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<title>takeuchillのブログ</title>
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<title>#11</title>
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<![CDATA[ <p>前の更新から5日も経っていた。</p><p>心の内圧が高まっていなければ、外に吐き出さないということか。</p><p><br></p><p>産まれてくる子供を撮るためにカメラを購入した。</p><p>まだ子供は産まれていないが、家の周りのものや妻の写真を撮っている。</p><p>すぐに触らなくなるかもと不安だったが、心配無用であった。</p><p>彼女たちの日常を撮ることは、とっても楽しい。</p><p>スマホで撮る写真とは違う感覚である。</p><p>なんと愛おしい日々であろうか。</p><p><br></p><p>この日々がずっと続けば良いのに。</p><p>そのためには、サラリーマンからの脱却が必要と思われる。</p><p>お金が必要なのだ。</p><p>今の仕事はかねてからの希望で就いた。</p><p>しかし業務は大変で、周りが優秀で、自信を失っている。</p><p>鶏光となるも牛口となるなかれ、とはいうが、成長には環境が大事。</p><p>それで身体と心を壊しては、元も子もないが。</p><p>こんな幸せを掴むためには、もっと真剣に考えなければいけない。</p><p>どうすれば、こころに余裕がある生活ができるか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeuchill/entry-12967548841.html</link>
<pubDate>Thu, 28 May 2026 11:45:48 +0900</pubDate>
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<title>#10</title>
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<![CDATA[ <p>前にブログを書いたときから5日間も経ったのか。</p><p>毎日が幸せすぎてあっという間だ。</p><p><br></p><p>最近は、産まれてくる我が子のために物を揃えたり、出産を控えた妻の世話をしている。</p><p>妻と穏やかに2人の時間を過ごしている。</p><p>なんと幸せなことか。</p><p>次2に人でこの幸せを噛み締められるときは、いつになるであろうか。</p><p><br></p><p>幸せな時間を噛み締めることは、中々難しい。</p><p>幸せな時間はあっという間に過ぎ去るからだ。</p><p>噛み締め、味合う時間を特別に用意する必要がある。</p><p>最近はできていなかったかもしれない。反省だ。</p><p><br></p><p>一度、幸せな時間をしっかりと味わおうと、うたた寝もしないようゆっくりと思考を巡らせていた事がある。</p><p>あの時間は雨が降る昼下がり。</p><p>妻と親とが同じ空間で、穏やかな時間を過ごしていた。</p><p>ちょうどその時は仕事が辛い日々で、どうにか耐え抜いていた時間。そんな時に産まれたあの時間を、どうにも手放したくなかった。</p><p><br></p><p>しかし、ときはゆっくりと過ぎ去り終わりを迎えた。</p><p>どんな時間にも終わりはくるのである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeuchill/entry-12967019256.html</link>
<pubDate>Sat, 23 May 2026 07:26:31 +0900</pubDate>
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<title>#9</title>
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<![CDATA[ <p>YouTubeのショート動画を見ることと、美術館に行って絵に没頭することの違いは何か。</p><p><br></p><p>何年か前に暇と退屈の倫理学という本を読んだ。</p><p>その本を読んで、人生とは没頭と暇の振り子なのだなと思った。</p><p>どんなことでも、その内飽きてしまう。それが例え、昔望んでいた幸せな状況でも。</p><p><br></p><p>上記の本の中で、以下のような発言が引用されていた。</p><p>「私は美術館が好き。絵画は私の意識を取り去ってくれるから」</p><p>この言葉が記憶にとても残っている。</p><p>私は本屋巡りが好きだ。私にとっては、本屋巡りが私の意識を取り去ってくれる。</p><p>意識を取り去る、という言葉を私は没頭という意味と解釈している。</p><p><br></p><p>さて話を戻す。</p><p>私の中に上記の話を落とし込むと、没頭は良いこと、善である。</p><p>つまり本屋巡りも善。</p><p>では、YouTubeのショートをだらだら見るのは善？