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<title>とりあえず</title>
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<description>オリジナル小説。ミリタリー学園ものです。恋愛フラグも若干立ってはいますが、どうなんでしょう？ｗｗ初めての小説でつたない部分もあると思いますがあしからず。少しでも多くの読者さんが生まれるという淡い期待を抱きながら頑張りますｗ</description>
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<title>Ｂｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒ　第９話　ヒドラ</title>
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<![CDATA[ アインスたちに連れて行かれた場所はなんでもない場所だった。いや、むしろ見慣れた光景であった。<br><br>　高校の通学路として通っていたボロアパート。入居者がいるのかいないのかよく分からない場所で近所の人もよく取り壊されないものだ、と首をひねっていたのだがこれで合点がいった。<br><br>　ＳＲ商事という名前だけは現代的なのだが、木造二階建てのボロアパートには不自然さが浮き出ている。<br><br>　シュバルツリッター。<br><br>　ドイツ語で黒騎士という意味。黒騎士の所有する建築物なら取り壊されるはずもない。馨は固定資産税をちゃんと払っているのだろうかというどうでもいい疑問を頭に浮かべながら、錆びて今にも朽ちそうな鉄製の門扉に手を触れる。<br><br>「どこに行くんだ？」<br><br>　アパートに入ろうとせず、裏側に回ろうとするアインスたちに言った。<br><br>「黒騎士のセーフハウスがこんなボロアパートだと思ってるのか？　９ｍｍでも貫通するぞ、この壁は」<br><br>　アインスが呆れたような口調でそう言い放つと、馨を放っておいてどんどん進んでいく。少し早足で彼らに追いつくと、裏手の浄化槽の蓋にツヴァイが手をかけていた。し尿や生活排水が流れるタンクであるため、馨は咄嗟に鼻をつまむ。<br><br>　ツヴァイが笑いながら蓋を開けようとすると、浄化槽の上部ごと開いた。どうやら隠し扉らしい。コンクリート造りの無骨な階段が現れ、それが当然のことのように階段を下りていく。<br><br>　頭をぶつけるなよ、とアインスに言われたが馨は盛大にぶつけて、溜め息と笑い声が返ってくる。少しむくれながら最後尾で下に下りていくと、重たそうな鉄扉が出迎えた。並みの爆弾では傷ひとつつかないだろう。<br><br>　独特のリズムで扉をノックすると、ガチャという錠前を開ける音と重々しい動作で扉が開かれる。扉の向こう側には、完全武装した兵士が３人、こちらに銃口を向けている。<br><br>「黒いオーケストラ。イーストレッジ社の事に関して大尉殿に報告をしに来た」<br><br>「待っていた」<br><br>　アインスの言葉に３人の兵士ではなく、奥にいた男が答えた。旧ドイツ軍の軍服に身を包んだ男がゆっくりとした足取りで近づいてくると、顎を少し上げながら馨の顔を見る。男と目があった瞬間、背筋が凍るような感覚が走った。言葉で表現できないのだが、とにかく恐ろしいオーラを身に纏う男である。<br><br>「あの夜以来だな、五十嵐。フレデリック・エルンスト、黒騎士の副司令だ。ついてこい、Ａ．Ｃ．Ｅ．もいる」<br><br>　アインスが頷いて、馨の方を向き、顎で進むよう促す。それにしたがって３人の兵士に随行されながら、地下施設の奥へと歩いていく。警備は厳重で宇宙服のような装甲服を身に纏う兵士も警備として立っている。ボンベを背負っているので、恐らく手にしているのは火炎放射器だろう。地下施設という狭い空間では絶大な威力を誇るだろうが、使い方を誤れば大惨事にもなりかねない。<br><br>　最奥の部屋につくと、今までの警備兵とはまた違った雰囲気を持つ兵士が扉を開ける。円形のフルフェイスのヘルメットを被り、真っ黒のロングコートに身を包んだ兵士は、フレデリックに敬礼をし、それに頷いて中に入った。<br><br>　２０畳くらいの部屋の中には、軍服に身を包んだ人間とラフな格好で武装をした人間がいた。無精ひげが目立つ男が馨のほうをじろじろと見ているのに気付く。馨も男の顔を観察するようにみると、頭で考えるよりも先に言葉が出てきた。<br><br>「ブラック」<br><br>「俺を覚えていたか、グスタフ。嬉しいぜ」<br><br>　嫌な笑みを浮かべながら、嬉しそうにタバコに火をつける。<br><br>「感動の再会は後にしておけ。本題に入る。イーストレッジの件だ」<br><br>　あれがヘルト大尉、黒騎士のトップだとアインスが小声で耳打ちをしてきた。それを聞いて馨はヘルトの顔をよく見る。フレデリックのようなオーラは感じず、本当にフレデリックの上に立つ人間なのか疑問に思えた。<br><br>「事前に伝えた通りです。それが我々の持つ全てです」<br><br>「ブラック？」<br><br>「うちの技術屋が情報を掴みました。まぁ、微々たるもんなんだが」<br><br>　ブラックがブロンドの女に視線を送る。<br><br>「えぇ。イーストレッジの私兵について。ほとんどはイーストレッジのカルト教団の教徒たちですが、ならず者の傭兵くずれも少なくないようです。大金で飼いならしているため、忠誠心もそれなりに高く、戦闘に素人な教徒たちの訓練もしているようです。<br>　Ｂ．Ｅ．教団と言われるこの教団はブレインイーター、脳みそ喰いの頭文字を取っているのですが、智を絶対的な正義と位置づけるため知識人の脳を食すことで自分の智を高めると信じています。<br>　まぁ、ただのマインドコントロールなんですが、それに携わっているのは元ケンブリッジ大学の教授だとか。人員と装備は豪華なようです。それとロシア人の傭兵が目立つのも気になりますね」<br><br>「そのようだな」<br><br>　ヘルトが頷き、優男風のユーリに視線を送った。<br><br>「ロシア軍との関係ですが、将校との癒着があるようです。武器の横流しで将校の懐に金を入れ、下っ端の兵士には麻薬を流しています。薬と金で兵士を引き抜いているようですね。消耗品としての扱いが目立つＢ．Ｅ．では貴重な存在でしょう。製薬会社の薬はさぞ極上な気分を味わえるんでしょうね。続きは情報局に任せます」<br><br>　ヘルトたちとは違う深緑色の軍服を着た兵士が一歩前に出る。<br><br>「君らに会うのは初めてだから、一応自己紹介をしておこう。情報局ロシア担当のハイデルベルク中佐だ。ロシア軍との関係だが、将軍クラスの人物とも太いパイプを繋いでいる。兵士を引き抜いたところで、二重三重にイーストレッジに染まった奴らが上に話をいかせないように握りつぶしている。<br>　なぜ、イーストレッジがロシア軍と蜜月の関係なのかという点なのだが、ロシア国内で何やら不穏な動きをしている。カルト教団の布教活動もロシア国内に集中しているのだが、軍事的行動も集中している」<br><br>「軍事的行動？」<br><br>「あぁ、ブラック。地下要塞を構築していると思ったら、ミサイル発射台と思われるものをせっせと作っている。こんな大掛かりなものを造っているのに、なぜ上層部はなにもしないのか。金を握られているわけではない。教徒たちによる街の郊外であるため、外には漏れない。実際、教典もラスプーチンがでてきたり、エカテリーナが出てきたり、おちょくっているようにしか見えん。教団もカモフラージュ的要素が強い。<br>　智を絶対的正義としているのも、脳みそを食うことではなく、人体実験のカモフラージュだ。五十嵐馨君のような、な。明親学園での戦闘で配備された通称ヒキガエル呼ばれる兵士は、我々のβのようなサイバー兵だ。しかし、大きく異なる点は脳に直接的に電流を与えることで身体能力を飛躍的に上昇させる超兵士。超能力部門を設けたロシア軍とは違い、世界的な民間会社はもっと現実的なようだ。科学しか信じない。<br>　人間を別の人間に移し変える常軌を逸したとしかいいようのない技術もこの人体実験によるものだ。ロシア軍でのヒキガエル兵の運用も実験に過ぎない」<br><br>「それで、その地下要塞については？」<br><br>「何をしているかは不明。だが、よくないことであるのは確かだ。代々、イーストレッジ家は人体実験の成果を自社製品として応用していたようなのだが、現当主のバーンズ・イーストレッジは教団に傾倒している節がある。ヘイムダルのギャラルホルンは知っているか？」<br><br>「北欧神話のラグナロクの到来を告げるってやつだろ？」<br><br>　アインスが答えた。<br><br>「そうだ。ラグナロク、つまり世界の終末。その地下要塞の名前はアースガルズという」<br><br>「ヘイムダルがギャラルホルンを鳴らす場所か。どう考えても穏やかじゃないな」<br><br>「あぁ、まったくだ。俺も半信半疑だったんだが、地下要塞の名前がアースガルズと判明してから確信に変わった。奴は最終戦争を仕掛けるつもりだ」<br><br>「最終戦争。ロシア軍の世界征服か？」<br><br>「はずれだ、ブラック。ロシア軍もカモフラージュにすぎない。情報局も踊らされた。イーストレッジが全財産をつぎ込んだと言っても過言ではない。奴は核を手に入れた」<br><br>「核だとっ！？」<br><br>「一企業が核を保有しているなんて考えられん！！」<br><br>　ハイデルベルクの一言で一気にざわめく。<br><br>「核戦争か？」<br><br>「違う」<br><br>　ブラックの言葉をヘルトが否定する。<br><br>「その通りです。アメリカのＣＩＡ、イギリスのＭＩ－６、イスラエルのモサドもこの情報を手に入れている。ロシアのＧＲＵも。だが、ロシア軍部にはイーストレッジの飼い犬が潜んでいるため、情報を手に入れているだけで、有効策は取れていない。政府もまだ知らない」<br><br>「ＧＲＵは政府への報告義務がない。それを逆手に取られたな」<br><br>「えぇ。昨今のアメリカによる経済封鎖、イギリスの経済規制策もイーストレッジの押さえ込みだが、もうそのような間接的手段では止められないところまできている。ロシア政府もこの事実を知るのはさすがに時間の問題だろうが、知ったところで時既に遅しだ」<br><br>　今まで静かに話を聞いていたヘルトが咳払いをした。それが合図のようにそこにいる全ての人間の視線が集中する。馨以外は。<br><br>「ヌル」<br><br>　アインスの言葉で馨は自分以外がヘルトに注目しているのに気付いた。<br><br>「話が壮大しすぎて頭がついていってないか？　無理もない」<br><br>「いえ、すみません」<br><br>「少々荒療治だが、お前用のリハビリも用意している。まぁ、それは置いておくとして、第二のロシア革命もイーストレッジが関わっていた疑惑がある。実際、この革命によりアメリカなどの諸外国はロシアに干渉する手段のほとんどを失った。このような世界的危機も情報を持ちながら、伝える術がない。<br>　そして、これが明るみに出てももはや手遅れだ。実際、我々もこの情報を手に入れるのには苦労した。ロシア第二革命、核保有、イーストレッジ、これが一本の線に繋がらないように上手くカモフラージュをしている。驚くほど緻密な計画だ」<br><br>「それで、俺のリハビリって？」<br><br>　何気なく聞いた質問だったが、フレデリックが非難の視線を馨に浴びせた。ユーリが苦笑いを浮かべながら、フレデリックをなだめている。<br><br>「それも含めてヘルトにしっかりリハビリしてもらえ」<br><br>「よせ、フレデリック。こいつの実質はまだ高校生だ。五十嵐、ともあれこれからしばらくは俺の指示に従え。黒いオーケストラとしても異存はないだろ」<br><br>「ヌルに戻るのであれば、我々としては異存はないですが」<br><br>「今の黒いオーケストラのリーダーは実質的にアインスだろう。これはお前らの総意だと判断する。それとＡ．Ｃ．Ｅ．だ」<br><br>　急に話を振られて、ブラックが油断した顔で返事をする。<br><br>「ん、俺たちが何です？」<br><br>「お前らには特に何もないが、よく働いてもらう」<br><br>「金は？　支払いのほうはどうなんですが？」<br><br>「金はやらん。だが、労働に見合ったものを与える。そろそろ新しい武器とか装備とか欲しくなる頃じゃないのか？　お前らみたいな小規模の傭兵じゃなかなか稼げないだろ」<br><br>「まぁ、悪くない、ですかね。どうせ、このアースガルズに突っ込むんでしょう？」<br><br>「あぁ、黒騎士の保有する全ての戦力をつぎ込む」<br><br>　冗談とはとてもではないが思えないほどの表情で言い放つ。その本気さに思わず苦笑いが漏れる。<br><br>「失礼します！」<br><br>　荒々しいノックと同時に黒い軍服の兵士が部屋に入ってきた。<br><br>「そろそろか？」<br><br>「はい」<br><br>「そろそろって何です？」<br><br>　アインスが反射的に尋ねる。ヘルトたち黒騎士側は装備を整え始めた。<br><br>「五十嵐のリハビリは戦闘をもって行う。命のやりとりの中で、グスタフ・シューレンハイムの記憶を呼び戻す。だが、その力を最終的に使うかどうかは、五十嵐、お前が決めろ。護身術を手に入れたと思えばいい、日常生活には支障はない。だが、イーストレッジの野望を打ち砕くまでは俺の指示に従ってもらう」<br><br>「い、命のやりとりって、もしも死んだらおしまいじゃ、……ないですか」<br><br>「お前の仲間をよく信じることだ。ここにいる人間は世界でも屈指の兵士だぞ。準備をしろ。もうすぐここにＢ．Ｅ．教団の兵士がなだれ込んでくる」<br><br>「まさか、つけられたか！？」<br><br>「いや、違うドライ。我々が情報を流した。これを機にＢ．Ｅ．は我々の足取りを掴めなくなく。今ここでは三つ巴だが、複数の頭をもつヒドラと化す。体は一緒だ」<br><br>「なるほど、俺たちはしばらく一緒に行動をするということか」<br><br>「そういうことだ、ブラック。ようやく奴らの目を見つけた。それを全て潰せば、こちらから現れない限り二度と俺たちの尻尾は掴めない」<br><br>　報告に来た兵士の無線から声が聞こえてきた。<br><br>『敵が施設内に侵入。外のカメラも破壊されましたが、間違いなく敵の主力。軍経験者による武装集団です』<br><br>「攻撃を開始せよ。集合地点に変更無し。地獄の釜で焼いてやれ」<br><br>　ヘルトの指示を兵士が無線の先の兵士に伝える。馨はヘルトに見つめられて初めて我に返った。周りの人間は、自分以外全て戦闘体制を整えている。<br><br>「急げよ、グスタフ。マフィアと戦ってもう躊躇なく人を殺せるだろ」<br><br>「ば、馬鹿を言うなっ！」<br><br>「怒るなよ、殺らなきゃ殺られるぞ」<br><br>「そうだ、五十嵐。お前の両親とお前の人生をめちゃくちゃにしたのは奴らだぞ」<br><br>　ヘルトの言葉に馨は声が詰まった。確かに。あいつらのせいで何もかもがめちゃくちゃになった。殺されることもなければ、殺すこともなかったはずだ。<br><br>　馨は静かに自分の手のひらを見つめる。力ないその手のひらをぎゅっと力を入れる。<br><br>「わかった、やろう」<br><br>「お、適応が早いな」<br><br>「違う、ブラック。グスタフ色に染まってきたんだ」<br><br>「へぇ、そういうもんなのか。腐れ縁は違うな」<br><br>　ブラックはヘラヘラ笑いながら、アインスの肩を叩き、部屋から出て行く。<br><br>　馨とヘルトだけが部屋に残され、外からは銃声が轟いている。<br><br>「行くぞ。リハビリの開始だ」<br><br>　ヘルトの言葉に溜め息を一つついて、机に立てかけられているＧ３６を手にして、静かにコッキンレバーを引いた。<br><br>　馨が勢いよく外に出ると、空気をつんざくような音が顔の横をかすめる。<br><br>「気をつけろ」<br><br>　そう言ってヘルトが馨を注意すると、通路の角に素早く身を隠す。それに習うように馨も続くと、奥の廊下から２人の兵士が走りよる。<br><br>「この区画から避難してください。地獄の釜になります」<br><br>「他は？」<br><br>「すでに」<br><br>　兵士の答えが出ると同時に馨の襟を掴んで、兵士を伴って奥へと進んでいく。引きずる手をほどき、自分の足で走ろうとすると、大きなものにぶつかった。<br><br>『ルーキーか？　大尉にお守りさせるとはよほどのプライオリティーだろうな？』<br><br>『ほっとけ、エバンズ。今はＢＢＱに集中しろ』<br><br>　２人の重装歩兵の巨大さに驚きながら、ヘルトの背中を追って走る。<br><br>「ヌル」<br><br>　走った先にはアインスたちが周囲を警戒しながら待っていた。ドライと日本人が見張りをしていた。<br><br>「この区画の担当は俺たちだ。敵はツーマンセルで散開している。１０分以内にここから脱出して、ここを敵の墓場にする。墓標は瓦礫と大規模地盤沈下だ」<br><br>「ちょ、っと待ってくださいよ、ヘルトさん。１０分で脱出！？」<br><br>「グダグダ言うなよ、ルーキー。とにかく時間がないんだ。お前も聞いてただろうよ。イーストレッジはてめぇの薬打ってるかしらねーが、頭がラリっちまってもう押さえがきかねぇんだ」<br><br>　ブラックがタバコを吸いながら、めんどくさそうに言う。そして、壁に預けていた体をゆっくりと引き起こすと壁にタバコを押し付けて消す。<br><br>「さっさとグスタフに戻れ、ルーキー。お守りはごめんだぜ。特にこういうそそる場面じゃな。せっかくのムードがそがれる」<br><br>「ムードって！！」<br><br>「もうその辺にしろ。あんまりピクニック気分だと、死ぬぞ」<br><br>　何気ないフレデリックの一言であったが、この言葉により馨は再び死というものと向き直った。<br><br>　死ぬということはもちろんそういう意味なのだが、何か漠然としていてよく分からなくなる。死とは、死ぬとはどういうことなのか。周りにいるブラックやアインス、黒騎士の兵士たちはその死を背負いながら、戦う。それが一体どれほど恐ろしいことなのか、死ぬことへの恐怖が襲ってきた。<br><br>「ルーキー。今更びびってももう遅いぜ。どう足掻いたって敵を殺さなきゃ、ここからでれねぇし、それこそ死んじまう。俺はそんなの御免だ。まぁ、もっとも、死んじまえば恐怖なんか感じねぇけどな」<br><br>「く、……お前……！」<br><br>「ほら、銃を握れよ」<br><br>「握ってるよ！！！」<br><br>　ブラックに持っている銃を見せ付ける。しかし、それを左手でどかせると、人差し指で自分の心臓を指した。<br><br>「そういう意味じゃねぇ。覚悟を決めろと言ってるんだ」<br><br>「いくぞ！！」<br><br>　その言葉でドライと日本人が銃を乱射しながら走っていく。それを援護するようにロシア人の大男が軽機関銃をめちゃくちゃに撃ちまくる。<br><br>「ここで覚悟決めなかったら、てめぇは一生中途半端なままだ。守りたいもんも守れねーぞ」<br><br>　反射的にブラックを睨む。<br><br>「そうそう、それだ。いいツラになった。奴らはてめぇの大切なもん奪ったのに、まだ奪い足りねぇようだ。それを止めるのはてめぇの覚悟とその相棒だ」<br><br>　相棒と言われて自分の持っている銃を見る。<br><br>「コルトＭ４。そいつは素直な奴だ。ＡＫみたいなじゃじゃ馬じゃねぇ。てめぇが覚悟決めりゃ、ちゃんと応えてくれる。てめぇの半分はグスタフだ。そうそう簡単にやられはしねぇよ」<br><br>　馨が黙っているとどうしたものかと思案しながら、ブラックが言葉を続ける。<br><br>「だったら、俺の後ろで見てな。俺の相棒はブッシュマスターＡＣＲ。こいつもなかなかいい相棒だ。相棒の意味、よーく考えるんだな」<br><br>「なにをグズグズしている！！！　早くここを脱出しないと爆死するぞ！！」<br><br>　ヘルトが鬼の形相をして怒鳴る。下をペロっとだして、悪戯っ子のような笑みでブラックが馨を引っ張って、通路から出た。<br><br>　風を切るような音がそこらから聞こえてくる。<br><br>　大きなタンクを背負った兵士が目が眩むような炎を銃口から吹き出して、思わず顔をしかめる。そして、阿鼻叫喚の叫びが聞こえてくると散発的な銃声によって消されていった。<br><br>　ブラックの言っていた覚悟というものは、まだよく分からないが、ここから出るという覚悟は否応にも出てきた。グッとグリップを握る手に力を入れる。<br><br>　ブラックが中腰の姿勢でＴ字路の廊下の先から飛び出て、銃を乱射。素早い動作ですぐさまそこから離れた。<br><br>　それに続いて、馨もＴ字路から顔を出す。自然と体が動く。ドットサイトから敵の上半身を狙って指を切る。<br><br>　タタタンという音が鼓膜に響き、弾丸を射出した反動が肩に刺さるようだ。<br><br>　崩れるように血を吹き出しながら敵が倒れる。<br><br>　心臓の鼓動が早くなり、血が全身を逆流するような感覚。<br><br>　今自分が立っているのか浮いているのかもわからないような不思議な感覚に包まれるが、そんなことはお構い無しにその場から離れてブラックの背中を追う。<br><br>　爆音と振動に思わずよろけて壁に寄りかかるが、地面を蹴って走る。その先には遮蔽物に隠れる面々がいた。<br><br>「ヌル！」<br><br>　アインスが首根っこを掴んで、遮蔽物に引きずりこむとブラックがコングと叫ぶ。コングと呼ばれた男がスイッチを押し、爆発音と一緒にコンクリート片が頭に降ってきた。<br><br>　おそるおそる顔を出すと、コンクリートの壁に大きな穴が空いていて、その穴にどんどん兵士たちが入っていく。馨もそれを追い、外に出るとそこは雨水管のようだった。<br><br>「ここからひたすら東に進む。そうすれば川に出る」<br><br>　ユーリが無表情でそう言い、静かに頷いた。<br><br>「ヘルマン、出口を塞げ」<br><br>　ヘルトの命令で火炎放射器を持っていた兵士がタンクを下ろして、今開けた穴の前に置く。そして、そこから離れるとホルスターから抜いたハンドガンでタンクを撃つ。<br><br>　先ほどとは比べ物にならない閃光と熱射が顔を襲う。<br><br>　先ほどの穴は炎に包まれていて、追っての追跡を阻止した。悪態が遠くから響いてきたのを背中で聞きながら、川を目指して雨水管内を駆ける。<br><br>　しばらくすると、小さな薄明かりが見えてきて、それが川への出口であることが分かった。<br><br>　その瞬間、背中から爆音が響いてくる。<br><br>「急げ！！」<br><br>　基地の時限装置が作動したようだ。<br><br>　最後尾を走る馨が少し屈んで雨水管から出ようとすると、脇から伸びた手が馨の胸倉を掴んで引っ張り出す。その際に低くなった雨水管出口の天井に頭をぶつけた。<br><br>　痛みに頭を手で押さえると爆発の炎がまるで龍が吐いたように吹き出る。脇を見ると安堵の溜め息をつくヘルトがいる。もし、少しでも遅れていたら、自分はどうなっていたか分からない。<br><br>「上々だ。あとは作戦までに俺たちが鍛えてやりゃ、すぐに感覚は戻る。だが、……」<br><br>　背伸びをしながら、タバコに火をつけるヘルトを半ば放心状態で見つめる。<br><br>「お前の覚悟だけはどうしようもできない」<br><br>「また覚悟、か」<br><br>　うんざりしたように馨が吐く。<br><br>「人殺しに慣れろとは言ってない。そうなったら、俺たちはどうしようもなく堕ちちまう。だから、慣れるんじゃなくて覚悟をしっかり持て。確固たる覚悟を」<br><br>「あいつはどうなんです？」<br><br>　呆れた視線でブラックを見る。彼はタバコを吸いながら、今までの戦闘の興奮を笑いながら仲間に話していた。<br><br>「あいつはあいつで割り切ってるんだよ」<br><br>「割り切る？」<br><br>「あいつは戦闘自体を楽しんでいる。もっとも自分で俺は殺しの才能があると言ってるが、それは職業的意味だ」<br><br>「意味が、分からないのですが……」<br><br>「あいつは傭兵が職業だ。あくまでもビジネスとして割り切っている。人殺しを楽しんでいるわけじゃない。むしろ、そういう奴と戦ってるのさ」<br><br>「戦っているって……」<br><br>「そういう意味じゃない」<br><br>　馨の考えを呼んだかのようにヘルトが続ける。<br><br>「そういう奴と銃を向けているんだ。あいつのいつもの宣伝文句。金払いが良く、裏切らなければ誰のどんな依頼でも受ける。ただの人殺しをあいつは信用しちゃいないのさ。だから、あいつのクライアントっていうのは、どれもこれもそんなクズの毒牙にかけられて、絶望の淵を彷徨っている連中ばっかさ。<br>　あいつがたまに残虐な手段で標的を殺すのは、そういった絶望の淵を彷徨う人間のせめてもの救いだ」<br><br>「救い？　そんなものは詭弁じゃないですか」<br><br>「どうしようもない憎悪に包まれた人間は、前に進むにはその憎悪を晴らさなきゃならない。でなきゃ前には進めんのさ。お前がそうだろ？」<br><br>　その言葉に馨は黙るしかなかった。確かに両親を殺されて、自分もこのような境遇に陥れた敵は憎い。敵を殺すことによって、すっと胸が晴れたような感覚も確かにあった。それに罪悪感を感じていたが、当然の報いを受けたのだと納得させていた。それは誉められたことじゃない。誉められたことではないが、自分で歩き出せた気もする。<br><br>「俺たちのやってることは人様に誉められるようなことじゃないが、別に誉められる必要も無い。それが俺たちの仕事なんだよ」<br><br>　そう言ってヘルトは馨から離れていった。川の対岸に車のヘッドライトがいくつか見えてきて、それに手を振るヘルトを静かに見る。<br><br>「よし」<br><br>　小さく、しかし力強く頷いて、馨は立った。
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<link>https://ameblo.jp/tatsuboo/entry-11267564135.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Aug 2012 12:59:00 +0900</pubDate>
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<title>Black Ether 　第８話　昇華</title>
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<![CDATA[ 「そこまで言うなら、俺は止めない。だが、後悔するだけだぞ」<br><br>「自分の両親に会うだけだ！　なんで後悔なんかするんだ！」<br><br>「つらい思いをするだけだぞ？」<br><br>「うるさい、アインス！」<br><br>「俺たちにお前の回収を任せたのは、前にも話したＢ．Ｅ．教団だ」<br><br>「その話はもう何度も聞いた！　確かに両親は敬虔なクリスチャンだが、それは父の職業柄だ！　それ以上でもそれ以下でもない！」<br><br>　そう３人に吐き捨てて馨はブラックオーケストラのセーフハウスを飛び出した。ポケットの中にアインスに繋がる携帯電話を残しておいたのは、万が一自分の手に負えないような事態が起きたときのための切り札だ。<br><br>　この期に及んで自分が切り札を取っておいていることに苛立った。なんだかんだアインスを頼っていることとアインスもそれを受け入れて、連絡を待っているだろう事になんだか情けなく思えてきたのだ。<br><br>　聖ブリストルへ通っていた通学路を走りながら、アインスたちに誘拐された日の事を思い出していた。もっとも、彼らは回収という言葉を使っていたが、回収と誘拐では大きな違いだ。馨はその意志に関係なく、強制的に連れ去られた。<br><br>　Ｔ字路を左に曲がる。井上マキと帰ったときはちょうどここで別れた。彼女は今、何をしているのだろうかと一瞬脳裏を横切ったが、すぐに意識を戻して自宅へと続く暗い夜道の先を睨む。<br><br>　小中高とあまり変わらない通学路でもう見飽きた風景だったが、今となっては感慨深かった。たった数日ここを通らなかっただけで、随分懐かしい気持ちが湧き上がってくる。小学生の頃に恐れていた猛犬を飼う家、よく柿を盗んでは怒られたカミナリ親父の家、勝手に幽霊アパートと名づけた古臭いボロアパート。<br><br>　昔の記憶が湧いては消えの連続を繰り返しているうちに自宅の前についた。時刻は午前１時の真夜中。当然のことながら両親はもう寝ているであろう。懐かしむ感覚で門扉をゆっくりと開ける。老朽化した留め具がきしんで音を立てた。築１８年のごく普通の２階建ての一軒屋、猫の額ほどの庭には自分の成長を願って植えられた木が生えていて、中学生の頃に死んでしまった愛犬の犬小屋もそのままだった。<br><br>　当たり前か。<br><br>　心の中で笑う。何年も家を離れているのなら分かるが、自分は数日家に帰っていないだけだ。懐かしむだけの時間が経っているわけではないが、妙に懐かしかったのだ。自分の部屋がある２階を見る。カーテンが閉まっていて、中は見ることができない。<br><br>　そのとき、微かに物音が聞こえたような気がした。家の奥のほうからで、台所がある場所からだと感じる。台所はちょうど家の裏手にあるので、玄関の脇を通り抜けて裏に回ろうとすると、灯りが見える。<br><br>　両親は遅くても２２時には寝ていたので、この時間まで起きていることは不自然だった。裏口は無いのでもう1度正面の玄関へと回る。物音を立てないように静かにドアノブに手をかけると、開けようとしたドアは施錠されていて、小さな音を立てて侵入を拒んだ。<br><br>　深夜に玄関の鍵を開けっ放しにするなど無用心も甚だしい。ブーツの内側にあるピッキング道具を取り出すと、手馴れた手つきで鍵を開けた。これもアインスの言うヌルの体の記憶だろうか？<br><br>　静かに家の中に入ると台所から灯りが漏れていた。靴を脱ぐのも忘れてリビングの前まで来ると、祖母の仏壇が見え、音を立てないように仏壇に近づく。祖母の生前の写真が飾られていて、和菓子がお供え物として置いてある。しかし、奇妙なことにそこには自分の写真も飾られてあった。<br><br>　おかしい。<br><br>　自分は行方不明扱いにされていて、死んではいないはず。いや、現に自分は生きている。<br><br>　疑問を胸に抱えながら、灯りが漏れている台所へと向かう。近づくごとにヒソヒソ声が聞こえてきて、それはまるで念仏を唱えるようなものであった。あと数歩で台所というところで、もう１つ奇妙なことに気付いた。台所は電気がつけられていない。灯りが漏れるということは、天井に設置されている電球からの灯りかと思うのだが、光源は床からだった。<br><br>　意を決して台所前ののれんをくぐる。そして、そこで行われている光景を目の当たりにして絶句した。<br><br>　両親は古臭い本を読みながら、一心不乱に呪文のように音読していて、床には何本もの蝋燭が立てられている。チョークで星と円が組み合わさったものが描かれていて、その中心には自分の写真が置かれている。<br><br>「なに、やってるの？」<br><br>　馨が思わず声に出すと、両親の視線を一気に受ける。そして、声にならない悲鳴を上げると、恐れるようにして後ずさりする。そこで初めて自分がフードを被っていることに気が付いた。アインスのところを着の身着のままで飛び出してきたため、修道衣という出で立ちはあまりにも衝撃的であろう。<br><br>「母さん、父さん！　俺だよ、馨だよ！」<br><br>　フードを脱いで、自分の顔が両親に見えるようにする。すると、さらに衝撃的なものを見たような顔をした。<br><br>「う、嘘よっ！」<br><br>「馨は死んだんだ！」<br><br>　両親が口を揃えて自分の存在を否定する。<br><br>「なんでっ！？　俺は生きてるよ！！」<br><br>「うそ、うそ、うそっ！　あの子は、あの子は、……」<br><br>「馨は運命に逆らおうとしているんだ」<br><br>　泣き崩れる母を尻目に、意を決したような表情で父が呟いた。何を言っているのか分からないといった顔で母が父を見る。<br><br>「馨。お前はなぜここにいる？」<br><br>「なぜって、父さんたちに会うためだろ……！」<br><br>「お前は生贄に捧げたんだ」<br><br>「はぁ？」<br><br>　信じられない言葉が父の口から出てきて、馨は意味不明なその言葉の意味を必死に理解しようとした。<br><br>「今、世界は乱れている。これは神のお怒りだ。人間の傲慢不遜の態度が神の逆鱗に触れ、人間同士を戦わせて共食いさせることで、この世界を浄化させようとしている。馨、お前はその神の怒りを静めるため、選ばれた人間なんだ」<br><br>「い、……意味、分かんないんだけど」<br><br>「生贄には適性がいる。それに適さない人間は生贄になることさえ許されないの。でもね、馨。あなたはその資格があるの。だから、名誉ある生贄としてその身を神に捧げたの」<br><br>　今度は母が説明をした。馨の目の前が暗くなる。足元がおぼつかなくなり、柱に身を預けて今ある状況を必死に考えようとした。<br><br>「お父さん……」<br><br>　その言葉に母のほうを見ると、驚いた表情をして父を見ている。視線を父に向けると、暗闇の中で何かを握っている。<br><br>「馨。運命を受け入れなさい。お前は選ばれた人間だ。この世界は浄化が必要なんだ。しかし、全てを無に帰すことはない。神を信じるものだけが、次の進化を遂げるんだ。そして、お前はその浄化が済むまで、神の下で奉仕をする。そして、この世界の浄化が全て終わったら、お前は新しい世界の指導者として、降臨するんだ。神の子として」<br><br>　父の手には包丁が握られていた。<br><br>「嘘だろ、父さん？」<br><br>「運命を受け入れろ。使命を全うしろ」<br><br>　恐ろしいほどの無表情で静かにこちらに歩み寄ってくる。<br><br>「殺す気？」<br><br>「殺すんじゃない。捧げるんだ」<br><br>「一緒だろっ！！！」<br><br>「お前のためだ、馨！！」<br><br>「殺されるのが自分のため？　ふざけてるっ！！」<br><br>「お願い、わかって馨！　生贄は必要なの。そして、生贄はとても神聖なもの。穢れなき人間にしかその資格は与えられないの！」<br><br>「非科学的だ。野蛮人の発想だ！」<br><br>　母はその言葉を聞いて、怒りの表情をした。<br><br>「馨！！」<br><br>「生贄を名誉と思いなさい！！」<br><br>　両親は本気だ。本気で自分を殺す気だ。どうにかしなければならない。しかし、思うように足が動かない。しかも、更に悪いことに段々と意識が遠のいてくる。意識が飛びそうというよりは、何かに頭の中で邪魔をされているような感覚だ。<br><br>　２度も死ぬのは嫌だ。<br><br>　ハッとした。頭の奥底で声が聞こえたような気がした。<br><br>　自らの子を手にかけることが神の指示とは思えない。<br><br>「誰だ……」<br><br>　激しい動悸に襲われながら、頭を押さえる。確かに聞こえた。耳から空気の振動が伝わって脳に声として伝達されたのではなく、脳に直接的に伝わるような感覚だ。<br><br>「俺はグスタフ・シューレンハイム」<br><br>　その瞬間、包丁を握り締めた父が飛び掛ってくる。やばい、と頭の中で叫ぶ前に体が反応した。握り締めた包丁をその手ごと押さえつけると、父の足を払う。バランスを崩して、膝から倒れた父はまだ諦めず、立とうとする。その顔面に膝蹴りを食らわせて、短い悲鳴を浴びて崩れ落ちた。その様子を母が絶叫した。<br><br>　馨は自分のしたことが信じられない。いや、本当に自分がしたことだろうか？　体が自然に反応したというよりは誰かに操られたような感覚だった。<br><br>「運命を受け入れろ、五十嵐馨。俺もお前も運命を翻弄されたんだ。俺もお前も、殺された」<br><br>　意味が分からない。自分の口から発せられた言葉を少しも理解できない。自分が喋っているのに、自分の意思では喋っていない。<br><br>　体は魔方陣のようなものの前まで歩いていくと、ブーツで立てられた蝋燭を踏み潰し、その火で自分の写真が燃える。まだ火が残っている蝋燭から引火しそうになったので、足でその火元を踏み消す。<br><br>「もう過去は取り戻せない。それを理解しろ」<br><br>「もうやめろっ！！！」<br><br>　泣き叫ぶ母を見て、ようやく自分の思っていた事を口で発せられた。思ったことを口にするという当たり前のことがなんだか不思議に思えた。自分の手に目を落とし、手を静かに握った。自分の意思で動く。<br><br>　そのとき、台所の窓から嫌な気配を感じたと思うと、体が床に倒れる。窓を見ると割れていて、後ろの壁に目を向けると、穴が空いていた。続いて割れた窓から腕が伸びてくる。銃を握った腕だ。床を蹴って冷蔵庫の裏に隠れる。<br><br>　自分が倒れたということはあれに撃たれたということだろうか？<br><br>　しかし、壁には血痕はついていない。では、なぜ倒れたのだろうか？<br><br>　そう考えているうちに冷蔵庫に銃撃が集中する。銃にはサイレンサーが装着されていて、空気の抜けるような音と共に冷蔵庫が銃弾で激しく撃たれる。<br><br>　頭で必死にこの状況を理解しようとするが、上手く考えがまとまらない。だが、その瞬間に奇妙な感覚に襲われる。体中の血が逆流するような感覚に包まれ、体が熱くなる。動悸が激しくなり、自分の心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴っている。<br><br>　そして、走馬灯のような光景が頭の中を駆け巡った。自分の記憶だ。幼い頃、学生の記憶、様々な記憶が駆け巡る。そして、井上マキの顔が浮かんできた。あの日。誘拐された日だ。<br><br>　注射を打たれて床に倒れこむ。修道衣を着た真っ黒い影の男が自分の顔を覗き込む。そのフードの奥は何も見えないのだが、自分は知っている。この人物を知っている。<br><br>「……ハンス……？」<br><br>　外国人の名前が無意識的に口から出てきた。その瞬間、再び頭の中で走馬灯が駆け巡る。<br><br>　知らない。<br><br>　知らない。<br><br>　これは一体誰の記憶だ？<br><br>　この記憶は、ドイツ陸軍士官学校の記憶。<br><br>　ハッとする。なぜ、それを自分が知っている。いや、正確にはこの記憶は知らない。自分には海外渡航経験はない。外国人の知り合いもいない。銃も握ったこともない。タバコも吸わない。でも、分かる。知っているではなく、分かる。<br><br>　これは、グスタフ・シューレンハイム少尉の記憶。<br><br>　瞬間的に床を蹴り、追撃するように放たれる弾丸を回避する。そして、脇のホルスターから銃を取り出すと、窓から伸びている腕の向こう側に３発撃ち込んだ。苦しそうな呻き声を上げながら、腕が闇の中へと消えていく。そして、台所から急いで出ると玄関のドアを蹴破るようにして出る。<br><br>　目の前に黒づくめの男が現れて、自分に銃を向けた。それを素早い動作でかわし、腕を掴んで上の方に向けた。銃弾が放たれ玄関の電灯に当たり、ガラス片がパラパラと落ちてきた。しかし、すぐさまナイフを握ると相手の喉に突き刺す。手に生温かい血が伝ってくる。<br><br>　絶命した敵を押しのけると目の前にもう１人現れる。しかし、その敵の後方で光が見えたと思うと、顔に何かが付着した。