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<title>タカノブのブログ</title>
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<title>うれしい出来事</title>
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<![CDATA[ <div>前のブログでデイサービスのバイトで心境の変化があった事を書きましたが、年末年始にさらに改めて自分が変わったなあって事を痛感する出来事がありました。</div><div>妹家族が帰省してきました。その家族には姪っ子が3人います。一昨年の年末年始にも帰省してきたのですが、その時は子供と触れ合うのを嫌ってたので、全然遊ばず話さずで姪っ子からしたら、すごく不機嫌なおっちゃんに見えたと思います。</div><div>案の定、今年帰省した時に会ったら自分の事はほとんど覚えてないようでした。けど、今年は思いっきり姪っ子たちと遊んでおしゃべりもしました。すると、すごく気に入られて、人に近づかない姪っ子も抱っこしてと近づいてくれるほどで、妹が「お兄ちゃん、なんか変わったね」と言ってくれました。こんなに姪っ子がかわいいと思ったことはなかったので、本当に自分は変わったんだなと痛感しました。これが一つ目のうれしい出来事です。</div><div><br></div><div>二つ目は、一人の友人と何年も連絡を取っていなくて、けど頭の片隅にはどうしてるかなと気にはしてたのですが、それだけで連絡は取らないままでした。</div><div>ある日、別の友人が亡くなり、その時にその友人のお姉さんと会い友人がどうしてるか聞いたけど、知らないようだったので、連絡先は変わっていないと聞いたので、久しぶりにメールしましたが返信はなく、そのまま時間が経ちましたが、その友人の身内が亡くなったことを聞いて、連絡せずにはいられなかったので、今度はEメールしてみました、するとしばらくして返信が来ました。まさか返信がくるとは思ってなかったので、すごく嬉しかった。へたしたら一生もう連絡がこないかもと思ってたので、本当に嬉しかった。</div><div>それからは、会うこともできたし、温泉に一緒に行くこともできたし、自宅にきて自分の家族と会ってくれたしで、一生会えないと思ってたのが、普通に友人として関係が修復して本当に良かったです。</div>
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<link>https://ameblo.jp/taka1028s/entry-12116477557.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Jan 2016 01:50:30 +0900</pubDate>
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<title>レーナマリアさんのコンサート</title>
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<![CDATA[ 昨日、レーナマリアさんのコンサートに行った。産まれつきハンディキャップを持ち、それでも前向きに生きていく姿を見て感動した。<div><br></div><div>自分の娘も産まれつき、ハンディキャップを持ってこの世に生を受けた。自分では何も出来なくて、ずっと寝たきりだ。娘が産まれる前は子供が好きで、教会学校の先生をしていた事もあったけど、娘が産まれてからは子供が嫌いになったというか、嫌いと思うようにしていたのかもしれない。普通の子供を見て可愛いと思う事が娘に申し訳ない感じがして、子供が可愛いのは娘だけだと自分に言い聞かせてた。</div><div>娘もレーナマリアさんみたいにハンディキャップを物ともせず、いろんな事が出来たらどれだけ幸せだろうかと考えてしまった。でも、娘は何も出来ないけど、僕たち夫婦の子供として産まれてきた事だけで十分感謝です。いてくれるだけで十分です。<br></div><div><br></div><div>そもそも、このコンサートに行こうと思ったのは、10月から児童のデイサービスのバイトを始めて、子供と触れ合う機会が増え、子供の事がまた好きになりはじめ、教会に行く機会も増え教会の人たちと関わる事が心地よく感じてきて、閉ざしてた心が段々開かれてきていろんな事に関して前向きになってきたせいかもしれない。前の気持ちなら絶対コンサートにも行ってないし、子供の事は今でも嫌いで関わりあいたくないと思う。不思議な縁で、こういう気持ちに変わって前向きになれたのはやっぱり神様のおかげなのかな。</div><div><br></div><div>ある日デイサービスの子供が先生はいつも笑ってばっかやなって言われた時があった。初めはヘラヘラしてるという意味で悪くとってしまったけど、性格が明るくて笑ってばかりいるから、神様は娘のような特別な子を僕たち夫婦に任せてくれたのかなとふと感じた。</div><div><br></div><div>産まれてしばらくは人生のどん底に落とされた気持ちで、どうして普通の子供として産まれなかったのかと神様を恨んでました。今もその気持ちが全く無くなったわけではない。そのせいで教会からも離れ神様からも離れた。まわりの普通の子供達も嫌いになった。</div><div>けど、今は神様に前より一歩近づいたし、子供の事も前より嫌いじゃない。</div><div><br></div><div>この先、僕の心をどう変えられるか楽しみだ。正直いえば僕より娘の笑顔が見れて、声が聞けるように変えてくれたら何も言うことないけれど。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/taka1028s/entry-12095682651.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Nov 2015 04:24:42 +0900</pubDate>
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<title>娘が産まれて、子供嫌いに。</title>
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<![CDATA[ 長女が産まれて12年になる。<br><br>長女が産まれるまでは、子供が大好きだった。<br><br>クリスチャンなので、教会に行ってたということもあり、そこで子供たちに聖書の話しとかをする先生になるほど好きでした。<br><br>ところが、長女の出産の時に事故が起きた。<br><br>立ち会い出産でしたが、あのときの事を思い出すと、今でも嫌な気持ちになる。<br><br>妻の今まで聞いたことがない、叫び声。<br><br>そして、変わり果てた初めて見た娘の姿。<br><br>早期胎盤剥離。赤ちゃんがまだお腹の中にいるのに、胎盤が剥がれて酸素がいかない状態になりました。<br><br>超難産で、なかなかお腹から赤ちゃんが出てきませんでした。<br><br><br>小さな規模の産婦人科だったので、帝王切開も出来ない状態で、お腹の上に看護師さんがのっかり、どんどんと全体重をかけて必死に出そうとしていました。<br><br>もう、僕に取っては地獄絵図でした。<br><br>出産は感動とかいうけど、ただただ恐ろしいだけでした。<br><br>やっと産まれたと思ったら、赤ちゃんの全身が紫色でした。産声もなく、ぐったりとした娘が産まれました。<br><br>すぐに、隣の部屋に移り緊急の処置が行われました。<br><br>なんとか、一命はとりとめましたが、すぐに救急車に乗って、大きな病院に移りました。<br><br>僕も追いかけて、病院に着いていきました。<br><br>先生から話があり、何を話されたか今では覚えてませんが、脳の半分が死んでいると言われました。<br><br>自分では何も出来ない、植物人間の状態です。<br><br>まばたきも、たんを飲むことも話すことも出来ない。口も開いたままの状態。<br><br>気管切開し、胃にも穴を開けてそこからミルクを入れる。<br><br>産まれたばかりなのに、手術をおこないました。<br><br>自分は身体にメスを入れられたこともないのに、娘はもう、メスを入れられた、なんかショックでした。<br><br>それから、1年間病院のNICUに入院しました。<br><br>僕が子供嫌いになったのは、元気な子供の姿を、普通にしている子供の姿を見るのが辛いからです。<br><br>それからは、自分の子供だけを見ることにしました。<br><br><br>まだまだ、書き足りませんが続きはまた、後日書きたいと思います。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/taka1028s/entry-12042857429.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Jun 2015 01:31:57 +0900</pubDate>
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