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<title>鏡合わせの部屋</title>
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<description>鏡合わせの部屋に自分が一人。何処まで遠くを見渡せども目に入るのは己のみ。しかし自分は自分自身の中身が分からない。上っ面の外身だけしか見えていない。実質、見渡す限り果てしなく、何も見えていないのだ。</description>
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<title>無題</title>
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<![CDATA[ 過去にないくらい精神的にしんどい<div><br></div><div>積み重ねてきた（といえるほどのものはないにしても）ものや自分の思考が全て壊れた感じ</div><div>全てがどうでもいい、よくなっている状態だ。</div><div><br></div><div>しなければいけない、そう思いつつも体が動かない。確かにそれもある。今までそういう事になった事は何度もある。</div><div>しかし、それ以前に「何か」がある。現在が辛い</div><div>、何もしたくない、全てがどうでもいい、一生このままなら死んだ方が楽なんじゃ、、、</div><div>頭の中を色々な感情が巡る。どうしてこうなったのかは分からない。面倒なものから逃げたいという思考が働いているのか、それならいま書いていること自体も現実逃避なのか。</div><div>打ち明けたいけど打ち明けられない。真夜中で誰にも相談できない、それもある。しかし、もう誰にも合わせる顔がないのだ。そんなご大層なプライドというよりは会うのが面倒、という方が近いかもしれない。人間関係もどうでもいい、やりたくない。</div><div>的を得た思考に行き着かない。行き着きたくないのではないのか？ &nbsp; この状況も自分で望んで引き寄せているのかもしれない。</div><div>色々と詰み。</div><div>悪癖だと思うけど、俺は寝ると大体の事を忘れる。自分の気持ちとかは特に。三日坊主にもなれないね</div><div>今日も寝れば忘れるのかもしれない。昼近くに起きて、恥ずかしさを抱えながら学校に行き、何をするでもなく帰ってくるかもしれない。はたまた、寝坊したっきり全てを諦め、ゲームでもしながら一日を過ごすのかもしれない。</div><div>でも今の感情を忘れないでおきたい。なぜそう思うのかは分からない。でも残しておかなければいけない、そんな気がする。</div>
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<pubDate>Wed, 10 Jan 2018 02:50:29 +0900</pubDate>
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<title>好機を待つ</title>
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<![CDATA[ 本気が出せないワケではない。<div>本気を出した時には既に手遅れだった。</div><div>そんなことを最近何度も経験している。</div><div><br></div><div>もう少し始めるのが早かったら。</div><div>あの時あれをしていなければ。</div><div>届きそうであったが故に後悔が絶えない。</div><div><br></div><div>……幸せではないね。文才も経験値も足りない故上手く表現できないが、結果が出ない上に悔やむような状況を続けるのは幸せとは言い難いのではないか。</div><div><br></div><div>ここで、普段の積み重ねというものが意味を持つように感じる。たとえ本気が出なくとも、少しずつ続けること。それをしていれば、本気を出そうと思った時の助けになる。本気で取り組める時がやり時だとしながら、その時を迎えるための準備をそれなりにしておく。こんな考えはどうだろう。面倒くさがりの自分へ向けた現状打破の一案だ。</div><div><br></div><div>本気が出ないからできないのではない。本気が出ないから幸せになれないのではない。そう考えた方が気が楽だろ？ &nbsp; 幸せってそんなに手の届かないところにあるワケじゃない。きっとそうだと思う。</div>
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<pubDate>Wed, 13 Dec 2017 06:22:01 +0900</pubDate>
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<title>悪夢</title>
