<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>タスマニアデビルのダメ系メタ“ボ”ブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/tasu-1117/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ダメ系とヘビメタ好きなアラフォーのオサーンがマターリと書く日常と反省文です。数多くの罪深きことをしてきたので、自分を戒めるためにブログを書き始めました。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>たまには立ち止まる</title>
<description>
<![CDATA[ やっと年度末が終わろうとしています。<br><br>色々な出来事が家庭や職場とそれ以外でも起きてます、バタバタとしてアタフタしながら過ごすばかりです。<br><br>余裕がない、それは確かですが何より精神的に弱っていたと思います。<br><br>落ち着く事なく今まで過ごしてましたが、ふと立ち止まろうと思いました。<br><br>事が片付いた訳でもありませんが、今後はこうだろうなという展開も見えてきたのでやっと振り返ったという感です。<br><br>そして気づくのは、いつの間にかこんなに日数が経っていたという事です。<br><br>こんな過ごし方では後々になってから、こんな風にすればと後悔しそうです。<br><br>やるしかないと突っ走ったところで望む結果に向かえないと、いずれ後悔する事もあります。<br><br>忙しいのは相変わらずで、これからも続いていきそうです。<br><br>でもそこに埋もれたり、染まったりでは今までと代わり映えしません。<br><br>相変わらずで流され易く、染まり易い自分が反省点となります。<br><br>そしてそんな日々の中で改めて気付かされるのは、余裕がないと本性というものが出てくるという事です。<br><br>本人は普段と変わらずのつもりでも、周りに与える印象はなかなかのものでした。<br><br>それが余計に壁や温度差を浮き彫りにしてしまうので、関係性が崩れ出すのもこんな時だと改めて思います。<br><br>そして今回は様々な人達の本性を見る事となり、それぞれの関係が変わってくるかもしれません。<br><br>そんな中で私はどう思われているか、どう行動していくのか、おかしな引き金を引いてしまわない様にまた振り返りながら方向を修正していこうと思います。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/entry-12145081603.html</link>
<pubDate>Thu, 31 Mar 2016 11:29:44 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>追い続ける</title>
<description>
<![CDATA[ 職場で何度も怒られる人は、二つのタイプに分かれます。<br><br>一つは自信がなく怒られて落ち込む人と、もう一つは自信があって怒られてむくれる人です。<br><br>私は以前は後者で今は前者ではありますが、元は後者なら未だに内包しているので注意しないとなりません。<br><br>前者は落ち込むのだけれど同じ事を繰り返したりします、後者は言い訳が先行し自分のせいでないとして同じ事を繰り返したりします。<br><br>どちらにせよ繰り返すというのが共通点であり、そこに気付くと自分自身も痛い思いがします。<br><br>そこから脱するには怒られない自分になるしかなく、そのために丁寧であったり突っ込み所をなくすという言葉が思い返されます。<br><br>進歩も成長もまだまだか、そんな評価が自分からも出てしまうので周りからの評価はもっと歯痒い思いであるかもしれません。<br><br>でも怒られる内はまだ良く、それこそ何も言われなくなれば自分の世界に閉じ籠り過信や物知らずに陥ります。<br><br>だから謙虚に、そうでなければならないのは自分の姿からも分かります。<br><br>こうした基本ほど陥り易い罠を自分で仕掛けて、自身で嵌まっていたのだと思います。<br><br>そのため基本が難しいと感じるまでになってしまい、未だに習得のため追いかける日々です。<br><br>届くかも、もうちょっとかも、そう思いながら実際はずっと追いかけ続けていくのだと思います。<br><br>一生が勉強だということ、今になって分かり始めた気がします。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/entry-12130172634.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Feb 2016 23:39:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>明確に</title>
<description>
<![CDATA[ 誰もやりたがらないけど誰かがやらないとならない、だから自分がやる。<br><br>そうしようと決めておきながら今日はもうしたくないな、そんな誘惑に駆られる時があります。<br><br>特に時間が遅くなった時は、これからやるのかと考えると億劫な気分になったりします。<br><br>それでも今のところはやれていますが、未だにそうした自分で決めたことに対する弱さが見られます。<br><br>根本から変わるというのはそうそうないのかもしれません、だからそこに流されないために色々と自分を上書きしていくのが生き方に反映されるのだと思います。<br><br>弱い部分、怠惰な部分、嫌な部分、ネガティブな部分、そうした事を抱えながら囚われない流されない自分でいるためのものを。<br><br>生活を見直したり自分を見直したり、そこから理想に近づけるために様々な思考や経験を積んでいくことを。<br><br>誉められて本当はそんな事ないんですよ、という答えを聞く事があります。