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<title>桐・着・三切るの部屋</title>
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<description>キル・キル・ミキルノヘヤヘヨウコソ「桐」俳号「着」洋服を着「切」調理する具材を切　　　　俳句17・おしゃれ30・おかず15を合言葉に日々暮らしています。</description>
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<title>山羊の角／十三夜／鎌田俊</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161004/15/tohko3476/ab/29/j/o0320023213764577400.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161004/15/tohko3476/ab/29/j/t02200160_0320023213764577400.jpg" alt="山羊の角" border="0"></a></div><br><br>　　<br>　　抱けば子の熱きはらわた十三夜　　俊<br><br><br>十　三　夜<br><br>（後の月　豆名月　栗名月　名残の月　女名月　姥月）とも言われている。<br><br><br>陰暦九月十三日の月。八月十五日の名月と同様、供え物をして祭る習慣がある。三宝には栗や枝豆を盛ったりするので、栗名月・豆名月の名もある。月光は名月のころよりも澄み、冷たい感じになる。最後の月として名残の月ともいう。民間では十三夜の習俗が伝わっていて、女名月・姥月などともいわれている。晩秋になって、満月ではなく少しかけた月を賞でるところは、いかにも日本的である。夜はかなり寒くなり、もの寂しい趣が愛好される月見である。<br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（現代俳句歳時記／角川春樹　編）<br><br><br>＜『山羊の角』　鎌田俊　第一句集／恵曇舎／装幀　丸亀敏邦＞<br><br>序<br>　自序を書く、なんとも気恥ずかしいことである。思えば私は、次女ではなく次男であった。<br><br>　　流木の匂ひ手にあり寒昴<br>　　義仲の最期のくだり息白し<br>　　ふらここやたましひ誰も買ひに来ず<br>　　蟷螂のやさしさだけが枯れ残る<br>　　鮫にしか聞こえぬ海の音があり<br>　　飽食の世に狼の生きられず<br>　　顔ひとつ桜の前に置いてくる<br>　　鳥にならうか桜桃を口に継ぎ<br>　　湯屋ひとつ花の時雨に灯りけり<br>　　ふところの竜を育てて去年今年<br>　　子の尻を拭うてやりぬ夜の秋<br>　　売られたる喧嘩や四万六千日<br>　　双六の赤い広場に来てをりぬ<br>　　ばらの雨白い鯨が来るだらう<br>　　いちにちを蒼くつかひて沢登<br>　　抱けば子の熱きはらわた十三夜<br>　　冬薔薇のぞけば港ありにけり<br>　　立ちしまま馬の眠るよ十二月<br>　　赦されし鳥より雲に入りゆく<br>　　子の形せし陽炎を抱きあぐる<br>　　子を負ひて五月の端を踏んでをり<br>　　黒あげは表と裏をつかひをり<br>　　尾翼立てダリアのぬるき雨に遇ふ<br>　　マリーナに日柱そだち秋燕忌<br>　　金風や子の触れてゐる山羊の角<br>　　千年を滝まつさらに落ちてをり<br>　　日本史に蟬一匹の鳴きにくる<br>　　ももいろに餃子茹だりて春浅し<br>　　衰へる尾のはるかなり花月夜<br>　　雲の峰どの少年も無銘なり<br><br><br>＜付録にかえて　蛇の足‐俳句になじみのない方へ／鎌田俊＞<br><br>　俳句の特徴に十七音、切字、季語がある。なかでも季語は予備知識が必要なので、全作品について季語を指摘し、いくつかについては関連季語を挙げた。また、日常ではあまり使わない語句には解説を付した。<br>　俳句は短い詩型である。説明を省略、言葉をリズムに乗せて読者の心に打ち響かせることで、音楽を生み、連想を喚起し、余情を生みだすことになる。<br>　俳句作品は二つに大別することができる。一つは、季語を中心の題材として詠み、「一物仕立て（いちぶつじたて）」という。もう一つは、季語を含めた二つの題材を効果的に配合して詩趣を醸成する「取り合せ（とりあわせ）」と呼ばれるものである。<br>　この句集から例をあげると、「一物仕立て」は〈とんぼうの翅にさざなみたちにけり〉という、季語「蜻蛉」を中心に詠んだ作品。「取り合せ」は〈流木の匂ひ手にあり寒昴〉という、季語「寒昴」に句中の人物の心境を託した作品である。<br>　季語のもつ情感や象徴性と、作者をとりまく世界を調和・衝撃させる「取り合せ」は読解するのが難しいと言われるが、もともと作者自身が言葉にしがたいものを捉えようとする表現方法だと思っていただいていい。感じるもの、読み取る内容は読者の自由に任されている。俳句は一行で書かれる詩であるが、一行で記すまでに、数多の行間を削ぎ落としている。最後に残されたのは、一行の俳句を境界にした、作者と読者という間合いのみである。いわばこの最後の行間に、俳人は表現のすべてを託しているといえる。<br>　なお、本句集の俳句の表記は歴史的仮名遣いであるが、本稿では俳句中の漢字に現代的仮名遣いによりふりがなを付した。季語の分類は、四立（立春、立夏、立秋、立冬）で区切り、正月に関係するものは「新年」とされる。<br>　（俳句文芸の理解と普及にご活用いただければ幸いである）<br><br>　　 1　流木の匂ひ手にあり寒昴<br>　　　　寒昴（冬）牡牛座の星団で寒中に見える。<br>　　18　とんぼうの翅にさざなみたちにけり<br>　　　　とんぼう（秋）、蜻蛉、あきつ、鬼やんま、塩辛蜻蛉、赤蜻蛉。