきながら、謎解きの末に何の見返りもない。そんな素晴らしき最悪の結末を思い描きながら、師匠は内容に目を向ける。左のページには走り書きのような筆跡でこう書かれていた。<br><br>『ハーピーの ９ 谷の底』<br>０ が降りて探している。見付けりゃ １０ まで眠って、奴らの ５ が聞こえないうちに登るんだ。<br>地表が見える頃には、君も奴らの仲間入り。<br><br>右のページには挿絵と、その下に四つの単語。DAWN、JEWEL、FLAP、HUMAN。直訳すると夜明け、宝石、羽音、人間。文章中にある数字も同じく四つ。この単語が数字の場所に当て嵌まると見てまず間違いないだろう。文章として無理なく読めるようにするなら。「ハーピーの宝石、谷の底。人間が降りて探している。見付けりゃ夜明けまで眠って、奴らの羽音が聞こえないうちに登るんだ。ハーピーというのはこれか」<br><br>挿絵には大きな鳥が描かれている。そしてその鳥に腕を伸ばす男。共通点と呼べるものは腕を伸ばすという動作のみで、後は全く関連が無いように思える。DAWN、夜明け、１０。この数字に意味はあるのか。沖津は己の閃きに感謝した。「ハートの色が変わったのを見ただろう」 師匠の言葉を聞くよりも早く、沖津はメモ用紙に新たな情報を書き足す。「太陽か」 <br>ハートが赤く輝いたのは、夜が明ける現象を表していた。ただ一つの確実と思える考えから、謎解きは速度を上げる。<br><br>タコヨリにも閃きが訪れた。「記録にあるハートの動き方を見てくれ」 色の変わった場所は左の窪み。騎士に最も近い場所。「太陽の昇る方角と合致しているんだ」 四つの断片それぞれに対応する単語が文章中に散りばめられている。先程の変化から一つは特定できた。残りは三つ。「気付いてしまえば簡単じゃ」 師匠は記号の名前を英字で書いた。HEART、CLOVER、DIAMOND、SPADE。「勿体付ける暇なんて無いぞ」 師匠はタコヨリの迫力に後押しされ、もう一度、今度は単語をすべて小文字で書いた。heart、clover、diamond、spade。「１０は英字でXじゃ」 「こんな子供騙しに悩まされるとはな」 <br><br>「単語に数字が隠されておる」 「Sが５を変化させた文字に見えた途端、消去法により残りは９と０の二つ。クローバーに９と思われる英字は見当たらん」 「待て、５は英字でVだ」 「固定観念に捉われてはいかん」 これが答えと師匠が言い切ることのできる要素が他にもあった。「クローバーの記号、なんとなく人間に見えんか？」<br><br>人間が谷底に降り、ハーピーの宝石を探す。見付けりゃ夜が明けるまで眠って、羽音がする前に上に登る。この文章は恐らく断片の動き方を暗示している。人間がクローバー、宝石がダイヤ。「羽音はスペード。鳥の羽根に似ているように見える。しかしそれと同時に、別の何かを表す記号ではないかと考えたんじゃ」 「ハートは太陽、ならば、恐らくこれは月」 <br>色がね、変わるんですよ。店主の言葉が過る。「スペードにもハートと同じ現象が起きる」 「ご名答。こんぺいとう。流石じゃな」 空理空論の類ではなく確証がある。記号の意味するものが一つではないという考え自体は間違っていなかったんだ。「とするとハートにも何か別の」 「それこそ聖杯かもしれんな」 残された時間は計算するまでもない。次が最後。言葉にするまでもなかった。<br><br>失敗は許されない。しかし間違うことが出来ないのであれば、天井が地に辿り着くまでの時間を存分に謎解きに使うことが出来る。「そういえば店主はどこに行った」 思い返せば気付いた時には既に三人だけが閉じ込められていた。「あっちで寝た振りをしておるよ」 赤壁のお陰でよくは見えないが、帳場と思われる机の傍に背もたれ付きの長椅子が置かれている。「足が生えているな」 タコヨリは苦笑した。二人の声を聞くと、空を仰いでいた一足の革靴が動く。拾える可能性はとことんまで拾う。この店主、まだ何か隠していそうな気がしてならない。「俺にまだ言っていないことがあるだろう」 沖津は威圧するように言った。当たり前のことだ。お遊びで騒いでいるわけではない。<br><br>返事はなかった。タコヨリはヒントの書かれたページを見た時から、使われている紙の材質が気になっていた。触れてみるとよく分かる。羊皮紙だとは思うが、このざらつきは。土が纏まり形を成す様に、希望の名を持つ陶器が出来上がった。<br>「炙り出しかのう」 当たらずと雖も遠からずだ。