太平洋戦争の傷痕 次世代への橋渡し https://ameblo.jp/tashutayou/ 太平洋戦争の戦場調査をし国の政策による犠牲者の惨事を見て、我々戦争を知らない世代がどのような生活を送ればいいのかを考えたい。特にサイパンでのわずか2ヶ月という短命な第43師団の玉砕その後のテニアン玉砕が本土空襲と原爆投下に繋がった痛ましい戦場を見てみましょう ja-jp 2013サイパン戦没者供養 1/28 https://ameblo.jp/tashutayou/entry-11495778876.html 前回マウンテンフリークさんに詳しい地図を作成してくれたおかげで陸海軍合同司令部壕を発見できたのですが今回も写真と手書きの地図を送ってくれました一見、自信はなかったけど道のりは今までより一番近いと感じてたので安易な気持ちで海軍第五根拠地隊司令部壕に向かいました このように到着した画像だけ見ると簡単に思えますがPM1:00にホテルを出発しジャングルの入口を見つけたのが1:10入口の発見はサイパン慣れした私は早かったですその入口の目印であるJuanさんの青い車の家にはJuanさんの親父さんがお 2013-03-24T16:29:42+09:00 2013サイパン戦没者供養 1/27 https://ameblo.jp/tashutayou/entry-11495764222.html AM8:00朝食後ホテルの冷蔵庫に保管してもらったお供物を車に積込みAM9:00ホテル出発~パウパウビーチへAM9:15ビーチにてお供物を海に流しますAM11:30アギガン岬トーチカにて供養し岬から大塔婆を流しますPM12:30ホテル着これで全体での供養は予定通り完了です今回も大変有難いご供養になったと感じてますサイパンへの参加者の中には個別にそれぞれ供養に出向く人があります地獄谷にて飯盒飯を炊き、どんぶり飯でお供えし供養を毎回行く人地獄谷にて酒を持参しコップに注ぎ乾杯をして供養をする人崖 2013-03-23T16:10:35+09:00 2013サイパン戦没者供養 1/26 https://ameblo.jp/tashutayou/entry-11495754038.html 今年の参加者は63名ほとんどが関空からの出発となりました1月23・24・25日に分かれてサイパンに到着です全員揃ったのは26日と27日この二日間に流水灌頂供養を行いました私は23日に入りいつものように供養の準備を完璧に整えますそして24日に入った人たちと一緒に今回はお目出度いイベントに出席となりました 参加者の中の二人が目出度く結婚となったのですどうせ供養に参加するのだから前日に挙式を挙げてしまおう!ということで参列させていただきました~この日の夜は43名にてお祝いパーティーも催し供養の前に楽し 2013-03-22T15:25:21+09:00 2013サイパン島流水灌頂供養 詳細予定 https://ameblo.jp/tashutayou/entry-11435260366.html 早いもので今年もあとわずかとなりました来年の4月までは仕事が忙しくなかなか戦跡調査ができませんまたブログを書くのも時間がありませんしかしそれにもかかわらず毎日毎日たくさんの方々がこのブログを見て下さってますありがとうございます過去の記事はその時に調べた内容をただただ書き込みました今となって「あれ?」と思うような内容もあるのですが今後なるべく修正も加えていきたいと思います多くの方がせっかく見てくれる少しでも正確な戦況・戦地・部隊・当事者の心境などをこれからの世代に残していきたいと思います年が明けれ 2012-12-26T11:12:59+09:00 太平洋の島々の戦跡を探求する男 https://ameblo.jp/tashutayou/entry-11350093239.html 我々は毎年サイパンにて供養を続けて34年(私自身は21年)この継続が北マリアナ知事・サイパン市長および観光局より感謝状を授与した功績となってます我々は団体で行っておりますのでこの先も永遠に継続できるものと思ってます長年気持ちが途切れない人が多く存在するので大変ありがたいことですしかし、個人で毎年継続することはなかなか難しいことと思います相当の思い入れがない限り身体がついていきませんそれをやってのける人をご紹介しますマウンテンフリークさん