糸蜻蛉は夏。<br>　　<br><br><br>＜抱けば子の熱きはらわた十三夜＞　　　　　　　　　　　　　　　　　<br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　原　　桐子<br><br>「おまけして三千グラム」。助産師さんの張りのある声に半身を起こし見上げた私の第一子は、眩いばかりに輝く女の子だった。<br>　その年の十三夜、その子を抱いて月を観た。腕に伝わる子の首の熱さに、明るい未来をこの子にくださいと願った。<br>作者の腕に伝わったのは、やわらかくもずっしりとした「はらわた」の熱さ。やさしく力強く呼びかけてくる子の鼓動にみなぎる命を感じ、小さくとも確かな明日をこの子に約束することを誓ったのだろう。<br>　「腸には脳があり、しかも豊な感情を持っている」と、アメリカの神経生理学者、マイケル・Ｄ・ガーションは提唱している。腸（はらわた）は、腸にしみる、断腸の思い、腸を探る等人間の情動を表わす言葉に使われている。<br>　理をもってはかることのできない本能、あるいは覚悟か。作者はこの時、親子の情愛と責任を直観したのだろう。<br>　十三夜の明度と「はらわた」の平仮名表記により、腸の湿り気と生臭さが消え、温かくやわらかな十七音になっている。<br>　子を抱き、希望に満ちて行く静かな月夜に包まれている姿がそこに在る。<br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（俳誌『河』平成28年３月号より転載）<br><br><br>＜著者略歴／鎌田俊（かまだしゅん）＞<br><br>昭和54年山口県生<br>平成14年　「河」入会<br>平成16年　第25回角川春樹賞<br>平成17年　河新人賞<br>平成19年　河賞<br>平成23年　第８回銀河賞<br>平成24年　「河」編集長<br>平成25年　「河」副主宰<br>平成27年　第13回秋燕賞<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 13 Oct 2016 06:00:00 +0900</pubDate>
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<title>金子青銅忌　Ⅲ</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160807/20/tohko3476/4b/8f/j/o2448244813717492411.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160807/20/tohko3476/4b/8f/j/t02200220_2448244813717492411.jpg" alt="金子青銅忌Ⅲ" border="0"></a></div><br><br>今日八月八日は昭和、平成と俳誌「雲母」、「白露」を牽引した俳人金子青銅の忌日である。<br><br><br>＜金子青銅略歴＞<br><br>金子青銅（かねこせいどう）本名　満<br>昭和20年３月21日岐阜県関市生<br>昭和41年「青樹」入会<br>昭和44年「雲母」入会<br>昭和53年　第３回雲母選賞受賞。雲母作品蘭にて、飯田龍太選巻頭８回<br>平成５年「白露」入会<br>平成22年８月８日死去<br><br><br>＜句集＞<br><br>『満月の蟹』　昭和59年／牧羊社　　 <br>『アンソロジー現代俳句の精鋭Ⅱ』より（長良川100句）昭和61年／牧羊社<br>『三　伏』　　平成11年／ふらんす堂<br>『膩　蟬』　　平成19年／株式会社角川書店<br><br><br>氏の代表作品については、「金子青銅忌Ⅰその１青銅の人となり」で触れてきた。<br>今回は「『現代俳句の精鋭Ⅱ』アンソロジー100句」について触れてゆく。<br><br><br>『現代俳句の精鋭』は、40名の若い俳人たち各100句のアンソロジーでⅠからⅢ巻本まであり、青銅氏はⅡ巻に入集されている。<br><br>（Ⅱ巻入集俳人　金田咲子・金子青銅・鎌倉佐弓・岸本尚毅・久保純夫・熊本良悟・佐野典子・島谷征良・攝津幸彦・高原耕治・田中裕明・辻桃子・対馬康子・同時代論　行方克已）<br><br><br>『現代俳句の精鋭』／（長良川100句）金子青銅より<br><br>落慶の大鯛はこぶ牡丹雪<br>雪舞ふや鵜の眼前は巖襖<br>雪嶺へ涅槃の扉ひらきけり<br>一徹の鵜と一月の長良川<br>鵜の数をかぞへ海山時雨けり<br>吹雪中鵜に鮮烈な火の記憶<br>早梅や南都北嶺みづみづし<br>かげろふや城の本性冷えてをり<br>青梅や裾もて渉る長良川<br>胎児いまかがやく夜の山桜<br>かたつむり浴びたる月の荒しづく<br>きさらぎの障子開くたび松の幹<br>信長の城の真下の鵜舟かな<br>落ちてゆく夕日の中の鵜舟かな<br>舟端の鵜に夕山のながれゆく<br>騎士道は白武士道は紺菖蒲<br>沢蟹に木曽山脈が少しうごく<br>刀匠の孤影孤高のつばくらめ<br>秋霖は針の尖ほど痛くはなし<br>どの空の下に生れても秋の川<br><br>金子青銅の作品には、かなり重い漢語の使用が目立つが、季語が十分に働いている時、その句はどっしりと座って動かない。小手先だけの器用さとか思いつきのおもしろさではない充実感がある。（行方克已）<br><br><br>＜2010/12/16日　ふらんす堂編集日記　三人の俳人＞より転載<br><br>今ふらんす堂のホームページで短歌日記をお願いしている岡井隆氏より、『詩歌の岸辺で』（思潮社刊）という著書をいただく。パラパラとめくっていたら、「田中裕明」についての項目がふたつほどある。興味をもって読んでいたところ、「田中裕明」について書いているところには同じく夭折の俳人「摂津幸彦」のことが語られていることに気づいた。