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<title>漫画に見る思想</title>
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<description>知らず知らずのうちに、若者は漫画から思想を学んでいる。その内容の言語化に挑戦していきたい。</description>
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<title>ペットボトルキャップリサイクル</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>ペットボトルキャップを集めて、世界の子供たちを救おう！</p><p>&nbsp;</p><p>これが、ペットボトルキャップリサイクルのうたい文句です。</p><p>あるNPOでは、すでに募金総額は4000万円を超え、それ以上の金額を寄付しています。</p><p>いやあ、本当にいいことをしている、リサイクル万歳！</p><p>&nbsp;</p><p>ペットボトルキャップのリサイクルを勧めてくる多くの善良な人は、もちろんこの話を信じています。</p><p>PTAのお母さん方、企業の総務で働く人、学校の先生、そういった人たちは100％善意でこの運動を行っています。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、ペットボトルキャップリサイクルに経済的意味がないことは、それを行っているNPO法人の収支報告書を見れば明らかです。</p><p>でも、それが良いことだと信じ込んでいる人に、それを説明しても全く通じません。</p><p>とにかく、困っている人を助ける活動は全て善である、というのが、日本の教育だからです。</p><p>赤い羽根募金の運動なども同じ。動機が善であれば、結果がどうあれ、行動が正当化されるというのが日本の愚かな教育であって、そのことに疑問を持つ人は僕のようなへそ曲がり以外、ほとんどいません。</p><p>&nbsp;</p><p>ただし、きちんと理解するためには、経済活動についてのリテラシーが必要であって、それは日本の教育ではタブーとなっています。お金のことを教えると、各方面から非難の矢が飛んできます。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、善良な人を騙してお金を吸い上げるというのは、赤子の手をひねるごとく簡単なことなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>ここに、あるNPO法人の収支報告書がありますので、それについて説明します。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200224/14/taokuno2020/d1/21/p/o1193105314718201715.png"><img alt="" height="371" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200224/14/taokuno2020/d1/21/p/o1193105314718201715.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>収入と支出はほぼバランスしており、事業規模は約1千万円です。</p><p>&nbsp;</p><p>内訳をみると、収入の半分は、サポート企業という30社の会社からの会費となっており、540万円です。</p><p>キャップを販売した分の収入は約300万円、その他の寄付などが150万程度あって、総額で1000万円程度あります。</p><p>そして、支出の一番はワクチン支援費で、約400万円、その次が人件費で230万円程度、次いでキャップを収集するための運送費用が140万円となっています。</p><p>&nbsp;</p><p>400万円の支援ができていますが、そのために600万円のコストが掛かっています。そして、それを埋めるために会費や寄付金でカバーしているという状況です。</p><p>だったら、その会費や寄付金をそのまま支援として寄付してしまえば、600万円の支援ができます。キャップを集めるより、1.5倍の寄付が出来るのです。</p><p>以上のことから、目的である世界の子供たちを救うためだったら、何もせずに金だけ集めて出せばいい、ということになるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、これは広告イベントとして考えると、それほどおかしな話でもありません。キャップを集めてリサイクルすることを楽しむ人達にそういうイベントを提供して、そこに企業の広告的要素を加える。</p><p>会員企業が年間540万円、平均で一社18万円を負担している意義はそこにあります。</p><p>実際、リサイクルしていることは嘘じゃないですしね。</p><p>&nbsp;</p><p>リサイクルというのは、どうも日本人の心を引き付けるもののようです。</p><p>&nbsp;</p><p>問題なのは、これは善なる活動であって、すべからく協力すべきだという話をされることです。</p><p>そしてそこに、役人が介在し、税金が投入されているということです。</p><p>&nbsp;</p><p>リサイクルは環境によい、環境によいことは善である、なので、リサイクル活動をすべきだ、それに逆らう人は悪だ、今はそういう図式になってしまっています。</p><p>&nbsp;</p><p>リサイクル活動というのは、本来は資源の再利用によって、温暖化ガス削減やエネルギー節約といったことは実現することが目的ですが、実際はリサイクルを行うことによるエネルギー消費が増えますので、その意味では全く意味はありません。</p><p>&nbsp;</p><p>逆に、リサイクル活動には、経済活動を活性化させることには効果があります。それはイコール、それによって利益を得る人たちがいるということです。</p><p>リサイクルすることで、結果として経済主体が増えます。ここでもNPO法人が1千万円規模で事業を運営することが可能となっていますし、そこから仕事を得ている人もいます。ですので、そのことは悪いことではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、大きな問題は、子供たちが真実ではなく、欺瞞を教育されていることです。