<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>顎変形症&amp;暇人ブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/tn-lshab/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ここのブログでは顎変形症のこれまでのいきさつ、経過をアップしていくに加え、どーでもいい日々のことも書いていきたいと思います。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>顎変形症～術後8週目～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>最近こちらの日記を更新していないので</p><p>更新したいと思います。</p><p>といっても、通院しているわけではないので、</p><p>現状報告です。</p><br><p>今ではもうなんでも食べれるようになっています。</p><p>若干硬いものは躊躇しながらですが、</p><p>噛めないことはないです。</p><p>勇気がないだけです(笑</p><br><p>スポーツもしています。</p><p>ゴムはつけたままで、息は辛いですけど、</p><p>他に辛いことは特にありません。</p><p>若干球技だと接触プレーやボールが飛んできそうな時は</p><p>避けたりしていますが・・・</p><br><p>腫れはもう引いたと思います。</p><p>特に気になるところはありません。</p><br><p>麻痺はまだ残っていますが、</p><p>慣れもあると思いますが、</p><p>徐々に気にならなくなってます。</p><br><p>特に大きく、困るようなことは</p><p>減ってきたと思います。</p><p>私の場合はゴムを外して</p><p>食事をするのが結構めんどくさいので、</p><p>1日3食、間食なしの食習慣が</p><p>身についてきて、いい傾向なんじゃないかな</p><p>と最近思うようになりました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/entry-11367568049.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Sep 2012 13:29:22 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>不登校～施設(2)&amp;4年生～</title>
<description>
<![CDATA[ <br><p>久々の更新になります。</p><br><p>施設での生活に慣れるには2ヶ月くらいかかったと思います。</p><p>最初の頃はひらすら卓球ばっかり</p><p>やっていた気がします。</p><br><p>しかし、だんだんと施設になれていく中で、</p><p>同じ不登校をしている人でも</p><p>勉強している姿を見ると</p><p>自分もやらなければと思えてきました。</p><br><p>それから午前中の勉強の時間も</p><p>通うようになりました。</p><br><p>時間が経つにつれて、</p><p>友達と呼べる人も増えてきました。</p><p>歳はばらばらでしたが、</p><p>同じ境遇にある人同士ですから、</p><p>関わりをもてたのかもしれません。</p><br><p>そのまま小学3年生は終わりました。</p><br><p>小学4年生になると担任の先生も変わり、</p><p>空気も一変すると思い、</p><p>私は学校に行きました。</p><p>欠席は確かに多かったのですが、</p><p>少しずつなんとか学校に言ってました。</p><br><p>1学期はだいたい行ったと思います。</p><p>しかし、2学期に入ったときのことです。</p><p>1年前と同様のことが起こります。</p><p>また、多数決において学級委員に選ばれました。</p><br><p>3年生のときのように周りからの声は</p><p>なかったとは思いますが、</p><p>何か自分に壁ができていたのでしょうか、</p><p>私は学級委員になって1週間くらいだったと思いますが、</p><p>学校に行くのをぱったりとやめました。</p><br><p>当時の先生はとても熱心な人でした。</p><p>1つの授業だけでも、放課後の遊ぶ時間だけでも</p><p>と、なんとか私を学校に連れて行こうとしました。</p><p>とても明るい先生で誰からも好かれているような先生でした。</p><p>私ももちろんその先生が好きで、</p><p>なんとか少しだけでも、</p><p>という感じで学校に行っていました。</p><br><p>そういった対処から私はまた学校に行くようになしました。</p><p>しかし、欠席も多いです。遅刻もたくさんしました。</p><p>周りからの声もそれほど聞こえては着ませんでした。</p><p>ここからは周りの問題よりも自分の弱さです。</p><p>ときどき授業にいくというのでは授業についていけなくなりました。</p><p>間違えることが嫌いだった私は、</p><p>ここで私は学校にいけなくなりました。</p><br><p>今回はここまでにします。</p><p>苦い過去を思い起こすのも、</p><p>案外嫌なものですね。</p><p>しかし、私の経験を1人でも見て、</p><p>なにか考えていただけたらなと思い、</p><p>日々、書かせていただいてます。