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<title>Myアウトプット</title>
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<description>気付いたこと、学んだことをアウトプットするブログ</description>
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<title>全ては自分が選択した行動である</title>
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<![CDATA[ Facebookで読んだ言葉がずしりと響いたのでアウトプット。<br><br>その言葉は<br>--------------------------------<br><a href="http://www.facebook.com/fukai.takaaki/posts/299437893483794" target="_blank">「してあげたのに」は呪いの言葉</a><br><br>「してあげたのに」は呪いの言葉です。<br>その後に続く言葉は決まって、「なのに、あの人は何もしてくれない」です。<br>「してあげたのに」を発した途端、全ての行為が取引に変わります。愛情でしていた行為も、お返しを期待する取引行為に変わってしまうのです。<br>無償の愛を送ることは中々難しいです。お返しを期待してしまうのも分かります。それを心で思っていても、声を出して伝えてはいけない言葉なのです。<br>--------------------------------<br><br>確かにその通りですね。<br><br>ついつい「してあげたのに」と考えてしまいますが、<br>「誰々に～をする」そのアクションを選択したのは自分。<br>そのアクションに対するレスポンスは、相手のアクション。<br>それはその方が選択した行動（なにもしないのも一つの選択）。<br><br>自分の行動以外、自分で選択することは出来ない。<br>自分の行動以外の出来事はすべて制御出来ないって事。<br>制御出来ないとなれば、認めて受け入れる以外に道はない。<br><br>全ての行動は経験となり、次の行動の基準となります。<br>自分のアクションに対するレスポンスも経験。<br><br>行動したのは自分。<br>レスポンスは相手の行動。<br>相手の行動は制御出来ない。<br><br><br>全ての行動は自分でした選択です。<br>「してあげたのに」ではなく「そうする選択をした」。<br>行動の基点は全て自分にある。<br>見返りを求めるのは、自分の行動の責任を相手に押しつけることになる。<br><br><br>と思っていても、なかなかどうして難しい物です。
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<link>https://ameblo.jp/tetsu-output/entry-11270195527.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Jun 2012 04:57:24 +0900</pubDate>
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<title>刺激と反応のスペースを制御するには</title>
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<![CDATA[ 前回に引き続き「刺激と反応のスペース」について考えてみる。<br>「刺激と反応のスペース」は本当に瞬間でしかない。<br><br>そこに時間をかけてしまうと、間が空いてしまうし、相手はイライラしてしまうかもしれない。<br>刺激に対して反射的にではなく、判断・制御して反応するのはなかなか難しい。<br>その為にはあらゆる状況をイメージしてトレーニングしておく必要がある。<br><br>喜怒哀楽、特に怒りへの刺激は反射的に反応してしまう。<br>その為にも、思いつく限りの状況を想定しイメージトレーニングをする。<br>もし、こんな状況に遭遇したら、自分はどのような反応を選ぶのが良いのか。<br>その為にはどのように自分を制御するのか。<br><br>とまぁたくさんの妄想をして、体験してみる。<br>妄想は「刺激と反応のスペース」の為のシュミレーションって訳ですね。<br><br>どんなことでも経験すれば、慣れてくるものです。<br>慣れてくれば、落ち着いて判断出来ます。<br><br>妄想の中での経験はお金もかからなければ、恥もかきません。<br>妄想は自由です。妄想は経験です。<br><br>質の高い、現実に近い、近い将来起こる、その様な状況を妄想して<br>どんどん経験を積もう！！！<br><br>実際には妄想通りに行かない事もあるでしょう。<br>しかし、それも経験です。<br>その経験が、妄想の質をさらに高めてくれます。<br>妄想の質を高めれば、妄想は現実に近づきます。<br><br>妄想は自分を経験豊富な人間へと成長させてくれるツールである。
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<link>https://ameblo.jp/tetsu-output/entry-11264237441.html</link>