すると、男は静かな動きでその場に倒れこむ。<br><br>「ヌル！」<br><br>　声ですぐにアインスと分かった。そして、車が門扉の前に止められて、後部ドアからアインスと一緒に乗車する。そして、すぐに車は発進するが、敵の追撃なのかバチバチと車体が攻撃される音が聞こえてきた。<br><br>「大丈夫か、ヌル？」<br><br>「ハンス」<br><br>　アインスと隣にいたツヴァイが顔を見合わせる。<br><br>「ハンス、俺はだれだ？　グスタフ・シューレンハイムって誰だ？　俺の身に何が起きたんだ」<br><br>「おいおい、アインス。ややこしいことになってるぞ」<br><br>　困惑したように運転手のドライが言った。<br><br>「分かった。全て話す。だが、その前にお前はどっちだ？」<br><br>「どっち？」<br><br>「五十嵐馨か？　グスタフ・シューレンハイムか？」<br><br>「分からない」<br><br>　溜め息が漏れる。<br><br>「アインスの名前を知っているということは、ヌルじゃないのか？」<br><br>「ヌルだったら、グスタフ・シューレンハイムは誰だって聞かないだろ、ツヴァイ」<br><br>「もういい、お前らは黙ってろ」<br><br>　アインスがツヴァイとドライを黙らせた。<br><br>「よし、ならツヴァイの名前は分かるか？」<br><br>　その問いに静かに首を振る。<br><br>「分かった。今のお前は五十嵐馨だ。で、何を聞きたい。時間はあるから全部答える。だから、ゆっくりでいい」<br><br>　馨が頷く。そして、しばらく沈黙が続いた後に口を開いた。<br><br>「グスタフ・シューレンハイムのことを」<br><br>「グスタフは俺たち黒いオーケストラのリーダーだ。俺たちはみんなドイツ連邦軍の同じ部隊にいた。ＫＳＫという陸軍の特殊部隊。俺とグスタフは幼馴染の腐れ縁でな。軍に入ってからもずっと一緒だった」<br><br>「黒いオーケストラとは？」<br><br>「前にも話したがグスタフが作った傭兵だ。グスタフのじいさまが元親衛隊でな。ナチアレルギーの上司にそのことで難癖つけられてぶん殴った。それで除隊するはめになり、自虐と皮肉を込めて、黒いオーケストラと名づけたんだよ」<br><br>「なぜ皮肉なんだ？」<br><br>「黒いオーケストラというのは、ヒトラー暗殺に関わった反乱者のグループ名だ」<br><br>「そうなのか。それで、俺に、俺とグスタフに何が起きた訳の分からない体験をしたぞ」<br><br>「訳の分からない体験？」<br><br>　怪訝そうに聞き返すアインスに馨は自宅で襲われた奇妙な感覚について話した。その話をしている最中、アインスは唸りながらも一言も口を挟まずに静かに聞いていた。そして、馨が全てを話終えると微妙な雰囲気が漂う。無理もないだろう。こんなオカルト的な話を誰がなるほどと言って納得するだろうか。そもそも、それを体験した本人が一番よく分かっていないのだから、説明しようにも空気を掴むような掴み所のない話になってしまう。<br><br>「そろそろ着くぞ」<br><br>　沈黙を破ったのは運転手のドライだった。<br><br>「どこに着くんだ？」<br><br>「そう警戒するな。お前のその珍妙な話を解決できるかも知れない。俺たちもあまり詳しく話されていないから、全ての疑問に答えることができないんだ」<br><br>「誰に会うんだ？」<br><br>「俺たちの顧客だ。一番ひいきにしてもらっている。だが、気をつけろよ。怒らせたら世界で一番恐ろしい人間だ。会ってお前のことも話す。何らかの解決がなされるかもしれない。その間、お前の疑問に少しでも答えよう」<br><br>　そう言ってアインスは深い溜め息をついた。何かを決意したのだろう。ツヴァイとドライはその様子を固唾を呑んで見守っている。<br><br>「俺たちは某有名製薬会社の依頼でモスクワに行った。お前も知っての通り、ロシアは国粋主義者の第２にロシア革命により政情が不安定だ。その中で工場を襲われたその製薬会社が工場の奪還を俺たちに依頼した。だが、奪還作戦の前にグスタフが狙撃され、殺された。会社側にはリーダーの死を理由に依頼を断ろうとしたのだが、なんとかできるかもしれないという回答が返ってきた」<br><br>「無理だろ」<br><br>「あぁ、その通りだ。だが、藁にもすがる思いで俺たちはその話に乗ったんだ。グスタフを失うわけにはいかなかったからな。そして、グスタフの遺体を会社に渡し、その代わりに２つの仕事を無償で引き受けた。ロシア国内のライバル会社の工場を襲撃と軍の研究施設を襲撃するという裏仕事だったんだが、それを終えてから数ヶ月経って、グスタフを別の人間に移して蘇生させたと連絡があった。それがお前だ」<br><br>「意味が分からない」<br><br>「だろうな。俺たちも半信半疑だった。並行してお前の経歴も調べてみたんだが、お前交通事故に遭っているみたいだな」<br><br>「あぁ。生死の境をさまよって何とか一命を取り留めたが、３ヶ月病院にいた」<br><br>「お前はその事故で死んでいる」<br><br>「はっ？」<br><br>　信じられない言葉がアインスの口から飛び出した。自分が死んだ？　今、自分は生きている。<br><br>「即死だ。車と壁に体が挟まれて、上半身は完全に押しつぶされている状態だったらしい。顔はきれいなままなのに。だが、グスタフは頭を撃ち抜かれて、脳みそはぐちゃぐちゃだった。この意味が分かるか？」<br><br>「分からない」<br><br>「あくまでも俺たちの推測だ。多分、グスタフとお前の体は一緒にされたんだ。頭から上はお前の。体はグスタフの。臓器もな。つまり、お前の脳とグスタフの体をくっつけたんだろう」<br><br>「本気で言ってるのか？　不可能だろ、そんなこと！　脊髄や神経系をどうやってくっつけたんだ！　脳とどう繋げるんだよ！」<br><br>「そんなこと俺にも分かっている！　だが、それしか説明の仕様がないんだ！！」<br><br>「落ち着け！」<br><br>　ツヴァイが２人を押さえる。<br><br>「すまん」<br><br>「いや、俺のほうこそ」<br><br>　頭を冷やしたのか、落ち着いた様子で２人が謝罪を述べた。<br><br>「俺の中にグスタフが現れたとき、殺されたと言っていた」<br><br>「……殺された？」<br><br>　アインスが納得のいかない様子で聞き返す。<br><br>「あぁ、俺もお前も、とな」<br><br>「お前は事故だろ」<br><br>「あぁ、ツヴァイ。だが、グスタフは確かにそう言った」<br><br>「クソ」<br><br>「アインス？」<br><br>「クソ、最初から仕組まれてた。移植をすれば、移植されたものを敵だと思って拒否反応が起こる。それがこんなにも上手く適合する体が手に入るか？　グスタフが殺されたのも、お前が事故に遭ったのも全て仕組まれたものだ。お前ら２人はお互いに適合しあう体だったんだ。だから、選ばれた」<br><br>「イーストレッジのクソ野郎！！！」<br><br>　ツヴァイがアインスの言ったことを理解して、窓ガラスを叩く。<br><br>「もういい。全部ぶちまけよう！　黒騎士もＢ．Ｅ．とイーストレッジの件についてはもう気付いているはずだ！　イタリアでＡ．Ｃ．Ｅ．も言っていただろ！」<br><br>　ドライも憤慨している様子だ。<br><br>「あぁ、まんまと騙された！！　黒いオーケストラを敵に回したことを後悔させてやる！」<br><br>「ハンス、どういうことだ？」<br><br>「思考がまとまらないのなら、整理していろ。お前もお前の両親もＢ．Ｅ．教団とイーストレッジ社に運命を狂わせられたんだ」<br><br>「ぶっ殺してやる」<br><br>「あぁ、その通りだ、ドライ。だが、敵はあまりに強大すぎる。まずは黒騎士と接触して、手を組むんだ。飛ばせ、ドライ」<br><br>　アインスの言葉でドライがアクセルを踏み込んでいく。馨は後部座席で静かに頭の中を整理しながら、憤慨している３人の様子を見守っていた。ツヴァイは助手席に飛び乗って、イライラした仕草でタバコを吸っていて、アインスはドライの肩越しに身を乗り出しながら、ひたすら罵倒の言葉を吐き続けていた。<br><br>　そんな３人の姿を後ろから眺めていると、奇妙なことに懐かしい感情が湧き上がって来るのが分かった。<br><br>　そして、静かに笑う。<br><br>　なぜ、笑ったのかは分からなかったが、見当をついた。<br><br>　グスタフが笑っているのだ。
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<link>https://ameblo.jp/tatsuboo/entry-11209001508.html</link>
<pubDate>Sat, 31 Mar 2012 11:15:50 +0900</pubDate>
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<title>Ｂｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒ　第７話　到達</title>
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<![CDATA[ 　激しい銃撃により、建物のあらゆるものが四散する。<br><br>「ＲＰＧ！！！」<br><br>　イェーガーの声の後に空気を切り裂くようなロケットの噴射音が頭上を飛び越え、爆発音と共に壁が吹き飛ばされる。<br><br>「クソっ！！　クソっ！！」<br><br>　爆風に激しく体を吹き飛ばされ、床に叩きつけられたブロッドは耳鳴りがする頭を手で叩きながら、ユーリの体に掴まりながら、なんとか体を起こすと視線の先に完全武装をした兵士が見えた。<br><br>　ＳＣＡＲを敵に向けると３連射して、敵の体に撃ち込む。苦しそうな声を漏らしながら、体をくの字にしてその場に倒れると、続いて２人の兵士が部屋に飛び込んできた。<br><br>　今度はユーリが腰に装備していた、バレルを極端に切り詰めたショットガンを取り出して発砲する。鮮血を撒き散らせながら、穴の空いた壁の外へとはじき出された兵士を見送りながら、部屋の奥へと撤退する。<br><br>「桐野はまだ生きているか！」<br><br>「生きています！」<br><br>　ヘルトの怒鳴り声にイェーガーが答える。Ｍ１４を自前でカスタマイズしたライフルで、外で動いている敵影に数発ずつ発射する。そして、桐野の襟元を掴みながらそのまま奥へと引きずっていった。<br><br><br>――――――――――――――<br><br><br>　３０分前<br><br><br>「よくこんなにも早く桐野を見つけられたな」<br><br>　タバコを口に咥えながら、ユーリから渡された資料を目に通すヘルト。<br><br>「マードックのお手柄です。新聞部の１人がからまれた不良から桐野に助けてもらったらしく、そのときの場所を洗っていたら、偶然接触しました。マードックが新顔だったのが幸いしました」<br><br>「俺たちだったらばれていたな」<br><br>　宅配便に偽装したトラックの中で、完全武装に身を包んだヘルトたちは、これから桐野の隠れ家と思われる廃病院までの道のりを走っている。<br><br>「お前がショットガンを持っているなんて珍しいな、ユーリ」<br><br>「はい、明親ではこれで命を救われました」<br><br>　そう言いながら、短く切り詰めてＭ３７をヘルトに見せる。<br><br>「突撃砲兵大隊の友人からのプレゼントです」<br><br>「あいつらは体重計の針が吹き飛ぶほどの重装備だからな」<br><br>　笑いながらユーリの肩に手を置く。<br><br>「フレデリック、情報部のほうはどうだ？」<br><br>「まだ連絡はきていない。だが、元公安部部長の身辺にきな臭い情報があるようだ」<br><br>「きな臭い？」<br><br>「これはまだ噂なんだが、私兵を飼っているっていう話だ」<br><br>「興味深いな」<br><br>　顎をさすりながらヘルトが唸る。<br><br>「それにそいつは元防衛事務次官とも親交があるようだ」<br><br>「なるほどな」<br><br>「目標まで５００ｍの地点です」<br><br>「よし、降りるぞ」<br><br>　運転手をしていたマードックの声で、ヘルトが指示を出した。エンジンを切って、車を路肩に乗り捨てると、目立たないように雑木林から目標の廃病院まで徒歩で移動する。<br><br>「廃病院とは考えたな」<br><br>「はい、大尉。ここは心霊スポットとしても有名だそうです。ですが、実際は経営難に陥り、院長が夜逃げ同然で蒸発したのが原因で手付かずのまま残っているそうです」<br><br>　ヘルトの言葉にユーリが答えた。その脇で何か言いたそうにしていたマードックにヘルトの目が移動する。<br><br>「新聞部で聞いた話ですが、ここは夜中になると看護士の霊が巡回しているとか、院長が蒸発したことにより、置き去りにされた患者の霊が彷徨うらしいですよ」<br><br>「よくある話だな。患者を置き去りにするなんて戦中でもあるまいし、ありえない。手続きで最寄の病院に転院されるはずだ」<br><br>「まったくです、閣下。しかし、この手の話は人々の噂から発生されます。もし、自分が置き去りにされてしまったら、イカレてしまいます」<br><br>「安心しろ、マードック。もう手遅れだ」<br><br>　ヘルトのジョークに一同が声を抑えながら笑った。<br><br>　雑木林を抜けると、目の前には異様な雰囲気を放つ廃病院が見えてきた。地元の若者が肝試しに侵入しているのか、辺りにはスナック菓子の袋や空き缶が転がっていて、それが一層閑散な雰囲気と不気味な臨場感を出している。<br><br>「ここに肝試しで入った大学生のグループが行方不明になるという噂もあり、そのせいで肝試し目的の侵入も減ったようですが、まだまだ頭のネジが緩い連中はいるようです、閣下」<br><br>「お前が言うな、マードック。それに本当に行方不明になったら警察がここを調べるはずだ。そんなことになったら、もし隠れ家としている場合、発覚される恐れがあるはず。どうせデマだろう」<br><br>「２階、東側から２番目の部屋に動きあり」<br><br>　イェーガーがインカムを通して、全員に報告した。それに今まで軽口を叩いていたヘルトたちが身構える。<br><br>　Ｍ１４に暗視スコープを付けて、病室の一角を見張っているイェーガーがヘルトのほうを向いて頷いた。それに頷き返すと、ハンドシグナルをユーリに送る。<br><br>　ユーリは低い姿勢のまま、駐車場跡の金網フェンスの前まで行くと、特殊な薬品を使って人が通れるくらいの大きさに円を描くように薬品を散布する。薬品が付着した部分から小さな煙が立つと、フェンスを掴んで、大きな音が出ないように２～３回揺らすと、薬品により溶かされ脆くなったフェンスが外れた。<br><br>　ユーリは外したフェンスを脇に追いやっているうちに、ブロッドが辺りを警戒しながら駐車場跡に侵入する。膝撃ちの姿勢で警戒していると、その後ろから次々と侵入し、最後の１人がブロッドの肩をぽんと叩くと、中腰のままブロッドが走り出す。<br><br>　車が１台もない駐車場では、ヘルトたちは身の隠しようがないが、漆黒の闇が彼らの姿を隠してくれる。窓ガラスの割れた病室の前まで来ると、暗視ゴーグルをつけたブロッドが物音を立てないように慎重に中に入る。<br><br>「見ろ」<br><br>　ヘルトが病室の外で門扉の脇を指差した。そこは肝試しに来る若者たちが侵入用にフェンスを壊した跡があり、そこからみんな出入りしているようだった。<br><br>「あそこにカメラが設置されている。廃病院に監視カメラとは、何から身を守るつもりなんだ？」<br><br>「エクソシストじゃないのか？」<br><br>「用心深い霊だな」<br><br>　フレデリックの冗談に静かに笑いながら、ヘルトは病室内に侵入した。ところどころにスプレーで落書きされた壁は風雨に浸食されて、壁面の表層が剥がれていた。医療器具と思われる金属製の道具が無残に床に転がっていて、臨場感はさらに増す。<br><br>「ユーリ、集音センサーを」<br><br>　短い言葉でヘルトが命令する。ボタンを押し、集音センサーを起動させると、ディスプレイの光が漏れないように手で覆う。そして、音を出さないように病室から出て行く仕草をすると、ユーリがディスプレイを見ながら、静かに部屋から出た。<br><br>　廃病院の廊下は担架が転がっていたり、埃をかぶって汚れたシーツなどが散乱していて、まさに肝試しにはうってつけの光景だった。<br><br>　ユーリはそのまま集音センサーを前に突き出しながら、廊下の先を歩いていく。しばらく歩いているとユーリが握り拳を作って、肩越しにその拳を上げた。止まれのサインだ。<br><br>「この上で音の発生源が」<br><br>　ヘルトたちは耳を済ませていると、水の流れる音が上から聞こえてきた。<br><br>「用を足しているらしい」<br><br>　ヘルトは右側を指差しながら言った。そこはトイレだった。下水道の構造上、下水管を１つにまとめるために１階から上は同じ場所にトイレがあるらしく、２階もその例に漏れなかったようだ。<br><br>「後ろを警戒しながら進め」<br><br>　ヘルトの命令にイェーガーが頷いて、ユーリの肩を叩く。それを合図にユーリは更に奥へと進んでいく。ディスプレイを見ながら歩いていくと、空き缶やまだ少し中身が残っているペットボトルが散乱していた。足元に気をつけながら歩いていくと、空き缶がコンクリートにあたる音聞こえてきて、全員が止まった。<br><br>　再び音がする。そして、不規則な音をしながら缶が転がる音が聞こえてくると、だんだんこちらに近づいてきた。ユーリはセンサーのスイッチを切り、闇に包まれた廊下の先を凝視する。すると、音の発生源である缶が目の前に転がってきた。<br><br>　どうやら階段から缶が落ちてきたらしい。そのあと階段を下りる足音が聞こえてくると同時に、奥の曲がり角から光が見えた。光はだんだんと大きくなっていき、壁が怪しく照らされる。<br><br>「両脇の病室に隠れろ」<br><br>　ヘルトが小さな声で命令すると、静かにそして素早い動作で病室内に入る。ドアの外れた入り口から顔を少しだけ出して、ヘルトが様子を見る。壁を照らす光をさらに大きくなり、懐中電灯を手にした男が出てきた。廊下を照らす光に顔を引っ込めて、懐中電灯に照らされた廊下に割れて散乱しているガラスを見た。光がガラスに照らし出されると、反射で自分の顔が映り込む。<br><br>　銃のグリップを強く握る。<br><br>「何やってるんだ、お前は」<br><br>　懐中電灯の主が言葉を発した。<br><br>「便所だよ」<br><br>「無闇やたらに音を立てるな。地下まで響いてきたぞ」<br><br>「どうせここには誰もこねぇーよ。この前来た大学生を驚かせてやった」<br><br>「人の気配がまずいんだよ。ほら、さっさとこい。桐野さんが話があるらしい」<br><br>「ふぅ……。悪かったよ」<br><br>「桐野さんに言え」<br><br>　舌打ちをしながら空き缶を蹴っていた男が懐中電灯の男に連れられて曲がり角の奥へと歩いていった。ヘルトは対面の病室に隠れたフレデリックに頷き、再び行動を始める。<br><br>「ビンゴだ」<br><br>「元公安部長と防衛事務次官の私兵も繋がりそうだ。腰にホルスターが見えた。恐らく自衛隊の９ｍｍ拳銃だろう」<br><br>「自衛隊の武器が横流しされているのか」<br><br>「隠居した老人の力だろうな。機密費扱いならあとはどうとでもなる」<br><br>　ヘルトたちは２人を追って、廊下を進んでいく。曲がり角でフレデリックが腰からコーナーショットを取り出す。<br><br>　コーナーショットとは、敵から完全に体を隠す目的で作られた武器で、銃の先が折り曲がる仕組みになっていて、角に合わせて銃口を向けることができる。<br><br>　フレデリックは銃口につけられてモニターで曲がり角の先をモニターで安全を確認すると、そのまま進む。後にヘルトたちが続いて、地下へと続く階段の前で止まった。<br><br>　ユーリが前に出て、再び集音センサーを起動するとディスプレイに反応があり、ヘルトに頷いた。それを合図にブロッドを先頭に階段を下りていく。地下の一番奥の部屋から光が漏れていて、周囲を警戒しながら、早足でその部屋の前まで移動する。<br><br>　ヘルトがドアの上にあるプレートを見ると、霊安室と書かれていた。ユーリは集音センサーをしまうと、小型ＣＣＤカメラを取り出して、モニターを見ながら慎重にカメラをドアの下の隙間に入れていく。<br><br>　部屋の中の様子は、武装した男２人が椅子に座りながらマンガ本を読んでいた。腰にはホルスターがあり、拳銃のグリップが見える。机には旧式の６４式７．６２ｍｍ小銃が木製ストックを下に立てられている。<br><br>　２人の服装はジャングルブーツを履いているが、黒いチノパンに作業着を着ていて、防弾ベストような類は身に付けていなかったが、別の机にはマガジンポーチや弾倉が無造作に置かれていた。<br><br>　霊安室の奥は隠し扉があるようで、低温を保つ遺体を収容する部分が微かに開いていて、その一角がまるごと扉になっているようであった。奥からは声が微かに漏れていたが、次に激しく叱責する怒声が響き渡る。<br><br>　ただごとではない様子に２人は席を立ち、耳を澄ますように奥の部屋へと静かに近づいていく。モニターを一緒に見えたヘルトは頷くと、素早くカメラを回収し、突入の準備をする。するとすぐに、何かがぶつかる激しい物音が聞こえてきた。<br><br>　これを合図に一気に部屋に侵入する。物音に気を取られていた二人はすぐ後ろに近づかれるまでヘルトたちに気付くことができず、素早い動作で気絶させられた。<br><br>　２人を武装解除した後、音を立てないように隠し扉の前まで歩いていくと、ブロッドがフラッシュバン（閃光手榴弾）を手に取る。そして、指で３カウントすると、隠し扉を開いてフラッシュバンを投げ込む。数秒後、激しい炸裂音が響き、その後に室内に押し入った。<br><br>　爆音と激しい閃光により五感が麻痺してフラフラしている男たちを殴って武装解除すると、椅子から転げ落ちて這うようにしている桐野を発見して、ヘルトは腹に蹴りを入れた。<br><br>　苦しそうにうめき声を上げると、フレデリックが髪を掴んで強引に立たせる。そして、近くにあった椅子を引きずってくると、乱暴にそこに座らせて、殴る。<br><br>「久しぶりだな、桐野明俊」<br><br>　愉快そうに笑みを浮かべながら、ヘルトが桐野の腹を殴る。<br><br>「がはっ……。ぐ、……、明親の一件以来だな、ヘルト」<br><br>　桐野はフレデリックに殴られたため、口の中が切れて、口の端から血が滲んでいたが、気丈に振舞っていた。<br><br>「ようやく見つけたぞ。霊安室に隠れているとは、いつでも死んでもいいようにか？」<br><br>「この病院で一番不気味で一番の最奥だ。道の途中で怖がらせりゃ、誰も近寄らない」<br><br>「考えたな。しかし、公安部長と防衛事務次官のご隠居と懇意にしていたとは、正直驚きだ」<br><br>「力がなければ、なにもできない」<br><br>「ごもっともだ」<br><br>　桐野は腹を抑えながら、椅子に座りなおした。ジーパンにシャツというラフな格好だが、他の男たち同様に９ｍｍ拳銃と６４式を装備している。<br><br>「再会の喜びを抱き合って分かち合いたいが、まず貴様がなぜＧＲＵと行動を共にしていたのかが聞きたいのでな。答えてくれるか？」<br><br>「公安部は前からロシア政府が日本国内で不穏な動きをしているのを察知していた。俺は藤堂じいさんの命令で奴らの計画をめちゃくちゃにするために協力者として接触したんだ」<br><br>　桐野が素直に喋ることはヘルトにとって意外なことだった。フレデリックと顔を見合わせると桐野が言葉を続ける。<br><br>「もちろん、お前らのことは藤堂じいさんから聞かされていた。初めは敏腕の傭兵集団のリーダーと聞かされていたから、第二次世界大戦の生き残りと後で聞かされたときは驚いたぞ」<br><br>「そんなこと言っても誰も信じないからな。で？　あの武装集団を作ったのはお前か？」<br><br>「いや、違う」<br><br>「嘘をつけ、桐野」<br><br>「フレデリック・エルンスト、と言ったか。俺は母校で血を流させようとなんて思わない。別の奴だ。あれは、俺を信用していなかったＧＲＵがもう１人自称元自衛官という茶番野郎を計画に組み込ませたんだ。そいつのほうが頭がイカレたんだが、ヘルトらの行動の自由を制限させようと目論んで、あんなことさせた。失敗で後がなくなったそいつは、警察署を占拠する暴挙にでたが、頭で物事をよく考えない奴の末路だな」<br><br>「まったくだ。お前は他の奴らよりも少しばかり頭が賢い」<br><br>「桐野、俺たちと派手に銃撃戦を仕掛けた後はどうしていた？　あの交差点でのだ」<br><br>　ヘルトの問いに思い出しながら少しずつ言葉をつむぐ。<br><br>「あ、あぁ、あれか。あれが最後のＧＲＵとの接触だ。藤堂じいさんの目的は黒騎士とＧＲＵ、第８親衛軍の正面衝突だ。俺たちじゃ、手の余る連中だからな」<br><br>「毒は毒で制するか」<br><br>「そういうことだ。俺は怖くなって、ＧＲＵの人間を射殺して逃げたことにして姿をくらませた。あとはお前らが明親で戦った通りだ。ＧＲＵの連中は独断専行を第８親衛軍に咎められて、明親では最前線に放り込まれたらしいがな。そいつの目と引き換えにバラバラになっちまったよ」<br><br>　桐野はブロッドを指差すと、鼻で笑って返される。<br><br>「県庁職員が襲われる事件があっただろ？」<br><br>「あぁ、あのカルト集団の奴らな。あれはたまたまだった。聖ブレストンのＯＢやＯＧが襲われていることから、狙われる可能性のある人間の身辺調査に尾行していたら、たまたま遭遇した」<br><br>「１人でよく太刀打ちできたな」<br><br>「不意打ちだったからな。それに奴らはヤクをきめて命令どおり動くド素人の首無しだ」<br><br>「はははっ、こいつユーモアも分かるらしい」<br><br>　面白そうにタバコに火をつけながら、フレデリックが言った。<br><br>「お前らに敵対するような行動を取ったのは、ＧＲＵのいる手前もあるし、なにより黒騎士を撹乱させるためだ。すぐにばれるとは思ったが、第８親衛軍との衝突までもてばいい。お前らに殴られるかもしれないが、目的こそ俺たちと同じだったんだよ」<br><br>　桐野がそう言った直後、ヘルトに思い切り殴られた。<br><br>「今のは、今まで貴様に騙されたムシャクシャだ。気にしないでくれ」<br><br>「あぁ、特別に水に流そう」<br><br>　そのとき、遠くの方で爆発音が聞こえてきた。微かではあったが、地下の霊安室まで音は響いてきたのだ。<br><br>「奴らだ」<br><br>「Ｂ．Ｅ．か」<br><br>　ヘルトの問いに無言で頷く。<br><br>「目を付けられた。奴らのディナーをおあずけにしたからな」<br><br>「お友達は慎重に選んだほうがいい。お前１人で行動していたら、俺たちがここに来るのももっと遅くなっただろう」<br><br>「１人は寂しいんでな」<br><br>　続いてけたたましい衝突音が聞こえてくる。ユーリが武装した男を拘束したまま、近くにある監視カメラのモニターを見た。<br><br>「まずい。奴ら敷地内に侵入してきたみたいです。トラック３台、中隊規模です。敵は重装備、アサルトライフル、スナイパー、対戦車ミサイル」<br><br>「どうやら裏口にも回られたようですよ、閣下。動きから見て、こっちが本命でしょうね」<br><br>　マードックが呑気な声で別のモニターを見ながら言った。<br><br>「そういえば、そいつは新顔だな。くそ、買出しに行ったとき、そいつに会ったぞ」<br><br>「あぁ、ロバート・マードック。頭はイカレてるが腕は確かだ」<br><br>「よろしく」<br><br>　満面の笑みで親指を立てるマードックに、桐野は苦笑いで頷いた。<br><br>「よし、お前ら武器を持て。生き残るには奴らと戦うしかないぞ」<br><br>「ヘルト大尉、よろしいのですか」<br><br>「ユーリ、こいつらが生き残るには俺たちと戦うしか道はない。それに頭数は多いほうがいいに決まってる」<br><br>　ヘルトの言葉を合図にしたかのように、今まで拘束していた男たちを離す。<br><br>「戦いだ。お前ら、準備しろ」<br><br>　桐野の言葉に頷いて、マガジンポーチなど装備し始める。<br><br>「実戦経験は？」<br><br>「俺だけだ」<br><br>　ヘルトの質問に武装をしながら桐野が答えた。<br><br>「だが、度胸はある」<br><br>「７．６２ｍｍを撃ったことは？」<br><br>「訓練ではあるが、実戦ではやはり俺だけだ」<br><br>「おい、貴様ら。あんまり撃ちまくるなよ。反動が強いから、銃身が跳ね上がる」<br><br>　フレデリックが忠告を与えると、隠し部屋から出て行った。階段を勢いよく駆け上がると曲がり角を曲がった直後にクリアリングしているＢ．Ｅ．の兵士たちが目に入った。<br><br>　素早くＳＣＡＲを目の高さまで持っていき、ホロサイトで敵を照準する。１連射すると、敵の一団は膝から崩れ落ちながら、倒れた。<br><br>　その直後廃病院の外から激しい銃撃にさらされる。フレデリックは短い悲鳴が聞こえたかと思うと、首を押さえながら崩れ落ちる男を見た。何が起きたか分からないような顔をしながら、最後にフレデリックと目が合うと、その目から光が消えた。<br><br>「姿勢を低くしろ！　この男と同じ目に遭うぞ！」<br><br>　フレデリックの怒声で男たちが死体を見る。さっきまで頼もしい表情をしていた男たちの顔から血の気が失せて、手が微かに震えているものも出てくる。<br><br>　溜め息を一つついて、病室の壁を盾にしながら、窓に向かって銃を乱射する。血の飛沫が窓枠に付着するのを確認して、隣の病室まで走っていった。<br><br>「ＲＰＧ！！！」<br><br>　イェーガーの声で素早く床に伏せる。後ろのほうで爆発音が聞こえてきたと思うと、男が１人吹き飛ばされてきた。即死ではあったが、爆発の破片で腹がぱっくりと切り裂かれていて、中のものが飛び出ていた。<br><br>「クソっ！！　クソっ！！」<br><br>「ブロッド、しっかりしろ！！」<br><br>　ブロッドがユーリの体に掴まりながら、その場を離れる。<br><br>　廊下の向こうから敵が走ってきて、フレデリックは体の上半身を狙って発砲する。<br><br>　先頭の男が短い悲鳴を上げながら後ろに倒れる。銃を乱射しながら倒れたので、隣にいた敵に命中し、壁に血飛沫が飛んだ。<br><br>　病室から飛び込んできた敵をヘルトがＳＣＡＲのストックで殴りつける。そして、怯んだところに数発打ち込むと、そのまま床に倒れこんだ。それと同時に２人目が飛び込んできて、左手でナイフを取り出すと、首に刺す。<br><br>　苦しそうなうめき声を上げながら、ヘルトの手に生温かい血が伝う。<br><br>「桐野はまだ生きているか！」<br><br>「生きています！」<br><br>　イェーガーは窓の向こう側から走ってくる敵を素早く照準しながら、確実に仕留める。７．６２ｍｍの威力により後ろに弾き飛ばされるように倒れる。そして、背中越しに押し込んだ桐野を安全な地点へ引きずった。<br><br>　桐野は６４式を連射しながら、襟をイェーガーに掴まれたまま奥へと引きずられていく。<br><br>「貴様には生きてもらわないと困る！　あまりですぎた行動はするなっ！！」<br><br>「ふざけんなっ！　もう俺の仲間が３人も死んでるんだぞっ！　あいつらを優先的に助けろ！」<br><br>　叫び声を上げながら、桐野を押し込んだ廊下に男が倒れてきた。肺に２発の銃弾を受けていて、息も絶え絶えだ。男は桐野と目が合うと弱々しく手を差し出す。その手を桐野がしっかりと力強く握ると、安心したような顔をして、息を引き取った。<br><br>「どうだ仲間を看取った気分は？」<br><br>　憎悪のこもった敵意ある視線を桐野はイェーガーに送った。<br><br>「俺たちは何回も経験がある」<br><br>　イェーガーはそう言って、体を半分だけ出して敵に銃撃を加える。<br><br>「フレデリック、ユーリ！　後ろを頼む！」<br><br>　ヘルトの指示でイェーガーの横を２人が駆け抜けていった。裏に続く扉は大分侵食していて、普通では開きそうもなかったので、そのまま運動エネルギーを最大限活用して、蹴破ろうとした瞬間、爆発により２人は吹き飛ばされた。<br><br>　白い煙と耳鳴りの中、扉から武装した男たちが飛び出してくる。イェーガーはすぐさま攻撃を加えて、１人が操り人形の糸を激しく上に引っ張ったような動作で倒れこむ。フレデリックは激しい閃光でよく見えない視界の中、ホルスターから拳銃を抜き取り、次々と入ってくる敵に向かって撃つ。<br><br>「フラッシュバン！」<br><br>　ユーリが叫ぶと、ピンを抜いて扉の向こう側へと投げ入れる。爆音と閃光の中でうめき声が聞こえてきた。フレデリックとユーリは飛び起きると、まだおぼつかない足取りで閃光で怯んでいる敵を始末した。<br><br>　正面のほうで再び爆発が起きる。今度は大きいもので、正面玄関側は病室ごと吹き飛ばされた。<br><br>「敵が侵入してくる！！　馬鹿でかい入り口作りやがったぞっ！！」<br><br>　ヘルトが怒鳴り声を上げながら、白煙と車のライトに映し出される黒い影に向かって連射する。瓦礫の上に幾つかの死体の山を作ると、まだ攻撃を加えている桐野の仲間を引っ張って、後退させた。<br><br>「いいか、貴様ら！！　生き残りたかったら、動くものは全部撃て！！　あっち側に味方はいない！」<br><br>　その言葉に頷いて答えると、闇に動く姿を探して銃撃を加える。<br><br>「閣下！！」<br><br>　何かを抱えながらマードックがヘルトのところへと駆け寄ってきた。<br><br>「敵のＲＰＧを頂いてきました！！」<br><br>　短く敬礼をするマードックの左手にはＲＰＧ－７が握られていた。<br><br>「弾薬は？」<br><br>　その問いに背中を見せて答える。ベッドのシーツを切って、簡易ロープを作ったマードックはそこにＲＰＧの弾頭を縛り付けていた。<br><br>「いいぞ、マードック。敵は暗視ゴーグルを持っていないらしい。車両をやれ」<br><br>「イエッサー！！」<br><br>「マードックを援護しろ！！」<br><br>　ヘルトの命令でマードック周辺の敵が一斉に排除される。ブロッドはその後ろについていき、前から来る敵を排除する。瓦礫と敵の死体をバリケードにして、ＲＰＧで敵の車両に狙いをつける。<br><br>　つんざくようなロケットの噴射音のあと、爆炎を吐き出しながらトラックが上に持ち上げられて爆発した。その影響で近くにいた敵は爆発に巻き込まれて吹き飛ぶか、トラックの下敷きになった。<br><br>「奴ら逃げないのか！？」<br><br>　男の一人が叫んだ。<br><br>「どこへ？」<br><br>　フレデリックが無表情で答える。まだ生き残っている病室の窓から更に敵が入ってくる。半身だけ飛び出して、連射すると弾が切れた。ベッドの上に折り重なるようにして事切れた敵の上に、また敵が飛び込んでくる。<br><br>　素早い身のこなしで壁に隠れると、空になった弾倉を捨てて、新しいものを入れる。しかし、装填をする前に敵が病室から出てきた。先ほど叫んだ男が叫び声を上げながら銃を乱射する。<br><br>　７．６２ｍｍ弾を何発も受けて、辺りに血を撒き散らせると、６４式が弾切れになって初めて床に倒れた。続いて銃を乱射しながら飛び込んできた敵を、フレデリックが銃身を掴んで天井に向ける。銃弾により剥がれた壁面がバラバラと頭の上に落ちてきた。弾切れになったところで銃を取り上げると、首を掴んで引きずり、首の骨を折る。<br><br>　すぐさまレバーを引いて、薬室に弾薬を装填するとＳＣＡＲだけ病室内に出し、連射する。<br><br>「右から敵がっ！！」<br><br>　男の声を確認すると同時に、左手で腰にあるコーナーショットを取り出して１発放った。仰け反りながら倒れこみ、頭から地面に着地する。<br><br>「口に出す前に撃てっ！！」<br><br>　フレデリックの怒号にフルフルと何回も頷く。<br><br>「ユーリ行くぞ！！」<br><br>　マードックの援護を終えて、再び裏口へと侵入を開始する。裏口方面には患者たちのコミュニティースペースがあり、出た場所はナースステーションの出入り口であった。そこに入った瞬間、コミュニティースペース激しい銃撃に遭い、床に伏せながらナースステーションを遮蔽物にして前に進む。<br><br>「ＨＥグレネード！！」<br><br>　ユーリの声でフレデリックが援護のため、連射をした。その間にＳＣＡＲの銃身下部に取り付けられた４０ｍｍグレネードを発射する。ユーリは発射してすぐにナースステーションの隠れると、爆発音と一緒に炎が迫ってきた。<br><br>　火達磨になりながら敵が断末魔の叫ぶ声を上げる中、再び頭を上げて攻撃を加える。火達磨になっている敵は松明代わりとなり、明るく照らし出されたコミュニティースペース内で、まだ攻撃が可能な敵を射殺していく。<br><br>「どうして奴ら、修道衣を着ていないんだっ！！」<br><br>　フレデリックが次々と襲い掛かる敵に銃撃を加えながら喚き散らした。確かに敵は修道衣のようなものは着ておらず、目と口に穴を開けたマスクを被っていて、武装は正規軍のそれだ。<br><br>「分かりません！　それだけ本気ということなんでしょうか！」<br><br>　ユーリがＨＥグレネードを装填しながら答えた。目でフレデリックに合図を送ると、敵が湧いて出てくる、コミュニティースペースと病棟との連絡通路を狙って、グレネードを発射する。<br><br>　ポンという小気味いい音がすると、扉を突き破ってグレネードが爆発する。爆発の影響で扉が炎に包まれながら吹き飛び、奥から叫び声と悲鳴が聞こえてくる。<br><br>　そこにヘルトたちが合流してきた。桐野の仲間は２人に減っていて、ブロッドを後方警戒しながら、ナースステーションに隠れる。<br><br>「ヘルト、奴ら正規軍と同じ格好をしている」<br><br>　ヘルトと合流したフレデリックはナースステーションの台を盾にして、新しい弾倉に交換する。<br><br>「あぁ、俺も気になっていた。奴らは信心深い連中だ、必ずと言っていいほどこういう時には修道衣を着て、儀式めいたことをするはずなんだが」<br><br>「Ｃ４を爆破させる！！」<br><br>　ブロッドの怒鳴り声で全員が身構える。起動スイッチを入れると凄まじい爆風と爆音が彼らを襲う。ヘルトたちを追ってきた敵はコミュニティースペースへと続く裏通路ごと吹き飛ばした。爆発の影響で２階部分が崩落して、通路は完全に遮断され、敵は新たな道を探すことを余儀なくされた。<br><br>「儀式めいたことをやっていたということは、これは儀式じゃないのか？」<br><br>「可能性はある。奴らはいつも標的の頭を持っていくが、今回は持っていく気がないから修道衣じゃないのかもしれん」<br><br>「だとしたら」<br><br>「あぁ、フレデリック。奴らは俺たちを一人残らず殺す気だ」<br><br>「俺は恨みを買っちまったから仕方がねぇな」<br><br>　６４式の弾倉を交換しながら、桐野が話に入ってきた。<br><br>「だが、お前たちは違うだろう。奴らにとってお前らは計算外のはずだ。藤堂のじいさんも言っていたが、裏世界ではお前らは有名だ、特にヘルトがな」<br><br>　そう言って桐野は突進してくる敵に容赦ない銃撃を加える。少しは訓練を施されたようなのだが、１～２人の敵を倒すのに弾倉を１つを使っているため、あまり効率がいいとは言えない。<br><br>「敵を撃つときは最小面積を出して撃て！　それともっと弾薬を節約しろ！　７．６２ｍｍ弾を持っているのはイェーガーだけだ！　弾を分けることはできないぞ！」<br><br>「弾がなくなったら死んでる奴から使う！」<br><br>「お前、ＡＣＲは使ったことがあるのか？」<br><br>　敵の武器はブッシュマスターＡＣＲだ。普通の民間人が手に入れることのできる銃ではない。<br><br>「トリガー引けば、弾が出てくるだろ！」<br><br>「馬鹿！　体を出しすぎだ！」<br><br>　フレデリックの馬鹿力で桐野が引き戻される。続いて手榴弾の炸裂音が響いてきた。<br><br>「ユーリがグレネードと叫んだだろ！　破片に当たらないように身を隠せ！」<br><br>「訓練では手榴弾は投げたことしかなくてな」<br><br>「馬鹿野郎！」<br><br>「いい、フレデリック。桐野、もう１人のＫＩＡの井上一もこのグループなのか？」<br><br>「いや、違う」<br><br>　ヘルトの言葉を桐野は即座に否定した。<br><br>「あの人はさんざん聖ブリストルを引っ掻き回したが、普通に大学を卒業して、普通にサラリーマンとして働いてるよ」<br><br>「Ｂ．Ｅ．との関連もなさそうだな」<br><br>「関連があるのは、聖ブリストルのほうだろ？」<br><br>「なんだと？」<br><br>「気が付かなかったのか？」<br><br>　ヘルトの怪訝そうな顔に桐野は驚きの声を上げた。<br><br>「お前が見落とすとは思わなかった。聖ブリストルの正式名称分かるか？」<br><br>　その瞬間ヘルトの顔が悔しそうな表情で歪んだ。<br><br>「クソっ！！　クソっ！！　何でこんな簡単なことを見落としたんだ！！　そうだ、聖ブリストル・エッジ学院高校！　頭文字はＢ．Ｅ．だ！」<br><br>「簡単なものほど見落としやすい。お前は先のことまで考えられるから陥りやすい失敗だが、俺はそこまでの頭はない。だから、簡単なものしか見つけられない」<br><br>「だが、ヘルト。Ｂ．Ｅ．の頭文字なんてそれこそ世の中に頒布されている。それを１つ１つ当たっていたら、それこそきりがない」<br><br>「違う、フレデリック。お前も分かっているはずだ。聖ブリストルのＯＢやＯＧが相次いで狙われたこと、これは学校が奴らの供給源になっていた。そして、奴らは見境もなく頭を狩っているのにも関わらず、大半がここに集中していること。頭のいい連中を探すんだったら、関東や関西にいったほうが早いのにも関わらず、なぜ北陸の地方都市に集中するんだ。だから、俺たちはここに来たんだろう」<br><br>「その通りだ。そして、敵はＢ．Ｅ．という２文字にこだわっている。間接的にＢ．Ｅ．の名を誇示したいんだろう。そうなると自己顕示欲の強い野郎だ」<br><br>「イーストレッジ社。世界最大の製薬会社で本社はイギリスのブリストルの端。つまり、ブリストル・エッジだ」<br><br>「イーストレッジ家の裏家業か。あそこは代々当主の名前はＢだ。現会長はバーンズ・イーストレッジ、より安全な全身麻酔を提供し、イーストレッジ家の威光と資産を更に増やしたカリスマ」<br><br>「なにがより安全な全身麻酔なんだ。後ろ暗い製作秘話のあるＢｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒ（ブラックエーテル）だ。そうして人を人と思わない所業の末に生まれたものだろう。だから、俺たちはＢｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒなんて言わない。Ｂｒａｉｎ　Ｅａｔｅｒ（ブレインイーター）と嫌悪を込めて呼ぶ」<br><br>「じいさんから聞いたことがある。奴ら、人の脳みそを食べるだとか」<br><br>「Ｂ．Ｅ．教団の教義は全知全能なる智だ。完全なる異端集団。グノーシス主義から大昔に派生したようだが、大迷惑だろうな」<br><br>「難しいことはよく分からないが、敵が分かったんだろ？　あとは生きて帰ろう」<br><br>「お前が言うな」<br><br>　フレデリックが桐野の頭を小突いた。<br><br>「俺たちにたてついたことを後悔させてやる」<br><br>　ヘルトが不気味な笑みを浮かべながら、呟いた。<br><br><br>　廃病院は老人介護施設も兼ねていて、より広大な敷地を必要としていたために、人里離れた場所に建設されていた。そのため、この日の銃撃戦は匿名の電話が入るまで誰も気付かず、一番近くの住民も花火かと思っていたらしい。<br><br>　市の計画で病院の撤去計画が持ち上がっていたが、予算上の問題で先送りになっていた。しかし、この戦闘で病院が半壊し、特に裏側の敷地は当時の老人介護施設の目玉であった広大なコミュニティースペースが跡形もなく吹き飛んでいて、とても危険な状態であり、たとえ予算がなくてもやらざるを得ない状況となった。<br><br>　そして、この戦闘での犠牲者は５０人近くにまで上ったのだが、犠牲者は一様にヨーロッパ系の外国人であり、なぜこのような地方都市で戦争ができるほどの装備を有した武装集団がいたことに、地元警察は頭を傾げている。
