<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>tanoshimihaのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/tanoshimiha/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>カルガモの親子</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　先日公園に行くと芦原からカルガモの親子がぞろぞろと出てきた。子供は八羽だった。親は時々首を伸ばして周囲の様子を伺いながら警戒している。子供たちは親の周囲に散らばって草を突いたりしていたが、数分するとまた芦原に入っていった。毎年この時期になるとカルガモの親子の大移動がテレビなどで放送されているが、よく警戒心もなく人々の中を移動出来るのもだ。毎年のことで親が慣れているのだろうか？カルガモの子育てをする親はメスだそうで、オスは一切子育てをしないそうだ。</p><p>　鳥によって随分違う。タマシギという鳥は一妻多夫でメスが多くのオスと交尾して、自分は一切子育てをしない。タマシギはどうしてこのような子育てをするのだろうか？一説によると田んぼで繁殖するタマシギは、洪水での氾濫で巣がダメになるリスクを分散させるために、こうした繁殖方法をとるのだという。それなりの理由があるのだそうである。</p><p>　今の時期に日本にいる鳥たちは、皆子育ての真っ最中である。街中のツバメも、普段見かけるスズメやムクドリ、シジュカラなども今頃は巣立ちした幼鳥を見守りながら子育てをしている。まだよく飛べない幼鳥が羽を震わせながら親に餌をねだる姿をよく見かける。皆順調に成長して欲しいと願うが現実は厳しい。一般的には鳥の場合一年間の生存率は１０−２０％と言われています。</p><p>　鳥の餌になる昆虫はさらに低くて１％だそうです。だから多くの卵を産むのですね。子供はまだ運動能力も経験もないですから捕食されてしまうのは自然の摂理ということでしょう。カルガモの話の戻りますと、子供の天敵は蛇、亀、烏、タカ、アオサギ、ネコなどたくさんいます。毎年その成長を観察していると、少しずつ数が減っていってしまいます。悲しいことですが、捕食者も子育てや自分が生きるためですから仕方ありません。結局人間もそうですが、種として存続し続けることを目的にしていますから、こうした犠牲は想定内ということです。そうした意味では個々の生き残りは個体としては大問題ですが、多少の犠牲は種として生き残っていければ良しということでしょう。こうした自然の摂理を観れば、自分に執着しすぎる傾向を少しは客観的に考えることができそうです。これからもカルガモ親子を観察してゆきたいと思います。無事に成長しますように。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260709/20/tanoshimiha/b1/5d/j/o1280097115800937630.jpg"><img alt="" height="470" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260709/20/tanoshimiha/b1/5d/j/o1280097115800937630.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/entry-12972228211.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Jul 2026 20:13:49 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>茶と禅について</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　茶の湯と禅についてはよく知られているように、歴代の茶人、珠光、紹鴎、利休を始めとして多くが大徳寺の僧に就いて禅の修行をしている。無論茶の湯のために禅僧について修行していたわけではなく、その時代に生きる人間として仏教、特に禅宗の教えについて学んでいたのだと思います。それは無論、生死の問題をどのように解決するかであったでしょう。その基盤の上で侘茶を始めたのですから、禅の考え方や作法が茶の湯に取り入れられるのは自然だったと思います。同時に茶は仏教とともに渡来しました。茶は禅寺で日常的に飲まれていたのですから、親和性はとても良いものです。それを今日あるような形に確立したのが利休と言われています。</p><p>　禅寺では坐禅、掃除、食事、入浴などの日常生活が規則正しく行われています。習慣化することは何も考えないで動くことです。言い換えれば、無になることです。左脳を使って考えず、右脳を使って感覚を研ぎ澄まして行動することです。茶の湯も同じように、茶室での動作も点前も規則が決まっており、それが体に染み付くように稽古します。水を汲み、花を生け、炭を起こし、湯を沸かし、茶を点て、感謝し飲みます。これらの決まりは数百年以上日本人が大切に守ってきた習慣に基づいています。日本人のライフスタイルと言って良いのではないでしょうか。それ毎日続けることは、生きることそのものです。