</p><p><br></p><p>YouTubeのショートのようなネットや動画をダラダラ見るようになったのは、大学生で卒論が大変で辛かったときである。簡単に言えば、現実逃避だ。それから、疲れているときはよく見るようになってしまった。暇あればスマホを取って動画を見る。</p><p>なんとなく悪いこと、頭に悪影響を与えそうだが、ゲームや本屋巡り、美術館巡りとの違いが分からない。何が違うのだろうか。</p><p><br></p><p>出発地点から到着まで見てみる。</p><p>自分から望んで足を運ぶ、見に行く</p><p>絵、本、動画が情報を与えてくる</p><p>没頭する</p><p>没頭が終わる</p><p><br></p><p>なるほど、同じに見える。</p><p>簡略化しすぎて、違いが見えていない可能性もある。</p><p>だが書いていて思ったことは、どちらも同じ結果を導いている一方で、それらのハードルが違うということである。</p><p>ここでも出てきた。結果でない。経路なのだ。</p><p><br></p><p>一概にスマホのYouTubeショートを見続けることが悪だとは言えない。私はその科学的根拠を知らないから。そういえば、スマホ脳みたいな警鐘を鳴らす本も出ていた。読んだが忘れてしまった。。。</p><p>ただ1つ思うことは、YouTubeショートを見続けた後は時間を無駄にした気分になることに対して、読書や美術鑑賞では充実した気分になることである。</p><p>これがYouTubeショートの悪影響か、自最近の技術のため感情が慣れていないからなのかは分からない。</p><p>いずれにせよ、時間を無駄にした気分になることは避けたい。</p><p><br></p><p>どっかでsnsによるドーパミン疲れみたいな文言を見た記憶がある。</p><p>YouTubeショートは、結果まで最短距離なのだろう。</p><p>今どきのコスパよい行動と同じだ。</p><p>結果への道のりは全て最適化される。</p><p><br></p><p>それは果たして人生にも適用可能だろうか。</p><p>ゲームや仕事ならそれで良い。それらは結果が第一優先だから。</p><p>人生は？人生の第一優先は？</p><p>なるほどなるほど。腑に落ちた。</p><p>人生の第一優先は、考察である。</p><p>結果ではない。いや結果といば結果なのだけど結果ではない。その結果は方法に依存される。</p><p><br></p><p>わかりやすく言えるかな。</p><p>例えば仕事では、x線分析を行いさえすればよい。</p><p>しかし人生ではx線を分析するためにどのように、誰に依頼したか、なぜx線分析にしたか等など、そこら辺が重要である。</p><p>まだモヤがかかっているが、少しだけ糸を掴めたのではないか。</p><p><br></p><p>悪くない。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/takeuchill/entry-12966546887.html</link>
<pubDate>Mon, 18 May 2026 14:17:51 +0900</pubDate>
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<title>#8</title>
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<![CDATA[ <p>仕事の一区切りがついた。</p><p>大きな大きな一区切りがついた。</p><p><br></p><p>この3年間突っ走ってきた。</p><p>今までにない心の休息。</p><p>そして気づいた。</p><p>言葉を吐き出すことが少なくなった。</p><p>故にブログの更新頻度も少なくなった。</p><p>それでいいのか、それでいいのだ、やっぱまだ分からない。</p><p><br></p><p>そういえば、かねてから購入を検討していたカメラを買った。</p><p>購入を検討する中でふと思った。</p><p>カメラで写真を撮るということは、ただの手段と思われる。</p><p>写真を撮る目的は何だろうか。</p><p>それは大切な日々を写真として残し、たびたび目に留めることで記憶に定着させ、幸せを常に自分の身にまとわせるためだと思う。</p><p>そしてもう一つ、被写体に注目するという理由もあると思う。</p><p>私はこの第二の目的を果たすため、スマホでなくコンデジにしたのである。</p><p><br></p><p>この第二の目的は興味深く思われる。　</p><p>写真に残すならスマホで良い。スマホでも十分綺麗な写真を撮れる。</p><p>なのになせコンデジにしたのか。もちろんコンデジのほうがセンサーが大きいため細部まで綺麗に、肌感や雰囲気を残しつつ撮れる。</p><p>しかし、それとは別に被写体に注目し、シャッターを切る、これが重要だと思う、私にとっては。</p><p>目的に集中するために、手間をかける。失敗しないように。</p><p><br></p><p>話は飛躍するが、人生においても同じようなことが言えるのではないか。</p><p>人生の目的は幸せになること、だと思っている。</p><p>だがその幸せ（結論）には、それに対する人生（過程）が重要である。それに対して結果があり、考察（納得）する。