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<title>あやみ〜発達障害の子を持つ母〜</title>
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<title>武尊の発達障害の成長記録6</title>
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<![CDATA[ 本日は退院後〜さくら草療育センターを知るまでの記録を残します。<br><br><br><br><br>☆退院後☆<br>相変わらず私を警戒する武尊で、主人がトイレに行っただけで泣いていたので次の日から主人は仕事なのに大丈夫なのだろうか？と心配になりました。<br>新生児の次男を眺めては、イイコイイコのつもりだろうけどペチペチ音がしていて加減が難しいようでした。長女にはのしかかったりしていましたが、新生児の次男には一切しませんでした。<br>主人が次男を抱くとヤキモチをやいて必死に主人の懐へ潜り込んでいるのを見て微笑ましかったです。<br>主人の仕事が始まり、泣いて泣いて大変でしたが私を受け入れてくれたのか主人が帰宅するまで私から離れなくなり常に自分の側に居てくれる人を望んでいるかのように見えました。<br><br><br><br><br><br>☆2歳4ヶ月・2歳5ヶ月の時の体重8.8キロ☆<br>＊2014年10月22日〜11月22日＊<br><br>バギーで散歩へ連れて行くと、今までは背もたれに寄りかかっていた武尊でしたが背もたれに寄りかかることがありませんでした。<br>この時期は、もののけ姫・ハウルの動く城・魔女の宅急便が好きで見たくないものがついていたら低めのトーンの声で「うーうー！」と訴えてきました。<br><br>妊婦の時は、お腹を蹴るという行為がなくなりましたが再び蹴ることが増えてきて帝王切開の傷を蹴られた時は死ぬかと思いました(;o;)<br>まだまだ歩くそぶりがないので、双子用ベビーカーを買うべきなのか考えましたが双子用ベビーカーはお金もバカにならないし買ったところで歩くことが出来ないのではないか？という気持ちになりたくなかったので主人と話し合った結果、力を合わせて今まで通りに夫婦共に頑張ろう！！と言ってくれました。<br><br>2歳5ヶ月の時は、次男と比べると本当にデカく感じて喜怒哀楽も少しずつハッキリしてきて今まで武尊に赤ちゃん扱いをしてきた自分がなんだかおかしく感じました。<br><br>久しぶりの小児医療センターの外来があり、体重も少しではありますが増えていき継続で栄養剤エネーボを飲ませるという指導をいただきました。<br><br><br><br><br><br>☆2歳6ヶ月の時の体重8.9キロ☆<br>＊2016年12月22日〜＊<br><br>小児医療センターにて、身長の割には体重があるとのことで1日3本の栄養剤を2本に減らしていくよう指導を受けました。<br>先生に言葉が喋れないことを伝えると、年明けの1月に聴覚検査をすることになりましたが、呼ぶと振り向くので心配はありませんでした。もはや無駄なのでは？と思っていました。<br>この時期は定番TVはハウルの動く城でしたがハードディスクが壊れてしまいひたすら泣き続ける武尊で夜もヒクヒク泣きになるほどで苦労しましたが主人がタワレコでハウルの動く城のDVDを購入するとパッケージを見ただけでニコニコで嬉しい時「ガー！ガー！」とノド奥から声？を出すのですが、ガーガー止まらず満足そうでした。<br>未だ主人が次男を抱くとヤキモチをやいて旦那に抱いてもらうまで指をくわえて待っていました。<br>年明け2017年1月6日、聴覚検査では頭にペタペタと機械に繋がる線を貼っていき眠剤で眠らせてからヘッドフォンをつけて音を流して脳の反応の仕方で聴覚がわかるとのこと。結果は異常なしでした。<br><br>この時期は赤ちゃん返りなのか夜泣きが毎日始まったり、武尊は若いお兄さんが好きだと分かりました。<br><br><br><br><br><br>☆2歳7ヶ月の時の体重9.2キロ☆<br>＊2017年1月22日〜＊<br><br>長女の保育園にあるカトレヤ(支援センター)にて初めて制作のイベントに参加しました。節分が近いので鬼のお面の制作で一緒にノリ付けして私がクレヨンでツノを書くと武尊も持っていたクレヨンで一生懸命書いているのをみて、クレヨンは書くものだと理解しているのが分かりました。