</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/entry-11364001000.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Sep 2012 21:56:42 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>不登校～施設(1)～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>久々の更新になりましたが、</p><p>私が不登校を初めて、</p><p>不登校の人が集まる施設に</p><p>入ってからを少し書きたいと思います。</p><br><p>夏休み終えた瞬間だけ、</p><p>この期に学校復帰を一度試みたのですが</p><p>できませんでした。</p><br><p>その後、親が家から最も近い</p><p>施設にいくことになりました。</p><br><p>そこは午前中は勉強の時間、</p><p>午後からは多目的室で遊んだり、</p><p>体を動かしたり、</p><p>といったことをしていました。</p><br><p>そこには小学生から中学生までの</p><p>人がいました。</p><br><p>当時の私は午後の時間のみ</p><p>行っていました。</p><p>最初の頃は誰にも馴染めず、</p><p>施設の人と話すだけでした。</p><br><p>そのうち施設の人が</p><p>卓球をやろう</p><p>と誘ってきました。</p><br><p>私は卓球はやったことがなかったので、</p><p>持ち方やら打ち方から教わりました。</p><br><p>だんだんとうてるようになってくると、</p><p>施設の人が</p><p>あの子とやってみよう</p><p>と相手を見つけれやりました。</p><br><p>ぼろぼろにはされましたが、</p><p>すごく楽しんだことを覚えています。</p><br><p>その相手がその施設で</p><p>初めての友達で彼は中学1年でした。</p><br><p>この頃、私は親と施設の先生しか</p><p>話すことができなかったのですが、</p><p>彼と話すことができるようになったのは、</p><p>施設の先生の協力もありますが、</p><p>不登校をはじめてからずっと変わらず</p><p>明るく接してくれた親のおかげだと思います。</p><br><p>明るさを忘れなかったからこそ、</p><p>ひとつのきっかけを期に</p><p>もう一度同じくらいの歳の人と</p><p>関わりを持てるようになったのだと思います。</p><br><p>今回はここまでにします。</p><p>次も施設でのことを</p><p>書きたいと思います。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/entry-11361669799.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Sep 2012 00:01:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>額変形症～術後6週目～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>本日退院後4回目となる通院に</p><p>行ってまいりました。</p><br><p>通院結果はあんまり変わっていませんが、</p><p>報告します。</p><br><p>今日から毎週の通院は終わり、</p><p>次回通院は一ヶ月後になりました。</p><p>術後の経過は良好だそうです。</p><br><p>スポーツもボクシングとかを</p><p>やらなければ</p><p>やってもいいと言われました。</p><p>あまり、接触プレーの多いスポーツも</p><p>避けたほうがいいとは言われました。</p><br><p>そのあと、大学病院のため</p><p>研究の材料にするらしく、</p><p>研究用の写真を3枚撮りました。</p><br><p>口腔外科と矯正歯科に</p><p>行きましたが、</p><p>どちらもしたことは</p><p>お話しただけです。</p><br><p>矯正科の先生は</p><p>毎週、顎の後戻りがなく安心</p><p>って言います(笑</p><p>それだけ後戻りって</p><p>怖いんですね。。。</p><br><p>これからもしっかり</p><p>ゴムかけして</p><p>後戻りをしないように</p><p>尽くしていきます!!</p><br><p>次回更新は、当分先になるかもしれません。</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/entry-11358773993.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Sep 2012 16:03:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>顎変形症～入院(2)～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>やっと時間ができたので、</p><p>額変形症の術後の経過を</p><p>書いていきたいと思います。</p><br><p>器具が外れてからは</p><p>いたって暇は生活です。</p><p>器具が外れるくらいから、</p><p>決まった時間にやっていた</p><p>血圧測定と血中酸素濃度の測定、脈拍の測定は</p><p>なくなり、検温だけになりました。