「トゥージー、悪いがこの部屋の灯りを消してくれ」<br><br>店内が暗闇に包まれる。騎士の姿が闇に呑み込まれると、祈りを捧げる女性の白い影が現れた。師匠と沖津はほんの少し悔しさを感じた。先を越された。そしてこれは間違いなく大正解だ。耳を澄ますと騎士の発していた金属音とは比べ物にならないほど小さく、女性の啜り泣く声が聞こえる。組まれた両手からは鎖の様なものが短く垂れ下がり、その先に球状の影。硬貨のペンダントだろうか。暗がりで白く燃える本。挿絵の下、四つの単語すべてに重なる様に、一つの数字が浮かび上がった。<br><br>６。「この数字が何であるか、直感で言おうじゃないか」 三人の答えは同じだった。断片の移動する回数。謎が謎としての位を失い、彼らと等しい場所へ降り立つ。「コーヒーでも淹れるかのう」 師匠の冗談粧した言葉にも、今は素直に笑うことが出来る。<br><br><br><br><br><br><br>「青空のナミダ」<br><br><br><br><br><br><br><object width="480" height="398"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/JQF429XakEk?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/JQF429XakEk?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="398"></object>
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<pubDate>Thu, 21 Feb 2013 07:27:13 +0900</pubDate>
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<title>第477話　名も無き短剣　Ⅳ</title>
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<![CDATA[ 時を告げるコールが止んだ。<br><br>求める答えが眠っているであろう場所に着いた直後、曖昧だった記憶が、より確かな記憶へと変化して雪崩の様に押し寄せてきた。忘れていたわけじゃない。忘れさせられていたんだ。表現が難しいが、そんな気がした。トゥージーは庭園の書斎に居た。題名も無く、作者の名前も無い。しかしやけに印象に残る本だった。どの辺りだったか。書斎の窓は部屋の奥の高い位置にあり、そこから斜め下へ向かって月の光が差し込んでいる。部屋に入った瞬間、聞き覚えのある音がした。<br>光焔、白く燃えている。あの本だ。こうも簡単に見付かるとは。勇み足で庭園まで来たものの、土産の一つも持たずに戻れば、何が飛んでくるか分かったものじゃない。<br><br>表紙に落書きのような絵が浮き出ている。こんなもの前は無かった。頭巾を深く被った子供。手には法螺貝を持っている。困った時に読むこと、と書いてある。悪趣味な奴。トゥージーは眉を顰めた。これが謎解きのヒントを記した本であり、あの燃え盛る壁が現れることで記憶の堰が切れ、この本のことを思い出すようになっているのだろう。<br><br>制作者は誰なのか。人の記憶に封をするなんてこと、普通の奴にできるわけがない。損傷も色褪せも無く、炎より一段階ほど色調の暗い灰白色の草紙は、傍目には不気味と言わざるを得ない。しかし今の彼にとって、この本こそが真に求めるものであり、仲間を助けるために必要なものだ。急がな。持った瞬間、腕まで火が回る様子が頭を過る。虞を気概で乗り越え、本を掴んだ。<br><br>彼らは困難から逃げるような人間ではない。沖津は二人にトゥージーの行く先を尋ねることをしなかった。二人が気にする素振りを見せなかったこともあるし、それに、謎解きに力を尽くす仲間を見捨てるとはどうしても思えなかったからだ。出会って一時間も経っていないが、彼らを糾合したあの男がどういう人間なのかを知っているからこそ、黙考するのも無意味と裁断を下すことができた。局長と自分達との間にあるものと相違なく強い信頼の二文字が、彼らの間にもある。<br><br>逃げるくらいなら敵と共倒れになる道を選ぶ者。決して大多数とは言えないが、そんな連中も居るのだということを沖津は知っていた。こいつらは俺達と同じだ。戦う相手が異なるだけ。