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<title>Work , Journey &amp; Beautiful</title>
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<description>オルタナティブな学びを探求する</description>
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<title>おいそれと田舎に移住できないシティファミリーは、自然な遊びを求めて、都市と山を行き来する。</title>
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歩道を歩いている母親と子供がいる。それまで並んで歩いていたが、子供が一歩先に進み母親に「追いかけてごらん」とポーズをする。いつのまにか、歩くという行為から遊びが生まれる。このように本来遊びというものは、遊びとして用意されたものではなく、行為の中に、ただただ自然に立ち上がる。遊びには始まりの境界線はない。そして、終わりの境界線もない。遊びは自ずと、不意に終わる。この自然な遊びというもののありように対して、世の中に用意されている遊びの場は、お金を払い、意図的に遊びを始めることを許可され、定められた時
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<dc:date>2018-12-03T08:24:35+09:00</dc:date>
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<title>ネイティブ・インディアンと新しい意識</title>
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ミテモHOMEROOM（ミテモが展開してるメディア）への記念すべき初投稿。テーマはなぜか、アメリカン・インディアンについて。 「新しい意識」を生み出すためのレッスンとしての、ネイティブ・マインド そういえば久々に読書感想文を書いた。思い返せばこつこつブログを書いていた10年前以来。20代後半の僕はもっぱら人材開発や組織開発に関連する書籍を中心に読んでいた。30歳前後は事業立上げや起業の書籍を読んでいた。そして30代後半の僕は、こうして、アメリカン・インディアンについての書籍を取り上げて感想を書い
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<dc:date>2018-11-20T10:04:10+09:00</dc:date>
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<title>僕らはコンクリートジャングルの中で音楽を奏で、自然とつながり直すのだ。</title>
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17時になる。たーんたんたんたたたん♪どこからともなく、どこかで聞いたような、でもここでしか聞けないメロディが流れてくる。ある時、この街に数十年暮らしている人が教えてくれた。「あの時報は、僕が子供の頃からこの街に流れてるんだよね。」この街とは、神田錦町のことだ。神田錦町。もう少し広く捉えると神田・神保町。このエリアには新旧様々なビルが立ち並ぶ。前回、東京五輪のために建てられたビルが、今、取り壊され、新たなビルとして生まれ変わろうとしている。スクラップアンドビルド。景観移り変わるこの街において、こ
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<dc:date>2018-10-20T20:11:37+09:00</dc:date>
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<title>美味い飯を自由に一緒に食べるcompanyでありたい。</title>
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companyとは一般的に「会社」という意味で用いられる言葉だ。その語源を調べてみたことはあるだろうか。companyとは、「com&#61;一緒に」と「pany&#61;パン」という言葉から成り立っている。つまり、companyとは「ご飯をともに食べる（ためにともに働く）仲間」という意味なのだ。さて。昨日はミテモの今期、最終営業日だった。ということで、早めに仕事を切り上げ、整理整頓して、日頃一緒に働いている人たちで神田錦町の「風土はFOODから」に集まって、思い思いに話し合う。飯を食べる。酒を飲む（僕は、略）
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<dc:date>2018-09-29T11:24:51+09:00</dc:date>
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<title>「本当にやりたいこと」など探さなくていい。</title>
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「自分が本当にやりたいことが分からない」と悩む人と出会うことがある。しかし、この悩みはあまり意味がない。本当にやりたいことなど探さなくていい。 これは決して、「生きる上で（働く上で）自分の意志など必要ない」「やりたいことをやるとか、社会はそんな甘いものじゃない」などということを言いたいわけではない。逆だ。意志ほど尊いものはない、と僕は思っているし、意志なくやっていけるほど、社会は甘くない、と思っている。 ただ、「（本当に）やりたいこととは何か」を考えるというアプローチそのものには意味がない。 ま
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<dc:date>2018-08-20T07:18:05+09:00</dc:date>
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<title>場と人と。</title>
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ここのところ友人達の間で長野県飯田市がやたらホットになっている。うちの会社の飯田さんもそんなこんなで飯田市に行ってきたとのことで、「飯田市って何があるんですか？」と聞いたところ「うーん、何かがあるわけじゃないんだけれど、飯田に行けば分かる魅力があるんだよねぇ」と言う。（なお、ここまでで飯田というワードを６回使用）そんな友人達との飯田トークの中で、こんな発言があった。「私にとっての飯田の魅力は、Yさん（飯田市の職員らしい）そのもの。Yさん経由で感じる飯田市が最高なのだ！」そこに何かがあるわけではな
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<dc:date>2018-08-17T09:38:33+09:00</dc:date>
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<title>はみだす・あそびば。</title>
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 グローバル化が進むにつれて相対的にローカルの価値が高まっているように思えるのは、至極自然なことで。少なくとも今のところ、グローバルという概念の中には文化的な価値は生まれない。何故ならば、グローバル化の背景にあるテクノロジーはユニークネスとは真逆の方向を向いているから。だからこそローカルに根付く、そのローカルならではの営み、歴史や積み重ね、そうして耕されたカルチャーの相対的な価値が高まっていっているのだろう。 大事だと思っているのは、ここで言う「ローカル」ってのは「田舎」って意味じゃない。あるい
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<dc:date>2018-08-04T22:33:01+09:00</dc:date>
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<title>事業を立ち上げるには３年間は試行錯誤を繰り返す必要があり、やりたいことでもなければやってられない</title>
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 仕事の話。 はじめは箸にも棒にもかからんなぁ、と思うような領域でも３年間必死にやってみると何かしら光明が見えてくる。少なくともミテモで今利益を生み出しているプロダクトははじめは全く売れなかったものだったり、はじめは全く利益が出なかったりしたものだった。 必死に、というのは何も愚直に同じことを繰り返すという意味ではなく、むしろ、やり方を変え続けながらも続ける、という意味合いの方が強い。 課題があり、自分たちならではのリソースがあり、それをアイディアで結んだところに光明がある。この課題、リソース、
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<dc:date>2018-07-30T08:44:00+09:00</dc:date>
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<title>コミュニティは求められているのか？</title>
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7月某日。僕は佐渡島のある集落に滞在していた。そこはきっといつかなくなるかもしれない集落。でも、なくなることが必ずしも悪いことだなんて誰が決めたのだろうか？個人が自由であることを目的としつつ、相互扶助によって成り立つ、経済的に自立したコミュニティのあり方。例えば、人事・組織領域の人たちの間ではTealなんていうコンセプトが話題になっているけれど、よくよくリサーチしてみるとこういったコミュニティのあり方は、21世紀的なものではなく、大正時代くらいから実験してきていて、メインストリームに乗ることなく
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<dc:date>2018-07-13T21:56:52+09:00</dc:date>
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<title>新しい仲間を募集しています。</title>
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 今、ミテモでは新しい仲間を募集している。採用活動をする際には必ず「募集職種」というものを書かなければならないのだけれど、本当は役割など与えることなく、自由に生きてもらうのが一番いいと思ってる。内心は。でも、いきなり自由に振る舞っていいよと言われると戸惑い、苦しむ人も多い。だからミテモに入ってくる人には「まず、会社として一人一人を役割という枠にはめるけれど、１日でも早くはみ出してほしい」と言っている。でも、結局は、一人一人が自由になることを期待してやまない、それがミテモのカルチャーなんだと思う。
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<dc:date>2018-06-25T22:11:29+09:00</dc:date>
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