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<title>tatho516さんのﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<title>お知らせ</title>
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<![CDATA[ いつもふざけたことばっかり書いてる私ですが、今日は真面目モードで☆ｷﾗｯ<br>…えーと、はい。今日でブログをやめます。<br>過去の記事も全部消しました。<br>理由は、夢を叶えるため。今の私を脱いで高山の姓を手に入れるためです。<br>…ああ、結婚するわけじゃないですよ(笑)<br>卒業旅行で劇団四季さんのライオンキングを観劇させていただいた時、自分を表現する明確な方法を獲得している人のかっこよさに驚きました。私が今までに触れた音楽、読んだ本、観た絵画や映画、これらはすべて携わった方々が目には見えない思考や感情、記憶を形にした結果です。<br>音楽に関して言うと、私は提供する側でもあります。声と表情で気持ちを表現するのが得意ではない私にとって音楽が自分を表現する唯一の方法だと信じていましたが、どうやら違っていたみたいです。日本一の団体で現役のプレイヤーとして活動させてもらってることは本当に誇りに思っています。心身共に限界を感じていることもまた事実です。小学校３年生からマーチングを始め、今年で６年目。チューバ担ぎ始めて、５年目。<br>その中で私は一瞬たりとも自由に音楽を見られなかったように思います。確実に技術は上がっていて、出したい音が出せるようになってきたと断言出来ます。でも技術の向上と感性の研磨とでは別問題です。そして、私が求めているのは後者。<br>本来なら技術の向上に伴って感性も磨く、または感性を磨く過程で技術も向上するというのが望ましいのでしょうが、私は今、前者しか実感できません。音楽を提供する人間としてあってはならないことだと思います。この食い違いに気付いてしまってからまったく楽しくなくなり、先輩に褒められても嬉しくなくなりました。楽器に触れる度楽器に対してはもちろん、計百人以上いるメンバーとスタッフさんに申し訳なくなってしまうのが現状です。<br>こんな気持ちで音楽を続けるのは失礼なので、私は今シーズンを境に音楽から一旦離れます。<br>この結論に至るまでにたくさんのことを考えました。一番は音楽が違うのなら一体それに代わるものはなのかということ。<br>そして記憶を掘り返し思い出しました。小学５年生の私は文字で自分を表現したがっていた。私はこれからそれを叶えるためにじっくり時間をかけて努力します。<br>ブログをやめたからと言って叶うわけじゃないですが、集中するためにこの記事を以てこのブログは終了です。<br><br>今までありがとうございました！ではまたどこかで(^O^)<br><br>
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<pubDate>Tue, 01 Mar 2011 04:15:38 +0900</pubDate>
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