</p><br><p>術後1週間たったあたりから</p><p>ドリンクの食事から</p><p>若干食べ物に近づきます。</p><p>ゴムを自分で取り外しし、</p><p>食事の時間だけ口が開くようになり、</p><p>指一本分の隙間から</p><p>ちょっとずつおかゆのようなものを</p><p>含んでいくという感じです。</p><br><p>スプーンは結構平ペったいものを</p><p>使っていました。</p><p>思っている以上に口が開きません。</p><br><p>ゴムを自己管理できるようになり、</p><p>やっと歯ブラシで歯を磨くことだできます。</p><p>ここまで全く口が開けない状態だったので、</p><p>歯の裏側はすごくざらざらで</p><p>舌で触るのも嫌なくらいでした。</p><br><p>このあと入院中に食事が変わったり、</p><p>何かが変わったりということは</p><p>ありませんでした。</p><br><p>ひたすら暇な日々を過ごしていたと思います。</p><p>漫画、ゲーム、テレビ、メール</p><p>ひたすらごろごろしていただけです。</p><p>勉強もやっては見ましたが、</p><p>ベッドの机でやるのって案外慣れませんね。</p><p>すぐ疲れますし、集中があまりできませんでした。</p><br><p>ひとまずこれで、これまでのことは</p><p>書いたつもりですが、</p><p>思い出したり、気づいたりしたら、</p><p>またアップします。</p><p>これからは現状をアップしていきたいと思います。</p><br><p>明日は退院後4回目の通院ですので、</p><p>また明日ブログアップしたいと思います。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/entry-11358006142.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Sep 2012 17:30:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>時間のない日々</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ここ最近、学校にいったり</p><p>バイトにいったりと</p><p>余裕がないためにブログ更新が</p><p>なかなかできませんでした。</p><br><p>明日はまた他のテーマのブログを更新したいとは</p><p>思っていますが、</p><p>思っている以上にやることが</p><p>出てきております。</p><br><p>暇人生活というものでも</p><p>なくなってきました(笑</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/entry-11356660546.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Sep 2012 00:32:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>不登校～小学3年(不登校後)～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>小学3年の6月あたりから</p><p>私は不登校になった。</p><p>7月あたりから、</p><p>不登校の子達が通う</p><p>施設に点々とまわった。</p><br><p>私の母親は専業主婦だったため、</p><p>毎日家にいてくれたので、</p><p>家で1人になることが少なかった。</p><br><p>6月はひたすら家で、</p><p>起きて、テレビ見て、寝て</p><p>を繰り返していた。</p><p>最初の頃は学校の予定を</p><p>届けてくれる子もいたし、</p><p>心配してだろうか、</p><p>家の遠い人も来てくれていた。</p><br><p>7月頃に母親から</p><p>不登校の子が通う施設がある</p><p>と言われ、3つくらいまわった気がする。</p><br><p>最初の頃はどこも馴染めなかった。</p><p>当時を詳しくは覚えていないが、</p><p>親族以外には相当な人間不信だったであろう。</p><p>今でも若干人間不信ではあるが、</p><p>そのときから引きずっているものだろう。</p><br><p>7月はそのまま夏休みに入った。</p><p>施設に通うになったのは</p><p>夏休み明けの9月に入ってからだったと思う。</p><br><p>施設に通うようになってからは</p><p>また次回に書きたいと思います。</p><br><p>ここまでのことで少し</p><p>私の持論ですが、書かせていただきます。</p><br><p>私が不登校を始めた頃、</p><p>私の親は何も言いませんでした。</p><p>休みたければ、休めばいい</p><p>そういう考えでした。</p><br><p>おそらくこのまま</p><p>学校に無理やりいくように</p><p>させられていたら、</p><p>どのような行動にでたか</p><p>わかりません。</p><p>一度、叔母からは言われました。</p><p>泣きつくように叔母は私に言いつけました。</p><p>その後に包丁に手をつけたことを</p><p>覚えています。</p><br><p>私は中学1年からは普通に、</p><p>学校に行くようになりました。</p><br><p>それまでの背景には、</p><p>ここでの親の対応があったからこそだと</p><p>思っています。