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<title>冨樫輝隆『トト』のブログ</title>
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<title>まだ無題な書き物≪内地編2≫　人生の流れは河・川の流れ・そして大海へ！　①</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210729/02/togashi333/67/4c/j/o1010056814979074631.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="309" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210729/02/togashi333/67/4c/j/o1010056814979074631.jpg" width="550"></a><br>　　　　　　　　　　　　</p><p>1983年春に一年の就職浪人を卒業することとなり上場会社の孫の商事会社に入社した。<br>　化学会社の孫会社の給料は、たいしたことがないが、とても纏まった人間の集まりで電材機材他諸々の営業、事務方、設計で忙しい中でも私が60歳になったとき一番人間性が良い集まりと感じた。<br>　経理と営業をしていたがある日に電話を取った時の事、どちら様でしょうかと答えると、「俺の声がわからないのか？俺だ！」と横暴な声が発せられ、すみません分かりませんので教えてくださいと話したが、不満らしく電機部の部長の・・・だ！上司の教育がなっていないと言われたが、名前も言わないのは新人の私には分かるはずもなかった。<br>　上司に話すと困った顔をしていたので私は何とか解決する為、其の親会社から出向していた伊藤部長に相談したら気にするな、・・・が悪い！俺が言っておくから。新人の私を気にかけてくれた伊藤部長により全て解決した。伊藤部長は50代の私の勤めた会社の非常勤取締役にもなり長い年月・・・であった。<br>　可笑しなもので、残念ながら親会社の赤字決算の回避の為、子会社等の整理を行い利喜は半導体関連に出向、移籍となった時、横暴な部長と私の立場は逆転することになるのです。私の方が発注する立場でその部長が頭を下げお願いに来たのです。私はただ宜しく造ってくださいと、何も無かった様に話をしたが気まずい様でした。<br>　世の中はいつ、どう変わるか分からないのですから、気を付けないと思ったところです。</p><p>前後になるが私は商事会社の時に結婚した事で奥さんの関係で政治と言う裏側を覗く事とその流れに関係する事となった。奥さんの親は一時は400人もの従業員を抱える社長だったのを知ったのは付き合ってから半年もたってからだった。国会議員、県会議員、市会議員の選挙の裏側に入り手伝わされている事もあった。ただ、結婚する時には縁戚の県会議員が仲人は自分でなければならないと又可笑しなことを言うのだ。奥さんの母親からは国会議員のA代議士と会わされた時にはAさんと呼んだら、先生と言いなさいと！その時には縁戚の部落に居る方なので「先生とは申し訳ありませんが言いません、先生は教員、医者等で先生ではないと思います。」と言ってしまったのです。奥さんの母親には気まずい思いをさせてしまいましたが。案の定、披露宴は、今では銀座にも出店している奥さんが勤めていたH社の係長以上社長までと市会議員、国会議員など知らない人で埋まっていたのです。仲人は高砂席であれは誰かとメモを取る始末。私の関係は100人もいませんが、総勢300人終了まで議員も帰らない。悪しき披露宴でした。<br>当時は選挙違反の連座制が無かったので国会議員の私設秘書が前科ナンパンとなり自治会館で出所祝いをする始末、与党も野党も変わらないのだと・・・。<br>　この時代の流れは、「川の流れに身を寄せて・・・」と言う演歌のようです。<br>この後、国会議員のA氏はある事件でフライデーに載る事となるのですが議員を辞めることはありませんでした。一つ言われたのが選挙で勝つのは個人の利益（利害関係）が多い人と当時言っていた人がいましたが、今の時代少しは改善されていると思いたいのだが。<br>　この頃、不思議な体験をする事が起きる初めで、結婚すると決めたあたりから人が亡くなる事が何となく分かる、ある場所を通ると車のタイヤが鳴くような音等29歳まで感じられ、ある時は車庫にバックで入れる時黒い影が見え、祖母になんか前川の叔母さんみたいだったと言うと15分位で電話で亡くなった連絡があったり、夜酒田から離れていた時気分が悪く自宅のあたりがおかしく感じ電話で友達から見てきて貰ったら向いの家が騒ぎになっていた、翌日向いの主人が風呂場で亡くなった事がわかった。又結婚前に奥さんになる人とラブホに向かっているとき墓のある所で二人とも、白い服で立っているのをお互いゾットする思い・・・戻ったが誰もいない墓場、1分もたっていないのに。ただラブホの方が優先で車を走らせた、若かった…今では笑いと。<br>30歳の時にはお盆の13日、14日に玄関の戸が20時過ぎに誰もいないのにあくのです。閉めても目の前で開く。14日に友達に頼んできて貰っても開いてしまう。今思えばなんでカギを掛けなかったかふしぎです。奥で寝ている祖父は誰か来ていると言います。<br>話を親戚に話したら巫女に？・・・だというのですが。<br>　母が亡くなった16歳の時からかと、今は思っています。その時階段を上ってくる足音と母と咄嗟に感じた時からです。<br>　人生の流れの一コマです。<br>海に沈む太陽も海もその時は、いつもとは変わらないと思っていても、後で思うと矢張り違うのです。<br>　人生の流れはまだ川です。<br><b>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　continue</b></p><p><br><b>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</b><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210729/02/togashi333/3a/d7/j/o1920108014979074488.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210729/02/togashi333/3a/d7/j/o1920108014979074488.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Thu, 29 Jul 2021 01:34:42 +0900</pubDate>
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<title>まだ無題な書き物≪内地編1≫我が夢は梅の小枝の鴬か</title>
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<![CDATA[ <h3><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/06/togashi333/55/cc/j/o1684299314372424365.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="746" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/06/togashi333/55/cc/j/o1684299314372424365.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/06/togashi333/67/ac/p/o0125022314372425076.png"><img alt="" height="223" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/06/togashi333/67/ac/p/o0125022314372425076.png" width="125"></a><br>「我が船出」</h3><p>一度の人生好きな事をして過ごせるのは、必ずしも、幸せなのだろうか。好きなことであってもそれ以上にやりたい事がきっと現れるのではと、思うようになっている。</p><p>　誰でもとは思わないが、初めて仕事をした時は右も左も教えられた事を何とか熟そうと精一杯だ。全て自分の希望するところなら又違う目標も有るかも知れないが世の中そうは行かないのが殆どだ。しかし、人間は働かなければ美味しい御飯を食べられないのだ。</p><p>遊んでいても食べられると言う奴、それは大した馬鹿者だ。　</p><p>利喜は内定が決まっている会社が撤退することとなり就職浪人になってしまった。今の自分には何が出来るのだろうか。何も無かった。そんな時、自分は魚釣りしかなかったので先ずは釣り具屋で働かせてもらおうと、釣り仲間でもある根上釣り具店に頼み込んだ。社長の息子さんからの照会で面接に行ったとき、「先ず働いてみなさい、給料はいくらよだんだ。」自分で給料を決めろと言うのだ。これには参った！40年位前だから地方の酒田では14万円貰えれば良い方だった。こんな事を言った、10万円。社長は「10万円では少ないだろう12万円に残業もあるから15万円位にはなるだろう。賞与もあるからね。利喜君、自分の生活があるのだから思った事は言わなければ駄目だ、その分働きで返せばいいんだ。来週から来なさい。社会保険も加入するからね。」</p><p>　餌の海水汲み、商品の払い出し、冷凍オキアミの搬送、支店での店員作業等。ただ、品物全てが知っている物ばかり、お客も顔見知りも多く何とか形にはなっていたのかも知れない。</p><p>　今思うと、自分を雇ってくれた社長の気持ちはどうだったのだろうか？</p><p>社長と秋田の支店に行った時こんな事を言った。「メーカーのダイワ、シマノ、ＮＦＴ、太公望、等、卸業者が多く来る。初めての卸問屋も来るのだが、私は必ず断らないで買うことにする、武士の情けだ。それが駄目なものであれば二度と買わないだろう。」きっと、私の事も同じ意味合いがあるのだろう。社長は柔道黒帯、剣道も段持ちらしい。かなり短気であろうが、人の事も良く考える方であった。特に囲碁７段で頭も斬れる。</p><p>青イソメでは日本で三本指に入る餌問屋とも言われ庄内から青森まで釣具店に卸していた。社長は車の免許を持っていないので、いつも一緒に行動することが多かった。寝泊りも随分一緒で普通では聞けない話、経営者の信念なるものを感じ取る事も少しはあった。今では日本一と言われている釣り具の上州屋の社長も問屋時代来ていた。どの業者にも大きい小さいは関係なく同じ対応をし、決断が速いのを目にしていた。</p><p>　秋田土崎の支店（卸しのみ）に行くといつも近くの寿司屋に行く羽目になる。