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<title>映画の話</title>
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<description>心が荒んだ涙もろい20代目線の語彙力皆無記事です</description>
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<title>タイトルから見るディズニー映画#2</title>
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<![CDATA[ <p>前回の記事において、自身がディズニー映画のタイトルに関して考えることを少しばかり書かせていただいた。本来ならこの一枚で済ませるつもりでいたのだが、思ったよりも長くなってしまい今回に至る。</p><p>↓未読の場合は、是非に。</p><p></p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" style="display:inline-block;max-width:100%" contenteditable="false"><a class="ogpCard_link" href="https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12802129218.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer" data-ogp-card-log="" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" contenteditable="false"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">『“Tangled”って？タイトルから見るディズニー映画』</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px">ディズニー100周年記念作品である「ウィッシュ」が、久しぶりに「邦題が余計なことしてないタイトル」として話題にあがっていた。ディズニー映画は本場がアメリカのた…</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_icon" alt="リンク" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" width="20" height="20" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">ameblo.jp</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_image" loading="lazy" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230508/23/takiwoooo/47/15/j/o1080076415281718910.jpg" alt="" data-ogp-card-image="" width="120" height="120" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)"></span></a></article><br></div><div class="ogpCard_root"><br></div>今回も例に漏れず、<font color="#ea3323"><b>ネタバレを含み</b></font>ながら書くことになるので、映画を未視聴の方はご注意を。<p><br></p><h2 class="limited011_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited011_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="display:flex;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#333;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;line-break:loose;word-break:break-word;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block;border-left:5px solid #000;box-sizing:border-box;padding-left:20px">​タイトルで観るディズニー映画#2</span></span></h2><p>前回の記事では、おもに「内容をわかりやすく察してもらうため」に変更されたタイトルについて考えてみた。なので今回は、海外と日本でおそらく内容への解釈が違ったために変わった(あくまで筆者の推測だが)タイトルについて考えてみたいと思う。</p><p>前回同様、三作ピックアップしてみた。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230512/00/takiwoooo/40/f3/j/o1080076415283031389.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230512/00/takiwoooo/40/f3/j/o1080076415283031389.jpg" border="0" width="400" height="282" alt=""></a></div><p>2分の1の魔法については、コロナ禍での公開ということもあり成績はふるわなかったと言われているが、シンプルに泣ける神映画なので未視聴の方は是非。</p><p><br></p><p><b>・邦題のほうが良いまであるよね！？</b></p><p>『リメンバー・ミー』に関して、筆者は邦題のほうが良いじゃん！と思ってしまった。</p><p>しかしこれは、リヴェラ家のヘクターという存在を何に委ねたか、という解釈の違いだと筆者は考察している。</p><p>実際に父の歌を聴き、歌い、記憶しているママ・ココにヘクターの存在を委ねるのか、それともヘクターがママ・ココのために書き、ミゲルの代まで記憶されてきた(まあ、デラクルスが奪って歌い継いできたのだが…)リメンバー・ミーにヘクターの存在を委ねるのか。どちらも素敵なのだが、ミゲルが最後にリメンバー・ミーをママ・ココに歌って聴かせたことで彼女が父であるヘクターを思い出したため、彼のすべてはこの曲に記憶されているのかもしれない。</p><p>Remember Me は直訳すると「覚えていて」。この覚えている、ということが、この作中においてどれだけ大事なことかは、ご覧になった皆様ならおわかりになるだろうと思う。だから筆者はこの邦題がかなり好きであるし、大成功だと思う。</p><p><br></p><p>続いて『2分の1の魔法』についてだが、本作も解釈の違いによってこのような邦題がついたのだと筆者は考えている。</p><p>Onward は「先へ進む」というような意味がある。</p><p>兄弟たちに前を向いて進んでもらうために、先立った父は魔法の杖を遺していた。お父さんはいないけれどお前たちは先に進むんだよ、と無言で伝えるわけで。このOnwardという単語1つにこれだけの切なさを演出できるのが凄すぎる。</p><p>しかし邦題である『2分の1の魔法』が持ち合わせる切なさもまた凄いものがあると思った。復活させることができたお父さんの体は2分の1で、魔法を使えるのは兄弟のうちイアンだけ。つまり2分の1で、父に会うことができたのは兄のバーリーだけ、これも2分の1(生前の父と会えているのも兄のみである)。この日本語ならではの細やかさと切なさは、大成功だったと筆者は思っている。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230512/00/takiwoooo/44/de/j/o0739041515283031392.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230512/00/takiwoooo/44/de/j/o0739041515283031392.jpg" border="0" width="400" height="224" alt=""></a></div><p><font size="2">▲英題も素敵だが、観たあとで「2分の1」の本当の意味が解る。</font></p><p><br></p><p>ここまで既に長くなっている気もするが、『シュガー・ラッシュ』についてのタイトル考察も少し書かせていただきたい。</p><p>シュガー・ラッシュの英題は、『Wreck it Ralph』。訳すと「ブッ壊せ、ラルフ」みたいな意味に。このタイトルはかなりイケてて筆者は好きだ。それに、作中では悪役を嫌がるラルフに「ブッ壊せ」と言うのがかなりシニカルで、センスがあると思った。しかし『シュガー・ラッシュ』も、成功したタイトルだと筆者は考えている。まずこの可愛らしい文字列がポップなレトロゲームのビジュアルにぴったりだし、そもそも「糖分の過剰摂取でハイになる」という意味があるらしい。このハイになるという状態が、この映画の温度感に非常に合っていると思う。英題がブッ壊すラルフに重きを置いているのに対し、邦題ではラルフとヴァネロペの友情に重きを置いているのかなとも思った。皮肉のない、ある意味優しい邦題も、筆者は非常に素敵なタイトルだと思っている。</p><p><br></p><p><br></p><p><b>・おわりに</b></p><p>長くなってしまったが、タイトルひとつで文化や考えの違いが大きく出てくるものだなと改めて思った。</p><p>とくに日本の場合、デザインは「ひと目でわかる」「余すことなく説明する」を徹底している場合が多い(お掃除グッズのパッケージなど、その傾向が顕著だ)。それが好転することもあれば、「ダサい」と言われてしまうこともある。海外のかっこいいデザインが話題になると、「それに比べて日本は〜…」と引合いに出されてしまいがちだが、そもそも文化が違うのと、日本のデザインが必ずしもダサいなんてことはない(和柄なんて日本が誇るデザインの一つだし)。</p><p>今回タイトルからアプローチしてみて、日本語の難しさと面白さを改めて知った気がする。</p><p><br></p><p>さて、相も変わらず拙い文章だったが、邦題についての解釈がより広がるならばこれ幸いである。ここまで読んでくださったすべての方に心から感謝申し上げたい。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12802542625.html</link>
<pubDate>Fri, 12 May 2023 00:31:56 +0900</pubDate>
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<title>“Tangled”って？タイトルから見るディズニー映画</title>
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<![CDATA[ <p>ディズニー100周年記念作品である「ウィッシュ」が、久しぶりに「邦題が余計なことしてないタイトル」として話題にあがっていた。</p><p>ディズニー映画は本場がアメリカのため、もちろん英題が先にある。そして、別の国で公開される際に、その国の文化やデザインの関係上、英題とは違うタイトルがついたりする。</p><p><br></p><p>「シンデレラ」や「ピノキオ」などのいわゆる「クラシック・ディズニー」と呼ばれる時代の映画はわりとカタカナに直しただけのタイトルが多いが、昨今の作品は日本のオリジナル性が高い邦題がつきがちだ。</p><p>では、なぜ「余計なことをするな」と言われがちなタイトルづくりが日本では主流なのか。そして、それが本当に余計なことなのか、少しだけ考えてみた。</p><p><br></p><p>※誠に申し訳ないのだが、筆者のボキャブラリーが乏しいあまり、<font color="#ea3323"><b>ネタバレを含み</b></font>つつでなければ考察ができなかったので、未視聴の方はご留意ください。</p><p><br></p><h2 class="limited011_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited011_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="display:flex;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#333;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;line-break:loose;word-break:break-word;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block;border-left:5px solid #000;box-sizing:border-box;padding-left:20px">​タイトルで見るディズニー映画</span></span></h2><p>まず日本と海外のデザインが違うことから触れていきたい。</p><p>一言でいえば…</p><p><br></p><p>・<b>日本のデザインは、わかりやすくてダサい</b></p><p>・<b>海外のデザインは、かっこよくてわかりにくい</b></p><p><br></p><p>これに尽きる。</p><p><br></p><p>決してダサいことが、わかりにくいことがいけないわけではない。日本は「ひと目でわかってもらい、手にとって(観に来て)もらいやすくする」、海外の場合は「かっこいいビジュアルのインパクトで惹きつける」という、シンプルな文化の違いである。</p><p>まずは、「映画の内容をわかりやすくするためについた邦題」を見てみよう。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230508/23/takiwoooo/47/15/j/o1080076415281718910.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230508/23/takiwoooo/47/15/j/o1080076415281718910.jpg" border="0" width="400" height="282" alt=""></a></div><p>まだまだあるが、代表的な作品として以上の三つを挙げて考えていこう。</p><p><br></p><p><b>・内容がわかることで興味を惹く方法</b></p><p>さすがディズニー、タイトルロゴはどちらもかなりのかっこよさ。