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<title>デブおやじの毒吐きブログ</title>
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<description>毒を吐きたくなった時に書いていきます。気が向くままにゆる〜くまろやか〜に(^o^)</description>
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<title>エロオヤジ</title>
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<![CDATA[ <p>還暦の60歳になりました。</p><p>体力なし、精力なし。</p><p>たけどスケベごころは120%です。</p><p>小柄で胸があって、スケベな娘が好きなんですが、いかんせんなにも機能しないし金も無いしどうする事も出来ない。</p><p>楽しいエッチしたいな〜！</p>
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<pubDate>Fri, 18 Jun 2021 23:02:01 +0900</pubDate>
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<title>やめる薬局</title>
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<![CDATA[ <p>辞める奴がいた。昨年の9月に入った40台手前の男性社員、マウントとるような発言が我慢ならない上司が我慢できないからというのが退職の理由のようだ！<br>40前後でバカかと思ってしまう。<br>20台ならそんなバカもいるだろうが40前でそんな事を言ってるバカはどうしようも無い！<br>こんな事言うと差別かもしれないが、吃音で説明するにも順序立てて無くて、それじゃ誰からも認められないだろう。自分を会社に推薦し入社させた人間がマウントしてくるような発言が嫌だって理由のようだが、推薦して入社させた人間がちゃんとやってないと周りからの自分への評価にも影響するので必要以上に注意するわ！<br>そんな事も理解できない40前の人間は、そもそも要らないよ！<br>自分の感情を最後まで正当化していたみたいだけど私にしてみたら何時まで経っても子供のままだったんだなとしか思えない人でした。<br>惜しくもない人ということですね。<br>そんな人が増えた気がします。</p>
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<pubDate>Sun, 06 Sep 2020 00:17:31 +0900</pubDate>
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<title>昔の飲み友が亡くなった</title>
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<![CDATA[ 今朝、新聞の訃報欄に昔の飲み友が載ってた！<div>喪主も奥さんの名前で間違いが無かった。</div><div>二十代半ばのころ、よく飲みに行ってた。</div><div>そのスナックを教えてくれた同僚の友達だった。</div><div>"かもしれん"って言うスナックだった。</div><div>仙ちゃんっていうマスターの人柄が良く、同じ年代の若者がよく集まっていた。</div><div>そこで知り合った。</div><div>亡くなった友達の奥さんも同じスナックで知り合った。罷り間違っていたら、奥さんと自分が付き合っていたかもしれない。</div><div>今日、通夜に行って来た。</div><div>奥さんは看病疲れが目に見えていた。</div><div>昔のフレッシュさは流石に無かった。</div><div>友達は55歳で亡くなった。若い頃から腎臓に障害を持っていたらしい。だからか、結婚して25年以上もなるのに子供は居ない。</div><div>最近、良く知人が亡くなる。</div><div>今年の初めに高校の同級生の男性が亡くなった。</div><div>つい２ヶ月前ぐらいに同級生の女性が亡くなった。</div><div>5年ぐらい前に昔の同僚が52歳ぐらいで癌で亡くなった。そろそろ、そんな時期に差し掛かった年齢だとは思うが、人の死は寂しい。</div><div><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/063.png" alt="笑い泣き" width="24" height="24"><br></div>
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<pubDate>Sun, 23 Jun 2019 23:23:21 +0900</pubDate>
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<title>明けましておめでとうございます</title>