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<link>https://ameblo.jp/tatsuboo/entry-11198362984.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Mar 2012 13:05:03 +0900</pubDate>
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<title>ｂｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒ　第６話　ＩＲＡサイド</title>
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<![CDATA[ 　聖ブリストルの生徒はヘルトたちが颯爽と歩いていく様子を何回も見た。常に気高く、気品する感じさせるその様に憧れを抱いた生徒も少ないくない。しかし、これほどまでに背筋が凍るような、言葉を失うような、こんなにも恐ろしく感じることは初めてだろう。<br><br>　今、ヘルトは学生としての身分を演じているわけではなく、幾度となく潜り抜けた修羅場を重厚な軍靴で渡り歩いた軍人としての姿である。ヘルトを案内しているＩＲＡ派の生徒も、後ろから感じる言いようのない圧倒的な恐怖感に、拳に力を入れてただ耐えることしかできなかった。<br><br>　話はほんの数分前のことである。ヘルトがＳＡＳ、ＩＲＡ各陣営にスパイの指示を送った後、フレデリックと話をしているときに、ＩＲＡ派の生徒が教室まで来たのだ。迎え役を引き受けた２人の生徒は、生徒会に勝つための切り札だから、なにぶん丁重にお迎えしろ、という指示を受けてきた。<br><br>　ＩＲＡの急進派である出納長天川の虎の子たちが屈辱的な手段で打ち負かされたこともあり、自治会内部でもタカ派とハト派で意見が二分された。今回の案内役もタカ派だったが故に釘を刺されてきたのだが、そのような憎しみ感情もどこかに消え去った。<br><br>　隣にいるもう１人の案内役のほうを見る。向こうもこちらの視線に気付き、顔を向ける。お互い何を考えているかはその表情ですぐに分かった。<br><br>　とんでもない奴らを案内している。<br><br>「遅くなりました」<br><br>「急な呼び出しですまなかったな。どうだった、鷲崎は？」<br><br>　駆け足でヘルトとフレデリックにユーリとブロッドたちが合流した。<br><br>「はい。大学生ですね。すごい美人に変わりましたよ」<br><br>「まさかブロッドの口からそんな言葉が出てくるとはな。俺も時間が空いたら、一目見に行ってこよう。それで生徒会は？」<br><br>「会長の神川はやはり他とは違いますね。正しいものはすぐに受け入れるという柔軟さ、それに口数こそ少なかったですが、賢さの片鱗は感じました。他の役員たちも神川に心酔している様子です。<br>　副会長の神童アキにも接触しましたが、じゃじゃ馬の印象が強いです。例えるなら、山本双葉、ですかね」<br><br>「双葉か、懐かしい名前だな」<br><br>　氷のような無表情だった顔が微かにほころんだ。昔を懐かしんでいるのだろう。しかし、すぐに表情を引き締めて、前を睨むような鋭い視線に変わった。<br><br>「ユーリにも伝えさせたのだが、俺たちはこれから自治会側の本部へと向かう。用件は頑なに口を閉ざしてはいるが、どうせ生徒会に先を越される前に、俺たちを引き抜こうという魂胆だろう。フレデリックが凄んでも用件は言わなかったんだから、この２人は大したもんだ」<br><br>「どうかな。ビビって何も喋れなかったんだろう」<br><br>「それは言うなよ、フレデリック。さて、ＩＲＡリーダーの石神井（しゃくじい）がどんな野郎なのか見極めてやろうじゃないか」<br><br>　自治寮まで到着する間、ヘルトたちはこの会話を最後に日本語を使うのやめた。２人にとって背中越しに恐怖を振りまいている相手が、ついには自分が分からない言語で会話をしていることに殊更の恐怖を感じた。日本語での何気ない会話で２人に非のある行為なら、すぐさまその場で直すことはできるのだが、それができなくなった今、冷や汗は止まることを知らなかった。<br><br>「こちらに寮長の石神井、副寮長の龍崎、出納長の天川がいます。詳しいお話はこの３人からお聞きください」<br><br>「あぁ、ご苦労だった」<br><br>　ヘルトは短い言葉で労を労うとノックをして、部屋に入っていった。２人は全員が部屋に入るまで姿勢を崩さずに、様子を見ていたのだが、最後の１人が入ったところで大きな溜め息をついた。<br><br>「君がヘルト君だね。いやぁ、急にお呼び立てしてすまないね」<br><br>　部屋に入ると、正面には簡単な事務机が置いてあり、そこに寮長の石神井がその両脇に副寮長と出納長が立っていた。<br><br>「で、用件は？」<br><br>「単刀直入だな。まぁ、いいだろ。ならば、こちらも単刀直入にいかせてもらおう。先日、そこの２人が我々の生徒に襲撃された件だが、まず謝っておこう。申し訳なかった」<br><br>　石神井の言葉のあとに天川が頭を下げた。<br><br>「別にいいさ。暇つぶしにもならなかったがな」<br><br>　ぶっきらぼうにブロッドが答え、石神井は苦笑いを浮かべた。<br><br>「手厳しいな。あの件は天川出納長も把握していなくて、いわゆる現場の独断専行だった。だから、自治寮側としてあの件は、非常に不本意な結果であるのでね。もちろん、君たちが生徒会側に流れてしまうのも非常に不本意だ」<br><br>「率直だな」<br><br>「まぁ、時間が惜しい。君たちを生徒会に取られたくない」<br><br>「それで？」<br><br>「ＩＲＡの勝利に貢献して欲しい」<br><br>「俺たちにメリットでもあるのか？」<br><br>　ヘルトが集められた部屋は自治寮内での活動を行うための自治会室と呼ばれるものであり、いわゆる生徒会室と大差はない。しかし、自治会室は部屋の半分は物置小屋であり、申し訳程度の小さな机と応接室での処分品をそのまま流用したような、古くて貧相なソファがあるだけだった。<br><br>　ヘルトはそこに飛び込むように座ると、横柄な態度で足を組み、不気味な笑みを浮かべながら石神井を見つめる。その態度に天川が表情で嫌悪感を示したが、何とか堪えて唇を噛んだ。<br><br>「メリット。正直、君たちに与えられるメリットというものは少ない。しかし、君たちには極上のスリルを与えよう？」<br><br>「スリル？」<br><br>「そうだ、ヘルト君。数年前、我々は生徒会に妥協を強い、統治上の勝利を得ることができた。しかし、それは事態を泥沼化する引き金にもなった。こうも膠着状態が続くと打開するためには、少々強引な手を使うしかない」<br><br>「それはできないだろう。これはチェスみたいなものだ。格闘技と謳われてはいるが、ルールにのっとったもの。ウルトラＣも可能だが、ルールに反すれば窮地に立たされる」<br><br>「その通り。いや、実に理解が早い。長年、この抗争に身を置いている生徒たちでも、そこまでこの抗争の本質を理解していないものは残念ながら存在しているんだ。先日の襲撃事件のように。そこで僕から１つ提案だ」<br><br>　石神井が悪戯っぽい笑みを浮かべながら、身を乗り出した。<br><br>「僕たちはルールにのっとって、色々な活動をするよ。その裏で、君たちには不正規戦を行ってもらいたい。その頭脳と我々の攻撃部隊を簡単に蹴散らした力があれば、不正規戦も不可能ではない」<br><br>「なんでお前らでやらないんだ」<br><br>「分かりきっているくせに。この対立構造ができてから、一度たりともそのような不正規戦はなされていないんだぞ？　おかしいと思わないか？　神川の姉が言った屈辱の合意以降、双方は明確な決め手を欠き、ダラダラとした小競り合いがずっと続いていた。生徒会は知らないが、我々の間でも不正規戦を展開するというアイデア自体はもう何年も前から存在していた。<br>　しかし、我々にはそのアイデアが合っても、実行するための力がないんだよ。だから、僕は自治会に入ってから、不正規戦専用の部隊を作り上げていた。だけど、何の因果かは知らないが、その手塩にかけた不正規部隊は、君たちのたった２人の人員によって完膚なきまでに叩きのめされてしまった」<br><br>「てめぇ、俺たちを試したんだな？」<br><br>　ブロッドが首を傾げながら、睨む。その表情にさすがの石神井も一瞬怯んだ。<br><br>「誤解しないで頂きたい。不正規部隊は不正規戦自体に理解を示す者たち、つまり全員タカ派だ。不正規戦のために組織したのに３年間も戦いの舞台がなく、ついにそれが弾けてしまったんだ」<br><br>「それには一定の理解を示そう、石神井寮長。闘犬を鎖に繋いだところで、その渇きを潤すのは戦いだけだ」<br><br>　ヘルトの言葉に石神井は耳まで裂けそうなほどの不気味な笑みを浮かべた。<br><br>「いい！　実に素晴らしい！　それでこそ僕の見込んだ男たちだ！」<br><br>「聖ブリストルは新たに寮を拡張させる計画が立っています。その１号棟は既に建設に移っていますが、新たに体育館とトレーニングルーム、そして部活動の生徒のための寮も建設予定です。我々はこれを好機とみなし、不正規活動によって、自治寮から生徒会に所属する生徒たちを駆逐し、新たに建設される寮へと押し込む作戦を立てています。<br>　元々、生徒会は少ない寮の区間から苦肉の策として、部活動に積極的に参加させ、そちらの寮に生徒会役員を住まわせている状態ですが、今回は完全にここから追い出そうと考えています。そのためには……」<br><br>「ＫＩＡの計画を実行に移す」<br><br>　龍崎の言葉をヘルトが遮った。その言葉に３人は目を丸くした。一瞬間をおいて、石神井が咳払いをした。<br><br>「驚いた、想像以上だ。そこまで知っていたか」<br><br>「いや、知らないさ。予想してみただけだ」<br><br>　石神井がさらに驚いた顔をして、両手を大げさに広げた。<br><br>「聞いたか、お前ら？　予想してみただけだと？　これは大した逸材だ。生徒会に取られるわけにはいかないな。どう思う、天川？」<br><br>「正直、態度は気にいらないが、相当頭の切れる奴らしい。迎え入れなかったら馬鹿だ」<br><br>「勝手に話を進めるんじゃない、“馬鹿”共」<br><br>　けだるそうな仕草で強引にネクタイを取ると、ブレザーのポケットに押し込み、フレデリックは両手を腰に当てて、３人を睨んだ。<br><br>「俺たちはお前らと手を組むために来たんじゃない。情報を得に来たんだ」<br><br>「情報？」<br><br>「俺たちの欲している情報はただ１つ。ＫＩＡだ」<br><br>「一筋縄ではいかないとは予想していましたよ」<br><br>　龍崎が不気味なほどの無表情でフレデリックを見た。<br><br>　ドアから男子生徒たちがぞろぞろと入ってくる。ヘルトたちは囲まれた形になった。<br><br>「もちろん、我々のことは既に調査済みでしょう？」<br><br>「君とは話が合いそうだね、龍崎君。明親学園でも聖ブレストンの名は聞いていた。とりわけ君らは剣道や柔道とった、武道に強い」<br><br>「確かユーリさんと言いましたか。それを知っていてこちらに飛び込んできたのですか？　ロバート・マードックという男はここにいないようですが、彼がキーパーソンとか？」<br><br>「まさか。マードックはただのイカレ野郎だよ」<br><br>「では、無策で？」<br><br>「均衡した状況を打ち破るのは、優れた頭脳か抜群の力だ」<br><br>「力は我々にあります」<br><br>「それはどうだろうね」<br><br>「石神井。ＫＩＡの情報をよこせば、大人しくここは引き下がろう」<br><br>「引き下がる？　冗談はやめてくれ、ヘルト君。君の返答次第さ、大人しく帰れるのは」<br><br>　ヘルトが首を振りながら、溜め息をついた。<br><br>「どこの連中も同じだな。自分たちが一番強いと思っている」<br><br>「事実だよ」<br><br>「確かに貴様らは力もある。そして、頭も賢い。だが、この閉塞状況を打開できないでいるのは疑問だった。生徒会は必死こいているというのに、貴様らはどこか余裕がある」<br><br>「お得意の予想ですか？」<br><br>「生徒会もキレ者揃いだ。そして、外部委託者も招聘した。普通なら焦るところだ。だが、俺たちを呼びつけても、その焦りは感じない。なぜなら、貴様らはとっくの昔から外部委託者を招聘して、ブレーンとして話を聞いているからだ」<br><br>「それはルール違反です」<br><br>「だから、生徒会はお前らに勝てない。話を聞くだけなら別にばれることはない。そして、お前はわざわざ現状を打開できるのにも関わらず、それをしてこなかった。なぜか？　それは貴様が、圧倒的な勝利を望んでいるからだ」<br><br>「面白い、もう少し耳を傾けましょう」<br><br>「既に外部委託者から打開策は授かっている。ルール違反もばれなければ、咎められることもない。そして、貴様はその逸脱した行為も容認されてしまうほどの圧倒的勝利狙っている。屈辱の合意のような外交的勝利ではない。もっと表面的で、誰にでも理解できるような圧倒的勝利だ。だが、残念だったな。俺たちがここに来たことで、その計画も台無しだ」<br><br>「見事だ。君の予想通り、いや推理と言ったほうがいいか。とにかく、君の推理どおりだよ。しかし、１つだけ間違えたな。計画は順調に進んでいる」<br><br>「では、よく覚えておけ。俺たちは数値化することなど、できはしないんだよ。鷲崎は優秀な人間だ。これを好機と見て、生徒会に勝利をもたらすだろう。しかし、今はどうでもいい話だ。さぁ、ＫＩＡについて洗いざらい喋ってもらおうか」<br><br>「はったりでもなさそうだ。本気でその人数で勝とうとしているのか。ならば、その牙を抜いて、わが軍門に下ってもらおう」<br><br>「甘い、石神井。俺たちの牙は何度でも何度でも生えてくる。そして、そんな連中は他にも吐いて捨てるほどいる。だからこそ、牙を抜くのではなく、顎を抉り取るんだよ。俺の目を奪った連中は牙を抜いたつもりだろうが、おかげでそこから２本の牙が生えてきた」<br><br>　ブロッドが一番最初に行動を起こした。反射的な反応で掴みかかろうとした生徒は、２人がかりで襲い掛かったが、床にねじ伏せられた。それが開戦の合図となり、敵味方入り乱れての乱戦となった。<br><br>　鈍い音と悲鳴が入り混じる室内で、ただただ石神井の顔は曇っていく。<br><br>「ふぅ。少しはやりがいを感じたな。さて、石神井。ＫＩＡのことを話してもらおうか？」<br><br>「ば、馬鹿な！　３年間手塩にかけて育てたこの部隊が、どこの馬の骨だか分からない連中に瞬殺だとっ！？」<br><br>「俺が手塩にかけた部隊にとって、３年間は便所で小便を出し終わってない程度の時間だ」<br><br>「ぐぐぐっ……！！！！」<br><br>「少し痛むぞ。歯を食いしばれ。」<br><br>「貴様ら、簡単にここに出られるなと思うなよ！！！！」<br><br>　石神井の合図で龍崎が携帯電話を操作した。フレデリックが足で携帯ごと弾き飛ばすと、鳩尾に強烈に蹴りを入れる。<br><br>「がはっ……、ごほっ、ぐぐ……。もう遅い、連絡は既にし終えた」<br><br>「知ってるよ。悪あがきを咎める蹴りだ」<br><br>「イェーガー、ブロッド。この部屋に誰も入れるな。尋問が終わるまで、自己紹介をしていろ」<br><br>　わかりました、と短い言葉でイェーガーが答えるとまだ意識のある生徒を蹴り上げながら、２人は部屋から出て行った。<br><br>「被害を広げたな。今日は自治寮にとっての最悪な日となるぞ」<br><br>　ヘルトは机の隅に置いてある地球儀を壊すと、ネクタイをほどいて地球儀の地球にきつく結んだ。<br><br>「こうすると加減がいくらかできなくなる」<br><br>　そう言って哀れみをこめた笑みを浮かべると、グルグルと回して石神井の股間に地球儀をぶつけた。<br><br>「ぐあああああああああああああああああああああっっっっっ！！！！！！！！！！」<br><br>　思わず龍崎が顔を背ける。天川は怒りの表情で隣にいるフレデリックに殴りかかるが、それを片手で受け止められる。そして、掴まれた拳を高々と持ち上げられたかと思うと、繰り上げた膝に物凄い勢いでぶつけた。<br><br>　声にならない悲鳴が天川の口からこぼれると、フレデリックは続いてベルトを掴むと天川を一回転させて激しく床に叩きつける。肺が衝撃で押しつぶされて、中の酸素が勢いよく吐き出されると、酸素を求めて大きく息をする。そして、涎を出しながら苦しそうに何度も咳き込んだ。<br><br>「２発目だ。ＫＩＡのことを喋るんだったら、早く言えよ。加減もできない上に、コントロールも上手く聞かない」<br><br>「クソッタレッッッ！！！！！」<br><br>　２発目が股間に直撃する。苦痛の表情を浮かべながら、獣のような悲鳴を上げて机の上をのた打ち回るが、ユーリに肩を掴まれて固定される。<br><br>「ＫＩＡは桐野明俊と誰なんだ？」<br><br>　３発目を食らう。<br><br>「ヘルトさん、こいつの生殖機能が失われてしまいます」<br><br>「いい医者を後で紹介してやれ」<br><br>　４発目を繰り出すために再び地球儀を回す。<br><br>「も、も、もうやめてくれっ！！　言うっ！　言うっ！　がぁぁぁぁぁぁぁぁっっ！！！！！！！」<br><br>　目に涙を浮かべながら、懇願する石神井の股間に４発目がクリーンヒットした。<br><br>「はぁはぁはぁはぁ。ぐっ……。貴様、今のはわざとだろっ！！」<br><br>「５発目だ」<br><br>「待て待て待て、待ってくれ！！　頼む、待ってくれ！！　言う！！　ＫＩＡのことを喋る！！」<br><br>「４発とは頑張ったじゃねぇか」<br><br>「馬鹿言うな、フレデリック。１発目で目には恭順の色が出ていた。お仕置きにもう３発打ち込んだんだよ」<br><br><br>――――――――――――――――<br><br><br>　生徒会室に息を切らせながら、男子生徒が飛び込んできた。<br><br>「会長！！　自治寮で喧嘩です！」<br><br>　役員たちが一斉にどよめき始めた。その中で平静を保っているのは凛と神川とアキだけであった。凛は横目で２人を見ながら、感心した顔をする。<br><br>「詳しく話して」<br><br>　アキが続きを促す。<br><br>「寮にいる生徒会役員からの連絡で、自治寮がすごい騒ぎになっていると！　運動部系の生徒総動員でＩＲＡ中枢に向かっているそうで、交通封鎖されて近づくことはできないようなのですが、怒号と悲鳴が響き渡っているようです」<br><br>「それはもう喧嘩のレベルではありませんね」<br><br>　落ち着いた口調で神川が呟くと、机にあるお茶をすすった。<br><br>「詳しい状況は？」<br><br>　アキが再び尋ねる。<br><br>「分かりません！」<br><br>「寮内の生徒会役員を束ねているのは、大河内君ね？　彼に生徒会室のskype用のノートパソコンに連絡するように伝えなさい。ビデオ通話で」<br><br>「分かりました！」<br><br>　指示に頷くと、急いで携帯電話を取り出して大河内に連絡をつける。話はすぐに終わったようで、神川の準備したノートパソコンにコンタクトが入った。<br><br>「有栖川さんはまだ来ないですね。下校のあいさつ運動はまだやっているのですか？」<br><br>　呑気な口調で書記の有栖川のことを尋ねると切迫した様子の大河内が画面に大きく映し出された。<br><br>「大河内君、とりあえず寮内の様子が見たいので、そのままライブ中継をお願いします」<br><br>　分かりました、と大きな声がスピーカーから流れると、先ほど生徒会室に飛び込んできた生徒と同じような状況を説明しながら、現場まで向かっているようだった。<br><br>「ヘルトさんは情報を求めてお２人をこちらに派遣したようですが、それを緊急招集したとなると自治会側によっぽど欲しい情報があったようですね」<br><br>　場違いなほど呑気な声で神川が呟いて、他の役員たちが頭にクエスチョンマークを浮かべながら見た。<br><br>「皆さん、何が起きたと考えますか？　鷲崎さんはちなみに分かってます？」<br><br>「えぇ、大体の見当は。彼らと行動を共にしていましたから」<br><br>「では、申し訳ありませんが、ヒントも無しで」<br><br>　穏やかな笑みを浮かべると、神川を役員たちのほうを向く。<br><br>「交渉決裂ですか？」<br><br>　神童サキが答えると、わざとらしく姉のアキが盛大な溜め息をついた。<br><br>「サキ。物事はよく考えてから口に出しなさい」<br><br>「じゃあ、ヘルト君たちを止めるために？」<br><br>「呼ばれたのになんで止められるの？　まったく、執行部部長らしくしなさいよ。ヘルトは情報を手に入れた。それは間違いない」<br><br>「なんで、お姉ちゃん？」<br><br>「さしずめ無理やり情報を手に入れたのでしょう。それで自治寮中がその報復にと。石神井さん、龍崎さん、天川さんは国体にでれるほどの選手でしたが、随分早かったですね。神童執行部長が彼らを迎え入れようと画策しなかったらと思うと、背筋が凍ります」<br><br>「そうね、神川君。ヘルト君は義理堅いから、一応神童さんの顔を立てたのでしょう。」<br><br>「しかし、疑問がないわけではありません。それほどまでに欲しい情報が自治寮側にあったこと。そこまでして得たかった情報が一介の学生が持ちえるものでしょうか？　そして、自治寮の生徒が総動員されている今、果たして彼らは無事に出られるのでしょうか？」<br><br>「彼らとはどちらのこと？」<br><br>「どういう意味ですか？」<br><br>　感慨深そうな顔で神川が凛を見た。彼女はそれほど問題でもなさそうに耳にかかった髪を手でたくし上げると言葉を続ける。<br><br>「無事に学校を出られないのは、自治寮の生徒たちでは？」<br><br>「それは問題ですね」<br><br>　微笑みながら答える神川と打って変わって、役員たちはどよめく。ヒソヒソ声で、ヘルトたちの安否を心配する声が聞こえてきた。<br><br>「鷲崎さん、生徒会はどうすべきでしょうかね？」<br><br>　そんな役員たちを無視して、凛に質問する。<br><br>「うーん、これはある意味チャンスね。生徒会が優位に立てる。自体を収拾するために仲裁という形で介入できれば、自治寮に借りを作れるし、生徒たちの見方も変わるでしょう。日露戦争のアメリカみたいに」<br><br>「手はあります。執行部の特別班を動員させることです」<br><br>「神童部長！」<br><br>　役員の１人が執行部長のサキを非難をこめた口調で咎める。<br><br>「サキの言うこともあながち間違いではない。特別班はこのような事態にこそ真価を発揮する」<br><br>「神童ご姉妹の言うとおりです。サキさんは数年前の生徒会と自治寮の流血沙汰になった大抗争を再びさせないようにするための存在するだけの抑止力ですが、その抑止力が使えるのはこのような事態のみ。生徒会長である僕が先頭をきって、仲裁役に徹すればされなる勝利をアピールできるでしょう」<br><br>「まるでプロパガンダね。ヘルト君が考えそう」<br><br>「そうなんですか、鷲崎さん？　どうやら彼とは話が合いそうだ」<br><br>『会長、現場に着きました！』<br><br>　パソコンの画面の向こう側から声が聞こえてくる。<br><br>「状況はどうですか？」<br><br>　神川が尋ねているそばで凛は全てを分かっているような達観した表情で静かに自分の席に座った。<br><br>『まだ封鎖線は敷かれています。あ、見慣れない生徒がこちらに！』<br><br>　パソコンの画面が自治寮の封鎖線へと向けられた。<br><br>「おっと。これは急いだほうがいいですね。有栖川さんはまだ来られないようですが、仕方ありませんね。僕と副会長、現場指揮官であるサキさんも来てください。それと執行部隊と特別班を」<br><br>　神川は足早に２人を連れて生徒会室から出て行った。するとスピーカーから再び声が聞こえてくる。<br><br>『あ、ああ、ちょっとっ！！　ダメだって！！　てか、君たちは生徒会室で後で話を聞かせても……、ぐあああああ！！！！<br>　お、おい。ブロッド、これはちょっとやりすぎじゃないか？　顎にクリーンヒットだぞ？』<br><br>　スピーカーからの声に思わず吹き出すと、凛は役員たちがおおわらわで執行部の手配をしている横で、１人パソコンの画面を覗き込む。<br><br>『ユーリ、貸せ！　レンズを拭く。汚い指紋でヘルトさんの顔がブサイクに見えるかもしれん』<br><br>『……殺されるぞ、お前？』<br><br>『どうでもいいからよこせ。レンズくらい自分で拭ける。おっと、初めまして生徒会の諸君。噂のヘルト・ハデスだ。鷲崎、お前随分と美人になったみたいだな。ちょっと顔出しにこいよ。場所はわかるだろ？　でないと、殺すぞ？』<br><br>　凛が再び吹き出した。<br><br>「言い過ぎではないですか？」<br><br>「気にするな、ユーリ。挨拶代わりだよ」<br><br>「荒くれ者にしか通用しそうもありませんね。ほら、これ」<br><br>　ヘルトの手から携帯電話を取ると、殴られて気絶している生徒を解放している生徒にユーリは携帯を渡した。<br><br>「ん、第４陣が上から来る」<br><br>　イェーガーが呟くとブレザーを脱いでユーリに投げ渡し、ブロッドと一緒に階段下で待ち構える。<br><br>「しかし、ＫＩＡのＩが井上だとはな」<br><br>　フレデリックが意外そうな顔をしながら言った。<br><br>「桐野には親戚がいたのは知っていたが、まさかここの井上だとは。すぐに調べさせているが、これで桐野に一歩近づいた」<br><br>　ヘルトは目を静かに閉じ、石神井を尋問したときのことを思い出す。<br><br><br><br><br>　苦しそうに息をしながら、下腹部を押さえてなんとかソファに座る石神井。ユーリは龍崎の肩をガッシリと掴んでいて、耳元で石神井を見ながら小声で何かを言っている。<br><br>「ＫＩＡについて。桐野明俊と誰なんだ」<br><br>　無表情で尋問をするヘルトを一瞥しながら、深くソファに座ると石神井は深く息を吸った。<br><br>「桐野明俊さんと井上一（はじめ）さんがＫＩＡの正体だ」<br><br>「屈辱の合意を提案したのが、井上一か？」<br><br>「あぁ」<br><br>「接触の経緯は？」<br><br>「ふぅ……、学園祭の時だ。元々、井上さんは自治寮にいた生徒だった」<br><br>「ＩＲＡだったのか？」<br><br>「いや、違う。井上さんはＩＲＡには属していなかった。しかし、生徒会にも属していなかった。当時２年だった井上さんは、残り半分の学園生活を楽しく過ごしたかったらしい。そのために何度も当時の自治会長といろんな構想を練っていたようだったが、それも荒唐無稽なもので実現するには不可能だった。そこにアイデアを提供したのが当時中１だった桐野さん。彼の何気ない一言から井上さんが発展させた」<br><br>「なるほどな。当時からイカレタ片鱗を見せていたわけだ。それで最近の接触は？」<br><br>「外部委託者として４年前まで助言を頂いていたようだったが、それからまったく音沙汰はなかった。だが、１ヶ月前、桐野さんがここに訪れて俺はそこで初めて接触した。４年前の最後の計画である不正規戦計画を読んで、協力を得ながら不正規部隊を作っていたが、桐野さんがより具体的なプランを作り、俺が実行に移した」<br><br>「残念だったな、失敗に終わって」<br><br>「貴様っ！！！」<br><br>　フレデリックの言葉に激昂した石神井が立ち上がろうとしたが、ヘルトが腹に１発入れて、再び大人しくなる。<br><br>「井上一のことを詳しく」<br><br>「くっ……、誰が……、てめぇで調べろよっ！！！」<br><br>　ヘルトが石神井の股を蹴り上げて、絶叫が部屋中に響き渡る。首を掴んでソファの背もたれに石神井を押さえつけると、２発目を股間に入れようとした。<br><br>「ま、待て！！　待て！！　言う、言う、言うっ！！！！！！」<br><br>「二度と逆らうなよ」<br><br>　冷徹にそう言い放った後に股間を蹴り上げた。再び絶叫して、悶絶する石神井。痛々しそうな表情で龍崎が目を背けた。<br><br>「くっ…………。い、井上さんは、お前らに接触した井上の兄貴だ」<br><br>「井上マキか？」<br><br>「そうだっ！　五十嵐が行方不明になった翌日に怒鳴り込んで来ただろっ！！」<br><br>「五十嵐馨のほうはどうなんだ？」<br><br>「はっ！　どういう意味だっ！」<br><br>「文字通りだ。五十嵐はＫＩＡではないが、これらの件と何か関わりがあるのか？　特に、桐野明俊との関係だ」<br><br>「知らない！　そんな話は聞いたことがない」<br><br>「本当か？」<br><br>「本当だ！　待て、やめろ！　これだけのことをさせられて、嘘をつくわけないだろ！　だから、その足をどけてくれ！」<br><br>　３発目を股間に繰り出そうとした足をヘルトは静かに下ろした。<br><br>「よし、もう用は無い。俺たちに痛い目を合わせようなんて考えている暇があったら、これからの対応策でも検討でもしたらどうだ？」<br><br>「当然だ」<br><br>　今まで黙っていた龍崎が静かに口を開いた。ヘルトたちが龍崎のほうを見つめる。<br><br>「自治会長の石神井がこうも痛めつけられたんだ。寮中黙っちゃいない。だが、精鋭である不正規部隊がこうも簡単にやられたんだ。誰もあんたらには敵わない。その中で生徒会は事態の収拾のために行動してくるだろうな。治外法権を理由に拒むつもりだが、仲裁でもされたらこっちの面子は丸潰れだ」<br><br>「さすがだな、インテリ副寮長。言っても不正規部隊より、君らのほうが手強かったよ。黒帯持っているんだっけ？　大したものだよ」<br><br>「いいから離してくださいよ」<br><br>「石神井。ＳＡＳ対ＩＲＡなんてクソくだらないこともうやめたらどうだ？　そもそもお前はＩじゃない。先代にトップに担がれてその席についてはいるが、苗字がＩだからと言って安易だったな」<br><br>「安易なもんか」<br><br>　ヘルトの言葉に異を唱えたのは床に転がっていた天川だった。<br><br>「石神井は純然たる俺たちのリーダーだ。こいつ以外には考えられん。他の野郎がどんなに文句をつけようが、俺が出納長で現場を監督し、龍崎が石神井を補佐する。それが俺たちのＩＲＡだ」<br><br>　ユーリとフレデリックが顔を見合わせる。<br><br>「そうか。それは、悪いことを言った。申し訳ない」<br><br>　ヘルトはそう言って部屋から出て行った。<br><br><br><br>「ヘルト」<br><br>　フレデリックの呼ぶ声で意識を現実へと戻す。ふと後ろを振り返るとイェーガーが防具姿の男を壁に投げつけていた。視線を戻し、フレデリックを見ると、親指でなにやら指している。<br><br>「一応、囲まれたぞ」<br><br>　廊下の先の方で人の一団が見えてきた。手には竹刀やら何やら、色々な武器が握られている。そして、鬼の形相でこちらに駆け寄ってきて、鬼気迫る勢いだ。<br><br>「突破しよう」<br><br>「なら、俺とユーリが行く。俺たちが蹴散らしている間、堂々とこの廊下の真ん中を歩いていけ。そして、事態を収拾しに来るであろう生徒会の連中と接触して来い」<br><br>「すまんな」<br><br>「言うな。それが指揮官だ」<br><br>　フレデリックはヘルトの肩に手を置くと、ユーリに頷いて自治寮の攻撃隊に突っ込んでいく。その後姿を見ながら、ヘルトはネクタイを結び直し、たたずまいを整えた。そして、堂々とした足取りで歩いていった。<br><br>「大尉、もし生徒会が来なかったら？」<br><br>「その程度ってことだ」<br><br>「手厳しい」<br><br>　ユーリは静かに笑った。<br><br>　全速力で廊下を走り、その運動エネルギーを無駄にすることなく、地面を蹴ってフレデリックは敵の一団に膝蹴りの形で飛び込んでいった。<br><br>　物凄い衝撃により、先頭が崩される。<br><br>　馬乗りの形となったフレデリックは両横にいる生徒のネクタイを掴むと、怒声を上げながら引きずり倒す。<br><br>　フレデリックに竹刀を振り下ろそうとする生徒の竹刀をユーリが掴む。そして、その生徒の背中を蹴る。大きく仰け反って倒れる生徒にさらに追い討ちとして、踵落としをする。ネクタイをフレデリックに掴まれた生徒が後ろに大きく飛ばされるのを避けながら、ラクロスのラケットを振り回す生徒からラケットを奪うと、振りかぶって股間にクリーンヒットさせた。<br><br>　フレデリックがユーリにアイコンタクトをすると、腕を目一杯広げて、そのまま生徒を壁に押し寄せる。そうしてできた空間をヘルトが前だけを向いたまま歩いていく。そのヘルトに向けて罵声が飛び交う中、後ろからブロッドとイェーガーが合流してきた。<br><br>　２人は一番端の生徒を一人ずつ引きずり出すと、膝を蹴ってひざまずかせて、顎を肘打ちする。首を物凄い勢いで振られながら倒れる生徒の胸に蹴りを入れて、壁際に押し寄せると、フレデリックに投げられた生徒を床に伏せて避ける。<br><br>「見ろ、生徒会御一行だ。たたずまいを直せ」<br><br>　フレデリックが指差す方向に会長の神川を先頭に生徒の一団が歩いてきた。そして、頭を掴んでいる生徒の襟を持つとそのまま壁に投げつけ、足で床に押し付けている生徒のネクタイを掴んで引き起こすと、ベルトを掴んで一回転させて、床に叩きつけた。<br><br>　そうする間にもヘルトと神川らの距離は近づいていき、這いながら追いかける生徒を足蹴りにしてから、ヘルトの後ろまで走り寄っていく。<br><br>「初めまして。ヘルト・ハデスだ。以後、お見知りおきを」<br><br>「初めまして。神川創（そう）です。よろしくおねがいします」<br><br>「ブロッドとイェーガーをそちらに向かわせたが、粗相はなかっただろうか？」<br><br>「いえいえ。彼ら、いえ、あなたの功績にはただただ驚かされるばかりでしたよ」<br><br>「優秀なスタッフがいてこその功績だ。自分の成功の立役者は、後ろに控えるこいつらのお陰だ。まぁ、本来はもうちょっといるんだがな」<br><br>　神川はヘルトの肩越しから後ろにいるフレデリックたちを見る。イェーガーがコクンと頷いたが、ブロッドは冷めた表情で見ていた。