疑いなど河に流せと言えるような仲間。沖津が憧れ、そして共に戦っている者達の姿が、眼前の二人に重なっていた。既に震えは止まっている。この状況を心身が受け入れ、適応したのだろう。<br><br>されど時の流れは止まらず。静かでも確実に、最後の瞬間が近付いていた。天井が大きく降りたのは二手目。最初の一手までは合っていた。三人はそれぞれ記号から想像した物語を布き、可否を採った。多数決など悠長なことをしている暇はない。他者の案が自分よりも優れていると思えばそちらにコインを賭ける。惑いも討論も長引けば窮地を呼び込む材料でしかなく、持論を展開することにも苦労が伴った。無駄な言葉を省き要点を伝える。意見が衝突しそうになる度にタコヨリが上手く纏め上げ、書き記した。そして１５分後、目指すべき完成の図が描かれた。<br><br>「次で片を付けるわけじゃない。出来るだけ多くの情報を得る。この図が正解に近いのかどうかを確かめるんだ」 沖津の説を軸にした『商団を守護する騎士と巫女である農民の娘の物語』。男性と女性の絵が向かい合うように描かれていることから、左右の窪みまで使い一列にするという考えに至った。左から順に、スペード、ダイヤ、クローバー、ハート。スペードとハートが互いの身分を示し、ダイヤとクローバーが属する集団を意味する。タコヨリはこの配置にするための最短の移動回数を算出し、メモ用紙に記した。<br><br>「儂が駒を動かそう」 「お主らは記録と応援を宜しく頼む」 「冗談を言ってる場合か」 師匠はニッと笑うと、テーブルに置かれた地球儀に向き直った。「クローバーを右の窪みへ」 タコヨリの言葉で断片が移動する。ここからじゃな。「ダイヤを、右へ」 沖津は祈るように記録を続ける。大丈夫だ。合っている。「ハートを上に」 断片の動きは鈍らない。タコヨリは師匠の胆力の凄まじさを実感した。居直ったわけでもなく淡々と駒を進めている。電波といい師匠といい、呆れを通り越して尊敬に値するよ。「まったく」 「なんじゃ？」 「そのままハートを左の窪みへ」 一瞬の静寂の後、ハートの断片が赤く輝いた。<br><br>重要な意味を持つことは明らかであったが、足踏みをするわけにはいかなかった。この一手で終わらせることができるなら、それが最良の終幕。「師匠、次はハートを右に」 木材の軋む音が鳴り響いた。<br><br><br>炎色に染まる世界。火の渦のあげる唸り声に塗れ、三人の声が聞こえる。ランプは己の力を試したくなっていた。あの人間が教えてくれたのは指示に従うこと、そして、強敵にも臆することなく立ち向かうこと。この壁が放っている力は自分よりも強い。その事実がランプの内にある撃鉄を起こした。風穴を穿つ、否、消滅させる。衝動が狼煙を上げるのと時を同じくして、トゥージーが戻ってきた。<br><br>「これを皆に」 ランプに本を渡そうと腕を伸ばす。都合が好い。この時の感情を人の言葉で表すなら、獅子はそんなことを思っただろう。酔狂で彼らに付き合うつもりが、平地や荒地を共に走り抜けることを楽しいと感じるようになってしまった。食糧を求めることなど忘れ、辣腕を振るう。<br><br>師匠はトゥージーの土産を受け取るため、ランプのもとへ走った。本を向こう側へ投げ込むためには、どこか一部でも壁を破壊するしかない。師匠はランプの放つエーテルを見て、それが不可能ではないと確信した。ランプは壁を打ち消すつもりで一点に拳を叩き込む。引いて駄目なら、押してみろ。師匠は刀を抜くと、ランプの拳目掛けて突きを放った。<br><br>拳に刃が触れる直前、テンを起こす。青い靄が刀を覆い、刃物から斬る力を奪った。師匠が本を受け取る。<br>「急いで解読！」 一陣の風が空洞を流れ、赤壁の内側に息を吹き込んだ。<br><br><br><br><br><br><br>「SEASON'S CALL」<br><br><br><br><br><br><br><object width="480" height="381"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/7Ujc6siY3sU?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/7Ujc6siY3sU?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="381"></object>