<br>2月の頭、つかまり立ちから5秒ほどだけ手を離して立てることに気づいて手を引いて歩かせてみるものの、すぐに膝をついてしまっていたのが自ら足を前に出すようになりました。<br>2月13日、1人で立っていたため、「おいで！」と言ったら二歩歩いて感動して主人や母ににラインをしました。夢なんじゃないかとその日は寝れなかった私でした。<br>母も「ここまでの道のりは長かったね。武尊もあんたも頑張ったね！」と言われ涙が出ました。<br><br><br><br><br>☆2歳8ヶ月の時の体重9.6キロ☆<br>2017年2月22日〜<br><br>3月3日、小児医療センターにて2度目の発達外来科にて受診。<br>担当の先生も1年でここまで成長したことを褒めてくれましたが、やはり言葉が一切ない・3歳間近にしては成長は1歳にも満たさないことを言われ、先生の紹介でさいたま市桜区田島にある[さくら草療育センター]に受診することを勧められました。<br>帰宅するなり、さくら草療育センターに電話をし小児医療センターの発達外来科の先生も紹介で紹介状もあることを伝えると、平均3ヶ月待ちのさくら草療育センターですが1ヶ月後の4月5日に初診の予約をすることがでしました。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tamtk0524/entry-12300559806.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Aug 2017 08:03:29 +0900</pubDate>
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<title>武尊の発達障害の成長記録5</title>
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<![CDATA[ ☆1歳10ヶ月〜11ヶ月の時の身長73.6センチ・体重8.2キロ☆2016年4月〜5月<br><br>1歳10ヶ月の時は自らスプーンや箸を持って食べるそぶりをしたり、食べさせようと口に突っ込まれるという新たな成長がみられ、お弁当を持って家族全員で大きい公園へ行くと鉄棒に掴んだりと好奇心がみられました。<br>私は妊娠5ヶ月に入りようやく悪阻が落ち着いた時期でした。<br>1歳11ヶ月の時になると「ちょうだい」・「どうぞ」・「だめ」が理解出来るようになり、おもちゃのブロックに興味を持ち始め、積み上げることはできませんでしたが積み上げたのを壊すのが武尊の楽しみでした。同時にティッシュ出しにハマる武尊だったので片すのが大変な日々でしたがまた１つ２つと成長する武尊を見ていると片すくらい苦ではありませんでした。<br>運動面では、つたい歩きができるようになりました。<br><br><br><br><br>☆2016年6月22日、武尊2歳の時の身長記入不足・体重8.3キロ☆<br><br><br>武尊2歳のバースデー！！<br>ケーキがあまり好きではない武尊ですが、<br>ロウソクをつけるとジッとロウソクをみていてニコニコしていて興味津々でした。火を消すということはできないため主人が武尊を前向き抱っこして主人が手伝いロウソクが消えて皆で「おめでとう！」とパチパチすると、武尊自身もパチパチしたかった様子が見られましたがパチパチできずニコニコ笑うのみでした。<br>運動面ではお座りした状態から手をついて立とうとする・つたい歩きはプロで片手を離してドヤ顔する・上手にプール遊びができる・自分で自分の椅子に座ろうとするといった成長が見られました。<br>言葉は相変わらず喃語のみ。武尊の表情で訴えを理解しなければならなかったので、武尊の訴えが理解できない時は私も苦戦し辛かった時もありました。<br>DVDをつけていないと泣く武尊で、テレビばっかりは良くないと思いながらも武尊はDVDをずっと見てるというよりは音を聞いて満足。という感じだったのでDVDをつけながら一緒なブロックで遊んだりしていた日々でした。<br><br><br><br><br>☆2歳1ヶ月、2歳2ヶ月の時の身長・体重記入不足☆2016年7月８月<br><br>2歳1ヶ月、マラカスで遊ぶのが好きになり一生懸命振って楽しんでいる様子が見られました。