</p><p>リサイクルによって石油消費や炭素ガスの増大を防ぐことができるという、バカげた話を本当だと思い込まされていることにあります。さらには、ペットボトルキャップというなんの価値も無いものを集めることで、海外の子供たちを救えると思い込まされているということにあります。</p><p>&nbsp;</p><p>結局、ぼったくられるのは情報弱者です。そして、そういった情報弱者が無意味な時間とお金を負担し、経済活動を支えている、それを知ることが大事です。結果として税金を使い、税金が足りなくなるというのは困ったことですが。</p><p>&nbsp;</p><p>あらゆる環境運動は、情報弱者に対するぼったくり施策だと思った方がいいと思います。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/taokuno2020/entry-12577453547.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Feb 2020 15:01:21 +0900</pubDate>
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<title>新型コロナウイルス</title>
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<![CDATA[ <p>新型コロナウイルス、怖いですね。みなさん気になっていると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>東京マラソンも大幅に縮小され、色々なイベントが中止になっています。僕の周りでも、ダンスの発表会が延期になったり、セミナーへの参加が自粛になったりなど、身近に影響が出てきています。</p><p>&nbsp;</p><p>クルーズ船の悲惨な状況とか、iPhoneの製造が出来なくなって株価が下がるとか、中国ではどんどん工場の操業が停止しています。中国からの輸入も減っています。</p><p>&nbsp;</p><p>日本でも、和歌山の医師が感染とか、福岡では60代の夫婦が感染とか、北海道の町議が感染とか、あっちこっちでコロナに感染したという報道が出てきています。今日は、初の10歳未満の感染を確認！という報道もありました。</p><p>&nbsp;</p><p>でも今のところ、それらを足しても大した人数にはなりません。</p><p>&nbsp;</p><p>朝日新聞によると、国内で確認された感染者は738人で、クルーズ船での感染が634人、なので、実質100人に満たない人が感染しているということになります。</p><p>&nbsp;</p><p>ここで、よく考えて欲しいのは、これはあくまでも、「確認した人数」であって、感染者数では無いということです。</p><p>例えば、和歌山で医師が感染しているということは、その医師に感染させた人がいるということですが、これは確認できていません。ですので、人数には入りません。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は厚生労働省のホームページを見てみました。そこには、こんな統計があります。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000598740.png">国内の状況について</a></p><p>&nbsp;</p><p>ここでは、PCR検査実施人数が1432人のうち、感染者が84名ということになっています。</p><p>しかも、これは海外からの帰国者しか入っていません。</p><p>&nbsp;</p><p>つまり、この感染者というのは、海外からの帰国者のうち、PCR検査を実施した中の数であって、もちろん感染者の総数とは程遠い数字なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>厚生省は公式にはこの数字しか出していません。</p><p>国内の病院で確認された数字は全く出していませんし、短期的には出さないと思います。</p><p>みんなが忘れたころに、しれっと出すと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>そのことを批判するつもりはありません。僕が為政者であれば同じことをしただろうからです。</p><p>&nbsp;</p><p>報道は今のところ、日々更新されていますが、多くはセンセーショナルなものです。</p><p>単なる感染はニュースにはなりません。</p><p>クルーズ船がいい例です。これは大いにニュースになって視聴率が稼げますので、毎日のように報道していました。</p><p>しかし、検査をほとんど行っていないとか、統計を出していないとかいう地味な内容はニュースにはなりません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この時期は風邪を引くのが普通です。風邪の重症者の多くはインフルエンザで、インフルエンザかどうかの検査をします。</p><p>新型コロナウイルスかどうか、という検査は行うことができませんので、通常は風邪の判断で様子を見るということになります。その中の少なからずが、この新型コロナの感染者だろうと僕は思います。しかし、数字で把握することはできないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>真実は、すでに日本国内にウイルスはまん延し、多くの人が感染しているということです。</p><p>&nbsp;</p><p>政府はこれについては沈黙を守ると思いますし、センセーショナルな報道への対策のみを行っていくと思います。そして、それが正解だと思います。</p><p>なぜなら、新型コロナに感染しても、重篤な風邪を引いた以上の問題は起こらないからです。</p><p>バタバタと死人が出るような病気なら、大問題になると思いますが、そうではないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、春になって夏が近づけば、ほとんどの人はこの病気を忘れてしまうだろうと思います。そういえばあったね、という程度のものになっているだろうと思います。かつてのSARSや新型インフルエンザと同じです。</p><p>そして、統計上も感染者のリアルなデータは存在しないことから、このPCR検査実施人数とその中の感染者という統計が、国際的にも公式なものになり、日本は安全な国として認知されることになります。</p><p>&nbsp;</p><p>おそらく、政府と報道各社はすでにシナリオを握っているものと思います。</p><p>今は過剰反応で経済活動に支障が出ていますが、改善するのも時間の問題かと思われます。</p><p>&nbsp;</p><p>これを機会に、感染症に対する備えが国民の間で進んだので、よい訓練だったと思えば腹も立ちませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/taokuno2020/entry-12576845461.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Feb 2020 23:03:55 +0900</pubDate>
