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<title>充実野菜　緑黄色野菜ミックス</title>
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<description>あれも　これも。欲張りなんです。</description>
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<title>フォーカス</title>
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<![CDATA[ 私は3年になって専門の勉強が増えていくうちに<br>大層なことしか考えなくなっていたようです。<br>すごく大きな枠で世界を捉えていて<br>たくさんのものが視界には入っているんだけど全体的にぼやけていて<br>細かいところなんて特にはっきり見えていなくて<br>見落としていた部分も結構あったなぁって。<br><br>だからピントをもっと自由に変えられるようになろうって。<br>小さな枠で世界を見ることを意識したら<br>日常のありふれた生活のなかにも<br>目を引かれるところがいくらでもあって<br>でもそうすると今度は一度にたくさんのものは見られなくて<br>重要じゃないところにも多くの時間を費やすことになってしまう…<br>接写にでも無限遠にでも<br>いろいろなフォーカスを持てるようになりたいと思います。 <!--<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"         xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/"         xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><rdf:Description    rdf:about="/dona-oct16/entry-10019481640.html"    trackback:ping="http://ameblo.jp/servlet/TBInterface/10019481640/8fa36862"    dc:title="フォーカス"    dc:description="せっかく新しいブログを立ち上げたというのに「更新する時間がない」と言い訳ばかりして１ヶ月が経ってしまいました。書こうと考えたことを思い出せる限り取りとめもなく書いている感じです。私は3年になって専門の勉強が増えていくうちに大層なことしか考えなくなっていたようです。すごく大きな枠で世界を捉えていてたくさんのものが視界には入っているんだけど全体的にぼやけていて細かいところなんて特にはっきり見えていなくて見落としていた部分も結構あったなぁって。だからピントをもっと自由に変えられるようになろうって。小さ"    dc:identifier="/dona-oct16/entry-10019481640.html" /></rdf:RDF>-->
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<pubDate>Sat, 05 May 2007 16:38:08 +0900</pubDate>
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<title>パースペクティヴ</title>
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<![CDATA[ シッターのバイトを通して偶然<br>観点をたくさんもつことの必要性を実感しました。<br><br><br>最寄り駅からどうやってバイト先に行くのが近いか、<br>地上にいてそれを知るのはとても難しいことです。<br>でも地図があればより近いルートが見つけられます。<br><br>しかしあるとき、その近所の展望台に行く機会があって<br>つまり俯瞰することができて<br>そうすると地図上で近いと思って行ってたルートは<br>実は結構な遠回りだったことに気付いたのでした。<br><br>ところで以前にも書いたことはありますが<br>シッターのお宅は28階建てマンションの25階。<br>マンションの玄関から見上げても<br>見えないくらい高いところにあります。<br>しかし部屋に通してもらうと今度は東京ドームホテルが足の下に。<br><br><br>日常でこれほど多くの観点を与えられるとは…<br>地道な定点観察によってその変化を見ることもできるだろうし<br>どの見方が正しいとか、最も適切とかじゃなくて<br>そういう観点をたくさん持った<br>偏りのない大人になりたいと思いました。 <!--<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"         xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/"         xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><rdf:Description    rdf:about="/dona-oct16/entry-10019481694.html"    trackback:ping="http://ameblo.jp/servlet/TBInterface/10019481694/c05f87be"    dc:title="パースペクティヴ"    dc:description="シッターのバイトを通して偶然観点をたくさんもつことの必要性を実感しました。最寄り駅からどうやってバイト先に行くのが近いか、地上にいてそれを知るのはとても難しいことです。でも地図があればより近いルートが見つけられます。しかしあるとき、その近所の展望台に行く機会があってつまり俯瞰することができてそうすると地図上で近いと思って行ってたルートは実は結構な遠回りだったことに気付いたのでした。ところで以前にも書いたことはありますがシッターのお宅は28階建てマンションの25階。マンションの玄関から見上げても見"    dc:identifier="/dona-oct16/entry-10019481694.html" /></rdf:RDF>-->