社長が夕食を作ろうとするのだが、いつも失敗するので。お茶目な側面もあるのだ。</p><p>彼の、もう一つの側面は庄内竿の名工である。その頃、本間美術館の館長である本間祐介氏の話、致道博物館での展示されていた過去の名竿を見に行ったり、仕事だけでなく多くの知識と気持ちを学んだ。『社長、根上吾郎氏は現代の武士、侍』である。</p><p>　ある時、東京から庄内竿を買いに来た客がこの竿が欲しい20万円でも、もっとお金はいくらでも払うから。「お前に売る竿はない、帰れ！」またある時は、この竿が気にいったんだが、一括では支払えないと思うので払える金額なら、分割で譲ってもらえないでしょうか。「そうか、お金はいらないから持っていきなさい。」本当に天邪鬼な事を言うのだが、名工の職人気質と武士の気質なのかも知れない。</p><p>庄内竿の事は随想「庄内竿」の五郎氏の著書に書いてある。私も北限の、にが竹等4か所に冨樫青年で書いてあった。吾郎氏の人生を振り返った素晴らしい随想だ。（発行所㈲フィッシュ　オン、平成4年発行380ページ印刷：小松写真印刷㈲）</p><p>　「釣りキチが高じて、遂に釣り具屋を開くハメになったのは昭和24年の4月～たった一度の人生がまさか釣具屋という<b>道楽商売</b>で終わろうとは～人生を釣り落とした見本みたいなものだぁと」<br>吾郎氏は友人に辞世の句だと前置きして<b>「わが夢は梅の小枝の鴬か」</b>と言い放ち笑ったが、友人は妙に寂しげに思われたと、あとがきに代えて、出版を依頼された友人の佐藤孝さん（小松写真印刷社長）が書いている。</p><p>　遊んでいても食べられると言う奴、それは大した馬鹿者だと冒頭に書いたが、<span style="font-weight:bold;">遊びが商売に繋げられれば大した者だ</span>。ただ、<b>本当にやりたい事は別だと<span style="font-weight:bold;">言う</span>、庄内竿を作る事だと。</b></p><p>「人生は自分の信念を貫いて来た人は何よりも素晴らしい」と感じた。</p><p><b>素晴らしき人生</b>そのものだ。</p><p>&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;<b>Continue</b></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/05/togashi333/80/23/j/o1024057614372423249.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/05/togashi333/80/23/j/o1024057614372423249.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/05/togashi333/c6/94/j/o1111062514372423303.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/05/togashi333/c6/94/j/o1111062514372423303.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/05/togashi333/42/68/j/o1024057614372423326.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/05/togashi333/42/68/j/o1024057614372423326.jpg" width="420"></a><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/05/togashi333/14/5b/j/o0324057514372421671.jpg"><img alt="" height="575" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190315/05/togashi333/14/5b/j/o0324057514372421671.jpg" width="324"></a><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Fri, 15 Mar 2019 06:12:25 +0900</pubDate>
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<title>まだ無題な書き物≪札幌編9≫　縁の夢と利喜の涙・</title>
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<![CDATA[ <p>　シンガポールから戻り1年が流氷が寄っては離れる様に時間が過ぎていた。二人は来年に卒業を迎え、着々と山形での生活を計画していた2月の半ばでした。</p><p>小樽の縁の父から電話がアパートに入ったのです。何か異様な感じが利喜の脳裏を掠めた瞬間、振り向くと後ろに黒い影が見えるのです。思わず「縁！」電話では縁の父、祐樹が「縁が死んでしまった・・・縁が」「5号線の銭函で、信号で、停車中に追突されて前の車と挟まって・・・」「今病院さ来てるが、たった今・・・」</p><p>小樽の市立病院から家さ連れて行く・・・」</p><p>利喜は直ぐ地下鉄に飛び乗り札幌駅から小樽の縁の家に、時間がすっごく長く感じるのは・・・縁との事しか頭に無かった。</p><p>家に着くと母の美佐は泣いて話ができない状態、それを見ると今まで溜まっていた涙と感情が波が弾け飛んだように目から割れた。</p><p>父の祐樹は「最後におっとう、おっかぁ、ごめん、利喜の顔が見たい、利喜にもごめんって、おっとう、な。これが最期の言葉だった。」「医者が話すには圧迫され腰のあたりと内臓、胸、頭、意識が無くて病院に着いて、縁と声掛けたら、戻ったと思ったら診察室手術室に入る間も無かった。」</p><p>その日から一週間、縁の家に泊まって葬儀も終えた。山形からは利喜の父も駆けつけた。</p><p>「利喜、ありがとう、よ。縁は幸せの時間を少しでも過ごせた、利喜はこれから悲しいだろうが、俺んところの婿だから小樽に来たら寄ってくれ。最後に見た黒い影は縁が会いたくて行ったんだよ。」利喜は確信していた、縁がきたことを。</p><p>4年生になり利喜は3年で卒業単位も136単位とり、卒論をだすことと、教育実習を終えることだけなので、夏過ぎには酒田にいる事が多くなった。</p><p>学友の梅沢もゼミの皆も、ゼミの石河学長も縁のことを忍んでくれた。学長は「利喜君は精一杯に縁さんを愛したのだから、忘れてはいけないよ、君は他の人と結婚しても死ぬまで心に生かしておきなさい。忘れられたらきっと悲しむだろう。あの世とかがあるとすれば一生懸命だった利喜君を見守ってくれる、いい娘とみた。学者の話す言葉でないが、そう思いたいさ。」</p><p>それ以来不思議な事が起こっていくのに、利喜は気が付いた。</p><p>それは、自分の身近、周りで亡くなったとかが離れていても感じ取る事が一つ、自分に意地悪をしクソと思うと相手がケガをする。ある時は、仕事で残業しているときに誰々さんの家の誰さんがおかしい。ちょっと見てきてくれないかと家の人に話すと、行ってみたら風呂場で亡くなっていた。そんな事が何回かあった。</p><p>祖母の亡くなった新盆には13日、14日二日間夜の20時半頃に玄関の戸が目の前でガラガラと開いていく、閉めても又開く。怖くて友達に来てもらったときがあった。なぜ、鍵を掛けなかったか不思議です。奥で寝ている祖父は誰か来たと言うのです。後で誰かは分かったのですが。</p><p>オカルトな話で申し訳ないのですが、本当に不思議です。</p><p>　酒田に帰り1年釣り具店で働き、上場会社の孫会社、商事会社に就職し忙しい日々が流れた。</p><p>酒田は重化学工場の生産が山形では当時一位だった、務めた東ソーの孫商事会社、建設もあるので電気電材から機械、空調まで覚える事が精一杯である。</p><p>縁と酒田で一緒になりたかったと辛い時に涙が零れた一年でした。</p><p>　縁の夢は書いていないが、いつも利喜と一緒に子供を育てることが楽しみと話す事がありました。縁の夢は、それぞれの方の想像に任せる事が一番ではと、きっと・・・・・です。</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<b>Continue</b><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190115/03/togashi333/69/5a/j/o0540028414339143307.jpg"><img alt="" height="221" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190115/03/togashi333/69/5a/j/o0540028414339143307.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Tue, 15 Jan 2019 03:51:35 +0900</pubDate>
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<title>まだ無題な書き物≪札幌編８≫　シンガポール・マレーシア</title>