<br><br>「すまんな。うちの人間は無愛想な奴が多い。あまり人に心を開きたがらないんだ」<br><br>「いえいえ、そのほうができる印象がありますよ」<br><br>　穏やかな笑みを浮かべながら、眼鏡の位置を中指で整える。<br><br>「ご覧の通り、自治寮は大混乱に陥っている」<br><br>「ふぅ、そのようですね。事態の収拾を早急に図らなければなりません」<br><br>「仕事を増やしてしまって申し訳ないな」<br><br>「まったくですよ。これだけの騒ぎです、あなた方もただ帰すわけにはいきませんよ？」<br><br>「本題か」<br><br>「どうして人の心をそうも読めるのですか？」<br><br>　ヘルトが含み笑いをすると静かな足取りでフレデリックが近づいてきた。<br><br>「ほら、さっさと言え、神川。俺たちに“どうして”ほしい？　“何をして”ほしい？」<br><br>「全部お見通しということですか。敵いませんね。では、話が早いです。ここままあなた方を帰してしまうのは、凶悪犯を裁判無しに社会に帰すのと同じことです。何らかの処置をしなければなりません。例えば、１ヶ月間の奉仕活動や重いものなら校内暴力ですから、停学などもありえます。<br>　そのため司法取引をしましょう。あなたがたが生徒会の一員として生徒会活動に従事するなら、今回の件のことは水に流しましょう。生徒会はあなたがたの頭脳や力が必要です。特にヘルトさん、あなたのような」<br><br>「断る」<br><br>　即答だった。驚くほどの即答だった。後ろに控えていた神童姉妹は口があんぐりと開いていて、驚きの表情を隠すこともできずにいた。<br><br>「こ、とわるのですか？」<br><br>　さすがにこの速さでの返答は予想外だったので、神川もしきりに眼鏡の位置を直していた。<br><br>「しかし、ヘルトさん。お咎め無しになるにはこの方法しかありませんよ？　それに自分のこの行動を予想していたのなら、自分の申し出を受け入れ、その代わり条件を突きつけるかと思っていましたが」<br><br>「ん、それもない。君の申し出は断る。到底受け入れられるものではない」<br><br>「では、何らかの処分も甘んじて受け入れると？」<br><br>「それは困る。というか嫌だ。だから、処分を帳消しにするために提案をする」<br><br>「いいでしょう、聞かせてください」<br><br>「この生徒会と自治寮の捻れた対立構造を解消しよう」<br><br>　神川が目をまんまるにしてヘルトをじっと見る。この世から音が消えてしまったのかというようなほどの静寂が彼らを包み込み、誰もなんと言っていいのか分からなくなった。<br><br>　しかし、その均衡を破ったのは神童アキだった。<br><br>「ば、ば、馬鹿言ってんじゃないよっ！！！　そんなこと、できるならもうできてるっつーのっ！！！　それができないから何年も続いているんでしょっ！！」<br><br>「ア、アキさん、落ち着いてください。ただの思いつきで発言ではないはずです」<br><br>「でも、会長っ！！！！！」<br><br>「アキさん！！」<br><br>　神川が初めて大きな声を出した。これは生徒会役員たちが初めて見る姿であった。ヘルトの言った言葉以上の衝撃が役員たちに走る。<br><br>「すみません」<br><br>「いえ、自分も声を荒げてしまいました。すみません」<br><br>「いいか？」<br><br>「はい、お見苦しい姿をお見せしてすみません。それで、この構造の解消とは？　本当にできるのでしょうか？」<br><br>「俺はお前が欲しがるほどの人材だぞ」<br><br>「どういった方法で？」<br><br>「言ったら意味がない。それこそ反故にされるかもしれん」<br><br>「しかし、それではこちらも納得がいきませんよ？」<br><br>「では、俺たちを煮るなり焼くなり好きなようにしてくれ」<br><br>　神川が難しい顔をして悩んだ。これも役員たちが初めて見る姿であった。いつも明快に解答を与えてくれる神川が悩む姿など想像すらできなかったのだが、彼らの目の前でその姿を見せている。<br><br>「分かりました」<br><br>「いいんですか、会長！」<br><br>「はい、アキさん。自分は彼らに賭けてみようと思います。それに彼らの考えていることが自分たちに実行できるか、という大きな疑問があります。アイデアを授かったとしても、それは大きな課題になってしまう可能性もあります」<br><br>「賭けって……。会長から賭けという言葉が出るとは思いませんでした」<br><br>「自分はギャンブルは嫌いですからね。さて、ではヘルトさん。約束どおり、あなた方に処分は致しません。その代わり、この抗争に終止符を打ってください」<br><br>「どっちにしろ、忙しくなるぞ？」<br><br>「望むところです」<br><br>　ヘルトがにこりと笑い、拳で神川の胸をノックするように叩いて、フレデリックたちと共に去っていた。<br><br>「あぁ、そうだ、神川」<br><br>「はい？」<br><br>「防災訓練っていうのはどうだろうか？」<br><br>「防災訓練？　…………、なるほど、防災訓練ですか。それならさまざまな“道具”が出てきても問題にはなりませんね。ありがとうございます」<br><br>　神川の感謝の言葉にヘルトは振り向かずに手をひらひらさせて答えた。その姿にアキは怪訝な顔をしてヘルトを見る。<br><br>「失礼ですね」<br><br>「まぁ、いわゆる生意気っていうやつですかね？　ふふふ、しかし後輩というよりは先生のような方ですね、ヘルトさんは。アキさん、先ほどの案は取り消して、防災訓練で行きましょう。今から、生徒会、自治寮合同の防災訓練を行います。特別班には物足りない役割でしょうが、それが一番いい。自分には柔軟な発想が今ひとつ足りないようですね。単純すぎて浮かびませんでした」<br><br>「防災訓練が最善策だとは思えません」<br><br>「アキさん。防災訓練ならあの怒声や悲鳴もごまかしがききます。そして、この大騒ぎも災害で怪我をした人たちの救助活動を想定したものです。そうなれば、自治寮側のメンツを保つことができますし、新たな軋轢が生じることもありません。<br>　なぜなら、彼らも我々が介入してくることを快く思いません。ですが、協同して防災訓練を行ったということならば、彼らとの関係は対等となります。こちらが優位に立とうとすれば反発するのは必然。ならば、借りを作ったというだけでも、我々にとっては大きな結果となります」<br><br>「ですが、思いつきとしか思えません」<br><br>「思いつきでここまでのことを配慮して考えるというのは只者ではありませんよ、アキさん。サキさん、執行部には悪いですが、そういうことで納得してくれませんか？」<br><br>「もちろんです、会長。災害などの緊急時のための執行部であり、特別班です。私たちにとって防災訓練は、やってしかるべきものです」<br><br>「そうですか、ありがとうございます」<br><br>　会長、と役員の１人が神川を呼んだ。廊下の先を見ると、呼ばれた理由をすぐに理解できた。自治寮の３役が彼らのほうに歩いているからだった。<br><br>　出納長の天川はなにやら面白くなさそうな顔でこちらを見ていたが、あとの２人は腹を括ったような表情で、あくまで凛とした態度を崩そうとしなかった。<br><br>「それでは、始めましょう。ヘルトさんの考えていることは我々を忙しくするようですから、ここはトラブルなく終えましょう」<br><br>　はい、と役員たちの揃った返事が返ってきて、満足したような表情で力強く頷いた。そして、たたずまいを確認してから、凛とした態度で自治寮へと神川たちは歩いていく。
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<link>https://ameblo.jp/tatsuboo/entry-11182860903.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Mar 2012 12:42:16 +0900</pubDate>
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<title>ｂｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒ　第５話　ＳＡＳサイド</title>
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<![CDATA[ 放課後となった教室でヘルトは眉間にしわを寄せながら、手に持っている資料に目を落としている。これから部活動へと参加する生徒や学校帰りにどこかへ遊びに行く相談をしている生徒など、賑やかな教室の中で、ヘルトは浮いた存在であった。<br><br>　その隣で資料を読み終えるのを待っているのか、フレデリックは足を組んで本を読んでいる。アクティブな２人がこれほど静かに時間を過ごしているのは、生徒たちにとって少し意外な面であった。遊びに行く相談をしていた女子生徒の一団はチラチラと２人の様子を見ていて、新たな一面を垣間見れたことに更なる興味が湧いているのだろうか。<br><br>「ユーリ」<br><br>　静かにヘルトが呟く。<br><br>　２人とは離れた位置でブロッドとイェーガー、そしてマードックとトランプで遊んでいたユーリがゲームを切り上げて、小走りでヘルトの元へと向かう。ヘルトの脇まで来ると、片目を上げてユーリを見上げた。<br><br>「この部分、確かなのか？」<br><br>　資料の片隅と指で数回叩きながら尋ねるヘルトに、ユーリは無言で頷く。そして、唸りながら再び資料に目を落とした。ユーリの表情も固く、そして難しい顔をしていて、２人の表情から資料の内容が窺い知ることができる。<br><br>　微妙な問題をはらんだ資料だ。<br><br>「その資料はざっとだが俺も目を通した。何にせよ俺たちは向こうの動向を注視しているしかない。どの連中の動向もな」<br><br>　読んでいる本から目を離さずにフレデリックが言った。ヘルトとユーリの様子を敏感に隣で察知したのだろうか。<br><br>「Ａ．Ｃ．Ｅ．がオーケストラの演奏に遭遇したのは正直意外だ」<br><br>　ポツリとヘルトが喋る。<br><br>「おかげであの一件以来、オーケストラとの接点が生まれたのだが、……いかんせん状況が複雑だし、不確定すぎる。それにこいつの目撃情報。怪しすぎる。タイミングが良すぎるのが気に食わん。次に、Ｂ．Ｅ．の被害者。そして、最後はＩＲＡ。どれもこれも厄介な案件だ。依然として”霧”は晴れん。むしろ濃くなっている気がする」<br><br>「集まってきた情報のタイミングが良すぎるんだ。これらが本当に偶然にも俺たちの情報網に引っかかったのか？」<br><br>「必然だと言いたいのか、フレデリック？」<br><br>「考えずらいのは俺もよく分かっている。だが、逆説的に考えてみたんだ。全てが繋がっているのなら、必然だ」<br><br>「少し無理がある、少なくても現時点ではな」<br><br>「本国の見解としますと、大筋では同時進行している線がある地点で１つの点に交わっているのでは、という意見です」<br><br>　今まで２人のやりとりを黙って見ていたユーリが言う。<br><br>「レーマーは？」<br><br>「大筋、今の意見です。しかし、もし全てが同じ直線上での出来事ならば、我々の想像を超えるような背景があると」<br><br>「最悪なシナリオ、か」<br><br>　フレデリックの言葉に頷いた。<br><br>「分からんぞ。今までは関わりのなかった４本の線が１点で交わったとすると、再び乖離するのは当然だとは言えん。何にせよ、今まで以上に網を張る必要がある」<br><br>　そう言いながらヘルトが静かに立ち上がる。それに合わせて、フレデリックは読んでいた本を閉じ、机の上に置いた。そして、立ち上がると机に腰掛けて、ヘルトを正面で見つめる。<br><br>「今日はＳＡＳ側が鷲崎凛を招聘するのだろう？　そっちはブロッドとイェーガーに任せた。何でもいいから、とにかく鷲崎をダシにＳＡＳ側と交流を持て、まずは神童姉妹だ。執行部長とＳＡＳＮＯ．２の姉を中心に根を張るんだ」<br><br>「分かりましたが、ＳＡＳと、というかこの学校の生徒組織に根を張る理由は？」<br><br>　釈然としない顔でブロッドが尋ねた。<br><br>「俺はＫＩＡっていうのが、どうも気にかかる。妙な胸騒ぎがしてな」<br><br>「分かりました。あわよくば、中枢に潜り込みます」<br><br>　ヘルトが頷いて答えると、持っていたカードをマードックに放り投げて、２人が教室から出ようとした。しかし、それをヘルトが制する。<br><br>「待て。まだ行くな。ユーリはＩＲＡ担当だ。だが、まだ接点は無い。まずはＫＩＡに関する情報を集めながら、アンテナを張っていろ。こちらから派手には動くな」<br><br>「なぜですか？　多少強引であっても、我々から動いたほうが早いのでは？」<br><br>　ユーリの問いに静かに首を振る。<br><br>「ＫＩＡを警戒したい。もし、Ｂ．Ｅ．絡みだとすれば、慎重に事を運ばなければならない。結局、イタリアであのカルトたちは、マフィアのブレーンと顧問弁護士の頭を持ち帰った。奴らの行動範囲は見境がなくなっているんだ」<br><br>「分かりました」<br><br>「それと今後、この学校ではＳＡＳ、ＩＲＡ両方に秘匿暗号を使う。前者はレジメント、後者はダブリンだ。露骨に使用するな。必ず会話の中に溶け込ませろ。よし、行け」<br><br>　ヘルトの指示で一斉に動き出す。その中でトランプを持ちながら１人ぽつんと佇んだ男がいた。<br><br>　マードックだ。<br><br>「お前は今すぐ新聞部に入部しろ。遊撃隊として悟られないように活動しろ」<br><br>　満面の笑みを浮かべて、眩しいばかりの素晴らしい敬礼を決めると突風を巻き起こす勢いで教室を飛び出していった。<br><br>「即席で思いついただろ？」<br><br>　苦笑いを浮かべながらフレデリックが肘で小突く。<br><br>「アドリブにしちゃ、適材適所だろ」<br><br>　小さく笑いながらヘルトは手を頭の後ろで組んで、天井を見上げた。フレデリックは隣の席に座るとこめかみに人差し指を当てると、小さな声で話しかける。<br><br>「ＫＩＡがそんなに気になるのか」<br><br>「あぁ」<br><br>「なぜだ？」<br><br>「根拠は無い」<br><br>　深い溜め息をつきながら、足を組む。<br><br>「根拠はないが、こいつの目撃情報から考えを巡らせてみた」<br><br>「言ってみろよ」<br><br>　ヘルトは静かに資料を手に取ると、ページをめくりながら再び目を通した。<br><br>「ＳＡＳもＩＲＳも人名のイニシャルから取られた略語だ。共通点は人の名前だ。ＫＩＡはこの２つができた後に作られた略語。だとすると人の名前から作られたと思うのが、定石だ。それにこの略語を作ったのがＩＲＡ。わざわざ意味深な略語を作ったとすると、前例に踏襲して作ったはずだ」<br><br>「だな」<br><br>「これは共通認識。本題はこれからだ。ＳＡＳとＩＲＡの対立構造ができた当初は今語られているような対立構造と違っていたというところが引っかかった。むしろ、良いライバルができて、生徒の自発的で意欲的な活動がなされていたそうじゃないか。両者がぶつかったって学校生活上の単なるトラブルの１つだろ？　じゃあ、なんでこうも激しい抗争にまで発展した？<br>　これには裏で糸を引いた奴がいるんだよ。水とナトリウム。第三者がこの２つの物質をぶつからせたおかげで火がついた。あとは当事者同士の泥沼の争いだ。この対立構造はその裏で糸を引いた人物が意図的に引き起こした構図だ」<br><br>「それがＫＩＡ」<br><br>　ヘルトが大きく頷く。<br><br>「まさに高みの見物と言ったところか。ちょいとちょっかいを出したあとは空の上からその様子を見ている。まさしく神様の視点でな。両者が対立する構図ができるとどうなるか試したんだろう。神のなりそこないの所業」<br><br>「神のなりそこない？　ヘルト、お前そこまで考えていたのか？」<br><br>「そう、全ては繋がっていた。県庁職員をＢ．Ｅ．から救った男は神のなりそこないと名乗った。そして、この男の目撃情報が今になってここで出てきた。そして、この対立構造を作ったのは、ＫＩＡ。ＫＩＡは２人か３人の人間だろう。どちらにせよ、桐野が関わっていることと俺は睨んでる」<br><br>　桐野明俊。<br><br>　明親学園で問題を起こして退学した生徒である。第８親衛軍との戦いの前に、ＧＲＵと一緒に行動している場面もあり、謎に包まれた人物だ。<br><br>「だが、矛盾が生じる。ＫＩＡの名前が出てきた時、桐野はまだ中１だ。明親での成績をみたことがあるが、中１でこんなことをできる頭じゃない。むしろ、中１じゃ無理だ」<br><br>「だから、２人か３人なんだ。法則性から言ってＫが桐野であることは間違いない。となると、他にＩとＡがいるか、ＫとＡの間に１人ブレーンがいるかだ。桐野（Ｋ）明俊（Ａ）の間にＩのイニシャルの人物がな」<br><br>「だがな、ヘルト」<br><br>　体の向きをヘルトに向けて、身を乗り出すようにして喋りかける。そして、チラっと生徒たちの様子を横目で見た。ブロッドやユーリたちに指示を出していた辺りから何か不穏な空気を察したのか、生徒たちの一団がヒソヒソとこちらを見るようにしていた。ヘルトもフレデリックの視線で生徒たちを見た。ヘルトと目があった女子生徒の一人が取り繕うように即席の笑顔を作ると、ヘルトも穏やかな笑みを浮かべて手を上げて答えた。<br><br>「桐野だったとしても、それがＢ．Ｅ．と何の関係があるんだ？　お前の見解が当たっていたとして、桐野はＢ．Ｅ．から標的を守ったそれだけだ。確かにこの日本で９ｍｍ弾を発射できる拳銃を所持していたことは特筆すべき点だろう。明親の一件からも奴が何かに関わっていることは確かだ。<br>　だが、Ｂ．Ｅ．と敵対するような行動を取ったのなら、奴らとは無関係だということじゃないのか？今、最優先にすべきはＢ．Ｅ．だ。桐野の案件は二の次だぞ」<br><br>「その通りだ、フレデリック。だが、偶然Ｂ．Ｅ．の”狩り”に出くわすなんて、それこそできすぎている。荒い連中ではあるが、一般人を標的にする狩りはそれこそ巧妙にやってのけている。そんな連中に偶然会えるものか？<br>　それに奴が７．６２ｍｍ弾のフルメタルジャケットってのなら俺だって一応の納得はするよ。トカレフは日本の暴力団によく出回っている。だが、９ｍｍってことが気に食わん。警察だって、９ｍｍを使っているのは、ＳＰとか他には自衛隊だろ？　なんだってそんなもんが若造の手に渡ってるんだ？」<br><br>　ヘルトの問いにフレデリックが唸った。痛いところを突かれたのだろう。彼だってそれを考えなかったわけではない。フレデリックはその答えをヘルトに聞いたのだ。<br><br>「もしそうだとしたら、でかいもんが後ろについてる。明親の件で奴の全てを調べ上げた。どの公的機関にも属していない。そして、一番の問題は俺たちが本気になって調べ上げたのにも関わらず、”納得のいく情報が手に入らなかった”ということだ」<br><br>　分かった、と深い溜め息の後に重々しい口調で言った。<br><br>「情報部に再度調べさせよう。ただし、今度は暗部にもっと踏み込ませてみる。徹底的にな」<br><br>「あぁ、俺もそう考えていたところだ」<br><br><br>―――――――――――――――――――――<br><br><br>　ブロッドが２回ノックをすると、中から元気のいい声で入ってください、と聞こえてきた。ブロッドが少し肩をビクっとさせた。この声の主は神童サキだ。どうも面白くなさそうな顔をしている。<br><br>「諦めろブロッド。これは任務だ」<br><br>　うるせー、わかってるよ、と乱暴に答えるとドアノブに手をかけて鋼鉄のドアでも開けているのかと思うくらい、重々しい動作で開けた。入ってすぐに飛び込んできたのは、満面の笑みを浮かべたサキの顔。そして、その後ろで生徒会長らしき人物と話をしている女性だった。<br><br>　腰までかかるような髪はどこにいったのだろうか？　肩までばっさりと切られた髪は少し大人っぽく見える。腐っても大学生かとブロッドは思った。<br><br>「髪切ったんだな、鷲崎」<br><br>　来てくれると思ったよ、というサキの勝ち誇った笑みを無視して、明親事件以来の懐かしい人物に声をかけた。<br><br>「似合う？　てか、目まだ治ってないんだ」<br><br>「俺の目も治る。少しばかり不自由な思いをするだけだよ。お前もとんだイモ女かと思ってたが、脱皮したみたいだな」<br><br>「ふふふ。それブロッド君の最高の誉め言葉だよね？」<br><br>　嬉しそうな顔をして凛が笑う。耳には主張しすぎない程度の小さなイヤリング。つけまつげで大きくみせた目。ベースを損なうことの無いナチュラルメイク。<br><br>「随分と美人になった。見違えた」<br><br>「ありがとう、イェーガー君」<br><br>　やりとりを見ていた生徒会役員たちは、一様に不思議そうな顔をして３人の見ていた。<br><br>「鷲崎さん、お知り合いですか？」<br><br>　少し驚いたような表情をしながら鷲崎と話していた男子生徒が尋ねた。細身で長身の男で眼鏡をかけている。制服の乱れは一切無く、マジメそうな雰囲気が見て取れる。耳の長さまで短く切られた髪は清潔感とフレッシュさの印象を与えていて、先ほどからチラチラと腕時計を見ている。<br><br>「えぇ、神川君。前の学校で一緒だったの。私がここに呼ばれた明親学園での経歴は彼らのおかげよ」<br><br>「それはそれは」<br><br>　神川と呼ばれた男は興味津々な様子でブロッドとイェーガーを見る。すかさずブロッドが嫌悪感を露わにした顔をした。<br><br>「会長。私が目をつけたのはこの２人です。ＩＲＡの攻撃隊を子供のようにあしらったのはこの２人です」<br><br>　すかさずサキが神川に説明をする。それを聞いて鷲崎が笑い声をあげた。<br><br>「またやったの？」<br><br>「また？」<br><br>　鷲崎の言葉にサキが聞き返す。しかし、それに答える前にブロッドが答えた。<br><br>「俺たちがちょっかい出したんじゃないぜ？　神童と一緒に俺たちもやられそうになったんで、自分の身を守るためにやったんだ。正当防衛」<br><br>「２人で？」<br><br>「そうだ」<br><br>「１人でも過剰防衛になると思うんだけど」<br><br>「はい、確かにそうでした！」<br><br>「なんでてめぇが入ってくるんだよ、バカ野郎」<br><br>　ブロッドがサキを睨んだ。鷲崎はその様子を見ると再び笑い出す。<br><br>「そうか。我々と自治会側の導火線に火をつけたのは君たちか」<br><br>「神川君」<br><br>「鷲崎、ひっこんでろ」<br><br>　ブロッドが無くした左目の部分を手でなぞる仕草をしながら、神川にすごんだ。近くに居た役員たちが１歩下がる。<br><br>「そいつぁ、間違いだぜ会長さんよ。無能な生徒会が事態を収拾できずに、ここまで惨禍を残したんだろ？　そのあおりを受けたのが俺たちだ。さっさと解決してくれりゃ、俺たちのこんなちんけな抗争に巻き込まれることはなかったんだよ。損害賠償でも起こしてやろうか？」<br><br>「はいはい、そこまでブロッド君。相変わらずだね。神川君、ご覧の通りかなり扱いにくい人たちだけで、超優秀だから。扱おうとするよりは謙虚に学ぼうとしたほうがいいよ」<br><br>「そのようですね。絶対に敵に回したくないですよ」<br><br>　苦笑いを浮かべながら、右手の中指で眼鏡を直す。そして、チラッと腕時計で時間を確認した。<br><br>「そんなに時間がないのか？　それとも何かこれから予定でも入ってるのか？」<br><br>　イェーガーが神川に尋ねた。なぜ、というような顔をしている。さっきから時計を気にしているからでしょ、と凛がフォローを入れた。<br><br>「あ、あぁ。これは癖です。なんせ自治会側とやりあうとなると時間が貴重となるので。しかし、ダラダラと話をしてるのも時間がもったいない。早速、外部委託制度第１回目の会議を行いましょう。鷲崎さんはこちらへ。お２人はどうしましょうか？」<br><br>　すかさず役員が即席のパイプ椅子を用意する。用意された机にはもう椅子が全て揃っているので、扉の近くに置く。つまり、この場で一番下っ端である下座だ。<br><br>「ちょっと待って」<br><br>　凛の鋭い声がした。<br><br>「なんでしょうか？」<br><br>「なぜ、２人がその席なんでしょうか？　神川会長、まだあなたたちは彼らの重要性を認識してはいません」<br><br>「鷲崎さんならどこに？」<br><br>「私なら最上座に。サキさん、あなたは彼らに目をつけたんでしょ？　それはなぜ？」<br><br>「は、はい。それは、えっと、とにかくすごいんです」<br><br>　凛に急に指名されたことで慌てながら答えた。しかし、その答えはあまりに稚拙なものであったため、他の役員たちから失笑を買われている。<br><br>「落ち着いて」<br><br>「はい、す、すみません。えっとですね、……、他の生徒とは違うものを感じました。第一印象で興味を持って、彼らを独自に調べていたのですが、とにかくやることなすことすごいんです。<br>　まずはその戦闘力です。えっと、あっという間にＩＲＡ派を片付けてしまい、誰一人彼らに敵いませんでした。むしろ、彼らに一撃与えるどころか、彼らの攻撃を避けることもできませんでした。なので、えっと私は、まず私の執行部の行動要員にしようとしたんです。<br>　でも、その席に置いておくにはもったいないです。彼らに聖ブレストンでの私たちの抗争を話しました。非常に複雑な状況にも関わらず、まるで最初からこの事実を知っているかのようにすぐ理解し始めました。私たちじゃ敵わないほどの教養や理解力。えっと、ですね。例えば！　例えば、私たちで彼らとディベートをしたとしても誰一人彼らに勝てる人はいないでしょう」<br><br>「それは会長でも？」<br><br>　席に座って、腕組みをしながら静かに聞いていた女子生徒が尋ねた。目をつぶったまま、微かに口の端で笑みを浮かべている。長い髪を一本に縛っていて、そのポニーテールが快活な印象を与えている。<br><br>「はい、会長でもです」<br><br>　サキの言葉で役員たちがどよめく。<br><br>「なるほど。それだけの逸材であるならば、そんな席に移すのは失礼極まりないですね。自分が移動します。鷲崎さんはこのままで２人をこちらの席に」<br><br>　さらにどよめきの声が上がる。他の人間はなんとか神川の言葉を撤回するように進言するが、それに異に返さずにさっさと自分の席を明け渡してしまう。<br><br>「へぇ」<br><br>　イェーガーが目を細めて神川を見つめて呟いた。そして、小さな声でブロッドにこれはチャンスだ、と耳打ちをする。ブロッドも分かっていると言わんばかりに頷くと腕組みをして、生徒会役員たちを観察し始める。<br><br>「ほら、そこで怖い顔していないで早くこっちに来たら？　ここまでの待遇をされて断るの？　ここにきたのもヘルト君に何か言われたんでしょう？」<br><br>　凛が悪戯っぽい笑みを浮かべながら、２人に言った。なにやら気に食わなさそうな顔をしながらも、２人は素直にその言葉に応じて、一番前の席へと着いた。それを見て、穏やかな笑みを浮かべながら、凛も席に着くと、進行役であろうか、男子生徒が咳払いをして注目を集める。<br><br>「では、今から第１回外部委託運営制度の運営会議を行います。では、今回記念すべき第１回目の外部委託者となりま……」<br><br>「御託はいい。さっさと本題に入れ。時間は有限なんだろ？」<br><br>　進行役を遮ったのはブロッドだった。いきなりの注文に面食らった進行役だったが、ブロッドはロの字型の机のドア側からみて左脇にいる神川に言った。神川を苦笑いしながら、そうですね、と一言言うと、進行役に頷く。<br><br>「で、では、早速本題に。まずは、鷲崎凛さんの明親学園での功績を……」<br><br>「それが本題か、バカ野郎！」<br><br>「で、でも、進行表だとこれが本題のうちの一つで……」<br><br>「はぁ？　んなもん、本題なわけあるか！　本題の本題を言えよ！　鷲崎、山縣か北条連れてこいよ！」<br><br>「無茶言わないでよ、ブロッド君。聖ブリストル生徒会のメンツを潰す気？　もう、いいよ。ごめんね、高橋君。ブロッド君がこんな調子だから、申し訳ないんだけど私に引き継がせて？　私のほうが扱い慣れてるし」<br><br>　高橋は困惑しながら、神川を見る。神川は仕方が無いといった風に頷いた。<br><br>「じゃあ、生徒会のみなさんには悪いですが、私が引き継がせてもらいます。本当にごめんね？　えーっと、聖ブレストン生徒会のみなさんは随分と私のことを買ってくれてるみたいですね。それはさっき高橋君が紹介してくれようとしたこのいくつかの題目についてだね？」<br><br>　凛の問いに高橋が頷く。<br><br>「ありがとう。でも、ここに列挙されてることはね、全部私がやったことではないの。もちろん、明親学園生徒会のスタッフの助力のおかげがあってこその功績。でも、本当の功労者はここにいる２人に代表される、いわゆる留学生たちのおかげ」<br><br>　生徒会室がざわついた。彼らは全て凛の手腕による解決だと思っていただけに、目の前にいるたちの悪い不良学生が解決したとは到底信じられないのだ。<br><br>「うーん、どうも信じられないみたいだね。神川君、ここは私が解決したとされる事件の真相を解き明かした上で、しっかりと何が起きてどう解決したのか説明しようと思うんだけど？」<br><br>「けっ」<br><br>　ブロッドが気に食わなさそうにしている隣でイェーガーが感心したように凛を見る。<br><br>　私だって、あの半年間で学んだことを無駄にしないように、必死だったんだから。<br><br>「ご配慮ありがとうございます。それで構いません」<br><br>　神川の了承を得て、もっとも進行表に沿った流れなので神川ら生徒会側が異を唱える理由も無いので、凛は不良たちの一斉蜂起事件から話を始めた。生徒会の面々は凛がこのような異常事態をどのような手腕で解決したのか興味津々で初めはメモにペンを走らせて聞いていたのだが、その想像を超えるような背景があったことに次第に口をポカンと開けたまま、凛の話に聞き入っていた。<br><br>「そう。だから、生徒会が不良たちを更生させて、生徒会直属の執行部隊を創設したっていうのは大嘘。あの日、私たちは何もできずに生徒会室でこれからどうしようかを震えながら考えていました。全ては留学生のリーダーであるヘルト君の遊び心から、不良たちを制圧して、そっくりそのまま自分の私兵として掌握したというのが真実です。そして、そのいわゆるならず者部隊の部隊長がここにいるブロッド君」<br><br>「し、しかし、この執行部隊は生徒会活動の補助やこれから起こる事件の制圧に活躍したのでは？」<br><br>　役員の１人である男子生徒が信じられないといった顔で質問をしてきた。<br><br>「その通り。でも、全てはヘルト君の遊びの一貫だったの。折角手に入れた私兵をブロッド君に譲り渡し、全権を委譲した。そして、ブロッド君とジャック君、ケーニッヒ君という他に２人の留学生を生徒会に派遣し、今度は生徒会をも裏で操ろうと画策したとんでもない策士だから。生徒会の傘下となったこのならず者部隊は以後、生徒会の手足となりました」<br><br>「ブロッド君、そのならず者部隊、不良たちで構成されたというのなら随分手を焼いたことだろう？」<br><br>「目には目を歯に歯を。奴らには鉄建制裁で無理やり従わせた。一度叩き込めば、奴らは俺に恭順する。兵隊作るんだったら、役に立つもの作らないと意味がねぇ。神川、お前もなんらかのそういった手段を使ったはずだぞ？　暴力ではない別の方法で」<br><br>「いえ、自分はそんな大それた事は」<br><br>「どうだかな」<br><br>　別段興味もなさそうな感じでブロッドがブレザーの内ポケットから飴玉を取り出して口に入れた。<br><br>「ふふ、懐かしい光景ね。ブロッド君はこうやっていつも腕を組みながら、仏頂面で私たち生徒会役員をそれこそ軍隊の参謀みたいに鍛えていったの。初めはブロッド君が怖いって女の子たちが泣きながらきたこともあったっけ」<br><br>「そんなことあったのか？」<br><br>　イェーガーが驚きの表情を見せながら、尋ねた。<br><br>「うん。でも、これが表面化してブロッド君たちに愛想を尽かされたら、生徒会はとんでもない損失を被ると思って、私が全て止めてた」<br><br>「大したタマだ」<br><br>「どうも」<br><br>　凛が面白そうに笑う。そこに今度は女子生徒が質問をした。<br><br>「その執行部隊は……」<br><br>「ならず者部隊って名前があるんだよ。俺が育てた部隊だ。執行部隊とか取ってつけたような名前使ってんじゃねぇ」<br><br>「す、すみません。えっと、そのならず者部隊の生徒会内での地位は？」<br><br>「ブロッド君たちが生徒会に来たときにかなり高いポストを要求したから、外局とは言えど、かなり中枢に位置していたことは間違いないです。ブロッド君たちがかなり自由な裁量を強引に奪っていったので、平時では遊撃隊、非常時にはブロッド君が直接指揮していました」<br><br>「その非常時とは？」<br><br>「そうですね。ならず者部隊の初陣は、同好会の制圧です。ここでは信じられないことでしょう、神川君？」<br><br>「まさか同好会と生徒会が衝突するなんて考えられませんからね」<br><br>「そこでならず者部隊は、ブロッド君が生徒会室で指揮を取り、ジャック君とケーニッヒ君が前線指揮官として活躍し、文字通り完膚なきまでに制圧しました。ならず者部隊という名もこの時の最後の突撃を行うときに即席でできた名前です」<br><br>「そういやぁ、あの馬鹿たちはどうした？」<br><br>　ブロッドが思い出したように尋ねた。<br><br>「卒業式にＯＢも集めた壮大な戦争があったよ。もうそれこそ学校全体を揺るがすような。もう引退していたけど、私も参加してなんとか勝った。卒業式だったから最後の思い出作りだったみたい。最後は握手でお互いの健闘を称えて大団円。なんかもうあれが恒例になってるみたいだけど、今のところ負けなし」<br><br>「へぇ、ブロッドの虎の子たちは健在だな」<br><br>　イェーガーがからかってブロッドを肘で突く。満更でもない様子であの頃のことを思い出しているのか、頭の後ろで手を組みながら、懐かしそうに遠くを見ていた。<br><br>「そして、あの明智事件か。首謀者の明智君は暴力団の抗争に巻き込まれて、もう帰らぬ人になっちゃったけどね」<br><br>　寂しそうな顔をして凛が溜め息をこぼした。<br><br>「あそこでも私たちは何もできなかった。レーマー君っていう物凄く頭の切れる人がいてね。大混乱に陥った生徒会室で今から俺が指揮を執るって言って立て直して、あとは留学生たちがなにもかもやってくれた。みんなもテレビなんかで見たとおりだよ」<br><br>「すみません、留学生は具体的に……」<br><br>「いいだろ。こいつもあの事件の被害者だ。こっちはユーリが腹を刺されたり、とにかく大変だったんだ」<br><br>「フレデリックさんが大暴走したときもあったっけ」<br><br>　気まずい雰囲気になった生徒会室でイェーガーがぽつりと呟いた。ブロッドと凛は互いに顔を見合わせると大笑いした。<br><br>「フレデリック君というのは、あのいつも腕組みをして睨んだような目をした人かな？」<br><br>「実際睨んでるんだよ。それにフレデリックさんを呼ぶときはちゃんとさんを付けろ。夜叉と獅子に喰われるぞ、神川」<br><br>「夜叉と獅子？　ブロッド君はそれは一体どういう？」<br><br>「レーマー君とカール君です。私も最初彼らに接触したときには殺されそうな気迫を感じました」<br><br>「ま、今はいねーけどな」<br><br>「いないのっ！？」<br><br>　凛がびっくりしてブロッドに聞き返した。<br><br>「いねーよ。今ここにいるのは、ヘルトさんとフレデリックさんと俺とイェーガーとユーリとあとお前の知らない新顔」<br><br>「えー、レーマー君いないのは痛いなぁ。あの人只者じゃないし、ジャック君とケーニッヒ君もいないとなったら、あの名トリオが」<br><br>「誰が名トリオだ」<br><br>「鷲崎、ブロッド、痴話喧嘩は後にしてくれ。とにかくフレデリックさんは怒らせるなよ。俺たちより強いし、あの時はあらぬ濡れ衣を着せられて、しまいには学園中からの目の敵にされてついに切れちまったんだよ。止めに入ったならず者部隊はフレデリックさんたった１人の前に全滅。しかも、ものの数分で何十人という武装した奴らを蹴散らしたんだ。あれ以来、鬼神の名が広まったな」<br><br>「本当。だから、ヘルト君たちを敵に回しちゃダメですよ？　その時点で生徒会の負けは確定です。戦う前に負けが確定しているなんて、絶望的です」<br><br>「そんなにですか？」<br><br>「えぇ、神童さん。あなたも副会長としてかなりの実績を積んでいるみたいですが、彼らの前ではそんなものなんでもありませんよ。腕も頭もたつんですから、こっちはどうしようもありません」<br><br>「一介の学生が？」<br><br>「ブロッド抑えろ。奴が副会長の神童アキだ。任務のためだ、抑えろ」<br><br>　挑発的な表情を投げかけるアキに対して、ブロッドが拳を震わせて鬼の形相を見せるが、イェーガーがなだめる。<br><br>「神童さん、あなたはまだ彼らの怖さが分かっていません。この２人がいるということは、ヘルト君はあなたたちと見極めようとしているのです。きっと自治会にもなんらかの接触があるはず。多分、ユーリ君がいってるんでしょ？　<br>　私は生徒会にこの２人が来ているということはラッキーだと考えています。ユーリ君にもし同じ言葉を吐いたとするならば、彼はその時点で聖ブレストン生徒会、価値なしという判断を下すでしょう。そもそも、私はあの人を一番敵に回したくありません」<br><br>「鷲崎さん、俺がなんだって？」<br><br>　その場にいた全員が声のする方向を見た。生徒会室のドアがいつの間にか開けられており、そこには紳士的な柔らかな笑みを浮かべる男がいた。<br><br>　ユーリ・アイヒマン。<br><br>「ユーリ君、久しぶり」<br><br>「久しぶり、鷲崎さん。これは、えらい美人になったね。モテモテなんじゃない？　俺なら放っておかないよ」<br><br>「相変わらず、お世辞がお上手で」<br><br>「お世辞なんて、またまたご謙遜を」<br><br>「何の用だ、ユーリ？」<br><br>「無粋だな、ブロッドは。折角美人と話をしてるんだ、空気読めよ。それとも妬いた」<br><br>　ブロッドがへらへらとした顔をしながら、静かに立ち上がった。椅子をどけて、ゆっくりとした動作で上体を低くして、今にもユーリに飛び掛りそうだ。<br><br>「ウソウソ、冗談。隻眼瞬鬼とやりあうつもりは無いよ。ってか、目玉無くしたっての、なんで強くなるんだよ」<br><br>「見えなくなった代りに今まで見えなかったもんが見えてきたんだよ」<br><br>「あぁ、もうこいつ何言ってるか分からない。顔半分包帯で包帯で覆ってるって事は、頭にも重大な損傷を受けてるんじゃないのか？　だから、ウソだってブロッド。そこの神童アキが随分と舐めた事抜かしやがるから、お前の恐ろしさを見せてやったんだよ」<br><br>「私が？」<br><br>「そうさ、神童さん。可愛い顔して言うことえぐいぜ。毎回言い寄ってくる男を散々な言い方で追い返す性格の悪さはどこへやら。やっぱり、それは神川君に更生されても、昔の悪童としての記憶は更生できないのかな？」<br><br>　ユーリの言葉でアキの表情が曇った。<br><br>「ほらね、神童さん。だから、私はこの人を敵に回したくないの。彼が笑っているうちはいいよ。でも、その顔から笑みが消えたら覚悟しといたほうがいい。私はもう経験済みだから」<br><br>「やだな、鷲崎さん。その件はもうお互い水に流そうよ」<br><br>「で、何の用件だ。ダブリン旅行の準備に下調べをしてたんじゃないのか？」<br><br>「あぁ、その通りだ、イェーガー。旅行の下調べをしてたらさ、このめんどくさいときに接触があったんだよ、ＩＲＡさんから。旅行の下調べどころじゃないよ、まったく。切り上げてきた」<br><br>「ＩＲＡから！？　早いですね、あちらも」<br><br>「会長……」<br><br>　神川が初めて顔を曇らせた。その様子を見て、アキが不安そうにしている。<br><br>「で、うちの大将は？」<br><br>「想定の範囲内さ。ヘルトさんとフレデリックさんとは、既にこの件について何回もシュミレーションを行っている。ＩＲＡの出方については、考えうる実に２３のパターンがあったからそのパターンの対処法に従うだけ。<br>　しかもこれは大きなチャンスみたいだ。俺たちが地道に今ある状況を動かしている間に２人はさらに先のことを考えていたらしい。全員緊急召集だ。俺たちは信号が”黄色”でも突っ走るぜ。こんなとこで茶番をしている暇はない。今すぐ準備しろ」<br><br>　ユーリはそれだけ言うと生徒会室を後にした。残された２人は席を立つとそこから去ろうとする。<br><br>「あなたたちはいつも忙しいね」<br><br>「俺たちは生き急いでるんだよ、常にな。それに思惑があったのはなにもそっちだけじゃねぇ。自分たちだけが何か企んでるとは限らないんだよ。対ＩＲＡ会議議録第２２号の俺たちをスパイに仕立て上げて、内偵させようとなんて思わないほうがいいぜ。ヘルトさんはそれを敵対行動とみなすぞ」<br><br>「もういい、ブロッド。ここにはもう用は無い」<br><br>　イェーガーに促されてブロッドは生徒会室を後にした。残されたのはポカーンとアホみたいな顔を晒している生徒会役員だけだ。<br><br>「な、な、なんで、極秘文書である対ＩＲＡの議録の内容をあの２人が知ってるの！？」<br><br>「お、お姉ちゃん、落ち着いて」<br><br>「落ち着けるわけ無いでしょ、サキ！　トップシークレットの文書がこうも簡単に流出してるのよ！　しかも第２２号と言ったら、つい先日行われたもの！　一体いつ！？」<br><br>「落ち着きなさい、神童さん。指揮官たるもの常に堂々としていなさい。動揺は部下に伝染します。これもブロッド君から教わったことだけどね。だから、彼らを甘く見ないほうがいいと言ったの。まぁ、彼らにしてみれば、あなたたちの極秘文書やらなんやらただのザルでしょうけど。<br>　それにしてもイェーガー君がここにはもう用は無いと言ったって事は、彼らは生徒会と関わるつもりはないということね。自治会側につかなければいいけど」<br><br>「鷲崎さん、なぜそう思うのです？」<br><br>「ただの予想だけどね。私も気付かなかった。きっとユーリ君の言葉の中に何か暗号が混ざってたんだと思う。その中で、ヘルト君からの指示で生徒会との接触はこれ以上必要なしという決断が下されたんじゃない？」<br><br>「なるほど。鷲崎さん、まだ自分では実感が湧かないのですが、彼らが優秀なのは重々理解できました。しかし、そこまで厄介なのでしょうか？　うちのスタッフはずっとＩＲＡとの抗争で実戦に実戦を重ねてきました。イェーガー君流に言わせてもらえば、虎の子です」<br><br>「それが甘いんだよ、神川君。明智事件で何もしたかはしらないけど、暴力団が緻密に練った計画をたった数分のおしゃべりでダメにして、さらには何をしたんだか分からないけど、全員警察に引き渡しちゃったんだよね。本当に何をしたのか分からないけど。<br>　それにあの事件は実質留学生が解決した。警察なんて事態がほとんど終息してからきたもん。だから、留学生と留学生が指揮する生徒でコテンパにやっつけちゃったんだよ、暴力団を。ホントに私は生徒会で指揮を執ってたから全然分からないけど、一体どんな魔法使ったんだか。<br>　生徒が暴力団を追い払ったなんて、学校側からした大問題でしょ？　でも、そんな明親学園にとって都合の悪いことなんて何一つ無かったことになっちゃったんだから。高校生ができるレベルじゃないよ」<br><br>「会長」<br><br>　アキが何か決意したような顔で静かに立ち上がる。<br><br>「私、彼らを追いかけます。正直、眉唾ものではありますが、ＩＲＡに彼らが与したとなれば、間違いなく我々にとってはこの上なく不利な状況になります」<br><br>「無駄だよ、神童さん」<br><br>「な、なぜですか、鷲崎さん」<br><br>　アキが必死に食い下がる。<br><br>「もう決定事項なんだよ。ヘルト君がそういう決断を下して、彼らはその通りに動いてる。もう覆らないの。そういう人たちなんだよね、彼らは。いっくら私が喚いたところで、みんな彼らの”任務”の１つなの。こんなこと言うのは不謹慎だけど、ヘルト君たちに影響されたのかな？　明親学園での事件という事件はどれも厄介なものばかりだったけど、楽しかったな。<br>　さて、彼らが自治会側につかない事を祈りながら、私たちは私たちの事をしましょう。外部委託運営制度第１号、しっかりと働かせてもらいます！」