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<![CDATA[ 明けましておめでとうございます。<div><br></div><div>なかなか投稿出来てませんが</div><div>毒は溜まってます。</div><div><br></div><div>少しづつ吐いて行こうと思います。</div><div><br></div><div>宜しくお願いします。</div>
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<pubDate>Wed, 02 Jan 2019 20:23:53 +0900</pubDate>
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<title>ドラえもん</title>
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<![CDATA[ のび太が日本、ジャイアンがアメリカ、スネ夫が韓国、静香ちゃんがイギリス、ドラえもんはイスラエル、賢い子の名前は忘れちゃったけど、フランスかな！<div>正義は誰か判らないけど、勝てば官軍って感じが漂ってきてる。</div><div>平和が一番なんだけどな〜〜！</div>
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<pubDate>Sun, 09 Apr 2017 18:39:46 +0900</pubDate>
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<title>忘却</title>
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<![CDATA[ <p>何を書こうと思っていたのか数秒前の事を忘れてしまった。</p><p>年をとるということはこういうことなんだと感じる。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、ブログを開いたので何か書こう。</p><p>&nbsp;</p><p>最近見た記事で、電車の優先席について言い争う若者と老人の話があった。</p><p>若者は、以前に老人に席を譲ろうと進めたところ、そんな年齢ではないとキレラレ</p><p>怒られた経験があり、それから老人に席を譲らないと決めた経緯あるとのこと。</p><p>しかし、優先席に座っているのだから頑なに拒むのはいかがな物かとも思う。</p><p>言い合っている際の老人は喧嘩腰で優先席と書いてある日本語が判らないのかと</p><p>怒鳴っているとか？</p><p>他の人の意見で、そこまで若者とやりあえる元気があるのなら立っていても良いのではとあった。また、席を譲ってほしいのであれば優先席で「疲れているので席を譲って貰えませんか？」と問えば良いのにという意見だった。</p><p>一般席であれ年老いた方や妊婦の方、ご病気の方が、「立っているのが辛いので席を譲って頂けませんか？」と問われれば、席を譲る人は多いと思う。</p><p>それでも席を譲らない人もいるかもしれないが、１００％ではないだろう。多くの日本人には未だやさしさは残っていると思いたい。</p><p>話が長くなった。ようは、優先席と書いて在るんだからと権利を主張するのでは無く、素直をな気持ちで「席を譲ってほしい。」と声をかける義務を果たしてほしいんです。</p><p>喧嘩腰で席をそっちから譲るべきだろうバカヤロ～という態度は良くないですよね。</p><p>若者が歪んだのは、頑なな老人の気持ちからだと思うんですよ。</p><p>拒んだ若者は、どこかそういう気持ちから始まってしまったんだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>「歳をとったら子に従え」・・・変な意味ではなく、現場は若者に任せなさい、</p><p>ならば、電車に載った際、優先席が開いていれば優先席に老人は座ってほしいです。</p><p>一般席が老人も含む人たちで一杯で、優先席しか空いていない時、それでも優先席に座らない老人がいます。自分が老人と認めたくないからだと思います。そもそも、老人の定義である年齢が明確に知れ渡っていないことも原因の一つだと考えます。実は、私も知りません。</p><p>きっと、年金を貰える年齢の６５歳か後期高齢の７５歳ぐらいが定義なのかと思いますが・・</p><p>60歳過ぎたら老人で良いのではないでしょうか？　６０歳と８０，９０歳の方を比べるのは失礼だと思いますが、２０歳の目からみたらさほど変わらないんですよ。</p><p>老人は、進んで優先席に座って下さい、優先席が一杯だった時のみ一般席に座ってほしいです。</p><p>また、座席が一杯で優先席に座っている若者に席を替わってほしい時が、「席を譲ってほしい」と声を掛けてほしいです。そのように声を掛けられて拒む人はいないと信じます。</p><p>相手の気持ちを、心を考えつながって生きたいですね。</p><p>&nbsp;</p><p>拒んだ若者も、老人に心を傷つけられていたんです。だからある種の復讐もあったんです。</p><p>良かれと思って勇気を振起し声を掛けたのに拒まれたんです。心を閉ざすきっかけになったのも頷けます。老害とならないように気をつけたいものです。</p>