<br><br>勿論、謙遜からというのもありますが根本的な部分での話ともとれます。<br><br>だけど自らを高めるために自分を上書きして称賛されるまでになった、努力というものを見落としてはならないのだと思います。<br><br>その努力を続けられるかどうかの差は、やはりその先を見据えられるかどうか。<br><br>努力や苦労の先にあるどんな姿をイメージ出来るかどうか、それをどれだけ明確に出来るかどうか。<br><br>なりたい姿となりたい未来、私もより明確に出来る様にしていきたいと思います。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/entry-12127779909.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Feb 2016 06:34:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>過ぎる</title>
<description>
<![CDATA[ 新システムに段々と慣れてくるにつれて、自ら覚えようとする人とそうでない人の差が出てきました。<br><br>他人の苦労する姿を見て、我が事と思うかどうかなのだと思います。<br><br>我が身に置き換えて考えられなければ、いざその時になってから慌てふためくしかありません。<br><br>人の振り見て我が振り直せ、これは自分の中に事例を増やして対処能力を身に付けるためにも本当に大切です。<br><br>人に押し付けたり逃げたりしてその時は免れても、いつかは自分の番になります。<br><br>だから訓練を兼ねて他の人を手伝っている人は基礎があるから教えても呑み込みが早く、そうでない人は教えてる部分から遡らないとなりません。<br><br>そしてそれは生き方や人生も同じでした、基礎がないから分からないのは一緒です。<br><br>そして問題なのは、その基礎があるかないかが困る事になってから気付く部分にあると思います。<br><br>基礎をどのくらい積んでいるかも分からないのは、普段からしていないから。<br><br>また目標もないから向かう先も分からずに、ただ漠然と日々を過ごしていたから。<br><br>そして失わない代わりに得るものもない、なのにそこで何かを得ようとするから問題行動を起こしてしまう。<br><br>分を弁えるというのは、そんなところに有るのかもしれません。<br><br>過ぎたるは及ばざるが如しとも云いますが、足りないは届かないで済んでも過ぎれば破滅する場合があります。<br><br>身近な言葉に直すなら腹八分といったところでしょうか。<br><br>望みと欲をきちんと選り分けて過ぎない様に、でも足りなさ過ぎない様に、良い塩梅な人生になりたいと思います。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/entry-12126681610.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Feb 2016 04:30:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>安定≠安心</title>
<description>
<![CDATA[ 例えば遠足の前日になって熱が出る、修学旅行の当日になって体調を崩す、間の悪い話を誰もが一度は耳にすると思います。<br><br>そして我が家では子供が行きたがっていた体験ツアーを控えて、熱と嘔吐でお医者に掛かったらおたふく風邪でした。<br><br>これでは早く治ったとしても行けません、こんな間の悪さまで似なくてもと思ってしまいます。<br><br>それでも三日間は熱が引かず嘔吐も続いてましたので心配でしたが、やっと回復に向かい食欲も出てきたので少し安心しました。<br><br>しかし本人が一番楽しみにしてただけに、このタイミングは何とも言えません。<br><br>間の悪さというのが笑い話で済んでいるのなら良いのですが、笑えない状況では周りに迷惑でありストレスにしかなりません。<br><br>そこが私は分かっていませんでした、だから間の悪さで誰かに迷惑を掛けているかもしれません。<br><br>それ以上に取り返しのつかない事をしでかした私です、どんな迷惑をどれだけ掛けているかは計り知れません。<br><br>そんな事は絶対ないというのは過信でしかありませんし、何より自身の所業から絶対などという事は有り得ません。<br><br>いつだって不安定だし、私の場合は安定していても＝安心とはなりません。<br><br>いくら安定していようが、たった一つの出来事で安定が崩れる可能性は大です。<br><br>だから安定する様になっても安心する訳にはいかない、してはいけない事を忘れずにいたく思います。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/entry-12125543428.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Feb 2016 01:32:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>自分なりに</title>
<description>