そして、アルファベットにはできない「漢字を含んだデザイン」が邦題の魅力でもある。</p><p><br></p><p>“Tangled”は、日本語で「絡まる」という意味。これはビジュアルがあれば察しがつくが、このタイトルだけ見せられても何がなんだかわからないだろう。そしてこれを「タングルド」とカタカナになおして邦題にしたところで、何人が映画館に足を運ぶだろう。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230508/23/takiwoooo/58/d3/j/o0452067815281718914.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230508/23/takiwoooo/58/d3/j/o0452067815281718914.jpg" border="0" width="400" height="600" alt=""></a></div><p><font size="2">▲髪が長いから、多分髪が「絡まる」んだろうな。程度</font></p><p><br></p><p>邦題の「塔の上のラプンツェル」は、そのタイトルひとつで話の概要が掴みやすい。文化の違いではあるものの、邦題が悪いとは限らない。</p><p><br></p><p>では、「アナと雪の女王」はどうだろう？筆者としては、”Frozen”というタイトルはそのままでも良かった感じがある。</p><p>カタカナで「フローズン」でも、Tangledよりずっと多くの人がわかるだろう。そして、この物語において重要なのが氷(即ちエルサ)であることもわかる。</p><p>邦題の場合だと、アナが主人公すぎてしまう気がしなくもないのだ。アナ雪Ⅱの構想があったのならば、なおのこと”Frozen”のほうがいい気がしてしまう。</p><p>Ⅱまで観て思ったが、この物語において重要なのは、エルサに授けられた力であって、アナがお姉ちゃんのために奔走する物語ではないから(そういう要素はあれど)…。なんなら最後にはアナが女王だし。</p><p><br></p><p>では、「モアナと伝説の海」はどうだろう？これは「余計なことをした」と言われがちなタイトルであり、筆者もわりとそう思ってしまう。</p><p>映画自体とても素晴らしいし、筆者はモアナのことが大好きである(ビリーヴもハモカラも、モアナが出てくると必ず号泣してしまう)。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230508/23/takiwoooo/66/6e/j/o0432043215281718918.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230508/23/takiwoooo/66/6e/j/o0432043215281718918.jpg" border="0" width="400" height="400" alt=""></a><br></div><div><font size="2">▲モアナが好きすぎて買ってしまった一足</font></div><p><br></p><p>モアナ、いい映画なのだ。</p><p><br></p><p>だが、「アナと雪の女王」と違って、「モアナと伝説の海」は、どちらかというと「伝説の海」に注目が傾いてしまうつくりになっている気がする。</p><p>アナ雪は「雪の女王に立ち向かうアナの話」っぽい(その為アナが主人公っぽく感じてしまった)。</p><p>いっぽう「モアナと伝説の海」は、「伝説」という激つよワードに加え「海」などというバカでかいモチーフの2連撃でモアナの存在がすごく小さく見えてしまうと思ったのだ(伝わっているだろうか)。</p><p>本作において重要なのは、「モアナ」自身である。海に選ばれ、遠くまで旅をした中で、自分が何者かを見つける。エイになったおばあちゃんに励まされて、モアナが船のてっぺんで歌う「私はモアナ」に何回泣かされたことか…。</p><p>大切なのは「海が選んだ」モアナ自身であるため、邦題はそのままできっと良かったのだ。やるとしても「モアナ〜伝説の海〜」くらいにしておいてほしかった。</p><p><br></p><p>アナ雪やモアナは、確かにタイトルひとつで話の中身に察しがつくものの、観たあとで「タイトル余計だったなぁ」と思わせてしまう気がする。ラプンツェルのみが成功パターンだった気がしてならない。</p><p>今回ピックアップした三作は日本でもヒットを飛ばした作品であるため、タイトルで人々を惹きつけることに成功したのは事実だと思う。しかしながら観たあとで違和感が残ってしまうのはかなり残念だ。アナ雪Ⅱに感じた違和感が、タイトルの影響であることも少しは含まれている気がする。</p><p><br></p><p><b>・それでも邦題は悪とする風習はよくない</b></p><p>色々書いてしまったものの、「邦題はダサくて駄目だ」と決めつけてしまうのはまた違う気がする。</p><p>日本語のデザインはひらがな、カタカナ、漢字を駆使しなければならず、アルファベットよりずっと難しい(グラフィックデザインを齧った筆者の叫び)。</p><p>そして邦題は、この作品は面白いからタイトルをわかりやすくして、いろんな人に観てもらおう！という愛に溢れているのだ、たぶん…。</p><p>ダサさは多くの人への気遣いや愛ゆえの賜物だと、デザインをいじってからの筆者は思うようにしている。</p><p><br></p><p>かっこよくてわかりやすいのが一番いいけどね、は禁句。</p><p><br></p><p>さて、一枚の記事に全てまとめようと思っていたのだが、長くなってしまったので次回の記事で筆者が好きな、大成功だと感じた邦題の話もしていきたい。</p><p>邦題ダサい、は今に始まったことではないが、少しでもこのダサさに愛おしさを感じてもらえたならばこの記事を書いて良かったと思う。</p><p>※勘違いされないように一言、筆者は今回挙げた映画のすべてが大好きである。ストーリーも楽曲もすべて愛しており、なんならYouTubeMusicで映画の曲を聴くだけで感極まる程度には調教済である。</p><p><br></p><p>長くなってしまうが、次回もタイトルについて少し書かせていただこうと思っているので、お付き合いいただければ幸いである。</p><p>拙い本記事に目を留めてくださったすべての方に、心から感謝申し上げたい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12802129218.html</link>
<pubDate>Mon, 08 May 2023 23:31:56 +0900</pubDate>
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<title>トイ・ストーリー4は駄作？賛派の話を聞いてくれ！</title>
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<![CDATA[ <p>トイ・ストーリーシリーズは、ピクサーにおける代名詞とも呼べる名作ということに間違いはない。</p><p>1から4まで全て名作のはずだ。しかし、トイ・ストーリー4はかなり賛否が大きくわかれる…というか、筆者の周りでは「否」の意見を多く耳にする。</p><p>そこで、筆者が見聞した「否」の意見も見つつ、筆者が本作から受け取った前向きなメッセージの話をしたい。</p><p><font color="#ea3323"><b>※ここからは、本作のネタバレ部分に大きく触れていきます。未視聴の方はご注意ください</b></font></p><p><font color="#ea3323"><b><br></b></font></p><h2 class="limited011_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited011_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="display:flex;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#333;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;line-break:loose;word-break:break-word;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block;border-left:5px solid #000;box-sizing:border-box;padding-left:20px">トイ・ストーリー4</span></span></h2><p><br></p><p><b>・あらすじ(フィルマークスより引用)</b></p><p>”おもちゃにとって大切なのは子供のそばにいること " 新たな持ち主ボニーを見守るウッディ バズらの前に現れた のは彼女の一番のお気に入りで手作りおもちゃのフォーキ 彼は自分をゴミだと思い込み逃げ出してしまう...。 ボニ 一のためにフォーキーを救おうとするウッディを待ち受けて いたのは、一度も愛されたことのないおもちゃや、かつての 仲間ボーとの運命的な出会い、そしてスリルあふれる遊園地 での壮大な冒険だった。 見たことのない新しい世界で、最後 にウッディが選んだ“驚くべき決断”とは...?<br></p><hr><div><br></div><div><b>・どうして賛否が別れてしまったのか</b></div><div>映画を観たすべての人が星5をつける映画など、この世には存在しない。しかし、ここまで否定派の意見が目立ってしまうのには、それなりの理由があるはずだ。</div><div>筆者が見聞した批判は、ざっと以下のとおり。</div><div><font color="#ea3323">・ボニーがおもちゃを大切にしない</font></div><div><font color="#ea3323">・自ら迷子になるエンド、裏切られた気持ち</font></div><div><font color="#ea3323">・せっかくボニーにウッディを託したのに、これじゃアンディが可哀想…</font></div><div><font color="#ea3323">・ボー変わりすぎて草</font></div><div><font color="#ea3323"><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">・俺らのトイ・ストーリーを返せ</span></font></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">これらの意見、筆者かて解らないわけではない。</span><br></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">なんなら、本作を褒めちゃいけない空気すら感じる。</span></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">それでも名作って言いたい。最高なんだと言わせてほしい。本作は大人たちの消えかけた子供心に訴えた作品なんだと筆者は思っている。</span></div><div><br></div><div><b>・賛派の反論、いきます</b></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">まず、ひとつ疑問なのだが、本作を鑑賞した人のうち何割がウッディのような存在をもっているだろうか。</span></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">子供の頃から毎日一緒に遊んできて、もう遊ばない年齢になってもなお手放すのを躊躇うほど大好きな友達を、いったい何人がもっているだろう。ボニーはおもちゃを大切にしないと叩かれていたが、</span><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">本来ならボニーのような子供のほうがよっぽどリアルじゃないだろうか？</span></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">1〜3で、アンディとウッディの絆を観てきている我々からすれば、ボニーが少し薄情に見えてしまうのは非常によくわかる。</span></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">でも、ボニーは普通の子供だ。内気だけど色々なものに興味があって、挙句は自分で友達を作り上げる創造性を持った、どこにでもいる子供。それに、フォーキーという友達をボニーは終始大切にしている。彼女は決して「おもちゃを大切にしない子」ではないのだ。</span></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><br></span></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">そんなボニーが見つけた友達は、ゴミから作ったフォーキーだった。本作におけるウッディの役目は、自分が遊んでもらうことではなく、フォーキーのお世話係。これもまた賛否がわかれた原因のひとつだが、筆者は我々視聴者にも「ウッディを手放す」実感をじわじわ与えているのかな？と考察した。</span></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">どうして手放す実感が必要なのか。</span></div><div><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">→当時トイ・ストーリーを見ていた子供たち(所謂、いま大人になった人たち)に向けた作品だから、というのが筆者の解釈である。</span></div><div>この「アンディと共に大人になったあなたたち」への作品であるという解釈が、ウッディが自ら迷子になることを選んだエンドにも繋がっていく。</div><div><br></div><div><b>・おもちゃのことを忘れても大丈夫</b></div><div>大人になると、子供の時ほどおもちゃに感情移入しなくなる。昔は本当に生きて、喋っていたように見えていたおもちゃたちは、今となればプラスチックのかたまりにしか見えない。これは恥ずかしいことでも薄情なことでもなく、当たり前のことだ。</div><div>そしてあれほど溺愛していたおもちゃも、実家や物置に置き去りにし、忘れていく。暫くして突然思い出しても、だいたい見つからない。捨てたっけ？とか、売ったっけ？とか。あんなに愛していたのに、その最後すら覚えていなかったりするだろう。小さい頃、おもちゃを連れて出かけ、あんなに大事にしていたのになくしてしまった思い出がある人もいるかもしれない。</div><div>これはそんな大人たちに向けて、「もし失くしても、忘れても、遊ばれなくなったとしても元気でやってるから安心して」という前向きなメッセージとして受け取っていいんじゃないか、と筆者は解釈している。