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<pubDate>Sat, 26 Nov 2016 21:53:27 +0900</pubDate>
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<title>トランプ</title>
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<![CDATA[ 建前、綺麗事を謳っていたところに本音を言うトランプが現れ、それを支持した国民。<div>本音が、表面化した。</div><div>差別、白人至上主義。</div><div>オブラートに包まれていたものが破れた。</div><div>本当の国の情念が、露わになった。</div><div>彼の国の本音に気づいていたアジアの国は彼の国を憎んでいた。</div><div>これからが、本音の世界になる。</div><div>本音の外交が始まる。</div><div>どこかで、戦争が始まるかもしれない。</div><div>だか、いまが精神的に昇華、レベルアップするチャンスかもしれない。</div><div>四年後、世界はどの様に変わってるだろう。</div><div>楽しみと恐怖が合間見える世界であるかもしれない。</div><div><br></div>
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<pubDate>Mon, 14 Nov 2016 23:15:29 +0900</pubDate>
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<title>違反って！　既得権？</title>
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<![CDATA[ 自転車に乗ってます。<br>ＦＢのグループなんかで自転車の運転マナーなどが話題になり、炎上する時があります。<br><br>さて、車も運転するのですが、一般道の制限速度って50Km/ｈのところが多いですよね、住宅街や学校の側だと30km/hですかね、高速道路だと80ｋｍ/hが多いでしょう。<br>でもスピードを厳守して走っている車なんて10%もいないですね。<br>横断歩道を渡ろうとしている人がいたら、車は止まらなければなりません。歩行者優先、保護の観点から道路交通法で自動車教習所で習います。が、これを守っている車も10%もいないですね、タクシーや路線バスだって守っていない車の方が多いんじゃないでしょうか！？<br>しかし、信号機は99%の方が守っているんじゃないでしょうか？<br>制限速度は守らず、信号は守る。この違いは何でしょう？<br>他人に迷惑を掛けないため？　いやいや、自分に被害が及ぶのを防ぐため！<br>だだっ広い田んぼの真ん中の十字路で、信号が赤、周りに遮るものが無く、左右の見晴らしがよく、１ｋｍ先も見える。左右から車がくる様子が無い。それでも信号が赤なら守る人が多いと思いますが、なぜ制限速度は守らないのでしょう？<br>一般道の50km/h制限の道を60km/hぐらいで走るのなら未だ理解できるのですが80km/hぐらいで走る車が多いです。走りやすい道だからでしょうが・・・・・・<br>シートベルトをしている人は増えましたが、運転中に携帯電話で話しながらの人は多いです。<br>GPSでのテレビも走行中は表示不可が決まっているはずなのにガードを外して見ている人も多いです。<br>歩行者でも渡る道が狭いところだと、信号が赤でも平気で渡る人（信号を無視する人）が沢山います。<br>側に信号があるのにも関わらず、信号の無いところで道を渡る人も数多く見かけます。<br><br>そんな道路交通法を守らない人が世の中の半分以上を占めていると思うのですが、こと自転車のりのグループ内では、ヘルメットをしていないというだけで、そんな人には挨拶しないとか、了見のセマイことをいう人が多いです。<br>十字路の信号で、赤信号でも信号を無視して左折する自転車のりっても多いのですが、そんな人にも手厳しいですね。<br>一旦停止を守らない人にも手厳しい。<br>車を運転している時は、法律を守っていないのに、自転車では守れない人を手厳しく言うって、どこか変です。もし、車を運転している人では無く、自転車にしか乗らない人であるならば、違反ばかりしている車に対しても同じ事を言ってほしいな～～、タクシーや路線バスなんかにも乗っている時に言って！<br><br>要は、みんな（自分も含め）、身勝手なんだ！<br>既得権が侵害されるような状況を許せないんだよ！<br>車は、良いんだよ、自分も守ってないから・・・ってなこと。<br>でも、自転車で違反している人がいると、違反者に対する批判的な目で、同じように自分が見られるのが許せない、清く正しくのっている自分の自由が侵されるかもしれない行為が許せないんだな。<br><br>法律（道路交通法）を守りたく無ければ、守らないのも自由判断だよ、ヘルメットは法律で規定されているわけでは無い、事故で大きな怪我をしても自己責任だ。批判するような対象では無いね。<br>逆走行は勘弁してほしいけど、捕まえるのは我々の管轄では無く、警察官の業務だね。<br>裁判官では無いんだから、罰を与える（SNSとかで晒すなど！）ことはやっちゃいけない。<br>みんな自己責任で行動していれば、違反していても良いんじゃない。<br>命に関わるような違反は勘弁してほしいけどね。<br><br>でも、私は、自転車走行においては、可能な限り、法律を守ります。<br>ヾ(＠°▽°＠)ﾉ