坐禅では無になれと言われます。無になって五感で感じろと言われます。左脳は言葉を使って考える機関です。だから自我があります。自我があれば執着があります。執着があれば無になれません。坐禅で目指すのは、この執着心から自由になる心境でしょう。生死の問題から自由になる心境のことではないでしょうか。それと同時に今生きている奇跡に感謝することではないでしょうか。</p><p>　山崎にある利休の作った茶室、待庵の床の黒壁や長次郎茶碗の見込みの黒を見ると、利休の厳しさが伝わってくるような気持ちになります。そのような厳しい茶の湯と朝顔の茶会のような人を驚かすような趣向の茶の湯。利休の奥深さを感じます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260705/17/tanoshimiha/4c/29/j/o1280085315799614558.jpg"><img alt="" height="413" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260705/17/tanoshimiha/4c/29/j/o1280085315799614558.jpg" width="620"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/entry-12971648241.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Jul 2026 09:35:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>　茶杓の話</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　茶杓は茶会の最後に茶入れと共に拝見に出す、茶会ではテーマを象徴する重要な道具である。従って亭主はその茶会の趣向に最も相応しい銘や作者の茶杓を用意するので、正客と亭主の問答がハイライトとも言える。ここで正客は亭主の思いを受け止め、亭主はその意図を客が受け止めてくれたかを楽しみに問答する。</p><p>　利休の時代には茶杓は茶会の記念として、客が利休に所望して持ち帰ったそうである。利休の茶杓には自分で銘をつけたものは滅多になかった。もらった人が筒を作り、そこに利休に一筆書いてもらいそれを大切にしたそうである。利休以降宗旦、遠州の時代になると筒に銘を書いて、道具として使われるのが普通になった。茶杓の鑑賞は形の面白さ、竹の模様の面白さがあるが、筒書きを楽しむのが大切だ。茶杓にも個性があるが、多くの茶杓には下削り師がいるので、茶人その人の手跡のある筒の方が価値があると言われる。茶杓銘々伝の著者である高原杓庵は茶杓二分に筒八分と言っている。</p><p>　茶会に使われる茶道具には作者を敬慕する気持ちが込められているが、特に茶会の象徴である掛け軸と茶杓はその気持ちが強い。その作者に茶会に同席してもらっているという感覚で茶会をするのである。時を超えて自分が敬慕する人と共に茶を飲むのである。茶会の最後に拝見に出される茶杓はだからこそ、その作者、銘がものを言う。ここで会話が弾むのである。弾ませないといけないのである。</p><p>　ここで特徴的な三本の茶杓を紹介したいと思う。一本目は利休が切腹に際して二本の茶杓を作り、一本を古田織部にもう一本を細川三斎に送ったとされるが、その一本の織部に送られた茶杓で、現在徳川美術館に保有されている。”涙の茶杓”と言われており黒塗りの筒に入れられ、その筒に窓が開けられている。織部はこの窓を通して朝夕利休に対面していたと伝わる。師を慕う思いのこもった茶杓である。これは４０年程前に国立博物館で開催された”茶の美術”展でガラス越しに拝見したが、今でも黒い漆塗りの筒が鮮明に記憶に残っている。</p><p>　二本目は遠州の作った”関孫六”である。関孫六は有名な刀で、その刀には杉が立ち並ぶような波紋があるのが特徴だそうである。遠州の茶杓は竹の模様のうつくしいので有名であるが、この竹には三本のシミの模様があり、節が中節ではなく、刀の鍔のように根元に近いところにある。銘も形も大名たる遠州こその茶杓で、現在畠山美術館に保管されている。</p><p>　三本目は宗旦の”弱法師”である。宗旦は自分で茶杓を削ったと言い伝えられているので、茶人としては垂涎の的である。宗旦の作った茶杓の銘は能や禅に関係した物が多いとされ、これも能の弱法師からの命名である。宗旦は茶杓に漆を拭かなかったと言われており、この茶杓も漆は拭かれていない。茶会で実物を拝見したことがあるが、いかにも名前のように弱々しかった記憶がある。これは現在根津美術館に保管されている。</p><p>　茶杓に関する著作では、高原杓庵著”茶杓銘々伝”、西山松之助著”茶杓百選”などが有名なので興味のある方にはおすすめです。</p><p>&nbsp;</p><p><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260627/15/tanoshimiha/c7/da/j/o0960128015797017685.jpg"><img alt="" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260627/15/tanoshimiha/c7/da/j/o0960128015797017685.