</div><div>それこそ遊ばなくなったからと捨てられ、本当に焼却炉行きになってしまったらトラウマものになるところだった。</div><div><br></div><div>話は少しずれるが、筆者も小さい頃に出先で小さなぬいぐるみを失くしたことがある。そのときはそのぬいぐるみがひとりぼっちで不安だろうと泣いた覚えがある。結局、最後まで見つからなかった気がする。あのとき迷子にしてしまったあのぬいぐるみが、飽きてどこかへやってしまったおもちゃが、ボーやウッディと同じように冒険を楽しんでいるならと、幾分か心が救われた。</div><div>だから必ずしも、ウッディが迷子になることは悪いことじゃなかったのだろう。かつてお世話になったおもちゃたちが、この世界のどこかで今度は自分が楽しむために遊んでいるのだと考えたら、筆者はちょっと嬉しくなってしまう。</div><div><br></div><div>※しかしアンディが可哀想というのは筆者も同意。これ否定しちゃうと、1~3のアンチ宣言したも同然な気がするし、ボニーに渡さなければウッディは今もアンディの机の片隅とかに飾られてたのかもとか思うし。<br></div><div>でもだからといって、ボニーを否定したりもしない。それに、いつか終わりが来るものに終わりを感じさせないエンディングだったので、これでよかったのだとすら思っている。</div><div><br></div><div><b>・ボー変わりすぎて草</b></div><div>それな。でもこれは好みの問題。筆者は好き。次行こう。</div><div><br></div><div><b>・本作も変わらず、あなたのトイ・ストーリー</b></div><div>僕たち私たちのトイ・ストーリーを返せ、と書かれたりもしているが、これは紛れもなくあなたのトイ・ストーリーだと筆者は思う。</div><div>小さい頃、おもちゃが動くというロマンに夢中になっていたあなたのためのトイ・ストーリー。あのときのわくわくを忘れちゃってても大丈夫、おもちゃを大切にしなかったかも、と思っても大丈夫。あなたが遊んでいたおもちゃは役目を終えて、自分の楽しみを見つけて、同じような境遇の仲間たちと気ままに遊んで過ごしているよ。と、そう言いたかったんじゃないのかな。と筆者は解釈した。</div><div>だから、子供にはちょっと難しいかもしれない。小さい子供に観せるのは、3まででいいかもしれない。大人になってから4を観るのが最高かも。</div><div><br></div><div><b>・おわりに</b></div><div>本作の否定的に言われがちな部分について、理解できないわけではない。3までに構築された「トイ・ストーリーらしい空気感」とは全く違っていたから、ある意味肩すかしを食らったという気持ちもわかる。今まで愛されてきたウッディが迷子になるなんてラストを迎えたのが許せない人の気持ちも本当によくわかる。</div><div>そして、本記事を読んでもなお納得できない大人たちに筆者から最後の切り札をば。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><b>エンドロールになかっただけで、きっとNGシーンあるよ。</b></div><div><br></div><div><b>ハグした勢いでバズがゲップ出ちゃったりして、うわくっさ！とかやってるよきっと。</b></div><div><br></div><div><br></div><div>だから、どうしても許せない方はNGシーンを思い浮かべて(放棄)。</div><div><br></div><div>冗談もそこそこに、この記事が皆様にとって新しい視点を提供するきっかけとなっていればこれ幸いである。</div><div>拙い文章ながら、読んでくださった方々に心から感謝申し上げたい。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12801270571.html</link>
<pubDate>Wed, 03 May 2023 02:29:10 +0900</pubDate>
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<title>最新ディズニー映画観てきた</title>
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<![CDATA[ <p>気になっていた作品だったので、ドキドキで映画館に入り、終始ドキドキで観て、ああ、好きだなあ〜と思いながら出てきた。<br></p><p>それで、鑑賞記録をつけるためにレビューアプリを開いて、本作を選択した。</p><p>すると、案外手厳しい意見が書き込まれているのを見かけたので、筆者の感想を書かせていただきたい。</p><p><br></p><h2 class="limited011_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited011_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="display:flex;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#333;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;line-break:loose;word-break:break-word;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block;border-left:5px solid #000;box-sizing:border-box;padding-left:20px">​ストレンジ・ワールド</span></span></h2><p><br></p><p><b>▼あらすじ(フィルマークスから引用)</b></p><p>若いころに行方不明となった偉大な冒険家の父へのコンプレックスから冒険嫌いとなった農夫サーチャー。 豊かな国アヴァロニアで愛する息子のイーサンと妻と共に静かに暮らしていた。 ある日、アヴァロニアのエネルギー源である植物が絶滅の危機を迎え、 世界は崩壊へと向かう。 この危機を救うため、サーチャーたちは地底に広がる“もうひとつの世界”へと足を踏み入れる。 謎に満ちた冒険の先で、サーチャーたちを待ち受けていた世界を揺るがす秘密とは・・・。</p><hr><br><div><b>・こんな人におすすめ</b></div><div>○頭空っぽにして観たい人</div><div>○映像がきれいな作品が観たい人</div><div>○適度にコメディなのが観たい人</div><div><br></div><div><b>・こんな人はおすすめじゃない</b></div><div>○真面目に考察したい人</div><div>○いろんな演出を真剣に拾って観る人</div><div>○LGBTやポリコレに抵抗がある人</div><div><br></div><div>本作に厳しい方の意見の中心は、</div><div>●LGBTの是非。ポリコレもういいよ</div><div>●話のどこにも盛り上がりがない</div><div>がほとんどだった。</div><div><br></div><div>筆者は思った。</div><div><br></div><div>「真面目に観るからやんけ」</div><div><br></div><div>たしかに話のサビ的な部分はなかったように感じるし、映画なんて人の好きに感想を抱いていいのでつまらなかったと言う人を否定する気はない。</div><div>ただ、LGBTにしろ話の内容にしろ、なんだか重たく考えて鑑賞している人が多い気がした。</div><div>なんで人種差別を取り扱っているズートピアはライトに観られるのに、痛快コメディ冒険譚である本作は真剣に観ちゃうんだ？と筆者は思ったまでである。</div><div>これから観に行く方は、ぜひもっとライトな気持ちで楽しんでほしいとレビューを見ながら感じた。</div><div><br></div><div>今回すごかったのは、「キャラクターデザイン」と「映像づくり」のふたつ。</div><div>話の内容は、パッと「王道ディズニー映画」を想像して貰えればほぼそれだと思う。←</div><div><br></div><div><b>・まずキャラクターデザインについて。</b></div><div>外見だけを作ることをキャラクターデザインと呼ぶのではない。そのキャラクターの性格、出身、年齢、趣味や思想など、自分が神様になったつもりでキャラクターを「生む」ことをキャラクターデザインと呼ぶと思う。</div><div>今回は、農夫サーチャーの息子であるイーサンのキャラ作りがめちゃくちゃ良かった感じがした。</div><div>人並みに恋してて思春期だけど、両親の悪ふざけにのってあげる感じとか、服はチャラチャラしてるけどめちゃくちゃいい子なんだろうなー感が本当にかわいらしい年頃の子って感じがする。</div><div>けどイーサン一人が主人公なのではなく、銅像が立つほど偉人の父と伝説と化した祖父、そして飛行船の操縦が桁違いに上手い母など、まるで少年漫画のようなキャラの濃さ。そうこれは少年漫画だったかもしれない(違うけど)。</div><div>そして、多くは語れないが、ストレンジ・ワールドに住む生き物たちの造形がキモカワでどこか見たことあるような、ないような、でも斬新で面白い見た目をしている。この造形たちの秘密は本作を観るとわかるので、ぜひとも映画館へ。</div><div><br></div><div><b>・映像づくりも面白い</b></div><div>伝説の冒険家の物語を語るシーンがあるのだが、その映像は漫画っぽくなっていた。</div><div>それだけならよくある演出だが、漫画という平面のコンテンツを、CGの特徴を活かして立体的に見せる映像づくりは目に新しいものがあった。2Dのような絵をぐるりと撮影して3Dっぽく見せていて、漫画っぽい色使いなのに彫刻っぽくも見えるような…ちょっと語彙力がなさすぎてうまく言えないのでぜひ映画館で本編を(ダメおし)。</div><div>あと、集合体恐怖症の方、すこーしばかりラストの方は注意したほうがいいかもしれない。</div><div><br></div><div><b>・少しだけ、言いたかったこと</b></div><div>性的マイノリティーの人々が普通に出てきて普通に自分の恋愛を楽しんでいるシーンも、本来なら普通に楽しんで観てほしいんだと思う。<br></div><div>筆者は体と心の性別が合わない、性的マイノリティーの一人だ。だが、特別扱いは望んでいない。</div><div>少数派の視点から、同性愛を扱ったコンテンツはまだどこかマニアックで性的なものが多いと感じる。だがディズニーはそれをごく普通の青春の一部としてかなりライトに、純粋に描き出していると思う。バズ・ライトイヤーのときにしろ、こういう影響力のある人たちだからできる挑戦だと感じた。</div><div>理解しろ、受け入れろと言う気はない。だけど、だからって叩いていいわけじゃない。中傷していいわけじゃない。</div><div>かつて差別表現を扱っていたウォルト・ディズニー作品の「全肯定」への挑戦が動き出していると思う。</div><div><br></div><div><b>・おわりに</b></div><div>期待度を上げすぎてしまうと、肩すかしを食らってしまう感は否めない。楽しめなかった人の意見もわかるし、人によっては面白くないかもしれない。筆者も観終わってすぐに「これは意見分かれそう」と思った。</div><div>しかし、どうせ観るなら楽しく観たほうが絶対にいい。今回こうして書いた記事が少しでも誰かの映画を楽しむきっかけになっていれば嬉しく思う。</div><div><br></div><div>また、本記事に興味を持ってくださり、ここまで読むために時間を割いてくださったすべての方に心から感謝申し上げたい。</div>
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<link>https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12776483583.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Nov 2022 22:26:10 +0900</pubDate>
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<title>幽霊高校生が実体を得るまで</title>
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<![CDATA[ <p>開幕で個人的な話をしてしまうのはどうかと思うのだが、今回の作品の話をする上で書いておきたい前置きなので書かせていただく(はよ本編行け！と思う場合はお手数だが読み飛ばして頂きたい)。</p><p><br></p><p>筆者は高校生活がかなり悲惨だった。</p><p>1年生の初日から全くクラスに馴染むことができず、元々苦手だった人間をさらに苦手なものにしてしまった。ひどいときは家を出てから帰るまで一言も発さない日すらあったくらいである。</p><p>こんな暗い人間なので、クラスでは存在が無いに等しかった。しかし筆者は文化祭や体育祭などのイベント時に突如として存在を思い出され、面倒な仕事を押し付けられる都合のいい幽霊でもある。独りでB2サイズ程度の絵を1日で描かされたり、立候補してないのに運営にさせられたり、写真係をやらされたりとイベント時は存在の認知と引き換えに大変な目に遭った。</p><p>なので2年生になると、イベント時は適当な理由をつけて欠席したりしてもはや認知されるのを避けるようになった。肩身は狭かったが、スマホを持ち込める学校だったので休憩時間はずっと好きな音楽を聴いてノートに絵を描き続け、幽霊役を徹底した。</p><p><br></p><p>そんな友達なし、人望なし、存在なしの幽霊がどうしてここまでやってこれたのか。大きな理由として、映画が好きだったということがある。</p><p>筆者はよく、1日辛かった日は映画の世界に逃げていた。今もそうだが、部屋を薄暗くして自分が体験できない世界を簡単に得られるのが映画だった。</p><p>放課後遊びに誘われることもなかったので、たくさんの映画を観た。数ある作品の中で、筆者はある1本に人生を救われることになる。</p><p>その1本が<font color="#ea3323"><b>『ハイスクール・ミュージカル』</b></font>というあのザック・エフロン主演の青春映画。おそらく未視聴でも曲はわかるというくらい有名だろう。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221013/01/takiwoooo/59/b7/j/o0680039015187638844.