私は妊娠26週を迎えお腹も大きくなってきた頃、お腹の上に乗るということがなくなってきたことに気づき、武尊なりに理解しているのかな？と思いました。私のお腹の上に乗るという行為がなくなると同時に長女(5歳)につかまって立ちながら抱きついて長女が抱っこするとニコニコ満足した様子。<br>長女が主人の膝に座っていると「あー！あー！」と眉間にシワをよせながら長女の服を引っ張って「どいてよ！」と言っているかのよう主人にもベッタリでした。<br><br>テーブルの上に乗ったり、長女の使っているものを欲しがったり、主人の田舎の山形に帰省した時は階段を登れるということに気づくことができました。<br><br><br><br><br>☆2歳3ヶ月の時の身長・体重記入不足☆2016年9月<br>10月3日に入院・10月4日に予定帝王切開のため、日に日に入院までの火が迫る一方で私にベッタリでやたら離れなくなることが増えました。<br><br>2016年10月3日になり、入院当日。<br>主人はその日から退院するまで仕事はお休み頂き長女と武尊の育児をすることになります。とても心配な日々でしたが主人は12歳離れている主人の妹の育児経験があったため、その面では少し安心はありました。<br>最初の3日は夜泣いて寝付けにくかったみたいですが次第に主人も武尊も慣れてきたとのことで、一方私は早く退院して子供達に会いたい気持ちでいっぱいでした。<br>8日間の入院が終わりを迎え退院の日は主人と武尊がお迎えにきてくれて、私の顔を見るなり泣いて抱っこをしてとなくんだろうなぁあ〜と思いつつ…いざ対面！！…しかし私の予想は大幅に間違いであり、<br>おまえ誰だ！近づくなと言わんばかりの顔をして泣く武尊。私が武尊を抱いても拒否をし主人に助けを求めて主人から離れませんでした。8日間で私のことを忘れたのではないか？？と不安になりました。<br><br><br><br><br>長文ありがとうございます！<br>次回は〜退院後・さくら草療育センター〜<br>までの記録を残します。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tamtk0524/entry-12297400037.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Jul 2017 10:57:07 +0900</pubDate>
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<title>武尊の発達障害の成長記録4(本文)</title>
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<![CDATA[ ☆1歳3ヶ月の時の身長67.4センチ・体重6290グラム☆※2015年9月<br><br><br>今まで通っていた埼玉県川口市の総合病院に体重などのデータがあるため、埼玉県立小児医療センターへ通いたい旨を伝えて紹介状を書いてもらい小児医療センターへ電話をしました。初診の予約は早くて1ヶ月後の10月半ばでした。<br><br><br><br>☆1歳4ヶ月の時の体重6300グラム☆※10月半ば<br>初めての小児医療センター。初めてなので総合診療科にて受診…すぐさま1ヶ月以上の検査入院となり、総合診療科の先生・遺伝科の先生とのダブルコンビで入院中の検査内容は<br>＊心電図<br>＊脳波検査<br>＊MRI・CT検査<br>＊骨密度の検査<br>＊甲状腺検査<br>＊高カロリー食での体重の変化の観察<br>＊代謝異常検査<br>＊染色体検査の更に詳しく調べることのできる染色体検査(結果まで2ヶ月以上かかります)<br>＊造影剤を使用してきちんと栄養が吸収されるかの検査<br><br>です。付き添いなしの病棟ですのでかなり心配でしたが先生方を信じるしかありませんでした。1ヶ月後に１回来てもらって体重の変化が変わらなかったら更に1ヶ月入院しましょう！とのことでした。<br>11月頭に、病院から中途観察結果を知らせたいとのことで病院に向かいひとまず検査結果が出たものだけ報告されました。<br><br>心電図以外の検査では異常はないとのことでしたが、心電図で[期外性伸縮]という不正脈が新たに分かりましたが期外性伸縮は成長には関係ないので半年に一回病院でフォローを受けるように言われました。