なるほど、少し考えが整理されてきた気がする。つまり、人生の卒論の章立ては以下だ。</p><p><br></p><p>目的:　幸せになること</p><p>方法:　人生を歩む</p><p>結果:　楽しい家庭を気づくことができた</p><p>　　　仕事で世界に役立つものを作れた</p><p>考察:　こういう理由で、これがこうなった。</p><p>　　　これは幸せと考えられる。</p><p>結論:　幸せな人生だった</p><p><br></p><p>結果にはどんな項目があるのだろう。</p><p>友人、結婚、仕事などか。</p><p>結果の最後にはマルバツ表でも作るのか？基準は？</p><p>参考文献は、自分の築きあげた考えが主で、周囲の人の言葉や読んだ本になるだろう。</p><p><br></p><p>なんだか話が飛んだが、結局なにがカメラと人生が一緒なんだ。</p><p>読み返して意味がわからないじゃないか。</p><p>結果がすべてじゃないって言いたいんだろうな。</p><p>やはり大事なことは小学生までに教わっている。</p><p>基本に忠実にできないのは世界が複雑だからだろう。</p><p>社会はそんなに簡単じゃない。</p><p>パラメータなんぞ、相互に独立していない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeuchill/entry-12966409013.html</link>
<pubDate>Sun, 17 May 2026 09:32:31 +0900</pubDate>
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<title>#7</title>
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<![CDATA[ <p>　今日は午前に報告会があったけが、相手の望む情報をうまく伝えられなかった。</p><p>　資料作成が良くなかった。スライド内の情報が整理されていなかった。聞き手はスライドからしか情報を得られないので、資料内の情報が整理されていないと、聞き手も整理できない。</p><p>　改めて資料をまとめて報告する場合、新しい情報を付け足しすぎててしまい、相手を混乱させてしまう気がする。相手からしたら、今までと話が違うじゃないかとなる。その時点で相手の聞く気は失われる。</p><p>しかし、付け足した情報は仕事の質を向上させるものである。いかにして、新たな情報をつけ足しつつ、相手を混乱させないか。</p><p>　報告会で混乱が起きないようにするためには、報告会前にいかに重要人物に情報をインプットさせておくかが非常に重要であると思う。ここにヒントがないだろうか。</p><p>①報告会を延長し、別途追加の情報を共有する場を設ける。</p><p>　これが正攻法と思われる。しかし、期限がある場合や、重要人物の時間が簡単に取れない場合もある。そういった場合はどうすれば良いか。これから、考えていこう。</p><p><br></p><p>　話を変える。1on1に向けて、去年の仕事を見直したい。去年の前半は大変だった。何度も怒鳴られ、死にたいと思った。辛かった。後半は少しづつ息を吹き返した。ただし、これは自分が成長したからだろうか。それもあるかもしれないが、立ち回りを覚え始めただけな気がする。私はあまり成長できていないと思う。今でも怒鳴られたことはトラウマで、その人に呼ばれるだけでビクッとする。果たしてこれは成長なのだろうか。。。</p><p>　仕事は人生より単純だ。仕事は皆で決めた目標を達成すればよい。結果は単純明快だ。その点で自分を評価すれば良い。私は目標を達成できるようになったか?その達成度は満足のいくものか？</p><p>　前者はYES。後者はNO。ただし、達成度は高くなっている。まだまだ改善の余地あり。次に考えるべきは、どうすれば改善できるか。去年の後半は、常にチーム内で情報共有を行った。同じ事を何度も強調し、チームメンバーに考えが生き渡るまで頑張った。なるほど、そこはできていた。チームで同じ方向を向けた。足りなかったのは進む力だ。同じ方向を向いたは良いが、進みが遅かった。私が引っ張りきれなかった。</p><p>　次は引っ張る必要がある。よりよい開発に向けて。多くのことにアンテナを向けて。</p><p><br></p><p>　少し考えがスッキリした。今日はこれから家に帰って仕事の続きだ。あー大変。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeuchill/entry-12966054944.html</link>
<pubDate>Wed, 13 May 2026 20:23:16 +0900</pubDate>
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<title>#6</title>