<![CDATA[ 新システムの立ち上がりは不具合や間違いでの混乱続きとなりましたが、システムが更新される度に起きてしまっています。<br><br>ここにも毎回同じ繰り返しがあります、なかなかマニュアル通りにはいきません。<br><br>ただそのマニュアルを読んでもいない人も居て、そんな人に限って聞かずに勝手に進めて失敗したり、教えようとしても聞かずにやって貰おうとしていました。<br><br>勝手に進める人はどうにもならなくなってから言ってくるので復旧に時間が掛かりますし、やって貰おうとする人は相手の状態も構わず自分の都合を優勢しようとします。<br><br>物事に対する態度が、そのまま他人に対する態度になっています。<br><br>本人にすれば自分なりに一所懸命やっているつもりなのでしょうが、周りからすれば気持ちの良いものではありませんし、何よりそれを本人が気付けていなかったりします。<br><br>そんな姿が今までの自分の姿と重なってきます、知ったかぶりで先に進もうとしたり人に直ぐ頼ろうとするところが。<br><br>どちらにせよ、どうにもならないのは変わりません。<br><br>こんな風に見えて、こんな風に思われていたのかと改めて考えてしまいました。<br><br>自分が困らないようにする、自分でどうにかしていけるようにする、そうした部分が最初から欠落していたのだと思います。<br><br>そして物事や人に対する心が欠落していた、態度が悪かった、あまりにも周りが見えていなかった。<br><br>そしてそれがまだ出ている時があるのを私はどれだけ気付けているのか、それらをどれだけ直す心と態度でいるのが自分で見えているのか。<br><br>見栄を張るというのは自分の本当の姿を隠したがるからで、ならば本当の自分に気付けてないはずがありません。<br><br>見えてないのは見ない振りをしているだけで、なのに気になってしかたないから見栄を張ってしまう。<br><br>また直ぐに頼るのは、もう本当に自分でする気がないし、人の時間を削っている自覚もないものです。<br><br>それは人を思う気持ちもなく、自分の事しか考えていません。<br><br>そんなでは人に良く思われるはずもなく、いつの間にか気付いたら一人となってしまいます。<br><br>見栄を張れば自分の首を絞めてしまうし、人に気持ちがなければ一人になってしまう。<br><br>もう、そのどちらにもなりたくないです。<br><br>だから一人の時にちょっとだけ泣き言をこぼしながら、亀のような歩みを続けたく思います。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/entry-12124882325.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Feb 2016 10:00:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>一緒に育つ</title>
<description>
<![CDATA[ やはり女性の買い物は女性同士が楽しいようです、なので奥さんが買い物をする二時間という時間を子供と過ごす事になりました。<br><br>とはいえ売り場と同じ建物内のゲームコーナーや子供広場というのも芸がないので、少し移動して情報館に連れていきました。<br><br>こうした博物館や科学館に情報館というのは地元にあまりなく、調べても都市部に集中するため行くにも時間を要したりします。<br><br>行くと人は少なく、テーマパークの様に１日掛かるものではありません。<br><br>それでも１～２時間を過ごせて、子供も興味を持ったりするので一緒にあれこれ話ながら過ごせます。<br><br>だから結構勿体ない場所が至る所に存在していると思います、特に都市部に住んでいるなら尚更です。<br><br>環境というのも生活には影響するものだと改めて感じました。<br><br>とはいえ地元の良さを伝えられないのは親としてどうかとも思いますので、一概にどちらが良いとも言えないものではあると思います。<br><br>子供も小さい内は興味を抱き易く、そんな時にどれだけの体験をさせるかが大切なのはどの教育本にも書かれています。<br><br>どれだけの体験をさせられるのか、どれだけが経験となるのか、少なくとも私の様な狭い世界と視野にはなって貰いたくはありません。<br><br>自分が知る以上の世界があり、自分が知り得ない社会があり、自分が知るものはほんの一部分でしかない事だけは子供には知って貰いたいです。<br><br>様々な人に様々な営みがあり、そんな集まりで成り立つ社会にしっかり交わり、きちんと自分の居場所を作り守って欲しいと思います。<br><br>自分がなし得なかったもの、失いそうになったもの、当たり前でない普通の暮らしを営める様になって欲しいと思います。<br><br>それもこれも私の姿を子供に見られてる以上は、私こそがそうならなければなりません。<br><br>私こそがもっと知らないとなりません、そしてきちんと子供に教えられる様になりたく思います。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/entry-12124108830.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2016 07:55:23 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>真っ直ぐ</title>
<description>
<![CDATA[ 昨年末に怪我をした人が来月からの復帰が決まりました。<br><br>そしてその来月から機器の更新に伴う仕様変更に入力内容変更と、色々とまた動き出します。<br><br>とはいえ募集の来てもないため要員不足は変わらず、年度内での業務は調整が必要な事ばかりです。<br><br>何より更新といえども新しい事をするのですから、しばらくは混乱が続くと予想されます。<br><br>予想したのなら前倒しに備えをするべきでしたが充分とはいかず、なかなか思うように進みませんでした。<br><br>来年度は異動の予定もありますし、職場は危機感ばかりが増しています。<br><br>おそらく要員補充は進まないでしょうから、効率的に進めるには何をすればどんな効果があるかを理解していかないとなりません。<br><br>とにかく不確定要素が多い中でそれらを見出だせるかは不安でありますが、それでもやるしかない事ばかりです。<br><br>と、ここまで考えたら結局は今までと何ら変わらないなと思いました。<br><br>少しずつ僅かでも変化をと考えてましたが、何かが起こるとリセットされてしまう。<br><br>小さな変化というのは固定化されてないと状況に流され易いと思いました、すなわち私自身も小さな変化があったとしても予断は許されないものだとも。