<br><br>1番気になる体重の変化については、普通食では体重が全く増えないため、[エンシュアリキット]という経口栄養剤でどう変化するか退院の1週間前に始めると告げれました。私は先生に託すしかなかったので暖かく武尊を見守ろうという気持ちでいっぱいでした。<br>今の主人も、仕事の合間を縫って武尊に会いに来てくれて今でも当時の動画が残っています。<br><br>☆1歳5ヶ月の時の体重6600グラム・身長記入不足☆※2015年11月下旬<br><br>退院の前日になり、医師からは栄養剤エンシュアリキットを飲ませた結果体重が増え始めた為、退院後も引き続き自宅で栄養剤を飲ますように指示を頂きました。<br>成長に関しては、&lt;成長・発達遅延&gt;と診断をされました。<br><br>武尊にとって1ヶ月ぶりの我が家。退院前日からは武尊が過ごしやすいようにカーテンを洗ったりプチ大掃除をしました。我が家へ着くなり武尊は嬉しそうに「あー！あー！」と声をあげて笑顔で喜んでいて、私も「おうち着いたね！！嬉しいね！！」と武尊に話しかけると更にニコニコ笑う武尊に改めて愛情を感じました。<br>今の主人も少し顔がぷっくりした武尊をみて嬉しかったのかずっと武尊を抱いていました。<br><br><br>☆1歳6ヶ月の時の体重6.8キロ☆※2015年12月22日<br><br><br>退院後約1ヶ月、小児医療センターでの外来の日でした。以前は体重が減るか十数グラム増えるかの武尊の体重は約1ヶ月で数百グラム増えていて、医師からはこのまま栄養剤を続けると同時に1日1本から1日2本飲めるようにと指導を頂きました。<br>この時期に、ようやくズリバイができるようになり栄養剤を1日2本飲ますのは慣れるまで大変でしたが、体重が増えた！ズリバイができるようになった！という喜びが強くて以前は見えなかった太陽の光が少しずつ照らされているように感じ、新たな成長が嬉しさでいっぱいでした。<br><br><br>☆1歳7ヶ月の時の体重7.2キロ☆2016年1月頭<br><br>体重も増え始め、栄養剤は1日3本飲めるようになりました。<br>この時、入院中で行った染色体検査の検査結果を聞きに小児医療センターまで足を運びました。<br>結果は異常なし。<br>医師からはこのまま体重を増やして筋肉をつけいき少しずつ運動面の発達もみていきましょう！とのことでした。<br>この頃は、ズリバイが高速で新たにお座りができるようになり、言葉は喃語ではありましたが声を出して意思表示をすることが増えて、また１つ大きな成長を感じられました。<br>2月3日の私の誕生日の日には小児医療センターの腎臓科にて、尿中のカルシウム濃度が高いこと・腎臓内にある結石がどの成分かを造影剤を使用しての2泊3日の検査入院が行われました。結果、結石の成分はカルシウムとわかり石を溶かしやすくするために[ウラリット]と[酸化マグネシウム]が処方されました。<br><br>2月15日、つかまり立ちができるようになり日々体重が増えてできることが増える武尊に、もっと早く小児医療センターに行くべきだった・小児医療センターの存在を知るべきだったと自分を責める自分がいると同時に武尊には申し訳ない気持ちでした。<br><br><br>☆1歳8ヶ月の時の身長・体重記入不足☆※2016年3月<br><br>ハイハイができるようになり、意思表示が更にハッキリとして、この時期からはお決まりのフェイスタオルがないと寝れず(ブランケット症候群)そんな姿を見てると、お気に入りがあるのはどの子も一緒なんだなぁと嬉しく思い、興味があるものは自ら指で摘み、壁を伝って立ったり、物を漁ったり、少しずつ周りの子へ近づいているのが分かりました。<br><br>そして、この時期に私のお腹に今の主人との子が宿りました。<br>主人とは前々から話し合って、お互い支え合いながら育児をしよう。と主人に言われ心が楽になったし、なにより頼りになるかけがえのない主人です。<br><br><br><br><br>本当は3人目出産まで書きたかったですが、後日こそ、第三子出産まで<br>を記録に残したいと思います！<br>
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<pubDate>Fri, 28 Jul 2017 15:17:31 +0900</pubDate>