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<pubDate>Sun, 27 Jan 2013 05:13:00 +0900</pubDate>
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<title>第476話　名も無き短剣　Ⅲ</title>
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<![CDATA[ 視線の先に妙なものがあった。<br><br>街の一画の風景を切り取り、額縁に収めずに貼り付けたらこうなるに違いない。切り取られた部分に暗闇が広がっているのを想像し、鮮明に浮かんだその光景に寒気を覚えた。数秒間、その絵画のようなものを凝視する。獅子が現れた。<br>後退りする余裕もなく、その荘厳とも言える風格に圧倒されていると、次々に対象の奇妙さに気付く。三本角、筋骨隆々の体躯、背に翼。琥珀色の瞳は己と人との間に佇む赤壁を睨み付けた。<br><br>その信じ難い生物の後方から、今度は男が現れた。「遅かったのう！」　沖津は師匠達の様子を見て、彼らが後発の二人だということを理解する。獅子は口の端を上げて隣の男の方を見ている。ライオンの傍に調教師が居るからといって、近付くことを怖がるなというのが無理な話だ。自分の身体が微かに震えているのが分かる。まだ恐れている。これはすべて現実。現実なんだ。<br><br>「さて、役者は揃った」　「トゥージー君よ、ランプにこの壁の内側へ来るように言ってくれ」<br>合流後、真っ先にすべきこと。何が起こっているのかを迅速に把握する。紅色に燃える天井。師匠達を囲うように立ち塞がる壁。手元の地球儀。初っ端から大一番やな。「君は時計の針が１０分進むごとに儂らに教えるんじゃ。頼むぞ」<br>「了解！」 「天井の降り具合から考えて、リミットは３時間程だろう」<br><br>沖津は腕時計を見た。現在の時刻は午後６時２６分。到着した時間は覚えていないが、少なくとも９時には終わりが訪れるということだ。熱の無い炎。燃え盛る音だけが耳に入ってくる。沖津は渾身の力で竦む両足に鞭を打ち、二人のもとへ向かった。何もせずに震えているより、謎解きに熱中する方がずっとマシだ。遊戯と使命を同時に全うする感覚。師匠は彼の覚悟を受け取った。<br><br>パズルの左右には彫り物のような絵が描かれている。左には腕を伸ばす男性、右には祈りを捧げる女性。<br>ヘーゼの騎士、コルヌイの巫女。騎士が男性、巫女が女性を指すと考えるのが妥当だろう。パズルの断片は４つ。中央に集まり、四角を作っている。上にある二つの断片の右隣と左隣に窪みがあり、動かすことができる。断片には三人がよく知る記号が描いてあった。<br><br>左上にダイヤ、右上にクローバー、左下にハート、右下にスペード。トランプに使われている四つの記号だ。正しい配置にしろということか。「迂闊に動かすな。何か仕掛けがあるかもしれない」　「しかし動かしてみないことには次の手を考えられんぞ」　タコヨリは肩を落とした。「慎重過ぎるのも良くない」 師匠はクローバーの断片を右の窪みへ移動させた。そしてクローバーのあった位置にスペードの断片を移動させる。<br><br>天井が大きく降りた。「……師匠」 「申し訳ない」<br>「目算だが一時間は早まったな」　トゥージーは残り時間を計算し直した。<br>「御手つきは後二度まで許されるということだ」<br><br>空気が重い。上を見るなと自分に言い聞かせながら、沖津は必死に頭を巡らせた。<br>突然、重い空気が軽くなった気がした。気のせいではなかった。先程現れた獅子が壁の内側へ歩いている。天井の動きが僅かだが緩やかになった。獅子が足を止め、腕を組むと、更に動きが遅くなる。<br><br>「時間に余裕があろうが、三度間違えればお仕舞いか」　タコヨリが呟く。獅子が足を止めたのは、それ以上進むことが出来ないからだろう。２０分が経過した。残り時間は多く見積もっても二時間程度。一度間違えると大幅に天井が動くことを考えれば、悩む時間すら惜しい。店内に響き渡る金属音が焦りを増幅させる。<br>「正解の動かし方は決まっているんじゃないか？」　苦し紛れの思い付き。沖津の言葉は核心を衝いた。<br><br>タコヨリは記憶の糸を辿る。記号、騎士、巫女。「紙とペンを貸してくれ」<br>沖津はすぐさま持っていたメモ用紙を千切り、ペンと共にテーブルに置いた。