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<title>Love  and  Free</title>
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<description>魂の声を聴く</description>
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<title>むずむずむずと</title>
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<![CDATA[ 自分の中から何かが出ていきたがっている<br><br>いま着ている殻は全然形が合わないと<br><br>いま着ている殻は全然柔らかさが合わないと<br><br>いま着ている殻は全然大きさが合わないと<br><br>突き破りたい　突き破りたい<br>なぜこんな殻を着せたと<br>何かがもがいている<br><br>中にいるのは何だろう<br><br>どんな形をしているのだろう<br><br>どんな柔らかさなのだろう<br><br>どんな大きさなのだろう<br><br>そして一体何者なのだろう<br><br>殻から出て来てどうするつもりなのだろう<br><br>出してやりたいが、出て来たあとどうするつもりなのかがわからないのでは、<br>恐ろしくて出してやることができない<br><br>お前は何者だ<br><br>お前は何者だ
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<pubDate>Tue, 30 Nov 2010 09:16:30 +0900</pubDate>
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<title>記憶</title>
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<![CDATA[ すごく久しぶりに、秋の日曜日にゆっくりとカフェオレを飲んで、美味しいパンとサラダを食べて、<br>村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」と<br>デイヴィッド ハンドラーの「フィッツジェラルドをめざした男」を読んで<br>葉加瀬太郎さんを聴いていたら<br>なんだか胸の中に涙がいっぱいにたまったようになって<br>久しぶりに前に何度かみていた夢を見ました<br><br>それは、母に「そうじゃないのに。なんでわかってくれないの」と激しく泣いて抗議をしている夢<br><br>何をあんなに怒っていたのかは覚えていませんが、「全然わかってくれてない」「全然ちがう」っていう<br>絶望的な悲しみのようなものは、目が覚めても消えませんでした。<br><br>両親にはいまとなっては愛情と感謝しかないつもり<br><br>でも、母に対する怒り<br>そして、父に対する怒り<br>は、本当の本当には消えていないのでしょうか<br><br>その怒りは、どうすれば消えるのでしょうか<br><br>それとも、あれはただの記憶の残骸なのでしょうか・・・<br>
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<pubDate>Mon, 25 Oct 2010 13:29:15 +0900</pubDate>
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<title>リフレインする歌詞</title>
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<![CDATA[ この間から突然頭の中で流れだした曲があります<br><br>歌詞は<br><br>「もう一度　この街で　あなたと　暮らしたい」<br><br>というのですが<br><br>曲にも歌詞にも覚えがなく<br><br>この街がどの街なのかも、あなたが誰なのかもわかりません<br><br>曲は、全然違うんだけど、なんとなく「情熱大陸」を思わせるような<br>バイオリンの曲です<br><br>このメッセージを送っているのは、いつも、頭の中に「愛している　愛している」という<br>メッセージを送りこんでくれている人なのかな？<br><br>↓<br><br>後日談です。<br><br>思わずこの曲を娘たちの前で口ずさんだところ、この春から弦楽部に入った娘から「エトピリカ」だね、と。<br><br>そうなんです。<br><br>葉加瀬太郎さんの「<a href="http://www.youtube.com/watch?v=gjoN7ejfLKk" target="_blank">エトピリカ</a>」のフレーズだったんです。びっくりです。<br><br>もしかしたら、「前世」のバイオリンと関係しているかも、と思って、葉加瀬太郎さんのコンサートに行ってみることにしました。<br><br>ＣＤも借りてみました。<br><br>バイオリンの曲なんて退屈で全然好みじゃない・・・と思ってたのですが、とてもよくて、なぜか泣きそうになりました。