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<![CDATA[ <h3><br>&nbsp;</h3><p align="left">　シンガポールの二日目は市内観光と添乗員のサリーさんから連れられ宝石店等お土産巡り。サリーさんは福島からの一組と私たちの専用添乗員。つまり4人の添乗員なのです。苗字は忘れましたが福島の郡山で床屋をしているリキ子さんの名前は記憶しています。何でかと言うと素晴らしいプロポーション今でも脳裏に！</p><p align="left">　サリーさんから店の一階では買わないように、偽物や品質が悪い物が多いから、二階以上で買ってください。何と一階は安く買い易いが次に行く二階は良く見えるいい物が多いのです。商売の仕方が日本とは違います。</p><p align="left">　大東亜戦争（第二次世界大戦）の時代日本が植民地にした名残が名所等にも解かる様に説明されていました。私たちの時代ではありませんが、被告と加害者の立場のように時代を超え残るものなのだと言うことを、だからこれからも良き日本人、日本国であり、未来の子孫の為には侵略などの行為は行ってはいけないと思わされた縁と利喜でした。</p><p>　利喜と縁の目的はマレーシアの鈴の蒸着を見ることで午後にバスで出発は心待ちでした。国境では、パスポートをバスガイドに渡して手続きのはずが、いくら待っていても帰って来ません。サリーも運転手もイラついて居るのがわかります。終いには、運転手が降りて事務所の方に、1時間半も経ってマレーシアに入国したのですが、バスガイドはいません。説明はサリーさんが運転手から聞いている事を話してくれました。バスガイドが麻薬の所持に引っかかったそうで拘留されてしまったそうです。サリーによれば下着の中に隠して見つかったそうで30年の刑か死刑。マレーシアの法律は厳しく麻薬所持、使用は死刑まであるそうです。隠れたケシの栽培で捕まって半年で死刑になった人が外国人も含め約30人もいるそうです。死刑までと不安になる言葉ですが、日本の法律は通用しないのです。出国する時に他人から物を預からない様にとサリーさんは日本人は狙われると強く話しました。</p><p>　目的地はデサールビーチの避暑地ですが、縁の父の友達が鈴の蒸着等について見せてくれる事になっています。後は二人のバカンスです。縁の父はガラスに鈴を混ぜてグラスの色を作る最適を模索しているようでした。</p><p>　当時貧しい様で、バスが止まると子供達がビニール袋にジュースを入れストローを刺したのを買ってくれみたいに来ます。衛生的に不安なので日本人、アメリカ人などは買いません。通過する村の家も西部劇に出てくる様な建物です。国境近くは機関銃を持った兵士が多くいました。日本と違い海に囲まれた国ではなく陸続きの国の常識なのでしょう。日本にいると考えられない常識が多く有るのでしょう。国は自国民で守る、日本人が持っていない感覚だと思います。少なくとも利喜は戦争、即死刑、貧困、・・・？日本は良き国と感じたところでした。</p><p>デサールのデサールビーチホテル（日系のホテル）に着き夕方にもなり一階のプール際の部屋に落ち着きました。とても、豪ジャスな部屋はジャグジー有、応接間有、部屋からはプールに即は入れる、プールの向こうはヤシの木がありビーチになっています。ベッドもキングサイズのものです。</p><p>何故か二組ともプールに！</p><p>リキ子さんの名前を覚えているのはこの時の印象が強く縁から一物を強く握られたからです。プールで気立ての良い活発なリキ子さんが夫の背中に乗ってジャンプした時ビキニから片方の豊満なアレがこぼれ出てしまい見とれてしまい、又、ビーチでは五人のアメリカの女性はビキニを付けていません。縁からお仕置きを笑いです。</p><p>　縁は内のおっとう、こんな凄いとこ予約していたのか！たぶん日本人は現地の物価、所得も違うため、お金持ちなのです。</p><p>　夕食は福島のペアーとサリーさんの五人で食べることになりました。サリーさんは遠慮していましたが、二組で彼女の食事代は出すことにして一緒に。</p><p>驚いたのはホテルの周りにはわからない様にガードマンが要所にいる様でした。サリーによればここは一番安全な場所ね！ピストルを隠しているガードマンがいるから。お国の事情で違うものです。</p><p>夕食はステーキ、日本でいう伊勢海老、兜カニ、ムール貝のバター焼き等、パインアップルを縦に半分にしてその中にマンゴーなどの果物を盛りつけたもの、ただ、ステーキは少し硬い様で聞いたら水牛！ムール貝は緑、コバルトブルーの入った貝の色、伊勢海老は40㎝もある特大で蒸してありレモンとオリーブ油と塩と玉ネギソースを付けて食べました。ドレッシングと言った方が良いでしょう。兜カニは日本では見たことがありません。30㎝は越えます。日本では淡水で山形県庄内地方の一部に小さい数センチのが記念物として生息しています。日経のホテルだけに日本料理店も中にありました。</p><p>その日は二人ジャグジーに入り（四人は優には入れる）夢のなかでした。</p><p>　朝日本食の店に行き卵焼きと味噌汁、ハム、白魚のつくだ煮、ご飯は朝がゆで塩味でした。味噌汁は、わかめが入っているだけでダシが効いていませんでした。米も細長い品種でした。梅干しもありました。　　10時に現地の木村さんが来て鈴の蒸着場を見せていただき、ランの花や植物に蒸着すると銀色に固まりました。ブローチや飾りに加工して販売するとの事です。手紙を父に渡してくださいと写真も入っていますから。大したことは無く、縁の親は遊びにきたかったのでしょうと、縁は言いました。後、一泊して明日はシンガポールに泊まり帰国です。</p><p><b>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Continue</b><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/05/togashi333/5e/44/j/o0584055614338519548.jpg"><img alt="" height="400" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/05/togashi333/5e/44/j/o0584055614338519548.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/05/togashi333/64/18/j/o1024076814338522804.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/05/togashi333/64/18/j/o1024076814338522804.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/06/togashi333/97/40/j/o1024076814338523437.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/06/togashi333/97/40/j/o1024076814338523437.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/06/togashi333/ae/88/j/o1024076814338523473.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/06/togashi333/ae/88/j/o1024076814338523473.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/05/togashi333/fd/6b/j/o0747089914338519449.jpg"><img alt="" height="505" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/05/togashi333/fd/6b/j/o0747089914338519449.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/05/togashi333/66/d1/j/o0320048814338519511.jpg"><img alt="" height="488" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190114/05/togashi333/66/d1/j/o0320048814338519511.jpg" width="320"></a></p><p>ピューター</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="center"><a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Pewter_chunks.JPG"><!--[if gte vml 1]><v:shape id="図_x0020_5" o:spid="_x0000_i1027" type="#_x0000_t75" alt="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b2/Pewter_chunks.JPG/200px-Pewter_chunks.JPG" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Pewter_chunks.JPG" style='width:150pt;height:180.75pt;visibility:visible;mso-wrap-style:square' o:button="t"> <v:fill o:detectmouseclick="t"/> <v:imagedata src="file:///C:/Users/ADMINI~1/AppData/Local/Temp/msohtmlclip1/01/clip_image003.jpg"  o:title="200px-Pewter_chunks"/></v:shape><![endif]--></a></p><p align="left"><b>ピューター</b>(Pewter)、または<b>しろめ</b><b>(</b><b>白目、白鑞</b><b>)</b>とは、<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BA" title="スズ">スズ</a>を主成分</p><p><!--[if gte vml 1]><v:shapetype id="_x0000_t75" coordsize="21600,21600" o:spt="75" o:preferrelative="t" path="m@4@5l@4@11@9@11@9@5xe" filled="f" stroked="f"> <v:stroke joinstyle="miter"/> <v:formulas>  <v:f eqn="if lineDrawn pixelLineWidth 0"/>  <v:f eqn="sum @0 1 0"/>  <v:f eqn="sum 0 0 @1"/>  <v:f eqn="prod @2 1 2"/>  <v:f eqn="prod @3 21600 pixelWidth"/>  <v:f eqn="prod @3 21600 pixelHeight"/>  <v:f eqn="sum @0 0 1"/>  <v:f eqn="prod @6 1 2"/>  <v:f eqn="prod @7 21600 pixelWidth"/>  <v:f eqn="sum @8 21600 0"/>  <v:f eqn="prod @7 21600 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(存在しないページ)">青灰色</a>。