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<title>music　spring 　しょうれむ</title>
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<description>～人生は片道切符～</description>
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<title>THE VENTURES　LIVE　IN JAPAN 2004</title>
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<![CDATA[ <iframe width="459" height="344" src="https://www.youtube.com/embed/yzmSaMnQr5A" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br>ザ・ベンチャーズ、・・・おそらく、団塊世代と呼ばれてる方々、また、その近辺世代で「わたしじゃないわよ」、「ぼくじゃないよ」と右往左往されてるオジサン・オバサマ方の中でベンチャーズの名をご存知ないと言われる方は殆んどおられないのではないでしょうか。<br>それくらい日本ではお馴染みのインストゥルメンタル・ロック・バンドです。<br>結成は１９５９年、そして初来日は１９６２年となってますが、日本で人気が出たのは2回目の来日、ドン、ボブ、ノーキー、メルの4人で行った日本公演からです。<br><br>それから約５０年、バンドリーダーのドンも間もなく８０才になられるそうですが、今もなお元気に活躍され、世界各国の根強いファンから愛され続けています。<br><br>もちろん日本でも、ご当地ベンチャーズと言われるコピーバンドが各地に存在しているように、その人気は衰えてはいませんよね。<br><br>ところで、ベンチャーズの出発点は？と言われますと、それは、50年代末の、ボブ・ボーグルとドン・ウィルソンとの出会いからということになります。<br><br>そして、ともに音楽に興味を持っていた二人は急速に接近、さらに二人とも、多少ギターが弾けたこともあって、早速、ギター・デュオのようなものを組み、地元シアトルのクラブなどで演奏するようになっていきます。<br><br>そうこうしてるうち、今度は、そのシアトルで当時カントリー界の大物バック・オーウェンスから誘いを受けて、その地に拠点を移していた同世代のミュージシャン、ノーキー・エドワーズと知り合うことになります。<br><br>その直後でしょうか、彼らは自主制作というスタイルで、チェット・アトキンスのアルバムに収められていた「ウォーク・ドント・ラン」を録音、リリースしています。<br><br>これが、大ヒット。<br><br>1960年の夏には、全米チャートの２位まで上昇するという驚異的な成功を収めることになるんですよね。<br><br>念のために書いておきますと、これは、ビートルズやローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズらが新しい大きな波を巻き起こす前のことです。<br><br>60年代のロック文化のなかでベンチャーズが語られることはあまりありませんが、エレクトリック・ギターを核にした少人数の編成による演奏のスタイルが確立される過程で、彼らがそのことに果した役割の大きさには計り知れないものがあるとふうちゃんは思っています。<br><br>
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<pubDate>Sat, 12 Oct 2013 07:11:24 +0900</pubDate>
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<title>夜明けのカーニバル</title>
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<![CDATA[ <iframe width="459" height="344" src="https://www.youtube.com/embed/RfgDg4zmQB4" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br>微笑みあって過ぎた日々の想い出たちも、いつしか時の歯車が噛みあわなくなって、別れていくときは、なぜかその想い出たちが孤独に色褪せて見えるものです。<br><br>すでに枯れ果ててしまった花が、もはや生気を、取り戻すことはなく、夢のなかだけで、いつまでも咲き誇っていたとしても・・・です。<br><br>楽しかった日々、悲しかった日々、その多くの想い出たちは、カーニバルのあとの静けさのように永遠に自分のそばで眠ってしまいます。<br><br>激しくもなく、かといって小雨でもない、物憂い秋の通り雨・・・<br><br>
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<pubDate>Fri, 11 Oct 2013 15:37:17 +0900</pubDate>