サイパンへ、グアムへ、フィリピンへ、テニアンへ、沖縄へ・・ 2012-09-10T12:08:55+09:00 我ら降伏せず https://ameblo.jp/tashutayou/entry-11350066895.html 諦めていた本が復刊されましたのでお知らせ致します「我ら降伏せず」 田中徳祐著サイパン島が米軍に掃討されたのち生き残った日本兵はジャングルにてゲリラ戦を1年以上も続けたタポチョのジャングルに潜んだ大場大尉ハグマン半島に潜んだ田中少尉戦争が終結したあとも投降せず米軍をとことん悩ませたが12月1日、遂に決心しかし投降ではない捕虜にはならないという断固なる決意にて交渉し最後まで戦った日本兵として命令による投降となったのである映画「太平洋の奇跡」の最後の投降の場面にて47名が日本の本領を唄いながら堂々と行 2012-09-09T10:58:02+09:00 サイパン平和観音浄行供養2012 https://ameblo.jp/tashutayou/entry-11321622724.html 7月13日に関空より出発しサイパン到着は14日の2:20さすがに14日はたいしたことはできず供養の道具を保管庫からホテルに移動するだけサイパンへのアクセスはなんとかならないものでしょうか・・・15日は参加者のみなさんが続々とサイパンに到着します成田と関空からです今回はグアム経由の名古屋便はゼロでしたこの日はお供物の買い出しです野菜に果物に大量の水そしてウニをひまわりホテルで発見しお供えにつかいます今回は戦跡まわりにオブジャンビーチを予定していたので道順を説明するために下見にいきましたところがバス 2012-08-06T14:21:24+09:00 2012年夏サイパン島観音様浄行供養 日程表 https://ameblo.jp/tashutayou/entry-11286532712.html 来月のサイパンでの戦没者供養の行程が決定しました今年も観音様を綺麗に掃除に行ってきますそして出来る限りの供養をさせていただきます今年は48名となりました7月13日19:50 関空集合 先発4名 21:50-02:20サイパン到着14日13:00 バンザイクリフお参り   15:00 成田便1名到着    0:50 成田便1名到着    2:20 関空便34名到着 ホテル3:0015日12:00 昼食~お供え物買い出し~準備   13:00 オプショナルツアー出発(申込み必要)           2012-06-25T14:19:37+09:00 2012 サイパン島流水灌頂戦没者供養 8 (最終章) https://ameblo.jp/tashutayou/entry-11152317012.html 24日はフリータイム早く帰国する人は早朝にサイパンを発ちましたあとに残る人は各自で戦跡をまわったり観音様にゆっくり挨拶したりします今回の私の目的は米軍上陸前の陸海軍合同指揮所を訪問することですあとの二人は朝から地獄谷に行って酒を酌み交わしにいきました昼に合流する約束だったが連絡が取れない13時を過ぎても連絡がないので慌てましたなにかあったかも・・・と思い私は地獄谷まで見にいきましたそこでやっと電話がはいったのですがその声は明らかに酔ってますそして堀内今朝松さんの供養に行ってたと・・・今回は二人だ 2012-02-05T17:48:49+09:00 2012 サイパン島流水灌頂戦没者供養 7 https://ameblo.jp/tashutayou/entry-11152252414.html 日の出ツアーから戻り朝食を取り9:00にロビー集合です冷蔵庫に保管してたお供物を車に積み込みパウパウビーチへ向けて出発日航ホテルのすぐ北側のビーチですここからお供物を全て海に流しますこれが流水灌頂供養です参加者が戦没者の戒名や俗名を書いた経木も一緒に流します サイパンに到着してからずっと天気が良いです波も穏やかで供養もスムーズでした流水が終わると次は地獄谷の入口にて供養です 最後の司令部である地獄谷南雲中将・斉藤中将が自決をしたところですそして最後の総攻撃に向けて集合した場所別働隊が午後からその 2012-02-04T17:16:27+09:00