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<![CDATA[ 万引きする夢を見た。動機は知らない。<div>店員が「そうだろう、お前みたいな奴が万引きをするんだ」とゴミを見るような目で俺を見てきた。</div><div>悔しかった。罪は消えない。その罪で一生、自分という存在がカテゴライズされる。自分がどんな人間だろうと、まず真っ先に「前科一犯」の人間だと思われることになる。俺はそれが嫌だ。</div><div><br></div><div>やはり自分は誰かに認めてもらいたい、分かってもらいたいのである。しかし、自分のとっている行動はそれに反するものであるのは事実なのだ。</div><div><br></div><div>あまりにも自分勝手なこの生活は、遠からず終わりを迎えるだろう。自分自身を変えるか、一生消えない傷を刻むことによって。</div><div>なら、今の自分はどうしたいか？ &nbsp;どうするべきなのか？</div><div>もう少し立ち止まって考えてみるとしよう</div>
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<link>https://ameblo.jp/tanedakaito/entry-12329294803.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Nov 2017 08:16:37 +0900</pubDate>
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<title>本当に自分は何をしたいのだ？</title>
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<![CDATA[ 簡潔に言えば、他人との関わりの中で自分自身を失ってしまった。今はもう、本当にやりたい事さえ分からない。<div><br></div><div>他人に負けたくないという気持ちも少なからずある。しかし、モチベーションの根幹で他人に依存しているのが気持ち悪いと感じる。どう足掻いても自己嫌悪の渦から逃れられない。今まさしくそんな状況だ。</div><div><br></div><div>生き方を間違えた人間、正しくない人間というのは、ここまで生きづらいものなのか。レールの上を外れないように走り、レールを外れた人を見て笑う。</div><div>「あんな落ちこぼれとは違う。俺の方が上だ。」</div><div><br></div><div>酔いと思考の歪みで正常な判断ができていないのかもしれない。ただ、今の自分はどうしようもない悲しさや悔しさを抱えている。酔っぱらいの戯言でも、自分の気持ちの一部分であるのは確かだ。酔いが覚めた自分が、これを見て少しでもこの感情を思い出してくれればと思う。</div>
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<link>https://ameblo.jp/tanedakaito/entry-12317528178.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Oct 2017 20:02:19 +0900</pubDate>
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<title>変わらないことで起こる変化</title>
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<![CDATA[ 死んでないです、生きてるよ<div>しばらく迷走して、またいくつか思うことがあったので書き残しておく。考えてたネタを消費する感じだな。</div><div><br></div><div>出会いは人を変えると自分は考えている。他の人との交流は自分に成長やその他諸々をもたらす。</div><div>しかし、他者との交流で変化した自分は果たして「本当の自分」と言えるのだろうか？ &nbsp;そう考えていた時期があったが、最近なんとなく分かった気がする。この考えはちょっと的外れだ。</div><div><br></div><div>まず、「本当の自分」なんて分かりやすいものは存在しない。自分という存在は常に変化している。人間である以上当たり前だが、自分一人では動くことすらできないから身体は成長し現在に至る。</div><div>心もまた同じだ。どこかひとところに留まることなく変化し続ける。どこかに終着点があって、そこに到達すればそこから変化しなくてよいわけではないのだ。</div><div>さらに、何が「本当の自分」なのかは自分自身にも分からない。当然、他者にも。仮に、「本当の自分」というものが分かったとして、それと現実の自分に違いがあった場合、「今いる自分は本当の自分ではない」という思考に至るだろう。</div><div>故に、確固たる「本当の自分」を決めると、自分自身を傷つける結果となるのは想像に難くない。それならば、「本当の自分」より「なりたい自分」を追い求めた方が数百倍マシであろう。</div><div><br></div><div>そして、これはつい最近気付いたことであるが、他者との交流を避けることで現在の自分が維持されることはない。むしろ思考を拗らせることにより奇妙な変化が起こりやすいかもしれない。さらに、自分自身はその変化に気付かないからタチが悪い。</div><div>このことは、久しく会わなかった人に再会したことで気付かされた。自分はその人が嫌いであったが、実際会ってみれば過剰反応だったかもしれないと思い始めている。