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<title>理美容業務再開支援のブログ</title>
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<title>被災地から帰ってくると、元の世界が非現実的に映る</title>
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<![CDATA[ 東京に帰ってきて、一日が過ぎた。<br><br>帰ってきた晩は、東北の様に絶えず揺れているわけでもない、道がデコボコでもない、信号機が停電で停まっているわけでもないこの空間に違和感を覚えた。<br><br>本来の自分が住んでいて、生活している環境が非現実的に感じていたのだ。<br><br>その非現実を感じる理由が、分かってきた。<br><br>一日が過ぎ、地元の方々と話していると、皆一様に、何を見てきて、自分達一人一人が何をすれば良いかを聞いてくる。<br><br>みんな何かをしたくて、普段している行動が正しいかを確認したいのだ。<br><br>節電も、災害に対する準備も、心がけの様なモノも見直そうとしている。<br><br>心がけは、大事だと思うが、目的はなんであるか？<br><br>どの程度の目標を作るかを、全体像を見渡してから決めないと、闇雲に行動する事になる。<br><br>分かりやすくいえば、3月11日以前の状態に戻したいのか、エネルギーや食料のあり方を見直し、新たなライフスタイルを求めるのかで、取る行動が違ってくる。<br><br>被災地の周りでは、復興という言葉で一つのベクトルで動いていたが、遠く離れた東京では、経済の再建、エネルギーの見直し、風評を含む食料問題の解決など目的や意見が様々な方向に向かっているから、ベクトルが色々な方向に向かって見えて、現実味を帯びないのだ。<br><br>浜岡の原発停止をもとめるデモがあったようだが、今、原発を止めればその分の電力をどのようにまかなうか？もしくは全体の電力使用量を減らす生活や、技術の革新を促すのか？とる行動によって結果が違ってくる。<br><br>某知事が、花見や祭りの自粛を求めたが、ただでさえ経済が冷え込む被災地外の地域がこれ以上の打撃を受けると、(お金を使わなく、<br>お金を回さないと) 義援金を現地へ送る事もできなくなる。<br><br>もし、自粛をするならば、生活水準や社会に求めるサービス水準、はたまた行政機関の縮小などのを行う必要がある。<br><br>祭りをして、花見もするがその売り上げの5％は税金として、義援金にまわす。といった方が、よほどいいかもしれない。<br><br>もちろん、自粛することで、いつまでも災害に対する意識を保つためからきた政策だと思うが、。<br><br>そう、目的によって取る行動が違うのだ。<br><br>元のような生活水準を求めるのなら、復興支援や被災地で稼げない分のGDPの負担などにかかる費用を、何年間で元に戻すかを決め、「就業人口一人当たりのGDP負担を300万円増やして下さい」などわかりやすい目標を立てる必要があるし、<br><br>原発を停止し、エネルギーの供給の在り方を変えることを目的とするなら、新たな代替エネルギーを導入する「京都議定書での約束を延期させてもらい、一次的に火力発電を増やし、その間に風力発電などエコエネルギー技術開発、生産に予算の◯◯％を投入し、個人や法人で太陽光発電による発電で使用する電力の◯◯％をまかなった場合の助成金や導入費用の負担などを行う」というか、エネルギーの絶対使用量減らすライフスタイルを求める場合ならば、「現在使用している電力の６０％で生活できる技術開発、節電生活を◯◯年で達成します。個人が年間無税で使用できる電力は◯◯ワット、以後、使用電力の累進課税を行う」という様な具合だ。<br><br>これは、事前調査もなくただ、一例として書いただけのモノだが、<br><br>ここで言いたいのは、選挙(各自が自分達の代表を選ぶ時)や行動を起こす時にどの様な国になって欲しいから、こういう行動をする。と、目的と目標を持って行動する事で、闇雲な行動を取ることがなくて済むという事だ。<br><br>みんな幸せに暮らしたいと思う。その為には、他人まかせにするのではなく、知らなくてはならない事が多いと感じる。<br><br>そこから、世界の中の日本が「どうありたいか」を考える事がビジョンの設定、あるいは、目的の設定になるのだろう。<br><br>一人一人が国の責任を持つ事が、有事には特に求められる様に思う。<br><br>今日も、宮城県の美容協会の星さんは美容室の復興を目的の中心に持って、新潟県に美容室の椅子を取りに行く。と、メールで送ってきた。
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<link>https://ameblo.jp/tokyo-scissors/entry-10861261141.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Apr 2011 13:05:23 +0900</pubDate>
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<title>それでも、郡山と名取に向かうIさん</title>