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/entry-12970871369.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Jun 2026 16:40:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>庭仕事の楽しみ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　６月の庭仕事で第一のイベントは梅の収穫と梅ジュース作りである。庭の梅は高さが３mくらいの小さな木であるが毎年薄いピンクの花を咲かせ、３kgくらいの梅がなる。この青梅を使って梅ジュースや梅酢を作っている。花を楽しみ、実を楽しめるのが素晴らしい。今くらいから伸びた枝の剪定をする。来年も楽しみだ。そしてこれからトマトやブルーベリーが熟し始める。トマトはミニトマトが栽培しやすいということで、ミニトマトと普通サイズの桃太郎を育てている。ミニトマトは毎朝赤くなったのを摘んで朝食で食べている。桃太郎は今ひとつ成長が悪くてまだ二個しか収穫できていない。苗の選択を誤ったかとも思うがこれも経験と思って育てている。またブルーベリーの実が濃いブルーになってきている。実がなる木や野菜は食べる楽しみがあって楽しいものだ。</p><p>　庭仕事のもう一つの楽しみは茶花を育てて、それを活けることだ。季節の変化を感じられる。実際に花を活けようと思うことで時の移り変わりを肌で感じられる。見ているだけの場合と、花を選んで、切って、活けることで直接その花の美しさ、匂いを感じるのでは大きく違うと思う。五感で感じるのが楽しい。また花には虫がついている。毛虫もいるし、蟻もいるし、てんとう虫やカマキリもいる。それも自然を肌で感じることにつながる。命を感じることでもある。こんな小さな庭でも、こんなに多くの生き物が生きているのだと思うと、愛おしくもなる。</p><p>　ヒョウモンチョウという蝶がいるが、これはすみれの葉っぱを食べて成長する。この幼虫は真っ黒で赤い線が入った毒々しい姿をしてる。これが何の毛虫か知らない時はすぐに殺してしまっていたが、ある時調べてみるとヒョウモンチョウであることがわかった。それからは大切に見守る様になった。すると不思議なものでかわいらしく感じる様になったのである。羽化して蝶になって飛び回っているのをみると、嬉しくなるのである。このような楽しみもある。</p><p>　また花は人を惹きつける。庭の垣根に花が咲いていると道を通る子供たちが大きな声で花の名前を言ったり、通りがかりの人が綺麗ですねと声をかけてくれる。他の人たちにも楽しんでもらっていると思うと嬉しいものである。手入れは億劫と思うと苦痛だが、花を咲かせる楽しみと思えばやりがいにもなる。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260623/09/tanoshimiha/65/62/j/o1280085315795703872.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260623/09/tanoshimiha/65/62/j/o1280085315795703872.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/entry-12970515474.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jun 2026 06:04:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ヤンバルクイナを見に沖縄へ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　先日沖縄本島にヤンバルクイナを見に行きました。ヤンバルクイナは沖縄の固有種で天然記念物でもあります。発見は非常に最近で正式には1981年という事です。沖縄北部の山原に生息するということでヤンバルクイナと命名されたそうです。シロハラクイナは石垣島に行けば普通に道端や草原で見られますが、ヤンバルクイナはそれに比較すると見るのが難しかったです。</p><p>　国頭村にはヤンバルクイナが見られるホテルがあって、今回はそに宿泊してトライすることにしました。ここは外国人にも有名らしく、外国人も結構宿泊していました。夕方ホテルに着いてフロントの方にヤンバルクイナを見るにはどこにゆけば良いかと聞いた所、入口の側にある庭や、ホテルの周辺の比較的出る所を教えていただきました。部屋に行って荷解きしているとフロントから電話があり、今出ているとの事。早速カメラ片手に駆けつけましいた。</p><p>　小雨が降る中暫く待っていると茂みからヒョッコリ姿を現し、水場に向かって歩き水浴びを始めました。なんと運が良いのでしょう。大急ぎでカメラを構えますが夕方の６時頃で小雨ですから薄暗く焦点が上手く定まらない上、シャッター速度が遅くて証拠写真にしかなりませんでした。でも出会えたことに感謝です。