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<title>田宮丸のブログ</title>
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<title>伊藤の死後の世界・4　念仏の登場を検証・・する気もおきない</title>
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<![CDATA[ <font color="#006699"><font size="5">昨日もくだらないとおもったが今日はもっともくだらなく、突っ込むところも気も無い。が一読した感想。</font></font><br><br><br><br><br><br>死ねば極楽浄土か地獄のどちらかへ行く、他に選択肢は人間には存在しない、という考え方は、権力者から庶民へと広がっていき、平安時代の後期には多くの人たちの心の中で常識化していました。もう黄泉の国へ行くなどと考える人はいません。<font color="#FF1493">黄泉の国のことなど誰も考えていない。と断言できる物証でもあったのか？伊藤いつもの妄想か（呆）<br></font><br><br><br><br>　自分の力で寺を建てて、本尊として安置した阿弥陀如来に極楽往生を頼める権力者とは違い、貧しい庶民は自分が地獄に落ちるのではとの恐怖感を常に持つようになります。寺を建立するようなお金のない自分たちが、どうやったら地獄へ落ちなくて済むのか、そのいい方法はないのかと考えるようになります。<br><br>　そこに空也が現れて、念仏致し候へ、と説いて回ります。寺を建立するようなことをしなくても、南無阿弥陀仏と、阿弥陀如来のお名前を唱えていれば極楽浄土へ行けるというのです。<br><br>　とても安直な方法ですが、当時の庶民の多くは文字が読めず、仏教の教義を聞かされても理解できないので、これが最も受け入れられる布教法でした。<font color="#006699"><font size="4">ここまでの伊藤の説明ならば多くの人間は文字も読めない無学となる。無学に対して最新の宗教であり、最新の科学でもあったはずの仏教を布教する僧の数もわずかと考えるが妥当。辺境地に仏教が浸透などしてるはずもなく、であれば日本に神道を信じるものが皆無。と先に言い放った伊藤の妄想はやはり妄想で、自分で自分の矛盾をココで証明したことになろう。</font></font><br><br><br><br><br><br>　鎌倉時代になると一遍が出ます、この人は念仏しなさいと説くだけでなく、念仏結縁のために南無阿弥陀仏と彫った版木を作り、それで印刷したお札を配りました。賦算といいますが、一遍からこのお札を受け取れば念仏結縁ができた証明になり、極楽浄土への往生が約束されると人々は思い、一遍の周辺に多くの人が集まり教団が形成されていきます。<br><br>　一遍の教団は遊行念仏、踊念仏といわれ、僧は捨て聖といわれました。寺も財産も持たず、無一物となって念仏を進めて全国を遊行し、人を集めて念仏踊を興行します。念仏踊は遊行聖が音頭を取って、集まった民衆が踊りながら念仏を唱えるもので、この踊りの輪に入れば極楽浄土行きが約束されると参加者は考えます。<br><br>　集団で踊るという行為は人の心を高揚させるものがあります、その中から法悦が湧き上がってきて、参加者はその気になってくるわけです。<br><br>　遊行念仏は大変な流行を示しますが、遊行聖で念仏踊を興行すると他の土地へ行ってしまうので、土地の信徒の組織化ができないまま、流行の域に留まることになります。<br><br>　鎌倉幕府が成立する少し前に、法然が延暦寺を離脱して京都に住み浄土宗を開きます。観無量寿経疏に帰依して天台顕教の法華経を捨てるかたちになったのです。比叡山の学僧も何人か法然の門に入ります。<br>　<br>　讃岐に流罪されるようなこともありましたが、法然の人間的な魅力もあって次第に信者が増えていきますが、時宗の念仏踊のような流行性はなく、地道に教団を拡大していくという方向でしたが、浄土系の教えの中では最も整備された安定した教義を持つ教団になっていきますが、一遍の遊行念仏のような爆発的な流行というほどのことはなく、地道に信徒を増やしていくといった状態でした。<br><br>　比叡山の学僧であった親鸞が山から降りてきて法然の門に入ります。そのささやかな出来事が戦国時代を揺るがす大教団の発生につながっていきます<br><br><br><br><br><font color="#336600"><font size="6">総論<br><br><br>まるで面白くない。　どうせ伊藤のことだから最後には「　だからこれだけ日本人は大昔から今もずっと愚かなのだ。　だからこれを改めねばならぬ。　日本は中国あたりに全て明け渡すも良かろう　」程度の言葉に終章は持っていくのだろう。　だからこのあたりの語りは伊藤の妄想による非常に都合のいいチェリーピッキングでとにかく　雑　　。</font><br><br><br><br><br><font size="7">いいから伊藤はこのくだらない話をとっとと終わらせて　すぐに朝日新聞の従軍慰安婦記事の撤回にかんする前の感想でも書いてみろ。　オマエのくだらない言い訳がどんなものか。　さっさとかけ。くだらん</font></font>