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<pubDate>Sat, 05 May 2007 16:35:51 +0900</pubDate>
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<title>無意識</title>
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<![CDATA[ 人間には意識している部分と無意識の部分とがあって<br>意識というのは心の氷山の一角であって<br>無意識が形を変えて姿を現すのが<br>「夢」だとか「言い間違い」なんてものだったりするわけですが<br>意識か無意識かの区別は<br>そのことが言語化できるかできないかによると思うのです。<br><br>自分が勉強不足なのはよく知っているし<br>ここで言っていることのなかには間違っているところが<br>いっぱいあるはずなので、サラッと読んでくださいね。<br><br><br>で、なんでこんな話をしているかというと<br>このところ「自分自身が本当はどうしたいのか分からない…」<br>なんて状況がたびたびあったから。<br>そんなときには頭で考えないことにしました。<br>黙って、体を空にしたとき<br>そのときに沸いてくる感情を経験して<br>それを言語化すればいいのではと考えたのです。<br><br>思考っていうのは言語を用いないと進まないものだから<br>そうすると意識の部分で考えてしまって<br>無意識のところはやっぱりわからない。<br>抑圧されて意識化できない部分を「無意識」と言うのだから<br>無意識なんて意識できなくて当然だし<br>そういう無意識の部分に目を向けるなんて<br>何が抑圧されているのだかわからなくて怖いものです。<br><br>言いたいことを言いたい放題言って<br>やりたいことをやりたい放題やっている私でさえ<br>やっぱりいくらか抑えているところがあるみたいで<br>今その無意識の部分が腫れてきて<br>ほかの健康な部分まで圧迫しているようで何だか苦しくて<br>思春期のニキビみたいにつぶしたときに<br>ピュッと膿が出てくれたらスッキリするんだけど<br>大人のニキビ、というか吹き出物みたいに<br>奥のほうにその膿があるようで<br>腫れているばかりで、なかなか簡単には出てきてくれなくて<br>どんな膿が出てくるのだろう、<br>どのくらい出てくるのだろうって…<br><br><br>自分の行動を後悔しました。<br>後悔しても仕方のないことなんだけど<br>どんな選択肢を選んだとしても<br>やっぱりいつかどこかで今のような結果になるのかな。<br>早くこの状態から抜け出せる方法が見つかればと<br>無意識の部分と意識の部分を行ったりきたりしています。 <!--<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"         xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/"         xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><rdf:Description    rdf:about="/dona-oct16/entry-10019481710.html"    trackback:ping="http://ameblo.jp/servlet/TBInterface/10019481710/5e291a43"    dc:title="無意識"    dc:description="人間には意識している部分と無意識の部分とがあって意識というのは心の氷山の一角であって無意識が形を変えて姿を現すのが「夢」だとか「言い間違い」なんてものだったりするわけですが意識か無意識かの区別はそのことが言語化できるかできないかによると思うのです。自分が勉強不足なのはよく知っているしここで言っていることのなかには間違っているところがいっぱいあるはずなので、サラッと読んでくださいね。で、なんでこんな話をしているかというとこのところ「自分自身が本当はどうしたいのか分からない…」なんて状況がたびたびあ"    dc:identifier="/dona-oct16/entry-10019481710.html" /></rdf:RDF>-->
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<pubDate>Sat, 05 May 2007 16:35:35 +0900</pubDate>
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<title>Twenty-one</title>