<br>「この四つの絵柄はそれぞれ何かを記号化したものだ」<br>「スペードは剣、ダイヤは貨幣、クローバーは棍棒、ハートは聖杯」　ここで再び両端にある絵が目に入る。<br><br>手を伸ばす男と祈りを捧げる女性。「これは推測だが。パズルには題材となった物語があり、それに沿った配置にする必要があるんじゃないだろうか」 沖津と師匠が頷く。「ここに描かれている絵と人影が無関係とは考えられない」 人影の正体がヘーゼの騎士だとすれば、自ずと関連性のありそうな記号を推定できる。「関係ないとしたら、これを作った奴は相当な捻くれ者だな」 沖津が皮肉を込めて言う。三人は微かに笑った。沖津が更に情報を書き足す。記号が象徴するものは他にもある。スペードは騎士、ダイヤは商人、クローバーは農民、ハートは僧侶。<br><br>騎士が持つものといえば、剣。こういうのはあまり捻らずに考えた方が良い。記号の意味するものが一つではないとして。「在り来りと言われるかもしれんが」 師匠がここまで言うと、三人はほぼ同時に発言した。『この二人は恋人同士』<br><br>スペードが男側へ。ダイヤ、クローバー、ハートの断片はその右側に並ぶということになる。問題は位置関係をどうするか。<br><br>どっかで見た気がするんやけど。懐中時計と三人の姿を交互に見ながら、トゥージーは小さく呟いた。<br>仲間の必死に謎を解く姿が、彼が行動を起こす切っ掛けになった。<br>木製の肘掛け椅子の上で、持ち主が不在の時計は針を進める。<br><br><br><br><br><br><br>「儚く強く」<br><br><br><br><br><br><br><object width="480" height="388"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/pe79QsMrH88?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/pe79QsMrH88?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="388"></object>
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<pubDate>Wed, 02 Jan 2013 07:44:05 +0900</pubDate>
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<title>第475話　名も無き短剣　Ⅱ</title>
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<![CDATA[ 店内に入った瞬間、「それ」がどこにあるのかわかった。<br><br>沖津は依頼主を追行しながら、店内を繁々と眺める。美術品には詳しくないが、品揃えの良い印象を受けた。<br>依頼解決のために来たことをほんの一時忘れ、棚に飾る様にして置いてあるワイングラスを品定めする。部屋のインテリアにもできそうだ。突然、足が止まった。店の奥にあるテーブル。その上に。<br>「これか」　思わず息を呑んだ。しかし写真で見たものと配色が違う。「色がね、変わるんですよ」<br><br>地球儀。球体の大きさは３０センチ程度。描かれている地図は見慣れないものだ。<br>言い忘れか。有り難くない新事実だ。この人の言動には最初から何か違和感があった。これを持ち込んだ人のことを問いただすと、お教えできませんと返ってくる。売却者に落ち度はなく、買い取ってしまった自分がすべて悪いと言い切るような、潔い人物と勝手に解釈してしまったが、本当にそうなのか？<br><br>…考えても仕方がない。ここまで来たんだ。どうにかしなくては。<br><br>謎を解ける者を呼べ。地球儀を支える台座には、発光する文字でそう書かれている。店主は辺りを見回した。黒い影だ。<br>絵の具を使って描いたような、はっきりとした黒。ここには沖津と店主の二人しか居ないはず。地球儀の放つ光が、店内の壁にもう一つの人影を映し出した。聞いていた通りだが、これは参るな。ガシャガシャという金属音。人の形をした影は身動きが取れない状態で、何かに手を伸ばすような仕草をしている。<br><br>日は落ち、気温も下がってきた。局長と共に専門外の仕事に携わってきたため、それなりに知識はある。沖津は冷たい汗を流した。