しばしば、<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A2%E3%83%B3" title="アンチモン">アンチモン</a>の代わりに<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%9B" title="鉛">鉛</a>、または<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%85" title="銅">銅</a>や<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9" title="ビスマス">ビスマス</a>を含むこともある。</p><p align="left">元々はスズに鉛を加えていたが、<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/18%E4%B8%96%E7%B4%80" title="18世紀">18世紀</a>の<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9" title="イギリス">イギリス</a>にて鉛の代わりにアンチモンを加える改良がなされた。それらの改良されたピューターはブリタニアメタル、またはチューダー・ピューターと称された。今では、ピューターと言えばブリタニアメタルの事を指す。</p><p align="left">主に<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A5%E8%8A%B8%E5%93%81" title="工芸品">工芸品</a>や<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%85%E9%A3%BE%E5%93%81" title="装飾品">装飾品</a>、<a href="https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%A2&amp;action=edit&amp;redlink=1" title="メタルフィギュア (存在しないページ)">メタルフィギュア</a>などに用いられる。<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E7%B1%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%88%E9%81%B8%E6%89%8B%E6%A8%A9" title="全米フィギュアスケート選手権">全米フィギュアスケート選手権</a>では、4位までが<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%80%E3%83%AB" title="メダル">メダル</a>授与対象であるため、<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91" title="金">金</a>・<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%80" title="銀">銀</a>・銅のメダルに加えて4位選手にピューターメダルが授与される。</p><p align="left"><a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A2" title="マレーシア">マレーシア</a>の<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%B7%9E" title="スランゴール州">スランゴール州</a>はスズの産地であり、ピューターの工芸品が名産となっている。装飾品やマグカップ、ウイスキーを入れる<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AB" title="スキットル">スキットル</a>などが製作され、「Royal Selangor（<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB" title="ロイヤル・スランゴール">ロイヤル・スランゴール</a>）」のブランドで販売されている。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 14 Jan 2019 05:34:05 +0900</pubDate>
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<title>まだ無題な書き物≪札幌編７≫　シンガポール</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p align="left"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/18/togashi333/59/f3/j/o0680042814151339424.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="390" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/18/togashi333/59/f3/j/o0680042814151339424.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180320/05/togashi333/b2/38/j/o0331033114153089573.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="220" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180320/05/togashi333/b2/38/j/o0331033114153089573.jpg" width="220"></a></p><p align="left">　縁の父より「夏休みにシンガポール、マレーシアに行って来い。かぁちゃんと行きたかったがベネチアからお客がくるので行けなくなった。お前たちで遊んでこい」</p><p align="left">何を言うのかと思っていたが、縁と相談して行くことになったのである。縁の父はパスポートが5冊目となっておりヨーロッパを中心にガラス細工を見ていたらしい。もう全て予約されて旅行会社に旅行者変更をして酒田から成田へと二人には初めての海外である。縁の父はマレーシアの鈴、小さな花などにメッキするように鈴を蒸着するのを見たかったのである。二人で40万を貰い行くことになった。</p><p align="left">酒田の話は後ほどとし、二人とも気持ちはシンガポール。</p><p align="left">　酒田から羽越線いなほに乗り新潟、新幹線で上野。まだ東京駅までは新幹線が入っていない時代である。成田に一泊し朝フライト。初めての海外は不安の方が大きい。</p><p align="left">　一応ツアーとなっていて福島県郡山市の新婚さんと一緒に周遊なのだ。旦那さんの名前は覚えていないが奥さんの名前は床屋を継ぐリキ子さん、後で縁から尻を抓られる羽目になるのであるが。</p><p align="left">　成田からフライトするとすぐ機内食、縁は「今は食べられない、分かっていたら朝食セイブしたのに！！」「少し食べたら？少しくらい太くなっても俺はいいよ。」「馬鹿、後でみてなさい」男というものは自分のものだと思うと、他からチヤホヤされるよりは安心なのかも知れない。女性に対して失礼ながら,勝手な私自身の思い違いがあるのだろう。逆に縁はやはりかっこいい方が良いみたいで、「今のままのスタイルを維持してね！」というのである。私には縁が友達に一緒に会うとき見せたいのであろう。フェイスブックではないが、「いいね！」言われたいらしい。鈍感な私には、女性はむずかしいのである。</p><p align="left">　当時は直行便がなく、日本、台湾、香港をトランジェットしての7時間以上はかかるのです。台湾の台北に付くと搭乗まで空港内をお散歩。縁と二人写真を撮りながら歩いていると「ノー！テイク・ア・ピクチャー」と職員が飛んできた。不思議に職員の方を向いていると窓の上を指さすのだ。<b>「<span style="font-size:1em;">NO</span></b>、<span style="font-size:1em;"><b>take</b>&nbsp;a&nbsp;<b>picture</b></span><b>」</b>と書いてある。</p><p align="left">外には軍用の車両、黒のセダンが並んでいたので、意味がわかった。日本ではこんな事はないが、他の国では日本の常識は通用しないのである。調べられ何とか開放である。台湾から飛び立つと又食事である。日本もであるが洋食と和食が選択できる。今回は中華との選択でピータンがはいっていたので洋食にしたのだが、縁はあきれてドリンクだけ、わたしも、プリーズ・コークと注文。とても素晴らしいと思う事が一つ。シンガポール航空のサービスは世界のなかでもっとも優れている一つと評判通り、食事、機内の椅子の感覚、それに、大きくスレッドの入っている民族衣装を着ている美人の「スチュワーデスさん」・・・綺麗。なのだが、男女差別の関係？今一般には「キャビンアテンダンス」とよばれている。「スチュワーデスさんや看護婦さん」という呼称に親しみを感じる男性の一人であります。くれぐれも差別ではありませんので御承知置き程を。&nbsp;</p><p align="left">　台湾から香港に着陸。ＳＯＮＹの看板、ビルとの間に降りていく様はすばらしいのであった。世界で一番着陸が難しい一つとよばれていたが、今は別の空港が出来ています。そこでも、問題が、空港の金属探知機に反応しお立ち台へ。可愛い女性から体の隅々までタッチ検査。私の大事なところも何度となくタッチ、握られ、大きくなる一歩手前である。少し何となく嬉しかった。見ていた縁から「私もやってあげようかしら」と、強く握られ痛いので、今一度小さくなった。私はいく処々で何かある様だ。</p><p align="left">　香港を飛び立つと又機内食。7時間少しで3回なのだが全部食べたのは私だけなのだろうか？縁は一食と飲み物。</p><p align="left">　シンガポール空港に着いたのは日本時間16時頃なのだが、時差1時間の関係でまだ15時頃である。だから時差ボケは無いが、美人ボケが進行で縁からキツイお灸でありました。</p><p align="left">私たち２組には現地の添乗員が出迎えたのですが空港内に出るとき又問題が、持っていた（機内で台湾の方からもらった）プレイボーイの雑誌は入国できない為、没収でした。</p><p align="left">ホテルはシンガポール・シェラトンホテル出来ればマンダリン・リゾートホテルに泊まりたかった事を覚えている。何故なら、夕食はマンダリンに旅行会社が用意、アトラクション、等が素晴らしく、フルーツの入ったトロピカル・サワー（大きなフルーツパフェを創造してください）が綺麗で美味しかった。