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<![CDATA[ <p>今日は悪くない日だった。</p><p>きちんと資料作成に取り組めた。</p><p>そのためか少し余裕がある。</p><p>今日は走れそう。</p><p><br></p><p>半年前程からかジャズを聞くようになった。</p><p>時にジャズは、歌詞のある歌よりも良い気がする。</p><p>歌を聴くと、詞という明確な意図を持った棍棒が、私の脳を掻き乱す気がする。</p><p>それに比べて詞が無い音楽は、私に寄り添ってくれる感じがする。逆かもしれない。私が都合の良いように、音楽を裁断して服にして自分にまとわせているだけかもしれない。</p><p><br></p><p>とか、考えてみたり。</p><p>今日は言葉が溢れ出さないので、また。</p><p>今日は走ってこよう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeuchill/entry-12965983771.html</link>
<pubDate>Wed, 13 May 2026 06:14:45 +0900</pubDate>
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<title>#5</title>
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<![CDATA[ <p>今日も良い日だった。</p><p>仕事がないだけで、1日は楽しい。</p><p>髪切って、立ち読みして、海見て、カメラ見てきて、走って、風呂入った。</p><p><br></p><p>人生はゲームなのか。</p><p>何か意味のあることを成し遂げる物語なのか。</p><p>自分が主人公の英雄譚なのか。</p><p><br></p><p>私は、人生とは自分が幸せになるために存在する時間、と考えていた。</p><p>ここで「自分が幸せ」とは、安直に周囲のことを考えず自分だけが良ければよいという意味ではない。</p><p>私は、周囲の人が、とりわけ私の大切な人が幸せであってこそ、自分が幸せになれると考えている。</p><p>そういう意味で、人生は自分が幸せになるために存在する時間と考えている。</p><p>では、幸せになるためには何が必要か。</p><p>それは納得感だと考えている。いかに自分が納得する人生を生きてきたかだと思う。</p><p>納得さえしていれば、そこに結果の是非や感情は問われない。楽しくても悲しくても嬉しくても寂しくても、そこに自分が納得さえできていれば良いのである。</p><p><br></p><p>そういう意味で私は、非常に幸せな人生を送ってきた。</p><p>だが、幸せでないときもあった。</p><p>上司が怒鳴り散らかしていた頃である。</p><p>一度、会社で泣いてしまった。情けない。</p><p>だけど、あの時があったから今がある！、と思えば少なくとも今は幸せだ。おかげで多少は成長できたように思う。</p><p>だが決してこれはあの頃を肯定しているわけではない。幸せでないことは、無いほうが良いに決まっている。</p><p><br></p><p>ただ、あの頃は毎日死にたかった。</p><p><br></p><p>話が迷子になってしまった。</p><p>ちょうど、他にやることができたので、今日はここまで。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/takeuchill/entry-12965753002.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2026 21:38:19 +0900</pubDate>
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<title>#4</title>
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<![CDATA[ <p>今日は退屈で楽しい日だった。</p><p><br></p><p>もうすぐ子供が産まれるので、カメラを買いたい。</p><p>カメラを購入するのであればスマホ以上のクオリティが欲しい。</p><p>だが10万円以上のカメラは高いと感じてしまい、購入を躊躇ってしまう。</p><p>そうやって悩んでいる中、値段で迷っているなら買え、といった言葉を思い出す。買ってしまおうか。これから無数にくるであろう特別な日に、シャッターを切るために。</p><p><br></p><p>自分の人生の中で、写真を見返す機会はどれほどあったろうか。</p><p><br></p><p>中学生の頃はカメラが好きだった。三脚を持ち運ぶほどに、好きだった。</p><p>友達と山登りするときは、三脚を担いで登って、頂上にて皆で肩を組んだ写真を撮った。</p><p>あの頃に撮って印刷した写真は、既に色褪せてしまっている。</p><p>しかしこうやって書いていると、昔のことをあまり覚えていないつもりだったが、カメラを持って皆で写真を撮ったことやその風景は覚えていることに気づいた。印刷した写真を何度も見たからかもしれない。</p><p>もしかしたら写真は、何度も見返すことで初めて真価を発揮するのかもしれない。</p><p>何度も見返すには、私にとって印刷されている方が都合がよい。あの頃の写真データはどこかにあるか分からないけど、印刷してコルクボードに貼り付けてあったからよく見たわけだし。</p><p>そのためには印刷する必要がある。印刷するなら、カメラのセンサーは大きい方が良い。つまり、スマホよりカメラのほうがよい。</p><p>カメラを買いたくなってきた。