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<![CDATA[ Mさんのところに、今回の報告にやってきた。<br><br>Mさんは、社内会議で手が離せなかった為に、経理のIさんの部屋で自分の作業をする事にした。<br><br>Iさんは、優しい顔で、お帰りなさいと迎えてくれ、流れで、今回の活動について軽く話した。<br><br>話し終えると、Iさんが地震当日に福島県の郡山で別のお客さんのところに行っており、関東の自宅に戻るのに四日間かかったと教えてくれた。<br><br>Iさんが地震当日に福島県にいたとは思わなかった。<br><br>地震発生から、四日間は、取引先のオフィス、同社の社員の方の御宅、その会社の取引先のお客様の御宅などを転々とし、やっと四日目に、タクシーで那須塩原までたどり着いたそうだ。<br><br>そこからは、新幹線で座って帰れたとの事だが、社内は立っている方も多かったようだ。<br><br>本来は、郡山の後には、宮城県の名取市にあるお客様のところに行く予定だったそうで、本当に運が良かったのだろう。<br><br>当の名取市の会社は、天井まで泥が浸かった跡があり、幸いにも従業員は、病気のため早退した方からの緊急避難連絡でなんを逃れたようだ。<br><br>その震災からすでに三回も郡山市と名取市のお客さんのところに通っている彼は、震災後に別の場所で再興しはじめているその会社に明日からまた向かうとの事だ。<br><br>放射能や物質不足でパニックに陥っている関東の方々もいる中、この様に通常業務を粛々とこなされている名もなきヒーローがいる事を皆さんに伝えたい。<br><br>今日も彼は自分の事より、原発から50キロしか離れていない郡山市の方々の事を心配されている。<br><br>私は仕事で行っているに過ぎませんと、話す彼は日本経済を支える大事な柱だと感じた。<br><br>普段からとても穏やかなIさんだが、日本人らしい物静かな強いファイターだ。<br><br>Mさんの周りには、こんな方々がいる。
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<link>https://ameblo.jp/tokyo-scissors/entry-10860530772.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Apr 2011 17:13:05 +0900</pubDate>
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<title>宮城県の美容協会から必要な物資の支援要請がありました。</title>
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<![CDATA[ 今日、直接ご連絡させて頂いた関係者の方もいますが、<br><br>宮城県の美容協会の星さんから、美容の椅子、シャンプー椅子が足りないので、<br><br>無償提供をお願いしたいとの連絡をいただきました。<br><br>絶対的な数が足りていないようです。<br><br>美容関係者、理容関係者の皆様で、無償提供できるモノがありましたら<br><br>下記まで、お送りください。<br><br>記<br><br>〒980－0811<br>仙台市青葉区一番町二丁目５番22号<br>　　　　　　　　（穴吹第19仙台ビル５Ｆ)<br>宮城県美容業生活衛生同業組合<br>　　　　　　　電　話　022－223－2821<br>　　　　　　　　ＦＡＸ　022－223－2822<br>メールアドレス　biyou＠theia.ocn.ne.jp<br><br>より多くの、支援をお待ちしております。<br>
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<link>https://ameblo.jp/tokyo-scissors/entry-10860016378.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Apr 2011 00:48:05 +0900</pubDate>
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<title>被災地入りして、初めて、宮城県の理容協会に会えた</title>
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<![CDATA[ <br>多賀城市の避難所を出て、もう一度、理容協会に行ってみようと思う。<br><br>多賀城市から車で三十分位の仙台市泉区にある理容協会に行くのはこれで、四回目だ。<br><br>理容協会の建物が見えてくると、この前きた時と違う事に気付いた。<br><br>車が停まっている。<br><br><br>外では、宅配業者が閉館していた間に溜まったであろう沢山の箱を建物に運び入れている。<br><br>車を停め、二階にある事務所に上がり、入り口から見えるガラス貼りの部屋には、男性が三人、箱の開封をしていた。<br><br>中に入って、挨拶をすると、会いたかった、理容協会の方々がだった。<br><br>本活動を簡単に説明し、彼らを探していた事を伝えた。<br><br>彼らは、温かい言葉で、迎えてくれ、奥の応接セットへ案内してくれた。<br><br>一通り、活動内容を話し終えると、次に彼らが話しはじめた。<br><br>ここ数日間、被災地を周り、時には被災者のカットをして、また、時には、被災した理容師さんに業務再開に必要な物資を渡してきた事。<br><br>そして、何より被災地を廻って、ハサミなどの業務再開に必要な物資を渡してくる間に、宮城県で集めたハサミが無くなって、今回の支援がとても助かるという事を話された。<br><br>そして、連絡先を交換し、彼らはご丁寧に連絡が取れる時間帯と、連絡を取るだろう事務の方を紹介してくれ、今後れん連携して行く事を、ありがたいと話してくれた。<br><br>ハサミを含む、支援物資を車からとってくると、すぐにハサミを手に取り、「しっかりした良いハサミだね」と言ってくれた。