文字の書かれていたプレートが、水晶が砕けるようにして取り払われる。参加条件を満たした、ということか。<br>明らかに自分の理解の外の現象であったが、最早、後戻りはできなくなっていた。<br><br>「マッチ一本火事のもとー」「うるさい早く出ろ」　バスターズ到着。<br><br>「火は小さくとも、燃え上がる時は一気。間一髪ってところだのう」　沖津は唖然としていた。<br>何の前触れもなく突然に人が現れた。「儂らはお主のよく知る二人の仲間じゃ」<br>「色々と言いたいことはあるだろうが、何もかも後回しにしてくれい」　よく知る二人、すぐに彼らの姿が思い浮かんだ。<br>「ここに来ることは誰にも知らせていない」　恐怖と、好奇心の入り混じった声。沖津は図らずも、彼らの領域に足を踏み入れた。<br><br>タコヨリは説明が面倒という表情を隠しもせず言い放った。<br>「これから起きることはすべて現実だ。私達は閉じ込められた。時間内にこのパズルを解かなければ、上の天井に押し潰されて、紙きれの様になるだろう」「まあ、そういうことじゃ」<br><br>「しかし凄いエネルギー量だのう」　師匠は朱色の天井を見ながら髭を触った。<br>「あれを防ぐのは無理かもしれん」<br>「後発の二人がもうすぐ到着する。時間差にして正解だったな」<br><br>落ち着き払っているように見える。あれが下に降りたら俺達は。沖津は店の入口に向かって走るが、天井と同じ、揺らめく炎の様な壁が行く手を阻んだ。<br><br>冗談じゃない。夢でもなんでもない。「後悔する暇はない。お主の知識が必要じゃ」<br>地球儀の台座に出現したパズルの上部に、発光する文字で何か書かれている。<br><br>ヘーゼの騎士　コルヌイの巫女<br><br>金属音を響かせる人影は、変わらず手を伸ばし続けている。<br><br><br><br><br><br><br>「Super Shooter」<br><br><br><br><br><br><br><object width="480" height="388"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/tkSMTt16q9E?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/tkSMTt16q9E?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="388"></object>
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<pubDate>Wed, 12 Dec 2012 09:18:47 +0900</pubDate>
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<title>第474話　名も無き短剣　Ⅰ</title>
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<![CDATA[ これが来てから、毎日のように不可解なことが起こる<br><br>骨董品店の主人が持ってきた一枚の写真を見て、事務所の留守を預かっていた沖津は溜め息をつく。<br>写真に写っている物が、彼を悩ませているらしい。折り返し連絡するとだけ伝え、依頼主にはお引き取り願った。<br><br>普通であれば他をあたれと追い返すような依頼も、この事務所では案件の一つとして受理される。<br>ここへ持ち込まれるこういった依頼の殆どは、その道のプロフェッショナルが匙を投げた、所謂「手に負えない依頼」ばかりだからだ。他に行くあてなどないと返答されるのは目に見えている。<br><br>事務所の局長他、数人は、探偵でありながらそれらの依頼を解決できる技能を持つ。<br>彼らが専門外の依頼を引き受けていることは、これまで噂の域を出ていなかった。<br>それ故に依頼主は半ば諦めつつも、藁をもすがる思いで事務所を訪れてくる者ばかりだった。<br><br>「解決には尽力しますが、良い結果を保証することはできません」　見習いの沖津は、局長の言葉に安堵の表情を浮かべる人を幾度も見てきた。依頼の内容は用紙に事細かに記述し、解決すべき依頼として分厚いファイルに追加される。<br>これらの依頼は本業である他の案件と並行して進められ、通常の依頼と同じように進行の度合いが書き込まれてゆく。