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<title>Paul Mauriat - Le Temps Des Fleurs　</title>
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<![CDATA[ <iframe width="459" height="344" src="https://www.youtube.com/embed/0L880XIEixY" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br>最近の若い方って、「……（だ）と思うのは、私だけ？」なんていう表現を、わりとしますよね。<br><br>これって、なかなか面白いと思うのでマスターも挑戦してみました。<br><br>*夏の終わりの蚊は、最期のあがきか強力で、刺されるとやたらにかゆいと思うのは、私だけ？<br><br>*猫も犬も人も、生き物はみんな恋をすると尋常を失うものだと思うのは、私だけ？<br><br>*おばさんの「ダイエットをしなきゃ」というのは、実行性のない単なる口ぐせだと思うのは、私だけ？<br><br>*金は天下の回りもの、と言うけれど、うちにだけは回ってこないと思うのは、私だけ？<br><br><br>*流行歌はあまり好きではないのに、時々、たとえば「丘を越えて」なんていう昔の歌が聴きたくなるのは、私だけ？<br><br>*世の亭主は、外へ出ればこき使われ、家にいてはないがしろにされていると思うのは、私だけ？<br><br>*女は弱し、母は強し、おばさんはより強し、婆さんはよりより強し、と思うのは、私だけ？<br><br>*男は見かけだけ強く、女は実質的に強く、年とともに男は弱く、女は強くなる、と思うのは、私だけ？<br><br><br>*猫に小判、豚に真珠、おばさんに化粧、だと思っているのは、私だけ？<br><br><br>これ以上は、止めときましょうかねえ。バカなこと書いちゃって、なんだかちょっとオソロシクなってきました。（笑）<br><br>
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<pubDate>Fri, 11 Oct 2013 15:35:52 +0900</pubDate>
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<title>Paul Mauriat - TOCCATA</title>
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<![CDATA[ <iframe width="459" height="344" src="https://www.youtube.com/embed/epsCFW3AlAg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br>「ずっと一緒にいようよね」<br>なんて、言った経験、言われた経験ありませんでしたか？<br><br>「う～ん」って・・・<br><br>はいはい、無理に思い出さなくってもいいんですよ。（笑）<br><br>でも、別れる際、「もう泣かないで」なんてこと言われ、よけいに悲しくなって、そして、悲しくなって泣いている自分の姿に、さらに、悲しくなったことを経験した人は多いかも知れません。<br><br>しかし、また、そんなに悲しいときなのに、なぜかおなかが空いてしまって、涙と鼻水を垂れながら、ラーメンを食べた経験した人も多いでしょう・・・か。（笑）<br><br>でも、ただはっきりと、言い切ることができるのは、どんなに死ぬような思いで、悲しんだところで、あの日あの時には、けっして戻れないということです。<br><br>つまりは、昨日に戻る、明日はないということです。<br>過去はけっして変えられません。<br><br>タイムマシンがあれば、あの日に戻ってやりなおしたい・・・なんて、思うものですが、でも過去の想い出は、やはり想い出として、心の中の小箱に、そっとしまっておくよりほかはありません。<br><br>しかし、・・・です。<br><br>過去はけっして変えられませんが、来るべき未来を迎えるための土台となる経験としてそれを活かすことができれば、過去の持つ意味が変わることだってあるはずです。<br><br>受験に失敗して志望校に入学できなかったという思い出したくもない過去があったとしても、それを次の受験のための糧として活かせば、臥薪嘗胆、粉骨砕身、切磋琢磨、捲土重来、一陽来復となるのです。<br><br>この四字熟語の意味が分からない人は、国語が苦手だった過去にとらわれずに、頑張ってください。(笑)<br><br>恋人に振られた思い出したくもない過去があったとしても、それを次の人にめぐりあうための糧として活かせば、眉目秀麗、容姿端整、才色兼備、頭脳明晰、温厚博識、品行方正となる・・・なんて。<br>まあ、もって生まれた天性、先天的なものがありますから、なかなか、それは無理なんでしょうけどね。(笑)<br><br>でも、八方美人、優柔不断、付和雷同、有名無実、悪口雑言、傲岸不遜、傍若無人、唯我独尊のような過去の性格は少し矯正した方がいい・・・って、あんたに言われとうないって？