<br><br>耐摩耗性に富んだハサミの技術を説明すると、落ち着いたらぜひ自分たちも使ってみたいと話され、購入方法、アフターサービスについて聞いてきた。<br><br>その上、彼らは自分達も店をやりながら協会活動をしている現役である事を伝えられ、平日は店をやっている事を知った。<br><br>やっと会えた理容協会の方々との今後の取り組みを一通り決めると、事務所を後にした。<br><br>車に戻ると、Nさんと今回の目的達成に歓喜した。<br><br>ハサミはここで全て受け渡したので、今回は宮城県での支援でいったん終了となる。<br><br>その他の被災地支援については、帰ってMさんと相談したいと思う。<br><br>明日は、関東地方に戻る事にする。計一週間の旅となっていた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/tokyo-scissors/entry-10859167604.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Apr 2011 23:51:35 +0900</pubDate>
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<title>被災地に近づくほど、写真が撮れない</title>
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<![CDATA[ ここ数日、被災地に向かう事が多かったが、ブログに上げる写真が撮れない。<br><br>規制されているわけではない。<br><br>この惨状を、被災者の気持ちになると、救命支援をやっているわけでもない、報道機関でもない本活動では、撮る気に慣れない。<br><br>興味本位でしかないように思えるからだ。<br><br>被災地の外にいる、理容関係者、美容関係者へ、同業の方々がどの様な環境にあるか、どんな要望を持っているか、どの位の期間支援を必要としているかを伝えることで、一つでも多くの理美容の復興支援物資を送ることができるか、一人でも多くの、被災地の理美容師を支援できるかという思いから、ブログを書く事にした。<br><br>惨事を撮影する事は、この活動の範囲を超えているように感じる。<br><br>避難所の撮影も、被害状況の撮影も興味本位でしかないように感じる。<br><br>長く、支援をして欲しいから、その惨事をありのままに伝えるべきなのかもしれないが、ブログも言葉を選んでしまう。<br><br>被災者も、関係者も読んでいるのだろうと思うとなおさらだ。<br><br>より多くの理美容の支援物資を集めたい。食料などの理美容の復興支援物資以外は範囲ではない。<br><br>できる限り多くの理美容の支援物資を集めて欲しい。<br><br>例え、惨事を目の当たりにできなくても。<br><br>復興には、椅子やミラー(鏡)、洗面台やガス設備、ガスの点検できる技師のボランティア、ヘアドライヤー、バリカン、ハサミなど多くのものが必要。
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<link>https://ameblo.jp/tokyo-scissors/entry-10858972804.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Apr 2011 22:38:11 +0900</pubDate>
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<title>被災地の瓦礫も分別?</title>
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<![CDATA[ 今日、被災地の瓦礫を集めている場所の横を車で通った。<br><br>その瓦礫は、幾つもの小高い丘状に積み上げられており、数台の建機はその上に乗って作業をしてた。<br><br>この瓦礫を見て、あのテレビで見た津波がいかに大きなものだったかがわかる。<br><br><br>？？？<br><br>見ていると、その瓦礫に何らかの秩序がある事に気付いた。<br><br>なんと、その丘の一つ一つが、タイヤ、燃えるゴミ、鉄などの金属、プラスチックなどに分けられているのだ。<br><br>日本人の心を見た。<br><br>こんな時でも、しっかり分別をしているのだ。<br><br>被災地でもないのに、分別が出来ていない場所もあるというのに。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tokyo-scissors/entry-10858944349.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Apr 2011 22:01:45 +0900</pubDate>
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<title>多賀城市の避難所で理容協会の方々に会った?</title>