</div><div>特定の人にずっと会わないと、その人の良いところや悪いところが自分の中で反復され、増大し「架空のその人」を創り出してしまう。昔会った良い人が、自分の記憶の中で素晴らしい完璧超人に捏造される。その逆もまた然り。</div><div>こうして自分は、「他人のように見えるなにか」にしか目を向けず、他人を見ることがなくなっていた。架空の他人を羨み、妬んで自分自身を傷つけていた。もし仮に、この誤認識を実際の人間関係に持ち込んだら？ &nbsp; &nbsp;きっとロクな事にはならないだろう。</div><div><br></div><div>自分の心を健康に保つという点でも、他人との交流は大事であるだろう。恐れるな、変化から逃れることはできない。ならば、より良い方向へと変化しようではないか。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/tanedakaito/entry-12301126424.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Aug 2017 11:30:26 +0900</pubDate>
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<title>そのゲームに「愛」はあるか？</title>
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<![CDATA[ <p>週末は何かと動けないことが多い。それでも新しいことや元々やっていたことに足を踏み出せたからいいことにしよう。</p><p>そんな訳で、今日は少し趣向を変えてみようと思う。</p><p>少しソシャゲについて語ることにしよう。ソシャゲについては本気でやっているゲームは少ないため、知ったかになる可能性もあるので悪しからず。</p><p>「初心者が何か言ってるよ」ぐらいに流してくれるとありがたい。</p><p>&nbsp;</p><p>最近はソシャゲが大量に生み出される事により、多くのキャラクターがこの世に産み落とされる。オリジナルのキャラクターも居れば、何かをモチーフにしたキャラクターも居る。しかし、自分には、ソシャゲのキャラクターの多くは不憫な扱いを受けているように思われる。</p><p>何処か、キャラクターの命が軽い気がするのだ。</p><p>その要因の一つとして、「ストーリー要素がそもそも存在しないソシャゲの増加」が挙げられると思われる。そのゲーム性のみを売りにしており、キャラはあくまでゲームの手助けをするだけ、というゲームだ。具体例を挙げずに説明するのは少し難しいのだが……</p><p>そういったゲームでは、キャラクターには個人のストーリーなどのキャラそのものの魅力よりも、キャラクターの性能が一番に要求される。それは他のソシャゲでも一緒ではないか？　と思われるかもしれないが、この手のソシャゲでは特にその傾向が強くなるのではないかと思われる。</p><p>「このキャラは使えないからゴミ」</p><p>といった感じで、使えるか、使えないかがそのキャラクターの魅力を決定づけることになる。使えないキャラクターは魅力が無く、使われることが無くなる。</p><p>さらに、ソシャゲの「お金を集め続けなければいけない」という特徴がここに重なる。ちなみに自分はこの特徴が悪いとは思わない。制作会社もお金がなければ運営が成り立たないことを考えれば、当然の事とも思える。しかし、キャラクター達にとってみれば、この特徴は更なる悲劇を生みかねない。</p><p>最近のお金集めの方法で最もポピュラーなのはやはりガチャであろう。ガチャにより魅力的なキャラクターを出し続ければ、お金を集め続けることができる。ソシャゲの知識に乏しい自分でも思いつく方法だ。</p><p>そして、性能が魅力に直結するゲームでは、当然性能のインフレが起こる。</p><p>すると、かつては持て囃されていたキャラクターが次第に見向きもされなくなる。性能が新しいキャラクターに負け、魅力の全てが無くなってしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>そう、言わば「使い捨てのキャラクター」がソシャゲには多いように思えてならないのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>自分は思う。</p><p>キャラクターの命というものは、そこまで軽くて良いのか？</p><p>これはアニメやゲームにおいて感じることだが、自分の印象に残るものには、確実に好きなキャラクターが居る。自分の場合は、継続視聴や継続プレーにキャラクターの存在が大きく関わるのだ。</p><p>そういう人間にしてみれば、キャラクターをないがしろにするゲームはあまり好きではないのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>結局何が言いたいのか上手くまとめられなくなってしまった。今感じている気持ちを、自分でも上手く理解できていない故に、文章もまとまりのない物になってしまっているのだろう。</p><p>専門外の分野について語ろうとしたのが間違いだったのだろうか。</p><p>しかしこの気持ちを説明したいとも思っているのだ。</p><p>明日の内容は決めていないが、もう少し粘ってみるかもしれない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/tanedakaito/entry-12299040351.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Aug 2017 23:34:53 +0900</pubDate>