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<title>楽天の株価が</title>
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<![CDATA[ <div style="-en-clipboard:true;"><span>昨日の決算発表を受けてかどうかは分からないが、楽天の株価が上昇している。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>赤字決算ではあったが、要因としてはlyft株の評価損が最も大きく、その他はモバイルへの投資など前向きなものであって、会社自体の成長基調には変化は無いようだ。</span></div><div><span>自分は、多分今日は一旦株価が下がるだろうから、そのタイミングで買おうと考えていた。</span></div><div><span>しかし、みな考えることは同じようで、楽天の株は今は買いになっている。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>あの送料無料化のせいで、三木谷さんはツイッターなどでは散々に叩かれているが、市場の見方は冷静だ。</span></div><div><span>僕も決算発表を聞いて、送料無料化で騒いでいる人たちの、気持ちは分かるが賛同はできないと思った。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>公正取引委員会が動いているようであるが、これは全く公正ではない。旧勢力が新興勢力を叩く口実が出来たと動いているに過ぎない。</span></div><div><span>遥かに独占的な地位を持っているAmazonに対して、公取委はいったい何をしているのだろうか。</span></div><div><span>Amazonを叩くと、米国が反発する、それが怖い、結局は国内だけに強いチキン野郎なのである。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>楽天の国内の流通総額は4兆円に対して、海外は19兆円、すでに5倍近い量の物流は海外から来ている。</span></div><div><span>そして、利益の大半は楽天カードなどの金融、投資の中心は国内のモバイルになっている。</span></div><div><span>今後は海外を大きく伸ばし、国内では携帯電話事業によって盤石の経営基盤を作っていく、それが戦略になっている。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>国内の楽天市場が多少変化しても、はっきりいって楽天の業績にはほとんど関係が無くなっている。</span></div><div><span>それでも、公取委に目を付けられても、送料無料化を強行しようとしているのは、送料を高く設定して小金を稼ごうとしているストアが目に余る状況になっているからだろうと推察する、</span></div><div><span>実際、なんでこの送料なの？というストアが最近目に付くようになっている。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>世の中的には、小さなものについては、離島を除いて全国一律の送料というのがスタンダードになりつつある。マスコミなどの言うことは、全く的はずれの議論だろう。</span></div>
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<link>https://ameblo.jp/taokuno2020/entry-12575196199.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Feb 2020 22:44:50 +0900</pubDate>
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<title>麻雀と生き方</title>
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<![CDATA[ <div style="-en-clipboard:true;"><span>麻雀をすると、その人の性格が分かるという話です。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>僕は高校の時に、毎週のように徹夜で麻雀をしていました。</span></div><div><span>大学に入っても、しばらくは続けました。</span></div><div><span>その時の経験から、プレーヤーのタイプとしては、大きく２つに分類できると思っています。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>一つは、常に大きな手を狙っていく人、これをタイプAとします。</span></div><div><span>もう一つは、常に確率を重視する人、これをタイプBとします。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>実際には、この２つのタイプの間で、ふらふらと揺れ動きます。</span></div><div><span>そこには、心理的なバイアスがかかってきます。</span></div><div><span>それは、自分に有利なことが起こるはずだ、という根拠のない希望です。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>この根拠のない希望が、その人の目を曇らせていきます。