火を使った女性達のダンスも綺麗でホテル自体もその当時は新しく、きっと値段が違うのだろう。</p><p align="left">　その夜は縁も疲れたのかぐっすりだった。</p><p align="left">また、日本ではなじみの無い枕の下にチップを置く事を添乗員のサリーさん（アジア系で小柄の２３歳）から教えてもらっていた。1ドルでいいから。（シンガポールドルは当時約70円）</p><p align="left">彼女には私たちは一日10ドルのチップを渡していたので喜んでいたようでした。分かったことで彼女の給料は５万円位で30％も税金などで引かれるそうです。</p><p align="left">　彼女の夢は日本に行き、日本人になりたいと話していた。ほゞ単一民族の日本とは違い外に目を配るお国の違いが見られるのだ。より良い場所を目指し進出する華僑にも似た、前に進もうと実行する気質は、大きく日本人との違いと思われる。</p><p align="left">　高度成長期の時代、日本人は良きにせよ、悪しきにせよ、多くのお金を諸外国にばら撒き、旅行者も多くの金を落としたので、彼女らは裕福な日本のイメージが協調されていたのだと、感じた一つだ。本当はどうでしょうか？私は物のなかった時代で逆に仕事は多くあり、彼女達の夢は一部の経営者、農協の幹部の団体旅行者などだけをみて、又車もトヨタ、日産が街の中に勝ち誇ったようにショールームや看板が目立っていた。日本と違い多民族の国でもありますから日本の常識は皆無であります。サリーが「この辺のマンションはインドの人が多いのがわかります。洗濯物を棒に引っ掛ける様に外に並んでいます。地域でそれぞれの民族の方は集まるのです」確かに通り事にビル、アパートの様相が分けたように変わるのだ。</p><p align="left">素晴らしい事は街中が塵もなくとても綺麗だ。捨てたのがわかると罰金だそうで、皆、守っている、凄いのだ。</p><p align="left">　「利喜はこの国に住みたい？」「いい国だろうが、やはり生まれた国がいい、鮭と同じではないが、生まれたところの空気・水は一番」「私は日本であれば利喜が一緒ならどこでもいいよ」男と女とでは少し違いがあるのだろう。</p><p align="left">　夢・努力・感謝・・・彼女はその言葉を話してくれた。夢は目標。努力は切っ掛けをつくり行動する事。感謝は働けるまで育ててくれた自分の親に対してだそうです。育ててくれるのが当たり前という観念は日本人は皆思うだろう。　日本人よりもどん欲で生きる為の行動力は、裕福に憧れる発展途上国の貧しさが根底に見え隠れする。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<b>Continue</b></p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">※パスポートの日付は後に新婚旅行で行った時のものです。</p><p align="left"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/18/togashi333/de/01/j/o3840216014151338971.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/18/togashi333/de/01/j/o3840216014151338971.jpg" width="420"></a></p><p align="left"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/18/togashi333/30/fe/j/o3482178714151339048.jpg"><img alt="" height="216" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/18/togashi333/30/fe/j/o3482178714151339048.jpg" width="420"></a></p><p align="left"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/18/togashi333/9b/7f/j/o0729048514151338864.jpg"><img alt="" height="279" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/18/togashi333/9b/7f/j/o0729048514151338864.jpg" width="420"></a></p><p align="left"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/18/togashi333/e0/cd/j/o0259019414151343242.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180317/18/togashi333/e0/cd/j/o0259019414151343242.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/togashi333/entry-12361031836.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Mar 2018 18:13:04 +0900</pubDate>
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<title>まだ無題な書き物≪札幌編６≫　光るもの必ずしも金ならず</title>
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<![CDATA[ <p align="left">　<span style="color:#0000ff;"><b><span style="background-color:#ffffff;">〝</span></b><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;"><b><span style="background-color:#ffffff;">All that glitters is not gold″</span></b></span></span></span></p><p align="left"><b><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/03/togashi333/eb/f4/j/o1920108014143334223.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/03/togashi333/eb/f4/j/o1920108014143334223.jpg" width="420"></a></b></p><p align="left">　縁と一緒に酒田に帰る前に、北海道のイトウを釣りたくて、大学の釣友会にお願いし富良野に行く事にした。</p><p align="left">　子供の時から酒田市鶴田橋の新井田川そばで遊ぶと言えば魚釣り、国鉄を定年になった祖父、鉄蔵は川舟を持ち川蟹（もずくがに）、鯰を採り、中町の柳小路の店が買いに来るのであった為、魚採りはとても生活に溶け込んでいた。また、投網を作り釣具店に卸していた。門前の小僧は18段までなら投網も投げれるのです。（18段は大きさを表す））</p><p align="left">今と違い川は澄み、鮒・鯰・オイカワ・鯉など豊富で、オイカワは御飯粒で橋の上から50匹釣るのは簡単、それを釣って帰ると祖母の俊美は喜んで料理した。喜んでもらう事に子供ながら誇らしく、優越感を抱いていた。釣り人は自慢する事は当たり前で決して悪い事ではないのである。</p><p align="left">　縁と車に着る物、飲食物などを積み込み、釣友会の車２台と一緒に釣友旅行となった。釣友会男3名、女3名私たちを数え8名の8月1日の出発であった。</p><p align="left">　富良野、金山湖、シーソラプチ川についたのは夕方4時30分女子のテントを張り、男子のそれ、私と縁は自前のテント。一日目の夕食はカレーライス。野外で食べるのは又格別に美味いのは不思議である。地元の商店のおやじさんにイトウの事を聞いたところ、昔は1ｍもあるのがいたが、今は見ることは殆どない。乱獲だけでなく気候も変わっているのだろうと。</p><p align="left">　タックルはルアーと、フライであるが、イトウを狙うのであればルアーがベストである。彼は爛々と目を光らせ、物陰に潜み、小魚、小動物を待ち構えている。アングラーにとっては心躍る想像と大きな期待、まさしく対決である。芥川賞作家で、サントリーの役職であった故開高健さんはモンゴルで1m30cm位の大物をしとめている。その当時はアングラーにとって神様のような存在であった。酒田の最上川河口の鱸釣りに一度来ているらしい、残念ながらその時はボーズであったと。</p><p align="left">　縁は、「こんな鉄の板みたいなので魚が釣れるの？」「これはスプーンと言って小魚の動きをして、小魚を餌にしているイトウなどの性格、反射神経、反応を利用し食い付かせるんだ」「魚の形をしているのがプラグ」「綺麗でアクセサリーにぴったりね」縁は女性らしくアクセサリーときたものだが、アングラーにとっては素晴らしく大切な正にアクセサリーかも知れない。朝４時で金山湖へ行くため早め夜11時では各テントに。一番に注意したのはヒグマが来ない民家の近くで決して山林や人里を離れない事である。本土の月の輪熊とは比べ物にならない恐怖である。以前、積丹に釣りに行った時、警察、自衛隊の方々から「これ以上は入らないでください。山菜採りのおばあさんの衣服や長靴が散乱していて熊にやられたと思われる、危険なのでこれ以上は駄目だ」</p><p align="left">翌日の新聞にその被害が克明に載っていた、体の一部は半分土に埋まっていたそうで、悲惨と言う他はない状況である。大雪では400㎏を超えるのも駆除された記事が載っていた。札幌大通りの釣り具店プロショップヒロのおやじさんはライフルも撃つのだが、熊の有害駆除は危険なので行かないそうである。</p><p align="left">　縁は流石北海道育ち、熊の危険は承知していた。何故か、「危ないので、シュラフは一緒に入ろう？」縁の餌食になるのは確実であった！？</p><p align="left">　シーソラプチ川で4時30分に第一投目アブ社のトビー（スプーン）は優秀で魚がヒット。本土より白い斑点が大きい４５cmのアメ鱒系、イワナと思われる。「本当につれるんだ」と、縁は目を白黒させて喜んでいた。