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<title>Time Machine～遠い記憶～</title>
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<description>40才になり、筋肉痛は2日後…お酒に酔えば涙もろくなり…遠い過去は美化され始め…ﾀｲﾑﾏｼﾝが実在したら、あなたは何才頃に戻りますか？</description>
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<title>タイムマシン～backto 中学１年生</title>
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<![CDATA[ ふとしたことで、頭の引き出しの奥の奥の記憶を呼び覚まされることがある。<br><br>20年ぶりに会ったアメリカに住んでいた頃の友人。<br>近況を報告して、昔話に花が咲いた。<br><br>「ところで、あのドッグフードは本当に食べたの？」<br>と言い出した。<br>正直、彼のその言葉を聞くまで記憶のあまりに奥深くにあったその出来事をすっかり忘れていた。<br><br>彼は続けた。<br>「おまえは真のエンターテイナーだと感心したんだよね～」<br>ははっ（汗）<br>彼は仲間内ではお笑い担当の存在だった。<br>彼にとって人を笑わすことや、サプライズは彼の全てだったのかもしれない。<br><br>そんな彼の心に20年も私のとった行動が残っていたのだとしたら光景に思わなくてはいけないのだが、真相はエンターテイメントのようなものではなかったのだ。<br><br>まず彼が記憶していたドッグフードだが、真相はラビットフードだ。<br>当時の海外赴任の任期は大概どの会社も平均で3年くらいだったので、半年に1回は新しい人が来て、誰かが帰国するというようなサイクルだった。<br><br>その日もM子の家にお菓子や料理を持ち寄り、誰かの送別会を開いていた。<br>会も中盤に差し掛かり、ちょっと飽きが来始めた頃、食べ漁ったお菓子もなくなった皿に何故かM子が飼っていたウサギのエサを置いた。<br>私が間違えて食べるのを見て楽しむちょっとしたイタズラだったのだろう。<br><br>しかし、私はきゃっきゃ言いながら仕込みをしている彼女たちの姿が目の端に入っていたので間違えるわけがなかった。<br>アホらしいと思いつつ、場を盛り上げるためには騙されてやるのが最善だと思った。<br><br>知らぬふりしてラビットフードをパクり。<br>きちっと飲み込んだ。<br>「きゃ～食べたぁ！」<br>みなの反応も上々で、M子の母親に至ってはそんなにお腹が空いてるなら何か作ろうかと失笑させたほど。<br>まっ大成功だったわけだ。<br>しかも20年後も覚えていた友人がいるくらいな訳で、私の存在感は絶大なものになるというオマケも付いてきた。<br><br>さて、このイタズラのターゲットに何故私が選ばれたのか。<br>先にも述べたが、お笑い担当なら他にもたくさんいた。<br>M子が私に仕掛けたこのイタズラ、実はたまたまではなく、私を陥れたかったイジワルだった。<br>場が盛り上げることよりも、それがイジワルだと気づいた私は堂々と受けてたったのだ。<br><br>このお話はまた次のタイムマシンの旅で！
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<link>https://ameblo.jp/tanu0620/entry-11422007851.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Dec 2012 11:54:00 +0900</pubDate>
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<title>タイムマシン～backto 小学5年生</title>
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<![CDATA[ ざっと30年は前の記憶…<br><br>3～4年生の時に一緒のクラスになったSくんに密かな想いを寄せていた。<br>今もだが、竹を割ったような性格だと人に言われている私にとって告白もせずに膨らみ続ける想いを胸に秘め、なんていうのは性に合わなかった。<br><br>5年生になりクラス替えがあったが、<br>またSくんとは同じクラスになった。<br>当時は2年に1回しかクラス替えはなかったので、残りの小学校生活も彼と過ごせることを神様に感謝した。<br><br>長いこと同じクラスの私たちは互いが言い出さなくとも公認の仲で、学級委員を選出する際も私が学級委員長に立候補すれば、必然的に彼が副委員長になる感じだった。<br><br>5年生が始まり3ヵ月が過ぎた頃…<br>私とは性格も正反対の可愛らしいMさん。<br>意外と彼女のことを想っている男子は多かったと記憶している。<br>彼女が彼のことを好きだと言い出した。<br>でも自分が築き上げた彼との淡い関係を壊されることに酷く嫉妬した。<br><br>彼もその噂に気づいたのか、いや、彼もMさんが好きになったのか、急に彼の態度が冷たくなり出した。<br>だが、いくら彼が冷たくしても私は素知らぬ顔で気づかないふりをして彼に接した。<br>多分、途中から「ウザい」と思っていたに違いない。<br><br>ある日、隣のクラスの彼の親友Iくんを私に紹介してきた。<br>当時は彼の横にはいつもMがいたせいかその場に居合わせた彼女に<br>「いいじゃん！」とけしかけられた。<br>屈辱感があった。<br>２人は相思相愛だったので邪魔な存在の私を他の人とくっつけることで厄介払いというわけだ。<br><br>30年経って思い出してみると<br>マセた5年生だったのかもしれない。<br>２人がとった行動は最近流行りの韓流ドラマでよく見る光景だ。<br><br>さて、この物語の結末だが、<br>私は当てつけだったのか彼の親友と付き合った。<br>休み時間のたびにIくんは私のクラスへ来て一緒に過ごした。<br>4人で過ごすことも珍しくなく、こんな形でも彼と一緒に居られることは悪くない選択だったと思い出す。<br><br>好きなふりは疲れた。<br>わざとキャーキャー騒いでみたりして、柄にもない自分が本当に嫌だった。<br><br>そんな葛藤の日々が続いた11月。<br>父の海外転勤が決まった。<br>日本を離れることは辛かったが、屈辱の日々にピリオドを打てることにちょっと安堵感すらあった。<br><br>担任以外には誰にも言わないでおいた。<br>２学期の終了式の日に始めて明かした。アメリカへ出発するまで5日だった。<br>終了式の次の日、Iくんが私の家を訪ねてくれた。<br><br>「急でびっくりした」<br>そう言ってかわいいレターセットをプレゼントしてくれた。<br>「ごめんね」<br>言わないでおいてごめんね、本当はあなたを利用してごめんね、色々な思いで出た言葉だった。<br>遠い記憶なので全ては思い出せないが、こんな会話だった。<br><br>アメリカでの新生活も落ち着いた頃、罪悪感からかIくんに一番に貰ったレターセットで手紙を書いた。<br>返事はなかった。<br>また書いたが、返事はなかった。<br>そのかわりに大好きだったSくんから手紙が届いた。<br>Iくんに書いた手紙の返事のような内容がIくんではなくSくんから届いたのだ。<br><br>Iくんは分かっていたのか。<br>真相は確かめなかった。<br>そして私はIくんにも、Sくんにも手紙を出すのを止めた。<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tanu0620/entry-11421253086.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Dec 2012 11:44:00 +0900</pubDate>
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