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>麻雀には流れというものがあります。</span></div><div><span>このゲームは完全に運に左右されるゲームなのですが、その運はなぜか一時にしばらく一人の人に回ってきます。それはいつ来て、いつ離れるのか、全くわからないのです。</span></div><div><span>それを流れと言っています。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>その流れを掴んで、運が来ている間に大きく点を稼いで、運が離れたときに守りぬく</span></div><div><span>これが出来れば、勝ち切ることができます。</span></div><div><span>しかし、それが上手く出来る人と出来ない人がいます。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>そして、それは逆もしかりで、全く手にならない、運がゼロというタイミングもあります。</span></div><div><span>そこをどう凌げるかで、やはり勝敗が決まってきます。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>その運の上下を上手く把握して、方針を上手く変更することが出来る人が、麻雀の強い人です。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>僕のライバルに、非常に強いやつがいました。彼は、常に大物を狙っていくタイプです。</span></div><div><span>なので、運が回ってきたら大物の手を爆発的に上がって、ぶっちぎりでトップになります。</span></div><div><span>そして、運がそこそこの時も、上がる時は大きいです。</span></div><div><span>ただし、運が引いていることに気付いた時は、守りに徹します。</span></div><div><span>そこらへんの駆け引きが抜群でした。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>僕は逆に、常に確率を重視します。</span></div><div><span>上がる確率は高いが、点数はそれほどでもない、そういうもので速攻を狙っていきます。</span></div><div><span>なので、運が引いているときは、守りやすい展開になります。</span></div><div><span>逆に、運が来ているときには、本当は打ち方を変えていかなければならないのですが、</span></div><div><span>運が来ていることに気付かずに流れに乗り切れず、勝ちきれないということが多かったです。</span></div><div><span>逆に、大きく凹んでいるときには、一発逆転を図るために、大物手を狙うような打ち方に変えてしまって、大やけどを負う、ということが多かったように思います。</span></div><div><span>一晩の結果として、プラスマイナスゼロか、もしくは負け、ということが多かったです。</span></div><div><span>なんか、勝った記憶があまりないのです。そして、その時は麻雀をやったことを後悔して、もうやらない、と決意します。</span></div><div><span>でも、また次の週末には友達と卓を囲んでいました。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>タイプAとタイプB、どっちがいいのか、というのは無いように思えます。</span></div><div><span>勝負のポイントは、運の流れに合わせて、ここと言う時に打ち方を変えられるかどうかと、</span></div><div><span>運が来ていないときには、自分の打ち方に徹することができるか、ということだと思います。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>タイプAの人は、運が引いていることを察知して、守りに徹することが出来るか。</span></div><div><span>タイプBの人は、運が来ていることを察知して、攻めに徹することが出来るか。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>いつも守っている人が、ここと言う時に攻めるのは難しいです。</span></div><div><span>もちろん、いつも攻めている人が、ここと言う時は守るというのも難しいです。</span></div><div><span>でも、タイプBの人の難しさは、</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>負けているときに、自分のスタイルを継続しても、逆転の目がない。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>ということです。</span></div><div><span>タイプAの人は、負けている時であれば、大物手を狙うことが逆転に繋がるので、自然に自分のスタイルで打つことになりますが、タイプBの人は自分のスタイルを継続しても、逆転することはできません。</span></div><div><span>特に終盤になればなるほど、逆転は難しくなってきます。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>よく考えてみると、自分の人生のスタイルは麻雀の打ち方と同じで、タイプBだな、という気がします。</span></div><div><span>常に、成功確率の高い方を選び、冒険はしない。大勝ちはしない代わりに、大負けもしていない。</span></div><div><span>結果としては、若干のプラスぐらいかな、という感じです。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>麻雀と言うのは、ほんの少しの差でも最後にトップを取れば、そこで大きく得点が入るというゲームです。一位と二位の差が大きく開きます。持ち点がマイナスからスタートするので、負けていなくても、ずっと二位という状況だと、結果は負けになります。</span></div><div><span>しかし、人生は競争ではありません。人生では、トップを取れなくても、負けていなければ、勝ちの分が残ります。