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<![CDATA[ 21歳になって、年を重ねて<br>私は果たして成長しているのでしょうか。<br><br><br>身長はもうずいぶん前から伸びなくなり<br>体重は気を緩めなければ増えなくなり<br>肌は放っとけばボロボロになり<br>体は疲れやすく、すぐ息が上がってしまう…<br>そういう面での成長、というより衰えは日々感じています。<br>これから先にはもっと切実に感じるでしょうね。<br><br>人としても<br>そりゃぁ1年前と比べたら確実に成長しているだろうけれど<br>でもその年齢で要求されるだろうことは<br>年を重ねるごとに高くなっていって<br>その要求と現実の自分とのギャップは広がって<br>いくつになっても、どれだけ年を重ねても<br>「一人前」になんてなれないんじゃないかとさえ思えてくるほど。<br><br>早く地に足をつけなければと<br>溺れながら海で足掻いているような<br>足掻けば足掻くほど塩水を飲んで<br>ようやく見つけたボコボコした不安定で小さな岩場にさえ<br>足をかけ損ねているような<br>21歳ってそんな感じ。<br><br>20歳までは浮き輪使ってプカプカ浮いていられたのに<br>今じゃその浮き輪をぱっと取り上げられたみたいで<br>どうにかはなるんだろうけど、どうなるかはわからない<br>その不安は去年の今頃には少しもなかったな…<br><br>いっそのこと足掻くのをやめて<br>溺れてしまったほうが楽なんじゃないかとか<br>でもこれまでに培ったものを棒に振るだけの覚悟もなくて<br>時が来て、本来目指していたところに辿りつくか、つかないか<br>そうするまでもう足掻けるところまで足掻くしかない、<br>けどそう言うわりには何もしていないじゃないかという<br>自己嫌悪も混じりつつ、21歳の夜は今日も更けていくのでした。 <!--<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"         xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/"         xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><rdf:Description    rdf:about="/dona-oct16/entry-10019481778.html"    trackback:ping="http://ameblo.jp/servlet/TBInterface/10019481778/a0b89533"    dc:title="Twenty-one"    dc:description="21歳になって、年を重ねて私は果たして成長しているのでしょうか。身長はもうずいぶん前から伸びなくなり体重は気を緩めなければ増えなくなり肌は放っとけばボロボロになり体は疲れやすく、すぐ息が上がってしまう…そういう面での成長、というより衰えは日々感じています。これから先にはもっと切実に感じるでしょうね。人としてもそりゃぁ1年前と比べたら確実に成長しているだろうけれどでもその年齢で要求されるだろうことは年を重ねるごとに高くなっていってその要求と現実の自分とのギャップは広がっていくつになっても、どれだけ"    dc:identifier="/dona-oct16/entry-10019481778.html" /></rdf:RDF>-->
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<pubDate>Sat, 05 May 2007 16:34:38 +0900</pubDate>
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<title>加減</title>
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<![CDATA[ 和食は「さしすせそ」だなんて言います。<br>砂糖は初めに入れなければ味がしみ込まない。<br>甘くなりすぎたからって<br>塩を多めに入れればいいわけでなく<br>味が濃くなったからといって<br>水を足して薄めればいいというものでもない<br>加減というものが必要なんですよね。<br><br><br>加減なんていうけど少なめにしておくぶんには<br>あとで足すことはできるけど<br>多めに入れてしまったものを出すことはできません。<br>ただし多くの例外はあるでしょうが。<br>きっと少なめくらいがちょうどいいのかもしれません。<br>加減って、いざ鍋の中に入れる前に<br>つまり実行する前に調節するということでしょうね。<br><br>でも鍋の中に入れてみないと分からない場合のほうが<br>実際の場面では多い気がします。<br>ちょっと少なめにと思って入れてみても<br>鍋を掻き混ぜて味見をしてみたら<br>自分が思ってたのとはほど遠い味。<br>料理での加減なんて簡単なもので<br>何回か繰り返すうちに思っているものに近づいていくけど<br>現実でのあらゆる加減はちょっと違っただけで<br>かなりの修正が必要になることも。<br><br>少しの加減でも取り返しがつかなくなることもある。<br>慎重に構えていては何もできないまま終わってしまうけど<br>加減を必要とする行動をするときには<br>いちいち覚悟しておかなきゃいけないんじゃないかって<br>そういう気がしてきました。