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<title>子供ノ背伸ビ</title>
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<description>日々、感じたことをつらつらと。偉そうに、少しでも上から。</description>
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<title>逆光から 二つのツジギリ</title>
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<![CDATA[ <br>自分がブログをやっているということを忘れていました。<br><br>それだけ心に余裕があったのか、無神経に生活してたのかは置いておいて、久しぶりにネガティブなことでも書こうかなと暗い部屋で深夜を過ごしているわけです。<br><br><br><br>小さい頃に起きた辛いこと、忘れたくても忘れられないこと、嫌でも夢に出てくる人物、人生の構築パーツになっている全てのモノ、コト。<br><br>なかったことにしたら。<br><br>僕ではありません、ここにいる人間は。<br><br>消したいとは思います、でも勝手に消えることは望みません。それでは無意味ですから。<br><br>骨や肉になって、一緒に焼かれればいいんです。墓場まで持って行くとはそういうこと。灰を持って行けば、それも同じこと。<br><br>今になってそういったことを思い出して考えると、面白いこともあると思います。<br><br>自分の非、情けなさ、トータルでの失敗がわかることだとか。<br><br>結局焼かれていないんですよ、まだこの時点では。何かの不完全燃焼があるから、こうやって思い出して考えているわけです。<br><br><br>単純に「器が小さい」の一言で片付きます。<br>物体のスケールだけではなく、色、柄、質、器に対する価値観は他にも存在するのではないでしょうか。<br><br><br><br>「人生」でも、同じことだと。
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<link>https://ameblo.jp/tiala322/entry-10871678286.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Apr 2011 01:19:08 +0900</pubDate>
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<title>遊んでる時にとりあえず</title>
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<![CDATA[ 6は逆さにしても9ではないわけであって。<br><br><br>物事を考えるのには時間が必要ですね。とっさに行動に移すことは、考えたのではなく閃きや直感。僕は熟考することが多いですかね。時と場合によりますが。<br><br>「時と場合による」ってすごく便利な言葉だと思うんです。<br><br>だいたいのモノ、コトは時と場合によるから。<br><br>グレーな色付けをすることができて、保険も掛けられる。<br><br>白黒はっきりつけることも大事ですが、個人的に世の中のグレーゾーンってものが好きでして。<br><br>そうやってボカし誤魔化しの細工をするのもいいのではないかと。それで誰かに迷惑を掛けてしまうのなら別ですが。<br><br>そういう小技を効かせてるつもりなどうでもいい論説文に、大学受験の問題でよく出会いました。<br><br>何だか訳の分からない専門家気取りな奴が偉そうな面して書いた、ブレブレの文章。こいつと同じ知識があれば、少なくともこいつよりは上手く書けると、高校生ながらに思ったことが多々あります。<br><br>いざやれと言われても、その文より上手く書けることはないだろうなと今となっては思いますね。<br><br>一旦スタンダードとしてそれが脳内に記憶されてしまった以上、意識せざるを得ないし、単純に文章力には雲泥の差があるはずです。<br><br>頭がペラペラの高校生でもそれくらいは予め分かっていましたが、その文中ではグレーなことばっかり。問題にされてもちょっと困ってしまいますね。<br><br><br>結局のところグレーがいいこと、グレーが悪いこと、そんなことはどうでもいいんです。<br><br><br>時と場合によりますから。
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<link>https://ameblo.jp/tiala322/entry-10751138428.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Dec 2010 01:02:29 +0900</pubDate>
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<title>水滴はパイプを通過して</title>
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<![CDATA[ 受け手になって気付く事は、少し意識すれば受け手にならずとも気付けるわけであって。<br><br><br>人の積み重ねてきたもの、登ってきた人生の階段、つまり「育ち」。<br><br>個人的に、育ちの善し悪しに関する第三者からの評価は余計なお世話であるけれども、どうしてもそういう物差しを置かれてしまうのは仕方のないことでもあると。<br><br>こういう言い方をすると聞こえが偉そうですが、人は他人に対していろいろなところで評価しているし、逆もしかり。<br><br>僕が気にし過ぎなのかもしれませんが、食事や会話の最中の仕草などひとつで様々な印象を持ちます。そういうことろで育ちというものが出るのではないかと。<br><br>家庭の貧富、親の教育方針、幼少時の経験など、左右されるものは数えきれないはずです。<br><br>正解というものは基本的にはないとは思います。けれども不正解は別。<br><br>人間は人間に囲まれて、人間と暮らしています。社会が決める不正解というものは、厳密ではないにしろ存在はしていると。それはさすがにないでしょ、みたいな言動とかが該当するんですかね。<br><br>はっきり言って、不正解ではなく個性や性格だと言ってしまえばそれで片付きます。<br><br><br>僕はそういう片付け方はしたくない性格ですが、それも育ちから来ているのではないのかなと。<br><br>誰かに対して腹を立てているわけではありません。<br><br>人生は積み重ねであると思いますから。<br><br>神経質なものを神経質に積んで来た人生の結果、捻くれてしまっただけ。<br><br>ただそれだけなんです。
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<link>https://ameblo.jp/tiala322/entry-10739143337.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Dec 2010 00:49:03 +0900</pubDate>
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<title>目の前の樹が伸びたとき</title>