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>自分の人生は折り返し地点を超えて、終わりが見えつつある時期に来ています。</span></div><div><span>もう、いつ死んでもおかしくない、という時に、自分のスタイルを継続できるかどうか、これが最終的な勝利に繋がるのではないか、そう思います。</span></div><div><span>人生の終わりが近いから、一発リスクを取ってみよう。それは、ずっとリスクを取り続けてきた人であれば、可能性はあるとは思います。</span></div><div><span>今、波が来ているのであれば、波の予兆がするのであれば、そうすべきですが、運が遠のいていると感じている人であれば、仮にタイプAの人であっても、守りに徹するのが、勝利への道です。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>では、勝利とは何か。それは、人生への満足ではないか、そう思います。</span></div><div><span>死ぬときに、自分の人生はいい人生だったと、思えるかどうか、だと思います。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>挑戦することで、運よく成功して、そのまま死んでいくのなら、勝ちに満足できるかも知れません。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>挑戦することで、運悪く負けて、そのまま負け続けて死んでいったときに、挑戦したことに満足できるのか、挑戦したことを後悔するのか。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>挑戦しなかったけれども、日々平穏に過ごして、人生を終わった時に、挑戦しなかったことに後悔するのか。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>挑戦しなかったことで、苦痛の日々を過ごして、人生を終わった時に、挑戦しなかったことに後悔するのか。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>自分のタイプはどちらなのか、考えてみるのがよい、そう思います。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>自分が死ぬときに、後悔しないように、とにかく挑戦した方がいい、というのは嘘だと思います。</span></div><div><span>そんなことを死ぬときに後悔する人がいるのでしょうか？</span></div><div><span>とことん不幸な人生を送ったあとなら、そうかも知れませんが。</span></div><div><span>ひたすら挑戦して、大きな失敗をして、それでも挑戦して、失敗を繰り返し、自分の周りに迷惑をかけて、それで満足して死んで行ける人は、ろくでもないやつだと思います。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>死んだときに何を思っていたかは誰も残せませんから、実際のところは分からないです。後悔していたかも知れませんし、満足していたかもしれない。それは誰にも分かりません。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>運が来ているときには、スタイルを変えて挑戦することが必要です。なので、運が来ているかどうか、それを察知する力が必要で、そのために必要なのは、ゲーム自体の流れに対する知識と経験です。ゲームを熟知し、今の展開を把握し、予測する。麻雀の場合には、いつ誰がどの牌を捨てて、そういう捨て牌の時には、どんな上がり方をしてきたのか、自分は何を引いて、何を切ってきたのか、上がりの可能性はどうなるのか、要するに、麻雀をよく知って、データをしっかり集めて分析すること、それが大事です。</span></div><div><span>自分がやっているゲームを深く知ることなしに、運の流れを知ることは出来ません。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>後付けで、あの時こうしておけば、と思うのは、結果論でしかありません。</span></div><div><span>自分はその時その時で、ベストの判断をしたはずだ、そう思えるのは、自分のスタイルを守り切った時にそう思うのだと思います。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>麻雀で勝てなかった時も、自分のスタイルで逆境を凌いでの結果であれば、運だったと諦められます。</span></div><div><span>後悔するのは、運が無いのに大物狙いで勝負していったときです。</span></div><div><span>慣れていないのに、大物を狙うので、周りからは見え見えになっていたんだと思います。</span></div><div><span>テンパっても上がれない、なんてことがよくありましたね。</span></div><div>&nbsp;</div><div><span>自分のスタイルを徹底すること、それがここからの勝負になるんだと思います。</span></div><div>&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/taokuno2020/entry-12574962140.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Feb 2020 22:55:24 +0900</pubDate>