<br>『田中裕明全句集』が友人たちの手で出版されたのは平成十九（2007）年七月であつた。わたしは裕明の名は、その生前から聞き知つてゐたが、関西の俳人としては、攝津幸彦の方に注目してゐたこともあつてか、裕明のあの穏和で完成した作風には、特に親近を覚えず過ぎてしまつた。まことに残念であつた。因みに、幸彦も、平成八（1996）年四十九歳で急逝している。（「田中裕明の句を読む」より）<br>わたしの座右には『田中裕明全句集』といふ、美しい本がある。裕明の死後に編まれ、季語別俳句索引までついてゐる。ほぼ完璧な全句集である。岸本尚毅の句集解題もついてゐる。裕明の代表句を挙げるぐらゐ、なんでもないやうにみえる。ところが、いざ実行しようとすると、「まだまだ」といふ内心の声が、それを押しとどめる。（「俳誌「澤」の田中裕明特集号のこと」より）<br>岡井さんの文章を読んで行くとそこには「田中裕明」へのあこがれというかその作品を理解したいという率直な思いがあって興味深い。<br>攝津幸彦という俳人がゐる。一九九六年四十九歳で亡くなったから、ゐたといふべきだろう。この人は裕明よりも十二歳年長で、裕明と同じく関西の俳人である。わたしは、一度同席して俳句を作つた縁もあり、幸彦が、高柳重信につながる前衛系の俳人であるためもあつて、幸彦に注目してゐた。そのために裕明の、一見するとおだやかさうで、内容は深い作品を見のがしてゐたやうな気がする。　（「俳誌「澤」の田中裕明特集号のこと」より）<br><br>かつて攝津さんや田中さんなどの世代を中心にさまざまなアンソロジーが編まれたが、岡井さんの文章からすると、攝津幸彦と田中裕明が同時にアンソロジーに参加しているのは、1冊のアンソロジーだけであるという。それをこんな風に書いている。<br>ここまで書いたところで、わたしは、新鋭ばかり集めた『現代俳句の精鋭』（牧羊社、一九八六年）と、『現代俳句ニューウェイヴ』（立風書房、一九九〇年）を思ひ出した。牧羊社のは三巻本で、そのⅡ巻には、田中裕明と攝津幸彦が仲良く並んで入っている。（「俳誌「澤」の田中裕明特集号のこと」より）<br><br>この箇所でわたしはかつての自分の仕事を思い出したのだ。この『現代俳句の精鋭』三巻本を作った日々のことを。さっそく資料本の書棚に行きこの本を探した。ミケランジェロの素描を表紙の用い、「俳句のルネッサンスがはじまる」と意気揚々と楽しく仕事をしていた懐かしい日々だ。整理の悪い書棚でどうにかこのⅡのみ見つけたのだった。<br>　<br>　　　※掲載写真略<br> <br>ちょっとカッコいいでしょ。三枚の絵を図書館でみつけてこれを使って欲しいと装丁家の山崎登さんに頼んだのだった。楽しかったな……。<br><br>このⅡ巻には岸本尚毅さんも参加している。ほかにも今活躍している俳人の顔ぶれがそろっているのだが、わたしが今日ここで書いて紹介したいと思ったのは、田中裕明さんと攝津幸彦さんの自己紹介の短文である。それぞれの顔写真と短文、作品100句、そして1200字ほどのエッセイ、それがひとりに割り当てられたものである。やっぱりお二人とも若い。<br><br>まず、攝津幸彦さんの短文から。<br>昭和22年1月28日、兵庫生れ。幼時より中学生の半ばまで甲子園球場の近くに住む。時折、学校が引けるとタイガースの寮に行き、選手に遊び相手をしてもらった。吉田現監督が独身で牛若丸として活躍していた頃のことである。俳句は20歳の時、当時塚口にいた坪内稔典、沢好摩とともに、「日時計」を発刊し、同人として本格的に俳句をはじめる。後、大本義幸等と「黄金海岸」を起こし編集に参加。現在「豈」編集発行人。<br>写真は口髭をたくわえていかめしい顔のこのころから貫禄のある攝津さんだ。100句の最初におかれたのが次の一句である。<br>　<br>　階段を濡らして昼が来てゐたり<br><br>そして田中裕明さん。<br>昭和34年10月11日、大阪に生まれる。以来、同じところに二十数年住んできて、今秋引っ越す予定。小学生の頃よりトランジスタやＩＣが好きで、いまも似たような仕事をしている。フロイトに言わせれば幼児退行現象の一種ということになるのかもしれない。「青」「晨」同人。<br>こちらの顔写真は初々しと言っていいくらい若い。攝津さんとあまりにも対照的で笑っちゃうほど。エッセイは「夏の金沢」と題し、金沢へのこだわりを書いていてこちらは若々しい文章とかそういう問題ではない。「渚にて金澤のこと菊のこと」が思い出される。が、すでにこの時はこの作品は句集『花間一壺』に収録されている。100句の掉尾の句は以下のとおり。<br>　<br>　ふかくうなづきともに雪吊へゆかむ<br><br>岸本尚毅さんの若々しい顔もあったので、興味深くその俳句を読んだ。ちょっと驚いたのはもうこの時点で岸本さんの俳句の文体が歴然とあり今の作品を彷彿とさせることだ。しかし、今日書きたいことはそのことではない。もう一つ書いておきたいことがある。このⅡには12人の俳人が参加している。そして三人がすでに亡くなっている。田中裕明と攝津幸彦、もうひとりは金子青銅という俳人だ。飯田龍太に師事し、第一句集は『満月の蟹』（牧羊社刊）。この句集をわたしは担当した。そしてわたしには忘れられない俳人のひとりとなった。飯田龍太の序文と金子青銅の作品の一句で。帯に使った飯田龍太の序文の一部を紹介したい。<br>青銅氏の作品には、異様なほどの静けさと澄みがある。澄んだ向うに、限りない時間が流れているように見える。落葉しつくした梢の間から冬の青空を仰ぎ見るような感じである。<br>この句集の二句目におかれたのが次の一句だ。<br>　<br>　いかりかたまりてかなしみとなる柘榴<br><br>晴れ晴れとした青空の柘榴をながめると、かならずといっていいほどこの作品が口をついてくる。<br><br>金子青銅さんはふらんす堂より 第三句集『三伏』を刊行している。この時、すでに師の飯田龍太は亡くなっている。<br>そして金子青銅さんが亡くなったのは今年のことである。まだ６５歳だった。<br><br><br><br>　　月に八日に八金子青銅忌　　　　　桐子<br><br>
