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<title>自死遺族たろのすけの箱</title>
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<description>約10年前、妹を自死で亡くしました。その日から、悲しみ、後悔、怒り、色々な負の感情を何とか見て見ぬふりをして誤魔化しながら生きてきた気がします。そうやって蓋をしてきた心の箱を、時が経った今開けてみようというブログです。関係ないこともたまに書くと思います。</description>
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<title>好きな歌</title>
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<![CDATA[ <p>皆さん誰にでも好きな歌はあると思います。</p><p>「好き」というとあまりにも抽象的ですが、テンション上げたい時、勇気をもらいたい時、逆に悲しみに浸りたい時、などなどそれぞれの局面で聴きたくなるような曲が必ずあると思います。</p><p><br></p><p>私は数年前に、聴くと妹の他界に対しての色んなモヤモヤとした黒い感情が少し軽くなるような楽曲と出会いましたので紹介したいです。</p><p>藤井風さんの「帰ろう」という楽曲です。</p><p></p><p><br></p><p></p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" style="display:inline-block;max-width:100%" contenteditable="false"><a class="ogpCard_link" href="https://youtu.be/goU1Ei8I8uk?si=uIbnoytEsgIh0aer" target="_blank" rel="noopener noreferrer" data-ogp-card-log="" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" contenteditable="false"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">Fujii Kaze - Kaerou (Official Video)</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px">Fujii Kaze - "Kaerou"Director：Kodama Yuichi（vivision）Assistant Director：Sato Ryuken（DIAMOND SNAP）Cinemato Grapher：Okuguchi Makoto（Tsuji Office）1st Camera Ass...</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_icon" alt="リンク" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" width="20" height="20" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">youtu.be</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_image" loading="lazy" src="https://i.ytimg.com/vi/goU1Ei8I8uk/maxresdefault.jpg" alt="" data-ogp-card-image="" width="120" height="120" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)"></span></a></article></div><p></p><p><br></p><p>偶然この曲を知った時に私は当時まだ藤井風さんを存じ上げませんでしたが、若いのに死生観が澄んでいる人だな、と思った記憶があります。(私も当時まだ二十歳そこそこなんで何を偉そうにって話ですが)</p><p>楽曲の解釈は個々人の自由なのでこれが正解というものは存在しませんが、私はこの曲の「帰ろう」というのは空に、天国に、という意味だと解釈しています。しかしこの曲は何も「死のう」と言ってるのではなく「最期の時に何を思って旅立つか」というテーマだと思います。</p><p>以下は私が好きな歌詞の一節です。</p><p><br></p><p>"待ってるからさ、もう帰ろう</p><p>幸せ絶えぬ場所、帰ろう</p><p>去り際の時に何が持っていけるの</p><p>1つ1つ　荷物手放そう"</p><p><br></p><p>これを聴いた時に自死遺族として「こんな解釈で死を捉えられたら幸せだな」と感じました。</p><p>妹も最期は背負ってた物を全て捨てて身軽な状態で幸せしかない空に帰っていったのなら、それ以上は望む事はないと少しポジティブになりました。</p><p><br></p><p>もう1つ私が大好きな歌詞があります</p><p><br></p><p>"与えられるものこそ　与えられたもの</p><p>ありがとう、って　胸をはろう"</p><p><br></p><p>私の1つの生き方の指針となった言葉です。</p><p>生前妹からもらった沢山の宝物、今度は私が誰かに与える番ですね。</p><p><br></p><p></p><p><br></p><p></p><div class="ogpCard_root"><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/tarosuke0722/entry-12834112041.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Dec 2023 23:42:59 +0900</pubDate>
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<title>どう生きるか或いは</title>
