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<title>takayamさんのﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<title>某国立大学</title>
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<![CDATA[ 今日は教授（元会社先輩）の呼び出しで高松にある某国立大学に<br>行ってきた（っていっても某を書く必要はないだろっ）しっかし<br>人数の割りに広い大学で、ネコの額しかなかった早稲田のキャンパス<br>とは大違いだし、学食の飯を食べたけど、これまたどっかのファミレス<br>よりは随倍旨い飯だった。　<br><br>そして何より、もう行くのも寒かったし、行ってからも寒かったし<br>内容は暴風雨だったし。帰り道も寒かったし。<br>今オフィスにかえりついて、やっとこさ暖房の有効性をかみしめる<br>部屋で、ありがたくこれを記載している次第。<br><br>いい話は、まったくない。<br><br><br>寂しすぎる。もう、何もかも木枯らしの如く舞い散ってしまいそう<br>な気配。しかし教授の言葉で<br><br>Chaplinの台詞で「他人の不幸はズームアップして見ると不幸だけど<br>ズームアウトしてみると喜劇に見える」っていうフレーズ<br>今の自分にあまりにFitしているんだって。<br><br>そうだろうな。今の苦悶を笑い話になる<br>ような次の時代になんとかしたいって、ところだぜ。<br>悲しいなあ。<br><br><br>「へこみオーラ全開」には　参った。それではいけないのだけど。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/takayam/entry-10802485695.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Feb 2011 21:46:45 +0900</pubDate>
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<title>無関心になっていく風潮</title>
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<![CDATA[ <div id="diary_body" class="FANCYURL_EMBED">ふと思うことだが、若かった頃って言うか子供だった頃、今よりも <br>もっと大人が子供に絡んできていた。っていうか、干渉してきていた。 <br>よく知らないヒトでも文句いってきたり、野次られたり <br><br>最近は、子供が何をしでかすかわからないから、何も言はない <br>って環境らしい。さらには、悪事にも無関心らしい。 <br><br>素直な子は、それでかまわないのだろうってすり抜けていく <br>で後になって、大事なところになって、大きな壁に当たるって <br>パターンだ。それが思わぬ心的外傷や他者への攻撃で現れる <br>のだという。 <br><br>しかられる、ののしられる、殴られるっていうことは今の <br>子供には無縁の世界らしい。でも、この社会は闘争社会なので <br>どっかで軋轢や摩擦は生じるのであり、そのときどういう <br>対応をするのか、できるのか、。。 <br><br>そしてそれをコントロールできる大人は大丈夫なのか <br>社会があまりにも拙速すぎる変化についていけなく、対応すること <br>すらできなくなりつつある。そういった社会の変化の中で <br>どんどん大人は子供に無関心になっていっているように思う。 <br><br><br><br>不良学校を、押さえきれなくなっている <br>大人も情けないし、甲子園に出場する選手をあたかも美化する <br>風潮はあきれ果てて言葉もない、 <br>節度あって、賢明な方はこういったことからかかわるのを <br>やめて無関心になっていくのだろう、、、 <br>ひいては甲子園や高校野球に社会が無関心になっていく <br>そういったスパイラルをみせていくのだろう。。。 <br></div>
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<link>https://ameblo.jp/takayam/entry-10511459068.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Apr 2010 11:06:57 +0900</pubDate>
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<title>高知商業が全国制覇した頃</title>
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<![CDATA[ <font size="2">もう随分と前になったが、私が現役高校生の頃、高知商業が <br>甲子園で優勝したっていう場面があった。 <br>今日、部屋の掃除をしていたらそのときの決勝戦の試合のビ <br>デオが出てきて、見入ってしまった。 <br><br>延長戦の末に帝京にサヨナラ勝ちを収めた試合。 <br>後に阪神タイガースに進み８５年日本一になったときの <br>エース中西がいて、優勝候補と目されながら結構苦戦して <br>勝ち得た栄誉だった。 <br><br>そしてその試合の応援席が映るのだが。そのときの商業の <br>女生徒の髪型・ファッション・制服の着こなしやスカート丈が実に時代を <br>象徴していて懐かしい。 <br>なくなった商業野球部の象徴だった野球部長も健在で映っている。 <br>そういう野球以外のシーンを見ても、もう随分と時間が <br>経ったんだなあって思う。 <br><br>優勝が決まった瞬間のスタンドは歓喜というより嗚咽に <br>近いものがある。悲劇的な負け方をＰＬに食らって優勝 <br>を逃した後でつかんだ栄誉だっただけに、歓喜よりも <br>そこへ到達するまでの悲壮感が滲んでいる。 <br><br>随分と今とはちがうなって思ったりする。 <br><br>どちらが真剣な生き方なのか、どちらが正解なのかわからないが <br>単に「勝ってよかった」っていうシーンではなく、トラウマの <br>ような敗北を克服しようと、野球部と一緒に戦ったっていう <br>とてつもない一体感がそのようなモードにさせたのだろう。 <br>今はここまでの一体感、価値観の共有なんて無理だろう。 <br>ヒトそれぞれに物語があり、それを生きるというのが今の <br>スタンダードだから。 <br><br>社会環境が、歴史が変わっているっていう何よりの証拠だろう。 <br><br><br>しかし、 <br><br>この頃現役高校生だったってことは、本当に自分自身も歳月 <br>を重ねたなって思う。 <br></font>