(笑)<br><br>ともかく、過去は変えがたいものですが、これからの未来は、まだ自分の手の届くところにあるということは、事実なのです。<br><br>もちろん、ただ待っていては、それもすぐに足早に去ってしまって、単なる過去になってしまいます。<br><br>そして、過去になる直前の現在（いま）は、たしかに、居心地のいい場所なのかもしれません。<br><br>その場所には、自分に体温にあったぬくもりと、なじみ、なごむような匂いが残っているのですから。<br><br>でも、もう気がついているはずです。<br>そこが永遠の安住の場所ではないことに。<br><br>いまの場所に、恋々としているうちに、明日の自分を見失っていくことがあります。<br><br>私たちの身体を構成する細胞は、約６０兆あるといわれ、これらの細胞は、古いものから次々に生まれ変わっていると言われています。<br><br>いわゆる新陳代謝と呼ばれるもので、およそ、一日に７０００億個が生まれ変わっていると言います。<br><br>肌などの皮膚は、一か月足らずの２８日で生まれ変わっていると言われ、身体全体でも、三か月で生まれ変わっていると言います。<br><br>ならば、三か月前のあなたと、いまのあなたは、細胞レベルでは、まったく違う人間であり、もう生まれ変わってるとも言えます。<br><br>そうなんです、わざわざ死ぬことを選ばなくても、すでに生まれ変わっているのです。<br><br>だから、このことに気がつけば、睡眠薬もかみそりもロープも練炭も節約できますね。（笑）<br><br>いや～、なんかマスターは、こんなことをしら～と言いのけて、優しいだか、怖いんだか、我ながら、すっかり分からなくなりました。（笑）<br><br>ともあれ、新しい酒は、新しい革袋に盛れ、です。<br><br>生まれ変わったとしたら、当然、新しい環境にも、順応できるはずです。<br>いや、新しい環境にこそ、活かす道があります。<br><br>はじめのうちは、新しい革袋に馴染めずに戸惑い、古い革袋が、懐かしくて、さびしくなって、切なくなるかもしれません。<br><br>でも、感傷のなかに埋没して、埋もれ木のように朽ち果てるのを待つよりも、いまはほんの小さな若葉のようなのぞみでも、大切に育てれば、いずれは大きく育っていくものです。<br><br>いままでの過去の経験を、豊かな土に変え、さらに大きく、今まで以上の花も実も成らせることができます。<br><br>出逢いがあれば別れがあるのは必定です。<br><br>それがさだめというものならば、いつまでも、さだめに打ちひしがれているのではなく、勇気をもって、一歩を踏み出すことが大切なのです・・・よ。(笑）<br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 11 Oct 2013 15:34:59 +0900</pubDate>
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<title>Les deux guitares</title>
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<![CDATA[ <iframe width="459" height="344" src="https://www.youtube.com/embed/BW9dfhRAf7Y" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br>「好き」と「惚れる」という言葉は、同義語のような使い方をし、またそのような感じがしますが、微妙に違うように思います。<br><br>「好き」という言葉には、「嫌い」という反対語があり、また、「惚れる」という言葉には、「惚れて振られる」というような用法はありますが、明らかな反対語はありません。<br><br>「好き」ということは、感情というよりは、知識・意識から派生していくものであり、一方、「惚れる」ということは、情そのものだからでしょうか。<br><br>恋の花は、他の誰がなんといおうと、恋人たちの心の中では、大輪の華麗な花を咲かせています。<br><br>しかし、大きければ大きいほど、鮮やかであれば鮮やかであるほどに、その姿形を維持していくには、膨大なエネルギーを必要とします。<br><br>エネルギーは不滅ながらも、時間という、また厄介な存在の影響を受けると、それこそ、他方にエネルギーは分散流失してしまい、花はもろくも色あせ、枯れてしまう場合があるからです。<br><br>そう、ある意味、恋という花は夢の中でこそ咲かせ続けることができるのかも知れません。<br><br>もっとも、夢の中でドライフラワーになってる場合もありますけどねぇ～。（笑）<br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 11 Oct 2013 15:32:09 +0900</pubDate>
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<title>Paul Mauriat - Taka takata</title>