<br><br><br>加減を失敗してしまって<br>めちゃくちゃな味になってしまった料理。<br>捨ててしまうこともできるし<br>自分で食べて責任をとることもできるし<br>他人に食べさせることだってできる。<br>これまでそんな料理いっぱい作ってきたし<br>これからもそんな料理いっぱい作っていくんだろうな…<br>いい加減、加減することを覚えたいものです。 <!--<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"         xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/"         xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><rdf:Description    rdf:about="/dona-oct16/entry-10021523158.html"    trackback:ping="http://ameblo.jp/servlet/TBInterface/10021523158/b8dcf63b"    dc:title="加減"    dc:description="和食は「さしすせそ」だなんて言います。砂糖は初めに入れなければ味がしみ込まない。甘くなりすぎたからって塩を多めに入れればいいわけでなく味が濃くなったからといって水を足して薄めればいいというものでもない加減というものが必要なんですよね。加減なんていうけど少なめにしておくぶんにはあとで足すことはできるけど多めに入れてしまったものを出すことはできません。ただし多くの例外はあるでしょうが。きっと少なめくらいがちょうどいいのかもしれません。加減って、いざ鍋の中に入れる前につまり実行する前に調節するというこ"    dc:identifier="/dona-oct16/entry-10021523158.html" /></rdf:RDF>-->
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<pubDate>Sat, 05 May 2007 16:34:21 +0900</pubDate>
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<title>基準</title>
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<![CDATA[ 今まで当たり前にあったものが<br>今は当たり前でなくなって<br>自分で選んだ答えだったけど<br>正しい選択だったと思うけど<br>前のような状態に戻るには<br>まだしばらく時間がかかりそうです。<br><br><br>「努力」と思うか「当たり前のこと」と思うか<br>同じことをやるのにもかかるエネルギーが違う<br>「努力」と思えば頑張らなきゃいけないけど<br>「当たり前のこと」と思えば難なくできてしまう<br><br>「面倒くさい」と思うか「これも役に立つ」と思うか<br>無駄になるものなんてない<br>無駄じゃないかって思うから<br>無駄になってしまうのかもしれない<br><br>「当然」と思うか「ありがたい」ことだと感謝できるか<br>きっとほとんどのことが「有り難い」ことなのに<br>ありがたいことに慣れすぎたせいで<br>ありがたいことももはや当然になってしまってるんだろうな<br><br><br>ときどき立ち止まって<br>今の自分の当たり前となっているものを<br>見直してみなければいけないのかもしれません。 <!--<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"         xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/"         xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><rdf:Description    rdf:about="/dona-oct16/entry-10021523320.html"    trackback:ping="http://ameblo.jp/servlet/TBInterface/10021523320/44a08f5e"    dc:title="基準"    dc:description="今まで当たり前にあったものが今は当たり前でなくなって自分で選んだ答えだったけど正しい選択だったと思うけど前のような状態に戻るにはまだしばらく時間がかかりそうです。「努力」と思うか「当たり前のこと」と思うか同じことをやるのにもかかるエネルギーが違う「努力」と思えば頑張らなきゃいけないけど「当たり前のこと」と思えば難なくできてしまう「面倒くさい」と思うか「これも役に立つ」と思うか無駄になるものなんてない無駄じゃないかって思うから無駄になってしまうのかもしれない「当然」と思うか「ありがたい」ことだと感"    dc:identifier="/dona-oct16/entry-10021523320.html" /></rdf:RDF>-->
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<pubDate>Sat, 05 May 2007 16:33:03 +0900</pubDate>
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<title>フットワーク</title>