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<link>https://ameblo.jp/tatsuboo/entry-11173564083.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Mar 2012 22:39:35 +0900</pubDate>
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<title>ｂｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒ  第４話　饗宴</title>
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<![CDATA[ 　イタリア　ローマ郊外<br><br><br>　不気味にそびえ立つ、少し色の褪せたコンクリート造りの病院の周りを、銃を隠しもせずに黒いスーツ姿の男たちが、殺気立った様子で巡回している。武装はＦＮ　ＦＡＬ。７．６２ｍｍ弾のベルギー製だ。<br><br>　その中に一際、不自然さで際立つ一団がいる。デニムにポロシャツというラフな格好ではあるが、服の上にはボディアーマーを着ていて、スリングでライフルを吊るしながら、タバコを吹かしている。<br><br>「信用できるのか？」<br><br>　そんな一団を見ながら、屋外の部隊のリーダーであり、イタリアンマフィアの若頭であるマルコ・ジョバンニが小奇麗な格好をした男に話しかけた。<br><br>「問題ないだろう。野蛮な連中ではあるが、腕は確かだ」<br><br>　カルバンクラインのスーツを着こなし、下がってきた黒ぶちの眼鏡を人差し指で上げながら答える。<br><br>　マルコは左の唇の端がナイフの切り傷によって、少し上に上がっている。その傷が彼の若頭として風格と箔をつけているであろう。長すぎず、小奇麗に切られた短髪から清潔感と精悍さが現れている屈強な男だ。軍経験者と言っても信じるであろう風格だ。<br><br>「無精ひげの男がいるだろ？　右腕に刺青をした」<br><br>　マルコに対して、優男風のこのイタリア人はもやしのように細い線で、１８０ｃｍを超えているマルコに比べて背も低い。１６０ｃｍそこそこといったところか。<br><br>「名前はジェームズ・ブラック、元アメリカ特殊部隊らしい。語学も堪能だ」<br><br>「ベルコーニが死なれては困る、問題は本当に使えるかどうかって事だ。うちにとっても大きな損害になる」<br><br>　それに対して、優男が鼻で笑う。<br><br>「いや、失礼。首相をゆする君たちを疎ましく思っている連中も多いそうだが、彼らの敵ではないよ。信頼できる筋からの紹介だ。まぁ、若手のエースである君が心配するのも無理はないと思うが、私を信じてもらいたいね、マルコ君」<br><br>　短く刈り上げられた髪をなでる。眼鏡の下からギラギラした眼光を光らせて、薄気味悪く笑う。<br><br>　ジョルジュ・アルバトラス。<br><br>　普段は大手企業の顧問弁護士という表の顔とは別に、裏ではイタリアマフィアの息のかかった企業のマネーロンダリングや法律すれすれのＭ＆Ａなど、かなり強引な手口でマフィアの信頼を得てきた男である。<br><br>「まぁ、いい。ベルコーニをあんな状態にさせた奴らは、新興宗教の連中らしい。なぜ、俺たちがそんな胡散臭い野郎共に噛み付かれたのかは分からんが、油断できる相手じゃない。くたばっても救いがあると信じてる馬鹿共だからな」<br><br>　マルコの言葉に再びジョルジュが笑う。不快感を隠そうともせずにマルコが抗議の目を向けた。<br><br>「いや、すまない。君が慎重になるのもわかるよ。神を盲信する連中は、死んでも加護があると信じている厄介な連中だ。でも、この病院内には入れないよ」<br><br>　そう言ってマルコの肩をポンと叩いた。それにマルコは頷き、再び巡回へと戻っていく。それを見ながら、病院の中へと入っていった。<br><br>　院内に入ると、必要以上の電気はつけておらず、受付上もいない。いるのはマフィアの兵隊たちだけだ。ここもマフィアの息のかかった病院で、普通の病院には行けない連中は、みんなこの病院を使っている。臓器売買のための摘出や整形、悪の巣窟である。<br><br>「アルバトラスさん」<br><br>　振り返るとそこには、先ほどマルコと話した傭兵の男がいた。後ろにはそのチームの屈強な男たちと不釣合いなブロンドの女がいる。<br><br>「ブラック君。我々の兵隊たちはどうだい？」<br><br>「悪くない。場数をよく踏んでいる。もしもの時は頼りになるだろうな」<br><br>「それは困る。もしもの時のための君たちだからな」<br><br>　それに笑いながらブラックが答えるとジョルジュの肩をポンポンと叩いて、奥へと進んでいく。<br><br>「自信過剰。これだからアメリカ人は」<br><br>　汚いものを見るような目で彼らを見送ると廊下をどんどん先へと歩いていく。ドアを開けると、そこは中庭で噴水や花壇などがよく手入れされている。最奥の病棟まで行くと、厳重な警備で固められているエレベーターホールでエレベーターに乗り、ベルコーニのいる階のボタンを押した。しばらくして、扉が開くと出迎えたのは鋭い目つきをした男たちであった。男たちはジョルジュを見ると顔を見合わせて溜め息をつく。<br><br>「あまりうろちょろされるのは困ります。アルバトラスさん」<br><br>「いや、すまない。外の様子を見てきていてね。万全の体制のようだね」<br><br>「もちろんです。たかが新興宗教の連中なんか、入り口にすら入れない」<br><br>「頼もしいね」<br><br>　ジョルジュはそう言うと、男たちは目配せをして配置へと戻っていく。<br><br>　軍経験者を含む、いわば親衛隊。警察特殊部隊ですら手を焼くであろう、彼らを正面から押し切るのは難しい。しかし、どんな堅固な要塞も中から突き崩されれば、砂上の楼閣。君たちのあがきも無駄に終わる。<br><br>　不敵な笑みを浮かべながら、ジョルジュは上着の内ポケットから携帯を取り出した。そして、空メールを送信する。深い溜め息をひとつして、ネクタイを直すと詰め所へと向かっていく。<br><br>　こいつらからは結構いい思いをさせてもらったが、敵はただのカルト集団ではない。むしろ、カルト集団という隠れ蓑の冷酷な殺戮集団。報復も恐ろしいが、彼らに目を付けられて頭を切り落とされるほうがもっと怖いのでね。<br><br>　詰め所に入ると、休憩中の兵隊たちが軽く会釈をした。それに笑顔で答えると一番奥の席に座り、コーヒーをすする。<br><br>　３杯目のコーヒーを飲み終えたところで、腕時計をみた。<br><br>「そろそろ、か」<br><br>　自分にしか聞こえないような声で呟く。<br><br>　突如、病院の正面ゲートのほうから銃声が鳴り響く。そして、唸り声のようなエンジン音とともに激しい衝突音が聞こえてきた。一斉に兵隊たちが銃を手に取り、詰め所から飛び出していく。よく訓練された男たちだ。<br><br>　閉まっていくドアの向こうから窓が見えた。爆音とともに眩しいほどの炎と衝撃により窓ガラスが割れ、ドアが閉まった。<br><br>「随分と荒っぽい手段だな。たかだか陽動なのに」<br><br>　そう言うと、上着のポケットからリモコンを出し、Ｅｎｔｅｒボタンを押した。２回目の爆発が起きる。座っていたソファが浮き上がるほどの衝撃だった。しかし、それも意を介さず、４杯目のコーヒーをすする。<br><br><br>―――――<br><br>「チェック！」<br><br>「チェック！」<br><br>「チェック！」<br><br>「こっちもＯＫだ」<br><br>　ブラックの命令で全員がセフティを解除する。<br><br>「で、私たちはどうするの、ジェームズ？」<br><br>「作戦行動中はコードネームで呼べ、モンロー」<br><br>　ブラックがモンローを叱責する。<br><br>「適当に侵入者を歓迎してやれ。ポーカー？」<br><br>『聞こえてる』<br><br>　インカムでポーカーこと、スナイパーのシルバー・マーコックに連絡をする。<br><br>「自由射撃。好きなように狙撃しろ」<br><br>『了解』<br><br>「よし、やるぞ」<br><br>　そう言うとブラックは肩膝撃ちで侵入してくるカルト集団を迎え撃つ。ＵＭＰにダットサイトを装着し、正確に敵を射殺していく。その隣でモンローがレーザーポインターを装着したＭＰ５　ＰＤＷで攻撃する。射撃の腕はそれほどでもないが、レーザーポイントでそれをごまかす。<br><br>　病院の入り口は爆弾を積んで突進してきた、ワンボックスカーにより見る影もないくらい破壊されている。これで、入り口に詰めていたマフィアは全滅。外で巡回していたマフィアが次々となだれ込む敵を迎え撃つ。<br><br>　マフィアが盾にしていた自動車が突如爆発をして、数人のマフィアを下敷きにした。敵の攻撃だ。<br><br>「２時の方向、ＲＰＧ！　パンツァーファウストだ！」<br><br>　コングこと、アレクサンドル・ザイツェフが叫ぶ。ＲＰＫ軽機関銃を軽々と操る巨漢で、チャームポイントは長く伸ばしたもみあげだ。<br><br>「おいおい。ドイツ連邦軍の武器が横流しされてるぞ。黒騎士が知ったら怒るだろうな」<br><br>　ヘラヘラと笑いながら、ブラックがそれに答える。<br><br>「あとで製造番号とか分からない？　なんとか出所が分かるかも」<br><br>「あぁ、それは無理だろうな」<br><br>　モンローこと、ユリヤ・コラベリニコフの言葉をブラックが否定をする。なぜ、という顔をしながらブラックの方をみるが、第三者によってそれは遮られた。<br><br>「おい、お前ら！　何が傭兵だ！　全然前に出ないで、こそこそ隠れながら撃ってるじゃねーか！！」<br><br>　激昂した様子のマフィアの男がブラックに殴りかからんとする勢いで食って掛かってきた。アレクサンドルやアジア系の顔立ちをして、出身国からサムライと呼ばれる、奈良兵庫はそんなのはお構いなしで攻撃を続ける。<br><br>「馬鹿言うな。猪突猛進で突っ込んだ結果があそこに転がっている奴らだろ」<br><br>　顎で息絶えたマフィアの兵隊たちをブラックが指す。カルト集団の強引な手口による侵入により、前線に向かおうとしたところで倒されたのがほとんどだった。<br><br>「それにうちを舐めてもらっちゃ困る。同じく猪突猛進に突っ込んできたクズ共はしっかりと掃除している」<br><br>　眉間にしわを寄せたまま、怒りで肩で息をしている男は、ブラックの示すとおり、重なり合って絶命しているカルト集団の信者たちの死体を見た。<br><br>　目の部分しか開いていない簡素で白塗りの質素な仮面を被っているのは、教祖様の趣味であろうか。修道衣姿で銃を持っている姿は、異様にも感じさせる。<br><br>「とにかく、貴様らには高い金を払ってるんだ！！　命で返して貰うぞ！！」<br><br>　そう息巻いて、男が最前線へと走っていく。勇ましいかな、７．６２ｍｍの反動を物ともせず、立ち撃ちで信者たちを射殺していく。勇気があるのは確かだ。<br><br>「生き急いでるな」<br><br>　ブラックが呟く。<br><br>「ブラックジャック、さっきの話だけれども、無理ってどういうこと？」<br><br>　ユリヤが尋ねたと同時に爆音が轟く。地面が浮き上がったかのような感覚が襲い、腹の奥まで響くような爆音にさすがのブラックも顔をしかめた。先ほどの勇ましく走っていった男の姿はなく、この大爆発に巻き込まれたのであろう。<br><br>「こういうことだ、モンロー。あいつらは体に爆弾巻きつけてるんだよ。で、用無しになったらドカン。身元がばれるのも嫌なんだろうな。さてさて、どうするかね。おかげで戦況は最悪だ」<br><br>「あぁ、敵味方関係なく吹き飛ばしやがったが、ほとんどのマフィアは今ので木っ端微塵だな」<br><br>　辺りには誰のものかも分からないくらいバラバラになった体の一部がそこら中に転がっている。カルト教団の信者たちを殺害するということは、爆弾も同時に生み出すということだ。障害物として留められていた自動車も今の爆発でほとんど吹き飛ばされていて、侵入者たちの道ができてしまった。<br><br>『まずいぞ、ブラックジャック。敵はどんどん投入されてる』<br><br>「死守する必要はない、ポーカー。Ｂ地点に移動」<br><br>『了解』<br><br>「ったく。どいつもこいつも黒いオーケストラみてぇな格好しやがって。商売敵に囲まれてるようで胸糞わりぃ」<br><br>　ブラックの軽口に全員が笑った。ドイツの傭兵、黒いオーケストラは黒い修道衣をすっぽりかぶっていて、フードも被っているので顔さえ良く見えない。あれでよく戦えるものだと思うのだが、単にフードを被っているだけでは中の人間の顔が見えないということは考えづらいので、黒いマスクか仮面でもしているのででないかという疑惑もある。<br><br>「あいつらに比べれば可愛いものだ。みんな素人。銃を持って、自分が強くなったと勘違いしてやがる」<br><br>　奈良がＦＮ　ＦＡＬをセミオートで撃ちながら言った。陸上自衛隊第１空挺師団からフランス外人部隊へと転向した彼は、日本人のもったいない精神なのか、マフィアの武器と合わせた装備だ。<br><br>　彼、曰く、転がっている死体が弾薬箱になるんだから、弾の心配なんかしなくていい、だそうだ。<br><br>　まるでシューティングゲームでもしているかのように、力を抜いた体勢で的確に敵を射殺していく。彼の言うとおり、武器を持っただけの素人集団なので、いいポジションにつきさえすれば、あとはこちらに向かってくる敵を慌てずに照準を合わせればいい。<br><br>「もしも、黒いオーケストラの連中がここにいるんだったら、あのクソ素人共が手を焼いている、あの機関銃座なんか簡単に制圧するだろうな。弾ばら撒いてるだけで、頭はノーガードだ。ありゃ、俺たちからすれば、撃ってくださいと言ってるようなもんさ」<br><br>　ロシア連邦保安庁のアルファ部隊出身のアレクサンドルが笑いながら言った。アルファ部隊はロシアのスペツナズの中でも最高峰の特殊部隊であり、どうしてわざわざアルファを抜けて、ブラックのＰＭＣに入ったのか、同じロシア出身のユリヤは疑問に思っている。<br><br>　ユリヤもアレクサンドルと同じ、ロシア連邦保安庁の出身ではあるが、彼らのような軍人ではない。ＳＩＧＩＮＴ機能、つまり防諜活動を行っている防諜局の出身だ。聞きたくもない、不倫電話やエロトークを毎日毎日聞かなければならない仕事に嫌気が差し、そこに目をつけたブラックにオペレーターとして引き抜かれたのだ。<br><br>　しかし、彼らの笑いもすぐに消えることになる。アレクサンドルが指摘した吹き飛ばされた自動車を遮蔽物として使っている機関銃座の３人のマフィアが一瞬で殺られたのだ。しかも、みな一様に頭を撃ち抜かれていて、その手口は素人のものではない。確実に３つの頭を狙って、薙ぎ払うように射殺したのだ。<br><br>『ブラックジャック！！　１１時の方向！！』<br><br>　インカムからシルバーの怒鳴り声が聞こえてきた。ブラックは目を凝らしてその方向を見る。３人の人間の動きが見える。隙がない。しかし、１人はどうもオドオドした様子だ。まるで、素人。否、カルト信者よりも素人かもしれない。まるでこれが実戦が初めてかのようだ。<br><br>「う、そ、だろ？」<br><br>　目を見開いて、アレクサンドルが絶句する。ブラックも舌打ちをしてから、その男たちを睨むようにしてみた。<br><br>　黒い修道衣にすっぽり被った目深のフード。表情どころか輪郭すらみることができないほどフードの中は暗く、乗馬用ブーツのコンクリートを打つ音が、この銃声の中でも確かに聞こえてくる。武装はドイツ連邦軍正式採用銃、Ｇ－３６Ｋアサルトライフル。<br><br>　間違いない、黒いオーケストラだ。<br><br>「ポーカー！！　Ｃ地点まで撤退！　ここはすぐに突破される！」<br><br>『了解！』<br>　<br>「撤退準備！　中庭まで後退する！」<br><br>　ブラックの指示で一斉に中庭まで全速力で駆けていく。その勢いにびっくりしたような顔をしたマフィアは、どうしたのかと思って前を見た。それが彼の見た最後の光景だった。<br><br>　黒いオーケストラは今までのカルト信者たちの遅々とした行動が嘘であったかのような快進撃だ。何やら揉めているようだが、そんなものはお構いなしにマフィアたちを蹴散らしていく。超一流と三流の格の違いだ。<br><br>　しかし、Ａ．Ｃ．Ｅ．の面々も超一流。世界最高峰の部隊から構成された傭兵だ。ブラックはアメリカ特殊作戦陸軍の第１特殊部隊デルタ作戦分遣隊、いわゆるデルタフォース出身だ。シルバーは、イギリス空軍特殊空挺部隊、ＳＡＳの名スナイパー。元々、この２人でＡ．Ｃ．Ｅ．を創設したのだが、ブラックはいいとして、なぜシルバーも軍を抜けたのかは、大きな疑問のひとつである。<br><br>「お、おい。いいのか？　あいつら、逃げてくぞ」<br><br>「あいつらと一緒にいたほうがいいんじゃねーのか？　あんな化け物、俺たちじゃ相手できない」<br><br>「待て！　あいつらを病院内に入れないって言うのが俺たちの仕事だ。俺たちマフィアがあんな得たいのしれねぇー奴らにびびってどうすんだよ！？」<br><br>　マフィアの兵隊たちの足並みも徐々に揃わなくなってきた。突然の強敵の襲来により、動揺が広がっている上に、超一流のＡ．Ｃ．Ｅが後退していることが余計に恐怖を与える。<br><br>「貴様ら、うろたえるな！！！」<br><br>　鶴の一声。浮き足立っていたマフィアたちの表情が引き締まる。若頭のマルコだ。上着は脱いでいて、ベストの下のシャツは血で真っ赤だ。<br><br>「あいつらは逃げてない。後退しただけだ。ベルコーニのいる病棟に敵を入れなければいい。ここは放棄する」<br><br>「しかし……！！」<br><br>　食い下がる部下を一瞥すると、低い声で言い放った。<br><br>「死ぬぞ」<br><br>　踵を返し、Ａ．Ｃ．Ｅ．が去っていったところへとマルコが走っていく。それに遅れまいと彼の部下もそれに続く。頑強な攻撃に後退途中に脱落する兵隊たちがいたが、マルコは唇を固く結び、後退していく。<br><br>　２回目の大爆発が起きる。恐らく正面側の病院の壁面は破壊されただろう。もう少しあそこに留まっていたら、自分たちも巻き添えになっていたことを想像して、マルコは背筋が凍った。<br><br>「よぉ、よく生きてたな」<br><br>　ブラックが片手を挙げながら、陽気にあいさつをしてきた。<br><br>「お前らを舐めていたようだ。アメリカ軍の特殊部隊と言ったか。どこなんだ？」<br><br>「ほぉ、やっと俺たちに興味を示したか。俺は第１特殊部隊デルタ作戦分遣隊だ」<br><br>　それを聞いてマルコの顔が変わる。目を見開いて、まじまじとブラックの顔を見た。<br><br>「デルタ、だと……！？」<br><br>「ブラックジャック、談笑してる場合じゃないわ。黒いオーケストラが迫ってる」<br><br>　ユリヤがラップトップＰＣをカタカタと操作しながら、忠告をする。どうやらどこかにハッキングしてそこの映像から敵の動向を見ているようだ。<br><br>「黒いオーケストラだと？」<br><br>「おいおい。黒いオーケストラを知っているとは、こいつただのマフィアじゃねーぞ」<br><br>　その単語に反応したマルコをアレクサンドルが目を細めるようにして見ている。しかし、イタリア語を喋れるのはブラックだけなので、アレクサンドルの代りにその疑惑を口にする。<br><br>「黒いオーケストラは、お前らみたいなチンピラマフィアを相手にするような傭兵じゃねぇ。国を相手どって、しかもどんな汚い仕事も引き受ける掃除屋だ。そんな奴らをなんでお前が知ってるんだ？」<br><br>　真っ直ぐと疑惑の目を向けるブラックだが、マルコはまるで動じない。睨み合いが続く中、突然、ブラックがマルコの尻を触る。それを振り払おうとするが、ベタベタとマルコの体を触り続ける。<br><br>「貴様、ゲイか！！　気持ち悪い！！」<br><br>「アルピーニか」<br><br>　アルピーニ。イタリア陸軍の山岳戦闘を専門とするエリート部隊だ。幼少期から山で暮らす者から構成される部隊という伝統があるため、決められた土地内に住んでいるイタリア人から構成される。<br><br>「なぜ、分かった？」<br><br>「筋肉のつき方が違う。第１０山岳師団の友人と同じ筋肉だ」<br><br>「なるほど、さすがはデルタフォース。で、どうする？　黒いオーケストラは元ドイツ連邦陸軍のＫＳＫなんだろ？」<br><br>「あぁ。まぁ、だがなんとかなるだろう。それより敵の攻撃に備えろ。そろそろ爆薬を設置し終える頃合だろう」<br><br>　そう言ってブラックは身構えた。先ほどの大爆発により１階部分は半壊寸前。アレクサンドルと奈良、それとマフィアの攻撃で敵は中庭に到達するどころか、廊下を１秒も歩くことができない。<br><br>「爆薬？」<br><br>　マルコが怪訝な顔をして聞き返した。<br><br>「味方の体に爆薬仕掛けるような大馬鹿野郎だぞ？　それに手段を選ばない黒いオーケストラ。この戦況を打破するためなら、１階部分を吹き飛ばすな」<br><br>「正気か、ブラック？　崩れ落ちるぞ？」<br><br>「俺たちを怯ませればいい。後はお得意の物量作戦だ」<br><br>「ブラックジャック！！　敵の攻勢が緩んだ！！　それに黒いオーケストラの姿が見えん！！」<br><br>「衝撃に備えろ！！」<br><br>　ブラックが言うか早いか、辺りは爆音に包まれた。あちらこちらに瓦礫が吹き飛び、その爆発に巻き込まれた人間は血潮と飛沫を撒き散らしながら、絶命し、残った者も耳を押さえながら、軽い脳震盪を起こしている。<br><br>「敵の攻撃に備えろ！！」<br><br>　再びブラックの命令が響き渡る。Ａ．Ｃ．Ｅ．の４人が木っ端微塵に吹き飛ばされた１階部分の代りにだるま落としの要領で落ちてきた２階の部屋に手榴弾を投げ込む。爆発と同時に悲鳴と赤い血しぶきが飛んだ。<br><br>「撃ちまくれ！！」<br><br>　今度はマルコが命令を出す。マフィアの兵隊たちが一斉にそれに答える。ブラックの読みどおり、２階の部屋という部屋からカルト集団の信者たちがわらわらとこちらに向かってくる。<br><br>「ルチアーノ、バトン！　奥の病棟からアルコール薬品と包帯を持って来い！！　あるだけ全部だ！！」<br><br>　マルコの命令で２人が一斉に駆けていく。<br><br>「モロトフ・カクテルでも作るつもりか？　考えることがいちいちエグイ」<br><br>　ブラックが笑みをこぼしながら、言った。そんな軽口にもマルコは対応しようとしない。ただ、ひたすら目の前の敵を倒していく。最前線で戦っていたため、ブラックたちは彼の戦いぶりをみることはできなかったが、元アルピーニの名に恥じることのない戦いだ。<br><br>「で？　お前、どうするんだ？　ここまで痛めつけられたマフィア、お前は運良く生き残っても続けるのか？」<br><br>　まだブラックの問いには答えない。黒いオーケストラも戦闘に参戦してきて、一気に苦戦を強いられてきた。マフィアの兵隊たちの数も確実に減らされている。それに対して、倒しても倒しても湧いて出てくる信者たち。一体、何人の戦闘員を連れてきたのであろうか？<br><br>「元アルピーニなら、他にもっといい仕事があるだろ。それこそ俺たちみたいな傭兵でもいい。何なら再就職先として考えてもいいぞ」<br><br>　無視を続けるマルコに対して、ふん、と鼻を鳴らした。物陰に隠れて、ＵＭＰに新しいマガジンを装填すると薬品の類を抱えて走ってくる２人が見えた。ニヤっと笑みをこぼして、ポケットからタバコを取り出す。そして、ジッポライターで火をつけると、ライターの火はそのままにして、深呼吸をするように吸い、大きな溜め息をつくように紫煙を吐き出した。<br><br>「それ、よこせ。火炎瓶ならお手のもんさ」<br><br>　ブラックが２人の持ち物を強引に奪って、次々と即席火炎瓶を作っていく。<br><br>「ほれ、コンゴ、サムライ、モンロー。キャンプファイヤーの時間だぜ？」<br><br>　ブラックの作った火炎瓶をＡ．Ｃ．Ｅ．の面々に渡すと、マルコが援護射撃の命令を出す。激しさを増す銃撃にさすがの敵も怯んだ。その隙を逃さず、一気に火炎瓶を部屋へと投げ入れる。<br><br>　感情を一切出さず、言葉さえ発しない信者たちが初めて言葉を発した。しかし、それは言葉と言うにはあまりにも高尚で、声と言うにはあまりにも美麗なものであった。<br><br>　まさに阿鼻叫喚。だるま落としのように崩れ落ちた２階部分だが、足元の状況は劣悪そのもの。狭い空間の中で、火炎瓶を投げ込まれたため、一気にパニック状態になった。<br><br>　火達磨になった信者がのた打ち回ったり、暑さのあまり暴れている。そのせいで、燃えやすい修道衣に次々と火が引火していく。マルコも元軍人だけによく分かっていて、攻撃を最小限のものにするように命令している。<br><br>　しかし、その思惑も黒いオーケストラによって砕かれてしまった。火達磨になり、仲間に次々と引火させていく信者を撃ち殺していった。これにはさすがの信者も困惑した様子を見せる。何の躊躇いもなく、仲間を殺していく。しかし、これが国を相手どって戦う傭兵だ。<br><br>「次だ！！　いいか、火炎瓶を投げ込む奴に敵の攻撃を晒させるな！！　俺たちが火達磨になるぞ！！」<br><br>　マルコの怒声で、再び援護射撃が始まる。奈良は手榴弾を両手に持ち、安全ピンを抜くと、黒いオーケストラがいる場所に投げ込む。投擲手を確実に狙ってくるなら連中しかいない。火炎瓶を投げ込む、少し前のタイミングで投げ入れる。その際に、黒いオーケストラと目があった。奈良の意図をすぐに理解すると銃をめちゃくちゃに乱射しながら、回避行動を取った。<br><br>「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ！！！！！！！！！」<br><br>　運悪くめちゃくちゃに乱射した銃弾がマフィアが手にしていた火炎瓶に命中した。炸裂した中身が火を放ちながら、投擲手に降り注ぐ。その瞬間、眩しい閃光に包まれながら、この世のものとは思えない叫び声を上げ、のた打ち回る。<br><br>「クソっ！」<br><br>　カルト集団の二の舞になる！<br><br>　そう感じたブラックが素早く火達磨になっているマフィアに銃を向ける。しかし、ブラックが撃つ前に、マルコに頭を撃ちぬかれた。<br><br>「次だ！！　お前らに浴びせるための火炎瓶じゃないんだ！！　敵に的確に命中させろ！！」<br><br>「容赦ないな、この若頭さんは」<br><br>　ぼそりと奈良が呟いた。ブラックもそう思った。この狭い空間で全身火達磨になりながら、暴れまわる人間は脅威以外の何者でもない。それをあれだけ素早い判断で射殺したのは、大したものだ。いい指揮官になる。しかし、そこには若頭というリーダーとして、仲間としての躊躇いが一切存在していなかった。ブラックよりも早く射殺したあの速さ、ブラックは再び疑惑の目を向けた。<br><br>「後ろ！！」<br><br>　ユリヤが叫ぶ。その意図を理解したアレクサンドルがＲＰＫを後ろのドアに向かって連射する。７．６２ｍｍ弾がけたたましい銃声と共にドアを蜂の巣にする。続いて、奈良が火炎瓶に火をつけて、アレクサンドルがドアを蹴破ると同時に投げ入れる。<br><br>　再び、断末魔の声が轟く。<br><br>　今度は複数。<br><br>　ドアから火達磨になっているカルト信者たちが次々と飛び出してきた。しかし、出た瞬間２人にすぐさま射殺されて、中庭の中央部分は焼死体が重なり合って、ブラックが言っていたようにキャンプファイヤーのようになっていた。<br><br>「ブラックジャック！！！」<br><br>　ユリヤが驚いたような、咎めるような声で鋭く叫ぶ。そこには驚くべき光景があった。<br><br>　ブラックとマルコがお互い銃を向けながら、睨み合っている。一触即発の雰囲気で少しでも動いたら、引き金を引きかねないような、非常に緊迫した状況だ。<br><br>「何してるの！？」<br><br>　ユリヤが悲痛な叫びを上げる。<br><br>「おい、アルピーニ。貴様、裏切ったな？」<br><br>「それはこちらの台詞だ、デルタ。俺たちを上手い具合に誘導して、挟み撃ちの上に一網打尽にするつもりだっただろう」<br><br>「火達磨になった仲間をあそこまで早く射殺できるものか？　確かにお前の判断は素晴らしかった。だが、そこにはためらいや苦悩というものが一切無かったがな」<br><br>「あそこで殺らなければ、他にも引火して火達磨になる奴が出てくる。ああするしかなかったんだよ」<br><br>「だとしても。だとしても、お前の行動はあまりにも非情すぎるな。むしろ、進んで射殺したように見えたが？」<br><br>「俺が仲間を進んで殺したと？」<br><br>「とぼけるな。そう言ってるんだよ」<br><br>『ブラックジャック、いがみ合いをしている場合じゃない！　正面の攻撃は陽動だ！　下水道からどんどん敵が湧き出てくるぞ！』<br><br>「下水道から薄汚いドブネズミ共が湧いて出てきているようだ。これも、お前の手引きか？」<br><br>　ブラックの言葉にマルコの片眉が上がる。ついに我慢の限界にきたようだ。それと同時にアレクサンドルと奈良が最奥の病棟へと侵入していき、その後ろにユリヤがついていく。<br><br>「ならば、お互い、生き残ることを考えてみたらどうだ？　ん？」<br><br>　マルコの提案にブラックが目を丸くして驚いた。<br><br>「生き残ることだ、と？」<br><br>「そうだ」<br><br>　銃はしっかりとブラックの頭に照準を定めながら、マルコがぽつりと語りだす。<br><br>「俺は貴様を疑っている。その逆も然り。だが、生き残りたいという願望は疑いようのない事実だ。違うか？」<br><br>「ふん、面白いことを言うじゃねーか」<br><br>『ブラックジャック！！！！　呑気におしゃべりしている場合じゃない！！　奴ら、動きがまったく違う！！　こっちは確実に軍経験者だぞ！！』<br><br>「だったら、ついてこい。お互い裏切り者かどうか、腹探り合ってんなら、その場で怪しい動きした時点で撃ち殺しゃいい」<br><br>「いいだろう。ルチアーノ、バトン、俺についてこい！」<br><br>　ブラックが病棟の中にマルコと一緒に入っていく。マルコの部下がその後ろからついていき、熾烈な銃撃戦が展開されているエレベーターホールまで進んでいく。<br><br>　エレベーターホールの詰めているマフィアの兵隊は、いずれも軍経験者の猛者たち。しかし、数に圧倒され、陥落も時間の問題のようだ。<br><br>「ちょっと待てよ、アルピーニ。そっちは違うんじゃないか？　エレベーターホールを死守しなきゃ、このゲームはお前らの負けだ」<br><br>　エレベーターホールを無視して、階段で上に上がろうとするマルコを止める。銃口はマルコにしっかりと向けられていて、返答次第では射殺するという気迫さえ感じられた。<br><br>「ブラックジャック！」<br><br>「咎めるな、モンロー。お前にゃ分からんだろうが、こいつは疑惑の塊。味方の生き死にを計算していない」<br><br>『ジミー！！　もう中庭はダメだ！！　敵が病棟に押し寄せてくるぞ！！』<br><br>　ポーカーがブラックを名前で呼ぶ。<br><br>「アルピーニ？」<br><br>　首を傾げながら再び問う。<br><br>「聡いデルタだ。その頭でなぜ軍から離れたのかが疑問だな。半分正解で半分間違いだ。俺はまだ裏切っちゃいない、これから裏切るんだ」<br><br>「どういうことだ？」<br><br>　いらついた様子で奈良が尋ねる。<br><br>「リスクを背負ってでも裏切る理由が俺たちにはある」<br><br>「若頭じゃないのか？」<br><br>「鎖に繋がる振りして、喉仏を食う瞬間を待っていたんだよ」<br><br>「だが、アルピーニ。その喉を食らったところで、頭はまだ動くんだぜ？」<br><br>　銃口を少し下げて、ブラックが言った。<br><br>「死んだ人間が自分たちをどうこうできると思うか？」<br><br>「死人はどっちだ？」<br><br>「俺たちさ」<br><br>「ブラックジャック！！　もうここは限界だっ！！」<br><br>　ＲＰＫを連射しながらアレクサンドルが後退してきた。その表情を見たブラックはここらが潮時だと判断した。<br><br>「なら、俺たちは降りる。心中するつもりはない」<br><br>　そう言って踵を返すとマルコにまて、と呼び止められた。<br><br>「病院の西側はカルト集団が湧いて出てきている下水道もろとも木っ端微塵に吹き飛ぶ。離脱するなら東側にしろ。ついて来いよ。屋上の仲間と合流するんだろ？」<br><br>「信用できるか」<br><br>「妙なことしたら、撃ち殺すんだろ？」<br><br>「で、なんで屋上で合流すると思う？」<br>　<br>「俺ならそうするからだ」<br><br>　ふん、と鼻で笑う。マルコは意地悪そうな笑みで部下と階段へと向かった。<br><br>「ポーカー、プラン変更だ。離脱する。契約はこれで終いだ」<br><br>『いいね、大賛成だ。で？　どうやって？』<br><br>「屋上に合流する。それまで下の奴らと遊んでろ」<br><br>『冗談きついぜ。スナイパーがちょっかい出してきて、ここは遊びづらいぜ』<br><br>　軽口を叩きながら通信を切る。モンローは話について来れていないらしく、ソワソワした様子でブラックの後を追うが、奈良とアレクサンドルは後方警戒しながらその後に続く。３階まで上がったところで、ふいにマルコが振り向いた。反射的にブラックが銃を向けるが、それに苦笑いで答える。<br><br>「もう階段を昇る奴はいないか？」<br><br>「後ろにはカルトだけだ」<br><br>　アレクサンドルの言葉を合図に爆音が響く。階段の踊り場は粉塵で立ち込めて、ガラガラと階段が崩れる音と重なる。<br><br>「容易がいいこった」<br><br>「ここでお別れだ。うまく逃げろよ？」<br><br>「当たり前だ。金貰って死んでたまるか。使うためにあるんだからよ」<br><br>「再就職のアテとして考えてもいいのか？」