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<pubDate>Mon, 08 Aug 2016 02:25:10 +0900</pubDate>
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<title>俳句同人誌 『今』</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160716/12/tohko3476/7e/a6/j/o0800077513698575575.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160716/12/tohko3476/7e/a6/j/t02200213_0800077513698575575.jpg" alt="" width="220" height="213" border="0"></a></div><br><br>『今』　2016年夏－第14号より<br><br>浦　みつる　　　花冷の木箱に結ぶ真田紐<br>大隈チサ子　 　粥吹いてをり満開の桃の花<br>加藤　　勝　　 　リラの夜の少年少女毛蟹喰ふ<br>斉藤　史子　　　水だけとなりて久しき金魚玉<br>城　　松喜　　 　春風や古きクレーンの造船所<br>高石　直幸　　　遠くまで潮引いてゐるみどりの夜<br>瀧澤　和治　　　萍を風圧す夢の最中なり<br>西野　陽子　　　海明けのたつぷりきざむ白髪葱<br>保坂　敏子　　　夕暮れの水に音ある薄暑かな<br>宮沢　健児　　　仏壇にひと掴み置くさくらんぼ<br>村瀬　　勗　　 　白昼夢誰にも告げずサングラス<br>埜村　和美　　　花筵風に喃語の乗りてくる<br>秋山あさ子　　　啓蟄や孔雀はんなり羽伸ばす<br>岡田　勝蔵　　　涅槃図の象に心を重ねけり<br>加藤あや子　 　白鷺のひらりと入りぬ御忌の寺<br>川上世津子　 　嬰の名を付けて逝かれし初桜<br>小池よし子　　　夏めくや五百羅漢に笑ふ顏<br>小林　美咲　　　後ろ手に母歩く道花は葉に<br>佐伯　　卓　　 　立春大吉山門くぐる赤き傘<br>坂口三千代　 　日の暈のうすれゆくなり百千鳥<br>椿　　道彦　    　　かはたれの小川ささめき弥生尽<br>成瀬美恵子　　　大寒の一日始まる燐寸の火<br>原田美代子　　　花満開五代通ひし学舎に<br>二村　和子　　　 菜の花も故郷の空の色被る<br>大村　明子　　 　戦禍いくたび毘沙門に花の冷<br>加藤田廣子　　　春一番特急電車掻いくぐる<br><br><br>＜俳句同人誌『今』＞<br><br>平成二十五年三月山梨で創刊（季刊）<br>理　念　　飯田蛇笏、飯田龍太に学びつつ、今を慈しみ、今を詠む<br>代　表　　瀧澤和治<br>編集人　　保坂敏子<br>発行所　　「今」俳句会<br>　　　　　　〒400-0222<br>　　　　　　山梨県南アルプス市飯野3448　斎藤史子方<br>　　　　　　「今」編集部　　<br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 16 Jul 2016 10:55:18 +0900</pubDate>
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<title>やっぱり捨てられない</title>
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<![CDATA[ 気の向いた時に身辺整理をしている。<br>よくきく「断捨離」は、漢字三文字ですべてがわかり響きも良いが、私はあまりこの表現を好まない。<br>「身辺整理」の方が私には合っている。<br><br>引っ越すたびに処分してきたが、捨てられないものの一つにレコードがある。<br><br><br>ホテル・カリフォルニア［Eagles］<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160215/11/tohko3476/01/9f/j/o0800053313567780813.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160215/11/tohko3476/01/9f/j/t02200147_0800053313567780813.jpg" alt="ホテルカリフォルニア" width="220" height="146" border="0"></a></div><br><br>1970年代のアメリカン・ロックを代表するイーグルスの楽曲で、アルバム『ホテルカリフォルニア』に収録されている。<br><br>アンニュイな気分にならずにいられないメロディと、架空のホテルを舞台にした思わせぶりな歌詞は、ジャンルを超えて幅広くカバーされている。<br><br>Welcome to the Hotel California.....<br>Such a lovely place,<br>(Such a lovely place)<br>Such a lovely face<br><br>12弦ギターの印象的なイントロに始まり、ドン・ヘンリーのハスキーな歌に入っていく。<br>何百回きいた今でも始めてきいた時の印象は変わらない。<br>当時、わかっているようでわからない内容の歌詞だった。<br>深く悩んでいた私は、そこに良いことは待っていないのだろうと想像させるメロディに心身を同調させることで、問題にとことん向き合い、這い上がることができたのだろう。