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<title>武尊の発達障害の成長記録4</title>
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<![CDATA[ <a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170728/15/tamtk0524/90/ee/j/o4032302413992330475.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170728/15/tamtk0524/90/ee/j/o4032302413992330475.jpg"></a><br>
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<pubDate>Fri, 28 Jul 2017 13:40:36 +0900</pubDate>
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<title>武尊の発達障害の成長記録3</title>
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<![CDATA[ 離婚をして、地元さいたま市にある祖母の家へ越した私と子供達は、新しい生活のために住所を変えたり保険証を作ったり離婚してから1ヶ月は多忙な日々でした。<br>祖母の家から実家まで歩いて20秒ほどですが、母も再婚した上に当時17歳の妹と母の再婚相手との間に6歳の妹と2歳の妹がいた為、部屋も空いておらず頼ることもできず祖母の家に住所を移し祖母の家に住んでいました。祖父もなくなり祖母は1人ぼっちだったので、それで良かったのだと思いました。<br><br><br><br>ある日祖母に会社の社員さんとの夕食会へ誘われたので子供達を連れて出席しました。母の旦那さん(2番目の父)も祖母の会社へ勤めていたので母達もきていました。<br>私は社員という身ではなかったので空いている席にすわり、そこで向かい合わせになったのが今の主人です。今の主人は私の１つ学年が上で高校卒業と共に東北から祖母の会社へ入社し私が高校3年生の代の時に出会いました。祖母の会社は寮があるので寮生活の人でしたが当時17歳だった私と18歳だった今の主人は、よく免許取り立ての私に付き添ってドライブにいったり小学生だった妹を含め外で遊んだり社員さん数名を含め飲みにいったりと友人としてお付き合いしていました。<br>向かい合わせに座り、色々話しているうちに離婚したことを告げるとビックリしていましたが、「それで良かったんだよ。あやはいつも1人で子供達つれて来てたよね。大変だったね。」と言われ、更に腰の座らない武尊を抱えながら食べていた私を見るなり、武尊に「おいで！」と言うなり抱いてくれていました。普段人見知りをする武尊ですが泣くことなく今の主人の膝に座っていました。<br>元夫があまりにも子供に無関心だったというのも関係すると思いますが、初めて&lt;友人&gt;という対象がなくなり&lt;1人の男性&gt;として意識し始める私がいました。<br><br>その夕食会の後日、子供2人を抱えている私に「オムツとかの買い物あるなら一緒にイオンいくか？」とか「今日お祭りあるけど子供達つれて一緒に行くか？」と言ってくれた今の主人。私はますます惹かれていきました。<br><br>ある日、今の主人から夜勤明けに一服(たばこ)に誘われ、祖母の家の玄関外で話しながら一服をしていました。(祖母の家は一階が夜業に伴う作業場・二階が社員寮・三階が祖母宅)<br>今まで元夫との辛かった結婚生活を話し、今の主人は「俺が負担になってやる」と私に告げ私達は友人としてのお付き合いから恋人としてのお付き合いを始めました。<br><br><br><br><br>☆1歳1ヶ月の時の身長66.2センチ・体重5825グラム☆<br>染色体検査結果の日でした。検査結果は異常ナシ。異常ナシという結果に安心しつつも、では一体何なのか？1歳を過ぎても腰が座らず喋れず何の病気か？？と疑問を抱くも医師は「ゆっくりなだけ！」と言うだけで、この病院を信用してはいけない。と思いつつも医師の言葉を信じたかった私もいた。