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<title>夏バテというのはここまで</title>
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<![CDATA[ <div class=""><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">昨日の影響ではあるのだろうか、今日は体が動かず家から出ることすら出来なかった。疲れのせいなのか、これが夏バテと言うものなのか。</span></div><div class=""><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">人間、スタートダッシュというものは大事である。早起きのできた日というのは物事がうまくいきやすい気がする。あくまで自分の体感ではあるが。</span></div><div class=""><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">自分はそのスタートダッシュというものがうまく切れない。自分の性分であるのかもしれない。これまでの人生振り返ってみれば、自分は人よりも圧倒的に歩み出すのが遅かった。言葉を話すのも人より遅ければ、自我というものが芽生えるのも思い返せば相当遅かった気がする。受験のスタートも周囲と比べればかなり遅かった記憶はあるな。</span></div><div class=""><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">うまくスタートが切れなかった時に良く考えることであるが、「スタートがうまく切れなかったから後のことはどうなってもいい」という思考にしばしば陥る。しかし過去のことを思い出せばそう考えることは馬鹿馬鹿しいことだと思う。スタートが遅れたから何だ。他人と同じ道が歩めなかったから何だと言うんだ。自分という人間はそういう遅咲きの人間だよ。そうやって生きてきたんだよ。お前がそうやって諦めることは自分の人生を否定することになる。そうだろう？</span></div><div class=""><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">他人であればそうやって諦めることは許されるのかもしれない。しかし自分はずっとそうやって生きてきた。出来ないなんてことは無いんだよ。</span></div><div class=""><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br class=""></span></div><div class=""><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br class=""></span></div><div class=""><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">……関係ない話だが、ブログを書き始めて早４日目。三日坊主だけは卒業できたことに少し安心している。今回は少し短かったが、書き続ける、自分に向き合い続けることが何かの変化に繋がると信じてこれからも続けていきたいと思っている。</span></div>
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<link>https://ameblo.jp/tanedakaito/entry-12298765125.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Aug 2017 23:55:13 +0900</pubDate>
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<title>久しぶりの外出はどうだい？</title>
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<![CDATA[ <p>１ヶ月分の紫外線を浴びた気がする。</p><p>こんなに晴れやかな気分を味わったのは久しぶりだ。趣味のために長い距離を自転車で走り回った。目的地までの景色ですら新鮮で、今まで家に篭って陰鬱としていたこれまでの自分が嘘のようだった。ここ最近すっかり忘れていた感情が湧いてくる感じがした。しかし困ったことに、この気持ちが何なのか理解ができない。明らかに今までとは異質の感情に自分の心が困惑している。しかし、自分自身はこの感情を心地の良いものだと感じた。だからまたこの感情を自分の心から引き出したい。そのためにはどうすれば良いかは分からないが、少なくとも家に引きこもる事は違うのは分かっている。</p><p>健康な精神は健康な体に宿るという話も、今なら成る程と納得できる。引きこもりで精神が弱る理由の一つは、体を動かさないことによって体が不健康になるからかもしれない。</p><p>まだやる気は出ないし体も重いが、今日は自分のやらなければいけないことに少しだけ手をつけている。