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<![CDATA[ 先日のブログで書いたとおり、今日4月11日は、多賀城市の避難所に理容協会の方に会えるよう、避難所の係りの方がセットアップしてくれたので、朝早く、被災地へ向かった。<br><br>仙台市にある理容協会へは、何度も立ち寄ったが、停電や週末などを含む事もあり、閉館していてまだ会えていない。<br><br>この状況で、この理容協会とのミーティングは非常にありがたいチャンスだった。<br><br>もちろん、避難所にカットボランティアとして来られる方が、本活動に賛同してくれるかはわからないが、大事なチャンスだった。<br><br>10時に到着し、避難所の事務局に到着を伝えると、間もなく理容協会の方を紹介してくれた。<br><br>彼らは、10人位で被災者のカットをしていた。<br><br>「理容協会の方ですか？」と聞くと、ハイと良い、責任者を紹介頂いた。<br><br>カット中の責任者の方が、手すきになるまで待っていると、彼らが付けているゼッケンに西多摩理容協会と思われる表記を見つけた。<br><br>？？？<br><br>責任者がカットを終えると、彼らが東京から今日現地入りし、カットボランティア来ている東京都西多摩の理容協会の方々はだということが分かった。<br><br>そう、何日も探していた宮城県理容協会の方ではなかった。<br><br>彼らもまた、宮城県の理容協会に連絡していたが、連絡が取れず、考えた末に、数十人で被災地入りをする事にした支援団体だった。<br><br>責任者の方を含む、西多摩の理容師さんたちは、優しい顔で避難者の方の話を聞きながらカットしていた。<br><br>午後はもう一度、理容協会に行ってみよう。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tokyo-scissors/entry-10858884402.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Apr 2011 19:43:40 +0900</pubDate>
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<title>避難所は、以前、混乱状態</title>
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<![CDATA[ 幾度か、被災地に赴いた。<br><br>今日も、避難所に寄った時、その避難所は供給物資の配布をしていた。<br><br>長い列を作り、スタッフの方が列を整理し、避難者の方々は蛇行した列に並んでいた。<br><br>事務所では、避難者の悲痛な要望に対応しているスタッフがいた。<br><br>ハサミと業務再開に最低限必要な物質を理容師さんに手渡したいと、本活動の説明をすると、スタッフの方は、特定の方にモノを渡すと逆に混乱を招くと言われた。<br><br>そう、避難所では、生きて行くのにやっとの状況を維持している方々がいる。<br><br>やはり、協会などのハブを通して支援する事が必要だと思う。<br><br>スタッフの方が、理容協会の方々が11日、カットボランティアに来られるから、その時に渡したら良いのではと教えてくれた。<br><br>今日も含め、何度も理容協会に行ったが、どうやら彼らは被災地への支援活動で出払っていたようだ。<br><br>11日に彼らに会って、ハサミを託せればと思う。<br><br>避難所の外では、車で寝ている方々がいる。
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<link>https://ameblo.jp/tokyo-scissors/entry-10856886915.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Apr 2011 22:31:45 +0900</pubDate>
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<title>4月7日の地震で仙台がまた、モノ不足</title>
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<![CDATA[ 今日、理容協会に向かう途中、美容協会にたち寄るため仙台の中心街に立ち寄った。<br><br>美容協会は週末、被災地に赴いているからだろうか、休館していた。<br><br>その後、理容協会に向かう前に、食事を取る事にした。<br><br>ところが、一昨日通った商店街のシャッターは半分ほどしまっており、<br><br>商品で一杯だったコンビニの棚は、すっかりモノが消えていた。<br><br>つい一昨日まで、建物や道などの傷跡はあるものの、町はスーツ姿のビジネスマンやショッピングの袋を持っている買い物客で賑わっていた中心街はたった2日で、様相を変えていた。<br><br>もちろん、人は歩いているし、車もたくさん走っているが、モノがきえた。<br><br>東北自動車道や山形自動車道などの物流の幹線道路を失った事と、停電を含むライフラインに打撃を受けた事で、モノがなくなったのだろう。<br><br>この事で、被災地では不安が増大しているのではないかと思った。<br><br>地震が起きるたびに、彼らの復興心と店の商品を奪うのだろうか？<br><br>仙台市が復興してきた2日前まで、震災前の量の商品が中心街にきていたのだろう。<br><br>ただ、地震が起き、いざライフラインが止まると、余力を持たない在庫がすぐに底をつく事になったのだ。<br>本当に、余震が終わるまで、通常よりも多くのものを準備しておかなければ、このような事が繰り返されると思う。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/tokyo-scissors/entry-10856807726.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Apr 2011 15:48:35 +0900</pubDate>