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<title>第4次産業革命</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">今、世の中で起こっている大きな変化について、考えてみた。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">2016年のダボス会議で初めて、第4次産業革命(The Fourth Industrial Revolution; 4IR)という言葉が使われたようだ。その後、2018年にかけてメディアなどによってこの言葉は急速に広がったが、現在（2020年）ではほとんど聞かれることはなくなった。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">経済産業省の平成29年の情報通信白書から、第4次産業革命についての記述を見てみる。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac"><img height="291" src="https://lh6.googleusercontent.com/pjcA1DStomUxRTvvxlaINJ2DVNHnPM3hsLadTqpbfNW7eEAsHJ7uNbf4mlCcHwmpc6C8NMmvoh56FEo4tVIvqA246wsfe-zW5ARbog6YIVMkbCiRzcPQGcEE1cdJWsXp1o6W1C2z" width="624"></b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">この最後の資料の所を抜粋すると、この産業革命以降を４つの段階に分類して、次のように特徴付けている。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">第1次産業革命 18世紀後半、蒸気・石炭を動力源とする軽工業中心の経済発展および社会構造の変革。イギリスで蒸気機関が発明され、工場制機械工業が 幕開けとなった。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">第2次産業革命 19世紀後半、電気・石油を新たな動力源とする重工業中心の経済発展および社会構造の変革。エジソンが電球などを発明したことや物流網 の発展などが相まって、大量生産、大量輸送、大量消費の時代が到来。フォードのT型自動車は、第2次産業革命を代表する製品の1つとい われる。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">第3次産業革命 20世紀後半、コンピューターなどの電子技術やロボット技術を活用したマイクロエレクトロニクス革命により、自動化が促進された。日本メーカーのエレクトロニクス製品や自動車産業の発展などが象徴的である。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">第4次産業革命 2010年代現在、デジタル技術の進展と、あらゆるモノがインターネットにつながるIoTの発展により、限界費用や取引費用の低減が進み、 新たな経済発展や社会構造の変革を誘発すると議論される 。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">（出典）総務省「第4次産業革命における産業構造分析とIoT・AI等の進展に係る現状及び課題に関する調査研究」（平成29年）</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">これを見てとりあえず原本に当たることにした。</b></p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><b>最初は後半の表、つまり総務省の報告書も含めて、この資料の全てがダボス会議で述べられたことだと勘違いしていた。そこに、日本メーカーの活動が象徴的である、という一文があったのに引っかかった。そんな日本メーカーのことをダボス会議で言うはずがないと思ったのだ。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">そして、ダボス会議UBS白書（2016年1月） “Extreme automation and connectivity: The global, regional, and investment implications of the Fourth Industrial Revolution”　を読んでみたら、当然、日本のことなど全く触れられておらず、ここに書いている2010年代現在うんぬんという話も全く、一切書かれていない。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">そこでもう一度資料をよく見ると、最後に出典が書いてあって、なるほど、と理解した。そしてその出典に当たったところ、三菱総研のまとめた資料だった。結局のところ日本のコンサルタントが勝手に思い込みで作った資料、そう判断した。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">原本を見ると、このようにあった。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">“The Fourth Industrial Revolution is being driven by extreme automation and connectivity.”&nbsp;</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">で、情報通信白書を見ると、こう書かれている。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">「極端な自動化、コネクティビティによる産業革新」</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">うーん、extreme = 極端な、かあ。間違ってはいないけど、日本語としてはおかしい。一体、極端な自動化ってなんなの？</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">文脈から考えて正しく訳すとすると、「究極の自動化とコネクティビティによって進行中の産業革命」となる。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">いずれにしても、第4次産業革命というのは、日本にある公開資料を当たっても、書籍やニュースを読んだとしても、その要素技術としてAIやIoTがある、以上の情報は出てはこない。なぜなら、その大元となっているダボス会議で議論された内容が全く無視されていて、第4次産業革命という言葉だけを持ってきて、それを今の日本社会で起こっていることと照らして、何となく説明した気分になっているからである。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">このダボス会議UBS白書を日本語で正確に説明するような研究者はいなかったのか、と思ってさらに探してみたら、クラウス・シュワブの「第四次産業革命　ダボス会議が予測する未来」という本が翻訳されていた。