珍しい。</p><p>この文章を書いている今も気分も体調も悪くない。良い傾向であることは間違いない。ただ、もっと自分をコントロールできればな、というのが本音だ。</p><p>これからの人生も浮き沈みあるだろう。まあ、現状から立ち直れるかと言われるとまだ分からないが、言いたいのはそうではなく……</p><p>自分の気持ちが沈んだ時、またこの引きこもり生活に戻るようなことはあってはならないのだ。今のこの状況は、自分以外の人の支援のもとにまだ辛うじて維持されている。将来、同じような状況になることは間違いなく許されない。その時は本当に死が待っている。</p><p>だから、自分はこの状況から学ぶ必要がある。どうしてこうなってしまったのか？　どうすればここから抜け出せるのか？　それが分かれば、何かあってもまた立ち上がれる。堕ちることがない。自分がこの状況を嫌うなら、もう二度とこの状況に戻ってきてはならない。</p><p>「たまたま立ち直った」。今日はそれにあたる。しかし、これが「自分で立ち直そうと思って立ち直った」に変わるとき、自分の中に大きな気づきと進歩が生まれるはずだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/tanedakaito/entry-12298415977.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Aug 2017 20:28:45 +0900</pubDate>
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<title>What do I want ?</title>
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<![CDATA[ <p>何か新しいことをするということは自分にとって、とても大きなハードルに感じる。</p><p>正確に言えば、新しいことだけではない。</p><p>例えば、アニメを１回見逃すとそれで観るのを止めてしまうように、普段している事、それが好きな事であっても、何かのきっかけでそれをしなくなる。そんな風にして行動の選択肢を自分で狭めていった結果、今の自分があるとも言える。</p><p>自分は一日中家にいる時などはこういった思考に陥りやすい。さらに、自分のおかしな思考回路を指摘してくれる人が誰もいないから、余計に思考が拗れて深みにはまる。24時間暇なのにもったいない！　ゲームなりアニメなり自分の好きな事し放題じゃん！　と思われるかもしれない。現に自分もそう思っている。しかしこのニート、やりたい事が分からないのだ。やりたい事はいくらかあるがその優先順位がつけられていない。そして、「やりたい事とは何か？」と考えると、必ず「やるべき事」の存在も頭に浮かぶ。</p><p>やるべき事、やりたくない。</p><p>ニート生活の期間が長くなっているせいで、本来やらなければいけない仕事が山積している。正直一生片付く気がしない。そもそも全くやる気がないせいで手すらまともにつけられない。そんな状況で趣味が楽しめる筈もない。</p><p>「あれやってないけどアニメ観てもいいのかな……？」</p><p>そんな罪悪感と義務感を足して10倍希釈したような感情が枷となり、やりたかったことまでもができなくなる。そうするとどうなる？</p><p>自分の場合は、「罪悪感を感じない程度の暇つぶし」に逃げている。そこまでやりたいと思っているわけではないのだが、やるべき事もやりたい事もできない。かといって思考の海に身を投じるのは辛い。だから、かなり昔にやっていたゲームを収納の奥から引っ張り出して、そこに狂ったように時間をつぎ込む。実際そこまで面白いとは思わない。ゲームをクリアした時など、ある時ふと我に返って残るものは虚無感と空腹感と疲労感だけだ。達成感すら微塵も感じる事はできない。こうやって思い返してみても、無駄なことをしていると思わざるを得ない。しかし、自分の心を守るために無意識に自分が辿り着いた先がそこだったのだ。</p><p>詳しくは書かないが、自分はまさに今それで自分の一番の趣味を自分から手放そうとしている。自分自身はそれをとても辛いと感じている。しかし、その辛さは日に日に薄れていっている。このまま時間のみを重ねれば、自分はその趣味を完全に手放すだけでなく、あれこれ変なことを考えて「やりたくない」と思うようになってしまうかもしれない。そういう経験を、自分は最近している。</p><p>それだけは嫌だ。止めてくれ。三日坊主の自分が唯一、三年続いた趣味だ。自分のこの人生の中でここまで深く、長く熱中した物は他に無い。もはや自分の構成要素と言っても過言ではない。これを失うと、本当に自分の存在が変化してしまいそうな気がする。もう二度と、こんな趣味は見つからないかもしれない。本当に代わりがきかないのだ。</p><p>そうだね。どれだけ考えても、こいつは自信を持って「一番やりたい事」だと言えるだろう。この優先順位が覆る事は現状は無い。</p><p>間違いなく自分が好きだと言えるもの。幸い自分にはそれがあった。揺るぎないものにも長所短所があるだろう。しかし、自分を見つめ直すという点においては揺るぎないものが大事な道標となることもあるのではないか？</p><p>折角だ、今日は自分の一番やりたい事をしようじゃないか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それとそれと。