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221013/01/takiwoooo/59/b7/j/o0680039015187638844.jpg" border="0" width="400" height="229" alt=""></a></div><p><font size="2">▲筆者には無かった高校生活が全部描かれていた。憧れとは違う感情で何度も何度もこの作品を観た。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p>幽霊とは無縁の明るさに、本当に体が灰になりそうな気持ちになった。それは惨めさから来るものではなく、「生きてればこういうことがあるのかも」という僅かな期待だった。</p><p>それでは、本編の話をさせて頂きたい。</p><p><br></p><h2 class="limited011_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited011_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:flex;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#333;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;line-break:loose;word-break:break-word;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block;border-left:5px solid #000;box-sizing:border-box;padding-left:20px">​ハイスクール・ミュージカル</span></span></h2><p><br></p><p>簡単に内容の話をすると、めちゃくちゃ賢くて美人だけど恥ずかしがり屋な女の子が転校してきて、バスケ部のイケメンとミュージカルに挑むというあまりにも明るすぎる青春映画。</p><p>言葉にするのが難しいが、この映画は明るすぎる(決して悪い意味ではない)。</p><p>正直なところ話の内容は王道で、オチも毎回ディズニーらしいハッピーエンドを迎えるのでこの映画の主軸はストーリーの濃さではない気がする。</p><p><br></p><p><b>・とにかく明度が高すぎ</b></p><p>何度も繰り返し書くほど、この映画の明度は光の三原色の真ん中に君臨する明るさ。青春の色って、あおはると書くくらいだから青で描かれることが多いけれど、本来はたぶん明るすぎて白なんだなと思ったくらい。</p><p>筆者はかなりどす黒い色をまとって生活していたので、高圧洗浄機でその汚れの真ん中を洗われて明るいところが顔を出した感覚がした。</p><p>そんな本作の明度を上げているのは、やはり音楽だろう。バラード調のゆったりした歌も多い中で、どれをとってもトーンマップの真ん中から上という感じがする。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221115/12/takiwoooo/99/81/j/o0415040015203275579.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221115/12/takiwoooo/99/81/j/o0415040015203275579.jpg" border="0" width="400" height="385" alt=""></a></div><p><font size="2">▲わかりにくい例えしかできないのが申し訳ない。これがトーンマップ。絵描きやデザイナーでないと中々馴染みないかもしれない。</font><br></p><p><br></p><p>すごいなあと思うのは、失恋ソングの類であるはずの”when there was me and you”にもなんとなく明るいトーンが乗っているところ。マップから引用すると、ライトカラーくらいの色味の歌と感じた。</p><p></p><p><br></p><p></p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" style="display:inline-block;max-width:100%" contenteditable="false"><a class="ogpCard_link" href="https://youtu.be/GTZUvuduWPk" target="_blank" rel="noopener noreferrer" data-ogp-card-log="" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" contenteditable="false"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">Vanessa Hudgens - When There Was Me and You (From "High School Musical")</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px">I thought you were my fairy tale, a dream when I'm not sleeping 🎶 Watch Vanessa Hudgens perform “When There Was Me and You” in the official music video from...</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_icon" alt="リンク" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" width="20" height="20" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">youtu.be</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_image" loading="lazy" src="https://i.ytimg.com/vi/GTZUvuduWPk/maxresdefault.jpg" alt="" data-ogp-card-image="" width="120" height="120" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)"></span></a></article></div><p></p><p><br></p><p>ヴァネッサ・ハジェンズの声もあると思う。でもそれだけじゃなくて、ちょっとファンタジーにも聞こえる音作りな感じがする。それが「頼むから嘘であってくれ」感になるのかな、ファンタジックな明るさに繋がってるのかなと思った。</p><p>筆者は音楽に強くないので、残念ながら各曲を理論的に分析することはできない。だからこういう抽象的な考察しかできないのである(語彙力もなくてなお残念)。</p><p>もちろん悲しそうな曲なのはよくわかるのだが、どうやらそれだけじゃなさそうだなというのもわかる。</p><p>ディズニーの音作りがこだわりのあまり恐ろしさすら感じる所以だと思う。</p><p><br></p><p><b>・あッ、救われた。と思った</b></p><p>作詞作曲し、ピアノを弾いてくれた女の子(ケルシー)みたいに、自分の意見を通せない子は普通にいる。そういう子は「優しい」と呼ばれ、都合のいいように利用されてしまうことが多い。優しいという言葉を悪用して、彼女のような子を抑えつけてしまう。ケルシーのように穢れない子もいるが、NOと言えない子の弱さにつけ込むと、卑屈になって筆者のようなどす黒い地雷が完成してしまうこともある。</p><p>優しいから、断らないから、何でもしていいわけではないのだ。その点で、トロイとガブリエラの振る舞いって完璧だったよなあと筆者はケルシー視点で思う。</p><p>耳で聴く「音楽」とかけて、ケルシーの意見に耳を傾ける(聴く)を表してるのかなと…まあそれはたぶん深読みしすぎだと思うけど。</p><p>自分から言葉を発するのが苦手な人にとって、一人でもそういう「ざるからこぼれた小さい音を拾おうとしてくれる人」がいることは、自身が存在する大きな理由になる。</p><p><br></p><p>さて、また自身の話になってしまうが、筆者が転機を得たのは高校三年生のときだった。</p><p>席替えのときのこと。後ろの席になったのは良かったものの、筆者の前に座ったのはクラスの殆どの人と仲がいい、でも自身の派閥を持ってるような眼力強めの女の子だった。</p><p>うわあ、と思った。もう目を合わせないようにしよう、いつもどおり幽霊でいようと思った。彼女は大きな声で話を始めた。「ハイスクール・ミュージカルで育ってきたようなもんだからね、あたし」</p><p>筆者は思わず後ろから「自分も、あの映画好きだ」みたいなことを言った。最初はやっちまったと思ったが、あろうことか彼女は一度も話したことがない筆者のほうを振り返って「えっ、そうなの？あれいいよね！」と一言。</p><p>また、うわあ、と思った。でもそれは、嫌な気持ちから出たものではなかった。</p><p>2年ちょっと半透明で生活していたのが、そのたった2分にも満たない会話で急に透明度100%に筆者はなった。</p><p>それからは、少しずつ対人関係を改善していくことができた。特定の中がいい友達は一人もできなかったが、それでも最後の一年だけは存在することができた。</p><p>頭が考えるより先に、口をついて言葉が出ちゃうほどこの映画は誰かと語りたくなるのかもしれない。</p><p>その内容は「音楽がいい」「恋愛模様が尊い」「シャーペイかわいい」「バスケがしたいです」などなど、本当になんでもいいんだろう。</p><p><br></p><p><b>・おわりに</b></p><p>もしこの記事を読むのに時間を割いてくださる方の中で、対人関係に悩む人がいたなら、一度ご覧になってみてもいいかもしれない。</p><p>今になって感じることだが、たった三年間しか通わない学校で特定の友達なんかできなくたって別にいいと思うのだ。できたらまあ嬉しいねってくらいで。友達なんかできなくても、時々本作を観て現実逃避すればいいじゃないかと思うのだ。</p><p><br></p><p>なぜなら筆者は今も友達が殆どいない。</p><p>でも、話す相手はたくさんいる。仲間には愛想よくするようにして、ビジネスおつきあいを徹底している。</p><p>未だその中で、ギリギリ友達と呼べるような人が2、3人いるくらいだ。極論、なんだってどうにかなる。こんなどうしようもないやつでも平気でのうのうと生きているくらいだし。</p><p><br></p><p>さて、ここまで読んでくださったすべての方に心から感謝申し上げたい。</p><p>皆様もきっとお優しいことだろうから、どうか理不尽なことや嫌なことからは上手に逃げられるように心から願っている。</p><p>優しい人を利用しようとするやつの靴紐が毎日両足で結ばれててズッコけますように(酷)。</p><p></p><p></p>
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<link>https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12769106500.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Nov 2022 17:19:44 +0900</pubDate>
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<title>#手抜きは正義だよ2022</title>
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<![CDATA[ <p>高校生までは、「忙しい」という言葉が好きだった。</p><p>友人関係に悩む時間がなければ悩まなくて済むし、何もしない抜け殻をよそ目に忙しさをもって自身を充実させていた。</p><p>しかし、高校を卒業してからは忙しさが敵になった。睡眠時間が削られ、ほぼ寝ないで家を出ることさえある最近は1日が30時間あったって足りないと思う。</p><p><br></p><p>さて、時間によく踏んづけられながら追い越されている筆者は以前、別のディズニー映画好きが書いている記事を見る機会があった。なんとなしに見たその記事の中には、こんな感じの内容があった。</p><p><br></p><p><b><font color="#ea3323">「白雪姫のダンスとマリアン姫のダンスが同じ」</font></b></p><p><br></p><p>白雪姫はすぐにおわかりと思うが、マリアン姫についてはご存知ない方もいるかもしれない。</p><p>マリアン姫は、1973年公開の『ロビン・フッド』に登場するお姫様のこと。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221025/02/takiwoooo/b3/af/j/o0236018815193190805.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221025/02/takiwoooo/b3/af/j/o0236018815193190805.jpg" border="0" width="400" height="318" alt=""></a></div><p><font size="2">▲ディズニー版ロビン・フッドは動物のキャラクター。ロビンとマリアンはキツネである</font></p><p><br></p><p>その記事が書く「ダンスが同じ」とは。</p><p><br></p><h2 class="limited011_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited011_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:flex;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#333;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;line-break:loose;word-break:break-word;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block;border-left:5px solid #000;box-sizing:border-box;padding-left:20px">​同じ踊り方、同じ歩き方</span></span></h2><p><br></p><p>これは以前記事にしたが、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオには暗黒時代があった。