シュワブは世界経済フォーラムを作った人だ。丁度いいなと思って買ってざっと見てみたが、ここには第4次産業革命が何なのかが全く書かれておらず、第4次産業革命によって社会がどう変わるのかに焦点が絞り込まれている。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">結局、世の中がこんな感じで変わっていくよっていうことを、シンボリックな言葉で表したいだけなんだということなんだろう。こういう分かったような気がする言葉は、何かを誤魔化すためにはとてもいい言葉だ。なんでも第4次産業革命だから、こういう風になるよ、的なことを言って、そこにAIやらIoTやらという言葉を絡めれば、何となく説得されてしまう。政府がこれを多用しているのも分かるような気がする。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">そういえば、よく似た言葉が昔にあったことを思い出した。たしか、第3の波って言ったよな、というのをふと思い出して、それを調べた。アルビン・トフラーの第3の波という、昭和の終わりごろにベストセラーになった本だ。確か読んだと思ってたんだけど、内容はすっかり忘れていた。あれはどういう意味だったかな、と思って調べ始めた。</b></p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">大雑把に、第1の波が農業革命、第2の波が産業革命、そして当時米国ですでに起こっていた時代の変化が第3の波である、というようなことだった。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">ネットにはあまり情報がなく、原本に当たるしかない。そして、もう絶版になっている本だ。Amazonの古本が出ていたので、とりあえず買って読んでみた。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">そこで、僕は衝撃を受けた。これは1980年、昭和55年に世界で出版された本だ。ところがそこで予言されていること、そして時代の変化が、かなりの正確さで予言されてたのだ。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">僕がそこで感じたのは、この第4次産業革命という言葉の薄っぺらさだ。18世紀に始まった産業革命を4つに区分してこれからのことを語ろうというのは全く底の浅い議論であり、テクノロジーのことしか頭に無い発想だ。これから起こる世界の変化は、テクノロジーの変化がその起点ではあるにしても、18世紀に産業革命で起こった世界の変化に匹敵する。トフラーはそれを第3の波で語っている。産業革命という時代の4つ目だというような緩やかな変化ではない。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">トフラーの本によると、産業革命によって、資本の集中と生産力の局所化、巨大化が起きて、それにより生産者と消費者という概念が発生した。市場は人間が生きていく上で最も重要なものとなり、人間の生活のほとんどすべてが、市場へのアクセスのためにある、そのような時代となった。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">第三の波は、その生産者と消費者という概念が融合していくプロセスであるという。それを可能としたのが、コンピュータと通信技術の急速な進歩ということになる。</b></p><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><b id="docs-internal-guid-1319f7cd-7fff-ecf9-aed1-67d26ec78eac">当時はクラウドやモバイルは存在しなかったため、結論はかなり抽象的になっていたが、生産者と消費者の融合というのを今の言葉にすると、B2Cは消失し、C2Cのみになるということであり、その前提となっているのが、巨大なプラットフォームということになる。</b></p><p dir="ltr"><b>第二の波の時代におけるプラットフォームは国民国家であり、法律であり、政府であり、官僚機構である。</b></p><p dir="ltr"><b>しかし第三の波においては、インターネットやOTTといった情報ネットワークのプラットフォームということになる。</b></p><p dir="ltr"><b>現代のEUとFacebookとの確執というのは、まさに第二の波と第三の波のぶつかり合いなのである。</b></p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><b>そういった文脈で出来事を見ていくと、事件や議論の本質が見えてくるのが面白い。</b></p><p dir="ltr">&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/taokuno2020/entry-12574755900.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Feb 2020 00:15:02 +0900</pubDate>
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<title>美しく残酷な世界</title>
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<![CDATA[ <p>巨人との最初の戦いで、主人公エレンの親友であるアルミンの部隊は、一瞬のうちにアルミンを残して全滅した。</p><p>&nbsp;</p><p>「この世界は地獄だ、強いものが弱いものを食らう、親切なくらい分かりやすい世界」</p><p>&nbsp;</p><p>アルミンは朦朧とする意識の中で、その事実の本質に気が付いた。</p><p>&nbsp;</p><p>あっけないくらい簡単に、弱い者の命は奪い取られる。その中で、その強者に負けまいと、無駄な努力をしている自分が滑稽であった。もはや自分はこの戦いの中で死んでいくしかない。</p><p>&nbsp;</p><p>「もうだめだ、耐えられない」</p><p>&nbsp;</p><p>次々と仲間が死んでいく中で、アルミンは恐怖と絶望の中にあった。