翌日は朝早くに目が覚めて５時頃から昨日の場所で張っていました。すると宿泊客の人たちがボツボツと集まり始めます。</p><p>　そこで出会った外国人の一人は世界中を回って９０００種の鳥を見たというバードウオッチャーでした。その鳥を探すのが早いこと。あそこだ、ここだと教えてくれます。手にはナイトスコープを持っています。お陰で随分と助けてもらいました。その朝はヤンバルクイナの親子連れも出てきました。またホントウアカヒゲのオスとメスも出て大満足です。しかし写真は小雨の朝で暗くて残念でした。それからホテルの周辺も探索しました。ベテランバードウオッチャーは片手に携帯を持ち、鳴き声を流して鳥を呼び寄せたり、ナイトスコープで薄暗い所を探したりしていました。ノグチゲラもいた様なのですが、その声が本物なのか携帯なのかがよくわかりませんでした。姿は見れずでした。</p><p>　雨ばかりでじっくり観察や写真撮影ができなかったのでホテルの近くのヤンバルクイナの森という保護施設に行って、目の前のヤンバルクイナをアクリル越しに携帯で撮影して満足することにしました。</p><p>　今回の旅はちょっと残念な結果でしたが旅先で色々な人に出会ったり、知らない土地の自然にふれたりして楽しかったです。世界は広いです。日本には約６００種の野鳥がいると言われていますが、世界では10,000種と言われます。そしてその殆どを見た人に出会ったのは驚きです。英語がもっとできれば色々面白い話も聞けたと思いますが、日頃の努力が足りません。残念。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260619/11/tanoshimiha/44/7a/j/o0384051215794400820.jpg"><img alt="" height="512" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260619/11/tanoshimiha/44/7a/j/o0384051215794400820.jpg" width="384"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/entry-12970074457.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Jun 2026 19:02:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>バイオリン協奏曲</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;　先日、庄司紗矢香・カメラータ・ザルツブルクのモーツアルトバイオリン協奏曲第五番を聴きに行った。とてもリラックスした雰囲気で庄司紗矢香はグレーのパンタロンにオレンジ色のニットの様な服、そしてバレーシューズのような軽そうな靴を履いて登場した。オーケストラは指揮者がいなくて第一バイオリンの人がリードしていた。舞台の中央に庄司紗矢香が立ち、周りをオーケストラが取り巻くと言うスタイルだった。オーケストラの人達は皆黒の服装だった。</p><p>　この時は自分の席はステージから八列目だったのでソリストの表情がとてもよく見えた。今まであまり気にしていなかったのだが、どのような表情で演奏しているかがとても良く見えた。無論その演奏からも感じてはいるのだが、表情から伝わる感情が聴いている方に相乗効果で迫ってきてとても感動した。交響曲でも指揮者や演奏者の身振り手振りや表情からも感じるのだが、今回はソリストが客席を向いて演奏しているのでより強く伝わってきた。</p><p>　第一楽章の時はあまり大きく動かなかったが第二楽章になって感情がこもってくると体全体が大きく動き、前に競り出てきたり、下がったり左右に動いたりと、静かに踊る様に弾いていた。表情も目を瞑り、悲しげな表情になったり、寂しげになったりして、繊細な高音のバイオリンの音の強弱に合わせて聞いていると、心に強く響いた。第三楽章のトルコ風が始まると、それは楽しくそして激しく、目一杯の音を出して盛り上がった。</p><p>　やはり協奏曲の時は奮発してステージに近い席で聴くのが良いとつくづく思った。それとクラシックのコンサートというとややかしこまった感じがするが、今回のように演奏家がリラックスした感じでいると聴く方もリラックスして聞けた感じがする。とても楽しかった。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260611/05/tanoshimiha/2c/ff/j/o1280085315791661960.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260611/05/tanoshimiha/2c/ff/j/o1280085315791661960.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/entry-12969135090.