有能なクリエイターが一気に辞めてしまったり、ピクサーの力に圧倒され2Dアニメが下火になったことなど理由は様々ある。</p><p>『ロビン・フッド』も、その暗黒時代の最中に制作された作品といえる。</p><p></p><p><br></p><p></p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" style="display:inline-block;max-width:100%" contenteditable="false"><a class="ogpCard_link" href="https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12767270849.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer" data-ogp-card-log="" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" contenteditable="false"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">『ディズニー映画暗黒期を考える』</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px">あまり想像できない話だ。今回タイトルにした「暗黒期」がディズニー映画史にあるということは。正確にはWDAS(ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ)の…</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_icon" alt="リンク" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" width="20" height="20" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">ameblo.jp</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_image" loading="lazy" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221004/04/takiwoooo/1a/04/j/o1024053715183545515.jpg" alt="" data-ogp-card-image="" width="120" height="120" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)"></span></a></article></div><p></p><p><br></p><p><br></p><p><b>・作画をリサイクルしている</b></p><p>先程書いた「同じダンス」とは、過去のディズニー作品で使われたシーンを使い回しているということである。</p><p>マリアン姫のダンスシーンには、白雪姫が小人たちと踊るシーンのダンスの動きがそのまま再利用されているというわけだ。</p><p>また、リサイクルされた作画は白雪姫のみにとどまらないようである。</p><p><br></p><p>しかし、それの何が悪いんだ？</p><p><br></p><p>この作画リサイクル問題について、やはり「手抜き」という言葉はつきものになる。なかには賢いという意見もあるものの、商業アニメという言葉とともに嫌味っぽい意見もお見かけしたことがある。<br></p><p>ロビン・フッドのみならず作画が使い回された映画は他にもあるようだが、こういった作画のリサイクルが確認される映画は暗黒時代のものが多いようだ。</p><p>お金と人手、さらに時間もない中で、とにかく箸でも棒でもかかれという気持ちで作品を作り続けるために考えついたアイデアだったのかもしれない。</p><p><br></p><p>実は筆者も手描きでアニメーションを作ったことがあるが、たった1分作るのに莫大な時間を要したのを記憶している。<br></p><p>それを1時間半程度の映画にするのだから、恐ろしいほどの枚数を書いていると思うとクリエイターたちに頭が下がるばかりである。</p><p><br></p><p><b>・「手を抜く=悪いこと」ではない</b></p><p>言ってしまえば、日本のアニメにも使い回しをしている作品はいくつも存在する。未来警察ウラシマンの出動シーンとか、毎回おんなじじゃねぇか(ウラシマンが読者様に伝わらなさそうで震えている)。</p><p><br></p><p>絵を描いて長編アニメーションを作るという現実離れしたことに対してだからなんだって言えるわけだが、もう少し身近に考えることはできる。</p><p>というのも毎日お弁当を作るのは大変だから冷食を使う、ということに少し似ていると思う。</p><p>でも、冷食を使ったからって「手を抜いてる」と言うのはお門違いとは思わないだろうか。</p><p><br></p><p>というか、手を抜いていいじゃんと思うのだ。</p><p>そもそも白雪姫とマリアン姫のダンスが同じで困ることある？</p><p><br></p><p>ロビン・フッドは暗黒時代の作品ながらキャラクターが動物で可愛らしいのと、中々スカッとする内容なので普通に楽しめる。一緒だと気づいたとて内容がつまらなくなることはない。本来ならガッカリする必要すらない。</p><p>毎回真新しい絵を描くより、少しでも楽な方法を使って作業効率を上げ、いっぱい寝て素敵なアイデアを思いつくほうがよっぽど良さそうではないだろうか。</p><p>筆者が漫画を描いていたときは、「絵が雑でも話が面白きゃみんな読む」と言われたことがある。</p><p>絵が上手なことや作画が新しいことは大事かもしれないが、それよりも「キャラクターを動物にしよう」「プリンス・ジョンのヘイトを前半で貯めまくろう」などの観たくなるアイデアは絵よりも大事だと思う。</p><p>要は、お弁当箱に何を入れるかよりもどうやって入れるかを考えるような感じ。ハート型やにこちゃんマークに見えるだけで楽しいみたいなことに似ているんじゃないかと思う。</p><p><br></p><p><b>・おわりに</b></p><p>筆者は作品の見方についてとやかく言うのが好きではないし、どの作画を使い回しているのか探すのはむしろ楽しそうとまで思う。それからプロの仕事は見えてはいけない、一般人にクリエイターの苦労を無理やり理解させようとしてはいけないとも思う(アニメ描くのは大変なんだから仕方ない、は本来視聴者に言わせるべきではないと考える)。</p><p>それでも、「手を抜いちゃダメ」「常に100%の力でやらなきゃいけない」という綺麗事には残念ながら賛同できない。作画を使い回すことにしろ冷食にしろ、「上手に手を抜く」のは必要ではないだろうか。常にフルパワーでやってたらいつか充電が切れてしまう。</p><p><br></p><p>60%の結果でも大丈夫。なんならここぞというときだけ100%で頑張るようにしないと本当に大事なときに限って倒れちゃうので(経験者は語る)。</p><p>クリエイターの方向に身を置く者としては「大変だったんだから文句言うな」とは言えないし「これ一つにかけた作業量を察しろ」や「じゃお前描いてみろよ」も、正直言いたいがそれは禁句である。</p><p>あの『美女と野獣』ですらダンスシーンにリサイクル疑惑があるが、魅力的なキャラクターづくりや最高の音楽によってそんなものは気にならなくなっている。</p><p><font color="#ea3323">ディズニー作品のみならず、その作品にとって大事なのが作画のみということでは絶対にない</font>と、自身でアニメやグラフィックを手がけてみた筆者から一言ことわっておきたい。</p><p><br></p><p>さて、ここまで読んでくださったすべての方に感謝申し上げたい。</p><p>「頑張ってないのは悪い」ではなく「何一つ頑張ってないのは悪い」だと筆者は思うので、すでに何かを頑張っている方はどうか上手に手を抜いて体を壊さないようにして頂きたい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12771084041.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Oct 2022 04:44:50 +0900</pubDate>
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<title>もう我慢ならねえ。ゴーテルを許すな。</title>
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<![CDATA[ <p>よくYouTubeで、色んなディズニー映画考察チャンネルを視聴する。</p><p>その中でも、ディズニーヴィランズに関する解釈は人それぞれでかなり面白いものがある。</p><p>しかし筆者は、ゴーテルを擁護する意見が多いことに納得ができないのだ。もう許せないので、筆者のヴィランズに対する解釈を書かせて頂きたい。</p><p>ただ意見を改めろと強制しているわけでは絶対にないので、別解程度に読んでいただければ幸いである。</p><p><br></p><h2 class="limited011_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited011_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:flex;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#333;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;line-break:loose;word-break:break-word;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block;border-left:5px solid #000;box-sizing:border-box;padding-left:20px">​ヴィランズへの解釈</span></span></h2><p>キャラクターによって、同情できてしまう場合と全く同情できない場合の2種類にわけられると思う。その内訳について少しずつ書いていこうと思う。</p><p><br></p><p><b>・同情してしまう、可哀想なヴィランズ</b></p><p>ディズニーヴィランズには、割と可哀想に感じてしまうキャラクターも多い。</p><p>そんなキャラクターたちの中で、恐らく最も可哀想なのは<b>フック船長</b>ではなかろうか。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221007/02/takiwoooo/3c/a9/j/o0639036715184847998.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221007/02/takiwoooo/3c/a9/j/o0639036715184847998.jpg" border="0" width="400" height="229" alt=""></a></div><p>▲<font size="2">部下にも恵まれず、常に食い殺される危機に怯えながら生きるのはかなり辛かろう。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p>Mr.スミーが無能すぎることや、チクタクワニの恐怖に震え続けなくてはならないこと。彼は悪い海賊かもしれないが、あまりにも不幸を背負いすぎだ。</p><p>しかも、チクタクワニに襲われることになったきっかけはピーターパンが「遊びで、冗談のつもり」という無邪気で恐ろしい理由で船長の片手を切り落としワニに食わせたからだ。</p><p>挙げ句の果て、私はタラですと言わされ子どもたちにも「フックはタラ♪」と歌われる。こんな屈辱もなかなか無い。もはやピーターパンになんとか一泡吹かせてくれと思ってしまうまである(ピーターパン推しの方々に心から謝罪しながら)。</p><p>しかし、子供のピーターパンに敵わないところもフック船長の憎めない点なのだと筆者は思う。</p><p><br></p><p>そしてもう一人、可哀想なヴィランズが。それは、『ヘラクレス』に出てくる冥界の王<b>ハデス様</b>である。</p><div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221007/02/takiwoooo/ce/dc/j/o0658030415184847999.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221007/02/takiwoooo/ce/dc/j/o0658030415184847999.jpg" border="0" width="400" height="184" alt=""></a></div><p><font size="2">▲冥界の王なのに、この扱いは酷い。ほぼ社畜だろう…</font></p><p><br></p><p>動画を視聴していると、意外と彼を嫌う人が多いことに驚いた。コメントなどにも、ハデスは嫌いだと書く人が案外いて筆者は悲しくなった。</p><p>でも聞いてほしい。ハデスは上界で神様たちがどんちゃん騒ぎしている間も働き、「オイ働きすぎだぞwww」と仕事を渡してきた張本人にイジられてもなお冥界の王として働いているのだ。</p><p>これで部下が有能ならまだ救われるのに、やっぱり部下は無能なのである。つまりほぼワンオペ。そりゃひねくれたって仕方ないはずだ。</p><p><br></p><p>本編はここではないので、今回は簡単にあまりにも可哀想なふたりについて書かせて頂いたが、もちろん他にも同情の余地があるキャラクターはいる。</p><p>万年トップ2として無能王の下で働かされていたジャファー様や、群れの端に追いやられていたスカー様、契約内容を説明したのに破られた挙句殺されてしまったアースラ様なども含まれるだろう。</p><p>彼らは確かに悪役だが、ひねくれてしまう理由もわからなくはない。</p><p><br></p><hr><p>それでは次に、筆者がゴーテルをどうしても許せない話をしていこう。</p><p><br></p><p><b>・ゴーテルに母親としての愛はない</b></p><p>ゴーテルを擁護する方々の意見として「ラプンツェルを大事にしていた」「ラプンツェルがいい子に育っているから、母親としてはよかった」「ラプンツェルはゴーテルが落ちるとき手を伸ばした」というものがある。それについて、仰りたいことは筆者もよくわかる。しかし、忘れてはならないのはゴーテルの目的が「魔法」であること。つまりラプンツェルが持つ魔法の髪だけが彼女の目的なのだ。</p><p>言い方は悪いが、金の卵を産むガチョウに餌をやらないわけがないのである。