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<link>https://ameblo.jp/tamiyamaru/entry-11908906236.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Aug 2014 18:34:22 +0900</pubDate>
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<title>伊藤のブログ　死後の世界・3　極楽浄土へ行くための寺院建築を検証</title>
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<![CDATA[ <font size="5"><font color="#336600">前回「　現代人の思想・発想で太古の人々の思考をバカにする愚かさ　」　を平然とやってのけた伊藤浩士・伊藤浩睦。今回はどうであろう。</font></font><br><br><br><br>平安中期以降になると、人間は死ねば、極楽浄土か地獄のどちらかへ行くということが人々の常識になってきます。極楽のようないいところに行かなくても、地獄のような酷いところにいかなくても、ほどほどにふつうに暮らせるところでお願いします、という選択も、人間は死ねば終りでありあとは何もないのだから、死後のことなど気にする必要はない、という考え方もできないのです<font color="#FF0000"><font size="4">。早速バカ発言が始動。無闇に近世でやっと認知を得はじめた「しんだらそれで終わり」の発想を太古の人間に向けて押し付けバカにするバカの構図を展開。（呆れ笑）<br></font></font><br><br><br><br><br><br>　これは人にとっては随分と辛いことです。地獄絵図を見せられると、死んだあとあのような場所で責め苦にあうのは嫌だと誰もが思います。しかし中間はなくて、地獄へ行くのが嫌であれば、なんとしてでも極楽へ行くことを目指して、現世を生きなくてはなりません。次第に、どうやったら死んだ後に地獄へ行かなくて済むのか、それが人が生きる重要な主題になっていきます。<br><br>　これは僧にとっては思う壺の状態です。仏教の力で、厄災を防いで国家を安泰にしますといってもできることではないし、腹の子どもを男子にしてくれとか、自分を出世させてくれとか言われても、これまたできることではありません。極楽浄土へ行かせてあげるであれば、結果が確認できないのですから、ボロが出ることなく加持祈祷が行えます。<br><br>　極楽へ行かせる加持祈祷をやってもらったが、その効果がなかったどうしてくれる、といった苦情は絶対に来ません。僧にしてみたら、そこで最も安全な営業が成立するのです<font color="#FF0000">。残念ながら釈迦自身が生きている頃にすでに巫覡卜占の禁止を信者に言っている。未来予測をはずす事は信用問題。　宗教にそれはあってはならない事。釈迦は未来予測を生業とする危険をとうの昔に認識していた。　だから誰もいけない極楽の加持祈祷であり、祈りの力が事の成就か失敗に分かれると前置きするのだ。弥勒菩薩は誰も知ることが出来ない５６億７千万年後にくるのだ。<br></font><br><br><br><br><font color="#336600"><font size="5">それがオカルトでありソレが宗教であることが一つも分かっていない。そして今を生きる人間の魂を救済するのが宗教の役目であり、その魂が救済されるのなら「途中の嘘など途中の方便・詭弁などはどうでもいい。」と言うことが一つも分かっていない。　宗教は懊悩する心を救済する装置であり、方法論だ。　太古も今も宗教はその側面が大いなる一部であり、宗教は悩める魂・心を救済さえできれば9割9分は成功したといっても過言ではない。<br></font></font><br><br><br><br><br><br><br>　平安中期以降、京都に次々と大きな寺が建てられます。