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<pubDate>Sun, 17 Oct 2010 10:52:50 +0900</pubDate>
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<title>引き寄せられる</title>
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<![CDATA[ 何年か前、福井で仕事をしたことがあり、その頃に知り合った会社の方たちがいました<br>↓<br>彼らはやがて兄弟バンドを始めました<br>↓<br>CDをいただいたり、ライブに誘っていただいたりしたけど<br>なんだか恥ずかしくて聴けませんでした（これも数年前）<br>↓<br>ことしになって、ある友人宅で、このバンドの曲を聴く機会があり<br>いい曲だな～と思ったので、ライブに行くことにしました。<br>いつもは日程的に合わなくて行けなかったのだけど<br>今回は日程的にも何も問題ありませんでした<br><br>という流れがあって<br><br>友人がチャネラーになりました。<br>「師匠がいる」と言っていました。<br>その友人が、上記のバンドの全国ツアーに同行するという話をしていました。<br>（私はMCかなんかで行くのかと思ってました）<br><br>という流れがあって<br><br>この２つの流れは自分の中でまったく無関係だと思っていたのだけど<br><br>実は、バンドのメンバーが、友人の「師匠」だったことが<br>ライブのあとにわかりました<br><br>「師匠」は、それこそ神様の声が聴こえる人だし<br>前世の「宝物」を探すこともできる人でした。<br><br>そして、いつの間にかチャネリングに関するブログを運営して<br>アメブロで超人気ブログになっていて、本を3冊も出していました。<br><br>そのことがわかった翌日、一緒に食事した女性がむこうから<br>「バシャール」って知ってますか？<br>と言いだしたので驚きました。<br><br>そして友人が神様の声が聴こえるようになったと言ったら<br>「あなたも聴こえるはず」とあっさりいわれました。<br><br>そして、「ママの仕事は、要はひとことで言うとなんなの？」と聴く娘の質問に<br>「あなたは伝える人です」と、いとも簡単に言われました。<br><br>本を買うのは怖いような気がしていたけれど、<br>彼女と話したことで、読みたい気持ちが高まって、さっきその本を注文しました。<br><br>こどもが妊娠してから、何度も何度も何度も<br>自分が忘れていても、こんなふうにスピリチュアルなものに引き寄せられます<br><br>
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<pubDate>Sat, 25 Sep 2010 07:27:33 +0900</pubDate>
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<title>豊かである、ということ</title>
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<![CDATA[ バシャールさんが「豊か」＝「お金を持っている」ではない、と言っていたことを実感したので書いておきます。<br><br>7月末～8月上旬にかけて、沖縄に行ってきました。<br>今回珍しく完全な休暇で、かつ時間もたっぷりあったので<br>あらかじめ、デスクトップ上のメモも行きたいところを書いておきました。<br><br>その中に１つだけ、「どうやって行けばいいのかわからない」（足がない）ものがあって<br>それは、斎場御嶽  （せーふぁうたき）というパワースポットだったのですが<br>「どうやって行こうか？」ということは何も考えず、ただ書いておきました。<br><br>そしたら、沖縄のメンバーが、いろいろと私を楽しませるための企画をしてくれてて、<br>その中に、「1日会社休んでアッシーやります」（会社の許可を得て、仕事として）<br>というのがあって、難なく行くことができたのです。<br><br>そのときに「ああ豊かさってこういうことなんだな」ってすごく実感しました。<br><br>そのために、人に頭を下げてお願いするとか、タクシーに大金払うとか<br>あれこれ考えたり<br><br>これが人生だったら、もしかしたら「運転免許をとらなければならない<br>そのためには免許をとるだけの休みを確保しなければならない<br>しかも免許をとるのに必要なお金もためなければならない」と考えて<br>「できっこないな」とあきらめていたことかもしれません。<br><br>でも、目的は「斎場御嶽  （せーふぁうたき）に行きたい」なのだから<br>なんらかの形でそれが叶えばいいわけで<br>プロセスを自分でコントロールしようとするのはすごく愚かなことだなあと思いました。<br><br>でも、ついつい、本当に叶えたいことであればあるこど<br>「どうすればそこにたどりつけるのか」まで、重く考えてしまいますよね。<br><br>メモに「行きたいところ、斎場御嶽」とだけ書いて忘れてしまったあの感じを<br>マスターできるといいなあと思います。<br>