</p><p>絵の具を買いにわざわざ出ていくのも、ラプンツェルが自分に依存するように洗脳し塔から出さないための戦略であると筆者は思う。</p><p>ゴーテルが愛しているのは、自分に若さを与えてくれる魔法だけ。その魔法を持つのがたまたま一国のお姫様だったというだけなのだ。</p><p>ここまでの筆者の意見をかんたんにまとめると、</p><p><b>・ラプンツェルを大事にしてた</b>→<font color="#ea3323">家畜に餌をやるのと同じ。魔法の髪のために大事にした「ふり」をしただけのこと。</font></p><p><b>・母親としてはよかった</b>→<font color="#ea3323">そりゃ虐待すればもっと早く逃げようとするはずだ。依存させて塔の中に居続けさせようとするほうが楽だからそうしただけ。</font></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><b>・ラプンツェルは手を伸ばしてた→</b><font color="#ea3323">そりゃ彼女は愛されてきたと思ったかもしれないし、そこからくる行動だったかもしれない。でも、ゴーテルの本心は魔法さえあればそれでいいのだ。</font></span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">だから筆者はゴーテルという女を許せない。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><br></span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">そもそも動機が身勝手なのである。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">「自分が若く美しくいたい」というあまりにも自分勝手な理由で、一人の女の子の人生をめちゃくちゃにしてしまった。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">確かにいつまでも美しくいたいというのはわからなくもないのだが、筆者は必ずしも肌にシワがないことを美しいと呼ぶのではないと思う。</span><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">必ず「年相応の美しさ」はあるのだから。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">同じ例として、白雪姫に登場する女王も挙げられる。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">彼女は自分が一番美しくあるために、白雪姫を殺そうと目論むほどの悪女だ。</span><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">しかし、何故か女王を好きな人は多いだろう。筆者も何故か好きだ。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">その理由はおそらく、「鏡が気を遣えばいいのに」の一言だからだと思う(たぶん)。</span><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">あと絶対に鏡の好みが白雪姫なだけで女王が一番美しいと思ってる人もいるはずだ。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">話がそれたが、ゴーテルは本当に最低な女だと筆者は思ってしまう。『塔の上のラプンツェル』初見ですでに大嫌いなので、この先もきっと揺るがず大嫌いだ。</span></p><p><br></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><b>・ガストンってどう？</b></span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">悪いやつながら擁護派が多いガストン。確かに野獣の恐ろしい姿を見たら、誰しも人間に危害を加えると思ってしまうだろう。それに野獣も、わがままで乱暴な王子であった過去がある。</span><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">要は、正義のぶつかり合いになってしまったわけだ。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">しかしガストンはベルの内面を見ようとせず、ベルの気持ちも考えずに求婚していた。あの自己肯定感の高さは見習いたいが、やはり自分中心で世界が回ってると思っていそうなあの感じは好き嫌いが分かれそうだ。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);">個人的には嫌い寄りのグレーゾーン。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(234, 51, 35);"><br></span></p><hr><b>・おわりに</b></div><div>ゴーテルが擁護されることが多い理由はよくわかるし、確かにラプンツェルを育てるうちに彼女を愛するようになった線も捨てきれない。</div><div>でも、本当に愛しているなら、それこそ自分の若さを保つことよりラプンツェルを本当の家族のもとへ帰そうとしないだろうか。</div><div>実写版『マレフィセント』においてマレフィセントが自分でオーロラにかけた呪いを解こうとしたみたいに、正しい選択をしようと行動しないだろうか。そういうところも引っかかるから、筆者はゴーテルを好きになることができなかった。</div><div><br></div><div>さて、ここまでお付き合いくださったすべての方に心から感謝申し上げたい。</div><div>筆者の拙い考察が、少しでも読んでくださった方に新しい視点を提供することができたなら幸いである。</div>
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<link>https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12768097009.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Oct 2022 03:20:51 +0900</pubDate>
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<title>10月だしフランケンウィニー観た</title>
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<![CDATA[ <p>小さい頃に観たため記憶が薄かった映画である、ティム・バートンが撮ったクレイ・アニメーションのほうの『フランケンウィニー』を改めて視聴した。</p><p>そしたらものすごい涙が止まらなかったのでこのなんとも言えない気持ちを共有させてほしい。</p><p><b><font color="#ea3323">※この記事は読者様がすでに本作をご覧になった前提でお話をすすめますのでネタバレ等ご注意ください。</font></b></p><p><b><font color="#ea3323"><br></font></b></p><h2 class="limited011_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited011_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.1" style="display:flex;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#333;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;line-break:loose;word-break:break-word;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block;border-left:5px solid #000;box-sizing:border-box;padding-left:20px">​フランケンウィニー</span></span></h2><p>不慮の事故で亡くしたわんちゃんを、雷の力でもう一度蘇らせるという内容の本作。</p><p>全編モノクロで、登場人物も若干不気味な造形。しかし個性的なキャラクターばかりである。まず、エルザ初見でその奇抜ヘアにひっくり返ったが。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221004/05/takiwoooo/32/83/j/o0500028115183550193.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221004/05/takiwoooo/32/83/j/o0500028115183550193.jpg" border="0" width="400" height="224" alt=""></a></div><p><font size="2">▲どうやったらこのセンスにたどり着くんだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p>なお、トシアキという名の日本人のキャラクターがいたのも驚きである。喋りも巻舌が苦手なアジア訛りという感じ。</p><p>ヴィクターが最初にスパーキー主演で作っていた映画も特撮モノだったので、日本を意識した演出だったのだろうかと思うと少し嬉しい気もする。まあ、トシアキはかなり悪いやつだが…。</p><p><br></p><p><b>・その命は、ちっちゃくて重かった</b></p><p>筆者が本作を視聴したとき、その気持ちとしては『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』を観るときと同じような精神状態で再生ボタンを押した。ティム・バートンだから不気味なのにどこか魅力的な作品なのだろう…くらいしか思っていなかった。</p><p>しかし、その軽い気持ちは割と序盤ですぐにへし折られることとなる。</p><p><br></p><p>スパーキーが亡くなって、ヴィクターは家族であり唯一の友達を失った。あまりにもスパーキーに会いたいがために、ヴィクターは僅かな可能性に賭けて彼の遺体を掘り起こし、みごと生き返らせた。</p><p>スパーキーの尻尾が動いたとき、筆者はもちろん嬉しくなった。しかし、彼が顔を覗かせたそのときは複雑な気持ちになった。そのあとも、スパーキーがお腹をすかせたときやヴィクターと触れ合うのを観れば観るほど辛くなってきていた。</p><p>なぜなら、可哀想に感じてしまったからだ。継ぎ接ぎだらけになり、体のパーツはボロボロで取れやすくなって、食事は充電という形。</p><p>ヴィクターのように、こんな姿になってまで生きてほしいと思えるだろうかと筆者は考えた。</p><p>そして、スパーキーを見ているうちに9歳になる我が家の家族のことが頭に浮かんだ。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221004/05/takiwoooo/06/df/j/o1056098715183550198.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221004/05/takiwoooo/06/df/j/o1056098715183550198.jpg" border="0" width="400" height="373" alt=""></a></div><p><font size="2">▲ビビリだが心優しい男。おもちゃを振り回し筆者のくるぶしにぶつけてくる。ダル絡みとお風呂を嫌う。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p>スパーキーと違って、彼は臆病で大人しいし事故に遭った事もない。だが、彼を亡くしたあとでもう一度スパーキーのように蘇らせられるとしても筆者はそれを選ばないと思う。</p><p>今を一所懸命生きる彼を心から愛しているが、ボロボロになって大好きなご飯やおやつも食べられない姿を見た日には泣いて謝るかもしれない。安易な真似をして彼を苦しめたと。<br></p><p><br></p><p>ヴィクターがスパーキーともっと一緒に居たかったのは非常に良くわかる。スパーキーもヴィクターと一緒に居たかったはずだ。そして、ヴィクターにとっては見た目すら関係なかったのだと思う。ただ、あのスパーキーとずっと暮らしていきたいという純粋な気持ちだったのだということは容易に理解できる。筆者も、できることならこの先ずっと心優しい柴犬と一緒に生きていきたい。</p><p><br></p><p><b>・愛するってなんだろう</b></p><p>ヴィクターの行動は、過激だが立派な「愛」からくるものだ。スパーキーを愛していなければ、生き返らせようとすらしないだろう。もっと生きたかったはずのスパーキーへの最大限の愛情表現ともいえる。</p><p>だが、筆者が柴犬を生き返らせない選択肢もまた「愛」である。</p><p>愛する者への正しい選択とはなんだろう。ボロボロになってもまた生きてくれる彼に以前と変わらぬ愛を注ぐのか、彼がいついなくなってもいいように今できる全ての力で愛を注ぐのか。</p><p>こういう道徳的な話には色んな正解があっていい。本作に関してはペットがいる人といない人でも価値観が変わりそうである。</p><p><br></p><p>ヴィクターも筆者も、わんちゃんが家にいることが当たり前となっていた。</p><p>しかしそれは当たり前ではなかった。筆者は本作を視聴して、ヴィクターの言動を見て、事故もなく大きな病気もせず元気でいてくれる我が家の大事な家族をこれからも全力で愛そうと思った。</p><p>初めは本当にティム・バートンのダークな世界を体験しようとだけ思って観たのに、ここまで愛することについて考えるとは思っていなかった…()</p><p>めちゃくちゃ面白かったはずなのだがすごく心が沈んでグルグルと考え込んでしまった。</p><p><br></p><p><b>・おもしろ怖いシーンたち</b></p><p>さて、本作をご覧になった方の中には筆者のように変なところで引っかかってしまう人はあまりいらっしゃらないかもしれない。それに、ティム・バートンの作品は不気味な造形のコメディが多い。本来、ここまでモヤモヤ観る作品ではないはずだ(たぶん)。</p><p>なので、ツッコミどころというかフランケンウィニーの思わず笑ったところについて共有したい。