<br><br><br>THE MAN WITH THE BASS［RON CARTER］<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160215/11/tohko3476/22/14/j/o0800053313567780546.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160215/11/tohko3476/22/14/j/t02200147_0800053313567780546.jpg" alt="ロンカーター" width="220" height="146" border="0"></a></div><br><br>1985年12月NYカウンター・ポイント・スタジオで録音。<br>サントリー・ホワイトＣＭイメージ・ソング二曲収録。（36414，DOUBLE BASS）。<br><br>アメリカ合衆国のジャズ・ミュージシャン。<br>黄金期のマイルスバンドに在籍し、一世を風靡したベーシスト。<br>男性的でありながら繊細かつソフトな音質に、一音きいただけで「ロンだ」とわかるほどの強烈な奏者と言われていたこともあった。<br><br>「名古屋ブルーノート」のオープンを機に、結婚記念日に子ども達が彼の公演に招待してくれた。<br>演奏を終えると一礼し、サーッと退場して行った物腰に、ニューヨーカーの知的なベースマンの顔を見た気がする。<br><br><br>グループ・サウンズ［通称ＧＳ］<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160215/12/tohko3476/8d/83/j/o0800053313567836170.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160215/12/tohko3476/8d/83/j/t02200147_0800053313567836170.jpg" alt="グループサウンズ" width="220" height="146" border="0"></a><br></div><br><br>1967年（昭和42年）初夏より1969年（昭和44年）春にかけて日本で大流行した、日本独特の音楽形態。<br><br>ザ・タイガース、ザ・テンプターズ、オックスは、GSブーム中期から後期にかけて「ＧＳ御三家」と呼ばれていた。<br><br>長髪、エレキギターは、私の時代では一般社会からの風当たりが強く、当時は不良の象徴のように取りざたされた。<br>コンサートを観に行った子には停学、退学処分をくだす学校もあった。<br><br>「神様おねがあいだ～」。<br>私はテンプターズのショーケンが大好きだった。<br>ドーナツ盤（シングルレコード盤）が出ると、なけなしのお小遣いをはたいた。<br><br><br>「桐・着・三切るの部屋」の三切るは切るのが得意だけれども、思い出はやっぱり、切れない。
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<pubDate>Wed, 17 Feb 2016 20:29:16 +0900</pubDate>
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<title>俳誌 『堊』</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20151211/11/tohko3476/be/17/j/o0800053313508465341.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20151211/11/tohko3476/be/17/j/t02200147_0800053313508465341.jpg" alt="堊" width="220" height="146" border="0"></a></div><br><br>『堊』2015年12月号より<br><br><br>高石　直幸（韋駄天）<br>　　　　　　　返り花髪長かりし阿蘇寝釈迦<br>　　　　　　　レノン忌やばんざいをして招き猫　　　　　<br>　　　　　　　名画座の弐番館なり初雪来<br>　　　　　　　亜麻色の髪のイエスにクリスマス<br>　　　　　　　引き潮の中洲に分かれ鴨の陣<br>　　　　　　　ドン・フリオテキーラをもて年酒とす<br>　　　　　　　雪すこし卑弥呼の傘に積りたく<br>　　　　　　　日短しされど夜遊びしたくなし<br>　　　　　　　先生も押し競饅頭かかつて来い<br><br>山角　和代（巻頭作家）<br>　　　　　　　藤の実やベンチに試歩の老婦人<br>　　　　　　　救急車呼ぶ指先の悴めり<br>　　　　　　　神無月枝に吊りたる落物<br>　　　　　　　萩の風母の居さうな姉の家<br>　　　　　　　高々と夕映えの木や法師蝉<br>　　　　　　　灯や母在りし日の栗ご飯<br><br>大隈チサ子　　　稲架組んで見境ひもなく日暮くる<br>浜崎　芳子　　　 唐臼の音をくぐりて水の秋<br>浦　みつる　　  　 秋深し樊籠のごと家並あり<br>坂口三千代　　　千年の杜の天辺神渡し<br>鈴木実千代　　　人形店裏口開いて秋の海<br>弓田　幸代　　　 金木犀身の緩みだす峠かな<br>山村　恵子　　　 日輪に向ふて秋のかたつむり<br>野崎　常幸　　　 村一つふところにおき秋の海<br>永岡　享子　　　 波のいろ青く返して秋の旅<br>高木伊都子　　　秋冷のぼんやりしたる誕生日<br>原田美代子　　　空青し六郷満山初紅葉<br>石坂富起子　　　襖絵のふすまいつぱい柿ひとつ<br>　　　　　<br><br>＜俳誌『堊』＞<br><br>平成二十四年（２０１２）三月創刊<br>代　表　高石直幸<br>師　系　飯田龍太<br>理　念　新しい俳句をめざし新しい結社の在り方を模索する。<br>発行所　堊　社<br>        〒835-0023<br>　　　　みやま市瀬高町小川1406<br><br><br><br><br>　　　　