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<pubDate>Sat, 14 Aug 2010 10:39:17 +0900</pubDate>
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<title>脳の仕組み</title>
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<![CDATA[ 小学校のときの、作文を書いているときは、自動筆記みたいな感じで書けていたので<br>あの感覚を取り戻したいな～とずっと思っていたら、<br>シナリオを書くようになって、まさにその感じを、４０年近くぶりに手にすることができました。<br><br>なんでも願ってれば叶うものなんですね～<br><br>で、自動筆記みたいな感じで書いたものって、あとで読むと、自分でもよくこんなの書けたな～っていう<br>なんでこんなこと突然思いついたんだろ？みたいな不思議な感じなんですが<br><br><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/0c268b60.e6084010.0c268b61.c48d8e9f/?pc=http%3a%2f%2fbooks.rakuten.co.jp%2frb%2f6431265%2f%3fscid%3daf_ich_link_mail&amp;m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f13618354%2f" target="_blank">未来は、えらべる！</a>によると、<br>そういうのは、やっぱり自分の脳から取り出してるわけじゃなくて<br>なんか違うところから引っ張ってきてるみたいですね<br><br>「なんか違う」ところにチューニングすると、勝手に降りてくるんでしょう<br><br>それはよくわかるし「知ってる」って感じました<br><br>この本には、「すごく不思議なことだけど、でも、私はこのこと前から知ってたよ」っていうことが<br>いっぱい書いてあって、それもすごく不思議です。<br><br>「いろんなパラレルワールドがあって、それぞれに自分がいて、<br>ココの自分と、アソコの自分はつながってなくて<br>ココのあの人と、アノトキのあの人もつながってなくて<br>ココからアソコに移動するわけじゃなくて<br>ココはココ、アソコはアソコでずっと物語は続いていて<br>自分の意識がフォーカスするのが、どのワールドの自分かというだけなんだ」<br><br>というのも、なんだかとてもよく理解できます。<br><br>だから、昨日キライだったあの人も、きょうは別のあの人として会える。<br><br>いま読み返してたら、前にはまったく気づかなかったシークレットダウンロードurlに気づいた。<br>これも不思議の１つ。<br>
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<pubDate>Tue, 13 Jul 2010 15:43:48 +0900</pubDate>
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<title>◆ファッションと魂の関係</title>
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<![CDATA[ <br><br>ファッションというのは、自己表現であるか、<br>（パンクスが、パンクファションで反社会性を示すように）<br><br>自分の趣味嗜好・どのチームに属したいかを表明するものであるか、<br>（女子高生のファッションのように）<br><br>自分を演出するための「記号」であるか<br>（質のいいパンツスーツを着て、デキる女社長に見せようとするように）<br><br>他者に評価されるための「衣装」であるか<br>（自分が美しく見える色を着るように）<br><br>仕事をしたり、生活をしたりするための「道具」であるか<br>（講演のために、足が痛くならない靴を履くように）<br><br>そのどれかだと思っていました。<br><br>なので、そのいずれも必要がないときは、<br>人にもらったTシャツと、バカボンみたいな半ズボンと、ペタペタのビーサンでも<br>全然構わないと思っていました。<br><br>でも、最近ファッションに、もう１つの目的があることに気づきました。<br>それは、魂を喜ばせるという目的です。<br><br>魂の波長にぴったり来る服を着たり、バッグを持ったりすると<br>自分がワクワクして嬉しくなる。<br><br>着たり持ったりしたくても、着たり持ったりすることを考えただけで<br>ワクワクして嬉しくなる。