今は平等院と蓮華王院しか残っていませんが、天皇家や摂関家によって幾つもの寺が建てられるのですが、その建立目的は国家安泰でも王城鎮護でもなくて、その寺を建てた人が極楽浄土へ行くためのものでした。<br><br>　目的が変わると崇める仏も変わってきます。奈良の大仏は盧舎那仏でした。盧舎那仏は宇宙の中心となる仏であり華厳経で用いられた音訳です。大日経や金剛頂経では大日如来と言われますが、同じものとされています。宇宙の中心ですから最も位が高い仏ですから、それを礼拝の対象とするのは自然なことです。<br><br>　ところが極楽浄土に行きたいとなると、阿弥陀如来に人たちは注目するようになります。阿弥陀如来は、無量寿、無量光とも漢訳されていますが、宇宙の中心にいる仏ではなくて、衆生を救済する仏であり、具体的には人が死ぬときに迎えに来る仏でした。<font color="#FF0000">盧舎那仏も釈迦如来も教えの役目が違い、同じ如来の化身した姿でもあり、兄弟弟子とも言われる。そして阿弥陀如来がすべての如来の帰結する姿でもあり、全ての如来の大本とも言われてることも知らないようだ。</font><br><br>　仏教は多神教なのですが、<font color="#FF0000">多神教などという見識は、考えの浅い伊藤くらいなもの。</font>どう考えても、宇宙の中心にいる盧舎那仏に比べると、死者のお迎えは使い走りの感じがして、あまり偉い仏とは思えないのですが、極楽往生が仏教信仰の目的となると、死んだ時に迎えに来てくれる仏の方が個人的には重要になってきます<font size="4"><font color="#3333FF">。仏教を単なる多神教と捉えるのは子供の興じる囲碁と一緒。全てのものに神の性が宿り、そぞれの神性が何がしかの特徴を備えて、人間に対して時には寄り添い、時には対峙して人間に何がしかの意味を問うてくる。それがなにを意味するのか？と考える多神教から一歩進んだ汎神論と捉える識者もいる。それは囲碁で例えるなら実際の戦略の知恵や直感を養う知恵の道具としての囲碁となる。さらに、汎神論を押し進めてそれぞれの神の指し示す意味をもって、ならば仏教は人は・国はどう生きるか？国はどうあるべきか？を問うている哲学である。と考える識者もいる。（実際、仏教の信者は仏の偶像を盲目的に崇めることはせずに、僧は生き方を信者に常に問いかける。）これは囲碁で言えば囲碁から世界の治世を考える域ともいえる。　　　残念ながら伊藤の仏教に対する見識は子供の遊びの囲碁と一緒。　浅いことこの上なし。といえる</font></font><br><br>　藤原道長は、いよいよ死ぬというときに、自分が作った法成寺の九体の阿弥陀如来の手に五色の糸結び、その端をを自分の手に結ばせたと伝わっています。そうまでして極楽浄土へ行きたかったというか、権力を得るためにいろいろと悪謀も巡らしてきたので、地獄へ行くことがもの凄く怖かったのでしょう。　<font color="#FF0000">伊藤は通報されたり、素性を明かされることを死ぬほど怖がっているが。</font><br><br>　道長の息子の頼通から平等院を作って鳳凰堂に阿弥陀如来像を安置したのも同じことであり、当時の権力者の、なにがなんでも地獄には行きたくないといった気持ちであり、仏教を信じる目的はそこへ集約されていく状態になっていました。<br><br><br><br><font color="#333300"><font size="6">総評<br><br><br>太古の発想・思考法を現代になってようやく獲得した思考法でバカにするというのが伊藤の思考法。　そのような思考法では１０００年たっても１億年たっても昔の考え方を理解するのは不可能。　多少の知識人は時代における思考法に立って当時はどのように人は考え方をしたのか？・・の思索に立ちとうの昔にソレを実践しているが、　伊藤のバカはその位置にすら立っていない。　だから見識がバカで浅くて偏り、知識人気取りのクセに全然のアホ扱いをされいるのかサッパリわかっていないのはココまで見れば明らかであろう。</font></font>
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<link>https://ameblo.jp/tamiyamaru/entry-11908275001.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Aug 2014 10:44:59 +0900</pubDate>
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<title>伊藤のブログ　死後の世界・2　　国家鎮護から個人利益へを検証</title>