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<pubDate>Fri, 11 Dec 2015 11:46:12 +0900</pubDate>
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<title>チンゲン菜とトマトのスープ</title>
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<![CDATA[ 風邪の季節になりましたね。<br><br>今回は風邪を予防する、引いてしまった時に摂りたい食事「チンゲン菜とトマトのスープ」をご紹介します。<br><br>チンゲン菜は中国野菜で、和名を「体菜(たいさい)と」言い、「しろ菜」とも表記されています。<br>食物繊維が多く含まれ、熱さましや胸やけに効果があるとされ、プランターでも栽培出来ます。<br><br>「トマトが赤くなると医者が青くなる」と言われているほど、トマトにはさまざまな効能があります。<br><br>卵白には免疫力をアップさせる力があります。<br><br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20151207/13/tohko3476/a9/95/j/o0800053313505029342.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20151207/13/tohko3476/a9/95/j/t02200147_0800053313505029342.jpg" alt="チンゲン菜とトマトのスープ" width="220" height="146" border="0"></a></div><br><br>＜チンゲン菜とトマトのスープ＞<br><br>　　チンゲン菜　　　　　　　小1/2束<br>　　トマト　　　　　　　　　小２個<br>　　玉子　　　　　　　　　　２個～<br>　　鶏ガラスープの素　　　　大さじ1～1.5<br>　　水　　　　　　　　　　　500CC<br>　　塩　　　　　　　　　　　少々<br>　　胡椒　　　　　　　　　　少々<br><br>①　チンゲン菜は２㎝幅に切る。<br>②　トマトは湯むきし、大き目のざく切り。<br>③　鍋に水と鶏ガラスープの素をいれ沸騰させる。<br>④　③にチンゲン菜の茎の部分を入れ、少ししてからトマト、チンゲン菜の葉を入れる。<br>⑤　チンゲン菜の茎の部分がお好みの堅さになったら、塩、胡椒を入れる。<br>⑥　溶き卵を円を描くように加えて、２～３分混ぜずに煮る。<br><br><br>「風邪には卵酒」とわが国では言われていますね。<br>イタリアではトマトと卵のスープの熱々が風邪に効くと言われています。<br>そのトマトスープのアレンジ版です。<br>卵の間からトマトやチンゲン菜が顔を出すくらい、スープというより、具を食べる感覚で作ってくださいね。<br><br>
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<pubDate>Wed, 09 Dec 2015 11:29:20 +0900</pubDate>
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<title>四角豆と柿の酢のもの</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20151108/14/tohko3476/8f/ee/j/o0800053313477884300.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20151108/14/tohko3476/8f/ee/j/t02200147_0800053313477884300.jpg" alt="のむら農園" width="220" height="146" border="0"></a></div><br><br><br>瀬戸内海に浮かぶ大三島の「のむら農園」さんの野菜が届いた。<br>朝摘みされたものがその日のうちに出荷され、翌日わが家に届く。<br><br>農薬、化学肥料は使わず、野性児に、個性豊かに育っている。<br>摘み取るタイミングが良いのだろう、お味は言うまでもなく、色がとても鮮やか。<br><br>2013年に愛知県からＩターン移住し、ご夫婦で野菜農家を営んでいらっしゃる。<br>まだ二年というのに、取り組む姿勢、センスが良いのだろう。<br>見ているだけで心が躍ってくる野菜だ。<br><br><br>今日は四角豆（しかくまめ）を調理　（写真　中段右側）。<br>マヨネーズ炒め、天麩羅などにはよく使うが、目の前に柿があるから柿で挑戦してみよう。<br><br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20151108/19/tohko3476/11/c9/j/o0800053313478155157.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20151108/19/tohko3476/11/c9/j/t02200147_0800053313478155157.jpg" alt="四角豆と柿の酢のもの　唐子" width="220" height="146" border="0"></a></div><br><br>≪四角豆と柿の酢のもの≫<br><br>四角豆　　　12本　<br>柿　　　　　半個　<br>ピーマン　　小１個　<br>甘　酢　　　適宜（ワインビネガー等でも良い）。