<pubDate>Wed, 30 May 2012 04:45:12 +0900</pubDate>
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<title>刺激と反応の間のスペース</title>
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<![CDATA[ かの有名な７つの習慣を読んでみた。<br><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4906638015/ref=as_li_tf_il?ie=UTF8&amp;tag=tekkanon-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4906638015"><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fws.assoc-amazon.jp%2Fwidgets%2Fq%3F_encoding%3DUTF8%26Format%3D_SL110_%26ASIN%3D4906638015%26MarketPlace%3DJP%26ID%3DAsinImage%26WS%3D1%26tag%3Dtekkanon-22%26ServiceVersion%3D20070822"></a><img src="https://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=tekkanon-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4906638015" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;"><br><br>まぁつい最近まで全然知らなかったけど、有名らしい！<br>軽く流し読み程度だが、一通り最後まで読んだ。<br>予備知識なくこの本を読んだら、私は途中で挫折していたかもしれない。。。<br>ボリュームもあるし、内容的にもハマらない人にきつい本だとは思う。<br><br>一通り読んでみて。。。。<br>すぐに、もう一度読み返してみようと思っているが、今印象に残っているのは<br>「刺激と反応の間のスペース」って言葉。<br>最後の方に出てきたからかもしれないがとても印象に残っている。<br><br>刺激、まぁなんでも良いのだけどそれに対する反応の間。<br>刺激に対してどう反応するのかを判断する時間って意味なのだろう。<br>そのスペース、間ってことかな？それが非常に大事だよってことを言っていた。<br><br>話でも、行動でも人は何かしらの刺激を受けてそれに対して反応をする。<br>どう判断して反応するのか、要するに反応力って言うのかな。<br><br>反応は英語でresponse。能力はability。<br>response + ability = responsibility<br>responsibilityは日本語で「責任」と訳されます。<br><br>反応とはイコール責任。<br>更に言うなれば「刺激と反応の間のスペース」それが自分の反応＝責任となる。<br>そのスペースを意識出来るか、出来ないかは非常に大きい。<br><br>「刺激と反応の間のスペース」その瞬間の判断が本当に大事。<br>一つ一つの言動には責任がある事を意識しようと思った。<br>すぐには出来ないかもしれない。しかし、常にそこに意識を置くことで<br>自分の言動にしっかりとした責任を持てるようになるだろう。<br>いや、そうなろう！！！<br><br>一つ一つの言動に責任を持つ。<br>責任ある言動。それは自分への自信となるだろう。<br>一つ一つの言動に責任を持てた時、自分に対して本当の自信を持てるはずだ！
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<link>https://ameblo.jp/tetsu-output/entry-11260590442.html</link>
<pubDate>Fri, 25 May 2012 23:08:39 +0900</pubDate>
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<title>成功とは何なのか？</title>
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<![CDATA[ 成功とは？？？？<br>お金持ちになること？<br>有名になること？<br>社長になること？<br><br>人それぞれの思いはあるでしょうが、<br>それって本当に成功なのでしょうか？<br><br>お金持ちでも、幸せでない人はたくさんいます。<br>有名な人でも、幸せでない人はたくさんいます。<br>社長さんでも、幸せでない人はたくさんいます。<br><br><br><strong>成功とは</strong><br>他人からの羨望を集めることではない。<br><br>この世は自分の世界である。<br>自分が生きるこの世界での成功は<strong>自分が幸せになること</strong>。<br><br>自分が幸せでない人が、周りの人を幸せにできるはずはない。<br><br>自分が幸せになるにはどうすれば良いのか？<br>それを意識して行動しよう。<br><br>そんなことを考えている今日この頃です。<br><br><br>自分の幸せ　＝　自分勝手　ではありません。<br>自分勝手な行動をすれば、周りの人からも<br>自分勝手な振る舞いをされるようになります。