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<![CDATA[ 何かをのんびりと思い浮かべていたわけであって。<br><br><br>たまには趣味のことでも。<br><br>小さい頃からずっとプロレスを見てきて、今でもすごく好きです。<br><br>強いということに憧れて、強い男になりたくて。<br><br>総合格闘技とかも見ますが、同じリングで戦うのでもやっぱりプロレスだなって思ってしまいますね。<br><br>浪漫っていうか、かっこいい。<br><br><br>最近のプロレスは、はっきり言って昔と変わりました。それもかなり。<br><br>本質は同じであれ、熱気だとか諸々、なにより選手自身が持つ説得力が。<br><br>自分が子供の頃に見ていたっていうのも、少なからず影響していると思いますが、昔のチャンピオンは本当に強かった。<br><br>武藤敬司、橋本真也。新日本プロレスだけで考えてますが、当時の他の団体のチャンピオンも強く見えていたはず。<br><br>現在のスポンサーロゴの入りまくったキレイ過ぎるリング、必要以上の煽りVTR、トランスみたいな入場曲とか、プロレス全盛の時代ではあり得なかった。<br><br>業界自体が衰退気味で、メディア露出や他業界とのコラボレーションで頑張ろうとするのも分かりますが、根本的なところはそこではないのでは、と思います。<br><br><br>プロレスは面白いんですけどね。正直、初めて見たり、興味がさほどない人には退屈なものになってきてしまっているなと。<br><br>中学生くらいまでは本気でプロレスラーになりたかったですね。身長体重が足りなくて断念しましたけれども。<br><br>きっとなれたとしても、大成できなかったかな。<br><br>プロレスラーは強いですから。
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<link>https://ameblo.jp/tiala322/entry-10737645995.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Dec 2010 16:22:56 +0900</pubDate>
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<title>塀際から遠くに向けて</title>
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<![CDATA[ 意識的に他人になにかを根付けることっていうのは簡単なようで難しいわけであって。<br><br><br>今日たまたま幼稚園に通ってるくらいの子供と話す機会がありました。<br>なんとなく間を埋めるつもりで将来の夢を聞いてみたんですよ。<br><br>その子は「消防士」と即答。理由はかっこいいからだそうで。<br><br><br>素敵ですよね、こういう感覚って。失っていたというか、忘れていたうちのひとつ。<br><br>きっと知識だとか理論、経験や憶測に追いやられて頭の奥底に埋れているんですよね。<br><br>書き方が後ろ向きになってしまいましたが、それって悪いことではないと。<br><br>よく、同じ失敗を2回する奴は馬鹿だと言う人がいます。僕も言われた憶えが。<br><br>単なる常識性の欠如だったり、ドジみたいなことは別として、同じ失敗なんてないんですよ、世の中、この地球上では。<br><br>時間が経つだけで状況は変わります。それだけでも、少なくとも同じ状況ではありません。<br><br>その中で何かを考えて何か行動をしているから。<br><br>時間が経てば考えだって変わるはずです。ブレないことは可能、全く同じというのは不可能。<br><br><br>こうやって余計なことをほざくようなことも、きっと純粋無垢な子供はしません。<br><br>僕の友人でも、小さな頃から消防士になりたいと言っていて、実際になった男がいます。<br><br>夢を見るのは簡単、叶えるのは難しいという考えを持っていました。<br><br>叶えること。<br><br>出来るかもしれませんね。
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<link>https://ameblo.jp/tiala322/entry-10731260014.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Dec 2010 01:11:55 +0900</pubDate>
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<title>キレがいいということ</title>
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<![CDATA[ 知識が無くても大袈裟な漢字変換ができるコンピュータってのは便利ですねしかし。非常に助かります。<br><br>世の中における生活(簡単に言うと社会)って、情報の発信と受信で成り立ってると思うんです。<br><br>人の感受性ってやつですかね、そういうものが問われるわけであって。<br><br>無数に発信したものでも受け手の考えひとつでどうにでも転がる。面白いじゃないですか。<br><br>発信してるつもりがなくても、勝手に受けて解釈することができる。被害妄想しかり。<br><br>言い方は悪くなりますが、いじれるんですよね、その辺って。<br>ひとつ先を考える人、そうじゃない人。<br><br>アタマの良し悪しとは別。<br><br>適度なサジ加減ってあるはずなんですよね、いろいろなことに関しての。<br><br>もちろん例外はあると思いますが、きっと足し算だけじゃだめなんですよ。<br><br>だから小学校で引き算を習ったんだなと切実に思ったわけです。
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<link>https://ameblo.jp/tiala322/entry-10729321125.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Dec 2010 01:37:59 +0900</pubDate>
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<title>車窓から</title>
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<![CDATA[ といっても自動車なんですよね。電車ではなくて。<br><br>夕方、のんびりと国道を走っていたら、寒々しく葉が落ちた街路樹やらほんのり暗くなった中で光るイルミネーションやらを見て、なんだか不思議な気分になりましたねー。悲しいような淋しいような。ネガティブなことは確か。<br><br>いろいろが朽ちていく感じ。いかにも冬。<br><br>年を越せば雪がとけて春がくる。<br><br>四季を考えたくなるのも、老けたからですかね。<br><br><br>バイク用のレインコートを買ったんですが、帰って袋を開けてみたら、パッケージと違うサイズのものが入っていたため電話。明日また行って交換してきます。<br><br>面倒だけどドライブがてら。<br><br>そう思って行ってこよう。
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<link>https://ameblo.jp/tiala322/entry-10723303760.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Dec 2010 02:43:41 +0900</pubDate>
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