<br><br>①　塩をひとつまみ入れたお湯で四角豆を１、２分茹で、すばやく冷水に取り、３～４等分する。<br>②　ピーマンを1.5mm幅に切る。<br>③　柿を銀杏切りにする。<br>④　甘酢に①の四角豆、②の生ピーマンを５～10分合えておく。<br>⑤　食べる間際に柿を④に加える。<br><br><br>　＜ポイント＞　柿は甘く酢っぱさが倍増されるので、食べる直前に合える。<br>　　　　　　　　　四角豆、ピーマンは食べる５～10分前に酢に合えておく。<br><br><br>＜四角豆（シカクマメ・うりずん豆・しかくまーみ）＞<br><br>熱帯アジアが原産。<br>実の断面がひだのついた四角形なのでこの名前がついた。<br>新緑の色に似ていることから沖縄地方では「うりずん」と呼んでいる。<br><br>カロチン、ビタミンＣ、ミネラルをたっぷり含み、成人病予防や免疫力を高める働きがあり、美肌効果も期待できるようです。<br><br><br>＜うりずん＞<br><br>沖縄の春分から梅雨入り前までの時季で、旧暦２月から３月頃、新暦の4月頃を指す。<br>「潤い初め（うるおいぞめ）」が語源とされる。<br>「うるじん」とも言う。<br><br><br>料理などと言えるものではないが、素材の良さが極上の一品にしてくれた。<br><br>
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<pubDate>Wed, 11 Nov 2015 10:30:31 +0900</pubDate>
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<title>ランチエプロン　</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20151016/16/tohko3476/38/bd/j/o0800053313455949593.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20151016/16/tohko3476/38/bd/j/o0800053313455949593.jpg" alt="ランチエプロン愛樹撮影" border="0"></a></div><br>≪ランチエプロン≫<br><br>おおよそ想像はつくものの聞きなれない、耳なれない言葉だった。<br>洋服への汚れを防ぐため、食事の時に首からかけるエプロンのことだそうだ。<br><br>うっかり油を飛ばしてしまうパスタ、シミの抜けにくいカレーライス等、メニューの選択を気にしなくても良くなり、バッグに入れて持ち歩くことができる。<br><br>「食事をしている時は気がつかなかったけど、大切な洋服に点々と汚れがつくじゃない。エプロンがあると良いと思うの」と言う友に、私は「洋服を洗えば良いじやない」と一笑に付した。<br><br>彼女は真剣でそれが置いてあるデパートを探し、一緒に選んで欲しいと言う。<br>デパートの小物雑貨売場にあったが、それを見た私は身を引いてしまった。<br><br>友達はおしゃれなとってもチャーミングな女性。<br>それを着けたらオバサンになってしまう～～～。<br><br>「やめとき、私が作ってあげるから」などと言ってしまったが、同時にアイデアは浮んだ。<br>スタイリシュにデザインしてみたいと言う思いにもかられる。<br><br>ネット検索をしたら「ランチエプロン」と呼ばれていることが分った。<br>市場にはまだ出回っていない気配。<br><br><br>一つ目は、スナップでとめた結び目が左肩にくるように、スカーフで作ってみた。<br>ドレープが深いと襞に食べ物が入る。<br>シルクのしなやかさがドレープを深くし返って邪魔をする。<br><br>一つ作ると二つ目のアイデアが生まれてくる。<br><br>真っ白な厚手のコットンのランチエプロンがイメージされる。<br>大きな窓のフレンチレストランで使ってみたい。<br>布を探しに友達と走った。<br><br>布地に質感、ロゴが合うだろうと、幅が狭いのが気になるが、手持ちの包装用のリボンを利用してみる。<br><br><br>スナップの付け方、洋裁の基礎からして分からないのに。<br>知らないからこそ出来たのだろう。<br><br>友達には縫製を誰にも見せないことを条件にお渡しした。<br><br>お代金はランチをご馳走してくれたら良いからね～～～。<br>
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<pubDate>Thu, 15 Oct 2015 14:27:34 +0900</pubDate>
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<title>ジョブズ忌</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20151004/14/tohko3476/2f/e2/j/o0800053313443951929.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20151004/14/tohko3476/2f/e2/j/t02200147_0800053313443951929.jpg" alt="ジョブズ忌" width="220" height="146" border="0"></a></div><br>「混乱して方向を変えれば、多くの壁に衝突する」<br><br><br>所属結社の俳誌が届いた。<br>予想外に良い成績に鬱蒼とした気持は吹き飛んだ。