<br><br>「覚えておけ、いつだって俺はお前のケツを狙ってるからな」<br><br>　そういって、腰のホルスターからガバメントと取り出した。それに笑うと表情をきつく引き締めて、部下を連れて病棟の奥まで走っていく。<br><br>　ブラックたちはすぐさま屋上へと向かっていく。階段は破壊したが、エレベーターホールの様子からいって、長くはもたない。今まさにエレベーターが開いて敵が出てきてもおかしくはないのだ。<br><br>『ブラックジャック、まだか？　いつまでギャンブル楽しんでるんだ？』<br><br>「焦るなよ、ポーカー。俺はカウンティングしてるんだ。要らないカードは交換すればいい”ポーカー”とは違うん……」<br><br>　ジョークで返そうとしたブラックの目の前のエレベーターのドアが開いた。奈良とアレクサンドルはすかさず銃口を向けるが、それを急いで制する。<br><br>「撃つなっ！！！」<br><br>「撃つなっ！！！」<br><br>　二つの声が重なった直後、けたたましい銃声が響き渡る。Ｇ３６Ｋから吐き出された５．５６ｍｍ弾は奈良とアレクサンドルの間を割るようにして、後ろの壁から天井の方向に着弾していく。<br><br>「やめろ、撃つなっ！！！」<br><br>「撃つんじゃないぞ、サムライ、コング！！！」<br><br>　エレベーターから銃撃をした当人は、控えていた二人に取り押さえられて、銃を取り上げられた。そして、ゆっくりとした足取りでその内の一人が歩いてくる。<br><br>「随分な挨拶じゃないか。ここで演奏でも始める気か」<br><br>　ＵＭＰを構えてアインスの頭を照準しながら、怒った口調でブラックが言う。<br><br>「落ち着け、ブラック。ヌルは少々情緒不安定でな」<br><br>「面白くない冗談だ。笑えない」<br><br>「そう言うな。下で散々殺しあった仲だろ」<br><br>「上でも、だろ？」<br><br>「動くな、ツバイ、ドライ。情緒不安定のヌルを離したら、お前らお役御免だぞ」<br><br>　ブラックの敵意ある言葉に反応した黒いオーケストラだったが、アレクサンドルに制される。<br><br>「丁度いい。ここは病院だ。精神科を探したらどうだ？　それとも貴様らが病棟ごと吹き飛ばしちまったかっ！！！！」<br><br>「落ち着け、ブラック。これも仕事だ」<br><br>　ヌルが両手を上げて、落ち着くように制する。<br><br>「何が落ち着けだ、バカ野郎！！！　撃つなと言ってるのに容赦なく弾叩き込んでくる馬鹿連れて来やがって！！　情緒不安定なら薬飲ませて、縛っとけ！！　ド素人並みの腕前になってるぞ！！！　元ＫＳＫの敏腕中尉が聞いて呆れる！！！」<br><br>「落ち着けって。それよりお前らジョルジュ・アルバトラスって野郎を知らないか？」<br><br>　アインスの質問にブラックが眉をひそめた。<br><br>「ジョルジュ・アルバトラスっつたら、ここの顧問弁護士だろ？　なんでそいつなんかに用があるんだ？　お前らの標的はベッドの上でお寝んねしてるマルコーニじゃないのか？」<br><br>「両方だ。そいつの居場所を教えてくれたら、脱出を手引きしてやる」<br><br>「へぇ、そうかい。奴だったらこの先の詰め所にいるんじゃねぇか？　じゃあ、俺たちは屋上からさっさと逃げさせてもらう。あ、そうだ」<br><br>　思い出したかのように屋上へと続く階段から降りてくるブラック。アインスに近づくと愉快そうな笑みを浮かべた。<br><br>「アインス、あのカルト集団の中から一人でいいから拉致してくれないか？」<br><br>「はぁ？」<br><br>「お前らはよくわからねぇ新興宗教の教祖様との契約でここにいるかもしれないが、俺たちの契約主はあの黒騎士だ」<br><br>　黒騎士の名前を聞いて、ツバイとドライが反応をする。既に銃を下ろしていた奈良はすかさず反応したが、すぐにそれを下ろす。<br><br>「日本で黒騎士となんかやりあったんだろ？　別に俺たちにとっちゃクソどうでもいい話ではあるが、お前らに借りを作っとくのは悪くない。お前ら経由で黒騎士に捕虜を受け渡しとけよ。悪い話じゃないだろ？　お前らは脱出の手引きとして、俺たちを阻もうとするお仲間を黙らせる。お前らは契約主との仕事をきちんとこなした上で、黒騎士に仲良くなる材料を引き渡す」<br><br>「いいだろう」<br><br>「あぁ、それと」<br><br>　ブラックに主導権を取られて機嫌が悪くなったのか、荒い足取りでその場を去ろうとするアインスを呼び止める。まだ用があるのか、とその黒いフードのしたから文字がそのまま出てきそうな勢いで振り向くと、ブラックはさらに嫌味な笑みを浮かべる。<br><br>「言い忘れてた。元アルピーニのマフィアの若頭がこれから裏切るみたいなんだが……」<br><br>「あぁ、あの血まみれの奴か。アルバトラスも裏切り者だぞ。下水道から手引きしたのはあいつだ」<br><br>「へぇ、そいつは知らなかった。元アルピーニに会ったら教えてくれ。殺すのには惜しい奴だ。そうそう。それで、元アルピーニの若頭はな、この病棟の西側を完全に爆破するんだとよ」<br><br>　じゃあな、と背中越しに片手で手をひらひらと振ると、その後ろからそれを早く言え、と怒号が帰ってきた。クスクスとアレクサンドルが笑いながら屋上へと上がると、頭の上で風を切る音がする。<br><br>「景気がいいな、ポーカー！」<br><br>「遅いぞ、ブラックジャック！　逃げるんだったらさっさとしよう。さっきパンツァーファウストが飛んできやがった！」<br><br>　そう慌てるな、と呑気な声で答えると布で覆って隠してあったガスボンベを引っ張り出した。<br><br>「よくもまぁ無傷でいられたな、幸運だ」<br><br>「まがいなりにもプロなんでね」<br><br>「いや、こっちの話」<br><br>　ガスタンクを指差すブラックにシルバーが舌打ちをした。それに笑うと今度はゴロゴロとガスボンベを転がして、送電線が通っているところまで持っていく。<br><br>「液体窒素も一緒に持ってくのか？　それはカルト連中を氷漬けにするためのもんだろ？」<br><br>「いやいや、コング。さっき黒いオーケストラに頼んだばかりだろ。送電線にこれをつないで、一気に噴射させて、この銃弾の嵐を切り抜けるのよ」<br><br>「黒いオーケストラにあったのか！？」<br><br>「その話は後だ、ポーカー」<br><br>　３つの液体窒素入りのガスボンベを手早く準備すると、器用にいらない電線を切断し、脱出用に使う送電線に引っ掛けて、ボンベに繋いでいく。<br><br>「モンローは俺とタンデム。コングは１人で行け。お前は単品でも重量オーバーだ」<br><br>　うるさい、とアレクサンドルが抗議の声を上げるが、笑い声にかき消される。ボンベを送電線から宙吊り状態にするとズボンのベルトをさらにボンベに引っ掛けていつでも脱出できる準備が済んだ。<br><br>「クソっ！　狙われてる！」<br><br>　隣にいた奈良が悪態と共に首を引っ込めた。その様子をシルバーが笑う。<br><br>「だったら、さっさと行こうか。このまま氷漬けにもなりたくないしな」<br><br>「ブラックジャック！！」<br><br>　ユリヤはブラックの体の前で紐で固定されているのだが、そのユリヤが後ろを見ながら叫んだ。何事かを思ったブラックが振り返ると、そこには窓の中から驚きの表情を見せるジョルジュ・アルバトラスがいた。しかし、その表情はすぐに怒りの表情へと変わり、上着の下に手を伸ばす。<br><br>「ボンベを撃て！！」<br><br>　ブラックの号令を共に銃でボンベを撃つ。圧縮された液体窒素が圧力によりジェット噴射して、送電線の上を猛スピードで走っていく。ブラックはホルスターからガバメントを素早く抜いて、ボンベを打ち抜こうとすると、ジョルジュがベレッタを抜いているところであった。<br><br>　しかし、もう既に銃を抜いているブラックは素早くボンベを撃ちぬくと、液体窒素のジェット噴射は２人をジョルジュから遠ざけると同時に、ジョルジュのいる窓を液体窒素がその圧力によってぶち破る。－１９６℃の液体窒素をジョルジュ全身に浴び、液体窒素がかかった生体組織は瞬く間に凍傷を負う。<br><br>　ブラックたちが脱出している最中に１階部分が崩落している病棟が再度大爆発を起こした。崩落を免れた場所は爆発により完全に吹き飛ばされ、見る影もない。<br><br>「黒いオーケストラだ」<br><br>　ブラックがそう呟くと引っ掛けていたベルトを離す。慣性の法則を感じながら、地面に激しく激突すると、前からユリヤの激しい頭突きがブラックを襲う。<br><br>「ごめん、不可抗力」<br><br>「分かってる」<br><br>　ナイフで固定していた紐を切ると、ユリヤは服についた砂を払い落とす。鼻を押さえながらよろよろと立ち上がったブラックは脱出してきた病棟のほうを振り返った。それと同時に病棟が中から破裂したように爆発を起こした。もう何回目の爆発だろうか。溜め息混じりに笑うと他の面々と一緒に静かにその場を後にする。<br><br>　黒いオーケストラがベルコーニだけではく、アルバトラスを標的にしていたということなら、今頃奴も敵の手にかかっているところだろう。<br>　<br>　そう考えながら、ブラックはタバコに火をつける。マフィアを裏切ると宣言したマルコのことが一瞬頭をよぎったが、裏切り者の末路はいつも悲惨だ。ジョルジュもその例に漏れないだろう。<br><br>　せいぜい長生きしろよ、と心の中で呟き、紫煙を吐き出した。
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<link>https://ameblo.jp/tatsuboo/entry-11084171207.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Feb 2012 16:46:59 +0900</pubDate>
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<title>ｂｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒ　第３話　Ｂ．Ｅ．</title>
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<![CDATA[ 　<br>　フレデリックに窓から蹴落とされたマードックとマキは怪我もなく、１階まで降りてきた。マードックの腕に装着した正方形の腕時計のような装置は妙な電子音を出すと、とんでもない力で壁に引っ付いたのだ。手錠で繋がっているマキを何とか腕で受け止め、不思議そうな顔で辺りを見回す。<br><br>　ヘルトやフレデリックは正方形の物体を靴の裏に装着し、重力に逆らって壁を歩いていた。ぽかんとした顔で見ていたマードックは、フレデリックに小さな黒い長方形の装置を渡される。装置は単純な作りでＯＮとＯＦＦのスイッチしかないものであった。<br><br>　マードックがＯＮになっているスイッチをＯＦＦにすると、今まで壁にくっついて離れなかった腕時計型装置が壁から離れて、再び垂直落下する。急いで、スイッチをＯＮにすると、またもや電子音がして壁に叩きつけられる。<br><br>「閣下。これはスパイダーマンになる道具ですか？」<br><br>「閣下はやめろ、マードック。少なくともここではな。それは強力な電磁石が内蔵されたものだ。電子音が煩わしいがまだ実験段階だからだが、潜入任務に役立つはずだ。うまく使えよ」<br><br>　フレデリックに敬礼で返すとラペリング降下のようにうまくスイッチのＯＮ、ＯＦＦを使って壁伝いに移動する。マキの顔は引きつり、マードックにしがみついていた。絶叫マシーンが苦手なくちだろう。<br><br>「井上さん。悪いが付き合ってもらおう。もうこっちの身元はばれてるから、容赦はしないぞ」<br><br>　ヘルトが無表情で言い放つ。ブレザーの右内ポケットを見せるようにすると、ホルスター内に拳銃が納まっていた。何か言いたそうに口を開こうとするマキだったが、ヘルトが人差し指を立てて黙らせる。<br><br>　ヘルトの前にフランクが歩き、その後ろにヘルトとフレデリックが続く。まだ手錠でマードックに繋がれているマキの後ろにはユーリとカールがついてくる。いつもにこにこしていて紳士的な印象のユーリだが、今は無表情で初めて見た表情が怖かった。<br><br>「どうだった、あの携帯電磁石は？　スリル満点だよね」<br><br>　マードックに話しかけられたが、マキは話をする気はさらさらなく、適当に首を振った。どう考えても話をする気にはならないだろう。<br><br>「俺も昔、小便ちびりそうな体験をしたよ。軍にいた頃、起きたらなぜかＦ－１５のコックピットにいたんだよ。同期に馬鹿野郎がいてね。起きたらＦ－１５だよ？　そしてらそいつ、キャノピーを閉じずに発進しやがって、宙返りする寸前に俺がキャノピー閉めたんだけど……」<br><br>「マードック。お前の頭がイカれ始めた頃の話しはいいから、黙ってろ。それにそう簡単に軍にいたなんて言うな」<br><br>「申し訳ありません」<br><br>　フレデリックに注意され、背筋を伸ばして謝罪の言葉を述べた。マキは小さな溜め息をついて、自分の境遇に新ためて失望する。あの夜、馨と別れた後、気になって戻っていったら例の修道衣の男に担がれているところを発見した。倉庫裏まで追いかけたが、銃を発砲するところを見て、怖くなって民家を抜けながらなんとか道路まで出ると、そこには黒いスーツの男たちがいた。その後、あの銃撃戦が始まり、マキは横道の電信柱の裏に隠れてその場をやり過ごしたが、怒りの表情でタバコを吸うヘルトを見たのだ。<br><br>「井上さん、やけに落ち着いてるね。日本の女性は逞しいの？」<br><br>　マードックの問いに再び溜め息が漏れる。<br><br>「いえ、今でも頭は混乱してるし、あなたたちが怖いです」<br><br>「怖がらなくてもいいよ。まぁ、確かに銃を持ってるけどカール副隊長なんてなかなかユーモアのある人だからね」<br><br>　マキは後ろにいるカールのほうを振り向いたが、カールは険しい表情をしながら銃をマードックの背中に突きつけた。<br><br>「馬鹿話しはその辺にしろ。着いたぞ」<br><br>　古めかしい倉庫の前までついてヘルトが口を開いた。フランクが鍵を開けて引き戸を開けると、そこには階段があって、ヘルトが無言のまま顎で歩くように指示をした。マキは恐る恐る階段を下りていくとそこには１本道の廊下があり、その両脇にいくつもの扉がアル。その中で一番近い扉に通されると質素な部屋の作りの中で、牛皮製の大きな黒いソファに座るように命令される。<br><br>「正直見られるとは思っていなかったな」<br><br>　フレデリックが壁に寄りかかって、腕を組みながら呟く。カールは深き溜め息をついた後にマキを一瞥する。後ろ手に手を組み、冷たい視線で見られたマキは恐怖で再び足が震える。明親学園でパーマがかかった長い髪を切り、耳に少しかかるくらいの長さで清潔感がある髪型だ。<br><br>「五十嵐馨、だったな。ユーリ。彼の資料はあるか？」<br><br>「はい。あります」<br><br>　ヘルトがマキの目の前のソファに座り、タバコに火をつける。もう何も驚くまい。銃撃戦を見たのだから。<br><br>「君は五十嵐馨が誘拐されたと言ったな？」<br><br>　紫煙を吐き出しながらマキに尋ねる。マキは口を開いたもののなかなか言葉が出てこない。<br><br>「さっきの勢いはどうした？　カールが相手じゃないと喋れないか？」<br><br>　カールが思わず顔をしかめる。それを資料を持ってきたユーリは背中をポンポンと叩いて笑う。カールはそれに蹴りで答え、内ポケットからタバコを出して火をつけた。<br><br>「あ、あの。あなたたちは一体何者なんですか？　あの夜に、なんか、鉄砲で撃ち合いしたと思ったら、今日なんか、普通に」<br><br>「落ち着け。俺はヘルト・ハーデス大尉。軍人だ」<br><br>「軍人？」<br><br>　マキは思わず聞き返したが、ヘルトはそれには答えずに渡された資料に目を通す。<br><br>「多国籍軍だ。どこの国に所属しているというわけではないがな。ここには調査のために来た」<br><br>「多国籍軍？　調査？　えっ？」<br><br>「落ち着け。フレデリック、彼女に飲み物を」<br><br>「馬鹿か。酒とイチゴ牛乳しかないんだぞ」<br><br>「だからイチゴ牛乳持って来いよ」<br><br>　舌打ちをしてフレデリックがタバコを吹かせながら冷蔵庫まで歩いていく。慌ててカールがその後を追い、コップとコースタを用意して、マキの前にある机に置いた。フレデリックはイチゴ牛乳のパックを乱暴に置き、睨むように顎で飲めと指示をする。<br><br>「俺たちが留学生というのは、真っ赤な嘘だ。ここに来た本当の目的は、ある事件の調査のために来たんだ。……どうだ？　落ち着いたか？」<br><br>　喉を鳴らしながらイチゴ牛乳を飲み干したマキにヘルトが笑いながら聞いた。それに恥ずかしそうにはい、と答えると机にコップを置く。その空になったコップにカールがイチゴ牛乳を注いだので、マキは礼を言った。カールもマキに気を遣っているようだ。<br><br>「昨日の夜の、あれと、そのヘルトさんの調査っていうのと関係があるんですか」<br><br>　マキの問いにヘルトが困ったような顔をして、フレデリックを見た。フレデリックも紫煙を静かに吐き出しながら、首を振る。<br><br>「結論から言えば、関係はない。多分な」<br><br>「多分？」<br><br>「あぁ。俺たちもまだよく分かっていないんだ」<br><br>「で、でも、ヘルトさんはあの人たちのことを知っているんですよね」<br><br>　思わず身を乗り出して尋ねるマキにヘルトが答えに困る。カールが優しくマキの肩を叩くと、すみませんと一言言って座る。<br><br>「あいつらは黒いオーケストラっていう傭兵だ。裏の世界ではかなり名が通っている凄腕の連中で、そのなんだ」<br><br>　ヘルトが急に言葉を濁した。マキは首を傾げながら、真剣に話を聞いている。その姿にヘルトは溜め息をついて、重い口を開いた。<br><br>「裏の世界で生きる人間だからな。マフィアみたいなアウトロー共の依頼ももちろんあるんだが、国が直接介入できない汚れ仕事なんかを主に引き受けてるんだ」<br><br>「汚れ仕事って……」<br><br>「国が先頭きって犯罪に手を染めることはできないだろ？　だが、それをやらないと国益が守れないときがあるのさ。まぁ、大人の事情ってやつさ。俺たちもなんで、あの日あの場所に黒いオーケストラがいるか分からないんだ。今言ったとおり、いろんな仕事を引き受けてるからな」<br><br>「そんな……。五十嵐君はあの人たちにさらわれたんですよ？」<br><br>「あぁ。俺たちも全力を尽くして連中の動向を探るつもりだ。だが、国家が絡んでるようならそう簡単に分からないからな。ドイツ軍関連ではないはずなんだが」<br><br>「そうなんですか？」<br><br>「あぁ。ドイツ軍には太いパイプがあって、すぐに確認したんだ。あいつらも元ドイツ連邦軍の特殊部隊出身でな。それはすぐ分かるんだ」<br><br>「そうですか」<br><br>　独り言のようにマキが呟いた。<br><br>「それで、ヘルトさんの調査って言うのは？」<br><br>「喋りすぎだ」<br><br>「いや、構わない」<br><br>　カールがマキを注意したが、ヘルトはそれを制した。一礼して一歩下がるカールにヘルトが頷く。<br><br>「俺たちの調査は、世界規模で起きている猟奇殺人に関してだ。ドイツの財界から調査依頼を受けて、この学校に来たんだ」<br><br>「えっ？　それって？」<br><br>「あくまでも可能性の問題だがな。ここから電車で２０分行ったところに田上大学があるだろ？」<br><br>「はい。うちからもかなりの卒業生が入学しているみたいです」<br><br>「先月、そこの名誉教授が殺された。世間的には老衰で処理されてるが、手口は世界中で起きてる猟奇殺人と同じだ。Ｂ．Ｅ．事件なんて呼んでるがな」<br><br>「Ｂ．Ｅ．？」<br><br>　眉間にしわを寄せながらマキが尋ねた。咳払いをしながら、それをカールが制する。今度はヘルトもカールを止めなかった。<br><br>「聞かないほうがいい。猟奇殺人だからな。トラウマしか残さないよ」<br><br>　ヘルトの言葉でマキの表情が一瞬にして強張った。このような類の話は苦手らしい。視線を静かに落としながら、コップを手に取り、イチゴ牛乳を一気飲みした。<br><br>「五十嵐君の誘拐は間違いないです。ヘルトさんもその黒いオーケストラっていう人たちと実際に戦ったんですから。でも、ヘルトさんの調査と五十嵐君が関係ないってなると、五十嵐君はどうなるんですか？」<br><br>　マキの後ろにいるフレデリックが唸った。後ろを向くと、彼は腕組みをしながら天井を睨んでいた。口に何本目かのタバコを咥えていて、グルグルと弧を描きながら、紫煙が立ち上る。<br><br>「正直、俺たちの調査に関する事以外は介入したくない。面倒事は避けたいからな」<br><br>　ヘルトの言葉でマキが前を向いた。後ろでフレデリックが歩く足音が聞こえる。革靴のため、よく響く。<br><br>「だが、このタイミングも妙だと感じているんだ。俺自身だがな」<br><br>「同感だ。黒いオーケストラもＢ．Ｅ．事件に関しては、知っているはずだ。奴らもプロだから何の調べもなしに入ってくるわけがない。だが、奴らは来た」<br><br>「強硬な手段でな。仕事も粗い。連中にしては珍しい」<br><br>「安心しろ、井上。その五十嵐っていう男に関しては俺たちでも調べてみる。きな臭いしな」<br><br>「ありがとうございます！」<br><br>　マキが立ち上がって、フレデリックに深々と礼をした。しばらく頭を上げなかったので、首筋をかきながらカールが頭をあげるよう促す。やっと顔を上げたところで、マキはヘルトは紳士的な笑みを携えてこちらを見ているのに気付く。<br><br>「今度は離すなよ」<br><br>「えっ？」<br><br>「それはいい。それより、俺たちのことは他言無用だぞ。学校側もこの事実は知らないからな。それに世界を動かすほどの財界人が絡んでいる。それと人命もな」<br><br>　ヘルトの言葉を放っておいて、フレデリックが念を押す。ふるふると何回もマキが頷く。無表情のままのフレデリックは威圧感たっぷりだ。しばらくマキを見て、頷いてからフレデリックがそこから離れた。そして、カールのところまで行き、ドイツ語でなにやらひそひそと話をしている。当然、マキはドイツ語を喋ることなどできないので、何を言っているのかはわからなかったが、なんだか自分のことについて話しているような気がして仕方なかった。<br><br>「でも、私こんなこと聞いちゃって、今までどおりヘルトさんたちと接することができないんですが」<br><br>「だったら、接しなければいいだろ」<br><br>「それは言いすぎだ、フレデリック。冷たすぎる」<br><br>　ヘルトがフレデリックを注意した。それをマキが首をふるふると振って、大丈夫です、と言う。<br><br>「井上さんが俺たちに連れ去られたのは、すぐに広まるだろうからいいんじゃないか？　ぎこちない関係でもその逆でも別に不思議じゃない。あまり気にするな。俺たちの秘密さえもらさなければいい」<br><br>「そうですか。そうですよね」<br><br>「まぁ、どちらにせよ俺たちとあまり関わらないほうがいいな。俺たちと関わってる間はろくなことがない」<br><br>「そんなことないですよ。ヘルトさんたちを携帯の待ちうけにするとご利益があるって噂ですよ？　だから、今日もあんなに集まったんです」<br><br>　ヘルトとフレデリックは素っ頓狂な声を出して、お互いの顔を見合わせた。カールの顔を見ても静かに首を振るだけ、だがユーリはにこにこしていた。<br><br>「お前はどうせ、知っているんだろうな」<br><br>「もちろんです、ヘルト大尉」<br><br>「井上、軍の階級で呼ぶのは学校以外だ。この名前を軽々しく口にするんじゃないぞ」<br><br>　眉間にしわを寄せながら、人差し指をマキに突きつける。片手をポケットに手を突っ込んだまま迫るフレデリックにまたもや威圧される。<br><br>「どうせ、馬鹿な事をしたんだろうよ。ＳＯＣＯＭお抱えの優秀なパイロット、さぞ高いところがお好きだ」<br><br>　ヘルトがジト目でマードックを見る。それに対して、頭をかきながら苦笑いをするマードックに溜め息をついて、イチゴ牛乳を口にする。そして、それを飲み干し、静かにコップを机におくと、威圧しているフレデリックをどかして、マキに立つように促した。<br><br>「と、いうわけだ井上さん。我々も五十嵐の件は平行して調査しておく。くれぐれも今日の件は内密にな。それに案件が案件だ。五十嵐が心配なのも分かるが、首は突っ込むな。黒いオーケストラという名前を知っているだけで、奴らの拷問の対象にもなり得る。ユーリ、送ってやれ」<br><br>　はい、と一言だけ返事をして、マキがユーリに連れ添われて部屋を出て行く。顔だけヘルトのほうに向けると先ほどの柔和な顔とは一変し、真剣な顔でフレデリックとカールと話をしていた。日本語以外の言語を使っていたので、何を話していたのかは分からなかったが、エースという単語だけは聞き取ることができた。<br><br>「盗み聞きなんていう趣味の悪いことは避けるべきだよ」<br><br>　ユーリがあくまで笑顔を携えながら、マキの手を引っ張って部屋の外に出した。<br><br>「い、いえ、そんなつもりはなかったんです」<br><br>「大尉が先ほどおっしゃっていた、黒いオーケストラ。俺たちは奴らよりも恐ろしい存在であることを忘れるんじゃないぞ？　いいね？」<br><br>　笑顔のまま言い放つユーリ。目は笑っていなかった。マキは物凄い勢いで何回も首を縦に振る。<br><br>「別に脅すつもりで言っているわけじゃないけど、俺たちも遊びで来ているわけじゃない。まぁ、何か困ったことがあったら、俺たちを頼って。大抵のことは解決できるはずだから」<br><br>「はい。じゃあ、五十嵐君をよろしくお願いします」<br><br>　分かった、と短い返事をして、外への扉を開く。薄暗い地下室にいたため、マキはまだ目が慣れず、日光が痛い。手をかざして日光を遮りながら、ユーリのほうを振り向いた。<br><br>「それじゃ、気をつけて。俺たちに連れられたことを適当に言いくるめておいてよ」<br><br>　ユーリに一礼をして、マキはその場を後にした。しばらく、歩いた後に再び後ろを振り返る。もうそこにはユーリの姿は無く、質素な扉が物言わぬ重厚な雰囲気を醸し出していた。<br><br>「マキ、久しぶりだな」<br><br>　突然の声に驚きながらも前を向く。<br><br>「秋兄さん？　え？　久しぶり、兄さん！」<br><br><br>――――――――――――――――――――――――――――――<br><br><br>　全体重をすべてソファに預けるようにしてヘルトが座った。そのまま足を机に放り投げ、タバコに火をつけた。フレデリックはその向こう側で膝に肘をのせて、手を組む。カールが冷やしたグラスに酒を注ぎ、２人の前に置くと、そのままフレデリックの後ろに立って控えている。<br><br>　フレデリックがグラスを一気に空けて、空になったグラスを滑らせて、カールに酒を注がせた。そして、タバコに火をつけると、天井を見つめながらタバコを吸うヘルトを見る。<br><br>「なんだ？」<br><br>「あの五十嵐っていう男がＢ．Ｅ．に巻き込まれた可能性は？」<br><br>　溜め息を深くついて、ヘルトが体を起こす。<br><br>「五分五分と言ったところか。条件には確かに合致するが、今までの被害者からみると若すぎる」<br><br>「例外は排除できん」<br><br>　そこにマキを送ってきたユーリが戻ってくる。手にはいくつもの資料を抱えていた。<br><br>「ユーリに聖ブレストンの過去の卒業生に関する資料を集めさせた」<br><br>「何か分かったのか？」<br><br>　グラス片手にフレデリックがユーリに尋ねる。<br><br>「はい。卒業生の中にＢ．Ｅ．事件の被害者がいます。もっとも未遂ですが」<br><br>　フレデリックの眉がぴくりと動いた。<br><br>「Ｂ．Ｅ．関連で生き残りがいただと？　俺も知らないぞ」<br><br>「だろうな。つい昨日のことだ」<br><br>「昨日だと？」<br><br>　ヘルトの言葉に呆れ顔で立ち上がる。<br><br>「はい。大尉は聖ブレストンの北アイルランド問題は知っていますか？」<br><br>「あぁ。事前に報告書で読んだが」<br><br>「生徒会、いわゆるＳＡＳ側の神川という元生徒会長が襲われました。彼女は現在、県庁で働くキャリアウーマンのようですね。当時から優秀だったようで、大学は主席で卒業しています」<br><br>「神川？　現会長も同じ名前だな」<br><br>「はい。彼女の弟です」<br><br>「彼女が襲われたことも問題だが、彼女が生き延びていることも問題だ」<br><br>　ヘルトが灰皿でタバコをもみ消しながら言った。そして、顔を上げるとフレデリックに続けて言う。<br><br>「もちろん、俺たちは一切関与していない。警察や政府もな。では、誰が彼女を助けた？　ＭＰ５で武装した集団から誰が？」<br><br>「それこそ黒いオーケストラとかＡ．Ｃ．Ｅとかあるだろ」<br><br>「彼女を守ったのは、１人の男だ」<br><br>「１人？」<br><br>「そうだ。何より彼女自身がそう証言している。何でも神のなりそこないと名乗ったそうだ」<br><br>　舌打ちをしてタバコをもみ消し、グラスの酒を飲み干した。そして、続きを促すように顎で指示をする。懲罰大隊で神を否定したフレデリックは神と神の名を借りるものが大嫌いだ。<br><br>「他にもユーリが調べた結果、ここのＯＢの失踪事件がいくつかあるのが分かった。いずれも奇才、天才レベルの頭脳の持ち主だが、変人扱いされる人間だ」<br><br>「お前も十分変人だ」<br><br>「ははは、俺が変人ならお前は夏の公衆便所のトイレットペーパーの紙片だ、この野郎。表出ろ、ケツに９ｍｍの座薬ぶちこんでやる」<br><br>「上等だ、クズ野郎。前立腺に致命的な銃創残してやるよ」<br><br>　その睨みで人を殺せるのではないかと思うくらいの目つきで威嚇しあう２人をユーリとカールがなだめにはいる。その様子をマードックがクスクスと笑いをこらえながら見ていて、カールの一睨みで黙らせられた。<br><br>「とにかく、ここのＯＢが襲われていることは紛れもない事実です。しかも、その年代もかなり下がってきています。ユーリと話し合ったのですが、ここはこの地域に残る聖ブレストンＯＢ、特に学力で名を馳せた人物の護衛をつけるべきかと」<br><br>　カールがフレデリックをなだめてから、改めて２人に話す。隣ではユーリが、深く相槌を打っていて、お互いに睨み合いながらもカールの言葉に耳を傾けながら、考えている。<br><br>「学力優秀者は多いだろ。むやみやたらに護衛をつけることはできない。もちろん、それに対する策は考えているんだろう？」<br><br>　フレデリックの問いにユーリが頷く。<br><br>「ブレストン黄金期と呼ばれる生徒会と自治寮の人間から対象にします。特に生徒会、自治寮の幹部は学力優秀者、スポーツ優秀者、切れ者揃いですし、被害者のＯＢも生徒会出身者が多いです」<br><br>「神川もその黄金期の後の人間だったな。その対抗馬の自治寮の人間なんかはどうなんだ？」<br><br>　フレデリックが腕組みをしながら、ヘルトに尋ねた。ヘルトは難しい顔をしながら、机をぼんやりと眺めている。<br><br>「奴らの目的が分からない以上、断定はできんがな。ただ、頭が良い人間を狙っているのは確かだ。俺なら黄金期の生徒会長か寮長を狙うな」<br><br>　ヘルトが顎でフレデリックに促す。<br><br>「そこまで絞れば人員には問題はない。これ以上、賢い奴の頭を持っていかれるわけにはいかない。すぐに手配をする」<br><br>　フレデリックはタバコをもみ消して、席を立つ。カールを引き連れて、そのまま部屋から出て行った。静かになった部屋で、ヘルトが紫煙を吐き出す音だけが聞こえる。そこに、ふとヘルトがユーリに呟いた。<br><br>「俺が敵なら、聖ブレストンの生徒会と自治寮の構図を作った、あのＫＩＡって奴を狙うがな」<br><br>　ヘルトの言葉にユーリが書類に目を落とした。しかし、すぐに顔を上げて、困った顔でヘルトに言う。<br><br>「自分もそう思います。ですが、こればっかりは何の情報も得られていないのです。当時の書類はおろか自治寮側では、伝説として語り継がれている話です。真偽かどうかもわかりません」<br><br>「あぁ、分かっている。報告書にもそうあったからな」<br><br>「やはり、Ａ．Ｃ．Ｅ．の投入は避けるべきか？」<br><br>　フレデリックが顎に手を当てながら、部屋に戻ってきて、ヘルトに尋ねた。それに対して、溜め息をつきながらヘルトが首を振る。ユーリも苦笑いを浮かべながら、それに同調している。<br><br>「お前が奴らを買っていることは十分承知している。あのお前が目をかける連中だ。俺も無視できない連中だが、今回の仕事にはあいつらは不向きだ。黒いオーケストラ同様、スマートな仕事ができない」<br><br>「スマートだろ。無駄なく的確に標的を仕留める」<br><br>「そうだな。無駄なくいろんなものを灰塵に帰すからな。今は流行のＥＣＯだよ。ってなわけで、却下だ。奴らには別の仕事を与える」<br><br>「別の仕事？」<br><br>「イタリアマフィアのブレーンがＢ．Ｅ．の餌食になった。マフィアの真っ只中に突っ込んだから、お互い大きな犠牲を払ったらしい。瀕死の重傷を負って、病院に担ぎ込まれたようだが、ＩＣＵで治療中だ。頭を切り落とすには絶好の機会だよな？」<br><br>「Ａ．Ｃ．Ｅ．はマフィアとＢ．Ｅ．を相手取るのか？」<br><br>「いや。先手を打ったよ、ラインハルトがな。Ａ．Ｃ．Ｅ．に先に依頼し、マフィアは護衛をＡ．Ｃ．Ｅ．に依頼するように仕向けた。つまり二重スパイだな。双方から金が貰えるんだ、うまい話だろ」<br><br>「うまい話だが、狙いはＢ．Ｅ．の捕縛だろ？　奴ら、足がつかないようにてめぇの体に爆弾巻きつけてるんだぞ。ＴＮＴと一緒に体も木っ端微塵だ」<br><br>「ＴＮＴを無力化すればいいんだよ」<br><br>「だから！！」<br><br>　フレデリックが苛立った様子で机を拳で叩いて、立ち上がる。思わずマードックが直立不動の気をつけの姿勢を取り、ユーリの顔が強張る。<br><br>「液体窒素はさぞ、冷たいだろうな」<br><br>　にやりと口を歪めながらこめかみに人差し指を当てながら答えるヘルト。それに俯いたフレデリックは声を押し殺すように笑う。<br><br>「奴らは腰に巻きつけてる。話を聞くのは１人でいいからな」<br><br>「しかし、彼らでうまくいくでしょうか？　もちろん、彼らの腕を疑っているわけではありません。ですが、何と言いますか、繊細さに欠けます」<br><br>「それは……」<br><br>　フレデリックが反論しようとして口をつぐんだ。マードックが大笑いするのは、それだけで十分であった。しかし、そんなマードックにフレデリックは怒声ではなく、苦笑いで答える。そして、ゆったりとした動作でソファに座りなおすと足を組んで、タバコに火をつけた。
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<link>https://ameblo.jp/tatsuboo/entry-10957545626.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Aug 2011 21:22:01 +0900</pubDate>
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<title>ｂｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒ　第２話　ＳＡＳ対ＩＲＡ</title>