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<link>https://ameblo.jp/tetsu-output/entry-11258165435.html</link>
<pubDate>Wed, 23 May 2012 06:17:20 +0900</pubDate>
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<title>世界とは何なのか</title>
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<![CDATA[ このブログでは私が気がついた事や学んだ事をアウトプットするために書こうと思っています。<br>まず最初は世界というものについて。<br>いきなりなんだか難しい感じですが、まずはここを理解したいと思い、書いてみます。<br><br><strong>世界とは</strong>。<br>難しい言葉である。<br><br>人間界とか野球界とかよく何々界と言うが世界とは世の界って事だろう。<br><br><strong>世とは。</strong><br>これも難しいが私の感覚では世とは、時代や時間を指すのではないかと思う。<br>江戸の世と言えば江戸時代を指す。<br>この世と言えばそれは、今まさに流れている現在を指すのではないだろうか。<br>ただ単に世だけであればそれは「この世＝現在」だろう。<br><br><strong>界とは</strong><br>もっと抽象的な感じだけど、なんとなくカテゴリとか枠組みとか範囲ってイメージかな。<br><br><br>世界と言うと英語のワールドをイメージする事が多いが、<br>ワールドは地球世界と表した方が解りやすい。<br>地球世界。今、この地球上に存在する物。<br><br>では単純に世界と言う時、本来であればそれは「自分世界」であるべきではないか。<br>世界観なんて言うときはだいたい自分が考えている事だ。<br>まぁそれはどうでもいいのだが、「自分世界」と何なのか？<br><br><br>世が現在で、界が範囲って事であれば、今現在の自分の範囲となる。<br>今現在の自分の範囲？？？？？<br><br>なんだか解らないが、この場合の範囲とは意識の届く部分と考えるの良いかもしれない。<br>言うなれば、このブログの記事を書いている今が私の世界である。<br>と↑の文章を書いた時点でそれは過去の事となるので、過去は現在の自分世界では無いことになる。<br>なんだか頭の中が？？？？？？？だらけになりそうだ。<br>しかし、世界とは一瞬一瞬、その瞬間にしか存在しない。<br>過ぎた瞬間にそれは過去となる。<br>人生とは一瞬一瞬の連続である。<br><br><br><strong>過去とは</strong><br>それは経験と知識と考えれば良い。<br>私がこの記事を書いていると言う事実は経験となる。<br><br>その経験と知識を元に、現在、今この時をに何をするのかの判断を自分でする。<br>言うなれば、この記事では↑の文章を書いてきたので、ここでこの文章を書く。<br>これは過去の経験や知識を元に今の自分が判断した結果である。<br><br><br>では未来はどうなのか？<br><strong>未来とは</strong><br>時系列で言えば、今現在より先にある時間ってことになる。<br>未来のイメージ、それも未来ってことである。<br><br>この記事も出来上がりをイメージして、それを元に今の自分が判断して文章を書いている。<br><br><br>今の自分は過去と未来、それぞれに影響を受けてこの文章を書いている事になる。<br>因果関係ならこの文章を書くと言う結果の原因は過去にも未来にもある。<br><br>と考えた時に、過去と未来を分ける必要があるのだろうか？<br>過去も未来も「自分の世界＝現在の自分＝結果」の原因に過ぎない。<br><br><br>この記事はパソコンでキーボードを叩いて書いている。<br>パソコンがなければブログも書けない（まぁ携帯やらもありますが。。。。）<br>それ以前にインターネットがなければブログ自体存在しない。<br>この記事を書いていると言う結果が自分の世界であるならば、<br>パソコンもキーボードもインターネットもそれは自分の世界である。<br>今この瞬間に見ている物、触っている物の全てが自分の世界である。<br>世界とは自分の意識の元にあるもの。<br>それ以上でもそれ以下でもない。<br><br><br><br>なんて事を解っているのか解ってないのか。<br>なんだかもやもやしながら書いているの今時点の私です。<br><br><br>いつか見返したときあの時はこんな考えだったのかと解るようにも<br>今の考えを書き残しておこう。
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<link>https://ameblo.jp/tetsu-output/entry-11257315783.html</link>
<pubDate>Tue, 22 May 2012 05:35:50 +0900</pubDate>
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