「今度は縁が投げろ」半分後ろから手を添え投げた３投目「重いよ」リールのミッチェルとハーディのルアーロッドが悲鳴をあげた。「替わって！」「駄目だ、自分で最後まであげろ、縁の対戦相手だ」近くに来て一度バジャバジャと暴れると縁に惹かれる私の様におとなしくなり足元でパクパクしている。何と55cmのアメ鱒系イワナである。きっと雄であろうと心で笑ってしまった。</p><p align="left">「縁、写真撮ってリリースするよ」「食べないの？何かいたましい」「いいんだよ。対戦する事が目的だから。食べるなら脂ののった北洋紅鮭がいいよ」</p><p align="left">　離す前に「<span style="color:#0000ff;"><b>All that glitters is not gold</b></span>光るもの必ずしも金ならず、よーく見て魚を食えよ」一言。</p><p align="left">「何それは？」「作家の開高健さんがパイクを釣った時に魚に語りかけたんだよ、光っていても本当に自分が求める物でないかも知れないし、偽物だってあるという意味かな、よーく確認しなければ、ひどい目にあう例えかな、<b>シェイクスピアのヴェニスの商人</b>に出てくる例えの言葉だよ」</p><p align="left">「そう言えば私のおっ父が母ちゃんにネックレス10万円するのを通販で買ったの、１８金でなく１４金だったの」「普通は１４金はホワイトゴールドと言って鈴が入ってプラチナの様になるんだよ、この眼鏡そうだよ、母の形見だから女性用だけど」</p><p align="left">とにかく、ビギナーズラックでこの日一番の大物は縁であった。イトウは誰もヒットしなかったのだ。二日目は釣友会の一人の親戚の家に泊まることになっていた、布団はシュラフであるが。皆にちやほやされ縁は嬉しそうで</p><p align="left">「私たちは将来結婚するからお風呂一緒でいいから。時間短縮だよ」「和仁が美和子に俺らもどうかな？」「馬鹿、何であんたと、いい加減にしな」大笑いである。</p><p align="left">　今日も縁が買った二人用？のシュラフに入って合体とはいかなかった。皆同じ部屋20畳。二日目は雨になり、イトウは顔を見ないまま帰りとなった。</p><p align="left">　だんだん、イトウの様に減っていく魚や動物、絶滅危惧種が増えてきている。</p><p align="left">動物の頂点に立っていると思い違いをしているのも人間であると、気づかないまま時代は進んでいくのだろうか？地球は生き物ではないが、自然治癒力を持っている。</p><p align="left">人口が増えすぎると疫病や未知の細菌が出現し人工を調整しているかのようだ。医学の発達により寿命も人生50年から80年に変化している日本はもう一つ、マクロの意味で「<span style="color:#0000ff;"><b>All that glitters is not gold</b></span><b>」</b>を各々見極める時代がくるのではと感じる。</p><p align="left">　「帰る前にラブホテルにいこうよ」「えっ。お金の無駄だよ。」「行こう利喜、どうしても」</p><p align="left">女性の心は違った意味で、分からない事がある。スキン2つでは足りない程、縁は本物の24金を自身、確かめていた。明後日は酒田へ出発である。　　　　　　　　　　　<b>Continue</b><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/03/togashi333/8e/0d/j/o0960071714143334094.jpg"><img alt="" height="314" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/03/togashi333/8e/0d/j/o0960071714143334094.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/03/togashi333/58/06/j/o0800047014143334144.jpg"><img alt="" height="247" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/03/togashi333/58/06/j/o0800047014143334144.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/03/togashi333/12/41/j/o1920108014143334638.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/03/togashi333/12/41/j/o1920108014143334638.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/03/togashi333/48/40/j/o0259019414143335842.jpg"><img alt="" height="194" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/03/togashi333/48/40/j/o0259019414143335842.jpg" width="259"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/21/togashi333/35/ba/j/o1080192014143839429.jpg"><img alt="" height="747" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180305/21/togashi333/35/ba/j/o1080192014143839429.jpg" width="420"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/togashi333/entry-12357678374.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Mar 2018 03:32:20 +0900</pubDate>
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<title>まだ無題な書き物≪札幌編5≫　縁と利喜と親　</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/11/15/j/o0960057414138122924.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="371" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/11/15/j/o0960057414138122924.jpg" width="620"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/50/ca/j/o0960054014138122789.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="349" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/50/ca/j/o0960054014138122789.jpg" width="620"></a></p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">　二年も過ぎ相変わらず縁との生活は変な言い方であるが順調に時が流れていた。北海道にいて必要なものが一つあった、車である。交通手段は車がないと不便。春までにアルバイトで貯めた50万円弱はあったが欲しい車は「ケンとメリーのスカイライン」中古でプラス30万円を父から出してもらい日産プリンスで購入。計78万円の大金である。ＧＴ-Ｒが新車で150万くらいであった。２ドアハードトップ２００0ＧＴ－XＥ１３５馬力は排ガス規制が導入された為に加速は重かったが高速は頗る安定していた。</p><p align="left">　縁は車を見てビックリして維持できる？通学は殆どバス、縁と遠出するときに使うから。アルバイトは当時「鶴のマークの引っ越しセンター」で月４回働いていた。それでも結構なお金になった。７０００円/日であったが、お客さんからお礼のお金が結構あった。合計４万円位になった。ガソリンが97円から103円の時代だから縁との遊興費は十分であった。</p><p align="left">　縁は親に私との事を話したと。「えっ。何か言ってた」「おっ父う、最初は何も言わなかった・・・、もう大人だから縁がいいと思うなら仕方がない、家さ連れて来いさ」と。</p><p align="left">　縁の家は小樽でガラス細工を造って展示販売していた。</p><p align="left">夏休み前に縁の家に行くことになったのは、将来、縁との結婚を考えて、山形の私の家に連れて行きたかったから。初めて縁の家に行った時はどう話したらいいか、結果から話すと縁の父親祐樹は因習的な考えの持ち主で無く考え方が新しかった。</p><p align="left">「はじめまして。冨樫利喜です」「そんなにくっつくな。縁」「いいじゃん」「利喜さん結婚する気はどうなんさ」「プロポーズしました」「私はＯＫさしたんさ」「俺たちは21歳と16歳で一緒になって、あんたの気持ちはわかる。うちの、かぁちゃんの家行った時は殴られたからさ、逃げるように18歳を待って籍入れたから」「分かった好きにしろ。かぁちゃん、いいな」「あたいは、最初から縁に好きなようせいと話してたさ、昔思えばわかるさ、あんたも」「かぁちゃん飯だ、後、ニッカのいい酒も」小樽の近く、余市はニッカウヰスキーの発祥地、小樽ガラス、小樽運河、後は少し離れているが青山鄭（山形県遊佐町本宅）が有名である。</p><p align="left">　蟹や肉、凄い御馳走にびっくりした。「かぁちゃん（美佐）用意してたんかい」「最初から分かっていたさ」酒田の事、縁との事・・・話をしながら無事すぎた。</p><p align="left">「縁、グラスを二つ持って行け。俺のグラスは少し位のひびや割れは治せる。これから先、色んな事があるがナセル物はなおす。わかるか」</p><p align="left">　「そろそろ風呂さ入って寝れ。早く二人で入ってさ来い。」私はこれには、驚いた。少し恥ずかしかった。「うちは今でもさ、かぁちゃんと二人で入るさ」「縁、利喜の大事なちんちん洗ってさやれ。」「おっ父うの馬鹿」</p><p align="left">　縁の部屋には布団が一つ敷いてあった。