今回のブログを見返して気付いたことがある。</p><p>「やりたい事とやるべき事」以降の内容は初めの構想になかった。構想自体が曖昧であったのは事実だが、少なくともこんな内容になるとは思ってもみなかった。元々は行動について話を伸ばしていくつもりだったのだが……</p><p>思い返せば、自分は生活の中で断片的に今回の内容で書いたようなことを考え、そして忘れていた。それを今回、ブログを書くという行為によって、その断片的な思考を取り出し、つなぎ合わせることで、より自分と向き合うことができたと思う。</p><p>他人に話すことで自分の意見がまとまる時があるように、ブログを書いたことでいろいろと整理がついた気がする。やはりブログを始めて正解だったかもしれない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/tanedakaito/entry-12298038373.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Aug 2017 13:52:46 +0900</pubDate>
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<title>どうして自分はブログを書いているんだ</title>
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<![CDATA[ そもそもブログを書く気になったのは何故だろう？<br><br>きっかけはある。自分のある友人がブログを始めたことだ。<br>「過去を振り返りながら自分という存在と向き合っていく」<br>そんな感じの内容だったか。もう７年ほどの付き合いのある悪友であったから、内容に期待しながら読んでいたのだが、残念なことに更新を２回で停止し、ブログそのものを消去してしまった。非常にがっかりした。<br><br>自分は彼の文章にとても期待していた。自分でもどうしてそういう感情を抱いたのかは分からないが。少なくとも、悪友の文章を馬鹿にしたいというロクでもない気持ち以上のものがあったのは確かだ。<br><br>「だから俺がお前に期待してたようなブログを書いてやるよ！」<br>考えてみれば、今の自分の気持ちはこんなものかもしれない。<br><br>正直、いずれブログや、それに似たことは始めたいと思っていた。<br>自分は、自分自身というものが分からない。言われた事は時にはサボりながら生きてきた。しかし、新しい世界というものが怖く、そういったものに自分から足を踏み入れないまま生きてきた。<br>しかし、年齢が上がると、誰も何も言わなくなった。言われた事しかやろうとしない人間が、何も言われない環境に身を置けば、どうなるかというのは想像に難くないと思う。<br><br>自分は現在、ニート同然の生活をしている。<br>ある意味、それ以上にタチが悪いかもしれない。<br>語ると長くなるので今回は省略するが、色々なものを拗らせすぎて最早自分ではどうにも出来ない。どうすれば良いのか分からない。<br>だから、自分は何もしていない。何もできない、或いは何をすればいいのか分からないかもしれないが。<br>正直この生活を続けるのはとても辛い。平日にも関わらず惰眠を貪りやがってる上にこのニートは何をほざくかと言われるかもしれないが、この生活は精神的にくる。自分が何をしたいか分からないから、逃げることさえできやしない。自分自身自殺は嫌だとは思うが、いつトチ狂ってそんな事になるとも限らない。この生活から抜け出したいとは思う。<br>しかし、どうすれば抜け出せるのかさえ分からない。分からない分からない分からない。酒の飲める年齢になったというのに分からないことだらけだ。そんな奴が、自分がどうしてこうなってしまったのかなんて分かる筈がないだろう。<br>最近、こんな事を考えるようになった。逆に、逆にだ。何か分かるようになれば今の状況も変わったりするのか？<br>遠回りな方法かもしれない。いや、遠回りなのは自分でも自覚している。それでも、何か前に進みたいのだ。何か前に進んでいるという実感が欲しいのだ。仮にそれが仮初めの前進だったとしても。百歩下がって一歩下がるような愚行でもそれでも構わない。そうでなければ、自分は本当にどうにかなってしまうのではないかと思うから。<br><br>結局、ブログを書きたいと感じたのは、<br>「何も分からないニート野郎が」<br>えっとどうしよう……上手くまとまらない。<br>上手くまとめる事は出来ないが、自分自身は理解した。理解できた。だから今日はこれで良いことにしよう。<br>こういうことをこのブログでやっていきたいかな。当ブログは他人に見せることを完全に想定に入れない完全自己満足のブログです。<br><br>三日坊主だけど続くのかな、続くといいね、これ
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<link>https://ameblo.jp/tanedakaito/entry-12297873936.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Aug 2017 22:07:00 +0900</pubDate>
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