<br><br>変わるというのが大変な事ですが固定化というのは更に大変なのだと思います。<br><br>悪い事は楽や欲に繋がりますから逆に固定化し易いです、繰り返す事に不安や罪悪感がなければいつまでも繰り返します。<br><br>ですが向上を目指すと誘惑や諦めを振り払いながら、固定化するまで続けていかないとなりません。<br><br>そこまでの意志を持てるかどうか、その意志を覚悟に繋げて立ち向かえるかどうか、そして続けていけるかどうか。<br><br>私みたいな者には難しさを感じてしまいます、ですが世間一般では当たり前にされていることです。<br><br>だから私は固定化するまで続けないと意味も意義も失います、それこそ愚直と言われる程に当たり前を当たり前でない程に繰り返してやっと届くのだと思います。<br><br>愚かだけど真っ直ぐに、それは卑怯や怠惰より遥かにましなこと。<br><br>誘惑や諦めに引き摺られてふらつかない様に、真っ直ぐ前を向き続けられるようになりたく思います。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/entry-12122603880.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Jan 2016 00:54:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>年齢</title>
<description>
<![CDATA[ 最近やっと気づいたのが、管理者等の上位職で年下の方が増えてきました。<br><br>上位職であり雰囲気的には同じ位かなと思っていましたが、話の流れで聞いたら少なからず衝撃でした。<br><br>これからどんどん年下の方も上に上がり、私も自分で思う以上に職場での年齢が上から数えた方が早くなりました。<br><br>年下であろうが上司であるのは変わりありませんし、能力の違いと共に私より内容の濃い人生を歩んだのですから当然の結果です。<br><br>そして私は依存体質が強かったために、いつまでも守られる側である事に意識があったと改めて感じました。<br><br>年上の意見が聞きたい、そう言われて初めて気づくのですから間抜けな話です。<br><br>年齢からいえば本来私は頼られる側です、なのに自身にその意識が有りませんでした。<br><br>そんなところに有るのかもしれません、依存という甘えから緩い人間になった理由が。<br><br>己が若い頃に考えていた、そして求めていた年相応の姿と今の私の姿はあまりにも差が開いています。<br><br>今の若手にとって私は迷惑になるのか、それとも少しだけでも役に立っているのか、ガッカリしたのは間違いないと思います。<br><br>せめてガッカリさせても、迷惑は掛けたくないものです。<br><br>更に年齢を重ねて、その時に若手に何と評されるのか。<br><br>その時になって泣かないで済む様に日々を過ごしたく思います。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/entry-12122335071.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Jan 2016 10:32:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>きっかけ</title>
<description>
<![CDATA[ ここしばらく体調不良との事で休んでいる人がいます。<br><br>体調不良とは言いながら、ただのずる休みというのが皆の受け取り方です。<br><br>朝のアルコールチェックに引っ掛かったり、勝手な判断で問題を起こしたり、周りに対する態度が尊大だったり。<br><br>だから信用がなく、本当に体調不良なのかと疑われてしまいます。<br><br>職場の状況から疲れもあり始めは身体がきつくて休んだかもしれません、でも日が経てば経つ程に余計に仕事に行きづらくなります。<br><br>上司が電話したら職場環境が悪いからと、休んでいるのは自分のせいでなくそっちが悪いんだとも言ってしまった様です。<br><br>隣の班の事とはいえ穴が開けばサポートしない訳にはいきません、仕事量が増えるため正直に言えば勘弁して欲しいと思います。<br><br>でもそれと共にその人はこの先どうするんだろう、と考えてしまいます。<br><br>状態としては人生を拗らせてしまい、周りが見えず自分の事しか考えられなくなっています。<br><br>そしてそれは私の姿と重なります、心が捻れ気持ちは崩れて人生を拗らせたのは私も同じです。<br><br>拗れた人間というのはなかなかきっかけを掴めないものです、嫌な事から嫌な言葉から嫌な自分からも逃げてしまうから自分の力で掴めるものがありません。<br><br>なのに本気になれば何とかなると、本気になった事もないのに根拠のない自信だけは持っていました。<br><br>結局は行き詰まるだけで、何も出来ないでいただけです。<br><br>もうそんな状態に戻りたくはありません、とはいえ休んでいる人と私にどれだけの差があるかといえば紙一重です。<br><br>その紙一重ですら人生は全く変わります、だから私はこの紙一重を２度と越えたくありません。<br><br>何より私はきっかけを与えて貰いました、でもきっかけがあっても変わるとは限りません。<br><br>きっかけをきちんと活かしていくこと、何のためにきっかけを与えられたかを忘れずに活かしていく道を進みたく思います。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tasu-1117/entry-12121562864.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jan 2016 23:59:37 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