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<title>この震災、今だけじゃなく、これからもっと支援が必要になる。</title>
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<![CDATA[ 多賀城市は仙台市若林区、宮城野区のすぐ隣だった。<br><br><br><br><br><br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110408/16/tokyo-scissors/c9/81/j/o0800060011153584742.jpg"><img border="0" alt="理美容業務再開支援のブログ-hisaichi_tenpo2" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110408/16/tokyo-scissors/c9/81/j/t02200165_0800060011153584742.jpg"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110408/16/tokyo-scissors/05/65/j/o0800060011153584741.jpg"><img border="0" alt="理美容業務再開支援のブログ-hisaichi_tenpo3" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110408/16/tokyo-scissors/05/65/j/t02200165_0800060011153584741.jpg"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110408/16/tokyo-scissors/c9/5e/j/o0800060011153584740.jpg"><img border="0" alt="理美容業務再開支援のブログ-hisaichi_tenpo1" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110408/16/tokyo-scissors/c9/5e/j/t02200165_0800060011153584740.jpg"></a><br></div><br><br><br><br><br><br><br>地図で見て思っていたよりも、仙台市内からすぐのところで、夜、車が少ない時間ならば１０分位の距離ではないだろうか？<br><br><br><br>今は、仙台市内も、多賀城市も道路のいたるところが壊れており※各信号の間で１箇所は２０センチくらい出っ張っているアスファルトか、３０センチ以上へこんでいる陥没がある）、行くのに時間と神経がいる。<br><br><br><br>多賀城市内を通る道でもその多くは瓦礫が脇に寄せられているから、車では通ることができる。<br><br><br><br>ただ、撤去はできていない。<br><br><br><br>仙台市からすぐの場所であるし、こちらに来て聞いた話では、気仙沼などのひどい被害を聞くことはあっても、それほど多賀城市を説明してくれることはなかったので、ここまで瓦礫と被害の爪あとが残っているとは正直、思っていなかった。<br><br><br><br>テレビでも、車が建物刺さっている映像など見たが、それは局地的なことだと思っていたが、どの建物にも車が衝突したまま残っており、その被害範囲は東京の台場や横浜のみなと未来地区よりも大きいと思うくらいの範囲だった。<br><br><br><br>避難所でカットを待っている方を切ることで、理容師さんや美容師さんの再復興ができるかも知れないと思い、ハサミをここまで持ってきたが、被災地の状況は場所によって違うし、そこへの対応をがんばっておられる方々の情報は現地で初めて知ることになっている。<br><br><br><br>今日また、知ったことは、この町が復興したり、再開発されたりするには非常に長い時間がかかるだろうということだ。<br><br><br><br>仙台という日本を代表する東北の都市のすぐ隣の町で、おおよそ１ヶ月かかって、今日見た状態だということが、この震災の規模と、それを復興する時間の長さと物語っているように感じる。<br><br><br><br>わたしたちのような支援は、短期戦ではなく、非常に長い目で、この復興と向き合っていくことが大事だと思った。<br><br><br><br>これは、被災地から逐一報告されるだけのものでなく、被災地ではない地域の方もできる限り率先して関わりを持たなければ、この復興を長期間かけて行うことが困難なのではないかと。<br><br><br><br>ハサミや理美容の支援一つも、短期間で肩に力を入れて支援するのではなく、現地の声をしっかりと聞き、時間をかけて支援していくことが求められると思った。<br><br><br><br>昨日、ご訪問させてもらった美容協会の皆様のように、現地の要望を集約してもらえるハブ(双方の状況を良く理解している機能)を通して、長い関係の中で無理をしすぎずに長く支援していけることが必要だと、多賀城市を見て思った。<br>
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<link>https://ameblo.jp/tokyo-scissors/entry-10855460501.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Apr 2011 16:36:15 +0900</pubDate>
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