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<![CDATA[ 平安時代に入ると仏教は奈良時代の国家鎮護から個人利益の現生利益に変わってきます。<br><br>　仏教は古代の日本人には先進国から入ってきた先端文化であり、人の力ではどうしようもない厄災をもたらす巨大な力を制御できる技術と受け取られていました。その技術を使えば国家は安泰になると考えて大仏も作ったわけですが、そうなると漠然とした国家安泰ではなくて、即物的に日照りの時に雨を降らせるとか、そういうこともできるはずだと考えるようになってきます。<br><font size="5">アホ。則物的な利益は供物の奉納で神様の御機嫌をうかがう太古の宗教の時からずっと人間の思考から生まれていたもので、日本に仏教が入る前からあるし、<font size="4">ましてや日本に限らず同時代以前の世界中のそれまでの宗教にもすでに広がっていた当たり前の発想だ。</font><br></font><br><br><br><br><br>　そのような期待を担って密教が登場します。空海という人は、加持祈祷を行って雨を降らせたり、病気を治して見せました。<br><br>　このような行為には種も仕掛けもあるのですが、見ている人たちは加持祈祷の効果で雨が降った病気が治ったと考えます。<font color="#FF0000">種も仕掛けもあるのが長年の気象・天候の観測がなせる技であり、それを上手く隠して宗教に対する求心力にするそれがオカルト（隠された知識）であり、こういう隠された知識も世界中にとうの昔に広まっていた。　伊藤の見識はつくづく浅い。</font><br><br>　そうなると、もっと個人的なことでも仏教に頼めるのではないかといった空気になってきます。娘が天皇の子を孕んだ、仏の力で腹の中の子を男子にしてくれとか、自分が朝廷で望みの官位に就けるように仏に頼んでくれ、などといったものが僧のところに持ち込まれます。<font color="#800080">仏教が当時最先端の知識であり化学の側面を持っていたなら、他の先端科学（例えば風水も巫覡卜占の類）も、その隠された知識のごまかしながらの一般人に向けての当時の先端科学「仏教」の裏づけを引用して（もちろんごまかしでも）世間を納得させるために利用した。　伊藤は密教だけに起こったように言うがそれはすべて妄想であり、それぞれの分野がそれぞれの先端知識の一部を一部だったり丸々引用するのはあたりまえにあった。　そしてそれは今でも続いている。　本当に浅い見識<br><font size="3"></font></font><br><br><br><br>　これは雨や病気と違ってタネが仕込めません、半分の確率で女子が生まれますし、ダメな人間が出世できることもありません、こうなると、加持祈祷は効かないといわれるようになってきます。<br><br><br>　僧の方でも、タネが仕込めないことを請け負うのは不味いよな、といった思案が出てきます。そこであの世が出てきます。悪いことをすると死後に地獄に落ちが、高僧に加持祈祷をやってもらえば悪事はチャラになって極楽浄土へ行けます、と言い始めるのです。<font size="4"><font color="#FF0000">バカ。確率が半分で失敗してもそういう時は信者には信じていなかった。加持祈祷が足りなかった。前世での悪行が邪魔をした。過去の悪行で怨霊が害をなした。と言い訳はもっており、　その言い訳を信じさせるために前段階で信者には周到に教育する。それが「当時のオカルト」における販売のセットだ。　　そうしてそれはいまの「オカルト」にも連綿と続いており、そういう意味では現代人でもしっかり騙されている。　ましてや当時のオカルトは先端知識としてのオカルトだ。　なにを現代人の感覚で斬っているのだろう？　千年前の思考・発想の人達をサカナにして、ようやっと現代の発想を他人から教えてもらって生きている伊藤が古代人をバカにする。　なんと恥ずかしい物言いだろう。<br></font></font><br><br><br><br><br><br>　すぐに結果が出る子どもを男にすることを請け負うよりも、死んだら極楽浄土に行けることを請け負った方が、結果が誰にも分からないので、商売としては安全であることに僧が気がつきます。<br>　<br>　平安時代に浄土思想が広まって行ったと言われていますが、それは一般人から出た思想ではなく、僧の側から宣伝したのです。今でも寺に行くと地獄絵図とか極楽図などがありますが、機会があるごとにそういうものを見せたわけです。<br><br>　地獄絵図は激しい恐怖感を持たせるように描かれています。寺に来た人たちがそれを見て、なんとしても地獄へ行くのは嫌だと思うように仕向けるのです。極楽と地獄の二者択一ですから、地獄へ行くのが嫌であれば極楽浄土へ行くことを願うしかないといった仕掛けになっています。<br><font color="#FF0000">当たり前をいうね。　