ベッドを札幌に持って行ったから。</p><p align="left">青葉荘に戻り、後10日後山形に行く準備。とは言っても何もなかった。野幌森林公園、文京台も夏を迎えていた。その頃にはゼミに利喜と縁の姿は当たり前の様にあった。縁が来る時は梅沢と三人喫茶店でいコーヒーを飲んで、又森林公園で昼食をしていた。縁も三人分食事の用意をしていた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<b>Continue</b></p><p align="left">&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/6c/bc/j/o0259019414138122492.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="194" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/6c/bc/j/o0259019414138122492.jpg" width="259"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/42/04/j/o0263019214138122575.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="192" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/42/04/j/o0263019214138122575.jpg" width="263"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/44/e2/j/o0180024014138122601.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="240" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/44/e2/j/o0180024014138122601.jpg" width="180"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/55/8a/j/o0540096014138122935.jpg"><img alt="" height="747" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/04/togashi333/55/8a/j/o0540096014138122935.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/09/togashi333/98/2d/j/o0478042614138195150.jpg"><img alt="" height="374" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180225/09/togashi333/98/2d/j/o0478042614138195150.jpg" width="420"></a></p><p>【美術団体：蒼樹会】北海道支部長　齋藤 義雄 画伯　様より　野幌森林公園の絵画を、ご提供いただきました。齋藤画伯の柔らかく暖かさを感じ取れる絵画もあわせて御覧ください。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/togashi333/entry-12355560087.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Feb 2018 05:00:59 +0900</pubDate>
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<title>まだ無題な書き物≪札幌編4≫　櫻井 由香の夢　</title>
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<![CDATA[ <p align="left">　「縁は3年で卒業なのか？」「違うよ、利喜と同じ4年さ。」「え“、2年か3年じゃないの？」</p><p align="left">「目標は正看と高度専門士と保健師だから1年多いんさ。夏休みは８月1か月、冬は利喜と同じさ。」「そうか、目標が有るのか～。俺なんか分からない、ない。死んだ母の同級生から大学に入れたくてパートしていたと、葬式時に聞いたので進路変更し高校3年時の夜は私立酒田南の夜のゼミに通っていたんだ。」</p><p align="left">「４年間一緒、良かったでしょ、卒業後も一緒だよ。」</p><p align="left">　目標があるのがとても羨ましく、リラの花が風に飛ばされ散っていくが如きに、ヒュー・ヒュー深々と心に落ちた。</p><p align="left">　６月も中旬、哲学の講義が終わった時に出口で利喜さんと呼び止められた。「お話があるのですが。人文学部の櫻井由香と言います。」梅澤は、「先に喫茶に行っているから。」背は165cm位、肩までの髪は栗毛色のスタイルの良い女性がいた。空いている231の教室で話し始めた。「お願いがあるのです。二回生なのですが二年間だけの彼女にして欲しいのです。私は卒業したならイギリスに留学したいという計画が有ります。その為にはお金を1千万円貯めなければいけないのです。それで今年からソープに週に3、4回働いています。彼氏でもない知らない男とセックスをしているのです。感覚も儀礼的になり感じなくなって来たのです。自分がいいなと思う人であれば・・・それがあなたの様に思えるのです。知り合いから、ゼミの話で彼女がいる事も調べました。2年間、月に2回私を彼女にして頂き本来の感覚がほしいのです。」</p><p align="left">「他の人では駄目なのですか」「私にも選ぶ権利位はあると思いますし、そうでなければ知らない男と同じようなものです。」</p><p align="left">「縁という半一緒に暮らしているような人がいます。部屋は違いますけれど。誤魔化す程の演技は私には無理です。嘘が下手らしいのです。それに、男も、女も本当に好きになれば自分に対するプライドが生まれます。他の異性と一日を過ごす、そして抱き合う。もしも何もなかったとしても他の人からはどう見えるでしょうか。縁のプライドは傷つきます。逆に縁が他の男と一日を過ごせば男としての私のプライドは落ちます。焼きもちもありますが、本当に好きになれば何も無かったと言っても、あの女の男は、あの男の女は、という言い方を他人は思うはずです。お互いの価値を落とし入れる様な羽目になります。プライドと言いましたが、有ると邪魔になる場合と絶対に落としてはいけない場合があると思います。」</p><p align="left">私は今の話は聞かなかった事にしてと、断りました。…食わぬは男の恥と言う人もいますが、きっと私は男の恥なのでしょう。</p><p align="left">　2年後に分かるのですが、由香さんはイギリスの大学に留学と学内に有った。</p><p align="left">夢を追うため犠牲を払わなければならない人と、そうでない人がいる。世の中は平等であって、不公平なのだ。私は、彼女は立派であると思うのだが、そうしなければならなかった悲しみを感じ、陰湿な真っ赤な血色の太陽の日の光を見たような気がしてならなかった。</p><p align="left">　青葉荘に帰ると紅鮭を焼いたのと、アサリの味噌汁、生昆布の千切りの酢の物が夕食であった。内地で食べる紅鮭と比べ脂ののった本物と言いたくなるそれで、アサリも内地より二回り大きく殻の模様も縦に線が入って身は頗る美味い。「利喜、この昆布は食べたことないでしょ。」「このアサリも初めて、鮭もこんなに脂がのって美味い」「料理作るのが上手いと言わないと駄目でしょ。」こんな会話でも楽しいのだ。買い物は二人で近くのスーパーに行き、カリキュラムによってそれぞれが夕食の当番をしていた。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180213/04/togashi333/0d/04/j/o0600060014130590707.jpg"><img alt="" height="420" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180213/04/togashi333/0d/04/j/o0600060014130590707.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180213/04/togashi333/3b/de/j/o0960054014130590999.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180213/04/togashi333/3b/de/j/o0960054014130590999.jpg" width="420"></a></p><p align="left"><b>Continue</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/togashi333/entry-12352382034.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Feb 2018 04:22:23 +0900</pubDate>
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<title>まだ無題な書き物≪札幌編3≫　文京台キャンパス・野幌森林公園</title>