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<![CDATA[ 「お前、馬鹿か？　マジで言ってるのか？」<br><br>　教室に一際大きな声が響く。そこにいた全員が声の主の方を振り向いた。<br><br>「マジで言ってます」<br><br>　やれやれ、と深く溜め息をつきながら首を振る。顔の半分を覆っている包帯がやけに目立つ。男はズボンのポケットに手を入れるために、紺のブレザーを払い、深々と手を入れた。<br><br>「帰れ帰れ。っていうか、俺が帰りたいわ。うちの御大将は何をやっているんだか」<br><br>「その御大将に会わせてください。あなたでは話しになりません」<br><br>　普段に髪を２本に絞っている井上マキは、今日はポニーテールで縛っている。紺のブレザーの左胸に校章の刺繍が縫い付けられていて、紺のネクタイにも同じような刺繍がある。そして、赤と紺のチェックのスカートが風でひらひらと揺れた。<br><br>「おい、小娘。俺を喫茶店のウェイターだとでも思ってるのか？　あぁ？」<br><br>　約半年前の明親学園での戦闘により、左目を失ったブロッド・デーニッツが、眉間にしわをよせて怒りの表情をする。左目を中心として、顔の半分を包帯で覆ったその姿は、異様で恐怖の存在であろう。<br><br>　両手をポケットに突っ込み、首を傾げながら胸を張る。見下げるような格好で睨む姿にマキは自分の発言を後悔した。ブロッドは第１ボタンを外すとそのままネクタイを緩めた。そして、マキに１歩近づいて、３０ｃｍはあろうかという身長差を利用して、上から更に凄む。<br><br>　マキはあまりの恐怖に声も出ず、ただ足が震えるだけであった。体の前で手をギュッと強く握り、震えないようにするが、まったく効果はない。<br><br>「その辺にしてあげましょうよ、隊長殿」<br><br>　冷めた空気の中での間の抜けた声は、これまたよく響く。知恵の輪を夢中でやっている男に視線が集中するが、男はそんなことはお構いなしで黙々と解こうとしている。<br><br>　ロバート・マードック。ヘルトに抜擢されてこの学校にやってきた彼は、個性的な一面を早くも発揮し、他の面々とは違った意味で注目を集めている。<br><br>　明親学園を離れ、この聖ブリストル・エッジ学院高校に入学を果たしたヘルトたちは、明親学園とは違い、何のパフォーマンスをすることなく静かに過ごしていた。しかし、マードックの狂った言動とヘルトたちの容姿を周りをほっとくことはなく、いつしか留学生たちの写真を携帯電話に待ち受けに設定するとご利益があるという都市伝説すら生まれた。その理由は謎に包まれてはいるが。<br><br>　聖ブリストル・エッジ学院高校は、名前の通り、外国の大学系列の私立学校である。ブリストルはイギリスの都市であり、留学など語学に力を注いでいる。また、校風は規律と自由を重んじている。そして、その校風の下、生徒会の活動が活発で、聖ブリストルの課外活動は地元では有名な話である。<br><br>校内もイギリスのパブリックスクールを思わせるもので、高校というよりは大学という印象だ。校門を抜けて真っ先に目に飛び込むのは、全面芝で覆われたグラウンド、各校舎までの道には等間隔で木が植えられていて、四季の変化を感じられる。校舎はコンクリート造りではあるが、外見をレンガ造りに見せ、緑豊かな古き良き日本の情景の中に英国気風が飛び込んでくる。<br><br>「貴様……」<br><br>「その人だけでなく、いろんな人が我々を見に来ていますし、適当に捌かないと我々が帰れませんよ？」<br><br>　マードックの言うとおり、教室の廊下には学校中の女子が集まったのではないかと思うくらいの人だかりができている。教室の前後にある前後にある出入り口にはイェーガー・ヘッツェナウアーとフランク・イェーリングが仁王立ちしていた。<br><br>「マードック！！！！！」<br><br>　ブロッドの怒声でマードックが知恵の輪を放り投げ、直立不動の姿勢で気をつけをする。黒騎士内での階級が少尉である彼にとって、ブロッドは上官にあたる大尉だ。<br><br>　直立不動の姿勢のまま微動だにしないマードックを放って置き、ブロッドは再びマキのほうに向き直る。ブロッドが突然怒鳴り声を上げたため、マキは驚きを隠せないでいた。動揺するように目が泳いでいて、震えはついに両手にまできている。　<br><br>「いいか、クソガキ。俺たちの御大将に簡単に会えると思うなよ。あの人はそう簡単に……」<br><br>「何やってるんだ、ブロッド？　トラブルか？」<br><br>　ブロッドの言葉を遮るようにヘルトが声をかけた。目が点になりながらもブロッドが振り返る。どう考えても窓から教室に入ってきたようだ。その後ろからフレデリック・エルンストとカール・シュバルツがついてきて、マードックが直立の姿勢のまま礼をし、それにヘルトは手を上げて答えた。<br><br>「え、いや、トラブルも何も。え？　どうやっていらしたんですか？」<br><br>　ヘルトは親指で背中越しに窓を差す。椅子に腕を組みながら不思議そうな顔をして、窓の外を見るのは、ユーリ・アイヒマン。窓の外には降下用のロープすらない。驚いたユーリは椅子から立ち上がり、窓から身を乗り出している。<br><br>　風で制服のブレザーが揺れる。だらしなく緩めているネクタイもブレザーと一緒に揺れ、第１ボタンから覗く胸からは、ドイツの鉄十字が見える。勲章ではない。焼印だ。<br><br>「で？　その小娘はなんだ？」<br><br>　フレデリックが腕組みをしたまま、１歩近づく。思わずマキが１歩下がったが、すぐにブロッドに腕を掴まれて、フレデリックの前に押し出された。<br><br>「名前と所属は？」<br><br>　言葉少なげに尋ねる。<br><br>「名前と所属は？」<br><br>　マキが答えられずにいると、もう１度同じ質問される。<br><br>「あ。えっと、所属？」<br><br>　何か言わなければという緊張感の中、搾り出した言葉は気の抜けるようなものであった。後ろからブロッドがわざとらしく盛大に溜め息をつくのが分かり、自分の失態を深く恥じると同時に後悔をする。<br><br>「クラスだ」<br><br>　マキの質問に後ろに控えているカールが答えた。あ～、と合点のいったマキは深く深呼吸をして、フレデリックの顔を直視する。しかし、その圧倒的な威圧感とオーラに耐え切れず、すぐに顔を反らした。<br><br>「俺が言うのもなんだが。お前、殺されたいのか？」<br><br>　ブロッドが呆れながらそう言うと、首が飛んでいくのではないかと心配するような速度で首をフルフルと振った。しかし、マキは蛇に睨まれた蛙の如く、何も喋れないままその場でただ立ち尽くす。<br><br>　溜め息をついたフレデリックはカールに顎で指示して、マキを任せる。そして、自分はイェーガーが仁王立ちして教室に入ってこれないようにしている女子生徒たちのところまで歩いていく。初めは黄色い歓声で迎えられていたが、その異様な雰囲気によりすぐさまその歓声は止んだ。<br><br>「俺の言いたいことは分かるか？」<br><br>「帰れ、ですか？」<br><br>　先頭にいる女子生徒がフレデリックの質問に答える。それに無言で頷くと、感情のこもっていない目で辺りを見回す。<br><br>「分かっているならさっさと、……」<br><br>「何で全員が全員、あなた方見たさにここに来たと考えているのですか？」<br><br>　フレデリックの発言を遮って女子生徒が発言した。その言葉に肩眉を上げる。静かにイェーガーも１歩前に近づき、一触即発の雰囲気が辺りを覆った。<br><br>　他の女子生徒たちは敏感にもその空気を察知し、１人２人と次第にその場から離れていき、数分後にはその女子生徒を除いて、誰もそこからいなくなった。<br><br>「名前と所属は？」<br><br>「神童（しんどう）サキ。生徒会執行部の部長です」<br><br>　神童サキと名乗る女子生徒は腕組みをして仁王立ちする。肩まで短い髪が風に揺れる。ブレザーの胸に３年生を表すローマ数字の３のピンが留められている。生徒会だけあって制服はしっかりと着こなしていて、乱れが無い。１６０ｃｍ程度の身長で足はカモシカのようにすらりとしている。彼女は陸上部だろうか。よく鍛えられた体である。<br><br>　目は丸くクリクリとしていて、小さな丸っこい顔はその身長からさらに小さく見える。さぞ、男子に人気なのだろうと思わせるような容姿である。<br><br>「また生徒会か。しかも名前も」<br><br>　サキが意味の分からない顔で首を傾げると、こっちの話だ、とフレデリックが手のひらを振った。<br><br>「で、生徒会の犬が何の用だ？」<br><br>「犬呼ばわりとは随分失礼ね。何か恨みでも？」<br><br>「まさか。恨みどころか感謝される働きをしたさ。前回はな」<br><br>　再びサキが首を傾げるが、すぐに表情を戻す。両手を腰に当ててから右手の人差し指でビシッとフレデリックを指す。怪訝な顔をして、片眉を上げるフレデリックに高らかと宣言をした。<br><br>「執行部部長がその権限から宣言します！　あなた方をスカウトしに来ました！」<br><br>「そうですか。お引取りください」<br><br>「えっ。ちょっと何でですか！？」<br><br>　即答。イェーガーが丁寧な口調で手で引き返す方向を指しながら、礼をする。すかさずサキがそれに対して異を唱えたが、フレデリックはこめかみに人差し指を当てながら教室へと戻る。直立不動の気をつけを解かれたマードックが何やら困った顔をしながら近づいてくる。<br><br>「類は友を呼ぶって、言いますからね」<br><br>　思いっきり頭をぶん殴れたマードックは勢いで机にぶつかる。<br><br>「馬鹿野郎。それで同情しているつもりか！　お前がいるから頭のおかしい連中が寄ってくるんだよ！」<br><br>「は、はい。仰るとおりで」<br><br>　机に寄りかかりながら頭を押さえてマードックが答える。もう何回目かの溜め息をつくと、紙パックのイチゴ牛乳をおいしそうに飲んでいるヘルトの隣に座る。<br><br>「いつ飲んでもイチゴ牛乳はうまいな」<br><br>「お前はいつまで馬鹿のふりをするんだ？」<br><br>　フレデリックに言われて、苦笑いをしてから飲んでいたイチゴ牛乳を一気飲みする。そして、紙パックを握りつぶすと、ゴミ箱に投げ入れた。<br><br>　カールはまだ一言も喋れないマキの相手に四苦八苦していて、彼女の生徒手帳に目を通しながら尋問をしている。対して、イェーガーのほうはブロッドも加わって生徒会のサキを相手にしているのだが、なぜかさっきよりも人が増えている。<br><br>「奴らの動向は？」<br><br>「奴らって誰のことだ？」<br><br>　とぼけたような口調でヘルトが答えるが、目は笑っていない。真剣な顔付きでフレデリックを見返す。<br><br>「昨日の件だ。“黒いオーケストラ”」<br><br>　黒いオーケストラと聞いて、ヘルトの態度が変わる。急に目が細くなった。<br><br>「分からない。本部経由で接触を試みてはいるが、未だ連絡がない」<br><br>「懐かしき桜田との再会は別に驚きはしない。だが、この日本であいつらに遭遇したということは驚きだ。そもそも、殺しが生業の傭兵がこの日本に何の用でいるんだ？」<br><br>　その問いにヘルトは答えない。横に首を振るだけだ。しかし、それに答えるようにマキが大声を上げた。<br><br>「だから、五十嵐君の誘拐のためでしょ！！」<br><br>　怒鳴り声でヘルトとフレデリックが一斉にマキのほうを向いた。まるで、フレデリックの質問に答えるようなタイミングだったため、２人はお互いの顔を見合わせる。ヘルトが自分にしか聞こえない声で何かを呟き、拳を作って鼻の下に当てながら、考える。<br>　<br>　カールは突然の怒鳴り声にも冷静な応対をしていて、手で落ち着くように制しながらも、支離滅裂になる寸前のマキの話を頷きながら聞く。<br><br>「もう１度最初からだ。もう１度。その五十嵐という男と俺たち、一体何の関係があるっていうんだ」<br><br>「関係大ありでしょ！　どうせあの変な修道衣みたいのを着てたのは、あなたたちでしょ！」<br><br>「だから、ヒステリーを起こすな。何が言いたいか分からなくなるだろ。ったく、なんで俺のときはそう饒舌でいられるんだ」<br><br>　カールは額に手を当てながら、どうしたものかと思案する。そして、落ち着かせながらもマキの言葉１つ１つに注意深く耳を傾ける。<br><br>「誘拐ってどういうこと！？　そんなこと生徒会執行部が許さない！」<br><br>「あー、うるせー、うるせー。生徒会が出張ったって手に負えることじゃねーよ」<br><br>　眉間にしわを寄せ、正義をその目に宿したサキが喚きたてる。それをブロッドが押さえつけながらなだめている。<br><br>「神童さん。今こそ生徒会執行部が立ち上がるときです！」<br><br>「いいよ、立ち上がらなくて。立ち上がったところで大したことできねーだろ」<br><br>　生徒会の人間だろうか。数人の男子生徒がスクラムを組んで教室に踏み込もうとするが、ブロッドに蹴られて簡単に弾かれた。<br><br>「いいえ、あなたたちがいればどんな困難も克服できる！」<br><br>「お前はどんな困難を俺たちに押し付けるつもりだ？　新興宗教か、お前は」<br><br>「ブロッド、イェーガー！　その馬鹿者をなんとかしろ！　カール、彼女の生徒手帳をよこせ」<br><br>　ヘルトが椅子から立ち上がるとカールから生徒手帳を受け取った。顔写真とマキの顔を見合わせながら、カールに返す。<br><br>「その修道衣の連中はどこでみた？」<br><br>　今まで廊下で何回かヘルトを見たことがあるんだが、あの時の柔和な印象とはまったく違っている。否応にも質問に答えなければならないという静かな圧力が言葉にこもっている気がした。正面から彼を見ると、１８０ｃｍくらいの身長以上に大きなものを感じる。それは彼が只者ではないオーラとこのクセのある荒くれ者たちを束ねるリーダーとしての器であろうか。<br><br>「学校です」<br><br>「その五十嵐とか言う男が誘拐されるのを見たのか？」<br><br>「いいえ」<br><br>「じゃあ、なぜ？」<br><br>「私も聞いていいですか？」<br><br>「お前」<br><br>　カールがきつい視線をマキに向ける。それをヘルトは手で制した。<br><br>「いいぞ」<br><br>「なんで、修道衣の人たちを連中と呼ぶんですか？　私は１人とも複数とも言ってません。あなたは知っていますね？」<br><br>　フレデリックの左眉がピクリと上がり、ヘルトに視線を向ける。しかし、ヘルトは気にすることなく真っ直ぐにマキを見つめている。カールはたまりかねたようにきちんと結んでいたネクタイを緩めながらマキに近づこうとする。しかし、フレデリックに肩を捕まれ、しぶしぶ引き下がった。<br><br>「ということは、君は全てを見たな？」<br><br>「えっ？」<br><br>「君が修道衣の人たちと呼ぶのなら、わざわざ俺の揚げ足をとらなくてもいいだろう」<br><br>「でも、あなたは」<br><br>「俺はあいつらを知っているよ。あいつらは４人組だ。だから、君は見たんだろ？　初めは１人の人間が五十嵐に接触し、その後、車で待機している仲間と合流するのを」<br><br>「なんで？」<br><br>　顔から血の気が引いていく。手が微かに震えていて、１歩後ずさりした。ユーリがすかさずマキの後ろへと移動する。マードックも立ち上がり、徐々に近づいていく。マキの脳裏にはあの夜のことが思い出されていく。<br><br>「だから、君は見たんだろ？　あいつらと俺たちを」<br><br>　ヘルトが口元に小さな笑みを浮かべながら近づき、人差し指で自分を指す。マキがまた１歩後ろに下がり、机にぶつかった。自分でもびっくりするくらい大きな音がしたように思える。<br><br>「ただの憶測でしょ？」<br><br>「苦しいな、井上さん。何をもって憶測と？　何でも憶測だと言えば良いと思っているのか？」<br><br>　また１歩下がると誰かに腕を掴まれた。短い悲鳴を上げて、手を掴んだ人間を見る。マードックがマキの手に手錠をかけ、そして、もう片方で自分の手に手錠をかけた。<br><br>「確保しました」<br><br>「よくやった、マードック。この子には帰ってからたっぷりとお話を聞くとしよう」<br><br>「どうします？」<br><br>「生徒会執行部に邪魔されるわけにはいかない。マードック、窓から降りろ」<br><br>　ヘルトの言葉でマードックとマキの目が点になった。そして、２人で顔を見合わせるとマードックが口を開く。<br><br>「冗談でしょ？　一応、２階なんですけど」<br><br>「フレデリック」<br><br>「豪快に？」<br><br>「そりゃもう」<br><br>　ヘルトが悪戯っぽい笑顔でフレデリックに答える。それに対して顎に手を当てて考えながら、もう片方の手でマードックの肩を掴む。引っ張ろうとしたときに抵抗したマードックだったが、フレデリックは一瞥した後に無理やり引っ張る。マキもマードックが連れて行かれないように腕を掴んで離さなかったが、２人ともずるずる引きずられていく。なんという怪力だろうか。<br><br>「ヘルト君！　ちょっとヘルト君！」<br><br>　サキがヘルトを呼びとめ、ヘルトは顔だけそちらに向けて足を止めた。ブロッドが生徒会執行部の面々を床に押さえつけていて、イェーガーが手でサキを制している。<br><br>「生徒会執行部に入らない？　生徒会長は本当に素晴らしくて……」<br><br>「俺を使いこなせるのは、俺だけだ」<br><br>　サキの言葉を遮って、嘲笑的な笑みを浮かべながら、言い放つ。そして、ブレザーの裾を翻し、颯爽と窓から飛び降りた。続いて、マードックがフレデリックから何かを手首に装着されて、絶叫のまま蹴落とされる。その後、フレデリックがイェーガーに頷いてからそれに続いた。フランクは窓枠に足をかけると舌を出して、中指を突きたててから飛び降りる。<br><br>「あの身体能力、欲しい」<br><br>　サキがグッと拳を握りながら唸る。呆れて溜め息をつきながら、イェーガーがサキの頭を鷲掴みにして、後ろに押し戻した。<br><br>「あなたたちだけでもいい。入らない？」<br><br>　サキが廊下に尻餅をつきながらブロッドとイェーガーを指差す。<br><br>「俺たちを使いこなせるのは、ヘルトさんだけだ」<br><br>　イェーガーの言葉にブロッドも頷く。そして、サキたちを放っておいて教室から出るとしつこく勧誘され、最終的に足に抱きつかれた。<br><br>「お前馬鹿か！　蹴るぞ！　顔面蹴るぞ！　イェーガー！」<br><br>　呆れ顔のイェーガーだったが、生徒会の男子３人に足に抱きつかれて身動きが取れなくなった。<br><br>「お願い！　話だけでも聞いて！　それを聞いてもまだ興味がないなら、私も諦める！　でも、話を聞かないままで断るのだけはやめて！」<br><br>　ブロッドの右足に抱きついて離さないサキは悲痛な声で説得をする。大きな溜め息をつきながら、足に抱きつく彼女に、ブロッドが肩膝をついてやさしい表情をした。<br><br>「まったく。分かったよ」<br><br>　この言葉でサキの顔が一気に明るくなる。<br><br>「断る」<br><br>「なんで！？　今、分かったっていったでしょ！」<br><br>「どうだ、期待を持たされて叩き落される気分は？」<br><br>「ドＳ！！　サディスト！！」<br><br>「うるせー、馬鹿野郎！　お前の眼球、直に触るぞ！」<br><br>　ブロッドがサキの頭をがっちりと掴み、右手で目に触ろうとする。それをサキは目をぎゅっと固く瞑るが、手はブロッドから離そうとはしない。<br><br>「生徒たちは面白がって見ているけど、私たち生徒会の人間からしてみたら深刻な問題なの！　うちがイギリス系列の高校だから、みんなはそれを揶揄してＳＡＳ対ＩＲＡなんて言うけど、本当に抗争どころか戦争ものなの！！」<br><br>「ＳＡＳ対ＩＲＡ？」<br><br>　眉間にしわがより、ブロッドの手から力が抜けた。サキは恐る恐る目を開けると、興味深げに考えているブロッドの顔が見えた。<br><br>「お前ら、宗教紛争でもしてるのか？」<br><br>　イェーガーが尋ねる。彼を抱きついていた男子たちは、みな一様に股間を押さえて悶絶していた。声が出ないほどの攻撃を股に食らったのだろう。ブロッドは自分の股間が一瞬寒くなった。<br><br>「ううん、うちは神学校じゃないから。プロテスタントとカトリックの争いとは違う。ただ、構図が似ているからそう呼ばれているだけなの」<br><br>　サキがすかさず否定をする。北アイルランド問題とは、アイルランド独立運動の中で、カトリック系が多いアイルランドに対し、プロテスタント系の北アイルランドが、自分たちがアイルランド共和国という新政府の中で、宗教的に少数派になることを恐れ、それに反対したことから端を発したものだ。アイルランド共和国はアイルランド全島による独立が達成できなかったのである。<br><br>「構図が似てるって、どんだけ複雑な事情を抱えてるんだよ、ここは」<br><br>「詳しい話はここではできないの、ブロッド君。こんな場所じゃ、身の安全を確保できない」<br><br>「そうやって確実に俺たちを引き込むつもりだな。今度はマルチ商法か何かか？」<br><br>「信じてもらえないかもしれないけど、本当にそんなつもりはないの。私たちは……」<br><br>　サキの言葉をイェーガーが手で制する。いつの間にか険しい表情になっていた。ブロッドもすかさずイェーガーに頷いて、足にしがみついたままのサキは軽々と持ち上げて、壁に寄せた。<br><br>「どうし……」<br><br>「黙ってろ」<br><br>　今度はブロッドに制される。イェーガーはかがんで、壁にぴったりと背中をつけながら聞き耳を立てている。そして、ブロッドに対し、ピースをしたり握り拳をつくってから広げたりと何かを伝えていた。<br><br>「来るぞ……！」<br><br>　静かに、しかし力強い言葉でイェーガーが呟く。途端に階段から長くて丈夫そうなロープを持った３人組みの男が降りてくる。１人は竹刀を持っている。<br><br>「ダメだ。ここは階段の踊り場だから囲まれちゃう！」<br><br>「そんなこととっくに分かりきってる」<br><br>　サキの言葉に答えながら、ブロッドが壁から足を出した。それにつまずいて、２人の男子生徒転ぶ。１人がすぐに立ち上がって、掴みかかろうとするも逆に胸を足蹴りされて、後ろで立ち上がった男にぶつかりながら、そのまま壁に激突する。<br><br>　イェーガーをロープで結ぼうとする２人に対し、そのロープを掴むと男たちとは反対方向に走る。力の差は歴然で、２人で円を描くようにグルグル巻きにしようとした男たちは勢いよく引きずられた。地面に叩きつけられた２人を一瞥し、竹刀を持った男のほうを向き直る。<br><br>　一瞬、ギョッとしたような顔をしたが、すぐさま表情を引き締めて構える。中段の構え。落ち着いている。経験者であることに疑いようはなかった。<br><br>　男は床を強く蹴って、イェーガーに襲い掛かる。しかし、すぐに視界は歪み、胸の痛みと軽く呼吸困難になったと思ったら、床に倒れていた。何もすることができなかった。<br><br>　今度は４人組の男が階段を昇ってくる。２人は竹刀、もう２人はそれぞれ網を持っている。そして、ブロッドに襲い掛かった方向とは別の方向から２人組のまたもや男がやってくる。もちろん、竹刀を手にしていた。<br><br>　イェーガーは網を被せようとしてくる男に対し、網の隙間から竹刀で胸を一突きした。短い悲鳴を上げて胸を押さえる男の肩に踵落としを食らわせ、すぐさま竹刀を引く。そして、竹刀を振り上げて襲い掛かる男のまたぐらを竹刀で振り上げる。一瞬で男の懐に入り、風を切る音を出しながら振り上げられた竹刀の威力と言ったらないであろう。<br><br>「ブロッド！！」<br><br>　イェーガーがうずくまる男から竹刀を奪うとそれを投げ渡す。竹刀を右手でしっかりと掴んだブロッドは不敵な笑みを浮かべて、構えた。<br><br>　目にも止まらぬスピードだった。サキはかろうじてブロッドが２人目の股間に竹刀をクリーンヒットさせるのが見えた。勝負は一瞬で終わり、男たちはみな一様に股間を押さえて、目に涙を溜めている。<br><br>　バチンと激しい音が聞こえたかと思うとイェーガーのほうもすでに戦いは終わっていた。なぜだかは知らないが１人は尻を押さえて、そのまま床に突っ伏している。<br><br>　竹刀を放り投げて、ブロッドがサキに近づいてきた。呼吸の乱れもなく、汗もかいていない。何より、左目の視界が無いにも関わらずあれだけの戦いをやってのけたブロッドにサキはただただ驚くばかりであった。<br><br>「こいつらは？」<br><br>「さっき話したＩＲＡ派の生徒」<br><br>「物騒な連中だな」<br><br>　イェーガーが相手から奪ったロープと網で階段の手すりに男たちをくくりつけながら、呟く。<br><br>「だから、場所を変えましょうと言ったの」<br><br>「もうテロのレベルだぞ、これ。イェーガー、そいつらの竹刀もくれ」<br><br>「こんなのがもう１３年も続いてるの」<br><br>　ブロッドが竹刀を男たちのＹシャツの袖から袖に通している。即席のカカシ人間が量産されていく。<br><br>「１３年だと？」<br><br>　驚いたようにブロッドが聞き返したが、相変わらずカカシ人間は量産される。<br><br>「もう文化祭では、聖ブレストンの風物詩。みんなこれを期待して見に来るんだから」　<br><br>「テロを見に来るのか？」<br><br>「違うの。ちゃんとした正規戦。不本意だけどうちの伝統になっていることは間違いないけどね」<br><br>「イェーガー、どうする？」<br><br>「興味はあるな」<br><br>　腕を組みながら２人が考え込む。カカシ人間たちは袖に通されている竹刀をネクタイできつく結ばれていて、一列に並ばされていた。そして、イェーガーにくくりつけられた連中は、網でぐるぐる巻きにされたあと、丹念にロープで結ばれている。洒落が利いていはいるが、ＩＲＡ派のメンツを潰したのは明らかである。サキは今すぐにでもこの場所から離れたかった。<br><br>「ねぇ、私の話を聞くにしろ聞かないにしろ、早くここから離れない？」<br><br>「奴らのメンツを潰したことがそんなに怖いのか？」<br><br>　この問いにサキは言葉を詰まらせた。何も言い返せない。ブロッドはさらに続ける。<br><br>「メンツを潰したことで何かあったんだな？　まぁ、どうでもいいが。だが、今日を境にして状況は一変する」<br><br>　サキが唇を噛む。ブロッドとイェーガーが倒したＩＲＡ派を手すりにくくりつけたり、カカシ人間にしたことは問題は問題だが、それほどではない。ここでいう一番の問題は、ここ数年間の間でここまでＩＲＡ派を痛めつけたことがないことだ。<br><br>「ここまでの騒ぎにしたんだ。話ぐらいなら聞いてやる」<br><br>「イェーガー！」<br><br>「腹くくれ、ブロッド。安藤と同じパターンになるぞ」<br><br>　安藤と聞いてブロッドの言葉が詰まった。明親学園ではブロッドと不良たちの喧嘩をきっかけに学園抗争にまで発展した。その結果、ヘルトたちは便利な兵士を手に入れることができたが、明智がヘルトたちを危険視、きっかけにもなったのだ。<br><br>「本当に聞いてくれるの？　いや、気が変わらないうちにそうしよう」<br><br>「で、あの使えない生徒会の連中はどうする？」<br><br>　イェーガーが肩越しに親指でのびている男たちを指す。相当痛かったようだ。大丈夫、とサキは一言言うと携帯電話を取り出した。携帯の裏面には生徒会というラベルが貼られている。<br><br>「もしもし。神童です。私が連れた執行部の３人、西棟２階の階段踊り場でのびてるから回収してください。それと事後承認でいいので、執行部特別班を。分かってる。だから、事後承認だって。はい。はい。あ、そう。なら、そうすればいいよ。ＩＲＡ派が１０人くらいのびてるから。それじゃ」<br><br>　サキは素っ気無い口調で電話を切った。深い溜め息のあとに携帯電話をスカートのポケットにしまうとブレザーの内側にかけてあるキーケースから視聴覚室の鍵を取り出す。<br><br>「面倒事か？」<br><br>「いや、そうじゃない。ただ、うちにも決断を避けたくなるような案件があるってこと。それより中央棟の視聴覚室に行こう。あそこは生徒会のお膝元だから邪魔は入らないはず」<br><br>　イェーガーはそうか、と短い言葉で引き下がった。これ以上深く関わるかまだ判断すべきではない。むしろ、今は深く関わるべきではない。<br><br>　サキを先頭に視聴覚室まで歩いていく。ブロッドは面倒くさそうに両手を後頭部に当てながら、歩く。ふと、イェーガーが窓から外を見ると中庭には噴水を中心にベンチがいくつか置かれている空間があった。その中で１組のカップルが身を寄せながらベンチに座っているのを見つけた。<br><br>「あそこは有名なデートスポットなの。これだけ広い敷地だとデートも校内でも十分にできるから。校外は緑豊かだけど、私たちみたいな高校生には物足らないから。デートスポットになりそうな栄えてる場所は電車で２０分の場所だしね」<br><br>　ふーん、とブロッドが空返事をする。明らかに話を聞いてない。スマートフォン片手に何やら戦略ゲームをしている。それを察してサキも後ろを向いたが、目があったイェーガーに笑う。イェーガーは少し頭を下げ、それにサキは気にしないでと言うように手を振った。<br><br>「ブロッド君、着いたよ。今開けるから」<br><br>　サキが鍵を鍵穴に差し込み、引き戸を開けた。暗い室内で手探りで電気のスイッチを探し、電気をつける。パソコンなどの機器があるため、直射日光を避ける意味でブラインドが下ろされている。<br><br>「勝ったか？」<br><br>　イェーガーがブロッドに尋ねると、スマートフォンをイェーガーに突き出す。世界地図が描かれた画面では、ロシアの領土であるはずの土地は、モスクワしか残っていなかった。<br><br>「さすがだよ。ヒトラーに見せてやりたい」<br><br>「閉めて。鍵もかけてね」<br><br>「お膝元なんだろ？」<br><br>「念のため」<br><br>　渋々頷いてブロッドが鍵をかける。そして、適当な席につくと２人はサキを見た。下を向いて大きく息を吸い、溜め息をついたが意を決した表情で前を向く。<br><br>「まず、私たちのことをＳＡＳ対ＩＲＡっていう理由からね」<br><br>「宗教紛争ではないんだろ？　なんでＲＡＦ（イギリス空軍）のＳＡＳ（特殊空挺部隊）とＩＲＡ（アイルランド共和軍）が出てくるんだ？」<br><br>「ＲＡＦ？」<br><br>　サキがイェーガーに聞き返した。ブロッドは手で飛行機を作って飛ばすマネをするが、サキの眉間のしわは更に深いものになった。明らかに非難の目をブロッドに向けるイェーガーが空軍だ、と言うとサキは一応の納得を示す。<br><br>「先に進むよ？　この戦争の発端は、学生寮と生徒会の対立から始まった。１３年前にね。うちは留学に力を入れている語学学校だから他県からも入学希望者が絶えないから、２０年前に学生寮を増改築して、受け入れを強化したの」<br><br>　大きな溜め息をついて、ブロッドとイェーガーの前の席に座った。生徒会についてＩＲＡ一派はよほどの頭痛の種であるのだろう。サキは両手でこめかみをさすると、２回目の深い溜め息をついて話を続けた。<br><br>「学生寮が大きくなったことに伴って、校舎も増改築して田舎には不釣合いな学校になったみたいだけど、規律と自由を重んじるうちの学校は、生徒会がより機能するように権限と大幅な増員を実行したの。それだけにしとけば良かったんだけどね。学生寮にも寮母さんとは別に寮長っていう新しい役職を作ったの。学生寮の生徒たちによる選挙で選出されるんだけど、その初代寮長と副寮長は当時の生徒会長と協力して、寮則を新たに作ったってわけ」<br><br>「随分友好的じゃないか」<br><br>　イェーガーの言葉にサキが頷く。さっきまで退屈そうにしていたブロッドは顎に手を当てて、足を組みながらサキの言葉一つ一つに注意深く耳を傾けている。<br><br>「初めはね。最初の３年間は学生寮と生徒会の関係はとても友好的で聖ブレストン始まって以来の落ち着いた校風でブレストン黄金期って呼ばれてる。もっともその当時の生徒会長と寮長は相当なキレ者だったみたいだけど。でも、その構図が変わったのが黄金期のメンバーが全員卒業した翌年。当時の寮長が生徒会を出し抜いて、新たな規則を作ったのが全ての始まり」<br><br>「新たな規則？」<br><br>　ブロッドの目の色が変わった。机に肘をついて、手を額に当てる。早く続きを話せというような顔だ。<br><br>「今までは寮則というのは、校則に準ずるっていう形だったんだけど、寮の風紀の乱れを理由に寮則を校則と同格の規則にしようとしたのが１つ」<br><br>　ブロッドの眉が上がる。それに気付いたサキがブロッドを見て、首を傾げた。<br><br>「なるほど。これで学生寮は独立国家だ」<br><br>「さすが、察しがいいね。生徒会は学生寮に口を出すことができなくなったの。ここから学生寮は自治会っていう学生寮の生徒会的な組織を作り上げちゃった」<br><br>「ブロッドの言うとおりだが、規則は変えることできるんだろ？」<br><br>　イェーガーの問いにサキは静かに首を横に振った。短い髪の割りに多い毛量がサキの顔を覆った。それを手で髪をかきあげる仕草は妙にクールだ。<br><br>「生徒会が生徒会のルールを改正するのは別に何の障害もないんだけど、生徒会が自治会の領域に踏み入ろうとするとまたこれが厄介なの。合議制で生徒会と自治会の満場一致じゃないと承認にはされなくなったんだよ」<br><br>「めんどくさ。自治会の連中が突っぱねてる限り、この構図は変わらないな」<br><br>「そう。その合議制にしたのも当時の寮長。お互い規模が大きくなったから、相互に抑制と均衡を保ち、監視しあおうという趣旨で、それが承認されちゃったの。しかも、それは自治会側がすべての規則を制定し終えてから」<br><br>「あーあー。それで他にはどんな規則を？」<br><br>「学生寮に住んでいる学生は自由な行動が許されてるんだけど、学生寮以外の生徒には寮内での行動が制限されること。寮内で起こした問題については、自治会が制定した寮則に照らして罰則を受けること。そして、自治会は生徒会と対等な関係で、生徒会長と寮長の間には上下関係がないってこと。これは当時の生徒会書記が猛反対したみたいなんだけど、自治会側の言い分である国会の２院制みたいに、お互いに与党であり野党である関係で抑制と均衡でもって、学校の風紀を守ろうというのが通っちゃったの」<br><br>　サキの言葉でブロッドとイェーガーが大きな溜め息をついた。サキも自分のことではないが、身が切られるような感覚でそれを見ている。<br><br>「とんだ日和見主義だな、当時の生徒会長は」　<br><br>「ブロッドの言うとおりだ。寮長もなかなかのキレ者だしな。政治学をかじったことがあるな」<br><br>「当時の生徒会長の悪口を言うつもりはないけど、かなりの穏健派だとは聞いてる。３年間の平和な生徒会と学生寮の統治が彼を穏健にしたんでしょうね。ただ、自治会側は寮長よりも周りの人間が優秀だったみたい。寮長は策を練るよりも人事面で才能を発揮したみたいで、その適材適所ぶりは誰もが舌を巻いたみたい」<br><br>「やれやれ。しかし、どうなんだ？　２つ目は治外法権、３つ目は事実上の自治会の独立。穏健にもほどがある。そんなことも分からないのか？　まったく無知も罪だが、無能も罪だな」<br><br>「ブロッド、言い過ぎだ」<br><br>「いいの。今の言葉は肝に銘じておく。いつかこれを終わらせなきゃいけないんだから」<br><br>　サキが小さな溜め息をついて、遠い目をする。<br><br>「それで？」<br><br>　ブロッドの問いにサキはきょとんとした顔をする。それを不思議そうにブロッドが首を傾げた。数秒間の沈黙が続いた後にサキがはっとしたような顔をする。<br><br>「ごめんごめん。えっと、生徒会と自治会の構図が今の話。えっと、……、生徒会が大幅に人員を確保したことは話したでしょ？　その影響で学生寮に住む生徒会の生徒も急激に増え始めて、そんなときにさっきの規則が制定されたの。当然、寮に住む生徒会の生徒は大反対。ここで自治会側の詰めの甘さが露呈した」<br><br>「自治会は校則には口出しできない。当然、反対している生徒会の人間たちは寮則には従わず、校則だけに従う」<br><br>　イェーガーの答えにサキが嬉しそうにする。察しのいい２人と話をするのは、話しがいがあるし、とても面白いだろう。<br><br>「寮内での抗争はやがて学生寮の生徒会への帰属運動にまで発展した。対して、自治会側は学生寮全体としての独立運動を展開。話し合いは平行線のまま、自治会側の妥協案で生徒会のお膝元に近い中央棟の隣にある、学生寮北棟では寮則ではなく、校則の採用を許したの。でも、その代わりに全ての生徒会側の人間を北棟に押し込んじゃった。当時の書記がこれを屈辱の合意と呼んだみたいよ。結局、生徒会はこれを呑むしかなかったからね」<br><br>「なるほどな。確かに屈辱だな。収容人数は決まっているから学生寮内での生徒会派はそれ以上増えることはない。それに確かに構図は北アイルランド問題と酷似しているな。イェーガー、どう思う？」<br><br>「同意見だ。逆に言えば、生徒会派が学生寮北棟にいる限り、この問題は解決しないし、それを許したら学生寮の完全独立達成か。本来の北アイルランド問題との相違点は、自治会側が争う姿勢を崩していないだけか。もっとも、生徒会が妥協すればもっと深刻なものになるがな」<br><br>　そうなの、ともう何回めの溜め息か分からない溜め息をつく。頭を抱えて、机に伏せている姿はさっきまでのじゃじゃ馬の如く振舞っていた教室とはまるで違う。<br><br>「それでＳＡＳ対ＩＲＡと呼ばれる理由は？」<br><br>　イェーガーがサキに尋ねた。サキは伏せていた顔を上げて、苦笑いを浮かべながらそれに答える。<br><br>「これもただの偶然なんだけどね。生徒会と自治会の抗争が激化したのが、屈辱の合意の翌年。２年生だった書記が生徒会長になったの。彼女は屈辱の合意によほど頭がきてたんでしょうね。生徒会の中でも一番の強硬派となった。彼女の名前が神川（しんかわ）。現会長のお姉さん。そして、副会長が須佐（すさ）、書記が天津（あまつ）」<br><br>「それでＳＡＳか。それぞれの頭文字をとって」<br><br>「そう。イェーガー君の言うとおり。これも偶然だけど、この３人はみんな神様に関係のある名前でね。このトリオのやることなすこと神がかった３人だったから伝説化されたんだけど、神がかってたのは生徒会だけじゃなかった。先代の寮長は、神川さんの能力を見抜いていたから、後輩の育成をしっかりしていたの。それがＩＲＡ。寮長が石神、副寮長が六合（りくごう）、出納長が荒神（あらがみ）。先代の虎の子」<br><br>「確かにＩＲＡだ。しかし、こいつらも名前に神が宿ってるんだな」<br><br>　ブロッドが半ば呆れ顔でイェーガーに笑いかける。イェーガーもそれにつられて笑った。<br><br>「でも、自治会側も本当にすごかったの。お互いに化かしあいで、一歩も譲らずに伝説だけ残して卒業したから。そのなかでも神川会長の功績は、自治会側にある制度は廃止させたこと」<br><br>「ある制度？」<br><br>　イェーガーとブロッドが声をそろえて、聞き返した。くすりとサキが笑う。<br><br>「がっつかないで。これは、まだ歴史の浅い自治会側が考案した制度なんだけど、外部の人間に自治運営の手助けをしてもらうことなの。なんでも、生徒会と自治会の対立の原因を作ったのがその外部委託運営制度みたいで、悪い冗談だとは思うんだけど、その制度が廃止されてから自治会側はその外部の委託者のことをＫＩＡと呼ぶようになったんだよ」<br><br>「ＫＩＡ」<br><br>　イェーガーがぽつりと呟く。ＫＩＡとは、軍事用語でＫｉｌｌｅｄ　Ｉｎ　Ａｃｔｉｏｎ、つまり戦死を意味する略語である。<br><br>「待て待て、神童。つまりは、その外部の人間も３人いて、それぞれの頭文字をとってるってことはないよな？」<br><br>　ブロッドが尋ねると、まさかといった表情でサキが笑いながら否定した。<br><br>「さすがにそれはないでしょ。話ができすぎだもん」<br><br>「待てよ。神童、お前も頭文字がＳなんだが」<br><br>「イェーガー君、鋭いけど半分正解で半分不正解って感じかな？」<br><br>「と、いうと？」<br><br>「私の双子の姉が副会長をやってる。それに今回は神川会長以来のＳＡＳ対ＩＲＡなんだ。そんなうまいこと名前が一致するわけ無いでしょ？　でも、今回はそれが見事に一致した。だから、今年は例年よりも争いが激化してるの。私がヘルト君たちを欲しがる理由も分かるでしょ？」<br><br>　サキの言葉で２人が顔を見合わせる。どちらも渋い顔をしている。それにサキは吹き出すように笑った。話を始めた頃の深刻な表情はどこかに消えている。話しているうちにすっきりしたのだろうか。<br><br>「別にいいよ。でも、諦めたわけじゃないからね。明日、生徒会版の外部委託運営制度が初めて行われるの。伝説を作った他校の生徒会長を呼んで助言をもらうつもりなんだ」<br><br>「おいおい。それは神川っていう会長が廃止したんだろ？　そんなことやったら自治会側も同じことするぞ？」<br><br>「いや、それはないんだよ」<br><br>　サキがブロッドの言葉を否定する。ブロッドを首を傾げて、続きを促した。<br><br>「神川会長は、他校との交流も重視していた会長で、長期休暇の交換留学みたいなこともやってたの。それを隠れ蓑として外部委託運営制度を自治会を出し抜いて制定した上で、外部委託運営制度は双方にとっての切り札だから、今後同じような制度は双方の合議による承認で決めようという規則も制定。こっちはちゃんと校則に明文化されてる規則だけど、向こうは制定することさえできない。私たちが承認しないからね。勝手に制定しようとすれば罰則規定があるから、したくてもできない」<br><br>「やり手だな。レーマーさんに紹介したい」<br><br>「レーマー？」<br><br>「いや、俺たちの知り合いだ。この学校にはいない」<br><br>　ブロッドが黒騎士の頭脳である参謀総長のラインハルト・レーマーの名前を出した。彼は今、黒騎士の本部で第８親衛軍との戦いに向けて、ウィスキーをあおりながら頭をフル回転させていることだろう。<br><br>「そうなんだ。２人も会ってみる？　私たちの外部委託運営制度の第１号を。頭の切れる人だから２人と話が合いそうなんだけどな」<br><br>「そんなに頭が切れるのか？」<br><br>　興味深げにブロッドが尋ねた。すると、サキは興奮した様子で口を開く。<br><br>「もちろん！　数々の難題や学園抗争を次々と解決した名生徒会長だよ！　今は大学生になったんだけど、教育学部で教師を目指してるみたいだから、勉強の一環として承諾をもらったの。あー、楽しみだな！　本人は優秀な指揮官とそのスタッフのおかげで解決したって言ってたけど、やっぱり上に立つものは謙遜も必要よね。でも、その会長が教えを受けた人たちにも会ってみたい。あぁ、早く凛さん来ないか？」<br><br>「おい。今、誰だって？」<br><br>「え？」<br><br>　きょとんとした顔でサキがブロッドに聞き返す。ブロッドは眉をひそめてサキを見つめている。まさかそれはないだろ、と苦笑いを浮かべながらイェーガーがブロッドの肩を叩くが、ブロッドはそれを無視してサキを見ている。<br><br>「誰って、知ってるわけないよ。隣の隣の市だよ？　明親学園の鷲崎凛さん」<br><br>「あぁ、そうだな。俺の勘違いだ。そんな名前、聞いたこともないよ」<br><br>　ブロッドはそう言ったが、サキは不思議な顔をしている。なぜなら、ブロッドは頭を抱えて溜め息ばかりつき、イェーガーのほうはくすくすと笑いをかみ殺しているからだ。<br><br>「ねぇ。凛さん知ってるんでしょ？」