</p><p>&nbsp;</p><p>同じく主人公エレンの親友であるミカサは、自分の両親を盗賊に殺された直後、その盗賊たちからエレンに助けられ、その後はエレンを命の恩人として、彼を守ることを自分の使命として生きてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>エレンに助けられた時、3人の盗賊の内、2人はエレンが殺したのであるが、もう1人の反撃を受け、エレンは首を絞められ、殺されそうになった。縛られていた手足を解放されたミカサに対して、エレンは叫んだ。</p><p>&nbsp;</p><p>「戦え！！戦わなければ勝てない」</p><p>&nbsp;</p><p>エレンの叫び声を聞いた刹那、ミカサは思い出した。</p><p>&nbsp;</p><p>「そうだ、、、この世界は残酷なんだ」</p><p>&nbsp;</p><p>そのことを思い出した直後、ミカサは敵を倒すために、自分の体をどう動かせばいいのかを瞬時に理解し、自分の体を完全にコントロールする感覚が目覚めた。</p><p>ナイフを手にしたミカサは一直線に賊の背中に突撃し、心臓を一突きにして即死させた。</p><p>&nbsp;</p><p>これは物語の初期のエピソードであり、ミカサとエレンとの深いつながりを描いたシーンのように見えたこの話は、実はミカサが、常人でない特別な能力を持つ人間であることを示唆するシーンであった。</p><p>&nbsp;</p><p>ここでは、強者はミカサであり、この世界は強いものが弱いものを食らう、残酷な世界なんだということを訴えかけてきている。</p><p>そのシーンでは、カマキリが蝶を食らい、人が雉を撃ち殺し、それを笑顔で見ているミカサが描かれている。蝶も雉も、弱者である。強者が弱者を殺し、笑顔でそれを食らう。ごく自然に。</p><p>&nbsp;</p><p>強者が弱者を殺し、笑顔で食らう、弱者にとって地獄であり、残酷で分かりやすい、それがこの世の本質である。</p><p>&nbsp;</p><p>物語はこの事実を、これでもかというくらいに描き続けていく。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/taokuno2020/entry-12574246645.html</link>
<pubDate>Mon, 10 Feb 2020 22:29:13 +0900</pubDate>
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<title>進撃の巨人は哲学の書である</title>
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<![CDATA[ <p>人類は、</p><p>広大ではあるが、城壁に囲まれた土地に閉じ込められ、</p><p>&nbsp;</p><p>壁の向こうには、圧倒的な力を持つ巨人が、一歩でもその壁を出た人間を、捕食する。</p><p>&nbsp;</p><p>大砲などの武器は、巨人には無力であり、立体起動装置、つまり人間の命がけの特攻だけが、巨人を殺すことができる武器である。</p><p>&nbsp;</p><p>人はいつ、巨人が壁を破壊して、中にはいってくるか、心の底ではそれを恐れながら、</p><p>&nbsp;</p><p>日常ではそんなことは忘れ、ただ平穏に暮らしている。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな人類に、未来はあるのか、</p><p>&nbsp;</p><p>物語はそのような設定で始まっている。</p><p>&nbsp;</p><p>その中で、壁の外、壁外に出て、巨人に挑む唯一の集団が、調査兵団という軍隊である。</p><p>&nbsp;</p><p>そのリーダーが、エルヴィン団長、そして、立体起動装置を駆使して、巨人を殺し続けることができる、人類最強の兵士がリヴァイ兵長である。</p><p>&nbsp;</p><p>調査兵団の存在意義、それは、巨人の秘密を明らかにし、巨人に対抗できる力を人類が手にすること。</p><p>そして、最終的に巨人を駆逐し、人類が自由を取り戻すこと。</p><p>&nbsp;</p><p>調査兵団の紋章は、それゆえ「自由の翼」と呼ばれている。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、人が壁外に出れば、巨人はそれを瞬時に嗅ぎつけ、集団で襲ってくる。</p><p>&nbsp;</p><p>ゆえに、調査兵団の壁外調査は、常に死地となる。</p><p>&nbsp;</p><p>巨人を避けながら、壁外を調査していくが、避けられない状況となれば、戦闘となる。</p><p>そして、多くの兵士が死んでいく。</p><p>&nbsp;</p><p>壁外の様子や、巨人の秘密の多くは未だ謎のままであり、壁外遠征は、毎回成果らしい成果も挙げることなく、ただ死者が増えていくばかりだった。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな死に、いったい何の意味があるのか。</p><p>巨人に食われた兵士は、何のために死んでいったのか。</p><p>&nbsp;</p><p>普通に暮らす人たち、兵士の家族、そして他の兵団の兵士ですら、調査兵団の活動に疑問を持っている。</p><p>&nbsp;</p><p>無駄死にのように見える兵士の死に、いったい何の意味があるのか？</p><p>&nbsp;</p><p>到底勝つことが出来ない、圧倒的な敵に立ち向かい、死んでいくことに何の意味があるのか？</p><p>&nbsp;</p><p>この問いかけへ、答えようという試み、</p><p>それが物語が全てであると言っていい。</p><p>&nbsp;</p><p>これは、全ての、人の戦いに、通じる問いかけであると言っていい。</p><p>&nbsp;</p><p>それが哲学の書であるという意味である。</p><p>&nbsp;</p><p>これから、その問いかけに対するこの物語における回答を解説していきたい。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/taokuno2020/entry-12573864613.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Feb 2020 11:45:57 +0900</pubDate>
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