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<![CDATA[ <p>１９歳のとき。</p><p>たくさんの人と知り合って、仲良くなって</p><p>それまで行ったことのない場所に行ったり</p><p>一人ではできなかったことをたくさんできました。</p><br><br><p>そのときモットーとしていたのは</p><p>「石橋を叩いて割る」</p><p>ためらっている暇があればどんどん進んでいました。</p><p>ただ、少し向こう見ずなところもあって</p><p>まさに若気の至り的なこともやっていましたが。</p><p>でもそんな若気の至りをやっていたおかげで</p><p>今では「ああしておけばよかった」と後悔していません。</p><p>あるとしたら</p><p>「もう少しまじめに勉強しとけばよかった」くらい。</p><br><p>高校時代までの私を知る人たちは</p><p>私の大学に入ってからの変化に驚きます。</p><p>自分自身、外見も内面もすごく変わったと思う…</p><p>でもなんでそんなに変われたのか。</p><p>最近ふと思いました。</p><br><p>きっと知らない人ばかりの環境だったから。</p><p>「旅は恥のかき捨て」なんて言うけど</p><p>きっと私にとって東京での生活は旅だったのかもしれません。</p><p>何やっても怒られない、変な目で見られたっていい。</p><p>そんな思いがあって自由にいろいろなことができてたのかな。</p><br><p>そんな旅だったものが次第に日常になっていって</p><p>行きたいところも一通り行ったような気がしてしまうし</p><p>いつまでも旅ばかりやってられないなぁって。</p><p>それですっかり落ち着いてしまったみたいです。</p><br><br><p>フットワークが軽くて何でもできていたあのころ。</p><p>今でもこんなに懐かしく思うのだから</p><p>これからもっと年を取っていけば</p><p>いっそうそう思うのでしょうね…</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/the-danube/entry-10032706368.html</link>
<pubDate>Sat, 05 May 2007 16:09:05 +0900</pubDate>
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<title>マラソン</title>
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<![CDATA[ <p>私は体育が大の苦手です。<br>私より運動神経の鈍い人なんて見たことがないくらい。<br>子どものころから体育の授業は苦痛で苦痛で…<br>私が小学校の先生になれないのも体育のせい。<br>跳び箱、逆上がり、二重跳び。今でもできないんだもん。</p><br><p><br>そんななかでどうにか人並みにできるのが長距離走。<br>定められた距離をできるだけ早く走ればいいのだから<br>運動能力というよりはメンタル面が大きいように思います。<br>子どものころから根気だけはいい！私は<br>今でもよく長距離走をしています。<br>それもこれも遅刻の常習犯ですからね。<br>家から駅、駅の構内、駅から目的地、と走りまわっています。<br>息を切らしてゴーーール！！<br>…そして遅れたことを平謝り。<br>そういうことがたびたびあるのはいい加減直さないとな。</p><br><p>そんな日常での長距離走で気付いたのは<br>前を見て、同じペースで進むということ。<br>周りのことが気になるときもあるし、<br>後ろを振り返って自分の今の位置を確かめたくもなる。<br>けどそうすることで本来のペースは崩れてしまうし<br>余分なエネルギーを使うことにもなるかもしれない。<br>それにずっととばしてたら最後まで体力がもたないはず。</p><br><br><p>調子のいいとき、そうでないときとあるけど<br>コンスタントに、気を長く持ってやっていきたいと思います。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/the-danube/entry-10028135660.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Mar 2007 16:22:34 +0900</pubDate>
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<title>ジェネラリスト</title>
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<![CDATA[ <p>中学校のときに国語の先生から聞いたこんな話を覚えています。<br></p><p>「人間は桶である。<br>桶を作る板の数が少ないと、板と板の間から中の水がこぼれてしまう。<br>そしてどんなに長い板で桶を作っても、ほかの板が短かったら<br>水は一番短い板の高さまでしか入らない。<br>板が太すぎず、どの板もそこそこ長さのある桶。<br>そんな桶に一番たくさん水が入るのだ。」</p><br><p>欧米では何かに突出したスペシャリストが重宝されるらしいけど<br>この桶の話にもあるように日本人はきっと<br>ジェネラリストであることがよしとされ<br>そういった大人になることを要求されているのだと思います。