<br>解決できないと判断した場合でも、蔑ろにできない。<br><br>「時間は掛かるが、なんとかなりそうだ」　沖津は局長を、捨てられた子犬を放っておけない人と表白したことがあった。<br>得てして指導者は悪く言われるものだが、局長に限ってはそれが無いと言い切れる。<br><br>依頼を解決することができたとしても、以降、少なくとも半年は様子を見ることになる。解決した依頼が、箱に帯を付けて戻ってくるなんてことは日常茶飯事だ。局長は依頼のアフターケアまで万全に行うことを常々皆に言い聞かせている。これは通常の依頼、その他の依頼の共通事項だ。こちらから依頼主に随時連絡するわけではなく、異常が起きればすぐに対応できるように構えておけということだ。<br><br>局長は基本的に専門外の依頼に掛り切りであり、本業を忘れそうになると呟いている。<br>解決済みの判が押されるまで四年掛かった依頼や、専門外の依頼を請け負う噂が真実で、しかも腕利きであると聞きつけたそのテの専門家が、協力を要請してきたことまであった。局長はそういう力が強いらしく、今は呼ぶことも、追い払うことも自在という域にまで達している。<br>　<br>その局長が目を見開くほど驚いた男達が居た。<br>「砂場に岩を持ってこられた気分だ」　<br><br>飄飄とした男は、依頼を手伝うと言ってきた。局長は依頼のファイルから、専門外に類別されるものを次々に二人に渡したが、こいつらは平気な顔をしてやってのけた。見習い二人が入って僅か数週間で、局長が本業に取り掛かれる程の余裕が出てきた。<br><br>そして鬼退治の一件。<br>後回しどころか、解決不可能と思われていた依頼。<br>何ヶ月も手付かずで、どうすることもできなかった。<br>局長達が相手取るのは実体の無い、いわば人間の守備範囲内の相手。<br><br>「彼らは本物の化け物と戦う様な連中だ」<br>「御伽噺の事象は、その世界の住人に任せることにするよ」<br><br>一件の後、彼はワイスバスターズとか言う、不明団体を立ち上げた。<br><br>局長は自分達では遂行が困難と判断した依頼や、解決まで多大な時間を要する依頼を彼らに託している。<br>依頼の解決率は今のところ１００％。以降の様子見も必要ないぐらいの見事な仕事ぶりに、局長も感心していた。<br>やはり餅は餅屋、ということなのだろう。<br><br>彼らが居なくなってからも、沖津は見習いだった。人手が足りない以上、新入りが電話番をするのは仕方のないことなのかもしれないが、このままでは局員の証明である徽章を貰うことなど不可能だ。<br><br>一年我慢した。しかしもう限界だ。<br><br>考えに考えた結果、彼は秘策を思いつく。現在自分が居る場所は、言ってみれば向こう側とこちら側のボーダーライン。<br>間を取り持つ自分が、依頼を彼らに渡す前に解決してしまえば良い。沖津は局長に対する言い訳を頭の中で反芻した。<br>後で怒鳴られることは覚悟の上で、骨董品店に一人、乗り込むことを決意する。幸いにも局員は出払っていて、暫くは帰ってこない。動くなら今だ。<br><br><br>事務所の電話が鳴っている<br><br>「出ないぞ」<br>「ばか弟子の予想が的中したのかもしれん」<br><br>夕刻。骨董品店の頭上を一羽の烏が飛び去ってゆく。<br>沖津は意を決して、店の扉を叩いた。<br><br><br><br><br><br><br>「TAO」<br><br><br><br><br><br><br><object width="480" height="388"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/fs96m3pYowk?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/fs96m3pYowk?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="388"></object>
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<pubDate>Wed, 21 Nov 2012 03:54:10 +0900</pubDate>
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