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<link>https://ameblo.jp/tatsuboo/entry-10948726909.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Jul 2011 00:55:26 +0900</pubDate>
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<title>ｂｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒ　第１話　遭遇</title>
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<![CDATA[ 　季節は４月。<br><br>　この地方にとって、４月はまだまだ肌寒い季節だ。さすがに雪はもう降りはしないが、まだ山のほうでは残雪が目立っている。朝夕が冷え込むが、確実に春へと向かっているのは確かだ。<br><br>　濃い緑色をしたチェック柄のジャケットを羽織って、カバンに参考書を詰め込む。使い古した参考書はところどころ破れていて、自分の努力を見ることができる。<br><br>　ふと腕時計を見ると、もう１９時３０分を回っていた。小さく舌打ちをすると、急いで片付ける。誰もいない教室には舌打ちはよく響いた。<br><br>「あ、お疲れ。まだ残ってたんだ」<br><br>　声のほうを振り返り、それに笑顔で答える。同じクラスの女子、井上マキだ。１５５ｃｍくらいの身長で、２本に縛った肩にかかるくらいの髪がなんとも可愛らしい。<br><br>「お疲れ。気付いたらこの時間になってた。井上さん、部活？」<br><br>　そう言いながら、片付けに戻る。専門学校の説明会でもらった過去問をクリアファイルに入れたところで終わった。<br><br>「ううん。部活は１８時くらいに終わったから自習室で勉強してた」<br><br>「あそこうるさくない？」<br><br>　五十嵐馨は怪訝な顔をしながら尋ねた。名前から女に間違われがちだが、彼は立派な男である。耳まで切りそろえた短い髪は清潔感を醸し出し、１８０ｃｍという身長から爽やかなスポーツマンという印象だ。<br><br>「音楽聴きながらだからそんなに気にならないかな？　まぁ、１年生だし、仕方ないんじゃない？」<br><br>　笑顔で答えるマキに、馨は敵わないなと言ったように溜め息をつきながら首を振った。高校３年生である彼らは受験に向けて猛勉強中であるが、１年生と３年生ではどうしても勉強に取り組む姿勢の差が出てしまう。だから、彼はあえて教室で勉強することを選んでいる。<br><br>「五十嵐君、帰るところなら一緒に帰らない？」<br><br>「そのつもりだよ。っていうか、ここ最近毎日一緒に帰ってるしね。日課みたいなもん？」<br><br>　手提げ式の通学カバンを肩にかけてもう１度腕時計を見る。１９時４０分ちょうどだった。ズボンのポケットに手を突っ込んで教室の電気を消す。廊下で待っているマキは何やら楽しそうに笑顔を携えていた。本当に可愛らしい。<br><br>「五十嵐君は、転校生見た？」<br><br>「あぁ、あの噂で持ちきりの？　っていうか留学生だよね？　あんまり興味ないな」<br><br>　下駄箱から靴を取り出すときにマキが話を振った。昨年度の３月から留学生が来るという話しが出てきて、学校中では今一番ホットな話題だ。なんでもその留学生はなかなかのイケメンらしく、職員室に入っていく外国人を目撃した女子生徒から一気に広まった。<br><br>「超イケメンなんでしょ？　すっごくテンション上がるよね！　明日、全校朝礼で紹介するらしいけど楽しみだもん」<br><br>「俺は男だから、テンションは上がらないな。それより勉強だよ」<br><br>　馨の興味の無さに慌てて軌道修正しようとマキが話を合わせる。<br><br>「五十嵐君って、公務員目指すんでしょ？　五十嵐君の学力なら合格できそうだし、大学進学も夢じゃないと思うんだけど、なんでわざわざ専門学校行くの？」<br><br>「モラトリアムかな？　それに大学行くと公務員試験難しくなるからね」<br><br>「へぇ。私も公務員目指してみようかなぁ」<br><br>「そのほうがいいよ。安定度はナンバーワンだし、大学行ってもただ適当に過ごしてたら学位貰うだけで卒業だからね」<br><br>「なんか景気も悪いしね。去年の明親事件でかなり悪化して、大卒者の内定率ガクンと下がったもんね」<br><br>「あぁ、……。俺、休学してたからそこのところよく覚えてないんだよね」<br><br>　あ、ごめん、とマキが慌てて謝った。それを手で制した笑顔で答えたが、申し訳なさそうな顔をしている。去年の７月に馨は自動車事故に巻き込まれて、２週間生死をさまよった。幸い、驚異的な生命力で回復することができたが、あれ以来なぜだか調子がいい。まるで他人の体を借りているようだ。<br><br>　靴に指を入れて踵を入れる。使い古した革靴は踵が潰れそうで履きづらい。その点、マキの革靴の踵は綺麗なもので、否応にも女の子を感じさせる。<br><br>「五十嵐馨君？」<br><br>「あ、はい。そうですけど……？」<br><br>　急に呼び止められて、男の声のしたほうを振り向いた。真っ暗な廊下にポツンと１人佇んでいる。顔どころか体の線すら確認できないくらい奥にいて、わざと見えにくい場所に立っている印象を覚えた。<br><br>「ちょっといいかな？　去年の交通事故に関してなんだけど。私は保険会社のもので、保険の支払いに関して、ちょっと足りない部分があるかもしれないんだよ。そのための話を聞かせてほしいんだけど」<br><br>「あ、はい、いいですよ。ごめん、井上さん。先帰ってて」<br><br>　うん、と言ったもののすぐにはそこから立ち去らなかった。きっと馨と同じことを考えているのだろう。この男は、日本人ではない。ところどころ発音がおかしかった。<br><br>「じゃあ、早速なんだけど。あの事故以来変わったことはないかな？」<br><br>「変わったこと？」<br><br>　マキが離れてから男は尋ねてきた。未だシルエットしか分からない状態だ。<br><br>「そう。体に関して変わったこと」<br><br>「あぁ。気のせいかもしれないですけど、記憶力がよくなりました。お医者さんの話だと頭を強く打ったって聞いていたので、心配だったんですが、逆に良かったみたいです。あと、運動神経が前よりもよくなった印象があります。それこそ気のせいかもしれないですけど」<br><br>「そうか。じゃあ、なんか変な夢を見ることはない？　怖い夢とかなんでも」<br><br>「えぇと。そうですね。特に感じませんが……」<br><br>　男が１歩近づいた。合羽のようなものを着ているが、まだよく見えない。だんだん不気味になってきた。<br><br>「安定状態か……。よし、すまないね。でも、元に戻ってもらうぞ」<br><br>「え？」<br><br>　馨が言うか早いか、男がこっちに突進してきた。突然の出来事に何もできない。地面に押し倒され、首にチクっという痛みを感じた。注射か何かを打たれたかもしれない。<br><br>　急に視界が歪んできた。目の前の男がグニャグニャと曲がっていく。男は、フードのようなものを被っていて、顔はまったく見えない。これだけの近さで顔が見えないというのは、なんとも言えない不気味さで鳥肌が立った。<br><br>「アインス。ヌルを回収。計画通りだ」<br><br>　目の前で男はわけの分からない言葉を口にしているが、単語だけは聞き取ることができた。アインスとはドイツ語で数字の１を意味し、ヌルは同じく０を意味している。しかし、馨にはまったくその意味は分からない。<br><br>　額からは玉の汗が噴出してきて、呼吸が乱れる。心臓の鼓動がどんどん早くなっていき、うるさいくらいだ。男の喋る言葉もだんだんと聞き取りづらくなってきた。耳鳴りして、目の前が暗くなっていく。<br><br>　馨は目を凝らして、再び男を見る。どうしてもフードの奥の顔は見ることができない。しかし、不思議なことに妙な感覚に包まれた。懐かしいような感覚が馨を襲う。<br><br>　なぜだか分からずに痺れて思うように言うことを聞いてくれない手を動かす。どうしても男のフードが取りたくて、顔の前まで手を伸ばすが、腕を掴まれてしまった。そして、顔を近づけて、耳元で何かボソッと呟く。しかし、その頃には馨の意識は完全に飛んでしまった。<br><br><br>―――――――――――――――――――――――――――<br><br><br>　ぐったりとして動かなくなった馨の頬を叩く。反応がない。完全に気を失っているようだ。呼吸が荒く、額の玉のような汗も尋常ではない。こうなるとは聞いていなかった。<br><br>「ツヴァイ（２）。ヌルの様子がおかしい。こうなるとは聞いてないぞ」<br><br>　アインスは馨を抱きかかえながら、インカムで交信する。<br><br>『どんな状態だ？』<br><br>「意識がない。呼吸も荒く、尋常じゃない汗をかいている。こんなの話しにはなかったぞ」<br><br>『だからと言っていまさら引き返すことはできない。このままヌルを回収する。早く回収ポイントに移動しろ』<br><br>「分かってる」<br><br>　乱暴な口調で通信を切った。１８０ｃｍの馨を左肩から回して、無理やり運びながら、舌打ちをした。意識がなく、ただの荷物と化した馨を運ぶのは容易なことではない。修道衣の下にスリングで吊るしてある、Ｇ３４Ｃに手を掛ける。親指でセフティを解除して、いつでも発砲できる準備をする。<br><br>　昇降口を裏から抜けて、事務室の隣をすり抜ける。校門から抜けるのが一番手っ取り早いのだが、必ず事務室の前を通ることとなるので、秘密裏に運び出すことは中の人間を殺す以外不可能だ。そのためにわざわざ事務室の隣を通り抜けて、裏門から出て行くのが得策であった。<br><br> アインスが事務室の横を抜けて、体育館倉庫を大きく迂回する。極力人目を避けるためだ。いくら日が落ちているとはいえ、男を担いだ修道衣など目に留まらないわけがない。倉庫裏で走る速度を上げて、回収ポイントへと急ぐ。計画に狂いは無い。<br><br>　倉庫裏を抜けたところで誰かと激しくぶつかった。アインスは衝撃で尻餅をつき、馨を手放してしまった。<br><br>「いっ、つつつつ。誰だ、こんなところから来る奴は？」<br><br>　額を押さえるジャージ姿の男がズボンについた砂を払いながらアインスを見た。ここの教師のようだが、ギョッとした顔をしていて、混乱しているようだ。彼はすぐに倒れている馨を見て、口を開く。<br><br>　すかさずアインスが相手の膝を蹴る。短い悲鳴を上げながら、膝から地面につくとＧ３６Ｃのストックで顎を思いっきり殴った。教師は気絶し、近くの用具入れに激しくぶつかって、地面にのびた。<br><br>「斉藤先生？」<br><br>　バドミントンのラケットを持った２人の男子生徒が物音に気付き、駆け寄ると伸びている教師を発見した。そして、馨を背負おうとしているアインと目が合う。目が点になっている生徒は混乱しながらも、今置かれている状況を次第に把握していく。<br><br>　アインスはスリングで吊るされているＧ３６Ｃを手放すと、腰にあるホルスターからサイレンサー付きのＳＩＧ　ＳＡＵＥＲ　Ｐ２３９を抜く。そして、生徒の持つラケットを撃つと甲高い金属音と共にラケットが弾き飛ばされる。<br><br>「騒げばお前の頭がそのラケットのように弾け飛ぶぞ。いいな？」<br><br>　突然発砲されたことにより、ただ呆然とその場に立ち尽くしている生徒だったが、アインスに銃を向けられ、慌てて何回も首を縦に振った。アインは銃をホルスターに収めると先ほどよりも早いペースでその場から離脱する。あの生徒に口止めはしたが、必ず通報される。ならば、即刻回収ポイントに向かうことが得策である。もう発見されているため、見つかろうがどうだろうが、もう関係ない。<br><br>「ツヴァイ。ドジった。発見された」<br><br>『状況は？』<br><br>「現在、裏門を抜けて、回収地点まで１００メートルだ。俺が見えるか？」<br><br>『待て、……確認。追尾の可能性は？』<br><br>「無いだろう。ただ、通報されることはまず間違いない」<br><br>『念のため近くの交番を潰しておくか？』<br><br>「馬鹿か。足がつく。回収地点で待機していろ」<br><br>　通信を切って、落ちそうになっている馨をもう一度担ぎなおす。前を見ると黒いワンボックスカーがハザードを出しながら止まっている。そして、中から修道衣を着た人間が出てきた周囲を警戒している。<br><br>「こいつがヌルか？」<br><br>　車まで辿り着くと、ツヴァイが尋ねた。<br><br>「あぁ、そうだ」<br><br>　アインスが答えると、ツヴァイは馨の足を持ち、車の中に押し込もうとする。しかし、１８０ｃｍの意識の無い男を車の中に入れることは、容易なことではない。<br><br>「おい、まだか？　前方に警察車両だ。急げ」<br><br>　運転席にいるドライ（３）が２人に声を掛けた。アインスが前を見ると遠くに赤色灯の灯りが見える。ツヴァイに頷くと、馨を無理やり詰め込んだ。<br><br>「警察車両は？」<br><br>「変わった様子はない」<br><br>「やり過ごせ。面倒事は避けろ」<br><br>「もしもの場合は？」<br><br>　ドライが前を向いたままアインスに尋ねた。<br><br>「殺せ」<br><br>　静かにそう言うと、革手袋で銃のグリップを握る音が聞こえてくる。そして、カチリとセレクターをセフティから外す音が聞こえ、後ろの２人は運転席と助手席のシートに身を隠した。黒いシートを張られた窓にパトカーの赤色灯が鈍く映る。<br><br>　警察官はこちらのことを気にすることなく走って行き、アインは安堵の溜め息をついた。そして、最後部に寝かしている馨のほうをチラッとみる。左頬から血が滲んでいた。どうやら、教師とぶつかったときに地面に擦ったようだ。<br><br>「さっさと行こう。子守しながら戦うのは得意じゃない」<br><br>　ツヴァイの言葉でドライが頷く。スリングで体の前に固定しているＧ３６Ｃを緩めて、ハンドルを握る。ハザードを消して、ウインカーを出すと窓をノックする音が聞こえた。警察官だ。<br><br>　「クソ」<br><br>　アインが悪態をつく。パトカーに気を引かれて、誰一人歩道側に注意を向けていなかった。今回の特殊な内容の任務のためだろうか。自分を含め、注意散漫である。<br><br>　コンコンと再び窓をノックされる。ドライが後ろを向くと、アインが静かに頷く。それに頷き返して、窓を開けた。<br><br>「ダメだよ。前座席の窓に遮光シート貼っちゃ。って、何その格好？　それで運転できるの？」<br><br>　２０代くらいの若い警察官がドライの姿を見て驚く。そして、窓から身を乗り出すように後部座席も見る。<br><br>「驚いたな。後ろの２人も同じ格好か？　君たちは大道芸かなんかの人？」<br><br>　警察官が驚くのも無理は無い。頭にフード、膝までかかるような長い修道衣をすっぽり着ていて、顔は黒いマスクでもしているのか、表情どころか輪郭すら見ることができない。靴は膝まである黒い乗馬ブーツを履いていて、全身真っ黒な出で立ちである。<br><br>「桜田」<br><br>「はい！」<br><br>　桜田と呼ばれた警察官は後ろから来た５０代くらいの警察官に呼ばれる。自転車が２台留めてあり、どうやらそれで来たらしい。桜田が車から離れるとドライが車を出そうとする。<br><br>「待て。今ここで逃げたらナンバープレートで足がつく。逃げるなら殺してからだ」<br><br>　アインが肩を掴んで止めると、ツヴァイに頷く。すると彼は、ホルスターからＳＩＧを取り出して、サイレンサーを装着する。スライドを引いて、薬室に弾を装填するときに、真鍮の弾丸が月の光に不気味に反射した。<br><br>「とりあえず、免許証を見せてくれる？」<br><br>　桜田がもう１人の警察官と一緒に戻ってきた。<br><br>「Was?」<br><br>「え？　あれ？　谷さん。この人、日本人じゃないですよ」<br><br>「桜田、英語できるか？」<br><br>「うーん、ちょっと自信はないですけど、試してみます。Hello？」<br><br>「そこからかよ」<br><br>　谷さんと呼ばれた警察官は呆れながら苦笑いを浮かべた。しかし、桜田は大マジメである。<br><br>「Hello」<br><br>　ドライが答えると早くも桜田が詰まる。唸りながら次の言葉を考えている。ドライは後ろを再び振り返り、頷く。アインとツヴァイが頷き、ツヴァイが銃を握りながら、後部ドアに手を掛けた。<br><br>「あ～、How are you？」<br><br>　銃を抜きかけたドライに桜田がまた話しかけた。銃には手をかけたままで左手で分からないという仕草をする。<br><br>「Ich bin ein Deutsche.Ich kann die Engländer nicht sprechen」<br><br>（俺はドイツ人だ。英語は喋れない）<br><br>「あ～、谷さん。この人、ドイツ人です。今、ドイチュって言いました」<br><br>「桜田、お前ドイツ語喋れるか？」<br><br>「無茶言わないでくださいよ。英語も喋れないのにドイツ語なんて無理に決まってるじゃないですか」<br><br>　帽子を取って、頭をかきむしる。谷は無線機を使って、ドイツ語を喋れる警察官を探す。<br><br>「Ermorden Sie ihn」<br><br>　アインが殺せと指示を出した。グリップを握る手に力が入る。<br><br>「ヘルトとフレデリックと同じかよ、まったく。嫌なもん思い出したな」<br><br>　桜田の一言でアインたちの動きが止まる。<br><br>「あの２人を知っているのか？」<br><br>　びっくりしたようすのドライが思わず桜田に聞き返した。<br><br>「え？　あぁ、前に酷い目にあったんだけど、知り合い？」<br><br>「いや、ビジネス上の付き合いだ」<br><br>「えっ、あいつらとビジネス上の付き合いって……？　っていうか、日本語喋れるの？」<br><br>　なんとも言えない微妙な空気が流れる。アインスが小さくドイツ語で馬鹿め、とドライのミスを叱責する。微妙な空気はやがて、冷たく刺すような緊迫した雰囲気へと変わっていく。両者ともヘルトとフレデリックの名を知っているという意味を理解し始めたのだ。<br><br>「Mord dieser Kerl im Moment!! Im Moment!!」<br><br>（そいつを今すぐ殺せ！！　今すぐだ！！）<br><br>　アインスの怒声でドライが銃を引き抜いた。<br><br>「谷さん！！」<br><br>　すんでのところで銃弾を避け、谷を押し倒した。甲高い音が後ろの方で聞こえたかと思うとすぐに後部ドアが開けられる。桜田はホルスターから拳銃を素早く抜いており、ツヴァイに銃口を向けた。すぐに開けたドアを閉めると、３発撃たれる。２発はドアに、１発は窓に着弾した。<br><br>「クソっ！！　あのクソ野郎、マジで撃ちやがったぞ！！　日本の警察は撃たないんじゃないのか！」<br><br>「あの２人を知ってるなら不思議じゃない！！　いいからさっさと殺せ！！」<br><br>　ドライが運転席から助手席に移ると桜田がサイドミラーを撃ち抜く。一瞬、怯んだが腕だけ出して銃を乱射する。頭を上げさせないように、上の方を狙っているので電柱に着弾し、甲高い音を立てる。続いて、ツヴァイがドアを１０ｃｍほど開けて、そこから足を狙って撃つが、桜田は中腰のまま谷を抱えてその場から逃げ去る。<br><br>「クソっ！！」<br><br>　ドライが悪態をつきながらドアを開ける。そこにさらにもう１発、桜田が発砲した。すぐにかがんで、反撃に転じる。逃げる２人を狙って撃つが、工事用建材の影に隠れた。<br><br>「谷さん、拳銃借ります！！」<br><br>「お、おい！」<br><br>　谷のホルスターから無理やり拳銃を抜き、左腕に銃を乗せて、固定しながら発砲する。銃弾はドライの脇を掠めて、前面窓に着弾した。<br><br>「車内に撃たせるな！　跳弾したらどうする！」<br><br>　アインスが罵声を浴びせる。<br><br>「だが、いい腕してやがる！」<br><br>「もうサイレンサーの意味を成していない！　手段を選らばず、あの２人を殺すんだ！！」<br><br>　ツヴァイがドアを荒々しく開け放つと、ＳＩＧをホルスターに戻し、スリングを緩めて、Ｇ３６Ｃを構えた。すぐに桜田が１発発砲するがそれに対して、連射して応戦する。怯んだ桜田に対し、さらに車から体を少しだけ出して、さらに攻撃を加えた。そして、ドライは運転席側から外に出て、車を遮蔽物にしながら、発砲する。<br><br>　桜田も負けじともう１発発砲するが、それに対して数十発発砲され、太刀打ちができない。アインスは座席の下の弾薬箱から手榴弾を２つ取り出す。そのうち１つをツヴァイに渡し、安全ピンを引き抜いて投げた。２つの手榴弾が桜田たちが隠れている建材の近くに落ちる。<br><br>　次の瞬間、２発の銃声が轟き、手榴弾が弾き飛ばされた。桜田が放ったものではない。アインスが無理やりツヴァイのフード部分を掴み、車内に乱暴に引きずり込む。ツヴァイの頭があった場所に着弾した。<br><br>「スナイパー！　狙撃されている！」<br><br>　アインスが怒鳴るとドライがすぐに頭を引っ込めた。奇妙な静寂に包まれる中、姿勢を低くしながらアインスがナイフで突き刺さっている銃弾をえぐり出した。<br><br>「７．６２ｍｍＮＡＴＯ弾。あの射撃間隔ならセミオートか。この防弾ガラスでは、耐え切れないぞ。見ろ。手榴弾の信管が撃ち抜かれている。この暗さで瞬時にしかも２発とも撃ちぬく狙撃手で、日本で活動できる人間を俺はこの世で２人しか知らない」<br><br>「おいおい、冗談だろ？」<br><br>「どうだろうな？　ドライ、安易に頭を出すなよ」<br><br>『あぁ、分かってる』<br><br>　インカムから苛立った口調で答える。<br><br>『黒騎士を知っている人間に会ったことがもう不運だってのに、さらに腕利きのスナイパーがいるなんて、どこまで不運続きなんだよ』<br><br>「アインス、奴はどっちだと思う？」<br><br>「どっちでもいい。どっちにしろ最悪だ。さっさと準備をしろ」<br><br>「準備？」<br><br>　ツヴァイが思わず聞き返す。<br><br>「ヌルならそうする」<br><br>　そう言ってアインスはマガジンを抜いて、新しいものを交換する。それにツヴァイもならう。<br><br>「ドライ。一瞬でいい。敵の気を引け」<br><br>『本当に一瞬でいいのか？』<br><br>「あぁ、それで十分だ」<br><br>『いくぞ』<br><br>　ドライが思いっきりボンネットを駆け上がり、車のルーフまで到達する。そして、仁王立ちの状態で連射した。すぐさま狙撃手からの発砲があり、ドライはすぐに伏せる。耳元をかすめた弾丸でフードに穴が空いた。<br><br>　それと同時にアインス、ツヴァイが車から飛び出る。ツヴァイは桜田らが隠れる建材を銃撃し、アインスはそこらじゅうめちゃくちゃに撃つ。<br><br>「６時方向！ワゴン車からだ！！」<br><br>　ドライの声で一斉にワゴン車に向かって銃撃を開始する。中の人影が一斉に伏せて、姿が消えた。前面窓は防弾ガラスのようだったが、すぐに割れ、そこらじゅう銃痕だらけになる。<br><br>　アインスがハンドシグナルでツヴァイに命令を出す。それに頷いて、建材のところに駆け寄る。<br><br>「ＬＭＧ！！！」<br><br>「ツヴァイ、伏せろ！！」<br><br>　ドライの怒声でアインスが車内に転がり込み、ツヴァイは建材を盾に伏せた。ワゴン車のルーフからＭＩＮＩＭＩ軽機関銃がさっきのお返しとばかりに激しい銃撃を加える。バリバリと５．５６ｍｍ弾が車に当たる音が響いてくる。相手も本気だ。<br><br>「そこにいる警官！　そこから離れろ！！」<br><br>　ワゴン車から降りてきた男の１人が大声で指示をする。そして、無駄の無い動作で周りの物を遮蔽物にしながら、アインスたちを攻撃してきた。動きからみて素人ではないことはすぐにわかる。間違いなく軍経験者であり、戦闘のプロだ。<br><br>「クソっ！！　車に戻れ！！　退くぞ！！」<br><br>　アインスは今度はＭＧ４を引っ張り出してきて、そこら中を掃射する。ルーフにいたドライもそこから飛び降りて、応戦しながら車内に戻る。早い連射力により、着弾した植木や建材が見るも無残ぬズタボロにされていく。しかし、敵に対しては１発も当てることはできない。<br><br>「スナイパーまで出張ってきやがった！！　ツヴァイ、早く戻れ！！」<br><br>　ドライが怒鳴り声を上げながら、運転席に転がり込む。低い姿勢のまま這うように車へと戻ろうとする。車まであと１ｍというところでドライはアクセルを踏み、車を出した。ツヴァイは急いで車内の取っ手を掴み、半ば引きずられる格好でいて、それをアインスが一生懸命引き入れた。<br><br>「貴様、馬鹿か！！　俺を置いていくつもりか！！」<br><br>　憤慨して罵声を浴びせられても、ドライをそれを無視して全速力でその場から退避する。その間も敵からの銃撃は続いていて、アインスが反撃を続けていた。空になったマガジンを捨てて、素早い動作で新しいものと交換する。そして、体半分出して、発射炎を目掛けて再び攻撃を加えた。<br><br>　なんとかその場から離れ、ＭＧ４を車内に放り投げた。銃身からは煙が立ち昇っていて、車内には硝煙の匂いが充満している。<br><br>「ツヴァイ、ヌルの様子を。クソ、大赤字だぞ。車はボコボコだし、警察相手にいったいどのくらいの弾薬使い果たしたんだ」<br><br>「それで済んでよかった」<br><br>「なんだと？」<br><br>　アインスが怒気を含みながら聞き返した。<br><br>「スナイパーはヘッツェナウアーだ」<br><br>「ヘッツェナウアー……」<br><br>　ツヴァイがその言葉に反応して、その名を再び呟いた。<br><br>「ヘッツェナウアーだけならシルバーでも同じだろ」<br><br>「違う。ヘッツェナウアーの後ろにはデーニッツが援護するようにぴったり後ろについてきやがった。そして、ＭＩＮＩＭＩを軽々持って、片づけでぶっ放してきたのがイェーリング。アインス、お前が銃撃を加えていたのは、シュバルツとフレデリックだよ」<br><br>　おいおい、とツヴァイが盛大な溜め息をつく。<br><br>「どっちに転んでも最悪だが、とんでもないはずれくじを引いちまったようだな、アインス」<br><br>　前を見ながら運転をするドライが言うと、アインスは唸る。<br><br>「シュバルツとフレデリックがいたってことは……」<br><br>「あぁ、そういうことだな」<br><br>　それを聞いていたツヴァイが再び溜め息をついてうな垂れる。重苦しい雰囲気が車内を包むが、それを破ったのはアインスだった。<br><br>「結果どうであれ、俺たちには必要なことだ。それにＢ．Ｅ．社からの依頼を受けただけだ。それに対して何を言われようが、イレギュラーに現れたのは向こうのほうなんだから、俺たちには関係ない」<br><br>「黒騎士の仕事依頼は無くなるのか？」<br><br>「さぁな。ビジネスっていうのは、そういうもんだが、黒騎士はもっと寛大だよ。それより、お前はヌルの容態を確認しろ。実は流れ弾に当たっていて、失血死だなんて笑えないぞ」<br><br>　ツヴァイがしぶしぶ頷いて、馨の容態を確認する。それを見届けたアインスは、胸に密着させていたライフルのスリングを少し緩めると、タバコを取り出して火をつける。溜め息かそれともただ単に煙を吐いたのかわからないぐらい、深く息を吐くとヒビだらけの窓から暗い夜道を眺める。
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<link>https://ameblo.jp/tatsuboo/entry-10937635906.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Jul 2011 18:29:14 +0900</pubDate>
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<title>Ｂｌａｃｋ　Ｅｔｈｅｒ　　プロローグ</title>
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<![CDATA[ <br>　うだるような蒸し暑さ。<br><br>　相当に年季が入った日本製の扇風機１台だけが、カタカタと今にも壊れそうな音を立てている。<br><br>　電球が剥き出しの照明が規則正しく左右に揺れる。車の廃工場らしく、あたりには車の部品や組み立て前の車両が置いてある。<br><br>　口の中に広がる鉄の味を唾と一緒に吐き出す。<br><br>　その瞬間に右頬を殴られた。頬骨にあったたみたいで、かなり痛い。その振動は脳みそまで届いただろう。視界が少し歪んだ。<br><br>「まだ吐かないのか？」<br><br>　扇風機の前で足を組みながら、タバコを吸う男が問いかけた。金メッキの派手なネックレスをする、脂ぎった肥満気味の男である。その問いに対し、拷問をしている男は、振り返ると両手を広げて首を傾げる。<br><br>　ふん、とめんどくさそうに鼻で笑うと肥満気味の男はタバコを吸う。整髪料の付けすぎで、不自然にテカテカと光る髪を左手でなでるように整えた。<br><br>「アブドゥルさん。アメリカ人の持ってたものから金が出てきました。ドルです」<br><br>　アロハシャツを着る小柄な男がアブドゥルという肥満気味の男に札束を差し出した。歩くたびにアロハシャツが翻り、ジーパンに押し込んでいる銃が見える。コルトガバメントＭ１９１１Ａ１だ。<br><br>　アブドゥルが札束を受け取ると咥えているタバコを手に取り、数える。殴られていたアメリカ人の男はゆっくりと顔を上げてアブドゥルのほうを見た。その視線に気付くと札を数える手を止め、タバコを吸いながら汚いものを見るようにアメリカ人を見る。<br><br>「おい、アメリカ人。こんな中東の辺境に何のようだ？　この俺にようがあるのか？」<br><br>「だから、何回も言ってるだろう。俺は旅行者だ。観光のためにここまできたんだよ。その金はアメリカの家族に買う土産代だ。全部は持っていかないでくれ」<br><br>　アメリカ人の言葉にそこにいた全員が笑う。<br><br>「何、そこのかっこいいネックレスをしている君だけにあげるつもりはないさ。ここにいる全員にいくらか上げるよ、いくらか。な？」<br><br>　機嫌を伺うように拷問役の男に微笑みかけると今度は左頬を殴られた。それに対してまた笑い声が起こる。アロハシャツの小柄な男以外は、みな屈強な男だ。手にはＡＫ－４７ライフルが握られていて、特に拷問役は筋骨猛々しい。拷問の際は、いつもこの男が痛めつけているのであろう。<br><br>「えーと、あんたとあんたには２０ドル。あんたには４０ドル。後ろにもいるのか？　そこの３人には７０ドルだ。あんたとあんたは９０ドル。労働に勤しむあんたは１１０ドル。一番偉そうなあんたには、１２０ドルをやるよ」<br><br>　男の言葉に再び笑いが起こる。アメリカ人はフォークリフトにくくりつけられていて、両足をロープで縛られ、両手はフォークリフトの台から手錠で吊られている。三枚目の顔立ちで、無精ひげを剃ればもっとマシになるだろう。髪は短く、前髪は眉くらいの全体的にさっぱりとした長さだ。<br><br>「そんなはした金、受け取るとでも思うか？」<br><br>　馬鹿にしたように笑いながら、アブドゥルが再び紙幣を数える。<br><br>「あぁ、そうだ。１１０ドルの奴は、殺すな。こいつは俺が殺す」<br><br>　この言葉にアブドゥルの動きが止まる。アメリカ人は腹に一発食らい、周りの人間は酒をあおったりして大笑いをしているが、ゆっくりとした動作で１ドル紙幣をめくった。そこにはセロハンテープで何かが留められている。黒いクリップのようなものだ。まるで、ピンマイク。<br><br>「こいつが言っていたのは金じゃねぇ！！　方角だ！！」<br><br>　大声を上げながら立ち上がると同時に爆発音が響いた。続いて散発的な銃声が響き、短い悲鳴を上げながら次々にアブドゥルの部下たちが倒れていく。<br><br>「ポーカー！！！」<br><br>　アメリカ人が叫ぶと彼の手を拘束していた手錠が銃弾により弾き飛ばされた。自由になった手で手首をさすりながら、足を縛っているロープを解く。突入してきたのは３人の男でジーパンにポロシャツというラフな格好をしていて、その上にタクティカルベストを着用し、おもいおもいの武装をしている。<br><br>「急いで。次の仕事までの時間、押してるわ」<br><br>　穴が空いた廃工場の壁からブロンドの髪の女がラップトップ片手に歩いてきた。シャツにパンツというフォーマルな格好に首からＰＲＥＳＳというカードをぶら下げている。しかし、報道関係者とは到底思えない。はっきりとした顔立ちで髪型はポニーテールで縛っていている。その顔からみて、東欧系であろう。<br><br>「問題ない、モンロー。多少遅れても目をつぶるそうだ。それより、今回のクライアントのほうがめんどくさい」<br><br>　縄をほどき終えたアメリカ人が所持品が置かれている近くの机からタバコを取ると、火をつけた。そして、ライターとパッケージを自分のシャツの胸ポケットに入れると、左わき腹を撃たれたアロハシャツの男に近づく。<br><br>　額には脂汗をかいていて、息も浅く荒い。どうみても助かる余地はなく、長くも無い。アメリカ人は男のでしゃがむとタバコの煙に顔をしかめながら、首を傾げて男を見た。<br><br>「こいつは俺のなんだよ、兄弟。勝手に人のもの盗んじゃいけねぇな」<br><br>　アメリカ人が男の腰からガバメントを抜き取った。そして、セフティを解除して、男の喉に突きつける。何か言いたげに口を動かすが言葉にならない。<br><br>「わりぃな。言葉っつーもんは、伝わらなくちゃ意味がねーんだよ」<br><br>　一発の銃声が響き、声にならない声を漏らす。喉からひゅーひゅーと空気の漏れる音がして、目からどんどん生気が失われていく。しかし、アメリカ人はそんな彼には目を向けず、事務的に拷問をする男の方へと歩いていく。<br><br>　男は膝を撃ち抜かれていて、目には恐怖の色が映っている。それを見たアメリカ人は面白そうにケラケラ笑いながら、男の近くでしゃがんだ。<br><br>「いつもお前が見てきたこの目。まさか自分がそうなるとは思いもよらなかっただろうな。まぁ、俺も見慣れていて、何の感慨も無いけどな」<br><br>　そう言ってタバコを手に取ると、煙を吹きかける。顔をしかめたところをアメリカ人により頭を掴まれる。そして、親指と人差し指でタバコを持つと男の顔まで持ってきた。<br><br>「や、やめろ！　助けて！」<br><br>　これから何をされるか分かったのか途端に狼狽するが、アメリカ人は気にすることなく、そっけなく言った。<br><br>「何で助けると思ったんだ？」<br><br>　その瞬間、乱暴にタバコを男の左目に押し付ける。苦痛による叫び声が廃工場に響き渡り、モンローと呼ばれた女は見るに耐えず、顔を背ける。６５０℃～８５０℃の温度のタバコの火が眼球に直接当たり、その熱によって眼球が破裂する。<br><br>　アメリカ人は、胸ポケットから次のタバコを取り出して再び火をつけた。そして、なお叫び声を上げる男の肺に２発の銃弾を打ち込んで、アブドゥルの元へと歩いていく。<br><br>　アブドゥルは２人の男により地面に伏せられている。１人は、モンローと同じ東欧系の顔立ちで、筋肉質な体が横に広がっている。髪は短く刈り上げられていて、ソフトモヒカンだ。もう１人は、アジア系で髪の毛はアメリカ人と同じくらいに刈り上げられているが、癖の強い天然パーマが個性を出している。<br><br>「コング」<br><br>「どこを切り落とすんだ、ブラックジャック？」<br><br>　東欧系の巨漢をコングと呼ぶとアメリカ人にマチェットを渡した。そして、マチェットを杖のようにしながらしゃがむとアブドゥルにタバコの煙を吹きかける。<br><br>「アメリカ人、お前らは何者なんだ？」<br><br>　アブドゥルはブラックジャックと呼ばれるこの男が目の前でやった残虐行為に顔を引きつらせながらも、言葉をなんとか紡ぎだすようにして問いかけた。唇は小刻みに震えていて、額には玉の汗をかいている。<br><br>「Ａｒｍｓ　Ｃｒｉｓｉｓ　Ｅｘｐｅｒｔ社、傭兵だよ。アブドゥル、お前を殺してほしいっていう依頼が来たんだが、実際にお前の死体をその目で見ないと信じないとかいうめんどくさいクラウントでな。まぁ、俺たちはエリート中のエリート出身だ。クライアントには残念な思いはさせない」<br><br>　タバコを地面ですりつぶしようにして消すと、マチェットを肩にかけた。そして、不気味な笑みを浮かべるとマチェットをアブドゥルの胸に突きつける。<br><br>「俺たちゃ、金払いがよくて裏切らないならどんな仕事も引き受ける傭兵。顧客満足度を第一にその超一流の技術でスマートな仕事をするのがモットーだ。Ａｒｍｓ　Ｃｒｉｓｉｓ　Ｅｘｐｅｒｔ、Ａ．Ｃ．Ｅ社をよろしく。覚えていたら、来世で俺たちに仕事を回してくれよ」<br><br>　そう言って、ブラックジャックがマチャットを振り上げて、力一杯に振り落とす。返り血を顔にもろに浴びると、コングがその辺にあったタオルを投げて渡した。<br><br>「う、なんだこれ。油くせーぞ。クソ、これでこいつを包むか」<br><br>　適当に顔の血を拭い取ると、タオルを広げてアブドゥルの髪を掴んでタオルの上に置き、包んだ。風呂敷をたたむように手際のいい仕草でアブドゥルを包むと、アジア系の男がクーラーボックスを開け、中に入れる。<br><br>「次のクライアントは？」<br><br>「こんなクソ暑い中東はおさらばだ。イタリアに飛ぶ。次はお前の狙撃に作戦の命運がかかっている、頼むぞポーカー」<br><br>　ポーカーと呼ばれる男の肩にポンと手を置くと、３本目のタバコに火をつける。ポーカーは肩について血のりを近くにあった紙で丹念にふき取った。短いウルフヘアーのポーカーは、あごひげを蓄えていて、無骨な顔つきだ。欧米系の顔立ちに細身の体が狡猾な印象をかもし出す。<br><br>「ブリーフィング資料はモンローから受け取れ。“奴ら”に遅れをとるな。仕事を奪われちゃ堪らん。商売敵には格の差っつーもんを見せ付けてやるぞ」
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<link>https://ameblo.jp/tatsuboo/entry-10924680546.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Jun 2011 22:47:57 +0900</pubDate>
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