<br><br>今日10月5日は、スティーブ・ジョブズの忌日である。<br><br>iPhone6sが先月25日に発売された。<br>2008年に発売された２代目iPhone3G以来、我が国では8代目になる。<br><br>初代iPhoneは「Multi-Touch」だった。<br>iPhone6sでは「3D Touch」という新しい機能がもたらされこれまで以上に、タッチ一回でたくさんのことが出来るようになった。<br><br><br>私はネガティブなものだけに意識が集中し、視野が中心だけに絞られて周りが見えなくなる時がある。<br>ジョブズの言う「トンネルビジョン」である。<br>トンネルは実在しないのに、頭の中でトンネルを作りあげてしまい、行きつくまでに時間がかかってしまう。<br>どうも「トンネルビジョン」から「ファネルビジョン」、広く自由な視野にスイッチが切り替わるまで、徹底して追求してしまうようだ。<br><br><br>ジョブズは、大学向けにコンピューターをつくるというプロジェクトが進展せず、計画にはほど遠い状態にあるネクスト社の社員を集めてこう言ったという。<br><br>「今我々は、大学の顧客が何が欲しいといったのか、誰もはっきり思い出せないところにいる。また、ネクストが生産するマシンも最終的にどのようなものになるか、まだわからない。入口にも出口にも光が見えない。混乱して方向を変えれば、多くの壁に衝突することになる」<br>　　　　　　　　　<br>　　　　　　　　　　　（『１分間スティーブ・ジョブズ』桑原晃弥著より引用）<br><br><br>　　　月光をトンネルにいれジョブズの忌　　桐子<br><br><br>一助の光となりますように。<br>　　　<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tohko3476/entry-12078503870.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Oct 2015 00:00:07 +0900</pubDate>
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<title>戦後70年目の褌</title>
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<![CDATA[ 父は10年余の青春時代を「大日本帝国海軍」に過ごした。<br>平成17年88齢で鬼籍に入るまで褌を身に着け、おば達からは「海軍さん」と呼ばれていた。<br>今回私はひょんなことから褌を作ることになった。<br>気合の入ったのが欲しいとのことである。<br><br>まさしく戦後70年を迎え父への追慕に相応しい縁だった。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150828/10/tohko3476/53/0c/j/o0800080013408738502.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150828/10/tohko3476/53/0c/j/t02200220_0800080013408738502.jpg" alt="" width="220" height="220" border="0"></a></div><br><br>褌の漢字は「衣」偏に「軍」と書くように戦闘服に由来し、海軍では隠語で「FUNDOSHI」の「FU」を取り「エフユー」と呼んでいた。<br><br>母は年末になると５枚縫い、年が明けると父に新調した。<br>母の死後引き継いだ姉に詳細を問い合わせると、２枚分の晒と紐が残っているとのこと。<br>早速送ってもらい見よう見まねで作った。<br>晒に紐を縫いつけるだけのものだが、母は紐の長さを左右違えていたことを姉から聞き、そのようにした。<br><br>「すわ出陣」。<br>暗闇で身に着ける時、紐の長さが違えば表裏が手探りで判るとのこと。<br>海軍のしきたりだったのか、父の性分だったのか否かは判らない。<br><br>「戦争が終っても褌で通すことにしている」と、生涯を褌で通した父。<br>海に散って行った仲間への鎮魂、平和への願いをも込めて信念としていたのだろう。<br><br>世界各地では今も戦争が相次いで起きている。<br>膨大な命の犠牲の上に平和があるということを私たちは忘れてはならない。<br>戦後70年を迎えるにあたり、改めて平和の尊さを再認識し、二度と悲惨な戦争を繰り返さないことを願わずにはいられない。<br><br>和製英語で「クラシックパンツ」、「サムライパンツ」と呼ばれ、世界各国の人々に愛用されるようになった「フンドシ」。<br><br>全世界の人々が平和で幸せな日々を送れますようにお祈りいたします。<br><br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150829/19/tohko3476/7b/35/j/o0800063313410037174.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150829/19/tohko3476/7b/35/j/t02200174_0800063313410037174.jpg" alt="" width="220" height="174" border="0"></a></div>
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<pubDate>Sun, 30 Aug 2015 15:41:07 +0900</pubDate>
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