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<![CDATA[ <iframe width="459" height="344" src="https://www.youtube.com/embed/McnUNqRnlaw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br>アイスリンクの妖精、キムヨナ・・・・・<br><br>マナーの悪さ、発言の高慢さなど、批判の絶えない彼女ですが、その氷上での演技には素晴らしいものがあります。<br><br>競技での彼女の高得点には以前から不審を唱える人が多いのは承知してますので、得点の高さが実のとこどうなのはは分かりませんが、素人目に映る彼女のスケータリングは魅惑タップリ、他を圧倒していると思うのはボクだけでしょうか。<br><br>さてこの曲「Taka takata」・・・・・<br><br>「ウン タカ ポポンポン ホホホ ゆれる胸、ウン タカ ポポンポン ホホホ ゆれる腰」<br><br>原曲は、杉本彩さんも真っ青という、想像を遥かに超えた歌詞で、タカタカ ホホホ を男女の高まりに合わせて、繰り返すエキゾチックサンバです。<br><br>しかし、歌詞抜きでの演奏、とくにモーリアサウンドからは妖気ではなく陽気な明るさのみが聴こえてきませんか。(笑）<br><br>もし、ボクがキムヨナの氷上ダンス曲として選ぶなら・・・この曲？<br><br>
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<pubDate>Mon, 07 Oct 2013 18:20:41 +0900</pubDate>
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<title>Paul.Mauriat.Sayonara.concert</title>
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<![CDATA[ <a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=to12si10&amp;service=blog"><img alt="ペタしてね" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_15.gif"></a><iframe width="459" height="344" src="https://www.youtube.com/embed/MnUzEpM2gDk" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><br>「イージーリスニング」、いわゆるオーケストラでヒット曲やオリジナルを情緒豊かにアレンジし奏でるというスタイルの音楽のことです。<br><br>その、「イージーリスニング」でもっとも印象にのこっているのが、ポール・モーリア。<br><br>実はポール・モーリアは彼の伝記が日本語に訳されていまして（「ポール・モーリア」著：セルジュ・エライク、審美社）、これを読むと興味深いエピソードがいくつもあります。<br><br>もちろん、親しいジャーナリストが書いたものですから多少は割り引いて読まなければいけないかもしれませんが、相当に謙虚で、いわゆる「静かないい人」だったことがわかります。<br><br>そのモーリアを最も歓迎し、モーリア自身もそのことを大変感謝していたのが日本です。<br><br>事実、世界で一番人気があったのは日本といっても過言ではなく、これは私の想像ですが、まだ私の世代くらいまでは残っていたヨーロッパへの憧れのイメージとポール・モーリアの洗練されたサウンドがぴったりはまったんじゃないでしょうか。<br><br>音楽的には、ポール・モーリアの一番の特徴は、あのハープシコード(チェンバロ)です。<br>要するに普通ならピアノで弾くメロデイを、ピアノの前身楽器であるハープシコードで弾いて独特のスタイルを確率したのです。<br>私も正直、ハープシコードの音ってポール・モーリアで知りましたし、そして、その鈴が鳴るようなきれいな音色に魅了されたものでした。<br><br>ポール・モーリアは２００６年に８１歳で亡くなりましたが、音楽家としては９８年の段階で引退していました。<br>何度も引退と復帰を繰り返している人たちには批判的で、ピークの時に、また衰えを自覚したら潔く退くべきだと考えていたのでしょうね。<br><br>このジャンルのオーケストラですが、モーリア自身、過去のものになっていくのではないかと語っていました。<br>仮にそうなったとしても、私はそれはそれでいいと思います。<br><br>それでもＣＤは残り、それを聴く人もこれからもいるでしょうし、今は「ポール・モーリア？知らないし古いよ」と思っている方々も、そのうち、ふとしたきっかけで彼の素晴らしさに出会うときがある、そう思ってますから・・・
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<link>https://ameblo.jp/to12si10/entry-11630295102.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Oct 2013 15:29:17 +0900</pubDate>
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