<br>今思えば現実から目をそらしていたのだろう。。<br><br><br>☆1歳2ヶ月の時の身長67.6センチ・体重6170グラム☆<br>武尊が風邪をひき、私も含め姉が赤ちゃんの時から通っている小児科へと受診。<br>その小児科の先生は周りの小児科医の方々から「あの人は小児科の神様」とまで言われている先生で、元救命救急医だったそうです。母によると誤診は１回もされたことがないから先生しか私は信用できない！とまで言っていました。<br><br>先生に武尊の今までのことを相談すると、先生は武尊のカカトを見て「足のカカト見て。このこカカトが尖って出てるでしょ？障害の可能性あるぞ。」と私に言いました。&lt;障害&gt;という言葉を言われ、私の頭の中でゴチャゴチャしていた糸が綺麗にほどけた気がしました。同時に、なぜ自分の中でこの子は大丈夫と決めつけていたのだろう？見て考えれば明らかおかしい事は分かっていたはず…信頼なる先生の言葉で私は今まで通っていた埼玉県川口市の総合病院の通院をやめて埼玉県立小児医療センターへ受診する事にした。<br><br><br><br><br>ご覧いただきありがとうございます。<br>次回は、小児医療センター受診〜3人目出産の時の記録を残したいと思います。<br>
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<link>https://ameblo.jp/tamtk0524/entry-12295749789.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Jul 2017 15:04:36 +0900</pubDate>
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<title>武尊の発達障害の成長記録2</title>
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<![CDATA[ <br>退院をしてからも相変わらず赤ちゃんらしい泣き方をせずに「ふぇ〜」と弱々しく泣く武尊。この時もお腹が空いているはずなのに7時間も寝ていたので無理やり起こして母乳を与えていました。<br>母乳家系なのか、上の子の時も武尊の時も異常なくらい母乳が出ていたため母乳育児には自信があったし吸い付けばずっと飲んでいる武尊だったので大して心配はしてませんでした。<br>1ヶ月検診も身長49.2センチ・体重3660グラムと標準枠だった為、先天性両側水腎症で月に一回病院通いする生活でした。<br>2ヶ月の時、水腎症のレベルを告げられ、ステージ0〜4のうちのステージ3で中等症と重症の境目でしたが、水腎症に伴う尿路感染症などの症状は見られなかった為安心していました。<br><br><br>生後3ヶ月になり車で30分かかる、祖父からお誘いがきて祖父の家に遊びに行きました。<br>祖父の家には、私の母もほぼ毎日と言っていいほど通っていた為に実家に行かなくても母と会えるので快く行きました！<br>しかし祖父に言われたのは、「知恵遅れの顔をしている」と言われました。<br>確かに3ヶ月を過ぎても首が座りませんでしたが、元夫のパーツを引き継いでいるのか目・口がでかいからそう見えるんだよ〜なんて言っていました。<br>しかし、祖父は感が鋭い人で私の姉が赤ちゃんだった時も栄養失調や遠視を見抜いた人だったので帰宅するなり首が座らない武尊を見て不安になっていました。<br><br><br><br><br><br><br>☆生後4ヶ月の時の身長57センチ・体重5220グラム☆<br>4回目(4ヶ月)の時の水腎症の定期検診で、医師から水腎症とは別に気になることがあると告げられ、内容は定期検診の際に身体測定をするのですが生後3ヶ月から4ヶ月の間に身長・体重が全く増加していないとのことでした。<br>医師から、「水腎症と共に1週間入院して体重増加の方も見ましょう」と言われ初めて入院しました。<br>入院中も体重は変わることなく離乳食を始めることになりましたが体重は減るばかりでした。母子同室でしたが親のお風呂やご飯は出ないのでご飯はお弁当を１つ買って１つのお弁当を3回に分けて食べていました。(なんせ貧乏で買えるお金がありませんでした)お風呂に入れたのも、義母が１回きてくれた時のみお風呂屋さんに行けました。