面白みナシ。</font><br><br>　そのような宣伝の結果として、多くの人たちが、死んだら人間は極楽浄土か地獄のどちらかへ行くと考えるようになります。<br><br>　古事記にある黄泉とは違う、とても想像力のあるあの世が設定されたわけで、人々は死んだあとのことを常に気にしながら生きるようになっていきます<font color="#FF0000">。イザナミをみれば古事記にある黄泉の世界がどれだけ人が忌み嫌う世界かは分かる。とっくの昔に人は自分が死後向かう世界を夢想して、恐怖を覚え、常にソレを気にしながら生きていた。<br></font><br><br><br><br><br><br><br><font color="#336600"><font size="4">総評<br><br><br>このころに日本人は死後の世界をはっきり意識した。とでも言いたいのだろうが、全くもっての見識不足と妄想の羅列と<font size="6">「　現代人の思想・発想で太古の人々の思考をバカにする愚かさ　」</font>　なんとも恥ずかしい限りだ。</font><br></font><br><br>
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<pubDate>Sun, 10 Aug 2014 07:10:23 +0900</pubDate>
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<title>伊藤のブログ　死後の世界・1　　古事記と奈良仏教を検証。</title>
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<![CDATA[ 　人間は死んだらどこへ行くのか、そもそも人間はどこからやってきてどこへ行くのか、そのようなことを近ごろつくづくと身に染みて感じます。亡くなった親族や知人は、今どこでどうしているのか、死んだら自分はその人たちと会えるのか、そんな疑問を持ってしまいます。<br><br>　これは昔から人間が感じてきた疑問であり、昔の人はその疑問に関してどのような回答を持っていたのか、そんなことを少しだけ考えてみたいと思います。<br><br>　日本神道の経典ともいうべき古事記には黄泉の国の物語が出てきますが、伊邪那岐が見た黄泉の国の伊邪那美は胸にも腹にも陰にも雷がとりつき、あさましくも醜い姿であった、と書かれています。<br><br>　雷は蛆の置き換えだと思えば、これは人間の死体が腐った状態を言っています。古代ですから土葬ですが、いったん土葬した死体をなにかで掘り起こしたときの状態を基本にして、黄泉の国の伊邪那美を描いています。あの世のことではないのです、この世で腐敗した死体を言っているだけなのです。<font color="#FF1493">ウジを雷に置き換えられる証拠は無い。それは伊藤の勝手な妄想で腐った死体かどうかは一つもワカラン</font><font size="4"><font color="#800080">山田と言う馬鹿が「宇土多加禮」の表記があるからイザナミはウジだらけだったと言うが、伊藤が何一つウジがイコール雷であろうと想起させる表記を少しも提示することもなくその貧弱な妄想でウジ＝雷と言っている所がオカシイといっているわけだし、そもそも「宇土多加禮」の表記がイザナミの身体的特徴として描かれてるのなら、ウジ虫まみれと書き続ければいいのに、わざわざウジ虫をそのあとで「雷」などと、もうウジと書いてるのにオブラートに包みなおす必要がどこにあるだろう？　まったくもってやまだも浅いバカ。前からバカなのは噂で聞いていたが、やまだはバカをココで確認。文章の読解力ナシを確認。　伊藤にしてこのやまだあり。だろう</font></font><br><br><br>　日本神話の作者はどうも絶望的に想像力の欠如した人物だったらしく、<font color="#FF0000">オマエよりはずいぶんマシ</font>死後の世界である黄泉の国はこの世で死体が腐っていく状況を描いただけ、<font color="#FF0000">死体が腐りながらも生きている表現は世界の神話ではどこにでもある。</font>高天原は、天岩戸、天沼矛、天浮橋と地上のものに天を付けただけで済ませてしまっています。<font color="#FF0000">天（アメ・アマ）はある体制側と一目で分かる。ある勢力の力と分かるための記号であって想像力がないからではない。これも世界の神話を探ればドコにでもある表現。考えが浅い</font><br><br><br>　近代になっても日本の神道の想像力不足は続きます。戦死者は靖国神社に祀られるとしていますが、死者がどのような死後の世界に行き、どのような扱いを受けるのかは説明されていません。