</p><br><p>学校に行かなくていい。</p><p>と言う私の親は、</p><p>特に暗くなることもなく、</p><p>いつも明るく、接してくれました。</p><p>そして1度も学校の話を</p><p>ふってきたことはありません。</p><br><p>ここで、親の対応が変わってしまっていたら、</p><p>私は学校に復帰していなかったのではないか。</p><p>とまで思います。</p><br><p>仮に親の対応も変わっていたら、</p><p>いったい誰を信じることができるのでしょうか。</p><br><p>弱い奴とも思うかもしれませんが、</p><p>心の傷ついた子供は、</p><p>自分が弱いことを自覚して、</p><p>強くならなきゃ</p><p>とは思えません。</p><br><p>あの時、親が明るく接してくれたからこそ、</p><p>施設に通うようになった時に、</p><p>再び親以外の大人や同い年の子と</p><p>関われるようになり、</p><p>明るさを取り戻したのだと、</p><p>私は思います。</p><br><p>ゆっくりと心のケアを</p><p>するべきだと思います。</p><br><p>時間をおいて、</p><p>ちょっと施設の人と話してみよう</p><p>といって施設に行ってみるのが</p><p>いいのではないでしょうか。</p><br><p>そこで行きたくないなら</p><p>行く必要ありません。</p><p>また時間をあけて、</p><p>また言ってみることです。</p><p>その間に、前と違う対応になっては、いけません。</p><br><p>親が焦るのもわかります。</p><p>なんとかしないと</p><p>と思うことも。</p><p>しかし、子供も少なからず</p><p>思っています。</p><p>当時の私はそうでした。</p><p>そう思うにも、親の明るい対応</p><p>あってこそなのではないでしょうか。</p><br><p>子供のなんとかしないと</p><p>と思うタイミングで</p><p>施設に誘ってみたりの</p><p>アクションを起こしてみることが、</p><p>大事なのだと思います。</p><br><p>前回以上に今回は</p><p>うまくまとめることができませんでした。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/entry-11353833300.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Sep 2012 18:50:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>顎変形症～術後(器具が外れるまで)～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>手術後のことを書きたいと思います。</p><p>術後の入院生活を一気に書くと</p><p>長くなってしまうと思うので、</p><p>すべての器具が外れるまでを</p><p>書きたいと思います。</p><br><p>すべての器具が外れたのは</p><p>術後4日でした。</p><br><p>前のブログでも書いたように、</p><p>手術日に</p><p>鼻から入って肺に伝わっていた酸素の管が</p><p>1本抜けます。</p><p>普通ならこの日中に酸素マスクも外れる予定でした。</p><p>結構、とるときは気持ち悪い思いをした気がします。</p><p>案外容赦なくひっこぬかれた感も・・・</p><br><p>次が翌日の朝</p><p>酸素マスクと尿の管、輸血ようの点滴針が取れます。</p><p>酸素マスクはまぁ・・・何事もなく終わります。</p><p>尿の管はあんまり、書くものではないと思いますが、</p><p>違和感がたっぷりではありました。</p><br><p>尿の管が取れたあとの</p><p>トイレは最初だけ看護師さんに</p><p>ついてきてもらうように、</p><p>ということでした。</p><p>やっぱり1日以上経ってないと</p><p>不安定になるものですね。</p><p>若干、ふらつきました。</p><br><p>この日の朝に血液検査のため、採血がありました。</p><p>さらに13:00ごろレントゲンを取りに行きました。</p><br><p>その日の14:00あたりに、</p><p>術前に採血した400ccの血を</p><p>また体に戻します。</p><p>使わなかったら戻すんですね!</p><p>びっくりでしたよ(笑</p><p>終わると右腕の点滴は外れます。</p><br><p>さらに16:00あたりに</p><p>口から出ている血を吸う管が外れます。</p><p>これと同時に、顎間固定が始まり、</p><p>口の中がゴムでがんじがらめになります。</p><br><p>この日は左腕の点滴を使って、</p><p>栄養の補給をしていたので、</p><p>鼻からの食事摂取はありませんでした。</p><br><p>術後2日目</p><p>鼻からの食事摂取になります。</p><p>しかし、私はどうもそれに慣れず、</p><p>朝、昼と気持ち悪い思いをしたので、</p><p>結局鼻からの食事はやらず、</p><p>点滴による栄養補給をしていました。</p><p>それでも管は抜けませんでしたが。</p><br><p>術後2日目に外れたものはなかったと思います。</p><p>それから、その日もレントゲン取りに行きました。</p><br><p>術後3日目</p><p>朝、昼と鼻からの食事を試みるもできず、</p><p>前日と同じように・・・</p><p>この日16:00に鼻の食事用のチューブが取れます。