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<link>https://ameblo.jp/takayam/entry-10511450739.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Apr 2010 10:59:36 +0900</pubDate>
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<title>高知っていう狭い共同体</title>
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<![CDATA[ <font size="2">地域社会の枠が狭いと、どっかで誰かにぶつかる。 <br>ここで書いたネタの関係者にもぶつかるわけで、大儀なことは <br>書けないなって思ったりもするし、それで縁ができたりするし、 <br>で、 <br><br>そういうことを思い起こさせてくれることがあった夜だった。 <br><br>しかし、昨夜偶然に会った若い子の輝きぶりには、驚きと羨望が <br>入り混じる。 <br>私たちの若い頃、４０代の大人はもっと私たちに厳しくNegative <br>だったように記憶している。 <br><br><br>時代は変わるもの・・ <br></font>
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<link>https://ameblo.jp/takayam/entry-10511445809.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Apr 2010 10:47:46 +0900</pubDate>
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<title>すぐのところに、</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">先日の龍馬伝にここのシーンが全国放送されていた。なんという <br>ことか。そんなに有名な場所ではないし、昔なんかちゃっちい <br>木の立て看板があったようだけど、最近の史跡ブームで <br>結構な墓標のような石碑がたっている。 <br><br>吉田東洋っていうとマニアックな歴史ファンなら知っているだろうけど <br>そんなにメジャーではなかろうてかんじなのだが。 <br>結局幕末の中で、暗殺された人物の中に入るのだろうな。 <br><br>それと桂浜の西にある高知海岸が紹介されていたが、そのシーンが <br>なかなか絵になっていた。赤ん坊の時から私が眺めていた海 <br>であってずいぶん海岸管理で様もかわってきたけど、海の様 <br>は変わっていない。 <br><br>ちょっとはゆっくり休みがあってもいいかなって感じるが <br>もうすぐすると気も休まらないような忙しさになるような気が。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p> <img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fic.mixi.jp%2Fp%2Fb7b740cf243299752a35ae0c17dd21d6ce109dd0ed%2F4bc1ab99%2Fdiary%2F1442929537_97.jpg"></p>
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<pubDate>Sun, 11 Apr 2010 19:52:28 +0900</pubDate>
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<title>高知に生まれてよかったか</title>
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<![CDATA[ <font size="2">最近龍馬伝の影響もあってか、高知に来るにわか観光客が多く <br>またメデイアの情報大量放出もあいまってずいぶん　高知が <br>注視されているのだが、そのようなものからイメージされる <br>高知の空気と実際にある高知で生活するところからくる <br>実態とは、あまりに乖離してしまっている。 <br><br>イメージでは開放的とか豪快とか進歩的とかいう、どちらかと <br>いうと尊敬を得るような歴史的な部分の感覚が先行しているが、 <br>実のところ高知の社会や生活は閉鎖的で、保守的で、意固地で <br>綺麗なものでもなく、尊敬を得るようなものではない。 <br>最近（というか２０年くらい前から）少しではあるが改善は <br>されたとはいえ、その地形から形作られた <br>閉鎖性はどうしようもないし、脈々と続いてきたその土地独特 <br>の文化は消し去りようがない。 <br><br>こういう街で生まれ育ったことが幸福だったか不幸だったか <br>判定に苦慮する場面はあるが、それは運命として受け取って <br>いかないといけないし、ただ、こういうほかの地域とは違う <br>かなり、個性の強い地域で育ったことの意味を否定しようとは <br>思わない。それなりに、幼少の頃から今に至るまでここの風土が <br>形作ってくれたIdentityに感謝する気持ちはある。 <br><br>高知が好きですきでたまらないっていう人がいて、 <br>坂本龍馬が好きで、よさこいが好きで、青い空や広大な太平洋が <br>好きで、高知の山や川の織りなす風情が好きで <br>そういう高知が好きでたまらないっていう人にしてみたら <br>「なんで高知って故郷をもてなかったのだろう」って思う <br>人はいると思う。 <br>そういう方にしてみたら、私たちのような人間は垂涎の的なの <br>だという。 <br><br><br><br></font>
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<link>https://ameblo.jp/takayam/entry-10505945561.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Apr 2010 19:38:14 +0900</pubDate>
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<title>放浪続く</title>