靖国神社に合祀するというこの世の手続きを示すだけで、死後の世界がどんなものかは示されていません。<font color="#FF0000">オマエの想像力のなさに比べればずいぶんマシ</font><br><br><br><br>　仏教が伝わってきて初めて死後の世界が説かれるのですが、<font color="#FF0000">はじめて？アホが。</font>当初は死後の世界は人気がなかったようです。仏教が伝わった時代の人たちは、仏教を先進国から伝えられた科学体系のような感じで受け止めます。<font color="#FF0000">どこでも宗教は当時の最新科学の機能を持ち合わせているもんだ。大体、聖典も経典も文字が読める書けるが大前提。そういうところは学習の場・科学の集積の場となる。アホが</font><br><br>　凶作、風水害、虫害、地震、疫病など当時の人の力ではどうにもならないことが降りかかってきて、人の暮らしを破壊していきます。日本の神は穢れを祓い清浄にして祝詞というかたちで祈ることしかできません。<font color="#FF0000">他の世界の宗教もみんな同じだよバカ伊藤</font><br><br>　仏教は、人の力ではどうにもならない厄災をもたらす、巨大な見えない力を制御する技術をもった科学という理解でした。聖武天皇が巨大な大仏を作ったのも、廬舎那仏の力で、人間に厄災をもたらす巨大で見えない力を制御しようと考えたのです。それが国家に安泰をもたらす仏教でした。<font color="#FF0000">その程度の理解じゃ神道も仏教もなんも変わらん。祈ったくらいで天地が動くわけが無い。そんなことは当時の天皇でさえ知っている。そんくらいで仏教が流行した。と考える伊藤は１５００年以上も前の人間にも劣るつくづくのアホ。<font size="3"></font></font><br><br><br><br>　聖武天皇が大仏を作ったのは、国家の安泰のためであり自分が死後の世界で良い思いをするためではなかったと思われます。それは大仏建立のときの勅書を読めば分かります。<font color="#FF0000">お前が勅書を読んだとはとても思えんな。このサル以下の見識で</font><br><br><br><br><br>　奈良朝のころには、仏教に自分の死後の世界を期待するといった気分はあまりりなく、死後におけるなにものかを期待しても、それは父母の菩提を弔うといったものであり、自分をどうしてくれ、といったものではなくて、あの世に対する気分としては、古事記の世界の黄泉の国の感覚が続いていたと見るべきでしょう。<font color="#FF0000">無宗教の反日サヨク狂信者が宗教を語るとこんなものか</font><br><br>　死ねば漠然と黄泉へ行くであって、具体的な死後の世界が概念として成立するところまでは行っていなかったと思われます。<br><br><br><font size="4"><font color="#9370DB">伊藤の論法で行けば日本人は宗教の時点で昔からこんな体たらくだから、頭がおかしい。だからダメなのだ。といいたいのだろうが、　日本を救う以前に人類を救う方法として伊藤がかねてより指し示す方策はすべてがザル。無能の方策ばかりで、伊藤式サヨク世界は日本のソレより無様でヒドイ。<br><br><br>伊藤の論法で行けば韓国の神話はすべてアチコチの国の神様の話を頂いただけの「パクリ神話」「盗人神話」であるから、　なるほどいまでも韓国人が全てのものをスキあらば盗み「俺のものだ」という現実は韓国の言う所の半万年も前から染み付いたもので、どうしようもないクズ民族の証明となろう。　　これはあくまでも伊藤の論法で韓国を見れば・・である。　私の意見ではない。<br><br><br><br>いずれにしろ反日左翼教の狂信者が宗教を語るとこうも滑稽になるという、面白い読み物だ。</font></font><br><br><br><font size="2"><font color="#33CC33">ついでにやまだ、イチャモンつけたいならここに乗り込んで来い。　おまえの愛するヘタレの伊藤と全然違ってここは記事の削除はしないぞ。　おなじくヘタレのやまだにその度胸はひとつもなかろうが。期待のキの字もしないまっていよう。読解力ナシのやまだ</font></font>
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<pubDate>Sat, 09 Aug 2014 17:30:30 +0900</pubDate>
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<title>伊藤浩士　再開のご挨拶全文検証。</title>