<br><br>そういうためのものでもある、と気づいたのは<br>白地に南国風の草花をプリントしたワンピースを買おうと決めたあと、<br>たまたまそれと同じ波長をもつバッグに出合い、<br>「魂を喜ばせるだけのために」そのバッグを買ったからです。<br><br>そのバッグは3000円のトートバッグなので決して高いものではありませんが<br>小さいのであまり実用的ではありません。<br>必要ないといえば全然必要ない。<br><br>でも、そのバッグの色や、そこに描かれている小さなアリンコのことを思い出しだけで<br>なんだかとっても嬉しくなるのです。<br><br>いままで魂と一致するということには、<br>「なにもかもダメになってしまう」「いままで築きあげたものをすべて壊してしまうことになる」<br>というような、なにかネガティブなイメージしかなかったのですが<br><br>本当はこんなにワクワクすることで<br><br>こういう小さなワクワクを積みかさねていくこと<br>１つ１つの選択の中で<br>どんな小さなものでも、ことでも、魂が喜ぶものを、妥協しないで選んでいくことが<br>魂に一致していくということなんだろうなあということに<br>ようやく気づきました<br><br>バシャールさんと本田健さんが言ってるワクワクって<br>こういうことなんだろうけど<br>自分で体験してみるまで、よくわからなかった<br><br>もっと遠足の前のワクワクとか<br>新しい企画を思いついたときのワクワク、みたいな感じだと思っていました<br><br>そうじゃなくて、もっと内向きというか<br>うまく言えないけど、自分の世界の中だけで起こるワクワクがあるのだということを<br>初めて知りました<br><br>このワクワクを知らないから<br>「ワクワクすることだけをして生きなさい」なんて言われても<br>ぴんと来なかったんだろうなあと思います<br><br>
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<pubDate>Tue, 13 Jul 2010 14:41:48 +0900</pubDate>
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<title>◆コインの法則（２）</title>
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<![CDATA[ <br><br>さっそく迷うことがありました。<br><br>あるセレブなホテルで、セレブな人たちを集めて、着物を着て、<br>食事を楽しむというパーティがあって<br><br>そこで着物のファッションショーをやるので出ませんかと言われたのです。<br>着物は自前、ヘアメイクも有料だそうです。<br><br>自前の着物は20年近く箪笥にしまったままだし<br>お金もかかるから、ファッションショーにも出たくないし、<br>この間買ったばかりの、上質のパンツスーツを着ていけば<br>TPOには叶ってるからいいじゃんと思う自分と、<br><br>でも、そういう場でそういう人たちと同じステージに立つことで<br>自分も同じステージに引きあがっていくのかもしれないし、<br><br>いつもお金の心配をしていることこそが<br>「観念」のような気もするし<br><br>母が買ってくれたまま、一度も袖を通していない着物を着たいような<br>気もするしという自分と<br><br>どっちが「魂の声」かわからくなったのです。<br><br>そこで、<a href="http://http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/0c268b60.e6084010.0c268b61.c48d8e9f/?pc=http%3a%2f%2fbooks.rakuten.co.jp%2frb%2f5671134%2f%3fscid%3daf_ich_link_mail&amp;m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f12930171%2f" target="_blank">コインの法則</a>を試そうとしたのですが、<br>どちらに決まるのも、あんまり嬉しくない気がして<br>試さなかったのです。<br><br>そんなある日、横浜を歩いていたら、<br>目の前を歩いていた女の人のスカートが、<br>ふわっと目に入ってきました。<br><br>白地に南国風の草花をプリントしたスカートでした。<br><br>そのときに、「あ、着物でもなくパンツスーツでもなく<br>こういう柄のワンピースを買ってそれを着よう」と思ったら<br>とってもワクワクしてきました。<br><br>このとき、わかったのです。<br>「コインの法則」は、たしかに素晴らしいメソッドだけど<br>2者択一のどちらが「魂の声」であるということが前提条件になっています。<br><br>でも、私の「着物」と「パンツスーツ」がどちらも<br>「～すべき」「～ねば」であったように<br>選択肢に「魂の声」が含まれない場合もある、<br>第３の選択肢が存在する場合もあるのです。<br><br>私の場合、観念のめくらましが強いので、<br>むしろそういうことが多いような気がします。<br><br>いままで自分が選択肢として挙げてこなかったものの中にこそ<br>「魂の選択」が隠されているのかもしれません。