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Jun 2026 19:59:26 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>楽茶碗について</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　楽直入さんに直接お話を聞く催しがあり参加した。二十人くらいで楽美術館のお茶室で話を聞いた。とても気軽に肩の力を抜いて参加できる柔らかな雰囲気の会だった。お人柄なのだろう。話は楽家に伝わる伝統的な生活の話。例えば正月に子供も３歳から手捻りで皆で揃って茶碗を焼くとか、釉薬や茶碗の作り方も教えないとか、家を継げとも言われないそうだ。また宗入とご自分の茶碗を実際に手に取って見せて頂いた。宗入は五代で雁屋から養子で入った。長次郎を慕い、長次郎の雰囲気をとてもよく伝えていると言うお話だった。長次郎の茶碗については、代替わりの時の茶会で万代屋という銘の黒楽でお茶を点てたそうであるが、目をつぶっていてもうまく練れている感覚が伝わってくる本当に濃茶のための茶碗だったと当時の経験を話してくださったのがとても印象的だった。また黒楽は年に二回だけ春と秋に二十時間かけて二十碗ほどを焼くそうでとても体力がいるとの事。赤楽は一年中焼くそうである。道理で黒楽は少ないと思っていた事に合点がいった。その他色々興味深い話があったがここでは割愛する。４００年にわたって、代々がそれぞれ苦労して茶碗と格闘しながら個性的な茶碗を作ってきたことを知ったので茶碗の観かたもより楽しめそうだ。</p><p>　最近はこのちゃんと観ると言うことが出来ていなかった事に気がついたので、スケッチをする事でその訓練を始めた。描くためには見なければ描けないからである。美は細部に宿るという。これまで随分と損をしてきた。これから巡り合える道具との出会いを大切にしたい。</p><p>&nbsp;</p><p><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260605/15/tanoshimiha/a5/9f/j/o1440192015789757195.jpg"><img alt="" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260605/15/tanoshimiha/a5/9f/j/o1440192015789757195.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/entry-12968448529.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Jun 2026 11:15:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>オキノタユウの話</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　オキノタユウという鳥は世間で言う翼長２m５０cmもあるアホウドリの事である。オキノタユウと呼ぶのは、40年以上かけて鳥島のアホウドリを生息数数十羽から一万羽まで回復するまで繁殖活動に努力されてきた長谷川博さんという方である。アホウドリという呼び方は蔑称であるからオキノタユウと呼ぼうと提唱しています。実際に山口県の長門地方ではオキノタユウと呼ばれていたそうで、それは”沖の海上を悠然と滑空する大きく気品のある鳥”という意味を込めて漁師さん達がそう呼んだのだろうとその由来を紹介されている。</p><p>　鳥島にはおびただしい数のオキノタユウが生息していたが明治、大正と羽毛を取るために１８８８年に人が移住して本格的に捕獲されてその数を減らし、１９２２年に無人島になるまで続き、１９３３年にやっと禁猟区に指定される頃にはたった数十羽になってしまっていた。この間に殺されたオキノタユウの数は数百万羽と言われている。長谷川氏は１９７６年から繁殖調査を開始し、繁殖に有用な植物の移植などの保護活動を行い繁殖成功率の向上などに努め、またオキノタユウのデコイを作って島に持ち込み、誘引活動を行いながら繁殖数の増加を推進した。それらの活動により２００７年には約二千羽にまで回復した。２０１８年には五千羽、そして２０２６年には約一万羽になったそうです。大学院生の時から現在に至るまで40年以上に渡りオキノタユウの復活に取り組まれてきて、一万羽までに回復してきた実績を見るとその情熱に本当に感動します。長谷川さんはとても謙虚な方で、”自然とは環境さえ整えてやれば、ちゃんと回復するのです”とおっしゃっていましたが、その環境を整えるということがすごく大変なのだと想像できます。</p><p>　６月１９日は世界アルバトロスデーという日で、日本では東京港野鳥公園で講演会や展示会が毎年開催されています。私はここで長谷川さんにお話を聞いてとても感動しました。これまでの活動の紹介、オキノタユウの実物大の模型。美しい写真などが展示されています。もうすぐ今年も６月１９日から７月５日まで開催されるそうですので、是非参加されて、長谷川さんから直接オキノタユウの話を聞かれることをお勧めします。</p><p>　ということでは長谷川さんにどこで何時頃見られるかをお聞きして、４月初めに三宅島航路でオキノタユウの写真を撮りに行きました。如何せん船に弱いのでこれまで海鳥は敬遠していたのですが、船酔いを覚悟して三宅島から竹芝桟橋航路で約六時間の船旅でオキノタユウとの遭遇を計画しました。