</p><p><br></p><h3 class="limited018_heading02" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited018_heading02" data-entrydesign-tag="h3" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display: flex; line-height: 1.4; min-height: 28px; word-break: break-word; margin: 4px 0px 12px; justify-content: flex-start; text-align: left;"><span style="background-image: url(&quot;https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited018_heading02_bg.png&quot;); background-size: 12px 14px; padding-left: 20px; display: block; background-position: 0px 7px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span data-entrydesign-content="" style="display: block;"><font color="#ea3323" size="3" style="font-weight: normal;">猫のうんこの形で占う女の子</font></span></span></h3><p>まず、ペットのうんちを見て健康状態を把握することはよくある。病院でも診たりするし、そこまでは普通のことだ。<br></p><p>しかし、フシギちゃんとおヒゲくんは特殊すぎる。まずおヒゲくんはアルファベット型のうんこを器用にするし、フシギちゃんはその形を崩さずキレイに包んで持っている。なんとも器用なコンビだ。</p><p>こんな予言を受けた日の夜は、眠れないこと間違いなしだろう。</p><p><br></p><h3 class="limited018_heading02" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited018_heading02" data-entrydesign-tag="h3" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display: flex; line-height: 1.4; min-height: 28px; word-break: break-word; margin: 4px 0px 12px; justify-content: flex-start; text-align: left;"><span style="background-image: url(&quot;https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited018_heading02_bg.png&quot;); background-size: 12px 14px; padding-left: 20px; display: block; background-position: 0px 7px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span data-entrydesign-content="" style="display: block;"><span style="color: rgb(77, 77, 77); font-weight: bold; font-size: 20px;">​</span><font size="3" style="font-weight: normal;" color="#ea3323">デブにやらすからじゃね？</font></span></span></h3><p>トシアキがペットボトルでロケットみたいなものを作っていた。これを観たとき、筆者がまっさきにイッテQで出川哲朗さんがやっていた伝説のペットボトルロケット回を思い出したのは言うまでもない。</p><p>しかし子供が用意できるもので作るにはやはり限度がある。それに、まず軽いものやぬいぐるみなどで実験するのが子供の発想としては普通だろう。</p><p>しかしトシアキはよりによって友達のデブ(名前忘れた)を被験者に選んだ。確認だけどトシアキ頭いいんだよね？</p><p><br></p><h3 class="limited018_heading02" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited018_heading02" data-entrydesign-tag="h3" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display: flex; line-height: 1.4; min-height: 28px; word-break: break-word; margin: 4px 0px 12px; justify-content: flex-start; text-align: left;"><span style="background-image: url(&quot;https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited018_heading02_bg.png&quot;); background-size: 12px 14px; padding-left: 20px; display: block; background-position: 0px 7px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span data-entrydesign-content="" style="display: block;"><font color="#ea3323" style="font-weight: normal;"><span style="font-size: 20px;">​</span><font size="3">オトンとオカンが冷たい</font></font></span></span></h3><p>スパーキーが亡くなってから、ペット墓地に埋葬してやるシーン。雨も降り出し、かなりの雰囲気。</p><p>しかしヴィクターの父母、めちゃくちゃスピーディーに傘を取り出しふたりで帰宅していた。ヴィクター置いてけぼりだし一つも声かけないんかい…！</p><p>一緒に居てやりたいのは痛いほどわかりながらも「風邪ひいちゃうから帰ろう」とか、おいて帰るにしても「先に戻ってるね」とか言うのが普通なのではなくて…？これは筆者がおかしいのか？悲しいシーンでついツッコミが漏れた。</p><p><br></p><hr><p><b>・おわりに</b></p><p>複雑な気持ちになったが、とても良い映画だったのは確かだ。ティム・バートン作品ならではのブラックで不気味ながら笑える演出もてんこ盛り。おそらくこの映画の制作意図としても適度にツッコみながら観てくれ、というライトなものなんだろう。</p><p>ただ筆者は深夜かつ少し心が弱っていて、9年の歳を重ねてきた大事な柴犬という家族をもった状態で観たのでかなり変な考えに陥ったが。</p><p>空気が冷たくなり、着実にあの世の世界の者たちがこちらへやってくる準備を進める今だからこそ、生と死について少し考えてみるきっかけになるのではないだろうか。</p><p><br></p><p>ここまで、貴重な時間を使って読んでくださった皆様に心から感謝申し上げたい。</p><p>筆者がグルグルと考え込んでしまった考察だが、違った解釈をもたらすことができたなら幸いである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12767600760.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Oct 2022 18:54:47 +0900</pubDate>
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<title>ディズニー映画暗黒期を考える</title>
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<![CDATA[ <p>あまり想像できない話だ。</p><p>今回タイトルにした「暗黒期」がディズニー映画史にあるということは。</p><p>正確にはWDAS(ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ)の映画史に訪れた暗黒期であるが、実は2回も低迷した時期があったのをご存知だろうか。</p><p><br></p><p><br></p><h2 class="limited011_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited011_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.1" style="display:flex;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#333;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;line-break:loose;word-break:break-word;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block;border-left:5px solid #000;box-sizing:border-box;padding-left:20px">WDASの​暗黒期</span></span></h2><p>まず、一般的に暗黒期と呼ばれているのは1970〜80年代と、2000年代を指す。では、どんな作品が公開されていたのか見ていこう。</p><hr><p><b>・第一次暗黒期</b></p><p>○おしゃれキャット(1970)</p><p>○ロビン・フッド(1971)</p><p>○くまのプーさん 完全保存版(1977)</p><p>○ビアンカの大冒険(1977)</p><p>○きつねと猟犬(1981)</p><p>○コルドロン(1985)</p><p>○オリビアちゃんの大冒険(1986)</p><p>○オリバー ニューヨーク子猫ものがたり(1988)</p><h3 class="limited018_heading02" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited018_heading02" data-entrydesign-tag="h3" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.1" style="display: flex; font-weight: bold; line-height: 1.4; min-height: 28px; word-break: break-word; margin: 4px 0px 12px; justify-content: flex-start; text-align: left;"><span style="background-image: url(&quot;https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited018_heading02_bg.png&quot;); background-size: 12px 14px; padding-left: 20px; display: block; background-position: 0px 7px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span data-entrydesign-content="" style="display: block;"><span style="color: rgb(77, 77, 77); font-size: 20px;">​</span><font size="3" color="#ea3323">第一次暗黒期が訪れた理由</font></span></span></h3><p>『ジャングル・ブック』(1967)の製作中にウォルト・ディズニーが亡くなったから。</p><p>そして、『きつねと猟犬』を最後にナイン・オールドメン(当時ディズニー長編アニメを担っていた伝説の9人)が全員引退してしまったから。そのため暗黒期は『きつねと猟犬』を基準に区別することもある。</p><hr><p><b>・第二次暗黒期</b></p><p>○ファンタジア2000(2000)</p><p>○ダイナソー(2000)</p><p>○ラマになった王様(2000)</p><p>○アトランティス 失われた帝国(2001)</p><p>○リロ&amp;スティッチ(2002)</p><p>○トレジャー・プラネット(2002)</p><p>○ブラザー・ベア(2003)</p><p>○ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え！(2004)</p><p>チキン・リトル(2005)</p><p>○ルイスと未来泥棒(2007)</p><p>○ボルト(2008)</p><p>(○プリンセスと魔法のキス〘2009〙)</p><h3 class="limited018_heading02" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited018_heading02" data-entrydesign-tag="h3" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.1" style="display: flex; font-weight: bold; line-height: 1.4; min-height: 28px; word-break: break-word; margin: 4px 0px 12px; justify-content: flex-start; text-align: left;"><span style="background-image: url(&quot;https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited018_heading02_bg.png&quot;); background-size: 12px 14px; padding-left: 20px; display: block; background-position: 0px 7px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span data-entrydesign-content="" style="display: block;"><font size="3" color="#ea3323">第ニ次暗黒期が訪れた理由</font></span></span></h3><p>トイ・ストーリーなどの公開により、ピクサー作品の勢いがそれはそれは凄かったから。