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<![CDATA[ 再開のご挨拶<br><br>　惜しまれつつも14年8月5日に終了した「伊藤浩士のブログ」は、本日、26年8月6日に「伊藤浩士とのブログ」として、かねてよりの約束通りに、12年ぶりに復活しました。<font color="#FF0000">2年ぶりの復活だろ？干支一回りしてるぞ。</font>ｗ思えば夢のような12年間でした、なにか1晩しか経っていないような感じもするのですが、<font color="#FF1493">常にお花畑思考とその思考の成就の為に差別発言連発だから頭が夢見心地なのは分かる。</font>それはきっと気のせいでしょう、<font color="#FF0000">いやいや脳が膿んでいるから。</font>こうやって終了年月と再開年月を比べると間違いなく12年経っています。<br><br>　最も驚いたのは、止めると報告させていただいたあと、今までコメントをつけられなかった読者の方から、止めるな、再開して欲しいという内容の、多数のコメントやメッセージをいただいたことです、ご苦労様でしたというコメントも身に沁みました。<br><font color="#FF0000">狂信者数名と物見遊山の人間がポチポチなだけ。お前のキライな側の人間はこの10倍いる</font><br><br><br><br><br><br><br>　ネットの中ではいつも不条理な批判に晒されているという気分になっていたのですが、こんなにも大勢の方が更新を楽しみにして読んでくださっていたのか、サイレントマジョリティは自分を支持してくれていたのだ、自分は文句をつけてくる一部の人たちに振り回されて、大勢の読者の方を忘れていたのではないのかと痛切に感じました。<font color="#FF0000">重ねて言うが狂信者数名と物見遊山の人間がポチポチなだけ。</font><br><br><br><br>その点は、とても嬉しいコメントやメッセージでしたが、同時に猛省を促されるものでもありました。<font color="#FF0000">常人の猛省ではあるまい。そもそもの脳みそがおかしいから</font><br><br><br>　今後の方針としては、差別的な暴論を言い、出入り禁止になると自分のブログで悪態を言いまくるような人は初めから入れません。<font color="#FF0000">いつものことじゃん</font>そういう人の個別的なブログのことは話題にしません、そういう人の個人的な批判も記事のなかではやりません、<font color="#FF0000">いつまでもつかな？個人攻撃しない宣言</font>個別的な誹謗中傷もこれからはテーマとしては取り上げません。<font color="#FF0000">きのうまでバンバンしていた奴が今日からできるわけが無いに10円</font>俗にネトウヨと呼ばれる人を政治を考えていくなかで話題にすることがあっても、<font color="#FF0000">伊藤の場合、自分の言い分とわずかでも合わない奴は全員ネトウヨ。一番ラクで一番低レベルな思考法</font>その場合にはあくまでも一般論として扱います。<font color="#FF0000">一ヶ月で元の悪態ブログに戻るに10円ｗ</font><br><br>　大勢の方のご支持が確認されたのですから、最早ハナクソのような人たちの外野での避難は無視しても構わないと思います<font size="5">。早速はじめる差別発言。ハナクソ共でスタートか<font color="#0000FF"></font></font><br><br>　これからは地味に、政治、文芸、歴史のはなしをやっていこうと考えています。内容は地味なものに大きく転換しますが、これからもよろしくお願いしたいと思います。　　<font color="#9370DB"><font size="5">親の資産を減らさないようなチマチマ生活。売れない俳句本と絶版の妄想歴史本じゃパッとしない人生だからな。</font></font>　<br><br><br>　　　　　　　<br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　伊藤浩士　<font color="#800080"><font color="#336633"><font size="7">本名　伊藤浩睦でもいいじゃん。ね　ひろのぶ</font></font></font>
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<pubDate>Wed, 06 Aug 2014 15:26:20 +0900</pubDate>
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