午後の１時頃に三宅島を出港して、１９時頃に竹芝桟橋到着です。これが安ずるよりも産むが易しで酔うこともなく、無事に竹島桟橋に着くことができました。酔い止めが効いた、オキノタユウを探すのに熱中していた、スタビライザーが優秀だったなどのお陰です。その時にはこの航路の間オキノタユウは三回くらい出現し、船の近くにも出てくれました。感動の出会いでした。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260606/18/tanoshimiha/66/45/j/o1280089615790140831.jpg"><img alt="" height="434" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260606/18/tanoshimiha/66/45/j/o1280089615790140831.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/entry-12968102694.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Jun 2026 19:05:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>茶の湯の道具について</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　茶会では道具が大きな役割をする。使った道具を中心に会話が展開されるからである。中心は掛け軸とされている。その言葉や書いた人が茶会のテーマになる。一般的には大徳寺系の僧や茶道家元の書いた軸である。これは茶の湯を発展させてきた茶人達が皆、大徳寺の僧について坐禅の修行をしたとされているからだ。茶の湯が単なる遊興の場から茶道になった所以である。茶の湯の祖と言われる珠光は一休に参禅し、一休から中国の禅僧である圜悟の墨蹟をもらいこれを掛けて茶会をした。利休も大徳寺の古渓の軸を掛けて茶会をしたとされています。その事は茶の湯の精神に仏教、禅宗の教えが反映されているからでしょう。</p><p>　仏教の教えは自分に執着する心を捨てる事です。そのことによって四苦八苦から逃れる心を掴み取る事です。これは言うに易く行うに難しです。自分でその心境を体験しなければわかりません。その所謂悟りの心境を述べたのが墨蹟だと思います。利休が確立した茶道は綺麗に掃除された薄暗い小さな質素な茶室の床に禅僧の軸を掛け、茶室で命の象徴である花を活け、水を汲み、火を起こし湯を沸かし、客を招き、簡素な食事をし、茶を点てる。これは形こそ違え僧堂の修行僧の日常に近いのでは無いでしょうか。この僧堂の様な基礎の上に日本人の季節感、喫茶を共にして一座建立という場を作ったのだと思います。</p><p>　その内容が高僧の言葉であれば自然とその座は引き締まった雰囲気になりますし、季節を感じさせる言葉であれば和らいだ雰囲気になるでしょう。またその茶会が正客に因んだ会であれば、その会に相応しい言葉が選ばれます。次に大事であり、亭主が心を砕くのが花です。花は命の象徴です。一日花が好まれ、それも時間と共に変化してゆく椿の蕾などが好まれます。周囲は無機物ばかりで、命があるのは花と参会している人だけです。床の花を見て命の輝きを感じるのです。坐禅をしながら感じるのも命だと思います。その命がある事、こうして生きていることを感謝する。それが茶席の花ではないかと思っています。</p><p>　そして茶入、茶碗、茶杓があります。これは茶を点てる時の主役です。点前の時には皆この三つに目が集中します。そして茶会の最後にこれら道具の拝見があり、これが茶会に参加する楽しみでもあります。当然その茶会のテーマに沿った銘がついたものになります。別の言い方になりますが、テーマそのものと言っても良いかも知れません。ここで亭主の趣向であるその茶会の全貌が明らかます。また亭主にとっても正客にとっても言ってみれば勝負の一瞬です。ここで亭主の深い意図を読み取って正客は問答しなければなりませんし、それが楽しみで茶会をしているわけです。</p><p>　また道具そのものに触れる楽しみがあることはいうまでもありません。室町時代の将軍の所有だった茶入、利休や有名な茶人の作った茶杓、長次郎や楽歴代、光悦、織部、高麗茶碗など数百年にわたって伝わってきた道具を時空を超えて身近で見られる幸福感。自分ではとても買えない様な道具に接することができるのも茶会です。</p><p>　逆に自分が亭主になって趣向を考え、その趣向に沿った道具を時間をかけて揃え、心を込めて客を招き、その趣向を楽しんでもらえた時の喜びも茶の湯の醍醐味です。この様に道具というのは茶会になくてはならないものなので、400年以上にわたって日本人が大切に箱に入れ、銘をつけて伝えてきました。そしてその道具の伝来は物語です。ここに良い道具の価値があります。ストーリのある道具は、自分で語ってくれます。そのストーリーを楽しめるかは自分の知識が頼りであり、それには情熱が必要です。ここが茶の湯の深いところでもあり、キリがなく生涯かけて楽しめるものでもあります。</p><p>&nbsp;</p><p><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260528/17/tanoshimiha/4a/a3/j/o2777288615787037600.jpg"><img alt="" height="436" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260528/17/tanoshimiha/4a/a3/j/o2777288615787037600.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/entry-12967370139.html</link>