ちなみに私はレンズとボディが一体となっているコンパクトデジタルカメラを購入予定である。一眼は持ち運び大変なうえに、手を出すと沼にハマりそうなので。</p><p><br></p><p>話は戻るが、スマホを持つようになってから、写真を撮らなくなった。たまに撮る写真を見返さないし、印刷もしない。だから、その頃の記憶があまりないのだろうか（笑）</p><p>LINEのアルバムに入れておけば、いつでも見返せる安心感から、写真を見ないのか。</p><p>いずれにせよ、見返さないから思い出せない。</p><p><br></p><p>人が何かを思い出すときは、その時と同じ景色を見た時だと、今日ランニングしている最中に思った。今日の夕焼けを見て昔を思いだしたから。</p><p><br></p><p>カメラを買おうかな。価格が高いけど。</p><p>印刷して、何度も見返して、いつでも思い出し笑いをできるように。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>明日になれば気が変わってるかもしれないけど。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeuchill/entry-12965644290.html</link>
<pubDate>Sat, 09 May 2026 21:29:59 +0900</pubDate>
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<title>#3</title>
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<![CDATA[ <p>気分は幾分マシである。</p><p>おそらく今日は仕事を成功させたからである。</p><p>ただ1つ、ダメだった。</p><p>それがなければ、気分は最高だっただろう。</p><p><br></p><p>私の議事録の内容がグチャグチャと言われてしまった。</p><p>やはり、文章を書けない。。。</p><p>私は分かりやすい文章と、分かりにくい文章の違いが分からない。</p><p>何回も言われた。赤の他人の目で、文章を見直してみろと。そのつもりで文章を見直す。でも、分からない。文章を直せない。</p><p>他人の文章も、直された文章を見ても、分かりやすいとは思えない。私にとって、全ての文章は苦労して読むものだ。苦労して、どういう意味かなと前後の文脈から想像して、理解するものだ。私にとって、私の文章も上司の文章も、等しく読みにくい。なのに、私の文章は皆から分からないと言われる。私の文章は分からないのだろう。</p><p><br></p><p>なぜ分かりにくいのか、それが分からないから直しようがない。他人と見比べても、全く分からない。どうすればよいだろうか。。。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeuchill/entry-12965530491.html</link>
<pubDate>Fri, 08 May 2026 20:01:36 +0900</pubDate>
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<title>#2</title>
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<![CDATA[ <p>今日は遅くまで働いていた。</p><p>昨日までは、なんとか頑張ろうとしていたが、疲れてしまった。</p><p>　私は文章が下手だから、ゴールデンウイークに、悪文の構造について勉強した。読んだあと、脳にこびりついたことは、短い文章が良いということである。文のねじれにも気づきやすく、意味も明確だ。</p><p>　連休明けにそれを実践してみた。できなかった。数時間かけてもできなかった。題材が悪いのか。見栄を張って、ありもしない虚構を書こうと思ったのか。</p><p>　何よりも、なぜ書けないか分からず、時間が過ぎていくことが、とてつもなく情けなかった。</p><p>　ほかの仕事が溜まっていく。午前中にやる、14時までにやる、15時までにやる。。。そんな思いで時間は過ぎていった。たった170文字程度の文章を書くだけなのに。大学院まで出て、この程度か。何を学んでいたんだ。ただただ情けない。</p><p>　ブログに書き込む文章は、短く、分かりやすくしたいと思っていた。しかし今は思うまま書いてしまっている。何もできなかった、今日は何も。</p><p>　頭は働かない。休みボケなのか、いつもそうだったのか。YouTubeのショート動画の弊害か、そんなものほ関係ないのか。いづれにせよ、自分が嫌になる。優秀そうな後輩も入ってきた。私の居場所など、もうどこにも無いのだろう。空回りする哀れな私に、優しく優しく接するのだろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takeuchill/entry-12965441296.html</link>
<pubDate>Thu, 07 May 2026 22:28:48 +0900</pubDate>
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