</p><p><br></p><p>スペシャリスト、専門家って<br>どこか浮世離れしたイメージがあるというか<br>考え方が専門分野に偏っているような印象を受けます。<br>だからどんなに価値のあることを言っていたとしても<br>専門外の、一般の人からしたらピンと来なかったり<br>受け入れがたかったりするのだと思うのです。</p><br><p>私は専門の道に進むからこそいっそう<br>専門以外の勉強もしっかりしていかなければと思う…<br>まぁそう思うだけでやはり専門外の分野への関心は<br>人一倍低いのですが。<br>いろいろな分野への興味や、最低限の知識を<br>バランスよく持てるようになりたいものです。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/the-danube/entry-10028135579.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Mar 2007 16:20:30 +0900</pubDate>
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<title>ヴィジョン</title>
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<![CDATA[ <p>私の現時点での将来の夢は<br>「学校心理士」として働くことです。<br>こういう始め方って、なんか小学生の作文みたいですね。</p><br><br><p>学校で働く心理職というと<br>スクールカウンセラーが一番認知されているのでしょうが<br>私が目指している学校心理士というのはそれとは少し違います。<br>学校心理士は英語だと「スクールサイコロジスト」ですしね。<br>私がこれまで通っていた学校に学校心理士なんて人は<br>たぶんいなかったように思います。<br>制度としてできたのは10年前だし<br>まだまだ浸透していない資格のようです。</p><br><p>学校心理士の役割は簡単に言えば<br>「学校をよりよいものにする」ということ。<br>スクールカウンセラーは生徒と直接1対１で関わるのに対し<br>学校心理士は生徒と教師、生徒と保護者、保護者と教師…<br>などといった関係の調整において専門的な知識をもって<br>間接的に援助をしていく、といった感じでしょうか。<br>私は人の話を聞くのが上手じゃないから<br>どうもカウンセラー向きではありません。<br>逆に自分の思っていることを相手に話すのが好きだから<br>専門的な知識を専門外の人にどう噛み砕いて伝えるか、<br>きっと私の性に合っているのは学校心理士のほうだと思います。</p><br><p>スクールカウンセラーは問題を抱えた生徒を対象とするのですが<br>私がしたいと考えているのはピンポイントではなく全体への関わり。<br>なかでも思春期の子どもに興味があって<br>というのも特に問題を抱えてないように見える子どもでも<br>本当はだれかに話を聞いてほしがっているんじゃないかって。<br>生徒にとって親や先生といったタテの関係でもない、<br>友達や先輩といったヨコの関係でもない<br>ナナメの関係としての大人の存在。<br>それが思春期の子どもには必要だと思うわけです。</p><br><p>今学校で起こっている問題はその当事者だけでなく<br>学級とか学校とか家庭とか、<br>その生徒を取り巻く環境を変えていくことで<br>いい方向に転ぶんじゃないかって<br>学校現場で働いた経験もないし、<br>実情を知っているわけではないのですが<br>今まで自分自身が「生徒」として感じていたことや<br>大学で授業や教科書を通して学んだから<br>そんな生意気なことを考えています。</p><p><br></p><p>学校心理士に至った経緯はいろいろあって<br>大部分は尊敬している先生の影響でしょう。<br>この先生の研究分野はまさに私のしたいことそのもの、<br>というよりは完璧に先生に洗脳されています。<br>私の考えていることはほとんど先生からの受け売りです。</p><br><p>あとはバイトでずっとやってきた塾講師の経験。<br>マンツーマンで思春期の子どもとナナメの関係で関わってきて<br>勉強以外の話をする機会も多かったこと、<br>そして塾の生徒の通う学校の学習発表会に招かれて<br>そこで大いに感動したことが今の興味に繋がっています。<br>公立の学校だったのですが、すごく雰囲気のいい学校で<br>教師とはまた違う立場になって学校に戻ってきたいなと<br>そう思わされたのでした。</p><br><br><p>こんなふうに私のしたいことは比較的狭く絞られています。<br>だからこそモチベーションもわりと高いのですが<br>うまくいかなかったときにはかなりの挫折を経験するでしょう。<br>一本道なんだけどその先は霧の中。<br>先が見えないから不安だけどその反面、<br>先が見えないがためにいいようにも考えられる。<br>私は今自分が尊敬している先生を明かりにして<br>霧の中、一本道を進んで生きたいと思っています。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/the-danube/entry-10028135424.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Mar 2007 16:16:09 +0900</pubDate>
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