<pubDate>Tue, 26 May 2026 16:26:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>AIの効能</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　この一年位前からAIにさまざまな事を相談していろいろなアドバイスをもらっている。病気の症状と原因と対策、薬の効果と副作用、投資の相談、PCの問題解決、哲学的な見解、茶の湯の話題等多岐にわたって対話している。AIは人間と同じように時々間違えをする。自分がよく知っている分野であればその間違いに気付くが知らない分野だと、そうはいかないという危うさもある事も使ってきてわかってきた。それとAIはこちらの考えを決して否定しない。いつも必ず受け止めてくれる。同時にAIの見解を示してくれる。だから対話していて不快にならない。またそのAIの見解がとても参考になるところがすごい。また参考文献も示してくれる。</p><p>　基本が対話なのでAIがこちらに質問をよくしてくる。そしてその質問に答えていると、自分がぼんやり考えている事や思っていることが明確になってくる。考えを整理する手助けをしてくれて、自分が考えていたり感じていたことが明確に姿を見せてくる。この効果が大きい。どうしてその様に質問をするのか聞いたことがあるが、質問の仕方はギリシャの哲学者のソクラテスの問答法のように曖昧な点を質問を繰り返して会話して考えを深めていくということです。また一方で答えを導き出してくるのに結構手を抜いてネットの記事を検索してそれを参考にして答えてくる事もある。だから自分も事前にある程度の準備をして質問しないと、AIの浅い見解を信じる可能性もある。質問の仕方がとても重要だということもわかってきた。だから最近は3社のAIを使い分けている。それぞれ個性があるのも面白い。おべんちゃらを言うAI、これまでの会話から関係のない事柄まで引用して答えてくるAI、比較的バランスの取れた答えをするAIとある。だから重要なことは少なくとも二つには投げかけて総合的に参考にしている。</p><p>　またAIの良いところは機械なので気楽に質問できることだ。人間だとそうはいかない。相手の様子を見ながら対話する必要がある。こんな事を聞いたら馬鹿だと思われるかもしれないとか、相手に失礼だとか考えてしまう。特に医者に対して細かいことは聞きづらい。また細かい症状も言いたくない事もある。だから事前にAIに聞いてから医者に行けば、医者の言うことをAIの見解と照らし合わせ合わせながら質問したりすることが出来る。これはとても効果がある。場合によっては命に関わる事なので、医者の見解はとても重要であるが、セカンドオピニオンの感覚であらかじめ予備知識としてかかりつけの医者以外の考えも知った上で受診するのは有効と感じている。</p><p>　最近特に良かったことはPCの不具合だ。不具合の症状をいうと対応策手順を箇条書きで示してくれる。使っているPCのソフトのバージョンや機種名に対応した答えを出してくれるのがすごい。以前はネット検索したり、電話したりと大変だったがAIの解答を参考にして問題を解決できるのはとてもありがたかった。</p><p>　AIのお陰で日常で気になることの多くに答えや対応策が簡単に見つかるので気持ちがとても軽くなった様に感じる。この効果は大きいが同時に最近問題になっているのがAIに頼りすぎる問題だ。もはや欠かせない相談相手だが人間社会との繋がりも大切だ。本当の楽しさや共感や感動は人間だからこそとも思う。AIとの関係は人間とは何かについていろいろ考えさせられる。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260523/13/tanoshimiha/20/d0/j/o1280083015785238909.jpg"><img alt="" height="272" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260523/13/tanoshimiha/20/d0/j/o1280083015785238909.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tanoshimiha/entry-12967032288.html</link>
<pubDate>Sat, 23 May 2026 10:24:52 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