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<![CDATA[ <div id="diary_body" class="FANCYURL_EMBED">これまでも旅人のように毎年仕事の内容がかわってきた。 <br>同じ仕事で、同じ課で３年暮らしたことがない。最長がこの <br>前の工事ＪＶで２年３か月だった。それを思うと去年の８月 <br>に今の場所に来て、自己記録を更新してしまっている <br><br>そんなに一所に長くいるのも好きではない。１８歳で高知で <br>てからも三鷹で過ごした３年半を除いたら、９０年代の前半 <br>に高松に四年３か月滞在したのが最長だ。今年、５月になったら <br>また三度目の高松暮らしも３年目を迎えてしまう。 <br>都合すると高松にはこの３月で１０年になってしまう。 <br>この日本一大嫌いな町に１０年も居続けるなんて、なんという <br>理不尽きわまりないことをしているなって感じる。 <br><br>早く、できることなら、会社組織を解放されて高知に帰りたい <br>のだけど、なかなかそうはいかない。高知に帰るのを優先させ <br>今の職場のまま帰れって言ってもそれでは環境が難しく。なか <br>なか帰るに帰れない。 <br><br><br>このまままだ少し放浪を継続するのか。だんだん体力のLimit <br>が近くなってきている気がする。<br></div>
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<link>https://ameblo.jp/takayam/entry-10505942228.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Apr 2010 18:52:31 +0900</pubDate>
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<title>放置しすぎ・・・</title>
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<![CDATA[ <p>Ｍｉｘｉばかり書いていて。</p><p>こっちをおろそかにしすぎて。季節も変わってしまっているではないか</p><p>すこし。</p><p>重ね書きしてみる</p>
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<link>https://ameblo.jp/takayam/entry-10505907729.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Apr 2010 18:50:14 +0900</pubDate>
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<title>誕生日に思うこと</title>
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<![CDATA[ <div class="FANCYURL_EMBED" id="diary_body">いつになっても誕生日とは特別な日。 <br>まさに生死にかかる大難産で、小柄な母親にしては４５００グラムで <br>早産の子供は大変だったろう。しかも６０年代中半の帝王切開なんんて <br>なかった時代のお産は大変だったろうと思いをはせる。 <br><br>あと３ミリ頭蓋骨と首周りが大きかったら膣で窒息して死んでいた <br>ようだし、その前に起きた破水の影響で体力そのものもかなり危険 <br>だったように聞いた。 <br><br>さらに関係ない話だが、父親がその時起こしていた不倫の相手が <br>女産科医で難産に苦しむ母親を診察したいっていう話があった。 <br>深くは聞いていないが、もし、その時の父親とその女医との <br>関係を察すると治療と称して、殺されていたかもしれないと思う <br>場面も想定される。 <br>生まれる前から乱気流のきわめて激しい局面があったようでは <br>ある。そういうめぐり合わせ、星の下にあることは間違いはない。 <br><br>幼少時は　龍馬伝の子龍馬そのもののような環境にあり <br>青年期にも　受験や資格試験にさいなまれ <br>壮年期には　会社のアップダウンに翻弄されている <br><br>それでも、そんな中でもいままで壮健ですごせてきていることは <br>ありがたいことと改めて心から感謝すべきであろう。 <br>前にも記したけど、ヒトが羨望するような体格や学歴経歴 <br>は手にしてきた。自己のライフワークもその８７％を手にはした。 <br><br>これからとこれまでを考える上においても、誕生日の意味は <br>深い。 <br></div>
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<link>https://ameblo.jp/takayam/entry-10435147361.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Jan 2010 22:53:35 +0900</pubDate>
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<title>これから冬本番</title>
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<![CDATA[ どうやらここ数日の寒波は本番のようなので、警戒が必要 <br>もうそういう年齢になってきている。 <br>Seoulの大雪を見ていても、西回り寒波が強烈で西日本や <br>九州に雪を降らせるような気圧配置になってきている。 <br>北日本や北海道なんかが降るのではなく西日本の日本海岸で <br>大雪が降り関東東海が晴れるというパターン。それは、本来の <br>流れではないような気圧配置で注意しないと。 <br>特に四国や中国地方は低温になる気配。 <br><br>今週末、最近復権して最終行為としてやっている完全乗車 <br>線区の残り３３線中のうちの２線、岩徳線と呉線になんとか <br>ならないかやってみようという方向だけど、どうか。 <br>９０年代の初めにどっかでも乗れば乗車って感覚で片方向 <br>だけしか乗っていない線が多く、しかも、あまりにひなびた <br>ローカルなので困ってしまっているが、残っている１８線 <br>をできるかぎり早いウチに乗り尽くしたい。 <br>芸備線・姫新線・木次線・三江線という４大僻地線がポイント <br>となるか。。。 <br><br>ただ帰ってきたとき飛び跳ねて迎えてくれた老犬がいなく <br>なったのはただただ寂しい。先週の月曜日の帰還も勇んで <br>迎えてくれたのに。、、　 <br><br><br>２００７年くらいの日記見たら、そこらあたりが一つのサミット <br>だったような気がする。そこからの喪失は本当に重なっている。 <br>どっかで潮目を反転させていかないといくまい。 <br><br>
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<link>https://ameblo.jp/takayam/entry-10428126171.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Jan 2010 15:27:22 +0900</pubDate>
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