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<pubDate>Sat, 25 Jun 2016 18:39:07 +0900</pubDate>
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<title>近所</title>
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<![CDATA[ 私が生まれた部落は、海辺に近い所に3軒、私が住んでいた所は海辺から2キロ程山に入ったところですが、其処に13軒、もっと山に入った箇所に13軒の合わせて29軒の町内でした。<div>といっても、現在は我が家も誰も住んで居らず、同じような家が何軒もあり、現在住んでいるのは全部で13軒です。半分以下になってしまいました。</div><div>世帯数が小さな部落ですから、隣近所が何かと血の繋がりがあるわけです。</div><div>濃い薄いを考えなければ、ほとんどが縁戚関係と言っても良いぐらいです。</div><div>八つ墓村では無いですが、怖い事と思います。</div><div>ですから、安全な面もあり、子供の頃は鍵を掛ける習慣はありませんでした。</div><div>春になればツバメが、来るので三和土の天上付近に巣を作るため、玄関のドアを開けておく習慣になってました。</div><div>近所の人が尋ねてくれば、声をかけながら無断で上がってきたもんです。</div><div>テレビが普及しプライバシーという概念が育ち始め、農機が入り込み、互いの利害が入り混じってきた頃から玄関に鍵を掛けるようになりました。</div><div>また、その頃からツバメを家の中に入れなくなりました。</div><div>ツバメは田んぼの虫を捕ってくれるから大事にしていたのに農薬と利害関係で外されてしまったのです。</div><div>農機が十分で無い頃、機械が入り難い田んぼばかりだったのもあるのですが、人力が総てでした。</div><div>近所総出で田植えや稲刈りをしていました。</div><div>テレビの普及も遅く、ラジオぐらいしか無かった頃、娯楽は祭りぐらいでした。</div><div>あと、小学校の運動会が地域のお祭りのようだった気がします。小学校の運動会は、複数の部落が集まりますから部落対抗の意識も有ったんじゃないでしょうか。</div><div>娯楽の少ないところですから、ゴシップネタが面白おかしく枝葉が付いて語られます。</div><div>どこそこの娘が結婚するだとか、嫁ぎ先がどうだとか、嫁いだ先がどうだとか、離婚して帰ってきただとか、再婚して子供を実家に置いていっただとか、あそこのとうちゃんと何処其処のかぁちゃんが浮気してるだとか、人の不幸が絶好の餌食となり、其れに比べれば我が家は未だマシな方だと安心するしかない程の貧乏な部落だったのだと思います。</div><div>教養も無く、知識も無く、考える術も持っていない、そんな人が肩を寄り添って、慰め合いながら、嫉妬しあい、人を蔑む事で満足感を得、人を陥れる事で優越感を満たす。</div><div>田舎とはそんな物でした。</div><div>妬み嫉み誹謗中傷は日常茶飯事です。</div><div>人から物を借りても返さない。借りたもの勝ちみたいな感じがありました。</div><div>江戸時代の5人組という仕組みを聞いた事があるでしょうか、お互いを監視させる。悪い事件が有れば連帯責任を負わせる。その流れが続いている感じでした。</div><div>今でも、田舎とはそんなものだと思ってます。</div><div>だから、田舎には帰りたくは無いのです。</div><div>近所に不幸が有れば手伝うのが当たり前、通夜に告別式、仕事を休まなければなりません。</div><div>祝言があればお祝いの席の準備を5人組で行います。人出が足りなければ他の人にも応援を頼みます。</div><div>最近では自宅て祝言を挙げる事や、葬式をあげる事が少なくなり、昔ほどでは無いにしても義理ごとは煩いです。</div><div>見栄もあります。貧乏なのに見栄を張ります。バカです。</div><div>見栄を張るために借金までします。其れを食い物にしていたのが農協でした。ですから、今では農協が葬儀場までもってます。</div><div>化学肥料だ農薬だ農機具だと売りつけ、更には生命保険に火災保険だと何でも売りつけてました。</div><div>農協が無いと借金も出来ない、お米も売れない、言われるがままの状態だったのではないでしょうか？</div><div>今でも仏壇や車も農協から買ってる人は沢山居ると思いますね。</div><div>田舎は空気と水は綺麗ですが、人の気は綺麗なものではありません。人口の割合なら、田舎の方がドロドロした気が溢れているような気がします。</div><div>救えるのは、人の数が少ないこと、人と人の距離が離れていることですね。</div><div>あの気が集まり充満したら嫌気がさして直ぐに逃げたくなると思います。</div><div>田舎暮らしに憧れる人の気が解りません。</div><div>m(._.)m</div><div><br></div>