身体はベタついていていくら洗っても泡立ちが悪かったのを覚えています。元夫は入院中１回のみ武尊に会わずにお金だけ貰いにきました。ストレスが溜まる一方、ガンで足が悪く自由に歩けない祖母が当時高校生だった私の妹と病室に来てくれて、手作りのお弁当をたくさん持って来てくれて入院代もくれました。面会時間が終わりを告げて来たので祖母と妹はすぐ帰ってしまいましたが、見送って姿が見えなくなり祖母の優しさに涙が止まりませんでした。もちろんクズの元夫には入院代を頂いたことは言いませんでした。<br>結局入院時より30グラム減ってしまったまま退院しました。<br><br><br><br><br><br>☆生後5ヶ月の時の身長58.2センチ・体重5355グラム☆<br>5ヶ月と2日で寝返りをしました。この時期は朝も昼も夜も寝てくれない武尊でした。<br>寝ついても30分で起きてしまい気狂いのように泣き止まず、私の睡眠は1日2時間取れればマシでした。<br>元夫はお構いなくクラブや飲みに行ってしまい母子家庭同然の生活の上、1日睡眠合計2時間あるかないかの生活は2週間で私をダメにしました。<br>1日2時間睡眠が続いたある日、朝起きると目が思うように開きませんでした。鏡を見ると顔が倍に腫れていて身体中に蕁麻疹がでていて身体が痒くて死にそうでした。<br>義母にお願いして皮膚科へ行くと先生もびっくりしていてストレスからくる蕁麻疹と診断され、寝付けをよくするお薬を頂きましたが、1日中泣く武尊がいる為に蕁麻疹さえ治ればいい。と思い飲みませんでした。<br>元夫が帰宅するなり私の顔を見てゲラゲラ笑う元夫に殺意さえ覚えました。<br>ラインのタイムラインにこの腫れ上がった顔の写真を載せると、事情を知らなかった母と姉、そして会社を営んでいる祖父の会社の１つ上の方(のち今の主人)や友人、たくさんの方から心配のメッセージがきました。このたくさんのメッセージだけでも私にはかなり救いになりました。<br><br><br><br><br>☆生後7ヶ月〜8ヶ月の時の身長5785グラム・身長？？←忘れてしまいました。☆<br>この時の武尊は首すわり・寝返り・後追いのみでした。<br>標準ならお座りをしていてもおかしくない時期です。<br>心配しつつ、通っていた埼玉県川口市の総合病院の医師からは「きっとゆっくりな子だから！大丈夫！」というのみで、私もその言葉を信じていたかったのか時間だけが過ぎて行きました。<br><br>この時期、会社を営んでいた祖父が亡くなり、祖母が新たに社長として会社も潰れずに済みました。祖母もガンで余命宣告をされていた為、なるべく一人ぼっちにさせないように子供達を連れて会いに行きました。<br><br><br><br><br>☆生後10ヶ月の時の身長・体重共に記入不足☆<br>相変わらず身長・体重の増えは悪く、染色体検査をして結果は1ヶ月後と言われました。<br>この時、我が家で不可解な事件が起きました。<br>夜20時頃で武尊は寝ていました。そんな時に上の子が<br><br>上の子→ママ、おばちゃんがいるよ！<br>私→は⁈どこに〜？いないじゃん！<br>上の子→いるじゃん！なんでわからないの！(訴えを理解してもらえなく怒っている)<br>私→どこにいるのよ！？<br>上の子→武尊の隣で一緒にゴロンしてて、武尊に「観覧車に乗っていこうね」って言ってるよ！<br>私→(鳥肌)<br><br>このような会話の後、泣きながら母に電話しました。母からは数珠を武尊に持たせて塩とファブリーズを撒け！と言われ指示に従いました。<br>ファブリーズの成分のトウモロコシ粒子の形が魔除けの模様？と同じだそうです。例えファブリーズに効果がなくても気休めとしてファブリーズを撒き、塩を撒き、武尊に数珠を持たせました。<br><br>母も私も妹も霊感があるタイプでしたが、長女を出産後は見えることなく気配を感じるのみでしたので長女が気づいてくれなかったら武尊はどうなったのか？と今でも怖い出来事でした。<br><br><br><br><br><br>☆生後11ヶ月の時の体重5800グラム・身長測定なし☆<br>離乳食も三回食になりましたが体重は増えることなく、相変わらず寝返り止まりでした。<br>見るからに痩せ細ったガイコツみたいな子でした。<br>染色体検査の結果は次回の病院の時で正直、異常が出ると思っていました。<br>同時にこの時期、元夫と離婚の話を進めていて、元夫からも「離婚したい」なんて言われたので離婚届けを持ってくればサインをしない状態が続き1週間ねばりました。<br>離婚条件は、月に１回子供達に会わすかわりに、その際に手渡しで養育費を貰うという口頭約束ではありましたが、無事に離婚をして子供達を連れて祖母の家へと転居しました。<br><br><br><br><br><br><br><br>長文お読みくださりありがとうございます。<br>次回は、〜離婚から今の主人との同時の関係〜<br>につい記録を残します。<br><br>
