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<title>俳人の旅－芭蕉・玉屑・青岐</title>
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<description>寛政時代の淡路島の俳人が俳聖といわれた芭蕉の後を慕いて中山道。東北。北陸の旅に出た．一年半の長きにわたり、厳しい旅であったがそれで他国の俳人と交流ができ他国の風物も人情も体験して俳諧の道が開けたそれらの紀行を読んでいただきたくこの書をつくりました。</description>
<language>ja</language>
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<title>旅する俳人の欠点を考える</title>
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<![CDATA[ 旅する俳人は難しいと言う事をよく言われる。それは読む順序が原文からはじまるからであろう、しかしこれが本書の特色である。今考えることは順序を変えて本文の概要を述べて後本文に入るそして本文の解釈でおはると言う順序に編集すると言うことだがそれにすれば念が入りすぎて肝腎の本文が読まれなくなる恐れがある。これは本書の狙いを半減することに成るのでさてどれが良いのか考えているが要するに読者に古文の読む力がどれだけあるかの問題である。高校の古典の強化x所キヨウ科書を読むようなつもりで本文を読んでいただかなくても何度も読み返すことを実行してほしいこんなことォ言えば本書の売れ行きが落ちるかもしれない
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<link>https://ameblo.jp/takeda-s/entry-10017070062.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Sep 2006 17:04:51 +0900</pubDate>
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<title>洲本の民謡の変遷</title>
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<![CDATA[ <p>洲本の民謡は江戸時代の後半より古い物は残っていない。それまでの分は古い地誌にその文句が出ているが,その節がわから、ないそこでようやくその節が曲りなりに残っていた　おまあや　という民謡からはじめなければならぬ　おまあや　とわ洲本の方言でお前さんという呼びかけのコトバであるこのお前さんと言う　女の人が男の人を呼ぶ言葉が民謡のテーマになっていると言う愉快な民謡である　　歌詞をしよう会しよう</p><br><p>１）おまあや覚えてーか市の湯の前で一分や盧との約束じや　それゃほんまのことかいなあ　うそうそ</p><p>２）洲本お城の九郎兵衛さまは御名は黒でも　面白じや　　　　</p><p>お）わしゃまあや100まで話者99まで共に白髪のはえるまで</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeda-s/entry-10016784406.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Sep 2006 14:08:57 +0900</pubDate>
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<title>歴史と文書</title>
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<![CDATA[ <p>歴史的事実を検証する場合に　必ず史料を使うこの史料には通常の場合は文書を利用するがその文書が検討を要する　その文書が歴史的事実と同時代に書かれたもので歴史的事実に関係した人がたまたまそこに居合わせた人であることが望ましい　同時代の臨場文書である果たしてその文書がどの程度信頼できるかを検討することを　本文批評という　本文批評の出来ていない文書をつかつて出来上がった論文は権威がな井論文審査にかからないものとして無視される　歴史を研究するものはしりようさがしとともに　本文批評を大切にすべきである　本文批評は文末の註のところに明記すべきである</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/takeda-s/entry-10015968871.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Aug 2006 14:10:18 +0900</pubDate>
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<title>旅する俳人　芭蕉　玉屑　青岐　について</title>
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<![CDATA[ <p>平成１８年７月１０日　出版　神戸新聞総合出版センター永年淡路文化史料館で近世文書を解読してきた著者がさいきん　俳人の紀行を読むことにねっ中しているその結果此れはまたとない江戸時代の地域史の史料であることを発見したそれをしょもつにしようと思った。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeda-s/entry-10014423751.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Jul 2006 13:47:55 +0900</pubDate>
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<title>旅する俳人について</title>
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<![CDATA[ <p>旅する俳人というのは蕉風俳諧の詩業のうち一番基礎ではなかろうかとおもはれる</p><p>旅はたきようを訪れることであるがただ漫然と目的もなく旅をするのは物見遊山という</p><p>俳人のたびはいじようを克服ししゅうぎように徹しなければなっらぬ</p><p>吟行というの俳句や詩を作る目的で旅をすることをいうがそれ程限定さりったものでもないたき</p><p>の雰囲気を体験するということも　炊きいようの人に接することもとうといすぎようのみちである</p><p>はいじんたびは人生しゆうぎようのたびであるからであるｔ</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeda-s/entry-10013939345.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jun 2006 14:15:41 +0900</pubDate>
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<title>歴史研究者と俳句　続き</title>