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<pubDate>Thu, 05 May 2016 01:38:30 +0900</pubDate>
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<title>トイレとか</title>
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<![CDATA[ 私の年齢は５５歳。<br>私の幼少期、昭和４０年前後、こんなトイレがあったなんて信じられますか！？<br>まるで、東南アジアの田舎と同じです。<br><br>掘っ立て小屋、中には田植えに必要な道具、鍬や鋤、稲を植える目安を作るためのもの、ベブラなどが片付けてある小屋でした。<br>その小屋の真ん中に、大きな穴が掘られ、樽が埋められ、その樽に厚い板が二枚渡っており、その二枚の板に跨り、大便や小便を為す仕組みです。<br>お尻を拭くのは藁だったり、よくて新聞紙でした。<br>物心ついた昭和４６年ごろまで、このような生活でした。<br>昭和４６年といえば高度成長の一時類しい時代です。それでも、こんな生活をする場所があったのです。<br>お風呂も薪を燃す、五右衛門風呂風のものでした。<br>水道も当然、下水道もありません。<br>風呂への水張りは、井戸から水をくみ上げ、バケツで風呂桶へ何度も運んでいれることを繰り返します。<br>一回に２つのバケツを運びますが、二十回ぐらい運ぶとそこそこにたまるぐらいだったと思います。<br>風呂焚きは、父母が野良仕事から帰ってくるころに沸いているように時間を合わせるように炊きます。<br>少し早めでもOKです。一度沸いてしまうとなかなか冷めないので、入る際に、少し追い炊きをすればOKでした。<br>そのような役目が小学生の私の役目でした。<br>姉や兄も同じようにやっていたので、当たり前のことだと思いやっていました。<br>今の子供たちに遣らせたら児童虐待といわれるかもしれませんね。<br>小学４年生だと、夕ご飯の準備も当たり前のようにやりました。<br>簡単な味噌汁も作りました。<br>ご飯が炊いていなければ、お米を洗い、ガス釜でしたがご飯も炊きました。<br>お新香をきったり、卵焼きぐらいなら自分で作りました。<br>家庭科でカレーの作り方を教われば、自分でカレーを作ることもしました。<br>冷凍のものがあれば、餃子なんかも自分で焼き、両親の帰りを待ったものです。<br>両親の帰りを待ったのも小学４年生あたりまで、五年生にもなれば、出稼ぎ中の父が稲刈りに帰ってくることも疎らになり、母と二人で稲刈りをし、刈った稲を束ね、家の外庭まで運び、ハザバに稲を干し、外が暗くなってから家に入る毎日でした。<br>そんな生活だったからでしょうか、小学５年生ながら母が飲むビールの残りを頂き飲んでました。<br>ＮＨＫの”おしん”とか放送されましたが、見たことはありません。<br>見れる環境が無かったわけではなく、見たくなかったんです。<br>ストーリーはよくしりません。しかし、どこの田舎も似たり寄ったりでしょう。<br>自分の近所のよく似た年代は、かなり似ていたと思います。<br>自分だけ特別に酷い環境だったとは思って居ませんでした。<br>実は、一番酷かったのかもしれませんが。。。<br>話は戻り、トイレがあった小屋は、自宅（母屋）から表の道路に出る途中にありました。<br>小屋の庇に、蜂の巣が出来たことがあり、上級生に泣かされて走って帰ってきたとき、蜂の大群に頭を集中的に刺されたことがあります。そのときは、頭を抱え泣きながら寝ていました。<br>寝ていたら、日雇いから帰ってきた母に起こされ、痛みも消えており、ご飯を食べた記憶があります。<br>４５年前の田舎生活は、現在のカンボジアの田舎と変わらない生活だったと思います。<br>同じ石川県でも、裕福なところでは私生児として戸籍登録された兄よりも年上の人が当たり前に高校へ通えた時代です。<br>中学卒業生が金の卵と言われ、産業界へ投入された時代です。<br>悲しい時代です。<br>今、ゴールデンウィークと言われ世の中が浮かれていますが、私たちの時代、今でも田舎は同じかな！<br>ＧＷといえば田植えの真っ盛りです。<br>９月や１０月の休み、連休といえば稲刈りや脱穀の日でした。<br>連休に親に何処かに連れて行って貰ったことなど皆無、家族旅行など一切無かったです。<br>今の家族にそんなことを話しても相手にされませんが、事実です。<br>環境の違いがありすぎて。。。<br>児童施設に預けられ都会で生活出来た方がどれだけ幸せだったかと思う日常でした。<br><br>信じられますか・・・・・・！？<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tochan0212/entry-12156342738.html</link>
<pubDate>Mon, 02 May 2016 23:31:22 +0900</pubDate>
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