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<![CDATA[ <p>　　文京台キャンパス・野幌森林公園</p><p>&nbsp;</p><p>　札幌商科大・商学部・会計学の履修も済ませキャンパス生活が進みだした。</p><p>向かいには、北海道女子短大、後ろには北海道酪農大学、そして野幌森林公園が近くに控え環境はこれから学園都市に向かうだろうと整備されている進行中の街並みだ。</p><p>　同じ科目の一人と親しくなり4年間を過ごすことになる。</p><p>彼は「梅沢知二」という群馬桐生から来た一つ年上であったが、私とは馬が合った。履修のない時間は二人で学生生協の喫茶で安いコーヒーを飲みながら浮世話をする日々は新鮮で高校生活とは違った解放感があつた。</p><p>二人とも金は無く貧乏学生とまではいかないが、近いものがあった。</p><p>梅が「ゼミはどうする？」「どうせだから、学長のゼミにしたい」。</p><p>梅は日本酒が好きで酔いが回ると武田節を歌いだすのだ。</p><p>「・・・人は石垣 人は城　情けは味方 仇は敵 ・・　疾きこと風の如く徐かなること林の如し　侵掠すること火の如く　動かざること山の如し・・・&nbsp;武田武士」と歌いなれてとても上手いのだが19歳20歳でこれは、どう評価したらいいのだろうか。酒が弱い利喜と、強い知二は真逆だが良いコンビであった。</p><p>&nbsp;</p><p>　　石河学長（北海道大学名誉教授）</p><p>&nbsp;</p><p>　会計学、経営学の石河ゼミは教授の性格かどうか分からないが、北大の学生と比べ私達に対しては、朗らかで親しみを感じていた。このような事を話をされた。「北大の学生は試験を解くことは良く出来る。ただ、その中で個性のある学生は何人いるのか、大学は好きな事を追求すし、研究し、それを世の中に伝え、自分を満足させる、君たちを見ているとワクワクする危なさと答えが無数に見える。会計学と経営学は一つの答えを求めていない。時代と共に変化する学問であり、実践なのです。成長する学問であり実践です。私は同じ答えを求めません。独創性が大切です。基本は必要です・・・。」</p><p>　教授は人気テレビ番組の「大橋巨泉のクイズダービー」に出演することになった、ゼミでは歓声が上がり、それこそ皆んなで賭けの対象となった。何問回答できるか？二問、三問が多かったが「梅よ、きっと<b>ゼロ</b>だぜ、利喜の感は当たるからそれに相乗りするよ。」結果は二人で総取りし(8千円)夜、レギラーの竹下景子の話で盛り上がり、武田節を梅は歌った。</p><p>&nbsp;</p><p>　　　野幌森林公園</p><p>&nbsp;</p><p>　「利喜、私も利喜の大学へ一緒に行きたい。最近すぐ寝るし、他の娘は許さないから。」</p><p>縁は要らぬ心配をしているのか。「行こう、縁のいい日に。」履修学科の少ない日、一般教養の地学、とゼミ。地学は人数も100人位いるから何とも無いが、さすがにゼミは28人う～・である。</p><p>　「教授、今日知り合いを聴講させて頂きたいのですが？利喜君の彼女ですか？」「はい」「可愛い娘さんですね」「看護婦の卵です。」「正直で大変結構です。」皆の前で教授は、今日は特別に利喜君の彼女を聴講許可しましたので宜しく。」</p><p>ゼミの部屋は拍手で一杯。帰るとき教授が「利喜君、卒業するまでは、赤ちゃんは我慢しなさい。幸せの為、計画も大事だよ」部屋はまた大拍手に沸いた。</p><p>　「彼が梅沢知二」「縁です」「何んで利喜にこんな可愛い子が、世の中不公平だよな」「梅よ、経済は不平等で成り立っている。世の中分からないね！」「利喜はカッコいいしさ！お尻も三角で、背も高いし、嘘が下手だしさ。」</p><p>　野幌森林公園、百年記念塔前で三人は縁の作ったサンドイッチを囲み緑に輝く青春の一コマを満喫していた。</p><p>リスや小鳥、木々の若々しい緑は縁との幾回もの安らぎのデートコースとなった。　　　　<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/bd/4b/j/o0480064014128508567.jpg"><img alt="" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/bd/4b/j/o0480064014128508567.jpg" width="220"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/6e/5c/j/o0261019514128511317.jpg"><img alt="" height="195" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/6e/5c/j/o0261019514128511317.jpg" width="261"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/d5/9f/j/o0800055114128511938.jpg"><img alt="" height="152" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/d5/9f/j/o0800055114128511938.jpg" width="220"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/dc/f5/j/o0800045014128509877.jpg"><img alt="" height="124" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/dc/f5/j/o0800045014128509877.jpg" width="220"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/dd/d0/j/o0261019014128508002.jpg"><img alt="" height="160" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/dd/d0/j/o0261019014128508002.jpg" width="220"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/41/22/j/o0261019514128508249.jpg"><img alt="" height="195" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180210/00/togashi333/41/22/j/o0261019514128508249.jpg" width="261"></a><br><br>【美術団体：蒼樹会】<b>提供：</b>北海道支部長　齋藤 義雄 画伯　様<b>　野幌森林公園</b></p><p><b>Continue</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/togashi333/entry-12351549414.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Feb 2018 00:26:00 +0900</pubDate>
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<title>まだ無題な書き物≪札幌編2≫　紫色のライラックの花言葉「初恋」と「恋の芽生え」</title>
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<![CDATA[ <p>　ライラックの咲く札幌の夜</p><p>&nbsp;</p><p>　大学に入学しハイツでの生活が始まった。ハイツと名前はいいが、玄関は一つ、１階に７部屋、２階も同じで１４人が同居なのだ。ハイツと言うより青葉荘と言った方がマッチするのだから、これからは青葉荘と言うことにする。</p><p>トイレはそれぞれの階に一つ、男の小便器はないのである。</p><p>独特の女性の香りのする青葉荘で、入って同居人に石鹸の詰め合わせを配り挨拶した時、初めて１８歳から２０歳位までの女性だけだと分かったのである。利喜はその時、男として当然の期待を感じていた。</p><p>ライラック（フランス語ではリラ）の咲く５月中頃になると何時しか友達もでき、土地感覚も把握可能な状況になり、あちらこちらを徘徊し、街並みを観察、物色していた。</p><p>　夜７時過ぎにドアがノックされた。開けて見るとカレーライスを持った小柄な縁が立っていた。「多く作ったので食べてください」まだ、夕食は作っていなかったので喜んで頂く事にし「ありがとうございます」と平生にお礼をした。可愛い・・・私はタイプだと感じた一瞬だった。</p><p>皿を返しに縁の部屋をノック、またしても平生に挨拶をし戻ろうとした時「コーラ飲んで行ったらと、そうですかと」。私より一つ年上の女性の部屋は綺麗に片付いて炬燵の掛布団が桜色で清潔感、縁にピッタリに思えた。</p><p>世間話みたいなことを話している事に、「俺は何しゃべってんだろう、心と口が合わない。」と思っていた。「明日休みだからディスコに行かない。俺は踊れないし。教えてあげるから行こ。金もないよ。心配しないで大丈夫だからさ。」</p><p>今は無いが、すすきのの札幌コマ劇場のビルにシャカマンダラという道内一のそれがあった。連れられ初めてのホールに立った。人がひしめき、体をマネしているしかなった。縁は喜んでいるのか、「手取りそうそう」と私の腰に腕を廻した。サワーのアルコールは酒に弱い利喜を1時も過ぎる頃には縁と一緒にソファーに掛けさせていた。「帰ろう、そうだね、縁は酒に強いね、利喜が弱いだけ・・」</p><p>すっかり酔って・・・目が覚めた時は縁の部屋の布団に。私の胸に乳房をくっつけた裸の縁、リラの甘い香りに似た心地よい・・何故か私はパンツを履いていた。　　　　　　　　　continue</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180206/22/togashi333/b3/68/j/o0300045014126659426.jpg"><img alt="" height="330" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180206/22/togashi333/b3/68/j/o0300045014126659426.jpg" width="220"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180206/22/togashi333/49/cb/j/o1000066714126652441.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="147" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180206/22/togashi333/49/cb/j/o1000066714126652441.jpg" width="220"></a></p><p>画像ファイルの版権は札幌市（一部画像は提供者）に帰属します。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/togashi333/entry-12350722670.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Feb 2018 23:00:12 +0900</pubDate>
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