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<![CDATA[ <p>歴史の研究としての俳諧紀行であるからまずこの紀行の記事が正しいかどうかうお検討しなければならぬ。それについて非常によい例がある。それは表紙裏の挿絵と競れ荷ついている3人の句から信州姨捨山の歴史を考えたい、われわれは姨捨山といえばすぐに映画の楢山節考が出てくる、むらの最年長の男女を毎年冬の初めに楢山まいりと称して山の頂に捨てに行くという悲惨な年中行事のある村の様子を語る昔の村の人々の悲惨な生活の思い出を描いたドキュメント映画のことが思い出されていた。それにすると3人の</p><p>俳人の句は少しもその悲惨さを現しておらず、物足りなくおもはれていたがしかし現地にて調べてみると、老人を山に捨てに行くというのは楢山節考が強調した伝説でなんらそれを示す史実の無いものだと思はれる。その証拠は江戸時代の初期中期の一流の俳人たちの句作がそれを示している歴史をやるものが紀行を読むとそのような史実があらはれるのである</p><p>　　次にその紀行に出ている　信州　更科の姥捨て山の縮景をごらんいただきたい。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/takeda-s/entry-10013288192.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 13:46:03 +0900</pubDate>
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<title>歴史研究者と俳句</title>
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<![CDATA[ <p>現代の歴史の研究者で研究課題を俳句を中心とした歴史論文を発表した例はほとんどなく　図書館や書店</p><p>の棚にも歴史は日本史一方俳句のほうは　俳諧や句作の歴史は存在するがそれがその時代の社会事象とどのようなかかわりを持ちどのように発展普及してゆくのかという歴史的視点がなく俳諧という事象をその時代の社会から無理に独立させているのではなかろうかと思はれる　俳諧といえどもその時代のある地域の社会事象の中から生まれたものであるという　視点でこれをみるこれが歴史のたちばである。</p><br><p>以上のような視点がそのものとしてあらわれているのが　俳人たちの旅であり其のたびの紀行ではなかろうか　と考えてこの著書をかきはじめた　ところがその内容は必ずしもうまく表現されないので　自然と原書の</p><p>紹介に終わってしまったような結果になつてしまつたがそれは筆者の力不足の勢であることを感じている次の第2巻にはもっと歴史の論文らしいものとにしたいと反省している。　</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/takeda-s/entry-10012851072.html</link>
<pubDate>Thu, 25 May 2006 13:58:31 +0900</pubDate>
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<title>旅する俳人の出版について</title>
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<![CDATA[ <p>かねて出版の準備をしていました旅する俳人ー芭蕉.玉屑.青岐の出版がいよいよ今月の末に実現することになり、現在最後の校正をしています　15日にはそれがおわりその後印刷製本に10日ほどあれば出来るといわれていますのでいよいよ今月末には皆さんに読んでいただけるとおもいます</p><p>初めての俳人についてのレポートでしかも俳句のことをあまり知らない　歴史の学徒の著作ですが　それらしく引用文はすべて原本かそれに近い版本を利用しています。本文批評を確実にすることにより歴史的事象を確実にすることを心掛けて　ここまで来ました　どうかその趣旨を評していただきますよう多数のかたがたの高評をおねがいいたします。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeda-s/entry-10012378270.html</link>
<pubDate>Fri, 12 May 2006 15:48:47 +0900</pubDate>
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<title>俳人の旅</title>
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<![CDATA[ <p>俳人の旅は現在校正中で今月中に完成発行開始は5月11日の予定です総ページ数ハ１６０ページ７になる予定です淡路島内の主な本屋さんで販売しますのでふるってご購入ください　　</p><br><p>出版元　神戸新聞総合出版センター定価１６７５円税込みです</p><p> </p><br><p>記事</p><p>の芭蕉の著作の　野ざらし紀行と　笈の小文は天理図書館蔵の善本文庫から</p><p>玉屑の阿都満珂比は柿衛文庫の文金堂の初版本</p><p>青岐の東北遊は青義の盛岡市の岩手県立図書館蔵の古写本をそれぞれ使わせて</p><p>いただいた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeda-s/entry-10011233191.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Apr 2006 13:37:25 +0900</pubDate>
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<title>私の歴史研究について</title>
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<![CDATA[ <p>私の歴史研究は関係古文書の解読から始まる。史実を考証するのは常に関係文書の探査を第1とする歴史を組み立てる材料を史料というがその史料の第1は史実を記録している文書である。それも同時代の臨場史料を第1とする。同時代のものがなければそれに近い時代の記録によるがなるべくその記録を残した人はその事件に如何にかかわっている人かというけんとうをようする科川伝いる人か検討を要する。同時代でもそれに関する著書はちよ者の意見やその人の主観が入る著書葉史料としての価値は低いこのようにして確かな史料を用いて歴史をみなおしているのが私の歴史研究です。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/takeda-s/entry-10010948838.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Apr 2006 14:54:46 +0900</pubDate>
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