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<![CDATA[ <p>自死遺族という言葉を私は知らなかった。</p><p>意味はそりゃ字面を見れば分かるが、知った瞬間に何となく「あなたはこれですよ」とラベリングされた気がして良い気はしなかったのを覚えている。</p><p><br></p><p>残された者としてどう生きるべきかを誰もが考えると思う。ドラマや映画なら旅立ったあの人の想いを胸に的なノスタルジーで、あんな困難こんな困難を乗り越えていくんだと思うがそんな簡単な話ではない。</p><p>まず「生きる」のが前提にそもそもならない人が大半ではないかと思う。後を追うように自ら命を絶つ人の気持ちはよく分かる。当然そんな事したらあかんやろ、という一般的通説が頭にはよぎるが、自分の中に浮かんだ自死という選択肢を否定する事は自死という最期を選んだ大切な人の決断も否定することになってしまう。そんなジレンマに陥ると、もう何が正解か分からない。</p><p><br></p><p>だからこそ私はある時から、自分が選んだ行動が正解と後付けで肯定するようになった。これが良い生き方か悪い生き方かは分からないし、人に悪いと言われても変える気は無い。(でも目から鱗なアドバイスをくれたら変えるかもしれない。)</p><p>それから何となく、最終的に自分が自死を選んでもそれはそれで正解なんだろうな、と軽い気持ちになった。自死を肯定も否定もしなくなった。</p><p><br></p><p>結局あれから約10年私は幸せに生きてきたわけだから、この生き方は私に合っていたと思う。</p><p>この生き方は間違いなく、妹がくれた物だ。妹が亡くなるまでの私は、正論、正解、正着を求め過ぎて頭を悩ませることが多々あった。そんな頭でっかちな私を解放してくれたのである。</p><p>ありがとうと言いたいが、まだこの生き方で大失敗する可能性だってあるのでそれは私が生涯を終える時まで温存しておこう。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/tarosuke0722/entry-12832522367.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Dec 2023 16:04:28 +0900</pubDate>
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<title>自死という最期</title>
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<![CDATA[ <p>身近な人を自死で亡くした人なら大抵は1度は思うことだと思う。</p><p>「事故とか病気で突然命を奪われるよりも幸せなんじゃないか、自分で最期は考えて納得したのであればそれを尊重しよう」</p><p>私も、何とか事実を受け入れようと半ば言い聞かせるようにこう考えた。</p><p><br></p><p>ただそれは本心から思っていただろうか。</p><p>ある日突然訪れた事故や病気、事件で生きたくても生きられなかった人と、もう生きているのが苦痛で自らの決断で命を絶った人。</p><p>どちらが幸せだろうか。答えなんて私には分からないし存在しないだろうし、存在しても確実に誰かを傷つけることになる。</p><p><br></p><p>だからこそ私はもし妹に1つだけ何か聞けるのであれば「幸せだったか、そして今幸せか」と問いたい。(2つ聞いとるがな)</p><p>首を縦に振ってくれたのなら私はそれだけで妹の最期に対して、全てに納得して、全てを受け入れられるんだと思う。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/tarosuke0722/entry-12832414932.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Dec 2023 18:51:53 +0900</pubDate>
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<title>私は確かに妹を亡くした</title>
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<![CDATA[ <p>妹を亡くした私は当然悲しみに支配された。</p><p>しかし自分のそれは母に比べたらちっぽけなものだと、私は感じた。</p><p>憔悴する母を見て、自分はしっかりしなければいけないと強く思った。今思えばその瞬間から自分は悲しみや憤り、後悔といった負の感情に無意識に蓋をするようになったのかもしれない。</p><p>妹を亡くす前と後で、客観的に見たら私はほとんど変化が無かったと思う。当然、歯を食いしばりながら笑うことも涙を堪えることもあった。ただそれでも塞ぎ込んだり日常生活が崩壊するようなことがないように努力はしたし、実際にそれは達成できていたと思う。</p><p>しかしそれが正しかったのかとここ数年思うようになった。あの時、もっとワガママに涙を流し、怒りをぶつけていたら何かが違ったのではないかと。いつしか妹を自死で亡くした事実を自分から消そうとして、妹を最初からいなかった人のようにしていないか？そう感じるようになった。</p><p><br></p><p>そうやって騙し騙し過ごしたここ数年はもう帰ってこないし、それをやり直したい気持ちがある訳ではない。そもそも私は今、とても幸せである。</p><p>ただ誰にも心の傷や痛みを打ち明けることが出来ずに自らこの世を去った妹を、自衛のために存在しなかったように振る舞うのが許せなくなったのである。これまで人に話さなかった諸々をここで吐き出しながら、まずは等身大の自分で亡き妹への思いを募らせていきたい。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/tarosuke0722/entry-12831809309.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Dec 2023 01:58:41 +0900</pubDate>
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<title>緒言</title>
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<![CDATA[ <p>初めまして、「たろのすけ」と申します</p><p>このタイトルに何の違和感も覚えないのであればあなたは間違いなく理系大学出身でしょう。</p><p><br></p><p>緒言、要は前書きとか糸口的な事です。</p><p>論文の冒頭によく用いられます、「しょげん」と読むのが正しいですが「しょごん」とか「ちょげん」、「ちょごん」なんて誤読されることもしばしば</p><p>ちょごんが可愛いから私は好き</p><p><br></p><p>そんなちょごんはさておき、このブログは10年近く前に妹を自死で亡くした私が、30歳近くなり年齢で言えば立派な大人になった今日この頃、そろそろ兄弟の死に真摯に向き合わなきゃいかんと感じて始めたものです。</p><p>ここでいう真摯とは、妹の自死という事実をありのままに、殊更に大きく或いは小さく捉えることなく自分の中で飲み込んで行こうという意味です。</p><p>自分を見つめるための物ですので、他人が読んでどうこうではないと思いますが形として吐き出させて下さい。</p><p>それが何らかの形で誰かのどこかに刺さる事があれば幸いです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/tarosuke0722/entry-12831681500.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Dec 2023 01:14:03 +0900</pubDate>
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