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<pubDate>Mon, 24 Jul 2017 13:29:18 +0900</pubDate>
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<title>武尊の発達障害の成長記録1</title>
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<![CDATA[ 初めてブログを書きました。<br><br>H26.6.22日生まれ3歳の長男武尊(たける)は発達障害と診断され重度Aの要介護児童です。<br><br>同じ障害を持つお母さん方の力になれればいいなと妊娠中から今現在の成長日記をつけることにしました！<br><br>今日は簡単な自己紹介と武尊を妊娠してから出産までね記録を書きます。<br><br><br><br>ー自己紹介ー<br><br>あやみ(本名)H4年生まれ、埼玉生まれ埼玉育ちの25歳、バツイチで今現在の夫と再婚しました。<br><br>H29年7月現在<br>夫26歳<br>長女6歳<br>武尊3歳<br>次男0歳(夫との子)<br><br>の5人家族☆<br><br><br>それでは、本日本題<br>〜武尊妊娠から出産まで〜<br><br>H25年10月末、当時私は22歳で元夫との間に第二子(武尊)の妊娠が発覚。<br><br>この妊娠は武尊には酷い言い方ではありますが、元夫は月給17万の定収入の上、家庭よりも遊びの人間で、平日は仕事で朝６時に家を出て夜１０時に帰宅をし日曜日が休みですが毎週前日の土曜日はクラブ通いや飲めもしない飲み会に行ったり帰宅するのは日曜の朝８時、起きるのは夕方５時でした。<br><br>プラスαで浮気をしたり風俗に通っていたりとしていましたが、<br><br>「長女がいる限り離婚は避けたい。自分が我慢すればいい。もし2人目ができたら落ち着くのではないか？」<br>と思った上での妊娠でした。<br>しかし、武尊をお腹に宿してもクラブ通いや飲み会いくことをやめるということはなく、<br>「少しは控えて」<br>と言えば、<br>「そう言われると余計に遊びたくなる」<br>と言い放ち、終いには妊娠8ヶ月になったある日の夜中のこと、<br>「終電を逃したから迎えに来い」<br>とまで言われていました。<br><br>ちょうどその妊娠8ヶ月のそのころ、妊婦健診で<br>「お腹の赤ちゃんは腎臓が悪いかもしれない。産まれたら腎臓科の先生に見てもらいましょう。」<br>と言われ、私は不安いっぱいでしたが<br>「生まれて検査結果が出るまで不安になっても胎児に影響が悪いし生まれるまで残りのマタニティーライフを楽しもう！」<br>と前向きな考えでいました。<br><br>H26.6.22日、朝起きたと同時に陣痛が５分間隔で家事をしたりしてお昼に病院へ到着しました。<br>長女を緊急帝王切開をしたため、自然分娩ができると医師に言われVBACという出産の予定でしたがVBACにも時間的な問題があり、中々陣痛が強くならず産まれなかったため2度目の緊急帝王切開となりました。<br><br>とても産声が小さい赤ちゃん(武尊)で看護師に背中をさすられ背中の皮が剥けていたほどでした。<br><br><br><br><br><br><br>長文ご覧頂きありがとうございます。<br>次回は出生から一歳までの記録を残します！
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<pubDate>Thu, 20 Jul 2017 13:32:47 +0900</pubDate>
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