</p><p>私はなぜか鼻チューブがどっかに引っかかり、</p><p>ものすごい痛い思いをしました。</p><p>しかし、外れるとすごい楽です。</p><p>息はしやすいですし、</p><p>喉の違和感もなくなりますし♪</p><p>この日からメイバランスという飲み物を</p><p>食事として摂取していきます。</p><p>それからウォーターピックによる</p><p>歯の掃除も始まります。</p><br><p>術後4日目</p><p>20:00くらいに左腕の点滴が外れます。</p><p>最後の夜の点滴が終わると</p><p>外れるという寸法です。</p><p>ここまで点滴といっても針が刺さっているだけで、</p><p>点滴を落とすのは朝、晩の2回です。</p><p>術後1日目だけはずっと落ちていましたが。</p><br><p>本当は次の日(術後5日目)に</p><p>血液検査をして、問題なかったら</p><p>外すそうですが、ついてることが嫌すぎて</p><p>問題ありの場合はまた針を刺すという条件で</p><p>外してもらいました。</p><p>問題なくて助かりました(笑</p><br><p>これですべての器具が外れました。</p><p>ものすごく楽になります。</p><p>この間の過ごし方は以下のとおりです。</p><br><p>6:00　　起床</p><p>7:00  　検温、血圧測定、脈拍測定、血中酸素濃度測定、点滴</p><p>8:00　　食事</p><p>9:00  　回診</p><p>12:00　食事</p><p>14:00  検温、血圧測定、脈拍測定、血中酸素濃度測定</p><p>18:00　食事</p><p>19:00  検温、血圧測定、脈拍測定、血中酸素濃度測定、点滴</p><p>21:30  消灯</p><br><p>この間を通して思ったことは、</p><p>歯の裏側がずっと磨けないため、</p><p>ものすごく気持ち悪いです。</p><p>それから先端恐怖症の私にとって、</p><p>点滴の針が刺さっていることが</p><p>何よりも恐ろしかったです。</p><br><p>それから前回書き忘れたことを</p><p>ここに書いておきます。</p><br><p>私は麻酔が効きすぎたために</p><p>血中酸素濃度があがらない事件が</p><p>発生しました。</p><p>このときに動脈採血がありました。</p><p>以上です。</p><br><p>また術後の入院生活を</p><p>書いていきたいと思います。</p><p>しかし、ここからの入院生活は</p><p>ひたすら暇な決まった毎日を過ごすのみです(笑</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/entry-11353640261.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Sep 2012 13:50:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>暇な夏休み</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こっちのブログを全く書いていないので</p><p>こっちを更新したいと思います。</p><br><p>夏休みもあと一週間あたりで</p><p>終わろうとしていますが、</p><p>今年の夏休みは</p><p>休みに入って3日後に入院という</p><p>全く遊べない休みでした。</p><br><p>入院は2週間、</p><p>退院後3週間ほど経ちますが、</p><p>相変わらず安静生活。</p><br><p>起きて、ご飯食べて、テレビ見て、漫画読んで、寝る</p><p>ひどい生活習慣の毎日を</p><p>過ごしているこの夏休みです・・・</p><br><p>といっても、なにかできるわけでもなく、</p><p>やっと今週末からバイト復帰が</p><p>できるわけではありませが・・・</p><p>ホント・・・大学2年の一番遊べる夏休みが</p><p>残念で仕方ない有様です。</p><br><p>顎変形症やら不登校ブログに比べ</p><p>手抜き感が大量にありますが、</p><p>それほど内容のない</p><p>日々を過ごしているということです。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/entry-11352814021.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Sep 2012 15:06:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>顎変形症～手術～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今日は顎変形症の手術日のことを</p><p>書かせていただきたいと思います。</p><br><p>私が顎変形症の手術を受けたのは</p><p>8月7日火曜日です。</p><p>朝9:00からのオペでした。</p><p>8月7日0:00分より食事が取れなくなります。</p><p>飲み物もお茶とお水以外は摂取できません。</p><p>手術は全身麻酔で行われるため、</p><p>消化に問題が発生するために、</p><p>0:00分からの食事制限になります。</p><br><p>朝7:00分よりお茶、お水の摂取も</p><p>できなくなります。