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<pubDate>Tue, 13 Jul 2010 14:40:30 +0900</pubDate>
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<title>◆コインの法則（１）</title>
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<![CDATA[ <br><br>迷ったり悩んだりするときは、<br><br>自分の「～たい」という魂の声と<br><br>「～すべき」「～ねば」という観念が綱引きをしている状態なのだと思います<br><br>やっかいなのは、観念が強すぎたり、観念と寄り添って生きることに慣れ親しんでいたりすると<br>自分でもどっちが「～たい」で「～すべき」「～ねば」なのか<br>自分でもわからなくなってしまうということです。<br><br>このとき、どっちが本当の「～たい」なのかを知るための<br>とっても簡単で、とっても確実な方法を、<br>アラン・コーエンさんのセミナーでおしえてもらって、<br><br>あまりに素晴らしいメソッドなので<br>「これを本にすべき！」と友人をたきつけ<br>書籍化してもらったことがありました。<br><br>「<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/0c268b60.e6084010.0c268b61.c48d8e9f/?pc=http%3a%2f%2fbooks.rakuten.co.jp%2frb%2f5671134%2f%3fscid%3daf_ich_link_mail&amp;m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f12930171%2f" target="_blank">コインの法則</a>」<br><br><br>ところが、このアランのセミナー以来、私は「コインの法則」を封印してしまいました。<br><br>「コインの法則」を使うということは、魂の声に寄り添って生きるということです。<br><br>魂の声に寄り添って生きてしまったら、自分はどうなってしまうのか・・・<br>きっと、めちゃくちゃな人生になってしまうに違いない、と思って怖かったのです。<br><br>つまり、自分の魂の声を信頼していなかったし、<br>魂の声に従って生きることが、幸せになることだとも思えなかった。<br><br>「魂の声」と、「わがまま」「自分勝手」の違いが、よくわからないということもありました。<br><br>魂の声に寄り添って生きよう・・・となんとなく思えるようになってきたのはごく最近で<br>バシャールさんと本田健さんの本を読んだことがきっかけかもしれないし、<br>「声」を聴けるようになった友だちの影響かもしれないし、<br><br>もっと前に、「自分の会社」の中で自分のやりたいことを実現するのではなく、<br>「会社」と「自分」を切り離せるようになって、<br>自分は自分で好きなことをやろうと思って、<br>好きなことをやり始めて、それがすごく楽しいということもあるかもしれません。<br><br>つまり、「コインの法則」は、素晴らしい法則だけれど、<br>魂の声に寄り添って生きるという決意？覚悟？がないと使えないし、<br><br>「魂の声に寄り添って生きよう」と思えるようになるには、<br>なんらかのきっかけ・転機が必要（な人も多い）んだろうなあと思います。
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<pubDate>Tue, 13 Jul 2010 14:38:51 +0900</pubDate>
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<title>突然わかったお金の秘密</title>
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<![CDATA[ <a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/0c268b60.e6084010.0c268b61.c48d8e9f/?pc=http%3a%2f%2fbooks.rakuten.co.jp%2frb%2f6431265%2f%3fscid%3daf_ich_link_mail&amp;m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f13618354%2f" target="_blank">「未来は、えらべる」</a>を読み返しました。<br><br>読み返しはめったにしないのですが、読み返したら、前に読んだ記憶のない箇所や、前はスルーしたけど今回ビビビと来たところが何か所かありました。