</p><p>フルCGアニメーションの需要が高まったから。</p><hr><p>以上となっているが、ご覧になったことがある作品はあっただろうか？有名なタイトルも混じっているが、知らない作品も多いはずだ(プリンセスと魔法のキスをカッコにしているのは、ジョン・ラセターがWDASの指揮を取ることになってからの作品ではあるものの話題性や興収を考慮するとグレー位置だから)。</p><p>しかし、暗黒期だからといってこれらの作品がつまらないわけではないのだ(筆者はブラザー・ベアを狂ったように愛しているが、あまりのグッズやグリ、ショーパレなどの参戦のなさに限界を迎えている)。</p><p><br></p><p><b>・暗黒期を救った作品</b></p><p>これらの暗黒期と呼ばれる時代を救った作品がある。まず第一次暗黒期を救ったのは、1989年公開の<font color="#ea3323"><b>『リトル・マーメイド』</b></font>である。もはや伝説の域である<b>アラン・メンケン</b>と<b>ハワード・アッシュマン</b>が作曲に携わり、『アンダー・ザ・シー』はアカデミー歌曲賞を受賞している。</p><p>このリトル・マーメイドに続く90年代の作品たちは一般的に「ディズニー・ルネサンス」と呼ばれ、続々と大ヒットを飛ばすことになる(美女と野獣やアラジンなどもこの時代だ)。</p><p><br></p><p>そして、2回目に訪れた暗黒期を救ったのは2010年に公開された『塔の上のラプンツェル』である。ディズニー初の3DCGプリンセス映画で、女の子に人気があるイメージが強い。ディズニー映画をあまり知らなくてもラプンツェルはわかるという方もいるのでは。</p><p>そしてこちらも映画音楽の神アラン・メンケンが楽曲を手がけている(ハワード・アッシュマンは残念ながら91年に若くして亡くなっている)。</p><p>ここから本格的にディズニーでも3DCGでの映画を製作するようになり、現在の圧倒的映像美に繋がっていくのだ。</p><p><br></p><p><b>・知らないのは勿体ねえ！暗黒期の黄金映画</b></p><p>筆者は暗黒期と呼ばれている作品を全部視聴済みなので、ここからはマニアックな作品のいいところをめちゃくちゃ簡単にご紹介していこう。</p><p><br></p><p><b>・おしゃれキャット</b></p><p>→おしゃれキャット≠マリー。全猫が魅力的！</p><p><b>・ロビン・フッド</b></p><p>→ロビン(狐)爆イケ胸スカ映画。</p><p><b>・くまのプーさん 完全保存版</b></p><p>→ズオウとヒイタチ。怖4癒6(？)</p><p><b>・ビアンカの大冒険</b></p><p>→ねずみ激かわ。がんばれバーナード！</p><p><b>・きつねと猟犬</b></p><p>→すっごく切ない素敵な友情物語</p><p><b>・コルドロン</b></p><p>→WDAS史上最も駄作だがホラー演出は凄い。</p><p><b>・オリビアちゃんの大冒険</b></p><p>→オリビアちゃん激かわ。ラティガン激きも。</p><p><b>・オリバー ニューヨーク子猫ものがたり</b></p><p><b>→</b>タイトル猫だけど犬がカッケェ映画</p><p><b>・ファンタジア2000</b></p><p><b>→</b>とりまドナデジてぇてぇ</p><p><b>・ダイナソー</b></p><p><b>→</b>迫力ある画づくりと緊張感漂うストーリー</p><p><b>・ラマになった王様</b></p><p><b>→</b>超絶コメディ！作画もかわいくてクセになる。</p><p><b>・アトランティス 失われた帝国</b></p><p><b>→</b>なんでこのアトラクないんだ。超ロマン映画。</p><p><b>・リロ&amp;スティッチ</b></p><p><b>→</b>おそらくこの中で認知度一番のハワイアンSF</p><p><b>・トレジャー・プラネット</b></p><p><b>→</b>なんでこのアトラクないんだ。超ロマン②</p><p><b>・ブラザー・ベア</b></p><p><b>→</b>音楽フィル・コリンズ！号泣必至神映画</p><p><b>・ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え！</b></p><p><b>→</b>牛カワイイ！あったかドタバタコメディ映画。</p><p><b>・チキン・リトル</b></p><p><b>→</b>タイトルからは想像つかないが、実はSF</p><p><b>・ルイスと未来泥棒</b></p><p><b>→</b>へんてこビジュアルとオチがおもしろい。</p><p><b>・ボルト</b></p><p><b>→</b>設定が変わってる、わんにゃん山盛り映画</p><p><br></p><p>如何だろうか、筆者の語彙ではうまく書けない部分があることが悔しいのだが…それは追々、個々の記事にその魅力を書き起こしていこうと思う。</p><hr><p><b>・おわりに</b></p><p>ほとんどが素晴らしい作品にも関わらず今回は暗黒期と銘打って紹介してしまったわけだが、やはり時代や世の中の流れによって本来ならば話題を呼んだであろう作品がふるわなかった場合もある。</p><p>ディズニー映画史上一番の駄作と呼ばれるコルドロンだって、ナイン・オールドメンがまだWDASに残っていればその圧倒的ホラー演出の素晴らしさと更に練り上げたストーリーでヒットを飛ばしたかもしれないのである。</p><p>筆者は、ディズニーの「マニアックな作品を知っている」とか「好きな映画がマニアックなやつばかり」だからDヲタだとは思わない。そういうマウント取りたいだけのやつはヲタクではなくただのだるい人だ。</p><p>しかし、グリーティングで名前を呼べるキャラクターが増えればパークも更に楽しめる。</p><p>さて、ここまで長々と書いたにも関わらず、貴重な時間を使ってお付き合いくださった方に心から感謝申し上げたい。</p><p>無い語彙力で書いたものが、読んでくださった方にとって有意義なものになれば嬉しい限りである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12767270849.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Oct 2022 04:11:54 +0900</pubDate>
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<title>実写化ついでにごめんなさい</title>
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<![CDATA[ <p>日本のアニメの実写はよくコケる。それはコスプレより酷いキャラクターの再現度とお遊戯会のような地獄絵図のせいに加え、実写化の意味がそんなにないことも理由として挙げられるかもしれない。中にはうまくいった作品もあるが、やはり邦画の実写はイメージがあまりよくないだろう。</p><p>それに比べて、ディズニーの実写映画で大コケといった内容はあまり聞かない。ジャングルブックや美女と野獣、シンデレラ、ライオンキング、アラジンなどの圧倒的映像美と解釈一致な配役で大成功をおさめた実写映画は多い。</p><p>しかし最近はポリコレという観点から、イメージと違う配役がなされることが増えてきた。クルエラのロジャーとアニータにしろ、ピノキオの妖精にしろ、舞台版美女と野獣にしろ、その改変ぶりは誰もついてこられないものになってしまった。</p><p>しかし、こういったことをしたことで多くの視聴者が不満を持つことなど簡単にわかるはずだ。</p><p>ではなぜ、批判を浴びるとわかっていながらこういったポリコレ作品ばかりが目立ってしまうのか。</p><p><br></p><h2 class="limited011_heading" data-entrydesign-alignment="left" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited011_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.53.1" style="display:flex;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#333;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;line-break:loose;word-break:break-word;justify-content:flex-start;text-align:left"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block;border-left:5px solid #000;box-sizing:border-box;padding-left:20px">​最近のディズニー実写映画</span></span></h2><p>実写に限らず、ディズニーリゾートの入場アナウンスが変わってしまったりクリッターカントリーから「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」が消えてしまったり、ディズニーはすべての人に配慮しようと努力した結果少し行き過ぎたことまでしてしまっている。</p><p><br></p><p><b>・アニメ版でしてしまった差別などを改善したい</b></p><p>筆者はディズニー実写の意図のすべてを知るわけではないが、アニメ版にあった差別表現を払拭する目的は実写化するさい確実に大切にしていることではあるだろう。</p><p>たとえば実写版シンデレラ。ドリゼラとアナスタシアはアニメ版においていわゆる…特徴的な顔。インパクト爆デカフェイスをしておられる。これはもちろん悪役としてトレメイン婦人と彼女らにヘイトを向けるための演出ではあるが、実写版では「性格の悪い美人」に変更されている。もちろん「ブスは性格悪い」なんてありえないし、この世にブスは存在しない。ドリゼラとアナスタシアもインパクト爆デカフェイスというだけだ。しかし、実写版シンデレラは英断だったと思う。見た目と性格はあまり関係ないから。</p><p>そしてわんわん物語の実写もそうだ。意地悪なセーラおばさんの飼い猫であるサイとアムは、アジアへの差別を込めたシャム2匹。音楽もアジアンテイストで、普通に観てもわかりにくいが言われてみれば差別表現にあたるだろう。</p><p>実写では猫も音楽も変更され、よりヴィランらしい重厚な音楽になっていた。中々いいアレンジだ。</p><p><br></p><p>クラシック作品と呼ばれる少し古いアニメ映画の実写が多い理由は、こういった差別表現や古い価値観を実写版という形でアップデートするためのものとも言えるだろう。アラジンのアニメ版で描かれたジャスミンは大事に育てられた可憐なお姫様だったが、実写版では新しく「スピーチレス」という楽曲も追加され有能かつ行動力あるタフな女性になっていた。マレフィセントには後ろ暗く悲しい物語が追加され、「悪が悪たる所以」を色濃くした。</p><p>これが今回ブログタイトルにした<font color="#ea3323"><b>「実写化ついでにごめんなさい」</b></font>というわけである。</p><p><br></p><p><b>・コンプレックスを乗り越えていくこと</b><br></p><p>ウォルト・ディズニーが人種差別主義者だったことはかなり有名な話である。だからこそ、現在のディズニーは過激なポリコレ作品を次々と発表しているのだと筆者は思う。</p><p>多様性が叫ばれる時代だというのに、世界のスーパースターの父が差別主義者とあっては大変だ。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220930/23/takiwoooo/be/34/j/o0646047515182031821.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220930/23/takiwoooo/be/34/j/o0646047515182031821.jpg" border="0" width="400" height="294" alt=""></a></div><p><font size="2">▲「ドナルドの襲撃部隊」に出てくる日本兵。確かにかなり悪意ある見た目のように感じる。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p>差別主義者であった事実や、差別を助長するような作品を多く制作していた事実は変わらない。だから実写化して、現代の技術がなせる映像美とともに多様性に富んだ作品へと昇華させているのだろう。</p><p>現在のディズニー映画が、パーク内が、人種差別のことでツッコミを入れられないように少々敏感になっているようである。</p><p><br></p><p>このことについて、性的マイノリティの立場にある筆者は「やりすぎ」と言わざるを得ない。</p><p>パークの入場アナウンスはディズニーに来た感じがして大好きだったし、「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」を聴いて南部の唄を連想できる人は数少ないだろう。歌詞に差別表現が含まれているわけでもない。それどころか、きつねもくまも友達なのだから。</p><p>過去を消したり上塗りするのではなく、新しく作るコンテンツに多様性を持たせればいいだけのことではないのだろうか。</p><p>そして、マイノリティ側に立つ人間たちも、それを隠れ蓑やら盾やらにして多くを求めてはいけない。</p><p>エンターテイメントは誰に対しても平等で有るべきだが、やりすぎればまたすぐ一方に傾く。すでに薄々感じているが、今度は白人差別なんてことが起こりかねない。</p><p>こんなことをモヤモヤ考えながら映画を観るなどごめんだ。多数派少数派双方とも、どうかやりすぎないでほしい。</p><p><br></p><p><br></p><p>さて、こんな話に長々お付き合いくださった方に感謝申し上げたい。</p><p>ディズニーはすべての人に楽しんでもらおうと葛藤し努力しているのだと筆者は思うことにしている。ディズニーのポリコレ作品への強い風当たりが少しでも和らぐなら、こうして書いた意味も少しはあるのだろうかと思うばかりである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/takiwoooo/entry-12766923862.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Oct 2022 05:24:03 +0900</pubDate>
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