</p><br><p>前日は手術が明日はじまると思うと</p><p>なかなか眠れない人もいるようで、</p><p>薬の投与もしてくれるということでした。</p><p>私の場合は、平然と</p><p>10時くらいには寝てしまいましたが。</p><br><p>朝8:30頃にお手洗いを済ませ、</p><p>手術着に着替えます。</p><p>8:55頃、ストレッチャーに乗って手術室へ。</p><p>まだ動ける体なのだから</p><p>別にストレッチャーに乗る意味は</p><p>なんだったのだろうかと</p><p>つくづく思いますが（笑</p><br><p>9:00オペ開始です。</p><p>最初に点滴を左腕に付けられます。</p><p>マスクをつけられ、</p><p>「麻酔がこれから入るからね」</p><p>と言われます。</p><p>数秒も経たないうちに記憶がなくなりました。</p><br><p>目が覚めると</p><p>「終わりましたよ」</p><p>の声がかすかに覚えています。</p><p>しかし、このときの記憶はあまり覚えていません。</p><p>何かひたすら怖かったか、辛かったかは</p><p>わかりませんが、</p><p>誰かの手を握っていた気がします。</p><br><p>そしていつのまにかまた意識が飛び、</p><p>気づいたときには自分の部屋でした。</p><p>このときがだいたい13:30くらいだっと思います。</p><br><p>このときは右腕から輸血用の点滴1本</p><p>左腕から点滴1本</p><p>口から血を出すやつ2本</p><p>鼻から酸素の管1本、食事の管1本</p><p>尿の管、酸素マスクがついていました。</p><br><p>しかし、ここから問題が起こりました。</p><p>麻酔が切れる時間になっても</p><p>私の血中酸素濃度が上がってこなかったのです。</p><p>意識朦朧の私と慌ただしく話す医師たちを覚えています。</p><p>すると14:00くらいから</p><p>レントゲンをとることになり、</p><p>さらにはCTをとることになり、</p><p>なにかオペミスがあったのではないかと</p><p>すごい不安な声があちこちで聞こえました。</p><br><p>その後、オペミスは発覚せず、</p><p>麻酔が効きすぎたというだけで</p><p>終わりましたが、</p><p>大きな不安に駆られたのは事実です。</p><br><p>レントゲン、CTが終わったのは14:30あたりだったと思います。</p><p>普通ならオペが終わり、血中酸素濃度が</p><p>上がってくると、鼻の酸素の管は</p><p>とってもらえるそうなのですが、</p><p>私は17:00くらいまでつけていました。</p><p>15:30あたりには意識がはっきりしていたと思います。</p><br><p>この時に気づいたのが、</p><p>まだ口が隙間程度ですが</p><p>空いていました。</p><p>顎間固定はこのときはしていませんでした。</p><br><p>意識がはっきりしてくると、</p><p>終わったんだなーという脱力感があったような・・・</p><br><p>17:00に酸素の管を抜いてもらいましたが、</p><p>とっても気持ち悪かったことを覚えています。</p><br><p>酸素マスクも手術日以内には</p><p>とれるはずと聞きましたが、</p><p>念のため翌日までつけることになりました。</p><br><p>手術日以内にとれたのは、</p><p>酸素の管1本だけです。</p><br><p>酸素の管がとれると　</p><p>タンが異常に気になりました。</p><p>口に麻痺が残っており、</p><p>タンと唾液の感覚がおかしくなって、</p><p>なんども看護師さんを呼んで、</p><p>吸引してもらったのを覚えています。</p><p>たいへんご迷惑おかけしました(笑</p><br><p>酸素の管が抜けると、</p><p>喉にいがいがのような</p><p>地味な痛みがします。</p><p>結構この地味な痛みが</p><p>最も眠気の邪魔をしました。</p><br><p>2時間寝ては2時間起きて</p><p>の繰り返しを18:00くらいから</p><p>していたと思います。</p><br><p>22:00くらいに看護師さんの</p><p>「大丈夫？」</p><p>の問いかけに</p><p>「お腹すいた」</p><p>といったことを覚えています。</p><p>なかなか今思い出すと、阿呆だったと思います。</p><br><p>夜はなかなか寝付けず、</p><p>そのときはオリンピックがやっていたので、</p><p>なでしこの試合を見ていました。</p><p>いつの間にか眠ってはいましたが。</p><br><p>以上が手術日当日のことです。</p><p>この日は1日何も口にしていません。当然ですが。</p><p>さすがに、携帯をいじろうとも</p><p>あまり思いませんでした。</p><p>ひたすら寝ては起きてはの繰り返しで、</p><p>あとはテレビ見ていたと思います。</p><br><p>手術日当日だけで長くなりました。</p><p>術後のことはまた改めて、</p><p>書かせていただきます。</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/tn-lshab/entry-11352737171.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Sep 2012 12:03:11 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