<br><br>そのうちの１つが、「お金」の話です。<br><br>私は、前から「なんで私はいつもこんなに貧乏なんだろう」っていう思いがあって、<br>いや、貧乏なんていうとバチがあたるくらいいっぱいいただいているのですが、<br>でも常に「全然自分にとっては足りない」感があって、それが謎でならなかったのですが、<br><br>「お金」は、それを得るために使ったエネルギーに比例して入ってくる<br><br>というのを読んで、ようやく謎が解明しました<br><br>前に読んだときは、このエネルギーっていうのを、モチベーションとかがんばりとか努力とか<br>なんていうか、石油が燃えているような感じ？その燃え具合みたいなことだと解釈していたのですが<br><br>きょう読んだら、全然違うっていうことに気がつきました。<br><br>エネルギーっていうより、パワー？フォース？・・・でもないなあ<br>「大きさ」みたいな感じですかねえ<br><br>それは、つまり、「どれだけたくさんの人を幸せにしているか」っていうことなんですよ。<br><br>で、それも「奉仕の心」とかでがんばってやるものではなくて、<br><br>誰にでも１つは「無限に溢れ出るエネルギーの泉」みたいなのがあって、<br>どれだけ、それに制限をかけずに、世の中をその泉の水でうるおしてるか、<br>っていうことだとわかったんです。<br><br>その泉は「無限に溢れ出ている」ので、どれだけ使っても全然枯れないし<br>使うことに痛みも感じないものです。<br><br>私でいったら、それは「愛」、こどもたちへの「愛」です。<br><br>でも、たしかに、私はその無限の「愛」を、自分の２人のこどもにしか注いでいませんでした。<br><br>もっともっともっといくらでも湧きでるものなのに、湧きでれば湧きでるほど、<br>自分も幸せになるものなのに<br><br>その「愛」を、仕事を通じて、こどもたち以外にもふりまこうなんて<br>まったく考えたこともありませんでした。<br><br>スタッフに「愛」を持って、お客様に「愛」をもって、仕事に「愛」を持ってきたつもりではありますが、<br><br>それは、いま思えば「愛」ではなくて、「お世話」みたいな感じでしょうか。<br><br>だから、いつも「自分の時間と体力のキャパでしかできないよ」<br>「私はこどもたちのことで精いっぱいだから、そんなにがんばれないよ」って思ってたし<br>「とにかくこどもたちを食べさせて、ローンを返すために仕事してるんだよ」って思ってました。<br><br>そんなふうに、自分で水道の蛇口を細く細く絞ってしまったら、<br>自分のエネルギーはごくせまい範囲にしかいきわたらないし<br>それに対するお金だって、狭い口からしか入ってくるわけないですよね<br><br>な～～んだそうだったのか。<br><br>いままでは、蛇口は細く細く絞った状態で、<br>なんとか知恵を使ったり、仕組みを作ったりすれば<br>入ってくるものは大きくなるのかなと思っていたのですが<br>全然そういうことではなかったんですね。<br><br>私が全開にしないかぎり、ずっと「欠乏感」は続くということなんですね。<br><br>だとしたら、いまの仕事は根本的に間違っていて、<br>もっともっともっと「愛」を込めて<br>もっともっともっと、世界中に「愛」が伝わっていくような仕事を<br>すればいいっていうことですよね<br><br>このときに、もうひとつわかったことがあります。<br><br>それは「ワクワク」の定義です。<br><br>私は「ワクワク」ってごく個人的なこと・・・たとえば、遠足に行く前の晩に「ワクワク」するような「ワクワク」だと思っていたのですが、<br><br>バシャールさんや本田健さんがいう「豊かになりたかったら、好きなことをしてワクワク仕事をしなさい」っていうときの「ワクワク」は、<br>そういう類の「ワクワク」じゃなくて<br><br>このときの「ワクワク」は<br>「無限に溢れ出るエネルギーの泉」を全開にしている状態のことなんですね。<br><br>自分の中にくめどもくめども尽きぬ豊かな泉があって、<br>それを全開に出来たら、本当に気持ちイイでしょうし、<br><br>そしたら、豊かになれるに決まってますよね。<br><br>「う～ん、なるほど～、そうなのか！<br>よ～し、私もこのあふれんばかりの「愛」を世の中にいっぱい広めていくぞ～」<br><br>と思ったのが、病院の待合室。<br><br>そのあとの検査では、「悪性化のかげりがみられたら手術」だったはずのところは<br>「問題なし」になっていました。そりゃそうだよねっ！<br>
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<link>https://ameblo.jp/tammy/entry-10589377784.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Jul 2010 14:15:25 +0900</pubDate>
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